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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-15
(45)【発行日】2024-04-23
(54)【発明の名称】錨泊支援方法及び錨泊支援システム
(51)【国際特許分類】
   B63B 21/04 20060101AFI20240416BHJP
   B63B 21/00 20060101ALI20240416BHJP
   B63B 21/22 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
B63B21/04 Z
B63B21/00 Z
B63B21/22
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2020019077
(22)【出願日】2020-02-06
(65)【公開番号】P2021123265
(43)【公開日】2021-08-30
【審査請求日】2023-01-13
(73)【特許権者】
【識別番号】501204525
【氏名又は名称】国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100098545
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100189717
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 貴章
(72)【発明者】
【氏名】上野 道雄
【審査官】中川 隆司
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-140549(JP,A)
【文献】特開昭61-064598(JP,A)
【文献】実開昭60-125293(JP,U)
【文献】特開昭60-161575(JP,A)
【文献】特開昭61-085291(JP,A)
【文献】特開昭60-236889(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63B 21/04
B63B 21/00
B63B 21/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
錨と錨鎖を有した船舶の錨泊を支援する方法であって、前記錨鎖の伸出錨鎖長さにより異なる限界把駐力と、前記錨鎖にかかる錨鎖水平張力とを比較して、走錨の危険性を評価するに当り、前記限界把駐力を、少なくとも前記錨の水中重量と、前記錨の性能と水底土質により決められる前記錨の把駐力係数、及び前記錨鎖の水底への横たわり状態を考慮して導出するものであり、
前記限界把駐力を、前記伸出錨鎖長さに基づいた式(1)及び式(2)で決まる、前記錨鎖の一部が前記水底に横たわった状態である第一の状態、前記錨鎖が前記水底に横たわっておらず前記水底から角度0で立ち上がった状態である第二の状態、前記錨鎖が前記水底に横たわっておらず前記水底から0度より大きい角度で立ち上がった状態である第三の状態の3つの状態に分けて導出することを特徴とする錨泊支援方法。
【数1】
【数2】
k :伸出錨鎖長さ[m]
:状態分岐錨鎖長さ[m]
h :水底の錨から錨鎖口までの高さ[m]
:錨の把駐力係数
:錨の水中重量[N]
:錨鎖の単位長さ当たりの水中重量[N/m]
【請求項2】
前記3つの状態ごとに前記限界把駐力(T )を、前記第一の状態は式(3)、前記第二の状態は式(4)、前記第三の状態は式(5)から式(8)に基づいて導出することを特徴とする請求項に記載の錨泊支援方法。
【数3】
【数4】
【数5】
【数6】
【数7】
【数8】
:限界把駐力
h :水底の錨から錨鎖口までの高さ[m]
:錨の把駐力係数
:錨の水中重量[N]
:錨鎖の把駐力係数
:錨鎖の単位長さ当たりの水中重量[N/m]
k :伸出錨鎖長さ[m]
α :錨鎖張力の上向き成分が錨の把駐力におよぼす影響を表す係数
【請求項3】
前記錨鎖水平張力を、前記錨鎖にかかる張力を計測した結果に基づいて求めることを特徴とする請求項1又は請求項に記載の錨泊支援方法。
【請求項4】
前記錨鎖水平張力を、錨鎖口における前記錨鎖の錨鎖鉛直(上下)角度、前記錨鎖の空中長さ、及び前記錨鎖の空中部分の水平長さの少なくともいずれか1つを用いて推定することを特徴とする請求項1又は請求項に記載の錨泊支援方法。
【請求項5】
前記限界把駐力と前記錨鎖水平張力との比較を、前記限界把駐力時における前記錨鎖鉛直(上下)角度と現在の前記錨鎖鉛直(上下)角度、前記限界把駐力時における前記空中長さと現在の前記空中長さ、及び前記限界把駐力時における前記空中部分の水平長さと現在の前記空中部分の水平長さの少なくともいずれか1つを比較して行うことを特徴とする請求項に記載の錨泊支援方法。
【請求項6】
前記限界把駐力と前記錨鎖水平張力を時系列的に表示することを特徴とする請求項1から請求項のいずれか1項に記載の錨泊支援方法。
【請求項7】
前記限界把駐力と前記錨鎖水平張力の差分を表示又は前記差分に基づいて警報することを特徴とする請求項1から請求項のいずれか1項に記載の錨泊支援方法。
【請求項8】
錨と錨鎖を有した船舶の錨泊を支援するシステムであって、前記錨鎖の伸出錨鎖長さにより異なる限界把駐力を導出する限界把駐力導出手段と、前記錨鎖にかかる錨鎖水平張力を導出する錨鎖水平張力導出手段と、前記限界把駐力と前記錨鎖水平張力とを比較して走錨の危険性を推定する走錨危険性推定手段とを備え、前記限界把駐力導出手段が、前記限界把駐力を、請求項1又は請求項に記載の錨泊支援方法に基づいて導出することを特徴とする錨泊支援システム。
【請求項9】
前記錨鎖水平張力導出手段が、前記錨鎖の張力を検出する張力計測手段の計測結果に基づいて前記錨鎖水平張力を導出することを特徴とする請求項に記載の錨泊支援システム。
【請求項10】
前記錨鎖水平張力導出手段が、錨鎖口における前記錨鎖の錨鎖鉛直上下)角度を計測する錨鎖角度計測手段、前記錨鎖の空中長さを計測する空中長計測手段、及び前記錨鎖の空中部分の水平長さを計測する水平長計測手段の少なくともいずれか1つの計測結果に基づいて前記錨鎖水平張力を導出することを特徴とする請求項に記載の錨泊支援システム。
【請求項11】
錨泊支援を行う報知手段をさらに備え、前記走錨危険性推定手段の推定結果を前記報知手段を用いて報知することを特徴とする請求項から請求項10のいずれか1項に記載の錨泊支援システム。
【請求項12】
前記報知手段として表示手段を用い、前記限界把駐力導出手段で導出された前記限界把駐力と、前記錨鎖水平張力導出手段で導出された前記錨鎖水平張力を時系列的に表示し、前記走錨の危険性を前記限界把駐力と前記錨鎖水平張力の差分として表示することを特徴とする請求項11に記載の錨泊支援システム。
【請求項13】
前記差分に閾値を設け、前記走錨の危険性が所定の前記閾値以下になった場合、または前記差分の前記閾値に近づく速度を判断して、警報をして報知することを特徴とする請求項12に記載の錨泊支援システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、錨と錨鎖を有した船舶の錨泊を支援する錨泊支援方法及び錨泊支援システムに関する。
【背景技術】
【0002】
走錨とは、錨泊中の船舶が錨と錨鎖の把駐力(船舶をつなぎ止める力)を超えた外力を風や波などから受けたときに船舶が錨と錨鎖を引きずりながら外力の方向に押し流される現象のことをいう。いったん走錨が始まると船舶を止めることは困難で、これまでにもしばしば衝突や座礁などの重大な海難事故を引き起こす原因となってきた。
走錨を検知するための主な研究例としては、強風下における船舶の振れ回り運動などをGPSやレーダー等によって監視して、その異常を発見することによって走錨をいち早く検知しようとする方法がある(研究例a)。また、研究例aに関連する方法として、GPS等で錨と船舶の位置を比較し、これらの距離と錨鎖の長さから走錨を検知しようとする方法がある(研究例b)。また、何らかの方法で計測又は評価した錨鎖に働く張力を、別途推定した錨と錨鎖の形状から決まる静的最大把駐力と比較して、前者が後者を超えたら走錨が発生するとしてこれを検知しようとする方法がある(研究例c)。研究例cの方法は、力の理論値と計測値等の比較による方法なので、走錨に至るまでの余裕の程度(危険余裕)を知ることができる点で有用と考えられる。
【0003】
また、特許文献1には、海底土質検出器と、繰出し描鎖長検出器と、錨鎖角検出器と、錨鎖張力検出器と、風向風速検出器と、潮流検出器と、これらの検出器からの検出信号を受けて錨と錨鎖との最大把駐力および船体に働く外力を演算すると共に錨鎖張力を最大把駐力以下に保持するのに必要な縦横方向の守錨制御推進力を演算し、守錨制御推進力に応じた制御信号を主機制御手段、旋回装置制御手段或いは吃水制御手段へ出力する制御装置とを備えた自動守錨制御装置が開示されている。
また、特許文献2には、自船から錨に至る水平距離を、錨鎖張力と水深とを用いて錨鎖カテナリ理論式で求めた錨鎖カテナリと繰出し錨鎖長とから演算し、投錨位置から現在の自船位置に至る水平距離を、自船の船速若しくは加速度を投錨から現在に亙って時間積分することにより演算し、自船から錨に至る水平距離と投錨位置から現在の自船位置に至る水平距離とを比較することにより走錨を検知する走錨検知方法が開示されている。
また、特許文献3には、チェーンの張力を計測する張力測定装置と、測定値を送信する送信器と、船体側に備えられ送信器からの信号を受信する受信器とを有する錨の把駐力測定装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開昭61-64598号公報
【文献】特開昭61-66968号公報
【文献】特開昭61-85291号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
研究例aの方法では、走錨が発生した段階でこれをいち早く検知することには役立っても、走錨に至るまでの危険性を前もって評価する手段とはなりにくい。また研究例bの方法においては、海底土質や錨と錨鎖の性能も考慮されず、錨と船舶の距離がどれくらいになったら走錨に至るかの裏付けが十分とはいえない。
研究例cの方法に関するこれまでの研究は、海底土質や錨と錨鎖の性能を考慮しているものの、錨と錨鎖の形状から決まる静的最大把駐力は外力の大きさによって変化するので比較すべき値としては必ずしも適当とはいえない。また、研究例cの方法では、錨鎖の一部が海底にある場合を主に対象としてきており、錨鎖のすべてが懸垂曲線を描くような状況を対象とした研究は少ない。錨鎖のすべてが懸垂曲線を描くような状況では錨鎖が錨を斜め上方に引くことになるため錨の把駐力が減少することが知られているが、この効果を考慮した研究も少ない。また、これらを考慮した研究においては、海底から錨鎖が立ち上がる角度と錨の把駐力の関係を用いるため繰り返し計算を必要としており、限界把駐力が陽に求められないほか、どういう条件で錨鎖のすべてが懸垂曲線を描くかの検討も十分とはいえない。
【0006】
また、特許文献1は、錨自体の把駐力に錨鎖の把駐力を加えたものを最大把駐力とするものであるが、錨鎖の把駐力を決めるにあたっては錨鎖の海底直線部長さと錨鎖単位重量のみを考慮しており、海底における錨鎖の立ち上がり状況は考慮していない。よって、最大把駐力(限界把駐力)を精度よく把握できているとはいい難い。
また、特許文献2は、船舶の現在位置と投錨位置とのなす距離を錨鎖張力等から推定した錨までの距離と比較して走錨を検知しようとするものであるから、走錨が発生したことを早期に検知することはできても、走錨の危険性を事前に評価することは困難である。
また、特許文献3は、実際の把駐力を計測することを主眼においており、理論把駐力については、形状や重量等に基づいて計算により求めることができる程度の記載しかない。よって、理論把駐力(限界把駐力)を精度よく把握できているとはいい難い。
【0007】
そこで本発明は、限界把駐力を精度よく導出して走錨の危険性を的確に評価する錨泊支援方法及び錨泊支援システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1記載に対応した錨泊支援方法においては、錨と錨鎖を有した船舶の錨泊を支援する方法であって、錨鎖の伸出錨鎖長さにより異なる限界把駐力と、錨鎖にかかる錨鎖水平張力とを比較して、走錨の危険性を評価するに当り、限界把駐力を、少なくとも錨の水中重量と、錨の性能と水底土質により決められる錨の把駐力係数、及び錨鎖の水底への横たわり状態を考慮して導出するものであり、限界把駐力を、伸出錨鎖長さに基づいた式(1)及び式(2)で決まる、錨鎖の一部が水底に横たわった状態である第一の状態、錨鎖が水底に横たわっておらず水底から角度0で立ち上がった状態である第二の状態、錨鎖が水底に横たわっておらず水底から0度より大きい角度で立ち上がった状態である第三の状態の3つの状態に分けて導出することを特徴とする。
【数1】
【数2】
k :伸出錨鎖長さ(m)
:状態分岐錨鎖長さ(m)
h :水底の錨から錨鎖口までの高さ(m)
:錨の把駐力係数
:錨の水中重量(N)
:錨鎖の単位長さ当たり水中重量(N/m)
請求項1に記載の本発明によれば、錨鎖の伸出錨鎖長さを考慮した精度の高い限界把駐力と、錨鎖水平張力とを用いて走錨の危険性を的確に評価することができる。また、限界把駐力を精度よく導出することができる。なお、さらに錨鎖張力の上向き成分が錨の把駐力におよぼす影響を考慮してもよい。また、第一から第三の状態の内どの状態で限界把駐力が現れるかを判断してその状態における限界把駐力を導出するため、限界把駐力をさらに精度よく導出することができる。
【0009】
求項記載の本発明は、3つの状態ごとに限界把駐力(T )を、第一の状態は式(3)、第二の状態は式(4)、第三の状態は式(5)から式(8)に基づいて導出することを特徴とする。
【数3】
【数4】
【数5】
【数6】
【数7】
【数8】
:限界把駐力
h :水底の錨から錨鎖口までの高さ(m)
:錨の把駐力係数
:錨の水中重量(N)
:錨鎖の把駐力係数
:錨鎖の単位長さ当たり水中重量(N/m)
k :伸出錨鎖長さ(m)
α :錨鎖張力の上向き成分が錨の把駐力におよぼす影響を表す係数
請求項に記載の本発明によれば、各状態における限界把駐力を精度よく導出することができる。
【0010】
請求項記載の本発明は、錨鎖水平張力を、錨鎖にかかる張力を計測した結果に基づいて求めることを特徴とする。
請求項に記載の本発明によれば、張力の計測結果に基づいて錨鎖水平張力を精度よく求めることができる。
【0011】
請求項記載の本発明は、錨鎖水平張力を、錨鎖口における錨鎖の錨鎖鉛直(上下)角度、錨鎖の空中長さ、及び錨鎖の空中部分の水平長さの少なくともいずれか1つを用いて推定することを特徴とする。
請求項に記載の本発明によれば、錨鎖の状態から錨鎖水平張力を精度よく推定することができる。
【0012】
請求項記載の本発明は、限界把駐力と錨鎖水平張力との比較を、限界把駐力時における錨鎖鉛直(上下)角度と現在の錨鎖鉛直(上下)角度、限界把駐力時における空中長さと現在の空中長さ、及び限界把駐力時における空中部分の水平長さと現在の空中部分の水平長さの少なくともいずれか1つを比較して行うことを特徴とする。
請求項に記載の本発明によれば、走錨の危険性を、限界把駐力時と現在の錨鎖鉛直(上下)角度、錨鎖の空中長さ、又は錨鎖の空中部分の水平長さを用いて評価することができる。
【0013】
請求項記載の本発明は、限界把駐力と錨鎖水平張力を時系列的に表示することを特徴とする。
請求項に記載の本発明によれば、船長等は、錨鎖水平張力が刻々変化することによる限界把駐力と錨鎖水平張力との差分の増減傾向を把握しやすくなるため、走錨の危険性を把握して走錨を防ぐための対応をより的確に行うことができる。
【0014】
請求項記載の本発明は、限界把駐力と錨鎖水平張力の差分を表示又は差分に基づいて警報することを特徴とする。
請求項に記載の本発明によれば、差分を表示することで船長等に走錨の危険性をより正確に知らせることができる。また差分に基づいて警報することで船長等に走錨を防ぐための対応を促すことができる。
【0015】
請求項記載に対応した錨泊支援システムにおいては、錨と錨鎖を有した船舶の錨泊を支援するシステムであって、錨鎖の伸出錨鎖長さにより異なる限界把駐力を導出する限界把駐力導出手段と、錨鎖にかかる錨鎖水平張力を導出する錨鎖水平張力導出手段と、限界把駐力と錨鎖水平張力とを比較して走錨の危険性を推定する走錨危険性推定手段とを備え、限界把駐力導出手段が、限界把駐力を、錨泊支援方法に基づいて導出することを特徴とする。
請求項に記載の本発明によれば、錨鎖の伸出錨鎖長さを考慮した精度の高い限界把駐力と、錨鎖水平張力とを用いて走錨の危険性を的確に評価することができる。また、限界把駐力を精度よく導出することができる。
【0016】
請求項記載の本発明は、錨鎖水平張力導出手段が、錨鎖の張力を検出する張力計測手段の計測結果に基づいて錨鎖水平張力を導出することを特徴とする。
請求項に記載の本発明によれば、張力の計測結果に基づいて錨鎖水平張力を精度よく導出することができる。
【0017】
請求項10記載の本発明は、錨鎖水平張力導出手段が、錨鎖口における錨鎖の錨鎖鉛直(上下)角度を計測する錨鎖角度計測手段、錨鎖の空中長さを計測する空中長計測手段、及び錨鎖の空中部分の水平長さを計測する水平長計測手段の少なくともいずれか1つの計測結果に基づいて錨鎖水平張力を導出することを特徴とする。
請求項10に記載の本発明によれば、錨鎖の状態から錨鎖水平張力を精度よく導出することができる。
【0018】
請求項11記載の本発明は、錨泊支援を行う報知手段をさらに備え、走錨危険性推定手段の推定結果を報知手段を用いて報知することを特徴とする。
請求項11に記載の本発明によれば、船長等に走錨の危険性の推定結果を提供することができる。
【0019】
請求項12記載の本発明は、報知手段として表示手段を用い、限界把駐力導出手段で導出された限界把駐力と、錨鎖水平張力導出手段で導出された錨鎖水平張力を時系列的に表示し、走錨の危険性を限界把駐力と錨鎖水平張力の差分として表示することを特徴とする。
請求項12に記載の本発明によれば、船長等は、錨鎖水平張力が刻々変化することによる限界把駐力と錨鎖水平張力との差分の増減傾向を時系列的に表示された限界把駐力と錨鎖水平張力から把握しやすくなり、また表示された差分により走錨の危険性を正確に把握しやすくなるため、走錨を防ぐための対応をより的確に行うことができる。
【0020】
請求項13記載の本発明は、差分に閾値を設け、走錨の危険性が所定の閾値以下になった場合、または差分の閾値に近づく速度を判断して、警報をして報知することを特徴とする。
請求項13に記載の本発明によれば、警報により船長等に走錨を防ぐための対応を的確に促すことができる。特に、差分の閾値に近づく速度を判断して警報する場合は、走錨の危険性の状況変化に対応して緊急に報知することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の錨泊支援方法によれば、錨鎖の伸出錨鎖長さを考慮した精度の高い限界把駐力と、錨鎖水平張力とを用いて走錨の危険性を的確に評価することができる。また、限界把駐力を精度よく導出することができる。なお、さらに錨鎖張力の上向き成分が錨の把駐力におよぼす影響を考慮してもよい。
【0022】
また、限界把駐力を、伸出錨鎖長さに基づいた式(1)及び式(2)で決まる、錨鎖の一部が水底に横たわった状態である第一の状態、錨鎖が水底に横たわっておらず水底から角度0で立ち上がった状態である第二の状態、錨鎖が水底に横たわっておらず水底から0度より大きい角度で立ち上がった状態である第三の状態の3つの状態に分けて導出するので、第一から第三の状態の内どの状態で限界把駐力が現れるかを判断してその状態における限界把駐力を導出するため、限界把駐力をさらに精度よく導出することができる。
【0023】
また、3つの状態ごとに限界把駐力T を、第一の状態は式(3)、第二の状態は式(4)、第三の状態は式(5)から式(8)に基づいて導出する場合は、各状態における限界把駐力を精度よく導出することができる。
【0024】
また、錨鎖水平張力を、錨鎖にかかる張力を計測した結果に基づいて求める場合は、張力の計測結果に基づいて錨鎖水平張力を精度よく求めることができる。
【0025】
また、錨鎖水平張力を、錨鎖口における錨鎖の錨鎖鉛直(上下)角度、錨鎖の空中長さ、及び錨鎖の空中部分の水平長さの少なくともいずれか1つを用いて推定する場合は、錨鎖の状態から錨鎖水平張力を精度よく推定することができる。
【0026】
また、限界把駐力と錨鎖水平張力との比較を、限界把駐力時における錨鎖鉛直(上下)角度と現在の錨鎖鉛直(上下)角度、限界把駐力時における空中長さと現在の空中長さ、及び限界把駐力時における空中部分の水平長さと現在の空中部分の水平長さの少なくともいずれか1つを比較して行う場合は、走錨の危険性を、限界把駐力時と現在の錨鎖鉛直(上下)角度、錨鎖の空中長さ、又は錨鎖の空中部分の水平長さを用いて評価することができる。
【0027】
また、限界把駐力と錨鎖水平張力を時系列的に表示する場合は、船長等は、錨鎖水平張力が刻々変化することによる限界把駐力と錨鎖水平張力との差分の増減傾向を把握しやすくなるため、走錨の危険性を把握して走錨を防ぐための対応をより的確に行うことができる。
【0028】
また、限界把駐力と錨鎖水平張力の差分を表示又は差分に基づいて警報する場合は、差分を表示することで船長等に走錨の危険性をより正確に知らせることができる。また差分に基づいて警報することで船長等に走錨を防ぐための対応を促すことができる。
【0029】
また、本発明の錨泊支援システムによれば、錨鎖の伸出錨鎖長さを考慮した精度の高い限界把駐力と、錨鎖水平張力とを用いて走錨の危険性を的確に評価することができる。また、限界把駐力を精度よく導出することができる。
【0030】
また、錨鎖水平張力導出手段が、錨鎖の張力を検出する張力計測手段の計測結果に基づいて錨鎖水平張力を導出する場合は、張力の計測結果に基づいて錨鎖水平張力を精度よく導出することができる。
【0031】
また、錨鎖水平張力導出手段が、錨鎖口における錨鎖の錨鎖鉛直(上下)角度を計測する錨鎖角度計測手段、錨鎖の空中長さを計測する空中長計測手段、及び錨鎖の空中部分の水平長さを計測する水平長計測手段の少なくともいずれか1つの計測結果に基づいて錨鎖水平張力を導出する場合は、錨鎖の状態から錨鎖水平張力を精度よく導出することができる。
【0032】
また、錨泊支援を行う報知手段をさらに備え、走錨危険性推定手段の推定結果を報知手段を用いて報知する場合は、船長等に走錨の危険性の推定結果を提供することができる。
【0033】
また、報知手段として表示手段を用い、限界把駐力導出手段で導出された限界把駐力と、錨鎖水平張力導出手段で導出された錨鎖水平張力を時系列的に表示し、走錨の危険性を限界把駐力と錨鎖水平張力の差分として表示する場合は、船長等は、錨鎖水平張力が刻々変化することによる限界把駐力と錨鎖水平張力との差分の増減傾向を時系列的に表示された限界把駐力と錨鎖水平張力から把握しやすくなり、また表示された差分により走錨の危険性を正確に把握しやすくなるため、走錨を防ぐための対応をより的確に行うことができる。
【0034】
また、差分に閾値を設け、走錨の危険性が所定の閾値以下になった場合、または差分の閾値に近づく速度を判断して、警報をして報知する場合は、警報により船長等に走錨を防ぐための対応を的確に促すことができる。特に、差分の閾値に近づく速度を判断して警報する場合は、走錨の危険性の状況変化に対応して緊急に報知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】本発明の実施形態による錨泊支援方法において錨泊時を3つの状態に分けて示した図
図2】同某船舶の某錨泊地における伸出錨鎖長さと限界把駐力の関係を示した図
図3】同錨鎖水平張力と錨及び錨鎖の把駐力との関係を示した図
図4】同錨鎖水平張力と錨鎖鉛直(上下)角度との関係を示した図
図5】同錨鎖水平張力と錨鎖の空中長さとの関係を示した図
図6】同錨鎖水平張力と錨鎖の空中部分の水平長さとの関係を示した図
図7】同錨鎖水平張力と把駐力の危険余裕の時間的推移を例示した図
図8】本発明の実施形態による錨泊支援システムのブロック図
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下に、本発明の実施形態による錨泊支援方法及び錨泊支援システムについて説明する。
【0037】
図1は錨泊時を3つの状態に分けて示した図であり、(a)は第一の状態、(b)は第二の状態、(c)は第三の状態を示している。
船舶1は、水底2におろされる錨10と、先端が錨10と接続し後端が船舶1と接続した錨鎖20を有する。錨鎖20は、船舶1の船首部に設けられた錨鎖口30から繰り出される。
錨10が水底2におりると、錨鎖20は船舶1と錨10との間で懸垂曲線を描く。本実施形態では、懸垂曲線を描く錨10と錨鎖20の状況を、第一の状態、第二の状態、及び第三の状態の3つの状態に分ける。
錨10と船舶1との水平距離は、第一の状態が最も近く、第三の状態が最も離れている。図1中の▼は、錨鎖20の立ち上がり位置Aを示している。
【0038】
図1(a)に示す第一の状態は、錨鎖20の一部が水底2に横たわった状態である。第一の状態では、錨鎖20の立ち上がり位置Aは水底2上となる。錨鎖20は、立ち上がり位置Aにおいて水平(水底2と平行)であり、水底2から角度0(ゼロ)で立ち上がっている。
図1(b)に示す第二の状態は、錨鎖20が水底2に横たわっておらず、錨鎖20が水底2から角度0(ゼロ)で立ち上がった状態である。第二の状態では、錨鎖20の立ち上がり位置Aは錨10との接続部となる。錨鎖20は、立ち上がり位置Aにおいて水平(水底2と平行)である。
図1(c)に示す第三の状態は、錨鎖20が水底2に横たわっておらず、錨鎖20が水底2から0度よりも大きい角度θで立ち上がった状態である。第三の状態では、錨鎖20の立ち上がり位置Aは錨10との接続部となる。錨鎖20は、立ち上がり位置Aにおいて水底2に対して傾いている。
【0039】
本実施形態では、水深と水底土質等を考慮した上で、伸出錨鎖長さkに応じて3つの状態の内のどの状態で限界把駐力T が現れるか、すなわちどの状態で走錨が発生するかを判断すると共に、その限界把駐力T の値を導出する。なお、水底土質は海図等から判断する。
第一から第三の状態の内どの状態で走錨が発生するかの判断と、限界把駐力T の導出には、錨10と錨鎖20の性能、水底土質、水深、及び伸出錨鎖長さkを用いる。錨10と錨鎖20の性能、水底土質、及び水深は、船舶1(錨10、錨鎖20)と錨泊地から決まり、伸出錨鎖長さk[m]は、船長等の判断によって決まる。
【0040】
第一から第三の状態の内、どの状態で限界把駐力T が現れるか、すなわちどの状態で走錨が発生するかを判断するにあたっては、次式(1)に示すように、状態分岐錨鎖長さk[m]が重要な役割をもつ。
【数1】
状態分岐錨鎖長さkは、第一から第三の状態の内どの状態で限界把駐力T が現れるか(どの状態で走錨が発生するか)の分岐点となる錨鎖長さであり、次式(2)で表される。
【数2】
式(2)において、hは水底2の錨10から錨鎖口30までの高さ(水深+水面3から錨鎖口30までの高さ)[m]、wは錨10の水中重量[N]、wは錨鎖20の単位長さ当たり水中重量[N/m]、rは錨10の把駐力係数である。錨10の把駐力係数rは、錨10の性能(型式、寸法)と水底土質によって決まる。錨10の水中重量wと、錨10の性能と水底土質により決められる錨10の把駐力係数rを考慮することで、限界把駐力T を精度よく導出することができる。
式(1)に示すように、伸出錨鎖長さkが状態分岐錨鎖長さkよりも長い場合は第一の状態で限界把駐力T が現れ、伸出錨鎖長さkが状態分岐錨鎖長さkと等しい場合は第二の状態で限界把駐力T が現れ、伸出錨鎖長さkが状態分岐錨鎖長さkよりも短い場合は第三の状態で限界把駐力T が現れる。このように、伸出錨鎖長さkを状態分岐錨鎖長さkと比較することで、走錨が第一から第三の状態のいずれの状態で発生するかを判断することができる。
【0041】
3つの状態ごとの限界把駐力T を導出するにあたっては、それぞれの状態に適した計算式を適用する。限界把駐力T を3つの状態に分けて導出することで、各状態における限界把駐力T を精度よく導出することができる。
第一の状態の限界把駐力T は、次式(3)に基づいて導出する。
【数3】
式(3)において、rは錨鎖20の把駐力係数である。錨鎖20の把駐力係数rは、錨鎖20の性能(型式、寸法)と水底土質によって決まる。
【0042】
第二の状態の限界把駐力T は、次式(4)に基づいて導出する。
【数4】
【0043】
第三の状態の限界把駐力T は、次式(5)に基づいて導出する。
【数5】
式(5)におけるq1、q2、q3は、それぞれ次式(6)、次式(7)、次式(8)で表される。
【数6】
【数7】
【数8】
式(8)において、αは錨鎖張力の上向き成分が錨10の把駐力におよぼす影響を表す係数である。すなわち、第三の状態において限界把駐力T を導出する際は、錨10の見掛けの重量は錨鎖張力の上向き成分のα倍だけ減少すると考え、その影響を考慮する。これにより、第三の状態での限界把駐力T を精度よく導出することができる。
【0044】
なお、式(3)から式(5)は次式(A1)を解くことによって求めることができる。
【数A1】
ここで、第一の状態については次式(A2)、第二の状態については次式(A3)、第三の状態については次式(A4)である。
【数A2】
【数A3】
【数A4】
式(A2)、式(A3)、及び式(A4)は公称把駐力f(Th)を表し、錨鎖20の水平張力である錨鎖水平張力Tはこれを超えることはできない。式(A2)におけるlは錨鎖20のうち水底2に横たわる部分の長さ、sは錨鎖20の懸垂部分の長さを表す。また、式(A4)におけるTvAは錨10の位置における錨鎖張力の上向き成分を表す。
【0045】
また、錨鎖20は水面3より下側の水中部分と水面3より上側の空中部分とからなり、水中重量と空中重量は異なるため水底2から錨鎖口30までの曲線は厳密には懸垂曲線にはならない。本実施形態ではこの重量の違いの影響を小さいと仮定して伸出錨鎖長さk全体に亘って水中重量をもとに懸垂曲線を考えているが、より正確な判断を行うために水中重量と空中重量の違いによる影響を考慮することもできる。
【0046】
また、錨鎖20には自重と張力によって伸びが発生する。本実施形態では錨鎖20の伸びの影響を小さいと仮定して無視して懸垂曲線を考えているが、より正確な判断を行うために伸びの影響を考慮することもできる。
【0047】
また、錨鎖張力の鉛直成分によって船の喫水とりわけ船首喫水が変化することが考えられる。本実施形態では喫水の変化の影響は無視しているが、より正確な判断を行うために喫水の変化による影響を考慮することもできる。
【0048】
走錨の危険性の評価は、限界把駐力T と時々刻々の錨鎖水平張力Tとを比較して判断する。そのため、錨泊中の錨鎖水平張力Tを、計測により求めるか、又は推定する必要がある。
計測により求める場合は、錨鎖20にかかる張力を張力計等で計測し、計測結果に基づいてその水平成分である錨鎖水平張力Tを求める。錨鎖20にかかる張力を計測することで、張力の計測結果に基づいて錨鎖水平張力Tを精度よく求めることができる。
また、推定する場合は、錨鎖口30における錨鎖鉛直(上下)角度θ、錨鎖20の空中長さs、及び錨鎖20の空中部分の水平距離bの少なくともいずれか一つを計測し、計測結果から錨鎖水平張力Tを推定する。これにより、錨鎖20の状態から錨鎖水平張力Tを精度よく推定することができる。
【0049】
また、錨鎖口30における錨鎖鉛直(上下)角度θ、錨鎖20の空中長さs、又は錨鎖20の空中部分の水平距離bを計測する場合は、それらの限界把駐力T に対応する値をθ 、s 、bとすると、錨鎖水平張力Tを含めて次式(9)、次式(10)、次式(11)、又は次式(12)で走錨までの危険余裕を評価することができる。このように、走錨の危険性を、限界把駐力T 時と現在の錨鎖鉛直(上下)角度θ、錨鎖20の空中長さs、又は錨鎖20の空中部分の水平長さbを用いて評価することができる。
【数9】
【数10】
【数11】
【数12】
【0050】
以上のように、錨鎖20の伸出錨鎖長さkにより異なる限界把駐力T と、錨鎖20にかかる錨鎖水平張力Tとを比較して、走錨の危険性を評価することで、錨鎖20の伸出錨鎖長さkを考慮した精度の高い限界把駐力T と、錨鎖水平張力Tとを用いて走錨の危険性を的確に評価することができる。
【0051】
図2は某船舶の某錨泊地における伸出錨鎖長さと限界把駐力の関係を示した図であり、横軸は伸出錨鎖長さ[m]、縦軸は限界把駐力[kN]である。
船舶1が備える錨10及び錨鎖20の仕様・性能と錨泊地の水底土質によって、錨10の水中重量w、錨鎖20の単位長さ当たり水中重量w、錨10の把駐力係数r、及び錨鎖20の把駐力係数rが決まるので、図2に示す限界把駐力T と伸出錨鎖長さkの関係が求まる。船長等は、錨泊中の最大風速の予想値等を考慮して図2をもとに必要な限界把駐力T を推定し、推定した限界把駐力T を確保する伸出錨鎖長さkを決めることができる。
図2中の長破線は第一の状態の計算式(式(3))を用いて導出した限界把駐力T を示し、●は第二の状態の計算式(式(4))を用いて導出した限界把駐力T を示し、短破線は第三の状態の計算式(式(5))を用いて導出した限界把駐力T を示している。また、実線は採用する限界把駐力T を示している。
上述した通り、3つの状態のうちどの状態で限界把駐力T が現れるかは、式(1)に示す伸出錨鎖長さkと状態分岐錨鎖長さkとの関係から判断できる。図2においては、状態分岐錨鎖長さkは約190[m]である。伸出錨鎖長さkが状態分岐錨鎖長さkよりも大きい場合は第一の状態で限界把駐力T が現れ、伸出錨鎖長さkが状態分岐錨鎖長さkよりも短い場合は第三の状態で限界把駐力T が現れるため、伸出錨鎖長さkと状態分岐錨鎖長さkが等しい第二の状態を境として、それよりも右側では式(3)を用いて導出した限界把駐力T を採用し、左側では式(5)を用いて導出した限界把駐力T を採用する。また、第二の状態では式(4)を用いて導出した限界把駐力T を採用する。
例えば伸出錨鎖長さkが約120[m]の場合は、k<kであるから、第三の状態で限界把駐力T が現れ、このときの限界把駐力T は200[kN]となる(図2に示す▲の位置)。このように、図2の▲に対応する伸出錨鎖長さkを選択したとき、自動的にこれに対応した限界把駐力T が決まる。
【0052】
図3は水平外力と錨及び錨鎖の把駐力との関係を示した図であり、横軸は水平外力[kN]、縦軸は把駐力[kN]である。
図3中の実線は式(A2)、式(A3)、及び式(A4)で表される公称把駐力f(Th)を示し、破線は(錨泊に必要な)把駐力[kN](又は(錨泊に必要な)錨鎖水平張力T[kN])を示す。
走錨が発生するまでは(錨泊に必要な)把駐力は水平外力に等しく釣り合い状態にあるはずなので、縦軸と横軸のスケールを合わせれば破線は傾き45度の線になる。一方、水平外力が大きくなると錨鎖20は水底2に横たわっている部分が少なくなり、さらに錨鎖20の水底2に横たわっている部分がなくなって以降は錨10に上向きの力が働くので、公称把駐力f(Th)は水平外力の増加に伴って減少する。
図3中の★は限界把駐力T を表し、◆は現在の(錨泊に必要な)把駐力(又は(錨泊に必要な)錨鎖水平張力T)を表す。破線で示す(錨泊に必要な)把駐力が実線で示す公称把駐力f(Th)を超えたときにと走錨が発生すると考えられる。錨鎖水平張力Tはこの公称把駐力f(Th)を超えることはできない。したがって実線と破線の交点★が限界把駐力T に対応する。また、図3中の⇔は把駐力の危険余裕ΔT を表している。把駐力の危険余裕ΔT は、現在の(錨泊に必要な)把駐力(又は(錨泊に必要な)錨鎖水平張力T)と限界把駐力T との差である。
図3では、水平外力が約120[kN]のときに錨鎖20が水底2に横たわらず角度0で立ち上がる第二の状態となる。
水平外力が更に増加して第三の状態となった場合でも、錨鎖20が錨10を上方に引く影響を考慮しなければ、公称把駐力f(Th)は第二の状態のときと変わらず一定となる。また、仮に錨鎖20が錨10を上方に引く影響を考慮したとしても、従来のように水底2から錨鎖20が立ち上がる角度と錨10の把駐力の関係を用いると繰り返し計算が必要となり限界把駐力T を陽に求められず効率が悪い。また、どのような条件で錨鎖20のすべてが懸垂曲線を描くかの検討も困難である。
これに対して本実施形態では、第三の状態では錨鎖20が錨10を上方に引くことを錨10の見掛けの重量が減少したと見なし、錨鎖張力の上向き成分が錨10の把駐力におよぼす影響を表す係数αを導入することによって、第三の状態でも陽に限界把駐力T の推定を可能としている。
【0053】
図4は錨鎖水平張力と錨鎖鉛直(上下)角度との関係を示した図であり、横軸は水平外力[kN]、縦軸は錨鎖鉛直角度[deg]である。
θ は、限界把駐力T 時における錨鎖鉛直(上下)角度である。錨鎖鉛直(上下)角度θが限界把駐力T 時における錨鎖鉛直(上下)角度θ に達することは、水平外力(錨鎖水平張力T)が限界把駐力T に達することと同値である。
水平外力が大きくなると船舶1と錨10との距離が離れて錨鎖鉛直(上下)角度θは小さくなる。図4では錨鎖鉛直(上下)角度θが約20度を下回ったときに走錨が発生する(図4中の★)。図4中の◆は現在の錨鎖鉛直(上下)角度θを表し、縦向きの⇔は錨鎖鉛直(上下)角度の危険余裕Δθ を表し、横向きの⇔は把駐力の危険余裕ΔT を表している。
錨鎖鉛直(上下)角度の危険余裕Δθ は、現在の錨鎖鉛直(上下)角度θと限界把駐力T 時における錨鎖鉛直(上下)角度θ との差分である。把駐力の危険余裕ΔT は、現在の把駐力と限界把駐力T との差分である。
図4に示すように、走錨の危険度又は走錨までの余裕を、錨鎖鉛直(上下)角度θを用いて評価することができる。このことは、伸出錨鎖長さkにより異なる限界把駐力T と、錨鎖20にかかる錨鎖水平張力Tとを比較して走錨の危険性を評価することと等価となる。
【0054】
図5は錨鎖水平張力と錨鎖の空中長さとの関係を示した図であり、横軸は水平外力[kN]、縦軸は錨鎖20の空中長さs[m]である。
は、限界把駐力T 時における錨鎖20の空中長さである。錨鎖20の空中長さsが限界把駐力T 時における錨鎖20の空中長さs に達することは、水平外力(錨鎖水平張力T)が限界把駐力T に達することと同値である。
水平外力が大きくなると錨鎖鉛直(上下)角度θが小さくなるため錨鎖20の空中長さsが長くなる。図5では、錨鎖20の空中長さsが約17mを上回ったときに走錨が発生する(図5中の★)。図5中の◆は現在の錨鎖20の空中長さsを表し、縦向きの⇔は錨鎖20の空中長さの危険余裕Δs を表し、横向きの⇔は把駐力の危険余裕ΔT を表している。
錨鎖20の空中長さの危険余裕Δs は、現在の錨鎖20の空中長さsと限界把駐力T 時における錨鎖20の空中長さs との差分である。
図5に示すように、走錨の危険度又は走錨までの余裕を、錨鎖20の空中長さsを用いて評価することができる。このことは、伸出錨鎖長さkにより異なる限界把駐力T と、錨鎖20にかかる錨鎖水平張力Tとを比較して走錨の危険性を評価することと等価となる。
【0055】
図6は錨鎖水平張力と錨鎖の空中部分の水平長さとの関係を示した図であり、横軸は水平外力[kN]、縦軸は錨鎖20の空中部分の水平長さb[m]である。
は、限界把駐力T 時における錨鎖20の空中部分の水平長さである。錨鎖20の空中部分の水平長さbが限界把駐力T 時における錨鎖20の空中部分の水平長さbに達することは、水平外力(錨鎖水平張力T)が限界把駐力T に達することと同値である。
水平外力が大きくなると錨鎖鉛直(上下)角度θが小さくなるため錨鎖20の空中部分の水平長さbが長くなる。図6では、錨鎖20の空中部分の水平長さbが約16mを上回ったときに走錨が発生する(図6中の★)。図6中の◆は現在の錨鎖20の空中部分の水平長さbを表し、縦向きの⇔は錨鎖20の空中部分の水平長さの危険余裕Δbを表し、横向きの⇔は把駐力の危険余裕ΔT を表している。
錨鎖20の空中部分の水平長さの危険余裕Δbは、現在の錨鎖20の空中部分の水平長さbと限界把駐力T 時における錨鎖20の空中部分の水平長さbとの差分である。
図6に示すように、走錨の危険度又は走錨までの余裕を、錨鎖20の空中部分の水平長さbを用いて評価することができる。このことは、伸出錨鎖長さkにより異なる限界把駐力T と、錨鎖20にかかる錨鎖水平張力Tとを比較して走錨の危険性を評価することと等価となる。
【0056】
図7は錨鎖水平張力と把駐力の危険余裕の時間的推移を例示した図であり、縦軸は把駐力、横軸は時間である。
図7中の点線は限界把駐力T を表し、曲線は錨鎖水平張力Tを表している。錨鎖水平張力Tは風や波の状態によって刻々と変動するが、図7に示すように、限界把駐力T と錨鎖水平張力Tを時系列的に表示することで、船長等は、錨鎖水平張力Tが刻々変化することによる限界把駐力T と錨鎖水平張力Tとの差分ΔT の増減傾向を把握しやすくなるため、走錨の危険性を把握して走錨を防ぐための対応をより的確に行うことができる。また、現時点における限界把駐力T と錨鎖水平張力Tとの差である把駐力の危険余裕ΔT を併せて表示することで、船長等に走錨の危険性をより正確に知らせることができる。また、把駐力の危険余裕(差分)ΔT に所定の閾値を設け、把駐力の危険余裕(差分)ΔT が閾値以下となった場合に警報を発することで、船長等に走錨を防ぐための対応を促すことができる。なお、把駐力の危険余裕ΔT の表示、走錨の危険性の報知、把駐力の危険余裕(差分)ΔT に所定の閾値を設け、把駐力の危険余裕(差分)ΔT が閾値以下となった場合に警報を発すること等は、図3から図6の図等を利用して行うこともできる。
【0057】
図8は錨泊支援システムのブロック図である。
錨泊支援システムは、錨鎖20の伸出錨鎖長さkにより異なる限界把駐力T を導出する限界把駐力導出手段40と、錨鎖20にかかる錨鎖水平張力Tを導出する錨鎖水平張力導出手段50と、走錨の危険性を推定する走錨危険性推定手段60と、錨鎖20の張力を計測する張力計測手段70と、報知手段80を備え、錨10と錨鎖20を有した船舶1の錨泊を支援する。
【0058】
限界把駐力導出手段40は、錨10の水中重量w及び性能(型式、寸法)と、水底土質と、錨鎖20の伸出錨鎖長さk及び単位長さ当たりの水中重量wを取得し、上述の錨泊支援方法で説明した式(1)から式(8)を用いて、第一から第三の状態の内どの状態で限界把駐力T が現れるかを判断し、そのときの限界把駐力T を導出する。なお、水底土質は海図等から取得する。
【0059】
錨鎖水平張力導出手段50は、張力計測手段70の計測結果に基づいてその水平成分としての錨鎖水平張力Tを導出する。張力計測手段70は例えば張力計である。張力計測手段70を用いて錨鎖20の張力を計測することで、張力の計測結果に基づいて錨鎖水平張力Tを精度よく導出することができる。
なお、錨鎖水平張力Tの算出に当たっては、張力計測手段70の計測結果に加え、伸出錨鎖長さk、錨鎖20の角度等を考慮してもよい。
また、張力計測手段70に代えて、図8に点線で示すように、錨鎖口30における錨鎖20の錨鎖鉛直(上下)角度θを計測する錨鎖角度計測手段90、錨鎖20の空中長さsを計測する空中長計測手段100、及び錨鎖20の空中部分の水平長さbを計測する水平長計測手段110の少なくとも一つを設け、錨鎖水平張力導出手段50が、錨鎖角度計測手段90の計測結果、空中長計測手段100の計測結果、及び水平長計測手段110の計測結果の少なくとも一つに基づいて、予め定めた関係式を用いて錨鎖水平張力Tを導出することもできる。これにより、錨鎖20の状態から錨鎖水平張力Tを精度よく導出することができる。
【0060】
走錨危険性推定手段60は、限界把駐力導出手段40によって導出された限界把駐力T と錨鎖水平張力導出手段50によって導出された錨鎖水平張力Tを比較して、走錨の危険性を推定する。
また、走錨危険性推定手段60は、限界把駐力T と錨鎖水平張力Tとの差分(把駐力の危険余裕)ΔT を導出すると共に、導出した差分(把駐力の危険余裕)ΔT が所定の閾値以下か否かを判断する。
【0061】
報知手段80は、走錨危険性推定手段60の推定結果を報知する。これにより、船長等に走錨の危険性の推定結果を提供することができる。
報知手段80は、表示手段81と警報器82を有する。表示手段81は、例えば船橋等に設置されたモニタであり、図7のように、限界把駐力導出手段40で導出された限界把駐力T と、錨鎖水平張力導出手段50で導出された錨鎖水平張力Tを時系列的に表示すると共に、走錨の危険性を限界把駐力T と錨鎖水平張力Tの差分ΔT として表示する。これにより船長等は、錨鎖水平張力Tが刻々変化することによる限界把駐力T と錨鎖水平張力Tとの差分ΔT の増減傾向を時系列的に表示された限界把駐力と錨鎖水平張力Tから把握しやすくなり、また表示された差分ΔT により走錨の危険性を正確に把握しやすくなるため、走錨を防ぐための対応をより的確に行うことができる。
また、錨泊支援システムは、走錨危険性推定手段60において差分(把駐力の危険余裕)ΔT が所定の閾値以下であると判断された場合は、警報器82から警報を発する。警報を発することにより、船長等に走錨を防ぐための対応を的確に促すことができる。
【0062】
また、錨泊支援システムは、所定時間の間に差分(把駐力の危険余裕)ΔT が閾値に近づく度合いと、そのときの速度にそれぞれ基準値を設定しておき、走錨危険性推定手段60において、所定時間の間に差分(把駐力の危険余裕)ΔT が閾値に近づく度合いが基準値を超え、かつそのときの速度が基準値を超えたと判断された場合は、警報器82から警報を発してもよい。このように差分(把駐力の危険余裕)ΔT が閾値を超える蓋然性が高いと考えられる状態で警報を発することで、走錨の危険性の状況変化に対応して緊急に報知することができる。
なお、走錨の危険性の評価に当たっては、船体の受ける風向や風速の変化、波高や波向の変化、潮流や海流の変化等を検出して、あるいは予測して評価することもできる。また、評価結果を守錨や危険回避等のための制御や操船等に反映することもできる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、海洋や湖沼等における錨泊中の船舶や浮体等に適用でき、走錨に起因する他船や構造物等との接触や衝突、また浅瀬や岩礁等への座礁などの重大な海難事故の発生防止に大きく寄与することができる。
【符号の説明】
【0064】
1 船舶
2 水底
10 錨
20 錨鎖
30 錨鎖口
40 限界把駐力導出手段
50 錨鎖水平張力導出手段
60 走錨危険性推定手段
70 張力計測手段
80 報知手段
81 表示手段
90 錨鎖角度計測手段
100 空中長計測手段
110 水平長計測手段
h 水底の錨から錨鎖口までの高さ
k 伸出錨鎖長さ
状態分岐錨鎖長さ
錨の把駐力係数
錨鎖の把駐力係数
錨鎖水平張力
錨の水中重量
錨鎖の単位長さ当たり水中重量
限界把駐力
θ 限界把駐力時における錨鎖鉛直(上下)角度
限界把駐力時における錨鎖の空中長さ
限界把駐力時における錨鎖の空中部分の水平長さ
α 錨鎖張力の上向き成分が錨の把駐力におよぼす影響を表す係数
θ錨鎖鉛直(上下)角度
錨鎖の空中長さ
b 錨鎖の空中部分の水平長さ
ΔT 限界把駐力と錨鎖水平張力の差分(把駐力の危険余裕)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8