(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-12
(45)【発行日】2024-04-22
(54)【発明の名称】分割型直方体共振器およびそれを用いた誘電率の測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 22/00 20060101AFI20240415BHJP
H01P 7/06 20060101ALI20240415BHJP
【FI】
G01N22/00 J
G01N22/00 Y
H01P7/06
(21)【出願番号】P 2020088251
(22)【出願日】2020-05-20
【審査請求日】2023-05-16
(73)【特許権者】
【識別番号】597123515
【氏名又は名称】EMラボ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121946
【氏名又は名称】岸本 泰広
(72)【発明者】
【氏名】柳本 吉之
【審査官】比嘉 翔一
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-156523(JP,A)
【文献】特開平02-284048(JP,A)
【文献】特開平09-153839(JP,A)
【文献】特開平09-269302(JP,A)
【文献】実開昭62-134054(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N22/00-G01N22/04
G01R23/00-G01R23/20
H01J23/00-H01J25/78
H01P 1/00-H01P 1/219
H01P 7/00-H01P 7/10
H01P11/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDream3)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
長方形状の底面および前記長方形状の底面に対向する開口を有する直方体形状の第1の半空洞を有する第1の筐体と、
前記第1の半空洞と実質的に同一である第2の半空洞を有し、前記第1の半空洞の開口と前記第2の半空洞の開口とが対向するように、前記第1の筐体に対して配置される第2の筐体と、
前記第1の半空洞の底面から前記第1の半空洞に露出する第1のループアンテナと、
前記第2の半空洞の底面から前記第2の半空洞に露出する第2のループアンテナと、を備え、
前記長方形状の底面の縦の長さに対する横の長さの比が1.005から1.26であ
り、
前記第1の半空洞の前記底面から前記開口までの長さと前記第2の半空洞の前記底面から前記開口までの長さとの和は、前記底面の前記横の長さに対して1.08以上であり、
前記第1のループアンテナおよび前記第2のループアンテナによって、TE011モードとTE101モードの共振を同時に励起する、
分割型直方体共振器。
【請求項2】
長方形状の底面および前記長方形状の底面に対向する開口を有する直方体形状の第1の半空洞を有する第1の筐体と、
前記第1の半空洞と実質的に同一である第2の半空洞を有し、前記第1の半空洞の開口と前記第2の半空洞の開口とが対向するように、前記第1の筐体に対して配置される第2の筐体と、
前記第1の半空洞の底面から前記第1の半空洞に露出する第1のループアンテナと、
前記第2の半空洞の底面から前記第2の半空洞に露出する第2のループアンテナと、を備え、
前記長方形状の底面の縦の長さに対する横の長さの比が1.005から1.26であり、
前記第1の半空洞の前記底面から前記開口までの長さと前記第2の半空洞の前記底面から前記開口までの長さとの和は、前記底面の前記横の長さに対して1.08以上であり、
前記第1のループアンテナおよび前記第2のループアンテナのループ面と前記底面の縦方向とのなす角は約45度である、
分割型直方体共振器。
【請求項3】
前記第1のループアンテナと前記第2のループアンテナとは、点対称に配置される、
請求項
2に記載の分割型直方体共振器。
【請求項4】
請求項1から請求項
3のいずれかに記載の分割型直方体共振器を用いて、試料の2方向の誘電率を同時に測定する誘電率の測定方法であって、
前記分割型直方体共振器に前記試料を挿入しない状態の第1の共振周波数特性を取得するステップと、
前記分割型直方体共振器に前記試料を挿入した状態の第2の共振周波数特性を取得するステップと、
前記第1及び第2の共振周波数特性から、前記試料の2方向の誘電率を算出するステップと、を備える、
誘電率の測定方法。
【請求項5】
前記第1の共振周波数特性および前記第2の共振周波数特性の各々は、TE011モードとTE101モードの共振特性を含む、
請求項
4に記載の誘電率の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミリ波帯における誘電体の複素誘電率の測定に適した分割型直方体共振器およびそれを用いた測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
第五世代通信網(5G)が提案されおり、それに向けた通信装置の開発が進んでいる。5Gにおける通信装置においても、現世代の第四世代通信網(4G)で使用されている通信装置と同じく、プリント基板、アンテナ、ケース、表示部などにはプラスチック、セラミック、ガラスなどの材料が使われる。しかし、5Gにおいては使用周波数としてミリ波帯(28GHz、40GHz)が提案されており、4Gの通信周波数である1~2GHz帯に比べ10倍以上周波数が高い。5Gで使用される通信装置の上記のような材料が5Gの周波数でも問題なく使用することができるのかを調査する必要がある。
【0003】
周波数が高くなることで、材料特性として重要になるのが誘電率である。まず、本発明における「誘電率」という言葉を定義する。材料の誘電率は真空の誘電率に対する比で表現されることが多く、厳密にはそれを「比誘電率」と称すべきであるが、本発明では慣例に倣って上記「比誘電率」を「誘電率」と表現する。また、「誘電率」は複素数であり、以下の説明では、「複素誘電率の実数部」を単に「誘電率」と称し、「複素誘電率の実数部」に対する「複素誘電率の虚数部」の比率(複素誘電率の虚数部/複素誘電率の実数部)を「誘電正接」と称する場合がある。
【0004】
5Gでは前述のように使用周波数が4Gの10倍以上高くなる。4Gにおいても、材料の誘電率を知ることは重要であり、誘電率の測定はなされていた。しかし、5Gにおいては、誘電率をミリ波の周波数帯で測定する必要が生じ、スプリットシリンダ共振器(円筒空洞共振器)などが活用され始めている。スプリットシリンダ共振器を使用して材料の誘電率を測定する場合は、材料を平面状(フィルム状、シート状、板状など)に加工して測定試料とするのが通常である。
【0005】
5G用の通信装置に用いられる上記のような材料には誘電率に異方性を持つものも多い。異方性のある材料を基材として使用した基板(フレクシブルプリント基板=FPC)上の回路パターン(電気線路)やアンテナは、配向方向に配置されたときと配向と垂直方向に配置されたときとで異なる振る舞いをすること、また、異方性のある材料をケースや表示部に用いたときに、電波の照射の方向や偏波の向きによって、電波の放射効率が異なり、均一で安定した電波の放射の妨げになることが懸念される。
【0006】
5Gにおいて、安定した高性能の通信装置を設計・製造するためには、単なる誘電率(一般的には「配向方向」と「配向と垂直方向」の平均値であることが多い)ではなく、配向方向の誘電率と配向と垂直方向の誘電率を分離して知る必要がある。4Gでも同様の問題はあったが、5Gになり、周波数が10倍以上高まったことにより、この影響が大きくなることが懸念されている。
【0007】
5GのFPCの基材に使われる材料として有力な液晶ポリマー(LCP)は分子が細長い形状をしているため配向が強く、誘電率に大きな異方性が現れる。一般的には配向方向の誘電率が配向に垂直方向の誘電率より大きい値を示す。本発明ではフィルム等の平面状の材料における平面と平行な方向(以下、「面内方向」という)の誘電率を議論しており、平面に垂直な方向の誘電率は関知していない。
【0008】
スプリットシリンダ共振器などのように、共振器を2分割してその間に被測定試料を挟んで誘電率を測定する方法は、ミリ波帯において、手軽で正確で再現性の良い測定が可能であることから、5Gへの応用で使用が増える高周波誘電体素材の誘電率の測定に最も適していると期待されている。この方法は、円柱形状の空洞を底面に平行な面で等分に2分割した2つの半空洞を互いに対抗するように組み合わせて共振器を形成し、前記2つの半空洞の間にフィルム状もしくは薄い板状の被測定試料を挟むことで試料の誘電率を測定する方法である。
【0009】
測定にはネットワークアナライザを用いることが多い。ネットワークアナライザを共振器につないで、横軸を周波数、縦軸を透過信号強度(透過係数)としたグラフを得、共振特性を得る。ここで、「共振特性」とは共振の中心周波数とQ値(本明細書では中心周波数と3dBバンド幅の比を採用)のことである。試料があるときとないときの共振特性から試料の誘電率と誘電正接を計算またはシミュレーションで求めるのが一般的である。
【0010】
図12は従来技術に係る円筒型のスプリットシリンダ共振器50の模式図である。
図12では、2つの筐体にそれぞれ形成される円柱状の2つの半空洞52,62と、2つの半空洞52,62とに挟まれて配置される試料30が示され、2つの筐体の形状は省略されている。このスプリットシリンダ共振器50は、測定に使用する共振モードがTE011モードであり、電界Eが同心円状に生じる。このため、
図12のように試料の面内方向をXY平面と平行な方向に設定すると、試料の面内の電界強度はX方向とY方向が等しく配分され、測定される誘電率はX方向の誘電率とY方向の誘電率の平均値となる。
【0011】
高周波帯における誘電体の誘電率の異方性を分離して測定するには、
図13のような空洞共振器60を用いる空洞共振器摂動法が提案されている。空洞共振器摂動法においては、試料30を細長く加工して、空洞共振器60の中央の試料挿入孔61に差し込んで誘電率を測定する。このとき、電界Eは空洞共振器60の底面に垂直に生じるので、細長い試料30の長手方向に印加される。試料30を配向方向に細長く加工したものと配向と垂直方向に細長く加工したものを別々に測定することで、試料30の異方性が測定できる。
【0012】
空洞共振器摂動法以外にも、特許文献1、特許文献2、非特許文献1など誘電率の異方性を測定するさまざまな方式が提案されている。
【0013】
また、特許文献3には、円筒空洞共振器(スプリットシリンダ共振器)を用いて異方性のある試料の誘電率を測定する方法が提案されており、ミリ波の周波数帯における誘電率の測定に適している。この方法は、従来のTE011モードではなくTE111モードもしくはさらに高次のTE11nモードを用いることが特徴である。
図12のように試料の面内方向をXY平面と平行な方向に設定すると、円筒型のスプリットシリンダ共振器のTE111モードの共振は、X方向とY方向の共振が縮退した状態であるので、異方性のある試料を挿入すると縮退が解け、共振が2つに分離する。この方法はこれを利用して誘電率の異方性を測定する。
【0014】
図13の空洞共振器摂動法は、平面状の試料30を配向方向と配向と垂直方向にそれぞれ細長く加工する必要がある。これは手間がかかるだけでなく、加工精度が誘電率測定に影響するため、配向方向と配向と垂直方向の誘電率に差が出ても、それが異方性によるものなのか、加工精度によるものなのか判断が困難である。また、同じ平面状の材料内であっても試料をサンプリングする場所によるばらつきがあり、違う場所から切り取った2つの試料の特性の差がそもそも含まれているので、異方性がない材料でも両者に差が生じる可能性がある。さらに、5Gで使われる28GHzや40GHzの周波数で空洞共振器60を作成すると、サイズが小さくなりすぎて測定試料の加工が現実的には困難になるという問題もある。
【0015】
また、特許文献1、特許文献2および非特許文献1に開示されている方法は低い周波数には適しているがミリ波帯の周波数で用いるにはサイズが小さくなりすぎて実用的ではなく、異なる用途のものであるといえる。
【0016】
また、特許文献3に提案されている方法は、以下の理由により、正確な測定が困難である。円筒空洞共振器における空洞の断面(径方向)を真円に加工することは現実的には不可能であり、計算上は縮退して一つの共振になるはずのTE111モードの共振であるが、
図14(特許文献3の
図5)のように、加工精度の問題で試料が挿入されていないときにも共振が2つに分離している。誘電率の測定には試料を入れないときの共振特性を正確に得る必要があるが、このような状態では試料の誘電率を正確に得られない。
【0017】
TE111モードの電界の方向は完全に一方向ではなく、上記特許文献3の
図11のように曲線を描いているので、X方向に電界を印加したときでもY方向の電界成分が存在する。これではX方向の誘電率とY方向の誘電率を完全に分離して測定することができない。異方性が弱い試料の場合は、共振がはっきりと2つに分離しないので、共振特性が正確に測定できず、測定精度が悪化する、もしくは測定できなくなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【文献】特開2006-226963号公報
【文献】特開昭62-195568号公報
【文献】特開2007-248097号公報
【非特許文献】
【0019】
【文献】永田紳一,「誘電率の異方性測定を利用した新しいオンライン繊維配向計の開発と実証実験-将来の繊維配向自動制御をめざして-」,紙パ技協誌,第57巻第2号,58頁から64頁,2003年2月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
以上のように、5Gにおいて平面状の試料の誘電率を配向方向と配向と垂直方向で分離して正確に測定する要求が高まっているが、ミリ波帯の周波数ではその要求を満たす装置や方法が存在していない。本発明の目的は、平面状の試料の誘電率を配向方向と配向と垂直方向で分離して測定することのできる共振器および誘電率の異方性を分離して測定する測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
第1の態様の分割型直方体共振器は、長方形状の底面および前記長方形状の底面に対向する開口を有する直方体形状の第1の半空洞を有する第1の筐体と、前記第1の半空洞と実質的に同一である第2の半空洞を有し、前記第1の半空洞の開口と前記第2の半空洞の開口とが対向するように、前記第1の筐体に対して配置される第2の筐体と、前記第1の半空洞の底面から前記第1の半空洞に露出する第1のループアンテナと、前記第2の半空洞の底面から前記第2の半空洞に露出する第2のループアンテナと、を備える。前記長方形状の底面の縦の長さに対する横の長さの比が1.005から1.26である。
【0022】
第2の態様の分割型直方体共振器は、第1の態様の分割型直方体共振器と同様の構成を備え、前記第1のループアンテナおよび前記第2のループアンテナのループ面と前記底面の縦方向とのなす角は約45度である。
【0023】
本開示の誘電率の測定方法は、第1または第2の態様の分割型直方体共振器を用いて、試料の2方向の誘電率を同時に測定する誘電率の測定方法であって、前記分割型直方体共振器に前記試料を挿入しない状態の第1の共振周波数特性を取得するステップと、前記分割型直方体共振器に前記試料を挿入した状態の第2の共振周波数特性を取得するステップと、前記第1及び第2の共振周波数特性から、前記試料の2方向の誘電率を算出するステップと、を備える。
【発明の効果】
【0024】
本発明の分割型直方体共振器によれば、TE011モードの共振とTE101モードの共振の2つの共振が所望の測定周波数近傍にあり、TE011モードの共振は試料に対してX方向の電界を印加し、TE101モードの共振は試料に対してY方向の電界を印加する。これにより、TE011モードの共振は試料のX方向の誘電率に応じた変化をし、TE101モードの共振は試料のY方向の誘電率に応じた変化をする。
試料を挿入しない状態でTE011モードの共振の共振特性とTE101モードの共振の共振特性をそれぞれ測定し、試料を挿入した状態で同じく2つの共振の共振特性を測定し、所定の計算もしくはシミュレーションにてX方向とY方向の誘電率を独立に正確に測定することができる。
【0025】
これらの測定はネットワークアナライザの1回の掃引で行えるため、測定が簡便になる。また、試料の測定する箇所が同一であるので、試料のサンプリングの箇所によるばらつきの影響を受けずに正確に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】実施の形態1に係る分割型直方体共振器の模式図(斜視図)
【
図2】
図1の2-2線を含むXZ面に平行な面による分割型直方体共振器の断面を示す模式図
【
図3】実施の形態1に係る分割型直方体共振器の第1の筐体を示す正面図
【
図4】実施の形態1に係る分割型直方体共振器のループアンテナを示す(A)正面図、(B)側面図
【
図5】実施の形態1に係る分割型直方体共振器の各モードによる共振周波数の計算値を示す表
【
図6】実施の形態1に係る分割型直方体共振器で測定したLCPフィルム(配向方向がX軸方向の場合)の共振周波数特性を示すグラフ
【
図7】実施の形態1に係る分割型直方体共振器で測定したLCPフィルム(配向方向がY軸方向の場合)の共振周波数特性を示すグラフ
【
図8】
図6および
図7から算出したLCPフィルムの誘電率を示す表
【
図9】実施の形態1に係る分割型直方体共振器で測定したPIフィルム(V方向)の共振周波数特性を示すグラフ
【
図10】実施の形態1に係る分割型直方体共振器で測定したPIフィルム(H方向)の共振周波数特性を示すグラフ
【
図12】従来技術に係るスプリットシリンダ共振器を示す図
【
図14】従来技術に係るスプリットシリンダ共振器による共振周波数特性(TE111モード)を示す図
【発明を実施するための形態】
【0027】
(実施の形態1)
図1は、分割型直方体共振器の模式図(斜視図)であり、
図2は、
図1の2-2線を含むXZ面に平行な面による分割型直方体共振器の断面を示す模式図であり、
図3は、分割型直方体共振器の第1の筐体を+Z方向から見た正面図である。後の説明のために、
図1に示すようにXYZ直交座標系を定義する。分割型直方体共振器10は、
図1~3に示すように、半空洞12を有する筐体11と、半空洞22を有する筐体21と、2つのループアンテナ13,23を有する。分割型直方体共振器10では、2つの筐体11,21にそれぞれ有する直方体形状の2つの半空洞12,22が共振器として機能するため、
図1では、筐体11,21に形成されている半空洞12,22が示され、筐体11,21の外形は省略されている。
【0028】
2つの筐体11,21にそれぞれ形成される半空洞12,22は、実質的に同一の直方体形状を有し、それぞれ長方形状の底面と底面に対抗する開口とを有する。底面は、XY面に平行であり、縦(X方向の辺)の長さがa、横(Y方向の辺)の長さがbの長方形状である。筐体11,21の素材としては銅を用いる。
【0029】
ループアンテナ13,23は、それぞれ、同軸ケーブル14,24の先端部に設けられ、半空洞12,22のそれぞれの底面から半空洞12,22の内部に露出して配置される。半空洞12,22のそれぞれの底面の中心には、同軸ケーブル14,24を挿入する挿入孔が設けられている。
【0030】
図4は、実施の形態1に係る分割型直方体共振器のループアンテナを示す(A)正面図、(B)側面図である。ループアンテナ13,23は、
図4に示すように、それぞれ、同軸ケーブル14,24の先端部において中心部から端部にかけてループを描くように形成される。ループアンテナ13,23のループにより形成される面を「ループ面」と定義する。実施の形態1に係る分割型直方体共振器10のループアンテナ13,23は、それぞれのループ面が、
図4に示すように、X方向となす角θが45度となるように、筐体11,21に取り付けられる。
図4では、角θが45度である例を示しているが、角θは45度、135度、225度、315度のいずれでもよい。即ち、ループアンテナ13,23のそれぞれの「ループ面」は、半空洞の底面の縦方向(X方向)または横方向(Y方向)対して45度の角度を有すればよい。実施の形態1では、ループアンテナ13,23の2つの「ループ面」が同一平面上にあり、ループアンテナ13,23が互いに点対称となる位置(ループアンテナ13のループ面の角θが45度の場合、ループアンテナ23のループ面の角θが225度)に配置されている。これは、ループアンテナ13,23が有限のサイズを持つことによる理想の共振からの乖離を最小にするためである。
【0031】
分割型直方体共振器10は、
図1に示すように、2つの筐体11,21のそれぞれの半空洞12,22の開口が対向するように配置されることにより、構成される。試料30の誘電率を測定する場合には、
図1に示すように、2つの筐体11,21の隙間に試料30を挟んだ状態で共振特性が測定される。
【0032】
試料30を挿入しない状態では、半空洞12,22が1つの直方体形状の空洞(「直方体空洞」と称する)を形成する。共振器として機能する空洞は、X方向の辺の長さがa、Y方向の辺の長さがb、Z方向の辺の長さがcの直方体である。即ち、半空洞12,22の長さ(Z方向の辺の長さ)は、
図2に示すように、c/2である。本実施の形態においては、5Gで使用される周波数である28GHzを測定周波数とするために、空洞の形状(形状1)を、a=7.1mm、b=7.3mm、c=8mmとした。このとき、TE011モードの共振の共振周波数の計算値は約27.7983GHz、TE101モードの共振の共振周波数は約28.2283GHzである。また、それ以外の共振モードも存在するが、c>bとしたことで、
図5のように他のモードの共振周波数(計算値)がTE0110モードとTE101モードの共振周波数よりも高くなり、測定に影響を与えない。
【0033】
電界Eは、
図1に示すように、TE011モードの共振においてはX方向にのみ印加され、TE101モードの共振においてはY方向にのみ印加される。
【0034】
信号は、
図2のように半空洞12,22の底面の中央付近にそれぞれ取り付けたループアンテナ13,23で励起する。TE011モードの共振において磁場はYZ面に平行に励起されるため、ループアンテナの開口の向きをY方向に向け(ループ面はXZ面に平行)、Y方向に磁場を励起する必要がある。同様に、TE101モードの共振において磁場はXZ面に平行に励起されるため、ループアンテナの開口の向きをX方向に向け(ループ面はYZ面に平行)、X方向に磁場を励起する必要がある。この2つの要求は相反するため、本実施の形態では、
図3、
図4のように、ループアンテナ13,23の開口の向きをそれらの中間的な方向、即ちX方向とY方向に対して45度の角度(ループ面がXZ面とYZ面に対して45度の角度)をなす方向に設定する。これにより、TE011モードの共振とTE101モードの共振が同程度の強度に励起され、測定の際に共振ピークが見つけやすく、また、一方のピークがもう一方のピークに強い影響を与えることがなく、2つの共振を良好に測定することができる。
【0035】
TE011モードの共振は試料のX方向の誘電率の影響を受け、低い周波数に移動する。同様に、TE101モードの共振の共振周波数は試料のY方向の誘電率の影響を受け、低い周波数に移動する。TE011モードの共振とTE101モードの共振とにおける共振周波数の移動量は試料に異方性がある場合、異なった値となる。それぞれの共振モードの共振周波数が異なることで、試料のない状態でのそれぞれの共振特性が正確に測定でき、また、試料を入れて共振周波数を測定したときにも、2つの共振がはっきりと分離するので、試料のX方向の誘電率とY方向の誘電率を正確に分離して測定できる。
【0036】
図6、
図7、
図9および
図10は、試料30を挿入しないときと挿入したときのTE011モードとTE101モードとの共振特性を示しており、各図の破線は試料30を挿入しないときの共振特性である。試料30を挿入しないときのTE011モードとTE101モードとの共振周波数の実測値は、それぞれFte011=27.788GHz、Fte101=28.216GHzであった。計算値との差は切削加工による誤差と半空洞の角に形成されるR加工(R=0.5mm)とによる影響が出たためである。
【0037】
図6の実線は、試料として異方性が強いLCP(厚み64μm)のフィルムを分割型直方体共振器10に挿入したときの共振特性である。挿入の方向はLCPの配向が共振器のX方向に平行になるようにしている。このとき、TE011モードおよびTE101モードの共振周波数は、それぞれFte011=26.995GHz、Fte101=27.676GHzであり、TE011モードの共振は大きく低周波側に移動するのに比べTE101モードの共振は低周波側に移動するもののTE011モードの共振ほどの移動量ではない。
【0038】
次に、LCPフィルムを90度回転させ、配向の向きをY方向に平行にして同様の測定をした結果を
図7の実線に示す。この時、TE011モードおよびTE101モードの共振周波数は、それぞれFte011=27.276GHz、Fte101=27.444GHzであり、TE011モードの共振の移動が小さく、TE101モードの共振の移動が大きくなっている。
【0039】
それぞれの場合における共振特性から、LCPフィルムの配向方向の誘電率および誘電正接と配向と垂直方向の誘電率および誘電正接を計算したものが
図8である。配向方向の誘電率および誘電正接と、配向と垂直方向の誘電率および誘電正接との間には大きな隔たりがあることが確認できた。また、異なる共振モードによる測定値であるにもかかわらず、配向方向と配向と垂直方向の誘電率と誘電正接はほぼ同じ値が得られている。
【0040】
比較のために、異方性がほとんどないといわれるポリイミド(PI)フィルムで同様の測定を行った。異方性のないポリイミドフィルムは配向方向が決定できないので、適当に選んだ方向を縦(V)方向、V方向に対して90度回転した方向を横(H)方向と定義した。
図9の実線は、ポリイミドフィルムを縦方向に挿入したときの共振特性である。このとき、TE011モードおよびTE101モードの共振周波数は、それぞれFte011=27.330GHz、Fte101=27.753GHzであり、TE011モードの共振およびTE101モードの共振における共振周波数の移動量およびQ値の変化はほぼ等しい。
【0041】
同様に、ポリイミドフィルムを横方向に挿入して測定をしたときの共振特性が
図10の実線である。この時も、TE011モードおよびTE101モードの共振周波数は、それぞれFte011=27.326GHz、Fte101=27.754GHzであり、TE011モードの共振およびTE101モードの共振における共振周波数の移動量およびQ値の変化はほとんど変わらない。
【0042】
これらの測定データから、ポリイミドフィルムの縦方向の誘電率および誘電正接を求めた結果が
図11である。縦方向、横方向の誘電率と誘電正接には有意な差が見られないことがわかる。
【0043】
本実施の形態の直方体形状の空洞を有する分割型直方体共振器10で、異方性の強いLCPフィルムにおいては、測定の電界の方向によって得られる誘電率が大きく異なり、異方性がほとんどないPIフィルムにおいては、測定の電界の方向にかかわらず得られる誘電率の値がほぼ等しいことが確認できた。
【0044】
分割型直方体共振器10は、長方形状の底面とその底面に対向する開口を有する直方体形状の半空洞12を有する筐体11と、半空洞12と実質的に同一である半空洞22を有し、半空洞12の開口と半空洞22の開口とが対向するように、筐体11に対して配置される筐体21と、半空洞12の底面から半空洞12に露出する第1のループアンテナ13と、半空洞22の底面から半空洞22に露出する第2のループアンテナ23と、を備える。第1のループアンテナ13および第2のループアンテナ23のループ面は底面の縦方向に対して約45度の角度を有する。また、第1のループアンテナ13のループ面と第2のループアンテナ23のループ面とは実質的に同一平面上に位置する。このように、2つのループアンテナ13,23をX軸とY軸に対して約45度の角度を持つように配置することにより、異方性を持つ誘電体の複素誘電率の測定において、TE011モードとTE101モードの両方の共振をバランスよく励起し、1つの分割型直方体共振器で2軸方向の誘電率を1回の掃引で同時に測定することができる。
【0045】
また、分割型直方体共振器10を用いる誘電率の測定方法によって、異方性を有する試料30の2方向の誘電率を同時に測定することができる。この測定方法は、分割型直方体共振器10に試料30を挿入しない状態の第1の共振周波数特性を取得するステップと、分割型直方体共振器10に試料30を挿入した状態の第2の共振周波数特性を取得するステップと、第1及び第2の共振周波数特性から、試料30の誘電率を算出するステップと、を備える。第1の共振周波数特性および第2の共振周波数特性の各々は、TE011モードとTE101モードの共振特性を含む。
【0046】
(他の実施の形態)
異方性を有する誘電体の誘電率を正確に測定するには、TE011モードの共振周波数とTE101モードの共振周波数との差を十分大きくし、試料を挿入しないときのそれぞれの共振特性が正確に求められ、かつ、異方性のある試料の挿入により2つの共振が重ならないようにする必要がある。実施の形態1において、直方体空洞の形状をa=7.1mm、b=7.3mm、c=8.0mmとし(形状1)、試料を挿入しない状態で両者の共振周波数の差は428MHzであったが、試料であるLCPフィルムの挿入によって
図7に示すように、両者の共振周波数の差が168MHz(配向方向がY方向の場合)まで小さくなった。試料の挿入によって共振周波数が移動し、移動後のTE011モードの共振とTE101モードの共振が重なってしまうと、共振特性の測定ができなくなる。また、TE011モードとTE101モードとの共振が入れ替わることもありうるが、そのときは、どの共振がどちらなのかわからなくなる。実施の形態1の分割型直方体共振器10で、試料の異方性がもっと強かったり、試料が厚かったりする場合にも同様のことは起こりうる。
【0047】
試料の異方性による誘電率の差をΔε、試料の厚さをtとし、この場合のTE011モードの共振が移動するときの中心周波数の移動量をΔF011とし、TE101モードの共振が移動するときの中心周波数の移動量をΔF101とする。ΔF011とΔF101の差をΔFとすると、ΔFはΔε×tにほぼ比例する。
【0048】
実施の形態1では、試料を入れないときの両共振モードの共振周波数の差は428MHzであった。異方性による誘電率の差が約1.17で厚さが64μmのLCPフィルムにより、両共振モードの共振周波数の差が168MHz(配向方向がY方向の場合)まで縮まった。この場合のΔF011は512MHz、ΔF101は772MHz、ΔFは260MHzである。
【0049】
実施の形態1で用いたLCPフィルムよりも厚く、異方性の強い試料を測定するならば、例えば、直方体空洞の形状をa=6.2mm、b=7.8mm、c=8.5mmにする(形状2)と、TE011モードとTE101モードの共振周波数(計算値)はそれぞれ、26.08GHz、29.93GHzと4GHz近く分離することになり、より異方性の強い、もしくは、より厚みのある試料の測定が可能となる。一方で、共振周波数が28GHzから離れるにつれて、28GHz付近で使用される材料としての特性が反映される状態での測定からのずれが大きくなり、市場における実使用状態での特性との差が大きくなる可能性がある。また、配向と同じ向きの誘電率を測定するときの周波数と配向と垂直方向の誘電率を測定するときの周波数が大きく異なることになる。
【0050】
逆に、直方体空洞の形状をa=7.18mm、b=7.22mm、c=8mmとする(形状3)と、TE011モードとTE101モードの共振周波数(計算値)はそれぞれ、27.967GHz、28.053GHzとなり、28GHz付近で使用される材料としての特性が反映される状態での測定として十分であるといえる。しかし、2つの共振周波数の差が86MHzしかなく、小さな異方性のある試料でも2つの共振が重なってしまって誘電率の測定できなくなる可能性が大きい。実用的には限界であると考えられる。
【0051】
以上の考察から、本実施例に対して、直方体空洞の形状を規定するa、b、cの選択に前後の幅が想定できることがわかる。cはbよりも10%程度大きい値(c/bが1.08以上、より好ましくは1.09以上)であれば、不要モードであるTE110モードの共振周波数は測定に影響を与えない。cを不要に大きくすると共振器のサイズが不要に大きくなるので、cはbより10%大きい程度に留める(c/bが1.15以下、より好ましくは1.11以下)のが実用的である。重要なのはaとbの比率であるが、実施の形態1の場合(形状1)、aとbの比率はa:b=7.1:7.3と約3%の差を持たせた。上記考察においては、最小の場合(形状3)、aとbの比率はa:b=7.18:7.22と考えられ約0.5%の差となる。逆に最大の場合(形状2)、aとbの比率はa:b=6.2:7.8で約26%の差となる。
【0052】
上記のように、分割型直方体共振器10は、直方体をXY面に平行な面で2分割して形成される2つの半空洞12,22を対面させて組み合わせることにより構成される空洞を有する。直方体形状の空洞の縦(X方向の辺)の長さをa、横(Y方向の辺)の長さをbとすると、長さbは、長さaの100.5%から126%である。これにより、TE011モードとTE101モードの共振周波数との差を十分確保しつつ、5Gでの周波数帯域である28GHzという実使用に近い状態での誘電率の測定が可能となる。
【0053】
また、空洞の長さ(Z方向の辺の長さ)c(2つの半空洞12,22の和)は、長さbの108%(より好ましくは、109%)以上である。これにより、TE0110モードとTE0101モードに対するこれら以外の共振モードによる影響を抑えることができる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明の分割型直方体共振器は、ミリ波帯における誘電体の複素誘電率の測定に適している。
【符号の説明】
【0055】
10 分割型直方体共振器
11,21 筐体
12,22,52,62 半空洞
13,23 ループアンテナ
14,24 同軸ケーブル
30 試料
50 スプリットシリンダ共振器
60 空洞共振器
61 試料挿入孔
E 電界