(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-12
(45)【発行日】2024-04-22
(54)【発明の名称】被験物質の標的遺伝子の同定方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6897 20180101AFI20240415BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240415BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240415BHJP
C12N 15/85 20060101ALN20240415BHJP
【FI】
C12Q1/6897 Z
C12Q1/02
C12N15/09 Z
C12N15/85 Z
(21)【出願番号】P 2020500978
(86)(22)【出願日】2019-02-20
(86)【国際出願番号】 JP2019006191
(87)【国際公開番号】W WO2019163796
(87)【国際公開日】2019-08-29
【審査請求日】2022-01-27
(31)【優先権主張番号】P 2018029013
(32)【優先日】2018-02-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】520068881
【氏名又は名称】株式会社ドラッグジェノミクス
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】知花 博治
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2005/0019931(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0264342(US,A1)
【文献】知花博治 他,Candida glabrata全ゲノム発現制御計画における抗真菌薬標的遺伝子の探索,日本医真菌学会雑誌,2005年,Vol.46, No.Supplement 1,p.78
【文献】Antimicrobial Agents and Chemotherapy,2001年,Vol.45, No.11,p.3037-3045
【文献】Journal of Biomolecular Screening,2016年,Vol.21, No.7,p.680-688
【文献】Antimicrobial Agents and Chemotherapy,2000年,Vol.44, No.10,p.2693-2700
【文献】Yeast,2010年,Vol.27,p.369-378
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-3/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
予め所定の薬効を有することが確認されている被験物質の標的遺伝子を同定する方法であって、
異なる遺伝子を標的候補遺伝子とする複数の改変細胞であって、標的候補遺伝子の上流に誘導可能なプロモーターを挿入した複数の改変細胞を、それぞれ、濃度が改変細胞の生物的活性を50%阻害する濃度(IC
50)の
2.5/10以上IC
50
の7.5/10以下の間の所定割合の濃度である誘導物質と、濃度が標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞の生物的活性を50%阻害する濃度(IC
50)の
2.5/10以上IC
50
の7.5/10以下である被験物質の存在下に培養し
て生物的活性
Cを測定
し、濃度が改変細胞の生物的活性を50%阻害する濃度(IC
50
)の2.5/10以上IC
50
の7.5/10以下の間の所定割合の濃度である誘導物質の存在下に培養して生物的活性Aを測定し、濃度が標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞の生物的活性を50%阻害する濃度(IC
50
)の2.5/10以上IC
50
の7.5/10以下である被験物質の存在下に培養して生物的活性Bを測定すること、及び
複数の改変細胞のうち(A+B)/2Cの値が最も高い改変細胞
における標的候補遺伝子を被験物質の標的遺伝子として検出すること
を特徴とする、当該被験物質の標的遺伝子の同定方法。
【請求項2】
誘導可能なプロモーターがTet-Off(登録商標)プロモーターである、請求項
1記載の方法。
【請求項3】
被験物質の薬効が抗菌薬、抗真菌薬、抗悪性腫瘍薬及び抗ウイルス薬からなる群より選択される1種以上である、請求項1
又は2記載の方法。
【請求項4】
生物的活
性が細胞増殖活
性である、請求項1~
3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
細胞が真核細胞である、請求項1~
4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
細胞が真菌細胞である、請求項1~
5のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、予め所定の薬効を有することが確認されている被験物質の標的遺伝子を同定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ある疾患に効果を示す薬物について、その薬物が細胞内又は細胞外分泌物でどのような分子(タンパク質、核酸、脂質等の標的分子)に作用し、その分子の機能をどのように変化させるのか、また、このことが薬効とどのようにむすびつくのかは、薬物の作用機序の解明において重要な情報である。生体の働きを指標にした化合物スクリーニング(表現型スクリーニング)による従来の創薬では、スクリーニングの段階では標的分子や作用機序が不明であり、標的分子がいまだに分からないままである薬物も多く存在する。
【0003】
より効果的な薬物の開発にあたっては、薬物の標的分子を同定することが必要である。標的分子の同定方法としては、遺伝子発現、タンパク質発現、シグナル伝達の変動解析などの分子生物学的な手法、形質転換細胞等を利用する方法、薬剤にビオチンなどを標識し、これと作用する標的分子を同定する方法等が知られているが、細胞内の複雑なネットワークを反映して、非常に多くの時間と労力が必要とされる。そのため、効率的かつ汎用性の高い標的分子の同定方法の開発が望まれている。
【0004】
カンジダをはじめとする病原真菌の中には、重篤な日和見感染の原因菌が存在する。高齢化に伴う易感染患者の増加により、真菌症患者の増加は避けられない状況にあるにも関わらず、全身投与が可能な抗真菌薬には4系統しか存在せず、さらに副作用や耐性株の出現の問題があるため、新たな抗真菌薬の開発が急務である。しかしながら、カンジダを含めた様々な真菌のゲノムシーケンス解析の結果から、ヒトと真菌にはアミノ酸配列に相同性がみられるタンパク質が多く存在することが分かっており、抗真菌活性物質は、多くの場合、ヒトに対する副作用が現れる可能性が危惧される。抗真菌薬開発の段階で標的分子が同定されれば、副作用の回避も可能となるため、このような観点からも、効率的かつ汎用性の高い標的分子の同定方法の開発が望まれている。
【0005】
これまでに、例えば、化合物の標的を決定する方法として、必須の細胞プロセスに関与する遺伝子の遺伝子産物の発現が制御された細胞のライブラリーを提供し、該ライブラリーを該化合物に曝し、細胞増殖をアッセイする方法が提案されている(特許文献1)。しかしながら、化合物の標的を決定する際に、遺伝子産物の発現をどのように制御すればよいのかについては具体的に開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、予め所定の薬効を有することが確認されている被験物質の標的遺伝子の、効率的かつ汎用性の高い同定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、標的候補遺伝子、そのシスエレメント及びそのトランスエレメントから選ばれる1以上を改変した改変細胞又はRNA干渉によって標的候補遺伝子の発現を抑制した細胞を、被験物質の存在下に培養することで、改変細胞又は細胞に対する被験物質の効果が顕著に奏されること、培養後に生物的活性の低下を生じる改変細胞又は細胞を検出することで、被験物質の標的遺伝子を効率よく同定できることを見出した。具体的には、標的候補遺伝子の上流に誘導可能なプロモーターを挿入した改変細胞を、濃度が改変細胞の生物的活性を50%阻害する濃度(IC50)の1/1000以上かつIC50の10倍以下である誘導物質と、濃度が標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞の生物的活性を50%阻害する濃度(IC50)の1/1000以上かつIC50の10倍以下である被験物質の存在下に培養することで、改変細胞に対する誘導物質と被験物質の効果が相乗的に奏されること、培養後に生物的活性の低下を生じる改変細胞を検出することで、被験物質の標的遺伝子を効率よく同定できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、次の〔1〕~〔11〕を提供するものである。
〔1〕予め所定の薬効を有することが確認されている被験物質の標的遺伝子を同定する方法であって、標的候補遺伝子、そのシスエレメント及びそのトランスエレメントから選ばれる1以上を改変した細胞又はRNA干渉によって標的候補遺伝子の発現を抑制した細胞を、被験物質の存在下に培養し、生物的活性の低下を生じる改変細胞又は細胞を検出することを特徴とする、当該被験物質の標的遺伝子の同定方法。
〔2〕改変細胞が標的候補遺伝子の上流に誘導可能なプロモーターを挿入したものである、〔1〕に記載の方法。
〔3〕改変細胞の培養が、濃度が改変細胞の生物的活性を50%阻害する濃度(IC50)の1/1000以上かつIC50の10倍以下である誘導物質と、濃度が標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞の生物的活性を50%阻害する濃度(IC50)の1/1000以上かつIC50の10倍以下である被験物質の存在下に改変細胞を培養するものである、〔2〕に記載の方法。
〔4〕改変細胞の培養が、改変細胞の生物的活性が標的候補遺伝子の発現を抑制していない細胞に比べて50%以下に低下している場合に、濃度が標的候補遺伝子の発現を抑制していない細胞の生物的活性を50%阻害する濃度(IC50)の1/1000以上かつIC50の10倍以下である被験物質の存在下に改変細胞を培養するものである、〔2〕に記載の方法。
〔5〕改変細胞の培養が、濃度が改変細胞の生物的活性を最大の50%に低下させる濃度(EC50)以上かつEC50の100倍以下である誘導物質と、濃度が標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞の生物的活性を50%阻害する濃度(IC50)の1/1000以上かつIC50の10倍以下である被験物質の存在下に改変細胞を培養するものである、〔2〕に記載の方法。
〔6〕誘導物質の濃度がIC50の1/100以上かつIC50以下である、〔3〕に記載の方法。
〔7〕誘導可能なプロモーターがTet-Off(登録商標)プロモーターである、〔3〕又は〔4〕に記載の方法。
〔8〕被験物質の薬効が抗菌薬、抗真菌薬、抗悪性腫瘍薬及び抗ウイルス薬からなる群より選択される1種以上である、〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の方法。
〔9〕生物的活性の低下が細胞増殖活性の低下である、〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の方法。
〔10〕細胞が真核細胞である、〔1〕~〔9〕のいずれかに記載の方法。
〔11〕細胞が真菌細胞である、〔1〕~〔10〕のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、予め所定の薬効を有することが確認されている被験物質の標的遺伝子を効率的にかつ汎用性高く同定することができる。また、本発明の方法における改変細胞又は細胞の培養及び検出は短時間で実施できるため、比較的不安定な被験物質についても標的遺伝子の同定が可能である。被験物質の標的遺伝子が同定されることで、当該被験物質の作用機序の解明や、より効果の高い薬剤の効率的な開発にもつながり得る。さらに、既存の薬剤の作用機序の解明による新薬開発、既存薬再開発(ドラッグリポジショニング)、原因不明の疾患メカニズムの理解、副作用の原因解明等にも貢献することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】カンジダ・グラブラータでの標的遺伝子同定に用いるTet-Offシステムを示す。
【
図2】カンジダ・グラブラータのテトラサイクリン転写抑制株(Tet株)を用いた抗真菌薬フルコナゾールの標的遺伝子の同定に関する図である。
【
図3】カンジダ・グラブラータのTet株を用いたフルコナゾールの標的遺伝子の同定に関する図である。
【
図4】カンジダ・グラブラータのTet株を用いたフルコナゾールの標的遺伝子の同定に関する図である。
【
図5】カンジダ・グラブラータのTet株を用いたフルコナゾールの標的遺伝子の同定に関する図である。
【
図6】カンジダ・グラブラータのTet株を用いた抗真菌薬テルビナフィンの標的遺伝子の同定に関する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の被験物質の標的遺伝子の同定方法は、標的候補遺伝子、そのシスエレメント及びそのトランスエレメントから選ばれる1以上を改変した細胞又はRNA干渉によって標的候補遺伝子の発現を抑制した細胞を、被験物質の存在下に培養し、生物的活性の低下を生じる改変細胞又は細胞を検出することを特徴とする。
【0013】
本発明に用いられる「被験物質」とは、生体内、好ましくは哺乳類、より好ましくはヒトに投与される物質であり、予め薬効が確認されている物質であれば、特に制限されない。被験物質は、新規物質であっても、公知物質であってもよく、天然に存在する物質であっても、化学的もしくは生物学的方法等で人工的に合成した物質であってもよい。また、化合物であっても、組成物若しくは混合物であってもよい。被験物質としては、具体的には、核酸、糖質、脂質、タンパク質、ペプチド、有機化合物、無機化合物、微生物、動植物由来成分(例えば、乾燥物、抽出物、発酵物、培養上清等)、これらを含有する組成物等が例示される。
【0014】
被験物質の薬効、すなわち薬としての効能は、特に制限されない。薬効としては、例えば、鎮痛薬、麻酔薬、抗中毒薬/物質乱用治療薬、抗菌薬、抗けいれん薬、抗認知症薬、抗うつ薬、制吐薬、抗真菌薬、抗痛風薬、抗炎症薬、抗片頭痛薬、筋無力症薬、抗マイコバクテリア薬、抗悪性腫瘍薬、抗寄生虫薬、抗パーキンソン病薬、抗精神病薬、抗痙性剤、抗ウイルス薬、抗不安薬、双極性障害治療薬、血糖調節薬、血液製剤/血液調節薬/血液量増量剤、心血管治療薬、中枢神経系用薬、歯科口腔薬、皮膚科用薬、胃腸薬、泌尿生殖器薬、ホルモン賦活薬/ホルモン補充薬/ホルモン調節薬、ホルモン抑制薬、免疫薬、炎症性腸疾患治療薬、代謝性骨疾患治療薬、眼科用薬、耳鼻科用薬、呼吸器薬、骨格筋弛緩薬、睡眠障害治療薬等が挙げられる。このうち、抗菌薬、抗真菌薬、抗悪性腫瘍薬、抗ウイルス薬が好ましく、抗真菌薬がさらに好ましい。
【0015】
本発明において「標的遺伝子」とは、被験物質による作用を受け、そのことが被験物質の薬効に結びつく遺伝子である。ここで、標的遺伝子とは、被験物質が直接作用する標的分子をコードする遺伝子の他、標的分子と会合する分子をコードする遺伝子、標的分子を活性化又は抑制する分子をコードする遺伝子、標的分子を活性化又は抑制する分子を構築するために必要な分子をコードする遺伝子等の標的関連遺伝子をも包含するものである。標的遺伝子の候補遺伝子としては、本発明に用いられる改変細胞が由来する細胞又は本発明に用いられる細胞のゲノムにコードされている遺伝子に限定されず、異種あるいは同種遺伝子間ノックイン遺伝子も含まれる。このうち、細胞の生物的活性に影響及ぼす遺伝子であることが好ましく、細胞増殖活性を指標にして簡便に標的遺伝子を同定することができる点で、細胞の生育に必須の遺伝子であることがさらに好ましい。細胞の生育に必須の遺伝子とは、細胞の成長、増殖に必要な遺伝子であり、当該遺伝子を破壊した場合に細胞が生育遅延又は生育不能となる遺伝子を意味する。
【0016】
本発明において「誘導可能なプロモーター」とは、外部より添加される誘導物質又は外部より負荷される刺激の有無により、プロモーターと作動可能に連結された遺伝子の発現を制御し得るプロモーターのことをいう。ここで、作動可能に連結される(operably linked)とは、制御領域(プロモーター等)と遺伝子のコード領域とが適切な位置関係で配置された結果、当該制御領域の機能により、遺伝子の発現が制御される状態のことを指す。遺伝子の発現の制御は、遺伝子からの転写の誘導、増強、抑制、阻害等を包含する概念である。
【0017】
誘導可能なプロモーター及び誘導物質又は誘導刺激の種類は、当該プロモーターを導入する細胞の種類、細胞の増殖に対する影響、細胞への毒性、操作の簡便性等を考慮して適宜選択すればよい。誘導可能なプロモーターとしては、これらに限定されるものではないが、ラクトース誘導性プロモーター(lacプロモーター、lacUV5プロモーター、tacプロモーター、trcプロモーター、Pspacプロモーター等)、ガラクトース誘導性プロモーター(gal1プロモーター、gal4プロモーター、gal10プロモーター、mel1プロモーター等)、キシロース誘導性プロモーター(xylAプロモーター、xylBプロモーター等)、アラビノース誘導性プロモーター(araBADプロモーター等)、ラムノース誘導性プロモーター(rhaBADプロモーター等)、テトラサイクリン誘導性プロモーター(tetプロモーター等)、ホルモン誘導性プロモーター(MMTVプロモーター等)、金属誘導性プロモーター(メタロチオネインプロモーター等)、アルコール誘導性プロモーター(alcAプロモーター等)、温度誘導性プロモーター(λpLプロモーター、λpRプロモーター等)、熱ショック誘導性プロモーター(hsp70プロモーター等)、光誘導性プロモーター(rbcSプロモーター)等が挙げられる。誘導可能なプロモーターのうち、操作の簡便性の観点から、誘導物質の添加により制御下にある遺伝子の発現を制御(例えば誘導又は阻害)し得るプロモーターが好ましく、標的遺伝子の同定精度の観点から、誘導物質非存在下で制御下にある遺伝子の発現を誘導し、誘導物質存在下で用量依存的に制御下にある遺伝子の発現を抑制するプロモーターがより好ましい。具体的には、テトラサイクリン誘導性プロモーターであって、誘導物質であるテトラサイクリン又はその誘導体の非存在下で制御下にある遺伝子の発現を誘導し、存在下で発現を抑制する、Tet-Off(登録商標)システムにおけるプロモーターが好ましい。テトラサイクリン又はその誘導体としては、テトラサイクリン、ドキシサイクリン、クロルテトラサイクリン、オキシテトラサイクリン等が挙げられるが、誘導活性の強さの観点から、ドキシサイクリンが好ましい。
【0018】
本発明に用いられる「改変細胞」は、標的候補遺伝子、そのシスエレメント及びそのトランスエレメントから選ばれる1以上を改変した細胞であればよく、改変により、標的候補遺伝子の発現量が標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞における当該遺伝子の発現量に比して増加又は減少し、被験物質に対する感受性が標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞に比して高められた改変細胞であることが好ましい。被験物質に対する改変細胞の感受性が標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞に比して高いとは、例えば、改変細胞と標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞を、それぞれ同濃度の被験物質の存在下に培養し、生物的活性を測定した際に、改変細胞の生物的活性が標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞の生物的活性に比して低いことを意味する。
ここで、標的候補遺伝子のシスエレメントとは、標的候補遺伝子と同一分子上(シスの位置)、具体的には標的候補遺伝子の5’非翻訳領域、3’非翻訳領域又はイントロンに位置し、遺伝子の転写活性に影響を与える領域のことである。シスエレメントとしては、これらに限定されるものではないが、オペレーター、プロモーター、TATAボックス、CATボックス、エンハンサー等が例示される。標的候補遺伝子のトランスエレメントとは、標的候補遺伝子の発現に影響を与える別の遺伝子又はその遺伝子発現産物(例えば転写因子)のことであり、シスエレメントの塩基配列を介して遺伝子の転写を調節する。
また、ここで、標的候補遺伝子、そのシスエレメント及びそのトランスエレメントから選ばれる1以上の改変とは、遺伝子組換え、ゲノム編集、セルフクローニング、点変異等の当業者に公知の方法により、標的候補遺伝子、そのシスエレメント及びそのトランスエレメントから選ばれる1以上のDNA配列を変化せしめることをいう。例えば、当該領域において、一部の塩基(例えば1~20個程度、好ましくは1~10個、より好ましくは1~5個の塩基)が置換、欠失、付加及び/又は挿入される場合等が挙げられる。
また、「標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞」としては、標的候補遺伝子の発現を野生株の細胞に比して増強又は抑制していない細胞であればよく、野生株の細胞、改変細胞の宿主細胞、改変細胞に標的候補遺伝子を再導入した細胞、野生型の細胞に形質転換マーカーのみを導入した細胞等が挙げられる。このうち、入手の容易さの観点から、野生株の細胞が好ましい。
【0019】
このような「改変細胞」としては、標的候補遺伝子の上流に誘導可能なプロモーターを挿入したものが好ましい。具体的には、標的候補遺伝子の本来のプロモーターにかえて、誘導可能なプロモーターを含む制御領域が、プロモーターと標的候補遺伝子とが作動可能に連結するように挿入されていることが好ましい。当該制御領域には、必要に応じて、オペレーター、エンハンサー、リボソーム結合部位、ターミネーター等の制御配列や、当業者に公知の各種の配列、例えば、制限酵素切断部位、形質転換マーカー、シグナル配列、リーダー配列等を含んでいてもよい。このうち、改変細胞の選抜を容易にする観点から、形質転換マーカーを含むことが好ましい。形質転換マーカーとしては、これらに限定されるものではないが、クロラムフェニコール耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、ストレプトマイシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性マーカー遺伝子や、ロイシン合成酵素遺伝子、ヒスチジン合成酵素遺伝子、トリプトファン合成酵素遺伝子、リジン合成酵素遺伝子、メチオニン合成酵素遺伝子、アデニン合成酵素遺伝子、ウラシル合成酵素遺伝子等の栄養要求性マーカー遺伝子等が挙げられる。また、誘導可能なプロモーターの上流の配列の影響を受けた意図しない発現を回避するため、誘導可能なプロモーターの上流にターミネーター配列を配置してもよい。これらの各種配列は、導入する細胞の種類、誘導可能なプロモーターの種類、培養培地等の条件に応じて、当業者が適宜選択して使用することができる。
【0020】
細胞の標的候補遺伝子の上流に誘導可能なプロモーターを挿入する手段としては、特に制限されず、公知の方法を用いることができる。かかる方法の具体例として、相同組換えを利用する方法を以下に説明するが、本発明における改変細胞の作製方法はこの方法に限定されるものではない。
【0021】
まず、誘導可能なプロモーターを含む発現ベクターを作製する。公知の遺伝子工学的手法により、適当な発現ベクターに、誘導可能なプロモーターと、必要に応じて、プロモーターの制御配列、形質転換マーカー等を含む制御領域をクローニングする。制御領域において、制御配列は、プロモーターが機能し得るように配置し、形質転換マーカーは、プロモーターの機能を妨げないようにプロモーターより上流の5’側に配置することが好ましい。各種の誘導可能なプロモーターがクローニングされた発現ベクターは市販されているので、それを利用してもよい。
【0022】
次に、標的候補遺伝子の5’隣接領域のゲノムDNAに相同な領域(相同領域A)、上記の誘導可能なプロモーター等を含む制御領域、及び標的候補遺伝子のORFの5’末端領域のゲノムDNAに相同な領域(相同領域B)を含むDNAカセットを作製する。ここで、標的候補遺伝子の5’隣接領域とは、標的候補遺伝子の開始コドンより上流の隣接する領域を指す。相同領域Aは、相同組換え後に標的候補遺伝子の本来のプロモーター活性は失われるが、他の遺伝子の発現に対する影響は最小限となる領域を選択することが好ましい。また、標的候補遺伝子のORFの5’末端領域とは、標的候補遺伝子の開始コドンから下流の領域を指す。
制御領域がクローニングされた発現ベクターを鋳型として、制御領域を増幅するプライマー対であって、5’末端に標的候補遺伝子の5’隣接領域のゲノムDNAに相同なDNA配列を付加したプライマー及び5’末端に標的候補遺伝子のORFの5’末端領域のゲノムDNAに相同なDNA配列を付加したプライマーを用いて、PCRを行う。この際、プライマーは、誘導可能なプロモーターと標的候補遺伝子が作動可能に連結されるように設計する。PCR条件は、増幅サイズ、プライマーの塩基長、GC含有率、Tm値等を考慮して、適宜決定すればよい。得られたPCR増幅産物は、必要に応じて、常法に従って単離、精製してもよい。かくして、相同領域A、誘導可能なプロモーター等を含む制御領域、及び相同領域Bを含むDNAカセットが得られる。
【0023】
あるいは、当該DNAカセットは、次の手法によっても得ることができる。相同領域A及びBを、相同組換えに用いる細胞のゲノムDNAを鋳型として、それぞれ適当なプライマーを用いてPCRで増幅する。増幅した相同領域AのDNA断片は、制御領域を含む発現ベクター中の制御領域の上流に、増幅した相同領域BのDNA断片は、制御領域を含む発現ベクター中の誘導可能プロモーターの下流に、プロモーターと標的候補遺伝子が作動可能に連結されるように、例えば、制限酵素を用いて挿入する。これにより、DNAカセットを含む発現ベクターが得られる。
【0024】
相同領域A及びBの長さは、相同組換えを起こし得る塩基長である限り特に制限されないが、それぞれ、通常約10bp以上、好ましくは約50bp以上、より好ましくは約100bp以上、さらに好ましくは約500bp以上であり、また、通常約10kbp以下、好ましくは約5kbp以下、より好ましくは約3kbp以下である。また、相同領域A及びBの長さは、通常約10bp~約10kbpであり、好ましくは約50bp~約5kbpであり、より好ましくは約100bp~約3kbpであり、さらに好ましくは約500bp~約3kbpである。相同領域A及びBの長さは、相同組換えに用いる細胞の種類、挿入するDNAの長さ等を考慮して、適宜設定すればよい。
【0025】
次いで、DNAカセット又はDNAカセットを含む発現ベクターを制限酵素で切断する等して1本鎖したものを、公知の方法により相同組換えに用いる細胞に導入する。細胞への導入方法としては、例えば、リン酸カルシウム法、酢酸リチウム法、リポフェクション法、DEAE-デキストラン法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、ウイルスベクターを利用する方法等が挙げられるが、これらに限定されるものではなく、細胞の種類、導入効率等を考慮して適宜選択すればよい。その後、形質転換マーカーによる選抜を行い、細胞のゲノム上の相同領域A及びBにおいて相同組換えを生じ、標的候補遺伝子の上流に誘導可能なプロモーターが挿入された、すなわち、標的遺伝子の本来のプロモーターが誘導可能プロモーターに置換された改変細胞を単離する。誘導可能なプロモーターがゲノムの所望の位置に組み込まれたかどうかは、ゲノムDNAを鋳型としたPCR法等によって確認すればよい。かくして、標的候補遺伝子の上流に誘導可能なプロモーターが挿入された改変細胞が得られる。
【0026】
本発明に用いられる「細胞」は、RNA干渉によって標的候補遺伝子の発現を抑制した細胞であればよく、RNA干渉により、標的候補遺伝子の発現量が標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞における当該遺伝子の発現量に比して減少し、被験物質に対する感受性が対応する野生株の細胞に比して高められた細胞であることが好ましい。
ここで、RNA干渉とは、二本鎖RNAにより、二本鎖RNAと相補的な配列を持つmRNAが分解され、遺伝子発現が抑制される現象を意味する。RNA干渉に用いる二本鎖RNAは、対象となる遺伝子の配列に応じて、当業者が適宜選択して使用することができる。
当該細胞における標的候補遺伝子の発現制御による生物的活性量は、標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞における当該生物的活性量の好ましくは約50%以上、より好ましくは約60%以上、さらに好ましくは約70%以上、また好ましくは100%未満、より好ましくは約98%以下であり、また好ましくは約50%以上100%未満、より好ましくは約60%以上100%未満、さらに好ましくは約70%以上約98%以下である。
【0027】
本発明に用いられる改変細胞が由来する細胞又は本発明に用いられる細胞としては、原核細胞、真核細胞の何れでもよく、被験物質の薬効に応じて適宜選択すればよい。原核細胞としては、細菌細胞、放線菌細胞等を例示することができる。真核細胞としては、真菌細胞、昆虫細胞、動物細胞、植物細胞等を例示することができる。例えば、被験物質が抗菌薬である場合には細菌細胞を、被験物質が抗真菌薬である場合には真菌細胞を、被験物質が抗悪性腫瘍薬である場合には動物細胞、より具体的には対象となる悪性腫瘍の培養細胞を選択すればよい。被験物質が抗ウイルス薬である場合には、標的候補遺伝子及び/又はそのシスエレメントを改変したウイルスを感染させた宿主細胞を用いればよい。あるいは、ドラッグリポジショニングに向け、被験物質の薬効から通常想定される細胞とは異なる細胞を用いてもよい。
【0028】
本発明において「生物的活性」とは、実験により定量可能な細胞の活性を意味し、例えば、細胞の代謝活性、DNA合成活性、増殖活性、呼吸活性等が挙げられる。生物的活性は、細胞の種類、評価する活性項目等に応じて、公知の方法により評価すればよい。生物的活性としては、増殖活性が好ましく、例えば、MTT法、XTT法、WST-1法、セルカウント法、コロニー法、濁度法、リアルタイムPCR法、フローサイトメトリー法等で測定できる。
【0029】
本発明に用いる被験物質の濃度は、0より大きく、標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞の生物的活性を50%阻害する濃度の10倍を超えない濃度、好ましくは生物的活性を50%を超えて阻害しない濃度、より好ましくは40%を超えて阻害しない濃度、さらに好ましくは30%を超えて阻害しない濃度、さらに好ましくは阻害しない濃度である。具体的には、標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞の生物的活性を50%阻害する濃度(IC50)の1/1000以上、好ましくは1/100以上、より好ましくはIC50の1/10以上、さらに好ましくはIC50の2.5/10以上であり、また好ましくはIC50の10倍以下、より好ましくはIC50以下、さらに好ましくはIC50の7.5/10以下である。また、被験物質の濃度は、好ましくはIC50の1/1000以上かつIC50の10倍以下、より好ましくはIC50の1/100以上かつIC50以下、さらに好ましくはIC50の1/10以上かつIC50以下、さらに好ましくはIC50の2.5/10以上かつIC50の7.5/10以下である。被験物質の濃度がIC50の1/1000未満であると、測定対象となる改変細胞又は細胞に対する被験物質の効果が生物的活性の低下として現れにくい。一方、被験物質の濃度がIC50の10倍を超えると、測定対象となる改変細胞又は細胞の生物的活性の低下が、被験物質の標的候補遺伝子への作用によるものか、被験物質の細胞毒性によるものかの判別が困難となる。よって、本発明の方法の標的遺伝子の同定能が十分に発揮されない。
被験物質のIC50は、細胞の種類、評価する生物的活性等に応じて、公知の手法により適宜決定することができる。例えば、評価する生物的活性が細胞の増殖活性である場合には、段階的に希釈した被験物質の存在下又は非存在下に標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞を培養し、培養後の細胞数、濁度等を被験物質濃度に対してプロットしたグラフを作成する。得られたグラフから、被験物質の非存在下における細胞数、濁度等を100%とした場合に、細胞数、濁度等を50%まで阻害する被験物質の濃度をIC50として算出すればよい。
【0030】
本発明に用いられる誘導物質の濃度又は誘導刺激の強度は、誘導可能なプロモーターが、誘導物質又は誘導刺激の非存在下で制御下にある遺伝子の発現を誘導し、誘導物質又は誘導刺激の存在下で用量依存的に制御下にある遺伝子の発現を抑制するプロモーターである場合には、好ましくは測定対象となる改変細胞の生物的活性を50%阻害する濃度又は強度(IC50)の1/1000以上、より好ましくはIC50の1/100以上、さらに好ましくはIC50の1/10以上、さらに好ましくはIC50の2.5/10以上であり、また好ましくはIC50の10倍以下、より好ましくはIC50以下、さらに好ましくはIC50の7.5/10以下である。また、誘導物質の濃度又は誘導刺激の強度は、好ましくはIC50の1/1000以上かつIC50の10倍以下、より好ましくはIC50の1/100以上かつIC50以下、さらに好ましくはIC50の1/10以上かつIC50以下、さらに好ましくはIC50の2.5/10以上かつIC50の7.5/10以下である。誘導物質の濃度又は誘導刺激の強度がIC50の1/1000未満であると、測定対象となる改変細胞に対する誘導物質又は誘導刺激の効果が生物的活性の低下として現れにくい。一方、誘導物質の濃度又は誘導刺激の強度がIC50の10倍を超えると、測定対象となる改変細胞の生物的活性の低下が、誘導物質又は誘導刺激の標的候補遺伝子への作用によるものか、誘導物質又は誘導刺激の細胞毒性によるものかの判別が困難となる。よって、改変細胞に対し、誘導物質又は誘導刺激と被験物質とを適用しても、両者の効果が顕著に現れず、すなわち、相乗効果が奏されず、本発明の方法の標的遺伝子の同定能が十分に発揮されない。なお、改変細胞の生物的活性が、誘導物質又は誘導刺激の非存在下で標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞の生物的活性に比して低下している場合、好ましくは50%以下に低下している場合、また、好ましくは50%~90%に低下している場合、より好ましくは50%~70%に低下している場合には、誘導物質又は誘導刺激は添加又は負荷しなくてもよい。
また、誘導可能なプロモーターが、誘導物質又は誘導刺激の非存在下で制御下にある遺伝子の発現を抑制し、誘導物質又は誘導刺激の存在下で用量依存的に制御下にある遺伝子の発現を誘導するプロモーターである場合には、誘導物質の濃度又は誘導刺激の強度は、好ましくは測定対象となる改変細胞の生物的活性を最大の50%に低下させる濃度又は強度(EC50)以上であり、また好ましくはEC50の100倍以下、より好ましくはEC50の10倍以下である。また、誘導物質の濃度又は誘導刺激の強度は、好ましくはEC50以上かつEC50の100倍以下、より好ましくはEC50以上かつEC50の10倍以下である。誘導物質の濃度又は誘導刺激の強度がEC50未満であると、測定対象となる改変細胞の生物的活性の低下が、誘導物質又は誘導刺激の標的候補遺伝子への作用によるものか、誘導物質又は誘導刺激の不足により単に細胞の生育が阻害されたことによるものかの判別が困難となる。一方、誘導物質の濃度又は誘導刺激の強度がEC50の100倍を超えると、測定対象となる改変細胞に対する誘導物質又は誘導刺激の効果が生物的活性の低下として現れにくい。よって、改変細胞に対し、誘導物質又は誘導刺激と被験物質とを適用しても、両者の効果が顕著に現れず、すなわち、相乗効果が奏されず、本発明の方法の標的遺伝子の同定能が十分に発揮されない。
誘導物質又は誘導刺激のIC50は、細胞の種類、評価する生物的活性等に応じて、公知の手法により適宜決定することができる。例えば、評価する生物的活性が細胞の増殖活性である場合には、段階的に希釈した誘導物質又は段階的に強度を変化させた誘導刺激の存在下又は非存在下に測定対象となる改変細胞を培養し、培養後の細胞数、濁度等を誘導物質濃度又は誘導刺激強度に対してプロットしたグラフを作成する。得られたグラフから、誘導物質又は誘導刺激の非存在下における細胞数、濁度等を100%とした場合に、細胞数、濁度等を50%まで阻害する誘導物質又は誘導刺激の濃度をIC50として算出すればよい。被験物質と誘導物質又は誘導刺激のIC50の算出方法は、同じであっても、異なってもよいが、精度の観点から、同じであることが好ましい。誘導物質又は誘導刺激のIC50は、改変細胞の種類ごとに決定される濃度であり、標的候補遺伝子を異にする改変細胞では、異なる値となり得る。
誘導物質又は誘導刺激のEC50は、細胞の種類、評価する生物的活性等に応じて、公知の手法により適宜決定することができる。例えば、評価する生物的活性が細胞の増殖活性である場合には、段階的に希釈した誘導物質又は段階的に強度を変化させた誘導刺激の存在下又は非存在下に測定対象となる改変細胞を培養し、培養後の細胞数、濁度等を誘導物質濃度又は誘導刺激強度に対してプロットしたグラフを作成する。得られたグラフから、最大反応の半分の反応を示す濃度又は強度をEC50として算出すればよい。誘導物質又は誘導刺激のEC50は、改変細胞の種類ごとに決定される濃度であり、標的候補遺伝子を異にする改変細胞では、異なる値となり得る。
【0031】
本発明の方法を用いて被験物質の標的遺伝子を同定するには、標的候補遺伝子、そのシスエレメント及びそのトランスエレメントから選ばれる1以上を改変した改変細胞又はRNA干渉によって標的候補遺伝子の発現を抑制した細胞を、上記特定濃度の被験物質の存在下に培養し、生物的活性の低下を生じる改変細胞又は細胞を検出すればよい。
【0032】
改変細胞又は細胞(以下、改変細胞等と称する)の培養法は、特に制限されず、細胞の種類と生物的活性の測定に応じた培地に改変細胞等を接種し、特定濃度の被験物質の存在下で、常法に従い培養すればよい。被験物質は、液体培地に直接添加する、固体培地に含有させる、固体培地に塗布する等して培地に添加すればよく、その添加時期は、改変細胞等の接種前であっても接種後であってもよい。培養時間は、細胞の種類、評価する生物的活性等に応じて適宜設定すればよいが、通常約3時間~約7日、好ましくは約12時間~約2日、さらに好ましくは約12~約24時間である。
【0033】
改変細胞等の培養後に、当該改変細胞等の生物的活性を測定し、被験物質の非存在下で改変細胞等を培養したとき又は同濃度の被験物質の存在下で標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞を培養したときと比べて、生物的活性が低下していた場合には、当該改変細胞等における標的候補遺伝子が、被験物質の標的遺伝子であると判断できる。
【0034】
あるいは、改変細胞等の培養後に、当該改変細胞等の生物的活性を測定し、特定濃度の被験物質の存在下に培養した標的候補遺伝子を異にする他の改変細胞等の生物的活性と比べて、生物的活性が最も低下していた場合には、当該改変細胞における標的候補遺伝子が、被験物質の標的遺伝子であると判断できる。なお、生物的活性が最も低下していた改変細胞と次に低下していた少なくとも1種の改変細胞の標的候補遺伝子がコードする分子が、互いに会合する、一方が他方を活性化又は抑制する、一方が他方を活性化又は抑制する分子を構築するために必要である等の関係がある場合には、これらの標的候補遺伝子群を標的遺伝子と判断できる。また、例えば、これらの過剰発現株を作製し、過剰発現により被験物質に対して低感受性化が起こる株の標的候補遺伝子が標的遺伝子であり、感受性に変化がない株の標的候補遺伝子が標的関連遺伝子と判断できる。
【0035】
また、改変細胞が標的候補遺伝子の上流に誘導可能なプロモーターを挿入したものである場合に、被験物質の標的遺伝子を同定するには、改変細胞を、上記特定濃度の誘導物質又は上記特定強度の誘導刺激と、上記特定濃度の被験物質の存在下に培養し、生物的活性の低下を生じる改変細胞を検出すればよい。
【0036】
改変細胞の培養法は、特に制限されず、細胞の種類と生物的活性の測定に応じた培地に改変細胞を接種し、特定濃度の誘導物質又は特定強度の誘導刺激及び特定濃度の被験物質の存在下で、常法に従い培養すればよい。誘導物質及び被験物質は、液体培地に直接添加する、固体培地に含有させる、固体培地に塗布する等して培地に添加すればよく、その添加時期は、改変細胞の接種前であっても接種後であってもよく、添加順は制限されない。誘導刺激は、改変細胞を含む培地に対し刺激の種類に応じて負荷すればよい。培養時間は、細胞の種類、評価する生物的活性等に応じて適宜設定すればよいが、通常約3時間~約7日、好ましくは約12時間~約2日、さらに好ましくは約12~約24時間である。
【0037】
改変細胞の培養後に、当該改変細胞の生物的活性を測定し、同濃度の誘導物質単独もしくは同強度の誘導刺激単独の存在下で当該改変細胞を培養したとき及び/又は同濃度の被験物質単独の存在下で当該改変細胞を培養したときと比べて、生物的活性が低下していた場合には、当該改変細胞における標的候補遺伝子が、被験物質の標的遺伝子であると判断できる。
【0038】
あるいは、改変細胞の培養後に、当該改変細胞の生物的活性を測定し、特定濃度の誘導物質又は特定強度の誘導刺激及び特定濃度の被験物質の存在下に培養した標的候補遺伝子を異にする他の改変細胞の生物的活性と比べて、生物的活性が最も低下していた場合には、当該改変細胞における標的候補遺伝子が、被験物質の標的遺伝子であると判断できる。なお、生物的活性が最も低下していた改変細胞と次に低下していた少なくとも1種の改変細胞の標的候補遺伝子がコードする分子が、互いに会合する、一方が他方を活性化又は抑制する、一方が他方を活性化又は抑制する分子を構築するために必要である等の関係がある場合には、これらの標的候補遺伝子群を標的遺伝子と判断できる。また、例えば、これらの過剰発現株を作製し、過剰発現により被験物質に対して低感受性化が起こる株の標的候補遺伝子が標的遺伝子であり、感受性に変化がない株の標的候補遺伝子が標的関連遺伝子と判断できる。
【0039】
また、改変細胞が標的候補遺伝子の上流に誘導可能なプロモーターを挿入したものであり、改変細胞の生物的活性が、誘導物質又は誘導刺激非存在下で標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞の生物的活性に比して50%以下に低下している場合に、被験物質の標的遺伝子を同定するには、改変細胞を上記特定濃度の被験物質の存在下に培養し、生物的活性の低下を生じる改変細胞を検出すればよい。
【0040】
改変細胞の培養法は、特に制限されず、細胞の種類と生物活性の測定に応じた培地に改変細胞を接種し、特定濃度の被験物質の存在下で、常法に従い培養すればよい。被験物質は、液体培地に直接添加する、固体培地に含有させる、固体培地に塗布する等して培地に添加すればよく、その添加時期は、改変細胞の接種前であっても接種後であってもよい。培養時間は、細胞の種類、評価する生物的活性等に応じて適宜設定すればよいが、通常約3時間~約7日、好ましくは約12時間~約2日、さらに好ましくは約12~約24時間である。
【0041】
改変細胞の培養後に、当該改変細胞の生物的活性を測定し、被験物質の非存在下で改変細胞を培養したとき又は同濃度の被験物質の存在下で標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞を培養したときと比べて、生物的活性が低下していた場合には、当該改変細胞における標的候補遺伝子が、被験物質の標的遺伝子であると判断できる。
【0042】
あるいは、改変細胞の培養後に、当該改変細胞の生物的活性を測定し、特定濃度の被験物質の存在下に培養した標的候補遺伝子を異にする他の改変細胞の生物的活性と比べて、生物的活性が最も低下していた場合には、当該改変細胞における標的候補遺伝子が、被験物質の標的遺伝子であると判断できる。なお、生物的活性が最も低下していた改変細胞と次に低下していた少なくとも1種の改変細胞の標的候補遺伝子がコードする分子が、互いに会合する、一方が他方を活性化又は抑制する、一方が他方を活性化又は抑制する分子を構築するために必要である等の関係がある場合には、これらの標的候補遺伝子群を標的遺伝子と判断できる。また、例えば、これらの過剰発現株を作製し、過剰発現により被験物質に対して低感受性化が起こる株の標的候補遺伝子が標的遺伝子であり、感受性に変化がない株の標的候補遺伝子が標的関連遺伝子と判断できる。
【0043】
本発明の一実施態様においては、改変細胞等を、特定濃度の誘導物質又は特定強度の誘導刺激の存在下、特定濃度の被験物質の存在下、並びに特定濃度の誘導物質又は特定強度の誘導刺激及び特定濃度の被験物質の存在下に培養し、それぞれについて生物的活性を測定し、相乗効果indexを算出できる。相乗効果indexは、それ自体公知の算出式を用いて算出すればよい。このような算出式としては、例えば、以下の式が例示されるが、これに限定されるものではない。
【数1】
(式中、Aは誘導物質又は誘導刺激存在下で培養した場合の生物的活性を示し、Bは被験物質存在下で培養した場合の生物的活性を示し、Cは誘導物質又は誘導刺激及び被験物質の共存在下で培養した場合の生物的活性を示す。)
ここで、生物的活性の値は、評価項目によって異なるが、例えば細胞増殖を指標とする場合は、細胞数、濁度等の実測値又は測定値の偏差値を用いることができる。
【0044】
異なる遺伝子を標的候補遺伝子とする改変細胞等についても、上記の操作を行い、得られた相乗効果indexを比較して、最も高い相乗効果indexを示す改変細胞等を検出する。かくして検出された改変細胞等における標的候補遺伝子が、被験物質の標的遺伝子であると判断できる。なお、最も高い相乗効果indexを示す改変細胞等と次に高い相乗効果indexを示す少なくとも1種の改変細胞等の標的候補遺伝子がコードする分子が、互いに会合する、一方が他方を活性化又は抑制する、一方が他方を活性化又は抑制する分子を構築するために必要である等の関係がある場合には、これらの標的候補遺伝子群をまとめて標的遺伝子と判断できる。
【0045】
このような態様は、例えば、96ウェルプレートの各ウェルに、それぞれ異なる遺伝子を標的候補遺伝子とする改変細胞等を接種し、特定濃度の誘導物質もしくは特定強度の誘導刺激、特定濃度の被験物質、又は特定濃度の誘導物質もしくは特定強度の誘導刺激及び特定濃度の被験物質の存在下に一定期間培養し、培養後に各ウェルの生物的活性を測定して、改変細胞等の種類毎に相乗効果indexを算出し、その結果から、最も相乗効果indexの高い改変細胞等を検出することで実施できる。異なる遺伝子を標的候補遺伝子とする改変細胞等は、所望の改変細胞等を選択して用いてもよいし、種ごとにライブラリーを作製し、これを用いてもよい。該ライブラリーとしては、対象となる種の全遺伝子についての改変細胞等からなるライブラリー、対象となる種の生育に影響を及ぼす遺伝子についての改変細胞等からなるライブラリー、対象となる種の生育に必須の遺伝子についての改変細胞等からなるライブラリー等が挙げられる。
【0046】
本発明においては、被験物質の濃度、より好ましくは誘導物質の濃度又は誘導刺激の強度と被験物質の濃度を、それぞれ、改変細胞等毎に特定範囲とすることにより、標的遺伝子を標的候補遺伝子とする改変細胞等に対する被験物質の効果が奏され、より好ましくは誘導物質又は誘導刺激と被験物質の効果が相乗的に奏されて、当該改変細胞等の生物的活性が顕著に低下し、これを検出することで、効率的に被験物質の標的遺伝子を同定することが可能となる。
【0047】
後記実施例では、本発明の方法の好適な実施形態の一つとして、標的候補遺伝子の上流に誘導可能なプロモーターを挿入した組換え真菌細胞を用い、被験物質の標的遺伝子を同定する方法を示す。具体的には、カンジダ・グラブラータ(Candida glabrata)のテトラサイクリン転写抑制株(以下、Tet株とも称す)細胞を用い、抗真菌薬の標的遺伝子を同定する方法を示す。
テトラサイクリン又はその誘導体の添加の有無により目的遺伝子の発現を制御するTet-Off(登録商標)システム(
図1)では、テトラサイクリン又はその誘導体の非存在下では、Tetリプレッサー(TetR)を含むテトラサイクリン制御性トランス活性化因子(rTA)がTetオペレーター(TetO)に結合してプロモーターが活性化され、プロモーターの制御下にある遺伝子の転写が誘導される一方、テトラサイクリン又はその誘導体の存在下では、rTAのTetOへの結合がテトラサイクリン又はその誘導体によって阻害されるため、プロモーターの転写活性化が起こらず、プロモーターの制御下にある遺伝子の転写は抑制される。このようにTet-Offシステムは、外部からテトラサイクリン又はその誘導体を添加するだけで所望の遺伝子の転写を制御でき、また、テトラサイクリン又はその誘導体は、真菌やその宿主となる動物に対して毒性が低いことから、真菌を含む真核細胞の遺伝子の発現制御に適している。また、短時間で目的の遺伝子発現がほぼ完全に抑制できることからも、当該システムは有用である。
【0048】
(1)Tet株の作製
カンジダ・グラブラータのTet株は、例えば、次のように構築できる。
まず、構成的プロモーターの下流にTetR及び転写因子からなるrTAが作動可能に連結されている発現ベクターを作製する。構成的プロモーターとは、宿主細胞の生育条件とは無関係に、制御下にある遺伝子を発現させるプロモーターである。構成的プロモーターとしては、例えば、カンジダ・グラブラータ由来のプロモーター、カンジダ・グラブラータと系統的に近縁であるサッカロマイセス・セレビシエ由来のプロモーター等が例示される。当該発現ベクターは、常法に従ってカンジダ・グラブラータに導入し、その後、導入細胞を選抜することで、rTAを発現するカンジダ・グラブラータ株を得る。
【0049】
一方、TetOと最小プロモーターを連結したキメラプロモーター(Tetプロモーター)と、該キメラプロモーターの上流に形質転換マーカーを含む発現ベクターを作製する。最小プロモーターは、ドキシサイクリン存在下での発現抑制状態が維持できるように、減数分裂期以外でその発現が常に抑制されている遺伝子のプロモーターを用いることが好ましい。次いで、該発現ベクターを鋳型として、形質転換マーカー遺伝子とキメラプロモーターからなる領域を増幅するプライマー対であって、5’末端に標的候補遺伝子の5’隣接領域のゲノムDNAに相同なDNA配列を付加したプライマー及び5’末端に標的候補遺伝子のORFの5’末端領域のゲノムDNAに相同なDNA配列を付加したプライマーを用いて、PCRを行う。この際、プライマーは、キメラプロモーターと標的候補遺伝子が作動可能に連結されるように設計する。かくして、相同領域、形質転換マーカー遺伝子、キメラプロモーター及び相同領域からなるDNAカセットが得られる。
得られたDNAカセットを、常法に従って、上記のrTAを発現するカンジダ・グラブラータ株に導入し、相同組換えにより宿主ゲノム中に組み込み、形質転換マーカーを利用して相同組換えを生じた細胞(Tet株)を選抜する。キメラプロモーターがゲノム中の所望の位置に組み込まれたかどうかは、ゲノムDNAを鋳型としたPCRにより確認することができる。
【0050】
(2)ドキシサイクリン及び被験物質の濃度の決定
(1)で得られたTet株を、段階的に希釈したドキシサイクリンの存在下又は非存在下に培養後、分光光度計により600nmにおける濁度を測定し、濁度をドキシサイクリンの濃度に対してプロットしたグラフを作成する。得られたグラフから、Tet株をドキシサイクリンの非存在下に培養した場合の濁度を100%とした場合に、濁度を50%まで阻害するドキシサイクリンの濃度を、IC50として算出する。なお、Tet株をドキシサイクリン非存在下で培養した場合に、標的候補遺伝子の発現を制御していないカンジダ・グラブラータ細胞に比べて濁度が50%以下であった場合には、本発明の方法で用いるドキシサイクリン濃度は0とする。
また、標的候補遺伝子の発現を制御していないカンジダ・グラブラータ細胞を、段階的に希釈した被験物質である抗真菌薬の存在下又は非存在下に培養後、分光光度計により600nmにおける濁度を測定し、濁度を抗真菌薬の濃度に対してプロットしたグラフを作成する。得られたグラフから、該細胞を抗真菌薬の非存在下に培養した場合の濁度を100%とした場合に、濁度を50%まで阻害する抗真菌薬の濃度を、IC50として算出する。
Tet株及び標的候補遺伝子の発現を制御していないカンジダ・グラブラータ細胞は、カンジダ・グラブラータの培養に通常用いられる同化性の炭素源、窒素源、その他の必須栄養素を含む培地に接種し、常法に従い振盪培養又は通気攪拌培養すればよい。例えば、培地としては、SD培地、PDA培地、YPD培地等が例示される。培地のpHは、約5~約8に調整するのが好ましく、培養温度は、通常約20℃~約35℃、好ましくは約25℃~約30℃であり、培養時間は、通常約10時間~約10日、好ましくは約12時間~約5日、さらに好ましくは約12時間~約2日である。
【0051】
(3)Tet株の培養
上記(2)で決定されたIC50を基準とする特定濃度のドキシサイクリン及び特定濃度の抗真菌薬の存在下に、(1)で得られたTet株を培養し、OD600もしくはOD660における濁度を測定する。Tet株の培養条件は、(2)に準じればよい。
【0052】
(4)標的遺伝子の同定
Tet株について、ドキシサイクリン及び抗真菌薬の存在下での培養時の濁度、同濃度のドキシサイクリンの存在下での培養時の濁度、及び同濃度の抗真菌薬の存在下での培養時の濁度を用い、下記の式(2)に従って、相乗効果indexを算出する。
【数2】
(式中、Aはドキシサイクリン存在下で培養した場合の濁度を示し、Bは抗真菌薬存在下で培養した場合の濁度を示し、Cはドキシサイクリン及び抗真菌薬の共存在下で培養した場合の濁度を示す。)
【0053】
カンジダ・グラブラータの各遺伝子のTet株について、好ましくは各生育必須遺伝子のTet株について、上記の操作を行い、得られた相乗効果indexを比較して、最も高い相乗効果indexを示すTet株を検出する。当該Tet株における標的候補遺伝子が、抗真菌薬の標的遺伝子と判断できる。あるいは、最も高い相乗効果indexを示すTet株と次に高い相乗効果indexを示す少なくとも1種のTet株の標的候補遺伝子がコードする分子が、互いに会合する、一方が他方を活性化又は抑制する、一方が他方を活性化又は抑制する分子を構築するために必要である等の関係がある場合には、これらの標的候補遺伝子群を標的遺伝子と判断できる。
【0054】
後記実施例では、真菌として、病原真菌の中でもゲノムサイズが比較的小さく、遺伝子操作が容易であり、ゲノムワイドな機能解析に適しているため、カンジダ・グラブラータを例示している。しかしながら、評価対象の真菌としては、カンジダ・グラブラータに限定されるものではなく、例えば、ツボカビ門;クモノスカビ属、ケカビ属などの接合菌門;子嚢菌門;クリプトコッカス属(例えば、Cryptococcus neoformans等)、マラセチア属(例えば、Malassezia furfur等)、さび病菌などの担子菌門;白癬菌(例えば、Trichophyton rubrum、Trichophyton mentagrophytes等)、スポロトリックス属、黒色真菌などの不完全菌;酵母などが挙げられる。子嚢菌門としては、白癬菌(例えば、Trichophyton rubrum、Trichophyton mentagrophytes等)、スポロトリックス属(例えば、Sporothrix schenkii等)、アスペルギルス属(例えば、Aspergillus fumigatus)、ニューモシスチス属(例えば、Pneumocystis jirovecii等);カンジダ属(例えば、Candida albicans、Candida grabrata等)、サッカロマイセス属(例えば、Saccharomyces cerevisiae等)などの出芽酵母、シゾサッカロマイセス属などの分裂酵母などの酵母;アオカビ、コウジカビ、アカパンカビなどのカビ;アミガサタケ、トリュフなどのキノコ、ユーティパ(Eutypa)属、いもち病菌、うどんこ病菌、黒星病菌、さび病菌等も用いることができることは理解される。このうち、ヒトに対する病原性が知られている白癬菌、スポロトリックス属、アスペルギルス属、ニューモシスチス属、カンジダ属、サッカロマイセス属等を対象とするのが好ましい。
【実施例】
【0055】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0056】
実施例1 カンジダ・グラブラータのTet株を用いた抗真菌薬フルコナゾールの標的遺伝子の同定(1)
(1)Tet株の作製
カンジダ・グラブラータの各遺伝子の上流にTet-Offプロモーターを挿入したテトラサイクリン転写抑制株(Tet株)は、Ueno K, Uno J, Nakayama H, Sasamoto K, Mikami Y, Chibana H. Development of a highly efficient gene targeting system induced by transient repression of YKU80 expression in Candida glabrata. Eukaryot Cell. 2007;6: 1239-1247.に記載の方法で作製した。
【0057】
(2)ドキシサイクリン及びフルコナゾールの50%阻害濃度の決定
100μLのSD培地(6.7g/L yeast nitrogen base、2% glucose)を96穴細胞培養プレートに滴下した。そこに、段階的に希釈したドキシサイクリン(Dox)を添加し、(1)で作製したTet株を植菌し、30℃で20時間培養し、OD600で濁度を測定した。Tet株の濁度が、Doxの追加によって、Dox非存在下で培養した場合の濁度の約50%に減少した濃度をIC50とした。ここで、例えば、ERG11遺伝子を標的候補遺伝子とするTet株のDoxに対するIC50は1μMであった。
別途、100μLのSD培地(6.7g/L yeast nitrogen base、2% glucose)を96穴細胞培養プレートに滴下した。そこに、段階的に希釈したフルコナゾール(Flu)を添加し、標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞株(野生株:CBS138株)を植菌し、30℃で20時間培養し、OD600で濁度を測定した。CBS138株の濁度が、Fluの追加によって、Flu非存在下で培養した場合の濁度の約50%に減少した濃度をIC50とした。CBS138株のFluに対するIC50は50μMであった。
【0058】
(3)Tet株の培養
100μLのSD培地(6.7g/L yeast nitrogen base、2% glucose)に、各Tet株について(2)で算出したIC50の3/10の濃度のDox及び/又はFlu 25μMを添加したものを、96穴細胞培養プレートに滴下した。例えば、ERG11遺伝子を標的候補遺伝子とするTet株の場合には、Doxの濃度を0.3μMとした。そこに(1)で作製した各Tet株を植菌し、30℃で20時間培養し、OD600で濁度を測定した。
【0059】
(4)相乗効果indexの算出
各Tet株について、Dox及び25μM Fluの存在下での培養時の濁度、同濃度のDoxの存在下での培養時の濁度、及び同濃度のFluの存在下での培養時の濁度を用い、下記の式(3)に従って、相乗効果indexを算出した。
【数3】
(式中、AはDox存在下で培養した場合の濁度を示し、BはFlu存在下で培養した場合の濁度を示し、CはDox及びFluの共存在下で培養した場合の濁度を示す。)
【0060】
(5)結果
(4)で算出した相乗効果indexを
図2に示す。その結果、ERG11遺伝子を標的候補遺伝子とするTet株の相乗効果indexが、他のTet株の相乗効果indexより顕著に高く、ERG11遺伝子がフルコナゾールの標的遺伝子と考えられた。実際に、ERG11遺伝子は、フルコナゾールの標的遺伝子として知られているので、本方法により、被験物質である抗真菌薬フルコナゾールの標的遺伝子を同定できることが確認された。
【0061】
実施例2 カンジダ・グラブラータのTet株を用いた抗真菌薬フルコナゾールの標的遺伝子の同定(2)
実施例1(1)で作製したTet株を、各Tet株について実施例1(2)で算出したIC
50の3/100倍の濃度のDox及び/又は7.5μM Fluを用いた以外は実施例1(3)の方法に準じて培養した。このとき、例えば、ERG11遺伝子を標的候補遺伝子とするTet株の場合には、Doxの濃度を0.03μMとした。その後、実施例1(4)の方法に準じてTet株の相乗効果indexを算出した。
算出した相乗効果indexを
図3に示す。その結果、フルコナゾールの標的遺伝子として知られるERG11遺伝子が、高い相乗効果indexを示すことが認められた。
【0062】
実施例3 カンジダ・グラブラータのTet株を用いた抗真菌薬フルコナゾールの標的遺伝子の同定(3)
実施例1(1)で作製したTet株を、各Tet株について実施例1(2)で算出したIC
50の3/1000倍の濃度のDox及び/又は25μM Fluを用いた以外は実施例1(3)の方法に準じて培養した。このとき、例えば、ERG11遺伝子を標的候補遺伝子とするTet株の場合には、Doxの濃度を0.003μMとした。その後、実施例1(4)の方法に準じてTet株の相乗効果indexを算出した。
算出した相乗効果indexを
図4に示す。その結果、フルコナゾールの標的遺伝子として知られるERG11遺伝子が、高い相乗効果indexを示すことが認められた。
【0063】
実施例4 カンジダ・グラブラータのTet株を用いた抗真菌薬フルコナゾールの標的遺伝子の同定(4)
実施例1(1)で作製したTet株を、各Tet株について実施例1(2)で算出したIC
50の濃度のDox及び/又は50μM Fluを用いた以外は実施例1(3)の方法に準じて培養した。このとき、例えば、ERG11遺伝子を標的候補遺伝子とするTet株の場合には、Doxの濃度を1μMとした。その後、実施例1(4)の方法に準じてTet株の相乗効果indexを算出した。
算出した相乗効果indexを
図5に示す。その結果、フルコナゾールの標的遺伝子として知られるERG11遺伝子が、高い相乗効果indexを示すことが認められた。
【0064】
実施例5 カンジダ・グラブラータのTet株を用いた抗真菌薬テルビナフィンの標的遺伝子の同定
(1)ドキシサイクリン及びテルビナフィンの50%阻害濃度の決定
100μLのSD培地(6.7g/L yeast nitrogen base、2% glucose)を96穴細胞培養プレートに滴下した。そこに、段階的に希釈したドキシサイクリン(Dox)を添加し、実施例1(1)で作製したTet株を植菌し、30℃で20時間培養し、OD600で濁度を測定した。Tet株の濁度が、Doxの追加によって、Dox非存在下で培養した場合の濁度の約50%に減少した濃度をIC50とした。ここで、例えば、ERG1遺伝子を標的候補遺伝子とするTet株のDoxに対するIC50は0.5μMであった。
別途、100μLのSD培地(6.7g/L yeast nitrogen base、2% glucose)を96穴細胞培養プレートに滴下した。そこに、段階的に希釈したテルビナフィン(Ter)を添加し、標的候補遺伝子の発現を制御していない細胞株(野生株:CBS138株)を植菌し、30℃で20時間培養し、OD600で濁度を測定した。CBS138株の濁度が、Terの追加によって、Ter非存在下で培養した場合の濁度の約50%に減少した濃度をIC50とした。CBS138株のTerに対するIC50は48μMであった。
【0065】
(2)Tet株の培養
実施例1(1)で作製したTet株を、各Tet株について実施例5(1)で算出したIC50の1/2の濃度のDox及び/又は12μM Terを用いた以外は実施例1(3)の方法に準じて培養した。このとき、例えば、ERG1遺伝子を標的候補遺伝子とするTet株の場合には、Doxの濃度を0.25μMとした。
【0066】
(3)相乗効果indexの算出
各Tet株について、Dox及び12μM Terの存在下での培養時の濁度、同濃度のDoxの存在下での培養時の濁度、及び同濃度のTerの存在下での培養時の濁度を用いた以外は実施例1(4)の方法に準じて相乗効果indexを算出した。
【0067】
(4)結果
(3)で算出した相乗効果indexを
図6に示す。その結果、ERG1遺伝子を標的候補遺伝子とするTet株の相乗効果indexが、他のTet株の相乗効果indexより顕著に高く、ERG1遺伝子がテルビナフィンの標的遺伝子と考えられた。実際に、ERG1遺伝子は、テルビナフィンの標的遺伝子として知られているので、本方法により、被験物質である抗真菌薬テルビナフィンの標的遺伝子を同定できることが確認された。