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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-12
(45)【発行日】2024-04-22
(54)【発明の名称】チタン系インゴットの製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22D 11/041 20060101AFI20240415BHJP
   C22B 34/12 20060101ALI20240415BHJP
   C22B 9/16 20060101ALI20240415BHJP
   B22D 11/00 20060101ALI20240415BHJP
   B22D 11/20 20060101ALI20240415BHJP
   B22D 27/02 20060101ALI20240415BHJP
【FI】
B22D11/041 D
C22B34/12 102
C22B9/16
B22D11/00 D
B22D11/00 G
B22D11/20 A
B22D27/02 C
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020129836
(22)【出願日】2020-07-31
(65)【公開番号】P2022026393
(43)【公開日】2022-02-10
【審査請求日】2023-03-15
(73)【特許権者】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】諸富 圭介
(72)【発明者】
【氏名】児島 啓文
【審査官】長谷部 智寿
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/078402(WO,A1)
【文献】特開2010-247202(JP,A)
【文献】特開2007-039807(JP,A)
【文献】特開2020-022976(JP,A)
【文献】特開昭62-077427(JP,A)
【文献】特開昭51-018909(JP,A)
【文献】特開昭63-128134(JP,A)
【文献】特開2017-121650(JP,A)
【文献】国際公開第2013/151061(WO,A1)
【文献】特開2013-212518(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 11/00-11/22
C22B 34/12
C22B 9/16
B22D 27/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スポンジチタンとして、塩素含有率が0.15質量%以上である高塩素含有率スポンジチタンを含み、スポンジチタンの総量における前記高塩素含有率スポンジチタンの量の占める割合が質量基準で4%以上である溶解原料を溶解させ、溶湯を得る溶解工程と、
前記溶湯を鋳型内に流し込み、前記溶湯を構成する材料の融点をTm(℃)としたとき、鋳型内の前記溶湯の液面温度Ts(℃)を鋳型内面の近傍の周縁領域で、Ts≧Tm+105℃とする鋳造工程と
を含
前記周縁領域を、前記鋳型内面の位置と、前記鋳型内面から該鋳型内面上に立てた法線に沿って内側に20mmの距離で離れた位置との間の領域とする、チタン系インゴットの製造方法。
【請求項2】
前記鋳造工程で、前記溶湯を凝固させながら鋳型内の底部側から連続的に引き抜いて、チタン系インゴットを鋳造する、請求項1に記載のチタン系インゴットの製造方法。
【請求項3】
前記鋳造工程で、鋳型内からの引抜き速度を、2.5tоn/hr以下とする、請求項に記載のチタン系インゴットの製造方法。
【請求項4】
角柱状又は円柱状のチタン系インゴットを製造する、請求項1~のいずれか一項に記載のチタン系インゴットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、スポンジチタンを含む溶解原料を溶解し、それにより得られる溶湯を用いて鋳造を行い、チタン系インゴットを製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタンを含有するチタン系インゴットを製造するに当っては、たとえば電子ビーム式溶解炉を使用して、溶解原料の溶解及び、鋳造を行うことがある。なおチタン系インゴットには、円柱状や、長手方向に直交する断面が多角形の角柱状等のものがある。なかでも角柱状のチタン系インゴットには、当該断面が矩形であって熱間圧延に供され得るスラブが含まれる。
【0003】
この種の技術としては、特許文献1等に記載されたものがある。特許文献1では、「粉状の合金原料と顆粒状金属原料を歩留まり良く、また均一に電子ビーム溶解炉に供給する技術の提供を目的」とし、「電子ビーム溶解炉を用いた金属インゴットの溶製方法において、塊状酸化物と顆粒状金属とを混合し、これらの混合物を溶解原料として電子ビーム溶解炉に供給することを特徴とする金属インゴットの溶製方法」が提案されている。
【0004】
チタン系インゴットを製造するときに溶解させる溶解原料には、特許文献1にも記載されているように、クロール法等により得られたスポンジチタンを含ませることがある。クロール法では、四塩化チタンを金属マグネシウムで還元することにより、スポンジチタン塊を生成させる。なおこのとき、還元反応の副生成物として塩化マグネシウムが生成する。このスポンジチタン塊を破砕することで、粒状等の上記スポンジチタンが得られる。スポンジチタンは、それを取り出したスポンジチタン塊の部位等によっては、塩化マグネシウム等に由来して塩素含有率がある程度高い場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2008/078402号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、塩素含有率が比較的高いスポンジチタンを溶解原料として用いて、チタン系インゴットを鋳造すると、チタン系インゴットの表層の内部にポアが形成されることがあった。チタン系インゴットを圧延処理等する際は事前に切削作業が行われることがあり、この切削作業によって内部ポアが表面に現出すると、そのままでは熱間圧延を行えない。熱間圧延を行うには、表面に現出したポアがなくなるまでさらに切削作業が必要であり、作業負荷が大きかった。また、内部ポア数が多すぎると製品として使用できない場合もあった。
このことから従来は、塩素含有率がある程度高いスポンジチタンは、チタン系インゴットの製造に用いられていなかった。
【0007】
この発明の目的は、塩素含有率が比較的高いスポンジチタンを溶解原料として用いても、チタン系インゴットの表層への内部ポアの発生を抑制することができるチタン系インゴットの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者は鋭意検討の結果、塩素含有率が比較的高いスポンジチタンを溶解原料として用いた場合に、チタン系インゴットの表層に内部ポアが多数発生する理由について、次のように考えた。
【0009】
スポンジチタンに含まれる塩素が塩化マグネシウムに由来するものである場合、そのようなスポンジチタンには、塩化マグネシウムの吸湿性の故に水も含まれると推測される。そして、水を構成する成分のうち、水素は、溶解原料を溶解した際に溶湯中に溶け込み、その後の鋳造時に冷却による溶解度の低下に起因して、溶湯中でガスとなりうる。鋳造時に溶湯は深さ方向で該溶湯の液面から離れた位置ほど温度が低くなって凝固が進行するため、ガスは溶湯の液面から深さ方向にある程度離れた位置で発生しやすいと思われる。また、鋳型内で溶湯はその周囲の鋳型内面に近い側から冷却されていくので、インゴットの表層となる部位ではガスの発生から溶湯の凝固までの時間が短くなると考えられる。従来は鋳型内の溶湯の液面温度が比較的低かったことから、溶湯中の上記のガスが鋳型内面側の液面から抜け出ようとする途中で溶湯が凝固点以下の温度になって凝固し、これがチタン系インゴットの表層へのポアの発生の要因になっていたと考えられる。なお、鋳型内面から離れた位置の溶湯の中央近傍は冷却速度が比較的遅いため、その中央近傍でガスが発生しても当該ガスは溶湯の液面から抜け出ることができると思われる。
【0010】
これに対し、鋳型内の溶湯の液面温度を所定の温度以上に高くすると、溶湯中の上記のガスが鋳型内面側から十分に抜け出るまで溶湯が凝固しないと考えられ、その結果として、チタン系インゴットの表層への内部ポアの発生を抑制できることが解かった。但し、この発明は、上述したような理論に限定されるものではない。
【0011】
この発明のチタン系インゴットの製造方法は、スポンジチタンとして、塩素含有率が0.15質量%以上である高塩素含有率スポンジチタンを含み、スポンジチタンの総量における前記高塩素含有率スポンジチタンの量の占める割合が質量基準で4%以上である溶解原料を溶解させ、溶湯を得る溶解工程と、前記溶湯を鋳型内に流し込み、前記溶湯を構成する材料の融点をTm(℃)としたとき、鋳型内の前記溶湯の液面温度Ts(℃)を鋳型内面の近傍の周縁領域で、Ts≧Tm+105℃とする鋳造工程とを含むものである。
【0012】
前記周縁領域は、前記鋳型内面の位置と、前記鋳型内面から該鋳型内面上に立てた法線に沿って内側に20mm~40mmの距離で離れた位置との間の領域とすることが好ましい。
【0013】
前記鋳造工程では、前記溶湯を凝固させながら鋳型内の底部側から連続的に引き抜いて、チタン系インゴットを鋳造することが好適である。
この場合、前記鋳造工程で、鋳型内からの引抜き速度を、2.5tоn/hr以下とすることが好ましい。
【0014】
この発明のチタン系インゴットの製造方法では、たとえば角柱状又は円柱状のチタン系インゴットを製造することができる。
【発明の効果】
【0015】
この発明のチタン系インゴットの製造方法によれば、塩素含有率が比較的高いスポンジチタンを溶解原料として用いても、チタン系インゴットの表層への内部ポアの発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】この発明の一の実施形態に係るチタン系インゴットの製造方法で用いることができる電子ビーム式溶解炉の一例を示す断面図である。
図2図1の電子ビーム式溶解炉が備える鋳型の平面図である。
図3】電子ビーム式溶解炉における鋳型の他の例を示す平面図である。
図4】電子ビーム式溶解炉における鋳型のさらに他の例を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、この発明の実施の形態について詳細に説明する。
この発明の一の実施形態に係るチタン系インゴットの製造方法では、図1に例示するような、ハース2、鋳型3及び電子銃4等を備える電子ビーム式溶解炉1を用いることができる。この実施形態には、ハース2内にて、スポンジチタンを含む溶解原料Msを電子銃4からの電子ビームの照射により溶解させ、溶湯Mmを得る溶解工程と、溶湯Mmを鋳型3内に流し込んで、該溶湯Mmを鋳型3内で冷却して凝固させる鋳造工程とが含まれる。上記の溶解原料Msは、スポンジチタンとして、塩素含有率が0.15質量%以上である高塩素含有率スポンジチタンを含み、スポンジチタンの総量における高塩素含有率スポンジチタンの量の占める割合が質量基準で4%以上であるものとする。そして、鋳造工程では、溶湯Mmを構成する材料の融点Tm(℃)と、鋳型3内の鋳型内面3aの近傍の周縁領域での溶湯Mmの液面温度Ts(℃)とが、Ts≧Tm+105℃の関係を満たすように、当該液面温度Tsを調整する。
【0018】
この実施形態では、詳細については後述するが、鋳造工程で鋳型3内の溶湯Mmの液面Smのうち、鋳型内面3aの近傍の周縁領域の液面温度Tsを上記のように高くすることにより、高塩素含有率スポンジチタンをある程度多く含む溶解原料Msを用いても、表層での内部ポアの発生が抑えられたチタン系インゴットを製造することができる。それにより、高塩素含有率スポンジチタンを有効に活用できるとともに、チタン系インゴット製造の歩留まりの低下を抑制することができる。
【0019】
(チタン系インゴット)
チタン系インゴットを製造するには、たとえば、電子ビーム式溶解炉1で、少なくともスポンジチタン、必要に応じて合金元素等を含む溶解原料Msを溶解し、その溶湯Mmを鋳型3内に流し込んで鋳造を行う。鋳型3内で溶湯Mmは冷却されて凝固し、当該鋳型3の形状に応じた所定の形状を有するチタン系インゴットになる。チタン系インゴットは、円柱状のもの又は、長手方向に直交する断面が多角形であるスラブ等の角柱状のものとすることがある。
【0020】
チタン系インゴットは、たとえば、実質的にチタンからなるチタン製のもの、又は、チタン及び合金成分を含有するチタン合金製のものとすることができる。例えば、チタン製とは、JIS規格の1種~4種相当のチタン製とすることができる。例えば、チタン合金は、チタンとFe、Sn、Cr、Al、V、Mn、Zr、Mo等の金属(合金元素)との合金であり、具体例としては、Ti-6-4(Ti-6Al-4V)、Ti-5Al-1Fe、Ti-5Al-2.5Sn、Ti-8-1-1(Ti-8Al-1Mo-1V)、Ti-6-2-4-2(Ti-6Al-2Sn-4Zr-2Mo-0.1Si)、Ti-6-6-2(Ti-6Al-6V-2Sn-0.7Fe-0.7Cu)、Ti-6-2-4-6(Ti-6Al-2Sn-4Zr-6Mo)、SP700(Ti-4.5Al-3V-2Fe-2Mo)、Ti-17(Ti-5Al-2Sn-2Zr-4Mo-4Cr)、β-CEZ(Ti-5Al-2Sn-4Zr-4Mo-2Cr-1Fe)、TIMETAL555(「TIMETAL」は登録商標)、Ti-5553(Ti-5Al-5Mo-5V-3Cr-0.5Fe)、TIMETAL21S(Ti-15Mo-2.7Nb-3Al-0.2Si)、TIMETAL LCB(Ti-4.5Fe-6.8Mo-1.5Al)、10-2-3(Ti-10V-2Fe-3Al)、Beta C(Ti-3Al-8V-6Cr-4Mo-4Cr)、Ti-8823(Ti-8Mo-8V-2Fe-3Al)、15-3(Ti-15V-3Cr-3Al-3Sn)、BetaIII(Ti-11.5Mo-6Zr-4.5Sn)、Ti-13V-11Cr-3Al等が挙げられる。なお、上記の列挙において、各合金元素の前に付した数字は、含有率(質量%)を意味する。例えば、「Ti-6Al-4V」とは、6質量%のAlと4質量%のVとを含有するチタン合金を指す。
【0021】
円柱状のチタン系インゴットは、たとえば、直径が100mm~1500mm、長さが9000mm以下であるものとすることがある。角柱状のスラブ等としてのチタン系インゴットは、たとえば、幅が700mm~1600mm、典型的には1100mm~1350mm、厚みが220mm~260mm、長さが9000mm以下のものとすることができる。但し、チタン系インゴットの寸法は、これに限らない。
なお、チタン系インゴット中のマグネシウムは、後述するような溶解工程でハースにて十分に低減されたこと等により、10質量ppm未満になることがある。
【0022】
(溶解原料)
チタン系インゴットの製造に用いる溶解原料Msは、ブリケット状、棒状、粉状及び/又は粒状等の形状であり、少なくともスポンジチタンを含むものとする。例えば、スポンジチタンを原料として使用してブリケットを製造し、該ブリケットを溶解原料Msとして用いる場合は、その溶解原料Msはスポンジチタンの加工物を含むからスポンジチタンを含むものである。溶解原料Msは、スポンジチタンをそのままの形態で含むものであってもよいが、スポンジチタンを加工して得られたブリケット等の加工物を含むものであってもよい。
【0023】
このスポンジチタンとしては、クロール法で得られたものを好適に用いることができる。より具体的には、溶融状態の金属マグネシウム上に精製四塩化チタン等の四塩化チタンを滴下し、四塩化チタンを金属マグネシウムで還元することにより、スポンジチタン塊を生成させる。この際に、副生成物として塩化マグネシウムも生成する。その後、スポンジチタン塊を破砕し、所定の大きさの粒状等のスポンジチタンとする。なお、上記の精製四塩化チタンを得るには、例えば、約1000℃の高温にてコークス等の還元材とチタン鉱石中の酸化チタンと塩素ガスと反応させ、それにより生成する粗四塩化チタンを蒸留する。
【0024】
還元工程で生成したスポンジチタン塊はその部位によって品質が異なる。例えば、スポンジチタン塊の底部側は塩化マグネシウム含有量が比較的高くなる傾向がある。そして、スポンジチタン塊の底部側から得られるスポンジチタンは、比較的多い量の塩化マグネシウムが残留することがある。このような理由から、スポンジチタンは、クロール法により作製されて副生成物の塩化マグネシウムが残留していること等により、塩素を0.15質量%以上、たとえば0.20質量%~1.50質量%と比較的多く含有することがある。塩素含有率が0.15質量%以上であるスポンジチタンを、ここでは高塩素含有率スポンジチタンと呼ぶ。一方、塩素含有率が0.15質量%未満であるスポンジチタンは、低塩素含有率スポンジチタンと称する。なお、前述のとおりスポンジチタン中の塩素含有率の高低は、スポンジチタン塊の採取部位によって異なる場合がある。スポンジチタンの塩素含有率は、硝酸銀滴定法により求めることができる。
【0025】
溶解原料Msは、高塩素含有率スポンジチタンを含むものとする。より詳細には、溶解原料Msは、高塩素含有率スポンジチタン及び低塩素含有率スポンジチタンを含み、スポンジチタンの総量における高塩素含有率スポンジチタンの量の占める割合が質量基準で4%以上であるものとする。さらに溶解原料Msは、スポンジチタンの総量における高塩素含有率スポンジチタンの量の割合が質量基準で4~10%、また6%~10%であるものとすることができる。スポンジチタンの総量は、高塩素含有率スポンジチタンの量と低塩素含有率スポンジチタンの量の合計である。仮に溶解原料Msが上記のブリケット等の加工物を含む場合、ここでいう割合は、当該加工物の製造に用いられたスポンジチタンの量から求める。
【0026】
高塩素含有率スポンジチタンを含む溶解原料Msを用いて、チタン系インゴットを溶解及び鋳造により製造すると、チタン系インゴットの表層に内部ポアが多数発生するおそれがある。なお、内部ポアは、チタン系インゴットの表層に発生しやすく、表層よりも内部側には発生しにくい傾向がある。これに対し、この実施形態では、上述したように高塩素含有率スポンジチタンを比較的多く含む溶解原料Msを用いたとしても、後述する鋳造工程を行うことにより、チタン系インゴットの表層への内部ポアの発生を抑制することができる。それにより、これまではチタン系インゴットの製造に用いられていなかった高塩素含有率スポンジチタンを有効に活用することができる。また、溶解原料Msに含まれるスポンジチタン全体のうち、高塩素含有率スポンジチタンをある程度の量に抑えることにより、鋳造時のガスの発生量を抑制できる。
【0027】
チタン製であるチタン系インゴットを製造する場合、溶解原料Msは、高塩素含有率スポンジチタン及び低塩素含有率スポンジチタンのみを含むことがある。あるいは、チタン合金製のチタン系インゴットを製造する場合、溶解原料Msは、高塩素含有率スポンジチタン及び低塩素含有率スポンジチタンの他、当該チタン合金の合金元素を含む原料を、その合金元素の含有率等に応じた量で含むものとすることができる。
【0028】
(溶解工程)
溶解工程では、電子ビーム式溶解炉(いわゆるEB炉)等を用いて、上記の溶解原料Msを溶解させて溶湯Mmとする。プラズマアーク溶解法を実施するプラズマ溶解炉その他の溶解炉も使用できる場合があるが、溶解原料Ms中の不純物の除去やチタン系インゴットの成分調整等の観点で優れる電子ビーム式溶解炉を用いることが好ましい。
【0029】
図示の例の電子ビーム式溶解炉1は、溶解原料Msを溶解させるハース2と、ハース2への溶解原料Msの投入に用いるフィーダ5と、ハース2から流し込まれた溶湯Mmを冷却して凝固させる鋳型3と、ハース2内や鋳型内の溶解原料Msないし溶湯Mmに電子ビームを照射する一個以上、ここでは二個の電子銃4とを備えるものである。電子銃4の個数は電子ビーム式溶解炉1の構成に鑑みて適宜変更可能である。
【0030】
フィーダ5からハース2内に投入された溶解原料Msは、電子銃4から電子ビームが照射されて溶湯Mmになる。溶湯Mmは、必要に応じて電子銃4から電子ビームが照射されその溶融状態が維持されながら、ハース2内から鋳型3内へと流し込まれる。
【0031】
なお、ハース2は、図示は省略するが、溶解原料を溶解させる溶解ハース、溶湯中の不純物を沈殿ないし蒸発させて溶湯の精製を行う精製ハース、並びに、精製後の溶湯を一個又は複数個の鋳型に対して必要に応じて分配してから注湯する注湯ハース等を含むことがある。また、ハース2は、水冷銅ハース等のコールドハースとすることができる。この場合、ハース2の内面にスカルが形成された状態で溶解及び鋳型3への溶湯の流込みを行うことにより、低密度介在物量を低減することができる他、チタン系インゴットの組成のばらつきを抑制することができる。多くの場合、溶解工程及び、後述の鋳造工程は、電子ビーム式溶解炉1内を真空等の減圧雰囲気として行われる。
【0032】
溶解原料Msをハース2内で溶解させた際に、溶解原料Ms中の塩化マグネシウムに吸着する等して溶解原料Msに含まれていた水の構成成分である水素は、溶解原料Msが溶解して得られる溶湯Mm中に溶け込むと考えられる。そして、ハース2内では溶湯Mmは比較的高温に維持されるので溶存可能の水素量は比較的多く、溶湯Mm中の水素は、溶湯Mmが鋳型3内へ流し込まれるときに、溶湯Mmに溶け込んだ状態で鋳型3内に持ち込まれると推測される。なお、水の構成成分の酸素は、溶湯Mmに溶け込まずにハース2内で適切に低減され得る。
【0033】
(鋳造工程)
溶解工程の後、溶湯Mmを鋳型3内に流し込み、溶湯Mmを凝固させる鋳造工程を行う。なお、図1の電子ビーム式溶解炉1は1つの鋳型3を備えるものであるが、鋳型の数は特に限定されず、2つ以上の鋳型を備える電子ビーム式溶解炉を用いてもよい。鋳型が複数存在する場合は、全ての鋳型に溶湯を注湯することがある他、それらのうちの一部の鋳型に溶湯を注湯することもある。水冷銅鋳型等の鋳型3内では、たとえばその周壁内に設けられた流路での水等の冷却媒体の流動による冷却で、溶湯Mmが周囲の鋳型内面3a側から徐々に凝固する。これにより、チタン系インゴットが得られる。
【0034】
このとき、溶湯Mm中に溶け込んでいた水素等は、鋳型3等での冷却によって溶解度が低下し、溶湯Mm中から放出されてガスになると考えらえる。ここで、鋳型3内の溶湯Mmの液面Smにおける温度(「液面温度」ともいう。)が低い場合、鋳型3内の溶湯Mmの鋳型内面3aの近傍では溶湯Mmが急速に冷却されて凝固するので、特に液面Smから離れた深い位置で発生した上記ガスは液面Smから排出される前に、凝固する溶湯Mm中に封入されると推測される。なお、鋳型内面3aから離れた半径方向の中央付近では、鋳型内面3aの近傍に比して溶湯Mmの冷却が緩慢になることから、そこで発生したガスは溶湯Mmが凝固する前に液面Smから外部に排出されやすい。このようにして鋳型内面3aの近傍で凝固途中の溶湯Mmに封入されたガスにより、チタン系インゴットの表層の内部ポアが形成されると考えられる。
【0035】
これに対し、この実施形態では、鋳造工程にて、たとえば電子銃4で鋳型3の上方側の開口部から鋳型3内に電子ビームを照射すること等により、ハース2内から鋳型3内に流れ込んだ溶湯Mmの、鋳型内面3aの近傍の周縁領域での液面温度Tsを、所定の高温にする。具体的には、鋳型内面3aの近傍の周縁領域での溶湯Mmの液面温度Tsと、溶湯Mmを構成する材料(金属又は合金)の融点Tmとが、Ts≧Tm+105℃の関係を満たすようにする。たとえば、溶湯Mmを構成する材料がチタンである場合、チタンの融点は1668℃であるから、上記の液面温度Tsは1773℃以上にする。この場合、鋳型内面3aの近傍でも、上記のガスが溶湯Mmの液面Smから抜け出るまで溶湯Mmの溶融状態が維持されやすくなると考えられる。このようなメカニズムの正否によらず、この実施形態によれば、鋳造工程で溶湯Mmが凝固して形成されるチタン系インゴットの表層への内部ポアの発生を良好に抑制することができる。
【0036】
鋳型3内の溶湯Mmの液面Smにおいて上記の温度Tsにするのは、鋳型3内に貯留した溶湯Mmの平面視で、鋳型内面3aの位置と、鋳型内面3aから該鋳型内面3a上に立てた法線に沿って内側に所定の距離Dで離れた位置との間の周縁領域とする。たとえば図2に平面視で示すような、上方側の開口部が円環状である鋳型3の場合、その鋳型3内の溶湯Mmの液面Smで、鋳型内面3aの位置と、鋳型内面3aから鋳型内面3a上の法線の方向(半径方向)の内側へ距離Dだけ離れた位置(同図の破線で示す。)との間の円環状の領域が、上記の周縁領域になる。また、図3に示すような上方側の開口部が矩形の環状である鋳型13の場合、鋳型13内の溶湯Mmの液面Smで、鋳型内面13aの位置と、鋳型内面13aから鋳型内面13a上の法線の方向の内側へ距離Dだけ離れた位置(同図の破線で示す。)との間の矩形の環状の領域を、周縁領域とする。なお、チタン系インゴットとしてスラブを製造する場合は、鋳型13内の溶湯Mmの液面Smが略長方形である。また、図4に示すような上方側の開口部が楕円の環状である鋳型23の場合、鋳型23内の溶湯Mmの液面Smで、鋳型内面23aの位置と、鋳型内面23aから鋳型内面23a上の法線の方向の内側へ距離Dだけ離れた位置(同図の破線で示す。)との間の環状の領域が、周縁領域である。この周縁領域の液面Smの温度が上記の温度Tsであればよい。鋳型内面の近傍に存在する溶湯Mmの凝固態様が、チタン系インゴットの表層への内部ポアの発生に大きな影響を及ぼすからである。好ましくは、鋳型内面の位置と、該鋳型内面から中央側に離れた位置との間の所定の距離D(図2の例では、周縁領域の半径方向の距離)を、20mm~40mmの範囲内としてよく、さらに20mm~30mmの範囲内としてよい。なおここでは、代表例として主に図2に示す鋳型3についてその具体的な構成等の説明をするが、それらは図3、4に示す鋳型13、23、さらには図示しない他の鋳型にも適用することができる。鋳型の形状ないし構造は特に問わない。
【0037】
鋳型内における溶湯Mmの周縁領域の液面温度Tsは、Tm+105℃≦Ts≦Tm+170℃を満たすことが好ましい。液面温度Tsを高くしすぎないことにより、ブレークアウトの防止、良好な鋳肌の確保及びコスト(電力費・整備費)の低減を図ることができる。なお、チタン系インゴットの製造において、鋳型内における溶湯Mmの周縁領域の液面温度Tsは、1780℃~1830℃とすることが好ましい場合がある。
【0038】
なお、鋳型内の溶湯Mmの液面Smにおいて周縁領域以外の領域である中央領域の温度は、たとえばTm+25℃以上かつTm+170℃以下、さらにはTm+25℃以上かつTm+105℃以下とすることがある。なお、鋳型3内における溶湯Mmの周縁領域の液面温度Tsを1780℃~1830℃とする場合、上記中央領域の温度は、例えば1700~1830℃、さらには1700℃~1780℃とすることがある。中央領域をある程度低い温度に抑えることにより、コスト(電力費・整備費)の低減を図ることができる。
【0039】
鋳型内の溶湯Mmの液面温度は、たとえば、鋳型の開口部の上方側に配置されて熱放射から温度を測定可能な放射温度計等により測定することができる。
溶湯Mmを構成する材料の融点Tmは、サーマルアレスト法により確認することができる。サーマルアレスト法は、主に高融点材料の融点の測定に用いられる手法として広く知られている。その具体的な測定方法は次のとおりである。はじめに、溶湯Mmを構成する材料からなる試料を耐熱カプセル内に入れて、この耐熱カプセルを加熱炉内に設置する。そして、加熱炉内で、耐熱カプセル内の試料の温度を測定しながら試料を昇温する。このとき、試料の溶融に伴う潜熱により昇温速度が停滞し又は低下する際の熱曲線の変化を読み取る。これにより、試料を構成する材料の融点を求めることができる。
【0040】
ところで、鋳型としては種々のものを用いることができるが、図示の鋳型3、13、23は底部も開口しており、溶湯Mmを凝固させながら底部側から、図1に矢印で示すように下方側に向けて引き抜くことが可能なものである。このような鋳型では、底部側で溶湯Mmの少なくとも鋳型内面3aと接する部分が凝固し、その凝固した部分を連続的に引き抜く連続鋳造を行うことができる。これにより、長尺のチタン系インゴットを得ることができる。
【0041】
この場合において、鋳型内からの溶湯Mmの凝固部分Pcの引抜き速度は、2.5tоn/hr以下、特に1.0tоn/hr~2.0tоn/hrとすることが好ましい。引抜き速度は、時間あたりに鋳型から引き抜かれるインゴットの重量とする。このように凝固部分Pcの引抜き速度をある程度遅くすることにより、溶湯Mmの凝固前に上述したガスを十分に抜くことができるので、チタン系インゴットの表層への内部ポアの発生をより一層抑制することができる。一方、凝固部分Pcの引抜き速度を遅くしすぎないことにより、設備生産能力の確保が図れる。
【0042】
なお、鋳型の長手方向に直交する方向の断面形状を、円形状又は矩形その他の多角形状等にすることにより、円柱状又は、長手方向に直交する断面が多角形の角柱状等のチタン系インゴットを製造することができる。この実施形態では、チタン系インゴットとして、長手方向に直交する断面が矩形状であるスラブも製造可能である。
以上に述べた実施形態では、たとえば、インゴット1本当たりの重量が5tоn~30tоn程度であるチタン系インゴットを製造することができる。
【実施例
【0043】
次に、この発明のチタン系インゴットの製造方法を試験的に実施し、その効果を確認したので以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0044】
塩素含有率が0.20質量%~1.20質量%である高塩素含有率スポンジチタン(高Clスポンジチタン)と、塩素含有率が0.12質量%以下である低塩素含有率スポンジチタン(低Clスポンジチタン)を準備した。実施例1~6及び比較例1では、これらのスポンジチタンを表1に示すように所定の割合で混合させたものを溶解原料とし、図1に示すような電子ビーム式溶解炉にて溶解及び鋳造を行い、重量が10tоnのチタン製またはチタン合金製のチタン系インゴットを製造した。参考例では、高塩素含有率スポンジチタンを混合せず、溶解原料のスポンジチタンを低塩素含有率スポンジチタンのみからなるものとし、同様にしてチタン系インゴットを製造した。実施例1~6、比較例1及び参考例では、鋳型内に流し込んだ溶湯の液面に電子ビームを照射し、当該溶湯の周縁領域(図2の距離Dが20mmである領域)の温度が、表1に示す温度になるように調整した。また、鋳型から溶湯の凝固部分を引き抜いた際の引抜き速度も表1に示す。なお、実施例1~6、比較例1及び参考例はいずれも、鋳型内の溶湯の中央領域の温度は周縁領域の温度Tsとほぼ同じとした。
【0045】
【表1】
【0046】
各チタン系インゴットの表面に対して深さ5mmの切削加工を施し、表層の内部ポアを確認した。その結果も表1に示す。なお、内部ポアは、切削加工時に内部から傷(孔)が顕在化した箇所を判断基準として、目視で確認されたものについて、その個数を評価した。
表1より、実施例1~6は、鋳造時に鋳型内における溶湯の周縁領域の液面温度を比較的高くしたことにより、当該液面温度が低かった比較例1に比して、内部ポアの個数が10個以下と十分に低減されていることが解かる。
【0047】
また、ICP発光分光分析法により、各チタン系インゴットのマグネシウム含有率を測定したところ、表1に示す結果を得た。なお、この測定の検出下限は10質量ppmであった。したがって、いずれのチタン系インゴットもマグネシウム含有率が十分に低かったことが解かる。このことから、塩化マグネシウムの残留に起因して塩素含有率が高いと考えられる高塩素含有率スポンジチタンを比較的多く溶解原料として用いたとしても、マグネシウムは溶解時に良好に低減されると推測される。なお表1からは、チタン系インゴットのマグネシウム含有率が低くても、比較例1のように内部ポアの個数が多い場合があることも解かる。
【0048】
なお、さらに、鋳型内の溶湯の中央領域の温度を1750℃としたことを除いて実施例1と同様の条件とした試験、及び、鋳型内面からの距離Dを40mmとするとともに鋳型内の溶湯の中央領域の温度を1750℃としたことを除いて実施例1と同様の条件とした試験をそれぞれ行った。その結果、いずれの試験でも内部ポアの個数は1個/本であった。
【0049】
以上より、この発明のチタン系インゴットの製造方法によれば、塩素含有率が比較的高いスポンジチタンを溶解原料として用いても、チタン系インゴットの表層への内部ポアの発生を抑制できることが示唆された。
【符号の説明】
【0050】
1 電子ビーム式溶解炉
2 ハース
3 鋳型
3a 鋳型内面
4 電子銃
5 フィーダ
Ms 溶解原料
Mm 溶湯
Sm 鋳型内の溶湯の液面
Pc 溶湯の凝固部分
D 鋳型内面からの距離
図1
図2
図3
図4