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特許7472191摺動膜、フォーカルプレーンシャッタ、カメラ、摺動膜の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-12
(45)【発行日】2024-04-22
(54)【発明の名称】摺動膜、フォーカルプレーンシャッタ、カメラ、摺動膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 27/30 20060101AFI20240415BHJP
   B32B 27/34 20060101ALI20240415BHJP
   B32B 3/30 20060101ALI20240415BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20240415BHJP
   G03B 9/08 20210101ALI20240415BHJP
【FI】
B32B27/30 D
B32B27/34
B32B3/30
C23C26/00 A
G03B9/08 Z
【請求項の数】 21
(21)【出願番号】P 2022065528
(22)【出願日】2022-04-12
(62)【分割の表示】P 2018079418の分割
【原出願日】2018-04-17
(65)【公開番号】P2022109254
(43)【公開日】2022-07-27
【審査請求日】2022-05-10
(31)【優先権主張番号】P 2017099304
(32)【優先日】2017-05-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003133
【氏名又は名称】弁理士法人近島国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田宮 広与
(72)【発明者】
【氏名】久米 信幸
【審査官】岩本 昌大
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-192788(JP,A)
【文献】特開2007-255311(JP,A)
【文献】国際公開第2016/098336(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
C10M 101/00-177/00
C09D 1/00-10/00,101/00-201/10
C23C 24/00-30/00
G03B 9/08-9/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
部品の基体表面の少なくとも一部に設けられるフッ素樹脂を含む摺動膜であって、
表面にフッ素樹脂粒子の集合体からなる凸部を複数有し、少なくとも一部が連結した複数の前記凸部を表面に有しており、
前記部品の前記基体表面に対して垂直な方向から見た時、複数の前記凸部は網目状に連結している微細構造を有する、
ことを特徴とする摺動膜。
【請求項2】
前記部品の前記基体表面に対して垂直な方向から見た時、複数の前記凸部の少なくとも一部は前記凸部よりも小さい平坦面を有する、
ことを特徴とする請求項1に記載の摺動膜。
【請求項3】
前記フッ素樹脂粒子の平均粒子径は、0.1μm以上かつ1.0μm以下である、
ことを特徴とする請求項1に記載の摺動膜。
【請求項4】
前記部品の前記基体表面から、前記凸部の頂点までの距離は、1μm以上かつ20μm以下である、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の摺動膜。
【請求項5】
前記凸部の60%以上は、その長径が5μm以上で200μm以下の範囲内にある、
ことを特徴とする請求項1乃至4の中のいずれか1項に記載の摺動膜。
【請求項6】
前記摺動膜に含まれる前記フッ素樹脂の割合が50重量%以上である、
ことを特徴とする請求項1乃至5の中のいずれか1項に記載の摺動膜。
【請求項7】
前記フッ素樹脂が前記摺動膜に含まれる割合は、前記摺動膜の厚み方向に見て、前記部品の基体側よりも前記摺動膜の表面側の方が大きい、
ことを特徴とする請求項1乃至6の中のいずれか1項に記載の摺動膜。
【請求項8】
前記摺動膜は、ポリイミド樹脂及び/またはポリアミドイミド樹脂を含んでおり、
前記ポリイミド樹脂及び/またはポリアミドイミド樹脂が前記摺動膜に含まれる割合は、前記摺動膜の厚み方向に見て、前記摺動膜の表面側よりも前記部品の基体側の方が大きい、
ことを特徴とする請求項1乃至7の中のいずれか1項に記載の摺動膜。
【請求項9】
前記フッ素樹脂が、四フッ化エチレン樹脂である、
ことを特徴とする請求項1乃至8の中のいずれか1項に記載の摺動膜。
【請求項10】
前記摺動膜の対水接触角が120度以上である、
ことを特徴とする請求項1乃至9の中のいずれか1項に記載の摺動膜。
【請求項11】
露光窓を有し、間隔をあけて互いに対向する地板とカバー板と、
前記地板と前記カバー板との間に配置された遮光羽根と、
前記遮光羽根に固定された羽根アームと、
を備えるフォーカルプレーンシャッタであって、
前記羽根アームの表面の少なくとも一部に、請求項1乃至10の中のいずれか1項に記載の摺動膜が設けられている、
ことを特徴とするフォーカルプレーンシャッタ。
【請求項12】
前記地板および前記カバー板の、少なくとも前記遮光羽根に対向する側の面に、前記摺動膜が設けられている、
ことを特徴とする請求項11に記載のフォーカルプレーンシャッタ。
【請求項13】
前記遮光羽根は、かしめピンによって前記羽根アームに固定されており、前記かしめピンの表面に、前記摺動膜が設けられている、
ことを特徴とする請求項11または12に記載のフォーカルプレーンシャッタ。
【請求項14】
筐体と、
前記筐体の内部に配置された撮像素子とシャッタと、
を備えるカメラであって、
前記シャッタが、請求項11乃至13のいずれか1項に記載のフォーカルプレーンシャッタである、
ことを特徴とするカメラ。
【請求項15】
前記筐体が、交換レンズを装着可能になっており、
前記交換レンズを前記筐体に装着することにより、前記撮像素子の受光面に光像を結像させる撮像光学系が形成される、
ことを特徴とする請求項14に記載のカメラ。
【請求項16】
請求項1乃至10のいずれか1項に記載の摺動膜を製造する製造方法であって、
前記部品の基体に、有機溶媒と、水と、イミド系樹脂またはその前駆体樹脂と、フッ素樹脂粒子と、を含む塗料をスプレー法で塗装する工程と、
前記部品の基体に塗装された前記塗料を、前記イミド系樹脂またはその前駆体のイミド化が開始する温度以上、かつ前記フッ素樹脂の融点未満での温度で焼成する工程と、を有し、
前記塗料が水を30重量%以上、70重量%以下含んでいる、
ことを特徴とする摺動膜の製造方法。
【請求項17】
前記有機溶媒として、N-メチル-2-ピロリドンを含み、
前記フッ素樹脂粒子が、四フッ化エチレン樹脂の粒子であり、
前記イミド系樹脂またはその前駆体として、ポリアミック酸を含む、
ことを特徴とする請求項16に記載の摺動膜の製造方法。
【請求項18】
スプレー法で塗装された前記部品を、前記イミド系樹脂またはその前駆体樹脂のイミド化が開始する温度以上、かつ前記フッ素樹脂粒子の融点未満での温度で焼成する工程の前に、80℃から180℃で加熱する工程を含む、
ことを特徴とする請求項16または17に記載の摺動膜の製造方法。
【請求項19】
前記塗料の粘度が90~300mPa・sである、
ことを特徴とする請求項16乃至18の中のいずれか1項に記載の摺動膜の製造方法。
【請求項20】
前記フッ素樹脂粒子の平均粒子径は、0.1μm以上かつ1.0μm以下である、
ことを特徴とする請求項16乃至19の中のいずれか1項に記載の摺動膜の製造方法。
【請求項21】
前記80℃から180℃で加熱する工程と、前記イミド系樹脂またはその前駆体のイミド化が開始する温度以上、かつ前記フッ素樹脂粒子の融点未満での温度で焼成する工程との間に、前記塗料の表面を、80℃以上で250℃以下の範囲に加熱された押圧具でプレスする工程をさらに有する、
ことを特徴とする請求項18に記載の摺動膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、いわゆるデジタルカメラなどの光学機器に用いられるシャッタ等の摺動部に、摺動摩擦を低減するために設けられる膜(以下、摺動膜と記す)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、デジタル一眼レフカメラなどに用いられるフォーカルプレーンシャッタは、例えば図5に示すような羽根機構部を有している。
羽根機構部1は、遮光羽根2を駆動する羽根アーム3と、遮光羽根を固定するかしめピン4と、遮光羽根2より構成される。複数の遮光羽根2が高速に往復運動することで、光路の開閉、すなわち露光時間の制御が行われる。
【0003】
図6に、羽根機構部のかしめピン4周辺の断面図を示す。かしめピン4と遮光羽根2はかしめ固定され、羽根アーム3とかしめピン4は若干の隙間を設けて回転摺動するように各々連結されている。
このような構造の羽根機構部では、高速で遮光羽根が往復運動するため、摺動部で摩耗粉が生じ、光学部品やセンサ上に飛散し撮像欠陥となる場合がある。
【0004】
特許文献1には、かしめピンや羽根アーム等の摺動部の摩擦を低減させつつ摩耗粉の発生を低減するため、摺動部の表面全体にフッ素系化合物の共析メッキを施す表面処理方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、摺動部にニッケルまたはニッケル合金の下地層と、この下地層を覆いフッ素系化合物を共析させた複合金属による表面層を設け、磨耗粉を低減する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2008-152146号公報
【文献】特開2010-217713号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
撮像センサやレンズの性能向上にともない、フォーカルプレーンシャッタに対しては、更なる幕速の高速化が求められ、しかも使用開始から長期にわたって高速性能を安定して維持することが必要となってきている。
シャッタの摺動部においては、押し付ける力は小さいものの、極めて高速で相対移動する部材どうしが摺動しているが、特許文献1あるいは特許文献2に記載された表面処理方法によれば、摺動部で発生する磨耗粉を低減する効果はある程度期待できる。
【0008】
しかしながら、共析メッキによる表面処理を施したシャッタでは、使用開始後の初期の段階で摺動部において金属同士の接触が発生し、摩耗により摩擦力が上昇してしまう場合があることが分かった。つまり、従来のフッ素系化合物を共析させためっき膜を摺動部に設けたシャッタでは、膜の表面近傍のフッ素系化合物の含有量を十分に大きくできないため、使用開始後の比較的初期の段階で幕速に大きな変化が生じてしまう場合があった。製品として出荷する前に、幕速が安定するまで慣らし動作を行うことも考えられるが、コストを増大させる要因となる。
そこで、膜の形成時から低摩擦で、しかも使用を続けても摩擦力の変化が少ない摺動膜の実現が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の態様は、部品の基体表面の少なくとも一部に設けられるフッ素樹脂を含む摺動膜であって、表面にフッ素樹脂粒子の集合体からなる凸部を複数有し、少なくとも一部が連結した複数の前記凸部を表面に有しており、前記部品の前記基体表面に対して垂直な方向から見た時、複数の前記凸部は網目状に連結している微細構造を有する、ことを特徴とする摺動膜である
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、膜形成時から低摩擦で、しかも使用を続けても摩擦力の変化が少ない摺動膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】(a)実施形態の摺動膜の200倍のSEM観察像。(b)実施形態の摺動膜の10000倍のSEM観察像。
図2】(a)実施形態の製造工程の塗装工程を示す模式図。(b)実施形態の製造工程の乾燥工程を示す模式図。(c)実施形態の製造工程の温間軽プレス工程を示す模式図。(d)実施形態の製造工程の焼成工程を示す模式図。
図3】(a)実施形態の摺動膜の断面を模式的に示す図。(b)比較例2の摺動膜の断面を模式的に示す図。
図4】比較例3の摺動膜のSEM観察像。
図5】シャッタの羽根機構部を示す図。
図6】羽根機構部のかしめピン周辺の断面図。
図7】実施形態に係るカメラの概略構成を示す模式図。
図8】フォーカルプレーンシャッターの全体構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
シャッタの使用にともなって幕速に変化が生じる原因としては、摺動膜の摩耗による摩擦力の変化、部材が塑性変形したことによる形状精度の低化、疲労による部材の損傷等がありえる。このうち、使用開始後の比較的初期の段階において幕速に大きな変化を生じさせる原因としては、摺動膜の摩耗による摩擦力の変化が最も関係する。
【0013】
従来から、フッ素樹脂の摩擦係数が小さいことは知られており、摺動膜に使用されてきたが、フッ素樹脂はそのままでは強度が弱い。そこで、高強度樹脂やめっき膜と複合化させて強度を高めたり、フッ素樹脂を溶融して膜化させて結着力を高めたりして使用されていた。しかし、それでもシャッタ使用開始後の比較的初期の段階において摺動膜の摩耗による摩擦力の変化が生じていた。
【0014】
本発明は、摺動膜の表面にフッ素樹脂の微粒子が集合して形成された凸部を配置することで、静摩擦係数を下げ、摺動膜にかかるせん断力を低減する事を可能にする。本発明の摺動膜は、シャッタの基体と接する側はポリアミドイミド樹脂またはポリイミド樹脂を多く含み、表面側はフッ素樹脂を多く含むことで、密着性に優れるとともに摺動抵抗を小さくすることができる。
【0015】
更に、本発明の摺動膜は、フッ素樹脂の微粒子が集合して形成された凸部が、上から見ると網目状に連結して見えるような微細構造、いうなれば微視的には尾根が連なるように見える形態を有している。本発明の摺動膜は、膜形成後から静摩擦が小さいため、膜にかかるせん断力が小さい。しかも網目状に連結して尾根を形成したような形態の凸部を有するため、たとえ使用を継続する間に磨耗が進行して凸部の高さが低減しても、接触面の面積や形態が変化する度合いが小さい。
本発明の摺動膜を用いれば、従来のシャッタにおいて使用開始後の比較的初期の段階において発生していた幕速の変化を、大幅に低減することが可能である。
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について具体的に説明する。
まず、本実施形態の摺動膜を形成するための原料として用いる塗料について説明する。
【0016】
(摺動膜用塗料)
塗料として、有機溶媒と水の混合溶媒にフッ素樹脂の粒子(1次粒子)を分散させたものを用いる。有機溶媒としては、極性溶媒が好ましい。具体的にはN-メチル-2-ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)、テトラヒドロフラン(THF)、フルフリルアルコールなどのアルコール類を用いる事ができる。フッ素樹脂としては、入手のしやすさから特に四フッ化エチレン樹脂(PTFE)が好ましいが、四フッ化エチレン・パーフルオロアルコキシエチレン共重合体(PFA)、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体(FEP)、四フッ化エチレン・エチレン重合体(ETFE)、フッ化ビニリデン樹脂(PVDF)、三フッ化塩化エチレン樹脂(PCTFE)などを用いることができる。
塗料に含まれるその他の樹脂成分は、密着強度等の所望の特性を満足する範囲内において特に限定はなく、好ましくはイミド系樹脂、具体的には、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド等の周知のイミド系樹脂が挙げられる。これらの樹脂は前記の混合溶媒への溶解性に応じて前駆体のポリアミック酸であっても良い。また、塗料は、その他溶媒や界面活性剤、カーボンブラックなどの無機フィラーを含んでも良い。
【0017】
塗料に含まれる各成分の含有量は、有機溶媒は5重量%以上かつ30重量%以下、水は30重量%以上かつ70重量%以下、フッ素樹脂は5重量%以上かつ40重量%以下、イミド系樹脂は2重量%以上かつ30重量%以下、とすることができる。また、塗料の粘度は、90~300mPa・sとすることができる。
【0018】
フッ素樹脂の平均粒子径は、0.1μm以上かつ1.0μm以下とすればよく、さらに好ましくは0.1~0.3μmがよい。上記PTFEには、ポリフロンPTFEルブロン(ダイキン工業株式会社製、品番:LDW-410)や、テフロンPTFEディスパージョン(デュポン社製:31-JR)を用いる事ができる。
【0019】
本実施形態の摺動膜の原料として用いる塗料は、塗装工程後にフッ素樹脂の粒子どうしが液架橋して凝集し網目状に連結した凸部を形成しやすいようにするため、粘度が低い方が良い。バインダー樹脂にフッ素樹脂を直接混合する場合と比較して、フッ素樹脂を水に分散させたディスパージョン系の塗料にする事で、粘度上昇を抑制しながらフッ素樹脂をより多く含有させる事が可能となる。更に有機溶媒との混合溶媒とすることで、イミド系樹脂として塗料に溶解させる事ができ、塗料の粘度上昇を抑制できる。
【0020】
(摺動膜の形成方法)
図2は、本発明の摺動膜を形成するための製造工程を、模式的に示した図である。図に示すように、(a)塗装工程、(b)乾燥工程、(c)温間軽プレス工程、(d)焼成工程をこの順で行うことにより、実施形態の摺動膜を形成する事ができる。
【0021】
(a)塗装工程
上述した摺動膜用塗料を、例えば金属製の摺動部材20の表面に塗装するが、摺動面の面方向にかかるせん断力がなるべく小さくなるような塗装手段を用いるのがよい。好ましくは、図2(a)に示すように、摺動部材20を被塗装面が水平になるよう設置し、スプレーノズル22を用いて霧化エアーによるスプレー法で所定量の塗料21を塗装するのがよい。スプレー方式を用いるのは、塗装後に、フッ素樹脂の微粒子が凝集して形成された凸部が網目状に連結して見えるような微細構造を生成しやすくするためである。すなわち、霧のように微小な液滴をスプレーすると、ノズルから被塗装面まで飛翔する間に適度に液滴の水分が蒸発する。すると、被塗装面に到達した後、フッ素樹脂の粒子同士が液架橋により引き合って凝集し、網目状に連結した凸部を形成しやすくなると考えられる。
【0022】
一方、例えばスピンコート、ブレードコート、ダイコート、ディッピング、エアナイフなどのように、塗装面方向にせん断力が加わる方式を用いた場合には、フッ素樹脂の1次粒子が面方向に均一に並んだ単粒子膜形態となりやすい。半導体製造プロセスにおけるレジスト膜形成のように薄くて均一な膜を形成するには好適な方法であるが、本実施形態のように粒子が集合して形成された凸部が網目状の尾根を形成した表面形態を生成するには、せん断力が小さい塗装方法がよい。
【0023】
(b)乾燥工程
80~180°Cに温度設定した乾燥炉を用いて、大気中で加熱して水分を揮発させる。適宜の温度で適宜の時間処理し、物に接触したとしても塗装膜表面の塗料が接触物に移着しない程度の表面状態とする。
金属製の摺動部材20の上に、フッ素樹脂の粒子が凝集して積み上がった凸部23と、凸部の間を埋める樹脂部24が形成される。尚、図2は模式図のため、凸部23と樹脂部24とは明確に境界がある別体として示されているが、樹脂部24との境界部分にはフッ素樹脂の微粒子が少量分散されている場合もある。
【0024】
(c)温間軽プレス工程
乾燥工程後の塗装膜の上面に形成されたフッ素樹脂の粒子が集合して積み上がった凸部23のうち、特異的に高さが高いものをプレスして高さを調整する。特異的に高さが高い凸部を残すと、摺動膜として使用する際に、初期にはこの部分のみが接触するため早く磨耗し、使用に伴う摩擦係数の変化が大きくなるからである。
【0025】
具体的には、温度が80度C以上で250度C以下の範囲に加熱された金属製の押圧具25で、塗装膜の表面を10Pa以下の軽荷重を加えてプレスする。プレス条件は上記の例に限ったものではないが、荷重を大きくしすぎると、凸部が潰れすぎて網目状の立体構造が崩れてしまうので、適宜の大きさの押圧に設定する。
尚、塗装工程と乾燥工程の条件次第では、凸部の高さばらつきが一定の範囲内に収まる場合もあり、その場合には、温間軽プレス工程を省略する場合もありえる。
【0026】
(d)焼成工程
樹脂部24に含まれるイミド系樹脂のイミド化をするため、焼成する。焼成温度が低すぎるとイミド化が進まず、金属製の摺動部材20と摺動膜の十分な密着力が得られない。
一方、焼成温度が高すぎると、フッ素樹脂が完全に溶融してしまい、フッ素樹脂の粒子が集合して積み上がった凸部23の形態が保存されない。そこで、イミド化は進むが、フッ素樹脂の粒子形態が残る温度範囲で焼成を行う。好ましくは、樹脂部24のイミド化が開始する温度以上、かつフッ素樹脂の融点未満で加熱するのが好ましい。たとえば、フッ素樹脂としてPTFEの粒子、その他の樹脂成分としてポリアミック酸を用いる場合、150度C以上で327度C未満の温度範囲で焼成するとよい。
【0027】
(摺動膜の形態)
図1に、フッ素樹脂としてPTFEの粒子、有機溶媒としてN-メチル-2-ピロリドン(NMP)、他の樹脂成分としてポリアミック酸を含む溶液を用い、上記の形成方法で製造した摺動膜のSEM観察像を示す。図1(a)は倍率が200倍のSEM観察像で、図1(b)は倍率が10000倍のSEM観察像である。
【0028】
図1(a)のSEM観察像において、白く見える部分がPTFEを多く含む凸部11である。また黒く見える部分は凹形状部12で、凸部11よりも低く窪んだ部分である。凹形状部12は、ポリアミドイミド樹脂またはポリイミド樹脂が多く存在する領域であるが、これらの樹脂とPTFEの単粒子膜が混在した領域となっている場合もある。
【0029】
図1(a)から明らかなように、実施形態の摺動膜は、PTFEを多く含む凸部が、上から見ると網目状に連結して見えるような微細な表面構造を有していることがわかる。網目の一目の大きさにばらつきはあるものの、網目の60%以上が、その長径が5μm以上で200μm以下の範囲内に分布している。
【0030】
さらに、拡大倍率の高い図1(b)のSEM観察像から、PTFEを多く含む凸部11には、PTFEの1次粒子の形態が保存され、粒子状のPTFEが集合して積み重なった微粒子集合部14が含まれていることがわかる。また、凸部の頂部13は、温間軽プレス工程により高さが調整された部分であり、微粒子集合体が平坦に押しつぶされたような形態となっている事が分かる。更に、凹形状部15の底面には、凸部の下地層となっているポリアミドイミド樹脂またはポリイミド樹脂が露出している事が分かる。
【0031】
さらに、断面観察およびμFT-IR測定により、実施形態の摺動膜では金属基材側にポリアミドイミド樹脂またはポリイミド樹脂が多く存在し、摺動膜の表面側にPTFEが多く存在することがわかった。
【0032】
摺動膜の基材側よりも表面側にフッ素樹脂が多く存在する構成において、摩擦を低減するためには、膜全体に占めるフッ素元素の割合が30質量%以上になるようにするのが望ましく、フッ素樹脂割合が50重量%以上になるようにするのがより望ましい。
【0033】
図3(a)は、実施形態の摺動膜の一例の断面形態を模式的に示した図である。310は、たとえばSUSを材料とする金属製の摺動部材の基体、311はポリアミドイミド樹脂及び/またはポリイミド樹脂部を主成分とする樹脂部、312はPTFEの粒子、313はPTFEの粒子が集合している凸部である。凸部313は、ポリイミド樹脂部及び/またはポリイミド樹脂部311の樹脂面から突出しており、平面的に見れば網目状に連結している。
【0034】
ポリアミドイミド樹脂及び/またはポリイミド樹脂は、イミド化の過程において金属と強固に接着するため、金属製の摺動部材基体の表面と摺動膜との間に高い密着力が得られる。また、PTFEを主体とする凸部が網目状に連結している事から判るように、PTFEを主体とする部分とポリアミドイミド樹脂及び/またはポリイミド樹脂との界面は互いに入り組んだ構造となっている。このため、両者の間にはアンカー効果が働いて、強固に密着しており、界面で剥離を起こす事はない。
【0035】
摺動膜の厚み、すなわち基体との界面から最高の凸部の先端(頂点)までの距離は、1μm以上かつ20μm以下とすることができ、より好ましくは3μm以上かつ8μm以下である。膜厚が薄過ぎると、フッ素樹脂の量が少なく十分な高さの凸部が形成できず、凸部を網目状に連結させることが困難である。一方、膜厚が厚過ぎるとフッ素樹脂の弾性率が小さい為、摺動過程において摺動膜の断面方向の弾性変形量が多くなり、その乗り越え抵抗と接触面積の増加で摩擦力が上昇してしまう。
【0036】
以上説明した様な摺動膜の形態とすることで、摺動部材の摩擦力を下げ、摺動膜にかかるせん断力を極めて低減することができる。さらに、フッ素樹脂摺動膜と金属基材の密着力を向上する構成とした事で、初期の摩擦力を維持し続けることが可能な摺動膜を得ることができる。その理由は、次のように説明することができる。
摺動膜が他部材と接触する面に形成された、フッ素樹脂の粒子の集合体からなる凸部は、フッ素樹脂の溶融固化によって形成された面に比べて、変形しやすい。そのため、他部材が接触すると、他部材の接触面に合わせて凸部が馴染んで摺動面が形成される。また、凸部が網目状に連結しているため、他部材の接触面とフッ素樹脂以外の部材、例えば、イミド系樹脂との接触が抑制される。つまり、使用初期から他部材の接触面に合わせて、摺動面が最小面積で形成され、摩擦力が極めて小さい状態を作り出すことが可能となる。さらに、凸部が網目状に連結しているため、摺動膜の摩耗による摺動面の面積変化が抑制され、初期の摩擦力を維持し続けることが可能となる。
【0037】
(対水接触角)
本実施形態の摺動膜の対水接触角を測定した。接触角が大きいほど表面自由エネルギーが小さく、静摩擦係数が小さいと言う事ができる。
温間軽プレス工程を行った本実施形態の摺動膜は128度、温間軽プレス工程を行わない本実施形態の摺動膜は134度であった。比較のため、表面が平滑なフッ素樹脂プレートと、加工により表面を粗したフッ素樹脂プレートの接触角を測定したが、前者の接触角は110度、後者の接触角は117度であった。
【0038】
本実施形態の摺動膜は、いずれのフッ素樹脂プレートよりも接触角が大きくなっており、静摩擦係数が十分に低減されていることがわかる。尚、温間軽プレス工程を行わない摺動膜よりも、行なった摺動膜の方が接触角が小さいのは、温間軽プレス工程により凸部の高さのばらつきが低減されたことにより、微小形状効果が減少したためと考えられる。
【0039】
実施形態の摺動膜は、製造条件によって対水接触角の大きさは変わりえるが、静摩擦係数を小さくして初期の摩擦力を維持し続けるという意味で、120度以上になるように製造条件を選択するのが望ましい。
【0040】
以下に、本発明に係るフッ素系摺動膜の具体例を、比較例とともに説明する。なお、以下の本実施例では、カメラ用シャッタ摺動部材の羽根アームに適用した結果を述べるが、本発明の摺動膜の適用はこの例に限るものではない。
【実施例
【0041】
〔実施例1〕
実施例1のフッ素系摺動膜は、以下の工程で製作した。
フォーカルプレーンシャッタの羽根アームの金属基材にSK材(炭素工具鋼)を用い、まずSK材の表面に四三酸化鉄皮膜処理を施した後、先述した摺動膜形成方法により摺動膜を敷設した。フッ素樹脂の粒子として、粒子径200~300nmのPTFE粒子を用い、以下の割合で混合して塗料を作製した。
PTFE粒子 22重量%
有機溶媒(NMP+アルキルエーテル) 22重量%
ポリアミック酸 10重量%
水 45重量%
カーボンブラック 1重量%
各工程の条件を以下に示す。
(a)塗装方法は、塗装する基材面が水平になるように基材を仮固定し、霧化エアーによるスプレー方式で塗装膜を得た。
(b)乾燥工程は、180度Cの電気炉で7分間乾燥させた。
(c)温間軽プレス工程は、塗装膜を220度Cにした状態で6Paの圧力を付与し7分間保持した。
(d)焼成工程は、300度Cの電気炉で15分間保持した。
【0042】
上記工程で得た摺動膜は、厚みが3μmで表面の対水接触角は128度であった。摺動膜表面をSEMで観察した結果、フッ素樹脂の微粒子が積み上がり網目状に尾根を形成した表面形態となっていた。摺動膜に含まれるフッ素樹脂割合は、塗装膜の表面側から、1mm領域についてSEM-EDSの半定量分析を行ったところ、60重量%であった。
上記摺動膜を敷設した羽根アームに、SUS430の快削鋼で製作したかしめピンを用いて遮光羽根を固定し、図5に示したシャッタの羽根機構部を製作した。
【0043】
〔実施例2〕
本発明のフッ素系摺動膜は、以下の工程で製作した。
フォーカルプレーンシャッタの羽根アームの金属基材にSK材(炭素工具鋼)を用い、まずSK材の表面に四三酸化鉄皮膜処理を施した後、先述した摺動膜形成方法により摺動膜を敷設した。
(c)温間プレス工程を省略し製作した以外は実施例1と同様の方法で製作した為、各製造工程の条件は省略する。
【0044】
上記工程で得た塗装膜(摺動膜)は、厚みが3μmで表面の対水接触角は134度であった。塗装膜表面をSEMで観察した結果、フッ素樹脂の微粒子が積み上がり網目状に尾根を形成した表面形態となっていた。実施例1と同様にして分析したところ、塗装膜に含まれるフッ素樹脂割合は60重量%であった。さらに、塗装膜の断面観察およびμFT-IR測定により、金属基材側にポリアミドイミド樹脂またはポリイミド樹脂が多く存在し、摺動膜の表面側にPTFEが多く存在することが確認できた。
上記摺動膜を敷設した羽根アームに、SUS430の快削鋼で製作したかしめピンを用いて遮光羽根を固定し、図5に示したシャッタの羽根機構部を製作した。
【0045】
〔比較例1〕
比較例1の摺動膜は、以下の工程で製作した。
フォーカルプレーンシャッタの羽根アームの金属基材の表面を脱脂洗浄し、Ni-P合金の下地層を2~3μm厚みでめっきした。さらに、この下地層を覆い、かつ200~300nmの大きさのPTFE粒子を共析させたNi-P合金の表層を1~2μm厚みでめっきした。
【0046】
上記工程で得た摺動膜は、厚みが4μmで表面の対水接触角は105度であった。摺動膜表面をSEMで観察した結果、フッ素樹脂の微粒子がめっき膜中に点在した表面形態となっていた。実施例1と同様にして求めた摺動膜に含まれるフッ素樹脂割合は20重量%であった。さらに、摺動膜の断面観察およびμFT-IR測定したところ、PTFE粒子を共析させたNi-P合金層には、膜厚方向にほぼ均一にPTFE粒子が点在していた。
上記摺動膜を敷設した羽根アームに、SUS430の快削鋼で製作したかしめピンを用いて遮光羽根を固定し、図5に示したシャッタの羽根機構部を製作した。
【0047】
〔比較例2〕
比較例2のフッ素系摺動膜は、以下の工程で製作した。
フォーカルプレーンシャッタの羽根アームの金属基材にSK材(炭素工具鋼)を用い、まずSK材の表面に四三酸化鉄皮膜処理を施した後、実施例とは異なる塗装工程で塗装膜を形成した。各工程の条件を以下に示す。
【0048】
(a)塗装方法はスピンコートにより塗装膜を得た。実施例1と同様の塗料を1000rpmの回転速度で30秒間放置し塗装した。これを5回繰り返し塗装膜を得た。
(b)乾燥工程は、180度Cの電気炉で7分間乾燥させた。
(c)温間軽プレス工程は、塗装膜を220度Cにした状態で100mgfの荷重を付与し7分間保持した。
(d)焼成工程は、300度Cの電気炉で15分間保持した。
上記工程で得た塗装膜は、厚みが3μmで表面の対水接触角は125度であった。
【0049】
塗装膜表面をSEMで観察した結果、フッ素樹脂の微粒子が面方向に均一に並んだ表面形態となっていた。スピンコートにより塗装したためと考えられる。図3(b)は、比較例2の摺動膜の断面形態を模式的に示した図である。図3(a)に示した実施形態と比較して、図3(b)の比較例はフッ素樹脂の微粒子はあまり凝集しておらず、凸部もほとんど形成されていない。
【0050】
比較例2の塗装膜に含まれるフッ素樹脂割合は、面内方向に分布が見られた。これは、スピンコートによる塗布時にかかる遠心力で、フッ素樹脂の粒子が中心から離れた基材の端部側に偏在したためと考えられる。塗装膜に含まれるフッ素樹脂割合が最も多い領域で60重量%であった。さらに、塗装膜に含まれるフッ素樹脂割合が多い領域において、塗装膜の断面観察およびμFT-IR測定により、金属基材側にポリアミドイミド樹脂またはポリイミド樹脂が多く存在し、摺動膜の表面側にPTFEが多く存在していた。
上記摺動膜を敷設した羽根アームに、SUS430の快削鋼で製作したかしめピンを用いて遮光羽根を固定し、図5に示したシャッタの羽根機構部を製作した。
【0051】
〔比較例3〕
比較例3のフッ素系摺動膜は、以下の工程で製作した。
フォーカルプレーンシャッタの羽根アームの金属基材にSK材(炭素工具鋼)を用い、まずSK材の表面に四三酸化鉄皮膜処理を施した後、実施例1と同じ塗料を用いて、実施例とは異なる塗装工程で塗装膜を形成した。各工程の条件を以下に示す。
(a)塗装方法は、塗装する基材面が水平になるように基材を仮固定し、霧化エアーによるスプレー方式で塗装膜を得た。
(b)乾燥工程は、180度Cの電気炉で7分間乾燥させた。
(c)温間軽プレス工程は、塗装膜を220度Cにした状態で100mgfの荷重を付与し7分間保持した。
(d)焼成工程は、380度Cの電気炉で30分間保持した。
上記工程で得た塗装膜は、厚みが3μmで表面の対水接触角は120度であった。
【0052】
塗装膜表面をSEMで観察した結果、フッ素樹脂の粒子が溶融し平坦膜化した表面形態となっていた。焼成工程の温度が380度Cと高かったためと考えられる。図4に、SEM観察像を示す。表面のフッ素樹脂は平坦化しており、図1(a)の実施形態のような網目状に連結した凸部は観察されなかった。実施例と比較して対水接触角が小さいのは、網目状に連結した微細な凸部が存在しないため、形状効果が作用していないためだとも考えられる。
【0053】
塗装膜に含まれるフッ素樹脂割合は塗料成分から算出すると60重量%であった。さらに、塗装膜の断面観察およびμFT-IR測定により、金属基材側にポリアミドイミド樹脂またはポリイミド樹脂が多く存在し、摺動膜の表面側にPTFEが多く存在していた。
上記摺動膜を敷設した羽根アームに、SUS430の快削鋼で製作したかしめピンを用いて遮光羽根を固定し、図5に示したシャッタの羽根機構部を製作した。
【0054】
(実施例および比較例の特性)
上記実施例および比較例の各摺動膜および、各摺動膜を設けたシャッタについて、摺動膜の摩擦力変化とシャッタの幕速変化を評価し、比較した。
【0055】
(摺動膜の摩擦力変化)
摩擦力を測定するため、株式会社レスカ社製の「フリクションプレーヤ」(商品名)を用いた。測定条件は、負荷荷重を50gfとし、φ5のSUS製平頭ピンを用いて23mm幅の往復摺動試験のモードで評価を実施した。
まず、摺動初期の摩擦係数を測定し、次に77mm/secの速度で1km往復摺動させた後の摩擦係数を測定し、両者の差から摩擦係数変化を算出した。
【0056】
(シャッタの幕速変化)
上記実施例および比較例の羽根機構部を用いたフォーカルプレーンシャッタを製作し、撮像レンズを備えたカメラに組み込んで多数回の撮影を行い、シャッタの幕速変化を評価した。
図7は、本発明の第1実施形態に係るカメラの概略構成を示す説明図である。カメラは、例えばデジタル一眼レフカメラであり、撮像装置本体であるカメラ本体700と、カメラ本体700に着脱可能な交換レンズ(レンズ鏡筒)800と、を備えている。図7では、交換レンズ800は、カメラ本体700に装着されている。
カメラ本体700は、筐体701と、筐体701の内部に配置された、シャッタ702、撮像素子703を備えている。
交換レンズ800は、交換レンズ筐体である筐体801と、筐体801の内部に配置され、筐体801(交換レンズ800)が筐体701に装着されたときに撮像素子732の受光面に光像を結像させる撮像光学系802とを有する。
筐体801は開口が形成されたレンズ側マウント801aを有しており、筐体701は開口が形成されたカメラ側マウント701aを有している。レンズ側マウント801aとカメラ側マウント701aとを嵌合させることで、交換レンズ800(筐体801)がカメラ本体700(筐体701)に装着される。
シャッタのレリーズ回数が25,000回、50,000回、100,000回毎に幕速を計測し、初期との差分を変化率として算出した。初期との幕速変化が±1%以下はA、±1~2%はB、±2%以上はCとして評価結果をまとめた。尚、シャッタの幕速変化の評価は、撮像レンズを備えたカメラに組み込んで行わなくとも、フォーカルプレーンシャッタ単体で行ってもよい。
実施例1、実施例2、比較例1、比較例2、比較例3について、上記評価方法により測定した摩擦力の変化及び幕速変化の結果を、表1に記載する。
【0057】
【表1】
【0058】
表1に示すように、実施例1~実施例2は、比較例1~比較例3に比べ摩擦力変化が小さく、シャッタ摺動部材に適用した場合、使用初期における幕速変化が抑制できていることが分かる。更に、実施例の構成は比較例に比べ、レリーズ回数を多くしても摩耗粉の発生も少なく、安定した摩擦状態を維持している事が観察された。
【0059】
以上の評価結果から、本発明を実施した摺動膜を設けることにより、フォーカルプレーンシャッタの幕速変化が低減され、特に使用開始後の初期における幕速低下を抑制することが可能となったことがわかる。本発明を実施した摺動膜を備えたフォーカルプレーンシャッタと、撮像レンズとを備えたカメラでは、フォーカルプレーンシャッタを高速で多数回動作させてもシャッタの動作特性の変化が抑制されるため、長期にわたり安定して高画質で撮像することができる。本実施例では、アームに摺動膜を設けているが、アームに加えてかしめピンに摺動膜を設ける構成も好ましい。
【0060】
尚、本発明の適用は、上述した実施例に限られるものではない。摺動膜やその原材料の組成、あるいは摺動膜の膜厚、製法等は、目的とする用途により適宜変更され得る。原材料に含まれるフッ素樹脂粒子として、PTFEの粒子が好適に用いられるが、他の粒子を含んでもよい。摺動膜を設ける対象物は、フォーカルプレーンシャッタの羽根機構部の金属製羽根アームに限られるわけではない。
図8にフォーカルプレーンシャッタ100の全体図を示す。フォーカルプレーンシャッタ100は、露光窓102を有し間隔をあけて対向する地板101aとカバー板101bと、地板101aとカバー板101bとの間に配置された羽根機構部を有している。図8では、地板101aの露光窓102から、羽機構部の遮光羽根2の一部が見えている。地板101aには、図5に示した羽根アーム3aを駆動させるための羽根駆動機構104aと、図5に示した羽根アーム3bを駆動させるための羽根駆動機構104bが設けられている。羽根駆動機構104aは、羽根駆動ピン103aを介して図5の羽根アーム3aに接続されており、羽根駆動機構104aの動きに連動して羽根アーム3aを回動させることができる。同様に、羽根駆動機構104bは、羽根駆動ピン103bを介して図5の羽根アーム3bに接続されており、羽根駆動機構104bの動きに連動して羽根アーム3bを回動させることができる。羽根アーム3a、羽根アーム3bの回動によって、遮光羽根2による露光窓102の開閉動作が行われる。
遮光羽根2の開閉動作によって、遮光羽根2と地板101a、遮光羽根2とカバー板101bとの間で擦れが生じ、摺動部で磨耗粉が発生したり、使用開始後に幕速の変化が生じてしまったりする恐れがある。そこで、地板101aおよびカバー板101bの、少なくとも遮光羽根と対向する面にフッ素系化合物の共析メッキを施す表面処理方法を行って摺動膜を設けるのが好ましい。また、羽根駆動ピン103aと地板101aとの間や、羽根駆動ピン103bと地板101aとの間で擦れが生じる可能性もあるため、地板101aの表面全体に本発明の摺動膜を設けるのも好ましい構成である。
摺動膜は構成部品の摺動面の少なくとも一部に設ければよいが、全面に設けることもできる。軽加重で高速に摺動するさまざまな構成部品面に対して、本発明の摺動膜は好適に用いることが可能である。
【符号の説明】
【0061】
1・・・羽根機構部/2・・・遮光羽根/3・・・羽根アーム/4・・・かしめピン/11・・・凸部/12・・・凹形状部/13・・・頂部/14・・・微粒子集合部/15・・・凹形状部/20・・・摺動部材/21・・・塗料/22・・・スプレーノズル/23・・・凸部/24・・・樹脂部/25・・・押圧具/310・・・摺動部材の基体/311・・・樹脂部/312・・・PTFEの粒子/313・・・凸部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8