(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-11
(45)【発行日】2024-04-19
(54)【発明の名称】焼結体のバインダ金属相強化方法
(51)【国際特許分類】
B24C 1/10 20060101AFI20240412BHJP
B24C 11/00 20060101ALI20240412BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20240412BHJP
【FI】
B24C1/10 A
B24C1/10 G
B24C11/00 C
B24C11/00 D
B23B27/14 A
(21)【出願番号】P 2020011102
(22)【出願日】2020-01-27
【審査請求日】2023-01-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000154082
【氏名又は名称】株式会社不二機販
(74)【代理人】
【識別番号】110002398
【氏名又は名称】弁理士法人小倉特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮坂 四志男
【審査官】マキロイ 寛済
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-264988(JP,A)
【文献】特開2012-135864(JP,A)
【文献】特開平06-240303(JP,A)
【文献】特表2012-505761(JP,A)
【文献】特開2009-293110(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24C 1/10
B24C 11/00
B23P 15/28
B23B 27/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質粒子と,該硬質粒子を結合するバインダ金属相を有する焼結体
であって,少なくとも表面の一部が厚さ5μm以下の硬質被膜によってコーティングされた焼結体を処理対象とし,前記焼結体の前記硬質被膜がコーティングされている部分の
前記表面に,前記バインダ金属相の硬度以上の硬度を有し,かつ,HV800以下の硬度である♯100~♯800(平均粒径149μm~20μm)のセラミックス粒体から成る球状噴射粒体を,圧縮気体と共に噴射圧力0.2~0.6MPa,又は噴射速度80~200m/秒で噴射することを特徴とする,焼結体のバインダ金属相強化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,超硬合金,サーメット,cBNのように,炭化物,酸化物,窒化物,ほう化物,ケイ化物などの硬質粒子を,Fe,Ni,Co等のバインダ金属と共に焼結した焼結体において,前記バインダ金属の相(本発明において「バインダ金属相」という。)を強化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
前述した焼結体の一例として,超硬合金を例に取り説明すると,この超硬合金は,タングステン(W),チタニウム(Ti),タンタル(Ta)等の金属の炭化物(WC,TiC,TaC)の微細な粒子(普通粒超硬合金で粒径数μm,超微細粒超硬合金で粒径0.5~0.8μm程度)を,鉄(Fe)やニッケル(Ni),コバルト(Co)等の金属をバインダとして焼結したものであり,狭義には,タングステンカーバイト(WC)の粒子をコバルト(Co)のバインダによって焼結したWC-Co系合金のみを超硬合金と呼ぶ場合もある。
【0003】
このような超硬合金は,硬度がHV1000~1800と非常に硬く,耐摩耗性に優れる材料であることから,切削工具等の耐摩耗性が要求される工具や機械部品等の材料として使用されている。
【0004】
しかし,超硬合金は,高硬度ではあるものの,脆く,脆性破壊が起こり易いという欠点があり,そのため,例えば超硬合金製の切削工具では刃先に割れや欠け等が生じ易く,このような割れや欠けが生じた場合には作業を中断して切削工具を交換するか,あるいは切削工具の刃先を再研磨して再生する等の作業が必要となるため生産性が低下する。
【0005】
そのため,高硬度でありながら,靭性に富み,割れや欠け等の脆性破壊を起こし難い超硬合金の提供が要望されている。
【0006】
ここで,超硬合金の硬度や靭性等の機械的特性は,硬質粒子の粒径とバインダ金属の添加量によって変化することが知られている。
【0007】
そのため,狙った硬度や靭性を有する超硬合金を得るためには,硬質粒子の粒径やバインダ金属の添加量を変更することも考えられる。
【0008】
しかし,硬質粒子の粒径と硬度及び靭性の関係は,
図1に示すように硬質粒子の平均粒子径を小さくすると超硬合金の硬度は上昇するが破壊靭性は低下し,逆に,硬質粒子の粒径を大きくすれば,破壊靭性は向上するが硬度は低下する関係にある。
【0009】
また,バインダ金属の添加量と靭性及び硬度の関係は,
図2に示すようにバインダ金属の添加量を減少させれば超硬合金の硬度は上昇するが靭性は低下し,バインダ金属の添加量を増やせば超硬合金の靭性は向上するが硬度は低下する関係にある。
【0010】
このように,超硬合金の硬度と靭性は,一方の上昇は他方の低下をもたらすという,相反する関係にあることから,硬質粒子の粒径の調整や,バインダ金属の添加量の調整によって高硬度でありながら靭性に富むという,相反する性質を兼ね備えた超硬合金を得ることは困難である。
【0011】
そのため,超硬合金の硬度を低下させることなく,靭性を改善する方法としては,例えば超硬合金製の基体の表面を,靭性に優れる靭性化帯域を有する硬質被覆層によって被覆する方法や(特許文献1の要約参照),超硬合金の表面にWC粒径の増加及び/またはCo濃度の増加によって靭性を向上させた表面層を設けることで,超硬合金全体の硬度を維持しつつ表面部分のみ破壊靭性を高める方法が提案されている(特許文献2の要約参照)。
【0012】
なお,超硬合金等の焼結体の靭性を向上させることを目的としたものではないが,本発明の発明者は,ショットピーニングによる表面組織の微細化と,ディンプルの形成等を目的として,被加工物の母材硬度より高硬度の略真球状の#100~#800(平均粒径:149μm~20μm)の範囲内で,3種以上の異なる近似粒度のショットを混合して,被加工物に対し,圧縮空気との混合流体として,噴射圧力0.3~0.6MPa,噴射速度100~200m/秒,噴射距離100mm~250mmで,0.5秒~5秒経過毎に,0.1~1秒間欠噴射し,前記被加工物の表面に直径0.1~5μmの無数の略円形の底面を有する微小凹部をランダムに形成する,金属成品の瞬間熱処理法を提案しており(特許文献3,請求項1),この特許文献3には,『超硬』を被加工物とした実施例も記載されている(特許文献3の表11-1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2000-246509号公報
【文献】特表2004-514790号公報
【文献】特開2012-135864号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
以上で説明した先行技術中,特許文献1に記載の構成のように超硬合金の表面に靭性化帯域を有する硬質被覆層を設ける構成では,超硬合金の硬度についてはこれをそのまま維持しつつ,その表面に,靭性の高い靭性化帯域を備えた硬質被膜層を形成することで,高硬度であるという超硬合金の特性を維持しつつ靭性を付与することを可能としている。
【0015】
しかし,この方法では,超硬合金の表面に物理蒸着(PVD)や化学蒸着(CVD)等の方法で靭性化帯域を備えた硬質被覆層を形成する作業が必要で,このような硬質被覆膜の形成には,高価な真空蒸着装置を必要とする等,多大な設備投資等が必要となる。
【0016】
また,この方法では,靭性が高いのは表面に形成された硬質被膜層であって,超硬合金そのものの靭性は向上されていないことから,硬質被膜層が剥離してしまうと靭性も失われてしまう。
【0017】
一方,特許文献2に記載されているように,超硬合金に,WC粒径の増加及び/またはCo濃度の増加によって靭性が高められた表面層を設ける構成では,超硬合金の内部の硬度を低下させることなく,表面層部分のみ局部時に靭性を向上させることが可能である。
【0018】
しかし,このようにしてWC粒径の増加及び/またはCo濃度の増加がされた表面層は,靭性の向上と引き換えに硬度が低下,従って,耐摩耗性が低下するため(
図1及び
図2参照),他部材と直接,摺接させるような用途に使用すると容易に摩耗してしまう。
【0019】
そのため,特許文献2に記載の処理は,前述した表面層上に更に耐摩耗性被膜を形成する場合の,耐摩耗性被膜の剥離を防止するための下地処理として行われており(特許文献2[0001]),このような表面層の形成も,超硬合金そのものの硬度と靭性の両立を果たし得るものではない。
【0020】
このように,硬度と靭性の双方を兼ね備えた超硬合金に対する高い要望が存在するにも拘わらず,前掲の従来技術は,いずれもこのような要望に対する解決策を提供するものとはなっていない。
【0021】
そこで,本発明の発明者は,前述した硬質被膜の形成等によることなく,超硬合金そのものの靭性を如何にすれば向上させることができるかを鋭意検討した。
【0022】
その結果,少なくとも超硬合金1の表面付近におけるバインダ金属相を強化することができれば,割れや欠け等の脆性破壊の発生を抑制できるのではないかと考えた。
【0023】
すなわち,超硬合金1は,
図3に示すようにWC等の硬質粒子10間を,硬質粒子10に比較して延展性が高いCo等のバインダ金属相20で結合した構造となっている。
【0024】
このうちの硬質粒子10は,一例としてWCでHV1780,TiCでHV3200,TaCでHV1800と極めて高硬度であり殆ど変形しないことから,超硬合金1に外力を加えた際に生じる塑性変形は,主としてCo等のバインダ金属相20の部分において生じるものと合理的に推察することができ,このことは,バインダ金属の添加量を増大させることにより超硬合金1全体の靭性(変形性)が向上すること(
図2参照)によっても裏付けられる。
【0025】
このように,超硬合金1の変形が,主としてバインダ金属相20の部分において生じていると考えると,超硬合金1に生じる割れや欠け等の脆性破壊は,変形に伴う歪みによってバインダ金属相20に生じたクラックが,さらなる歪みが与えられることで成長して,やがて破壊されることで生じるものと考えられる。
【0026】
上記の予測に従えば,超硬合金1のうち,バインダ金属相20の部分,特に,破壊の起点となりやすい被加工物の表面付近のバインダ金属相20を強化することができれば,割れや欠け等といった脆性破壊に対する耐性,すなわち破壊靭性を向上させることができるはずである。
【0027】
また,前述した超硬合金1に限らず,同様に硬質粒子10をバインダ金属相20で結合した構造を有するサーメットやcBN等の焼結体全般においても,バインダ金属相20の強化は,脆性破壊を生じ難くして焼結体の靭性向上に貢献するものと考えられる。
【0028】
なお,特許文献3は,実施例として超硬合金製の絞りパンチを処理対象物とし,これにハイス鋼(高速度工具鋼)製のビーズを噴射して行う瞬間熱処理方法を開示する(特許文献3の表11-1)。
【0029】
しかし,特許文献3は,このような処理を,処理対象物よりも高硬度の噴射粒体を使用して行うことを必須としている点で本発明とは顕著に相違する(特許文献3の請求項1)。
【0030】
また,特許文献3では,このような瞬間熱処理法によって表面組織の微細化による硬度上昇や,形成されたディンプルが油溜りとして機能することによる焼き付きの防止等の効果があること,また,『耐摩耗性』の向上が得られることの記載はされているが,チッピング等の欠けや割れといった『脆性破壊』に対する耐性の向上,すなわち,靭性の向上については一切言及していない。
【0031】
本発明は,上記発明者の予測の下,前述した超硬合金等の焼結体の破壊靭性が低いという欠点を解消するためになされたものであり,比較的簡単な方法により,焼結体1の表面付近におけるバインダ金属相20を強化する方法を提案することで,高硬度であるという超硬合金,サーメット,cBN等の焼結体の特性を維持しつつ,脆性破壊を生じ難くする(靭性を付与する)ことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0032】
以下に,課題を解決するための手段を,発明を実施するための形態で使用する符号と共に記載する。この符号は,特許請求の範囲の記載と,発明を実施するための形態の記載との対応を明らかにするためのものであり,言うまでもなく,本発明の技術的範囲の解釈に制限的に用いられるものではない。
【0033】
上記目的を達成するために,本発明の焼結体1のバインダ金属相20の強化方法は,
炭化タングステン(WC)等の硬質粒子10と,該硬質粒子10を結合するコバルト(Co)等のバインダ金属相20を有する,超硬合金等の焼結体1であって,少なくとも表面の一部が厚さ5μm以下の硬質被膜によってコーティングされた焼結体1を処理対象とし,前記焼結体1の前記硬質被膜がコーティングされている部分の前記表面に,前記バインダ金属相20の硬度以上の硬度を有し,かつ,前記焼結体1よりも低硬度でHV800以下の硬度である♯100~♯800(平均粒径149μm~20μm)のセラミックス粒体から成る球状噴射粒体30を,圧縮気体と共に噴射圧力0.2~0.6MPa,又は噴射速度80~200m/秒で噴射することを特徴とする(請求項1)。
【発明の効果】
【0036】
以上で説明した本発明の構成より,本発明の方法で焼結体1のバインダ金属相20を強化することで以下の顕著な効果を得ることができた。
【0037】
焼結体1の表面に向かって噴射された噴射粒体30は,焼結体1の表面に衝突することとなるが,この焼結体1は,WCやTiC,TaCから成る硬質粒子10と,この硬質粒子10間を結合する,Co相等のバインダ金属相20によって構成されている(
図3参照)。
【0038】
そして,WC(HV1780),TiC(HV3200),TaC(HV1800)等の硬質粒子10は,硬度HV1000以下である噴射粒体30よりも高硬度であるが,バインダ金属相20の硬度以上の硬度を有することから,噴射粒体30が被加工物である焼結体1の表面に衝突すると,
図4(B)に示すように,焼結体1中の硬質粒子10には変形が生じないとしても,硬質粒子10間に存在するバインダ金属相20が塑性変形して硬質粒子10が移動することで,焼結体1の表面に変形を生じさせ得る。
【0039】
その結果,この衝突による塑性変形と,衝突部分に生じる瞬間的な温度上昇と冷却(瞬間熱処理)によって,焼結体1の表面付近におけるバインダ金属相20は組織が微細化されて緻密な組織に変化すると共に,圧縮残留応力が付与されることにより強化される。
【0040】
このようにして,本発明の方法によれば,焼結体1の表面付近におけるバインダ金属相20を強化することができ,硬質粒子10の粒界でクラックや破断が生じることによって焼結体1に割れや欠け等の脆性破壊が生じることを好適に防止することができた。
【0041】
このようなバインダ金属相20の強化は,焼結体1の表面に厚さ5μm以下の硬質被膜(図示せず)が形成されている場合においても同様に行うことができ,表面に硬質被膜が形成された焼結体1に対しても事後的に硬質被膜下の焼結体のバインダ金属相20を強化することができた。
【0042】
また,このようなバインダ金属相20の強化により,硬質被膜の密着強度を向上させて剥離し難くすることができた。
【0043】
また,噴射粒体30の噴射によってバインダ金属相20で生じた組織の微細化や緻密化,付与された圧縮残留応力は,焼結体1を加熱することで失われてしまう場合があることから,噴射粒体30の噴射によるバインダ金属相20の強化を行った後に,焼結体1の加熱を伴う方法で前述した硬質被膜の成膜を行うことができないが,前述したように硬質被膜の成膜後の焼結体1を処理対象とすることができるため,硬質被膜の形成方法に制約がない。
【0044】
更に,前記噴射粒体30は,セラミックス粒体が使用可能であり,該セラミックス粒体の硬度をHV800以下とすることで,より確実に靭性を向上させることができた。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【
図1】硬質粒子の粒径と,超硬合金の硬度及び靭性の関係を説明した線図。
【
図2】バインダ金属の添加量と,超硬合金の硬度及び靭性の関係を説明した線図。
【
図3】焼結体(WC-Co系超硬合金)の構造を説明した模式図。
【
図4】噴射粉体よりも高硬度の被加工物に対し噴射粒体が衝突した際の変形の発生状態の説明図であり,(A)は焼結体ではない一般的な被加工物,(B)はバインダ金属相が噴射粉体以下の硬度である焼結体を被加工物とした場合。
【発明を実施するための形態】
【0046】
以下に,本発明における焼結体1のバインダ金属相20の強化方法につき説明する。
【0047】
〔処理対象〕
本発明は,硬質粒子10をバインダ金属と共に焼結した焼結体を処理対象とし,前述した硬質粒子10としては,単一種類の硬質粒子のみならず,複数種類の硬質粒子を混在させて使用するものとして良く,また,バインダ金属も一種類の金属を単独で使用したものだけでなく,合金を使用するものとしても良い。
【0048】
このような焼結体1としては,超硬合金,サーメット,cBNを挙げることができ,これらはいずれも,
図3に模式的に示すように硬質粒子10がバインダ金属相20によって結合された構造を有する。
【0049】
前述した焼結体1のうち「超硬合金」は,タングステン(W),チタニウム(Ti),タンタル(Ta)等の金属の炭化物(WC,TiC,TaC)から成る硬質粒子10を,鉄(Fe)やニッケル(Ni),コバルト(Co)等のバインダ金属と共に焼結したものであり,狭義には,炭化タングステン(WC)の粒子をコバルト(Co)のバインダによって焼結したWC-Co系合金のみを超硬合金と指称する場合もあるが,本発明では,WC-Co系合金に限定されず,上記いずれの炭化物粒子を含む超硬合金共に処理対象とし得る。
【0050】
また,前述したWC-Co系合金には,WC-Co合金の他,WC-TiC-Co合金,WC-TiC-TaC(NbC)-Co合金,WC-TaC(NbC)-Co合金等,WC以外の炭化物粒子を含むものも含み,また,バインダ金属も,Fe,Ni,Co等の単金属に限定されず,その他の金属や,これらの金属の合金を使用するものであっても良い。
【0051】
前述の焼結体のうち「サーメット」は,炭化物,酸化物,窒化物,ほう化物,ケイ化物などのセラミックスから成る硬質粒子10を,バインダ金属で結合させた焼結体であり,広義には前掲の超硬合金を含み得る。
【0052】
このようにサーメットとしては,一例として,TiC-Mo-Niサーメットや,これにTiN,TaNを添加したTiC基サーメットや,Al2O3-Crサーメット等があり,これらはいずれも本発明における処理対象となり得る。
【0053】
更に,前述の焼結体のうち「cBN」は,六方晶の窒化ホウ素を超高圧・高温下で変態させた立方晶窒化ホウ素の硬質(微)粒子10を,Co等のバインダ金属を用いて焼結したものである。
【0054】
これらの焼結体1は,フライスやドリル等の切削工具,線引きダイス,センター等の変形用工具,ロール,ゲージ,プリンタのドットピン等の耐摩耗部品,ロックビット,コールカッタ等の鉱山用,耐食用工具等の他,金型等の如何なる形態及び用途のものであっても良く,その形態や用途に関係なく各種のものを処理対象とすることができる。
【0055】
また,前述した工具や部品は,その全体が焼結体で形成されている必要はなく,例えば刃先の部分のみに焼結体がロウ付け等された切削工具等,工具や部品の一部分に焼結体が取り付けられたものであっても良い。
【0056】
また,処理対象とする焼結体の表面には,物理蒸着(PVD)や化学蒸着(CVD)によって形成された,例えばTiN,TiCN,TiAlN,DLC,TiCrN,CrN等の,膜厚5μm以下の硬質被膜(セラミックス被膜)が形成された焼結体を処理対象とするものとしても良い。
【0057】
なお,本発明の方法で処理を行った焼結体1は,その後に熱が加わるとバインダ金属相20に付与された組織の微細化や緻密化,圧縮残留応力等の強化の効果が失われてしまう場合があることから,前述したロウ付けや,加熱を伴う硬質被膜の形成を行う場合には,これらの処理は,本発明の強化法を行う前に完了させておくことが望ましい。
【0058】
〔処理内容〕
以上で説明した処理対象である焼結体1に対しては,その表面に噴射粒体30を圧縮気体と共に乾式噴射する。
【0059】
使用する噴射粒体30の材質は特に限定されず,後述する硬度範囲のものであれば金属製のものの他,セラミックス(ガラスを含む)製のものを使用することができ,また,一種類の材質の噴射粒体30のみならず,複数種類の材質の噴射粒体30を混合して使用するものとしても良い。
【0060】
この噴射粒体30の噴射は,バインダ金属相20の塑性変形による組織の微細化や緻密化と,圧縮残留応力の付与等を目的とした,所謂「ショットピーニング」の効果を得ることを目的として行うものであることから,球状のもの(球状粒体)を使用する。
【0061】
なお,本発明において「球状」とは,厳密に「球」である必要はなく,回転楕円体形状のものや俵型等,角のない丸みを帯びた形状のものを広く含む。
【0062】
このような球状の噴射粒体30は,金属系の材質のものについてはアトマイズ法により,セラミック系のものについては破砕後,溶融することにより得ることができる。
【0063】
使用する噴射粒体30の硬度は,バインダ金属相20の硬度以上の硬度で,かつ,HV1000以下のものを使用し,更に噴射粉体30がセラミックス粒体であり,HV800以下のものを使用する。
【0064】
一例として,バインダ金属として採用し得るCo,Mo,Niは,それぞれ融点が1495℃,2625℃,1455℃であり,焼結は,これらのバインダ金属の融点付近の高温で行われることで,焼結後のバインダ金属相20の硬度は,HV500~800(一例としてNiでHV500程度,CoでHV700~800程度)となる。
【0065】
従って,バインダ金属相20をCo相とする焼結体1では,一例としてアルミナシリカビーズ(HV792)やハイスビーズ(HV1000)等が,バインダ金属相20がNi相である焼結体1では,ガラスビーズ(HV565)等が前述した噴射粒体30として好適に使用し得る。
【0066】
なお,同一の金属をバインダとして使用する場合であっても,焼結条件(加熱温度,圧力等)によってバインダ金属相20の硬度には相違が生じることから,噴射粒体30の硬度は,このバインダ金属相20の硬度に基づいて選択する。
【0067】
このようなバインダ金属相20の硬度が不明である場合には,一例としてHV1000以下で硬度が異なる複数種類の噴射粒体30を実際に焼結体1の表面に対し噴射する試し打ちを行い,この試し打ちによって焼結体1の表面を梨地とすることができたものをバインダ金属相20と同等以上の硬度を有する噴射粒体30として使用するものとしても良い。
【0068】
なお,HV1000以下の硬度の噴射粉体30を使用する場合であっても,靭性が低いセラミックス系(ガラスを含む)の噴射粒体30を使用する場合にはHV800を超えると焼結体1の表面に与えるダメージが大きくなり,かえって靭性を低下させてしまう場合があることから,セラミックス系の噴射粒体30を使用する場合には,HV800以下の噴射粒体30を使用することが望ましい。
【0069】
更に,使用する噴射粒体30の粒径は,JIS R 6001(1987)に規定する粒度分布における♯100~♯800(平均粒径149μm~20μm)の範囲のものを使用し,この粒度範囲内のものであれば,粒径の異なる複数種類の噴射粒体30を混合して使用するものとしても良い。
【0070】
このような噴射粒体30を被加工物である焼結体1に噴射する方法としては,乾式で粒体を噴射可能であれば既知の各種のブラスト加工装置を使用することができ,噴射速度や噴射圧力の調整が比較的容易であることから,エア式のブラスト加工装置の使用が好ましい。
【0071】
このエア式のブラスト加工装置としては,直圧式,吸込式の重力式,あるいは他のブラスト加工装置等,種々のものがあるが,このうちのいずれのものを使用しても良く,前述した噴射粒体を,噴射圧力0.2~0.6MPa,又は噴射速度80~200m/secで噴射することができる性能を備えたものであれば,特にその型式等は限定されない。
【0072】
〔作用等〕
以上のようにして噴射粒体30を焼結体1の表面に噴射して衝突させることで,焼結体1を脆性破壊が生じ難い,靭性に富んだ性質に改変することができた。
【0073】
このような効果が得られたメカニズムは必ずしも明らかではないが,以下のようにしてバインダ金属相20が強化されることにより,焼結体1の硬度を低下させることなく靭性を向上させることができたものと考えられる。
【0074】
すなわち,被加工物に対し,被加工物よりも低硬度の噴射粒体30を噴射した場合,被加工物が,焼結体ではない一般的な被加工物である場合には,通常,
図4(A)に示すように,噴射粒体30が衝突した際に生じる塑性変形は,主として硬度の低い噴射粒体30側において生じる。
【0075】
その結果,被加工物よりも低硬度の噴射粉体30を使用すると,被加工物の表面を塑性変形させることができず,塑性変形に伴う組織の微細化や緻密化,圧縮残留応力の付与等の効果を被加工物に対し付与することができない。
【0076】
しかし,硬質粒子10をバインダ金属相20で結合した構造を有する焼結体1,例えばWC-Co超硬合金では,硬質粒子10であるWC粒子の硬度はHV1780と高硬度であるが,バインダ金属相20であるCo相の硬度はHV700程度であり,これらが組み合わされ,全体としてHV1450程度の硬度となっている。
【0077】
このことから,HV1000以下という噴射粒体30の硬度は,焼結体1の全体硬度(WC―Co系超硬合金の硬度であるHV1450)や,硬質粒子10の硬度(WC粒子の硬度であるHV1780)よりも低い硬度であるが,バインダ金属相20の硬度(Co相の硬度であるHV700)以上の硬度となっている。
【0078】
しかも,焼結体1の硬質粒子の平均粒径は,一般的なもので数μm程度,微細なもので0.5~0.8μm程度であり,♯100~♯800の噴射粒体30の粒径(平均粒径149μm~20μm)よりも十分に小さなものとなっている。
【0079】
その結果,焼結体1の表面に噴射粒体30を衝突させると,
図4(B)に示すように噴射粒体30よりも高硬度である硬質粒子10を変形させることができなくとも,バインダ金属相20を変形させることで硬質粒子を移動させることができ,これにより焼結体1の表面が変形して僅かに梨地に加工できたものと考えらせれる。
【0080】
また,この噴射粒体30との衝突部分では,衝突時に生じた発熱によって,衝突部では局部的な加熱と冷却が瞬間的に生じる,瞬間熱処理が行われることによってもバインダ金属相20の微結晶化が起こるものと考えられる。
【0081】
その結果,焼結体1の表面付近において少なくともバインダ金属相20は,微結晶化と緻密化によって加工硬化を起こして硬度が上昇するとともに,クラックの発生や成長を抑制する圧縮残留応力が付与されることにより強化されたものと考えられる。
【0082】
このようなバインダ金属相20の強化は,焼結体1の表面に直接噴射粒体30を衝突させた場合だけでなく,表面にセラミックス被膜等の硬質被膜(図示せず)がコーティングされている焼結体1に対し,この硬質被膜の上から噴射粒体30を衝突させた場合であっても行い得るものとなっており,これにより,硬質被膜の密着強度を向上させて剥離等を生じ難くすることができるものとなっている。
【0083】
その結果,硬質粒子10の粒界における破壊(バインダ金属相20の破壊)が抑制されることで,焼結体1に対し外力を加えて歪みを与えた場合であっても,脆性破壊が生じ難くなり,従って,焼結体1の靭性を向上させることができたものと考えられる。
【実施例】
【0084】
次に,本発明の方法でバインダ金属相の強化を行った焼結体の耐久性を試験した結果を以下に示す。
【0085】
〔試験例1〕:冷間鍛造用パンチ(超硬)
(1)試験方法
WC―Co超硬合金(HV1450)製の冷間鍛造用パンチ(直径20mm,長さ150mm)に対し,下記の表1に示す条件で噴射粒体の噴射を行った。
【0086】
なお,バインダ金属相であるCo相の硬度は,約HV700である。
【0087】
【0088】
噴射粒体を噴射した後の冷間鍛造用パンチの表面の状態を肉眼にて観察すると共に,未処理の冷間鍛造用パンチ,実施例1及び比較例1の冷間鍛造用パンチをそれぞれ使用して冷間鍛造(φ20穴加工)を連続して行い,冷間鍛造用パンチにチッピング(欠け)が生じた時点の加工数(ショット数)を該冷間鍛造用パンチの寿命として評価した。
【0089】
(2)試験結果
上記試験例1の試験結果を下記の表2に示す。
【0090】
【0091】
(3)考察
上記の結果より,Co相の硬度(約HV700)よりも高硬度であるHV1000の噴射粒体を使用した実施例1では,処理対象物の表面に変形を生じさせて僅かに梨地となっていることが確認できると共に,未処理の場合に比較して寿命が3倍となった。
【0092】
一方,Co相の硬度(約HV700)よりも低硬度であるHV534の噴射粒体を使用した比較例1では,処理対象物の表面状態は平滑なままで変化しておらず,また,寿命についても未処理の場合との比較において殆ど変化していなかった。
【0093】
更に,Co相の硬度(約HV700)よりも高硬度であるが,実施例1の噴射粒体よりも高硬度であるHV1200の噴射粒体を使用した比較例2では,処理対象物の表面に塑性変形を生じさせて梨地とすることができているが,寿命については未処理のものよりもむしろ低下するものとなっていた。
【0094】
ここで,実施例1において使用したハイス鋼製の噴射粒体の硬度は約HV1000であり,処理対象とした冷間鍛造用パンチの材質である超硬合金の硬度(HV1450)よりも低硬度であることから,一般的な被加工物を処理対象とする場合,噴射粒体の衝突時における変形は低硬度である噴射粒体側において生じ,その結果,処理対象物側には殆ど塑性変形を生じさせることができないため〔
図4(A)参照〕,被加工物の表面組織の微細化や緻密化,圧縮残留応力の付与等の効果は得られない。
【0095】
しかし,本発明で処理対象とする焼結体1は,
図3のようにHV1780という高硬度のWC粒子10が,これよりも低硬度である約HV700のCo相20で結合された構造であるため,噴射粒体30として,焼結体(超硬工具)の硬度(HV1450)よりも低硬度のものを使用した場合であっても,Co相20の硬度(約HV700)以上のものを使用することで,
図4(B)を参照して説明したように,噴射粒体30の衝突によってはWC粒子10を変形させることができないとしても,WC粒子10間を結合するCo相20の変形とWC粒子10の移動によって焼結体1の表面を変形させることができ,この変形に伴う微結晶化や圧縮残留応力の付与により,Co相20を強化することで,チッピング等の脆性破壊が生じ難い,靭性に富んだ性質に改変できたものと考えられる。
【0096】
一方,Co相よりも低硬度の噴射粒体30を使用した比較例1では,WC粒子は勿論,Co相に対しても塑性変形を生じさせることができず,その結果,外観および寿命共に,未処理の場合に対し変化が得られなかったものと考えられる。
【0097】
更に,比較例2では,焼結体1よりも低硬度であるが,Co相よりも高硬度であるHV1200の噴射粒体を使用したことで,Co相に塑性変形を生じさせることができており,このことは,表2に示す試験結果において焼結体の表面が梨地に変化していることからも確認することができる。
【0098】
しかし,比較例2の条件で処理した焼結体1では,未処理の場合に比較して寿命の低下が確認されており,チッピング等の脆性破壊がむしろ生じ易くなっていることが確認された。
【0099】
このことから,焼結体(超硬合金)の靭性を向上させるためには,噴射粒体として,バインダ金属相(Co相)の硬度以上の硬度を有するものを使用する必要があるが,HV1200よりも低硬度のもの,具体的には,実施例1でCo相の強化が確認されているHV1000以下のものの使用が好ましいことが確認できた。
【0100】
〔試験例2〕:ヘッダー加工用ダイ(超硬)
WC―Co超硬合金(HV1150)製のヘッダー加工用ダイ(外径50mm,内径15mm,高さ30mm)に対し,下記の表3に示す条件で噴射粒体の噴射を行った。
【0101】
なお,バインダ金属相であるCo相の硬度は,約HV700である。
【0102】
【0103】
噴射粒体30を噴射した後のヘッダー加工用ダイの表面状態を肉眼にて観察すると共に,未処理のヘッダー加工用ダイと上記条件で処理したヘッダー加工用のダイ(実施例2)をそれぞれ使用して,SCM435のヘッダー加工(冷圧造加工)を連続して行い,ダイの内周面に傷が生じた時点の加工数(ショット数)を該ヘッダー加工用ダイの寿命として評価した。
【0104】
(2)試験結果
上記試験例2の試験結果を下記の表4に示す。
【0105】
【0106】
(3)考察
上記の結果より,Co相の硬度(約HV700)よりも高硬度であるHV1000の噴射粒体を使用した実施例2では,処理対象物の表面に塑性変形を生じさせて僅かに梨地となっていることが確認できると共に,未処理の場合に比較して寿命を3倍に伸ばすことができており,本発明で規定する硬度範囲の噴射粒体の使用が焼結体の靭性を向上させる上で有効であることが確認された。
【0107】
〔試験例3〕:ドリル(超硬)
(1)試験方法
WC-TiC-TaC-Co超硬合金〔HRA91.5(HV1600)〕製のドリル(直径5mm)に対し,下記の表5に示す条件で噴射粒体の噴射を行った。
【0108】
なお,バインダ金属相であるCo相の硬度は,約HV700である。
【0109】
【0110】
噴射粒体を噴射した後のドリルを使用して,ダクタイル鋳鉄(FCD400)の穴あけ加工を行った。
【0111】
(2)試験結果
未処理のドリルでは,500穴の加工でチッピングにより刃先の再研磨が必要となっていたが,本発明の方法で処理を行ったドリルでは,1300穴加工まで再研磨を行うことなく穴開け加工が可能であり,ドリルの寿命を大幅に伸ばすことができた。
【0112】
また,実施例3のドリルを使用して形成した穴は,未処理のドリルを使用した場合に比較して,内径面の平滑さが向上することも確認された。
【0113】
一方,比較例3の加工条件で噴射粒体を噴射した例では,チッピングの発生により未処理のドリルに比較して寿命が短くなった。
【0114】
以上の結果から,金属製の噴射粒体に比較して靭性が低いセラミックス製の噴射粒体を使用する場合には,金属製の噴射粒体を使用する場合に比較して処理対象物の表面に大きなダメージを与えるものと考えられる。
【0115】
その結果,同じHV1000の噴射粒体を使用した場合であっても,金属製(ハイス鋼)の噴射粒体を使用した場合(実施例1,2)と,セラミックス製(ジルコニア・シリカ)の噴射粒体を使用した場合(実施例3)とでは,処理対象物が同一であっても異なる結果となったものと考えられる。
【0116】
従って,セラミックス製の噴射粒体を使用する場合,その硬度は,実施例においてバインダ金属相(Co相)を強化する効果が確認されているHV792(約HV800)以下のものを使用することが好ましい。
【0117】
〔試験例4〕:シリンダ内径旋削用チップ(サーメット)
(1)試験方法
SUS304製シリンダの内径旋削用のTiCN-NbC-Niサーメット製菱形チップ〔HRA93(HV1900)〕に対し,下記の表6に示す条件で噴射粒体の噴射を行った。
【0118】
なお,バインダ金属相であるNi相の硬度は,約HV500である。
【0119】
【0120】
実施例4の条件で噴射粒体を噴射した後のチップの表面状態を肉眼にて観察すると共に,未処理のチップと実施例4のチップをそれぞれ使用して,SUS304製シリンダの内径の旋削を行った。
【0121】
(2)試験結果
未処理のチップの刃先部分の表面は平滑であったが,実施例4の処理条件で処理を行った後のチップの刃先は,わずかに梨地となっており,前述した噴射粒体の噴射によって,チップの刃先表面に塑性変形を生じさせることができることが確認された。
【0122】
また,未処理のチップでは,1000個のシリンダを加工すると寿命となっていたが,実施例4の処理条件でNi相を強化したチップでは,3000個のシリンダを加工することができ,寿命が3倍に増大した。
【0123】
また,未処理のチップを使用して加工したシリンダに比較して,実施例4のチップを使用して加工したシリンダの方が内径の仕上げ面の仕上がりが良好となった。
【0124】
ここで,表1に示したWC―Co超硬合金に対する比較例1では,バインダ金属相(Co相)の硬度がHV700あるため,HV565のガラスビーズを噴射粒体として使用しても,バインダ金属相(Co相)を強化することができなかったが,バインダ金属相(Ni相)が約HV500であるTiCN-NbC-Niサーメットを処理対象とした実施例4では,HV565のガラスビーズを噴射粒体として使用することで大幅な寿命の増大が得られており,本試験結果からも,バインダ金属相を強化することのできる噴射粒体の硬度の下限値が,バインダ金属相の硬度との関係で決まることが確認できた。
【0125】
〔試験例5〕:TiCコーティング切削用チップ(超硬)
(1)試験方法
CVD法により膜厚約3μmのTiC被膜がコーティングされた,WC-TiC-TaC-Co超硬合金〔HRA91.5(HV1600)〕製の切削用菱形チップに対し,下記の表7に示す条件で噴射粒体の噴射を行った。
【0126】
なお,バインダ金属相であるCo相の硬度は,約HV700である。
【0127】
【0128】
未処理のチップと実施例5の条件で噴射粒体を噴射したチップの表面付近における圧縮残留応力値を測定すると共に,それぞれのチップを使用して,SCM440製のシャフトの切削加工を行った。
【0129】
(2)試験結果
上記試験の結果を,表8に示す。
【0130】
【0131】
(3)考察
未処理のチップでは,50本のシャフトの加工でTiCコーティングの剥離と,超硬合金製母材のチッピングが生じて交換が必要となっていたが,実施例5の処理を行ったチップでは,TiC被膜の剥離が防止されて120本のシャフトの加工が可能となっており,寿命が大幅に向上された。
【0132】
このようなTiC被膜の密着強度の向上は,母材である超硬合金の靭性が向上したことにより得られたものであると考えられる。
【0133】
また,圧縮残留応力値の測定結果より,母材表面から5μmにおける残留応力は,未処理のものでは,CVDによるTiC被膜の形成時の加熱によって生じたものと思われる引張応力(+130MPa)が残留していたのに対し,実施例5の処理を行ったものでは圧縮応力(-1050MPa)に変化していた。
【0134】
これらの結果から,本発明の方法によれば,TiC等の硬質被膜のコーティングが行われている焼結体を処理対象とした場合であっても,硬質被膜の剥離等を生じさせることなく,硬質被膜の下層に存在する焼結体母材の機械的特性を変化させることができることが確認できた。
【0135】
なお,実施例5では,3μmの膜厚のTiC被膜の形成によっても,少なくともその下の母材の5μmの深さ(硬質被膜の厚さ3μmとあわせてトータル8μmの深さ)まで圧縮残留応力が付与されていることが確認できている。
【0136】
従って,表面に形成する硬質被膜の膜厚が5μm程度までであれば,少なくとも母材表面の3μm程度の深さ(硬質被膜の厚さ5μmとあわせてトータル8μmの深さ)までは圧縮残留応力が付与できること,従って,焼結体の表面付近におけるバインダ金属相を強化できるものと合理的に推察される。
【0137】
〔試験例6〕切削用チップ(cBN)
(1)試験方法
立方晶窒化ホウ素をCoバインダで焼結して成るcBN(HV4700)製の切削用菱形チップに対し,下記の表9に示す条件で噴射粒体の噴射を行った。
【0138】
なお,超高圧下で焼結されるcBNでは,超硬工具に比較してバインダであるCo相の硬度が高くなっており,本試験例のcBNにおけるCo相の硬度は約HV800である。
【0139】
【0140】
未処理のチップと実施例6及び比較例6の条件で処理したチップをそれぞれ使用して,浸炭焼入鋼のシャフトの切削を行って寿命の違いを確認した。
【0141】
(2)試験結果
上記試験の結果,未処理のチップでは,200本の浸炭焼き入れしたシャフトの加工によって寿命となっていたのに対し,実施例6の条件で噴射粒体を噴射したチップでは,倍の400本の浸炭焼入シャフトの加工が可能となった。
【0142】
以上の結果から,超硬合金やサーメットのみならず,cBNにおけるバインダ金属相の強化についても行うことができることが確認できたことから,本発明の方法を,硬質粒子をバインダ金属相で結合してなる構造を有する,焼結体全般に適用可能であることが合理的に推察される。
【0143】
なお,超硬合金製のドリルを処理対象とした実施例3では,HV792のアルミナシリカビーズを噴射粒体として使用してCo相の強化を行うことができたが,同じくCoをバインダ金属とする焼結体を処理対象とした場合であっても,cBNを処理対象とした上記比較例6では,HV792のアルミナシリカビーズを噴射粒体として噴射しても,寿命の向上が得られず,従って,Co相を強化することができなかった。
【0144】
このような相違は,前述したようにcBNが超高圧下で焼結されるため,Co相の硬度が,超硬合金に比較してHV100程度高い,HV800程度となっており,HV792のアルミナシリカビーズによってはCo相に対し十分な塑性変形を与えることができず,従って,結晶構造の微細化による加工硬化と圧縮残留応力の付与による強化を行うことができなかったためであると考えられる。
【0145】
従って,本試験例より,バインダとして共通する材質の金属を使用している場合であっても,焼結条件の相違等によってバインダ金属相の硬度が異なる場合,この硬度に合わせた噴射粒体の選択が必要であることが確認できた。
【符号の説明】
【0146】
1 焼結体(超硬合金)
10 硬質粒子(WC粒子)
20 バインダ金属相(Co相)
30 噴射粒体