(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-11
(45)【発行日】2024-04-19
(54)【発明の名称】低温衝撃靭性に優れた高硬度耐摩耗鋼及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240412BHJP
C22C 38/38 20060101ALI20240412BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240412BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20240412BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/38
C22C38/58
C21D8/02 B
C22C38/00 301H
(21)【出願番号】P 2022536590
(86)(22)【出願日】2020-12-01
(86)【国際出願番号】 KR2020017372
(87)【国際公開番号】W WO2021125621
(87)【国際公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-08-01
(31)【優先権主張番号】10-2019-0168076
(32)【優先日】2019-12-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコホールディングス インコーポレーティッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ユ,ジャン‐ヨン
(72)【発明者】
【氏名】ユ,スン‐ホ
(72)【発明者】
【氏名】ジョ,ヒョン‐クァン
(72)【発明者】
【氏名】ベ,ム‐ジョン
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/235342(WO,A1)
【文献】特開2018-123411(JP,A)
【文献】特開平11-071631(JP,A)
【文献】特表2016-505094(JP,A)
【文献】特開2017-008344(JP,A)
【文献】特開平08-041535(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、炭素(C):0.25~0.50%、シリコン(Si):1.0~1.6%、マンガン(Mn):0.6~1.6%、リン(P):0.05%以下(0%は除く)、硫黄(S):0.02%以下(0%は除く)、アルミニウム(Al):0.07%以下(0%は除く)、クロム(Cr):0.5~1.5%、カルシウム(Ca):0.0005~0.004%、窒素(N):0.006%以下、残部Fe及びその他の不可避不純物からなり、
微細組織として、
面積分率で90%以上のマルテンサイト及びベイナイトの複合組織と、面積分率
で2.5~10%の残留オーステナイト相を含
み、
前記マルテンサイト及びベイナイトの複合組織は、平均ラス(lath)サイズが0.3μm以下であることを特徴とす
る耐摩耗鋼。
【請求項2】
前記耐摩耗鋼は、重量%で、ニッケル(Ni):0.01~0.5%、モリブデン(Mo):0.01~0.3%、チタン(Ti):0.005~0.025%、ボロン(B):0.0002~0.005%、及びバナジウム(V):0.2%以下のうち1種以上をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載
の耐摩耗鋼。
【請求項3】
前記耐摩耗鋼は、表面硬度が460~540HBであり、-40℃での衝撃吸収エネルギーが17J以上であることを特徴とする請求項1に記載
の耐摩耗鋼。
【請求項4】
前記耐摩耗鋼は、5~40mmの厚さを有することを特徴とする請求項1に記載
の耐摩耗鋼。
【請求項5】
重量%で、炭素(C):0.25~0.50%、シリコン(Si):1.0~1.6%、マンガン(Mn):0.6~1.6%、リン(P):0.05%以下(0%は除く)、硫黄(S):0.02%以下(0%は除く)、アルミニウム(Al):0.07%以下(0%は除く)、クロム(Cr):0.5~1.5%、カルシウム(Ca):0.0005~0.004%、窒素(N):0.006%以下、残部Fe及びその他の不可避不純物からなる鋼スラブを準備する段階と、
前記鋼スラブを1050~1250℃の温度範囲で加熱する段階と、
前記加熱された鋼スラブを950~1150℃の温度範囲で粗圧延する段階と、
前記粗圧延後、850~950℃の温度範囲で仕上げ熱間圧延して熱延鋼板を製造する段階と、
前記熱延鋼板を25℃/s以上の冷却速度で200~400℃まで冷却した後、
150℃以下で空冷する段階と、を含むことを特徴とする
請求項1に記載の耐摩耗鋼の製造方法。
【請求項6】
前記鋼スラブは、重量%で、ニッケル(Ni):0.01~0.5%、モリブデン(Mo):0.01~0.3%、チタン(Ti):0.005~0.025%、ボロン(B):0.0002~0.005%、及びバナジウム(V):0.2%以下のうち1種以上をさらに含むことを特徴とする請求項
5に記載
の耐摩耗鋼の製造方法。
【請求項7】
前記空冷時に、自己焼戻し(self-tempering)が起こることを特徴とする請求項
5に記載
の耐摩耗鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低温衝撃靭性に優れた高硬度耐摩耗鋼及びその製造方法に係り、より詳しくは、建設機械などに好適な素材であって、低温衝撃靭性に優れ、高硬度を有する耐摩耗鋼及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ブルドーザー、パワーショベルなどの産業機械、クラッシャーやシュートなどの鉱山設備、大型ダンプトラックなどに軽量化とともに高性能化が求められている中で、摩耗を受ける部位には耐摩耗鋼が用いられている。
特に、かかる部位の耐用年数を延長させるために、これに用いられる耐摩耗鋼がますます高硬度化する傾向にあるが、高硬度化による割れの発生などの欠陥が懸念されるため、高靭性がともに求められている。
【0003】
一方、靭性に優れた高硬度耐摩耗鋼は、防弾鋼としても広く用いられている。
現在、産業機械や建設機械などに用いられる耐摩耗鋼に関して、次のような技術が提案されている。
【0004】
特許文献1には、鋼中に、C、Si、Mnとともに一定量のTi、Bなどを含有し、Hの含量を制限した鋼板に対して、再加熱焼入れの時に冷却終了温度を300℃以下に制御することで、健全性に優れた、ブリネル硬さ450以下の鋼を製造する方法が開示されている。
特許文献2には、C、Si、Mnの他にCrとMo、Bを添加した鋼板を再加熱焼入れし、ブリネル硬さ500級の鋼を製造する方法が開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、鋼中に、C、Si、MnとともにCr、Mo、Ti、Nb、Bなどの含量を制限するとともに、必要に応じてCu、Ni、V、Caなどをさらに含有する鋼を熱間圧延した後、100℃以下に冷却し、連続して焼戻し処理する工程により、低温靭性に優れたブリネル硬さ500級の鋼を製造できることが開示されている。
さらに、特許文献4には、相対的に低い含量のC及び高い含量のSiと、その他の元素を適宜含有する鋼に対して調質処理することで、耐衝撃性及び耐磨耗性がともに確保された高弾性高強度の特殊用途鋼が開示されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1は、実環境で求められる硬度レベルを満たさず、特許文献2は、硬度レベルは満たすものの、靭性に劣る欠点があり、特許文献3は、高価な元素を多量に含有するため、経済的に不利であって適用に限界がある。特許文献4は、低温靭性を確保することが困難であり、これもまた製造原価が高いという欠点がある。
そのため、高価な元素を多量含有せず、経済的な方法により、耐磨耗性とともに低温靭性に優れた耐摩耗鋼を開発することが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特公昭64-010564号公報
【文献】特公平1-021846号公報
【文献】特開平8-041535号公報
【文献】韓国登録特許第10-0619841号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的とするところは、耐磨耗性とともに低温で高衝撃靭性を有し、高硬度を有する耐摩耗鋼及びその製造方法を提供することにある。
本発明が属する技術分野において通常の知識を有する者であれば、本発明の明細書全体にわたって記載された内容から本発明の付加的な課題を理解するのに何ら困難がない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の低温衝撃靭性に優れた高硬度耐摩耗鋼は、重量%で、炭素(C):0.25~0.50%、シリコン(Si):1.0~1.6%、マンガン(Mn):0.6~1.6%、リン(P):0.05%以下(0%は除く)、硫黄(S):0.02%以下(0%は除く)、アルミニウム(Al):0.07%以下(0%は除く)、クロム(Cr):0.5~1.5%、カルシウム(Ca):0.0005~0.004%、窒素(N):0.006%以下、残部はFe及びその他の不可避不純物からなり、微細組織として、マルテンサイト及びベイナイトの複合組織と、面積分率2.5~10%の残留オーステナイト相を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明の低温衝撃靭性に優れた高硬度耐摩耗鋼の製造方法は、上記の合金組成を有する鋼スラブを準備する段階と、上記鋼スラブを1050~1250℃の温度範囲で加熱する段階と、上記加熱された鋼スラブを950~1150℃の温度範囲で粗圧延する段階と、上記粗圧延後、850~950℃の温度範囲で仕上げ熱間圧延して熱延鋼板を製造する段階と、上記熱延鋼板を25℃/s以上の冷却速度で200~400℃まで冷却した後、空冷する段階と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、高硬度を有するとともに、低温靭性に優れた耐摩耗鋼を提供することができる。
特に、本発明は、合金組成及び製造条件を最適化することで、さらなる熱処理を行わなくても目標レベルの物性を有する耐摩耗鋼を提供することができるため、経済的にも有利であるという特徴がある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施例による発明鋼の微細組織を光学顕微鏡で観察した写真である。
【
図2】本発明の一実施例による発明鋼の微細組織を走査型電子顕微鏡(a)及びEBSD(b)で測定した写真である。
【
図3】本発明の一実施例による比較鋼の微細組織を光学顕微鏡で観察した写真である。
【
図4】本発明の一実施例による比較鋼の微細組織を走査型電子顕微鏡(a)及びEBSD(b)で測定した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、建設機械などに好適に適用可能な素材として、核心的に求められる物性である耐磨耗性が確保可能であるとともに、強度及び靭性などの物性に優れた鋼材を提供するために鋭意研究を重ねた。
その結果、特に、経済的に有利な方法により鋼材の耐磨耗性を向上させる本発明を提供するに至った。
以下、本発明について詳細に説明する。
【0014】
本発明の一側面による高硬度耐摩耗鋼は、重量%で、炭素(C):0.25~0.50%、シリコン(Si):1.0~1.6%、マンガン(Mn):0.6~1.6%、リン(P):0.05%以下(0%は除く)、硫黄(S):0.02%以下(0%は除く)、アルミニウム(Al):0.07%以下(0%は除く)、クロム(Cr):0.5~1.5%、カルシウム(Ca):0.0005~0.004%、窒素(N):0.006%以下を含むことができる。
【0015】
以下では、本発明で提供する耐摩耗鋼の合金組成を上記のように制限する理由について詳細に説明する。
一方、本発明で特に言及しない限り、各元素の含量は重量を基準とし、組織の割合は面積を基準とする。
【0016】
炭素(C):0.25~0.50%
炭素(C)は、マルテンサイトまたはベイナイト相のような低温変態相を有する鋼において効果的に強度と硬度を向上させ、硬化能の向上に有効な元素である。上記の効果を十分に得るためには、Cを0.25%以上含むことが好ましいが、その含量が0.50%を超える場合には、鋼の溶接性及び靭性を阻害する虞がある。
したがって、上記Cは0.25~0.50%含むことがよい。
【0017】
シリコン(Si): 1.0~1.6%
シリコン(Si)は、脱酸効果とともに、固溶強化による強度向上に有効であり、一定量以上のCを含有する高炭素鋼でセメンタイトのような炭化物の形成を抑え、残留オーステナイトの生成を促進する元素である。
特に、マルテンサイトとベイナイトなどの低温変態相を有する鋼において均質に分布された残留オーステナイトは、強度を低下させることなく衝撃靭性の向上に寄与するため、本発明において、上記Siは低温靭性の確保に有利な元素である。
上記の効果を十分に得るためには、Siを1.0%以上含むことが好ましいが、その含量が1.6%を超える場合には、溶接性が急激に低下する虞がある。
したがって、上記Siは1.0~1.6%含むことがよく、より好ましくは1.2%以上含むことがよい。
【0018】
マンガン(Mn):0.6~1.6%
マンガン(Mn)は、フェライトの生成を抑え、Ar3温度を下げることにより、鋼の焼入れ性を向上させて強度及び靭性を強化するのに有利な元素である。
本発明において目標レベルの硬度を得るためには、上記Mnを0.6%以上含有することが好ましいが、その含量が1.6%を超える場合には、溶接性が低下し、中心偏析が助長されて鋼中心部の物性が低下する虞がある。
したがって、上記Mnは0.6~1.6%含むことがよい。
【0019】
リン(P):0.05%以下(0%は除く)
リン(P)は、鋼中に不可避に含有される元素であり、且つ鋼の靭性を低下させる元素である。そのため、上記Pは、できる限りその含量を低減することが好ましい。
本発明では、上記Pを最大0.05%含有しても鋼の物性に大きい影響を与えないため、上記Pの含量を0.05%以下に制限する。より好ましくは0.03%以下に制限することがよい。但し、不可避に含有される水準を考慮して、0%は除く。
【0020】
硫黄(S):0.02%以下(0%は除く)
硫黄(S)は、鋼中でMnと結合してMnS介在物を形成することで、鋼の靭性を低下させる元素である。そのため、上記Sは、できる限りその含量を低減することが好ましい。
本発明では、上記Sを最大0.02%含有しても鋼の物性に大きい影響を与えないため、上記Sの含量を0.02%以下に制限する。より好ましくは0.01%以下に制限することがよい。但し、不可避に含有される水準を考慮して、0%は除く。
【0021】
アルミニウム(Al):0.07%以下(0%は除く)
アルミニウム(Al)は、鋼の脱酸剤として溶鋼中の酸素含量を減少させるのに効果的な元素である。このようなAlの含量が0.07%を超える場合には、鋼の清浄性が失われる虞がある。
したがって、上記Alは0.07%以下に含まれることがよい。但し、上記Alの含量を過度に低減させた場合には、製鋼工程時に負荷が発生し、製造コストの上昇をもたらすため、これを考慮して0%は除く。
【0022】
クロム(Cr):0.5~1.5%
クロム(Cr)は、鋼の焼入れ性を増加させて強度を向上させ、鋼の表面部及び中心部の硬度確保の役割をする元素である。このようなCrは比較的安価な元素であるため、Crを活用して鋼の高硬度及び高靭性を確保するために、0.5%以上含むことが好ましい。但し、その含量が1.5%を超える場合には、鋼の溶接性が低下する虞がある。
したがって、上記Crは0.5~1.5%含有することがよく、より好ましくは0.65%以上含むことがよい。
【0023】
カルシウム(Ca):0.0005~0.004%
カルシウム(Ca)は、硫黄(S)との結合力が強いため、MnSの周りにCaSを生成することでMnSの延伸を抑えることができ、圧延方向の直角方向への靭性を向上させる元素である。また、上記Caの添加により生成されたCaSは、多湿な外部環境下で腐食抵抗を向上させる効果もある。
上記の効果を十分に得るためには、Caを0.0005%以上含むことが好ましいが、その含量が0.004%を超える場合には、製鋼操業時にノズル詰まりなどの欠陥を誘発する虞がある。
したがって、上記Caは0.0005~0.004%含むことがよい。
【0024】
窒素(N):0.006%以下
窒素(N)は、鋼中に析出物を形成して鋼の強度を向上させる元素であるが、その含量が0.006%を超える場合には、鋼の靭性が却って低下する虞がある。
本発明では、上記Nを含有しなくても強度確保に無理がないため、上記Nは0.006%以下含有することが好ましい。但し、不可避に含有される水準を考慮して、0%は除く。
【0025】
本発明の耐摩耗鋼は、上記の合金組成の他にも、目標とする物性を有利に確保するための目的で、下記元素をさらに含むことができる。
具体的に、上記耐摩耗鋼は、ニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)、チタン(Ti)、ボロン(B)、及びバナジウム(V)のうち1種以上をさらに含むことができる。
【0026】
ニッケル(Ni):0.01~0.5%
ニッケル(Ni)は、鋼の強度と靭性を同時に向上させる元素であって、そのためには、Niを0.01%以上含有することが好ましい。但し、高価な元素であるため、その含量が0.5%を超える場合には製造原価が大きく上昇するという問題がある。
したがって、上記Niを含有する場合、0.01~0.5%とすることがよい。
【0027】
モリブデン(Mo):0.01~0.3%
モリブデン(Mo)は、鋼の焼入れ性を増加させ、特に、一定以上の厚さを有する厚物材の硬度を向上させるのに有利な元素である。上記の効果を十分に得るためには0.01%以上含むことが好ましいが、その含量が0.3%を超える場合には、製造原価が上昇するだけでなく、溶接性に劣る虞がある。
したがって、上記Moを含有する場合、0.01~0.3%とすることがよい。
【0028】
チタン(Ti):0.005~0.025%
チタン(Ti)は、鋼の焼入れ性を向上させるBの効果を極大化するのに有利な元素である。すなわち、上記Tiは、鋼中のNと結合してTiNを析出させ、固溶Nの含量を低減させることにより、BのBN形成を抑えて固溶Bを増加させることで、焼入れ性の向上を極大化することができる。
上記の効果を十分に得るためには、Tiを0.005%以上含有することが好ましいが、その含量が0.025%を超える場合には、粗大なTiN析出物が形成され、鋼の靭性が低下する虞がある。
したがって、上記Tiを含有する場合、0.005~0.025%とすることがよい。
【0029】
ボロン(B):0.0002~0.005%
ボロン(B)は、少量添加しても鋼の焼入れ性を有意に上昇させ、強度を向上させるのに有効な元素である。このような効果を十分に得るためには、Bを0.0002%以上含有することが好ましい。一方、その含量が過多である場合には、鋼の靭性及び溶接性を却って阻害する虞があるため、その含量を0.005%以下に制限する。
したがって、上記Bを含有する場合、0.0002~0.005%とすることがよい。好ましくは、上記Bは0.0040%以下、より好ましくは0.0035%以下、さらに好ましくは0.0030%以下で含有することがよい。
【0030】
バナジウム(V):0.2%以下
バナジウム(V)は、熱間圧延後の再加熱時にVC炭化物を形成することで、オーステナイト結晶粒の成長を抑え、鋼の焼入れ性を向上させて強度及び靭性を確保する役割をする元素である。このようなVは相対的に高価な元素であるため、その含量が0.2%を超える場合には、製造原価が大きく上昇するという問題がある。
したがって、上記Vを添加する場合、0.2%以下とすることがよい。
【0031】
本発明の残りの成分は鉄(Fe)である。但し、通常の製造過程では、原料または周辺環境から意図しない不純物が不可避に混入され得るため、これを排除することはできない。これらの不純物は、通常の製造過程の技術者であれば誰でも周知のものであるため、その内容について特に本明細書で言及しない。
【0032】
上記の合金組成を有する本発明の耐摩耗鋼は、その微細組織が、マルテンサイトとベイナイト相の複合組織から構成されることが好ましい。
具体的に、本発明の耐摩耗鋼は、マルテンサイトとベイナイト相の複合組織を、面積分率で90%以上含むことがよく、これらの相の分率が90%未満である場合には、目標レベルの強度及び硬度を確保しにくくなる。ここで、上記マルテンサイトとベイナイト相は、それぞれ焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイト相を含むことができる。
【0033】
本発明の耐摩耗鋼は、上記の複合組織の平均ラス(lath)サイズが0.3μm以下であることが好ましい。上記複合組織の平均ラス(lath)サイズが0.3μmを超える場合には、鋼の靭性が低下する問題がある。
本発明の耐摩耗鋼は、上記複合組織の他に残留オーステナイト相を含むことができ、この時、面積分率で2.5~10%含有することができる。上記残留オーステナイト相の分率が2.5%未満である場合には、低温衝撃靭性が低下するのに対し、10%を超える場合には、硬度が低下する虞がある。
一方、本発明の耐摩耗鋼は、全厚さにわたって上記の組織構成を有する。
【0034】
上記の合金組成とともに提案した微細組織を有する本発明の耐摩耗鋼は、5~40mmの厚さを有することができ、かかる耐摩耗鋼は、表面硬度が460~540HBと高硬度であるとともに、-40℃での衝撃吸収エネルギーが17J以上であって、低温靭性に優れる。
ここで、表面硬度とは、上記耐摩耗鋼の表面から厚さ方向に2mm~5mmの地点で測定された硬度値を意味する。
【0035】
以下、本発明の他の一側面による高硬度耐摩耗鋼の製造方法について説明する。
簡略に説明すると、前記の合金組成を満たす鋼スラブを準備した後、上記鋼スラブの[加熱-圧延-冷却]工程を経て製造することができる。以下では、各工程条件について詳細に説明する。
【0036】
[鋼スラブ加熱工程]
先ず、本発明で提案する合金組成を有する鋼スラブを準備した後、それを1050~1250℃の温度範囲で加熱する。
上記加熱時の温度が1050℃未満である場合には、鋼の変形抵抗が大きく、後続の圧延工程を効果的に行うことができないのに対し、その温度が1250℃を超える場合には、オーステナイト結晶粒が粗大化し、不均一な組織が形成される虞がある。
したがって、上記鋼スラブの加熱は1050~1250℃の温度範囲で行うことがよい。
【0037】
[圧延工程]
上記のとおり加熱された鋼スラブを圧延する。この時、粗圧延及び仕上げ熱間圧延の工程を経て熱延鋼板として製造することができる。
先ず、上記加熱された鋼スラブを950~1150℃の温度範囲で粗圧延してバー(bar)を製作した後、これを850~950℃の温度範囲で仕上げ熱間圧延する。
【0038】
上記粗圧延時の温度が950℃未満である場合には、圧延荷重が増加して相対的に弱圧下されることにより、スラブの厚さ方向の中心まで変形が十分に伝達されず、結果として、空隙などの欠陥が除去されない虞がある。これに対し、その温度が1150℃を超える場合には、再結晶粒度が過度に粗大化し、靭性が劣る虞がある。
上記仕上げ熱間圧延時の温度が850℃未満である場合には、二相域圧延が行われ、微細組織中にフェライトが生成される虞がある。これに対し、その温度が950℃を超える場合には、最終組織の粒度が粗大化し、低温靭性に劣る虞がある。
【0039】
[冷却工程]
上記の圧延工程を経て製造された熱延鋼板を一定温度まで水冷した後、空冷する。
具体的に、本発明は、熱延鋼板の冷却時に、平均冷却速度25℃/s以上の冷却速度で200~400℃の温度範囲まで水冷を行った後、150℃以下で空冷を行うことができ、上記空冷時に、自己焼戻し(self-tempering)が発現される効果がある。すなわち、空冷時にマルテンサイトとベイナイト相の焼戻しが行われ、残留オーステナイト相が一定の分率で形成されることで、鋼の靭性向上を図ることができる。
上記空冷は、常温まで行ってもよい。
【0040】
一方、上記冷却は、Ar3以上で開始することができる。ここで、Ar3は合金成分系に依存し、これは通常の技術者であれば誰でも周知のことである。
上記水冷時の冷却速度が25℃/s未満である場合には、冷却中にフェライト相が形成されたり、硬質相(マルテンサイト+ベイナイト)の平均ラス(lath)サイズが大きくなって、高硬度を確保することが困難となる。上記水冷時の冷却速度の上限は特に限定されないが、冷却設備を考慮して、最大100℃/sの冷却速度で行うことができる。
【0041】
上記の冷却速度で冷却を行うに際し、冷却終了温度が200℃未満である場合には、自己焼戻し効果が少ないため、目標レベルの靭性を確保することが困難となる。これに対し、その温度が400℃を超える場合には、硬質相(マルテンサイト+ベイナイト)の平均ラス(lath)サイズが大きくなって、強度または靭性の低下により目標レベルの硬度または靭性を確保できなくなる。
上記の一連の製造工程を経て得られる熱延鋼板は、5~40mmの厚さを有する鋼材であって、耐磨耗性とともに、高硬度及び高靭性の特性を有することができる。
特に、本発明によると、冷却工程中に自己焼戻しを実現することができるため、後続の焼戻し(tempering)工程が不要であり、これにより、経済的に耐摩耗鋼を製造できる効果がある。
【0042】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。但し、下記の実施例は、本発明を例示して具体化するためのものにすぎず、本発明の権利範囲を限定するためのものではないという点に留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載の事項と、それから合理的に類推される事項によって決定される。
【実施例】
【0043】
下記表1の合金組成を有する鋼スラブを準備した後、それに対して、下記表2に示した工程条件で[加熱-圧延-冷却]を行うことで、それぞれの熱延鋼板を製造した。この時、上記冷却時には、一定温度まで水冷を行った後、150℃以下で空冷を行った。
その後、それぞれの熱延鋼板に対して微細組織と機械的物性を測定し、その結果を下記表3に示した。
【0044】
各熱延鋼板の微細組織は、任意のサイズに試験片を切断して鏡面を製作した後、ナイタール(Nital)エッチング液を用いて腐食させてから、光学顕微鏡と走査型電子顕微鏡(SEM)を活用して厚さの中心部である1/2tの地点を観察した。この時、マルテンサイト及びベイナイトの複合組織のラス(lath)サイズは、電子後方散乱回折(Electron Back-scattered Diffraction、EBSD)分析を用いて測定した。
また、各熱延鋼板の硬度及び靭性はそれぞれ、ブリネル硬さ試験機(荷重3000kgf、10mm タングステン圧入ボール)及びシャルピー衝撃試験機を用いて測定した。この時、表面硬度は、熱延板の表面を2mmミリング加工した後、3回測定した値の平均値を用いた。また、シャルピー衝撃試験は、厚さ方向の1/4tの地点から試験片を採取した後、-40℃で3回測定した値の平均値を用いた。
【0045】
【表1】
(表1中、P*、S*、Ca*、B*、N*は、ppmで示したものである。)
【0046】
【表2】
(表2中、発明例の冷却開始温度はAr3以上である。)
【0047】
【表3】
(表3中、Mはマルテンサイト、Bはベイナイト、Fはフェライト、r-γは残留オーステナイト相を意味する。)
【0048】
上記表1~3に示したとおり、本発明で提案する合金組成及び製造条件を全て満たす発明例1~10は、微細組織が、マルテンサイト+ベイナイトとともに、残留オーステナイト相を一定分率で含んでいることが確認できる。また、上記マルテンサイト+ベイナイトのラス(lath)サイズが、何れも0.3μm以下に形成されていた。このため、上記発明例1~10は、何れも優れた硬度及び低温衝撃靭性が確保可能であった。
これに対し、本発明で提案する合金組成は満たすが、製造条件が本発明から外れた比較例1~8は、微細組織にフェライト相が形成されるか、またはマルテンサイトとベイナイトのラス(lath)サイズが粗大であるか、オーステナイト相の分率が微小であって、優れた高硬度及び低温衝撃靭性をともに確保することが困難であった。
【0049】
一方、比較例9~11は、鋼中のCの含量が不十分であることから、焼入れ性が低く、初析フェライト相が過度に生成されたため、硬度及び靭性に著しく劣っていた。また、比較例12及び13は、鋼中のCの含量が高すぎる場合であり、残留オーステナイト相の分率が微小であって、低温衝撃靭性に著しく劣っていた。
そして、鋼中のSi及びCrの含量が不十分な比較例14は、残留オーステナイト相の生成が十分ではなく、靭性に劣るセメンタイト相の生成が助長されて、硬度は高いものの、靭性に劣っていた。
比較例15も、Si及びCrの含量が不十分であって残留オーステナイト相が十分に生成されず、セメンタイト相の生成が助長されて、靭性に劣るだけでなく、Moの含量が過多であるため、硬化能の増加により、規格に比べて靭性に著しく劣る結果を示した。
【0050】
図1及び
図2は、発明例5の微細組織写真を示したものである。
このうち、
図1は光学顕微鏡で観察した写真であり、
図2は走査型電子顕微鏡及びEBSDで観察した写真であって、基地組織として、マルテンサイト相とベイナイト相が主組織として形成されることが確認でき、マルテンサイトとベイナイトのラス(lath)境界に残留オーステナイト相が微細に分布していることが分かる。
【0051】
図3及び
図4は、比較例6の微細組織写真を示したものである。
このうち、
図3は光学顕微鏡で観察した写真であり、
図4は走査型電子顕微鏡(a)及びEBSD(b)で観察した写真であって、基地組織として、マルテンサイト相とベイナイト相が主に形成されているが、残留オーステナイト相が非常に微小に形成されていることが確認できる。