(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-12
(45)【発行日】2024-04-22
(54)【発明の名称】生体適合性高分子を用いた組織の線維化抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61L 27/22 20060101AFI20240415BHJP
A61L 27/36 20060101ALI20240415BHJP
A61L 27/20 20060101ALI20240415BHJP
A61L 27/58 20060101ALI20240415BHJP
A61L 27/52 20060101ALI20240415BHJP
【FI】
A61L27/22
A61L27/36 400
A61L27/20
A61L27/58
A61L27/52
(21)【出願番号】P 2021535469
(86)(22)【出願日】2020-07-31
(86)【国際出願番号】 JP2020029532
(87)【国際公開番号】W WO2021020576
(87)【国際公開日】2021-02-04
【審査請求日】2023-04-07
(31)【優先権主張番号】P 2019142482
(32)【優先日】2019-08-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】318010328
【氏名又は名称】KMバイオロジクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100221545
【氏名又は名称】白江 雄介
(72)【発明者】
【氏名】嵯峨 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】乾 美奈子
(72)【発明者】
【氏名】小倉 訓子
【審査官】渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】特表平06-508356(JP,A)
【文献】特表2003-528026(JP,A)
【文献】国際公開第2016/143746(WO,A1)
【文献】MORO H. et al.,The effect of fibrin glue on inhibition of pericardial adhesions,The Japanese Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery,1999年,47,p.79-84
【文献】FUNAMOTO S. et al.,A fibrin-coated pericardial extracellular matrix prevented heart adhesion in a rat model,J Biomed Mater Res Part B.,2018年09月19日,2019, 107B,p.1088-1094
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体適合性高分子を含む、組織の線維化抑制剤であって、ここで生体適合性高分子がフィブリンであり、ここで、線維化を抑制したい組織のみに生体適合性高分子が固定される、線維化抑制剤。
【請求項2】
生体適合性高分子および細胞足場材料を含む、組織の線維化抑制キットであって、線維化を抑制したい組織に生体適合性高分子が固定され、補綴が組織欠損部に細胞足場材料でなされる、キットであって、ここで、生体適合性分子が固定される組織と組織欠損部
の組織とが同一ではな
く、
かつ生体適合性分子が固定される部位と補綴される組織欠損部が異なる組織の相対する部位である、心臓において使用するためのキット。
【請求項3】
生体適合性高分子がフィブリン又はデキストリンゲルである、請求項2に記載の線維化抑制キット。
【請求項4】
細胞足場材料が、脱細胞化組織である、請求項2に記載の線維化抑制キット。
【請求項5】
脱細胞化組織が、小腸粘膜下組織、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、大網、横隔膜、筋膜、真皮及び皮膚からなる群から選択される生体由来組織を脱細胞化した組織である、請求項4に記載の線維化抑制キット。
【請求項6】
細胞足場材料の自己組織化を促進する、請求項2に記載の線維化抑制キット。
【請求項7】
線維化を抑制したい組織が心外膜である、請求項2に記載の線維化抑制キット。
【請求項8】
生体適合性高分子および代用心膜を含む、組織の線維化抑制キットであって、ここで線維化を抑制したい組織に生体適合性高分子が固定され、補綴が組織欠損部に代用心膜でなされる、キットであって、ここで、生体適合性分子が固定される組織と組織欠損部
の組織とが同一ではな
く、
かつ生体適合性分子が固定される部位と補綴される組織欠損部が異なる組織の相対する部位である、心臓において使用するためのキット。
【請求項9】
生体適合性高分子がフィブリン又はデキストリンゲルである、請求項8に記載の線維化抑制キット。
【請求項10】
代用心膜が、脱細胞化組織である、請求項8に記載の線維化抑制キット。
【請求項11】
脱細胞化組織が、小腸粘膜下組織、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、大網、横隔膜、筋膜、真皮及び皮膚からなる群から選択される生体由来組織を脱細胞化した組織である、請求項10に記載の線維化抑制キット。
【請求項12】
代用心膜の自己組織化を促進する、請求項8に記載の線維化抑制キット。
【請求項13】
線維化を抑制したい組織が心外膜である、請求項8に記載の線維化抑制キット。
【請求項14】
癒着を抑制したい組織に生体適合性高分子が固定され、補綴が組織欠損部に細胞足場材料又は代用心膜でなされる、癒着防止キットであって、ここで、生体適合性分子が固定される組織と組織欠損部
の組織とが同一ではな
く、
かつ生体適合性分子が固定される部位と補綴される組織欠損部が異なる組織の相対する部位である、心臓において使用するためのキット。
【請求項15】
生体適合性高分子が、フィブリン又はデキストリンゲルである、請求項14に記載の癒着防止キット。
【請求項16】
細胞足場材料又は代用心膜が、脱細胞化組織である、請求項14に記載の癒着防止キット。
【請求項17】
脱細胞化組織が、小腸粘膜下組織、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、大網、横隔膜、筋膜、真皮及び皮膚からなる群から選択される生体由来組織を脱細胞化した組織である、請求項16に記載の癒着防止キット。
【請求項18】
細胞足場材料又は代用心膜の自己組織化を促進する、請求項14-17のいずれか一項に記載の癒着防止キット。
【請求項19】
癒着を抑制したい組織が心外膜である、請求項14-17のいずれか一項に記載の癒着防止キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は外科手術後の組織の線維化抑制剤に関する。さらに詳細には、本発明は、生体適合性高分子を用いることを特徴とする線維化抑制剤に関するものであり、組織の癒着防止にも利用可能な線維化抑制剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
線維化とは組織において結合組織が蓄積する現象のことであり、コラーゲンを中心とする細胞外マトリックス等の結合組織が組織に過剰に産生・蓄積されることによって生じるものである。線維化は心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓などに見られる。中でも、心臓の線維化は心筋細胞死後の心臓の心破裂を防ぐ反面、心筋の硬化を招き、心臓機能を妨げる。この心機能低下が持続すると心機能障害を補うように心臓の肥大が生じるため、線維化をコントロールすることは極めて重要である。また、心外膜(心臓表面)のような臓器や組織表面に対して、自己組織や人工物などの物理的ストレスや化学的反応により、組織表面に線維が増生し、肥厚する。再手術の際、特に心臓再手術の際には線維化により心外膜の視認性が著しく低下し、冠動脈の走行が不明瞭になり、心臓や血管等の臓器や組織の損傷につながるリスクがある。外科医のニーズを満たすような線維化抑制剤は存在しておらず、臓器や組織表面、特に心外膜表面の線維化を抑制できる線維化抑制剤の製品化が望まれている。
【0003】
線維化の他、臓器や組織の損傷につながるリスクとして、術後の組織癒着が挙げられる。術後の組織癒着は心臓・循環器科に限らず、消化器外科、整形外科、産科婦人科、眼科などの広い領域で生じる。例えば、開腹手術後の腹腔内の癒着は生理的な生体の修復反応であり、癒着を皆無にすることが困難なため、手術後の癒着によって癒着性腸閉塞が一定頻度で引き起こされる。その頻度は手術時間や出血量ともある程度比例すると言われている。癒着の発生を防止、減少させるためには、外科医の丁寧な手術操作による、最小限の剥離・出血、最短の手術時間、手術中の汚染防止、最小限の異物の残存、吸収性の縫合糸の使用、適切なドレナージ、感染防止、手術後の早期離床などが求められ、緊急の汚染手術ではさらに、十分な腹腔内洗浄、術後の体位、術後の抗生剤使用なども求められる。しかしながら、それぞれが癒着性腸閉塞の防止にある程度有効であるものの、これだけで腸閉塞の発生を完全に防止することはできない(非特許文献1)。
【0004】
最近の研究によると、手術侵襲部位で、胸腔、心嚢、腹腔の体腔表面を覆う膜様組織である中皮細胞がインターロイキン6を生み出すこと、インターロイキン6により好中球が腫瘍壊死因子TNF-α及びトランスフォーミング増殖因子TGF-βを産生すること、このTGF-βにより中皮細胞自身が線維化をはじめ、癒着形成の本体となることが示唆されている(非特許文献2)。
【0005】
心臓血管外科領域においては、術後の心外膜と胸壁の癒着、また、心膜と心外膜の癒着は、再手術の際に、心臓と大血管への損傷の危険性を増加させる(非特許文献3)。
【0006】
心臓外科手術において自己心膜が用いられるが、これだけで閉鎖できない場合、各種の代用心膜(pericardial substitutes)を用いることになる。代用心膜には、ウシ心膜(bovine pericardium)やシリコンコートポリエステル繊維(silicone coated polyester fabric)、ポリテトラフルオロエチレン(polytetrafluoroethylene:PTFE)シートなどがある(非特許文献4)。
【0007】
ヒト開心術後の心膜欠損部に、術後急性期の心タンポナーデと遠隔期再手術時の胸骨切開時における心臓、大血管損傷を避けることを目的に0.1mm厚のPTFEシートが代用心膜として盛んに用いられてきた。その長期遠隔期の再手術所見は、自己心膜で心臓を覆った場合とは全く異なる様相を呈している。生体組織が入り込まない構造になっている非吸収性のPTFEシートは、再手術時に簡単に取り除くことはできるが、PTFEシートの心臓側、胸骨側ともに解剖学的構造を確認できないほどの線維組織で覆われている。特に遺残病変による負荷がみられる症例ではその線維組織の肥厚は著明で、初回手術時に心表面を広範にシートで補填している場合、収縮性心膜炎(CP)の所見までは見られなくても何らかの拡張障害が認められても不思議ではない(非特許文献5)。また、そのような実験データも公知である(非特許文献6~8)。
【0008】
代用心膜としてPTFEシートを移植すると、異物反応による炎症所見が接触面で強く認められ、その炎症反応は移植4週後に強く見られ、12週後には減弱するが、結果としてPTFEシートの心外膜側に非常に厚い線維性の結合組織膜が形成される。このPTFEシートは、再手術が必要になった時の胸骨切開時に、心臓、大血管を損傷しないように覆っている点で有用であるが、再手術を要さない時のPTFEシートの異物反応がもたらす影響、特にCPを含んだ拡張障害が課題である。PTFEシートを除去すると、シートで境される部分を分けられるので、PTFEシートは周囲組織との炎症を起こしにくいと思われがちだが、実際のところ、PTFEシートは炎症反応を起こしやすいものである(非特許文献5)。また、PTFEシートによる心外膜の線維化は心臓の視認性を低下させるとの報告もある(非特許文献9)。
【0009】
PTFEシートに限らず、自己心膜を切除した心膜欠損例や自己心膜閉鎖例でも心外膜の線維化は生じる。ウサギモデルでの実験では延伸ポリテトラフルオロエチレン膜(expanded polytetrafluoroethylene:ePTFE)閉鎖例と自己心膜を切除した心膜欠損例の線維化が報告されている(非特許文献10)。また、イヌモデルでの実験ではePTFE閉鎖例と自己心膜閉鎖例の線維化が報告されている(非特許文献11)。
一方、生体組織接着剤であるフィブリン糊を癒着防止の目的で使用する例も報告されている(非特許文献12、13)。しかしながら、フィブリン糊は組織癒着を完全に防止できないため(特許文献1~3)、外科医を悩ませる大きな問題は未だに解決されていない。
【0010】
脱細胞化生体組織及び脱細胞化臓器(以下、「脱細胞化組織」と表記)は、ヒトあるいは異種動物の生体組織・臓器から細胞成分を除去して得られるマトリックスであり、移植用及び再生医療用の細胞足場材料及び創傷治癒促進材料として注目されている。生体組織の細胞以外の成分、細胞外マトリックス(Extracellular Matrix:ECM)は、構造・組成ともに生物種間で保存され、ほとんどの生物間で免疫拒絶を惹起しないことが明らかになっている。また、ECMが細胞の分化に関係していることが広く知られ、特定組織のECM上で培養した細胞が、その組織の細胞へ分化していく報告もされている。これらの知見から、ECMで構成される脱細胞化組織は、移植後に免疫拒絶を受けず、レシピエントの細胞による再生が期待されている(非特許文献14)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特表平11-502431号公報
【文献】特開2001-327592号公報
【文献】特表2003-500170号公報
【文献】特許第4092397号公報
【文献】再表2008-111530号公報
【文献】特開2009-50297号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】福島恒男ら, 外科治療, 2006; 94(6):919-924
【文献】Uyama N. et al., Sci Rep. 2019; 26;9(1):17558
【文献】Dobell AR., et al., Ann Thorac Surg.1984; 37:273-8
【文献】Ozeren M. et al., Cardiovasc. Surg. 2002; 10(5):489-493
【文献】北川哲也, PEDIATRIC CARDIOLOGY and CARDIAC SURGERY. 2004; 20(6):632-633
【文献】Liermann A. et al., Helv Chir Acta. 1992; 58:515-519
【文献】Muralidharan S. et al., J Biomed Mater Res. 1991; 25:1201-1209
【文献】Bunton RW. et al., J Thorac Cardiovasc Surg. 1990; 100:99-107
【文献】Jukka T. et al., Interactive cardiovascular and thoracic surgery. 2011; 12(2):270-272
【文献】Kaushal S. et al., Thorac Cardiovasc Surg. 2011; 141:789-795
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【文献】佐藤孝道ら, 産科と婦人科, 1990; 57(12):2398-2404
【文献】奥田喜代司ら, 産婦人科の世界, 1993; 45(9):759-764
【文献】岸田晶夫, Organ Biology, 2018; 25(1):27-34
【文献】Singelyn J.M., et al., Biomaterials, 2009, 30, 5409-5416
【文献】Singelyn J.M,, et al., J. Am. Coll. Cardiol., 2012, 59, 751-763
【文献】Sonya B., et al., Sci. Transl. Med., 2013, 5, 173ra25
【文献】Sasaki S., et al., Mol. Vis., 2009, 15, 2022-2028
【文献】Yoshihide H., et al., Biomaterials, 2010, 31, 3941-3949
【文献】Seiichi F., et al., Biomaterials, 2010, 31, 3590-3595
【文献】Negishi J., et al., J. Artif. Organs, 2011, 14, 223-231
【文献】Hirashima M., et al., J. Biochem., 2016, 159, 261-270
【文献】Meta A., et al., J. Biosci. Bioeng, 2015, 120, 432-437
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明が解決しようとする課題は、(1)臓器や組織表面の線維化の抑制、(2)特に心外膜表面の線維化の抑制であり、これらの課題を解決する線維化抑制剤を提供することである。さらに線維化抑制により、これに続く癒着発生を防止、減少することで、再手術時に臓器や組織の損傷を回避することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、鋭意検討した結果、線維化を抑制したい組織に生体適合性高分子を固定することにより、組織の線維化を抑制する線維化抑制剤を発明し、上記課題が解決できることを見出した。
【0015】
すなわち、本発明には、以下が含まれる。
(1)生体適合性高分子からなる、組織の線維化抑制剤。
(2)生体適合性高分子がフィブリン又はデキストリンゲルである、(1)に記載の線維化抑制剤。
(3)生体適合性高分子に、細胞足場材料を組み合わせた組織の線維化抑制キット。
(4)線維化を抑制したい組織の一方に生体適合性高分子を固定し、他方の組織欠損部に細胞足場材料で補綴する、(3)に記載の線維化抑制キット。
(5)生体適合性高分子がフィブリン又はデキストリンゲルである、(3)又は(4)に記載の線維化抑制キット。
(6)細胞足場材料が、脱細胞化組織である、(3)から(5)のいずれかに記載の線維化抑制キット。
(7)脱細胞化組織が、小腸粘膜下組織、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、大網、横隔膜、筋膜、真皮及び皮膚からなる群から選択される生体由来組織を脱細胞化した組織である、(6)に記載の線維化抑制キット。
(8)細胞足場材料の自己組織化を促進する、(3)から(7)のいずれかに記載の線維化抑制キット。
(9)線維化を抑制したい組織が心外膜である、(3)から(8)のいずれかに記載の線維化抑制キット。
(10)生体適合性高分子に、代用心膜を組み合わせた組織の線維化抑制キット。
(11)線維化を抑制したい組織の一方に生体適合性高分子を固定し、他方の組織欠損部を代用心膜で補綴する、(10)に記載の線維化抑制キット。
(12)生体適合性高分子がフィブリン又はデキストリンゲルである、(10)又は(11)に記載の線維化抑制キット。
(13)代用心膜が、脱細胞化組織である、(10)から(12)のいずれかに記載の線維化抑制キット。
(14)脱細胞化組織が、小腸粘膜下組織、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、大網、横隔膜、筋膜、真皮及び皮膚からなる群から選択される生体由来組織を脱細胞化した組織である、(13)に記載の線維化抑制キット。
(15)代用心膜の自己組織化を促進する、(10)から(14)のいずれかに記載の線維化抑制キット。
(16)線維化を抑制したい組織が心外膜である、(10)から(15)のいずれかに記載の線維化抑制キット。
(17)癒着を抑制したい組織の一方に生体適合性高分子を固定し、他方の組織欠損部に細胞足場材料又は代用心膜で補綴する癒着防止キット。
(18)生体適合性高分子が、フィブリン又はデキストリンゲルである、(17)に記載の癒着防止キット。
(19)細胞足場材料及び代用心膜が、脱細胞化組織である、(17)に記載の癒着防止キット。
(20)脱細胞化組織が、小腸粘膜下組織、心膜、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、大網、横隔膜、筋膜、真皮及び皮膚からなる群から選択される生体由来組織を脱細胞化した組織である、(19)に記載の癒着防止キット。
(21)細胞足場材料又は代用心膜の自己組織化を促進する、(17)から(20)のいずれか一項に記載の癒着防止キット。
(22)癒着を抑制したい組織が心外膜である、(17)から(21)のいずれか一項に記載の癒着防止キット。
【発明の効果】
【0016】
本発明の線維化抑制剤は、臓器や組織表面の線維化を抑制する効果を有する。本発明の線維化抑制剤は臓器や組織表面、特に心外膜表面の線維化を抑制することで心外膜の視認性が上がり、再手術時に心臓や血管の損傷を低減できるようになる。さらには、本発明の線維化抑制剤は、線維化を誘導する炎症反応を抑制できることから、炎症反応を伴う癒着を軽減する効果も期待され、癒着防止剤としての応用も考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】ウサギ心臓線維化モデル(線維化抑制剤群)の観察期間3箇月後の評価写真を示す。
【
図2】ウサギ心臓線維化モデル(線維化抑制キット群)の観察期間3箇月後の評価写真を示す。
【
図3】ウサギ心臓線維化モデル(コントロール群/心膜欠損)の観察期間3箇月後の評価写真を示す。
【
図4】ウサギ心臓線維化モデル(コントロール群/自己心膜閉鎖)の観察期間3箇月後の評価写真を示す。
【
図5】ウサギ心臓線維化モデル(脱細胞化組織単独群)の観察期間3箇月後の評価写真を示す。
【
図6】線維化抑制キット及び癒着防止キットの使用方法の例を示す(1.心臓の心外膜にフィブリンを塗布固定した後に、2.心外膜と胸骨の間に位置する心膜欠損部に脱細胞化組織を縫合固定する場合)。
【
図7】ウサギ心臓モデル(線維化抑制キット且つ癒着防止キット群)の観察期間3箇月後の病理写真を示す。
【
図8】ウサギ心臓モデル(脱細胞化組織単独群)の観察期間3箇月後の病理写真を示す。
【
図9】ウサギ心臓モデル(フィブリンと脱細胞化組織の複合化群)の観察期間3箇月後の病理写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明には、線維化抑制剤としての生体適合性高分子、及び細胞足場材料が含まれる。
【0019】
本発明において生体適合性高分子とは、生体内で免疫反応が少ない高分子を指す。生体適合性高分子の具体例としては、例えば、アルギン酸、キチン、キトサン、グリコサミノグリカン、コラーゲン、コンドロイチン硫酸、セルロース、ゼラチン、デキストラン、デキストリン、糖タンパク、ヒアルロン酸、フィブリノゲン、フィブリン、フィブロネクチン、ヘパリン、ヘパランなどが挙げられるが、これらに限られない。生体適合性高分子として、フィブリン又はデキストリンゲルが特に好ましい。
【0020】
本発明において「細胞足場材料」とは、細胞の接着・増殖を促す材料を指す。
【0021】
脱細胞化組織は動物(ドナー)から生体組織を回収し、脱細胞化処理を行うことによって入手することが可能である。生体組織は脱細胞化処理が行われることによって、ドナー由来の細胞や病原体(ウイルスやバクテリア)が除去される。そのため、生体組織はドナーと異なる種類の動物へ移植した場合であっても、異種免疫反応が抑制される。したがって、生体組織を回収する動物の種類は特に限定されない。一方、生体組織は容易に入手できることが好ましいため、ヒト以外の動物であることが好ましく、特に哺乳類の家畜、鳥類の家畜が好ましい。哺乳類の家畜としては、ウシ、ウマ、ラクダ、リャマ、ロバ、ヤク、ヒツジ、ブタ、ヤギ、シカ、アルパカ、イヌ、タヌキ、イタチ、キツネ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット、ラット、リス、アライグマ等が挙げられる。また、鳥類の家畜としては、インコ、オウム、ニワトリ、アヒル、七面鳥、ガチョウ、ホロホロ鳥、キジ、ダチョウ、ウズラ等が挙げられる。この中でも入手の安定性からブタが好ましい。
【0022】
生体組織は細胞外にマトリックス構造を有し、脱細胞化処理が可能な組織が例示される。そうした組織としては、小腸粘膜下組織、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、横隔膜、筋膜、真皮、皮膚、肝臓、腎臓、尿管、尿道、舌、扁桃、食道、胃、大網、小腸、大腸、肛門、膵臓、心臓、心膜、血管、脾臓、肺、脳、骨、脊髄、軟骨、精巣、子宮、卵管、卵巣、胎盤、角膜、骨格筋、腱、神経等からなる群から選択される組織が例示される。脱細胞化組織がシート状である場合には、生体への適用が容易であるため、好ましい組織としては、小腸粘膜下組織、膀胱、羊膜、硬膜、腹膜、大網、横隔膜、筋膜、真皮及び皮膚からなる群から選択される組織が例示される。シート状でない組織であっても、シート状に加工すれば構わないため、そうした組織が否定されるわけではない。
【0023】
動物から生体組織を回収する方法は、ドナーの動物種や生体組織に適した方法を採用して構わない。動物から回収された生体組織は脱細胞化処理が行われる。脱細胞化処理は、ドナー由来の細胞や病原体を除去する方法であれば特に限定されない。そうした方法としては、界面活性剤処理(非特許文献15~21、特許文献4~6)が例示され、ドナーの動物種や生体組織の種類に応じて適宜選択して構わない。
【0024】
生体適合性高分子と脱細胞化組織を組み合わせる場合、線維化を抑制したい組織への生体適合性高分子の固定は自身のゲル化によって実施することができる。生体適合性高分子の一つであるフィブリンを固定する方法としては、線維化を抑制したい組織へフィブリンを塗布することで固定する方法やフィブリンの構成成分である粉末(フィブリノゲン粉末、トロンビン粉末)を散布して固定する方法などがある。例えば、心臓手術時に心膜を欠損させた場合、心外膜の線維化などが問題となる。心外膜の線維化を抑制することを目的として、心外膜へフィブリンを固定し、胸骨との接触を低減させるために残っている自己心膜へ脱細胞化組織を縫合固定することが例示される。線維化を抑制したい組織、具体的には心外膜にフィブリンを固定し、心外膜と胸骨の間に位置する心膜欠損部を脱細胞化組織で補綴することで線維化抑制キットとしての効果を発揮する。フィブリンを固定する際にはフィブリノゲン又はトロンビンのいずれか一方を先に塗布した後にもう片方を塗布しても良く、それらを同時に塗布して固定しても構わない。スプレー器具を用いた噴霧塗布も選択できる。フィブリンの固定は、透明なゲルが僅かに白濁することで完了する。線維化を抑制したい組織としては、上記のように心外膜が挙げられるが、これに限られない。心外膜以外にも、例えば、肺などの組織においても線維化を抑制することが考えられる。
【0025】
フィブリンを適用する際のフィブリノゲン又はトロンビン濃度は、フィブリンを形成する濃度であれば特に制限されない。例えば、フィブリノゲン濃度として、4mg/mL~160 mg/mL、好ましくは10mg/mL~80mg/mLが例示される。また、トロンビン濃度として、1U/mL~1200U/mL、好ましくは60U/mL~600U/mLが例示される。
【0026】
フィブリンとは、フィブリノゲンに酵素であるトロンビンが作用して形成される糊状の凝塊であり、組織の閉鎖、臓器損傷部の接着及び止血などに利用する製剤である。フィブリンの種類は特に限定されず、フィブリノゲン、トロンビンなどの構成成分が血液を由来とするものであってもよく、組換え技術で作製されたものであっても構わない。好ましくはボルヒール組織接着用(登録商標、KMバイオロジクス株式会社製)が例示される。
【0027】
本発明には、フィブリンと脱細胞化組織が個別に製剤化された線維化抑制キットが含まれる。当該キットは、術者が使用時にフィブリン及び脱細胞化組織を適用する。脱細胞化組織が凍結乾燥されている場合には、脱細胞化組織に溶媒を含浸し、復元させた後に患部へ適用する。そのため、当該キットには復元用の溶媒が含まれていても構わない。
【0028】
心臓線維化モデルの作製に用いる動物は特に限定はされないが、好ましくはウサギであり、さらに好ましくは5~6箇月齢の日本白色種ウサギである。当該モデルの作製にあたっては、麻酔下において当該動物を開胸し、心臓又は心外膜に金属やすりを接触させることにより行う。金属やすりの接触時間は特に限定されないが、10~20分間が例示される。金属やすりによる処理後、ドライヤー(送気)により、心臓を乾燥させても良い。
【0029】
線維化抑制の評価方法としては、視認によるスコア化が挙げられる。例えば、心外膜の線維化抑制評価の場合、線維化グレード0(線維化なし)、線維化グレード1(心外膜を視認可能)、線維化グレード2(心外膜を視認不可能)のようにスコア化して評価することが例示される。この評価方法においては、心外膜上の血管が視認できるかどうかで判断しても良く、心外膜が白色化して血管が確認できない場合は、十分な線維化抑制ができていないと判断しても良い。また、線維化グレード2の範囲を対照群と比較することで線維化抑制効果を評価する方法も好適に用いられる。
【0030】
本発明において細胞足場材料又は代用心膜の自己組織化とは、生体内へ人工材料等を移植後、免疫反応を低く抑え、人工材料等を自己様組織に再構築することである。
【実施例】
【0031】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0032】
線維化抑制剤及び線維化抑制キットによる線維化抑制効果:
脱細胞化組織は脱細胞化されたブタ小腸粘膜下組織、ウサギ胎仔皮膚、及びウサギ心膜を用いた。
【0033】
生体適合性高分子はフィブリンを用いた。血液由来フィブリンとして、フィブリノゲン溶液は、ボルヒール組織接着用(登録商標、KMバイオロジクス株式会社製)のフィブリノゲン凍結乾燥粉末とフィブリノゲン溶解液を用いて調製した。トロンビン溶液は、ボルヒール組織接着用(登録商標、KMバイオロジクス株式会社製)のトロンビン凍結乾燥粉末とトロンビン溶解液を用いて調製した。組換えフィブリンはKMバイオロジクス株式会社が遺伝子組み換え技術で作製した組換えフィブリノゲン(非特許文献22)と組換えトロンビン(非特許文献23)を用いて調製した。デキストリンゲルは、癒着防止吸収性バリアであるアドスプレー(登録商標、テルモ株式会社製)を使用した。なお、フィブリンの固定は僅かに白濁した透明なゲル、デキストリンの固定はマイクロバブルを含んだ白いゲルの完成をそれぞれ確認した。
【0034】
心臓線維化モデルは、5~6箇月齢の日本白色種雄性ウサギを用いて作製した。キシラジンとケタミン塩酸塩麻酔下で気管に気管チューブを挿管して人工呼吸器に接続した。第2~5肋骨切痕を目安に、胸骨を5cm切開した。開胸部直下の心膜2.0cm×1.5cmを切除した。心外膜に金属やすりを10分間接触させた。開胸創の胸骨、筋肉、皮膚を縫合して閉胸した。評価時期は組織の炎症が終息し、線維化が完了した以降が適切と考え、長期評価として3箇月間の通常飼育後、開胸して心外膜の線維化グレードを肉眼的に評価した。
以下の基準で線維化をスコア化した。
線維化グレード0:線維化なし
線維化グレード1:心外膜を視認可能
線維化グレード2:心外膜を視認不可能
線維化抑制効果は線維化グレード2の範囲を対照群と比較した。線維化グレード2の範囲(%)は、線維化グレード2の面積/心膜欠損部の面積×100で算出した。
【0035】
実施例1では、以下の試験群を比較評価した。
(1)線維化抑制剤群(血液由来フィブリン)
(2)線維化抑制キット群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)
(3)線維化抑制キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)
(4)線維化抑制キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ胎仔皮膚)
(5)線維化抑制キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ心膜)
(6)線維化抑制キット群(デキストリンゲルと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)
(7)コントロール群(心膜欠損)
(8)コントロール群(自己心膜閉鎖)
(9)脱細胞化組織単独群(脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)
(10)フィブリンと脱細胞化組織の複合化群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織を複合化)
【0036】
(1)~(6)は発明品群、(7)~(10)は対照群である。(1)~(5)のフィブリン適用方法は、塗布器具を用いて心膜欠損部の心外膜にフィブリノゲン溶液とトロンビン溶液を混合して塗布し、終濃度を40mg/mLフィブリノゲン溶液と125U/mLトロンビン溶液となるように塗布し固定した。(6)のデキストリンゲル調製方法と塗布方法はアドスプレーの添付文書通りに実施し固定した。(2)~(6)及び(9)の脱細胞化組織適用方法として、脱細胞化組織は心外膜と胸骨の間に位置する心膜欠損部に固定されるように、残存している自己心膜に縫合固定(補綴)した。(2)~(6)の適用順序はフィブリン又はデキストリンゲルを心外膜に固定した後に、脱細胞化組織を自己心膜に縫合固定(補綴)した。(7)~(10)は線維化抑制剤非適用群である。(10)はフィブリンと脱細胞化組織を複合化させた群である。脱細胞化組織の両面にフィブリノゲン溶液とトロンビン溶液を混合して塗布して複合化させたものを心外膜と胸骨の間に位置する心膜欠損部に固定されるように、残存している自己心膜に縫合固定(補綴)した。評価結果を表1に示した。
【0037】
【0038】
上記結果から明らかなように、本発明品である線維化抑制剤や線維化抑制キットを使用することで優れた線維化抑制効果を確認した。本発明の線維化抑制剤は、Wilcoxonの順位和検定により、(3)線維化抑制キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)と(7)コントロール群(心膜欠損)を比較して有意差を認めた(p<0.01)。また、(1)線維化抑制剤群(血液由来フィブリン)、(2)線維化抑制キット群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)、(4)線維化抑制キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ胎仔皮膚)及び(5)線維化抑制キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ心膜)と(7)コントロール群(心膜欠損)を比較して有意差を認めた(p<0.05)。(3)線維化抑制キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)と(8)コントロール群(自己心膜閉鎖)を比較して有意差を認めた(p<0.05)。(2)線維化抑制キット群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)、(3)線維化抑制キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)、(4)線維化抑制キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ胎仔皮膚)及び(5)線維化抑制キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ心膜)と(10)フィブリンと脱細胞化組織の複合化群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織を複合化したもの)を比較して有意差を認めた(p<0.01)。また、(1)線維化抑制剤群(血液由来フィブリン)及び(6)線維化抑制キット群(デキストリンゲルと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)と(10)フィブリンと脱細胞化組織の複合化群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織を複合化したもの)を比較して有意差を認めた(p<0.05)。
【実施例2】
【0039】
癒着防止キットによる癒着抑制効果:
脱細胞化組織は脱細胞化されたブタ小腸粘膜下組織、ウサギ胎仔皮膚、及びウサギ心膜を用いた。
【0040】
生体適合性高分子はフィブリンを用いた。血液由来フィブリンとして、フィブリノゲン溶液は、ボルヒール組織接着用(登録商標、KMバイオロジクス株式会社製)のフィブリノゲン凍結乾燥粉末とフィブリノゲン溶解液を用いて調製した。トロンビン溶液は、ボルヒール組織接着用(登録商標、KMバイオロジクス株式会社製)のトロンビン凍結乾燥粉末とトロンビン溶解液を用いて調製した。組換えフィブリンはKMバイオロジクス株式会社が遺伝子組み換え技術で作製した組換えフィブリノゲン(非特許文献22)と組換えトロンビン(非特許文献23)を用いて調製した。デキストリンゲルは、癒着防止吸収性バリアであるアドスプレー(登録商標、テルモ株式会社製)を使用した。なお、フィブリンの固定は僅かに白濁した透明なゲル、デキストリンの固定はマイクロバブルを含んだ白いゲルの完成をそれぞれ確認した。
【0041】
心臓組織癒着モデルは、5~6箇月齢の日本白色種雄性ウサギを用いて作製した。キシラジンとケタミン塩酸塩麻酔下で気管に気管チューブを挿管して人工呼吸器に接続した。第2~5肋骨切痕を目安に、胸骨を5cm切開した。開胸部直下の心膜2.0cm×1.5cmを切除した。心外膜に金属やすりを10分間接触させた。開胸創の胸骨、肋骨、筋肉、皮膚を縫合して閉胸した。評価時期は組織の炎症が終息し、癒着が完了した以降が適切と考え、長期評価として3箇月間の通常飼育後、開胸して心外膜擦過部の癒着を評価した。
【0042】
心外膜擦過部の癒着を剥離する際の程度により、以下の基準で癒着をスコア化した。
癒着グレード0:癒着なし
癒着グレード1:癒着を容易に剥離可能
癒着グレード2:癒着を鈍的に剥離可能
癒着グレード3:癒着を鋭的に剥離する必要がある
癒着抑制効果は心外膜の癒着グレード0の範囲、及び心外膜の癒着グレード3の範囲を対照群と比較した。心外膜の癒着グレード0の範囲(%)は、心外膜の癒着グレード0の面積/心膜欠損部の面積×100で算出した。また、心外膜の癒着グレード3の範囲(%)は、心外膜の癒着グレード3の面積/心膜欠損部の面積×100で算出した。
【0043】
実施例2では、以下の試験群を比較評価した。
(1)癒着防止キット群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)
(2)癒着防止キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)
(3)癒着防止キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ胎仔皮膚)
(4)癒着防止キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ心膜)
(5)癒着防止キット群(デキストリンゲルと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)
(6)コントロール群(心膜欠損)
(7)コントロール群(自己心膜閉鎖)
(8)フィブリンと脱細胞化組織の複合化群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織を複合化)
【0044】
(1)~(5)は発明品群、(6)~(8)は対照群である。(1)~(4)のフィブリン適用方法は、塗布器具を用いて心膜欠損部の心外膜にフィブリノゲン溶液とトロンビン溶液を混合して塗布し、終濃度を40mg/mLフィブリノゲン溶液と125U/mLトロンビン溶液となるように塗布し固定した。(5)のデキストリンゲル調製方法と塗布方法はアドスプレーの添付文書通りに実施し固定した。(1)~(5)の脱細胞化組織適用方法として、脱細胞化組織は心外膜と胸骨の間に位置する心膜欠損部に固定されるように、残存している自己心膜に縫合固定(補綴)した。(1)~(5)の適用順序はフィブリン又はデキストリンゲルを心外膜に固定した後に脱細胞化組織を自己心膜に縫合固定した。(6)~(8)は癒着防止キット非適用群である。(8)はフィブリンと脱細胞化組織を複合化させた群である。脱細胞化組織の両面にフィブリノゲン溶液とトロンビン溶液を混合して塗布して複合化させたものを心外膜と胸骨の間に位置する心膜欠損部に固定されるように、残存している自己心膜に縫合固定(補綴)した。評価結果を表2に示した。
【0045】
【0046】
上記結果から明らかなように、本発明品である癒着防止キットを使用することで長期的な優れた癒着抑制効果を確認した。心外膜の癒着グレード0の範囲(%)を比較した結果、本発明の癒着防止キットは、Wilcoxonの順位和検定により、(3)癒着防止キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ胎仔皮膚)と(6)コントロール群(心膜欠損)を比較して有意差を認めた(p<0.01)。また、(1)癒着防止キット群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)及び(2)癒着防止キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)と(6)コントロール群(心膜欠損)を比較して有意差を認めた(p<0.05)。(3)癒着防止キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ胎仔皮膚)と(7)コントロール群(自己心膜閉鎖)を比較して有意差を認めた(p<0.05)。(1)癒着防止キット群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)及び(2)癒着防止キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)と(8)フィブリンと脱細胞化組織の複合化群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織を複合化)を比較して有意差を認めた(p<0.05)。心外膜の癒着グレード3の範囲(%)を比較した結果、本発明の癒着防止キットは、Wilcoxonの順位和検定により、(1)癒着防止キット群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)、(2)癒着防止キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)、(3)癒着防止キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ胎仔皮膚)、(4)癒着防止キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ウサギ心膜)及び(5)癒着防止キット群(デキストリンゲルと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)と(6)コントロール群(心膜欠損)を比較して有意差を認めた(p<0.01)。また、(2)癒着防止キット群(組換えフィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)と(7)コントロール群(自己心膜閉鎖)を比較して有意差を認めた(p<0.05)。
【実施例3】
【0047】
線維化抑制キット及び癒着防止キットによる脱細胞化組織の自己組織化の促進:
脱細胞化組織は脱細胞化されたブタ小腸粘膜下組織を用いた。
【0048】
生体適合性高分子はフィブリンを用いた。血液由来フィブリンとして、フィブリノゲン溶液は、ボルヒール組織接着用(登録商標、KMバイオロジクス株式会社製)のフィブリノゲン凍結乾燥粉末とフィブリノゲン溶解液を用いて調製した。トロンビン溶液は、ボルヒール組織接着用(登録商標、KMバイオロジクス株式会社製)のトロンビン凍結乾燥粉末とトロンビン溶解液を用いて調製した。組換えフィブリンはKMバイオロジクス株式会社が遺伝子組み換え技術で作製した組換えフィブリノゲン(非特許文献22)と組換えトロンビン(非特許文献23)を用いて調製した。なお、フィブリンの固定は僅かに白濁した透明なゲル、デキストリンの固定はマイクロバブルを含んだ白いゲルの完成をそれぞれ確認した。
【0049】
脱細胞化組織の自己組織化をウサギ心臓モデルで評価した。5~6箇月齢の日本白色種雄性ウサギを用いた。キシラジンとケタミン塩酸塩麻酔下で気管に気管チューブを挿管して人工呼吸器に接続した。第2~5肋骨切痕を目安に、胸骨を5cm切開した。開胸部直下の心膜2.0cm×1.5cmを切除した。心外膜に金属やすりを10分間接触させた。開胸創の胸骨、肋骨、筋肉、皮膚を縫合して閉胸した。長期間の評価となる3箇月間の通常飼育後、開胸して脱細胞化組織を採取した。脱細胞化組織の強度を評価するために、採取する際の脱細胞化組織の破れを評価した。破れ発生率(%)は、採取時に脱細胞化組織が破れた個体数/各試験群の個体数×100で算出した。また、採取した脱細胞化組織の病理組織標本を作製し、HE染色を行い、自己組織化の程度を評価した。結果の病理写真を
図7~9に示す。
【0050】
実施例3では、以下の試験群を評価した。
(1)線維化抑制キット且つ癒着防止キット群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)
(2)脱細胞化組織単独群(脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織)
(3)フィブリンと脱細胞化組織の複合化群(血液由来フィブリンと脱細胞化ブタ小腸粘膜下組織を複合化)
(1)及び(2)の脱細胞化組織の適用方法は心外膜と胸骨の間に位置する心膜欠損部に脱細胞化組織が固定されるように、残存している自己心膜に縫合固定(補綴)した。(3)はフィブリンと脱細胞化組織を複合化させた群である。複合化させたものを心外膜と胸骨の間に位置する心膜欠損部に固定されるように、残存している自己心膜に縫合固定(補綴)した。評価結果を表3に示した。
【0051】
【0052】
上記結果から明らかなように、本発明品である線維化抑制キット且つ癒着防止キットでは脱細胞化組織の自己組織化を促進し、適切な強度を持った自己心膜様組織を再構築できることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は臓器や組織表面の線維化抑制剤及び組織の癒着防止に利用可能である。