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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-09
(45)【発行日】2024-04-17
(54)【発明の名称】透析装置
(51)【国際特許分類】
   A61M 1/16 20060101AFI20240410BHJP
   A61P 7/08 20060101ALN20240410BHJP
   A61K 33/00 20060101ALN20240410BHJP
【FI】
A61M1/16 163
A61M1/16 161
A61P7/08
A61K33/00
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021534070
(86)(22)【出願日】2020-07-22
(86)【国際出願番号】 JP2020028429
(87)【国際公開番号】W WO2021015235
(87)【国際公開日】2021-01-28
【審査請求日】2023-01-18
(31)【優先権主張番号】P 2019134512
(32)【優先日】2019-07-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】小久保 謙一
(72)【発明者】
【氏名】小林 こず恵
(72)【発明者】
【氏名】小林 弘祐
【審査官】細川 翔多
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0256637(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0350097(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2006/0068031(US,A1)
【文献】特表2007-528852(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 1/16
A61P 7/08
A61K 33/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液流路と、透析液流路とを備える透析器と、
前記透析液流路に透析液を供給する透析液供給流路と、
前記透析液流路から透析液を排出する透析液排出流路と、
前記血液流路に血液を供給する血液供給流路と、
前記血液流路から血液を排出する血液排出流路と、を備え、
前記透析液が一酸化窒素及び/又は亜硝酸イオンを含有し、一酸化窒素の濃度が0.5~10μMであるか、又は亜硝酸イオンの濃度が、40~120μMである、透析装置。
【請求項2】
前記透析液が含有する一酸化窒素の濃度が、0.5~6μMであるか、又は前記透析液が含有する亜硝酸イオンの濃度が、50~100μMである、請求項1に記載の透析装置。
【請求項3】
前記透析器又は前記透析液供給流路は、一酸化窒素及び/又は亜硝酸イオンを放出する材料を備える、請求項1又は2に記載の透析装置。
【請求項4】
一酸化窒素ガス供給源と、前記一酸化窒素ガス供給源に接続された流量計と、前記一酸化窒素ガスを前記透析液に供給するための一酸化窒素ガス供給経路とを更に備える、請求項1~3のいずれか一項に記載の透析装置。
【請求項5】
透析患者の、血小板凝集、白血球の接着又は単球の血管内皮細胞への遊走・付着を抑制するための透析装置の作動方法であって、
血液流路と、透析液流路とを備える透析器と、
前記透析液流路に透析液を供給する透析液供給流路と、
前記透析液流路から透析液を排出する透析液排出流路と、
前記血液流路に血液を供給する血液供給流路と、
前記血液流路から血液を排出する血液排出流路と、を備える透析装置の前記透析液に一酸化窒素及び/又は亜硝酸イオンを含有させ、一酸化窒素の濃度を0.5~10μMにするか、又は亜硝酸イオンの濃度を、40~120μMにする、方法。
【請求項6】
前記透析液に含有させる一酸化窒素の濃度が、0.5~6μMであるか、又は前記透析液に含有させる亜硝酸イオンの濃度が、50~100μMである、請求項5に記載の方法
【請求項7】
前記透析器又は前記透析液供給流路は、一酸化窒素及び/又は亜硝酸イオンを放出する材料を備える、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記透析装置が、一酸化窒素ガス供給源と、前記一酸化窒素ガス供給源に接続された流量計と、前記一酸化窒素ガスを前記透析液に供給するための一酸化窒素ガス供給経路とを更に備える、請求項5~7のいずれか一項に記載の方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透析装置に関する。
本願は、2019年7月22日に、日本に出願された特願2019-134512号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
血液透析療法は末期腎不全患者の生命維持に必要不可欠な治療である。しかしながら、血液透析療法自体により患者の体に炎症や免疫力低下が引き起こされ、長期透析患者の合併症の原因となっていることが明らかになっている。その原因の1つとして、患者の血液が本来異物である血液回路や透析膜の材料表面と接触することによる好中球、単球等の活性化、様々なサイトカインや活性酸素の放出による酸化ストレスの亢進、血小板の活性化等の副作用が考えられている。
【0003】
特に、現在では血小板活性化に対して特別な抑制手段は取られていないため、活性化された血小板凝集塊は、血液回路、透析膜の材料表面に付着、凝集した後、血流によって剥がされて血小板凝集塊として生体内に移行する。血小板活性化に伴って放出される血小板放出因子の中には、血小板や白血球を活性化させ、動脈硬化を促進させる物質が存在し、長期的に反復される血小板活性化も透析患者の合併症に関与している可能性があると考えられている。
【0004】
一方、生体内では血管内皮細胞の一酸化窒素合成酵素により、常に一酸化窒素(以下、「NO」という場合がある。)が血液中に放出されており、NOは、血小板凝集抑制、白血球の接着抑制、単球の血管内皮細胞への遊走・付着抑制等多くの作用を示すことが知られている(例えば、非特許文献1を参照)。また、亜硝酸イオン(以下、「NO 」という場合がある。)にもNOと同様の作用があることが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Moro M. A., et al., cGMP mediates the vascular and platelet actions of nitric oxide: confirmation using an inhibitor of the soluble guanylyl cyclase., Proc Natl Acad Sci U S A, 93 (4), 1480-1485, 1996.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、副作用が少ない透析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]血液流路と、透析液流路とを備える透析器と、前記透析液流路に透析液を供給する透析液供給流路と、前記透析液流路から透析液を排出する透析液排出流路と、前記血液流路に血液を供給する血液供給流路と、前記血液流路から血液を排出する血液排出流路と、を備え、前記透析液が一酸化窒素及び/又は亜硝酸イオンを含有し、一酸化窒素の濃度が0.5~10μMであるか、又は亜硝酸イオンの濃度が、40~120μMである、透析装置。
[2]前記透析液が含有する一酸化窒素の濃度が、0.5~6μMであるか、又は前記透析液が含有する亜硝酸イオンの濃度が、50~100μMである、透析装置。
[3]前記透析器又は前記透析液供給流路は、一酸化窒素及び/又は亜硝酸イオンを放出する材料を備える、[1]又は[2]に記載の透析装置。
[4]一酸化窒素ガス供給源と、前記一酸化窒素ガス供給源に接続された流量計と、前記一酸化窒素ガスを前記透析液に供給するための一酸化窒素ガス供給経路とを更に備える、[1]~[3]のいずれかに記載の透析装置。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、副作用が少ない透析装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】透析装置の構造を説明する模式図である。
図2】透析装置の構造を説明する模式図である。
図3】実験例1で使用した循環回路の構造を示す模式図である。
図4】実験例1における4時間循環達成率を示すグラフである。
図5】実験例1におけるNO濃度の測定結果を示すグラフである。
図6】実験例1における残血LDH活性値の測定結果を示すグラフである。
図7】実験例2において、NOC5含有マイクロカプセルを含むカラムと接触した透析液中のNO濃度の測定結果を示すグラフである。
図8】実験例2において、NOC12含有マイクロカプセルを含むカラムと接触した透析液中のNO濃度の測定結果を示すグラフである。
図9】実験例3における残血LDH活性値の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、場合により図面を参照しつつ、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、図面中、同一又は相当部分には同一又は対応する符号を付し、重複する説明は省略する。なお、各図における寸法比は、説明のため誇張している部分があり、必ずしも実際の寸法比とは一致しない。
【0011】
[第1実施形態]
第1実施形態に係る透析装置は、血液流路と、透析液流路とを備える透析器と、前記透析液流路に透析液を供給する透析液供給流路と、前記透析液流路から透析液を排出する透析液排出流路と、前記血液流路に血液を供給する血液供給流路と、前記血液流路から血液を排出する血液排出流路と、を備え、前記透析液がNO及び/又はNO を含有し、NOの濃度が0.5~10μMであるか、又はNO の濃度が、40~120μMである。本実施形態の透析装置において、透析液は、NOのみを含有していてもよく、NO のみを含有していてもよく、NO及びNO を含有していてもよい。
【0012】
図1は、第1実施形態の透析装置の構造を説明する模式図である。図1に示すように、透析装置100は、血液流路110と、透析液流路120とを備える透析器130と、透析液流路120に透析液を供給する透析液供給流路140と、透析液流路120から透析液を排出する透析液排出流路150と、血液流路110に血液を供給する血液供給流路160と、血液流路110から血液を排出する血液排出流路170と、を備える。透析装置100において、透析液は、NO及び/又はNO を含有する。透析液が含有するNO濃度は、0.5~10μM、例えば0.5~6μM、例えば3~5μMである。または、透析液が含有するNO 濃度は、40~120μM、例えば50~100μM、例えば60~90μMである。
【0013】
実施例においてするように、発明者らは、透析液がNO又はNO を含有し、透析液が含有するNO又はNO の濃度が上記の範囲である透析装置を用いて透析を行うと、血液凝固等の副作用が抑制され、有害事象も発生せず、透析治療効果が高いことを明らかにした。
【0014】
NOは、水中では下記式(1)~(5)に示す反応により加水分解されて最終的にNO 及びNO に変化する。
・NO+1/2O → ・NO(1)
2・NO ⇔ N(2)
+HO ⇔ NO +NO +2H(3)
・NO+・NO ⇔ N(4)
+HO → 2NO +2H(5)
【0015】
NO及びNO は、血小板凝集抑制、白血球の接着抑制、単球の血管内皮細胞への遊走・付着抑制等の作用を示すが、NO にはこのような作用はない。このため、透析液中のNOは、少なくとも一部がNO 又はNO に変化していてもよいが、NO又はNO の形態であることが好ましい。
【0016】
NOの濃度は直接測定することが困難であるため、NOを完全に加水分解させた後、NO 及びNO の濃度の合計として測定することが簡便である。本明細書において、NO及びNO の合計濃度は、NOを完全に加水分解させた後、NO 及びNO の濃度の合計として測定したものである。
【0017】
透析器130の内部には、中空糸膜等の透析膜が配置されており、血液流路110と透析液流路120は透析膜を介して互いに接している。血液流路110を流れる血液と透析液流路120を流れる透析液は、透析器130の内部において、透析膜を透過できる成分を互いに交換する。
【0018】
透析液中に至適濃度のNO及び/又はNO を含有させる手段は特に限定されない。図1の例では、透析装置100は、NOガス供給源180と、NOガス供給源180に接続された流量計190と、NOガスを透析液に供給するためのNOガス供給経路200とを更に備えている。
【0019】
NOガス供給経路200は、透析液供給流路140に接続しており、透析液にNOを添加する。そして、透析液供給流路140とNOガス供給経路200との接続部から透析器130側の部分の透析液供給流路140には、NOが添加された透析液が流れる。
【0020】
その後、NOが添加された透析液は、透析器130の内部で透析膜を介して血液流路110を流れる血液と接する。そして、透析液中のNOが血液中に添加される。NOを添加された血液は、血液排出流路170を流れて患者の体内に戻される。
【0021】
第1実施形態の透析装置によれば、本来異物である血液流路や透析膜の材料表面の生体適合性を向上させ、血液透析治療や、集中治療室(ICU)等で実施される血液浄化療法等における、血液凝固反応等の副作用を抑制することができる。
【0022】
[第2実施形態]
第2実施形態に係る透析装置は、血液流路と、透析液流路とを備える透析器と、前記透析液流路に透析液を供給する透析液供給流路と、前記透析液流路から透析液を排出する透析液排出流路と、前記血液流路に血液を供給する血液供給流路と、前記血液流路から血液を排出する血液排出流路と、を備え、前記透析液がNO及び/又はNO を含有し、NOの濃度が0.5~10μMであるか、又はNO の濃度が、40~120μMである。前記透析器又は前記透析液供給流路は、NO及び/又はNO を放出する材料を備える。
【0023】
NO及び/又はNO を放出する材料は、NOのみを放出する材料であってもよいし、NO のみを放出する材料であってもよいし、NO及びNO を放出する材料であってもよい。NO及び/又はNO を放出する材料としては、例えば、実施例において後述するNOドナー含有マイクロカプセルを含むカラム等が挙げられる。
【0024】
第2実施形態の透析装置は、透析液中に至適濃度のNO及び/又はNO を含有させる手段が、NO及び/又はNO を放出する材料を含む点において第1実施形態の透析装置と主に異なっている。
【0025】
第2実施形態の透析装置は、NO及び/又はNO を放出する材料以外のNO及び/又はNO 供給手段を更に備えていてもよい。NO及び/又はNO を放出する材料以外のNO及び/又はNO 供給手段としては、例えば、第1実施形態の透析装置におけるものと同様の、NOガス供給源、NOガス供給源に接続された流量計、NOガスを透析液に供給するためのNOガス供給経路等が挙げられる。
【0026】
図2は、第2実施形態の透析装置の構造を説明する模式図である。図2に示すように、透析装置300は、血液流路110と、透析液流路120とを備える透析器130と、透析液流路120に透析液を供給する透析液供給流路140と、透析液流路120から透析液を排出する透析液排出流路150と、血液流路110に血液を供給する血液供給流路160と、血液流路110から血液を排出する血液排出流路170と、を備える。透析液供給流路140には、NO及び/又はNO を放出する材料が接続されている。図2の例では、NO及び/又はNO を放出する材料は、NOを放出するNOドナー含有マイクロカプセル310を含むカラム320である。
【0027】
透析装置300において、透析液中のNO及びNO の濃度は第1実施形態の透析装置におけるものと同様である。透析液が含有するNO濃度は、0.5~10μM、例えば0.5~6μM、例えば3~5μMである。または、透析液が含有するNO 濃度は、40~120μM、例えば50~100μM、例えば60~90μMである。
【0028】
NO及び/又はNO を放出する材料としては、特に限定されず、例えばNOR1(CAS番号:163032-70-0、半減期1.8分)、NOR3(CAS番号:138472-01-2、半減期30分)、NOR4(CAS番号:162626-99-5、半減期60分)、NOR5(CAS番号:174022-00-5、半減期20時間)、NOC5(CAS番号:146724-82-5、半減期25分)、NOC7(CAS番号:146724-84-7、半減期5分)、NOC12(CAS番号:146724-89-2、半減期100分)、NOC18(CAS番号:146724-94-9、半減期21時間)等のNOドナー;例えばCu-Pd触媒、サイクレン/Cu(II)触媒等の、生体内に含まれる物質からNO及び/又はNO を発生させる触媒材料;例えば亜硝酸ナトリウム、亜硝酸カルシウム等のNO を含む化合物等が挙げられる。
【0029】
マイクロカプセルは、芯物質とそれを覆う壁材を有するカプセルである。芯物質と壁材との組み合わせによって、例えば、安定性の向上、取り扱い性の簡便化、徐放性の付与等の多様な機能を持たせることができる。
【0030】
本実施形態の透析装置において、NO及び/又はNO ドナー含有マイクロカプセルの作製方法は、特に限定されず、例えば、界面重合法、懸濁重合法、分散重合法、In situ重合法、エマルション重合法、液中硬化法等の化学的方法;液中乾燥法、転相乳化法、ヘテロ凝集法、コアセルベーション法等の物理化学的方法;高速気流中衝撃法、スプレードライ法等のその他の方法等のいずれの方法で作製してもよい。
【0031】
NO及び/又はNO ドナーをマイクロカプセル化することにより、NO及び/又はNO の徐放性を付与し、透析治療に必要な時間NO及び/又はNO の供給を維持することが可能となったり、透析液に供給するNO及び/又はNO の濃度調整が簡便になる等の効果が得られる。
【0032】
第2実施形態の透析装置では、透析液供給流路140に、NO及び/又はNO を放出する材料が接続されているが、係る材料を透析器130内部に備えていてもよい。
【実施例
【0033】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。動物実験は、北里大学医療衛生学部動物実験委員会の承認を得て実施した(承認番号:「衛・研18-37」)。
【0034】
[実験例1]
(NOの指摘濃度の検討)
透析液に供給するNOの量を変化させてラットの血液透析を行い、NOの至適濃度について検討した。
【0035】
8~12週齢の雄性Sprague Dawleyラット(体重300~400g)を使用した。麻酔薬としてイソフルラン1.5~3.0%を用い、ラットを吸入麻酔した。頸動脈から脱血し、尾静脈から辺血した。血液流量を0.5~1.0mL/分とし、透析液流量を3mL/分とし、並流操作により4時間血液透析を行った。透析開始時にヘパリンを0.7単位/g投与した。
【0036】
透析器(ダイアライザ)にはセルローストリアセテート膜、中空糸本数140本、有効長146mm、膜面積0.014mの小型ラット用ダイアライザを使用した。ガス交換には、外部灌流型ポリメチルペンテン膜型人工肺を用いた。
【0037】
濃度を200ppm、400ppm、800ppmに調整したNOガスを、ガス交換器を介して透析液に添加した。対照群として、NOガスの代わりに窒素ガス(N)を透析液に添加した。
【0038】
実験中、動脈圧、ダイアライザ入口圧、静脈圧を15分間隔で測定した。また、メトヘモグロビン(Met-Hb)を、実験開始時及びその後60分間隔で測定した。また、循環終了後にダイアライザ洗浄を行い、残血ヘモグロビン(Hb)量、残血乳酸脱水素酵素(LDH)活性値を測定した。
【0039】
図3は、ラットに透析装置を接続した循環回路の構造を示す模式図である。循環時間を4時間として実験を行った。ダイアライザ入口圧又は静脈圧が250mmHgを超えたら循環終了とした。4時間の循環を行うことができた場合には、ダイアライザ内の残血評価を行った。
【0040】
《4時間循環達成率の比較》
実験中、ダイアライザ入口圧又は静脈圧が上昇し、ダイアライザ内血液凝固又は回路内血液凝固と判断し、循環を途中で中止した場合があった。そこで、全ての群で、全実験回数に対する4時間循環達成回数を4時間循環達成率として算出した。
【0041】
図4は4時間循環達成率を示すグラフである。図4中、「Control」は対照群の結果であることを示し、「200ppm」、「400ppm」、「800ppm」は、それぞれ各濃度のNOガスを透析液に供給した群の結果であることを示す。
【0042】
その結果、透析液に供給するNOガスの濃度が高いほど4時間循環達成率が上昇したことが明らかとなった。
【0043】
《NO濃度の測定》
800ppmのNOガスを透析液に供給した群について、循環開始から1時間後に、透析器の動脈側の血液(in)、透析器の静脈側の血液(out)、透析器に透析液を供給する透析液供給流路内の透析液(in)、透析器から透析液を排出する透析液排出流路内の透析液(out)をそれぞれ採取し、市販のキット(「OxiSelect In Vitro Nitric Oxide(Nitrite/Nitrate)Assay Kit(Colorimetric)」、Cell Biolabs社)を用いてNO濃度を測定した。NO濃度は、NOを完全に加水分解させた後、NO 及びNO の濃度の合計として測定した。このため、以下、NO及びNO の合計の濃度をNO濃度という場合がある。
【0044】
図5は、NO濃度の測定結果を示すグラフである。なお、循環開始時の血液中のNO濃度は0μMであった。その結果、800ppmのNOガスを透析液に供給した群において、透析液供給流路内の透析液中のNO濃度は2μMであることが明らかとなった。係る結果から、供給した「200ppm」、「400ppm」のNOガスは、透析液中で、それぞれ、0.5μM、1μMと算出される。
【0045】
また、透析器の動脈側の血液(in)中のNO濃度よりも、透析器の静脈側の血液(out)中のNO濃度のほうが、NO濃度が上昇しており、透析装置により血液中にNOが添加されたことが確認された。NO濃度の上昇量は約3μMであった。一方、透析液供給流路内の透析液(in)中のNO濃度よりも、透析液排出流路内の透析液(out)中のNO濃度のほうが、NO濃度が減少しており、透析装置により血液中にNOが添加されたことが更に支持された。NO濃度の減少量は約1μMであった。
【0046】
上述したように、血液流量を0.5~1.0mL/分とし、透析液流量を3mL/分としたことから、血液流量:透析液流量=約1:3である。そこで、血液中のNO濃度の上昇量(約3μM)と、透析液中のNO濃度の減少量(約1μM)のマスバランスは妥当であると考えられた。
【0047】
《循環終了後の残血LDH活性値測定》
4時間の循環終了後、ダイアライザをラクテック注10mLで洗浄し、その後0.5%トライトン(登録商標)溶液を2時間循環させた。その後、市販のキット(「Cytotoxicity Detection KitPLUS(LDH)」、ロシュ・ダイアグノスティックス社)を用いて洗浄液中のLDH活性値の測定を行い、残血LDH活性値とした。
【0048】
図6は、残血LDH活性値の測定結果を示すグラフである。図6中、「Control」は対照群の結果であることを示し、「200ppm」、「400ppm」、「800ppm」は、それぞれ各濃度のNOガスを透析液に供給した群の結果であることを示す。また、「*」は、テューキーの検定の結果p<0.05で有意差が存在したことを示し、「**」は、テューキーの検定の結果p<0.01で有意差が存在したことを示す。
【0049】
その結果、200ppm、400ppm、800ppmのNOガスを透析液に供給したいずれの群においても、対照群と比較して残血LDH活性値が有意に低値を示すことが明らかとなった。また、NO濃度が高いほど残血LDH活性値は低値を示すことが明らかとなった。この結果は、透析液に供給するNOガスの量が高いほど血液凝固抑制効果があることを示す。
【0050】
なお、残血Hb量も残血LDH活性値と同様の結果であり、200ppm、400ppm、800ppmのNOガスを透析液に供給したいずれの群においても、対照群と比較して残血Hb量が有意に低値を示すことが明らかとなった。また、全てのNO添加群でMet-Hbが10%を下回っていたことから、少なくとも200~800ppmの濃度のNOガスの透析液への供給では、有害事象を発生しないことが確認された。
【0051】
200ppm、400ppmよりも800ppmで4時間循環達成率が高く、800ppmでもMet-Hbが10%を超えなかったことから、800ppmのNOガスの透析液への供給により、血液凝固を確実に抑制することができることが明らかとなった。
【0052】
以上の結果を外挿して、4時間循環達成率が100%となるNO濃度、及び、残血LDH活性値が0U/LとなるNO濃度を算出したところ、それぞれ、5.4μM、及び6μMであった。
【0053】
[実験例2]
(NOドナー含有マイクロカプセルの作製)
NOドナー含有マイクロカプセルを作製した。NOドナーとして、NOC5(CAS番号:146724-82-5、半減期25分)及びNOC12(CAS番号:146724-89-2、半減期100分)を用いた。
【0054】
まず、ポリ乳酸0.1gにクロロホルム2mL、アセトニトリル10mLを加えて完全に溶解させ、更にNOドナー1mgを加えてよく撹拌して分散相を調製した。一方、大豆油来レシチン0.1gを流動パラフィン190mLに溶解させ、連続相を調製した。
【0055】
続いて、連続相と分散相を混合してナス型フラスコに入れ、40℃で3時間、減圧下で液中乾燥した。液中乾燥後、ナス型フラスコ内の溶液をガラスフィルターで吸引ろ過し、石油エーテルで洗浄し、形成されたマイクロカプセルを回収した。回収されたマイクロカプセルは細かい白色粉末状であった。また、回収されたマイクロカプセルの量は0.0470~0.1247gであった。
【0056】
(NOドナー含有マイクロカプセルの評価)
得られたNOC5含有マイクロカプセル及びNOC12含有マイクロカプセルの全量をそれぞれカラムに詰めて送液チューブを接続した。続いて、1mL/分の流量で透析液を送液し、透析液とマイクロカプセルを接触させた。
【0057】
NOC5マイクロカプセルについては、透析液とマイクロカプセルとが接触してから10、25、50、100分後に透析液を2mLずつ採取した。NOC12マイクロカプセルについては、透析液とマイクロカプセルとが接触してから10、30、50、100、150、180分後に透析液を2mLずつ採取した。
【0058】
続いて、市販のキット(「OxiSelect In Vitro Nitric Oxide(Nitrite/Nitrate)Assay Kit(Colorimetric)」、Cell Biolabs社)を用いて各透析液中のNO濃度を測定した。NO濃度は、NOを完全に加水分解させた後、NO 及びNO の濃度の合計として測定した。
【0059】
図7は、NOC5含有マイクロカプセルを含むカラムと接触した透析液中のNO濃度の測定結果を示すグラフである。その結果、NOC5含有マイクロカプセルから放出されたNO濃度は経時的に減少したことが明らかとなった。指数回帰により近似式C=14.21858e-0.00778t(ここで、CはNO濃度[μM]を表し、tは時間[分]を表す。)を得た。得られた近似式より、0分におけるNO濃度(初期濃度)は約14μMと計算された。また、初期濃度が半分値(約7μM)となる半減期は87分と計算された。
【0060】
NOC5のNO放出量の半減期は25分であるため、マイクロカプセル化することにより徐放性を付与できたことが明らかとなった。また、NOC5マイクロカプセルが透析液と接触してから少なくとも100分間は、透析液中のNO濃度を4μM超に維持することができた。
【0061】
図8は、NOC12含有マイクロカプセルを含むカラムと接触した透析液中のNO濃度の測定結果を示すグラフである。その結果、NOC12含有マイクロカプセルから放出されたNO濃度は経時的に減少したことが明らかとなった。指数回帰により近似式C=9.15193e-0.00118t(ここで、CはNO濃度[μM]を表し、tは時間[分]を表す。)を得た。得られた近似式より、0分におけるNO濃度(初期濃度)は約9μMと計算された。また、初期濃度が半分値(約4.5μM)となる半減期は587分と計算された。
【0062】
NOC12のNO放出量の半減期は100分であるため、マイクロカプセル化することにより徐放性を付与できたことが明らかとなった。また、NOC12マイクロカプセルが透析液と接触してから600分間は、透析液中のNO濃度を4μM超に維持することができると計算された。
【0063】
[実験例3]
(亜硝酸塩の至適濃度の検討)
透析液に供給する亜硝酸塩の量を変化させてラットの血液透析を行い、亜硝酸塩の至適濃度について検討した。
【0064】
8~12週齢の雄性Sprague Dawleyラット(体重300~400g)を使用した。麻酔薬としてイソフルラン1.5~3.0%を用い、ラットを吸入麻酔した。頸動脈から脱血し、尾静脈から辺血した。血液流量を0.5~1.0mL/分とし、透析液流量を3mL/分とし、並流操作により4時間血液透析を行った。透析開始時にヘパリンを0.7単位/g投与した。
【0065】
透析器(ダイアライザ)にはセルローストリアセテート膜、中空糸本数140本、有効長146mm、膜面積0.014mの小型ラット用ダイアライザを使用した。
【0066】
亜硝酸ナトリウム濃度が、40μM、80μM、120μM、となるように調整した透析液を用いた。対照群として、亜硝酸ナトリウムを含まない透析液を用いた。
【0067】
実験中、動脈圧、ダイアライザ入口圧、静脈圧を15分間隔で測定した。また、メトヘモグロビン(Met-Hb)を、実験開始時及びその後60分間隔で測定した。また、循環終了後にダイアライザ洗浄を行い、残血ヘモグロビン(Hb)量、残血乳酸脱水素酵素(LDH)活性値を測定した。
【0068】
循環時間を4時間として実験を行った。ダイアライザ入口圧又は静脈圧が250mmHgを超えたら循環終了とした。いずれの群も4時間安定して循環可能であった。循環中の血圧(動脈圧)は、対照群と同様に、40μM、80μMの亜硝酸ナトリウム添加群では4時間安定していたが、120μMの亜硝酸ナトリウムを添加した群では、対照群に比べ、血圧が有意に低かった。120μM群では末梢血管の血管弛緩が起きて、血圧低下が生じたと考えられる。
【0069】
Met-Hb濃度については、全ての群で、2%以下の値となっており、有害域と言われる10%を下回った。
【0070】
4時間の循環終了後、ダイアライザをラクテック注10mLで洗浄し、その後0.5%トライトン(登録商標)溶液を2時間循環させた。その後、市販のキット(「Cytotoxicity Detection KitPLUS(LDH)」、ロシュ・ダイアグノスティックス社)を用いて洗浄液中のLDH活性値の測定を行い、残血LDH活性値とした。
【0071】
図9は、残血LDH活性値の測定結果を示すグラフである。図9中、「Control」は対照群の結果であることを示し、「40μM」、「80μM」、「120μM」は、それぞれ各濃度の亜硝酸ナトリウムを透析液に供給した群の結果であることを示す。また、「*」は、テューキーの検定の結果p<0.05で有意差が存在したことを示し、「**」は、テューキーの検定の結果p<0.01で有意差が存在したことを示す。
【0072】
その結果、40μM、80μM、120μMの亜硝酸ナトリウムを透析液に添加したいずれの群においても、対照群と比較して残血LDH活性値が有意に低値を示すことが明らかとなった。また、40μMに比べて、80μM、120μMで、残血LDH活性値は低値を示すことが明らかとなった。
【0073】
残血Hb量では、80μM、120μMの亜硝酸ナトリウムを透析液に添加した群において、対照群と比較して残血Hb量が有意に低値を示すことが明らかとなった。
【0074】
40μMよりも80μM、120μMで残血が少ないが、120μMで若干血圧の低下がみられたことから、及びMet-Hbが10%を超えなかったことから、亜硝酸イオンの濃度が50~100μMとなるように添加したとき、特に安全に血液凝固を抑制することができることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明によれば、副作用が少ない透析装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0076】
100,300…透析装置、110…血液流路、120…透析液流路、130…透析器、140…透析液供給流路、150…透析液排出流路、160…血液供給流路、170…血液排出流路、180…NOガス供給源、190…流量計、200…NOガス供給経路、310…NOドナー含有マイクロカプセル、320…カラム。
図1
図2
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図4
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図7
図8
図9