(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-10
(45)【発行日】2024-04-18
(54)【発明の名称】有機よう素除去剤
(51)【国際特許分類】
G21F 9/02 20060101AFI20240411BHJP
B01D 53/70 20060101ALI20240411BHJP
【FI】
G21F9/02 511S
G21F9/02 511C
B01D53/70
(21)【出願番号】P 2019032046
(22)【出願日】2019-02-25
【審査請求日】2021-10-21
【審判番号】
【審判請求日】2022-09-27
(73)【特許権者】
【識別番号】507250427
【氏名又は名称】日立GEニュークリア・エナジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】福井 宗平
(72)【発明者】
【氏名】田中 基
(72)【発明者】
【氏名】田中 賢彰
(72)【発明者】
【氏名】戸塚 文夫
(72)【発明者】
【氏名】橋本 義大
(72)【発明者】
【氏名】富永 和生
【合議体】
【審判長】山村 浩
【審判官】波多江 進
【審判官】松川 直樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-206164(JP,A)
【文献】特開2017-223535(JP,A)
【文献】特開2015-140261(JP,A)
【文献】特開2015-126735(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21F 9/00 - 9/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子炉格納容器内の有機よう素を除去する有機よう素除去剤であって、
前記有機よう素除去剤がカチオンとアニオンから構成され、100~200℃において液体となり、
前記カチオンはよう化メチルを溶解す
る物質であり、
前記アニオンは電荷を帯びた元素が末端に存在する物質であり、
前記カチオンの構造がリン元素、硫黄元素または窒素元素に単結合で炭素または酸素が結合しており、
前記アニオンの構造が炭素元素、硫黄元素、窒素元素、酸素元素またはハロゲン元素にアニオン電荷が存在する物質であ
り、
前記アニオンは、硫黄元素に電荷が存在するRS
-で構成された物質であること
を特徴とした有機よう素除去剤。
【請求項2】
原子炉格納容器内の有機よう素を除去する有機よう素除去剤であって、
前記有機よう素除去剤がカチオンとアニオンから構成され、100~200℃において液体となり、
前記カチオンはよう化メチルを溶解す
る物質であり、
前記アニオンは電荷を帯びた元素が末端に存在する物質であり、
前記カチオンの構造がリン元素、硫黄元素または窒素元素に単結合で炭素または酸素が結合しており、
前記アニオンの構造が炭素元素、硫黄元素、窒素元素、酸素元素またはハロゲン元素にアニオン電荷が存在する物質であ
り、
前記アニオンは、酸素元素に電荷が存在するHO
-、NO
2
-、NO
3
-、RO
-、RCO
2
-、RPO
3
-、RSO
3
-、RPO
4
-、R
2PO
2
-、R
3CO
-、FO
3
-、ClO
3
-、BrO
3
-、IO
3
-、FO
4
-、ClO
4
-、BrO
4
-、IO
4
-で構成された物質であること
を特徴とした有機よう素除去剤。
【請求項3】
前記アニオンの炭素鎖Rの一部が酸素結合で構成された物質であること
を特徴とした請求項
1または2に記載の有機よう素除去剤。
【請求項4】
前記アニオンの炭素鎖に結合する水素元素の一部または全てがフッ素元素に置換された物質であること
を特徴とした請求項
1または2に記載の有機よう素除去剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子炉から放出される放射性有機よう素をはじめ、蒸気等の気体中に含まれる有機よう素を除去する有機よう素除去剤に関する。
【背景技術】
【0002】
原子炉施設には、原子炉から放出された放射性物質が環境中に漏洩するのを防止するために、フィルタベント装置が設置されている。原子炉の事故で炉心損傷に伴い、格納容器内の圧力が異常上昇したりすると、格納容器が破損して大規模漏洩に至るため、格納容器内の蒸気を未然にベントして格納容器の過圧破損を防止する。高温・高圧の蒸気は、原子炉から格納容器内に放出されると、フィルタベント装置に通され、大気中に放出される前に主要な放射性物質が除去される。
【0003】
原子炉の事故時に発生する放射性物質としては、希ガス、エアロゾル、無機よう素、有機よう素等がある。フィルタベント装置にて、希ガスを除くこれらの放射性物質が容器内で捕捉され、環境への放出が抑制される。一般に、フィルタベント装置は、特許文献1に記載されるように、容器内に、湿式フィルタとして働くスクラビング水を保持し、さらに乾式フィルタである金属フィルタを内蔵している。
【0004】
スクラビング水は、チオ硫酸ナトリウムと水酸化ナトリウム等を溶解した水溶液であり、ベントされた蒸気は、スクラビング水中に放出される。チオ硫酸ナトリウムとの反応により、イオン化した無機よう素(元素状よう素)や、エアロゾルはスクラビング水に溶解、捕集することで除去される。また、スクラビング水を経て気相に放出された一部のエアロゾルは、金属フィルタに付着・衝突して除去される。一方、上記の機構では除去されにくい有機よう素は、特許文献2に記載されるように、銀ゼオライトや活性炭等の乾式フィルタで除去される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2015-522161号公報
【文献】特開平7-209488号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
原子炉から放出される有機よう素は、よう化メチルをはじめとして水に難溶であり、ベント時に圧力抑制室のプール水やスクラビング水に導入されても、十分には除去されない。また、よう化メチル等の有機よう素は、原子炉からの排気過程で、元素状よう素の反応によって新生することもある。これらの理由で、有機よう素を効率的に除去できる有機よう素除去剤が求められている。
【0007】
有機よう素除去剤としては、銀ゼオライトや活性炭が知られている(特許文献2参照)。しかし、これらの有機よう素除去剤は、有機よう素除去剤に水分が付着した場合に除去効率が低下するため、湿分の影響が懸念される場合は湿分を除去する機構を必要とする。そのため、フィルタベント装置の構造を複雑化させる。また、これらの有機よう素除去剤は大量に必要なため、特許文献2のように特別な装置設計や複雑な装置構造を要したりする。
【0008】
そこで、本発明は、複雑な構造を不要とし、また湿分の影響を受けず、原子炉格納容器内の有機よう素を効率的に除去する機能を有する有機よう素除去剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために本発明に係る有機よう素除去剤は、原子炉格納容器内の有機よう素を除去する有機よう素除去剤であって、前記有機よう素除去剤がカチオンとアニオンから構成され、100~200℃において液体となり、前記カチオンはよう化メチルを溶解する物質であり、前記アニオンは電荷を帯びた元素が末端に存在する物質であり、前記カチオンの構造がリン元素、硫黄元素または窒素元素に単結合で炭素または酸素が結合しており、前記アニオンの構造が炭素元素、硫黄元素、窒素元素、酸素元素またはハロゲン元素にアニオン電荷が存在する物質であり、前記アニオンは、硫黄元素に電荷が存在するRS
-
で構成された物質である。その他の解決手段は発明を実施するための形態において後記する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、原子炉格納容器内の有機よう素を効率的に除去する機能を有する有機よう素除去剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明に係るフィルタベント装置の概略図である。
【
図2】本発明に係る有機よう素除去剤の除去効率および有機よう素除去剤の化学構造である。
【
図3】本発明に関わる有機よう素除去剤の除染係数の経時変化である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態(「本実施形態」という)を、図等を参照しながら説明する。説明において、同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
【0013】
<フィルタベント装置>
図1は本実施形態におけるフィルタベント装置30の構成を示す模式図である。
【0014】
図1に示すように、格納容器4は、原子炉圧力容器4A、ドライウェル31、ウェットウェル32を備える。
【0015】
フィルタベント装置30は、原子炉圧力容器4Aが破損するなどの過酷事故時において、ドライウェル31ならびにウェットウェル32が内在する格納容器4内の圧力を減少させるために格納容器4内の気体を大気放出する際に気体に含まれる放射性物質を極力除去するものである。
【0016】
本実施形態におけるフィルタベント装置30は、
図1に示すように、フィルタベント容器1内部にスクラビング水2および放射性除去物用の金属フィルタ10を有するフィルタベント容器1、格納容器4に連結したドライウェルベント配管7やウェットウェルベント配管8、一端がドライウェルベント配管7およびウェットウェルベント配管8に連結され、
他端がフィルタベント容器1内のスクラビング水2内に導入された入口配管9、フィルタベント容器1内の金属フィルタ10に連結する出口配管11を備えている。
【0017】
フィルタベント容器1は放射性物質であるエアロゾル、無機よう素、有機よう素の捕集に用いられる役割を持つ。
【0018】
また、フィルタベント装置30はフィルタベント容器1の外部に有機よう素除去剤3が収納された保管容器18を備えている。保管容器18が注入配管19を経由し、フィルタベント容器1に接続されており、注入配管19には弁20が設置されている。保管容器18は通常時は有機よう素除去剤3を保持してスクラビング水2と有機よう素除去剤3とを個別に保管する。
【0019】
このように、フィルタベント装置30内に、有機よう素除去剤3として、有機よう素を除去する機能を有する有機剤(後述)を設置するのみで、事故時に、格納容器4から放出される放射性物質のうち、特に有機よう素を効率的に除去することができる。
【0020】
フィルタベント装置30は、原子炉圧力容器4Aが破損するなどの過酷事故時において、ドライウェル31ならびにウェットウェル32が内在する格納容器4内の圧力を減少させるために格納容器4内の気体を大気放出する際に気体に含まれる放射性物質を極力除去するものである。
【0021】
有機よう素を含むガス(流体)を有機よう素除去剤3に通せばよく、有機よう素除去剤3または保管容器18の設置位置はフィルタベント容器1内でもフィルタベント容器1外の上流または下流に別途設け設置してもよい。
【0022】
事故時には比較的温度の高いガスがフィルタベント容器1に流入するため、有機よう素はガス状であると推定される。ガス状の有機よう素を除去するためには、気泡内での有機よう素の拡散泳動、熱泳動、ブラウン拡散、対流を利用し、有機よう素除去剤3と接触させ溶解させるため、有機よう素除去剤3は、気泡の液体中での滞留時間を稼ぐように設けることが望ましい。
【0023】
次に、本実施形態のフィルタベント装置30の動作原理を説明する。
【0024】
事故時に格納容器4へ放出された放射性物質は、隔離弁5.6を開くことで格納容器4に接続されるドライウェルベント配管7またはウェットウェルベント配管8へ流入する。この隔離弁5、6を開く前に、弁20を開き、保管容器18に収納された有機よう素除去剤3をフィルタベント容器1内に注入する。注入方法は水頭圧による注入であっても窒素圧をかけて注入する方法でも手段を問わない。
その後、放射性物質は入口配管9を経由してフィルタベント容器1内のスクラビング水2および有機よう素除去剤3に流入し、放射性物質のうち有機よう素は、有機よう素除去剤3によって除去される。
有機よう素が充分に除去されたガスは、出口配管11を通り、排気筒12によって外部に放出される。
【0025】
よって、本実施形態のフィルタベント装置30によれば、特許文献2に記載された技術のように有機よう素の除去系統が複雑化することなく、簡易的な設計で効率的に除去することができ、処理コストが高くなることを防ぐこともできる。また、大掛かりな装置を導入する必要がないため、現存するフィルタベント装置30に適用する際にも、フィルタベント装置30の静的システムを維持することができる等の利点を有する。
【0026】
個々のプラント出力や事故シナリオにより異なるが、事故時に発生する放射性物質のう
ち、原子炉圧力容器が破損するような燃料破損が伴うシビアアクシデント時では、1kg程度の有機よう素が発生すると評価されており、有機よう素としては主によう化メチルが発生すると評価されている。
【0027】
そこで、本実施形態では、有機よう素除去剤3として、カチオンとアニオンのみで構成された物質(有機剤)を用いる。
【0028】
<有機よう素除去剤>
原子炉の事故時には、100~160℃程度の高温の蒸気のベントが想定されている。そのため、有機よう素除去剤3として用いられる有機剤は、160℃程度よりも低温で実質的に揮発しないものが好ましく、より好ましくは200℃よりも低温で揮発しないものである。有機剤はフィルタベント運用時の温度において液体であればよいので、室温においては液体であっても固体であってもよい。
【0029】
また、有機剤が不揮発性の液体であれば、ベント時に高温・高圧のガスが導入されたとしても、液体自体が揮散するのを避けることができる。
【0030】
そこで、本実施形態では、不揮発性を有し、有機よう素を除去する性質を持つ有機剤として、カチオンとアニオンのみで構成された物質を用いる。カチオンとアニオンのイオンのみから構成される物質としては、例えばイオン液体、界面活性剤、4級塩、相関移動触媒と称されるものがある。なお、本実施形態で用いる有機剤は、イオン液体、界面活性剤、4級塩、相関移動触媒、これらの混合物質を用いることができる。
【0031】
なお、本実施形態で用いる有機剤における、カチオンとアニオンは化学結合していない解離した2分子以上の構造であってもよく、また、カチオンとアニオンが化学結合によって解離していない1分子で構成された分子であってもよい。
【0032】
有機よう素除去剤3として、このような構成の有機剤を使用することで有機よう素を99%以上の効率で除去することができる。
【0033】
これらの作用を示す有機剤は、カチオン(X+)とアニオン(Y-)のみの組合せからなる有機剤(X+-Y-)であり、上記に示したように「有機よう素の溶解」、「有機よう素の分解」、「有機よう素分解物の保持」の3段階により有機よう素の高い除去性能が成り立つ。
【0034】
本実施形態の有機よう素除去剤3において、有機よう素の溶解は有機剤のカチオン(X+)に主に支配され、有機よう素の分解は有機剤のアニオン(Y-)に主に支配さる。有機よう素分解物の保持は有機剤のカチオン(X+)に主に支配される。
【0035】
有機よう素の分解においては下記式1に示すように有機剤(X+-Y-)が放射性有機よう素(RI)を放射性よう化物イオン(I-)に分解させることができる。よう化物イオンは、有機よう素と比較して液相中でより安定であり、かつ有機剤のカチオンがよう化物イオンを安定に保持する作用を示すため、放射性有機よう素を液相に保持して環境への漏洩を確実に防止することができる。
X+-Y- + RI → X+-I- + R+-Y-……(式1)
【0036】
これらの有機剤によると、160℃以下で実質的に揮発しない不揮発性、160℃前後の高温に耐える耐熱性、高い耐放射線性、高い化学的安定性が得られる。
また、有機剤同士の相溶性の制御や、有機剤同士の比重の制御を、多種多様なイオンの組合せに基づいて容易に行うことができる。
【0037】
<カチオン>
次に、有機剤を構成するカチオンの構造について説明する。カチオンの構造はリン元素、硫黄元素または窒素元素を中心に単結合で炭素または酸素と結合していればよい。すなわち、カチオンの構造がリン元素、硫黄元素または窒素元素に単結合で炭素または酸素が結合していればよい。
有機よう素の溶解性を高く維持するために、カチオンの炭素鎖は単結合で主に構成されることが好ましいが、カチオンの炭素鎖の一部が二重結合や三重結合で構成されていても構わない。また、酸素元素で架橋されていても構わない。
さらに、アニオンの構造としては、高い求核性を示すものが好ましい。
【0038】
カチオンを構成する炭素鎖に結合している水素元素の一部または、全てがフッ素元素に置換されていても構わない。
【0039】
有機剤を構成するカチオンとしては、例えば、ホスホニウム、スルホニウム、アンモニウム、ピロリジニウム、ピペジニウム、モルホリニウム等の有機カチオンが挙げられる。
【0040】
アンモニウムの有機カチオンとしては、一般式NR4
+で現せられる第4級アンモニウム塩などが存在する。式中のRは、アルキル基等であり、炭素鎖は2以上で構成される。後述する実施例では、第4級ホスホニウム塩であるトリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムを用いて有機よう素の分解を行い、高い除去性を示している。
ホスホニウムの有機カチオンとしては、第4級ホスホニウム塩PR4
+を用いることができる。式中のRは、アルキル基等であり、炭素鎖は2以上で構成される。
スルホニウムの有機カチオンとしては、第3級スルホニウム塩SR3
+を用いることができる。式中のRは、アルキル基等であり、炭素鎖は2以上で構成される。
【0041】
例えば、有機よう素である、よう化メチルは、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)アミドには溶解せず分離するが、同じアニオン構造でカチオン構造が異なるトリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)アミドには溶解し均一に混じり合う。
カチオンの炭素鎖数が1の物質であるメチル基等は160℃の高温下で分解し揮発するため、カチオンの炭素鎖数は2以上であることが好ましい。
【0042】
例を挙げると、カチオンの炭素鎖が1つである、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムヨージドは160℃においてカチオンのメチル基が脱離し、自己分解を起こすことがわかっている。
【0043】
このような観点で炭素鎖数が長く嵩高い有機カチオンであると、有機よう素の溶解性や耐熱性が高くなるため、有機よう素を高い除去効率で除去することができる。
【0044】
<アニオン>
次に、有機剤を構成するアニオンの構造について説明する。アニオンの構造としては、例えば、炭素元素、硫黄元素、窒素元素、酸素元素、ハロゲン元素に電荷を帯びたものが挙げられる。
【0045】
炭素元素にアニオン電荷を帯びた有機アニオンは、例えば、H3C-、H2RC-、HR2C-、R3C-、NC-、RCC-等が挙げられる。
【0046】
硫黄元素にアニオン電荷を帯びた有機アニオンは、例えば、RS-等が挙げられる。
【0047】
窒素元素にアニオン電荷を帯びた有機アニオンは、例えばN3
-、H2N-、HRN-、R2N-等が挙げられる。
【0048】
酸素元素にアニオン電荷を帯びた有機アニオンは、例えば、RO-、RCO2
-、RPO3
-、RSO3
-、RPO4
-、R2PO2
-、R3CO-等が挙げられ、無機アニオンとしては、HO-、NO2
-、NO3
-、FO3
-、ClO3
-、BrO3
-、IO3
-、FO4
-、ClO4
-、BrO4
-、IO4
-等が挙げられる。
【0049】
ハロゲン元素に電荷を帯びた無機アニオンは、例えば、F-、Cl-、Br-、I-、F3
-、Cl3
-、Br3
-、I3
-等が挙げられる。
【0050】
式中のRは炭素鎖であり、炭素鎖であれば特に限定されない。また、炭素鎖の一部に酸素結合を含んでもよく、炭素鎖に結合する水素元素の一部または全てがフッ素元素に置換されていてもよいものとする。
【0051】
有機剤を構成するアニオンとしては、有機よう素を分解する作用が強い点で、求核性が高いイオンが好ましく、特に電荷を帯びた元素が末端に存在するものが好ましい。ただし、炭素鎖等に結合した末端に存在する水素元素は、電荷を帯びた末端に存在する好ましい元素には含まないものとする。
例えば、H2N-と比べてR2N-(R-N--R)などの電荷を帯びた窒素元素を中心に水素元素以外で構成されたアニオン分子は求核性が低くなり、よう化メチルに対する分解性能が低下することとなる。
【0052】
有機よう素を高い性能で除去するためには、有機剤のカチオンによる有機よう素の溶解だけでなく、アニオンの有機よう素への求核攻撃により生じる有機よう素の分解が必要である。
【0053】
したがって、アニオンの構造は求核性が高い点、加水分解を生じ難い点、フィルタベント容器1に注入された場合にスクラビング水2のpHを変化させ難い点から、H3C-、H2RC-
、NC-、RCC-、RS-、N3
-、H2N-、HRN-
、RO-、RCO2
-、RPO3
-、RSO3
-、RPO4
-、R2PO2
-、R3CO-、HO-、NO2
-、NO3
-、FO3
-、ClO3
-、BrO3
-、IO3
-、FO4
-、ClO4
-、BrO4
-、IO4
-、F-、Cl-、Br-、I-、F3
-、Cl3
-、Br3
-、I3
-が好ましい。
【0054】
<実施例>
以下に、本実施形態のよう素分解の実施例を説明する。
図2は有機よう素除去剤3による、よう化メチル除去効率および有機剤の化学構造の具体例である。
カチオン構造をトリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムに統一し、求核性の異なるアニオン構造の有機剤について有機よう素であるよう化メチルの除去性能を示した。
Aの有機剤はトリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)アミドである。
Bの有機剤はトリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムジシアナミドである。
Cの有機剤はトリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムデカノエートである。
Dの有機剤はトリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムヨージドである。
Eの有機剤はトリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムブロミドである。
Fの有機剤はトリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムクロリドである。
【0055】
試験条件はフィルタベントの実機条件に近い、よう化メチル濃度が50ppm、温度が160℃、滞留時間が0.5secである。
【0056】
図2のAのアニオン構造がビス(トリフルオロメチルスルホニル)アミドイオンでは、よう化メチルの除去効率が1%以下であり、
図2のBのジシアナミドイオンでは、よう化メチルの除去効率は50%、
図2のC~Fのアセタトイオンやハロゲン化物イオンでは、よう化メチルの除去効率は99%以上である。
【0057】
よう化メチルの分解はアニオンによる求核性に支配され、具体的にはアニオン電荷を帯びる元素の塩基性やアニオン電荷を帯びる元素周辺の立体構造に支配される。
図2におけるAおよびBがC~Fと比べて求核性が低くなる要因としては、電荷を帯びたA、Bのアニオンの窒素元素の両端に嵩高い置換基が結合しており、立体障害が大きく、よう化メチルとの反応を阻害しているためである。
【0058】
したがって、嵩高い置換基が結合しているアニオンは求核性が下がりよう化メチルの分解には適さない。嵩高いアニオンが結合したアニオンとしては例えば、PF6
-、BF4
-、FeCl4
-、AlCl4
-、Al2Cl7
-などは電荷を帯びた元素(リン元素、ホウ素元素、鉄元素、アルミニウム元素)に置換基(フッ素元素、塩素元素)が結合しており、立体障害が大きいためよう化メチルの除去性能は期待できない。
【0059】
よう化メチルへの求核性能の高低はあるが、
図2の
B~F全ての有機剤においてよう化メチルの分解が起きる。
例えば、
B~Fの有機剤をそれぞれよう化メチルと100℃下で混合攪拌し、その混合溶液を含水したエタノールで希釈することで下記式2のようにメタノールが生成する。
CH
3I + H
2O → CH
3OH + I
- + H
+……(式2)
したがって有機剤によるよう化メチルの分解は下記式3のように起こっている。
CH
3I → CH
3
++ I
-……(式3)
図2の
B~
Fにおいて有機剤がカチオンとの相互作用により、よう
化物イオン(I
-)を安定に保持することから、よう
化物イオンがよう化水素(HI)として揮発することはほとんどない。
【0060】
また、フィルタベント装置30に有機よう素除去剤3を運用する際はフィルタベント容器1内のスクラビング水2がアルカリ水であるためよう化物イオン(I-)は安定に保持される。
【0061】
よう化メチルの溶解が十分に起こらないカチオンと求核性の高いアニオンを持つ有機剤である1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムヨージドではよう化メチルの除去性能がほとんどない。
したがって、アニオンの求核性が高くてもよう化メチルと溶解しないカチオンであればよう化メチルの除去性能は期待できない。
当然、よう化メチルの溶解が十分に起こらないカチオンと求核性の低いアニオンを持つ有機剤である、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)アミドではよう化メチルの除去性能がない。
【0062】
また、有機剤はカチオンとアニオンのみからなる構成である必要があり、よう化メチルに対する溶解性が高くても中性分子であるとよう化メチルは除去できない。
よう化メチルに対する溶解性が高い中性分子として例えば、トリオクチルアミン(N(C8H17)3)が挙げられるが、このような中性分子はよう化メチルの除去性能がない。
【0063】
図3に有機剤の除染係数の経時変化を示す。
縦軸の除染係数(DF:Decontamination Factor)は下記式4で与えられる。
C
0は有機剤入口のよう化メチル濃度、C
exは有機剤出口のよう化メチル濃度である。
よう化メチルの除去性能が高いほどDFが高い数値を示す。
DF = C
0/C
ex……(式4)
【0064】
試験条件は
図2と同じく、よう化メチル濃度が50ppm、温度が160℃、滞留時間が0.5secで行った。
図3は、
図2のFの有機剤である、トリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウムクロリドを用いてよう化メチルを除去した際の結果である。
【0065】
試験開始初期から経過時間240分に渡って安定してDFが100以上であり除去効率に換算すると99%以上の性能となる。
図2のC~Eのアニオン構造を用いた同様の試験においても
図2のFと同等以上のよう化メチル除去性能が確認されている。
経過時間240分までに除去したよう化メチル量から有機剤の吸着量を換算すると8.7mg-I/g-有機剤となる。
【0066】
個々のプラント出力や事故シナリオにより異なるが、事故時に発生する放射性物質のう
ち、原子炉圧力容器が破損するような燃料破損が伴うシビアアクシデント時では、1kg程度のよう化メチルが発生すると評価されており、この1kgのよう化メチルを除去するのに必要な有機剤量は120kgとなる。
【0067】
また、有機剤は、イオン液体、界面活性剤、4級塩、相関移動触媒のうち少なくともいずれか1種を含む。有機剤のうち、イオン液体は一般産業向けに実用化されている。イオン液体の特徴は不揮発性であり、事故時にフィルタベント装置30に流入するとされるガス温度である約200℃という条件でも十分な耐熱性を持つ。また、イオン液体は耐放射性にも優れ、かつ放射性物質などの基質をイオン液体中に高い濃度で溶解(除去)する性質を持つ。特に有機よう素は水に難溶で高揮発性の物質であるため、これを除去するための有力な有機剤としてイオン液体を使用することにより、除去効率の更なる効率化を図ることができる。
【0068】
本実施形態で、有機よう素除去剤3として用いる有機剤はイオン液体を例に説明してきたが、本実施形態はこれに限定されず、例えば、界面活性剤、4級塩、相関移動触媒も好適に適用することができ、イオン液体と同様の効果が得られる。
【0069】
また、有機剤は200℃以上でも液相である液体であることで、事故時においても、有機剤を安定して液相で存在させて、有機よう素を十分に除去させることができる。
前記の各除去装置や除去方法において、原子炉の形式は、特に制限されるものではない。原子炉としては、沸騰水型原子炉(Boiling Water Reactor:BWR)、改良型沸騰水型原子炉(Advanced Boiling Water Reactor:ABWR)、加圧水型原子炉(Pressurized Water Reactor:PWR)等の各種の形式に適用することができる。有機剤として用い得るイオン液体等は、一般産業向けに実用化されている。放射性物質で汚染されたイオン液体等は、例えば、特表2003-507185号公報に記載された方法等で処理・再生することができる。
【符号の説明】
【0070】
1 フィルタベント容器
2 スクラビング水
3 有機よう素除去剤
4 格納容器
4A 原子炉圧力容器
5,6 離隔弁
7 ドライウェルベント配管
8 ウェットウェルベント配管
9 入口配管
10 金属フィルタ
11 出口配管
12 排気筒
18 保管容器
19 注入配管
20 弁
30 フィルタベント装置
31 ドライウェル
32 ウェットウェル