IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日軽エムシーアルミ株式会社の特許一覧

特許7472318アルミニウム合金及びアルミニウム合金鋳物材
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-12
(45)【発行日】2024-04-22
(54)【発明の名称】アルミニウム合金及びアルミニウム合金鋳物材
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/02 20060101AFI20240415BHJP
【FI】
C22C21/02
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2022569355
(86)(22)【出願日】2020-12-15
(86)【国際出願番号】 JP2020046678
(87)【国際公開番号】W WO2022130484
(87)【国際公開日】2022-06-23
【審査請求日】2023-05-12
(73)【特許権者】
【識別番号】507073859
【氏名又は名称】日軽エムシーアルミ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】三輪 晋也
(72)【発明者】
【氏名】堀川 宏
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】特表2020-509232(JP,A)
【文献】特公昭47-013724(JP,B1)
【文献】特開昭47-042513(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108754250(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第110952001(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00-21/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:7.0~9.0質量%、
Cu:2.0~4.0質量%、
Mg:0.8~1.2質量%、
Fe:0.3~0.5質量%、
Mn:0.3~0.5質量%、
Zn:2.0~4.0質量%、
Sr:0.008~0.04質量%、を含み、
残部がAl及び不可避不純物よりなること、
を特徴とするアルミニウム合金。
【請求項2】
e:0.001~0.004質量%、
Ti:0.0050.05質量%、
B:0.0050.01質量%、
のうちのいずれか一種以上を含むこと、
を特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のアルミニウム合金からなり、
0.2%耐力が230MPa以上であり、
破断伸びが2.5%以上であること、
を特徴とするアルミニウム合金鋳物材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鋳物用のアルミニウム合金及び当該アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物材に関する。
【背景技術】
【0002】
軽量であることに加えて優れた質感を有していることから、携帯可能な電子機器や電子端末の筐体にアルミニウム合金材が使用されている。これらの携帯用電子機器に対する薄さ及び軽量化の要求は年々高くなっており、筐体に用いられるアルミニウム合金にはより高い強度が求められている。
【0003】
特に、スマートフォンは使用されない際はポケット等にしまわれることが多く、当該状況においては曲げ応力が印加される場合が多い。即ち、携帯用電子機器の筐体に使用されるアルミニウム合金は優れた鋳造性に加えて、高い強度と延性(靭性)を有することが必要不可欠である。
【0004】
これに対し、例えば、特許文献1(特開昭48-32719号公報)では、Al-Cu-Si系あるいはAl-Si-Cu-Mg系合金の優れた鋳造性を生かして、且つ従来の鋳造用高力アルミニウム合金に匹敵する強度を有する合金を得ることを目的とし、重量で珪素7.5~1.2%、銅4.0~5.5%、マグネシウム0.2~1.0%、残部アルミニウム及び不純物からなる鋳造性の優れた鋳物用高力アルミニウム合金、が開示されている。
【0005】
上記特許文献1に記載の鋳物用高力アルミニウム合金においては、約500℃の溶体化処理を行った後に時効硬化させることで、アルミニウム合金鋳物に優れた機械的性質を与えることができる、とされている。
【0006】
また、特許文献2(特開昭60-57497号公報)では、鋳造性が良好で強靭性に富み、且つ耐熱性の優れた熱処理型の高力アルミニウム合金を得ることを目的として、重量で6%を超え13%までの珪素、3%を超え5.5%までの銅、1%を超え4%までの亜鉛、0.2%を超え1%までのマグネシウム及び0.03%を超え1%までのアンチモンを含み、残部アルミニウム及び不純物よりなる耐熱性高力アルミニウム合金、が開示されている。
【0007】
上記特許文献2に記載の耐熱性高力アルミニウム合金においては、Al-Si-Cu-Zn-Mg系合金において銅が3%を超えて含まれる場合に、合金中にアンチモンを添加すると時効処理に際して合金の時効硬化性が促進され靭性をそれほど低下することなしに合金強度が著しく向上すると共に合金の耐熱衝撃性が著しく改善される、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭48-32719号公報
【文献】特開昭60-57497号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献1に記載の鋳物用高力アルミニウム合金及び上記特許文献2に記載の耐熱性高力アルミニウム合金においては、優れた鋳造性に加えて優れた機械的性質が付与されているとしているが、当該機械的性質を実現するためには人工時効等の熱処理が必須となっている。
【0010】
しかしながら、熱処理工程は製造コストや製造時間を増加させるだけでなく、アルミニウム合金鋳物材の寸法及び形状にも影響する。特に、携帯用電子機器の筐体は薄いことに加えて高い寸法精度が求められるため、熱処理を施すことなく高い強度及び優れた延性を実現できることが望ましい。
【0011】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、優れた鋳造性を有すると共に、熱処理を施すことなく高い機械的性質を発現することができるアルミニウム合金及びアルミニウム合金鋳物材を提供することにある。より具体的には、本発明は、優れた鋳造性を有すると共に、熱処理を施すことなく高い0.2%耐力と優れた延性を有するアルミニウム合金及びアルミニウム合金鋳物材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、アルミニウム合金の組成範囲について鋭意研究を重ねた結果、Si、Cu、Mg、Fe、Mn及びZnの添加量を全て厳密に制御すること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0013】
即ち、本発明は、
Si:7.0~9.0質量%、
Cu:2.0~4.0質量%、
Mg:0.8~1.2質量%、
Fe:0.3~0.5質量%、
Mn:0.3~0.5質量%、
Zn:2.0~4.0質量%、を含み、
残部がAl及び不可避不純物よりなること、
を特徴とするアルミニウム合金、を提供する。
【0014】
本発明のアルミニウム合金は、
Sr:0.008~0.04質量%、
Be:0.001~0.004質量%、
Ti:0.05~0.005質量%、
B:0.01~0.005質量%、
のうちのいずれか一種以上を含むこと、が好ましい。
【0015】
また、本発明は、
本発明のアルミニウム合金からなり、
0.2%耐力が230MPa以上であり、
破断伸びが2.5%以上であること、
を特徴とするアルミニウム合金鋳物材、も提供する。
【0016】
本発明のアルミニウム合金鋳物材は、鋳造によって所望の形状とした後、熱処理を施すことなく230MPa以上の0.2%耐力と2.5%以上の破断伸びを発現することができる。より好ましい0.2%耐力は240MPa以上であり、より好ましい破断伸びは3.0%以上である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、優れた鋳造性を有すると共に、熱処理を施すことなく高い機械的性質を発現することができるアルミニウム合金及びアルミニウム合金鋳物材を提供することができる。より具体的には、本発明によれば、優れた鋳造性を有すると共に、熱処理を施すことなく高い0.2%耐力と優れた延性を有するアルミニウム合金及びアルミニウム合金鋳物材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明のアルミニウム合金及びアルミニウム合金鋳物材の代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0019】
1.アルミニウム合金
本発明のアルミニウム合金は、Si:7.0~9.0質量%、Cu:2.0~4.0質量%、Mg:0.8~1.2質量%、Fe:0.3~0.5質量%、Mn:0.3~0.5質量%、Zn:2.0~4.0質量%、を含み、残部がAl及び不可避不純物よりなるアルミニウム合金である。以下、各成分について詳細に説明する。
【0020】
(1)必須の添加元素
Si:7.0~9.0質量%
Siはアルミニウムの鋳造性を向上させる特性を有するとともに引張強度等の機械的性質を向上させる作用がある。この作用はSi:7.0質量%以上で顕著となる。逆にSi:9.0質量%以上となると晶出する共晶Siや初晶Siが粗大化しやすくなる。それら化合物が粗大化すると破断する際の起点となりやすいため、伸びの低下につながりやすい。より好ましいSiの添加量は7.5~8.5質量%である。
【0021】
Cu:2.0~4.0質量%
Cuは、引張強度等の機械的性質を向上させる作用を有する。この作用はCu:2.0質量%以上で顕著となる。逆に、4.0質量%より多くするとCu系晶出物が粗大化しやすくなり、伸びが低下しやすくなる。またCuの含有量が大きくなると耐食性も低下する。更に、アルマイト処理した際に、色彩が黄色味を帯びやすくなる。より好ましいCuの添加量は2.5~3.7質量%であり、更に好ましくは3.5質量%以下である。
【0022】
Mg:0.8~1.2質量%
Mgは、引張強度等の機械的性質を向上させる作用を有する。この作用はMg:0.8質量%以上で顕著となる。逆に1.2質量%を超えると粗大な化合物が形成されやすくなり、伸びが低下しやすくなる。
【0023】
Si、Mg及びCuは、時効処理によって化合物として析出し、析出強化に寄与する元素であるが、本発明のアルミニウム合金は非熱処理材として用いられることを主としており、これらの元素による強化機構は基本的に固溶強化となる。
【0024】
Fe:0.2~0.5質量%
Feは、引張強度等の機械的性質を向上させる作用を有する。この作用はFe:0.2質量%以上で顕著となる。また、ダイカスト法等の金型鋳造において、焼き付きを防止する効果もある。0.5質量%を超えると破断の起点となる粗大な針状のAl-(Si,Fe,Mn)系化合物を形成しやすくなる。
【0025】
Mn:0.3~0.5質量%
Mnは、引張強度等の機械的性質を向上させる作用を有する。この作用は、Mn:0.3質量%以上で顕著となる。また、Al-(Si,Fe,Mn)系化合物を粒状にする作用も有する。逆に0.5質量%を超えるとAl-(Si,Fe,Mn)系化合物が粗大化しやすい。
【0026】
Zn:2.0~4.0質量%
Znは、引張強度等の機械的性質を向上させる作用を有する。この作用は、Zn:2.0質量%以上で顕著となる。逆に4.0質量%を超えると応力腐食割れが起こりやすくなる。また、陽極酸化皮膜処理を施した際に、変色や色むらが起こりやすくなる。
【0027】
(2)任意の添加元素
Sr:0.008~0.04質量%
Srは、共晶Siを微細化、粒状化させる作用を有し、この効果は、Sr:0.008質量%以上で顕著となる。0.04質量%を超えて添加しても、効果の向上があまり認められないため、0.04質量%未満にすることが好ましい。
【0028】
Be:0.001~0.004質量%
Beは、溶解した際に溶湯表面に酸化被膜を形成し、Mg等の他の元素の減耗を抑制する効果がある。また、鋳物の表面が黒色化することを抑制する効果もある。この効果は、Be0.001質量%以上で顕著となる。0.004質量%を超えて添加されても、効果の向上があまり認められないため、0.004質量%未満にすることが好ましい。
【0029】
Ti:0.05~0.005質量%
Tiは組織を微細化することで、主に靭性に寄与する。下限値未満ではその効果が小さく、上限値を超えて含有させても、すでに十分に微細化されており効果がない上、過剰に加えると粗大晶出物を形成することで延性に悪影響を及ぼすようになるため、上記範囲で制限する必要がある。
【0030】
B:0.01~0.005質量%
Bは組織を微細化することで、主に靭性に寄与する。下限値未満ではその効果が小さく、上限値を超えて含有させても、すでに十分に微細化されており効果がない上、過剰に加えると粗大晶出物を形成することで延性に悪影響を及ぼすようになるため、上記範囲で制限する必要がある。
【0031】
なお、本発明の効果を損なわない限りにおいて、本発明のアルミニウム合金の製造方法は特に限定されず、従来公知の種々の製造方法を用いればよい。
【0032】
2.アルミニウム合金鋳物材
本発明のアルミニウム合金鋳物材は、本発明のアルミニウム合金からなり、0.2%耐力が230MPa以上、破断伸びが2.5%以上であること、を特徴としている。より好ましい0.2%耐力は240MPa以上であり、より好ましい破断伸びは3.0%以上である。
【0033】
優れた機械的性質は基本的に組成を厳密に最適化したことによって実現されており、アルミニウム合金鋳物材の形状及びサイズに依らず、またアルミニウム合金鋳物材の部位及び方位に依らず、当該機械的性質を有している。
【0034】
また、本発明のアルミニウム合金鋳物材においては、時効処理等の熱処理を施すことなく、230MPa以上の0.2%耐力と2.5%以上の破断伸びを発現することができる。
【0035】
なお、本発明の効果を損なわない限りにおいて、アルミニウム合金鋳物材の形状及びサイズは特に限定されず、従来公知の種々の部材として使用することができる。当該部材としては、例えば、電子端末筐体を挙げることができる。
【0036】
また、本発明の効果を損なわない限りにおいて、本発明のアルミニウム合金鋳物材の製造方法は特に限定されず、本発明のアルミニウム合金を用いて従来公知の種々の方法で鋳造を行えばよい。更に、本発明の合金を用いた鋳物材は、非熱処理でも優れた機械的特性、特に靭性を有するが、時効処理等の熱処理を行っても良い。時効処理を行うとSi,Mg,Cu,Zn等の化合物の析出強化により、より高い機械的特性を得ることができる。
【0037】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0038】
≪実施例≫
表1において、実施例1~実施例5として記載されている組成を有するアルミニウム合金を溶製し、鋳造圧力を120MPa、溶湯温度を730℃、金型温度を170℃ とし、ダイカストを行った。金型形状は55mm×110mm×3mmの板状である。アルミニウム合金は優れたダイカスト性を有しており、良好なアルミニウム合金鋳物材(ダイカスト材)が得られた。なお、表1に記載の数値の単位は質量%濃度である。
【0039】
【表1】
【0040】
得られた各実施アルミニウム合金鋳物材よりJIS-Z2241に定められる14B号試験片を採取し、室温にて引張試験を行ったところ、引張強度、0.2%耐力及び破断伸びは表2に記載の値となった。また、得られた実施アルミニウム合金鋳物材のロックウェル硬さを測定したところ、表2に記載の値となった。ここで、実施アルミニウム合金鋳物材はダイカストのままであり、時効処理等の熱処理は施していない。
【0041】
【表2】
【0042】
≪比較例≫
表1に比較例1~比較例22として記載の成分となるように溶解材を調整したこと以外は実施例と同様にして、比較アルミニウム合金鋳物材(ダイカスト材)を得た。また、実施例と同様にして、引張特性及びロックウェル硬さを測定した。得られた値を表2に示す。なお、数値の記載がない場合は測定を行っていないことを意味している。
【0043】
実施例及び比較例で得られた各アルミニウム合金鋳物材の引張特性を比較すると、実施例で得られたアルミニウム合金鋳物材のみが230MPa以上の0.2%耐力と2.5%以上の破断伸びを共に有していることが分かる。また、実施例において、Srを添加した実施例1の方が、Srを添加していない(Srの含有量が極めて少ない)実施例4より、引張強度と伸びが高いことが分かる。
【0044】
Si、Cu及びMnの含有量が多い比較例1~比較例5の組成を有するアルミニウム合金鋳物材は高い0.2%耐力を示しているが、破断伸びが2.0%以下となっている。また、Feの含有量が多い比較例6~比較例10、比較例13~19の組成を有するアルミニウム合金鋳物材も破断伸びが2.5%に達していない。
【0045】
また、Mgの添加量が少なくZnを含んでいない比較例11及びMgの添加量が少ない比較例12の組成を有するアルミニウム合金鋳物材の硬度は低い値となっており、十分な強度が得られていないことが分かる。
【0046】
更に、Si及びCuの含有量が少ない比較例20の組成を有するアルミニウム合金鋳物材は2.5%以上の破断伸びを有しているが、0.2%耐力が低い値となっている。また、SiとZnの含有量が少なく、CuとMnの含有量が多い比較例21は、高い引張強度と0.2%耐力を有しているが、破断伸びが2.5%未満と低い値となっている。また、CuとMnの含有量が多い比較例22は、破断伸びが2.5%未満と低い値となっていることに加え、0.2%耐力も230MPaに達していない。
【0047】
以上の結果より、アルミニウム合金鋳物材に熱処理を施すことなく230MPa以上の0.2%耐力と2.5%以上の破断伸びを発現させるためには、Si、Cu、Mg、Fe、Mn及びZnの添加量を厳密に制御することが必要であることが分かる。