(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-12
(45)【発行日】2024-04-22
(54)【発明の名称】細胞精製用材料およびその利用
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240415BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20240415BHJP
C12N 5/07 20100101ALI20240415BHJP
B01D 15/38 20060101ALI20240415BHJP
B01J 20/26 20060101ALI20240415BHJP
B01J 20/28 20060101ALI20240415BHJP
B01J 20/32 20060101ALI20240415BHJP
B01J 20/281 20060101ALI20240415BHJP
B01J 20/34 20060101ALI20240415BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12N1/00 Z
C12N5/07
B01D15/38
B01J20/26 H
B01J20/28 Z
B01J20/32 Z
B01J20/26 L
B01J20/34 G
(21)【出願番号】P 2019216206
(22)【出願日】2019-11-29
【審査請求日】2022-10-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)、「スマートサーフェス設計を戦略とした革新的分離解析技術の開発」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金澤 秀子
(72)【発明者】
【氏名】長瀬 健一
【審査官】飯濱 翔太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-232573(JP,A)
【文献】Colloids and Surfaces B: Biointerfaces,2019年03月01日,Vol.178,pp.253-262
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
B01D 15/38
B01J 20/26
B01J 20/28
B01J 20/32
B01J 20/281
B01J 20/34
C12N 1/00
C12N 5/07
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
担体と、
担体表面に固定化されたポリマー層を含む、細胞精製用材料であって、
前記ポリマー層は、カチオン性高分子のブロックと温度応答性高分子のブロックのジブロック共重合体からなり、
カチオン性高分子側で担体に固定化されて
おり、
前記担体が、水酸基を表面に有する担体であって、その表面に有する前記水酸基を介して、1-トリクロロシリル-2-(m-クロロメチルフェニル)エタン;1-トリクロロシリル-2-(p-クロロメチルフェニル)エタン;1-トリクロロシリル-2-(m-クロロメチルフェニル)エタンと1-トリクロロシリル-2-(p-クロロメチルフェニル)エタンの混合物;2-(4-クロロスルホニルフェニル)エチルトリメトキシシラン;及び(3-(2-ブロモイソブチリル)プロピル)ジメチルエトキシシランから選択される重合開始剤を導入したものであり、前記重合開始剤を起点として前記ポリマー層が固定化されるものであり、
前記カチオン性高分子が、カチオン性官能基を含むモノマーの重合体であって、カチオン性官能基はジアルキルアミノ基またはトリアルキルアミノ基であり、
前記温度官能性高分子が、水に対する下限臨界溶解温度(LCST)が20℃~40℃の範囲にある温度応答性高分子である
細胞精製用材料。
【請求項2】
前記温度応答性高分子がN-イソプロピルアクリルアミドの重合体である、請求項
1に記載の細胞精製用材料。
【請求項3】
ジブロック共重合体におけるカチオン性高分子の導入率が0.01~90重量%である、請求項1
又は2に記載の細胞精製用材料。
【請求項4】
前記担体は平均粒径50μm~1000μmの球状担体である、請求項1~
3のいずれか一項に記載の細胞精製用材料。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれか一項に記載の細胞精製用材料が充填されたカラムを含む、細胞精製用クロマトグラフィーカラム。
【請求項6】
細胞が間葉系幹細胞である、請求項
5に記載の細胞精製用クロマトグラフィーカラム。
【請求項7】
請求項
5に記載の細胞精製用クロマトグラフィーカラムを用いた細胞の精製方法であって、
目的細胞を含む細胞懸濁液を当該細胞精製用クロマトグラフィーカラムの細胞精製用材料に含まれる温度応答性高分子のLCSTより高い温度で当該細胞精製用クロマトグラフィーカラムに通過させて目的細胞を吸着させる工程、
洗浄液を通過させる工程、
前記応答性高分子のLCSTより低い温度で溶離液を通過させて目的細胞を溶離させる工程、および
溶離液から目的細胞を回収する工程を含む、細胞の精製方法。
【請求項8】
表面に重合開始剤が導入された担体を用意する工程、
担体表面の重合開始剤を起点としてカチオン性官能基を有するモノマーの重合反応を行ってカチオン性高分子を合成する工程、
得られたカチオン性高分子の未反応末端を起点として温度応答性高分子を合成する工程、を含む、
請求項1~
4のいずれか一項に記載の細胞精製用材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を選択的に吸着し、脱離させることで、細胞を精製することのできる材料に関する。本発明はまた、当該材料を利用した細胞の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞を利用した再生医療が注目されており、生体から単離した細胞、またはインビトロで分化誘導した細胞の治療用途を目的とした研究や開発が進められている。
再生医療においては、拒絶反応や副作用を避けるため、投与される細胞を精製する必要がある。従来、細胞の精製技術としては、細胞表面タンパク質に対する抗体を用いたフローサイトメトリーが一般的に行われているが、抗体の結合は不可逆的であるため単離した細胞から抗体を分離することが難しく、さらに、単離された細胞の生存率も高くないという問題があった。
【0003】
特許文献1には、固定相表面に0~80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーが被覆され、そのポリマー鎖の温度変化による収縮、膨潤により当該固定相表面と分離したい物質との親和性を変えられる固定相が充填された、物質分離用前処理カートリッジが開示されている。しかしながら、これは生理活性物質を分離するためのもので、細胞を対象としたものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、細胞をインタクトな状態を保ったまま高効率で精製するための材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った。まず、細胞表面の電荷は細胞の種類によって異なり、電荷の違いを利用して細胞を分離することを目的として検討を行った。その結果、カチオン性高分子と温度応答性高分子のブロック共重合体が表面に固定化された担体を含む細胞精製用材料を用いることにより、間葉系幹細胞などの目的細胞を他の細胞から効率よく分離できることを見出した。そして、この方法で分離された細胞は高い生存率を保っていることを見出した。このようにして、本発明を完成させるに至った。
本発明の要旨は以下の通りである。
【0007】
[1]担体と、
担体表面に固定化されたポリマー層を含む、細胞精製用材料であって、
前記ポリマー層は、カチオン性高分子と温度応答性高分子のブロック共重合体からなり、カチオン性高分子側で担体に固定化されている、細胞精製用材料。
[2]前記カチオン性高分子が、カチオン性官能基を含むモノマーの重合体である、[1]に記載の細胞精製用材料。
[3]前記カチオン性官能基はジアルキルアミノ基またはトリアルキルアミノ基である、[2]に記載の細胞精製用材料。
[4]前記温度応答性高分子が、水に対する下限臨界溶解温度(LCST)が20℃~4
0℃の範囲にある温度応答性高分子である、[1]~[3]のいずれかに記載の細胞精製用材料。
[5]前記温度応答性高分子がN-イソプロピルアクリルアミドの重合体である、[4]に記載の細胞精製用材料。
[6]ブロック共重合体におけるカチオン性高分子の導入率が0.01~90重量%である、[1]~[5]のいずれかに記載の細胞精製用材料。
[7]前記担体は平均粒径50μm~1000μmの球状担体である、[1]~[6]のいずれかに記載の細胞精製用材料。
[8][1]~[7]のいずれかに記載の細胞精製用材料が充填されたカラムを含む、細胞精製用クロマトグラフィーカラム。
[9]細胞が間葉系幹細胞である、[8]に記載の細胞精製用クロマトグラフィーカラム。
[10][8]に記載の細胞精製用クロマトグラフィーカラムを用いた細胞の精製方法であって、
目的細胞を含む細胞懸濁液を当該細胞精製用クロマトグラフィーカラムの細胞精製用材料に含まれる温度応答性高分子のLCSTより高い温度で当該細胞精製用クロマトグラフィーカラムに通過させて目的細胞を吸着させる工程、
洗浄液を通過させる工程、
前記応答性高分子のLCSTより低い温度で溶離液を通過させて目的細胞を溶離させる工程、および
溶離液から目的細胞を回収する工程を含む、細胞の精製方法。
[11]表面に重合開始剤が導入された担体を用意する工程、
担体表面の重合開始剤を起点としてカチオン性官能基を有するモノマーの重合反応を行ってカチオン性高分子を合成する工程、
得られたカチオン性高分子の未反応末端を起点として温度応答性高分子を合成する工程、を含む、
[1]~[7]のいずれかに記載の細胞精製用材料の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、細胞をインタクトな状態を保ったまま高効率で精製することができる。カチオン性高分子の導入率を変えることで様々な細胞の精製に適用できると考えられる。本発明の方法は特に間葉系幹細胞の精製に適しており、再生医療分野に貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】カチオン性高分子と温度応答性高分子のブロック共重合体の担体表面への導入方法の模式図。
【
図2】ビーズの粒径と細胞回収率の関係を示すグラフ。
【
図3】ブロック共重合体におけるカチオン性高分子の導入率と高温、低温における細胞回収率の関係を示すグラフ。
【
図4】Jurkat細胞または間葉系幹細胞をPNIPAAmカラムまたはブロック共重合体カラムに負荷し、高温、低温で通液したときの細胞回収率の関係を示すグラフ。
【
図5】ブロック共重合体カラムで精製した間葉系幹細胞の生存率を示すグラフ。
【
図6】フローサイトメトリーで精製した間葉系幹細胞の生存率を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の細胞精製用材料は、担体と、担体表面に固定化されたポリマー層を含む。
ここで、ポリマー層は、カチオン性高分子と温度応答性高分子のブロック共重合体からなり、カチオン性高分子側で担体に固定化されている。
【0011】
ブロック共重合体は、カチオン性高分子のブロックと温度応答性高分子のブロックを含むジブロック共重合体であり、カチオン性高分子のブロックの一端を介して担体表面に固定化される。比表面積は1 m2/g ~ 1000 m2/gが好ましい。
【0012】
ブロック共重合体を構成するカチオン性高分子としては、カチオン性官能基を含むモノマーの重合体であることが好ましい。ここで、カチオン性官能基としては、3級アミノ基または4級アミノ基が挙げられ、ジアルキルアミノ基またはトリアルキルアミノ基が好ましい。ここで、各アルキル基の炭素数は1~5であることが好ましく、1~3であることがより好ましく、1または2であることがさらに好ましい。例えば、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、トリメチルアミノ基、トリエチルアミノ基などが挙げられる。トリアルキルアミノ基は塩を形成していてもよい。
カチオン性官能基を含むモノマーは、上記のようなカチオン性官能基が重合性官能基と結合した化合物が挙げられる。ここで、重合性官能基としては、メタクリル基、アクリル基、スチリル基などが挙げられる。
カチオン性官能基と重合性官能基は直接結合していてもよいが、メチレン基やエチレン基やプロピレン基などのアルキレン基に例示されるリンカーを介して結合していることが好ましい。
【0013】
カチオン性官能基を含むモノマーとして具体的には、N,N-ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N,N-ジエチルアミノエチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジエチルアミノメチル(メタ)アクリレート、N,N-ジエチルアミノメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N,N-ジメチルアミノエチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジメチルアミノメチル(メタ)アクリレート、N,N-ジメチルアミノメチル(メタ)アクリルアミド、N-メチル-N-エチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N-メチル-N-エチルアミノエチル(メタ)アクリルアミド、N-メチル-N-エチルアミノメチル(メタ)アクリレート又はN-メチル-N-エチルアミノメチル(メタ)アクリルアミドなどを挙げることができる。また、3-アクリルアミドプロピルトリメチルアンモニウムクロライドなどの(メタ)アクリルアミドアルキルトリメチルアンモニウム塩や(メタ)アクリレートアルキルトリメチルアンモニウム塩も使用できる。カチオン性官能基を含むモノマーは2種以上重合させてもよい。
【0014】
温度応答性高分子としては、水に対する下限臨界溶解温度(LCST)が20℃~40℃の範囲にある温度応答性高分子が挙げられる。本発明の細胞精製用材料に細胞を37℃付近で吸着させ、温度を低下させることで細胞を溶離させて回収するためには、温度応答性高分子のブロック(C)のLCSTは20℃~35℃の範囲にあることが好ましく、30℃~35℃の範囲にあることがより好ましい。
例えば、N-エトキシエチルアクリルアミド(LCST=約35℃)、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(LCST=約35℃)、N-イソプロピルアクリルアミド(LCST=約32℃)、N,N-ジエチルアクリルアミド(LCST=約32℃)、N-n-プロピルメタクリルアミド(LCST=約28℃)、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(LCST=約28℃)、N-メチル-N-イソプロピルアクリルアミド(LCST=約22℃)、N-n-プロピルアクリルアミド(LCST=約22℃)、N-メチル-N-n-プロピルアクリルアミド(LCST=約20℃)をモノマーとして得られる重合体を例示することができる。
これらの中では、温度降下による細胞溶離が良好である点で、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミドの重合体が好ましい。
なお、温度応答性高分子はこれらの2種類以上のモノマーの重合体であってもよい。
【0015】
本発明の細胞精製用材料に含まれるブロック共重合体におけるカチオン性高分子の導入率は例えば0.01~90重量%であるが、0.05~20重量%が好ましい。間葉系幹細胞の精製のためには0.1~5%が好ましく、0.3~5%がより好ましい。
【0016】
本発明の細胞精製用材料に含まれるブロック共重合体の数平均分子量(Mn)に特に制限はないが、例えば、1000~100000が好ましい。
【0017】
本発明の細胞精製用材料に含まれるブロック共重合体を構成するカチオン性高分子のブロックと温度応答性高分子のブロックの配列順は、(担体)-(カチオン性高分子のブロック)-(温度応答性高分子のブロック)の順である。
【0018】
ブロック共重合体の製造方法は特に制限されず、モノマーの種類に応じて、公知の方法で製造することができる。
ブロック共重合体を合成したのちに、これをカチオン性高分子のブロック側の末端を介して担体に結合させてもよいが、担体表面でカチオン性高分子、温度応答性高分子の順で直接重合反応を行って、ブロック共重合体の合成と固定化を一度に行うことが好ましい。
担体表面での重合方法としては、リビングカチオン重合やリビングアニオン重合やリビングラジカル重合などのリビング重合により製造されることが好ましい。リビングラジカル重合技術としては、原子移動ラジカル重合法(ATRP)、可逆的付加開裂連鎖移動重合法(RAFT)、ニトロキシドを介した重合法(NMP)などを例示することができるが、これらの中では、原子移動ラジカル重合法(ATRP)により製造することが好ましい。これにより、担体表面に密に温度応答性高分子を導入することが可能である。
【0019】
一例として、担体表面に重合開始剤を固定化し、その開始剤から触媒の存在下で原子移動ラジカル重合法(ATRP法)によりカチオン性高分子を成長させ、その後、カチオン性高分子の未反応末端を起点として温度応答性ポリマーを成長反応させる方法が挙げられる。
ここで、重合開始剤は特に限定されるものではないが、基材がシリカやガラスの場合、例えば、1-トリクロロシリル-2-(m-クロロメチルフェニル)エタン、1-トリクロロシリル-2-(p-クロロメチルフェニル)エタン、或いは1-トリクロロシリル-2-(m-クロロメチルフェニル)エタンと1-トリクロロシリル-2-(p-クロロメチルフェニル)エタンの混合物、2-(4-クロロスルホニルフェニル)エチルトリメトキシシラン、(3-(2-ブロモイソブチリル)プロピル)ジメチルエトキシシランなどが挙げられる。重合触媒としては特に限定されないが、CuCl、CuBr等があげられる。
【0020】
本発明の細胞精製用材料に用いる担体の素材は特に制限はないが、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアルキル(メタ)アクリレート、ポリアルキル(メタ)アクリルアミド、ポリエステル、ポリウレタン、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネート、またはそれらの共重合体の樹脂などの合成高分子、デキストラン、セルロースなどの植物由来高分子、あるいは木片やセラミックスを例示できる。
また、シラン化合物と反応性のある官能基、例えば水酸基を表面に有する担体を用いると、上記のような重合開始剤を導入しやすいため、リビング重合でブロック共重合体を合成する場合には好ましい。このような担体としては、例えば、シリカ、アルミナ、チタニア及びガラスビーズのような無機担体が挙げられる。
【0021】
担体の形状は特に限定はないが、機械的強度やブロック共重合体の修飾性に優れる点で、球状であることが好ましい。担体の直径は、カラムクロマトグラフィーの際に細胞が通過できるようにするために、平均粒径として、50~1000μmが好ましく、100~1000μmがより好ましく、150μm~500μmであることがさらに好ましい。
【0022】
本発明の細胞精製用材料は細胞クロマトグラフィーの材料として使用することができる。例えば、本発明の細胞精製用材料をクロマトグラフィー用の筒状容器に充填することで、細胞精製用クロマトグラフィーカラムを得ることができる。
細胞精製用クロマトグラフィーカラムは、試料に含まれる細胞集団から特定の細胞を精製するために使用することができる。細胞集団は幹細胞を分化させることで得られた細胞集団や組織から得られる細胞集団などが例示される。
本発明者らの検討により、細胞表面の電荷、例えばζ電位は細胞の種類によって異なるため、本発明の細胞精製用材料への接着能力も細胞の種類によって異なることが明らかとなった。したがって、目的細胞とその他の細胞の吸着能力の違いを利用して目的細胞を分離精製することができる。
【0023】
本発明の細胞精製用材料を用いて分離、精製される細胞の種類は特に制限されないが、哺乳動物細胞が好ましく、ヒト細胞、マウス細胞、ラット細胞などが挙げられる。
本発明の細胞精製用材料は、接着性細胞に対して好ましく使用できる。接着性細胞としては、例えば、内皮細胞、表皮細胞、上皮細胞、筋細胞、神経細胞、骨細胞、脂肪細胞、樹状細胞、マクロファージ等が挙げられる。内皮細胞としては、例えば、肝細胞、クッパー細胞、血管内皮細胞及び角膜内皮細胞等が挙げられる。表皮細胞としては、例えば、線維芽細胞、骨芽細胞、砕骨細胞、歯根膜由来細胞及び表皮角化細胞等が挙げられる。上皮細胞としては、例えば、気管上皮細胞、消化管上皮細胞、子宮頸部上皮細胞及び角膜上皮細胞等が挙げられる。筋細胞としては、例えば、乳腺細胞、ペリサイト、平滑筋細胞及び心筋細胞等が挙げられる。神経細胞としては、例えば、腎細胞、膵ランゲルハンス島細胞、末梢神経細胞及び視神経細胞等が挙げられる。骨細胞としては、例えば、破骨細胞、軟骨細胞等が挙げられる。
【0024】
また、各種幹細胞も使用できる。接着性の幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、生殖細胞系列幹細胞(GS細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞、間葉系幹細胞、造血系幹細胞、神経系幹細胞等の複能性幹細胞、心筋前駆細胞、血管内皮前駆細胞、神経前駆細胞、脂肪前駆細胞、皮膚線維芽細胞、骨格筋筋芽細胞、骨芽細胞、象牙芽細胞等の単能性幹細胞(前駆細胞)等の幹細胞が挙げられる。
【0025】
本発明の細胞精製用材料を利用した細胞クロマトグラフィーの方法としては、例えば、以下のような方法が挙げられる。
本発明の細胞精製用材料を充填したクロマトグラフィーカラムに、細胞を含む試料を、ブロック共重合体に含まれる温度応答性高分子のLCSTより高い温度の条件で通過させることにより、目的細胞を吸着させる。その後、生理緩衝液や培地などを通過させて洗浄を行ったのち、温度を温度応答性高分子のLCSTより低い温度に低下させた状態で生理緩衝液や培地などの溶離液を通過させることで、目的細胞を溶出させる。溶出液を回収することにより、目的細胞を得ることができる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の態様には限定されない。
【0027】
1. カラムの作製方法
1.1 充填剤の作製
1.1.1 塩酸処理
シリカビーズ (平均粒径 150 μm、細孔径 6 nm、比表面積 475 m2/g) 50 gを秤量し、500 mLの三口ナスフラスコに入れ、濃塩酸150 mLを加え攪拌した (90 ℃、3 h)。濃塩酸の
沸騰が停止したことを確認し、超純水、アセトンの順で洗浄し、吸引ろ過で回収した。その後、減圧乾燥機により乾燥させた (150 ℃、7 h)。
【0028】
1.1.2 篩分け
塩酸処理を行ったシリカビーズをJIS規格のステンレス試験用篩で4つの粒子径 (64~75
μm、75-106 μm、106~150 μm、150-210 μm)に分けた。150-210 μmのシリカビーズを用い、充填剤の作製を行った。
【0029】
1.1.3 開始剤修飾
篩分けしたシリカビーズ (150~210 μm) 10 gを秤量し、500 mLの三口ナスフラスコに入れた。湯で水蒸気飽和させた二口ナスフラスコに窒素ガスを流して水蒸気をシリカビーズの入った三口ナスフラスコに送り込み、湿度を60 %に保ちながら攪拌した (3 h)。脱水トルエン 300 mLおよびシラン化剤である(Chloromethyl)phenylethyl-trimethoxysilane 12.4 mL (0.05 mol)を三口ナスフラスコに加え、攪拌した (16 h)。シリカビーズはアセト
ンで洗浄し、吸引ろ過で回収した。その後、減圧乾燥機により乾燥させた (110 ℃、2 h)。
【0030】
1.1.4 PNIPAAm modified silica beadsの作製
開始剤修飾シリカビーズを50 mLのスクリュー管に3 g秤量した。温度応答性高分子のN-isopropylacrylamide (NIPAAm) 4.60 g (40.7 mmol)を100 mLの二口ナスフラスコに入れ、2-propanol 40 mLを加え攪拌しながらアルゴンでバブリングを行った (20 min)。攪拌を停止してから、CuCl 26.22 mg (0.26 mmol)、Tris[2-(dimethylamino)ethylamine] (Me6TREN) 68.00 mg (0.30 mmol)を加え、フラスコ内をアルゴンで満たした。グローブバッグを
アルゴンで満たし、酸素濃度が0.1 %以下であることを確認し、グローブバッグ内で反応
液をシリカビーズ入りの50 mLのスクリュー管に移し、α-Chloro-p-xylene 1.75 μL (1.32×10-5mol)を添加し、蓋をして密閉した容器を振盪器で振盪した (16 h)。
シリカビーズを50 mLの遠心管にアセトンで洗いこみながら移した。EDTA溶液 (50 mM) : 1級メタノール=1 : 1溶液で超音波を用いて洗浄した (30 min)。遠心 (1000 rpm、5 min)を行い、上澄みを捨てた。この操作を3回繰り返し、超純水、アセトンの順で洗浄してか
ら回収し、減圧乾燥機により乾燥させた (50℃、3 h)。
【0031】
1.1.5 PDMAPAAm-b-PNIPAAm modified silica beadsの作製
本実験では、カチオン性高分子のpoly(N,N-dimethylaminopropylacrylamide) (DMAPAAm)
と温度応答性高分子のPNIPAAmのブロック共重合体を作製した。NIPAAmに対してDMAPAAmを0.25%、0.5%、1%、10%導入した4種の充填剤を作製した。それぞれに使用したDMAPAAm、NIPAAmの量を表1に示す。
【0032】
【0033】
開始剤修飾シリカビーズを50 mLのスクリュー管に3 g秤量した。DMAPAAmを100mLの二口ナスフラスコに入れ、2-プロパノール 40 mLを加え攪拌しながらアルゴンでバブリングを行った (20 min)。攪拌を停止してから、CuCl 26.22 mg (0.26 mmol)、Me6TREN 68.00 mg (
0.30 mmol)を加え、フラスコ内をアルゴンで満たした。グローブバッグをアルゴンで満たし、酸素濃度が0.1 %以下であることを確認し、グローブバッグ内で反応液をシリカビー
ズ入りの50 mLのスクリュー管に移し、α-Chloro-p-xylene 1.75 μL (1.32×10-5 mol)
を添加し、蓋をして密閉した容器を振盪器で振盪した (1 h)。
反応液の上澄みを捨て、沈殿物をアセトンで洗浄してから回収し、減圧乾燥機により乾燥させた (50 ℃、3 h)。
PDMAPAAm修飾シリカビーズを50 mLのスクリュー管に2.7 g秤量した。NIPAAm を100 mLの
二口ナスフラスコに入れ、2-プロパノール 40 mLを加え攪拌しながらアルゴンでバブリングを行った (20 min)。攪拌を停止してから、CuCl 26.22 mg (0.26 mmol)、Me6TREN 68.00 mg (0.30 mmol)を加え、フラスコ内をアルゴンで満たした。グローブバッグをアルゴンで満たし、酸素濃度が0.1 %以下であることを確認し、グローブバッグ内で反応液をシリ
カビーズ入りの50 mLのスクリュー管に移し、α-Chloro-p-xylene 1.75 μL (1.32×10-5mol)を添加し、蓋をして密閉した容器を振盪器で振盪した (16 h)。
シリカビーズを50 mLの遠心管にアセトンで洗いこみながら移した。EDTA溶液 (50 mM) : 1級メタノール=1 : 1溶液で超音波を用いて洗浄した (30 min)。遠心 (1000 rpm、5 min)を行い、上澄みを捨てた。この操作を3回繰り返し、超純水、アセトンの順で洗浄してか
ら回収し、減圧乾燥機により乾燥させた (50 ℃、3 h)。
【0034】
1.2 ポリマー修飾シリカビーズの固相抽出カラムへの充填
1 mL用シリンジのピストンを用いてSPEカートリッジ (長さ : 57.6 mm、内径 : 5.5 mm)
に50 μmのフリットを1個詰めた後、ポリマー修飾シリカビーズを300 mg充填した。パス
ツールピペットを用い、HPLC用メタノール : 超純水=1 : 1でポリマー修飾シリカビーズ
を少し湿らせた後、フリットを1個詰めて充填剤を固定した。作製したSPEカラムは、HPLC用メタノール : 超純水=1 : 1 (20 mL)、HPLC用エタノール (10 mL)、超純水 (50 mL)で
洗浄を行った。
【0035】
2. 細胞の溶出方法
2.1 細胞のカラムへの負荷
作製したカラムをあらかじめ温めておき、37 ℃の培地をシリンジポンプを用いて9 mL/minの流速で5 mL流してコンディショニングを行った。5.0 × 105 cells/mLになるように調製した37 ℃の細胞懸濁液1 mLを、40 μmのセルストレーナーに通してから1 mL/minの流
速で1 回流し、得られた1サンプルをLoadとした。次に37 ℃の培地1 mLを1 mL/minの流速で2 回流し、得られた2 サンプルをWash1、2とした。その後、5分間SPEカラムを氷で冷やし、クーラーボックスで冷やした状態の培地1 mLを9 mL/minの流速で3 回流し、得られた3 サンプルをElute1、2、3とした。それぞれにおけるサンプル1 mLから500 μLをマイク
ロピペッターで計量し、生死細胞数計測器を用いてトリパンブルー染色法により細胞濃度を測定し、カラム通過前の細胞濃度に対する溶出率 (Recovery)をそれぞれ算出した。
【0036】
結果
シリカビーズ上へのブロック共重合体修飾は原子移動ラジカル重合(ATRP)による二段階反応で行った。
図1に示すように、シリカビーズに重合開始剤を修飾した後、一段階目のATRPでカチオン性のDMAPAAm、二段階目のATRPで温度応答性のNIPAAmを修飾することで、下層にPDMAPAAm、上層にPNIPAAmが修飾され、担体表面にプラスチャージが集中するような構
造を有する材料を得た。これをクロマトグラフィー担体として用い、細胞の着脱特性を評価した。なお、ビーズの粒径検討用およびコントロール担体として、PNIPAAmのみを修飾
した担体を用いた。
【0037】
作製したポリマー修飾シリカビーズをカラムに300 mg充填し、37℃の細胞培地5 mLでコンディショニングを行ってから5.0×105cells/mLに調製した骨髄由来間葉系幹細胞の細胞懸濁液をフィルターに通してからカラムに負荷し、得られたサンプルをLoadとした。
同じく37℃の培地を2回カラムに流し、得られた2サンプルをWash1、2とした。
その後、5分間カラムを冷却した後に、4℃の培地をカラムに三回流し、得られた3サンプ
ルをElute1、2、3とした。これら計6つのサンプルの細胞濃度を測定し、カラム通過前の細胞濃度に対する溶出率をそれぞれ算出した。
【0038】
まず、カチオン性高分子を含まないPNIPAAmのみのカラムを用い、粒子径の検討を行った
。結果を
図2に示す。37℃と4℃での溶出率を比較すると、どちらの粒子径も4℃で溶出率が増加していることから、PNIPAAmによる温度応答性を確認した。
また、回収率の合計は、粒子径106~150 μmのビーズを充填したカラムでは17.5%、粒子
径150~210 μmのビーズを充填したカラムでは68.9%という結果になった。このことから
、粒子径150μm以下の大きさのシリカビーズでは間葉系幹細胞はシリカビーズ間の空隙
を通過しにくいと考えられた。よって、間葉系幹細胞の分離には150~210 μmのシリカビーズが適していると考え、以降の実験を進めた。
【0039】
次に、共重合体におけるカチオン性高分子の導入率と細胞脱着能の関係について検討した。
NIPAAmに対しDMAPAAmを0.25%, 0.5%, 1%, 10%導入した充填剤を作成し、電荷量の違いに
よるMSCの溶出挙動をそれぞれ観察し、比較検討を行った。
その結果、
図3に示すように、DMAPAAm0.5%導入すると、4℃での溶出率は51%とPNIPAAmよりも高い値を示した。よって、MSCの分離に特に適したDMAPAAm量は、NIPAAmに対して0.5%であるということが言え、高温時でのMSCのカラム保持および低温時でのカラムからの溶出を効率よく行うことができた。
【0040】
次に、細胞の種類による、カラム吸着能の違いについて検討した。
使用した細胞は骨髄由来の間葉系幹細胞と、対照細胞として細胞表面の負電荷がMSCより
も小さいJurkatという細胞を用いた。それぞれのゼータ電位はMSCが-24.5 mV、Jurkatが-2.5 mVであった。
その結果、
図4に示すように、負電荷の小さいJurkatでは、カラムの正電荷の有無に関わらず、MSCとは反対に37℃での溶出率が高くなり、細胞はほとんど保持されなかった。
負電荷の大きいMSCでは細胞は37℃で保持され、4℃で溶出されるのに対し、負電荷の小さいJurkatでは細胞は37℃で保持されずに溶出されることから、細胞の表面電荷の差を利用した温度変化のみによる細胞分離が可能であることが示唆された。
【0041】
次に、カラム通過後のMSCの評価を行った。
図5のトリパンブルー染色の結果から、PN, PDN0.25%, PDN0.5%ではカラム通過後も高い生存率を示したが、PDN10%までDMAPAAm量を増
やすと、カラム通過後の細胞生存率が低下する傾向にあった。また、カラム通過後のMSC
を24時間培養し、その性質を調べたところ、MSCは細胞培養皿へ接着し、培養可能である
ことがわかった。
【0042】
一方、
図6のように、フローサイトメトリーで精製された間葉系幹細胞は生存率が低いことが確認できた。
【0043】
これらの結果から、本発明の細胞精製用材料は細胞へのダメージは少なく、本発明の細胞精製用材料を含む温度応答性カラムを用いた細胞分離法は、非侵襲的であることが示された。