(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-15
(45)【発行日】2024-04-23
(54)【発明の名称】多列玉軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 19/18 20060101AFI20240416BHJP
F16C 33/60 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
F16C19/18
F16C33/60
(21)【出願番号】P 2020151366
(22)【出願日】2020-09-09
【審査請求日】2023-05-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】前川 直樹
【審査官】鈴木 貴晴
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-098018(JP,A)
【文献】特開2020-133688(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0034895(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56,
33/30-33/66,
35/08-35/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2列以上の軌道面を有する外輪と、2列以上の軌道面を有する内輪と、前記外輪及び前記内輪のそれぞれの軌道面間に接触角を持って配置される2列以上の玉と、を有し、保持器を持たない総玉タイプの多列玉軸受であって、
前記各軌道面がゴシックアーチ溝となっており、
前記外輪及び前記内輪は、少なくとも一つの軌道面において、前記軌道面の中央位置でそれぞれ分割される分割軌道輪であり、
前記内輪の溝肩部の外径は、前記玉のピッチ円直径よりも大きい、多列玉軸受。
【請求項2】
前記内輪の軌道面には、旋削仕上げが施されている、請求項
1に記載の多列玉軸受。
【請求項3】
前記玉と前記軌道面とが、4点接触である、請求項1
または2に記載の多列玉軸受。
【請求項4】
玉径をDw、前記外輪及び前記内輪の軌道輪溝半径をそれぞれRe、Riとしたとき,0.54≦Re/Dw、Ri/Dw≦0.75の関係にある、請求項1~
3のいずれか1項に記載の多列玉軸受。
【請求項5】
玉径をDw、軸受断面高さをHとしたとき、0.55≦Dw/H≦0.75の関係である、請求項1~
4のいずれか1項に記載の多列玉軸受。
【請求項6】
前記玉の表面硬さは、HRC55~60であり、
前記内輪及び前記外輪の軌道面の表面硬さは、HRC60~65であり、
前記玉の表面硬さは、前記内輪及び前記外輪の軌道面の表面硬さよりも小さい、請求項1~
5のいずれか1項に記載の多列玉軸受。
【請求項7】
前記玉の表面粗さは、0.005μmRa以上、0.100μmRa以下であり、
前記内輪及び前記外輪の表面粗さは、0.05μmRa以上、0.60μmRa以下であり、
前記玉の表面粗さは、前記内輪及び前記外輪の表面粗さよりも小さい、請求項1~
6のいずれか1項に記載の多列玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、玉軸受を複数連設して構成される多列玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、新エネルギーとして注目を浴びているシェールガス及びシェールオイルは、地下数千メートルの地中深くにあるシェール層に存在しており、それを取り出すために、掘削作業に、
図6に示すようなドリル部100を備える掘削装置が使用されている。このドリル部100は、先端(シェール層側)にドリルビット110を備えており、ドリルビット110の上端に連結された中空のドリルストリング(図示せず)を介して、地上のモータ(図示せず)を用いてドリルビット110を回転させる構成になっている。
【0003】
ドリルビット110には、地中の硬い岩盤を掘削するときに、ドリルの軸方向への高アキシアル荷重が発生し、更にはドリルストリングの自重による高アキシアル荷重が加わる。そのため、ドリルビット110を支持する軸受120には高い負荷容量が要求されるだけでなく、上下方向に加わるアキシアル荷重を受ける役割も果たさなければならない。また、軸受120の周辺は構造的に潤滑剤を軸受内に保持するスペースが無いこと、掘削途中で給油や給脂をする機構も無いこと、周囲環境が地下数千メートルでの使用になるため非常に高温になること等から、常に潤滑不良になることが懸念されている。また、泥水が容易に軸受内部に侵入しやすいため、水や異物によって早期に破損する可能性もあり、軸受120にとっては非常に過酷な使用環境になっている。
【0004】
このようなドリルビット110を支持するための軸受120として、例えば特許文献1に示されている多列の玉軸受が使用されている。この多列玉軸受では、内輪及び外輪に、軌道面をゴシックアーチ溝とした分割軌道輪を使用し、玉が軌道面と4点で接触し、且つ保持器を有しない構成としている。特に、特許文献1では、内輪断面高さは、加工性の観点から、軸受断面高さに対して50%未満に設定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1に記載の多列玉軸受が、上述した掘削装置に適用される場合、使用条件特有の水や、泥などが多量に進入する劣悪な潤滑環境に晒されるため、玉、外輪軌道面及び内輪軌道面は殆ど潤滑のない状態で回転することになる。その結果、軌道面及び玉の表面では、容易に摩耗が進行し、使用後の玉径も初期値に比べて小さくなる。
【0007】
運転中の玉は、保持器で拘束されていないため、公転による遠心力で外輪側に寄せられ、摩耗後の玉のピッチ円直径は、初期値に比べて大きくなる。その場合、内輪と摩耗後の玉の接触角は初期値に比べて大きくなり、外輪と摩耗後の玉の接触角は初期値に比べて小さくなる。そして、内輪溝肩部に接触楕円が乗り上げると、内輪軌道面の肩近傍部の摩耗が一層促進されてしまうため、改善が望まれていた。特許文献1では、摩耗後の玉4のピッチ円直径PCDの変化や内外輪の接触角の変化については詳しく言及されていない。
【0008】
本発明は上記の問題を解決するためになされたものであり、玉の摩耗が発生する環境下においても交換時期を遅らせることが期待できる多列玉軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために本発明は、下記の多列玉軸受を提供する。
(1) 2列以上の軌道面を有する外輪と、2列以上の軌道面を有する内輪と、前記外輪及び前記内輪のそれぞれの軌道面間に接触角を持って配置される2列以上の玉と、を有し、保持器を有しない総玉タイプの多列玉軸受であって、
前記各軌道面がゴシックアーチ溝となっており、
前記外輪及び前記内輪は、少なくとも一つの軌道面において、前記軌道面の中央位置でそれぞれ分割される分割軌道輪であり、
前記内輪の溝肩部の外径は、前記玉のピッチ円直径よりも大きい、多列玉軸受。
(2) 2列以上の軌道面を有する外輪と、2列以上の軌道面を有する内輪と、前記外輪及び前記内輪のそれぞれの軌道面間に接触角を持って配置される2列以上の玉と、を有する多列玉軸受であって、
前記各軌道面がゴシックアーチ溝となっており、
前記外輪及び前記内輪は、少なくとも一つの軌道面において、前記軌道面の中央位置でそれぞれ分割される分割軌道輪であり、
内輪断面高さBは、軸受断面高さHの50%を越える、多列玉軸受。
(3) 前記内輪の軌道面には、旋削仕上げが施されている、(1)または(2)のいずれかに記載の多列玉軸受。
(4) 前記玉と前記軌道面とが、4点接触である、(1)~(3)のいずれかに記載の多列玉軸受。
(5) 玉径をDw、前記外輪及び前記内輪の軌道輪溝半径をそれぞれRe、Riとしたとき,0.54≦Re/Dw、Ri/Dw≦0.75の関係にある、(1)~(4)のいずれかに記載の多列玉軸受。
(6) 玉径をDw、軸受断面高さをHとしたとき、0.55≦Dw/H≦0.75の関係である、(1)~(5)のいずれかに記載の多列玉軸受。
(7) 前記玉の表面硬さは、HRC55~60であり、
前記内輪及び前記外輪の軌道面の表面硬さは、HRC60~65であり、
前記玉の表面硬さは、前記内輪及び前記外輪の軌道面の表面硬さよりも小さい、(1)~(6)のいずれかに記載の多列玉軸受。
(8) 前記玉の表面粗さは、0.005μmRa以上、0.100μmRa以下であり、
前記内輪及び前記外輪の表面粗さは、0.05μmRa以上、0.60μmRa以下であり、
前記玉の表面粗さは、前記内輪及び前記外輪の表面粗さよりも小さい、(1)~(7)のいずれかに記載の多列玉軸受。
【発明の効果】
【0010】
本発明の多列玉軸受によれば、内輪の溝肩部の外径は、玉のピッチ円直径よりも大きいので、玉の摩耗が発生した環境下においても、内輪溝肩部に接触楕円が乗り上げるのを回避することができ、内輪軌道面の肩近傍部の摩耗が抑制され、交換時期を遅らせることが期待できる。
【0011】
また、本発明の多列玉軸受によれば、内輪断面高さBは、軸受断面高さHの50%を越えるので、玉の摩耗が発生した環境下においても、内輪溝肩部に接触楕円が乗り上げるのを回避することができ、内輪軌道面の肩近傍部の摩耗が抑制され、交換時期を遅らせることが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】アキシアル荷重が作用する初期状態において、軌道面の断面形状、及び該軌道面と玉との接触状態を説明するための
図1のII部拡大断面図である。
【
図3】アキシアル荷重が作用する玉摩耗後の状態を示す、
図2に対応する断面図である。
【
図4】(a)は、従来の多列玉軸受のアキシアル荷重が作用する初期状態を示す要部断面図であり、(b)は、アキシアル荷重が作用する玉摩耗後の状態を示す要部断面図である。
【
図5】初期状態と玉摩耗後の各種寸法を、従来の軸受を用いて説明する図である。
【
図6】掘削装置のドリル部の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に関して図面を参照して詳細に説明する。
【0014】
図1は、本発明の多列玉軸受(以下、「本軸受」という)の一実施形態を示す断面図である。本軸受1は、スラスト玉軸受であり、複数(図の例では10個)の内輪2a~2jと、外輪3a~3jとを、それぞれの端面同士を当接させて連設したものである。そして、隣接する内輪同士(例えば2b、2c)で、両内輪の当接面を中心とする一つの内輪軌道面10を形成し、隣接する外輪同士(例えば3b、3c)で、両外輪の当接面を中心とする一つの外輪軌道面11を形成し、両軌道面10,11により玉4を保持している。即ち、隣接する一対の内輪と一対の外輪とは、それぞれ一つの軌道面を形成しており、玉4を保持した軸受単位A1,A2・・・を、複数連設することで多列玉軸受が構成されている。また、本軸受1は、シール部材を有さないオープンタイプの軸受であり、ドリルビッドを支持する軸受として適用される場合には、泥水が軸受内部を通過する。
なお、以下の説明では、内輪2a~2j及び外輪3a~3jを、内輪2、外輪3、または軌道輪2、3としても表す。
【0015】
尚、両端に位置する内輪2a(2j)は、その内側に位置する内輪2b(2i)の側にのみ、内輪軌道面10の半分10aが形成されており、両端に位置する外輪3a(3j)は、その内側に位置する外輪3b(3i)の側にのみ、外輪軌道面11の半分11aが形成されている。尚、軌道面の半分とは、軌道面の断面形状の半分という意味である。
【0016】
その他の内輪2b~2i及び外輪3b~3iは、何れも同じ形状であり、両端部それぞれに内輪軌道面10の半分10aまたは外輪軌道面11の半分11aが形成されており、所謂「複列軌道輪」を備えている。即ち、内輪2b~2i及び外輪3b~3iは、
図2に示すように、中央位置に対して軸方向一方側(ドリルビット側)に第1軌道面10a1、11a1及び中央位置に対して軸方向他方側(ドリルストリング側)に第2軌道面10a2、11a2を有する。
【0017】
玉4は、玉数を可能な限り多くして軸受の負荷容量を大きくするために、保持器を使用せずに用いられ、総玉タイプの軸受としている。
【0018】
また、本軸受1では、内輪軌道面10及び外輪軌道面11は、玉4との接触を4点で行うように、
図2に示す断面形状を有する。尚、
図2は、
図1の軸受単位A2を抜粋したものであり、一対の内輪2b、2cと外輪3b、3cとを、その幅方向にて2分割して示している。
【0019】
内輪軌道面10の半分10a及び外輪軌道面11の半分11aは共に、玉4の曲率半径よりも大きい曲率半径で形成されており、両内輪2b、2c及び両外輪3b、3cを連設して形成される内輪軌道面10及び外輪軌道面11の断面形状が、所謂「ゴシックアーチ形状」を呈している。そして、初期状態では、玉4と、内輪軌道面10とは2つの点P1、外輪軌道面11とは2つの点P2で接触し、4点接触となる。内輪軌道面10及び外輪軌道面11がゴシックアーチ溝なので、軸方向の両方向からアキシアル荷重を受けることが出来る。更に、本軸受1は、内輪軌道面の半分同士10a、10aは、曲率半径が等しく設定されている。また、内輪2b、2c及び外輪3b、3cと、玉4とは、それぞれ初期値として接触角α、βを持つ。なお、接触角αは、初期状態における外輪3b、3cと玉4の接触角、接触角βは、初期状態における内輪2b、2cと玉4の接触角βを表し、初期状態において、接触角α、βは同一である。
【0020】
具体的に、本軸受1が掘削装置のドリル部に組み込まれる場合には、アキシアル荷重が下から上に向かって内輪側に加わり、
図2の軸受単位A2では、玉4は外輪3bと、内輪2cとで接触角を持って荷重を受けることができる。
また、本実施形態ように4点接触式とすることで、本軸受1を上下反転してドリル部に組み込んだ際には、軸受単位A2において、玉4は外輪3cと、内輪2bとで接触角を持って下から上に向かうアキシアル荷重を受けることができる。
【0021】
尚、初期状態での接触角、即ち、アキシアル荷重が作用する玉摩耗前の状態での接触角α、βは、許容アキシアル荷重を大きくするために40°以上が好ましく、45°以上がより好ましい。また、接触角αは際限なく大きくすれば良いわけでは無く、接触角α、βの上限は.加工が難しくなることから75°以下とすることが好ましい。
【0022】
また、
図1では軸受列数の数を9個としたが、アキシアル荷重が大きい場合にはその数を増やしても良く、スペースの問題やアキシアル荷重がそれほど大きくない場合には、逆に数を減らしても良い。
【0023】
また、本実施形態では、
図1及び
図2に示すように、内輪2の溝肩部12の外径Di1は、玉4のピッチ円直径PCDよりも大きく設定されている。また、本実施形態では、内輪断面高さBは、軸受断面高さHの50%を越えるように設定されている。
以下、この効果について、内輪2の溝肩部12の外径Di1がPCDよりも小さく、B/H<0.50である、
図4に示す従来の多列玉軸受と比較しながら説明する。
図5は、初期状態と玉摩耗後の各種寸法を、
図4に示す従来の軸受を用いて示している。
【0024】
ドリルビットを支持する多列玉軸受では、運転時に、内外輪軌道面10、11および玉4の表面は、本使用条件特有の水や泥等が多量に浸入する劣悪な潤滑環境に晒されるため、玉4および内外輪軌道面10、11は殆ど潤滑のない状態で回転をすることになる。そのため、軌道面10、11および玉4の表面では容易に摩耗が進行する。使用後の軸受を詳しく観察すると、玉径Dw1は、初期値Dwに比べて最大1.5%程度小さく変化している。なお、使用後の軸受を示す、
図3、
図4(b)及び
図5では、玉径の減少を誇張して表している。
【0025】
運転中の玉4は、保持器で拘束されていないので、公転による遠心力で外輪側に寄せられ、摩耗後の玉のピッチ円直径PCDは、初期値に比べて大きくなる。その場合、
図5に示すように、内輪2と摩耗後の玉4との接触角β1は、初期値βに比べて大きくなり、外輪3と摩耗後の玉4の接触角α1は、初期値αに比べて小さくなる。
【0026】
例えば、
図5に示す初期状態の多列玉軸受において、玉径Dw=25mm、接触角α=45°、β=45°、内輪軌道溝半径Ri=15mm、外輪軌道溝半径Re=15mmとする。
また、初期状態において、
図5中、
moe:Re-Dw/2
moi:Ri-Dw/2
とする。
【0027】
そして、上記の多列玉軸受が、使用中に摩耗した時の玉径をDw1、外輪3と摩耗後の玉との接触角をα1、内輪と摩耗後の玉との接触角をβ1、moe1:Re-Dw1/2、moi1:Ri-Dw1/2とし、h:玉のピッチ円直径変化量/2、AL:アキシャルガタとすると、以下の式が成立する。
【0028】
moe1×sin(α1)=moe×sin(α)
α1=sin-1((moe/moe1)×sin(α))
h=moe1×cos(α1)-moe×cos(α)
β1=(cos-1(moi×cos(β)-h))/moi1
AL=moi1×sin(β1)-moi×sin(β)
【0029】
したがって、使用中に玉径Dw1が24.6mm(前述した1.5%程度減少した値)まで摩耗すると、上記計算により、ピッチ円直径PCDは、0.55mm大きくなり、外輪3bと玉4の接触角α1は40.9°、内輪2cと玉4の接触角β1は56.4°に変化する。
【0030】
このため、玉4のピッチ円直径PCDが、軸受内外径の中央で、且つ、内輪2と外輪3の断面高さA,Bが同値の
図4に示すような多列玉軸受の場合、内輪2の溝肩部12に接触楕円COが乗り上げ、内輪軌道面10の肩部近傍の摩耗が一層促進され、やがて軸受のアキシャルガタが使用限界値に到達し、軸受の交換時期となる。
【0031】
一方、外輪3と玉4の接触角α1は、玉4が常に公転による遠心力で外輪側に寄せられるため、玉摩耗後も初期の接触角αを越えることはないので、外輪断面高さAは、初期段階で荷重を受けた際の接触楕円COが外輪3の溝肩部13に乗り上げないだけの必要最小の値に設定し、残った分を内輪断面高さに充てるようにすればよい。したがって、本実施形態では、
図2及び
図3に示すように、内輪2の溝肩部12の外径Di1は、玉4のピッチ円直径PCDよりも大きく設定され、また、内輪断面高さBは、軸受断面高さHの50%を越えるように設定される。これにより、玉4の摩耗による内輪2の溝肩部12への接触楕円COの乗り上げを回避することができ、軸受の交換時期を遅らせることが可能となる。
【0032】
また、内輪断面高さBが0.50Hを越える本実施形態では、内輪軌道面10を研磨仕上げでなく、旋削仕上げとすることで、0.50Hを越える内輪断面高さBであっても、比較的容易に加工することができる。
【0033】
また、本軸受1では、初期状態において、玉径Dw、内輪2a~2jの内輪軌道面(内輪軌道溝)10の半径Re、外輪3a~3jの外輪軌道面(外輪軌道溝)11の半径Riは、0.54≦Re/Dw、Ri/Dw≦0.75の関係にあることが好ましい。本軸受1は周囲環境から泥水が容易に浸入しやすい構造となっているため、軌道輪2、3の軌道面10、11と玉4の転動面との間には多量の異物が進入しやすく、異物による摩耗が進行しやすい状況となっている。本実施形態では、0.54≦Re/Dw、Ri/Dwとすることで、玉4に対する軌道輪2、3の抱き率(玉の転動面の曲率半径/軌道輪の軌道面の曲率半径)が小さくなるため、異物が進入してきても容易に外部に排出することが出来る。この結果、軌道輪2、3の軌道面10、11あるいは玉4の転動面の摩耗を抑制することが出来る。一方、軌道輪2、3の抱き率を大きくしすぎると、玉4の接触面圧が大きくなりすぎて逆に寿命低下を招くことから、Re/Dw、Ri/Dwの上限値は0.75とした。本実施形態では、摩耗低減効果を損なうことなく、かつ接触面圧過大を抑制するため、軌道面10、11の半径Re、Riは0.60≦Re/Dw、Ri/Dw≦0.70とするのが好ましい。
【0034】
また、本実施形態では、玉径Dwと軸受断面高さHとは、0.55≦Dw/H≦0.75の関係であるとしている。ドリルビットは地中の硬い岩盤を掘削する時に、ドリルの軸方向へ高アキシアル荷重が発生する。また、ドリルビットと地上のモータとを繋ぐ、ドリルストリングの自重による高アキシアル荷重も発生するため、ドリルビットを支持する本軸受1は出来るだけ高い負荷容量を要求される。Dw/Hを上記範囲とすれば、玉径Dwを大きくして負荷容量を大きくすることが出来る。一方、玉径Dwを大きくしすぎると、内輪2a~2j及び外輪3a~3jの肉厚が薄くなりすぎて、必要な剛性を確保できなくなると共に、内輪2a~2j及び外輪3a~3jの加工が難しくなる。このため、Dw/Hの上限値は0.75とした。また、必要な負荷容量を損なうことなく、かつ内輪2a~2j及び外輪3a~3jの剛性を確保するために、玉径Dwは、0.57≦Dw/H≦0.72であることが好ましい。
【0035】
上記した実施形態では、何れの軌道面中央位置で分割された複数の分割軌道輪により玉を保持する形状になっており、個々の玉を交換しやすい構造になっている。但し、本発明の多列玉軸受は上述の構造に限定されず、例えば、内輪及び外輪が、少なくとも一つの軌道面において軌道面の中央位置で分割される分割軌道輪を組み合わせたものを採用してもよい。この場合、分割軌道輪ごと玉の交換が可能である。更に、本実施形態では、外輪及び内輪は、少なくとも一つの軌道面において、軌道面の中央位置でそれぞれ分割されるが、軌道面以外の部分(肩部)では分割しないことが好ましい。本実施例のような構造は、単に単列のスラスト玉軸受を多列に並べて使用する訳ではなく、その軌道輪分割位置に各列の玉を配置しているので、軌道輪の芯ずれを起こしにくい。このため、ドリルへ軸受を組立てる際に、軌道輪や玉が芯ずれを起こし、分解して組み立てられないトラブルを防止することが出来る。従って、本発明の多列玉軸受は、油潤滑がされず、常に泥水や異物が軸受内部を通過するような過酷な使用環境下でも適している。
【0036】
更に、両端の内輪2a,2j及び外輪3a,3jを、他の内輪2b~2i及び外輪3b~3iと同一とし、最外側となる内輪軌道面10の半分10a及び外輪軌道面11の半分11aには玉4を配設しないこともできる。この場合、内輪及び外輪が1種類ですみ、部品点数の削減によるコスト減を図ることができる。
【0037】
また、掘削装置のドリル部に組み込まれる軸受の使用環境は潤滑状態が悪く、摩耗により破損しやすい。そのため、定期的に軸受交換をしてドリルビットの早期故障を防止しているが、軸受の交換に伴うメンテナンス費用は膨大である。特に、玉4に比べて軌道輪2、3の交換コストは甚大なため、メンテナンスコスト低減のために、軌道輪2、3の摩耗を出来るだけ低減する必要がある。このため、本軸受1では玉4の表面の硬さを内輪2a~2j及び外輪3a~3jの各軌道面10、11の硬さよりも小さくすることによって、軌道面10、11の摩耗を抑制する。一般的に摩耗のし易さは硬さの大小によって決まるため、本軸受1では、硬さの低い玉表面が先に摩耗が進行し、内輪2a~2j及び外輪3a~3jの各軌道面10、11の摩耗が抑制される。また、玉4がある程度摩耗した際に玉4のみを交換すればよく、軸受を全交換するよりも費用を抑えることができる。
具体的には、玉4の表面硬さは、HRC55~60であり、内輪2a~2j及び外輪3a~3jの軌道面10、11の表面硬さは、HRC60~65であり、玉4の表面硬さは、内輪2a~2j及び外輪3a~3jの軌道面10、11の表面硬さよりも小さい。
【0038】
また、本実施形態では、内輪2a~2j及び外輪3a~3jの軌道面10、11の粗さをSe、Si、玉4の表面粗さをSbとしたとき、0.05μmRa≦Se、Si≦0.60μmRa、かつ0.005μmRa≦Sb≦0.100μmRa、かつSe、Si≧Sbの関係であるとしている。即ち、玉4の表面粗さを軌道輪2、3の粗さよりも良くすることによっても、軌道輪2、3が玉4よりも先に摩耗するのを抑制して、軌道輪2、3のメンテナンスコストを低減することが出来る。表面粗さが大きくなると、内輪および外輪軌道面10、11および玉4の表面の摩耗が進行しやすくなるため、Se、Siが上記範囲であれば、本アプリケーションの使用環境において、摩耗低減に効果的である。粗さの下限値は、際限なく小さくして良いわけではなく、それぞれ加工上の制約から決定される。
【0039】
また、軌道面粗さと玉表面粗さの関係をSe、Si>Sbとしているが、一般的に二つの部材が接触するとき、粗さの悪い部材よりも、粗さの良い部材のほうが摩耗し易い傾向が知られている。玉4の粗さを良くすることによって、玉4が軌道輪2、3の摩耗を加速させることがなくなるため、結果として軌道輪2、3の摩耗を低減することが出来る。一方、玉4は、軌道輪2、3よりも先に摩耗が進行するが、一定時間試用して玉4がある程度摩耗した時に玉4のみを交換すれば、軌道輪2、3を交換するよりもメンテナンスコストを低減することが出来る。
【0040】
このように、本軸受1は高温で、劣悪な潤滑環境であり、異物混入する過酷な環境での使用でも長寿命になる。本軸受は、ドリル部100のドリルビット110を支持する軸受120として好適であるが、マッドモータやダウンホールモータ等の掘削機械に使用されるドリルビットにも好適である。また、その他にも鉱山や油田等に使用される掘削機等に組み込まれる軸受として利用することもできる。
【0041】
さらに、本発明の多列玉軸受では、外輪及び内輪が、少なくとも一つの軌道面において、軌道面の中央位置でそれぞれ分割される分割軌道輪であればよい。
【0042】
また、本実施形態では、軸受単位において、玉4と、内輪及び外輪軌道面とが4点接触である場合を説明したが、これに限定されず、一方の軌道面が2点で接触し、他方の軌道面が1点で接触する3点接触であってもよい。
【0043】
また、本発明は、内輪2の溝肩部12の外径Di1を、玉4のピッチ円直径PCDよりも大きく設定することで、例えば、内輪2の溝底の径方向寸法が薄く、内輪断面高さBは、軸受断面高さHの50%以下となる場合でも、本発明の効果を奏することができる。
さらに、本軸受1において、内輪や外輪、玉の材料には制限はなく、公知のものが適用される。
【符号の説明】
【0044】
1 多列玉軸受
2a~2j 内輪
3a~3j 外輪
4 玉
10 内輪軌道面
11 外輪軌道面
12 内輪の溝肩部
13 外輪の溝肩部
100 ドリル部
110 ドリルビット
120 軸受