(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-15
(45)【発行日】2024-04-23
(54)【発明の名称】車両制御システム
(51)【国際特許分類】
B60W 30/045 20120101AFI20240416BHJP
B62D 6/00 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
B60W30/045
B62D6/00
(21)【出願番号】P 2020074268
(22)【出願日】2020-04-17
【審査請求日】2023-02-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100176304
【氏名又は名称】福成 勉
(72)【発明者】
【氏名】砂原 修
【審査官】平井 功
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-188906(JP,A)
【文献】国際公開第2012/043683(WO,A1)
【文献】特開平3-189221(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 10/00-10/30
B60W 30/00-60/00
B62D 6/00- 6/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両制御システムであって、
車両走行中にエンジンから駆動輪への動力伝達を切ることにより、前記動力伝達が切れた状態で走行するコースティング走行と前記動力伝達が維持された状態で走行する非コ-スティング走行とを切り換えることが可能な動力伝達切換部と、
前記駆動輪のトルク制御を行うトルク制御部と、
前記車両が旋回しているか否かを検知する旋回検知部と、
前記動力伝達が切れているか否かを検知する動力伝達検知部と、
旋回検知信号および動力伝達検知信号に基づいて、一対の後輪の舵角を制御する後輪舵角制御部と、
を備え、
前記非コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合には、前記トルク制御部は、車両のヨー運動の応答性が向上するように前記駆動輪のトルク制御を行い、
前記コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合には、前記非コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合における前記トルク制御部による前記駆動輪のトルク制御に代えて、前記後輪舵角制御部は、前記一対の後輪それぞれの舵角を一対の前輪の操舵方向に対して逆方向に向くように制御する、
車両制御システム。
【請求項2】
前記後輪舵角制御部は、前記コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合における
前記トルク制御に基づく前記後輪の舵角制御量がピーク値を超えた範囲において、前記非コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合における前記トルク制御時の駆動力の復帰速度に対して操舵制御時の後輪の舵角の復帰速度を緩やかにするように、前記後輪の舵角を制御する、
請求項1に記載の車両制御システム。
【請求項3】
前記一対の前輪の操舵角が所定の角度よりも大きい場合および車速が所定の速度よりも大きい場合のうちの少なくとも一方の場合には、前記後輪舵角制御部は、前記後輪の舵角の復帰速度が前記前輪の操舵角および前記車速が小さい場合の前記後輪の舵角の復帰速度と比較して緩やかになるように、前記後輪の舵角を制御する、
請求項2に記載の車両制御システム。
【請求項4】
前記車両が前記一対の前輪が前記駆動輪である前輪駆動車であり、
前記トルク制御部は、前記非コースティング走行時において旋回初期に前記一対の前輪に荷重をかけて車両のヨー運動の応答性を向上するように、前記一対の前輪のトルクダウン制御を行う、
請求項1~3のいずれか1項に記載の車両制御システム。
【請求項5】
前記車両が前記一対の後輪が前記駆動輪である後輪駆動車であり、
前記トルク制御部は、前記非コースティング走行時において旋回初期に前記一対の後輪のトルクアップ制御を行う、
請求項1~3のいずれか1項に記載の車両制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の旋回性能を向上させるために種々の制御技術が提案されている。例えば、特許文献1には、前輪駆動車(FF車)の旋回時にトルクダウンを行う制御技術が開示されている。この技術では、旋回時に駆動輪である前輪をトルクダウンすることによって、車両を前傾姿勢にして前輪に荷重をかけることが可能になり、旋回性能を向上させている。
【0003】
また、特許文献2には、後輪駆動車(FR車)の旋回時にトルクアップを行う制御技術が開示され、この技術では、旋回時に駆動輪である後輪をトルクアップすることによって、車両を前傾姿勢にして旋回性能を向上させることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-166014号公報
【文献】特開2019-218019号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の特許文献1~2記載の制御技術は、いずれも、旋回性能を向上させるために旋回時にトルク制御している。一方、近年では、燃費向上などの観点からエンジンから駆動輪への動力伝達が切断されたいわゆるコースティング走行が可能な車両があるが、このようなコースティング走行状態ではこれらのトルク制御を使用して旋回性能の向上を図ることができない。
【0006】
一方、ブレーキ制御によって旋回時に車両前方に荷重を移動させて旋回性能を向上させる技術も存在するが、この場合、ブレーキの使用頻度が増加し、安全部品であるブレーキの寿命が短くなるため好ましくない。
【0007】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであって、コースティング走行時においてトルク制御に代わる制御によって旋回性能を向上させることが可能な車両制御システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の車両制御システムは、車両走行中にエンジンから駆動輪への動力伝達を切ることにより、前記動力伝達が切れた状態で走行するコースティング走行と前記動力伝達が維持された状態で走行する非コ―スティング走行とを切り換えることが可能な動力伝達切換部と、前記駆動輪のトルク制御を行うトルク制御部と、前記車両が旋回しているか否かを検知する旋回検知部と、前記動力伝達が切れているか否かを検知する動力伝達検知部と、旋回検知信号および動力伝達検知信号に基づいて、一対の後輪の舵角を制御する後輪舵角制御部と、を備え、前記非コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合には、前記トルク制御部は、車両のヨー運動の応答性が向上するように前記駆動輪のトルク制御を行い、前記コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合には、前記非コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合における前記トルク制御部による前記駆動輪のトルク制御に代えて、前記後輪舵角制御部は、前記一対の後輪それぞれの舵角を一対の前輪の操舵方向に対して逆方向に向くように制御することを特徴とする。
【0009】
かかる構成によれば、コースティング走行の状態で、かつ、車両の旋回初期の場合には、トルク制御部による駆動輪のトルク制御に代えて、後輪舵角制御部が、一対の後輪それぞれの舵角を前輪の操舵方向に対して逆方向に向くように制御することにより、前後輪同時に横力を発生するようにする。すなわち、非コースティング走行中のトルク制御によって前輪に荷重がかかることで得られるヨー応答(旋回性)と、同等のヨー応答(旋回性)が得られるように、コースティング走行中は後輪を操舵するようにする。その結果、コースティング走行時においてトルク制御に代わる後輪操舵制御によって旋回性能を向上させることが可能である。
【0010】
上記の車両制御システムにおいて、前記後輪舵角制御部は、前記コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合における前記トルク制御に基づく前記後輪の舵角制御量がピーク値を超えた範囲において、前記非コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合における前記トルク制御時の駆動力の復帰速度に対して操舵制御時の後輪の舵角の復帰速度を緩やかにするように、前記後輪の舵角を制御するのが好ましい。
【0011】
コースティング走行で旋回する場合には、トルク制御と比較して前輪に荷重が乗っていない分だけ後輪の舵角の制御終了に伴いアンダーステア傾向になる。そこで、上記の構成によれば、コースティング走行で旋回する場合において、トルク制御に基づく後輪の舵角制御量がピーク値を超えた範囲において、トルク制御時の駆動力の復帰速度に対して操舵制御時の後輪の舵角の復帰速度を緩やかにするように、後輪の舵角を制御する。これにより、コースティング走行で旋回する場合に前後輪同時にスリップアングルが付き前後輪同時に横力が発生した状態が急激に終了することがなく緩やかに終了するため後輪の舵角の制御が終了してもアンダーステアになる傾向を緩和することが可能である。
【0012】
上記の車両制御システムにおいて、前記一対の前輪の操舵角が所定の角度よりも大きい場合および車速が所定の速度よりも大きい場合のうちの少なくとも一方の場合には、前記後輪舵角制御部は、前記後輪の舵角の復帰速度が前記前輪の操舵角および前記車速が小さい場合の前記後輪の舵角の復帰速度と比較して緩やかになるように、前記後輪の舵角を制御するのが好ましい。
【0013】
コースティング走行で旋回する場合には、前輪の操舵角および車速の少なくとも一方が大きい場合には、よりアンダーステアになる傾向がある。そこで、上記のように、前記前輪の操舵角が所定の角度よりも大きい場合、および前記車速が所定の速度よりも大きい場合のうちの少なくとも一方の場合には、前記後輪舵角制御部は、復帰速度が緩やかになるように、後輪の舵角を制御する。その結果、前輪の操舵角および車速のいずれか一方が大きい場合においても、アンダーステアになる傾向を緩和することが可能である。
【0014】
上記の車両制御システムにおいて、前記車両が前記一対の前輪が前記駆動輪である前輪駆動車であり、前記トルク制御部は、前記非コースティング走行時において旋回初期に一対の前輪に荷重をかけて車両のヨー運動の応答性を向上するように、前記一対の前輪のトルクダウン制御を行うのが好ましい。
【0015】
かかる構成によれば、前輪駆動車(FF車)の場合には、コースティング走行の状態で、かつ、車両の旋回初期の場合には、トルク制御部による駆動輪である前記一対の前輪のトルクダウン制御に代えて、後輪舵角制御部が、一対の後輪それぞれの舵角を前輪の操舵方向に対して逆方向に向くように制御することにより、非コ―スティング走行時と同様、車両のヨー運動の応答性が向上し前輪駆動車(FF車)におけるコースティング走行時における旋回性能を向上させることが可能である。
【0016】
上記の車両制御システムにおいて、前記車両が前記一対の後輪が前記駆動輪である後輪駆動車であり、前記トルク制御部は、前記非コースティング走行時において旋回初期に前記一対の後輪のトルクアップ制御を行ってもよい。
【0017】
かかる構成によれば、後輪駆動車(FR車)の場合には、コースティング走行の状態で、かつ、車両の旋回初期の場合には、トルク制御部による駆動輪である一対の後輪のトルクアップ制御に代えて、後輪舵角制御部が、一対の後輪それぞれの舵角を前輪の操舵方向に対して逆方向に向くように制御することにより、非コ―スティング走行時と同様、車両のヨー運動の応答性が向上し後輪駆動車(FR車)におけるコースティング走行時における旋回性能を向上させることが可能である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の車両制御システムによれば、コースティング走行時においてトルク制御に代わる後輪操舵制御によって旋回性能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施形態に係る車両制御システムが適用される車両として前輪駆動車の駆動系統を示す平面図である。
【
図2】
図1の車両に搭載された車両制御システムの電気的構成を示すブロック図である。
【
図3】
図2の車両制御システムによる非コースティング走行状態における旋回時のトルク制御を示すフローチャートである。
【
図4】
図3の旋回時の車両のトルク制御を簡略的に説明するための図であって、(a)は旋回時の車両の車体および前輪の向きの変化を示す図、(b)は前輪の操舵角の時間変化を示すグラフ、(c)はヨーレートの時間変化を示すグラフ、(d)はヨー角加速度の時間変化を示すグラフ、(e)はトルク制御量の時間変化を示すグラフである。
【
図5】
図2の車両制御システムにおける旋回時の車両制御のフローチャートであって、コースティング走行状態における旋回時の後輪操舵制御、および非コースティング走行状態におけるトルク制御を選択的に行う制御を示すフローチャートである。
【
図6】
図5のフローチャートにおけるトルクダウン制御および後輪操舵制御の選択プロセスを簡略的に示した説明図である。
【
図7】
図6のトルクダウン制御および後輪操舵制御が順次切り換えられることを時系列的に示すグラフであって、(a)は駆動力の有無を示すフラグの時間変化を示すグラフ、(b)は前輪の操舵角の時間変化を示すグラフ、(c)はヨーレートの時間変化を示すグラフ、(d)はヨー角加速度の時間変化を示すグラフ、(e)はトルク制御量の時間変化を示すグラフ、(f)は後輪操舵制御量の時間変化を示すグラフである。
【
図8】
図5のフローチャートにおける後輪操舵制御において、トルク制御で要求される減速度に応じた後輪の舵角に、補正量として操舵角と車速に応じた後輪操舵補正量を付加させるプロセスを簡略的に示した説明図である。
【
図9】
図8の後輪操舵制御を時系列的に示すグラフであって、(a)は前輪の操舵角の時間変化を示すグラフ、(b)はヨーレートの時間変化を示すグラフ、(c)はヨー角加速度の時間変化を示すグラフ、(d)は操舵角と車速に応じた後輪操舵補正量の時間変化を示すグラフ、(e)はトルク制御に基づく後輪の舵角の時間変化を示すグラフ、(f)は後輪操舵制御量の時間変化を示すグラフである。
【
図10】
図1の車両の旋回時における後輪操舵の動作を簡略的に示す平面説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、添付図面を参照しながら本発明の好ましい実施の一形態について詳述する。
【0021】
(車両の基本構成)
図1に示されるように、本発明の実施形態に係る車両制御システムが適用される車両1は、一例として前輪駆動(FF)で自動変速機5を搭載したオートマチック車が示されている。具体的には、車両1は、車体2の前後両側に配置された一対の前輪3aおよび一対の後輪3bと、車体2の前方側に配置されたエンジン4と、エンジン4からの回転力を変速する自動変速機5と、自動変速機5の出力側に接続されて自動変速機5の前方に延びる駆動軸6と、駆動軸6の出力端に配置されたディファレンシャルギア7と、ディファレンシャルギア7の左右両側の出力端と一対の前輪3aのそれぞれに接続された一対の車軸8と、ハンドル9と、ハンドル9の回転操作に応じて一対の前輪3aを操舵する操舵装置10と、一対の後輪3bの舵角θ(すなわち、車両前方から見た後輪3bの傾斜角)を変えるように後輪3bを転舵する後輪転舵機構30とを備えている。
【0022】
本実施形態においては、エンジン4は、ガソリンエンジンであるが、原動機としてディーゼルエンジンなどの内燃エンジンや、電力により駆動されるモータを使用することも可能である。
【0023】
(車両制御システムの構成)
さらに、車両1は、
図1~2に示されるように、前輪3側の操舵装置10の操舵角を検出する操舵角センサ11と、車速を検出する車速センサ12と、アクセルペダルの踏込量(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサ13と、ブレーキの踏込量を検出するブレーキ踏込量センサ14と、自動変速機5のシフトポジションがドライブモードおよびニュートラルモードを含む複数のモードのいずれのモードであるかを検知するシフトポジションセンサ15と、後輪3bの舵角θを検知する舵角センサ16と、車体2の進行方向に対する傾きであるヨーレートを検知するヨーレートセンサ17と、車体2の前後方向の勾配を検知する勾配センサ18とを有する。これらの各センサ11~18は、それぞれの検出信号をコントローラ(制御部)19に出力する。コントローラ19は、得られた検出信号に基づいて、車両1の駆動部分であるエンジン4、自動変速機5、およびブレーキ制御システム21を制御するとともに、一対の後輪3bの舵角制御のために後輪転舵機構30を制御する。
【0024】
本実施形態の後輪転舵機構30は、一対の後輪3bのそれぞれの舵角θを同じ向きに変えるように構成されている。コントローラ19は、後述するように、コースティング走行状態において旋回初期に旋回性能を向上させることが可能な舵角に一対の後輪3bの舵角θがなるように、後輪転舵機構30を制御する。すなわち、本実施形態では、後輪転舵機構30とコントローラ19によって本発明の後輪舵角制御部を構成する。
【0025】
エンジン4は、駆動力を任意に変えて出力できる構成を有していればよく、例えば、スロットル弁31、点火プラグ32、および燃料噴射装置33などを備えており、コントローラ19からの信号を受けて任意の駆動力を出力することが可能である。
【0026】
自動変速機5は、例えば、遊星ギアセットを複数備えた有段式自動変速機であり、クラッチ25(係合要素)と、ブレーキ26とを備え、クラッチ25及びブレーキ26の締結/解放の組み合わせを変更することにより所望の変速段を実現するように構成されている。この自動変速機5では、これらのクラッチ25及びブレーキ26を介してエンジン4から一対の後輪3bへ動力が伝達される。また、クラッチ25が解放されることにより、エンジン4から後輪3bへの動力伝達が遮断される。また、自動変速機5には、クラッチ25及びブレーキ26への供給油圧を制御する油圧制御弁27と、供給油圧を検出する油圧センサ28が設けられている。油圧センサ28は、検出値をコントローラ19に出力する。この油圧センサ28の検出値に基づき、クラッチ25及びブレーキ26の締結状態を判定することができる。
【0027】
ブレーキ制御システム21は、各車輪に設けられたブレーキのホイールシリンダやブレーキキャリパにブレーキ液圧を供給するシステムである。ブレーキ制御システム21は、各車輪に設けられたブレーキにおいて制動力を発生させるために必要なブレーキ液圧を生成する液圧ポンプ22と、各車輪のブレーキへの液圧供給ラインに設けられた、液圧ポンプ22から各車輪のブレーキへ供給される液圧を制御するためのバルブユニット23(具体的にはソレノイド弁)と、液圧ポンプ22から各車輪のブレーキへ供給される液圧を検出する液圧センサ24とを備えている。液圧センサ24で検出された液圧に関する検出信号もコントローラ50に出力する。
【0028】
上記のように構成された本実施形態の車両制御システムでは、自動変速機5は、コントローラ19からの指令により、車両走行中にエンジン4から駆動輪である一対の前輪3aへの動力伝達を切ることにより、動力伝達が切れた状態で走行するコースティング走行と動力伝達が維持された状態で走行する非コ―スティング走行とを切り換えることが可能である。すなわち、自動変速機5およびコントローラ19は動力伝達切換部として機能することが可能である。
【0029】
また、エンジン4および自動変速機5は、コントローラ19からの指令により、非コースティング走行時において旋回初期に一対の前輪に荷重をかけて車両1のヨー運動の応答性を向上するように駆動輪である一対の前輪3aのトルク制御を行うことが可能である。すなわち、エンジン4、自動変速機5およびコントローラ19は、トルク制御部として機能することが可能である。
【0030】
(トルク制御の説明)
上記のトルク制御部(エンジン4、自動変速機5およびコントローラ19)は、例えば、
図3に示されるフローチャートに示される手順で旋回時にトルク制御を実行する。
【0031】
車両は、
図4(a)に示されるように、一対の前輪3aの向きを左右に変えることによって、車体2を左右に順次旋回させることが可能である。
【0032】
このような旋回動作をする際にトルク制御を行う場合には、まず、
図3のステップS1において、
図1~2に示されるコントローラ19は、操舵角センサ11からの前輪3aの操舵角(
図4(b)参照)、およびヨーレートセンサ17からのヨーレート(
図4(c)参照)を所定の時間ごと(例えば、0.1秒ごと)に読み込む。
【0033】
ついで、ステップS2において、コントローラ19は、読み込まれたヨーレートからヨー角加速度(
図4(d)参照)を所定の時間ごとに算出する。
【0034】
そして、ステップS3において、コントローラ19は、上記の操舵角およびヨーレート角加速度から、旋回性能を向上させるために必要なトルク制御量(
図4(e)参照)を所定の時間ごとに算出する。
【0035】
その後、ステップS4において、コントローラ19は、算出されたトルク制御量になるように、エンジン4へエンジン制御のための信号を出力するとともに、目標の出力トルクになるように自動変速機5のギヤも適宜切り換える。これにより、非コースティング走行時において旋回初期に一対の前輪3aに荷重をかけて車両1のヨー運動の応答性を向上するように、駆動輪である一対の前輪3aへ目標の出力トルクを与えるトルク制御を行うことが可能になる。
【0036】
(本実施形態の車両制御の説明)
本実施形態の車両制御システムは、上記のように、非コースティング走行状態において旋回時にトルク制御を行って旋回性能を向上させるだけでなく、コースティング走行状態において旋回時にトルク制御の代わりに後輪操舵制御を行うことによって、旋回性能を向上させることが可能である。
【0037】
上記の車両制御は、
図5に示されるフローチャートに示される手順で実行される。
【0038】
まず、ステップS11において、コントローラ19は、
図1~2に示される各種センサ種々のからデータを読み込む。読み込まれるデータは、具体的には、操舵角センサ11からの前輪3aの操舵角、車速センサ12からの車速、アクセル開度センサ13からのアクセル開度、ブレーキ踏込量センサ14からのブレーキ踏込量、シフトポジションセンサ15からの自動変速機5のシフトポジション、舵角センサ16からの後輪3bの舵角θ、ヨーレートセンサ17からのヨーレート(車体2の進行方向に対する傾き)、勾配センサ18からの車体2の前後方向の勾配などである。
【0039】
ついで、ステップS12において、コントローラ19は、読み込まれた操舵角から操舵速度Tを算出する。
【0040】
ついで、ステップS13において、コントローラ19は、前輪3aの操舵角、操舵速度T、ヨーレートなどから車両が旋回しているか否か判別する。すなわち、操舵角センサ11、ヨーレートセンサ17およびコントローラ19は旋回検知部として機能する。
【0041】
車両が旋回している場合(ステップS13がYの場合)には、ステップS14において、コントローラ19は、エンジン4によるトルク制御量を算出する。トルク制御量は、上記の
図3のフローチャートのステップS1~S3の手順にしたがって算出される。
【0042】
ついで、ステップS15において、コントローラ19は、自動変速機5のクラッチ25が切れているか、すなわち、エンジン4から駆動輪である一対の前輪3aへの動力伝達が切断しているか否か判別する。
【0043】
クラッチ25が切れている場合(ステップS15がYの場合)には、コントローラ19は、動力伝達が切られたコースティング走行していると判断して、ステップS16において、エンジン4によるトルク制御量を後輪の舵角(舵角)に変換し、一対の後輪3bを旋回方向(
図10の車体2の旋回方向R1、すなわち、前輪3aの操舵方向R1参照)と逆方向(
図10の方向R2)に操舵制御(ベース制御)する。
【0044】
言い換えれば、
図6に示されるように、トルク制御の要求減速度の演算(ステップS21)をした後、クラッチ25の切断判定などによって駆動力喪失判定(S22)をし、駆動力が喪失しているとコントローラ19が判定した場合には、後輪操舵制御(S24)が実行される。
【0045】
後輪操舵制御は、具体的には、まず、
図7(a)~(c)に示されるように、コントローラ19は、駆動力無しのフラグ、前輪3aの操舵角、およびヨーレートを所定の時間ごと(例えば0.1秒ごと)に読み込む。そして、コントローラ19は、上記の
図3のフローチャートのステップS1~S3と同様に、ヨー角加速度(
図7(d)参照)およびトルク制御量(トルクダウン制御量)(
図7(e)参照)を算出する。そして、トルク制御量を変換して後輪操舵制御量(
図7(f)参照)を算出する。この算出された後輪操舵制御量に基づいて、上記のように一対の後輪3bを旋回方向(
図10の車体2の旋回方向R1および前輪3aの操舵方向R1参照)と逆方向(
図10の方向R2)に操舵制御(ベース制御)することが可能になる。
【0046】
ここで、コースティング走行状態では一対の前輪3aに荷重が乗っていないので、トルク制御量から変換した後輪操舵制御量だけではアンダーステアの傾向がある。
【0047】
そこで、本実施形態では、ステップS17において、コントローラ19は、操舵角と車速に基づき後輪操舵補正量を算出し、ベース制御に付加する。言い換えれば、
図8に示されるように、ステップS31で算出したトルク制御の要求減速度に応じた後輪の舵角(
図9(e))とステップS32で算出した操舵角と車速に応じた後輪操舵補正量(
図9(d))とを足し合わせ(ステップS33)、その足し合わせた後輪の舵角(
図9(f))を後輪操舵制御(ステップS34)に用いる。
【0048】
最後に、ステップS18において、コントローラ19は、上記の足し合わせた後輪の舵角に基づく後輪制御出力を後輪転舵機構30へ送り、足し合わせた後輪の舵角になるように後輪転舵機構30を制御する。これにより、一対の後輪3bは、旋回方向(例えば、
図10の車体2の旋回方向R1および前輪3aの操舵方向R1参照)と逆方向(
図10の方向R2)に操舵制御される。これにより、前輪3aおよび後輪3bの両方に同時に横力が発生する。その結果、コースティング走行時においても車両のヨー運動の応答性が向上し、旋回性能を向上させることが可能である。なお、ステップS18の後輪操舵制御では、エンジン制御(すなわち、エンジン4等によるトルク制御)は行われない。
【0049】
一方、クラッチ25が切れていない場合(ステップS15がNの場合)には、コントローラ19は、動力伝達が切られずに維持されている非コースティング走行していると判断して、ステップS19において、エンジン4によるトルク制御量に基づいてエンジン4へエンジン制御のための信号を出力するとともに、目標の出力トルクになるように自動変速機5のギヤも適宜切り換える。これにより、非コースティング走行時において旋回初期に一対の前輪3aに荷重をかけて車両1のヨー運動の応答性を向上するように、駆動輪である一対の前輪3aのトルク制御、具体的には、FF車におけるエンジントルクダウン制御(
図6のステップS23参照)を行うことが可能である。このように、非コースティング走行時において旋回初期に一対の前輪3aに荷重をかけて車両1のヨー運動の応答性を向上するように駆動輪である一対の前輪3aのトルクダウン制御を行うことにより、旋回性能を向上させることが可能である。なお、ステップS19のエンジン制御では、ステップS18のような後輪制御は行われない。
【0050】
(本実施形態の特徴)
(1)
本実施形態の車両制御システムは、車両走行中にエンジン4から駆動輪である一対の前輪3aへの動力伝達を切ることにより、動力伝達が切れた状態で走行するコースティング走行と動力伝達が維持された状態で走行する非コ―スティング走行とを切り換えることが可能な動力伝達切換部(自動変速機5およびコントローラ19)と、非コースティング走行時において旋回初期にて車両のヨー運動の応答性を向上するように駆動輪である一対の前輪3aのトルク制御を行うトルク制御部(エンジン4、自動変速機5およびコントローラ19)と、車両が旋回しているか否かを検知する旋回検知部(操舵角センサ11、ヨーレートセンサ17およびコントローラ19)と、動力伝達が切れているか否かを検知する動力伝達検知部(自動変速機5およびコントローラ19)と、一対の後輪3bの舵角を制御する後輪舵角制御部(後輪転舵機構30およびコントローラ19)とを備えている。
【0051】
コースティング走行の状態で、かつ、車両の旋回初期の場合には、非コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合におけるトルク制御部による駆動輪のトルク制御に代えて、後輪舵角制御部は、一対の後輪3bそれぞれの舵角を一対の前輪3aの操舵方向(
図10の操舵方向R1)に対して逆方向(
図10の方向R2)に向くように制御する。
【0052】
かかる構成によれば、コースティング走行の状態で、かつ、車両の旋回初期の場合には、トルク制御部による駆動輪である一対の前輪3aのトルク制御に代えて、後輪舵角制御部(後輪転舵機構30およびコントローラ19)が、一対の後輪3bそれぞれの舵角を前輪3aの操舵方向に対して逆方向に向くように制御することにより、前輪3aおよび後輪3bに同時に横力が発生して車両のヨー運動の応答性を向上させることが可能になる。これにより、非コースティング走行中のトルク制御(例えば、FF車ではトルクダウン)によって前輪3aに荷重がかかることで得られるヨー応答(旋回性)と、同等のヨー応答(旋回性)が得られるようなる。その結果、コースティング走行時においてトルク制御に代わる後輪操舵制御によって旋回性能を向上させることが可能である。
【0053】
つまり、通常の旋回走行初期によれば、前輪3aを操舵したとき、前輪3aにスリップアングルが付き、前輪3aに横力が発生する。この横力により、前輪3aが操舵した方向へ動き始め、車両1の向きが変わり始める。このとき、車体2のスリップアングルが付き、後輪3bにスリップアングルが付く。これにより、後輪3bに横力が発生し、安定した旋回状態となる。しかし、操舵に対して安定した旋回状態になるのに時間差が生じ、これをドライバーは「応答遅れ」と感じる。
【0054】
これに対し、非コ―スティング走行の旋回初期には一対の前輪3aに荷重をかけるように駆動輪(FF車では前輪3a)のトルク制御を行うことで、前輪3aの横力(向心力)を増やし、同時に後輪3bの横力(向心力)が減るので、車両1の向きが変わりやすい方へ前後の横力のバランスを動かすことで応答遅れを抑制することができる。一方で、コースティング走行の旋回初期には後輪3bを前輪3aとは逆方向へ向くように制御することで、前輪3aを操舵すると同時に後輪3bを操舵する。このとき、前輪3aおよび後輪3b同時にスリップアングルが付くので、前輪3aおよび後輪3b同時に横力が発生する。これにより、非コ―スティング走行時と同様に、車両1のヨー運動の応答性が向上し車体2のスリップアングルが付き、安定した旋回状態になり、応答遅れを抑制することができる。
【0055】
(2)
本実施形態の車両制御システムでは、後輪舵角制御部は、コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合における後輪3bの舵角の制御の後半において、非コースティング走行の状態で、かつ、旋回初期の場合におけるトルク制御時の駆動力の復帰速度に対して操舵制御時の後輪の舵角の復帰速度を緩やかにするように、後輪3bの舵角を制御するようにしてもよい。なお、ここで言う後輪3bの舵角の制御の後半とは、
図9(e)のトルク制御に基づく後輪3bの舵角制御量がピーク値を超えてゼロに近づく付近を指す。
【0056】
コースティング走行で旋回する場合には、トルク制御と比較して前輪3aに荷重が乗っていない分だけ後輪3bの舵角の制御終了に伴いアンダーステア傾向になる。そこで、上記の構成によれば、コースティング走行で旋回する場合において、後輪3bの舵角の制御の後半
、すなわち、図9(e)のトルク制御に基づく後輪3bの舵角制御量がピーク値を超えた範囲(具体的には、ピーク値を超えてゼロに近づく範囲)において、トルク制御時の駆動力の復帰速度に対して操舵制御時の後輪の舵角の復帰速度を緩やかにするように、後輪3bの舵角を制御する。これにより、コースティング走行で旋回する場合に、前輪3aおよび後輪3b同時にスリップアングルが付き前輪3aおよび後輪3b同時に横力が発生した状態が急激に終了することがなく緩やかに終了するため、後輪3bの舵角の制御が終了してもアンダーステアになる傾向を緩和することが可能である。
【0057】
(3)
本実施形態の車両制御システムでは、一対の前輪3aの操舵角が所定の角度よりも大きい場合および車速が所定の速度よりも大きい場合のうちの少なくとも一方の場合には、後輪舵角制御部は、後輪3bの舵角の復帰速度が前輪3aの操舵角および車速が小さい場合の後輪3bの舵角の復帰速度と比較して緩やかになるように、後輪3bの舵角を制御するようにしてもよい。
【0058】
コースティング走行で旋回する場合には、前輪3aの操舵角および車速の少なくとも一方が大きい場合には、よりアンダーステアになる傾向がある。そこで、上記のように、前輪3aの操舵角が所定の角度よりも大きい場合、および車速が所定の速度よりも大きい場合のうちの少なくとも一方の場合には、後輪舵角制御部は、復帰速度が緩やかになるように、後輪3bの舵角を制御することにより、コースティング走行で旋回する場合に、前輪3aおよび後輪3b同時にスリップアングルが付き前輪3aおよび後輪3b同時に横力が発生した状態がより緩やかに終了する。その結果、前輪3aの操舵角および車速のいずれか一方が大きい場合においても、アンダーステアになる傾向を緩和することが可能である。
【0059】
(4)
本実施形態の車両制御システムでは、車両が一対の前輪3aが駆動輪である一対の前輪3aである前輪駆動車(FF車)である。トルク制御部は、非コースティング走行時において旋回初期に一対の前輪3aに荷重をかけて車両1のヨー運動の応答性を向上するように、一対の前輪3aのトルクダウン制御を行う。
【0060】
かかる構成によれば、前輪駆動車(FF車)の場合には、コースティング走行の状態で、かつ、車両の旋回初期の場合には、トルク制御部による駆動輪である一対の前輪3aである一対の前輪3aのトルクダウン制御に代えて、後輪舵角制御部が、一対の後輪3bそれぞれの舵角を前輪3aの操舵方向に対して逆方向に向くように制御することにより、非コ―スティング走行時と同様、車両1のヨー運動の応答性を向上させることが可能になる。その結果、前輪3a駆動車(FF車)におけるコースティング走行時における旋回性能を向上させることが可能である。
【0061】
(変形例)
(A)
なお、本発明の車両制御システムは、上記実施形態のように前輪駆動車(FF車)だけでなく、車両が一対の後輪3bが駆動輪である後輪駆動車(FR車)に適用してもよい。
【0062】
このようなFR車の場合、トルク制御部は、非コースティング走行時において旋回初期にリヤサスペンションのジオメトリを利用して車両1の後部を持ち上げ前傾姿勢をつくりやすくするように、一対の後輪3bのトルクアップ制御を行うようにすればよい。
【0063】
かかる構成によれば、後輪駆動車(FR車)の場合には、コースティング走行の状態で、かつ、車両の旋回初期の場合には、トルク制御部による駆動輪である一対の前輪3aである一対の後輪3bのトルクアップ制御に代えて、後輪舵角制御部が、一対の後輪3bそれぞれの舵角を前輪3aの操舵方向に対して逆方向に向くように制御することにより、前輪駆動車の時と同様に前輪3aおよび後輪3b同時に横力が発生する。その結果、前輪駆動車の時と同様にコースティング走行時においてトルク制御に代わる後輪操舵制御によって旋回性能を向上させることが可能になる。その結果、後輪駆動車(FR車)におけるコースティング走行時における旋回性能を向上させることが可能である。
【0064】
(B)
上記実施形態では、本発明の車両制御システムをオートマチック車、すなわち、自動変速機を備えた車両に適用した例が示されているが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明の車両制御システムは、マニュアル車に適用することも可能である。すなわち、マニュアル車の場合には、車両制御システムは、運転手の操作により動力伝達の接続および切断が可能なマニュアルクラッチを備え、動力伝達検知部は、マニュアルクラッチが切断状態であることを検知することによって、動力伝達が切れていることを検知するようにすればよい。
【0065】
かかる構成によれば、マニュアル車に搭載されているマニュアルクラッチにおいても、マニュアルクラッチが切断状態であることを動力伝達検知部が検知することによって、動力伝達が切れていることを検知し、コースティング走行であることを検知することが可能である。これにより、マニュアル車においても、上記実施形態のように、コースティング走行の状態で、かつ、車両の旋回初期の場合には、トルク制御部による駆動輪のトルク制御に代えて、後輪操舵制御をして旋回性能を向上させることが可能である。
【符号の説明】
【0066】
1 車両
3b 後輪
4 エンジン
5 自動変速機(変速装置)
9 ハンドル
11 操舵角センサ
12 車速センサ
14 ブレーキ踏込量センサ
15 シフトポジションセンサ
17 ヨーレートセンサ
19 コントローラ
28 油圧センサ
30 後輪転舵機構