(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-10
(45)【発行日】2024-04-18
(54)【発明の名称】構造予測方法及び構造予測装置
(51)【国際特許分類】
G16C 20/40 20190101AFI20240411BHJP
【FI】
G16C20/40
(21)【出願番号】P 2021563852
(86)(22)【出願日】2020-11-27
(86)【国際出願番号】 JP2020044295
(87)【国際公開番号】W WO2021117510
(87)【国際公開日】2021-06-17
【審査請求日】2023-08-02
(31)【優先権主張番号】P 2019225462
(32)【優先日】2019-12-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2019年5月9日 第22回理論化学討論会 ポスター発表要旨掲載 http://www.rkk-web.jp/theochem22/asset/program/poster.pdf 2019年5月28日第22回理論化学討論会 北海道大学学術交流会館 2019年5月16日 Journal of the American Chemical Society 2019 論文掲載 https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.9b01541 2019年6月5日 Journal of the American Chemical Society、2019年、141巻、22号、第8675~8679頁掲載 2019年9月1日 シンポジウム「化学反応経路探索のニューフロンティア2019」オンラインポスター要旨掲載 https://iqce.jp/SRPS/SRPS2019/P08.pdf 2019年9月16日 シンポジウム「化学反応経路探索のニューフロンティア2019」名古屋大学野依記念学術交流館
(73)【特許権者】
【識別番号】305013910
【氏名又は名称】国立大学法人お茶の水女子大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】三宅 亮介
(72)【発明者】
【氏名】岸本 直樹
【審査官】田付 徳雄
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-257297(JP,A)
【文献】特開2007-219913(JP,A)
【文献】特表2012-504801(JP,A)
【文献】特開2004-258814(JP,A)
【文献】特開2018-92414(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0260795(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0107321(US,A1)
【文献】国際公開第2010/040209(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16C 10/00 - 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロセッサが、分子の分子座標を取得するステップと、
前記プロセッサが、前記分子のポテンシャルエネルギー曲面上において前記分子座標からの勾配に基づき第1の極小点を検出し、前記第1の極小点に対応する安定構造を決定するステップと、
前記プロセッサが、前記安定構造を基点とする探索範囲内において1つ以上の第2の極小点を検出し、前記1つ以上の第2の極小点に対応する安定構造群を決定するステップと、
前記プロセッサが、前記安定構造群の各分子座標のポテンシャルエネルギーに基づき最安定構造を決定するステップと、
を有する構造予測方法。
【請求項2】
前記分子座標は、所与の分子構造の配位箇所に金属イオンを配位させることによって構成された分子構造の各原子の位置を表す、請求項1記載の構造予測方法。
【請求項3】
前記分子座標は、原子間の距離情報に基づき構成された分子構造の各原子の位置を表す、請求項1記載の構造予測方法。
【請求項4】
前記分子に配位される金属イオンの配位部位及び配位優先順は、選択した金属イオンによって決定される、請求項1乃至3何れか一項記載の構造予測方法。
【請求項5】
前記安定構造を決定するステップは、構造最適化計算によって前記安定構造を決定する、請求項1乃至4何れか一項記載の構造予測方法。
【請求項6】
前記安定構造群を決定するステップは、配座探索計算によって前記安定構造群を決定する、請求項1乃至5何れか一項記載の構造予測方法。
【請求項7】
前記探索範囲は、前記安定構造の結合長に所定の乗数倍を乗じることによって規定される、請求項1乃至6何れか一項記載の構造予測方法。
【請求項8】
メモリと、
前記メモリに接続されるプロセッサと、
を有し、
前記プロセッサは、
分子の分子座標を取得し、
前記分子のポテンシャルエネルギー曲面上において前記分子座標からの勾配に基づき第1の極小点を検出し、前記第1の極小点に対応する安定構造を決定し、
前記安定構造を基点とする探索範囲内において1つ以上の第2の極小点を検出し、前記1つ以上の第2の極小点に対応する安定構造群を決定し、
前記安定構造群の各分子座標のポテンシャルエネルギーに基づき最安定構造を決定するよう構成される構造予測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子構造の構造予測技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コンピュータの処理能力の向上によって、計算機を利用して分子構造などの構造体の性質等を予測する計算化学や量子化学に関する研究が盛んに進められている。計算化学や量子化学では、物質を実際に生成することなく、計算機上で物質の構造や性質を予測することができる。
【0003】
このような物質の構造や性質を予測するための各種ツールが開発されてきており、これらのツールを利用して、様々な研究開発が進められるようになってきた(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】太田幸宏,「計算化学を利用した分子構造のスクリーニング(Automated screening of molecular structures with computational chemistry)」,一般財団法人高度情報科学技術研究機構,RISTニュースNo.62(2017),2017年,p11~20
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、安定構造を有する分子構造を効率的に探索する構造予測技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明の一態様は、プロセッサが、分子の分子座標を取得するステップと、前記プロセッサが、前記分子のポテンシャルエネルギー曲面上において前記分子座標からの勾配に基づき第1の極小点を検出し、前記第1の極小点に対応する安定構造を決定するステップと、前記プロセッサが、前記安定構造を基点とする探索範囲内において1つ以上の第2の極小点を検出し、前記1つ以上の第2の極小点に対応する安定構造群を決定するステップと、前記プロセッサが、前記安定構造群の各分子座標のポテンシャルエネルギーに基づき最安定構造を決定するステップと、を有する構造予測方法に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によると、安定構造を有する分子構造を効率的に探索する構造予測技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の一実施例による分子構造の構造予測処理を示す概略図である。
【
図2】本発明の一実施例による構造予測装置のハードウェア構成を示すブロック図である。
【
図3】本発明の一実施例による構造予測処理を示すフローチャートである。
【
図4】本発明の一実施例による予測対象の分子構造を示す概略図である。
【
図5】本発明の一実施例による分子座標を示す図である。
【
図6】本発明の一実施例による優先順位に基づき金属イオンが配位されるペプチド分子を示す図である。
【
図7】本発明の一実施例による構造予測処理による安定構造の探索手順を示す概略図である。
【
図8】本発明の一実施例による配座探索の実験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下の実施例では、金属配位型分子構造などの所与の分子構造から安定構造を探索する構造予測方法及び装置が開示される。
【0010】
[構造予測装置]
後述される実施例を概略すると、
図1に示されるように、以下の実施例による構造予測装置では、入力されたモデル分子座標に対して構造最適化計算(例えば、PM6、密度汎関数理論(Density Functional Theory:DFT)など)が実行され、ポテンシャルエネルギー曲面上の当該分子座標の近傍の極小点に対応する安定構造が探索される。安定構造が決定されると、決定された安定構造を基点とする探索範囲内において配座探索計算(例えば、GRRM(Global Reaction Route Mapping)、PM6など)が実行され、1つ以上の他の極小点に対応する安定構造群(複数の安定構造)が決定される。そして、決定された安定構造群の各分子座標のポテンシャルエネルギーに基づき、最小のポテンシャルエネルギーを有する最安定構造が決定される。
【0011】
このようにして、全範囲の探索でなく、安定構造を基点とした限定的な探索範囲に絞って多大な計算量を必要とする配座探索計算が実行されることによって、効率的な分子構造の予測が可能になる。
【0012】
ここで、構造予測装置100は、例えば、サーバ、パーソナルコンピュータなどの計算装置であってもよく、
図2に示されるようなハードウェア構成を有してもよい。すなわち、構造予測装置100は、バスBを介し相互接続されるドライブ装置101、補助記憶装置102、メモリ装置103、CPU(Central Processing Unit)104、インタフェース装置105及び通信装置106を有する。
【0013】
構造予測装置100における後述される各種機能及び処理を実現するプログラム又は命令を含む各種コンピュータプログラムは、CD-ROM(Compact Disk-Read Only Memory)などの記録媒体107によって提供されてもよい。プログラムを記憶した記録媒体107がドライブ装置101にセットされると、プログラムが記録媒体107からドライブ装置101を介して補助記憶装置102にインストールされる。但し、プログラムのインストールは必ずしも記録媒体107により行う必要はなく、ネットワークなどを介し何れかの外部装置からダウンロードするようにしてもよい。
【0014】
補助記憶装置102は、インストールされたプログラムを格納すると共に、必要なファイルやデータなどを格納する。メモリ装置103は、プログラムの起動指示があった場合に、補助記憶装置102からプログラムやデータを読み出して格納する。補助記憶装置102及びメモリ装置103は、プログラム又は命令を格納する非一時的なコンピュータ可読記憶媒体として実現される。プロセッサとして機能するCPU104は、メモリ装置103に格納されたプログラムやプログラムを実行するのに必要なパラメータなどの各種データに従って、構造予測装置100の各種機能及び処理を実行する。インタフェース装置105は、ネットワーク又は外部装置に接続するための通信インタフェースとして用いられる。通信装置106は、外部装置と通信するための各種通信処理を実行する。
【0015】
しかしながら、構造予測装置100は、上述したハードウェア構成に限定されるものでなく、例えば、構造予測装置100による機能及び処理の1つ以上を実現する1つ以上の回路などの他の何れか適切なハードウェア構成により実現されてもよい。
【0016】
[構造予測処理]
次に、
図3~7を参照して、本開示の一実施例による構造予測処理を説明する。当該構造予測処理は、上述した構造予測装置100によって実現され、例えば、構造予測装置100のプロセッサがプログラム又は命令を実行することによって実現されてもよい。
図3は、本発明の一実施例による構造予測処理を示すフローチャートである。
【0017】
図3に示されるように、ステップS101において、構造予測装置100は、分子の分子座標を取得する。例えば、分子は、
図4上段に示されるような分子式により表される反応物(ペプチド構造、配位金属等)、
図4中段に示される溶媒(水、メタノール、アセトニトリル等)、
図4下段に示されるような分子構造の生成物(14核環状錯体等)を構成してもよい。また、分子座標は、
図5に示されるような当該分子を構成する各原子の3次元位置を示すものであってもよい。
【0018】
ここで、配位による制限条件が設定されてもよい。一実施例では、分子座標は、所与の分子構造の配位箇所に金属イオンを配位させることによって構成された分子構造の各原子の位置を表すものであってもよい。具体的には、金属の配位箇所を固定し、金属も含めて結合する原子(元素)の位置が座標により示されてもよい。他の実施例では、分子座標は、原子間の距離情報に基づき構成された分子構造の各原子の位置を表すものであってよい。具体的には、金属を配位せず、CONFLEXなどを利用して、金属以外の原子間の距離情報が設定されてもよい。
【0019】
また、一実施例では、分子に配位される金属イオンの配位部位及び配位優先順は、選択した金属イオンによって決定されてもよい。すなわち、規定に係る条件として、金属イオンの種類、配位部位及び配位優先順が指定されてもよい。ここで、金属イオンの種類については、どのような金属も可能であり、配位部位及び配位優先順については、選択された金属イオンに応じて決定可能である。例えば、
図6に示されるようなレセプターとしてのペプチド分子に対して、配位優先順"1","2",・・・に従って、選択された金属イオン(例えば、ニッケル)がリガンドとして配位されてもよい。
【0020】
また、一実施例では、配位の優先順位が未知である場合、モデル化合物の錯体形成能を調べて打ち込んでもよい。実験によって化合物が合成され、分析の結果としてその錯体形成能が取得され、条件として規定されてもよい。
【0021】
ステップS102において、構造予測装置100は、分子のポテンシャルエネルギー曲面上において当該分子座標からの勾配に基づき極小点を検出し、当該極小点に対応する安定構造を決定する。具体的には、構造予測装置100は、PM6、DFTなどの構造最適化計算によって安定構造(又は平衡構造)を決定してもよい。例えば、ステップS101において取得した分子座標が、
図7に示されるポテンシャルエネルギー曲面上における入力された分子構造に対応する場合、構造予測装置100は、PM6、DFTなどの構造最適化計算によって分子座標からの勾配に基づき極小点を検出し、検出した極小点に対応する最適化された分子座標から(配座探索前の)安定構造を決定してもよい。
【0022】
ステップS103において、構造予測装置100は、安定構造を基点とする探索範囲内において1つ以上の他の極小点を検出し、1つ以上の他の極小点に対応する安定構造群を決定する。具体的には、構造予測装置100は、GRRM、PM6などの配座探索計算を利用して、ステップS102において決定された安定構造から所定の探索範囲内のポテンシャルエネルギー曲面上の他の極小点を探索し、検出された各極小点に対応する分子構造から構成される安定構造群(複数の安定構造)を取得する。例えば、構造予測装置100は、ステップS102において決定された安定構造から、
図7に示されるように、GRRM、PM6などの配座探索計算によって複数の配座探索後の安定構造を決定してもよい。
【0023】
なお、安定構造の判定は、計算によって得られたエネルギー値をもとに判定することができる。このときのエネルギーの閾値は、例えば5kJ/molとするが、条件に応じて適宜変更して用いてもよい。また、指定した温度のボルツマン分布から判定してもよい。例えば、ボルツマン分布で10%以上存在するものを全て安定構造として決定してもよい。
【0024】
一実施例では、探索範囲は、安定構造の結合長に所定の乗数倍を乗じることによって規定されてもよい。例えば、当該結合長は、限定することなく、1.2倍以下であり、探索範囲は、ステップS102において決定された安定構造の結合長に1.2の乗数を乗じることによって規定されてもよい。これにより、例えば、取得される安定構造は3~5個程度とすることができ、GRRMの全範囲探索と比較して、効率的に安定構造群を探索することができる。
【0025】
ステップS104において、構造予測装置100は、安定構造群の各分子座標のポテンシャルエネルギーに基づき最安定構造を決定する。具体的には、構造予測装置100は、DFTによって、ステップS103において決定された各安定構造の分子座標から当該安定構造のポテンシャルエネルギーを計算し、最小のポテンシャルエネルギーを有する安定構造を最安定構造として決定する。
【0026】
このようにして決定された最安定構造は、
図1に戻って、予測構造として出力されてもよいし、あるいは、決定した安定構造を対称操作(例えば、回転操作や斑点操作等)により環状構造などの集合構造(例えば、超分子錯体)の予測・構築に用いてもよい。なお、集合構造として超分子錯体を予測・構築する場合は、金属配位結合を加えた対称操作を行う。
【0027】
このようにして、取得した集合構造から、新たな配座探索に用いられるモデル分子座標を抽出し、上述した手順を繰り返してもよい(
図3参照)。なお、集合構造を作成する場合は、ステップS103を行わずに、上記のように、対称操作により、集合構造を作成し、手順を繰り返してもよい。この場合、得られた安定構造は、任意に取捨選択することができるようにしてもよい。
【0028】
[実験結果]
次に、
図8を参照して、GRRMを利用して配座探索の実験結果を説明する。
図8は、本発明の一実施例による配座探索の実験結果を示す図である。
【0029】
図8に示されるように、入力された分子座標から構造最適化計算によって安定構造EQ0が取得される。その後、安定構造EQ0を基点とした探索範囲内で配座探索計算が実行され、鞍点TS0/1,TS1/2,TS1/3,TS3/4を介し安定構造EQ1,EQ2,EQ3,EQ4が取得できる。安定構造群EQ1~EQ4のうちEQ2のポテンシャルエネルギーが最小となるため、PM6レベルではEQ2のエネルギーが最安定であるが、信頼度の高いDFT法を用いたエネルギーの比較から、EQ1が最安定構造と決定される。
【0030】
このようにして得られた最安定構造から、柔軟な骨格をもつ分子構造(例えば、柔軟な空間をもつ分子金属錯体等)を予測・構築することできる。また、得られた安定構造を用いて集合構造を探索することにより、巨大サイズの集合構造(例えば、巨大環状金属錯体等)を予測・構築することができる。したがって、本実施例により、柔軟で巨大な集合構造(例えば、柔軟な空間をもつ巨大環状金属錯体等)を予測によって得ることができる。
【0031】
以上、本発明の実施例について詳述したが、本開示は上述した特定の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本開示の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【0032】
本出願は、2019年12月13日に出願された日本国特許出願2019-225462号に基づく優先権を主張するものであり、その全内容をここに援用する。
【符号の説明】
【0033】
100 構造予測装置
101 ドライブ装置
102 補助記憶装置
103 メモリ装置
104 CPU
105 インタフェース装置
106 通信装置
107 記録媒体