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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-11
(45)【発行日】2024-04-19
(54)【発明の名称】鋼材の表面処理方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/26 20060101AFI20240412BHJP
   C23C 8/02 20060101ALI20240412BHJP
   C21D 7/04 20060101ALI20240412BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20240412BHJP
【FI】
C23C8/26
C23C8/02
C21D7/04 A
C21D1/06 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020196452
(22)【出願日】2020-11-27
(65)【公開番号】P2022084983
(43)【公開日】2022-06-08
【審査請求日】2023-08-03
(73)【特許権者】
【識別番号】510239808
【氏名又は名称】エア・ウォーターNV株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109472
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 直之
(72)【発明者】
【氏名】冨士川 尚男
(72)【発明者】
【氏名】西川 輝彦
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-039049(JP,A)
【文献】特開2019-135332(JP,A)
【文献】国際公開第2022/107753(WO,A1)
【文献】特公昭49-037498(JP,B1)
【文献】特開平11-100655(JP,A)
【文献】特開昭53-001142(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/26
C23C 8/02
C21D 7/04
C21D 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素鋼もしくは合金鋼からなる鋼母材に対し、
窒化ポテンシャルKと絶対温度Tを、下記の式(1)(2)(5)に従う範囲に制御した雰囲気で加熱し、窒素拡散層を形成させる第一の窒化処理工程と、
窒化ポテンシャルKと絶対温度Tを、下記の式(3)(4)(5)に従う範囲に制御した雰囲気で加熱し、γ´-FeN層を形成させる第二の窒化処理工程とを行う
ことを特徴とする鋼材の表面処理方法。
(1)0.1≦K≦133.52exp(-0.008T
(2)623K≦T≦773K
(3)133.52exp(-0.008T)≦K≦5449.1exp(-0.01T
(4)623K≦T≦923K
(5)K=(NHの分圧)/〔(Hの分圧)3/2
【請求項2】
上記第一の窒化処理工程に先立って、上記鋼材に対し、上記鋼材の表層部の結晶を微細化する微細化処理を行う
請求項1記載の鋼材の表面処理方法。
【請求項3】
上記微細化処理がハロゲン化処理である
請求項2記載の鋼材の表面処理方法。
【請求項4】
上記微細化処理がショットピーニングである
請求項2記載の鋼材の表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化処理により、鋼材の疲労特性を向上させる鋼材の表面処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車をはじめとする各種の工業分野において、軽量化・高出力化・寿命延長などの性能を向上させる取り組みが行われている。その一つの手段として、鉄鋼材料からなる機械部品の表面を窒化処理することで、耐摩耗性や疲労強度を向上させる手法が広く用いられている。
【0003】
しかしながら、鉄鋼材料に対して通常の窒化処理を行った場合、その表層部にはε-FeN層が生成する。この層は硬くて摩耗には強いが、脆い。このため、疲労強度が要求される用途には好ましくない。そこで、ε-FeN層よりも若干軟らかく靭性を有するγ´-FeN層を、窒化層全体に生成させることにより、耐摩耗性と高い疲労強度を得ることが可能となる。
【0004】
このγ´-FeN層を窒化層全体に生成させる窒化処理の先行技術として、出願人は下記の特許文献1~6を把握している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-39049号公報
【文献】特開2013-221203号公報
【文献】特開2017-66490号公報
【文献】特開2017-160517号公報
【文献】国際公開WO2015/46593A1
【文献】特開2018-70928号公報
【0006】
上記特許文献1には、つぎの記載がある。
[0042]
請求項8記載の耐疲労性に優れたばねの製造方法は、ばね特性が付与された鋼母材に対し、窒化ポテンシャルKと絶対温度Tを、下記の式(1)(2)(3)に従う範囲に制御したガス窒化処理を行う。
(1)133.52exp(-0.008T)≦K≦5449.1exp(-0.01T)
(2)623K≦T≦923K
(3)K=(NHの分圧)/〔(Hの分圧)3/2
このようにすることにより、ばね特性が付与された鋼母材の表面に窒化層が形成される。上記窒化層は、最表面に、γ´-FeNと上記添加元素の窒化物とを含む窒素化合物層が形成される。
つまり、得られるばねは、従来の窒化処理で得られる窒素化合物層のように、硬くて脆いε-Fe2~3N層が最表面に生成しない。最表面には、γ´-FeNと上記添加元素の窒化物とを含む窒素化合物層が形成される。このような窒素化合物層は、繰り返し応力が加わっても亀裂が入りにくく、ショットピーニングによる割れや剥がれが生じにくい。これにより、ばねの疲労強度を格段に向上させることができるのである。
【0007】
上記特許文献2には、つぎの記載がある。
[請求項1]
質量%で、C:0.05~0.14%、Si:0.10~0.30%、Mn:0.4~1.4%、Cr:0.9~1.9%、Mo:0~0.50%、V:0~0.40%、Al:0.01~0.14%、S:0.005~0.030%であり、
下記式1で表されるHs値が1.19以上であり、
下記式2で表されるHc値が3.76以下であり、
残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のP、NおよびOがそれぞれP:0.030%以下、N:0.008%以下およびO:0.0030%以下である鋼部材の表面に鉄窒化化合物層が形成された窒化鋼部材であって、
X線回折により該窒化鋼部材の表面について測定したFe4Nの(111)結晶面のX線回折ピーク強度IFe4N(111)と、Fe3Nの(111)結晶面のX線回折ピーク強度IFe3N(111)において、IFe4N(111)/{IFe4N(111)+IFe3N(111)}で表される強度比が0.5以上であり、
前記鉄窒化化合物層のビッカース硬さが900以下、前記鉄窒化化合物層直下の母材のビッカース硬さが700以上、且つ前記鉄窒化化合物層のビッカース硬さと前記母材のビッカース硬さの差が150以下であり、
前記鉄窒化化合物層の厚さが2~17μmであることを特徴とする、窒化鋼部材。
Hs値=(-342.1×C+23.5×Mn+125.0×Cr+14.4×Mo+208.3×V+346.4×Al)/100・・・式1
ただし、式1中のC、Mn、Cr、Mo、V、Alはそれぞれの元素の質量%の値。
Hc値=(156.1×C+54.7×Mn+158.4×Cr+146.5×Mo+33.8×V+418.6×Al)/100・・・式2
ただし、式2中のC、Mn、Cr、Mo、V、Alはそれぞれの元素の質量%の値。
[請求項3]
質量%で、C:0.05~0.14%、Si:0.10~0.30%、Mn:0.4~1.4%、Cr:0.9~1.9%、Mo:0~0.50%、V:0~0.40%、Al:0.01~0.14%、S:0.005~0.030%であり、
下記式1で表されるHs値が1.19以上であり、
下記式2で表されるHc値が3.76以下であり、
残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のP、NおよびOがそれぞれP:0.030%以下、N:0.008%以下およびO:0.0030%以下である鋼部材に対し、全圧を1としたとき、NHガスの分圧の比を0.08~0.34、H2ガスの分圧の比を0.54~0.82、N2ガスの分圧の比を0.09~0.18とする窒化処理ガス雰囲気中で、鋼部材の表面における前記窒化処理ガスの流速を1m/s以上とし、500~620℃の温度で窒化処理することにより、前記鋼部材の表面に厚さが2~17μmの鉄窒化化合物層を形成することを特徴とする、窒化鋼部材の製造方法。
Hs値=(-342.1×C+23.5×Mn+125.0×Cr+14.4×Mo+208.3×V+346.4×Al)/100・・・式1
ただし、式1中のC、Mn、Cr、Mo、V、Alはそれぞれの元素の質量%の値。
Hc値=(156.1×C+54.7×Mn+158.4×Cr+146.5×Mo+33.8×V+418.6×Al)/100・・・式2
ただし、式2中のC、Mn、Cr、Mo、V、Alはそれぞれの元素の質量%の値。
【0008】
上記特許文献3には、つぎの記載がある。
[0007]
本発明者らは、窒化処理において鉄窒化化合物層が形成される過程に鋼部材のC量(炭素量)が大きく関連していることに注目し、検討を行った。その結果、鉄窒化化合物層を形成させる窒化前に、鋼部材の表面を脱炭させることで、窒化処理の過程において鋼部材表面にγ’相を高い割合で含有する鉄窒化化合物層が生成された高強度の窒化鋼部材を、ガス分圧比を厳格に制御しなくても、鋼種に依らずに安定して化合物を生成させることが出来ることを知見した。
[0008]
本発明はかかる知見に基づいてなされたものである。本発明によれば、鋼部材の表面に鉄窒化化合物層が形成された窒化鋼部材を製造する方法であって、鋼部材内部まで脱炭する脱炭工程と、鋼部材の表面を窒化処理することにより、前記鋼部材の表面に鉄窒化化合物層を形成する鉄窒化化合物層形成工程を有し、前記鉄窒化化合物層形成工程は、温度500℃以上620℃以下、窒化ポテンシャル0.15以上0.80以下の雰囲気下で行われることを特徴とする、窒化鋼部材の製造方法が提供される。
[0010]
前記脱炭工程と前記鉄窒化化合物層形成工程は順に独立して行われ、前記脱炭工程は、温度550℃以上750°以下、PHO/PH:0.004~0.5の雰囲気下で行われても良い。
[0012]
前記脱炭工程は、前記鋼部材の表面において、鉄窒化化合物層を形成させることなく窒素拡散層深さを深くする第1の窒化処理工程としての副次的窒化処理工程として行われ、前記副次的窒化処理工程は、温度520℃以上650℃以下、窒化ポテンシャル0.05以上0.12以下の雰囲気下で行われても良い。
[0014]
本発明によれば、鋼種に依らずに容易に鋼部材の表面にγ’相を主成分とする鉄窒化化合物層を生成させることが可能となる。従来γ’分率が80%以上の鉄窒化化合物層を得るためには、低い窒化ポテンシャルKNで長時間の処理をする必要があったが、本発明によれば短時間でγ’分率の高い鉄窒化化合物層を生成することが出来る。その結果、本発明によれば、γ’相の比率が高い鉄窒化化合物層をもった窒化鋼部材を容易に製造でき、鋼種に依らずに耐ピッチング性や曲げ疲労強度の優れた窒化鋼部材を容易に得ることが可能となる。
【0009】
上記特許文献4には、つぎの記載がある。
[0013]
すなわち、本発明は、γ’相主体化合物層が生成する鋼材成分からなる鋼部材の表面に鉄窒素化合物層が形成されてなる窒化鋼部材であって、前記鉄窒素化合物層中に占めるγ’相とε相の体積割合をVγ’とVεとし、γ’相の存在割合をVγ’/(Vγ’+Vε)で規定される比で表した場合に、その値が0.7以上であるγ’相主体の化合物層の厚さが13μm~30μmであり、且つ、前記鉄窒素化合物層は、ガス窒化処理後の化合物層の厚さ[μm]の値をCLTと表し、ガス窒化処理後の窒化拡散層の実用硬化深さ[μm]の値をDLTと表した場合に、下記式(1)の関係を満たすことを特徴とする窒化鋼部材を提供する。
CLT÷DLT≧0.04・・・(1)
[0014]
本発明の窒化鋼部材は、前記γ’相主体化合物層の厚さが、15μm~30μmであることが好ましく、また、歯車又はクランクシャフトに好適に適用できる。
[0032]
<窒素化合物層>
本発明において、「鉄窒素化合物層」(窒素化合物層或いは単に化合物層とも呼ぶ場合がある)とは、ガス軟窒化処理によって形成された鋼部材表面のγ’相(Fe4N)やε相(Fe2-3N)に代表される鉄の窒素化合物からなる層をいう。ただし、鋼材には、母材に炭素を含有しており、この炭素分の一部が化合物層中にも含有されるため、厳密には炭窒化物である。窒素化合物層は、図7に示したように、表面に層状態として析出している。本発明では、鋼部材(母材)の表面に、これらγ’相、ε相からなる窒化化合物層が、厚さ13~30μmの範囲で形成されている。なお、ここでいう厚みは、本発明でいうγ’相主体の化合物層の厚みを意味する。鋼部材の表面に鉄窒素化合物層が形成されてなる本発明の窒化鋼部材は、まず、窒素化合物層中に占めるγ’相とε相の体積割合Vγ’とVεの関係が、Vγ’/(Vγ’+Vε)で規定される比で0.7以上であることを要する。すなわち、本発明の窒化鋼部材では、厚みの厚い鉄窒素化合物層を、このようにγ’相を高いレベルで含む構成のγ’相を主体とするものにできたことで、疲労強度や耐摩耗性がより改善される。
【0010】
上記特許文献5には、つぎの記載がある。
[0010]
上記問題を解決するため、本発明は、鋼部材の窒化処理方法であって、γ’相またはε相の窒化化合物層が生成される窒化ポテンシャルの窒化ガス雰囲気中で前記鋼部材を窒化処理する第1の窒化処理工程を行い、その後、前記第1の窒化処理工程よりも低い窒化ポテンシャルの窒化ガス雰囲気中で前記鋼部材を窒化処理する第2の窒化処理工程を行うことにより、前記窒化化合物層にγ’相を析出させることを特徴とする、鋼部材の窒化処理方法を提供する。
[0011]
前記第1の窒化処理工程は、窒化ポテンシャルが0.6~1.51の窒化ガス雰囲気中で行い、前記第2の窒化処理工程は、窒化ポテンシャルが0.16~0.25の窒化ガス雰囲気中で行ってもよい。
[0012]
本発明によれば、風速の制約を受けず、大量の被処理部品でも、被処理部品全体に均一に、所望する相形態の窒化化合物層を生成でき、高い耐ピッチング性と曲げ疲労強度を有する窒化鋼部材を製造することができる。
【0011】
上記特許文献6には、つぎの記載がある。
[0006]
しかし、従来のクランクシャフトの製造方法では、曲がり直し工程においてクランクシャフトに亀裂が発生する場合があるという問題があった。より詳細には、鋼材からなるクランクシャフトに軟窒化処理を行うと、高い硬度を有する窒素化合物層(Fe2NやFe3Nからなる、いわゆる「ε相」))がクランクシャフトの表面に形成されることにより、クランクシャフトの耐摩耗性が向上する。しかし、この窒素化合物層は脆い性質を有しているため、曲がり直し工程を行う時にクランクシャフト上で応力が集中する箇所において、窒素化合物層に亀裂が発生する。
[0007]
そこで本発明は、かかる事情に鑑みて創案され、その目的は、曲がり直し工程を行う時にクランクシャフトに亀裂が発生するのを防止することにより、強度の高いクランクシャフトの製造を可能にするクランクシャフトの製造方法を提供することにある。
[0008]
本発明の一の態様によれば、
鋼材からなるクランクシャフトの製造方法であって、
前記クランクシャフトに軟窒化処理を行うことにより、前記クランクシャフトの表面に窒素化合物層を形成する工程と、
前記軟窒化処理によって前記クランクシャフトに生じた曲がりを矯正する工程と、
を含み、
前記窒素化合物層が、γ´(Fe4N)相からなる
ことを特徴とするクランクシャフトの製造方法が提供される。
[0009]
なお、本発明の一の態様に係るクランクシャフトの製造方法は、
前記軟窒化処理が、窒素ガスまたはアンモニアガスを含んだ雰囲気中に前記クランクシャフトを暴露することにより行われ、
前記窒素ガスまたは前記アンモニアガスの分圧を制御することにより、前記クランクシャフトの表面に前記γ´(Fe4N)相からなる前記窒素化合物層を形成してもよい。
[0020]
次に、図2に示すように、クランクシャフト1を軟窒化処理する(S4)。この軟窒化処理は、アンモニアガスを含んだ雰囲気中にクランクシャフトを暴露することにより行われる。具体的には、図に詳細は示さないが、機械加工が完了したクランクシャフト1を、アンモニアガス(NH3)と水素ガス(H2)と二酸化炭素ガス(CO2)とで満たされた炉内に投入する。そして、アンモニアガスの分圧(PNH3)と水素ガスの分圧(PH2)を適宜制御することにより、次の式(1)で定義される窒化ポテンシャル(Kn)を適宜制御する。これにより、図3に示すように、クランクシャフトの表面全体に亘ってγ´(Fe4N)相からなる窒素化合物層5が形成される。
[数1]
Kn=PNH3/PH2 3/2・・・・・・・・・・・・・・・・・式(1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記特許文献1は、耐疲労性に優れたばねに関するものである。
文献1の方法によれば、最表面には、γ´-FeN主体の層が形成され、硬くて脆いε-Fe2~3N層が最表面に生成しない。これにより、繰り返し応力が加わっても亀裂が入りにくく、ショットピーニングによる割れや剥がれが生じにくく、疲労強度の向上が可能と考えられる。
しかしながら、文献1の方法では、特に炭素を0.3重量%以上含有するような炭素量の多い炭素鋼や合金鋼からなる鋼に処理を行った場合、鋼材中に存在する炭素や鋼界面に存在するFeCなどの炭化物とγ´-FeNが反応する。そうすると、γ´-FeN層と鋼の界面付近にε-Fe(N,C)層が生成しやすい。このε-Fe(N,C)層の靭性が低いことから、疲労強度を著しく改善するほどの効果が得られない場合がある。
【0013】
上記特許文献2は、耐ピッチング性や曲げ疲労強度の優れた窒化鋼部材およびその製造方法に関するものである。
しかしながら、文献2は、鉄窒化化合物層中のγ’相-FeNとε相-Fe2-3Nの比率を、それぞれの(111)結晶面のX線回折ピーク強度IFe4N(111)とIFe3N(111)において、IFe4N(111)/{IFe4N(111)+IFe3N(111)}で表される強度比が0.5以上となるようにし、その厚さを2~17μmとするものである。ところが、単に窒化処理ガス雰囲気を制御し、そのガス流速を速めるだけでは、特に炭素量の多い鋼に処理を行うと、鋼母材との界面近傍の窒素化合物層中にε-Fe(N,C)層を生成することが避けられない。結果的に、疲労強度の向上が十分とは言えない。
【0014】
上記特許文献3は、耐ピッチング性や曲げ疲労強度の優れた窒化鋼部材の製造方法に関するものである。
しかしながら、文献3は、ガス分圧比を厳格に制御しなくても、鋼種に依らず安定して鋼部材の表面にγ’相を主成分とする鉄窒化化合物層を生成させるための脱炭工程を設けている。つまり、鋼材表面の炭素濃度を下げるために520℃以上の高温で脱炭処理が行われる。鋼中の炭素の拡散速度は温度に大きく影響を受け、図1に示すように、例えば490℃では0.33×10-7cm/secであるのに対し、520℃では0.65×10-7cm/secになる。このように炭素の拡散速度は、520℃の方が2倍速く、かつこの温度域では粒界拡散が粒内拡散に比べてさらに2桁ぐらい速い。したがって、500℃を超える温度での脱炭は、鋼表面だけではなく内部まで進行し、粒界強度の低下も招いてしまう。このため、その後の窒化処理で、表面に形成させる鉄窒化化合物層を靭性の高いγ’相にしたとしても、疲労強度の向上は必ずしも十分にならないのが実情である。
【0015】
上記特許文献4は、耐摩耗性や耐疲労性に優れる十分な厚みの化合物層を有する窒化鋼部材及び窒化鋼部材の製造方法に関するものである。
文献4は、厚みの厚い鉄窒素化合物層をγ’相を主体とするものにできると考えられる。しかしながら、実施例の表2:ガス窒化処理条件に記載されているように、低窒化ポテンシャルで実施する1段目の窒化処理温度を570℃以上とすることにより、鋼表面だけではなく内部まで脱炭が進行し、粒界強度の低下も招いてしまう。このため、その後の窒化処理で、表面に形成させる鉄窒化化合物層を靭性の高いγ’相にしたとしても、疲労強度の向上は必ずしも十分にはならない。
【0016】
上記特許文献5は、量産性を高めた耐ピッチング性や曲げ疲労強度の優れた窒化鋼部材の製造方法に関するものである。
文献5は、窒化処理工程の後半で窒化ポテンシャルを下げることにより、生成したε相の一部をγ’相に変態させ、γ’相を主成分とする鉄窒化化合物層を形成させるものである。しかしながら、実施例の結果(表1、表2)からそのγ’率は40~68%である。このように、生成したε相をγ’相に全て変態させることはできていない。
【0017】
上記特許文献6は、高い強度を有するクランクシャフトの製造方法に関するものである。
文献6は、アンモニアガス等のガス分圧を制御することによって、クランクシャフトの表面全体に亘ってγ´(Fe4N)相からなる窒素化合物層を形成させるとしている。しかしながら、クランクシャフトを形成する鋼材として、鋼材中の炭素量が多いもの――炭素鋼(例えば、S50C)、クロムモリブデン鋼(例えば、SCM435)、クロム鋼(例えば、SCr440)、マンガン鋼(例えば、SMn440)等の合金鋼――を使用すると、鋼母材との界面近傍の窒素化合物層中に粗大なε-Fe(N,C)が生成されることが避けられない。したがって、疲労強度の向上が十分とは言えない。
【0018】
本発明は、上記課題を解決するため、つぎの目的をもってなされたものである。
予備的な脱炭など鋼材表面部の強度低下につながる方法を用いるのではなく、所定の窒化ポテンシャルによる窒化処理工程を行うことにより、疲労強度を著しく向上させる鋼材の表面処理方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0019】
請求項1記載の鋼材の表面処理方法は、上記目的を達成するため、つぎの構成を採用した。
炭素鋼もしくは合金鋼からなる鋼母材に対し、
窒化ポテンシャルKと絶対温度Tを、下記の式(1)(2)(5)に従う範囲に制御した雰囲気で加熱し、窒素拡散層を形成させる第一の窒化処理工程と、
窒化ポテンシャルKと絶対温度Tを、下記の式(3)(4)(5)に従う範囲に制御した雰囲気で加熱し、γ´-FeN層を形成させる第二の窒化処理工程とを行う。
(1)0.1≦K≦133.52exp(-0.008T
(2)623K≦T≦773K
(3)133.52exp(-0.008T)≦K≦5449.1exp(-0.01T
(4)623K≦T≦923K
(5)K=(NHの分圧)/〔(Hの分圧)3/2
【0020】
請求項2記載の鋼材の表面処理方法は、請求項1記載の構成に加え、つぎの構成を採用した。
上記第一の窒化処理工程に先立って、上記鋼材に対し、上記鋼材の表層部の結晶を微細化する微細化処理を行う。
【0021】
請求項3記載の鋼材の表面処理方法は、請求項2記載の構成に加え、つぎの構成を採用した。
上記微細化処理がハロゲン化処理である。
【0022】
請求項4記載の鋼材の表面処理方法は、請求項2記載の構成に加え、つぎの構成を採用した。
上記微細化処理がショットピーニングである。
【発明の効果】
【0023】
請求項1記載の鋼材の表面処理方法は、炭素鋼もしくは合金鋼からなる鋼母材に対し、下記の式(1)(2)(5)に従う範囲に制御した雰囲気で加熱して窒素拡散層を形成させる第一の窒化処理工程と、下記の式(3)(4)(5)に従う範囲に制御した雰囲気で加熱してγ´-FeN層を形成させる第二の窒化処理工程とを行う。Kは窒化ポテンシャル、TおよびTは絶対温度である。
(1)0.1≦K≦133.52exp(-0.008T
(2)623K≦T≦773K
(3)133.52exp(-0.008T)≦K≦5449.1exp(-0.01T
(4)623K≦T≦923K
(5)K=(NHの分圧)/〔(Hの分圧)3/2
【0024】
このようにすることにより、鋼材の表面にγ´-FeN主体の窒素化合物層が形成される。また、上記窒素化合物層の母材側には窒素拡散層が形成される。すなわち上記窒素化合物層と上記窒素拡散層からなる窒化層が形成される。上記鋼材が、窒素に対する活性が鉄より高いCr、Al、Si、V、Nb、Tiなどの添加元素を含む合金鋼である場合は、上記窒化層中にはそれらの窒化物も共存する。
つまり、本発明は、炭素を0.3重量%以上含むような炭素量の多い炭素鋼や合金鋼からなる鋼材であっても、γ´-FeN主体の窒素化合物層が形成される。上記窒素化合物層と鋼母材との界面には、従来の窒化処理で形成される層状もしくは板状のような粗大な硬くて脆いε-Fe(N,C)層が生成しない。また、上記鋼材が、窒素に対する活性が鉄より高い上記添加元素を含む合金鋼の場合であっても、上記窒素化合物層および窒素拡散層中に層状の窒化物層を形成することはない。このような窒化層は、繰り返し応力が加わっても亀裂が入りにくい。窒化処理後に圧縮残留応力をさらに増大させるためのショットピーニングを行った場合でも、割れや剥がれが生じにくい。
また、脱炭による強度低下を防ぐため、第一の窒化処理工程として、500℃以下の脱炭が起こりづらい温度域で、鋼材を窒素拡散層が形成される領域の窒化ポテンシャルに曝し、表面部の炭素を内部へと押し込みながら窒素を鋼中へ拡散させることで、過飽和に窒素が固溶した窒素拡散層を形成させる。これにより、結晶粒界の脱炭による強度低下を起こすことなく、上記表面部には、母材よりも低炭素濃度化した窒素拡散層が形成される。なお、その窒素拡散層と接する母材側には、窒素によって内部へ炭素が押し込まれることによって母材の炭素濃度よりも高炭素濃度化した炭素濃縮層も形成される。上記窒素拡散層および上記炭素濃縮層には高い圧縮残留応力と歪が発生する。
つぎに、第二の窒化処理工程として、上記鋼材をγ´-FeN層が形成される領域の窒化ポテンシャルに曝し、上記低炭素濃度化した窒素拡散層部分に窒素化合物層を形成させる。これにより、γ´-FeN主体の窒素化合物層を形成させる。この窒素化合物層には、表面部にも鋼母材との界面にも、層状もしくは板状のような粗大なε-Fe(N,C)層が生成しない。
これにより、靭性の比較的高い窒素化合物層と、その鋼側に極めて高い圧縮残留応力を有する層が生成し、鋼材の疲労強度を格段に向上させることができるのである。
【0025】
請求項2記載の鋼材の表面処理方法は、上記ガス窒化処理に先立って、上記鋼材に対し、上記鋼材の表層部の結晶を微細化する微細化処理を行う。
表層部の結晶が微細化された上記鋼材に上述したガス窒化処理を行うことにより、得られる窒化層は、表面に、γ´-FeN主体の窒素化合物層が形成され、層状もしくは板状のような粗大な硬くて脆いε-Fe(N,C)層を含まず、さらに結晶粒径が1μm以下程度に微細化する。このような窒化層が形成されることにより、繰り返し応力や窒化処理後のショットピーニングによる亀裂,割れ,剥がれが、より生じにくくなる。これにより、鋼材の疲労強度をより一層に向上させることができる。
【0026】
請求項3記載の鋼材の表面処理方法は、上記微細化処理がハロゲン化処理である。
上記ハロゲン化処理により、上記鋼材の表層部に微細なハロゲン化鉄が形成され、上記鋼材の表層部の結晶が微細化される。その後のガス窒化処理の際、微細なハロゲン化鉄からハロゲンが鋼材から脱離し、鋼の微細な結晶を核として窒素が結合して結晶粒径が微細な窒素化合物が形成される。
【0027】
請求項4記載の鋼材の表面処理方法は、上記微細化処理がショットピーニングである。
上記ショットピーニングにより、上記鋼材の表層部の結晶が加工による変形を受けて加工歪を起こす。その後のガス窒化処理の際、加熱され、変形した結晶が多角形の細粒に分割結晶し、微細化する。このような鋼の微細な結晶を核として窒素が結合し、結晶粒径が微細な窒素化合物が形成される。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】鋼(フェライト)中の炭素の拡散係数を示した図である。
図2】レーラー状態図である。
図3】窒化ポテンシャルを算出するための線図である。
図4】比較例1の表層部を観察した結果であり、(A)は断面顕微鏡写真であり、(B)は後方散乱電子回折(EBSD)による結晶相分布の解析結果である。
図5】実施例1の窒化層を観察した電子顕微鏡写真である。
図6】実施例1の窒化層を観察した後方散乱電子回折(EBSD)による結晶相分布の解析結果である。
図7】実施例2および比較例3の断面硬度をプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
つぎに、本発明を実施するための形態を説明する。
【0030】
本実施形態の耐疲労性に優れた鋼材の製造方法は、ガスを用いた窒化処理により鋼母材の表面に窒化層を形成させる。このとき上記窒化層の鋼母材側には炭素濃縮層も形成される。
【0031】
〔鋼母材〕
上記鋼母材を構成する鋼は、鉄をベースとして合金元素として炭素を含むものである。上記鋼は、材料強度を向上させるため、窒素に対する活性が鉄より高い、1または2以上の添加元素を含むものとすることもできる。
【0032】
上記添加元素として、たとえば、クロム,マンガン,珪素,チタン,ニオブ,バナジウム,タングステンなどをあげることができる。上記鋼母材には、不可避的不純物を含むことができる。
【0033】
上記鋼母材としては、たとえば、ばねとして利用する場合には、ばね特性を付与できる鋼種を用いることができる。好適には、上記鋼母材として、ばね鋼を用いることができる。
【0034】
上記ばね鋼としては、たとえば、C系であるSUP3、含Si系であるSUP6,SUP7(Si-Mn系),SUP12(SAE9245,Si-Cr系)、含Cr系であるSUP9,SAE5160(Mn-Cr系),SUP11,SAE51B60(Mn-Cr-B系),SUP10(Cr-V系),SUP13(SAE4160,Cr-Mo系)等をあげることができる。
【0035】
上記鋼母材としては、たとえば、クランクシャフトとして利用する場合には、各種炭素鋼や合金鋼を用いることができる。
【0036】
上記炭素鋼としては、たとえば、S45C等があげられ、上記合金鋼としては、たとえば、マンガン鋼であるSMn438,マンガンクロム鋼であるSMnC443,クロム鋼であるSCr420,クロムモリブデン鋼であるSCM435,ニッケルクロム鋼であるSNC415,ニッケルクロムモリブデン鋼であるSNCM420,アルミクロムモリブデン鋼であるSACM645等をあげることができる。
【0037】
〔窒化層〕
上記窒化層は、上記最表面の窒素化合物層の下に窒素拡散層が形成されたものとするのが好ましい。
つまり、上記窒化層は、上記鋼母材の最表面に形成された窒素化合物層と、その下に形成された窒素拡散層との2層を含んで構成される。
上記窒素拡散層は、上記鋼母材中に、後述するガス窒化処理によって窒素原子が拡散浸透することにより形成されたものである。
【0038】
上記窒素化合物層はγ´-FeN主体の窒素化合物層であり、上記窒素拡散層は上記窒素化合物層と上記鋼母材との間に形成する低炭素濃度の窒素拡散層であるのが好ましい。
上記鋼母材に、窒素に対する活性が鉄より高い添加元素を含む合金鋼である場合は、上記窒素化合物層および上記低炭素濃度の窒素拡散層中に、上記添加元素の窒化物を含むものとなる。
【0039】
上記鋼母材側には、鋼母材よりも炭素濃度が高い炭素濃縮層も形成される。
【0040】
上記窒化層は、上記鋼母材に対して後述するガス窒化処理を行うことにより、上記鋼母材の表面に形成され、層状もしくは板状のような粗大な硬くて脆いε-Fe(N,C)層を含まない。
【0041】
上記添加元素の窒化物は、たとえば、クロム窒化物,窒化マンガン,窒化珪素,窒化チタン,窒化ニオブ,窒化バナジウム,窒化タングステンなどであり、層状には形成されない。
【0042】
上記鋼材を、たとえばばねとして使用する場合は、上記窒素化合物層は、厚みを5μm以下とするのが好ましい。
上記窒素化合物層の厚みが5μmを超えると、繰り返し応力が加わったときに亀裂が入ったり、窒化処理後のショットピーニングによる割れや剥がれが生じるリスクを高めるからである。上記窒素化合物層の厚みは、3μm以下であればより好ましく、2μm以下であれば一層好ましい。
【0043】
上記窒素化合物層の厚みの下限値は、少なくともゼロμmでなければよい趣旨である。好ましい範囲として、上記窒素化合物層の厚みの下限を0.1μm以上とすることができる。上記窒素化合物層の厚みが0.1μm未満では、疲労強度および圧縮残留応力を向上させる効果が、十分に得られない場合があるからである。
【0044】
上記鋼材をたとえばクランクシャフトとして使用する場合は、上記窒素化合物層は、厚みを3μm以上とするのが好ましい。
上記窒素化合物層の厚みが3μm未満だと、ジャーナル部等の耐摩耗性が不十分となるからである。上記窒素化合物層の厚みは、5μm以上であればより好ましい。
上記窒素化合物層の厚みの上限値は、25μmとするのが好ましい。
上記窒素化合物層の厚みが25μmを超えると、曲げ矯正性が低下するからである。上記窒素化合物層の厚みは、20μm以下であればより好ましい。
【0045】
上記第一の窒化処理工程で形成させる窒素拡散層の厚みは、上記第二の窒化処理工程で形成させるγ´-FeN層以上の厚みとすることが好ましい。
上記第二の窒化処理工程でγ´-FeN層を形成させる間も、窒素の鋼材表面から内部への拡散が起こることから、低炭素濃度となる窒素拡散層厚さは増加していく。このため、上記第一の窒化処理工程で形成させる窒素拡散層の厚みは、必ずしも上記第二の窒化処理工程で形成させるγ´-FeN層以上の厚みとする必要まではないが、上記のようにすることにより、確実な層状もしくは板状のような一定以上の大きさのε-Fe(N,C)層の形成を防止することができる。
【0046】
上記窒素拡散層の厚みは2μm以上であることが好ましい。
上記窒素拡散層の厚みが2μm未満だと、上記窒素拡散層中の炭素濃度の低下が不十分となりやすく、上記第二の窒化処理工程でγ´-FeN層を形成させる際に、層状もしくは板状のような一定以上の大きさのε-Fe(N,C)層が形成しやすくなるからである。上記窒素拡散層の厚みは、3μm以上であればより好ましい。
上記窒素拡散層の厚みの上限値は、特に限定されるものではないが、上記第二の窒化処理工程で形成させるγ´-FeN層厚みよりも著しく厚く形成させる必要はなく、経済性の面からも100μm以下とするのが好ましく、50μm以下であればより好ましい。
【0047】
上記炭素濃縮層は上記窒素拡散層が形成される際に、拡散させる窒素によって母材中の炭素が内部へ押しやられることにより、母材の炭素濃度以上となる層として形成される。
上記炭素濃縮層は、過飽和な窒素濃度の上記窒素拡散層を形成させるのに有効であることから、その厚みは2μm以上であることが好ましい。
上記炭素濃縮層の厚みが2μm未満だと、上記窒素拡散層に発生する圧縮残留応力が小さくなるからである。上記炭素濃縮層の厚みは、3μm以上であればより好ましい。
上記炭素濃縮層の厚みは、鋼材に含まれる炭素量にも影響されるため、その上限値は特に限定されるものではないが、著しく厚く形成させても効果は飽和することから、経済性の面からも30μm以下とするのが好ましく、20μm以下であればより好ましい。
なお上記炭素濃縮層中には上記第一の窒化処理工程および第二の窒化処理工程によって拡散させた窒素の一部が含まれ、高い圧縮残留応力を有する。
【0048】
上記窒素化合物層は、少なくとも最表層部の結晶粒径を1μm以下とするのが好ましい。
上記窒素化合物層の結晶粒径が1μmを超えると、繰り返し応力が加わったときに亀裂が入ったり、窒化処理後のショットピーニングによる割れや剥がれが生じるリスクを高めるからである。
上記窒素化合物層のうち、結晶粒径が1μm以下の上記最表層部は、表層部の1~3μm程度であり、それより厚い部分は結晶粒径が1μmを超える緻密な層である。
【0049】
上記窒素化合物層は、窒化処理後にショットブラスト等の圧縮応力を上げるための後処理を実施しない場合でも、45度方向の圧縮残留応力を1500MPa以上とすることもできる。
上記圧縮残留応力は、たとえばX線応力測定法であるsin2ψ法によって測定することができる。この測定法は、走査法である並傾法(ψ0一定法;PSPC法)に基づき、特製X線としてCrKα線を用い、測定回折面にα-Fe(211)面を使用して測定する。このとき応力定数として、K=-318MPa/度(日本材料学会の標準値である)を使用する。たとえばばねの場合であれば、素線の線方向に対して45度の方向を測定する。
【0050】
上記窒素化合物層と窒素拡散層のあいだには、層状もしくは板状のような粗大なε-Fe(N,C)層が存在しないものとする。
上記ε-Fe(N,C)層の大きさはできる限り小さいもしくは存在しないことが好ましく、その上限値は3μm以下とするのが好ましい。3μm以下であれば層状もしくは板状とは言えず、窒化層の剥離等の原因とはなりづらいからであり、2μm以下であればより好ましい。
【0051】
また、上記窒素化合物層および上記窒素拡散層中に、他の化合物が粒状で存在したものも、本発明の一態様として含む趣旨である。この場合、他の化合物は粒状なので、層状ではない。上記粒状で存在する他の化合物とは、たとえば、窒素に対する活性が鉄より高いCr、Al、Si、V、Nb、Tiなどの添加元素の窒化物を含む化合物をあげることができる。
【0052】
本実施形態の鋼材の製造方法は、鋼母材に対し、ガス窒化処理を行う。
【0053】
〔ガス窒化処理〕
上記ガス窒化処理は、窒素源を添加した雰囲気に上記鋼母材を加熱保持し、上記鋼母材の表面から窒素を浸透させ、上述した窒素化合物層と窒素拡散層からなる窒化層を形成する。このとき上記鋼母材側には、鋼母材よりも炭素濃度が高い炭素濃縮層も形成される。
【0054】
上記窒素源として、NHガスを使用する。NHガスは、下記の反応式(A)により、鋼母材に窒素原子[N]を供給する。
(A)2NH=2[N]+3H
上記反応式(A)は、つぎの式(B)に書き換えることができる。
(B)NH=[N]+3/2H
上記雰囲気は、上述したようにNHを窒素源とし、N、CO、CO、Hなどを必要に応じて混合させた雰囲気を使用することができる。
本実施形態では、上記ガス窒化処理を、窒化ポテンシャルKと絶対温度Tを、下記の式(1)(2)(5)に従う範囲に制御した雰囲気で加熱し、窒素拡散層を形成させる第一の窒化処理工程と、窒化ポテンシャルKと絶対温度Tを、下記の式(3)(4)(5)に従う範囲に制御した雰囲気で加熱し、γ´-FeN層を形成させる第二の窒化処理工程とを行う。
(1)0.1≦K≦133.52exp(-0.008T
(2)623K≦T≦773K
(3)133.52exp(-0.008T)≦K≦5449.1exp(-0.01T
(4)623K≦T≦923K
(5)K=(NHの分圧)/〔(Hの分圧)3/2
【0055】
〔窒化ポテンシャル〕
上記窒化ポテンシャルKは、鋼母材の窒化反応に寄与する反応種の窒素ポテンシャルである。上述した式(B)に基づいて、雰囲気中のNHおよびHの分圧を用い、上記式(5)で与えられる。
【0056】
図1は、鋼(フェライト)中の炭素の拡散係数を示した図である。
鋼中の炭素の拡散速度は温度に大きく影響を受け、図1に示すように、例えば490℃では0.33×10-7cm/secであるのに対し、520℃では0.65×10-7cm/secとなる。このように、炭素の拡散速度は、520℃の方が2倍速く、かつこの温度域では粒界拡散が粒内拡散に比べてさらに2桁ぐらい速い。500℃を超える温度での脱炭は、鋼表面だけではなく内部まで進行し、粒界強度の低下も招いてしまう。このため、上記第一の窒化処理工程の温度は500℃以下とすることが好ましい。より好ましくは490℃以下である。
上記第一の窒化処理工程の温度の下限値は350℃以上とするのが好ましい。350℃未満では窒素拡散層の生成速度が遅く、処理時間が長時間化してしまうためである。したがって好ましい処理温度は絶対温度Tでは623K~773Kとなる。これにより、上記式(2)が与えられる。
【0057】
図2は、レーラー状態図である。
レーラー状態図は、鉄の窒化において鉄窒化物(ε相、γ´相)が生成される状態を示したものである。この図は、縦軸とした窒化ポテンシャルKと、横軸とした温度との相関により、どのような鉄窒化物が相として生成されるかを示している。図2では、ε窒化物の窒素濃度が等しくなる等濃度線を描き入れている。
図2より、γ´-FeNが生成する温度範囲は350℃~650℃である。絶対温度Tでは623K~923Kとなる。これにより、上記式(4)が与えられる。
【0058】
図3は、本発明の製造方法における式(1)および(3)を算出する線図である。
この図は、上記レーラー状態図をベースに、熱力学的な平衡が成り立っているという仮定のもと、化合物層の外面付近における窒素濃度の推定値をプロットしたものである。縦軸は窒化ポテンシャルK、横軸は絶対温度である。
窒化ポテンシャルKの高い側に並ぶプロットをつないで第1の直線アが描かれる。窒化ポテンシャルKの低い側に並ぶプロットをつないで第2の直線イが描かれる。
【0059】
上記第一の窒化処理工程では、500℃以下の脱炭が起こりづらい温度域で、鋼材を窒素拡散層が形成される領域の窒化ポテンシャルに曝し、表面部の炭素を内部へと押し込みながら窒素を鋼中へ拡散させることで、低炭素濃度の窒素拡散層とする必要があることから、第2の直線イの窒化ポテンシャル以下の窒化ポテンシャルKで窒化処理を行う。窒化ポテンシャルKが必要以上に低過ぎると、上記窒素拡散層の形成反応が期待できなくなることから、その下限値は0.1とする。これにより、上記式(1)が与えられる。
上記第一の窒化処理工程の窒化ポテンシャルと絶対温度の範囲を図3に図示すると、点線で囲んだ範囲Aとなる。
【0060】
上記第一の窒化処理工程では、表面部の炭素を内部へと押し込みながら窒素を鋼中へ拡散させる作用がより強くなることから、その窒化ポテンシャルとしては0.15以上であるのがより好ましい。
【0061】
上記第二の窒化処理工程では、γ´-FeN層が形成される領域の窒化ポテンシャルに曝す必要があることから、上記第1の直線アと上記第2の直線イに挟まれる条件の範囲で、上記式(3)が与えられる。
上記第二の窒化処理工程の窒化ポテンシャルと絶対温度の範囲を図3に図示すると、一点鎖線で囲んだ範囲Bとなる。
【0062】
加熱保持の時間は、採用する加熱温度(上記の絶対温度T)や目的とする窒化層の特性に応じて適宜決定することができる。例えば、上記第一の窒化処理工程および上記第二の窒化処理工程ともに、0.5~24時間程度を採用することができる。
【0063】
上記第一の窒化処理工程と第二の窒化処理工程は、必ずしも連続工程として実施する必要はない。たとえば、上記第一の窒化処理工程を実施した後に一旦冷却し、同一もしくは別の窒化炉を用いて上記第二の窒化処理工程を実施する、なども可能である。
【0064】
上記窒化処理により、鋼母材の表層部に上述した窒化層および炭素濃縮層が形成される。これにより、靭性の比較的高い窒素化合物層と、その鋼側に極めて高い圧縮残留応力を有する層が生成し、鋼材の疲労強度を格段に向上させることができる。
【0065】
上記窒化処理の後、必要に応じて表層の圧縮残留応力を向上させる処理を行うことができる。圧縮残留応力を向上させる処理としては、例えば、ショットピーニングなどを採用することができる。
【0066】
〔微細化処理〕
本実施形態の鋼材の製造方法では、上述したガス窒化処理に先立って、上記鋼母材に対し、上記鋼母材の表層部の結晶を微細化する微細化処理を行うことができる。
上記微細化処理により表層部の結晶が微細化された上記鋼母材に、上述したガス窒化処理を行うことにより、形成される窒化層は、最表面に、γ´-FeNと上記添加元素の窒化物とを含む窒素化合物層が形成され、しかも結晶粒径が1μm以下程度に微細化する。このような窒化層が形成されることにより、繰り返し応力や窒化処理後のショットピーニングによる亀裂、割れ、剥がれがより生じにくくなる。これにより、鋼材の疲労強度をより一層に向上させることができる。
【0067】
上記微細化処理としては、ハロゲン化処理またはショットピーニング処理を行うことができる。
【0068】
〔ハロゲン化処理〕
上記微細化処理としてのハロゲン化処理は、雰囲気を制御できる加熱炉を用い、ハロゲンを含む雰囲気ガス中において上記鋼母材を加熱保持することにより行う。
【0069】
上記雰囲気ガスに用いるハロゲンとしては、たとえば、F、Cl、HCl、NFなどのハロゲンガスまたはハロゲン化合物ガスを用いることができる。
【0070】
上記雰囲気ガスは、ハロゲンを0.5~20容積%含み、残部を窒素ガス、あるいは不活性ガスなどとした混合ガスを用いることができる。
【0071】
上記ハロゲン化処理は、上記雰囲気ガス中で、鋼母材を200~550℃にて10分~3時間程度、加熱保持することにより、鋼母材の表面を活性化させる。
【0072】
上記ハロゲン化処理によって活性化した鋼母材の表面に対し、上述した窒化ポテンシャルおよび絶対温度で上記ガス窒化処理を行うことにより、鋼母材の表面に、上述した窒化層が形成される。
上記鋼母材として、たとえば、ばねとして利用するためのばね鋼や、クランクシャフトとして利用するためのクロムモリブデン鋼などの合金鋼を用いた場合、Cr,Al,Si等、Feよりも活性な合金元素が添加されている。このような鋼母材にハロゲン化処理を行うことにより、その後のガス窒化処理により緻密で厚い窒化層を形成することができる。また、ハロゲン化によって鋼母材の表層部にハロゲン化鉄が生成される。その後のガス窒化処理において、表層部のハロゲンが離脱して微細な結晶粒の鉄となり、窒化により極めて微細な結晶粒の窒素化合物層が形成される。
【0073】
〔ショットピーニング処理〕
上記微細化処理としてのショットピーニング処理は、無数の鋼鉄あるいは非鉄金属の小さな球体を高速で鋼母材の表面に衝突させ、塑性変形による加工硬化、圧縮残留応力の付与を図るものである。鋼球のショット材の場合は、直径0.2~4mm程度のものを使用することができる。投射する鋼球のスピードは、40~数百m/s程度である。
【0074】
上記微細化処理としてショットピーニング処理を行うことにより、上記鋼母材の表層部の結晶が加工による変形を受けて加工歪を起こす。その後のガス窒化処理で加熱され、変形した結晶が多角形の細粒に分割結晶し、微細化する。このような鋼の微細な結晶を核として窒素が結合し、結晶粒径が微細な窒素化合物が形成される。
【0075】
〔残留応力向上処理〕
上記ガス窒化処理のあとに、表層部の圧縮残留応力を向上させるため、たとえばショットピーニング処理を行うことができる。
【0076】
上記残留応力向上処理としてのショットピーニング処理は、無数の鋼鉄あるいは非鉄金属の小さな球体を高速で鋼母材の表面に衝突させ、塑性変形による加工硬化、圧縮残留応力の付与を図るものである。鋼球のショット材の場合は、直径0.2~4mm程度のものを使用することができる。投射する鋼球のスピードは、40~数百m/s程度である。
【0077】
〔実施形態の効果〕
上記実施形態は、つぎの効果を奏する。
【0078】
本実施形態の鋼材の表面処理方法は、鋼材の表面にγ´-FeN主体の窒素化合物層が形成される。また、上記窒素化合物層の母材側には窒素拡散層が形成される。すなわち上記窒素化合物層と上記窒素拡散層からなる窒化層が形成される。上記鋼材が、窒素に対する活性が鉄より高いCr、Al、Si、V、Nb、Tiなどの添加元素を含む合金鋼である場合は、上記窒化層中にはそれらの窒化物も共存する。
つまり、本発明は、炭素を0.3重量%以上含むような炭素量の多い炭素鋼や合金鋼からなる鋼材であっても、γ´-FeN主体の窒素化合物層が形成される。上記窒素化合物層と鋼母材との界面には、従来の窒化処理で形成される層状もしくは板状のような粗大な硬くて脆いε-Fe(N,C)層が生成しない。また、上記鋼材が、窒素に対する活性が鉄より高い上記添加元素を含む合金鋼の場合であっても、上記窒素化合物層および窒素拡散層中に層状の窒化物層を形成することはない。このような窒化層は、繰り返し応力が加わっても亀裂が入りにくい。窒化処理後に圧縮残留応力をさらに増大させるためのショットピーニングを行った場合でも、割れや剥がれが生じにくい。
また、脱炭による強度低下を防ぐため、第一の窒化処理工程として、500℃以下の脱炭が起こりづらい温度域で、鋼材を窒素拡散層が形成される領域の窒化ポテンシャルに曝し、表面部の炭素を内部へと押し込みながら窒素を鋼中へ拡散させることで、過飽和に窒素が固溶した窒素拡散層を形成させる。これにより、結晶粒界の脱炭による強度低下を起こすことなく、上記表面部には、母材よりも低炭素濃度化した窒素拡散層が形成される。なお、その窒素拡散層と接する母材側には、窒素によって内部へ炭素が押し込まれることによって母材の炭素濃度よりも高炭素濃度化した炭素濃縮層も形成される。上記窒素拡散層および上記炭素濃縮層には高い圧縮残留応力と歪が発生する。
つぎに、第二の窒化処理工程として、上記鋼材をγ´-FeN層が形成される領域の窒化ポテンシャルに曝し、上記低炭素濃度化した窒素拡散層部分に窒素化合物層を形成させる。これにより、γ´-FeN主体の窒素化合物層を形成させる。この窒素化合物層には、表面部にも鋼母材との界面にも、層状もしくは板状のような粗大なε-Fe(N,C)層が生成しない。
これにより、靭性の比較的高い窒素化合物層と、その鋼側に極めて高い圧縮残留応力を有する層が生成し、鋼材の疲労強度を格段に向上させることができるのである。
【0079】
本実施形態の表面処理方法は、上記ガス窒化処理に先立って、上記鋼材に対し、上記鋼材の表層部の結晶を微細化する微細化処理を行う。
表層部の結晶が微細化された上記鋼材に上述したガス窒化処理を行うことにより、得られる窒化層は、表面に、γ´-FeN主体の窒素化合物層が形成され、層状もしくは板状のような粗大な硬くて脆いε-Fe(N,C)層を含まず、さらに結晶粒径が1μm以下程度に微細化する。このような窒化層が形成されることにより、繰り返し応力や窒化処理後のショットピーニングによる亀裂,割れ,剥がれが、より生じにくくなる。これにより、鋼材の疲労強度をより一層に向上させることができる。
【0080】
本実施形態の鋼材の表面処理方法は、上記微細化処理がハロゲン化処理である。
上記ハロゲン化処理により、上記鋼材の表層部に微細なハロゲン化鉄が形成され、上記鋼材の表層部の結晶が微細化される。その後のガス窒化処理の際、微細なハロゲン化鉄からハロゲンが鋼材から脱離し、鋼の微細な結晶を核として窒素が結合して結晶粒径が微細な窒素化合物が形成される。
【0081】
本実施形態の鋼材の表面処理方法は、上記微細化処理がショットピーニングである。
上記ショットピーニングにより、上記鋼材の表層部の結晶が加工による変形を受けて加工歪を起こす。その後のガス窒化処理の際、加熱され、変形した結晶が多角形の細粒に分割結晶し、微細化する。このような鋼の微細な結晶を核として窒素が結合し、結晶粒径が微細な窒素化合物が形成される。
【実施例
【0082】
つぎに、実施例について比較例と併せて説明する。
【0083】
〔比較例1〕
図4はS45C母材に、下記の条件でガス窒化処理を施した表層部を観察した結果であり、(A)は断面顕微鏡写真であり、(B)は後方散乱電子回折(EBSD)による結晶相分布の解析結果である。
雰囲気:上記の式(3)(5)を満たすガス組成
加熱温度:570℃
保持時間:3時間
【0084】
図4(A)の断面顕微鏡写真から、表面に白く見える10~15μmの窒素化合物層が形成されている。図4(B)の後方散乱電子回折(EBSD)による結晶相分布の解析結果から、γ´-FeNが形成する領域の窒化ポテンシャルKでガス窒化処理を行うことにより、上記窒素化合物層の最表面はγ´-FeN層であることがわかる。しかしながら、鋼母材と窒素化合物層の界面には、図中に矢印で例示したような層状もしくは板状の粗大なε-Fe(N,C)層が形成されている。この層が脆いことから、例えば、クランクシャフトなどの用途に使用する場合には、十分な疲労強度の向上が期待できないのに加え、曲げ矯正性にも問題がある。
【0085】
〔実施例1〕
実施例1として、ばね鋼であるSUP6母材に、下記の微細化処理とガス窒化処理を施した。
【0086】
〔微細化処理〕
微細化処理として上記鋼母材を下記の条件でハロゲン化処理を実施した。
雰囲気:フッ素系ガス(NF:10vol%+N:90vol%)
加熱温度:300℃
保持時間:1時間
【0087】
〔ガス窒化処理〕
上記ハロゲン化処理後の鋼母材を下記の条件でガス窒化処理を行い窒化層を形成した。
◎第一の窒化処理工程
雰囲気:上記の式(1)(5)を満たすガス組成
加熱温度:480℃
保持時間:1時間
◎第二の窒化処理工程
雰囲気:上記の式(3)(5)を満たすガス組成
加熱温度:480℃
保持時間:4時間
【0088】
〔比較例2〕
比較例2として、ばね鋼であるSUP6母材に、上記の微細化処理と下記のガス窒化処理を施した。
雰囲気:上記の式(3)(5)を満たすガス組成
加熱温度:500℃
保持時間:5時間
【0089】
図5は、実施例1の窒化層を観察した断面組織を示す顕微鏡写真である。
表面に微細な結晶粒の2~3μm厚みの窒素化合物層が形成されている。またその内側の鋼材の表面層も極めて結晶粒が細かく、かつ、極めて大きく歪の存在した層となっている。
【0090】
図6は、実施例1の表層部を観察した後方散乱電子回折(EBSD)による結晶相分布の解析結果であり、左側がFeNを、右側がFeNを測定した結果である。
層状もしくは板状の粗大なε-Fe(N,C)層の形成は認められない。形成されている窒素化合物層は、ほぼ1μm以下の微細な結晶粒のγ´-FeN層から構成されていることがわかる。
【0091】
表1は、実施例1および比較例2のそれぞれの窒化処理で得られる窒化層の状態と表面圧縮残留応力の測定結果を示したものである。
なお表中の全窒化層厚さとは、断面硬度測定結果から得られる概略の全硬化層厚さであり、窒素化合物層厚さと窒素拡散層厚さの合計厚さを示すものである。
【0092】
【表1】
【0093】
実施例1は、第一の窒化処理工程を図3で示したAの領域で、第二の窒化処理工程を図3で示したBの領域で実施した。これにより、窒素化合物層の状態は、γ´-FeN層主体で構成されている。粗大なε-Fe(N,C)層の形成は認めらない。圧縮残留応力は-1500MPa以上と、非常に高い応力が発生している。
【0094】
一方、比較例2は、窒化処理を図3で示したBの領域のみで実施した。これにより、窒素化合物層の状態としては、γ´-FeN層が形成している。しかし、母材側にε-Fe(N,C)層の形成が認められる。また、全窒化層厚さが実施例1と比較してやや薄いにもかかわらず、圧縮残留応力は-1300MPa未満と、実施例1より低いことが分かる。
【0095】
〔実施例2〕
実施例2として、クランクシャフトなどにも用いられるクロムモリブデン鋼であるSCM435母材に、下記の微細化処理とガス窒化処理を施した。
【0096】
〔微細化処理〕
微細化処理として上記鋼母材を下記の条件でショットピーニング処理を実施した。
ショット粒:鋼球φ0.3(HV500~620)
投射速度:60m/s〔微細化処理〕
【0097】
〔ガス窒化処理〕
上記ショットピーニング処理後の鋼母材を、下記の条件でガス窒化処理を行い、窒化層を形成した。
◎第一の窒化処理工程
雰囲気:上記の式(1)(5)を満たすガス組成
加熱温度:480℃
保持時間:1時間
◎第二の窒化処理工程
雰囲気:上記の式(3)(5)を満たすガス組成
加熱温度:550℃
保持時間:3時間
【0098】
〔比較例3〕
比較例3として、クロムモリブデン鋼であるSCM435母材に、上記の微細化処理と下記のガス窒化処理を施した。
【0099】
〔ガス窒化処理〕
◎第一の窒化処理工程
雰囲気:上記の式(1)(5)を満たすガス組成
加熱温度:570℃
保持時間:1時間
◎第二の窒化処理工程
雰囲気:上記の式(3)(5)を満たすガス組成
加熱温度:570℃
保持時間:3時間
【0100】
図7は、実施例2および比較例3のそれぞれの窒化処理で得られる表面部の断面硬度の測定結果を示したものである。
【0101】
実施例2の表層には約12μmの微細な結晶粒のγ´-FeN層が、比較例3の表層には約15μmのγ´-FeN層が形成されていることが確認された。しかし、比較例3では第一の窒化処理工程の温度が高過ぎるため、表面部が脱炭を起こし、表面から20~40μm深さの硬度が実施例2よりも低下している。このような状態は曲げ疲労強度の低下につながる。つまり、上記第一の窒化処理工程の温度は、実施例2のように500℃以下とすることにより、硬度および強度を確保することができることが分かる。
【0102】
また曲げ矯正制試験では、比較例1のように、ε-Fe(N,C)層を生成させた場合には、2%の曲げ歪で割れが発生し、その割れが母材内部に進展することが確認されている。一方、実施例2では2%曲げ歪では割れの発生が確認されず、窒化層の靭性が大幅に改善されていることが確認された。
【0103】
〔変形例〕
以上は本発明の特に好ましい実施形態について説明したが、本発明は示した実施形態に限定する趣旨ではなく、各種の態様に変形して実施することができ、本発明は各種の変形例を包含する趣旨である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7