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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-12
(45)【発行日】2024-04-22
(54)【発明の名称】熱処理装置及び熱処理方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 1/773 20060101AFI20240415BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20240415BHJP
   C21D 1/63 20060101ALI20240415BHJP
【FI】
C21D1/773 D
C21D1/18 J
C21D1/63
C21D1/18 T
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022527388
(86)(22)【出願日】2020-05-28
(86)【国際出願番号】 JP2020021093
(87)【国際公開番号】W WO2021240718
(87)【国際公開日】2021-12-02
【審査請求日】2022-11-25
(73)【特許権者】
【識別番号】390008431
【氏名又は名称】高砂工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加賀 真城
(72)【発明者】
【氏名】平本 昇
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-263008(JP,A)
【文献】特開昭60-190551(JP,A)
【文献】特開平07-090359(JP,A)
【文献】特開2011-219814(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/773
C21D 1/18
C21D 1/63
F27B 9/00-9/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理物が熱処理油による熱処理後に収容される乾燥室と、
前記乾燥室を減圧する減圧手段と、
前記減圧手段を制御する制御手段と、
前記熱処理油を貯留する油槽を有する処理室と、
前記処理室に設けられ、前記乾燥室と前記油槽との間で前記被処理物を移動する移動手段と、を備え、
前記乾燥室は、前記処理室に形成され、
前記熱処理油は、前記被処理物を冷却する冷却油であり、
前記移動手段は、前記被処理物が前記油槽における前記冷却油の油温よりも高い温度まで冷却された段階で前記油槽から前記乾燥室へ前記被処理物を移動し、
前記制御手段は、前記乾燥室において、前記被処理物に付着した前記熱処理油が気化する一方、前記油温の前記熱処理油が気化しないように、前記乾燥室の気圧を制御する、
ことを特徴とする装置。
【請求項2】
請求項1に記載の装置であって、
前記乾燥室の気圧を検知する検知手段を備え、
前記制御手段は、前記検知手段の検知結果に基づいて前記減圧手段を制御する、
ことを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項1に記載の装置であって、
前記制御手段は、所定の乾燥完了条件が成立するまで、前記乾燥室において、前記被処理物に付着した前記熱処理油が気化するように前記乾燥室の気圧を制御する、
ことを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の装置であって、
前記処理室の下部に前記油槽が形成され、上部に前記乾燥室が形成されている、
ことを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載の装置であって、
前記被処理物を加熱する加熱室を備え、
前記加熱室における前記被処理物の加熱と、前記油槽における前記被処理物の冷却とにより、前記被処理物の焼入れが行われる、
ことを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項1乃至請求項のいずれか一項に記載の装置であって、
前記乾燥室で乾燥された前記被処理物を加熱する加熱室を備える、
ことを特徴とする装置。
【請求項7】
請求項に記載の装置であって、
前記加熱室は、前記乾燥室と開閉扉を介して連通している、
ことを特徴とする装置。
【請求項8】
熱処理油による熱処理後の被処理物を乾燥室に収容する収容工程と、
前記被処理物に付着した前記熱処理油が気化するように前記乾燥室を減圧する減圧工程と、を備え、
前記乾燥室は、前記熱処理油を貯留する油槽を有する処理室に形成され、
前記熱処理油は、前記被処理物を冷却する冷却油であり、
前記収容工程は、前記被処理物が前記油槽における前記冷却油の油温よりも高い温度まで冷却された段階で前記油槽から前記乾燥室へ前記被処理物を移動する工程を含み、
前記減圧工程では、前記被処理物に付着した前記温度の前記熱処理油が気化する一方、前記油温の前記熱処理油が気化しないように、前記乾燥室の気圧を制御する、
ことを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱処理技術に関する。
【背景技術】
【0002】
金属等の熱処理において、熱処理油を用いて焼入れ等の熱処理を行う熱処理装置が知られている(例えば特許文献1)。熱処理では被処理物に熱処理油が付着する。付着した熱処理油は次工程において悪影響を与える場合がある。このため、次工程に進む前に、被処理物に残留した熱処理油を除去する除去工程が行われる。この除去工程は、例えば、真空洗浄装置により被処理物を洗浄し、乾燥することで行われる(例えば特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2020-12165号公報
【文献】特許第6067823号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
除去工程では、各種の溶剤、特に炭化水素系の溶剤が用いられることが多い。熱処理油や炭化水素系溶剤はいずれも枯渇資源である化石燃料から生成される。資源保護の観点から、その使用量の削減が望まれる。また、除去工程にかける設備、時間等が削減できれば有利である。
【0005】
本発明の目的は、溶剤による洗浄を経ずに被処理物から熱処理油を除去可能な技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によれば、
被処理物が熱処理油による熱処理後に収容される乾燥室と、
前記乾燥室を減圧する減圧手段と、
前記減圧手段を制御する制御手段と、
前記熱処理油を貯留する油槽を有する処理室と、
前記処理室に設けられ、前記乾燥室と前記油槽との間で前記被処理物を移動する移動手段と、を備え、
前記乾燥室は、前記処理室に形成され、
前記熱処理油は、前記被処理物を冷却する冷却油であり、
前記移動手段は、前記被処理物が前記油槽における前記冷却油の油温よりも高い温度まで冷却された段階で前記油槽から前記乾燥室へ前記被処理物を移動し、
前記制御手段は、前記乾燥室において、前記被処理物に付着した前記熱処理油が気化する一方、前記油温の前記熱処理油が気化しないように、前記乾燥室の気圧を制御する、
ことを特徴とする装置が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、溶剤による洗浄を経ずに被処理物から熱処理油を除去可能な技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の一実施形態に係る熱処理装置の概略図。
図2A図1の熱処理装置による被処理物の処理動作の例を示す図。
図2B図1の熱処理装置による被処理物の処理動作の例を示す図。
図2C図1の熱処理装置による被処理物の処理動作の例を示す図。
図3A】制御ユニットが実行する乾燥処理の例を示すフローチャート。
図3B】は熱処理油の温度と飽和蒸気圧との関係を示す図。
図4】別の実施形態に係る熱処理装置の概略図。
図5】更に別の実施形態に係る熱処理装置の概略図。
図6A図5の熱処理装置による被処理物の処理動作の例を示す図。
図6B図5の熱処理装置による被処理物の処理動作の例を示す図。
図6C図5の熱処理装置による被処理物の処理動作の例を示す図。
図7A図5の熱処理装置における被処理物の温度変化を示す図。
図7B】熱処理油の温度と飽和蒸気圧との関係を示す図。
図8】更に別の実施形態に係る熱処理装置の概略図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、添付図面を参照して実施形態を詳しく説明する。尚、以下の実施形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また実施形態で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明に必須のものとは限らない。実施形態で説明されている複数の特徴のうち二つ以上の特徴が任意に組み合わされてもよい。また、同一若しくは同様の構成には同一の参照番号を付し、重複した説明は省略する。
【0010】
<第一実施形態>
<装置の構成>
図1は、本発明の一実施形態に係る熱処理装置1の概略図である。熱処理装置1は金属材料等の被処理物の焼入れと乾燥とを連続的に実行する装置である。熱処理装置1は、被処理物の搬送方向であるD方向に連続的に配列された、加熱装置10と、冷却装置20と、乾燥装置30とを備える。
【0011】
加熱装置10は、気密に維持可能な処理室11を備える。処理室11は被処理物を加熱する加熱室である。
【0012】
処理室11のD方向の一端には被処理物が搬入される搬入口2が形成され、他端には冷却装置20の処理室21と連通する連通口3が形成されている。搬入口2はアクチュエータ2bの駆動により移動する開閉扉2aにより開閉され、連通口3はアクチュエータ3bの駆動により移動する開閉扉3aにより開閉される。開閉扉2a及び3aが閉状態の場合、処理室11は気密状態となる。アクチュエータ2b、3bは、例えば、開閉扉2a、3aを上下に移動する流体シリンダである。
【0013】
処理室11には搬送ユニット12が設けられている。本実施形態の場合、搬送ユニット12は複数のローラ12aを備えたローラコンベアであり、被処理物をD方向に水平に移動する。処理室11内にはまた、加熱ユニット13が設けられている。加熱ユニット13は複数の発熱素子13aを備え、処理室11に搬入された被処理物を、処理室11が気密な状態において加熱する。
【0014】
冷却装置20は、気密に維持可能な処理室21を備える。処理室21は被処理物を急冷する熱処理室である。
【0015】
処理室11で加熱された被処理物は、処理室21のD方向の一端の連通口3を通って処理室21に搬入される。連通口3は処理室11と処理室21とを区画する隔壁に形成されており、処理室11と処理室21とは開閉扉3aを介して連通している。処理室21のD方向の他端には乾燥装置30の乾燥室31と連通する連通口4が形成されている。連通口4はアクチュエータ4bの駆動により移動する開閉扉4aにより開閉される。開閉扉3a及び4aが閉状態の場合、処理室21は気密状態となる。アクチュエータ4bは、例えば、開閉扉4aを上下に移動する流体シリンダである。
【0016】
処理室21は上部空間21aと下部空間21bとを含む。上部空間21aは、搬送ユニット22が設けられた搬送室である。本実施形態の場合、搬送ユニット22は複数のローラ22aを備えたローラコンベアであり、被処理物をD方向に水平に移動する。下部空間21bには熱処理油23aを貯留する油槽23が設けられている。熱処理油23aは冷却油(焼入れ油)であり、熱処理油23aに被処理物を浸漬することで被処理物を冷却する。油槽23の熱処理油23aは、油温センサ25による油温の検知結果に基づいて、ヒータ24により加熱され、所定の油温に維持される。
【0017】
処理室21には、被処理物を移動する移動機構26が設けられている。移動機構26は被処理物を支持する昇降テーブル26aと、アクチュエータ26bとを備える。昇降テーブル26aはアクチュエータ26bの駆動により、実線で示す上昇位置と、破線で示す降下位置との間を昇降する。アクチュエータ26bは例えば流体シリンダである。昇降テーブル26aにはローラ22aが設けられている。昇降テーブル26は、上昇位置にある場合には、被処理物をD方向に搬送する搬送ユニット22の一部として機能する。昇降テーブル26aは、被処理物を搭載して降下位置に降下することにより、被処理物を油槽23に浸漬することができ、また、降下位置から上昇位置に上昇することで、被処理物を油槽23から引き上げることができる。
【0018】
乾燥装置30は、気密に維持可能な乾燥室31を備える。乾燥室31には熱処理油23aによる熱処理後の被処理物が収容される。熱処理油23aが表面に付着している被処理物は乾燥室31で乾燥される。
【0019】
処理室21で冷却された被処理物は、乾燥室31のD方向の一端の連通口4を通って乾燥室31に搬入される。連通口4は処理室21と乾燥室31とを区画する隔壁に形成されており、処理室21と乾燥室31とは開閉扉4aを介して連通している。乾燥室31のD方向の他端には搬出口5が形成されている。搬出口5はアクチュエータ5bの駆動により移動する開閉扉5aにより開閉される。開閉扉4a及び5aが閉状態の場合、乾燥室31は気密状態となる。アクチュエータ5bは、例えば、開閉扉5aを上下に移動する流体シリンダである。
【0020】
乾燥室31には搬送ユニット32が設けられている。本実施形態の場合、搬送ユニット32は複数のローラ32aを備えたローラコンベアであり、被処理物をD方向に水平に移動する。乾燥装置30は乾燥室31を減圧する減圧ユニット33を備える。本実施形態の減圧ユニット33は、乾燥室31と配管を介して連通した真空ポンプ33aと、乾燥室31と真空ポンプ33aとの間の配管の途中に設けられた制御弁33bとを備える。真空ポンプ33aの駆動により乾燥室31内の気体が外部に排出され、乾燥室31を減圧することができる。制御弁33bを開弁すると乾燥室31と真空ポンプ33aとが連通状態となり、閉弁すると遮断状態となる。
【0021】
乾燥室31には、乾燥室31の気圧を検知するセンサ34が設けられている。センサ34の検知結果に基づいて、減圧ユニット33による乾燥室31の減圧を制御することにより、乾燥室31を、制御上の目標気圧に維持することができる。乾燥室31を減圧することで、被処理物に付着した熱処理油23aの蒸発が促進され、かつ、その蒸気が乾燥室31の外部に排出される。これにより被処理物に付着していた熱処理油23aが除去され、被処理物が乾燥される。
【0022】
真空ポンプ33aと制御弁33bとの間には凝縮器35が設けられている。凝縮器35には、熱処理油23aの凝縮点以下の温度の冷却水が通過する配管35aが設けられており、乾燥室31から排出された気体と冷却水との間で熱交換が行われる。これにより、乾燥室31から排出された熱処理油23aの蒸気は液化する。
【0023】
液化した熱処理油23aは、回収系36を介して油槽23に戻される。回収系36は例えば凝縮器35と油槽23との間の配管、熱処理油23aの貯留器、貯留器内の熱処理油23aを油槽23に送出するポンプ等を含む。こうした構成によって、熱処理油23aが真空ポンプ33aに到達して真空ポンプ33aが劣化することを防止でき、また、熱処理油23aを再利用することができる。
【0024】
熱処理装置1は、制御ユニット40を備える。制御ユニット40は、CPUに代表されるプロセッサ、ROM、RAM等の記憶デバイス、制御ユニット40の外部のデバイス(センサやアクチュエータ)とプロセッサとの間で信号を入出力するI/Oインタフェース等を備える。記憶デバイスにはプロセッサが実行するプログラムが格納され、プロセッサがこのプログラムを実行し、センサの検知結果に基づいてアクチュエータ等を駆動することで熱処理装置1が動作する。
【0025】
<被処理物に対する処理の例>
熱処理装置1による被処理物の処理の例について図2A乃至図2Cを参照して説明する。図2A乃至図2Cは熱処理装置1による被処理物Wの処理動作の例を示す図である。図2Aは被処理物Wが搬入口2を通って処理室11に搬入され、加熱処理がなされる状態を示している。その後、処理室11は気密状態とされ、加熱ユニット13の発熱により加熱される。これにより被処理物Wが焼入れ温度まで加熱される。被処理物Wの加熱が完了すると、開閉扉3aが開放され、搬送ユニット12及び22により連通口3を通って被処理物Wが処理室11から処理室21へ搬送される。その後、処理室21は気密状態とされる。
【0026】
図2Bは処理室21での被処理物Wの処理を示している。破線で示すように被処理物Wは昇降テーブル26a上に搬送される。実線で示すように昇降テーブル26aが降下位置に降下し、被処理物Wが熱処理油23aに浸漬される。被処理物Wを熱処理油23aで急冷する焼入れ処理が行われる。被処理物Wは所定温度になるまで浸漬され、本実施形態の場合、所定温度は熱処理油23aの油温T0と等しい温度である。被処理物Wが所定温度T0まで冷却されたか否かは例えば浸漬時間で判断することができる。その後、昇降テーブル26aが破線で示す上昇位置に上昇され、被処理物Wが油槽23から引き上げられる。
【0027】
被処理物Wの焼入れが完了すると、開閉扉4aが開放され、図2Cに示すように搬送ユニット22及び32により連通口4を通って被処理物Wが処理室21から乾燥室31へ搬送される。その後、乾燥室31は気密状態とされる。続いて減圧ユニット33の作動により乾燥室31を減圧し、被処理物Wに付着した熱処理油23aを気化する。被処理物Wの温度はT0であるので、被処理物Wに残留している熱処理油23aの油温もT0である。図3Bに示すように、温度T0における熱処理油23aの飽和蒸気圧をP0とすると、乾燥室31には、飽和蒸気圧P0に応じた熱処理油23aの蒸気の分圧が発生している。乾燥室31の熱処理油23aの分圧を飽和蒸気圧P0よりも低く維持することで、被処理物Wに付着した熱処理油23aを蒸発させて除去し、乾燥することができる。
【0028】
このような乾燥方法によれば、溶剤による洗浄を経ずに被処理物Wから熱処理油23aを除去できるので、従来必要であった被処理物Wの溶剤洗浄が不要となる。したがって洗浄装置やこれにともなう搬送装置の設置も不要となるため、装置の初期費用、維持管理費用、各種機器の設置スペース等を削減でき、効率的な生産ラインを構築することができる。また、洗浄用の溶剤も不要となり、資源保護も図れる。
【0029】
乾燥が完了すると、開閉扉5aが開放され、被処理物Wは搬出口5から装置外へ搬出される。以上により、1サイクルの処理が終了する。
【0030】
<乾燥制御例>
制御ユニット40の制御例について説明する。図3Aは、乾燥装置30における被処理物Wの乾燥に関わる制御例を示すフローチャートであり、被処理物Wが乾燥室31に搬送され、乾燥室31が気密状態になった段階で実行される処理例である。
【0031】
S1では減圧ユニット33を駆動して乾燥室31の減圧を開始する。具体的には真空ポンプ33aを駆動して、制御弁33bを開放する。真空ポンプ33aは事前に駆動が開始され、常時駆動されていてもよい。
【0032】
S2ではセンサ34の検知結果を取得して、乾燥室31の気圧が所定圧未満か否かを判定する。センサ34が検知する乾燥室31の気圧は、熱処理油23aの蒸気の分圧と乾燥室31に存在し得る他の気体(例えば空気)との合計の気圧となる。よって、比較基準となる所定圧は、熱処理油23aの飽和蒸気圧P0と他の気体の分圧とを考慮して予め実験等によって設定され、熱処理油23aの蒸気の分圧が飽和蒸気圧P0よりも低いときの乾燥室31の気圧相当の値とされる。乾燥室31の気圧が所定圧未満である場合はS3へ進み、所定圧以上である場合はS4へ進む。
【0033】
S3では制御弁33bを閉弁して乾燥室31の減圧を一時停止する。S4では乾燥室31の減圧を継続する。S5では乾燥の完了条件が成立したか否かを判定する。完了条件としては、例えば、S1の減圧開始からの経過時間が所定時間に達したことが挙げられる。或いは、S2で乾燥室31の気圧が所定気圧未満と最初に判定されてからの経過時間が所定時間に達したことが挙げられる。或いは、乾燥室31の気圧(センサ34の検知結果)が所定時間継続して閾値以下であった場合を挙げられる。
【0034】
乾燥の完了条件が成立した場合はS6へ進み、成立していない場合はS2へ戻って同様の処理を繰り返す。S2~S5の処理が繰り返されることにより、完了条件が成立するまで、乾燥室31の熱処理油23aの分圧が飽和蒸気圧P0よりも低く維持される。S6では乾燥室31の減圧を終了する。ここでは、制御弁33bを閉弁する。真空ポンプ33aは停止してもよいし、次の処理に備えて駆動したままとしてもよい。
【0035】
以上の処理により、被処理物Wから熱処理油23aを除去し、乾燥することができる。なお、本実施形態では、減圧ユニット33が真空ポンプ33aと制御弁33bとを備える構成としたが、真空ポンプ33aのみの構成であってもよい。この場合、真空ポンプ33aの駆動/停止によって、乾燥室31の減圧/減圧停止を切り替えることになる。また、本実施形態では、S2~S5の処理により、乾燥室31の気圧を所定圧に維持されるように制御したが、乾燥室31の気圧が所定圧よりも低ければよいので、S3の減圧の一時停止は行わずに、完了条件が成立するまで、減圧を継続してもよい。
【0036】
<第二実施形態>
第一実施形態では、焼入れ後の被処理物の乾燥の例を説明したが、他の熱処理後の被処理物の乾燥にも同様の乾燥方法が適用可能である。図4は本実施形態に係る熱処理装置1Aの概略図である。第一実施形態の熱処理装置1と異なる構成について説明する。
【0037】
熱処理装置1Aは、D方向で加熱装置10と乾燥装置30との間に、冷却装置20A、再加熱装置20Bが設けられている。冷却装置20A、再加熱装置20Bの構成は第一実施形態の冷却装置20と同じであるが、冷却装置20Aは被処理物の焼入れに用い、再加熱装置20Bは被処理物の焼き戻しに用いる。冷却装置20Aと再加熱装置20Bとは、これらの各処理室21を区画する隔壁に形成された連通口6で連通しており、開閉扉6aはアクチュエータ6bの駆動により連通口6を開閉する。
【0038】
乾燥装置30は、再加熱装置20Bによる焼き戻し後に、被処理物に付着した熱処理油23aの除去に用いられる。
【0039】
<第三実施形態>
第一実施形態では、冷却装置20と乾燥装置30とを別々に構成したが、共通の装置として構成することもできる。図5は本実施形態に係る熱処理装置1Bの概略図である。第一実施形態の熱処理装置1と異なる構成について説明する。
【0040】
熱処理装置1Bは、D方向に連続的に配列された加熱装置10と冷却装置20Cとを備える。加熱装置10の構成は第一実施形態の加熱装置10と同じである。冷却装置20Cは、第一実施形態の冷却装置20の処理室21の上部空間21aを乾燥室21a’として利用したものである。以下、冷却装置20Cについて、第一実施形態の冷却装置20及び乾燥装置30と適宜対比しつつ説明する。
【0041】
冷却装置20Cは、気密に維持可能な処理室21を備える。処理室21は被処理物を急冷する熱処理室であると共に被処理物を乾燥する乾燥室としても機能する。第一実施形態と同様、処理室11で加熱された被処理物は、処理室21のD方向の一端の連通口3を通って処理室21に搬入される。一方、第一実施形態と異なり、処理室21のD方向の他端には搬出口5が形成されている。搬出口5はアクチュエータ5bの駆動により移動する開閉扉5aにより開閉される。開閉扉3a及び5aが閉状態の場合、処理室21は気密状態となる。
【0042】
処理室21は上部空間である乾燥室21a’と下部空間21bとを含む。乾燥室21a’は、搬送ユニット22が設けられた搬送室であると共に、熱処理油23aによる熱処理後の被処理物が収容される収容室である。乾燥室21a’において、熱処理油23aが表面に付着している被処理物が乾燥される。下部空間21bには第一実施形態と同様、熱処理油23aを貯留する油槽23が設けられており、また、油温センサ25、ヒータ24が設けられている。
【0043】
第一実施形態と同様、処理室21には、被処理物を移動する移動機構26が設けられており、被処理物は降下位置と上昇位置との間で移動される。冷却装置20Cは乾燥室21a’を含む処理室21を減圧する減圧ユニット33を備え、減圧ユニット33は第一実施形態の減圧ユニット33と同じ構成である。第一実施形態と同様、乾燥室21a’には、乾燥室21a’の気圧を検知するセンサ34が設けられている。第一実施形態と同様、真空ポンプ33aと制御弁33bとの間には凝縮器35が設けられ、凝縮器35には冷却水が通過する配管35aが設けられている。凝縮器35で液化した熱処理油23aは、回収系36を介して油槽23に戻される。
【0044】
熱処理装置1Bによる被処理物の処理の例について図6A乃至図6Cを参照して説明する。図6A乃至図6Cは熱処理装置1Cによる被処理物Wの処理動作の例を示す図である。図6Aは被処理物Wが搬入口2を通って処理室11に搬入され、加熱処理がなされる状態を示している。その後、処理室11は気密状態とされ、加熱ユニット13の発熱により加熱される。これにより被処理物Wが焼入れ温度まで加熱される。被処理物Wの加熱が完了すると、開閉扉3aが開放され、搬送ユニット12及び22により連通口3を通って被処理物Wが処理室11から処理室21へ搬送される。その後、処理室21は気密状態とされる。
【0045】
図6Bは処理室21での被処理物Wの処理を示している。破線で示すように被処理物Wは昇降テーブル26a上に搬送される。実線で示すように昇降テーブル26aが降下位置に降下し、被処理物Wが熱処理油23aに浸漬される。被処理物Wを熱処理油23aで急冷する焼入れ処理が行われる。被処理物Wは所定温度になるまで浸漬され、本実施形態の場合、所定温度は熱処理油23aの油温T0よりも高い温度T1である。被処理物Wが所定温度T1まで冷却されたか否かは例えば浸漬時間で判断することができる。その後、昇降テーブル26aが破線で示す上昇位置に上昇され、被処理物Wが油槽23から引き上げられる。
【0046】
このように本実施形態では、被処理物Wが油槽23における熱処理油23aの油温T0よりも高い温度T1まで冷却された段階で油槽23から乾燥室21a’へ被処理物Wが移動される。
【0047】
被処理物Wの焼入れが完了すると、減圧ユニット33の作動により乾燥室21a’を減圧し、被処理物Wに付着した熱処理油23aを気化する。被処理物Wの温度はT1であるので、被処理物Wに残留している熱処理油23aの油温もT1である。ここで、図7Aを参照して冷却装置20C内における被処理物Wの温度変化の推移について説明する。
【0048】
時間t0~t1は、昇降テーブル26aが上昇位置から降下位置に降下する段階を示し、被処理物Wが油槽23に油没する段階を示している。被処理物Wは加熱装置10による加熱処理により焼入れ温度T2(>T1>T0)である。時間t1~t2において被処理物Wが熱処理油23aに浸漬され、温度T1(>T0)に達する。時間t2~t3は昇降テーブル26aが降下位置から上昇位置に上昇する段階を示し、被処理物Wが油槽23から引き上げられる段階を示している。時間t3から被処理物Wの乾燥を開始する。
【0049】
図7Bに示すように、温度T1における熱処理油23aの飽和蒸気圧をP1とすると、乾燥室21a’には、飽和蒸気圧P1に応じた熱処理油23aの蒸気の分圧が発生している。したがって、乾燥室21a’の熱処理油23aの分圧を飽和蒸気圧P1よりも低く維持することで、被処理物Wに付着した熱処理油23aを蒸発させて除去し、乾燥することができる。一方、処理室21の油槽23には油温T0の熱処理油23aが存在しており、その飽和蒸気圧はP0(<P1)である。乾燥室21a’の熱処理油23aの分圧が飽和蒸気圧P0よりも低くなると、油槽23の熱処理油23aが蒸発してしまう。
【0050】
そこで、乾燥室21a’の熱処理油23aの分圧を飽和蒸気圧P1よりも低く、飽和蒸気圧P0よりも高く維持する。これにより、被処理物Wに付着した熱処理油23aを蒸発させて除去し、乾燥しつつ、油槽23の熱処理油23aが蒸発することを防止できる。こうした減圧により、真空ポンプ33aが、油槽23に由来する大量の熱処理油23aの蒸気を吸引することを回避し、被処理物Wに付着した熱処理油23aのみの選択的な気化が可能となる。
【0051】
乾燥が完了すると、開閉扉5aが開放され、被処理物Wは搬出口5から装置外へ搬出される。以上により、1サイクルの処理が終了する。本実施形態によれば、冷却装置20C内で被処理物Wの乾燥を行えるため、熱処理ラインの効率化が可能となる。
【0052】
なお、乾燥を経た被処理物Wは空冷工程に移行することができる。このように急冷と緩慢な冷却を組み合わせた焼入れ手法は、いわゆるマルクエンチとして知られているが、本実施形態で説明した通り、マルクエンチにも本実施形態の乾燥手法を適用可能である。
【0053】
本実施形態における制御ユニット40の乾燥制御例については、図3Aに例示したフローチャートと同様である。S2において、乾燥室21a’の気圧が所定圧未満か否かを判定する場合、比較基準となる所定圧は熱処理油23aの蒸気の分圧と乾燥室21a’に存在し得る(例えば空気)の分圧とを考慮して予め実験等によって設定される。その際、飽和蒸気圧P1及びP0も考慮され、熱処理油23aの蒸気の分圧が飽和蒸気圧P1よりも低く、かつ、飽和蒸気圧P0よりも高いときの乾燥室21a’の気圧相当の値とされる。これにより、被処理物Wに付着した温度T1の熱処理油23aが気化する一方、油温T0の油槽23の熱処理油23aが気化しないように、乾燥室21a’の気圧を制御することができる。
【0054】
<第四実施形態>
上記各実施形態で説明した乾燥方法は、焼き入れを繰り返す装置における被処理物の乾燥にも適用可能である。図8は本実施形態に係る熱処理装置1Cの概略図である。
【0055】
熱処理装置1Cは、D方向に連続的に配置された加熱装置10Aと、冷却装置20Dと、加熱装置10Bと、冷却装置20Eとを備える。加熱装置10A及び冷却装置20Dは、第三実施形態の加熱装置10及び冷却装置20Cと同じ構成であり、加熱装置10B及び冷却装置20Eも、第三実施形態の加熱装置10及び冷却装置20Cと同じ構成である。つまり、熱処理装置1Cは、第三実施形態の熱処理装置1BをD方向に複数(二つ)連続的に配置した構成である。
【0056】
なお、冷却装置20Dの処理室21と、加熱装置10Bの処理室11とは連通口7において連通し、連通口7はアクチュエータ7bの駆動により移動する開閉扉7aにより開閉される。開閉扉3a及び7aが閉状態の場合、冷却装置20Dの処理室21は気密状態となる。また、加熱装置10Bの処理室11と、冷却装置20Eの処理室21とは連通口8において連通し、連通口8はアクチュエータ8bの駆動により移動する開閉扉8aにより開閉される。開閉扉7a及び8aが閉状態の場合、加熱装置10Bの処理室11は気密状態となる。冷却装置20Eには搬出口5が形成されている。開閉扉8a及び5aが閉状態の場合、冷却装置20Eの処理室21は気密状態となる。
【0057】
熱処理装置1Cにおいて、被処理物には、加熱装置10Aによる加熱処理、冷却装置20Dによる焼入れ及び乾燥、加熱装置10Bによる加熱処理、冷却装置20Eによる焼入れ及び乾燥が順次行われる。各装置の制御は第三実施形態で述べた内容と同様である。
【0058】
本実施形態によれば、被処理物の加熱と焼入れとを繰り返し行うことができ、例えば、所謂結晶粒微細化による金属材料の強化を行うことができる。そして、冷却装置20Dの処理を経た被処理物を加熱装置10Bへ搬送して加熱処理を行う際、被処理物は既に乾燥されているため、二度目の加熱処理を迅速に行うことができる。
【0059】
<他の実施形態>
上記実施形態では、加熱装置10~10Bや、冷却装置20及び20A、再加熱装置20B、冷却装置20C~20E、及び、乾燥装置30がそれぞれ一つの処理室又は乾燥室を備える構成を例示したが、これに限られず、複数の被処理物に対応した複数の処理室又は乾燥室を備えていてもよい。被処理物の並列的な処理が可能となる。
【0060】
また、乾燥機能を備えた冷却装置20C~20Eの後段に、乾燥に特化した乾燥装置30を配置し、冷却装置20C~20Eによる乾燥と、乾燥装置30による乾燥とを選択的に行えるようにしてもよい。
【0061】
以上、発明の実施形態について説明したが、発明は上記の実施形態に制限されるものではなく、発明の要旨の範囲内で、種々の変形・変更が可能である。
図1
図2A
図2B
図2C
図3A
図3B
図4
図5
図6A
図6B
図6C
図7A
図7B
図8