(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-10
(45)【発行日】2024-04-18
(54)【発明の名称】ポリアミド酸溶液の製造方法、および積層体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08G 73/10 20060101AFI20240411BHJP
B32B 15/088 20060101ALI20240411BHJP
B32B 17/04 20060101ALN20240411BHJP
【FI】
C08G73/10
B32B15/088
B32B17/04 A
(21)【出願番号】P 2021520821
(86)(22)【出願日】2020-05-20
(86)【国際出願番号】 JP2020019978
(87)【国際公開番号】W WO2020235601
(87)【国際公開日】2020-11-26
【審査請求日】2023-04-14
(31)【優先権主張番号】P 2019095678
(32)【優先日】2019-05-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】弁理士法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】滝 隆之介
(72)【発明者】
【氏名】秋永 隆宏
(72)【発明者】
【氏名】堀井 越生
【審査官】渡辺 陽子
(56)【参考文献】
【文献】特公昭47-016979(JP,B1)
【文献】国際公開第2014/123045(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G73、C08L79
B32B15、17
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアミド酸溶液の製造方法であって、
テトラカルボン酸二無水物、溶媒および水が存在し、ジアミンが存在しない状態で、テトラカルボン酸二無水物を加水開環して、開環体を生成させる加水開環工程;および
テトラカルボン酸二無水物およびその開環体の混合物と、ジアミンとを反応させてポリアミド酸を重合する重合工程、
を
順に含み、
前記加水開環工程により、一般式(4)で表される片開環体が生成し、
【化1】
前記重合工程において、テトラカルボン酸二無水物の未開環体のモル数x
1
、前記片開環体のモル数x
2
、およびテトラカルボン酸二無水物の2つの酸無水物部分の両方が開環した両開環体のモル数x
3
の合計x=x
1
+x
2
+x
3
と、ジアミンのモル数yとの比x/yが、0.990~1.010であり、
ポリアミド酸溶液は、一般式(1)で表される末端構造を有するポリアミド酸、および一般式(2)で表される末端構造を有するポリアミド酸を含み、
【化2】
Xはテトラカルボン酸二無水物残基である4価の有機基であり、Yはジアミン残基である2価の有機基であり、
重合工程後の組成物において、ポリアミド酸の重量平均分子量が5000以上32000以下であり、ポリアミド酸のイミド化率が5モル%以下であり、ポリアミド酸の固形分濃度が10重量%以上であり、溶液の水分率が1500ppm以下である、
ポリアミド酸溶液の製造方法。
【請求項2】
温度
60~100℃で前記加水開環を実施する、請求項
1に記載のポリアミド酸溶液の製造方法。
【請求項3】
ポリアミド酸溶液が、前記一般式(1)で表される末端構造を有するポリアミド酸、および前記一般式(2)で表される末端構造を有するポリアミド酸に加えて、さらに、一般式(3)で表される化合物を含む、請求項
1または2に記載のポリアミド酸溶液の製造方法。
【化3】
【請求項4】
アルコキシシラン化合物とポリアミド酸とを反応させて、ポリアミド酸の末端をアルコキシシラン変性する工程をさらに有する、請求項
1~3のいずれか1項に記載のポリアミド酸溶液
の製造方法。
【請求項5】
基板上にポリイミドフィルムが密着積層されている積層体の製造方法であって、
請求項
1~4のいずれか1項に記載の方法によりポリアミド酸溶液を調製し、
前記ポリアミド酸溶液を基板上に塗布し、加熱によりポリアミド酸を脱水環化してイミド化する、積層体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアミド酸溶液の製造方法に関する。さらに、本発明は当該ポリアミド酸溶液を用いて基板上にポリイミドフィルムが密着積層された積層体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フラットパネルディスプレイ、電子ペーパー等の電子デバイスの基板としてガラス基板が用いられているが、薄型化、軽量化、フレキシブル化等の観点から、ガラスからポリマーフィルムへの置き換えが検討されている。電子デバイス用のポリマーフィルム材料としては、耐熱性や寸法安定性に優れることから、ポリイミドが適している。
【0003】
ポリイミドフィルム基板を用いた電子デバイスを効率的に製造する方法として、ガラス等の剛性基板上にポリイミドフィルムが密着積層された積層体を作製し、ポリイミドフィルム上に素子を形成した後、素子が形成されたポリイミドフィルムを剛性基板から剥離する方法が提案されている。剛性基板上にポリイミドフィルムが密着積層された積層体は、剛性基板上に、ポリイミドの前駆体であるポリアミド酸の溶液を塗布し、加熱によりポリアミド酸を脱水環化(イミド化)することにより形成される。
【0004】
ポリイミドの前駆体であるポリアミド酸は、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとの付加反応により得られる。ポリアミド酸溶液は、経時的に重合または解重合して粘度が変化しやすく、貯蔵安定性が十分ではない場合がある。ポリアミド酸溶液の貯蔵安定性を高める試みとして、特許文献1には、ポリアミド酸の末端を非反応性の官能基で封止する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
フレキシブルデバイス等の基板として用いられるポリイミドフィルムは、十分な機械強度を有することが求められるため、フィルムを構成するポリイミドは高分子量であることが好ましい。高分子量のポリイミドを得る方法として、前駆体であるポリアミド酸の分子量を高めることが一般的である。
【0007】
しかし、ポリアミド酸の分子量を高めると溶液の粘度が高くなり、ハンドリング性が低下する。高分子量のポリアミド酸溶液を、基板上への塗布に適した粘度とするためには、溶液の固形分濃度を低くする必要があり、使用する溶媒量の増加に伴う生産効率の低下や、溶液の貯蔵安定性の低下の原因となる。
【0008】
このように、ポリイミドフィルムに高い機械特性を持たせることと、その前駆体であるポリアミド酸溶液を低粘度化・高固形分濃度化して溶液の貯蔵安定性を高めることとは、一般にトレードオフの関係にある。これらに鑑み、本発明は、固形分濃度が高い場合でも溶液の粘度が低く貯蔵安定性に優れ、かつポリイミドフィルムを形成した際には十分な機械強度を有するポリアミド酸の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
所定の末端構造を有するポリアミド酸により、上記の課題を解決し得る。本発明の一実施形態のポリアミド酸溶液は、一般式(1)で表される末端構造を有するポリアミド酸、および一般式(2)で表される末端構造を有するポリアミド酸を含む。Xはテトラカルボン酸二無水物残基である4価の有機基であり、Yはジアミン残基である2価の有機基である。
【0010】
【0011】
ポリアミド酸の重量平均分子量は、5000以上45000以下が好ましい。ポリアミド酸溶液の水分率は、1500ppm以下が好ましい。ポリアミド酸溶液におけるポリアミド酸のイミド化率は5モル%以下が好ましい。
【0012】
ポリアミド酸溶液の固形分濃度は、10重量%以上が好ましい。ポリアミド酸溶液の温度23℃における粘度η(単位:ポイズ)の対数logηと、ポリアミド酸の固形分濃度D(単位:重量%)との比logη/Dは、0.12以下が好ましい。
【0013】
上記のポリアミド酸溶液は、例えば、テトラカルボン酸二無水物を加水開環して開環体を生成させ、テトラカルボン酸二無水物およびその開環体の混合物と、ジアミンとを反応させてポリアミド酸を重合することにより得られる。テトラカルボン酸二無水物の加水開環は、例えば、テトラカルボン酸二無水物の全量に対して、2~10モル%の水を含む溶液中、温度50~100℃で行われる。
【0014】
加水開環により、下記一般式(4)で表される片開環体が生成する。加水開環により、さらに下記一般式(3)で表される両開環体が生成してもよい。
【0015】
【0016】
加水開環による片開環体の生成量は、テトラカルボン酸全量に対して1~15モル%が好ましい。加水開環による両開環体の生成量は、テトラカルボン酸全量に対して、0.1~5モル%であってもよい。テトラカルボン酸全量(総モル数)とは、未開環のテトラカルボン酸二無水物のモル数x1と、片開環体のモル数x2と、両開環体のモル数x3との合計x1+x2+x3である。
【0017】
ポリアミド酸溶液は、さらに、一般式(5)で表される末端構造を有するポリアミド酸を含んでいてもよい。R1は2価の有機基であり、R2は炭素数1~5のアルキル基である。
【0018】
【0019】
アルコキシシラン化合物とポリアミド酸とを反応させて、ポリアミド酸の末端をアルコキシシラン変性することにより、上記一般式(5)で表される末端構造を有するポリアミド酸が生成する。
【0020】
上記のポリアミド酸の脱水環化反応によりポリイミドが得られる。例えば、ポリアミド酸溶液を、基板上に塗布し、加熱によりポリアミド酸を脱水環化してイミド化することにより、基板上にポリイミドフィルムが密着積層している積層体が得られる。基板からポリイミドフィルムを剥離することにより、ポリイミドフィルムが得られる。
【0021】
ポリイミドフィルム上に電子素子を設けることにより、フレキシブルデバイスを作製できる。積層体からポリイミドフィルムを剥離する前に、ポリイミドフィルム上に電子素子を設け、その後に、積層体からポリイミドフィルムを剥離してもよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明のポリアミド酸溶液は低粘度であり、貯蔵安定性に優れるため、取り扱いが容易である。当該ポリアミド酸溶液を用いて作製したポリイミドフィルムは、優れた機械強度を有し、フレキシブルデバイス用基板等として好適に用いられる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[ポリアミド酸溶液]
ポリアミド酸は、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとの重付加反応物である。テトラカルボン酸二無水物は下記の一般式(A)で表される化合物であり、ジアミンは下記の一般式(B)で表される化合物である。ポリアミド酸は、下記一般式(P)の繰り返し単位を有する。
【0024】
【0025】
一般式(A)および(P)において、Xはテトラカルボン酸二無水物の残基である。テトラカルボン酸二無水物の残基とは、一般式(A)の化合物における2つの酸無水物基(-CO-O-CO-)以外の部分であり、4価の有機基である。テトラカルボン酸二無水物は、Xに結合する4つのカルボニル基のうちの2つずつが対をなし、Xおよび酸素原子とともに五員環を形成している。一般式(B)および(P)において、Yはジアミンの残基である。ジアミンの残基とは、一般式(B)の化合物における2つのアミノ基(-NH2)以外の部分であり、2価の有機基である。
【0026】
テトラカルボン酸二無水物とジアミンとの反応により得られる一般的なポリアミド酸は、下記一般式(Q)で表される末端構造(アミン末端)、および下記一般式(R)で表される末端構造(酸無水物末端)を有する。
【0027】
【0028】
本発明の実施形態のポリアミド酸溶液は、ポリアミド酸の末端構造に1つの特徴を有しており、一般式(1)で表される末端構造(末端の酸二無水物基が加水開環したポリアミド酸)、および一般式(2)で表される末端構造(アミン末端のポリアミド酸)を含む。
【0029】
【0030】
ポリアミド酸溶液は、さらに一般式(3)で表される化合物(テトラカルボン酸)を含んでいてもよい。
【0031】
【0032】
一般式(1)~(3)におけるXはテトラカルボン酸二無水物の残基であり、Yはジアミンの残基である。
【0033】
一般式(2)の末端構造は、一般的なポリアミド酸に含まれるアミン末端(上記一般式(Q)と同一)であるが、一般式(1)の加水開環末端構造は、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとの反応のみから得られるポリアミド酸には含まれない構造である。すなわち、本発明の実施形態のポリアミド酸溶液は、一般的なポリアミド酸に含まれるアミン末端を有するポリアミド酸に加えて、一般式(1)で表される末端構造を有するポリアミド酸を含むことを1つの特徴とする。
【0034】
ポリアミド酸分子の両末端の構造は同一でも異なっていてもよい。原料の仕込み比や反応条件にも依存するが、一般には、ポリアミド酸は、同一の末端構造を有するポリアミド酸と異なる末端構造を有するポリアミド酸の混合物である。すなわち、ポリアミド酸溶液は、両方の末端が一般式(1)で表される構造を有するポリアミド酸;両方の末端が一般式(2)で表される構造を有するポリアミド酸;および一方の末端が(1)で表される構造を有し、他方の末端が(2)で表される構造を有するポリアミド酸、を含む。ポリアミド酸は、一般式(1)の末端構造および一般式(2)の末端構造に加えて、上記の一般式(R)の末端構造(酸無水物末端)を含んでいてもよい。
【0035】
一般式(1)の末端構造は、例えば、ポリアミド酸のアミン末端またはジアミンとテトラカルボン酸二無水物の片開環体との反応により形成される。ポリアミド酸溶液において、ポリアミド酸の全末端に対する一般式(1)の末端構造の比率は、1モル%以上が好ましい。
【0036】
本実施形態のポリアミド酸溶液は、ポリアミド酸の重量平均分子量が5000~45000であることが好ましい。ポリアミド酸溶液の水分率は1500ppm以下であってもよい。ポリアミド酸溶液の固形分濃度は10重量%以上が好ましい。ポリアミド酸溶液に含まれるポリアミド酸は、一部がイミド化していてもよいが、イミド化率は5モル%以下が好ましい。
【0037】
[ポリアミド酸溶液の調製]
以下、ポリアミド酸の製造方法を参照しながら、ポリアミド酸の構造についてより詳細に説明する。上述のように、ポリアミド酸は、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとの付加反応により得られる。
【0038】
<テトラカルボン酸二無水物>
テトラカルボン酸二無水物としては、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(以下、BPDAと略記することがある)、ピロメリット酸二無水物、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、2,3,3’,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、1,4,5,8-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、1,2,5,6-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、4,4’-オキシジフタル酸無水物、9,9-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)フルオレン二無水物、9,9’-ビス[4-(3,4-ジカルボキシフェノキシ)フェニル]フルオレン二無水物、3,3’,4,4’-ビフェニルエーテルテトラカルボン酸二無水物、2,3,5,6-ピリジンテトラカルボン酸二無水物、3,4,9,10-ペリレンテトラカルボン酸二無水物、4,4’-スルホニルジフタル酸二無水物、パラテルフェニル-3,4,3’,4’-テトラカルボン酸二無水物、メタテルフェニル-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’-ジフェニルエーテルテトラカルボン酸二無水物等の芳香環式テトラカルボン酸二無水物が挙げられる。テトラカルボン酸二無水物の芳香環は、アルキル基、ハロゲン、ハロゲン置換アルキル基等の置換基を有していてもよい。
【0039】
テトラカルボン酸二無水物は、脂環式テトラカルボン酸二無水物でもよい。脂環式テトラカルボン酸二無水物としては、シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物、ビシクロ[2.2.2]オクタン-2,3,5,6-テトラカルボン酸二無水物、5-(ジオキソテトラヒドロフリル-3-メチル-3-シクロへキセン-1,2-ジカルボン酸無水物、4-(2,5-ジオキソテトラヒドロフラン-3-イル)-テトラリン-1,2-ジカルボン酸無水物、テトラヒドロフラン-2,3,4,5-テトラカルボン酸二無水物、ビシクロ-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物、1,2,3,4-シクロペンタンテトラカルボン酸二無水物、1,2,3,4-シクロブタンテトラカルボン酸二無水物、1,3-ジメチル-1,2,3,4-シクロブタンテトラカルボン酸二無水物、1,4-ジメチル-1,2,3,4-シクロブタンテトラカルボン酸二無水物等を例示できる。
【0040】
テトラカルボン酸二無水物は、2種以上を併用してもよい。低線膨張係数のポリイミドフィルムを得るためには、テトラカルボン酸二無水物の残基Xが剛直な構造を有することが好ましい。そのため、ポリアミド酸の原料として芳香環式テトラカルボン酸二無水物を用いることが好ましく、テトラカルボン酸二無水物の95モル%以上が芳香環式であることが好ましい。芳香環式テトラカルボン酸二無水物の中でも、剛直性が高く、ポリイミドフィルムの熱線膨張係数を低くできることから、BPDAまたはピロメリット酸二無水物が好ましく、BPDAが特に好ましい。テトラカルボン酸二無水物の95モル%以上がBPDAであることが好ましい。
【0041】
<ジアミン>
ジアミンとしては、パラフェニレンジアミン(以下PDAと略記することがある)、4,4’-ジアミノベンジジン、4,4”-ジアミノパラテルフェニル、4,4’‐ジアミノジフェニルエーテル、3,4’‐ジアミノジフェニルエーテル、4,4’‐ジアミノジフェニルスルホン、1,5‐ビス(4‐アミノフェノキシ)ペンタン、1,3‐ビス(4‐アミノフェノキシ)‐2,2‐ジメチルプロパン、2,2‐ビス(4‐アミノフェノキシフェニル)プロパン、ビス[4‐(4‐アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス[4‐(3‐アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、2,2-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジン、4,4’-ジアミノベンズアニリド、9,9’-(4-アミノフェニル)フルオレン、9,9’-(4-アミノ-3-メチルフェニル)フルオレン等の芳香環式ジアミン;および1,4-シクロヘキサンジアミン、4,4’-メチレンビス(シクロヘキサンアミン)等の脂環式ジアミンを例示できる。
【0042】
ジアミンは、2種以上を併用してもよい。低線膨張係数のポリイミドフィルムを得るためには、ジアミンの残基Yが剛直な構造を有することが好ましい。そのため、ポリアミド酸の原料として芳香環式ジアミンを用いることが好ましく、ジアミンの95モル%以上が芳香環式であることが好ましい。芳香環式ジアミンの中でも、剛直性が高く、ポリイミドフィルムの熱線膨張係数を低くできることから、PDAまたは4,4”-ジアミノパラテルフェニルが好ましく、PDAが特に好ましい。ジアミンの95モル%以上がPDAであることが好ましい。
【0043】
[ポリアミド酸の製造方法]
上述のように、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとを、有機溶媒中で反応させることにより、ポリアミド酸が得られる。一般式(2)の末端構造(アミン末端)を有するポリアミド酸は、一般的なポリアミド酸にも含まれており、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとの反応により生成する。
【0044】
一般式(1)の末端構造(開環酸末端)は、ポリアミド酸のアミン末端もしくはジアミンとテトラカルボン酸二無水物の片開環体との反応、または酸無水物末端の開環等により形成される。ポリアミド酸の分子量制御、組成物中の水分量の制御、ポリアミド酸のイミド化の抑制、溶液の貯蔵安定性等の観点から、ポリアミド酸の重合モノマーとしてテトラカルボン酸二無水物の片開環体を用いる方法が好ましい。
【0045】
一実施形態では、テトラカルボン酸二無水物を加水開環した後、テトラカルボン酸の二無水物と開環体との混合物を、ジアミンと反応させることにより、一般式(1)の末端構造を有するポリアミド酸および一般式(2)の末端構造を有するポリアミド酸を含む組成物(ポリアミド酸溶液)が得られる。
【0046】
<テトラカルボン酸二無水物の加水開環>
テトラカルボン酸二無水物を加水開環すると、2つの酸無水物部分のうちの一方のみが開環してジカルボン酸となり他方が酸無水物のままである化合物(片開環体)が生成する。テトラカルボン酸二無水物の加水開環では、一般に、片開環体に加えて、2つの酸無水物部分の両方が開環した化合物(両開環体)が生成する。片開環体は一般式(4)で表され、両開環体は一般式(3)で表される。一般式(3)および一般式(4)におけるXはテトラカルボン酸二無水物残基である。
【0047】
【0048】
テトラカルボン酸二無水物の加水開環は、水が存在する有機溶媒中で実施することが好ましい。有機溶媒としては、水との混和性を有する極性溶媒が好ましく、ポリアミド酸の重合に用いる有機溶媒と同一の有機溶媒が好ましい。テトラカルボン酸の加水開環およびポリアミド酸の重合に用いられる有機溶媒としては、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン等のアミド系溶媒が好ましい。有機溶媒としてN-メチル-2-ピロリドンを用いた場合に、ポリアミド酸溶液の貯蔵安定性が高くなる傾向がある。
【0049】
加水開環は、テトラカルボン酸二無水物のみが存在する状態、およびテトラカルボン酸二無水物とジアミンとを混合後のいずれに実施してもよい。ジアミンの存在下では、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとの付加反応(ポリアミド酸の重合反応)とテトラカルボン酸の加水開環が競争的に起こるが、前者が優先的となりやすく、開環体の生成が不十分となったり、開環体の生成量の制御が困難となる傾向がある。そのため、テトラカルボン酸の加水開環は、ジアミンとの混合前に実施することが好ましい。
【0050】
有機溶媒に対するテトラカルボン酸二無水物の溶解性(または分散性)を確保しつつ、系に含まれる水を有効に利用して加水開環を行う観点から、加水開環の反応系におけるテトラカルボン酸二無水物の濃度は、3~40重量%が好ましく、5~35重量%がより好ましく、7~30重量%がさらに好ましい。テトラカルボン酸二無水物の濃度は、10重量%以上、15重量%以上または17重量%以上であってもよい。
【0051】
加水開環の反応系における水分量は、200~5000ppmが好ましく、300~4000ppmがより好ましく、400~3500ppmがさらに好ましく、500~3000ppmが特に好ましい。水分量は、700ppm以上または1000ppm以上であってもよい。開環体の生成量を制御する観点から、加水開環の反応系における水の量は、テトラカルボン酸二無水物に対して、1~15モル%が好ましく、2~12モル%がより好ましく、3~11モル%、5~10モル%または6~9モル%であってもよい。
【0052】
工業的に利用可能な有機溶媒は、一般に数十から数百ppmの水を含んでいる。有機溶媒に含まれる水をそのまま加水分解に利用することができるが、有機溶媒に含まれる水のみでは開環体が十分に生成しない場合がある。そのため、有機溶媒に水を添加して水分量を上記範囲に調整することが好ましい。
【0053】
テトラカルボン酸二無水物の加水開環反応は室温でも進行するが、反応時間の短縮および開環体の生成量制御の観点から、加熱下で実施することが好ましい。反応温度は、50~100℃が好ましく、60~95℃がより好ましく、65~90℃、70~85℃であってもよい。反応性(開環体の生成効率)向上の観点からは反応温度は高い方が好ましいが、100℃(水の沸点)を超えると、系の水分量が急激に低下し、開環体の生成量が減少する傾向がある。反応時間(加熱時間)は、20分~24時間程度であり、1~12時間がより好ましく、2~5時間がさらに好ましい。
【0054】
加水開環により、テトラカルボン酸二無水物の酸無水物部分が加水開環するが、テトラカルボン酸二無水物の残基Xは反応前後で変化しない。したがって、テトラカルボン酸二無水物残基Xの総モル数xは、テトラカルボン酸二無水物の仕込み量(加水開環前のテトラカルボン酸二無水物の総モル数)に等しく、かつ、加水開環反応後における、テトラカルボン酸二無水物(未開環体)のモル数x1、片開環体のモル数x2、および両開環体のモル数x3の合計(x1+x2+x3)に等しい。
【0055】
加水開環による片開環体の生成量が多いほど、重合後のポリアミド酸の分子量が小さくなる傾向がある。加水開環後のテトラカルボン酸の総モル数、すなわち、未開環のテトラカルボン酸二無水物と、テトラカルボン酸二無水物の開環体と、テトラカルボン酸二無水物の両開環体とのモル数の合計(x1+x2+x3)に対する片開環体のモル数(x2)の比は、0.01~0.15(1~15モル%)が好ましく、0.02~0.12(2~12モル%)がより好ましく、0.03~0.10(3~10モル%)または0.04~0.09(4~9モル%)であってもよい。テトラカルボン酸の総モル数(x1+x2+x3)に対する両開環体のモル数(x3)の比:x3/(x1+x2+x3)は、例えば、0.0001~0.05(0.01~5モル%)程度であり、0.0005~0.02(0.05~2モル%)または0.001~0.1(0.1~1モル%)であってもよい。
【0056】
テトラカルボン酸(未開環の二無水物および開環体を含む)とジアミンとの反応において、アミン末端にテトラカルボン酸二無水物の片開環体が反応すると、一般式(1)で表される加水開環末端が生成する。重合反応において、テトラカルボン酸二無水物の両開環体は、ほとんど反応しない。そのため、ポリアミド酸溶液は、テトラカルボン酸二無水物の両開環体を含んでいてもよい。したがって、ポリアミド酸溶液におけるテトラカルボン酸二無水物の両開環体のモル数は、加水開環後のテトラカルボン酸のモル数x3に略等しい。
【0057】
<ポリアミド酸の重合>
テトラカルボン酸二無水物とジアミンとを、有機溶媒中で反応させることにより、ポリアミド酸が得られる。本実施形態においては、加水開環により得られたテトラカルボン酸二無水物およびその開環体との混合物と、ジアミンとを反応させる。テトラカルボン酸とジアミンとの反応は、加水開環後のテトラカルボン酸溶液とジアミンとを混合すればよい。事前に有機溶媒に溶解させたジアミン溶液と加水開環後のテトラカルボン酸溶液とを混合してもよい。さらに加水開環反応を行っていないテトラカルボン酸二無水物を加えてもよい。
【0058】
ジアミンの総モル数(y)に対するテトラカルボン酸の総モル数(x=x1+x2+x3)の比x/yは、0.950~1.050が好ましく、0.970~1.030がより好ましく、0.990~1.010がさらに好ましい。x/yが上記範囲であれば、ポリアミド酸における一般式(1)の末端構造と一般式(2)の末端構造の比率およびポリアミド酸の分子量が適切な範囲となり、ポリアミド酸溶液が貯蔵安定性に優れるとともに、イミド化時に分子量が増大しやすく、機械強度に優れるポリイミドフィルムが得られやすい。
【0059】
ポリアミド酸溶液中のポリアミド酸の濃度(ジアミンとテトラカルボン酸の合計仕込み濃度)は、5~45重量%が好ましく、10~35重量%がより好ましく、13~30重量%がさらに好ましく、15重量%以上または17重量%以上であってもよい。仕込み濃度を上記範囲とすることにより、重合反応が進行しやすく、かつ未溶解の原料の異常重合に起因するゲル化が抑制される。本実施形態では、反応系にテトラカルボン酸二無水物の片開環体が含まれているため、ポリアミド酸の過度の分子量増大が抑制され、仕込み濃度が高い場合でも反応溶液粘度の過度の粘度上昇やゲル化を抑制できる。
【0060】
重合反応速度を高めるとともに、解重合反応を抑制する観点から、反応温度(溶液の温度)は0℃~70℃が好ましく、20℃~65℃がより好ましく、30~60℃であってもよい。反応温度が過度に高い場合は、ポリアミド酸の解重合による分子量の低下に加えて、ポリアミド酸の脱水環化(イミド化)が生じやすく、これに伴って水分率が上昇し、ポリアミド酸溶液の貯蔵安定性が低下する場合がある。そのため、重合時の温度を50℃付近に制御して、ポリアミド酸のイミド化による水分率の増大を抑制することが好ましい。ポリアミド酸の分子量調整等を目的として、得られたポリアミド酸溶液を、70~100℃程度に保持して、ポリアミド酸の加水分解(解重合)を実施してもよい。ただし、イミド化による水分率の上昇を抑制する観点から、70℃以上に加熱する時間は、3時間以下が好ましく、1時間以下がより好ましい。
【0061】
テトラカルボン酸二無水物、ならびにその片開環体および両開環体の混合物と、ジアミンとの反応では、主に、テトラカルボン酸二無水物および片開環体の酸二無水物部分とジアミンのアミノ基とが反応し、片開環体および両開環体の開環ジカルボン酸はジアミンのアミノ基とはほとんど反応しない。ジアミンのアミノ基と片開環体の酸二無水物部分とが反応すると、一般式(1)の加水開環末端を有するポリアミド酸が生成し、それ以上は重合が進まない。そのため、テトラカルボン酸二無水物の片開環体を用いることにより、低分子量のポリアミド酸が得られる。片開環体の比(x2/x)が大きいほど、ポリアミド酸の分子量が小さくなる傾向がある。両開環体はジアミンとはほとんど反応しないため、両開環体を含むポリアミド酸溶液が得られる。
【0062】
<アルコキシシラン末端の導入>
本発明の実施形態のポリアミド酸は、一般式(1)(2)の末端構造に加えて、他の末端構造を含んでいてもよい。一実施形態において、ポリアミド酸組成物は、一般式(1)~(3)の末端構造に加えて、一般式(5)で表される末端構造(アルコキシシラン末端)を有していてもよい。
【0063】
【0064】
一般式(5)におけるR1は2価の有機基であり、好ましくはフェニレン基または炭素数1~5のアルキレン基である。R2はアルキル基であり、Xはテトラカルボン酸二無水物の残基であり、Yはジアミンの残基である。
【0065】
一般式(5)で表される末端構造を有するポリアミド酸は、アミノ基を含有するアルコキシシラン化合物とポリアミド酸とを溶液中で反応させることにより得られる。一般式(1)および(2)で表される末端構造を有するポリアミド酸組成物に、アミノ基を含有するアルコキシシラン化合物を添加して、末端を変性してもよい。
【0066】
ポリアミド酸に、アミノ基を有するアルコキシシラン化合物を添加すると、ポリアミド酸溶液の粘度が低下する傾向がある。アミノ基を含有するアルコキシシラン化合物による変性の反応温度は、0~80℃が好ましく、20~60℃がより好ましい。
【0067】
アミノ基を含むアルコキシシラン化合物は、下記の一般式(6)で表される。一般式(6)におけるR1およびR2は、一般式(5)と同一である。
【0068】
【0069】
R1は2価の有機基であればよいが、ポリアミド酸の酸無水物基との反応性が高いことから、フェニレン基または炭素数1~5のアルキレン基が好ましく、中でも、炭素数1~5のアルキレン基が好ましい。R2は炭素数1~5のアルキル基であればよいが、好ましくはメチル基またはエチル基であり、ポリアミド酸とガラスとの密着性向上の観点からはメチル基が好ましい。
【0070】
アミノ基を有するアルコキシシラン化合物の具体例としては、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、3-アミノプロピルメチルジエトキシシラン、3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、3-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、3-フェニルアミノプロピルトリメトキシシラン、2-アミノフェニルトリメトキシシラン、3-アミノフェニルトリメトキシシランが挙げられる。
【0071】
アミノ基を有するアルコキシシラン化合物の総モル数αと、テトラカルボン酸総モル数xの比α/xは、0.0001~0.0050が好ましく、0.0005~0.0050がより好ましく、0.0010~0.0030がさらに好ましい。α/xが0.0001以上であれば、ガラス等の無機基板とポリイミドフィルムとの密着性が向上し、自然剥離が抑制される効果がある。α/xが0.0100以下であれば、ポリアミド酸の分子量を維持できるため、ポリアミド酸溶液の貯蔵安定性に優れるとともに、ポリイミドフィルムの機械強度を確保できる。
【0072】
<添加剤>
ポリアミド酸溶液は、各種の添加剤含んでいてもよい。例えば、ポリアミド酸溶液は、溶液の消泡やポリイミドフィルム表面の平滑性向上等を目的として、表面調整剤を含有してもよい。表面調整剤としては、ポリアミド酸およびポリイミドとの適度な相溶性を示し、消泡性を有するものを選択すればよい。高温加熱時に有害物が発生し難いことから、アクリル系化合物、シリコン系化合物等が好ましく、リコート性に優れることから、アクリル系化合物が特に好ましい。
【0073】
アクリル系化合物から構成される表面調整剤の具体例としては、DISPARLON LF-1980、LF-1983、LF-1985(楠本化成株式会社製)、BYK-3440、BYK-3441、BYK-350、BYK-361N、(ビックケミー・ジャパン株式会社製)等が挙げられる。
【0074】
表面調整剤の添加量はポリアミド酸100重量部に対して、0.0001~0.1重量部が好ましく、0.001~0.1重量部がより好ましい。添加量が0.0001重量部以上であれば、ポリイミドフィルムの表面の平滑性改善に十分な効果を発揮し得る。添加量が0.1重量部以下であれば、ポリイミドフィルムに濁りが発生し難い。表面調整剤は、そのままポリアミド酸溶液に添加してもよく、溶媒で希釈してから添加してもよい。表面調整剤を添加するタイミングは特に制限されず、ポリアミド酸の重合または末端変性の際に添加してもよい。アルコキシキシシラン変性を行う場合は、アルコキシシラン変性後に表面調整剤を添加してもよい。
【0075】
ポリアミド酸溶液は、無機微粒子等を含んでいてもよい。無機微粒子としては、微粒子状の二酸化ケイ素(シリカ)粉末、酸化アルミニウム粉末等の無機酸化物粉末、微粒子状の炭酸カルシウム粉末、リン酸カルシウム粉末等の無機塩粉末が挙げられる。微粒子が凝集した粗大な粒が存在すると、ポリイミドフィルムにおける欠陥の原因となり得るため、無機微粒子は、溶液中に均一に分散していることが好ましい。
【0076】
化学イミド化によりポリアミド酸のイミド化を行う場合、ポリアミド酸溶液はイミド化触媒を含んでいてもよい。イミド化触媒としては第三級アミンが好ましく、中でも複素環式の第三級アミンが好ましい。複素環式の第三級アミンの好ましい具体例としては、ピリジン、2,5-ジエチルピリジン、ピコリン、キノリン、イソキノリン等が挙られる。触媒効果およびコストの観点から、イミド化触媒の使用量は、ポリイミド前駆体であるポリアミド酸のアミド基に対して0.01~2.00当量程度であり、0.02~1.20当量であることが好ましい。溶液の貯蔵安定性を高める観点から、ポリアミド酸溶液の使用(基板上への塗布)の直前に、ポリアミド酸溶液にイミド化触媒を添加してもよい。
【0077】
[ポリアミド酸溶液の特性]
<ポリアミド酸の加水開環末端構造の存在比>
ポリアミド酸の末端構造が制御されていることにより、ポリアミド酸溶液の貯蔵安定性および取り扱い性に優れ、かつ、イミド化の際に高分子量化するため、ポリイミドフィルムが優れた機械強度を有する。
【0078】
上述のように、ポリアミド酸におけるテトラカルボン酸無水物残基Xの量は、テトラカルボン酸の総モル数x(テトラカルボン酸無水物とテトラカルボン酸二無水物の片開環体とテトラカルボン酸二無水物の両開環体との合計)に等しい。また、ジアミン残基Yの量はジアミンの総モル数yに等しい。
【0079】
ポリアミド酸の重合により、片開環体のほぼ全てが、一般式(1)で表される末端構造の形成に寄与する。そのため、ポリアミド酸における一般式(1)で表される末端構造のモル数zは、片開環体のモル数x2と略等しい。ポリアミド酸における一般式(1)で表される末端構造のモル数zと、テトラカルボン酸二無水物残基Xの総モル数xとの比z/xは、0.01~0.15が好ましく、0.02~0.12がより好ましく、0.03~0.10または0.04~0.09であってもよい。上記の通り、z≒x2であるから、z/xは、加水開環後のテトラカルボン酸における片開環体の生成率x2/xに略等しい。z/xが当該範囲であることにより、ポリアミド酸溶液の粘度を低く抑えられるとともに、イミド化の際には十分に分子量が増大するため、機械強度に優れるポリイミドフィルムが得られる。換言すれば、ポリアミド酸の重合前の加水開環等により生成する片開環体の比率を調整することにより、ポリアミド酸溶液の粘度を低く抑え、かつ機械強度に優れるポリイミドフィルムを作製することが可能となる。
【0080】
<ポリアミド酸の分子量>
ポリアミド酸溶液におけるポリアミド酸の重量平均分子量は、5000~45000が好ましく、10000~40000がより好ましく、15000~32000がさらに好ましく、20000~30000であってもよい。重量平均分子量が5000以上であれば、ポリアミド酸のイミド化により得られるポリイミドフィルムの特性が向上する傾向がある。重量平均分子量が45000以下であれば、固形分濃度が高い場合でも溶液粘度を低く抑えられ、ポリアミド酸溶液を長期間保管した際の分子量の変化が抑制される傾向がある。ポリアミド酸の数平均分子量は、3000~25000が好ましく、5000~22000がより好ましく、10000~20000がさらに好ましい。
【0081】
<溶液の濃度および粘度>
ポリアミド酸組成物の固形分濃度は、10重量%以上が好ましく、13重量%以上がより好ましく、15重量%以上がさらに好ましい。ポリアミド酸溶液の固形分濃度が高いほど、使用する溶媒量が少なく、生産効率向上、環境負荷の低減、コストダウン等に寄与し得る。固形分濃度の上限は特に限定されないが、基板上への塗布に適した粘度とするためには、溶液の固形分濃度は40重量%以下が好ましく、35重量%以下がより好ましい。ポリアミド酸の重合後に、溶媒の添加または揮発により固形分濃度を調整してもよい。
【0082】
基板上への塗布性の観点から、ポリアミド酸溶液の温度23℃における粘度は、1~150ポイズが好ましく、3~100ポイズがより好ましい。固形分濃度の上昇に伴って溶液粘度は指数関数的に増加する傾向があるが、上記のように、ポリアミド酸が低分子量であることにより、溶液の固形分濃度が15重量%以上または20重量%であっても、粘度を上記範囲内に調整可能である。ポリアミド酸溶液は、温度23℃における粘度ηの対数logηと、ポリアミド酸の固形分濃度Dとの比logη/Dは、0.12以下が好ましく、0.11以下がより好ましく、0.10以下がさらに好ましい。粘度ηの単位はポイズであり、固形分濃度Dの単位は重量%である。
【0083】
<ポリアミド酸のイミド化率>
ポリアミド酸溶液におけるポリアミド酸のイミド化率は、5モル%以下が好ましく、4モル%以下がより好ましい。イミド化率が低いことにより、溶液粘度が低く抑えられ、ポリアミド酸溶液の貯蔵時の粘度変化が抑制される傾向がある。また、イミド化率が低いことにより、ポリアミド酸溶液中の水分率が小さくなるため、ポリアミド酸溶液を長期的に保管(貯蔵)した際の、ポリアミド酸の加水分解による粘度変化が抑制され、貯蔵安定性が高められる。
【0084】
上記のように、ポリアミド酸の重合温度を低くすることにより(例えば、50℃程度)、ポリアミド酸のイミド化を抑制できる。ポリアミド酸の分子量を低下させる方法として、重合温度を高くするか、重合後に温度を上昇させて(例えば70℃以上)、ポリアミド酸を加水分解(解重合)することが一般的に行われている。しかし、加水分解のための加熱によりイミド化も進行するため、溶液の粘度上昇や貯蔵安定性の低下の要因となり得る。これに対して、本発明の実施形態では、テトラカルボン酸二無水物の片開環体を反応系に含めることにより、一般式(1)で表される加水開環末端が生成するため分子量が過度に上昇せず、解重合のための高温での加熱を必要としない。そのため、加熱に伴うイミド化が抑制され、ポリアミド酸溶液の貯蔵安定性が高められる傾向がある。
【0085】
<ポリアミド酸溶液の水分率>
ポリアミド酸溶液の水分率は、1500ppm以下が好ましい。ポリアミド酸溶液の水分率は、1300ppm以下、1200ppm以下または1100ppm以下であってもよい。ポリアミド酸溶液中の水分が少ないほど貯蔵安定性が向上する傾向がある。
【0086】
ポリアミド酸溶液の水分の主な由来は、(A)原料に含まれる水、(B)ポリアミド酸の脱水環化(イミド化)により生成する水、および(C)環境から混入する水であり、これらの水分を低減することにより、低水分率のポリアミド酸溶液が得られる。
【0087】
(A)原料由来の水分の大半は、有機溶媒に含まれる水分である。ポリアミド酸の重合前にテトラカルボン酸二無水物の加水開環を実施することにより、有機溶媒中の水が消費されるため、ポリアミド酸溶液中の(A)原料由来の水分量が低減する。また、ポリアミド酸の重合温度を低くすることによりイミド化が抑制されるため、(B)イミド化に伴う水分の増大を抑制できる。特に、イミド化の抑制が水分率低下への寄与が大きい。
【0088】
原料の乾燥や減圧下での処理等によっても、ポリアミド酸溶液の水分を低減可能であるが、本実施形態ではこれらの処理を実施しない場合でもポリアミド酸の水分率を低減可能であり、低コストで水分率の小さく貯蔵安定性に優れるポリアミド酸溶液を調製できる。
【0089】
[ポリイミドフィルム]
ポリアミド酸溶液を基板上に塗布し、イミド化することにより、基板上にポリイミドフィルムが密着積層した積層体が得られる。基板としては無機基板が好ましい。無機基板としては、ガラス基板および各種金属基板が挙げられる。ポリイミドフィルムがフレキシブルデバイスの基板である場合は、従来のデバイス作製設備をそのまま利用できることから、ガラス基板が好ましい。ガラス基板としては、ソーダライムガラス、ホウ珪酸ガラス、無アルカリガラス等が挙げられる。特に、薄膜トランジスタの製造工程で一般的に使用されている無アルカリガラスが好ましい。無機基板の厚みは、基板のハンドリング性および熱容量等の観点から、0.4~5.0mm程度が好ましい。
【0090】
溶液の塗布方法としては、グラビアコート法、スピンコート法、シルクスクリーン法、ディップコート法、バーコート法、ナイフコート法、ロールコート法、ダイコート法等の公知の塗布方法を適用できる。
【0091】
イミド化は、脱水閉環剤(イミド化触媒)を用いた化学イミド化、および脱水閉環剤等を作用させずに加熱だけでイミド化反応を進行させる熱イミド化のいずれでもよい。脱水閉環剤等の不純物の残存が少ないことから、熱イミド化が好ましい。熱イミド化における加熱温度および加熱時間は適宜決めることができ、例えば、以下のようにすればよい。
【0092】
まず、溶媒を揮発させるために、温度100~200℃で3~120分加熱する。加熱は、空気下、減圧下、または窒素等の不活性ガス中で行うことができる。加熱装置としては、熱風オーブン、赤外オーブン、真空オーブン、ホットプレート等を用いればよい。溶媒を揮発させた後、さらにイミド化を進めるため、温度200~500℃で3~300分加熱する。加熱温度は、低温から徐々に高温にすることが好ましく、最高温度は300~500℃の範囲が好ましい。最高温度が300℃以上であれば、熱イミド化が進行しやすく、得られたポリイミドフィルムの機械強度が向上する傾向がある。最高温度が500℃以下であれば、ポリイミドの熱劣化を抑制できる。
【0093】
ポリイミドフィルムの厚みは、3~50μmが好ましい。ポリイミドフィルムの厚みが3μm以上であれば、基板フィルムとして必要な機械強度が確保できる。ポリイミドフィルムの厚みが50μm以下であれば、無機基板からのポリイミドフィルムの自然剥離が抑制される傾向がある。
【0094】
上記の一般式(1)(2)の末端構造を有するポリアミド酸組成物は、熱イミド化により高分子量化する傾向があるため、ポリアミド酸の分子量が小さい場合でも、高い機械強度を有するポリイミドフィルムが得られる。一般式(1)の加水開環末端は、ポリアミド酸溶液の貯蔵環境では、一般式(2)のアミン末端とはほとんど反応しない。そのため、ポリアミド酸溶液は貯蔵安定性に優れている。
【0095】
一般式(1)の加水開環末端は、熱イミド時の加熱により脱水閉環して酸無水物基となり、一般式(2)のアミン末端と反応してアミド結合を形成し、脱水環化によりイミド結合が生成する。すなわち、熱イミド化の際に、一般式(1)の末端構造を有するポリアミド酸と、一般式(2)の末端構造を有するポリアミド酸とが反応することにより、高分子量化する。そのため、ポリアミド酸の分子量が低い場合でも、熱イミド化時の高分子量化により、優れた機械強度を有するポリイミドフィルムが得られる。一般式(3)で表される両開環体も、熱イミド化の際に脱水閉環して一般式(2)のアミン末端と反応するため、熱イミド化時の高分子量化に寄与し得る。
【0096】
ガラス等の基板とポリイミドフィルムとの積層体から、ポリイミドフィルムを剥離することにより、ポリイミドフィルムが得られる。剥離時の張力に起因して、ポリイミドフィルムやその上に形成された素子等が変形することを抑制する観点から、ガラス基板とポリイミドフィルムとの積層体からポリイミドフィルムを剥離する際のピール強度は、1N/cm以下が好ましく、0.5N/cm以下がより好ましく、0.3N/cm以下がさらに好ましい。一方、ガラス基板からのポリイミドフィルムの自然剥離を抑制する観点から、ピール強度は0.01N/cm以上が好ましく、0.3N/cm以上がより好ましく、0.5N/cm以上がさらに好ましい。
【0097】
ポリイミドフィルムの破断強度は350MPa以上が好ましく、400MPa以上がより好ましく、450MPa以上がさらに好ましい。破断強度が上記範囲であれば、フィルムの厚みが小さい場合でも、搬送や無機基板からの剥離等のプロセスにおけるポリイミドフィルムの破断を防止できる。同様の観点から、ポリイミドフィルムの破断点伸びは、15%以上が好ましく、20%以上がより好ましく、25%以上がさらに好ましい。破断点伸びは30%以上であってもよい。ポリイミドフィルムの破断強度および破断点伸びの上限は特に限定されない。破断強度は700MPa以下であってもよい。破断点伸びは80%以下または60%以下であってもよい。
【0098】
ポリイミドフィルムの熱線膨張係数は10ppm/℃以下が好ましい。熱線膨張係数が10ppm/℃以下であれば、高温での素子の形成が行われるフレキシブルデバイスの基板としても好適に使用できる。ポリイミドフィルムの熱線膨張係数は9ppm/℃以下、または8ppm/℃以下であってもよい。ポリイミドフィルムの熱線膨張係数は1ppm/℃以上であってもよい。
【0099】
[ポリイミドフィルム上への電子素子の形成]
ポリイミドフィルムをフレキシブルデバイス等の基板として用いる場合、ポリイミドフィルム上に電子素子を形成する。ガラス等の無機基板からポリイミドフィルムを剥離する前に、ポリイミドフィルム上に電子素子を形成してもよい。すなわち、ガラス等の無機基板上にポリイミドフィルムが密着積層された積層体のポリイミドフィルム上に、電子素子を形成し、その後、電子素子が形成されたポリイミドフィルムを無機基板から剥離することにより、フレキシブルデバイスが得られる。このプロセスは、既存の無機基板を使用した生産装置をそのまま使用できるという利点があり、フラットパネルディスプレイ、電子ペーパー等の電子デバイスの製造に有用であり、大量生産にも適している。
【0100】
無機基板からポリイミドフィルムを剥離する方法は特に限定されない。例えば、手で引き剥がしてもよいし、駆動ロール、ロボット等の機械装置を用いて引き剥がしてもよい。無機基板とポリイミドフィルムとの間に剥離層を設けてもよく、剥離の前に、液体との接触やレーザー光の照射等により、無機基板とポリイミドフィルムとの密着力を低下させる処理を行ってもよい。密着力を低下させる方法の具体例としては、多数の溝を有する無機基板上に酸化シリコン膜を形成し、エッチング液を浸潤させることによって剥離する方法;および無機基板上に非晶質シリコン層を設けレーザー光によって分離させる方法が挙げられる。
【実施例】
【0101】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。ただし、本発明は、これらの実施例によって限定されるものではない。
【0102】
[評価方法]
<水分率>
容量滴定カールフィッシャー水分計(メトロームジャパン製「890タイトランド」)を用いて、JIS K0068の容量滴定法に準じて溶液中の水分率を測定した。ただし、滴定溶剤中に樹脂が析出する場合は、アクアミクロンGEX(三菱化学製)とN-メチルピロリドンとの1:4の混合溶液を滴定溶剤として用いた。
【0103】
<粘度>
粘度計(東機産業製「RE-215/U」)を用い、JIS K7117-2:1999に準じて粘度を測定した。付属の恒温槽を23℃に設定し、測定温度は常に一定にした。
【0104】
<分子量>
分子量は、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC)により測定した。CO-8020、SD-8022、DP-8020、AS-8020およびRI-8020(いずれも東ソー製)を備えるGPCシステムを用い、カラムにはShoudex:GPC KD-806M(8mmΦ×30cm)を2本、ガードカラムとして、GPC KD-G(4.6mmΦ×1cm)を1本用いた。検出器はRIを使用した。溶離液にはDMFに30mMのLiBrと30mMのリン酸を溶解させた溶液を使用した。溶液濃度0.4重量%、注入量30μL、注入圧約1.3~1.7MPa、流速0.6mL/min、カラム温度40℃の条件で測定を実施し、ポリエチレンオキサイドを標準試料として作成した検量線に基づいて、重量平均分子量(Mw)および数平均分子量(Mn)を算出した。
【0105】
<開環体の生成量>
加水開環処理後のテトラカルボン酸のNMP溶液を、テトラカルボン酸濃度が0.1重量%となるようにメタノールで希釈し、60℃で1時間以上撹拌して、加水開環により生成したカルボン酸のメチルエステル化を行った。この溶液を高速液体クロマトグラフィー(島津製作所製)により、下記の条件により分析して、酸二無水物、片開環体のジエステル、および両開環体のテトラエステルの検出量から、加水開環反応後のテトラカルボン酸溶液における未開環の酸二無水物、片開環体および両開環体の存在比(開環体の生成量)を算出した。
カラム: DAISOPAK SP-200-5-ODS-BP(4.6mmφ×250mm)
カラム温度:40℃
移動相:メタノール/水=45/55(0.1重量%のテトラフルオロ酢酸を含む)
流速:0.8mL/分
検出波長:275nm
【0106】
<イミド化率>
ポリアミド酸溶液40mgを重DMSOで希釈し、1H-NMRにより測定したフェニル基のプロトンピーク面積とアミド基のプロトンピーク面積の比からイミド化率を算出した。
【0107】
<ポリアミド酸溶液の貯蔵安定性>
ポリアミド酸溶液を50mLスクリュー瓶へ入れて密閉し、23℃55%RHの環境下で1週間保管し、初期と保管後の変化が5%以内のものをOK,粘度変化が5%を超えたものをNGとした。
【0108】
<破断強度および破断点伸び>
ポリイミドフィルムを、幅15mm、長さ150mmに切断して試験片を作製し、試験片の中央に、50mm離れて平行な2本の標線をつけた。引張試験機(島津製作所製「UBFA-1 AGS-J」)を用い、JIS K7127:1999にしたがって、引張速度10mm/minで引張試験を実施し、試験片が破断した際の応力(破断強度)および伸び(破断点伸び)を求めた。
【0109】
<熱線膨張係数>
ポリイミドフィルムを、幅3mm、長さ10mmに切断して試験片を作製し、熱機械分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー製「TMA/SS120CU」)を用い、試料の長辺に29.4mNの荷重を加え、引張荷重法による熱機械分析を実施した。まず、100℃/minで20℃から500℃まで昇温し(1回目の昇温)、20℃まで冷却した後、10℃/minで500℃まで昇温した(2回目の昇温)。2回目の昇温時の100~300℃の範囲における単位温度あたりの試料の歪の変化量を熱線膨張係数とした。
【0110】
[実施例1]
<テトラカルボン酸二無水物の加水開環>
ポリテトラフルオロエチレン製シール栓付き攪拌器、攪拌翼および窒素導入管を備えたガラス製セパラブルフラスコに、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)を425g入れた。NMP中の水分率は300ppmであった。そこに、水を0.342g、3,3’,4,4’―ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)を109.5g加え、80℃に加熱しながら窒素雰囲気下で150分間撹拌し、BPDAの一部を加水開環した。反応後、溶液を50℃まで冷却した。
【0111】
この反応系において、NMPに含まれる水の量は、BPDAに対してモル比で1.9%であり、添加した水の量は、BPDAに対してモル比で5.1%であり、系中の水の総量はBPDAに対してモル比で7.0%であった。得られた溶液は、開環していないBPDAと、BPDAの片開環体と、BPDAの両開環体とを、94.53:5.19:0.28のモル比で含んでいた。
【0112】
<ポリアミド酸の重合>
上記で得られた一部が開環したBPDAの溶液に、NMPを425.0g加えて希釈し、パラフェニレンジアミン(PDA)を39.9g、および4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)を0.62g加え、溶液を50℃で加熱しながら窒素雰囲気下で60分間攪拌した後、水浴で速やかに冷却して、ポリアミド酸溶液を得た。この反応溶液におけるジアミンおよびテトラカルボン酸の合計仕込み濃度は15重量%であり、テトラカルボン酸/ジアミンのモル比x/yは1.000であった。
【0113】
<アルコキシシラン化合物による変性>
上記のポリアミド酸溶液を50℃に加熱し、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(γ-APS)の1%NMP溶液を7.48g加え、3時間攪拌して、23℃における粘度が5.8ポイズのアルコキシシラン変性ポリアミド酸の溶液を得た。アルコキシシラン化合物の総モル数(α)とテトラカルボン酸の総モル数(x)との比α/xは、0.001であった。
【0114】
得られた溶液に、アクリル系表面調整剤(ビックケミー・ジャパン製「BYK-361N」)を、アルコキシシラン変性ポリアミド酸の固形分100重量部に対して0.02重量部添加し、均一に分散して、表面調整剤を含有するアルコキシシラン変性ポリアミド酸溶液を得た。
【0115】
[実施例2および実施例3]
NMP、BPDAおよび水の仕込み量を表1に示す様に変更したこと以外は、実施例1と同様にしてBPDAの開環を行った。その後、PDA、ODAおよびNMPの仕込み量、ならびにγ-APSの仕込み量を表2に示す様に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、ポリアミド酸の重合およびγ-APSによる末端変性を行い、表面調整剤を含有するアルコキシシラン変性ポリアミド酸溶液を得た。
【0116】
[比較例1]
<ポリアミド酸の重合>
ポリテトラフルオロエチレン製シール栓付き攪拌器、攪拌翼および窒素導入管を備えたガラス製セパラブルフラスコに、NMPを170.0g入れた。そこに、PDA8.0gおよびODA0.19gを加え、溶液を50℃で加熱しながら窒素雰囲気下で30分間攪拌した。ジアミンが均一に溶解したことを確認した後、BPDA21.8gを加え、窒素雰囲気下で60分間攪拌した後、水浴で速やかに冷却して、ポリアミド酸溶液を得た。この反応系では、NMPに含まれる水分(BPDAに対してモル比で2.7%)以外には水を添加しなかった。ジアミンおよびテトラカルボン酸二無水物の仕込み濃度は15重量%であり、BPDA/ジアミンのモル比は、0.989であった。
【0117】
<アルコキシシラン化合物による変性>
上記のポリアミド酸溶液の温度を約50℃に調整した。次にγ―APSの1%NMP溶液を1.30g加え、3時間攪拌し、23℃における粘度が170ポイズのアルコキシシラン変性ポリアミド酸の溶液を得た。この溶液に、固形分濃度が10重量%となるようにNMPを添加して希釈した。希釈後の溶液の23℃における粘度は40ポイズであった。この溶液に、ポリアミド酸の固形分100重量部に対して0.02重量部のアクリル系表面調整剤を添加して、表面調整剤を含有するアルコキシシラン変性ポリアミド酸溶液を得た。
【0118】
[比較例2および比較例3]
<ポリアミド酸の重合>
NMP、BPDA、PDAおよびODAの仕込み量を表2に示す様に変更し、BPDA添加後に温度を80℃に昇温し、窒素雰囲気下で反応させた。比較例2では反応時間を10時間とし、比較例3では反応時間を9時間とした。これらの変更以外は比較例1と同様にして、ポリアミド酸の重合を行った。
【0119】
<アルコキシシラン化合物による変性>
γ-APSの添加量を表2に示す様に変更したこと以外は、比較例1と同様にしてアルコキシシラン変性を行い、表2に示す固形分濃度となるようにNMPを添加して希釈した後、アクリル系表面調整剤を添加して均一に分散させた。
【0120】
[比較例4]
比較例2と同様に、NMP、PDAおよびODAを仕込み、BPDAを添加後に温度を80℃に昇温し、窒素雰囲気下で撹拌した。溶液が一様になった後、水を0.064g(BPDAに対してモル比で3.2%)添加し、9時間撹拌した。その後、比較例2と同様にアルコキシシラン変性を行い、表2に示す固形分濃度となるようにNMPを添加して希釈した後、アクリル系表面調整剤を添加して均一に分散させた。
【0121】
[ポリイミドフィルムの作製]
ポリアミド酸溶液を、厚さ0.7mm、1辺が150mmの正方形のFPD用無アルカリガラス板(コーニング社製「イーグルXG」)上に、スピンコーターで乾燥後厚みが約10μmになるように塗布し、熱風オーブン内で120℃にて30分乾燥した。その後、窒素雰囲気下で20℃から120℃まで7℃/分で昇温し、120℃から450℃まで7℃/分で昇温し、450℃で10分間加熱し、ポリイミドフィルムと無アルカリガラス板の積層体を得た。実施例1~3および比較例1~4のいずれにおいても、ポリイミドフィルムが、無アルカリガラス板に対して適度の剥離強度を有しており、加熱中に自然に剥離することはなく、かつ、ガラス板からポリイミドフィルムを引き剥がすことが可能であった。
【0122】
[製造条件および評価結果のまとめ]
実施例1~3におけるテトラカルボン酸二無水物の加水開環の条件、ならびに片開環体および両開環体の生成量を表1に示す。
【0123】
【0124】
実施例および比較例のポリアミド酸の合成における原料の仕込み量、原料の仕込み比(テトラカルボン酸の総モルxとジアミンの総モル量yとの比x/yおよびテトラカルボン酸二無水物の片開環体の比率x2/x)、重合反応の温度、重合反応後のポリアミド酸溶液およびアルコキシシラン変性後のポリアミド酸溶液の固形分濃度Dおよび溶液粘度ηを表2に示す。アルコキシシラン変性後のポリアミド酸溶液におけるポリアミド酸の分子量、溶液の水分率および貯蔵安定性の評価結果、ならびにポリイミドフィルムの評価結果を表3に示す。
【0125】
【0126】
【0127】
BPDAの一部を加水開環した後にジアミンと混合してポリアミド酸を重合した実施例1~3では、ポリアミド酸の分子量が30000以下であり、溶液の固形分濃度Dが15重量%以上でも、そのまま希釈することなくフィルムの作製に用いることが可能であった。実施例2のポリアミド酸溶液におけるポリアミド酸のイミド化率は3モル%であった。
【0128】
BPDAを加水開環せずにジアミンと反応させた比較例1では、実施例1~3に比べてポリアミド酸の分子量が大幅に増大しており、溶液粘度が高かったため、フィルムを作製する際に、NMPで希釈して固形分濃度を低下させる必要があった。ポリアミド酸の重合温度を80℃に高めた比較例2,3では、比較例1に比べるとポリアミド酸の分子量が低くなっていたものの、実施例1~3に比べると分子量が高く、固形分濃度を15%未満として、溶液粘度を調整する必要があった。ポリアミド酸溶液に水を添加して加水分解を行った比較例4では、比較例2よりもさらにポリアミド酸の分子量が低下していたものの、実施例1~3に比べると、ポリアミド酸の分子量が高かった。
【0129】
比較例1~4では、分子量の増大を抑制するために、テトラカルボン酸二無水物とジアミンの仕込み比x/yを0.99とし、等モルから意図的に比率をずらしているが、実施例1~3よりも分子量が高く、溶液粘度が高いことが分かる。これらの結果から、テトラカルボン酸二無水物の一部を開環した後にジアミンと反応させることにより、低分子量で高固形分濃度でも粘度の低いポリアミド酸溶液が得られることが分かる。
【0130】
80℃で重合反応を行った比較例2~4では、ポリアミド酸溶液の水分量が増大しており、貯蔵安定性が低下していた。比較例2のポリアミド酸溶液におけるポリアミド酸のイミド化率は17モル%であった。これらの結果から、比較例2~4では、80℃での加熱によりポリアミド酸が解重合して分子量が低下するものの、これと平行して脱水閉環によるイミド化が進行し、溶液中の水分率が上昇したために、溶液の貯蔵安定性が低下したと考えられる。
【0131】
実施例1~3では、比較例1~4に比べてポリアミド酸の分子量が低いにも関わらず、得られたポリイミドフィルムは、比較例1~4と同様の機械強度を示し、かつ低い熱線膨張係数を示した。これは、イミド化の際に、一般式(1)で表される加水開環末端が、イミド化の際に反応して高分子量化したとためであると考えられる。なお、実施例1~3では、加水開環による片開環体の生成率x2/xが約0.05であるから、ポリアミド酸におけるテトラカルボン酸二無水物残基Xの総モル数xに対する加水開環末端のモル数zの比z/xも0.05(5%)程度であると推定される。
【0132】
これらの結果から、テトラカルボン酸二無水物を加水開環した後にジアミンと反応させたポリアミド酸溶液は、低分子量であり、高固形分濃度でも粘度が低く、かつ貯蔵安定性に優れていることが分かる。また、当該ポリアミド酸を用いて作製したポリイミドフィルムは、高分子量のポリアミド酸溶液を用いた場合と同様の優れた機械強度を示すことが分かる。