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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-10
(45)【発行日】2024-04-18
(54)【発明の名称】顎下腺の萎縮抑制剤及び創傷治癒促進剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/198 20060101AFI20240411BHJP
   A61K 31/401 20060101ALI20240411BHJP
   A61K 31/513 20060101ALI20240411BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20240411BHJP
   A61P 1/02 20060101ALI20240411BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240411BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240411BHJP
   A61P 17/02 20060101ALI20240411BHJP
【FI】
A61K31/198
A61K31/401
A61K31/513
A61P1/00
A61P1/02
A61P35/00
A61P43/00 121
A61P17/02
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020062088
(22)【出願日】2020-03-31
(65)【公開番号】P2021161036
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2022-12-20
(73)【特許権者】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100177714
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 昌平
(72)【発明者】
【氏名】原田 耕志
【審査官】田澤 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-141206(JP,A)
【文献】特開2018-127427(JP,A)
【文献】特開2015-096473(JP,A)
【文献】特開2016-175901(JP,A)
【文献】特表2019-530750(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61P 1/00-43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスパラギン酸、プロリン、アラニン及びこれらの塩からなる群から選択される2種以上のアミノ酸を有効成分として含有することを特徴とする、顎下腺の萎縮抑制剤。
【請求項2】
顎下腺の萎縮が抗がん剤による萎縮であることを特徴とする請求項1記載の顎下腺の萎縮抑制剤。
【請求項3】
炭水化物源の含有量が0~30質量%であることを特徴とする請求項1又は2記載の顎下腺の萎縮抑制剤。
【請求項4】
イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、トレオニン、バリン、ヒスチジン、アルギニン、グルタミン、グリシン、セリン、チロシン及びこれらの塩からなる群から選択される1種又は2種以上のアミノ酸をさらに有効成分として含有することを特徴とする請求項1~3のいずれか記載の顎下腺の萎縮抑制剤。
【請求項5】
抗がん剤と組み合わせてがん患者に投与するための請求項1~4のいずれか記載の顎下腺の萎縮抑制剤。
【請求項6】
抗がん剤が5-フルオロウラシルであることを特徴とする請求項2又は5記載の顎下腺の萎縮抑制剤。
【請求項7】
アスパラギン酸、プロリン、アラニンから選択される2種以上のアミノ酸を有効成分として含有することを特徴とする創傷治癒促進剤(ヒアルロン酸又はヒアルロン酸の分解生成物を含有するものを除く)
【請求項8】
アスパラギン酸とプロリンの組み合わせ、又はアラニンとプロリンの組み合わせを有効成分として含有することを特徴とする創傷治癒促進剤。
【請求項9】
炭水化物源の含有量が0~30質量%であることを特徴とする請求項7又は8記載の創傷治癒促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は所定のアミノ酸を有効成分として含有する顎下腺の萎縮抑制剤や創傷治癒促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
顎下腺は唾液腺の1つであり、唾液の分泌において重要な役目を果たしている。唾液の分泌が低下すると、口腔乾燥症や口腔粘膜炎を引き起こしてしまうため、顎下腺を正常な状態に維持して唾液の分泌を低下させないことが重要である。しかしながら、抗がん剤等の薬物によって顎下腺が萎縮することが知られている。
【0003】
炎症性腸疾患の患者に多用されているエレンタール(Elental:登録商標)は、デキストリン(Dextrin)及びアミノ酸を主成分とした経腸栄養剤である。かかるエレンタールは、胃ろう栄養患者用栄養組成物として提案されている(特許文献1参照)。また、近年食道がんに対する抗がん剤5-フルオロウラシル(5-FU)等の化学療法による口腔粘膜炎を抑制することや顎下腺の萎縮を抑制すること、さらには口腔がんに対する化学放射線療法時の口腔粘膜炎の増悪を阻止することが知られるようになった(非特許文献1参照)。しかしながら、その詳細なメカニズムは不明である。また、上記経腸栄養剤エレンタールの具体的な口腔粘膜炎等に対する効果効能、及びターゲットになる細胞のどの部位に作用しているのかという事についても全く不明であった。
【0004】
一方、唾液を分泌促進し、口腔乾燥を改善するものとして、たとえばピロカルピンを有効成分とする医薬組成物が開示されている(特許文献2参照)が、発汗、鼻汁等の副作用が生じるとの報告もある。また、D-,DL-メチオニン、D-, DL-アラニン、D-, L-, DL-プロリン、D-, L-, DL-スレオニン、D-, L-, DL-トリプトファン、及びこれらの塩からなる群から選択される1種以上のアミノ酸を有効成分として含有する唾液分泌促進剤が開示されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2014-061808号パンフレット
【文献】特開2017-066126号公報
【文献】特開2018-127427号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Kawashima et al., Support Care Cancer(2016) 24:1609-1616
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、アミノ酸を主成分とする顎下腺の萎縮抑制剤を提供することや、アミノ酸を主成分とする創傷治癒促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、マウスを用いて抗がん剤の単独投与群をコントロールとして、抗がん剤投与+エレンタール併用投与群との比較試験を実施し、エレンタールが口腔内の、どの部位に、どの様に作用しているかという検討を試みた。その結果、肉眼的に唾液腺の一つである顎下腺に顕著な萎縮の低下を認めた。さらに、エレンタールに含まれる17種類のアミノ酸に基づき、細胞増殖に特に影響のあるアミノ酸を見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕アスパラギン酸、プロリン、アラニン及びこれらの塩からなる群から選択される2種以上のアミノ酸を有効成分として含有することを特徴とする、顎下腺の萎縮抑制剤。
〔2〕顎下腺の萎縮が抗がん剤による萎縮であることを特徴とする上記〔1〕記載の顎下腺の萎縮抑制剤。
〔3〕炭水化物源の含有量が0~30質量%であることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕記載の顎下腺の萎縮抑制剤。
〔4〕イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、トレオニン、バリン、ヒスチジン、アルギニン、グルタミン、グリシン、セリン、チロシン及びこれらの塩からなる群から選択される1種又は2種以上のアミノ酸をさらに含有することを特徴とする上記〔1〕~〔3〕のいずれか記載の顎下腺の萎縮抑制剤。
〔5〕抗がん剤と組み合わせてがん患者に投与するための上記〔1〕~〔4〕のいずれか記載の顎下腺の萎縮抑制剤。
〔6〕抗がん剤が5-フルオロウラシルであることを特徴とする上記〔1〕~〔5〕のいずれか記載の顎下腺の萎縮抑制剤。
〔7〕アスパラギン酸、プロリン、アラニンから選択される2種以上のアミノ酸を有効成分として含有することを特徴とする創傷治癒促進剤。
〔8〕炭水化物源の含有量が0~30質量%であることを特徴とする上記〔7〕記載の創傷治癒促進剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、抗がん剤による顎下腺の萎縮の抑制や、創傷治癒促進が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1において、HaCaT細胞における細胞増殖を解析した結果を示す図である。
図2】実施例1において、HSC2細胞における細胞増殖を解析した結果を示す図である。
図3】実施例1において、HSC4細胞における細胞増殖を解析した結果を示す図である。
図4】実施例2において、抗がん剤処理無し、処理後のエレンタール又はデキストリンによる細胞増殖能を解析した結果を示す図である。
図5】実施例3において、HaCaT細胞、HSC2細胞及びHSC4細胞におけるエレンタール、デキストリン又はアミノ酸による細胞浸潤能を解析した結果を示す図である。
図6】実施例4において、HaCaT細胞における細胞増殖を解析した結果を示す図である。
図7】実施例4において、HSC2細胞における細胞増殖を解析した結果を示す図である。
図8】実施例4において、HSC4細胞における細胞増殖を解析した結果を示す図である。
図9】実施例5において、5-FUと共に生理食塩水、アミノ酸、デキストリン、又はエレンタールで処理したマウスにおける顎下腺の萎縮を調べた結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の顎下腺の萎縮抑制剤は、アスパラギン酸、プロリン、アラニンから選択される2種以上のアミノ酸を有効成分として含有する顎下腺の萎縮抑制剤(以下、「本件顎下腺の萎縮抑制剤」ともいう)であればよく、ここで「顎下腺」とは頸部にある大唾液腺のうちの1つで下顎腺とも呼ばれ、顎二腹筋の2つの筋腹と下顎角により囲まれた空間内にあり、唾液の約65%を産生する組織である。
【0013】
本明細書において「顎下腺の萎縮」とは、上記顎下腺を構成する粘液細胞や漿液細胞の増殖が抑制され、顎下腺の体積が減少することを意味する。かかる顎下腺の萎縮は、抗がん剤、抗不安薬、降圧薬等の薬剤による副作用や、糖尿病、腎障害、貧血、脱水、シェーングレン症候群、サルコイドーシス、後天性免疫不全症候群等の全身性疾患や、ストレス、鬱等によって引き起こされる。顎下腺が萎縮すると、唾液の分泌が低下し、口腔乾燥症や口内炎の原因となるため、かかる疾患の予防や治療には顎下腺を正常な状態に維持することが肝要である。
【0014】
上記「抗がん剤」におけるがんとしては、固形がんでも血液がんでもよく、口腔がん、胃がん、食道がん、脾臓がん、咽頭がん、喉頭がん、上顎がん、皮膚がん、乳がん、前立腺がん、膀胱がん、膣がん、頸部がん、子宮がん、肝臓がん、腎臓がん、膵臓がん、肺がん、気管がん、気管支がん、結腸がん、小腸がん、胆嚢がん、精巣がん、卵巣がん等のがんや、骨組織、軟骨組織、脂肪組織、筋組織、血管組織及び造血組織のがんのほか、軟骨肉腫、ユーイング肉腫、悪性血管内皮腫、悪性シュワン腫、骨肉腫、軟部組織肉腫等の肉腫や、肝芽腫、髄芽腫、腎芽腫、神経芽腫、膵芽腫、胸膜肺芽腫、網膜芽腫等の芽腫や、胚細胞腫瘍や、リンパ腫や、白血病を挙げることができる。
【0015】
上記「抗がん剤」としては顎下腺の萎縮を引き起こす抗がん剤である限り特に制限されないが、5-フルオロウラシル、ペントスタチン、フルダラビン、クラドリビン、メソトレキセート、6-メルカプトプリン、エノシタビン等の代謝拮抗薬、シクロホスファミド、ベンダムスチン、イオスファミド、ダカルバジン等のアルキル化薬、リツキシマブ、セツキシマブ、トラスツズマブ等の分子標的薬、イマチニブ、ゲフェチニブ、エルロチニブ、アファチニブ、ダサチニブ、スニチニブ、トラメチニブ等のキナーゼ阻害剤、ボルテゾミブ等のプロテアソーム阻害剤、シクロスポリン、タクロリムス等のカルシニューリン阻害薬、イダルビジン、ドキソルビシンマイトマイシンC等の抗がん性抗生物質、イリノテカン、エトポシド等の植物アルカロイド、シスプラチン、オキサリプラチン、カルボプラチン等のプラチナ製剤、タモキシフェン、ビカルダミド等のホルモン療法薬、インターフェロン、ニボルマブ、ペンブロリズマブ等の免疫制御薬を挙げることができる。
【0016】
上記本件顎下腺の萎縮抑制剤は、抗がん剤と組み合わせてがん患者に投与するために用いてもよい。かかる組み合わせて投与する抗がん剤としては、上記顎下腺の萎縮を引き起こす抗がん剤を挙げることができる。なお、「抗がん剤と組み合わせてがん患者に投与する」とは、抗がん剤をがん患者に投与して、その後本件顎下腺の萎縮抑制剤を投与する方法や、本件顎下腺の萎縮抑制剤をがん患者に投与して、その後抗がん剤を投与する方法や、本件顎下腺の萎縮抑制剤と抗がん剤を同時にがん患者に投与する方法を挙げることができる。
【0017】
本発明の創傷治癒促進剤は、アスパラギン酸、プロリン、アラニンから選択される2種以上のアミノ酸を有効成分として含有する創傷治癒促進剤(以下、「本件創傷治癒促進剤」ともいう)であればよく、ここで創傷としては、体組織において生じる損傷であり、擦過傷、剥離、切開、裂創、刺創等を挙げることができる。
【0018】
本件顎下腺の萎縮抑制剤又は本件創傷治癒促進剤に有効成分として含有するアミノ酸としては、アスパラギン酸、プロリン、アラニンから選択される2種以上を含有していればよく、アスパラギン酸とプロリンの組み合わせ、アスパラギン酸とアラニンの組み合わせ、プロリンとアラニンの組み合わせ、及びアスパラギン酸とプロリンとアラニンの組み合わせのいずれでもよい。また、イソロイシン、ロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、トレオニン、トリプトファン、バリン、ヒスチジン、アルギニン、グルタミン、グリシン、セリン、チロシンから選択される1種又は2種以上のアミノ酸、好ましくは5種以上、より好ましくは10種以上、更に好ましくは14種をさらに含有していてもよい。
【0019】
アスパラギン酸とアラニンを含有する場合には、好ましくはアスパラギン酸100質量部に対してアラニン10~100質量部、より好ましくはアスパラギン酸100質量部に対してアラニン30~70質量部を挙げることができる。アスパラギン酸とプロリンを含有する場合には、好ましくはアスパラギン酸100質量部に対してプロリン10~80質量部、より好ましくはアスパラギン酸100質量部に対してプロリン20~50質量部を挙げることができる。アラニンとプロリンを含有する場合には、好ましくはアラニン100質量部に対してプロリン10~100質量部、より好ましくはアラニン100質量部に対してプロリン30~70質量部を挙げることができる。
【0020】
上記アミノ酸は、D体、L体のいずれでもよく、D体、L体の混合物でもよいが、L体であることが好ましい。
【0021】
上記アミノ酸としては、その塩でもよく、かかる塩としては、薬理学的に許容されるものであれば特に制限されない。アミノ酸におけるカルボキシル基等の酸性基に対しては、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属との塩、カルシウム、マグネシウム等のアルカリ土類金属との塩、アンモニウム、テトラメチルアンモニウム等のアンモニウム塩が挙げられる。また、アミノ酸における塩基性基に対しては、塩酸、硫酸、リン酸、硝酸、臭化水素酸等の無機酸との塩、酢酸、クエン酸、安息香酸、マレイン酸、フマル酸、酒石酸、コハク酸、リンゴ酸等の有機カルボン酸との塩が挙げられる。
【0022】
本件顎下腺の萎縮抑制剤又は本件創傷治癒促進剤に有効成分として含有するアミノ酸としては、顎下腺の萎縮抑制効果若しくは創傷の治癒促進効果が得られる限り特に制限されないが、アミノ酸すべての含有量が30質量%以上であっても、50質量%以上であっても、60質量%以上であっても、70質量%以上であっても、80質量%以上であっても、90質量%以上であってもよい。さらに、本件顎下腺の萎縮抑制剤又は本件創傷治癒促進剤に含有するアミノ酸の中で、アスパラギン酸、プロリン、アラニン及びこれらの塩からなる群から選択される2種以上のアミノ酸の割合は特に制限されないが、本件顎下腺の萎縮抑制剤又は本件創傷治癒促進剤の全質量に対して10質量%以上であっても、17質量%以上であっても、19質量%であっても、25質量%以上であっても、50質量%以上であっても、70質量%以上であっても、90質量%以上であっても、100質量%であってもよい。なお、本件顎下腺の萎縮抑制剤に有効成分として含有するとは、顎下腺の萎縮抑制作用を有する成分として含有することを意味し、本件創傷治癒促進剤に有効成分として含有するとは、創傷治癒促進作用を有する成分として含有することを意味する。
【0023】
また本件顎下腺の萎縮抑制剤又は本件創傷治癒促進剤の投与量は、たとえば有効成分として成人(体重60kg)に対して1回あたり0.02~20gを挙げることができる。
【0024】
本件顎下腺の萎縮抑制剤又は本件創傷治癒促進剤にはデキストリン、デンプン、オリゴ糖、ブドウ糖、果糖、マンノース、ショ糖等の炭水化物源を含有してもよい。かかる炭水化物源の含有量としては、0~30質量%、好ましくは0~10質量%、より好ましくは0~5質量%、さらに好ましくは0~2質量%、特に好ましくは0~1質量%、中でも0質量%を挙げることができる。このほか、本件顎下腺の萎縮抑制剤又は本件創傷治癒促進剤には、ダイズ油、シソ油、トウモロコシ油等の脂質を含有してもよい。かかる脂質の含有量としては、好ましくは0~0.3質量%、より好ましくは0~0.1質量%、さらに好ましくは0質量%を挙げることができる。さらに、本件顎下腺の萎縮抑制剤又は本件創傷治癒促進剤には、さらにビタミン、ミネラル等の通常用いられる添加剤を含有してもよい。かかるビタミンとしては、ビタミンA、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ニコチン酸アミド、葉酸、パントテン酸、ビオチン、コリン等を挙げることができる。また、ミネラルとしては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、グリセロリン酸カルシウム、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸鉄、硫酸銅等を挙げることができる。さらに必要に応じて、香料、甘味料、着色料、安定剤、保存剤、pH調整剤等を含有してもよい。
【0025】
本件顎下腺の萎縮抑制剤又は本件創傷治癒促進剤は、薬学的に許容される通常の担体、結合剤、安定化剤、賦形剤、希釈剤、pH緩衝剤、崩壊剤、可溶化剤、溶解補助剤、等張剤等の各種調剤用配合成分を添加することができる。本件顎下腺の萎縮抑制剤又は本件創傷治癒促進剤は、経口的又は非経口的に投与することができ、例えば、粉末、顆粒、錠剤、カプセル剤、シロップ剤、懸濁液等の剤型で経口的に投与することができ、あるいは、例えば、軟膏剤、徐放型製剤、乳剤、懸濁液等の剤型にしたものを非経口投与することができる。
【実施例
【0026】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの
例示に限定されるものではない。
【0027】
[実施例1]エレンタールに含有するアミノ酸による細胞増殖
エレンタールには、デキストリン、アミノ酸を主に含有している。そこで、エレンタールによる細胞増殖におけるアミノ酸の影響を検証した。なおエレンタールの組成を表1に示す。
【0028】
【0029】
(1)細胞増殖能
細胞の増殖は、3-(3,4-dimethyl-thiazol-2-yl)-2,5-diphenyl tetrazolium bromide (以下「MTT」と略記;Sigma Aldrich社)法を用いて測定した。すなわち、96ウェルマイクロプレート(Becton Dickinson社)にDulbecco's Modified Eagle Medium(DMEM)とHamF12を等量混合した培地(DMEM/HamF12: Thermo Fisher Scientific社)と共にエレンタール、デキストリンのみ、エレンタールに含有するアミノ酸17種のみ(上記表1に示すエレンタールに含有する17種のアミノ酸の配合比と同一となるように調整:EAファーマ社より入手)を所定の濃度となるように加え、かかる培地に3×103個の細胞を播種し、以降24(day1)、48(day2)、72(day3)時間培養した。次に、最終濃度が1 mg/mlとなるように MTT溶液を加え37℃、4時間反応させてMTT formazanを形成した。形成されたMTT formazanを100μlのジメチルスルホキシド(Dimethyl Sulfoxide; 以下「DMSO」と略記 ; Sigma Aldrich社)で溶解し、マイクロプレートリーダー(Bio-Rad Laboratories社)を用いて、OD 490 nmにて吸光度を測定することにより生細胞数(細胞増殖)を評価した。なお、細胞としては、不死化皮膚角化細胞であるHaCaT細胞、及び口腔がん細胞(HSC2細胞,HSC4細胞)を用いた。
【0030】
(2)結果
HaCaT細胞における細胞増殖の結果を図1に、HSC2細胞における細胞増殖の結果を図2に、HSC4細胞における細胞増殖の結果を図3に示す。横軸は培地中のエレンタール、デキストリン、又はアミノ酸の終濃度を示し、縦軸は490nmの吸光度を示す。いずれの細胞においても、エレンタールを加えることによって細胞がより増殖することが確認された。また、いずれの細胞においてもデキストリンのみを加えた場合には、エレンタールを加えた場合と比較して細胞増殖が低かった。
【0031】
エレンタールに含有するアミノ酸17種のみを加えた場合には、いずれの細胞においてもエレンタールを加えたときと同様に細胞が増殖していた。驚くべきことに、HaCaT細胞及びHSC2細胞においてはエレンタールに含有するアミノ酸17種のみを8.8μg/mL以上加えた場合においてエレンタールを加えた場合以上に細胞が増殖していた。したがって、エレンタールによる細胞増殖はデキストリン、若しくは脂質電解質、ビタミンによる効果ではなくアミノ酸による効果であることが明らかとなった。
【0032】
[実施例2]抗がん剤処理後のエレンタールによる細胞増殖能
エレンタールは、抗がん剤で処理した際の口腔粘膜炎の抑制に用いられている。そこで、抗がん剤処理後のエレンタールの細胞増殖能を調べた。
【0033】
DMEM/HamF12培地に以下の(a)~(f)を加えた6つの区に分けて、3×103個の細胞を播種して細胞増殖を検証した。培養時間は(a)~(d)は48時間、(e)、(f)は抗がん剤である5-フルオロウラシル(5-FU)で24時間処理後にエレンタール又はデキストリンで24時間処理した。次に、実施例1と同様にMMT溶液を加えて生細胞数を評価した。
(a)0%FBS+エレンタール5μg(48h)
(b)0%FBS+デキストリン4μg(48h)
(c)10%FBS+エレンタール5μg(48h)
(d)10%FBS+デキストリン4μg(48h)
(e)10%FBS+1.5μg/mL 5-FU(24h)→10%FBS+エレンタール5μg(24h)
(f)10%FBS+1.5μg/mL 5-FU(24h)→10%FBS+デキストリン5μg(24h)
【0034】
図4に示すように、まず抗がん剤の処理がない場合においては、デキストリンと比較してエレンタールはより細胞増殖能を有していた。ただし、FBSを含有している場合におけるデキストリンとエレンタールとの差は、FBSを含有していない場合と比較して小さかった。つまり、エレンタールによる細胞増殖は栄養が存在している状況では、栄養が少ない場合よりも効果が低いと考えられた。一方、抗がん剤5-FUで処理した場合には、FBSを含有している場合でもデキストリンと比較してエレンタールにより細胞増殖がみられた。したがって、抗がん剤によって細胞にダメージがあるときには、栄養が存在している状況でもエレンタールは細胞増殖能が高いことが確認された。なお、エレンタールに含まれる組成物の約79%はデキストリンであり、約18%がアミノ酸であることや、デキストリンと比較してエレンタールはより細胞増殖能がみられたことから、図4におけるデキストリンとエレンタールによる効果の差はエレンタールに含有する17種類のアミノ酸による効果であると推定される。
【0035】
[実施例3]エレンタールによる細胞浸潤能
創傷の治癒には細胞浸潤能が高いことが重要であるため、エレンタールによる細胞浸潤能を以下の方法により調べた。
【0036】
細胞の浸潤転移能に対する評価方法の一つとしてMigration assayを用いて検索した。測定には48well Chemotaxis Chamber(Neuro Probe社)を用いた。48well Chemotaxis Chamberは、精密に加工された上下2枚の透明なアクリル板の間に25×80mmのフィルターメンブレンをセットし、上下の板を密着させるためのシリコンガスケットをフィルターの上に置きネジ止めができる構造となっており、底板(Bottom plate)には面積8mm2、容量25μlの丸底のlower wellが48個あり、上板(Top plate)のupper wellと合致するようになった細胞遊走試験装置である。エレンタール、デキストリンのみ、又はエレンタールに含有するアミノ酸17種のみ(エレンタールに含有する17種のアミノ酸の配合比と同一)を所定の濃度となるように添加した増殖培養液をBottom plateのLower wellに満たし、5mM Gelatin(Calbiochem-Novabiochem社)にて被覆したポアサイズ5μmのフィルター(Neuro Probe社)をセットしてTop plateを閉じ、6×105cell/mlの細胞浮遊液をUpper wellに充填、37℃で24時間静置した。その後、フィルターをChamberから取り出し、リン酸緩衝生食水(PBS)で非付着細胞を洗浄した後、フィルター付着細胞をメタノールにて固定し、ヘマトキシリンを用いて染色、Upper well sideの細胞を濾紙にて擦過除去したのち、フィルターをスライドガラス上にマウントし検鏡にて細胞数をカウントした。なお、細胞としては、HaCaT細胞、HSC2細胞及びHSC4細胞を用いた。
【0037】
図5に示すようにデキストリンのみでは浸潤効果がほとんどみられなかったが、エレンタールやアミノ酸のみでは浸潤効果がみられた。したがって、エレンタールに含有するアミノ酸に細胞浸潤能力を向上する作用があることが明らかとなった。細胞浸潤能力は創傷治癒につながることから、エレンタールに含有するアミノ酸は創傷治癒作用も有すると考えられる。
【0038】
[実施例4]細胞増殖能を有するアミノ酸の分析
実施例1~3ではエレンタールに含有する17種類からなるアミノ酸を用いたが、どのアミノ酸により細胞増殖作用を生じるかを以下の方法で分析した。
【0039】
アミノ酸としては、L-アスパラギン酸、L-アラニン、L-プロリンを選択し、それぞれ単独、及び2若しくは3つの組み合わせによるHaCaT細胞、HSC2細胞又はHSC4細胞の細胞増殖を実施例1と同様に調べた。
【0040】
図6にHaCaT細胞の結果を、図7にHSC2細胞の結果を、図8にHSC4細胞の結果を示す。図中、AspはL-アスパラギン酸、AlaはL-アラニン、ProはL-プロリン、17AAはエレンタールに含有する17種類からなるアミノ酸を示す。驚くべきことに、L-アスパラギン酸、L-アラニン、L-プロリンの単独でもエレンタールに含有する17種類からなるアミノ酸と同等の細胞増殖効果があった。また、L-アスパラギン酸、L-アラニン、L-プロリンから選択される2つの組み合わせ、特にプロリンとアスパラギン酸の組み合わせや、L-アスパラギン酸、L-アラニン、L-プロリンの3つの組み合わせではエレンタールに含有する17種類からなるアミノ酸を用いた場合よりも細胞増殖作用を有すること、デキストリンやエレンタールに含有する脂質、電解質がなくても細胞増殖作用を有することが明らかとなった。
【0041】
[実施例5]エレンタール又はアミノ酸による顎下腺の萎縮抑制
実施例1~4では細胞を対象として行ったが、マウスを用いてさらに解析を進めた。
【0042】
ICRマウス(10週齢)雌、12匹を購入し、環境に慣れさせるため、1週間飼育した。その後下記の4群にグループ分けを行った。
(a)生理食塩水投与群
(b)アミノ酸*1投与群
(c)デキストリン投与群
(d)エレンタール投与群
*1:エレンタールに含有するアミノ酸17種(エレンタールに含有する17種のアミノ酸の配合比と同一)
【0043】
薬剤投与は、1日目から4日目まで連日5-FUを40mg/kg/日で腹腔内投与すると共に、生理食塩水、生理食塩水+アミノ酸75.15μg/ml、生理食塩水+デキストリン338.2μg/ml、又は生理食塩水+エレンタール426.7μg/mlを投与した。さらに引き続き5日目から7日目まで連日生理食塩水、アミノ酸、デキストリン、又はエレンタールを投与した。そして8日目にマウスを屠殺し、顎下腺を摘出した。
【0044】
図9に示すように、生理食塩水で処理した場合には5-FUの影響で顎下腺が萎縮しているのに対し、アミノ酸やエレンタールで処理した場合には顎下腺の萎縮が抑制されており、特にアミノ酸で処理した場合に顎下腺の萎縮抑制効果が高いことが明らかとなった。したがって、エレンタールに含有するアミノ酸は抗がん剤処理による顎下腺の萎縮を抑制する効果を有することが明らかとなった。なお、顎下腺の萎縮は唾液の分泌低下をもたらし、結果として口腔乾燥症を引き起こすことが知られている。そのため、エレンタールに含有するアミノ酸は顎下腺を保護することにより口腔乾燥症の予防又は治療として用いることができる。また、実施例4の結果と合わせて検討すると、アスパラギン酸、アラニン、プロリンから選択される2つの組み合わせ、特にプロリンとアスパラギン酸の組み合わせや、アスパラギン酸、アラニン、プロリンの3つの組み合わせにより、顎下腺の萎縮を抑制できると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9