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特許7470198固体潤滑被膜形成用の薬剤、油井管、及び油井管ねじ継手
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-09
(45)【発行日】2024-04-17
(54)【発明の名称】固体潤滑被膜形成用の薬剤、油井管、及び油井管ねじ継手
(51)【国際特許分類】
   C10M 169/04 20060101AFI20240410BHJP
   F16L 15/00 20060101ALI20240410BHJP
   C10M 107/30 20060101ALN20240410BHJP
   C10M 125/26 20060101ALN20240410BHJP
   C10N 30/12 20060101ALN20240410BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20240410BHJP
   C10N 40/00 20060101ALN20240410BHJP
   C10N 50/08 20060101ALN20240410BHJP
   C10N 20/06 20060101ALN20240410BHJP
   C10N 20/00 20060101ALN20240410BHJP
【FI】
C10M169/04
F16L15/00
C10M107/30
C10M125/26
C10N30:12
C10N30:06
C10N40:00 G
C10N50:08
C10N20:06 Z
C10N20:00 Z
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2022550247
(86)(22)【出願日】2022-05-24
(86)【国際出願番号】 JP2022021280
(87)【国際公開番号】W WO2022255168
(87)【国際公開日】2022-12-08
【審査請求日】2022-08-22
(31)【優先権主張番号】P 2021091463
(32)【優先日】2021-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591056396
【氏名又は名称】東洋ドライルーブ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【弁理士】
【氏名又は名称】宮坂 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】石黒 康英
(72)【発明者】
【氏名】後藤 城吾
(72)【発明者】
【氏名】古賀 崇司
(72)【発明者】
【氏名】川井 孝将
(72)【発明者】
【氏名】尾▲崎▼ 誠二
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 秀雄
(72)【発明者】
【氏名】藤本 幸子
(72)【発明者】
【氏名】正田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】大久保 聡
(72)【発明者】
【氏名】小林 亮太
(72)【発明者】
【氏名】久保 良太
(72)【発明者】
【氏名】豊澤 孝太
【審査官】齊藤 光子
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-221288(JP,A)
【文献】特開2003-183684(JP,A)
【文献】特開平05-059387(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0074978(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
F16L 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油井管のねじ部に固体潤滑被膜を形成するための薬剤であって、
バインダー樹脂に対し固体潤滑剤が分散し、
上記バインダー樹脂は、プレポリマーと硬化剤を含み、
上記プレポリマーは、1種類若しくは2種類以上のエポキシ樹脂からなり、そのプレポリマーを、上記バインダー樹脂100重量部に対し70重量部以上含み、
上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂のエポキシ当量が100以上500以下の範囲内であり、
上記固体潤滑剤の80重量%以上がBN(窒化ホウ素)で、そのBNの平均粒子径が10μm以下であり、
上記固体潤滑剤の全重量が、上記バインダー樹脂の全重量の0.1倍以上2倍以下であ
薬剤の粘度が、20mPa・sec以上2,000mPa・sec以下である、
ことを特徴とする固体潤滑被膜形成用の薬剤。
【請求項2】
溶剤成分を、固体潤滑剤の全重量と、硬化剤を除くバインダー樹脂の全重量との和100重量部に対し、30重量部以上80重量部以下含有する、
ことを特徴とする請求項1に記載した固体潤滑被膜形成用の薬剤。
【請求項3】
硬化促進剤を、上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂の全重量100重量部に対し、0重量部以上10重量部以下含有させた、
ことを特徴とする請求項1に記載した固体潤滑被膜形成用の薬剤。
【請求項4】
上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、2個を超えるエポキシ基(多官能エポキシ樹脂)を有する、
ことを特徴とした請求項1に記載した固体潤滑被膜形成用の薬剤。
【請求項5】
上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、6個以下のエポキシ基を有する、
ことを特徴とした請求項4に記載した固体潤滑被膜形成用の薬剤。
【請求項6】
上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、4個以下のエポキシ基を有する、
ことを特徴とした請求項4に記載した固体潤滑被膜形成用の薬剤。
【請求項7】
上記硬化剤は、エポキシ樹脂を硬化させる硬化剤であって、アミン系硬化剤、酸無水物系硬化剤、フェノール系硬化剤、又は潜在的硬化剤からなる、
ことを特徴とする請求項1に記載した固体潤滑被膜形成用の薬剤。
【請求項8】
上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂のガラス転移温度Tgが、100℃以上である、ことを特徴とする請求項7に記載した固体潤滑被膜形成用の薬剤。
【請求項9】
固体潤滑被膜を備える潤滑被膜がねじ部に形成された油井管であって、
上記固体潤滑被膜は、バインダー樹脂に対し固体潤滑剤が分散して構成され、
上記バインダー樹脂は、硬化剤で硬化されたエポキシ樹脂を含み、そのエポキシ樹脂を、上記バインダー樹脂100重量部に対し70重量部以上含み、
上記エポキシ樹脂のエポキシ当量が100以上500以下の範囲内であり、
上記固体潤滑剤の80重量%以上がBN(窒化ホウ素)で、そのBNの平均粒子径が10μm以下であり、
上記固体潤滑剤の全重量が、上記バインダー樹脂の全重量の0.1倍以上2倍以下であり、
上記固体潤滑被膜の厚みは、10μm以上150μm以下である、
上記固体潤滑被膜は、鉛筆硬度にて3H以上の硬度を有する、
ことを特徴とする油井管。
【請求項10】
上記エポキシ樹脂は、2個を超えるエポキシ基(多官能エポキシ樹脂)を有する、
ことを特徴とした請求項に記載した油井管。
【請求項11】
上記エポキシ樹脂は、6個以下のエポキシ基を有する、
ことを特徴とした請求項10に記載した油井管。
【請求項12】
上記エポキシ樹脂は、4個以下のエポキシ基を有する
ことを特徴とした請求項10に記載した油井管。
【請求項13】
上記硬化剤は、エポキシ樹脂を硬化させる硬化剤であって、アミン系硬化剤、酸無水物系硬化剤、フェノール系硬化剤、又は潜在的硬化剤からなる、
ことを特徴とする請求項に記載した油井管。
【請求項14】
上記エポキシ樹脂のガラス転移温度Tgが、100℃以上である、
ことを特徴とする請求項13に記載した油井管。
【請求項15】
上記潤滑被膜は、上記ねじ部の面と上記固体潤滑被膜との間に下地層を有し、
上記下地層は、化成処理層又は電気めっき層からなる、
ことを特徴とする請求項に記載した油井管。
【請求項16】
雌ねじを有するボックスと雄ねじを有するピンとを連結した油井管ねじ継手であって、
上記ボックス及び上記ピンのうちの少なくとも一方の油井管が、請求項~請求項15のいずれか1項に記載した、上記潤滑被膜が形成された油井管からなる、
ことを特徴とする油井管ねじ継手。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、油井管及び油井管ねじ継手の潤滑及び耐食性に関する技術である。本開示は、湿式の潤滑コンパウンドの代わりに、固体潤滑被膜がねじ部の面(メタルシール面を含む)に形成された油井管及び油井管ねじ継手に関する技術である。本明細書では、ねじ部の締結面に、メタルシール面を含む。
ここで、固体潤滑被膜とは、マトリックス成分としてのバインダー樹脂と、バインダー樹脂の中に分散して分布している固体潤滑剤及び必要に応じて添加された添加剤から構成される被膜を意味する。また、本開示では、油井管ねじの潤滑を実現する固体潤滑被膜による潤滑の改善を図りつつ、耐食性を有することを意図する。
【0002】
また、本明細書でおいて、「潤滑性」、「高潤滑性」という用語で説明する現象は、広義においては、低摩擦で滑りやすい現象を意味する。また、高潤滑性とは、狭義においては、締付け・締戻しできる回数(M/B回数とも記載する)が、規定回数以上できることを意味する。例えば、油井管ねじ継手の耐焼き付き性については、API 5C5規格に記載されている。API 5C5規格において、ケーシングサイズでは3回の締付けまでできることが求められている。また、チュービングサイズでは、10回の締付けまでできることが求められている。
なお、本明細書では、雌ねじを有する管を総称してボックスと記載する場合もある。すなわち、カップリングもボックスの一種として記載する。
【背景技術】
【0003】
油井管ねじ継手において、ねじ部の潤滑には、従来、雄ねじ側及び雌ねじ側の少なくとも一方の部品のねじ部の面である締結面(シール面)(以下、単に「締結面」とも呼ぶ)に対し、リン酸Mn化成処理膜や、Cu等を用いた電気めっきによって表面処理を行って被膜を形成する。その後、その被膜の上に、Pb、Zn等を含む潤滑コンパウンドを塗って潤滑を図っていた。
なお、本明細書では、ねじ部の締結面(シール面)に被膜が形成されている場合、その被膜を含めて締結面と呼ぶ。
【0004】
これに対し、近年、「ドライ・ドープフリー」による、湿式でない潤滑技術が注目されている。「ドライ・ドープフリー」には、膜自体がAPI-modコンパウンドのような粘性液体状ではないという意味と、有害な重金属を含まないという意味がある。このような「ドライ・ドープフリー」の潤滑として、締結面に対し固体潤滑被膜を形成して潤滑を図る技術がある。本開示は、この「ドライ・ドープフリー」での潤滑に関する技術である。
【0005】
ここで、過去の特許文献において、様々な固体潤滑被膜に関する発明がある。固体潤滑被膜は、潤滑を担当する潤滑剤成分と、潤滑剤成分を膜中に保持するマトリックス成分としての固体膜から構成される。固体膜とは、粘性を持たない膜であって、液状の膜ではないという意味で、それ自体で、ねじ締付け締戻し時の潤滑を完結させるという意味でもある。従来からの、リン酸Mn膜やCu電気メッキ膜は、それ自体は固体膜である。しかし、グリース状のコンパウンドを塗って潤滑を図ることを前提としているので、固体潤滑被膜には含まない。本開示では、固体膜として潤滑を達成するものであり、固体膜として有機樹脂膜を想定する。このため、以下の記載では、当該固体膜をバインダー樹脂とも記載する。
【0006】
油井管ねじ継手に用いられる従来の潤滑被膜については、例えば特許文献1~特許文献9に記載されている。
ここで、油井管ねじの分野において、BNは、固体潤滑剤の候補群の中の一つとして広く、多くの特許文献で例示されている。例えば、特許文献1、2には、固体潤滑被膜中に存在する固体潤滑剤に、BNが例示されている例がある。
また、エポキシ樹脂は、過去の特許文献において例示されている。しかし、過去の特許文献において、エポキシ樹脂を明確に定義して、その薬剤構成を定義されたものは少ない。また、過去の特許文献において、技術を特定しているようで、特定しきれていない事例が多い。
【0007】
エポキシ樹脂の定義は、大変広い。エポキシ樹脂は、一般に、プレポリマー(エポキシ樹脂になる前駆体)としてのエポキシ基を有する化学物質と、硬化剤とが、互いに架橋して結びつくことによって構成される熱硬化性樹脂の総称である。しかし、学術的にも商業的にも、特許文献の文面においても、エポキシ樹脂と表現した場合、プレポリマーのエポキシ基を有する化学物質そのものを指す場合と、そのプレポリマーと硬化剤が共重合して作りうるエポキシ樹脂を指す場合がある。但し、それらが、区別せずに使われる場合がほとんどである。過去の特許文献において、エポキシ樹脂と言っているのは、大体が、後者にあたる。要は、過去の特許文献においては、単に、広く、エポキシ樹脂を使うといっているだけである(特許文献3~8を参照)。
【0008】
なお、以下の記載では、本開示を説明する場合、エポキシ樹脂膜を作る元材料(プレポリマー)としてのエポキシ樹脂薬剤を、「プレポリマー」又は「狭義のエポキシ樹脂」と呼ぶ。また最終的に、プレポリマーと硬化剤が重合したエポキシ樹脂(膜)を、「エポキシ樹脂被膜」と呼んで区別する。
【0009】
次に、特許文献3~9について説明する。
特許文献3は、Cu-Sn-Znメッキ下地の上に、固体潤滑被膜を形成させる発明である。特許文献3には、固体潤滑被膜のバインダー樹脂として、エポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の1個又は2個から選んだものを選定している。
特許文献4~6には、耐熱性に優れ、潤滑性に優れた固体潤滑被膜の成分として、エポキシ樹脂が例示されている。特許文献4~6には、エポキシ樹脂の耐熱性について、温度が何度まで持つ材料とは明記されておらず、使用するエポキシ樹脂の特性を把握することが困難である。
【0010】
特許文献7には、Zr系のめっき下地の上に、2液混合型のエポキシを形成することが明示されている。しかし、2液混合型のエポキシが新しいわけではなく、エポキシ樹脂は、前述したように、プレポリマーの狭義のエポキシ樹脂硬化剤からなる。2液混合型というのは、その場で2液を混ぜるタイプを意味しているだけである。1液型でも、中身は、プレポリマーと硬化剤が入っているので、それ自体に新しさがあるわけではない。
特許文献8は、紫外線硬化型樹脂の上に、アクリルシリコン樹脂を形成する発明である。特許文献8では、アクリル酸変性エポキシ樹脂が候補群のひとつとして例示され、主鎖骨格をエポキシ樹脂として、その末端をアクリロイル化したものが記載されている。
【0011】
特許文献9には、光硬化型アクリル樹脂被膜について述べられている。特許文献9は、光硬化性(メタ)アクリレート樹脂が記載され、(メタ)アクリレートモノマー群が、光重合開始材等のトリガーに基づき共重合してなる膜について規定したものである、そして、アクリレート側鎖を形成する主鎖構造として、ポリエステル、ポリエーテル、ポリウレタンと共に、エポキシが候補群の中に例示されたものである。
また、固体潤滑被膜の評価事例ではないが、非特許文献1において、短尺ピンを使った縦型パワートングでの締付試験方法として、短尺ピンの上端面に5kNの重り(510kg重)を常時負荷した状態で締付け締戻しを実施する方法が記載されている。ただし、非特許文献1は、新規のねじデザインの可否判断を行う手段として、従来のグリース状コンパウンドを使って評価するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特再公表2017-110686号公報
【文献】WO2017-110685号公報
【文献】特再公表2018-216497号公報
【文献】特表2015-501906号公報
【文献】特再公表2015-198557号公報
【文献】特再公表2017-110685号公報
【文献】特開2017-71844号公報
【文献】特再公表2013-183634号公報
【文献】特開2011-12251号公報
【非特許文献】
【0013】
【文献】津留ら: 石油技術協会誌 61巻6号 (1996) PP.527-536.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本開示が目的とする油井管ねじの潤滑については、特殊な摺動状況にある。
すなわち、現場(実際の井戸)では、実長8m以上15m未満程度のピンが、下にセットされたボックスに対して、締め付け・締め戻しが行われる。このとき、ピンは、クレーンで吊り上げられた状態でパワートングを使って締付け締戻しが行われるものの、ピンの全荷重がボックスねじに掛かりうる状況にある。つまり、大荷重印加状態での潤滑となる。
【0015】
またこのとき、ピンは、理想的状態で締付け締戻しが行われるとは限らない。つまり、締付けの際に、ピンねじは、ボックスねじに差し込まれるか、少し手締めた状態でセットされる。しかし、ピンはボックスねじに対して直立不動でセットされるわけではない。また、ピンは、斜め方向に傾きつつ真っ直ぐに、つまり撓み無く立ち上がった状態でセットされるわけでもない。すなわち、ピンは、下部をボックスねじに拘束されつつも、材料のもつ弾性率(ヤング率)と実際のピン長さとに応じて、上端側(締める側の反対側先端側)が、わずかに撓んだ状態になる。特に8m以上の長さのピンの場合には、下から見上げると、ピンが、ボックスにまっすぐにセットされつつ、しなっているように見える。その状態から、ピンは締付け締戻しがなされるので、ボックスねじとピンねじは、均質でかつ対称的に荷重が掛かった状態で、締付け締戻しが行われることは皆無である。このため、ねじ表面の一部が、局部的に強く当たるような状態で、締付け締戻しが行われる状況になる。つまり、偏荷重状態での潤滑となる。また、局部的に強く当たる箇所も、締付け締戻しに応じて変化する。
【0016】
従来のグリース状コンパウンドを使う潤滑技術では、締付け締戻し時に、コンパウンドが追随して動く。このため、多少の潤滑条件の変動等があっても、潤滑剤(潤滑コンパウンド)が、締付け締戻しを良好な方向に収斂させるように機能する。したがって、ねじ継手の締付け締戻しの評価試験(ラボ試験とも呼ぶ)において、実寸ピンを使った評価に頼ることなく、短尺ピンを使った評価で、実寸ピンの潤滑状況を把握することが可能ではある。
一方で、発明者の調査によると、固体潤滑被膜を使った油井管ねじの潤滑技術では、不可避的に、固体潤滑被膜は、ある程度は削られてしまう。そして、その削り滓が、ねじ間隙に詰まったりしないように、工夫する必要があった。またこのとき、削られた固体潤滑被膜由来の2次生成物は、締付け締戻しに連動して、常に追随して動くとは限らない。
以上が、実際の井戸で起こっていることであり、固体潤滑被膜が、潤滑コンパウンドを使った潤滑の場合と大きく異なる点である。
【0017】
ラボ試験にて固体潤滑被膜を評価する場合に、潤滑コンパウンドを使った潤滑の場合と同様に短尺ピンを使った評価では、上記のような理由から、大荷重・偏荷重の影響を模擬できるとは限らない。実際の井戸での状況よりも短い短尺ピンを使った評価では、固体潤滑被膜が削られにくくなり、実際の井戸での焼き付き挙動を模擬できるような状況をつくりえない、ことが分かった。
このように、従来の短尺ピンを使った評価では、固体潤滑被膜の削り滓からなる2次生成物が詰まって焼き付いたり、2次生成物が再度、締結面に押し付けられて、潤滑膜的な効果を保つ等の状況を模擬できない。すなわち、単純に、短尺ピンを使った従来の評価では、固体潤滑被膜の評価がどうしても甘くなり、固体潤滑被膜の物性パラメータを決める際に、本来は不合格な領域まで、誤って好適な範囲と評価されてしまう。
このような理由から、発明者らは、従来の先行文献の記載には、上記のような甘い評価に基づいて好適な範囲が記載されていることが多いのが実態である、との知見を得た。
【0018】
そして、発明者は、実際の井戸で油井管ねじが締付け締戻し時に曝されると同様な状況で、つまり、大荷重・偏荷重で締付け締戻しが実行されることを前提で評価して、固体潤滑被膜に関わるパラメータ群の規定を行うことが必要である、との知見を得た。このためには、実際の井戸での使用条件に沿った、潤滑性の保証と、そのパラメータの上下限の規定の意味を明確にさせた上で、各規定を設定する必要がある、との知見を得た。すなわち、実際の井戸に即した状況の評価で、パラメータの上下限の規定を行うことが重要である、との知見を得た。
ここで、上述の通り、油井管ねじの潤滑において確認されるべき潤滑挙動の評価は、従来、短尺ピンを使った、パワートングでの締付け締戻し挙動、締付け締戻し回数を評価対象にすることが多かった。
【0019】
このとき、潤滑剤としてグリース状コンパウンドを使用した場合には、締付け締戻しに連動して、コンパウンドも連動して動く。このため、潤滑を評価するに際して、短尺ピンを使って水平型トングで評価しても縦型トングで評価しても特に問題がなく、潤滑挙動が評価できる。つまり、従来のグリース状コンパウンドでは、ねじ山のデザイン、化成処理層や電気めっきなどの下地層の可否、コンパウンド自体の比較評価を含めて、短尺ピンを使ってラボ試験を実施しても評価できる。
一方で、固体潤滑被膜の潤滑の場合には、上記のように評価に課題がある。すなわち、単純に短尺ピンを使ったラボ試験による評価では、実際の井戸での挙動の模擬になっておらず、潤滑について、かなり甘めな評価になってしまってしまう。このため、従来のラボ試験において、短尺ピンを使った評価が「合格」であっても、実際の井戸での締付け締戻しで「合格」の評価となることを必ずしも意味しない、という課題がある。
【0020】
また、油井管ねじの潤滑は、他の潤滑挙動とは違う点があるため、他の潤滑条件に基づく評価による規定を適用することが出来ないという課題がある。
一般に、摩擦する2物体間の潤滑挙動といえば、片方が固定されて、もう片方が動く状況が想定される。そして、動く物体については、固定した物体に密着した状態から潤滑が始まることが想定されている。両方の物体が動く場合であっても、潤滑は、互いにくっついた状態から始まるのが常である。
【0021】
一方、油井管ねじの潤滑では、締付け初期に、ピンねじ(雄ねじ)が、ボックスねじ(雌ねじ)に対して、ねじの遊び分ガタツキがある状態から開始する。このため、ねじ同士がある程度噛み合うまでは、ねじ同士が常に安定して接触しているわけではない。すなわち、油井管ねじの潤滑では、強く当たる場合と殆ど当たらない場合が偏在し、強く当たる際には、潤滑膜にダメージを与える懸念が高い。更に、ねじが噛み合った以降の潤滑では、その場にある潤滑状況の影響を受けて摺動する。
特に、ねじが噛み合うまでの「ガタ」がある状況では、グリース状コンパウンドを使う従来の方法では、ねじにガタツキがある締付け初期及び締戻し末期において、コンパウンドがねじの締付に連動して動く。このため、このガタツキに対する影響は少ない。一方で、固体潤滑被膜の場合には、ガタツキに由来する偏荷重の影響を直接に受けて、固体潤滑被膜がダメージを受けやすい、という違いがある。
【0022】
また、実際の井戸においては、締付け締戻し時には、ピンねじの総重量が、ボックスねじに印加されることによる影響がある。また、上述のようにガタがあるので、その荷重も、一様に掛かるのではなくて、ねじが噛み合うまでは、ピンが偏心して回転する傾向がある。このため、固体潤滑被膜は、偏荷重として印加する大荷重に、潤滑が耐えるような膜でなければならない。根こそぎ取れてしまうような膜や、殆どが破壊されてしまって無くなるような膜では対応できない。実際の井戸においては、油井管は、12~16m程度で運用されることが多い。例えば、約12m(約40フィート)の長さの油井管は、9-5/8”の外径では、約1t荷重の自重となる。海上リグでは、予め3本連結させておいたピンねじを締め付けて使うことが多いので、9-5/8”外径の油井管を用いると、約3トンがボックス側に印加されるような過酷な状況になっている。
【0023】
油井管ねじの潤滑では、このような大荷重と偏荷重に耐える潤滑を想定する必要がある。そして、発明者は、種々検討した結果、重要なのは、大荷重の状況で、且つ、ねじが噛み合うまでの「ガタ」のある状況において、固体潤滑被膜のダメージをいかに抑えるかという点を考慮して、固体潤滑剤とバインダー樹脂を工夫することにある、との知見を得た。
一方、過去の文献においては、このような視点に基づく、固体潤滑被膜の設計がなされているとは言い難かった。
【0024】
ここで、発明者は、上記知見は、固体潤滑被膜に特有のもの、との知見を得ている。
グリース状コンパウンドを塗布する従来からの潤滑では、締付け締戻しに連動して、粘性液体状のグリース状コンパウンドも連動して動くので、大荷重や偏荷重の影響がかなりの部分、緩和してしまう。このため、過去の文献を参照し、短尺ピンを使って水平型トングで評価しても、短尺ピンを使って縦型トングで評価しても、特に問題がなく、潤滑挙動が評価できる。
【0025】
一方で、本開示のように固体潤滑被膜を使った油井管ねじの潤滑挙動の場合には、ねじが噛み合うまでの締付や、噛み合ってからの締付でも、ダメージを受けて固体潤滑被膜が剥離するか、若しくは、不可避的に、徐々に薄く削れていく。剥離した滓は、グリース状のコンパウンドと違って、締付け締戻しに連動して動くとは限らない。そして、削り取られてしまった固体潤滑被膜を由来とする2次生成物(滓)が、ピンねじとボックスねじの間隙に放出されることによる影響が、潤滑に大きく影響する、との知見を得た。すなわち、削り滓によって間隙が閉塞されてしまえば焼き付きに直結する場合がある。一方、滓が大荷重で押さえつけられることで再構成が行われて、ねじのいずれか一方に再度膜として付着して、潤滑を改善する場合もある。
【0026】
そして、発明者は、ラボ試験で短尺ピンを使った評価では、実際の井戸で起こる、大荷重の状況も偏荷重の状況も模擬できていない、との知見を得た。すなわち、単純に短尺ピンを使った評価では、固体潤滑被膜を由来とする2次生成物自体の発生が少ない。このため、潤滑挙動を、誤って合格と判定してしまうことが多く、実際の井戸に適用して初めて、固体潤滑被膜の設計がよくないことに気づくことも多かった。
その上に、ラボ試験において、ねじが噛みあうまでの「ガタ」がある状況を意図的に作らないと、実際に井戸で起こっていることが模擬できない。一方で、実寸のピンを使って、実際の井戸や、模擬井戸(実寸ピンを立てて締付け締戻し試験する実験場)で、毎回試験するのも現実ではない。すなわち、実験費用が膨大になり、現実的ではない。例えば、後者は、1日約1千万円以上のレンタル費用が掛かり、固体潤滑試験においても、締付け締戻しを20回~30回が最大回数と推定され、膨大な費用が掛かる。
【0027】
そして、過去の文献においては、固体潤滑被膜の評価が、このような配慮がないものがほとんどである。すなわち、ねじの潤滑評価には特に明示がなく、ラボ試験でよくあるような水平型トングや、単純に短尺ピンを使った縦型トングでの適用事例が多い。この従来の評価では、上記の大荷重・偏荷重の影響が排除された評価になるため、基本的には、ほとんどは良好な評価結果を示す。したがって、これらの評価方法で、固体潤滑被膜を用いた潤滑の好適な上下限を規定しても、真の意味での好適な範囲を意味するものではない。このように、従来のラボ試験での短尺ピン評価で選抜した条件であっても、実際の井戸では、潤滑が良好とはいえないものを含んでいて、技術を特定しているとはいえない。
【0028】
ここで、固体潤滑被膜の潤滑挙動の調査ではないが、非特許文献1には、ねじの締付け時も締戻し時も、常に、ピン上端に510kg重の荷重を印加し続けることが記載されている。510kg重の荷重の印加は、7”サイズの実寸ピン1本分に相当する重量を印加するという意図を有するかもしれない。上述したように、固体潤滑被膜の評価においては、実際の井戸で起こっているような、大荷重と偏荷重を模擬することが重要である。固体潤滑被膜を由来とする2次生成物が引き起こす副次現象が、潤滑に大いに影響するからである。
【0029】
しかし、非特許文献1の開示された方法をラボ試験に適用する場合には、2つ問題点がある。
一つ目は、実際の井戸での実寸ピン1本から3本連結に相当する荷重が、実際の井戸では印加されるが、510kg重の印加はピンが軽い特定の場合でしか対応していない。つまり、ピンのサイズによっては必ずしも大荷重を模擬したとはいいがたい。
二つ目は、偏荷重の模擬ができていないことである。非特許文献1のFig.5等から判断すると、特にプレミアム・ジョイントの時には、締付までに1回転もないことから、手締めによる初期締付位置(締付け開始点)が、ねじ山同士が噛み合った状態から行う潤滑を試験することを、非特許文献1は意図していることである。また、なかなか気づかないことではあるが、締戻し時にも、重りの荷重を掛けた状態のまま締戻しを継続すると、次の問題がある。
【0030】
すなわち、締戻し時には、重りが逆にバランサーになって、締付けた位置から真っ直ぐに、ねじが、ガタツキを起こすことなく緩まってくる。それゆえ、ピンが振れ回りしなくなり、実際の井戸で起こるような締戻し時の焼き付き発生を適切に模擬できない。このため、状況によっては、潤滑特性が良好であると誤解させるような状況が起こりうる。よって、固体潤滑被膜に関わる条件パラメータは、ねじが十分に噛み合わない状態の潤滑状態と、噛み合ってからの潤滑をも視野に入れて模擬して、潤滑特性に優れたことを証明する必要があるとの知見も得た。
【0031】
ここで、上述の通り、本開示がターゲットとする分野において、固体潤滑剤の候補群の中の一例として、BNは、広く多くの特許文献で例示されている。例えば、特許文献1、2には、固体潤滑被膜中に存在する固体潤滑剤として、BNが例示されている例がある。しかし、上述のような、実際の井戸での潤滑挙動に耐えうる潤滑性を担保できるかという観点に立つと、必ずしも、単に、広い括りとして、BNと定義するだけでは、潤滑を維持できない。
また、バインダー樹脂としてエポキシ樹脂を用いることについては、過去の特許文献に例示はあるものの、エポキシ樹脂の品質に沿って、バインダー樹脂を明確に定義できるものは極めて少ない。
【0032】
特許文献3~8は、プレポリマーと硬化剤を混ぜたものをエポキシ樹脂と言っているか、これらが作ったエポキシ樹脂被膜を、エポキシ樹脂と呼んで、候補材のひとつとして例示しているだけである。そして、エポキシ樹脂は定義が広く、なにを特定しているのか不明のままである。
ここで、エポキシ基とは、オキシ・シクロプロパン(オキシラン)の酸素を有する3員環であり、樹脂になるためには、適切な硬化剤を選択して架橋反応をさせる。これは、3員環が開環して重合することを意味する。要は、エポキシ基は、エポキシ樹脂となった状態では存在せず、ポリエーテル(R-O-R‘を含む)、ポリエステル(R-COO-R’を含む)、ポリヒドロキシエーテル(-OH基とエーテル基を含む)、ポリヒドロキシアミン(-OH基とアミン基を含む)等の最終形態となる。
【0033】
膜特性も、狭義のエポキシ樹脂の特性と、硬化剤の特性を引き継いだものになる。よって、広くエポキシ樹脂といっても、なにも技術を特定していることにはならない。エポキシ樹脂被膜の特性も、プレポリマーとしての「狭義のエポキシ樹脂」薬剤と、硬化剤との組み合わせ決まるものであって、狭義のエポキシ樹脂薬剤だけを述べても、エポキシ樹脂被膜の特性を特定していることにはならない。過去の特許文献を読むと、どのエポキシ基でも広く適用できると解釈できてしまうが、実際には、必ずしもそうはならない。殆どが、本開示が目的とするような高潤滑性を担保できるものではない。目的を達成するためには、最終形態としてしても、高潤滑性に優れたエポキシ樹脂被膜の選定が必要である。
【0034】
また、過去の特許文献において、エポキシ樹脂(たぶん、エポキシ樹脂と硬化剤によって構成された、最終的な膜としてのエポキシ樹脂膜の意味)を〇〇%含むという表現も曖昧である。前述のように、狭義のエポキシ樹脂と、硬化剤との組み合わせで、エポキシ樹脂をA、硬化剤をBとすると、ABABA・・・というように重合する。狭義のエポキシ樹脂のエポキシ基の当量と、硬化剤がアミン系ならアミンの当量、又は、アミンを含んで別の硬化剤なら活性水素の当量を合わせて調合するのが、エポキシ樹脂のおおよその調合ルールである。したがって、エポキシ樹脂被膜が占める重量という表現であっても、プレポリマーと硬化剤の選択によって、かなりバラツキを持った数値になる。エポキシ樹脂を〇〇%を含むと単に限定した表現では、エポキシ樹脂を明示できるとは言えず、技術が特定されるわけではない。
【0035】
つまり、単に、エポキシ樹脂と表現しても、元材料(プレポリマー)としてのエポキシ樹脂薬剤を使っているだけで、硬化剤の選択によって、まったく別の構造を有する高分子体になる。このため、最終的に硬化した物体としての「エポキシ樹脂」の物性そのものを規定するとか、プレポリマーのエポキシ基を含む薬剤の物性を規定するとか、硬化剤を規定するとか、これらを副次的に規定するパラメータの範囲を明確にしない限りは、技術を規定したことにはならない。
【0036】
また、特許文献3では、Cu-Sn-Znメッキ下地の上に形成されるものとして、エポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の1個又は2個から選んだものを選定している。ここで書かれている、エポキシ樹脂が何を指すのかわからない。つまり、必ずしも潤滑性が良好ではないエポキシ樹脂も広く含んだものになっている。
特許文献4~7は、固体潤滑被膜に、エポキシ樹脂を例示しているだけで、このエポキシ樹脂も特定が困難である。
特許文献8は、紫外線硬化型樹脂の上に、アクリルシリコン樹脂を形成する発明である。紫外線硬化型樹脂のバインダー樹脂について、有機樹脂や無機樹脂の中に、アクリル酸変性エポキシ樹脂を候補群のひとつとして例示した事例である。また、主鎖骨格をエポキシ樹脂として、その末端をアクリロイル化したものである。例示されているだけで、そのエポキシ樹脂被膜の硬化剤とか、特性他の情報は、何も特定されていない。
【0037】
一方で、特許文献9は、光硬化型アクリル樹脂被膜について述べられている。光硬化性(メタ)アクリレート樹脂に、(メタ)アクリレートモノマー群が、光重合開始材等のトリガーをもとに共重合してなる膜を規定したものである。そして、アクリレート側鎖を形成する主鎖構造に、ポリエステル、ポリエーテル、ポリウレタンと共に、エポキシが候補群の中に例示されたものである。この発明は、重量部:PHR(per hundred resin)の単位系を使って、アクリレート(本開示のプレポリマーにあたる)と、重合物(本開示に硬化剤にあたる)を表現しており、エポキシ樹脂が主鎖構造であった場合には、エポキシ樹脂の割合・重量を正確に表現できている。特許文献9の記載は、特許文献3~7での定義よりも、明確である。しかし、一方で、本開示は、光重合樹脂ではなく、焼成(Curing)作る膜を意図しているため、特許文献9は、本開示とは技術が異なる。
【0038】
本発明は、上記のような点を考慮してなされたものであり、潤滑に固体潤滑被膜を採用しても、油井管ねじに潤滑性と共に優れた耐食性とを付与可能な固体潤滑被膜を提供可能とすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0039】
従来、上記のような甘い評価で潤滑材料の選定がなされている状況に対して、発明者は、潤滑と防錆に優れた特性を併せ持つ油井管、油井管ねじ継手、それを作るための薬剤を対象にしたものである。エポキシ樹脂を主体としたバインダー樹脂に、固体潤滑成分として、BNを適正な割合で含有させ、適宜、その他添加物を入れた組成を対象にしたものである。これらの膜は、上に述べた、大荷重・偏荷重である、実際の油井管ねじの潤滑で行われるような、厳しい潤滑条件において、耐えられるように、パラメータを規定して構成されたものである。
【0040】
すなわち、本発明の一態様は、油井管のねじ部に固体潤滑被膜を形成するための薬剤であって、バインダー樹脂に対し固体潤滑剤が分散し、上記バインダー樹脂は、プレポリマーと硬化剤を含み、上記プレポリマーは、1種類若しくは2種類以上のエポキシ樹脂からなり、そのプレポリマーを、上記バインダー樹脂100重量部に対し70重量部以上含み、上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂のエポキシ当量が100以上500以下の範囲内であり、上記固体潤滑剤の80重量%以上がBN(窒化ホウ素)で、そのBNの平均粒子径が10μm以下であり、上記固体潤滑剤の全重量が、上記バインダー樹脂の全重量0.1倍以上2倍以下である、ことを要旨とする。
【0041】
また、本発明の態様は、固体潤滑被膜を備える潤滑被膜がねじ部に形成された油井管であって、上記固体潤滑被膜は、バインダー樹脂に対し固体潤滑剤が分散して構成され、上記バインダー樹脂は、硬化剤で硬化されたエポキシ樹脂を含み、そのエポキシ樹脂を、上記バインダー樹脂100重量部に対し70重量部以上含み、上記エポキシ樹脂のエポキシ当量が100以上500以下の範囲内であり、上記固体潤滑剤の80重量%以上がBN(窒化ホウ素)で、そのBNの平均粒子径が10μm以下であり、上記固体潤滑剤の全重量が、上記バインダー樹脂の全重量0.1倍以上2倍以下である、ことを要旨とする。
【発明の効果】
【0042】
本発明の一態様によれば、実際の井戸での挙動を再現可能な、新たに考案したラボ試験による評価も参照して、固体潤滑被膜を構成するバインダー樹脂(主成分:エポキシ樹脂)及び固体潤滑剤(主成分;BN)の各諸元(物性パラメータ)を総合的に規定した。この結果、本発明の一態様によれば、潤滑に固体潤滑被膜を採用しても、従来から使われてきている、潤滑用のグリース状コンパウンドと同等以上の潤滑性、及び保管用の防錆グリース状コンパウンドやオイル状防錆材に匹敵する、潤滑特性及び耐食性とを付与可能な固体潤滑被膜(潤滑被膜)を形成可能な薬剤を提供することが可能となる。
例えば、本発明の態様によれば、実際の井戸環境で起こりうるような実際の井戸相当条件を考慮した、締め付け時の潤滑性能と耐食性を有する油井管ねじ継手が得られる。なお、実際の井戸相当条件とは、ボックスに対し上からピン重量が掛かる状況、軸心がずれることで斜めに荷重が印加される状況、一様ではなく局部的に荷重が印加される局面が多い状況などの条件である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】油井管及び油井管ねじ継手を示す図である。
図2】実際の井戸での締付チャートの図(a)と、その際の初期セット位置を示す図(b)である。
図3】従来のラボ試験での締付チャートの図(a)と、その際の初期セット位置を示す図(b)である。
図4】締付チャート模式図であって、(a)が実際の井戸の場合であり、(b)が従来のラボ試験の場合である。
図5】新たなラボ試験(重錘トング試験)を説明する図である。
図6】新たなラボ試験(重錘トング試験)における重錘の設置例を示す図である。
図7】被膜構造を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
次に、本発明の実施態様について図面を参照して説明する。
従来、潤滑と保管時の防錆を目的とし、その両方の目的を達成するために、それぞれ別種か同種のグリース状のコンパウンドを使うことで、締付け締戻しの潤滑、及び、長期の屋外保管(防錆)に対応していた。
これに対し、本実施形態のねじ構造は、ねじ素材の雄ネジ側金属と雌ネジ側の金属が接触しあう部分の一方又は両方に、又は、これらの一部分に、適切にパラメータが規定されたエポキシ樹脂被膜をバインダー樹脂とする。そして、その膜中に、適切にパラメータを規定した固体潤滑剤としてのBNを分散した固体潤滑被膜を採用する。これによって、本実施形態は、潤滑を向上させると共に、耐食性を付与することを意図する。
【0045】
また、この固体潤滑被膜を形成するための薬剤も併せて対象とする。また、本実施形態のコーティング被膜と下地層との組み合わせた潤滑被膜、及び、形成しない側のもう一方側の膜硬度を含めて、油井管ねじ潤滑に適する膜構造をも対象とする。また、この潤滑被膜は、別の使い方として、広く金属材料の潤滑及び防錆改善にも拡張できる範囲まで、本実施形態は適用可能である。
上述した課題に鑑み、発明者が検討した結果、薬剤の調合、油井管ねじの固体潤滑被膜の展開、その確認方法等を通して、上記の課題を解決することができる。
本実施形態の固体潤滑被膜は、バインダー樹脂の主成分を、硬化剤で硬化されたエポキシ樹脂とし、固体潤滑剤の主成分をBN(窒化ホウ素)として、検討したものである。
【0046】
(構成)
本実施形態は、実際の石油/ガスに使用される油井管及び油井管ねじ継手における、油井管のねじ部の締結面に形成した被膜構造及びその被膜構造を潤滑被膜として有する構造に関する発明である。本実施形態は、油井管のねじ部に形成される、固体潤滑被膜を備える潤滑被膜に特徴を有し、油井管及びそのねじ継手のねじ構造自体について特に限定はない。油井管及びそのねじ継手のねじ構造は、公知の若しくは新規のねじ構造を採用すればよい。
【0047】
<油井管及び油井管ねじ継手>
油井管は、例えば、図1に示すような、カップリングなどのボックス2や、ピン1からなる。
油井管ねじ継手は、図1に示すように、雌ねじ2aを有するカップリングなどのボックス2と、雄ねじ1aを有するピン1とからなる。そして、ボックス2及びピン1のうちの少なくとも一方の部品における、ねじ部の接触面(締結面10)に、固体潤滑被膜を備える潤滑被膜が形成されている。
【0048】
<薬剤>
以下、本実施形態における、固体潤滑被膜を形成するための薬剤について説明する。
本実施形態の薬剤は、マトリックス成分としてのバインダー樹脂に対し固体潤滑剤が分散して構成される。
薬剤は、バインダー樹脂、固体潤滑剤、溶剤成分を含む。
バインダー樹脂は、プレポリマーと硬化剤を含む。
プレポリマーは、1種類若しくは2種類以上のエポキシ樹脂からなる。プレポリマーを、上記バインダー樹脂100重量部に対し70重量部以上含む。
プレポリマーを構成するエポキシ樹脂のエポキシ当量が100以上500以下の範囲内である。
プレポリマーを構成するエポキシ樹脂のガラス転移温度Tgが、100℃以上であることが好ましい。
【0049】
固体潤滑剤の80重量%以上がBN(窒化ホウ素)である。そのBNの平均粒子径が10μm以下である。
固体潤滑剤の全重量が、バインダー樹脂の全重量の0.1倍以上2倍以下である。
溶剤成分は、固体潤滑剤の全重量と硬化剤を除くバインダー樹脂の全重量との和100重量部に対し、30重量部以上80重量部以下含有することが好ましい。
また、薬剤に対し、硬化促進剤を、プレポリマーを構成するエポキシ樹脂の全重量100重量部に対し、0重量部以上10重量部以下含有させても良い。
硬化剤は、例えば、エポキシ樹脂を硬化させる硬化剤であって、アミン系硬化剤、酸無水物系硬化剤、フェノール系硬化剤、又は潜在的硬化剤からなる。
【0050】
このとき、プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、2個を超えるエポキシ基(多官能エポキシ樹脂)を有することが好ましい。プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、6個以下のエポキシ基を有することが好ましい。より好ましくは、プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、4個以下のエポキシ基を有する。
上記構成からなる薬剤の粘度は、20mPa・sec以上2,000mPa・sec以下であることが好ましい。
本実施形態の薬剤をねじ締結面に塗布・乾燥して、固体潤滑被膜10Aを形成する(図7(a)参照)。
【0051】
<固体潤滑被膜10Aを備える潤滑被膜>
固体潤滑被膜10Aは、マトリックス成分としてのバインダー樹脂に対し固体潤滑剤が分散して構成される。
バインダー樹脂は、プレポリマーと硬化剤を含み、プレポリマーは硬化剤と重合して硬化している。
プレポリマーは、1種類若しくは2種類以上のエポキシ樹脂からなる。プレポリマーを、上記バインダー樹脂100重量部に対し70重量部以上含む。
プレポリマーを構成するエポキシ樹脂のエポキシ当量が100以上500以下の範囲内である。
プレポリマーを構成するエポキシ樹脂のガラス転移温度Tgが、100℃以上であることが好ましい。
【0052】
固体潤滑剤の80重量%以上がBN(窒化ホウ素)である。そのBNの平均粒子径が10μm以下である。
固体潤滑剤の全重量が、バインダー樹脂の全重量の0.1倍以上2倍以下である。
硬化剤は、例えば、エポキシ樹脂を硬化させる硬化剤であって、アミン系硬化剤、酸無水物系硬化剤、フェノール系硬化剤、又は潜在的硬化剤からなる。
このとき、プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、2個を超えるエポキシ基(多官能エポキシ樹脂)を有することが好ましい。プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、6個以下のエポキシ基を有することが好ましい。より好ましくは、プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、4個以下のエポキシ基を有する。
【0053】
本実施形態の固体潤滑被膜10Aは、例えば3H以上の硬度を有する。
固体潤滑被膜10Aの厚みは、例えば、10μm以上150μm以下である。
本実施形態の潤滑被膜は、ねじ部の締結面と上記固体潤滑被膜10Aとの間に下地層10Bを有していても良い(図7(b)参照)。下地層10Bは、例えば、化成処理層又は電気めっき層からなる。
以上の潤滑被膜は、ボックス及びピンのうちの少なくとも一方のねじ部の締結面に形成されている。
【0054】
<各規定の決定について>
発明者は、上記の課題を解決するために重要な点は、以下の4つ((a)~(d))と、それに関わる関連事項を好適範囲に制御することである、との知見を得た。
(a) 実際の井戸での締付け締戻しを模擬する適切な新たなラボ試験を考案し、その新たラボ試験の方法で、固体潤滑被膜についての、個々のパラメータの上下限を規定し、その好適範囲を明確にすること
(b) (a)のラボ試験による評価を参照して、BNの最適範囲を規定すること
(c) (b)の規定を使って、エポキシ樹脂の物性値の最適範囲を規定すること
(d) 更に、これらの関わる好適範囲を規定すること
【0055】
ここで、実際の井戸での締付け締戻しを模擬する適切な方法というのは、油井管ねじを、実際の井戸で締め付ける際に起こる締付挙動を模擬する方法である。これを使って、本実施形態のパラメータの上下限を確認し、好適な範囲を定める。
油井管ねじの潤滑の状態については、ラボ試験であろうと実際の井戸であろうと、2つのフェーズに分けられる。フェーズ1は、ねじ同士が噛み合っていない状態での締付け締戻しの際の潤滑であり、フェーズ2は、ねじ同士が噛みあった状態での締付け締戻しの際の潤滑である。フェーズ1は、例えば、図4のトルク・ターン・チャートでは、(x)の領域に相当する。フェーズ2は、たとえば、図4の(y)(z)の領域に相当する。
【0056】
前者(フェーズ1)については、ねじ締付開始時に、手締め等で、ねじが噛み合う部分まで締め込んでしまえば、その段階はなくなる(例:図3)。しかし、多くの実際の井戸においては、ピンをボックスにただ差し込んでセットするだけを締付け開始位置とする。若しくは、それ以降、数回転だけ締め込んで、クロス・スレッドが起きないように、緩く固定するだけを締付け開始位置とする。すなわち、多くの実際の井戸においては、ねじが噛み合わない状況から締付け締戻しを開始することが普通に行われる(例:図2)。なお、クロス・スレッドとは、ねじ山が段違いのまま締まったり、閉まる途上で正式なねじ山位置へ滑る状況を指す。
【0057】
また、フェーズ1では、トングにより、5~20rpmの速い速度で締付け締戻しが実行される。一方で、ねじを締付し続けると、ねじが噛み合い始めてフェーズ2に移行する。この移行によって、少しトルクが立つようになるので、そこからは、おおよそ、0.5~2.0rpmの速度でゆっくり締込みを実施する。緩めるときには、その逆の手順をとる。
これらの手順は、潤滑として、従来のグリース状コンパウンドを使うときでも、本実施形態のような固体潤滑被膜をつけるときでも同じである。そして、初期位置のねじのセットの条件が、ガタツキを作り出す際の挙動が重要である。セット位置は、ピンねじが初期締付時に、ねじ山が、ボックスねじに対して、1~3山くらいを越えて露出していることが、継手の挙動を検討する際に重要である。
【0058】
図2について>
図2は、実際の井戸をそのまま模擬した例である。すなわち、図2は、ピンとして40フィート(≒12m)の実長のピンを使用し、潤滑に固体潤滑被膜を使って、締付試験をした時の締付けチャート(トルク・ターン・チャート)である。
図2(a)の試験条件について説明する。
一例として、固体潤滑被膜としては、PAI(ポリアミドイミド)のバインダー樹脂に、固体潤滑剤としてMoSを分散させたものを使用した。
【0059】
また、図2は、実際の油田/ガス田で行われることが多い状況を模擬した例である。すなわち、締付け開始時の初期セット位置が、図2(b)に例示するように、十分にねじ同士が噛み合った状態でない状況から、締付けを開始した例である。つまり、図2(b)のように、ピンねじが、初期締付開始時での露出が約半分くらいあった状態から締め付けを開始した例である。ねじ同士が噛み合っていないというのは、意図的に、手締めを止めたために起こったわけではない。手締めで、ピンねじをボックスねじにセットしようとしても、不可避的に途中で止まってしまう。これ以上、手締めで締付けられないということである。長くて重量のある実長ピンは、理論的に描くように、ボックスねじに対して、ピンが厳密に直立するわけではない。下から見上げると、僅かに、たわんでおり、それ以上、手締めで締付けられないということが、ごくごく普通に起こっている。
使用したピンは、9-5/8”53.5#Q125 JFELIONTMねじで、約40フィート強のピンとした。そして、図2(a)は、ピンについて、全長がリグの上から吊る形式のクレーンで吊られながら、継手の締め付けを行った際のチャートである。図2(a)のトルク・ターン・チャートの例が、実際の井戸で往々に起こっている状況とみることができる。
【0060】
図2(a)で注目すべきは、連続的にトルクが増えるポイント以前の領域(回転数が、ゼロ~約6.3回転:フェーズ1に対応)である。この領域では、トルクは原理的には立たないはずであるが、実際には、図2(a)に示すように、スパイク状のトルクが非規則に頻繁に立つ傾向が確認できる。これは、ピンねじが回転しながら、ボックスねじに、不規則に、局部的に、接触していることを示唆する。これが、実際の締付で起こっている状況である。
これは、固体潤滑被膜の設計や最適化によっては、固体潤滑被膜が破壊され、剥離されたりすることが、ある程度は避けられないことを意味する。
ここで、注目することは、図2(a)のチャートは、条件として、意図的に最悪な状態を作ったわけではなく、ごくごく普通に、固体潤滑被膜を付けたサンプルでのトルク・ターン・チャートである。
【0061】
図3について>
図3(a)は、図2と同じ固体潤滑被膜を用い、縦型のパワートングで締め付けた場合における、トルク・ターン・チャートである。
図3では、図2と同一外径・肉厚・ねじ種のピンを採用したが、ピンとして約1m長の短尺ピンを採用したものである。
また、図3(a)は、十分にねじ同士が噛み合った状態から締付けを開始したときの、締付時チャート(トルク・ターン・チャート)である。すなわち、図3(b)のように、ピンねじ山の露出が、初期締付開始時に1~3山程度としたときの、締付時チャート(トルク・ターン・チャート)である。
この図3(a)の条件は、従来のラボ試験での締付時によく使う条件でもあり、手締めでねじが噛むまでセットしてから、締付け試験をした事例である。
【0062】
図3(a)では、図2に比較して、横軸の単位が違う点に注意が必要である。
図3(a)では、ねじが噛み合った状態にまで手締めされた状態から、トングによる締付が開始されるので、図2(a)に見えたような、スパイク状のトルクが見られない。つまり、フェーズ1を経ずして、フェーズ2だけの固体潤滑被膜の潤滑特性を調べているのが、従来のラボ試験に相当するものと理解できる、ことが分かった。
図3から分かるように、従来のラボ試験では、フェーズ1でしばしば発生するような、固体潤滑被膜の破壊が起きず、ねじ同士が十分に噛み合った状態、つまり、ねじ両面が、接触しはじめた領域から締付が起こるということになる。
【0063】
図4について>
図4は、図2(a)及び図3(a)を比較対象しやすい状態にして図示したものである。
図4(a)が図2の例、図4(b)が図3の事例になる。
発明者の検討によれば、実際の井戸での使用を考えると、理想的な固体潤滑被膜は、図4(a)の(x)の領域で、固体潤滑被膜が破壊されないようにすることや、破壊や剥離の懸念を極小化することが好ましい。又は、スパイクが少しならば立っても許容されるかもしれない。また、固体潤滑被膜にダメージがある状況であっても、固体潤滑被膜が壊れたり剥離した固体潤滑被膜由来の2次生成物が、締付け締戻し過程で、ねじ間隙に詰まることなく、逆に、ねじにうまく付着して、潤滑をアシストするように設計することが好ましい。
【0064】
そのためには、固体潤滑被膜の膜質を、所定硬度以上に硬くなるように制御することが重要である。その硬さの評価方法としては、引掛かき基準の硬度指標である鉛筆硬度が例示できる。ただし、固体潤滑被膜用の薬剤として、潤滑被膜を形成する際に、スプレー塗装や刷毛・ブラシ塗装ができる程度には粘性を低く抑えると共に、膜厚のムラなく塗布できることが好ましい。更に、焼成工程時(Curing工程時)に、ゴム~液的な挙動で、固体潤滑被膜の構成成分を、表面張力で互いに、単膜であり平滑な膜にすることが好ましい。
【0065】
また、本実施形態のラボ試験の検討評価方法では、実際の井戸での締付け締戻し挙動を模擬することを目的として、以下のような(1)~(6)の条件を有する新たなラボ試験で評価することが好ましい。なお、実際のラボ試験の装置構成例については後述する。
(1)短尺ピンの上部に、実寸ピン1~3本に相当する重量の重錘をセットした状態にする。
(2)短尺ピンねじとボックスねじの初期セット位置を、ピンねじ山の半分程度で止めて、例えば、半分露出しているようにして、つまり短尺ピンのねじが弱く掛かった程度に留めて、締付け締戻し試験を開始する。
(3)「(2)」の状態から、15rpmの高速回転で締付を開始し、所定以上のトルクが検知されるまで締付けを継続する。
【0066】
(4)トルクが立ったら、いったん止めて、1rpmの低速回転で締付までもっていく(締付け完了)。
(5)締戻しは、逆の工程をとる。
(6)短尺ピンねじが、完全に外れたら、ピンねじ山表面と、ボックスねじ表面を観察して(状況によってはエアーブローをして観察して)、焼き付き等の異常イベントが起きているかどうか判断する。問題ないなら「(2)」以降を繰りかえす。
もし、軽度な焼き付きがねじ部(シール部の焼き付きは程度の有無にかかわらずNG)ならば、手直しして、必要なら、リペア用の固体潤滑剤を塗って、「(2)」以降を繰り返す手順で行う。
【0067】
本実施形態では、この評価方法に基づき、固体潤滑被膜の潤滑特性の新たな評価を行い、固体潤滑被膜に関する好適条件を選抜した(実施例参照)。
ここで、過去の文献の数多くの締付け締戻し試験(ラボ試験)の結果から判断すると、従来のラボ試験は、ネジが噛み合ってからの潤滑(図4(a)(b))の(y)の領域と(z)の領域の状況)を対象にしていると認められる。ねじ同士が噛み合った以降での潤滑、つまり、従来のラボ試験は、(x)の領域の状態、つまり、トルクがスパイク状に立つ状況を考慮しない状態での、固体潤滑被膜が健全である状態を前提とした潤滑特性の優劣になっていると思われる。つまり、従来のラボ試験は、短尺ピンを使い、水平型トング、又は、縦型トングを使った評価で、ねじが噛み合う部分まで十分に手締めでセットした位置から、締付け締戻ししたかのように見える。締付け締戻し回数まで明記してある特許文献の中には、実際の井戸での締付で、小径サイズなら10回は可能である表記もあるが、短尺ピンでの評価でも実際の井戸での評価でも、初期セット位置(締付開始位置)が、ねじ同士が十分に噛み合った位置から開始するならば、ありえる回数に見える。
【0068】
一方で、過去の文献には、9-5/8”や13-3/8”といった大径サイズでは、固体潤滑被膜に基づく締付け締戻しで、締付け締戻し回数が15-20回まで行けるという表記も散見される。しかし、実際の井戸の締付け締戻しにおいて、つまり、実寸ピンの自重があり、かつ、ネジ同士が噛み合っていない状態から行われる場合、固体潤滑被膜を使った大径の事例においては、殆ど起こりえないと思われる。
実際の締付け締戻し状況を模擬することが、固体潤滑被膜の潤滑性を評価するのに重要なのは言うまでもない。ねじが噛み合うまでの、ガタツキがある状況において、固体潤滑被膜が剥離又はダメージを受けた状態を踏まえて、評価する必要がある。本実施形態では、そのような条件を加味して評価可能とする新たなラボ試験の結果を参照して、種々規定したものである。
本実施形態の固体潤滑被膜は、エポキシ樹脂被膜を主成分とするバインダー樹脂に、固体潤滑剤の主成分としてのBNを分散した固体潤滑被膜を前提として、新たなラボ試験の結果を参照して、各条件を既定したものである。
【0069】
更に、各規定について詳細に説明する。
<固体潤滑被膜の基本構成と、膜厚、及び、膜構造について>
本実施形態において、固体潤滑被膜はBNを主体とした固体潤滑剤をエポキシ樹脂硬化被膜に分散することから構成される。特に鉛筆硬度で3H以上の硬度を得ることが好ましい。
本実施形態では、固体潤滑剤として、BNを主体成分に選んだのは、高潤滑を得られる膜とするためであり、かつ高温においても高潤滑を維持できる膜とするためである。すなわち、締付け締戻しの際には、少なからず、ピンねじとボックスねじが互いに擦れ合って、摩擦熱を発する。その時においても、十分に潤滑を維持するためである。
【0070】
本実施形態では、バインダー樹脂にはエポキシ樹脂被膜を選定した。エポキシ樹脂被膜としたのは、取扱いが簡便で、かつ、他の薬剤と比べて、低価格である等のためである。更に、バランスの取れた材料であることに加えて、適切な「狭義なエポキシ樹脂薬剤」と硬化剤の選択によって、本実施形態が主眼とするような硬質な膜や、耐熱性に優れた膜が得られやすいからである。また、エポキシ樹脂被膜は、密着性・接着性に優れ、下地層(リン酸Mn化成処理膜や電気メッキ膜等)が無くても成立する可能性もあり、かつ、硬化時に著しい収縮がない等に優れる点が多いからである。
【0071】
被膜の膜厚については、潤滑特性を維持し、かつ、耐食性を維持するためには、膜厚が10μmは最低限、製膜する必要がある。上限は、油井管ねじの種類・デザインによって、ボックスねじとピンねじの空隙が異なるので、一概には言いにくいが、150μmを上限にした。
ここで、多くの油井管ねじは、ねじ山同士の空隙の上限を100~200μm程度として設計されているので、150μm以下を上限として規定とした。膜厚は、より好ましくは、10~50μmが好ましい。雄ネジ、雌ネジの山と谷の空隙は、上述のように100~200μmのものがあるかもしれない。しかし、雄ネジ、雌ネジのスタビング・フランク間の空隙、及び、ロード・フランク間の空隙は、締める時と緩める時とで、空隙も変わる。空隙が狭くなるときは、ほぼ密着という形態になる。よって、膜厚は小さい方がよく、膜厚は10~50μmが好ましい範囲である。
【0072】
しかしながら、これらの膜厚は、1回目の締付け前の、As-formedの状態での膜厚を意味する。締付け締戻す時には、バインダー樹脂が幾分か削れるということと、室温で塗った膜厚は、実際には、膜が押し潰されて、薄い膜になる実態がある。このため、ねじ面で想定している空隙以上の厚みがあっても、それが理由になって、焼き付きが起こるような問題は起きない。
また、エポキシ樹脂は、ねじ面に対し直接形成されても良いし、ねじ面とエポキシ樹脂との間に下地層が形成されていても良い。下地層は、例えばリン酸Mn化成処理層や、Cuめっきをはじめとした金属メッキ層が例示できる。諸説あって、理論的に定まっているとは言い難いが、エポキシ樹脂の中のOH基が、金属表面と水素結合等して、密着性の強い膜を形成できる。上記のOH基は、ポリヒドロキシエーテルや、ポリヒドロキシアミンであるような、エポキシ樹脂膜中にあるOH基である。このため、下地の表面処理層がなくても、また、表面処理層がある場合でも(アンカー効果等の活用他も期待できる場合あり)、密着性については問題が少ないと思われる。
【0073】
<固体潤滑剤について>
本実施形態では、BN(窒化ボロン)を主体成分とした固体潤滑剤が、バインダー樹脂内で分散しているものを対象としている。
【0074】
[固体潤滑剤]
固体潤滑剤のBNについて、上記の新たなラボ試験の方法を使って、著しい潤滑改善効果がある範囲を明確した。すなわち、バインダー樹脂としてのエポキシ樹脂中にBNを分散させた各種の潤滑被膜について、上記の新たなラボ試験の方法を使って検討することで、BNについて、著しい潤滑改善効果がある範囲を明確した。
ここで、固体潤滑剤としてBN(窒化ホウ素)を用いれば、常に、高潤滑な状態を作り出せるわけではない。
BNについては、固体潤滑剤の全重量を分母にしたときに、80%以上を含むようなBN主体の成分系にして、平均粒径を0.1~10μmのものを選定すると、著しい効果があがることが分かった。
BNは、細かいほどよいが、市販の平均粒径下限が0.1μmであるので、下限をその値にした。上限は、実験的に決めたものであり、10μmの範囲までは、潤滑性に優れた効果を示すことを確認した。
【0075】
BNのような2次元面の強固な結晶構造は、板状に重なることで形成された潤滑剤の場合、平均粒径が10μmを超えて大きい場合には、板状構造のものが、滑るようにして潤滑を実現する。その際に、近接する板状構造が、互いに重なるように伸ばされる。この結果として、白いテープ状の2次生成物が形成されてしまう。そして、これらが分厚く形成される分、ねじ間隙に詰まる傾向が高くなるので、焼き付きの懸念が高まる、ということが発生する。一般に平均粒子径が小さい方が重なることも少なく、この白いテープ状の2次生成物の形成が抑えられるので、高潤滑が実現できると考えられる。
このことから、固体潤滑剤の全重量を分母したときに、重量比で、BNが80%以上占めること、及び、BNが平均粒子径:10μm以下を発明の構成要素とした。
【0076】
これらの規定の意味は次の通りである。広い括りのBN(窒化ホウ素)では、常に高潤滑な状態を作り出せない。油井管ねじの使用環境で、かつ、本実施形態でのバインダー樹脂としてのエポキシ樹脂に分散したBNが、高潤滑性を達成するためには、この範囲で用いると、最適で、著しく、高潤滑性が見込めるという意味である。
ここで、BNは、MoSやグラファイトと同じように、2次元板面方向に強固な結晶構造をとり、Z軸方向では、2次元板面同士が、弱い分子間力でつながった状態にある。BNは、力が加わると、その板面同士が滑ることによって、潤滑を実現する。
【0077】
本実施形態で、BNが80%以上というのは、BNが固体潤滑剤の主成分であるという意味である。BNが80%以上との規定は、20%以下の割合で、その他の固体潤滑剤を含んでいても、BN主体の設計で、悪い影響がでないという意味で定義したものである。
本実施形態においては、固体潤滑剤を構成する材料としてBNが多いほどよい。他成分が混じることで、潤滑性が悪くなる場合もあるので、BN主体を扱える範囲として80%以上とした。好ましくは90%以上である。
BNの平均粒子径は、細かいほどよい。なお平均粒子径とは、レーザー回折・散乱法等によって求めた粒度分布における積算値50%での粒径を意味したパラメータである。
【0078】
BNの平均粒子径を10μmを上限にしたのは、10μmを超えて大きい場合に、バインダー樹脂膜を破壊して、根こそぎ剥離するトリガーになる懸念が高いからである。すなわち、固体潤滑被膜から剥離されたものは、締付け締戻し時に押し付けられて、2次的生成物を作る。しかし、個々の板状構造のBNが、板面を滑らすように変形する際に、互いに近接する板状構造のBNが重なるように形成されてしまって、最後には、強固な白いテープ状の2次生成物が形成される。そして、これらが分厚く形成される分、締付け締戻しに追随して動けなくて、焼き付きの懸念が高まる、ということである。一般に、BNの平均粒子径は小さい方が、重なることも少なく、この白いテープ状の2次生成物の形成が抑えられる。この結果、高潤滑が実現できると考えられる。現在、市販の平均粒径下限が、0.1μmであるので、下限は、そのあたりにあると思われる。しかし、技術の発展により、平均粒径が0.1μm以下のものも本実施形態に含むものとする。
【0079】
また、BNの工業的な種別として、鱗片状のものと、粒子状のものがある。本実施形態では、いずれの形態でもよい。BNを細粒化した方が好ましい。
BN以外の他の固体潤滑剤は、上述のように20%以下を条件に混入してもよい。他の固体潤滑剤の種別はなんでもよく、PTFE(テフロン(登録商標): ポリテトラフルオロエチレン)、黒鉛、フッ化黒鉛、MoS、WS、MCA(メラミンシアヌレート)、マイカ、タルク等が例示できる。また、オイル系物質を、固体潤滑剤の20%以下を条件に、一種の固体潤滑剤として混ぜ込んでもよい。例えば、カルナバワックス、PFPE油(パーフルオロポリエーテル)、CTFE油(クロロトリフルオロエチレンの低重合体)等を混ぜてもよい。BNの潤滑が維持されるか、向上させることができる。
【0080】
<バインダー樹脂を構成するエポキシ樹脂について>
本実施形態ではバインダー樹脂として、エポキシ樹脂を選定した。
本実施形態では、バインダー樹脂を構成するエポキシ樹脂以外の他の樹脂と、プレポリマーとしてのエポキシ樹脂の合計を100重量部としたときに、エポキシ樹脂が70重量部以上含んでいるものを選定した。更に、エポキシ樹脂として、エポキシ当量:100以上500以下のものを選定した。
更に、本実施形態は、固体潤滑被膜が硬い膜となることが好ましい。これを達成するため、硬化剤を選択して、強固な三次元網目構造になるエポキシ樹脂被膜になるように設計する。例えば、プレポリマーとしてのエポキシ樹脂は、2個を超えるエポキシ基(多官能エポキシ)を有するか、もくしは、硬化剤の官能基が2個を超えるか、若しくは、いずれも2個を超えるものを選定した。こうすることで、3次元的に共重合した膜を作ることが可能になると共に、耐熱性を持たせることが可能となる。
【0081】
ここでいう耐熱性とは、ねじの締付け時に、若干でも焼き付きを示す場合には、摩擦が強く発生する部分が発熱することがあり、その発熱によって、エポキシ樹脂が破壊されないように図るという意味である。
エポキシ当量を100~500の範囲に選定したのは、架橋密度を上げることによって、硬質化するためである。また、エポキシ基の濃度上げることを意味し、これは別の表現では、エポキシ当量を低めに抑えるためである。
ここで、エポキシ当量が500を超えると、膜質がどうしても柔らかくなる。また、締付け締戻し時に対応できる耐熱性を持たせにくくなる。また、エポキシ当量の下限値を100としたのは、流通しているエポキシ樹脂の、おおよその限界値として規定したものである。エポキシ当量は、もっと小さいものができた場合には、100に限らず、低めのエポキシ材料のものを選定することは、本実施形態に含まれるものとする。
【0082】
また、ここでいうエポキシ樹脂は、プレポリマーとしての「狭義のエポキシ樹脂」と硬化剤とが共重合した、被膜としてのエポキシ樹脂の意味である。エポキシ樹脂を選定した理由は、密着性・接着性、耐水・耐湿性、耐熱性、及び、硬化時に著しい収縮がない等に優れるためである。更に、取り扱いが簡便で、かつ、ほかの薬剤と比べて、低価格である等、バランスの取れた材料であるためである。
特に、バインダー樹脂の中でも、本実施形態は、硬い膜を志向し、適切な硬化剤を選択して、鉛筆硬度で3H以上の硬いエポキシ樹脂被膜を選抜した。バインダー樹脂は、BN主体の固体潤滑剤を保持するマトリックスであり、BNと共に、固体潤滑被膜の主構成をなす。
【0083】
エポキシ樹脂膜が硬いと、潤滑性(締付け締戻し特性)に良好な理由は、次の通りである。
固体潤滑被膜を使った、油井管ねじの潤滑においては、ねじ同士が噛み合うまでのガタツキがあるときに、固体潤滑被膜は少なからずダメージを受ける傾向がある。しかし、それに耐える傾向がある。また、ねじが噛み合ってからも、8~12m程度の長さを有する通常の油井管ねじの自重が、負荷されながら締まっていく。このため、不可避的に、僅かながら、固体潤滑被膜が削られながら、潤滑を維持するという構造になる、ことが挙げられる。そのため、鉛筆硬度で3H以上にしておかないと、ダメージが大きくて、ゼロ回~数回の締付け締戻ししか保ちえないという実状がある。
【0084】
以上のことから、本実施形態では、「狭義のエポキシ樹脂」が、バインダー樹脂を形成する薬剤のうち、硬化剤成分重量を除いた、「狭義のエポキシ樹脂」の群と他潤滑剤成分との和を100重量部としたときに、エポキシ樹脂が70重量部以上を占めさせることで、エポキシ樹脂を主体とする成分にする。また、エポキシ当量:100以上500以下のものを選定した。架橋点を増やし(架橋密度を増やして)、強固な被膜にするためである。
【0085】
プレポリマーの「狭義のエポキシ樹脂」が、エポキシ基が2個でも3次元構造体を組める。しかし、更に好ましい範囲として、エポキシ基が2個を越えた多官能エポキシ樹脂である方が好ましい。「多官能」エポキシの意味は、1分子中のエポキシ基が、平均で2個を超えるものを意味する。2つのエポキシ基から構成される「通常のエポキシ樹脂」に比べて、エポキシ基が多いことを意味する。多官能型エポキシは、硬化剤との反応において、より一層3次元的な架橋を組めるので、(共)重合した際に、架橋ネットワークが強固になる分、膜質が硬くできる(鉛筆硬度も硬くできる)。
【0086】
同時に、Tg(ガラス転移温度)が高くなるゆえに、耐熱性に優れる。なお、好適な範囲として、Tgが100℃を超えるようにして、耐熱性に優れるものにした方が好ましい。エポキシ基は、1分子中に2個以上~6個までであることが好ましく、より好適な範囲は、2個超え~4個以下である。これは、固体潤滑被膜が硬くなることによって、締付け初期及び締戻し末期において、剥離を少なくしたり、根こそぎ破壊をなくすためである。締付け初期及び締戻し末期は、ねじ同士が噛み合っておらず、つまりガタツキがあって、固体潤滑被膜が破壊されやすい状況である。エポキシ基が6個を超えたものは、エポキシ基と硬化剤の反応で、立体障害が起こる懸念が高い。この場合、エポキシ樹脂と硬化剤の共重合に時間がかかりすぎる場合と、硬い膜が必ずしも得られない可能性もある。このため、6個以下とした。一方で、2官能のエポキシ樹脂で、硬化剤の官能基が2個を超える場合でも、3次元的なネットワーク構造になるので、膜質は硬化できる。エポキシ樹脂も硬化剤も同時に多官能であると、一層、硬く、3次元的なネットワークとなるので好ましい。
【0087】
また、エポキシ当量を、100以上500以下を好適な範囲として規定した。エポキシ当量とは、プレポリマーとしての狭義のエポキシ樹脂の分子量をエポキシ基の個数で割った値である。エポキシ当量は、架橋点でつながって拘束されている分子量とみなすことができる。上記の範囲に規定したのは、エポキシ当量が小さいほどに、架橋密度が増えて、硬くできるからである。
プレポリマーを例示する。プレポリマーの2官能式のエポキシ樹脂としては、例えば、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールC型エポキシ樹脂等がある。2官能を超える多官能エポキシ樹脂としては、フェノールノボラック型化合物、クレゾールノボラック型エポキシ化合物、脂肪族系エポキシ化合物、グリシジルエステル型エポキシ樹脂、グリシジルアミン型エポキシ樹脂、多官能フェノール型エポキシ樹脂化合物、及び、これらの誘導体群等が例示出来る。また、これらを単独、若しくは、混ぜて使ってもよい。
【0088】
本実施形態では、「狭義のエポキシ樹脂」が、バインダー樹脂を形成する薬剤のうち、硬化剤成分重量を除いた、「狭義のエポキシ樹脂」の群と他潤滑剤成分との和を100重量部としたときに、エポキシ樹脂が70重量部以上を占めるようにする。つまり、エポキシ樹脂を主体とする成分にする。更に好ましい範囲として、「狭義のエポキシ樹脂」重量の合計を100重量部にしたときに、多官能エポキシ樹脂が70重量部以上を占めることが望ましい。
【0089】
前者の「エポキシ樹脂が70重量部以上」というのは次の通りである。本実施形態では、上述のように、鉛筆硬度で3H以上の硬質膜を対象とする。しかし、エポキシ樹脂で硬い膜を選定したときに、脆くなることが、共連れで起きることが多い。このため、30重量部未満の条件で、その他のバインダー樹脂成分を入れてもよいという意味である。硬質な膜を得るためには、3次元網目構造を強固なものにすることが好ましい。このため、多官能(エポキシ基が2個を超える)エポキシ樹脂が70重量部以上に規定した。30重量部未満の条件で、その他のバインダー樹脂成分としては、エポキシ樹脂によるバインダー樹脂が硬くなりすぎて脆くなることを回避するために、熱可塑性樹脂を選定してもよい。
【0090】
プレポリマーと硬化剤の(共)重合で構成された最終材としてのエポキシ樹脂被膜は、硬く調整した場合には、どうしても脆くなる性質が伴う。この脆くなることを回避するために、モノポリマーのエポキシ樹脂の薬剤として、それに適するものを用意する。又は、エポキシ樹脂の主鎖中に、ベンゼン環等の強い骨格や分子鎖を導入したものを使っても良い。このとき、場合によっては、エポキシ樹脂自体を、ゴム変性、フルオレン変性、ウレタン変性させる等して柔軟鎖を導入してもよい。これは、エポキシ樹脂被膜の内部に、内部応力を低下させるポイントを入れ込むことで、靭性を向上させることを意図するものである。又は、30重量部未満で、熱可塑性ポリマーを入れ込んで調整してもよい。熱可塑性ポリマーを、エポキシ樹脂被膜の中に入れることによって、キャビテーション効果などで、靭性を向上させることを意図したものである。ここでいう、熱可塑性ポリマーは、特に限定せれない。熱可塑性ポリマーとして、例えば、POM(ポリアセタール)、PC(ポリカーポネイト)、PPS(ポリフェニレンサルファイド)、PTFE(テフロン(登録商標):ポリテトラフルオロエチレン)等を含有することが許容される。
【0091】
なお、エポキシ樹脂の重量配合量を、重量%等ではなくて、重量部で表記したのは次の理由による。基本的に、プレポリマーのエポキシ樹脂の個々の薬剤ごとに、1個のエポキシ基に対して、1個の活性水素が反応する。なお、1個の活性水素は、硬化剤がアミンの時には、ほぼアミン当量に相当する。このため、個々のプレポリマーのエポキシ当量と、硬化剤の活性水素当量で、重量調合比が決まってくる。したがって、エポキシ樹脂と硬化剤の組み合わせが無限大にある。これに対し、エポキシ樹脂の重量配合量は、硬化後のエポキシ樹脂の量に比例する。このことから、プレポリマーのエポキシ樹脂の重量配合量で表現しないと、調合比が明確にならない。このため、重量部を使って定義した。
【0092】
ただし、潜在的硬化剤の場合、真の意味で、硬化剤自体が不要である。例えば、潜在的硬化薬剤のアニオン重合触媒反応によって、プレポリマーのエポキシ樹脂自身が自己重合する場合である。潜在的硬化剤としては、イミダゾール、3級アミン、ジシアンジアミド、低温速硬化性のポリメルカプタン等が例示できる。これら潜在的硬化剤を使う場合には、必ずしも1:1で重合することはない。しかし、本明細書では、エポキシ樹脂の特性を絞り込むパラメータとして、プレポリマーのエポキシ樹脂の重量部を使って定義した。
ここで、膜は、薬剤を室温で刷毛塗り又は機械塗布によって被膜を形成することが好ましい。このため、薬剤は室温域で液状である必要がある。また、簡便さを考慮すると、薬剤は、2液型というよりは、1液型が好ましい。かつ、薬剤は、ねじ表面に塗布したあとに、直ちに固まるのではなくて、熱処理を行うことで、共重合して膜化することが好ましい。
【0093】
薬剤の粘性については、粘度が低すぎると、薬剤をねじ部に塗った先から、薬剤がねじ山を垂れていく。雌ねじの場合には、6時位置に薬剤が集積して溜まって、その部分だけ膜厚が厚くなる懸念が高まる。雄ねじの場合においても、6時の位置で液滴になって落ち、熱処理前の状態で均質になりにくいことが起こりうる。一方、薬剤は、粘度が高すぎると、刷毛塗りで塗れない。また、スプレーでも目詰まり等が起きて適さない。よって、薬剤の粘度の好ましい範囲は、200cps以上900cps以下(0.2Pa・sec以上0.9Pa・sec以下)である。ただし、薬剤そのもの自体が、この範囲を超えて粘度が高すぎる場合でも、反応性希釈剤を添加して薬剤を低粘度にしたものは、本実施形態に含まれることにする。
【0094】
<エポキシ樹脂の硬化剤について>
本実施形態では、硬化剤とは、プレポリマーの「狭義のエポキシ樹脂」の架橋基間の架橋反応に寄与する薬剤を意味する。
硬化剤としては、特に制限はなく、一般的にエポキシ樹脂硬化剤として知られているものはすべて使用できる。狭義のエポキシ樹脂の選択と、この硬化剤の選択によって、上述の鉛筆硬度3Hを超えるような硬いエポキシ樹脂被膜が実現する条件であれば、硬化剤としては特に規定は無い。
【0095】
硬化剤としては、例えば、アミン系硬化剤として、脂肪族アミン、ポリエーテルアミン、脂環式アミン、芳香族アミンなどが例示できる。これらの硬化剤によるエポキシ樹脂は、ポリヒドロキシアミンとなる。酸無水物系硬化剤として、ドデセニル無水コハク酸、ポリアジピン酸無水物、テトラヒドロ無水フタル酸、トリアルキルテトラヒドロ無水フタル酸、無水フタル酸等が例示できる。これらの硬化剤によるエポキシ樹脂は、ポリエステルとなる。フェノール系硬化剤として、ジヒドロキシフェニル系等が例示でき、これら硬化剤によるエポキシ樹脂は、ポリヒドロキシエーテルとなる。また、潜在的硬化剤として、第3級アミンや芳香族アミンなどのアミン系硬化剤、イミダゾール、ハロゲン化ホウ素アミン錯体、等が挙げられ、エポキシ樹脂は、ポリエーテルが例示できる。
【0096】
硬化剤の量は、潜在的硬化剤を除けば、個々の硬化剤の活性水素当量にて定義される量と、狭義のエポキシ薬剤のエポキシ当量で混合することを基本にして実施する。なお、個々の硬化剤の活性水素当量は、硬化剤がアミンの時には、ほぼアミン当量に相当する。一方、潜在的硬化剤は添加する量が反応速度に連動するので、その都度、適宜、配合量を決めて実施すればよい。
本実施形態は、鉛筆硬度で3H以上の硬い被膜を形成するのが基本である。このため、室温硬化するタイプの硬化剤を使わず、加熱硬化タイプの硬化剤を使った方が好ましい。前者の硬化剤では、ガラス転移温度Tgが低く、膜質が軟らかくなる。後者の硬化剤では、ガラス転移温度Tgが高く、耐熱性や機械強度に優れることが多い。
【0097】
<エポキシ樹脂の硬化促進剤について>
狭義のエポキシ樹脂と硬化剤の反応の際に、硬化促進剤を使ってもよい。
例外はあるものの、硬化剤が芳香族アミン系の場合には、加熱すれば硬化反応は進むものの、多くの硬化剤の場合、加熱しても反応が進まないことが多い。その場合には、硬化促進剤を使ってもよい。
酸無水物系硬化剤、フェノール系硬化剤、潜在的硬化剤のジシアンジアミド系を硬化剤として選んだ時には、硬化促進剤を使わないと、硬化できないことの方が殆どである。
硬化促進剤としては、3級アミン及び3級アミン類の、DBU(ジアザビ・シクロノネン)、DBN(ジアザビ・シクロウンデセン)等や、イミダゾール系薬剤や、ホスフィン、ホソホニウム塩等のTPP(トリフェニルホスフィン)が例示できる。これら硬化促進剤の添加量は、例えば、狭義のエポキシ樹脂(プレポリマーを構成するエポキシ樹脂)を100重量部としたときに、0.01~10重量部である。但し、状況に応じて添加量に修正を加える必要がある。望ましくは、0.1~3重量部である。
【0098】
<その他添加剤について>
本実施形態では、膜はBNを主体とした固体潤滑剤を、エポキシ樹脂硬化被膜に分散することから構成される。但し、硬質の膜(鉛筆硬度で3H以上)を得ることが良い。そのため、エポキシ樹脂被膜で硬質の膜を得ることが主目的である。また、膜質を硬くする目的に、ガラスファイバー、カーボンファイバーを添加してもよい。また、本実施形態の樹脂組成物は、更に、界面活性剤、乳化剤、低弾性化剤、希釈剤、消泡剤、イオントラップ剤等を含有していてもよい。
【0099】
<膜硬度の分析方法について>
本実施形態では、硬質の膜を鉛筆硬度評価した。具体的には、JIS K 5600-5-4(1999)で規定して方法で測定するものとする。この規格は、「ISO/DIS 15184, Paints and varnishes - Determination of film hardness by pencil test」規格を翻訳したものであることが、JIS規格に明記がある。ただし、鉛筆硬度の試験方法自体は、JIS規格での規定に基づき評価した。また、膜硬度を、鉛筆硬度で評価した理由は、鉛筆での「ひっかき」評価であり、油井管ねじの雄ネジと雌ネジで、固体潤滑被膜が剥離する挙動に似た、「ひっかき」に起因する膜硬度評価方法であるためである。塗膜等で使われることがある、押し込みに起因する膜硬度測定方法、ロックウエル、ビッカース、ショア、ヌープは、塗膜が薄いものには適しておらず、かつ、下地に影響を受けるので、本実施形態では鉛筆硬度を使った。
【0100】
<固体潤滑被膜が形成される面>
本実施形態の固体潤滑被膜は、油井管ねじにおいて、カップリング側(雌ネジ側)かピン側(雄ネジ側)のいずれか一方、又は両方に、上記コーティング被膜が形成されて使われる。若しくは、カップリング側(雌ネジ側)かピン側(雄ネジ側)のいずれか一方に本実施形態の固体潤滑被膜が形成され、もう一方には、上記コーティング被膜とは別種の、より軟質の膜が形成されて使われることが好ましい。
後者の場合には、本実施形態のコーティング被膜が形成されていない側に形成される、別種の軟質の膜硬度が、鉛筆硬度で4B以下であることが一層好ましい。本実施形態のエポキシ樹脂被膜は、鉛筆硬度で3H以上の硬い膜であるので、別種の軟質の膜硬度は、硬さ差をつけた膜構造にすることが好ましい潤滑特性をもたらす。
【0101】
前者については、本実施形態が元から意図した、固体潤滑被膜の潤滑特性を活用した利用方法である。後者については、更に一層、潤滑特性を向上させる方法である。
潤滑特性の良い膜同士を対向させて潤滑を実現するよりも、片方の硬度を、本実施形態の膜よりも硬質か軟質にして、対向させた方が、より一層、潤滑特性の改良が期待できる。図2を使って指摘した、ねじが噛み合うまでのガタツキのある状況での締付け締戻し時に、スパイク状のトルクが立つ状況(フェーズ1)において、軟質被膜は自らが変形して面圧を低下させることを期待できる。また、BNとエポキシ樹脂被膜が主体である本実施形態の硬質被膜で、ねじの締付け締戻し全域での高潤滑を期待できる。
【0102】
<固体潤滑被膜の製造方法>
膜は、製膜したい厚みに薬剤を一気に塗布し、焼成等で膜化することで形成可能である。
好ましくは、複数回に分けて製膜する方法で何度も本焼成を行う代わりに、本焼成温度よりも低い温度で仮熱処理(仮乾燥)を1回以上行ってから、本焼成を行い、成膜することが好ましい。この場合、1回の塗布による固体潤滑被膜厚を50μm以下として、仮乾燥工程をはさみ、被膜を重ねて成膜し仮乾燥する。これらの工程を最初の製膜を含めて2工程以上行い、最終的な製膜では仮乾燥をやめて本乾燥工程を行う。本乾燥工程としては、焼成、又は赤外線照射、紫外線照射、熱風他の乾燥手段、又は、大気放置、自然乾燥等の手段が例示できる。形成させるコーティング被膜は、最終的な合計膜厚を10~150μmに調整することが好ましい。仮乾燥とは、例えば、溶剤の一部(例えば30%~70%)だけ飛ばす乾燥を指す。
【0103】
本実施形態は、BNを主体とする固体潤滑剤と、エポキシ樹脂を主体とするバインダー樹脂とを、溶剤に溶かしたものをベースにした薬剤によって製膜する。薬剤は、溶剤に対し膜成分を多くして、粘性が高い薬剤が好ましい。この場合、一度に製膜すると、油井管ねじ構造に沿って、表面張力の影響で、ねじ山にあるコーナー部では、液が引っ張られて厚みが少なめに、ねじ谷にあるコーナー部では液が溜まる傾向が高い。よって、複数回に分けて焼成した方がよい。
【0104】
但し、本焼成を複数回すると、膜間の密着性がややもすると弱く、層間で剥離しやすい傾向がある。このため、溶剤の成分の一部飛ばす状態で仮焼成をし、再度、塗布・仮焼成を繰り返して、必要な膜厚まで仮焼成でつなぎながら製膜してから本焼成した方が良い。膜質の一様性、かつ、膜厚の一様性には、有効に機能するゆえである。また、耐食性の観点では、複数回の塗布による製膜の方が、ピンホールが膜全体を貫くようには形成されにくい。この点でも効果を有する。
また、本焼成を2段階の熱処理によって実施する方が、エポキシ樹脂の架橋構造を強固なものにするのに好ましい。Tg温度以下で一次硬化処理を行いゲル化したあと、Tg温度以上で2次硬化した方が、完全なる架橋構造にできることが期待できる。
【0105】
なお、本実施形態に関する、BNを主体成分とした固体潤滑剤、エポキシ樹脂を主体成分としたバインダー樹脂やその他の添加物の詳細説明、及び、評価手法として、実際の井戸条件を模擬する方法につき、詳細な説明と、好適範囲を明確にする。また、本実施形態は、油井管ねじ継手に形成された固体潤滑被膜にとどまらず、その被膜を作るための薬剤、及び、油井管ねじ以外の潤滑にも活用できるものである。下記では、ボックスねじ(雌ねじ側)とピンねじ(雄ねじ側)を中心に説明を展開する。ただし、油井管のT&C(Threaded&Coupled)方式の継ぎ手も、インテグラル方式の継手も含むものとする。
【0106】
<実際の井戸試験条件を模擬する試験方法(新たなラボ試験)について>
本実施形態では、図2~4を使って説明したように、油井管ねじの潤滑で起こる現象を、ねじが噛み合う前(フェーズ1)と、ねじ同士が十分に噛み合ってからの潤滑(フェーズ2)の2段階に分けて考えた。そして、最初の段階(フェーズ1)での締付け締戻し(潤滑)を踏まえた上で、2段階目(フェーズ2)の潤滑を含めて、ねじ潤滑を総合的に評価した。
この評価をしておかないと、ラボ試験の評価ではOKであるのに、実際の井戸でトラブルが頻発することが大いに起こりうる。実際の井戸では、ねじ同士が噛み合うまでに、大荷重と偏荷重が掛かるために、固体潤滑被膜がダメージを受けたり、剥離したりする。酷い場合では、根こそぎ剥離してしまう場合もある。それを踏まえた上で、本実施形態のパラメータの好適範囲の上下限を選抜した。
【0107】
上述のように、固体潤滑被膜の場合には、ねじが噛み合うまでの締付け等で被膜にダメージが避けられない。そして、剥離したものをベースにして、2次的な生成物ができる。これが、ねじ間隙に詰まってしまうと、焼き付きが発生してしまう。そのため、実際の井戸に即した条件で潤滑評価をしないと、実際には不合格のレベルの固体潤滑被膜のものまで、誤って合格として判定してしまう懸念がある。このような甘い評価に基づく場合、固体潤滑被膜に関するパラメータの上下限の制限や、好適範囲の選定は意味がなくなってしまう。
つまり、固体潤滑被膜のダメージや剥離を前提にして、それらがベースとなって作り出す2次的な生成物、つまり再構成される「2次的な生成物」が、潤滑に影響を与えるかどうかまで配慮しないと、正確な固体潤滑被膜の規定になりえない。本実施形態では、このような知見を加味した新たなラボ試験により、評価を実行する。
【0108】
なお、短尺ピンを使った水平型のパワートングでの評価や、短尺ピンを使った縦型のパワートングで評価(従来のラボ試験による評価)に頼ってしまうと、固体潤滑被膜の評価においては、意味がないということになる。過去の特許文献では、固体潤滑被膜に基づく潤滑試験において、9-5/8”や13-3/8”といった大径サイズにおいても、締付け締戻し回数が15-20回まで行けるという表記も散見される。すなわち、固体潤滑被膜でも、グリース状コンパウンドと比べて遜色のない結果となっているが、固体潤滑被膜において、その回数は、実質的にありえない。固体潤滑被膜は、潤滑の主体である固体潤滑被膜が、不可避的に削られていく。一方、グリース状コンパウンドは、締付締戻しのたびに、表面をキレイにして、再度、コンパウンドを塗りなおすため、潤滑の主体になるPb,Znのような重金属が、毎回供給しなおされている。よって、実際の井戸の締付け締戻しで、固体潤滑被膜を使った大径の事例においては、15~20回レベルものは滅多にありえない。また、固体潤滑被膜の潤滑に関して、締付け締戻し回数が15-20回程度も可能であるような表現は、ねじ同士が噛み合っていないフェーズ1を経ずに、ねじ同士が十分に噛み合ってからのフェーズ2だけで、ねじの潤滑を評価している場合であると思われる。つまり、従来のラボ試験でよく見られる、短尺ピンを使って水平型か縦型のパワートングでの評価によるものと思われる。
【0109】
本実施形態では、上記の新たなラボ試験の条件に基づき、図5に示す装置構成によって試験を行った。
新たなラボ試験では、締付け時の大荷重負荷の条件と、締付け締戻しの時の偏荷重条件を実現可能な条件で、評価することを基本とする。新たなラボ試験では、例えば、実寸ピン相当の大荷重を負荷し、ねじが締まっていく工程の場合には、ねじ同士が噛みあうまでのガタツキを考慮した。また、ねじが緩まる工程の場合には、ねじ同士の噛み合いがはずれてガタツキが生じる点を反映させた。
新たなラボ試験では、縦型のパワートング4を使う。また、試験用のピンとして短尺ピン1を採用する。但し、そのピン1の上部に重錘3による荷重の負荷、及びその荷重の除荷が可能とする。
そして、短尺ピン1とボックスねじ2が、ピンねじ部1aとボックスねじ部2aで締め付けられる。
【0110】
その際に、ねじ山が噛み合わない状況を模擬するために、初期の仮締付位置を、ピンねじ山1aが、ボックスねじ2から、ねじ山総数の半分が露出してみえているようにセットする(図2(b)参照)。これがガタツキの起因のひとつとなる。その状態から締付けを開始する。
締付けの際には、ピン1における、ボックスねじ2の締付ねじとは反対側の端部である上端部に、重錘3を取り付けておく。
重錘3の重量は、実寸ピンの1本~3本に相当する荷重として、ピンの外径・肉厚の実寸ピンをもとに算出したものとする。重量は、9-5/8” 53.5#なら、1本約1t荷重(2,200Lb)、3本連結相当なら約3トン(6,600Lb)となる。
【0111】
図5に例示する重錘3は、図6に示すように、重錘本体3Aと差し込み棒13とからなる。差し込み棒13は、重錘本体3Aの下面に対し溶接で接合され、重錘3の軸対称位置に配置されている。その差し込み棒13を、ピン1に遊挿状態で差し込みことで、重錘をピンに取り付ける。符号1cは、ピン1の内径面を示す。
差し込み棒13及びピン1には、予め、上記のように重錘3を取り付けた際に、当該ピン1と差し込み棒13を貫通する穴1d,13aを予め開けておく。そして、図6に示すように、その穴1d,13aに貫き棒12を差し込むことで、重錘3とピン1を一体化する。
【0112】
重錘3の上部の軸中心位置に、自在鉤(Swivel)式の引っ掛け11を溶接でくっつけておいて、天井の吊り下げ装置20に、吊り鎖21を介して吊り下げた構造にする。これによって、吊り下げ装置20による重錘の吊り上げ具合の調整によって、ピンに対する重錘の負荷の大きさを調整可能となる。
そして、締め付ける際には、吊り鎖21が緩んだ状態として、重錘荷重がボックスねじに掛かるようにして、5~20rpmでトルクが立つまで締付ける(フェーズ1)。ここが、ガタツキのシミュレーションになっている。トルクが立ったら、回転速度を0.5~2rpmに落として、締付位置まで締付を実施する(フェーズ2)。
【0113】
一方、緩める際(締戻す際)には、吊り下げ装置20による重錘3を吊り上げて、重錘3の荷重を掛けない状態で締戻しを実施する。回転速度は、トルクが立っているところでは、回転速度を0.5~2rpmで緩め始めて、トルクが締付トルク値の1/10程度まできたら、5~20rpmの高速回転で緩める。
ここで、緩める際に重錘3による荷重を掛けない方が、実際の井戸の環境に近い条件となる。これは、実験事実に基づき、重錘3の荷重を印加した場合が、印加しない場合よりも、潤滑特性の評価が良好であったデータに基づく知見である。すなわち、発明者は、実際に実験を見て観察したところ、重錘が印加した状態で緩まると、重錘がバランサーになって、締付け完了位置から、ピンが真っ直ぐに、ガタツキもなく緩まることとの知見を得た。一方で、重錘を軽減した場合、つまり、重錘荷重をゼロにするべく、荷重を吊り上げて試験した場合、荷重が完全にゼロにならないものを含めて、荷重を軽減して継手を緩めた状況の方が、ピンのガタツキが激しくて、固体潤滑被膜にダメージを与える傾向が強い条件で試験できるとの知見を得た。
【0114】
以上の条件による新たなラボ試験では、不可避的な剥離等でねじ間隙に放出されてしまう固体潤滑被膜由来成分からの2次生成物が、締付け締戻しに追随して動かずに、ある箇所に詰まって、焼き付きを引き起こす状況や、被膜自体が根こそぎ剥がれるほかの状況をシミュレーションすることができる。その結果、固体潤滑被膜に関わるパラメータの上下限を、実際の井戸条件に即したものとして規定することができる。締戻しが終わったら、ピンねじとボックスねじを切り離して、エアーブローでねじの表面に存在する固体潤滑被膜由来の破片等を飛ばしてから、表面をチェックし、再度締付けを継続する方法で評価を行った。
本実施形態は、実際の井戸で起こりうる環境に耐えうる、潤滑特性を実現するために、成分他を規定したものである。また、上下限を規定するに際しては、実際の井戸での締付け締戻し条件に即した条件で確認を行い、決めたものである。
【0115】
以上のような条件の新たなラボ試験を、以下、重錘トング試験とも記載する。
本実施形態では、図2~4を使って説明したように、油井管ねじの潤滑で起こる現象を2つに分けて考え、最初の段階での締付け締戻し(潤滑)を踏まえた上で、ねじ潤滑を評価するのが重要である。この評価をしておかないと、ラボ試験評価ではOKであるのに、実際の井戸でトラブルが頻発することが大いに起こりうる。実際の井戸では、ねじ同士が噛み合うまでにガタがある状態での潤滑を主眼とする締付け締戻しと、ねじが十分に噛み合ってからの潤滑を主眼として締付け締戻しとがある。実際の井戸では、実寸ピン1本の自重、状況によっては3本連結した重さが、受け側の雌ねじ側に印加される。また、ピンが理想的に垂直にまっすぐ締付けられるわけではない。ピンねじが、弾性域でたわんでいて、やや曲がってセットされる傾向があり、締付け初期及び締戻し末期において、ガタの分だけ、必然的に、偏心して締め付けられるのが実態である。上記の短尺ピンを使った水平型及び縦型パワートングでは、図4(a)の(x)にあるような、ねじが噛み合うまでのトルクが安定しない、時にスパイク状トルクが立つ状況にも耐える固体潤滑被膜である必要がある。
【0116】
(その他)
本開示は、次の構成も取り得る。
(1)油井管のねじ部に固体潤滑被膜を形成するための薬剤であって、バインダー樹脂に対し固体潤滑剤が分散して構成され、上記バインダー樹脂は、プレポリマーと硬化剤を含み、上記プレポリマーは、1種類若しくは2種類以上のエポキシ樹脂からなり、そのプレポリマーを、上記バインダー樹脂100重量部に対し70重量部以上含み、上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂のエポキシ当量が100以上500以下の範囲内であり、上記固体潤滑剤の80重量%以上がBN(窒化ホウ素)で、そのBNの平均粒子径が10μm以下であり、上記固体潤滑剤の全重量が、上記バインダー樹脂の全重量の0.1倍以上2倍以下である。
【0117】
(2)溶剤成分を、固体潤滑剤の全重量と硬化剤を除くバインダー樹脂の全重量との和100重量部に対し、30重量部以上80重量部以下含有する。
(3)硬化促進剤を、薬剤の全重量100重量部に対し、0重量部以上10重量部以下含有させた。
(4)上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、2個を超えるエポキシ基(多官能エポキシ樹脂)を有する。
(5)上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、6個以下のエポキシ基を有する。
(6)上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂は、4個以下のエポキシ基を有する。
(7)上記硬化剤は、エポキシ樹脂を硬化させる硬化剤であって、アミン系硬化剤、酸無水物系硬化剤、フェノール系硬化剤、又は潜在的硬化剤からなる。
(8)上記プレポリマーを構成するエポキシ樹脂のガラス転移温度Tgが、100℃以上である。
(9)薬剤の粘度が、20mPa・sec以上2,000mPa・sec以下である。
【0118】
(10)固体潤滑被膜を備える潤滑被膜がねじ部に形成された油井管であって、上記固体潤滑被膜は、バインダー樹脂に対し固体潤滑剤が分散して構成され、上記バインダー樹脂は、硬化剤で硬化されたエポキシ樹脂を含み、そのエポキシ樹脂を、上記バインダー樹脂100重量部に対し70重量部以上含み、上記エポキシ樹脂のエポキシ当量が100以上500以下の範囲内であり、上記固体潤滑剤の80重量%以上がBN(窒化ホウ素)で、そのBNの平均粒子径が10μm以下であり、上記固体潤滑剤の全重量が、上記バインダー樹脂の全重量の0.1倍以上2倍以下である。
【0119】
(11)上記エポキシ樹脂は、2個を超えるエポキシ基(多官能エポキシ樹脂)を有する。
(12)上記エポキシ樹脂は、6個以下のエポキシ基を有する。
(13)上記エポキシ樹脂は、4個以下のエポキシ基を有する。
(14)上記硬化剤は、エポキシ樹脂を硬化させる硬化剤であって、アミン系硬化剤、酸無水物系硬化剤、フェノール系硬化剤、又は潜在的硬化剤からなる。
(15)上記エポキシ樹脂のガラス転移温度Tgが、100℃以上である。
【0120】
(16)上記固体潤滑被膜は、鉛筆硬度にて3H以上の硬度を有する。
(17)上記固体潤滑被膜の厚みは、10μm以上150μm以下である。
(18)上記潤滑被膜は、上記ボックス及び上記ピンのうちの少なくとも一方のねじ部の締結面に形成されている。
(19)上記潤滑被膜は、上記ねじ部の締結面と上記固体潤滑被膜との間に下地層を有し、上記下地層は、化成処理層又は電気めっき層からなる。
(20)雌ねじを有するボックスと雄ねじを有するピンとを連結した油井管ねじ継手であって、上記ボックス及び上記ピンのうちの少なくとも一方の油井管が、本開示の上記潤滑被膜が形成された油井管からなる、油井管ねじ継手。
【実施例
【0121】
次に、本実施形態に基づく実施例について説明する。
<合格基準について>
まず、締付け締戻し回数に基づく潤滑挙動の、合格判定基準について述べる。
判定基準は、ケーシングサイズでは、3回以上を締付け締戻しを合格として、5回できたものは、より優れたものとして判定した。チュービングサイズでは、5回以上を合格として判定し、10回以上のものを更に優れたものとして評価した。ケーシングサイズの規定は、ISO13679の規定に沿ったものである。一方、チュービングは、ISO13679の規定よりも低い5回以上から合格と見なした。
固体潤滑被膜がゆえに、従来のグリース状のコンパウンドを使った潤滑と比べて、M/B回数は悪くなる傾向は明らかである。このことは石油ガス業界でも認識されつつある。
【0122】
上述したように、単に短尺ピンを使って、ねじが噛みあうところから締付け締戻し試験すれば、ISO13679の規定は簡単な目標となりうる。しかし、本実施形態は、実際に井戸で起こりうる条件に近いものとして、大荷重と偏荷重の条件下で、かつ、ねじ山が噛み合わないガタのある条件を模擬するべく、「重錘トング試験(新たなラボ試験)」で評価した。
以下の説明では、9-5/8”53.5#、9-5/8”43.5#、7”29#を使った。多くの場合、ケーシング適用されるサイズであるので、上記の3回以上を締付け締戻しを合格として、5回できたものは、より優れたものとして判定する。
【0123】
ピンを3本連結した荷重が負荷された条件として、9-5/8”53.5#の検討事例では、3t荷重の重錘を使って実施した。9-5/8”43.5#、7”29#では、それぞれ、2.5トン、1トンの重錘を使って、検討を行った。
初期の締付位置は、ピンねじ山の総数の半分がボックスねじから露出して見える位置までしか締め付けずに、つまり、ねじ山が互いに噛み合わない状態から、締付けを実施した。すなわち、図5図6で示した装置で実施した。締付け時には、荷重が負荷されるようにし、一方、締戻し時には、荷重が負荷されないように工夫した状態で試験を実施した。
【0124】
もし、締戻し時に、重錘による荷重負荷条件で試験をすると、短尺ピンと重錘を一体化したピンを使った場合には、実際の井戸の実寸ピンとは違って、締付け位置から、重錘と一体化した短尺ピンが真っ直ぐ上がってくる。重錘がバランサーになっているため、ガタツキが起きない。実寸ピンが、長いために微妙に撓んでいることから、徐々に暴れてねじ山が噛み合わなくなるにつれて、ガタツキが起きて、固体潤滑被膜を破壊する傾向が高くなる。よって、重錘トングを使った潤滑評価では、締戻し時には荷重を掛けずに実施して、ねじ山が噛まなくなる状況に近くなると、連動して起こるガタツキを模擬した。また、荷重を掛けないことは、必ずしも荷重がゼロであることを意味しない。天井クレーン等で、重錘を吊り上げて試験して、重錘の荷重を掛けないようにした。なお、重錘トングを使った締付け締戻し回数を確認する試験は、2回以上実施して、それぞれの回数が合格基準に達成しているかどうか、その達成数が試験点数に対して、どれくらいかで比較評価して、パラメータの可否判断を行った。
【0125】
「実施例1」
次に、本実施形態に基づく実施例1について表を参照して説明する。
本実施例は、主として、固体潤滑被膜を備えた潤滑被膜を油井管ねじ継手の締結面10に設け、その固体潤滑被膜を備えた潤滑被膜の可否判定を評価する実施例である。本実施例では、表1~表4に示す条件にて、締付け締戻し試験を行い、潤滑被膜の可否判定を行った。
【0126】
【表1】
【0127】
【表2】
【0128】
【表3】
【0129】
【表4】
【0130】
表中、No.1~4は、鋼材グレード:炭素鋼高強度材料Q125で、ねじサイズは、9-5/8”53.5#で、ねじはJFELIONTMで実施したものである。
No.1~4は、カップリング側ねじに、BN主体でエポキシ樹脂を形成させて固体潤滑被膜を設けた。また、ピン側は、ショットブラストのままか、軟質の潤滑・防錆ペイントを形成させた例である。
【0131】
エポキシ樹脂は、クレゾール・ノボラック型エポキシ樹脂で、エポキシ基の個数が6個、エポキシ当量200であった。硬化剤は、フェノール・ノボラック系のもので、硬化剤の官能基当量、つまり、活性水素当量が195であるものを使った。硬化補助剤にTPP(トリフェニルホスフィン)を使用し、エポキシ樹脂+硬化剤の合計重量を、100重量部としたときに、硬化補助剤を2重量部(2pbr)混ぜて、硬化を進行させた。熱処理としては、160℃2時間+180℃4時間を行ったものである。なお、このエポキシ樹脂は、膜硬度が鉛筆硬度3Hのものである。
なお、表には、カップリングねじを、CPLGねじと表現し、ピンねじをPINねじと表現してある。
【0132】
No.1は、固体潤滑剤のBNサイズが規定の10μmを超えて20μmであり、膜厚が45μmの例である。No.1は、油井管ねじの締付け締戻し試験を、水平型トングで実施したものである。ピンの自重は、カップリングに印加されず、軸調整してあるので、No.1は、対称位置で締付けられる理想的な条件である。No.1は、特に問題なく、締付け締戻し試験ができた例である。しかし、実際の井戸での締付け締戻し条件に比べて、試験評価が甘い条件になっていたために、BNが規格外であるものの、5回以上の締付け締戻し回数が実現できてしまっている。
【0133】
一方で、No.2は、No.1と同じカップリング膜条件で、ピンねじ側には、アクリレート系フッ素系塗料が塗られた事例である。締付け締戻し試験を、図5にあるような縦型トングで、重錘3t荷重を負荷した条件、つまり新たなラボ試験の条件で試験した結果である。実施例の冒頭で述べたように、締付時に荷重を荷重して、締戻時に荷重を除荷(荷重を緩めることを含めて)で締付け締戻しを実施した。なお、3t荷重とは、当該サイズの実長ピンが3本連結を模擬したものである。
No.2では、締付け締戻し回数が必要回数に満たなかった。実際の井戸では、ピンの自重が、カップリングねじに印加され、かつ、ピンが、カップリング中心に対して対称位置、かつ、真っ直ぐにセットされることはなく、ピンの軸が撓んでセットされる。また、ねじが互いに噛み合うまでには、「あそび」があるために、大荷重と偏荷重がカップリングねじに掛かってしまう条件である。そういった実際の井戸に近い条件では、固体潤滑剤のBNの平均粒径が上限10μmを超えた場合には、締付け締戻し回数が規格を満足しない。
【0134】
No.3は、No.2に対して、カップリング側の固体潤滑被膜のうち、BNの平均粒径を変えた例である。具体的には、BNの平均粒径が規格範囲の5μmの例である。それ以外のパラメータも、本開示の範囲内に調整したものである。これは、重錘トング試験でも、締付け締戻し回数が規格を満足する。実際の井戸においても、十分な潤滑を維持できることを示せている。
No.4は、模擬井戸において締付試験を実施した以外は、No.3と同じ条件とした事例である。No.4は、3本連結した実長ピンを使って、スタビング・ガイドでピンねじをセットする際に、ボックスねじ側に衝撃を与えないようにする工夫を行った。かつ、コンペンセータを使い、ピンねじが必要以上に振れ回らないように工夫した。これは、実際の井戸での状況を模擬した結果である。No.4は、良好な潤滑性を示し、No.3の事例と同じ結果である。この結果から、新たなラボ試験方法を実現する重錘トング試験は、実際の井戸での状況を模擬できていることがわかる。
【0135】
No.5は、No.3、4に対して、膜厚が下限値の10μmを切った、8μmの事例である。No.5は、締付け締戻しがなかなかできなくて、NGと判定された事例である。
No.6は、No.1~5の条件の膜を、カップリングねじ側ではなくて、膜厚10μmで、短尺ピン側に形成させた事例である。トングは、単なる縦型トングであり、構造的に、カップリング上部に重錘を印加させなかった。カップリングねじとピンねじの被膜関係を逆にしても、本開示の規格内であれば、十分な締付け締戻し回数が確保されることが分かった。
No.3とNo.6でいえるのは、カップリング側にBN主体のエポキシ樹脂被膜があり、ピン側に軟質の塗料が塗られている事例でも、逆に、ピン側に、BN主体のエポキシ樹脂被膜がある場合、カップリング側に軟質の塗料が塗られている事例でも、良好な潤滑挙動を示すことが明らかである、ということである。
【0136】
No.7の事例は、鋼材グレードが炭素鋼耐サワー系材料C110で、ねじサイズは、9-5/8”53.5#で、ねじはJFELIONTMで実施したものである。カップリング側ねじに、BN主体でエポキシ樹脂を形成させて固体潤滑被膜を設けた。ピン側は、ショットブラスト肌の上に、軟質の潤滑・防錆ペイントを形成させた例である。このカップリング側のねじの固体潤滑膜の例のみが、2液混合系である。エポキシ樹脂は、ビスフェノールA型系エポキシ樹脂で、エポキシ基の個数が4個、エポキシ当量220である。溶剤に硬化剤として変性脂環式ポリアミンと、ポリアミドアミンを重量比で、4:6で溶かしたものである。それらの全体としての硬化剤の官能基当量、つまり、活性水素当量が95であった。したがって、ビスフェノールA型系エポキシ樹脂のエポキシ当量185で反応させるよう調合させたものである。膜硬度が3Bで、規格下限を切って軟質な事例である。更に、2液系がゆえに、混ぜるにしたがい、すぐに固まる傾向があり、水あめ状で、膜厚は50μm狙いである。しかし、均質とは言い難い状況であった。締付け締戻し回数がよくない事例(比較例)である。
【0137】
No.8~10は、鋼材グレード:炭素鋼耐サワー系材料C110で、ねじサイズは、9-5/8”53.5#で、ねじはJFELIONTMで実施したものである。カップリング側ねじに、BN主体でエポキシ樹脂を形成させて固体潤滑被膜を設けた。ピン側は、ショットブラストして軟質の潤滑・防錆ペイントを形成させた例である。エポキシ樹脂は、トリスフェノールメタン型エポキシ樹脂で、エポキシ基の個数が3個、エポキシ当量185であった。硬化剤をジエチレントリアミン系のもので、硬化剤の官能基当量、つまり、活性水素当量125、潤滑補助剤なしで硬化させたものであり、ガラス転移温度Tg:150℃の場合である。膜厚55μm、鉛筆硬度:3Hの事例である。No.8は、カップリングねじ側にエポキシ樹脂被膜、ピン側には軟質の潤滑・防錆ペイントを塗ったもので、締付け締戻し回数が、規定回数以上できた事例である。
【0138】
No.9は、カップリングねじ側だけではなく、ピンねじ側にも、エポキシ樹脂被膜がついた事例で、この事例も、規定回数以上できた事例である。
No.8とNo.9を比較したときに、No.8の方が、締付け締戻し回数が良好である。片側のねじが、発明で規定したBNを含有した3H以上の硬質なエポキシ樹脂被膜があって、もう片方が、軟質な膜である方が、潤滑が良好であることを示している。
No.10は、ピン側には、膜がなく、ショットブラストを施しただけの事例である。本実施形態の規定に合った範囲内での固体潤滑剤のBNが入っていて、エポキシ樹脂被膜が、潤滑特性に優れることが明らかである。
【0139】
No.11~No.13は、鋼材グレードが炭素鋼耐サワー系材料C110で、ねじサイズは、9-5/8”53.5#で、ねじはJFELIONTMで実施したものである。カップリング側ねじに、固体潤滑剤BNの条件を変えた上で、エポキシ樹脂を形成させて固体潤滑被膜を設けた。ピン側は、ショットブラストして軟質の潤滑・防錆ペイントを形成させた例である。エポキシ樹脂は、テトラキスフェノールエタン型系エポキシ樹脂で、エポキシ基の個数が4個、エポキシ当量165であった。硬化剤がフェノール・ノボラック系のもので、硬化剤の官能基当量、つまり、活性水素当量が206であった。硬化補助剤として、トリフェニルホスフィン(TPP)を使った事例である。カップリング側ねじに対し、固体潤滑剤BNの条件を変えた上で、エポキシ樹脂を形成させた事例である。
【0140】
No.11、12は、ピン側はショットブラストのみしか施していない例である。No.13は、金属石鹸を含有させたアクリレート系F塗料を塗った事例である。No.11、12の違いは、膜厚と溶剤の混合比であるが、共に、潤滑が良好な事例である。
No.13は、BNを添加しなかった事例で、固体潤滑剤が入っていないため、締付け締戻し回数が合格基準に満たない例になっている。
【0141】
No.14は、鋼材グレード:炭素鋼耐サワー系材料C110で、ねじサイズは、7”29#、ねじはJFELIONTMで実施したものである。カップリング側ねじに、固体潤滑剤BNを85%、他固体潤滑剤として15%PTFEが含有した条件で、エポキシ樹脂を形成させて固体潤滑被膜を設けた。ピン側は、ショットブラストして軟質の潤滑・防錆ペイントを形成させた例である。エポキシ樹脂は、グリシジルエステル型系エポキシ樹脂で、エポキシ基の個数が3個、エポキシ当量190であった。自己重合型のエポキシ樹脂被膜の例であり、1,2,4-トリアゾールを、固体潤滑剤重量とプレポリマーのエポキシ樹脂重量の合計を100重量部にしたときに、5重量部だけ入れて、自己重合型のエポキシ触媒にした例である。No.14は、本開示の規格内に調合されたパラメータ内で作られた膜において、潤滑は合格と見なせる。
【0142】
No.15,16は、薬剤の粘度が好適な範囲から外れた事例である。No.15,16は、共に、鋼材グレード:炭素鋼耐サワー系材料C110で、ねじサイズは、9-5/8”43.5#、ねじはJFELIONTMである。BN含有のエポキシ樹脂被膜をカップリング側に形成させた。ピン側には、No.15ではショットブラストのまま、No.16では、ショットブラストしてアクリレート系フッ素系樹脂を塗ったものである。
No.15は、エポキシ樹脂に、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル系とポリグリセロールポリグリシジルエーテル系を1:1混合したものを使った。硬化剤を無水フタル酸とした。硬化補助剤としてDMP-30、つまり、2,4,6-トリス(ジメチルアミノメチル)フェノールを、固体潤滑剤総重量とエポキシ樹脂の総重量の和を100重量部とした時に、5重量部を入れたものである。エポキシ樹脂の粘度が、上限規格を大幅に超えて高く、3500mPa・secある事例である。粘度が高すぎるために、ペースト状でうまく均質に塗りがたい欠点がある。ただし、塗れたものでは、2回分締付け締戻し回数が3回はできたので、本発明例と判定した例である。
【0143】
No.16では、エポキシ樹脂に、シクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテルを使って、硬化剤にジシアンジアミドを使い、硬化補助剤としてイミダゾールを使った事例である。この例は、エポキシ樹脂の粘度が、下限規格を大幅に超えて低く、25mPa・secある事例である。No.16では、食用油のような粘度で、塗っても、そこに留まらず、6時の位置に溜まっていく傾向があった。パイプを回しながら塗ることを試みても、焼成前には、6時の位置に溜まってしまって、結局、膜厚が25umと薄く、かつ、均質な膜になりえない。よって、潤滑がよくなかったと判断できる。また、エポキシ樹脂膜のTgも好適な範囲も外れている事例である。よって、締付け締戻し試験を3度トライしたが、No.16では、2回、1回、3回と、優れているとは言い難い結果になった。No.16は比較例にあたる。
【0144】
「実施例2」
実施例2は、塩水噴霧試験よる耐食性の評価である。
実施例1で示した事例のうち、No.3、8、11、14の炭素鋼ベースの油井管ねじ条件からピックアップして、塩水噴霧を行った。
材料は、この塩水噴霧試験のために、カップリングサンプルを新規に製膜した。
比較例として、SPCC(通常の一般軟鋼の薄鋼板・冷延焼鈍板)の厚さ0.8mmtのものを使って実施した(条件A)。
【0145】
油井管ねじ材料は、カップリングねじの両端に対して、プロクテタで1回締付け締戻しを行った。そして、そのままの場合(No.3-2、8-2、11-2、14-2)と、再度プロテクタを取り付けて締付けた場合(2回目の締付に相当:No.3-3、8-3、11-3、14-3)について、塩水噴霧を行った。その後、サンプルを横に並べて、つまりサンプルを立てない状態で並べて観察するといった条件で、腐食試験を行った。
ピンねじは、ねじ山だけのサンプルにして、ねじのある側には、プロクテタで1回締付け締戻しを行った。再度プロテクタを取り付けてない外側はイミドテープを張って、パイプ内部に水が入らないように保護した。
【0146】
詳細の条件は以下のとおりである。
No.3-2,3-3、No.8-2,8-3、No.11-2,11-3、No.14-2,14-3の固体潤滑被膜の条件は、実施例1のNo.3、8、11、14と同じものに相当する。
【0147】
<塩水噴霧条件>
塩水噴霧条件は、次の通りである。
噴霧条件:JIS K 5600-7-1
塩水濃度:5±0.5wt%
温度:35℃
湿度:98~99%
噴霧量:1-2mL/hr /80cm
pH:6.5~7.2
時間:24hr
【0148】
この試験方法の意義は、次の通りである。油井管ねじは、プロテクタで端部を締め付けられてから出荷され、そのまま井戸近くのヤードで保管されることが多い。このため、塩水を噴霧した状態は、実際の使用条件に近い環境であるからである。プロテクタを取り付けない条件は、プロテクタを外した時の更に苛酷な条件の意味である。SPCC薄板の事例は、プロテクタで締付け締戻しをしない事例で、膜自体の耐食性をねじ形状で見るものである。
結果を表5に示す。
【0149】
【表5】
【0150】
表5から分かるように、比較事例のNo.Aを含み、No.3-2,3-3、No.8-2,8-3、No.11-2,11-3、No.14-2,14-3は、いずれも塩水噴霧において腐食せず、十分な耐食性を有することが分かった。
膜質が3Hと硬く、プロテクタで、締付け締戻ししても、致命的なダメージを受けない、かつ、BN自体が撥水性であり、水を呼び込まないことも大きいと推定される。
【0151】
ここで、本願が優先権を主張する、日本国特許出願2021-91463(2021年05月31日出願)の全内容は、参照により本開示の一部をなす。ここでは、限られた数の実施形態を参照しながら説明したが、権利範囲はそれらに限定されるものではなく、上記の開示に基づく各実施形態の改変は当業者にとって自明なことである。
【符号の説明】
【0152】
1 試験用のピン
1a 雄ねじ
1c 内径面
1d 通し穴
2 ボックス(カップリング)
2a 雌ねじ
3 重錘
4 パワートング
10A 固体潤滑被膜
10B 下地層
11 引っ掛け金具(Swivel式)
12 貫き棒
13 差込棒
20 吊り上げ装置(クレーン)
21 チェーン(吊り索)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7