(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-09
(45)【発行日】2024-04-17
(54)【発明の名称】転炉吹錬制御装置、統計モデル構築装置、転炉吹錬制御方法、統計モデル構築方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
C21C 5/30 20060101AFI20240410BHJP
C21C 1/02 20060101ALI20240410BHJP
C21C 5/36 20060101ALI20240410BHJP
【FI】
C21C5/30 Z
C21C1/02 110
C21C5/36
(21)【出願番号】P 2020098967
(22)【出願日】2020-06-05
【審査請求日】2023-02-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩村 健
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-105419(JP,A)
【文献】特開2015-042780(JP,A)
【文献】特開2018-095943(JP,A)
【文献】特開2013-023696(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第106987676(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第101463407(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 1/00-5/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データおよび前記吹錬処理中の操業要因データに基づいて、前記吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出する塩基度推定値算出部と、
前記吹錬処理の開始後、前記塩基度推定値が所定の閾値を下回った時を、転炉で吹錬処理される溶銑に投入されるCaO源の投入開始時期
として判定するCaO源投入判定部と、
前記CaO源の投入開始時期の経過後に前記CaO源の投入を開始する吹錬処理制御部と
、
を備える
、転炉吹錬制御装置。
【請求項2】
前記塩基度推定値算出部は、前記転炉における吹込み酸素と溶銑との酸化反応である火点反
応および前記火点反応が進行する領域を除いた溶銑とスラグとの界面領域における反応であるスラグメタル界面反応
をモデル化した複合反応モデルを用いて
、前記スラグ中の塩基度推定値を逐次算
出する、請求項1に記載の転炉吹錬制御装置。
【請求項3】
前記吹錬処理制御部は、前記塩基度推定値が所定の時系列パターンに従って推移するように前記CaO源の投入量を制御する、請求項2に記載の転炉吹錬制御装置。
【請求項4】
前記所定の時系列パターンは、過去の吹錬処理における前記塩基度推定値の推移パターンをクラスタリングして得られたクラスターのうち、前記溶銑の脱りん率が最も高く分布しているクラスターに分類された前記塩基度推定値の推移を示す、請求項3に記載の転炉吹錬制御装置。
【請求項5】
前記CaO源は、粉体生石灰を含む、請求項3または請求項4に記載の転炉吹錬制御装置。
【請求項6】
転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データを説明変数とする統計モデルを用いて、前記吹錬処理において溶銑にCaO源を投入するための遅延時間を推定する遅延時間推定部と、
前記遅延時間が経過した時を、前記CaO源の投入開始時期として判定する、
CaO源投入判定部と、
前記CaO源の投入開始時期の経過後に前記CaO源の投入を開始する吹錬処理制御部と、
を備える、転炉吹錬制御装置。
【請求項7】
前記統計モデルは、過去の吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出した結果に基づいて構築される、請求項
6に記載の転炉吹錬制御装置。
【請求項8】
前記過去の吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値は、前記転炉における吹込み酸素と溶銑との酸化反応である火点反応、および前記火点反応が進行する領域を除いた溶銑とスラグとの界面領域における反応であるスラグメタル界面反応をそれぞれモデル化した複合反応モデルを用いて逐次算出され、
前記統計モデルは前記溶銑データと前記塩基度推定値が所定の閾値を下回った時間との関係を表現する、請求項
7に記載の転炉吹錬制御装置。
【請求項9】
転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑デー
タおよび前記吹錬処理中の操業要因データを収集するデータ収集部と、
前記溶銑データおよび前記操業要因データに基づいて
、前記吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出する塩基度推定値算出部と、
前記逐次算出の結果に基づいて、前記溶銑データを説明変数とし前記吹錬処理の開始から前記塩基度推定値が所定の閾値を下回るまでの遅延時間を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部と
、
を備える
、統計モデル構築装置。
【請求項10】
転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データおよび前記吹錬処理中の操業要因データに基づいて、前記吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出する工程と、
前記吹錬処理の開始後、前記塩基度推定値が所定の閾値を下回った時を、転炉で吹錬処理される溶銑に投入されるCaO源の投入開始時期
として判定する工程と、
前記CaO源の投入開始時期の経過後に前記CaO源の投入を開始する工程と
、
を含む
、転炉吹錬制御方法。
【請求項11】
転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑デー
タおよび前記吹錬処理中の操業要因データを収集する工程と、
前記溶銑データおよび前記操業要因データに基づいて
、前記吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出する工程と、
前記逐次算出の結果に基づいて、前記溶銑データを説明変数とし前記吹錬処理の開始から前記塩基度推定値が所定の閾値を下回るまでの遅延時間を目的変数とする統計モデルを構築する工程と
、
を含む
、統計モデル構築方法。
【請求項12】
転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データおよび前記吹錬処理中の操業要因データに基づいて、前記吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出する塩基度推定値算出部と、
前記吹錬処理の開始後、前記塩基度推定値が所定の閾値を下回った時を、転炉で吹錬処理される溶銑に投入されるCaO源の投入開始時期
として判定するCaO源投入判定部と、
前記CaO源の投入開始時期の経過後に前記CaO源の投入を開始する吹錬処理制御部と
、
を備える転炉吹錬制御装置としてコンピュータを機能させるためのプログラム。
【請求項13】
転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑デー
タおよび前記吹錬処理中の操業要因データを収集するデータ収集部と、
前記溶銑データおよび前記操業要因データに基づいて
、前記吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出する塩基度推定値算出部と、
前記逐次算出の結果に基づいて、前記溶銑データを説明変数とし前記吹錬処理の開始から前記塩基度推定値が所定の閾値を下回るまでの遅延時間を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部と
、
を備える統計モデル構築装置としてコンピュータを機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転炉吹錬制御装置、統計モデル構築装置、転炉吹錬制御方法、統計モデル構築方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
転炉を用いた予備溶銑処理では、脱りん処理が主な目的になる。脱りん反応は以下の式で表され、反応を促進するためにはスラグ中のCaO濃度およびFeO濃度を高める必要がある。なお、式(1)において()はスラグ内の物質を意味し、[]は溶銑内の物質を意味する。
3(CaO)+5(FeO)+2[P]=(3CaO・P2O5)+5[Fe]
【0003】
ここで、脱りん反応は、スラグ中の塩基度、すなわちCaO濃度のSiO2濃度に対する比(=(%CaO)/(%SiO2))を高めることによって促進される。溶銑に副原料として生石灰を添加してスラグ中のCaO濃度を高めれば塩基度を高めることができるが、生石灰の添加量を増やすと操業コストが上昇し、またスラグの発生量も増大することから、添加量には限界がある。そこで、特許文献1には、脱りん処理時の撹拌力を塩基度と組み合わせて最適化することによって、生石灰原単位の少ない条件で脱りん反応を進行させる技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の特許文献1では、規定された塩基度をどの時点で実現させるかについては言及されていない。後述するように、本発明者らの知見によれば、複数の操業において吹錬処理中の一時点におけるスラグ中の塩基度が同じであっても、脱りん率が異なる場合がある。つまり、特許文献1に記載されたような塩基度を吹錬処理中の一時点で実現したとしても、脱りん率が向上するとは限らない。
【0006】
そこで、本発明は、副原料のCaO源を適切な時点で投入することによって溶銑の脱りん率を効果的に向上させることが可能な、転炉吹錬制御装置、統計モデル構築装置、転炉吹錬制御方法、統計モデル構築方法およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に投入されるCaO源の投入開始時期を判定するCaO源投入判定部と、CaO源投入判定部による判定に従って、吹錬処理の開始からスラグ中の塩基度が所定の閾値を下回るまでに要すると想定される時間の経過後にCaO源の投入を開始する吹錬処理制御部とを備える転炉吹錬制御装置が提供される。
【0008】
本発明の別の観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データ、および吹錬処理中の操業要因データを収集するデータ収集部と、溶銑データおよび操業要因データに基づいて吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出する塩基度推定値算出部と、逐次算出の結果に基づいて、溶銑データを説明変数とし吹錬処理の開始から塩基度推定値が所定の閾値を下回るまでの遅延時間を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部とを備える統計モデル構築装置が提供される。
【0009】
本発明のさらに別の観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に投入されるCaO源の投入開始時期を判定する工程と、判定に従って、吹錬処理の開始からスラグ中の塩基度が所定の閾値を下回るまでに要すると想定される時間の経過後にCaO源の投入を開始する工程とを含む転炉吹錬制御方法が提供される。
【0010】
本発明のさらに別の観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データ、および吹錬処理中の操業要因データを収集する工程と、溶銑データおよび操業要因データに基づいて吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出する工程と、逐次算出の結果に基づいて、溶銑データを説明変数とし吹錬処理の開始から塩基度推定値が所定の閾値を下回るまでの遅延時間を目的変数とする統計モデルを構築する工程とを含む統計モデル構築方法が提供される。
【0011】
本発明のさらに別の観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に投入されるCaO源の投入開始時期を判定するCaO源投入判定部と、CaO源投入判定部による判定に従って、吹錬処理の開始からスラグ中の塩基度が所定の閾値を下回るまでに要すると想定される時間の経過後にCaO源の投入を開始する吹錬処理制御部とを備える転炉吹錬制御装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムが提供される。
【0012】
本発明のさらに別の観点によれば、転炉で吹錬処理される溶銑に関する溶銑データ、および吹錬処理中の操業要因データを収集するデータ収集部と、溶銑データおよび操業要因データに基づいて吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出する塩基度推定値算出部と、逐次算出の結果に基づいて、溶銑データを説明変数とし吹錬処理の開始から塩基度推定値が所定の閾値を下回るまでの遅延時間を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部とを備える統計モデル構築装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムが提供される。
【0013】
上記の構成によって、吹錬処理の開始から所定時間の経過後に副原料のCaO源の投入が開始される。これによって、スラグ中の塩基度の推移を脱りん率が高い場合のパターンに近づけることができ、結果として溶銑の脱りん率を効果的に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る転炉吹錬制御装置を含む精錬設備の概略的な構成を示す図である。
【
図2】本発明の第1の実施形態に係る転炉吹錬制御方法の工程を概略的に示すフローチャートである。
【
図4】脱りん率が相対的に高かった操業の塩基度推定値を時系列で示すグラフである。
【
図5】脱りん率が相対的に低かった操業の塩基度推定値を時系列で示すグラフである。
【
図6A】吹錬処理における塩基度推定値の推移パターンをクラスタリングした結果を示す図である。
【
図6B】吹錬処理における塩基度推定値の推移パターンをクラスタリングした結果を示す図である。
【
図6C】吹錬処理における塩基度推定値の推移パターンをクラスタリングした結果を示す図である。
【
図6D】吹錬処理における塩基度推定値の推移パターンをクラスタリングした結果を示す図である。
【
図6E】吹錬処理における塩基度推定値の推移パターンをクラスタリングした結果を示す図である。
【
図6F】吹錬処理における塩基度推定値の推移パターンをクラスタリングした結果を示す図である。
【
図6G】吹錬処理における塩基度推定値の推移パターンをクラスタリングした結果を示す図である。
【
図7】
図6Aから
図6Gに示した各クラスターにおける脱りん率の分布を示す図である。
【
図8】本発明の第1の実施形態の変形例に係る転炉吹錬制御方法の工程を概略的に示すフローチャートである。
【
図9】本発明の第2の実施形態に係る転炉吹錬制御装置を含む精錬設備の概略的な構成を示す図である。
【
図10】本発明の第2の実施形態に係る転炉吹錬制御方法の工程を概略的に示すフローチャートである。
【
図11】本発明の第2の実施形態に係る統計モデル構築装置を含む精錬設備の概略的な構成を示す図である。
【
図12】本発明の第2の実施形態に係る統計モデル構築方法の工程を概略的に示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0016】
(設備の概要)
図1は、本発明の第1の実施形態に係る転炉吹錬制御装置を含む精錬設備の概略的な構成を示す図である。
図1に示されるように、精錬設備1は、転炉設備10と、計測制御装置20と、転炉吹錬制御装置30とを含む。以下、各部についてさらに説明する。
【0017】
転炉設備10は、転炉11と、上吹きランス12と、煙道13と、羽口14と、投入装置15とを含む。転炉設備10では、転炉11の炉口から挿入された上吹きランス12が、転炉11内の溶銑111に酸素ガス121を供給する。一次精錬の脱炭処理では、溶銑111内の炭素が酸素ガス121と反応することによってCOガスまたはCO2ガスになり、これらのガスは煙道13を経由して排出される。脱炭処理を経た溶銑111は、溶鋼112として次工程に送られる。また、脱炭処理では、溶銑111内のりんおよび珪素も酸素ガス121、またはスラグ113に含まれる副原料と反応し、スラグ113中に取り込まれて安定化する。一方、羽口14からは窒素ガスやアルゴンガスなどの底吹きガス141が吹き込まれて溶銑111を攪拌し、上記の反応を促進する。投入装置15は、副原料151を転炉11内に投入する。副原料151は、例えば生石灰などのCaO源、および鉄鉱石などの酸素含有副原料を含む。なお、後述する粉体生石灰のように上吹きランス12を用いて酸素ガス121とともに吹き込まれる粉状の副原料が用いられてもよい。なお、本明細書において、CaO源を含む副原料の投入開始時期、または投入量といった場合、塊状の副原料を投入装置15によって投入する場合に限らず、粉状の副原料を上吹きランス12を用いて吹き込む場合も含まれる。
【0018】
計測制御装置20は、転炉設備10における精錬処理に関する各種の計測、および精錬処理の制御を実行する。具体的には、計測制御装置20は、計測系として、サブランス21と、排ガス分析計22と、排ガス流量計23とを含む。サブランス21は、上吹きランス12とともに転炉11の炉口から挿入され、先端に設けられた測定装置を脱炭処理中の所定のタイミングで溶鋼112に浸漬させることによって、炭素濃度を含む溶鋼112の成分濃度(溶鋼中の炭素濃度を溶鋼炭素濃度と称する)、および溶鋼112の温度(溶鋼温度とも称する)などを測定する。このようなサブランス21を用いた測定を、以下の説明ではサブランス測定ともいう。排ガス分析計22は、煙道13を経由して排出されるガスの成分を分析する。具体的には、排ガス分析計22は、排ガスに含まれるCO、CO2およびO2の濃度(各成分の濃度を排ガス成分濃度と称する)を測定する。一方、排ガス流量計23は、煙道13を経由して排出されるガスの流量(排ガス流量と称する)を測定する。上記のサブランス測定の結果、および排ガス分析計22および排ガス流量計23の測定結果は、転炉吹錬制御装置30に送信される。
【0019】
一方、計測制御装置20は、制御系として、ランス駆動装置24と、吹き込み制御装置25と、底吹きガス供給装置26と、投入制御装置27とを含む。ランス駆動装置24は、上吹きランス12を上下方向に駆動する。これによって、上吹きランス12の高さ、すなわち転炉11内で酸素ガス121が供給される位置の溶銑111からの距離を調節することができる。吹き込み制御装置25は、上吹きランス12に供給される酸素ガス121の流量を制御する。また、吹き込み制御装置25は、酸素ガス121とともに上吹きランス12に供給される粉体生石灰などの粉状の副原料の流量を制御してもよい。底吹きガス供給装置26は、羽口14に供給される底吹きガス141の流量を制御する。投入制御装置27は、投入装置15による副原料151の投入のタイミングおよび投入量を制御する。上記のランス駆動装置24、吹き込み制御装置25、底吹きガス供給装置26、および投入制御装置27の動作は、転炉吹錬制御装置30からの制御信号に従って制御可能であってもよい。
【0020】
転炉吹錬制御装置30は、通信部31と、演算部32と、記憶部33と、入出力部34とを含む装置、例えばコンピュータによって実装される。通信部31は、計測制御装置20の各要素と有線または無線で通信する各種の通信装置であり、計測制御装置20において得られた測定結果を受信するとともに、計測制御装置20に制御信号を送信する。演算部32は、プログラムに従って各種の演算を実行する演算装置である。演算装置は、例えばCPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、およびROM(Read Only Memory)を含む。プログラムは、演算装置のROM、または記憶部33に格納される。演算部32は、プログラムに従って動作することによって、塩基度推定値算出部321、CaO源投入判定部322、および吹錬処理制御部323として機能する。記憶部33は、各種のデータを格納することが可能なストレージである。本実施形態において、記憶部33には、転炉11で吹錬処理される溶銑111に関する溶銑データ331、吹錬処理中の操業要因データ332、および過去の吹錬処理の結果から抽出された塩基度推移パターン333が格納される。入出力部34は、ディスプレイまたはプリンタなどの出力装置と、キーボード、マウス、またはタッチパネルなどの入力装置とを含む。出力装置は、例えば、例えばCaO源投入判定部322によって判定されたCaO源の投入開始時期などの情報を出力する。入力装置は、例えば、吹錬処理制御部323が実行する制御に関する指示入力を取得する。なお、演算装置は、PLC(Programmable Logic Controller)であってもよいし、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)などの専用のハードウェアにより実現してもよい。
【0021】
ここで、記憶部33に格納される操業要因データ332は、例えば、吹錬処理中に計測制御装置20のサブランス21を用いた測定によって取得される溶鋼112の成分濃度、溶鋼112の温度、排ガス分析計22によって測定される排ガス成分濃度、排ガス流量系が測定する排ガス流量、ランス駆動装置24によって制御される上吹きランス12の高さ、吹き込み制御装置25が供給する吹込み酸素量、底吹きガス供給装置26が供給する底吹きガス流量、ならびに投入制御装置27または吹き込み制御装置25による副原料の投入開始時期および投入量の少なくとも一部を含む。
【0022】
上記の転炉吹錬制御装置30において、塩基度推定値算出部321は、後述する複合反応モデルを用いて、記憶部33から読み込んだ溶銑データ331および操業要因データ332から吹錬処理の開始後のスラグ113中の塩基度推定値を逐次算出する。CaO源投入判定部322は、副原料として溶銑111に投入するCaO源の投入開始時期か否か判定する。具体的には、本実施形態において、CaO源投入判定部322は、吹錬処理の開始後、塩基度推定値算出部321によって逐次算出される塩基度推定値が所定の閾値を下回った時(例えば、初めて下回った時)をCaO源の投入開始時期として判定する。吹錬処理制御部323は、吹錬処理の開始時からスラグ中の塩基度が所定の閾値を下回るまでに要すると想定される時間の経過後、本実施形態の例では、CaO源投入判定部322により投入開始時期として判定されたときに、CaO源の投入を開始する。さらに、本実施形態において、吹錬処理制御部323は、塩基度推定値算出部321によって逐次算出される塩基度推定値が所定の時系列パターン、具体的には記憶部33に格納された塩基度推移パターン333に従って推移するように、CaO源の投入量を制御する。吹錬処理制御部323は、通信部31を介して吹き込み制御装置25または投入制御装置27に制御信号を送信し、制御信号を受信した投入制御装置27または吹き込み制御装置25によってCaO源の投入が実行される。
【0023】
なお、上記の例では、CaO源投入判定部322によって投入開始時期と判定された旨が入出力部34を介してユーザに向けて出力され、ユーザが入出力部34を介して入力した指示入力に従って吹錬処理制御部323がCaO源の投入を開始してもよい。あるいは、吹錬処理制御部323は、CaO源投入判定部322によって投入開始時期と判定された時に自動的にCaO源の投入を開始してもよい。
【0024】
(工程の概要)
図2は、本発明の第1の実施形態に係る転炉吹錬制御方法の工程を概略的に示すフローチャートである。図示された例では、転炉11における吹錬処理の開始(ステップS11)の後、転炉吹錬制御装置30の塩基度推定値算出部321が、後述する複合反応モデルを用いてスラグ113中の塩基度推定値を逐次算出する(ステップS12)。このとき、塩基度推定値算出部321は、事前に測定されて記憶部33に格納された溶銑データ331、および吹錬処理中に逐次取得されて記憶部33に格納される操業要因データ332を利用する。次に、CaO源投入判定部322が、塩基度推定値が所定の閾値を下回ったか否かを判定する(ステップS13)。塩基度推定値が所定の閾値を下回っていない場合、塩基度推定値の逐次算出(ステップS12)が継続される。
【0025】
上記のステップS13の判定で、塩基度推定値が所定の閾値を下回っていた場合、CaO源投入判定部322はその時をCaO源の投入開始時期として判定し、吹錬処理制御部323が溶銑111へのCaO源の投入を開始する(ステップS14)。CaO源の投入開始(ステップS14)の後も、引き続き塩基度推定値算出部321が複合反応モデルを用いてスラグ113中の塩基度推定値を逐次算出し(ステップS15)、吹錬処理制御部323は、塩基度推定値が記憶部33に格納された塩基度推移パターン333に従って推移するようにCaO源の投入量を制御する(ステップS16)。例えば、吹錬処理制御部323は、塩基度推定値が塩基度推移パターン333の値よりも高ければCaO源の投入量を減少させ、塩基度推定値が塩基度推移パターン333の値よりも低ければCaO源の投入量を増加させる。上記のステップS15およびステップS16の処理は、吹錬処理の終了(ステップS17)まで繰り返し実行されてもよい。
【0026】
上記のような処理によって、転炉11における吹錬処理の開始からスラグ中の塩基度が所定の閾値を下回るまでに要すると想定される時間の経過後、本実施形態の例ではスラグ113中の塩基度の推定値が所定の閾値を下回った時点で、溶銑111にCaO源が投入される。スラグ中の塩基度が脱りん反応の進行に影響し、塩基度が高い方が脱りん反応が促進されることは上述した通りであるが、後述する本発明者らの知見によって示されるように、吹錬処理の初期からCaO源を投入して塩基度を高く維持することは、必ずしも脱りん率の向上に寄与しない。本実施形態では、吹錬処理の初期にはCaO源を投入せずにスラグ中の塩基度を低下させ、塩基度が所定の閾値を下回った時点でCaO源を投入して塩基度を上昇させることによって、CaO源を有効利用して脱りん率を向上させることができる。
【0027】
(スラグ中の塩基度推定値を逐次算出するための複合反応モデル)
ここで、特開2018-95943号公報などに記載されている、スラグ中の塩基度推定値を逐次算出するための複合反応モデルについて、さらに説明する。
図3は、複合反応モデルの概念図である。複合反応モデルは、(a)転炉11における吹込み酸素(酸素ガス121)と溶銑111との酸化反応である火点反応、および(b)火点反応が進行する領域を除いた溶銑111とスラグ113との界面領域における反応であるスラグメタル界面反応をそれぞれモデル化したものである。なお、この複合反応モデルにおいて、スラグメタル界面反応は例えばS. Ohguchi et. al、“Simultaneous dephosphorization and desulphurization of molten pig iron”、Ironmaking and Steelmaking、1984年11巻4号、p. 41に記載された競合反応モデルによって表現される。
【0028】
(火点反応モデル)
まず、火点反応を表現する数理モデルについて説明する。火点領域では、上吹きランスなどから溶銑に酸素が供給されることによって、溶銑に含まれるSi、C、およびFeの酸化反応(火点反応)が発生する。火点反応におけるSi、C、およびFeのそれぞれの物質収支は、以下の式(1)~(3)で表される。
【0029】
【0030】
ここで、上記の式(1)~(3)において、[Si]f、[C]f、および[Fe]fは火点領域における溶銑のSi濃度(%)、C濃度(%)、およびFe濃度(%)、[Si]、[C]、および[Fe]は火点領域以外の領域における溶銑のSi濃度(%)、C濃度(%)、およびFe濃度(%)、kSiは脱珪反応速度定数(%/sec)、ΔCは排ガスデータから求めた脱炭速度(%/sec)、ΔFeは排ガスデータから求めた鉄の酸化速度(%/sec)、Vfは火点領域における溶銑の体積(m3)、Qは転炉内の溶銑の還流量(m3/sec)である。
【0031】
排ガスデータから求めた脱炭速度ΔCは、排ガス分析計22および排ガス流量計23の測定データを用いて以下の式(4)から算出される。式(4)において、Qoffgasは排ガス流量計23によって測定される排ガス流量(Nm3/hr)、bg(CO)およびbg(CO2)は排ガス分析計22によって測定される排ガス中のCO濃度(%)およびCO2濃度(%)、Wfは火点領域における溶銑の重量(ton)である。
【0032】
【0033】
なお、脱りん反応を促進させるCaO源として、生石灰(酸化カルシウム:CaOを主成分とする)に代えてより安価な石灰石(炭酸カルシウム:CaCO3を主成分とする)を用いる場合、溶銑の脱炭反応によって発生したCO2と、炭酸カルシウムの滓化反応(CaCO3→CaO+CO2)によって発生したCO2とを区別することによってより精度よく脱炭速度ΔCを算出する以下の式(5)を、式(4)の代わりに用いてもよい。式(5)において、ΔWCaCO3は石灰石の滓化速度(ton/sec)であり、例えば以下の式(6)において石灰石の投入量WCaCO3に対して一次遅れを仮定する時定数TCaCO3を60(sec)として算出される。ΔWCaCO3の係数である-0.12は、反応式(CaCO3→CaO+CO2)から化学量論的に定まる定数である。
【0034】
【0035】
排ガスデータから求めた鉄の酸化速度ΔFeは、以下の式(7)において、転炉内の溶銑に供給された酸素量FO2(Nm3/hr)から、脱炭反応および脱珪反応に消費された酸素量を差し引いた酸素量を用いて算出される。ただし、式(8)に示されるように式(7)の右辺の値が0よりも小さくなる場合は、ΔFe=0とする。
【0036】
【0037】
一方、火点領域において酸化されるSiおよびFeの濃度変化は、火点反応によるスラグ中のSiO2およびFeOの濃度変化に対応する。これは、火点領域での酸化反応によって減少したSiおよびFeがSiO2およびFeOに変化してスラグに取り込まれるためである。従って、火点反応によるスラグ中のSiO2およびFeOの濃度変化(%/sec)は、上記の式(1)および式(3)から以下の式(9)および式(10)で表される。式(9)および式(10)において、〈SiO2〉fおよび〈FeO〉fは火点領域で生成したスラグ中のSiO2濃度(%)およびFeO濃度(%)、WSはスラグの重量(ton)である。
【0038】
【0039】
また、火点領域の熱収支式は、火点反応で生じる各反応熱を考慮して以下の式(11)のように表すことができる。式(11)において、cpfは火点領域における溶銑の比熱(J/(kg・℃))である。Tfは火点領域における溶銑の温度(℃)、Hreac,fは火点領域における反応熱(J/sec)であり、例えば[Si]f、[C]f、および[Fe]fを用いて算出される。RQは転炉内の還流による火点領域への流入熱量(J/sec)であり、例えば火点領域以外の領域における溶銑温度T(℃)を用いて算出される。RQfは転炉内の還流による火点領域からの流出熱量(J/sec)であり、例えば火点領域における溶銑温度Tf(℃)を用いて算出される。
【0040】
【0041】
上記の式(1)~式(3)、式(4)または式(5)、式(7)~式(11)によって、火点領域における溶銑成分の挙動、および火点反応によって生成されてスラグに流入する酸化物(SiO2およびFeO)の挙動を表現することができる。
【0042】
(スラグメタル界面反応モデル)
次に、スラグメタル界面反応について説明する。スラグメタル界面における溶銑成分に関する反応は、スラグメタル界面における溶銑成分の平衡濃度と火点領域以外における溶銑成分の濃度との差を推進力とする物質移動によって表現される。具体的には、スラグメタル界面において溶銑に含まれる元素Xiの物質収支は、以下の式(12)で表される。なお、本実施形態において、{Xi}={C,Si,Mn,P,Fe}である。式(12)において、[Xi]は火点領域以外の領域における溶銑の元素Xi濃度(%)、Vは火点領域以外の領域における溶銑の体積(m3)、Aはスラグメタル界面の面積(m2)、KXiは元素Xiの物質移動係数(m/sec)、[Xi]*はスラグメタル界面の溶銑に含まれる元素Xiの平衡濃度(%)、[Xi]fは火点領域における溶銑の元素Xi濃度(%)、WXi,SUBは、副原料の投入による溶銑成分である元素Xiの増加を考慮するための投入項(%/sec)である。
【0043】
【0044】
ここで、スラグメタル界面の溶銑に含まれる元素Xiの平衡濃度[Xi]*は、上記のS. Ohguchiらの文献に記載された界面酸素濃度ao*を用いて表される。界面酸素濃度ao*は、スラグメタル界面における酸素収支式から算出される。
【0045】
一方、スラグメタル界面におけるスラグ成分に関する反応も、溶銑成分に関する反応と同様に、スラグメタル界面におけるスラグ成分の平衡濃度とスラグのバルク内の成分の濃度との差を推進力とする物質移動によって表現される。具体的には、スラグメタル界面においてスラグに含まれる酸化物XOjの物質収支は、以下の式(13)で表される。なお、本実施形態において、{XOj}={CaO,SiO2,FeO,MnO,P2O5,Al2O3}である。式(13)において、〈XOj〉はスラグに含まれる酸化物XOjの濃度(%)、VSはスラグの体積(m3)、KXOjは酸化物XOjの物質移動係数(m/sec)、〈XOj〉*はスラグに含まれる酸化物XOjの平衡濃度(%)、WXOj,SUBは、生石灰や石灰石、スケールなどの副原料の投入によるスラグに含まれる酸化物XOjの増加を考慮するための投入項(%/sec)である。
【0046】
【0047】
なお、〈SiO2〉および〈FeO〉については、式(13)の右辺に火点反応におけるSiO2およびFeOの生成速度を追加した以下の式(14)および式(15)で表す。これによって、火点反応で生成された酸化物がスラグに流入することによるスラグ成分の濃度の変化を表現することができる。
【0048】
【0049】
また、スラグメタル界面反応を構成する溶銑部分の熱収支、およびスラグ部分の熱収支は、スラグメタル界面反応などの反応熱を考慮して、下記の式(16)および式(17)で表される。式(16)において、Wは火点領域以外の領域における溶銑の重量(ton)、cpは火点領域以外の領域における溶銑の比熱(J/(kg・℃))、Tは火点領域以外の領域における溶銑の温度(℃)である。Hreacはスラグメタル界面反応で生じた反応熱のうち溶銑に分配される反応熱(J/sec)であり、スラグメタル界面反応に伴う各成分の物質移動に基づいて算出される。QSUBは、溶銑への副原料の溶解によって生じる抜熱量(J/sec)である。式(17)において、cpSはスラグの比熱(J/(kg・℃))、TSはスラグの温度(℃)である。Hreac,Sはスラグメタル界面反応で生じた反応熱のうちスラグに分配される反応熱(J/sec)であり、スラグメタル界面反応に伴う各成分の物質移動に基づいて算出される。RQSは、スラグ表面からの抜熱量(J/sec)である。
【0050】
【0051】
上記の式(12)~式(17)によって、火点反応による溶銑成分の挙動を含めたスラグメタル界面における溶銑成分およびスラグ成分の挙動を表現することができる。
【0052】
以上で説明したような火点反応モデルおよびスラグメタル界面反応モデルを複合させた複合反応モデルによって、スラグ中の塩基度推定値を逐次算出することができる。具体的には、式(1)~式(3)、式(4)または式(5)、式(7)~式(17)の連立方程式に解くことによって、スラグ中のCaO濃度およびSiO2濃度を推定し、以下の式(18)によって塩基度推定値CSを算出することができる。
【0053】
【0054】
(塩基度推移と脱りん率との関係)
ここで、本発明者らの知見によれば、スラグ中の塩基度の推移と脱りん率との間には以下で説明するような関係がある。
【0055】
図4は、脱りん率が相対的に高かった(80%以上)操業において、上記の複合反応モデルを用いて算出された塩基度推定値を時系列で示すグラフである。グラフに示されるように、脱りん率が相対的に高かった操業では、塩基度推定値が、吹錬初期には低下して0.5程度の極小値となり、その後上昇している。一方、
図5は、脱りん率が相対的に低かった(60%以下)操業において、複合反応モデルを用いて算出された塩基度推定値を時系列で示すグラフである。グラフに示されるように、脱りん率が相対的に低かった操業では、塩基度推定値が、吹錬初期に極小値にはならず、1.5程度まで低下して横ばいになっている。
【0056】
上記の知見より、塩基度推定値が吹錬初期において所定の閾値以下の極小値まで低下してから上昇するという推移パターンと、脱りん率が高いこととの間には相関があると考えられる。つまり、例えば吹錬初期からCaO源を投入して塩基度を高い水準に維持し続けるよりも(
図5の例)、吹錬初期にはCaO源を投入せずに塩基度を低下させ、その後にCaO源を投入して塩基度を上昇させる方が(
図4の例)、脱りん率を向上させられる可能性が高いといえる。
【0057】
そこで、本実施形態において、吹錬処理制御部323は、吹錬処理の開始からスラグ中の塩基度が所定の閾値を下回るまでに要すると想定される時間の経過後、例えば、CaO源投入判定部322により投入開始時期と判定された時に、CaO源の投入を開始する。これによって、塩基度の時系列変化が
図4に示した例に近づき、脱りん率を向上させることができると考えられる。CaO源投入判定部322によるCaO源の投入開始時期の判定基準になる塩基度推定値の閾値は、例えば上記の
図4の例から0.5とすることができる。
【0058】
図6Aから
図6Gは、吹錬処理における塩基度推定値の推移パターンをクラスタリングした結果を示す図である。図示された例では、過去の3000回の操業において吹錬開始から400秒経過時まで複合反応モデルを用いて逐次算出された塩基度推定値の推移パターンを教師なし学習によってクラスタリングした結果として得られる7つのクラスター(No.1~No.7)が示されている。
図6Aから
図6Gの各図に示される太線は、それぞれのクラスターに含まれる塩基度推定値の推移の平均値を表している。
【0059】
図7は、
図6Aから
図6Gに示した各クラスターにおける脱りん率の分布を示す図である。脱りん率の分布は、ボックスプロット図として示されている。図示されているように、7つのクラスターのうち、溶銑の脱りん率が最も高く分布しているのは
図6Dに示されたNo.4のクラスターである(上記で
図4に示した例に対応する)。
【0060】
そこで、本実施形態において吹錬処理制御部323は、CaO源投入判定部322による判定に従ってCaO源の投入を開始した後、塩基度推定値が
図6Dに示されたNo.4のクラスターに分類された塩基度推定値の推移を示す塩基度推移パターン333に従って推移するように、CaO源の投入量を制御する。具体的には、
図6Dのグラフに示されるNo.4のクラスターにおける塩基度推定値の平均値を目標塩基度CS
aim、CaO源の投入開始後に複合反応モデルによって算出された塩基度推定値をCS
calとした場合、必要とされるCaO源の投入量W
CaOは、以下の式(19)で算出される。なお、〈SiO
2〉はスラグ中のSiO
2濃度(%)、W
Sはスラグの重量(ton)である。塩基度推定値CS
calが目標塩基度CS
aimよりも大きい場合は、投入量W
CaOを0とする。
【0061】
【0062】
なお、上記のように塩基度推定値が時系列パターンに従って推移するようにCaO源の投入量を制御する場合、CaO源として粉体生石灰を吹き込むことが好ましい。粉体生石灰は吹き込むとほぼ同時に滓化するため、時系列パターンに対する塩基度の追従性を高めることができる。他のCaO源としては塊状の生石灰やドロマイトなどが利用できる。
【0063】
ここで、上記で
図6Aおよび
図6Bに示されたNo.1およびNo.2のパターンと
図6Dに示されたNo.4のパターンとは、400秒経過時点での塩基度でみれば同程度(1.5~1.7)であるが、塩基度の推移パターンとしては異なる。つまり、ある一時点、例えば400秒経過時点での塩基度のみを目標にCaO源を投入した場合、No.4のパターンとNo.1およびNo.2のパターンとが区別されず、規定された塩基度が実現されているにも関わらず、脱りん率が低い、ということが起こりうる。この点において、本実施形態では、塩基度推定値の推移パターンに着目することによって、より効果的に脱りん率を向上させることが可能である。
【0064】
図8は、本発明の第1の実施形態の変形例に係る転炉吹錬制御方法の工程を概略的に示すフローチャートである。
図8に示された例では、上記で
図2を参照して説明した例とは異なり、スラグ中の塩基度推定値が所定の閾値を下回った場合に吹錬処理制御部323がCaO源を所定の投入量で投入する(ステップS18)。つまり、図示された例の場合、吹錬処理制御部323は塩基度推移パターン333に基づくCaO源の投入量の制御を実施しない。このような場合も、吹錬処理を開始してから塩基度推定値が所定の閾値を下回った時点でCaO源が投入されることによって、塩基度が上記で
図4に示したパターンに近い推移になり、脱りん率が向上する。
【0065】
以上で説明した本発明の第1の実施形態では、転炉における吹錬処理中に複合反応モデルを用いてスラグ中の塩基度推定値を逐次算出し、吹錬処理の開始からスラグ中の塩基度が所定の閾値を下回るまでに要すると想定される時間の経過後、具体的には塩基度推定値が所定の閾値を下回った時にCaO源の投入を開始する。これによって、スラグ中の塩基度の推移を脱りん率が高い場合のパターンに近づけることができ、結果として脱りん率を向上させることができる。さらに、塩基度推定値が過去の吹錬処理で脱りん率が高かった場合の塩基度推定値の推移パターンに従って推移するようにCaO源の投入量を制御することによって、より確実に脱りん率を向上させてもよい。
【0066】
また、本発明の第1の実施形態では、スラグ中の塩基度推定値を逐次算出して、算出した塩基度推定値が所定の閾値を下回った時にCaO源の投入を開始している。しかし、スラグ中の塩基度推定値を算出せずに、吹錬処理の開始からスラグ中の塩基度が所定の閾値を下回るまでに要すると想定される所定時間(予め定めた時間)が経過した時に、CaO源の投入を開始してもよい。
【0067】
(第2の実施形態)
図9は、本発明の第2の実施形態に係る転炉吹錬制御装置を含む精錬設備の概略的な構成を示す図である。
図9に示されるように、精錬設備1Aは、転炉設備10と、計測制御装置20と、転炉吹錬制御装置30Aとを含む。なお、転炉設備10および計測制御装置20については、
図1を参照して説明した例と同様であるため重複した説明は省略する。
【0068】
転炉吹錬制御装置30Aは、上記の第1の実施形態における転炉吹錬制御装置30と同様に、通信部31と、演算部32と、記憶部33とを含む装置、例えばコンピュータによって実装される。上記の例との違いとして、転炉吹錬制御装置30Aでは、記憶部33に統計モデル334が格納される。また、演算部32が、プログラムに従って動作することによって、遅延時間推定部324、CaO源投入判定部322および吹錬処理制御部323として機能する。なお、遅延時間推定部324および統計モデル334以外の転炉吹錬制御装置30Aの構成は、
図1の例における転炉吹錬制御装置30と同様であるため重複した説明は省略する。
【0069】
遅延時間推定部324は、記憶部33に格納された溶銑データ331(たとえば、溶銑C、溶銑Si、溶銑P、溶銑温度等)を説明変数とする統計モデル334を用いて、吹錬処理において溶銑111にCaO源を投入するための適切な遅延時間を推定する。CaO源投入判定部322は、遅延時間推定部324によって推定された遅延時間が経過した時を、CaO源の投入開始時期として判定する。ここで、統計モデル334は、例えば後述するような統計モデル構築装置を用いて、過去の吹錬処理におけるスラグ113中の塩基度推定値を逐次算出した結果に基づいて構築される。具体的には、統計モデル334は、過去の吹錬処理における溶銑データと、塩基度推定値が所定の閾値を下回った時間との関係を表現する。従って、遅延時間推定部324は、今回の吹錬処理における溶銑データ331から、塩基度推定値が所定の閾値を下回る遅延時間を推定することができる。
【0070】
図10は、本発明の第2の実施形態に係る転炉吹錬制御方法の工程を概略的に示すフローチャートである。本実施形態では、図示された例のように、転炉11における吹錬処理の開始(ステップS11)の前に、遅延時間推定部324が統計モデル334を用いて溶銑データ331から遅延時間を推定することができる(ステップS21)。他の例では、遅延時間の推定が吹錬処理の開始後に実施されてもよい。吹錬処理の開始(ステップS11)の後、CaO源投入判定部322が、推定された遅延時間が経過したか否かを判定し(ステップS22)、遅延時間が経過した場合には吹錬処理制御部323がCaO源を投入する(ステップS23)。
【0071】
図11は、本発明の第2の実施形態に係る統計モデル構築装置を含む精錬設備の概略的な構成を示す図である。
図11に示されるように、精錬設備1Bは、転炉設備10と、計測制御装置20と、統計モデル構築装置30Bとを含む。なお、転炉設備10および計測制御装置20については、
図1を参照して説明した例と同様であるため重複した説明は省略する。
【0072】
統計モデル構築装置30Bは、
図9を参照して説明した例における転炉吹錬制御装置30Aと同様に、通信部31と、演算部32と、記憶部33とを含む装置、例えばコンピュータによって実装される。転炉吹錬制御装置30Aとの違いとして、統計モデル構築装置30Bでは、記憶部33に、吹錬処理中の操業要因データ332が格納される。また、演算部32が、プログラムに従って動作することによって、データ収集部325、塩基度推定値算出部321および統計モデル構築部326として機能する。なお、それ以外の統計モデル構築装置30Bの構成は、
図9の例における転炉吹錬制御装置30Aと同様であるため重複した説明は省略する。
【0073】
上記の統計モデル構築装置30Bにおいて、データ収集部325は、転炉11で吹錬処理される溶銑111に関する溶銑データ331、および吹錬処理中の操業要因データ332を収集する。ここで、操業要因データ332は、例えば、吹錬処理中に計測制御装置20のサブランス21を用いた測定によって取得される溶鋼112の成分濃度、溶鋼112の温度、排ガス分析計22によって測定される排ガス成分濃度、排ガス流量系が測定する排ガス流量、ランス駆動装置24によって制御される上吹きランス12の高さ、吹き込み制御装置25が供給する吹込み酸素量、底吹きガス供給装置26が供給する底吹きガス流量、ならびに投入制御装置27または吹き込み制御装置25による副原料の投入開始時期および投入量の少なくとも一部を含む。データ収集部325は、例えば、過去の吹錬処理時に測定されて記憶部33に蓄積された溶銑データ331および操業要因データ332を収集する。
【0074】
塩基度推定値算出部321は、データ収集部325が収集した溶銑データ331および操業要因データ332に基づいて、吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出する。スラグ中の塩基度推定値は、例えば上記で説明した複合反応モデルを用いて逐次算出することができる。塩基度推定値算出部321は、例えばデータが収集された過去の吹錬処理のそれぞれについて、スラグ中の塩基度推定値を逐次算出する。統計モデル構築部326は、塩基度推定値算出部321による算出の結果に基づいて、溶銑データ331を説明変数とし、吹錬処理の開始から塩基度推定値が所定の閾値を下回るまでの遅延時間を目的変数とする統計モデル334を構築する。構築された統計モデル334は、例えば
図9の例における転炉吹錬制御装置30Aによって、新たな溶銑データ331から遅延時間を推定するために利用される。
【0075】
なお、上記で説明した転炉吹錬制御装置30Aと統計モデル構築装置30Bとは、同じ装置であってもよいし、異なる装置であってもよい。これらが同じ装置である場合、記憶部33には溶銑データ331、操業要因データ332、および統計モデル334が格納され、演算部32はプログラムに従って動作することによって遅延時間推定部324、CaO源投入判定部322、吹錬処理制御部323、データ収集部325、塩基度推定値算出部321および統計モデル構築部326として機能する。このような装置では、過去の吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値の逐次算出の結果に基づいて構築された統計モデル334を利用して新たな溶銑データ331から遅延時間を推定するとともに、新たな吹錬処理についてもスラグ中の塩基度推定値を逐次算出することによって統計モデル334を更新することができる。
【0076】
図12は、本発明の第2の実施形態に係る統計モデル構築方法の工程を概略的に示すフローチャートである。図示された例では、まず、統計モデル構築装置30Bのデータ収集部325が、転炉11で吹錬処理される溶銑111に関する溶銑データ331、および吹錬処理中の操業要因データ332を収集する(ステップS25)。次に、塩基度推定値算出部321が、ステップS25で収集された溶銑データ331および操業要因データ332に基づいて、吹錬処理におけるスラグ中の塩基度推定値を逐次算出する(ステップS26)。次に、統計モデル構築部326が、ステップS26における算出の結果に基づいて、溶銑データ331を説明変数とし遅延時間を目的変数とする統計モデル334を構築する(ステップS27)。以上のような処理によって、例えば新たな溶銑データ331から適切な遅延時間を推定するための統計モデル334を構築することができる。
【0077】
以上で説明した本発明の第2の実施形態では、溶銑データを説明変数とする統計モデルを用いて適切な遅延時間を推定し、吹錬処理の開始からその推定された遅延時間の経過後にCaO源の投入を開始する。これによって、上記の第1の実施形態と同様にスラグ中の塩基度の推移を脱りん率が高い場合のパターンに近づけることができ、結果として脱りん率を向上させることができる。本実施形態では、過去の吹錬処理においてスラグ中の塩基度推定値を逐次算出した結果に基づいて構築される統計モデルを用いて遅延時間を推定することによって、吹錬処理の開始前、または吹錬処理の開始後早い時期にCaO源の投入開始時期が決定される。従って、例えば投入制御装置27または吹き込み制御装置25によるCaO源の投入実行までに遅延がある場合や、粉体生石灰以外のCaO源を投入するため塩基度の上昇まで時間がかかるような場合であっても、スラグ中の塩基度を適切に制御して脱りん率を向上させることができる。
【0078】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0079】
1,1A,1B…精錬設備、10…転炉設備、11…転炉、12…上吹きランス、13…煙道、14…羽口、15…投入装置、20…計測制御装置、21…サブランス、22…排ガス分析計、23…排ガス流量計、24…ランス駆動装置、25…吹き込み制御装置、26…底吹きガス供給装置、27…投入制御装置、30,30A…転炉吹錬制御装置、30B…統計モデル構築装置、31…通信部、32…演算部、321…塩基度推定値算出部、322…CaO源投入判定部、323…吹錬処理制御部、324…遅延時間推定部、325…データ収集部、326…統計モデル構築部、33…記憶部、331…溶銑データ、332…操業要因データ、333…塩基度推移パターン、334…統計モデル、34…入出力部。