(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-12
(45)【発行日】2024-04-22
(54)【発明の名称】凍結保存用治具の固定具
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240415BHJP
【FI】
C12M1/00 Z
(21)【出願番号】P 2020011785
(22)【出願日】2020-01-28
【審査請求日】2022-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000005980
【氏名又は名称】三菱製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】松澤 篤史
【審査官】大西 隆史
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-124819(JP,A)
【文献】米国意匠特許発明第00642697(US,S)
【文献】特開2014-183757(JP,A)
【文献】特開2015-142523(JP,A)
【文献】国際公開第2015/115313(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00- 3/00
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上面、側面及び底面を有する基材からなる凍結保存用治具の固定具であって、該固定具は凍結保存用治具を固定するために、基材の上面に少なくとも片端が基材の側面部に開口したスリット部を有
し、前記スリット部は固定構造部を有するか、あるいは基材の上面に凍結保存用治具を挿入する挿入部と該挿入部の側面部に片端が開口したスリット部を有し、更に該基材の上面または側面に該基材の上面よりも上方に伸長した液面ゲージ部を有することを特徴とする、凍結保存用治具の固定具。
【請求項2】
前記固定構造部は、前記スリット部の内部の側面に形成された凹凸構造部、前記スリット部内部の側面間の距離が徐々に狭まったテーパー構造部、又は、前記スリット部が開口部から一定距離直進した後に、異なる方向に屈曲した屈曲構造部である、請求項1に記載の凍結保存用治具の固定具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凍結した細胞又は組織の融解時において好適に利用される凍結保存用治具の固定具に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞又は組織の優れた保存技術は、様々な産業分野で求められている。例えば、牛の胚移植技術においては、胚を凍結保存し、受胚牛の発情周期に合わせて胚を融解し、移植することが行われている。また、ヒトの不妊治療においては、母体から卵子又は卵巣を採取後、移植に適したタイミングに合わせるために凍結保存しておき、移植時に融解して用いることがなされている。
【0003】
一般に、生体内から採取された細胞又は組織は、たとえ培養液の中であっても、次第に活性が失われたり、形質の変化が生じたりすることから、生体外での細胞又は組織の長期間の培養は好ましくない。そのため、生体活性を保った状態で長期間保存するための技術が重要である。優れた保存技術によって、採取された細胞又は組織をより正確に分析することが可能になる。また優れた保存技術によって、より高い生体活性を保ったまま細胞又は組織を移植に用いることが可能となり、移植後の生着率が向上することが望める。さらには、生体外で培養した培養皮膚、生体外で構築したいわゆる細胞シートのような移植のための人工の組織を、順次生産して保存しておき、必要な時に使用することも可能となり、医療の面だけではなく、産業面においても大きなメリットが期待できる。
【0004】
細胞又は組織の凍結保存方法として、例えば緩慢凍結法が知られている。この方法では、まず、例えばリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に耐凍剤を含有させることで得られた保存液に、細胞又は組織を浸漬する。該耐凍剤としては、グリセロール、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド等の化合物が用いられる。該保存液に、細胞又は組織を浸漬後、比較的遅い冷却速度(例えば0.3~0.5℃/分の速度)で、-30~-35℃まで冷却することにより、細胞内外又は組織内外の溶液が十分に冷却され、粘性が高くなる。このような状態で、該保存液中の細胞又は組織をさらに液体窒素の温度(-196℃)まで冷却すると、細胞内又は組織内とその外の周囲の微少溶液がいずれも非結晶のまま固化する現象であるガラス化が起こる。ガラス化により、細胞内外又は組織内外が固化すると、実質的に分子の動きがなくなるので、ガラス化された細胞又は組織を液体窒素中に保存することで、半永久的に保存できると考えられる。
【0005】
また、細胞又は組織の凍結保存方法として、ガラス化凍結法も知られている。ガラス化凍結法とは、グリセロール、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド等の耐凍剤を多量に含む保存液の凝固点降下により、氷点下であっても氷晶ができにくくなる原理を用いたものである。この保存液を急速に液体窒素中で冷却させると、氷晶を生じさせないまま固化させることができる。このように固化することをガラス化凍結という。また、耐凍剤を多量に含む保存液は、ガラス化液と呼称される。
【0006】
前述した緩慢凍結法では、比較的遅い冷却速度で冷却する必要があるために、凍結保存のための操作に時間を要する。また、冷却速度を制御するための装置又は治具を必要とする問題がある。加えて、前記緩慢凍結法では、細胞外又は組織外の保存液中に氷晶が形成されるので、細胞又は組織が該氷晶により物理的に損害を受けるおそれがある。これに対し、上記したガラス化凍結法では、操作の時間は短時間であり、特別な装置又は治具を必要としないプロセスである。加えて、ガラス化凍結法は、氷晶を生じさせないことによって高い生存率が得られる。
【0007】
ガラス化凍結法を用いた細胞又は組織の凍結保存方法については、様々な方法で、様々な種類の細胞又は組織を用いた例が示されている。例えば、特許文献1では、動物又はヒトの生殖細胞又は体細胞へのガラス化凍結法の適用が、凍結保存及び融解後の生存率の点で、極めて有用であることが示されている。
【0008】
ガラス化凍結法は、主にヒトの生殖細胞を用いて発展してきた技術であるが、最近では、iPS細胞やES細胞への応用も広く検討されている。また、非特許文献1では、ショウジョウバエの胚の保存にガラス化凍結法が有効であったことが示されている。さらに、特許文献2では、植物培養細胞や組織の保存において、ガラス化凍結法が有効であることが示されている。このように、ガラス化凍結法は広く様々な種の細胞及び組織の保存に有用であることが知られている。
【0009】
適切なガラス化凍結を成し得るために、凍結速度は速ければ速いほど好ましいことが知られている。さらに、凍結保存後の融解工程時においても、細胞又は組織中への再氷晶形成を抑制する観点で、融解速度は速ければ速いほど好ましいことが知られている。
【0010】
適切なガラス化凍結を成し得るための重要な因子である凍結速度と融解速度のうち、特に重要なのは、融解速度とされている。例えば、非特許文献2に記載されるように、迅速に凍結された細胞であっても、融解速度が遅い場合には生存率が低くなることが知られている。また特許文献3には、凍結したサンプルを急速融解法により融解することで、融解後のヒトiPS細胞由来神経幹細胞/前駆細胞の生存率が向上することが記載されている。
【0011】
一般に、ガラス化凍結法に関わる凍結方法としては、特許文献4において、哺乳動物胚または卵子を凍結ストロー、凍結バイアルまたは凍結チューブ等の凍結保存用容器の内面に、これらの胚または卵子を包被するに十分な最少量のガラス化液で貼り付け、この容器を液体窒素に接触させて急速に冷却する方法が提案されている。該凍結方法の後に行われる融解方法は、前記した方法で保存した凍結保存用容器を液体窒素から取り出し、容器の一端部を開口し、この容器内に33~39℃の希釈液を注入し、凍結した胚または卵子を融解希釈するものである。この方法によれば、哺乳動物胚または卵子をウィルスや細菌に感染されるおそれがなく高い生存率で保存及び融解希釈することができるとされている。しかしながら、凍結ストロー、凍結バイアルまたは凍結チューブ等の凍結保存用容器の内面に、胚または卵子を貼り付ける作業の難易度は高く、また確実に胚または卵子を凍結保存用容器内に載置されたことを確認することが難しかった。
【0012】
特許文献5では、熱伝導性部材を有した細胞保持部材と筒状収納部材を有した細胞凍結保存用具が記載されており、特許文献4の凍結融解方法における問題がある程度解決されている。特許文献5に記載されている凍結保存用具の使用方法として、顕微鏡下において、卵子を細胞保持部材に付着させ、細胞保持部材を筒状収納部材に収納した後に、液体窒素に浸漬してガラス化凍結する。その後に、筒状部材の開口部に蓋部材を装着し、液体窒素タンク内で保管する方法が記載されている。また特許文献6では、卵付着保持用ストリップ上に卵子を少量のガラス化液と共に載置し、凍結保存用治具全体を筒状の収納容器に収納した後に液体窒素に浸漬することで、ガラス化凍結が行われる。
【0013】
よりプロセスの少ないガラス化凍結法に関わる凍結方法として、特許文献7、特許文献8に記載されるような、ヒトの不妊治療分野で使用されているいわゆるクライオトップ(登録商標)法という方法が開示されている。これら方法において凍結操作は、卵付着保持用ストリップとして短冊状の可撓性かつ無色透明なフィルムを備えた卵凍結保存用具を使用し、顕微鏡観察下で該フィルム上に極少量の保存液と共に卵子又は胚を載置し、卵子が付着したフィルムを液体窒素に浸漬することで、ガラス化凍結が行われる。そして凍結した卵子又は胚が載置された卵付着保持用ストリップはキャップ等で保護された後、液体窒素タンク内で保存される。
【0014】
これらの方法によって凍結された卵子や胚などの融解は、卵付着保持用ストリップを保温された融解液に浸漬することによって行われ、該融解液中でストリップ上に載置された卵子や胚などは回収される。
【0015】
他方、凍結保存方法における融解操作の作業性を高めるために、特許文献9に記載されるような液体窒素容器が知られている。該液体窒素容器はフタ部にスリット部が形成されており、筒状の収納部材に収納された凍結保存用治具は、該スリット部に一旦立てかけられる。
【0016】
このようにして凍結された細胞又は組織を液体窒素の液面より下に位置する状態になるように一旦保持しておけば、例えば特許文献5や特許文献6に記載される方法においては、液体窒素の液面より上に位置する蓋部材を容易に取り外すことが可能となり、細胞又は組織を融解液中へ迅速に移動させることで、融解速度の低下を防ぐことができる。また特許文献7や特許文献8に記載される方法においては、該キャップから凍結保存用治具を引き抜くことで、細胞又は組織を融解液中へ迅速に移動でき、融解速度の低下を防ぐことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】特許第3044323号公報
【文献】特開2008-5846号公報
【文献】特開2017-104061号公報
【文献】特開2000-189155号公報
【文献】特許第5798633号公報
【文献】国際公開第2019/004300号パンフレット
【文献】特開2002-315573号公報
【文献】特開2006-271395号公報
【文献】米国意匠登録第642,697号公報
【非特許文献】
【0018】
【文献】Steponkus et al.,Nature 345:170-172(1990)
【文献】僧都博著 「生細胞の凍結による障害と保護の機構」 化学と生物 第18巻(1980)2号 P.78~87 日本農芸化学会発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかしながら上記した特許文献9に記載される液体窒素容器を用いた方法では、フタ部に形成されたスリット部に凍結保存用治具を立てかけた際に安定に保持することは可能であっても、凍結保存用治具の載置部が液体窒素の液面よりも下に位置し、確実に細胞又は組織の凍結状態が維持されているかを確認することが困難であった。また筒状の収納部材の長さは、液体窒素容器の底部からフタ部が設置された位置までの長さよりも長い必要があり、このような場合、該筒状の樹脂部材の内部から細胞保持部材本体部を取り出す作業は煩雑であり、迅速な融解操作を行う観点で改善が望まれていた。
【0020】
本発明は、細胞又は組織のガラス化凍結保存の融解操作時において、好適な作業性を実現するための固定具を提供することを主な課題とする。より具体的には、凍結保存用治具を安定に保持することが可能で、凍結された細胞又は組織を融解液に移す操作に先立って、該細胞又は組織が確実に冷却された状態にあることを容易に確認でき、また凍結された細胞又は組織を、保温された融解液中に迅速に移すことが可能な凍結保存用治具の固定具を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、以下の構成を有する凍結保存用治具の固定具(以下、「本発明の固定具」ともいう。)によって、上記課題を解決できることを見出した。
【0022】
上面、側面及び底面を有する基材からなる凍結保存用治具の固定具であって、該固定具は凍結保存用治具を固定するために、基材の上面に少なくとも片端が基材の側面部に開口したスリット部を有するか、あるいは基材の上面に凍結保存用治具を挿入する挿入部と該挿入部の側面部に片端が開口したスリット部を有し、更に該基材の上面または側面に該基材の上面よりも上方に伸長した液面ゲージ部を有することを特徴とする、凍結保存用治具の固定具。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、凍結保存用治具を安定に保持することが可能であり、かつ凍結された細胞又は組織を融解液に移す操作に先立って、該細胞又は組織が確実に冷却された状態にあることを容易に確認可能な、凍結保存用治具の固定具を提供することができる。また本発明の固定具によれば、凍結された細胞又は組織を、保温された融解液中に迅速に移すことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の固定具の一例を示す上面概略図である。
【
図2】本発明の固定具が有するスリット部の一例を示す側面概略図である
【
図3】本発明の固定具が有するスリット部の別の一例を示す側面概略図である。
【
図4】本発明の固定具が有するスリット部の別の一例を示す側面概略図である。
【
図5】本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
【
図6】本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
【
図7】本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
【
図8】本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
【
図9】本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
【
図10】本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
【
図11】本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
【
図12】本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
【
図13】本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
【
図14】本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
【
図15】本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
【
図16】本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
【
図17】本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
【
図18】本発明の固定具を用いて凍結保存用治具を固定した状態の一例を示す概略図である。
【
図19】本発明の固定具を用いて凍結保存用治具を固定した状態の別の一例を示す概略図である。
【
図20】本発明の固定具を用いて凍結保存用治具の本体部材とキャップ部材を分離し、載置部を融解液に浸漬した状態を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の固定具は、細胞又は組織の凍結保存用治具を固定するために用いられるものである。また本発明の固定具は、細胞又は組織をいわゆるガラス化凍結保存法において凍結保存する際に、好適に用いられるものである。本発明において、細胞とは、単一の細胞のみならず、複数の細胞からなる生物の細胞集団を含むものである。複数の細胞からなる細胞集団とは単一の種類の細胞から構成される細胞集団でも良いし、複数の種類の細胞から構成される細胞集団でも良い。また、組織とは、単一の種類の細胞から構成される組織でも良いし、複数の種類の細胞から構成される組織でも良く、細胞以外に細胞外マトリックスのような非細胞性の物質を含むものでも良い。本発明の固定具は卵子又は胚の凍結保存において、特に好適に用いることができる。
【0026】
本発明の固定具は、細胞又は組織の凍結保存用治具の固定具、細胞又は組織の凍結保存用治具の固定用具、細胞又は組織の凍結保存用治具の固定器具、細胞又は組織の凍結保存用具の固定具、細胞又は組織の凍結保存器具の固定具と言い換えることができる。
【0027】
以下に本発明の固定具について詳細に説明する。
【0028】
本発明の固定具は上面(天面)、側面及び底面を有する基材からなる凍結保存用治具の固定具であって、凍結保存用治具を固定するためのスリット部を基材の上面に有し、該基材の上面または側面に、該基材の上面よりも上方に延びる液面ゲージ部を少なくとも有する。凍結保存用治具が有する筒状収納部材の先端部あるいはキャップの先端部を本発明の固定具が有するスリット部に挿入した後、該凍結保存用治具をスリットに沿ってスリット奥側へ移動させることで、凍結保存用治具は固定される。一方で、基材の上面または側面に付設された液面ゲージ部を基準として、冷却溶媒の液面が容易に調整可能であり、本発明によれば、細胞又は組織の凍結状態を確実に保った状態で、凍結保存用治具を固定することができる。
【0029】
本発明の固定具が有する、凍結保存用治具を固定・保持するためのスリット部は、基材上面に1ヶ所有していればよく、複数ヶ所に有していても良い。
【0030】
本発明の固定具が有するスリット部は、挿入された凍結保存用治具を強固に固定・保持するための固定構造部を有することが好ましい。スリット部が固定構造部を有すると、スリット部に挿入された凍結保存用治具を固定構造部にて、より強固に固定・保持することが可能である。固定構造部としては、スリット部の内部の側面に形成された凹凸構造部、スリット部内部の側面間の距離が徐々に狭まったテーパー構造部、スリット部が開口部から一定距離直進した後に、異なる方向に屈曲した屈曲構造部等が挙げられる。
【0031】
本発明の固定具が有するスリット部が固定構造部として、凹凸構造部を有する場合について説明する。該スリット部の内部の側面に形成された凹凸構造部は、凍結保存用治具が凹凸構造を有する場合、固定具が有する凹凸構造部と凍結保存用治具が有する凹凸構造部とがはまり込むことで、凍結保存用治具を固定具に確実に固定することができる。スリット部が有する凹凸構造部は、スリット部内部の側面において、固定具の底面に平行な方向に凹凸構造部の凹部及び/または凸部が延びた形状であることが好ましい。
【0032】
本発明の固定具が凹凸構造部を有する場合、固定される凍結保存用治具の先端部の形状、好ましくはキャップ部材の先端部の形状に合わせて、任意の形状の凹型構造及び/または凸型構造を有することができる。また、固定具が有する凹凸構造部の断面形状は、固定される凍結保存用治具の先端部の凹凸構造部の断面形状と同じ形状であることがより好ましい。
【0033】
本発明の固定具が凹凸構造部を有する場合、スリット部内部の側面の少なくとも一ヶ所に有していれば良い。凍結保存用治具の固定安定性を高める観点から、該スリット部内部の互いに向かい合った側面の両面に凹凸構造部を有していることがより好ましい。ここで互いに向かい合った側面の両面とは、本発明の固定具を上方から見た際の上面概略図において、互いに向かい合っている側面の両面を意味する。なおこれら側面の両面に位置する凹凸構造部はスリット奥側で連続して繋がっていても良い。
【0034】
本発明の固定具が有するスリット部が固定構造部として、テーパー構造部を有する場合、該スリット部は、凍結保存用治具を挿入するスリット部の開口部から、挿入するにしたがってスリット部内部の側面間の距離が短くなる。本発明の固定具が有するスリット部がテーパー構造部を有すると、挿入した凍結保存用治具はテーパー構造部にはまり込むことで、凍結保存用治具を固定具に確実に固定することができ、好ましい。
【0035】
本発明の固定具が有するスリット部が固定構造部として、屈曲構造部を有する場合、該スリット部は、凍結保存用治具を挿入するスリット部の開口部から、一定距離直進した後に、異なる方向に屈曲した構造を有する。該スリット部が屈曲構造部を有する場合には、スリット部の開口部から挿入された凍結保存用治具は屈曲構造部を経て、開口部から直進した方向とは別の方向へさらに直進挿入され、固定されるため、開口部側への不意な脱落を防止することができ、好ましい。
【0036】
本発明の固定具の形状(基材にスリット部が設けられていないとみなし、あるいは基材の上方に凍結保存用治具を挿入するための挿入部が設けられていないとみなし、また前記した液面ゲージ部が付設されていないとみなした際の概略形状)は、三角柱、四角柱、六角柱等の角柱構造の他、上面を設けた三角錐、四角錐等の角錐の部分構造が挙げられる。好ましくは、角柱構造であり、より好ましくは四角柱構造である。また、上記した以外にも円柱構造や円錐の部分構造も例示することができる。
【0037】
本発明において基材は液体窒素耐性材料で形成されることが好ましい。このような素材としては、例えばアルミ、鉄、銅、ステンレス合金などの各種金属、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリエチレン樹脂、フッ素系樹脂や各種エンジニアプラスチック、さらにはガラス、ゴム素材などを好適に用いることができる。特に金属は、優れた耐久性を有することに加えて、自重が大きく、凍結保存用治具を良好に固定できる観点から好ましい。中でも加工性の観点からアルミが好ましい。本発明の固定具は、一種類の素材から構成されていても良いし、複数の素材から構成されていても良い。
【0038】
本発明の固定具は基材の上面または側面に、該基材の上面よりも上方に伸長した液面ゲージ部を有する。本発明の固定具が有する液面ゲージ部は、冷却溶媒の液面を管理するために用いる構造体である。液面ゲージ部があることにより、冷却溶媒の液面が容易に調整可能である。言い換えれば、細胞又は組織が載置された凍結保存用治具を本発明の固定具に固定した際に、凍結保存用治具に載置された細胞又は組織が確実に冷却された状態にあることを容易に確認することができる。
【0039】
本発明の固定具が有する液面ゲージ部は、容器の底から冷却溶媒の液面方向に延びた煙突状(四角柱等の角柱状または円柱状)の構造であることが好ましい。
【0040】
本発明の固定具が有する液面ゲージ部は、基材の上面よりも上方に伸長し、冷却溶媒の液面を管理する基準となり得るものであれば、特に形態は問わないが、作業者が容易に液面の位置を視認できる観点から、冷却溶媒の液面から出ているか、もしくは、わずかに液面に隠れる程度であることが好ましい。
【0041】
本発明の固定具が有する液面ゲージ部が、冷却溶媒の液面から突出する高さを有する場合、該液面ゲージ部はマーキング部を有することが好ましい。マーキング部の形態は特に限定されないが、冷却溶媒の液面に平行な線分であることが好ましい。マーキング部は、冷却溶媒の液面の高さの基準となる観点から、高さ方向に対して一ヶ所有していればよく、二ヶ所以上有していても良い。
【0042】
次に、本発明の固定具を用いた凍結融解方法について詳細に説明する。
【0043】
本発明の固定具は、細胞又は組織の凍結保存~融解の一連のプロセスにおいて、特に、液体窒素タンクから凍結された細胞又は組織が一旦取り出された後の保冷操作、及び細胞又は組織を融解する際の融解操作において好適に用いることができる。一般に、細胞又は組織をいわゆるガラス化凍結法で保存する際、短冊状のストリップを有する凍結保存用治具を用いて凍結保存が行われる。このような凍結保存用治具は、前述した特許文献7、特許文献8以外にも例えば、国際公開第2011/070973号パンフレット、国際公開第2015/064380号パンフレット等において開示されている。凍結保存~融解の一連のプロセスとしては、第一に、凍結保存用治具のストリップに、平衡化処理がなされた細胞又は組織を保存液と共に滴下付着させ、次いで液体窒素を用いて細胞又は組織を冷却し、凍結操作を行う。第二に、凍結操作を行った細胞又は組織を、液体窒素タンクの内部で極低温の環境を保ったまま長期間保存する。第三に、凍結された細胞又は組織を、極低温の環境からいわゆる融解液と呼ばれる溶液中に移し、融解液中で融解・解凍する融解操作を行う。本発明の固定具は、前記した液体窒素タンクから細胞又は組織を取り出した後の保冷操作及び融解操作において、凍結保存用治具を固定・保持するために好適に用いることができる。
【0044】
本発明の固定具は、細胞又は組織の凍結保存~融解の一連のプロセスで、細胞又は組織が液体窒素に接触しない、いわゆる閉鎖型の凍結保存~融解のプロセスに好ましく用いることができる。
【0045】
閉鎖型の凍結保存~融解のプロセスでは、凍結操作の際に、ストリップに対し細胞又は組織を保存液と共に滴下付着させた後に、端部が完全に閉塞された筒状の収納部材により凍結保存用治具を被包し、外界から遮断する。あるいはストリップに対し細胞又は組織を保存液と共に滴下付着させた後に、キャップ部材により該ストリップを被包し、外界から遮断する。かかる遮断の後、該凍結保存用治具を液体窒素に浸漬して、細胞又は組織を冷却・凍結する。前記した閉鎖型の凍結操作及び保管等の際には、筒状の収納部材あるいはキャップ部材を介して、細胞又は組織周辺の空気及び保存液が冷却され、ガラス化状態が維持される。
【0046】
本発明の固定具を用いた閉鎖型の凍結保存~融解のプロセスにおける融解操作では、液体窒素タンク内にて保存された凍結保存用治具を液体窒素タンクから取り出し、細胞又は組織を融解液に移す操作に先立って、本発明の固定具を用いて液体窒素中で保冷するにあたり、本発明の固定具が有する液面ゲージ部を利用して液体窒素の液面(液量)を管理する。すなわち、筒状の収納部材の先端部、あるいはキャップ部材の先端を、本発明の固定具が有するスリット部にはめ込んだ際に、細胞または組織が液体窒素の液面下に位置するように液体窒素の液面(液量)を管理する。このような状態で凍結保存用治具を保持することで、凍結保存用治具に載置された細胞又は組織が確実に冷却された状態にあることを容易に確認することができる。
【0047】
その後、液体窒素の液面上に位置する筒状の収納部材に固定された蓋を取り外すことで、細胞又は組織が載置された凍結保存用治具を、液体窒素に触れることなく迅速に取り出し、融解液中に浸漬することができる。あるいは本発明の固定具により固定されているキャップ部材から、細胞又は組織が載置されたストリップを有する凍結保存用治具を引き抜くことで、該ストリップに保持された細胞又は組織を液体窒素に触れることなく迅速に取り出し、融解液中に浸漬することができる。より迅速な操作が可能になるとの観点から、後者の凍結保存用治具が好ましい。
【0048】
上記した操作により融解液中に浸漬される細胞又は組織は、筒状の収納部材より蓋部材が取り外されてから5分以内に融解液に浸漬することが好ましく、より好ましくは1分以内である。またキャップ部材からストリップを有する凍結保存用治具を引き抜くにあたり、一旦嵌合が緩められてから、5分以内に融解液に浸漬することが好ましく、より好ましくは1分以内である。筒状の収納部材から蓋部材を取り外してから、あるいは凍結保存用治具を引き抜く際のキャップ部材との嵌合が緩められてから等の、いわゆる密閉状態が開放された期間が長い場合、空気中の窒素や酸素等の気体が、筒状の収納部材内、あるいはキャップ部材内に入り込み、次いで冷却されて、液化することがある。液化した気体は載置部に付着して、融解液中に持ち込まれ、融解液の温度を下げる場合がある。融解液の温度が下がると、融解速度が遅くなってしまい、好ましくない。
【0049】
本発明の固定具は、細胞又は組織の凍結保存~融解の一連のプロセスで、細胞又は組織が液体窒素に接触する、いわゆる開放型の凍結保存・融解のプロセスにも用いることができる。開放型のプロセスにおいても、凍結された細胞又は組織を融解液に移す操作に先立って、本発明の固定具を用いて、凍結保存用治具を固定・保持しておくと、細胞又は組織を液体窒素中から融解液に迅速に移すことができるため、好ましい。
【0050】
以上、本発明の固定具を用いた凍結融解方法について説明した。次に、本発明の固定具について、図面に沿ってさらに詳細に説明する。
【0051】
図1は、本発明の固定具の一例を示す上面概略図である。
図1において、固定具1は、基材20の上面に凍結保存用治具が挿入される溝状構造であるスリット部2を1ヶ所有している。スリット部2は一方が基材20の側面部にスリット開口部4を有しており、もう一方は図中上面の中央部側で閉塞している。また、固定具1は、基材20の上面(天面)に付設された四角柱形状の液面ゲージ部16を有する。図示しない凍結保存用治具をスリット部2に挿入する際には、凍結保存用治具をスリット開口部4の側からスリット部2に沿って図中上面の中央部に向かって挿入する。
【0052】
図1に示すT1は固定具1のスリット部2の長さ(奥行)を示す。T1は、凍結保存用治具を挿入後に保持できる長さであれば特に制限されないが、前述したクライオトップ法により細胞又は組織を凍結及び融解する場合、T1は3~50mmであることが好ましく、より好ましくは5~40mmである。なお以下の説明において記載する、固定具1の各寸法はいずれも、クライオトップ法による凍結及び融解作業を意図した寸法である。
【0053】
図1に示すT2はスリット部2の幅方向の長さを示す。本発明においてT2は凍結保存用治具を挿入し、固定・保持できる長さであれば特に制限されないが、1~10mmであることが好ましく、より好ましくは2~5mmである。
【0054】
図2は、本発明の固定具(
図1の固定具)が有するスリット部の一例を示す側面概略図である。
図2において固定具1は、片端が基材20の側面部に開口し、図示しない凍結保存用治具が挿入されるスリット部2を有する。
【0055】
図2に示すT3は、固定具1のスリット部2の深さ方向の長さを示す。本発明においてT3は、図示しない凍結保存用治具を固定・保持できる長さであれば特に制限されないが、3~50mmであることが好ましく、より好ましくは5~40mmである。
【0056】
図3は、本発明の固定具が有するスリット部の別の一例を示す側面概略図である。
図3において固定具1が有するスリット部2は、凍結保存用治具を強固に固定するための固定構造部として、その内部の側面に凹凸構造部3を有する。
図3の固定具が有する凹凸構造部3は凸型である。
【0057】
図4は、本発明の固定具が有するスリット部の別の一例を示す側面概略図である。
図4において固定具1が有するスリット部2は、凍結保存用治具を強固に固定するための固定構造部として、その内部の側面に凹凸構造部3を有する。
図4の固定具が有する凹凸構造部3は凹型である。
【0058】
図5は、本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
図5において固定具1が有するスリット部2は、凍結保存用治具を強固に固定するための固定構造部として、テーパー構造部を有する。
図5の固定具が有するテーパー構造部は、スリット開口部4から基材の中央部側に向かって、スリット部2の側面間の距離が徐々に減衰した構造であり、すなわち、T21>T22である。
図5に示す固定具のように、スリット部2がテーパー構造を有する場合、スリット開口部4からスリット部2に沿って挿入した凍結保存用治具を強固に固定することができ、好ましい。
【0059】
図6は、本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
図6において、固定具1が有するスリット部2は、凍結保存用治具を強固に固定するための固定構造部として、屈曲構造部を有する。屈曲構造部を有する
図6の固定具のスリット部2は、スリット開口部4から基材の中央部側に向かって、一定距離直進した後に、途中で90度屈曲した形状である。このような形状の固定具を用いると、固定・保持した凍結保存用治具がスリット開口部4から不意に脱落することを防止でき、好ましい。
【0060】
図7は、本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
図7において、固定具1は、基材20の上面(天面)に、凍結保存用治具を挿入する挿入部23を有し、該挿入部23の側面部にスリット開口部4を有する。
図7のような固定具では、基材の側面部に開口部を有さないために、固定・保持した凍結保存用治具の不意な脱落が生じにくい構造となっている。
【0061】
図8は、本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
図8において、固定具1のスリット部2は、凍結保存用治具を強固に固定するための固定構造部として、屈曲構造部とテーパー構造部の両方を有する。
図8の固定具1のスリット部2は、スリット開口部4から基材の中央部側に向かって、一定距離直進した後に、途中で90度屈曲した形状及び90度屈曲した後にテーパー構造を有する構造である。このような形状の固定具を用いる場合、スリット開口部4から凍結保存用治具をスリット部2に挿入し、90度屈曲した位置を通過させ、さらにスリット部の閉塞面側まで凍結保存用治具を挿入させることにより、テーパー構造により、より強固に固定・保持することができるため好ましい。
【0062】
図9は、本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
図9において、固定具1が有するスリット開口部4は、スリット部2の幅よりも広く開口しているため、凍結保存用治具を挿入する際の作業性に優れる。
【0063】
図10は、本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
図10において、固定具1は、1つのスリット部2に対して、スリット開口部4を2ヶ所有する。また、スリット開口部4から基材の中央部側に向かって、スリット部2の溝の幅が減衰したテーパー構造部を有する。
図10のような形状であると、図示しない凍結保存用治具をスリット部2の両端どちらからでも挿入できるため、複数の凍結保存用治具を同時に保存可能な固定具が得られる。また、固定された凍結保存用治具は、スリット部2が閉塞している場合と比較して、より多くの面積で冷却溶媒に接触するため、より効率的な冷却がなされることが期待できる。
【0064】
図11は、本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
図11において、固定具1は、基材20の上面に、複数の独立したスリット部2を有する。スリット部2は、それぞれ、凍結保存用治具を固定することが可能である。本実施形態によれば、基材20の上面により多くのスリット部2が設けられているため、一度に数多くの凍結保存用治具を固定・保持することができる。
【0065】
図12は、本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
図12において、固定具1は空洞構造部5を有する。空洞構造部5を有すると、固定具1が有する熱的な容量が抑制され、固定具1を液体窒素に浸漬した際に、液体窒素の揮発量を抑えられるため、好ましい。
【0066】
図13は、本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
図13の固定具1はスリット部2と共に、基材20の側面に付設され、該基材の上面(天面)よりも上方に伸長した構造である液面ゲージ部16を有する。
【0067】
図14は、本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
図14の固定具1はスリット部2と共に、基材20の上面(天面)に付設された四角柱形状の液面ゲージ部16を有する。
図14の固定具1が有する液面ゲージ部16は1ヶ所のマーキング部を有し、
図14に図示しているマーキング部は上限マーキング部17である。上限マーキング部17は図示していない液体窒素の液面に平行な線分である。作業者はこの位置を目安として液体窒素の量を管理することで、凍結された細胞又は組織が確実に冷却されていることを容易に確認できる。
【0068】
図15は、本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
図15の固定具1はスリット部2と共に、基材20の上面(天面)に付設された四角柱形状の液面ゲージ部16を有する。
図15の固定具1が有する液面ゲージ部16は上限マーキング部17及び下限マーキング部18の合計2ヶ所のマーキング部を有する。固定具1が上限マーキング部17及び下限マーキング部18を有すると、例えば作業者は上限マーキング部17と下限マーキング部18の間に、液体窒素の液面を設定・準備すればよく、液体窒素の量の管理がさらに容易である。
【0069】
図16は、本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
図16の固定具1はスリット部2と共に、基材20の上面(天面)に付設された四角柱形状の液面ゲージ部16を有する。
図16の固定具1が有する液面ゲージ部16は凸状の上限マーキング部17及び凸状の下限マーキング部18を有し、作業者は凸状の上限マーキング部17と凸状の下限マーキング部18の間に、液体窒素の液面を設定・準備することができる。
【0070】
図17は、本発明の固定具の別の一例を示す側面概略図である。
図17の固定具1はスリット部2と共に、基材20の上面(天面)に付設された階段状の段差を有する立体形状の液面ゲージ部16を有する。
図17の固定具1が有する液面ゲージ部16は、先の
図16に図示した形態と異なり、階段状の段差による上限マーキング部17と下限マーキング部18を有する。前述したマーキング部と同様に、作業者は上限マーキング部17と下限マーキング部18の間に、液体窒素の液面を設定・準備することができる。
【0071】
次に、本発明の固定具を用いた、細胞又は組織の凍結、融解方法について説明する。
【0072】
本発明において、載置部を有する本体部材及び該本体部材に着脱自在なキャップ部材を少なくとも有する凍結保存用治具の載置部に、細胞又は組織を保存液と共に載置し、該載置部をキャップ部材で密閉した後、該密閉した載置部を冷却溶媒により冷却し、凍結された細胞又は組織の凍結状態を維持し、その後、該細胞又は組織を融解する際においては、キャップ部材によって密閉された細胞又は組織は、冷却溶媒の液面よりも下方に位置させ、かつ本体部材とキャップ部材の接合部が冷却溶媒の液面よりも上方に位置する状態で一旦保持することは、本体部材とキャップ部材を素早く分離し、載置部を融解液中に迅速に浸漬できるため、好ましい。
【0073】
また、上記した載置部を有する本体部材及び該本体部材に着脱自在なキャップ部材を少なくとも有する凍結保存用治具に代えて、卵子や胚等が付着可能な細胞保持部材を有し、該細胞保持部材を筒状収納部材に収納した凍結保存用治具を利用して、卵子や胚等を冷却溶媒の液面よりも下方に位置させ、筒状収納部材の一端が冷却溶媒の液面よりも上方に位置する状態で一旦保持した場合、冷却溶媒の液面よりも上方に位置する筒状収納部材の一端を、例えば切断するなどして開放することにより、筒状収納部材から細胞保持部材を取り出し、これを融解液中に迅速に浸漬できるため、好ましい。
【0074】
図18は、本発明の固定具を用いて凍結保存用治具を固定した状態の一例を示す概略図である。
図18において凍結保存用治具6は本体部材7と、該本体部材7に着脱自在なキャップ部材8を少なくとも有する凍結保存用治具6のストリップ9に、極少量の保存液11と共に細胞10が載置されている。
【0075】
極少量の保存液11と共に細胞10が載置されたストリップ9は、キャップ部材8で密閉されており、該ストリップ9に載置された細胞10は液体窒素13の液面14よりも下方に位置することで冷却され、凍結された細胞10は凍結状態が維持されている。凍結された細胞10を融解する際には、キャップ部材8と本体部材7の接合部12が、液体窒素13の液面14よりも上方に位置するため、本体部材7をキャップ部材8から素早く引き抜き、分離することが可能であり、載置部を融解液中に迅速に浸漬できるため、好ましい。また本発明の液面ゲージ部16を用いれば、液面14の位置を作業者は把握しやすく、作業性が向上する。
図18には、固定具1の上面(天面)に付設した液面ゲージ部16の上面を液面14の位置の基準とした場合の一例を図示している。液面ゲージ部16を用いると、液面14が細胞10よりも上方に位置させ、かつ、液面14が接合部12よりも下方に位置させることが容易である。
【0076】
図19は、本発明の固定具を用いて凍結保存用治具を固定した状態の別の一例を示す概略図である。
図19において固定具1は液面ゲージ部16を有しており、該液面ゲージ部16は上限マーキング部17を有する。液体窒素13の液面14が、該上限マーキング部17と固定具1の上面(天面)の間に位置している。このように固定具1の液面ゲージ部16を利用して液面14を管理すれば、固定具に凍結保存用治具を固定した際に、より確実に、細胞10の凍結状態を維持することが可能であり、本体部材7とキャップ部材8の嵌合解除の際にも、細胞10が液体窒素に触れることなく、迅速に融解することが可能である。
【0077】
次に、本発明の固定具を用いて固定される凍結保存用治具について説明する。
【0078】
本体部材7が有するストリップ9は、短冊状であることが好ましい。短冊状であると該ストリップ9をキャップ部材あるいは筒状収納部材に収納することが容易であり、好ましい。
【0079】
本発明において凍結保存用治具が有するストリップ9としては、例えば、各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等が挙げられる。載置部は1種類の素材からなるものでも良いし、2種類以上の素材からなるものでも良い。中でも樹脂フィルムは、取り扱いの観点で好適に用いられる。樹脂フィルムの具体例としては、ポリエチレンテレフタレートやポリエチレンナフタレート等のポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ジアセテート樹脂、トリアセテート樹脂、ポリアクリレート樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、環状ポリオレフィン樹脂等からなる樹脂フィルムが挙げられる。また、ストリップ9の全光線透過率が80%以上であると、載置部に載置した細胞又は組織を、透過型顕微鏡を用いて容易に確認することができるため好ましい。
【0080】
またストリップ9としては、熱伝導性に優れ、急速な凍結を可能にするという観点で金属板も好適に用いることができる。金属板の具体例としては、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、金、金合金、銀、銀合金、鉄、ステンレスなどを挙げることができる。上記した各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等の厚さは10μm~10mmであることが好ましい。また目的に応じて、各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等の表面を、例えばコロナ放電処理のような電気的な方法や、あるいは化学的な方法により親水化することもでき、さらには粗面化することも可能である。
【0081】
また上記したストリップ9としては保存液吸収体を用いることもできる。ストリップ9に保存液吸収体を用いると、余分な保存液11を効果的に除去することができるため、凍結速度が向上する。保存液吸収体としては、例えば金網、紙等や合成樹脂からなるフィルム状物で貫通孔を有したものが例示される。その他の保存液吸収体として、屈折率が1.45以下の素材を用いて形成された多孔質構造体が例示される。該多孔質構造体により、細胞10の周囲に存在する保存液11を効率的に除去することができる。また、透過型の光学顕微鏡観察下において、細胞10を載置し凍結する操作及び凍結後に融解する操作を、良好な視認性にて容易かつ確実に行うことができる。
【0082】
上記した多孔質構造体の素材の屈折率は、例えば、アッベ屈折計(Na光源、波長:589nm)を用いてJIS K 0062:1992、JIS K 7142:2014に準じて測定できる。多孔質構造体を形成する屈折率が1.45以下の素材としては、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、ポリビニリデンジフロライド樹脂、ポリクロロトリフルオロエチレン樹脂などのフッ素樹脂やシリコン樹脂のようなプラスチック樹脂材料、二酸化ケイ素のような金属酸化物材料、フッ化ナトリウム、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウムのような無機材料が挙げられる。
【0083】
多孔質構造体による保存液吸収体の細孔径は5.5μm以下であることが好ましく、より好ましくは1.0μm以下、さらに好ましくは0.75μm以下である。これにより光学顕微鏡観察下における細胞又は組織の視認性を高めることができる。保存液吸収体の厚みは、10~500μmであることが好ましく、より好ましくは25~150μmである。なお、保存液吸収体の細孔径は、プラスチック樹脂材料の多孔質構造体の場合には、バブルポイント試験により測定される最も大きい細孔の直径である。また金属酸化物あるいは無機材料の多孔質構造体の場合には、該多孔質構造体の表面及び断面の画像観察から測定した平均細孔直径である。
【0084】
保存液吸収体の空隙率は30%以上であることが好ましく、より好ましくは70%以上である。空隙率とは、以下の式で定義される。ここで空隙容量Vは水銀ポロシメーター(測定器名称 Autopore II 9220 製造者 micromeritics instrument corporation)を用い測定・処理された、保存液吸収体における細孔半径3nmから400nmまでの累積細孔容積(ml/g)に、保存液吸収体の乾燥固形分量(g/平方メートル)を乗ずることで、単位面積(平方メートル)当たりの数値として求めることができる。また保存液吸収体の厚みTは保存液吸収体の断面を電子顕微鏡で撮影し測長することで得ることができる。
P=(V/T)×100(%)
P:空隙率(%)
V:空隙容量(ml/m2)
T:厚み(μm)
【0085】
本発明において凍結保存用治具が有するキャップ部材8あるいは上述した筒状の収納部材は、例えば、各種樹脂、金属等の液体窒素等の冷却溶媒に耐性がある素材を用いて形成することができる。キャップ部材は1種類の素材からなるものでも良いし、2種類以上の素材からなるものでも良い。中でも樹脂は射出成型等のプロセスにより、テーパー構造やねじ切り構造を容易に形成できるため、好ましい。樹脂の具体例としては、ポリエチレンテレフタレートやポリエチレンナフタレート等のポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ジアセテート樹脂、トリアセテート樹脂、ポリアクリレート樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、環状ポリオレフィン樹脂等からなる樹脂が挙げられる。また、キャップ部材の全光線透過率が80%以上であると、キャップ部材を篏合後に、キャップ内部の載置部の様子を容易に確認することができるため好ましい。
【0086】
本発明において凍結保存用治具が有する本体部材7は、作業性の観点から把持部を有することが好ましく、その場合、把持部は、把持のしやすさや、操作性の向上を目的として、角柱状であることが好ましい。該把持部は、液体窒素等の冷却溶媒に耐性がある素材により形成された部材であることが好ましい。このような素材としては、例えばアルミニウム、鉄、銅、ステンレスなどの各種金属、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、フッ素樹脂や各種エンジニアリングプラスチック、さらにはガラスなどを好適に用いることができる。
【0087】
本発明の固定具を用いて細胞又は組織を融解する場合、保存液は、通常卵子、胚等の細胞の凍結のために使用されるものを使用でき、例えば、前述したリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に耐凍剤(グリセロール、エチレングリコール等)を含有する保存液や、グリセロールやエチレングリコール、DMSO(ジメチルスルホキシド)等の各種耐凍剤を多量に(少なくとも保存液の全質量に対して10質量%以上、より好ましくは20質量%以上)含有する保存液を使用できる。融解液についても、通常卵子、胚等の細胞の融解のために使用されるものを使用でき、例えば、前述したリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に、浸透圧調整のために1Mのスクロースを含有する融解液を使用することができる。
【0088】
本発明において凍結保存及び融解される細胞としては、例えば、哺乳類(例えば、人(ヒト)、牛、豚、馬、ウサギ、ラット、マウス等)の卵子、胚、精子等の生殖細胞;人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)等の多能性幹細胞が挙げられる。また、初代培養細胞、継代培養細胞、及び細胞株細胞等の培養細胞が挙げられる。また、細胞は、一又は複数の実施形態において、線維芽細胞、膵ガン・肝ガン細胞等のガン由来細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、神経細胞、軟骨細胞、組織幹細胞、及び免疫細胞等の接着性細胞が挙げられる。さらに、凍結保存・融解することができる組織として、同種又は異種の細胞からなる組織、例えば、卵巣、皮膚、角膜上皮、歯根膜、心筋等の組織が挙げられる。
【実施例】
【0089】
以下に本発明を実施例によりさらに詳細に示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0090】
(実施例1)
アルミを用いて金属切削加工により、
図1及び
図2に示す、1ヶ所のスリット部2及び上面に付設された四角柱形状の液面ゲージ部16を有する形態の実施例1の固定具を作製した。なお、基材20の大きさは縦×横×高さが50mm×50mm×70mmであり、スリット部2の幅T2は3.2mmであり、スリット部2の長さT1は基材20の側面部から30mmであり、スリット部2の深さT3は30mmである。上記基材20の上面(天面)に液面ゲージ部16が付設されており、液面ゲージ部16の大きさは15mm×15mm×15mmである。
【0091】
(実施例2)
アルミを用いて金属切削加工により、
図3に示すスリット部2の両側面に長さT1に亘り凸型構造を凹凸構造部3として有する実施例2の固定具を作製した。凹凸構造部3はスリット部2の内部の側面からそれぞれ0.25mmの凸型構造とし、凸型の凹凸構造部3により狭まった部分の幅方向の長さは2.7mmである。実施例2の固定具は上記凹凸構造部を有する以外は実施例1と同様に作製した。
【0092】
(実施例3)
アルミを用いて金属切削加工により、
図5に示すスリット部2にテーパー構造を有する実施例3の固定具を作製した。実施例3の固定具は、スリット部2の開口部4の幅T21を4mm、閉塞側の幅T22を3mmとした以外は、実施例1と同様に作製した。
【0093】
(実施例4)
ポリアミド樹脂を用いて3Dプリンター加工を行った以外は実施例3と同様にして、実施例4の固定具を作製した。
【0094】
(実施例5)
ポリアミド樹脂を用いて3Dプリンター加工により、
図7の上面概略図に示す形状の、基材20の上面(天面)に凍結保存用治具を挿入する挿入部23と挿入部23の側面部にスリット開口部4を有し、さらに液面ゲージ部16を有する形態の実施例5の固定具を作製した。なお、基材20の大きさは縦×横×高さが50mm×50mm×70mmであり、挿入部23の大きさは縦×横×深さが20mm×20mm×30mmであり、スリット部2の幅T2は3.2mmであり、スリット部2の長さはスリット開口部4から20mmであり、スリット部2の深さT3は30mmである。なお、スリット部2はその両側面に長さ20mmに亘り凸型構造を凹凸構造部3として有する構造とした。実施例5の固定具の凹凸構造部3は、スリット部2の内部の側面からそれぞれ0.25mmの凸型構造とし、凸型の凹凸構造部3により狭まった部分の幅方向の長さは2.7mmである。また、実施例5の固定具は上記基材20の上面(天面)に液面ゲージ部16が付設されており、液面ゲージ部16の大きさは15mm×15mm×15mmである。
【0095】
<凍結保存用治具の固定具合の評価>
実施例1~5の固定具について、凍結保存用治具の固定具合を評価するために、
図18に図示されるような凍結保存用治具6を作製した。凍結保存用治具6は、短冊状(幅1.5mm、長さ20mm、厚み190μm)のポリエチレンテレフタレート樹脂フィルムをストリップ9とし、ABS樹脂の把持部と接着し本体部材7を作製した。キャップ部材8をABS樹脂で作製した。キャップ部材8の外形は3.1mmの四角柱であり、先端部近くに0.3mmの深さの凹部を有する構造である。上記凍結保存用治具を用いて、平衡化処理したマウス8細胞期胚を保存液0.1μLと共に、透過型顕微鏡下で滴下付着させた。なお、保存液は、シグマアルドリッチ社製 Medium199培地に、15容積%DMSO、15容積%エチレングリコール、17質量%スクロースが含まれる組成のものを用いた。次いで、透過型顕微鏡下で、載置部を含むストリップをキャップ部材に挿入し、その後、液体窒素に浸漬して凍結操作を行った。その後、液体窒素下で、上記凍結保存用治具のキャップ部材側をスリット部2に固定した。なお、液体窒素13の液面14が実施例1~5の固定具が有する液面ゲージ部16を基準として、凍結容器15に液体窒素を充填し、
図18に示す形態で液面ゲージ部16が液体窒素の液面よりもやや下に位置する状態で準備を行った。実施例1~5の固定具のスリット部2に凍結保存用治具のキャップ部材側を挿入し、
図18に示す形態で、固定・保持した際の様子を以下の基準で評価した。これらの結果を表1の「融解操作時の固定具合の評価」の項に示す。
【0096】
○:安定して固定ができた。
△:固定ができたが、やや不安定であった。
【0097】
【0098】
<融解操作時の作業性の評価>
上記の「凍結保存用治具の固定具合の評価」と同様の方法により、
図18に示す形態で、実施例1~5の固定具を用いて凍結保存用治具をそれぞれ固定・保持した。その後、
図20に示す形態のように、凍結保存用治具の本体部材とキャップ部材を分離する際の作業性を評価したが、実施例1~5の固定具はいずれも迅速な融解操作が可能であり、高い作業性を有することが示された。また実施例1~5の固定具を用いた融解作業では、融解作業に先立って、固定具に凍結保存用治具を固定・保持した際に、細胞又は組織が液体窒素中に位置することを容易に確認でき、細胞10の凍結状態を確実に維持することが容易であった。また、融解作業時には細胞10が液体窒素13に接触することなく、融解することが可能であった。
【0099】
上記の結果から、本発明の固定具を用いると、細胞又は組織を融解液に移す操作に先立って、凍結保存用治具を安定的に固定・保持することが可能である。本発明の固定具を用いて、凍結保存用治具を固定・保持すると、細胞又は組織を融解液に移す操作に先立って、凍結保存用治具を固定・保持した際に、凍結保存用治具のストリップ上に載置された細胞又は組織が確実に液体窒素の液面よりも下に位置することを容易に確認できることに加え、迅速な融解操作を行うことが可能であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明は、牛等の家畜や動物の胚移植や人工授精、人への人工授精等の他、iPS細胞、ES細胞、一般に用いられている培養細胞、胚又は卵子を含む生体から採取した検査用又は移植用の細胞又は組織、生体外で培養した細胞又は組織等の凍結保存及びその融解に用いることができる。
【符号の説明】
【0101】
1 固定具
2 スリット部
3 凹凸構造部
4 スリット開口部
5 空洞構造部
6 凍結保存用治具
7 本体部材
8 キャップ部材
9 ストリップ
10 細胞
11 保存液
12 接合部
13 液体窒素
14 液面
15 凍結容器
16 液面ゲージ部
17 上限マーキング部
18 下限マーキング部
19 融解液
20 基材
23 挿入部