(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-15
(45)【発行日】2024-04-23
(54)【発明の名称】APOBEC3Gの変異体及びそのウイルス蛋白質との結合体
(51)【国際特許分類】
C12N 15/55 20060101AFI20240416BHJP
C07K 19/00 20060101ALI20240416BHJP
C07K 14/155 20060101ALI20240416BHJP
C07K 14/435 20060101ALI20240416BHJP
C12N 9/14 20060101ALI20240416BHJP
C12N 15/49 20060101ALN20240416BHJP
C12N 15/62 20060101ALN20240416BHJP
【FI】
C12N15/55
C07K19/00 ZNA
C07K14/155
C07K14/435
C12N9/14
C12N15/49
C12N15/62 Z
(21)【出願番号】P 2021519919
(86)(22)【出願日】2019-05-20
(86)【国際出願番号】 JP2019019938
(87)【国際公開番号】W WO2020234975
(87)【国際公開日】2020-11-26
【審査請求日】2022-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】521422743
【氏名又は名称】河野 隆英
(74)【代理人】
【識別番号】100151390
【氏名又は名称】中川 淨宗
(72)【発明者】
【氏名】河野 隆英
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第07981655(US,B1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0269831(US,A1)
【文献】BULLIARD, Y., et al.,"Functional analysis and structural modeling of human APOBEC3G reveal the role of evolutionarily conserved elements in the inhibition of human immunodeficiency virus type 1 infection and Alu transposition.",J. VIROL.,2009年12月,Vol.83,pp.12611-12621,doi: 10.1128/JVI.01491-09
【文献】JIANG, Z.-Q., et al.,"Polymorphisms in the APOBEC3G gene of Chinese rhesus macaques affect resistance to ubiquitination and degradation mediated by HIV-2 Vif.",ARCH. VIROL.,2019年03月11日,Vol.164,pp.1353-1360,doi: 10.1007/s00705-019-04194-0
【文献】KOUNO, T., et al.,"Structure of the Vif-binding domain of the antiviral enzyme APOBEC3G.",[online], PUBMED CENTRAL,NIH,2015年12月01日,PMC4456288,NAT. STRUCT. MOL. BIOL. 2015, Vol.22, No.6, pp.485-491, DOI: 10.1038/nsmb.3033
【文献】LI, L., et al.,"APOBEC3G-UBA2 fusion as a potential strategy for stable expression of APOBEC3G and inhibition of HIV-1 replication.",RETROVIROL.,2008年,Vol.5,72(pp.1-13),doi: 10.1186/1742-4690-5-72
【文献】WANG, Y., et al.,"N-terminal hemagglutinin tag renders lysine-deficient APOBEC3G resistant to HIV-1 Vif-induced degradation by reduced polyubiquitination.",J. VIROL.,2011年05月,Vol.85, No.9,pp.4510-4519,doi: 10.1128/JVI.01925-10
【文献】POLEVODA, B., et al.,"RNA binding to APOBEC3G induces the disassembly of functional deaminase complexes by displacing single-stranded DNA substrates.",NUC. ACIDS RES.,2015年09月30日,Vol.43, No.19,pp.9434-9445,doi: 10.1093/nar/gkv970
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
HIV-1Vif蛋白質と結合する機能を有するAPOBEC3Gの変異体であって、APOBEC3GのN末端ドメイン部分に係るものであり、そのアミノ酸配列中の40番から54番まで、即ち、40番リジン、41番スレオニン、42番リジン、43番グリシン、44番プロリン、45番セリン、46番アルギニン、47番プロリン、48番プロリン、49番ロイシン、50番アスパラギン酸、51番アラニン、52番リジン、53番イソロイシン、54番フェニルアラニンの15のアミノ酸からなる配列につき、
これをAPOBEC3A、APOBEC3BのC末端ドメイン部分、又はAPOBEC3GのC末端ドメイン部分の相応する配列に置換することでAPOBEC3Gの二次構造を安定化し、可溶化したことを特徴とするAPOBEC3Gの変異体。
【請求項2】
HIV-1Vif蛋白質と結合する機能を有するAPOBEC3Gの変異体であって、APOBEC3GのN末端ドメイン部分に係るものであり、そのアミノ酸配列中の40番から54番まで、即ち、40番リジン、41番スレオニン、42番リジン、43番グリシン、44番プロリン、45番セリン、46番アルギニン、47番プロリン、48番プロリン、49番ロイシン、50番アスパラギン酸、51番アラニン、52番リジン、53番イソロイシン、54番フェニルアラニンの15アミノ酸からなる配列につき、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番ロイシン、43番アスパラギン酸、44番アスパラギン、45番グリシン、46番スレオニン、47番トリプトファン、48番バリン、49番リジン、50番メチオニン、51番アスパラギン酸、52番グルタミン、53番ヒスチジンの14のアミノ酸からなる配列、又は、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番ロイシン、43番アスパラギン酸、44番アスパラギン、45番グリシン、46番スレオニン、47番セリン、48番バリン、49番リジン、50番メチオニン、51番アスパラギン酸、52番グルタミン、53番ヒスチジンの14のアミノ酸からなる配列、又は、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番ロイシン、43番アスパラギン酸、44番アスパラギン、45番グリシン、46番スレオニン、47番トリプトファン、48番バリン、49番ロイシン、50番メチオニン、51番アスパラギン酸、52番グルタミン、53番ヒスチジンの14のアミノ酸からなる配列に置換し、又は、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番メチオニン、43番ヒスチジン、44番アスパラギン、45番アスパラギン酸、46番スレオニン、47番トリプトファン、48番バリン、49番ロイシン、50番ロイシン、51番アスパラギン、52番グルタミン、53番アルギニンの14のアミノ酸からなる配列に置換し、1アミノ酸を欠損
することで可溶化したことを特徴とするAPOBEC3Gの変異体。
【請求項3】
HIV-1Vif蛋白質と結合する機能を有するAPOBEC3Gの変異体であって、APOBEC3GのN末端ドメイン部分に係るものであり、そのアミノ酸配列中、44番、47番、及び48番のプロリンが、プロリン以外のAPOBEC3Gを形成するアミノ酸に置換されており、又は欠損させられている
ことで可溶化したことを特徴とする
APOBEC3Gの変異体。
【請求項4】
請求項1から3までの何れかに記載したAPOBEC3Gの変異体であって、そのアミノ酸配列中、配列番号1に示した野生型APOBEC3Gの配列でいう181番に相当するアミノ酸がチロシンであるとともに、同188番に相当するアミノ酸がメチオニンであることを特徴とするAPOBEC3Gの変異体。
【請求項5】
請求項1から4までの何れかに記載したAPOBEC3Gの変異体に、その配列番号1に示した野生型APOBEC3Gの配列でいうアミノ酸配列の197番から384番までを遺伝子工学的に選択し、かつ234番ロイシンをリジンに、243番システインをアラニンに、310番フェニルアラニンをリジンに、321番システインをアラニンに、356番システインをアラニンにそれぞれ置換したAPOBEC3GのC末端部分を結合したことを特徴とするAPOBEC3Gの変異体。
【請求項6】
請求項1から5までの何れかに記載したAPOBEC3Gの変異体に、HIV-1Vif蛋白質を結合させたことを特徴とするAPOBEC3Gの変異体とウイルス蛋白質との結合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、APOBEC3Gの変異体及びそのウイルス蛋白質との結合体に関し、APOBEC3G/Vif相互作用を阻害し得る化合物を探索し創製するためのAPOBEC3Gの変異体及びそのウイルス蛋白質との結合体に関する。
【背景技術】
【0002】
後天性免疫不全症候群(Acquired Immunodeficiency syndrome:AIDS[エイズ])は、1980年代にアメリカ合衆国において罹患者が報告されて以降、世界的に流行した感染症(Pandemic[パンデミック])である。エイズは、ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus:HIV-1)が免疫を受け持つT細胞やマクロファージといったヒト免疫細胞に感染し増殖することによって、人の免疫機能が低下することにより引き起こされるものである。
【0003】
エイズは、これまでに様々な治療薬や治療法が研究開発されて来ている。その結果、現在では、核酸系逆転写酵素阻害剤と、非核酸系逆転写酵素阻害剤と、プロテアーゼ阻害剤とからなる3剤の併用療法が、HIV-1の増殖を抑制してHIV-1の感染者がエイズを発症するのを抑制するのに最も有効な手段であるとされ、標準的な保存療法として採用されている。
【0004】
しかしながら、本発明の発明者がこれまでに得ている知見によれば、今日に至るまでエイズを根本的に治療する方法や医薬品が各国保健当局に承認されたことは未だない。また、既存の抗HIV-1薬に耐性のあるウイルスが出現することも懸念されている。そのため、HIV-1の感染やエイズを根本的に治療するための方法の開発ないし新たな抗HIV-1薬の創薬が切望されている。そのためには、HIV-1の感染やエイズの発症が起きるメカニズムの分子機構を解明することが不可欠であるとされているが、そのメカニズムの解明は途上であり、なお不明な点が多いのが現状である。
【0005】
ここで、APOBEC3G/Vif相互作用が、HIV-1がヒト細胞において増殖するのかあるいは抑制されるのかを決定するための重要な決定因子であることが既に明らかにされている。
【0006】
ヒトのAPOBEC3G(A3G)とは、384のアミノ酸からなる蛋白質であって、ヒト抗HIV-1蛋白質として同定されている。ここで、ヒトの野生型APOBEC3Gのアミノ酸配列は配列番号1に示した通りである。APOBEC3Gは、1番から196番までのアミノ酸からなるN末端ドメインと197番から384番までのアミノ酸からなるC末端ドメインとに大きく分けることができる。N末端ドメインとC末端ドメインとは、以下のようにそれぞれ異なる機能を有しているものの、抗HIV-1活性には双方のドメインが必要であるとされている。即ち、N末端ドメインは、Viral Infectivity Factor(Vif)やウイルス蛋白質Gag(GROUP Specific Antigen)といった他の蛋白質やRNAと結合する部分であり、C末端ドメインは、DNAと結合したり、特定の配列について脱アミノ化を図ったりする部分である。ここで、HIV-1Vifのアミノ酸配列の一例は、配列番号2に示した通りである。尚、HIV-1Vifには種々の変異体が存するところ、配列番号2に示したアミノ酸配列はあくまでもHIV-1Vifのアミノ酸配列の一例に過ぎず、本発明の実施が配列番号2に示したアミノ酸配列を有するHIV-1Vifに限定されるものではない。
【0007】
尚、本件出願では、Aはアラニン、Cはシステイン、Dはアスパラギン酸、Eはグルタミン酸、Fはフェニルアラニン、Gはグリシン、Hはヒスチジン、Iはイソロイシン、Kはリジン、Lはロイシン、Mはメチオニン、Nはアスパラギン、Pはプロリン、Qはグルタミン、Rはアルギニン、Sはセリン、Tはスレオニン、Vはバリン、Wはトリプトファン、Yはチロシンをそれぞれ示すものとして、アミノ酸を略記することがある。
【0008】
まず、APOBEC3G/Vif相互作用とHIV-1が増殖するメカニズムについて簡潔に説明する。HIV-1に感染したヒト細胞では、新たなウイルス粒子が産生される。このとき産生されたHIV-1Vif蛋白質は、APOBEC3Gに結合し、ヒト細胞の蛋白質消化機構に連関させることによって、APOBEC3Gの分解消化を促し、APOBEC3Gを含まないウイルス粒子を完成させる。この完成したウイルス粒子は新たなヒト細胞に融合し、該ウイルス粒子の内容物が該ヒト細胞内に放出される。そして、その放出されたウイルス遺伝子は同じく放出されたウイルス蛋白質の作用によって、該ヒト細胞に含まれるヒト遺伝子に組み込まれて感染が成立する。更に、このようなライフサイクルを繰り返すことによって、ヒトの体内におけるウイルスの量が増加し、エイズの発症をもたらすのである。尚、上記のAPOBEC3G/Vif相互作用には、その仲介因子(媒介因子)として、リボ核酸(ribonucleic acid:RNA)が必要であるともされている。
【0009】
次に、APOBEC3G/Vif相互作用とAPOBEC3GがHIV-1を抑制するメカニズムについて簡単に説明する。Vif蛋白質を欠損しているHIV-1あるいは何らかのアミノ酸配列の変異を含んでいて機能不全を示しているVifを有するHIV-1に感染したヒト細胞では、APOBEC3Gは分解消化されることなく、ウイルス遺伝子やウイルス蛋白質Gagと相互作用することでウイルス粒子に取り込まれる。この完成したウイルス粒子は、新たなヒト細胞に融合し、該ウイルス粒子の内容物はAPOBEC3Gとともに細胞内に放出される。そして、このときに放出されたAPOBEC3Gの作用によって、ウイルス遺伝子にはシトシンからウラシルへの脱アミノ化といった多数の変異が導入され、もはや該ウイルス遺伝子はウイルスを増殖させる機能を失ってしまう。そうすると、ヒトの体内におけるHIV-1の増殖は抑制され、エイズの発症は回避されるのである。
【0010】
上記のようなHIV-1の増殖ないし抑制のメカニズムから、APOBEC3G/Vif相互作用を阻害する化合物ないし抗体等の何らかの因子を導入することで、Vifを有するHIV-1の感染においてもAPOBEC3Gの分解消化を抑制し、産生ウイルス粒子へのAPOBEC3Gの取り込みを促進することにより、HIV-1の増殖を阻害してエイズの発症を抑えることが期待されている。つまり、APOBEC3G/Vif相互作用を特異的に阻害する方法が、新たなエイズの治療法になり得ると考えられている。
【0011】
上記のような考えに基づき、HIV-1に感染したヒト細胞においてAPOBEC3Gを保護するような効果を発揮する化合物、即ちヒト細胞内におけるAPOBEC3Gの消化を抑制するような効果を発揮する化合物の探索が行われているところである。このような化合物は、実験的には、APOBEC3Gの消化分解を抑えるとともに、ウイルスの増殖を阻害する作用のあることが報告されており、新たな抗HIV-1薬の候補として注目されている。しかしながら、APOBEC3Gは極めて不溶で調製が困難なことから、該化合物がいずれの蛋白質のいずれの部位に結合して、そのような作用をもたらすのかといった該化合物の作用点は未だに解明されていない。
【0012】
そこで、以下に示すように、上記のようなAPOBEC3G/Vif相互作用を実験的に再現することができるとともに、該相互作用を分子生物学的手法、生物物理学的手法、及び構造生物学的手法を用いて解析することで、該相互作用を阻害することができる化合物を合理的に探索し創製することができる手段について鋭意研究が行われている。
【0013】
まず、配列番号1に示したAPOBEC3Gのアミノ酸配列中、198番から384番のみを遺伝子工学的に選択するとともに、234番ロイシンをリジンに、243番システインをアラニンに、310番フェニルアラニンをリジンに、321番システインをアラニンに、356番システインをアラニンにそれぞれ遺伝子工学的に変換したもの(以下、便宜的にAPOBEC3GCTD-198-2K3A変異体とも呼称する)は、核磁気共鳴法による分子構造研究を可能にしている(例えば、下記の非特許文献1及び特許文献1を参照)。ここで、APOBEC3GCTD-198-2K3A変異体のアミノ酸配列は、配列番号3に示した通りである。
【0014】
また、配列番号1に示したAPOBEC3Gのアミノ酸配列中、191番から384番までを遺伝子工学的に選択し、かつ234番ロイシンをリジンに、243番システインをアラニンに、310番フェニルアラニンをリジンに、321番システインをアラニンに、356番システインをアラニンにそれぞれ遺伝子工学的に変換したもの(以下、便宜的にAPOBEC3G-CTD-191-2K3A変異体とも呼称する)は、核磁気共鳴法又はX線結晶回折法による観測を可能にし、その分子構造研究を可能にしている(例えば、下記の非特許文献2及び3を参照)。ここで、APOBEC3G-CTD-191-2K3A変異体のアミノ酸配列は、配列番号4に示した通りである。
【0015】
更に、配列番号1に示したAPOBEC3Gのアミノ酸配列中、N末端ドメインにつき、12番から77番までと、79番から142番までと、147番から196番までとを遺伝子工学的に選択し、13番チロシンをアスパラギン酸に、14番アルギニンをプロリンに、22番チロシンをアスパラギンに、62番ロイシンをアスパラギン酸に、71番フェニルアラニンをロイシンに、72番ヒスチジンをセリンに、73番トリプトファンをロイシンに、74番フェニルアラニンをバリンに、101番スレオニンをアラニンに、109番アラニンをグルタミンに、111番アスパラギン酸をアスパラギンに、112番プロリンをスレオニンに、113番リジンをヒスチジンに、126番フェニルアラニンをアラニンに、139番システインをアラニンに、141番リジンをアラニンに、142番アルギニンをグリシンに、149番メチオニンをイソロイシンに、169番アルギニンをグリシンに、170番グルタミン酸をアラニンに、171番ロイシンをプロリンに、173番グルタミン酸をグルタミンに、176番アスパラギンをアスパラギン酸に、177番アスパラギンをグリシンに、179番プロリンをアスパラギン酸に、180番リジンをグルタミン酸に、181番チロシンをヒスチジンに、182番チロシンをセリンに、183番イソロイシンをグルタミンに、184番ロイシンをアラニンに、186番ヒスチジンをセリンに、187番イソロイシンをグリシンに、188番メチオニンをアルギニンにそれぞれ遺伝子工学的に変換したもの(以下、便宜的にAPOBEC3G-sNTD変異体とも呼称する)は、核磁気共鳴法による観測を可能にし、その分子構造研究を可能にしている(例えば、下記の非特許文献4を参照)。ここで、APOBEC3G-sNTD変異体のアミノ酸配列は、配列番号5に示した通りである。
【0016】
また、上記のようなAPOBEC3Gの抗HIV-1活性がHIV-1Vif蛋白質によって阻害されることに着目して、APOBEC3Gと被験物質とを接触させ、抗ウイルス薬のスクリーニングを行う方法も提案されている(例えば、下記の特許文献2及び3を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】米国特許第7981655号
【文献】特開2011-144122号公報
【文献】特表2007-502624号公報
【非特許文献】
【0018】
【文献】Chen, K., et al. “Structure of the DNA deaminase domain of the HIV-1 restriction factor APOBEC3G”,Nature,UK,2008,452,116.
【文献】Harjes, E., et al. “An extended structure of the APOBEC3G catalytic domain suggests a unique holoenzyme model”,Journal of Molecular Biology,US,2009,389,819.
【文献】Shandilya, S.M., et al. “Crystal structure of the APOBEC3G catalytic domain reveals potential oligomerization interfaces”,Structure,US,2010,18,28.
【文献】Kouno, T., et al. “Structure of the Vif-binding domain of the antiviral enzyme APOBEC3G”,Nature Structural & Molecular Biology,UK,2015,22,485.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
上記のようにAPOBEC3G/Vif相互作用は、ヒトの体内におけるHIV-1が増殖するのかそれとも抑制されるのかを決定する重要な要素である。しかしながら、そもそもAPOBEC3Gは不溶な物質である。そのため、上記の従来技術に係るAPOBEC3Gの変異体は、APOBEC3Gの可溶化を図り、その構造生物学的な研究の適用範囲を拡大させてきたところである。しかしなから、上記の従来技術に係るAPOBEC3Gの変異体の内、APOBEC3GCTD-198-2K3A変異体及びAPOBEC3G-CTD-191-2K3A変異体は、APOBEC3GのC末端ドメインに係る変異体であり、そもそもHIV-1Vif蛋白質に結合するものではなかった(特に、上記の特許文献1、及び非特許文献1ないし3を参照。)。一方、上記の従来技術に係るAPOBEC3Gの変異体の内、APOBEC3G-sNTD変異体は、N末端ドメインに係る変異体であり、HIV-1Vif蛋白質に結合するものである。しかしながら、APOBEC3G/Vif相互作用の研究をin-vitro(イン・ビトロ)で 可能にする程度に可溶性や安定性が実現されていなかったため、APOBEC3G/Vif相互作用の分子構造の研究は不可能であった(特に、上記の非特許文献4を参照)。そこで、本発明の第1の課題は、APOBEC3Gの変異体につき、APOBEC3G/Vif相互作用を研究するために必要な可溶性を具備することで、APOBEC3G/Vif相互作用の分子構造の研究を行えるようにしたAPOBEC3Gの変異体を提供することである。
【0020】
また、上記の従来技術に係るAPOBEC3Gの変異体は、例えば、生理食塩水と同等の塩濃度や中性ないしそれに近い水素イオン濃度といった通常の生理学的な条件の下で、別途精製ないし調製されたHIV-1Vif蛋白質とin-vitroで特異的に結合させ、その結合体の分子構造の知見を得ることは、その結合量の少なさ及びAPOBEC3G/Vif結合体の不安定さから、不可能であった(特に、非特許文献4を参照)。そこで、本発明の第2の課題は、APOBEC3Gの変異体につき、上記のような通常の生理学的な条件の下で、in-vitroでHIV-1Vif蛋白質と特異的に結合させ、APOBEC3G/Vif結合体を観測し得るようにしたAPOBEC3Gの変異体を提供することにある。
【0021】
また、上記の従来技術に係るAPOBEC3Gの変異体は、大腸菌もしくは他の培養細胞あるいは無細胞蛋白質発現系を用いた分子生物学的な手法を用いて、これを十分に量産することが必ずしも容易ではなかった(特に、上記の非特許文献4を参照)。そこで、本発明の第3の課題は、APOBEC3Gの変異体につき、その量産性を向上させたAPOBEC3Gの変異体を提供することにある。
【0022】
そして、上記の従来技術に係るAPOBEC3Gの変異体は、in-vitroで安定した溶液の状態を保つことが困難であるため、HIV-1Vif蛋白質との複合体を形成する前後で、特に核磁気共鳴法、X線結晶回折法もしくは電子顕微鏡法といった構造生物学的手法を用いて十分に観測し、その観測結果を合理的に解釈することが不可能であった。特に、上記のAPOBEC3G-sNTD変異体についていえば、その沈殿を抑制して安定的な溶液の状態を保つべく、該溶液に界面活性剤ないしスルフォベタインといった界面活性剤様添加剤(以下、あわせて界面活性剤類とも呼称する。)を添加しなければならず、またこのような界面活性剤類を添加したとしても1週間以内に沈殿を生じてしまっていた(特に、上記の非特許文献4を参照)。そこで、本発明の第4の課題は、APOBEC3Gの変異体につき、安定した溶液の状態を保つことによって、構造生物学的手法による十分な観察を行うことができるようにしたAPOBEC3Gの変異体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、上記の各課題を解決するために提案されたものであり、以下の構成を有するものである。
【0024】
請求項1に係るAPOBEC3Gの変異体は、HIV-1Vif蛋白質と結合する機能を有するAPOBEC3Gの変異体であって、APOBEC3GのN末端ドメイン部分に係るものであり、そのアミノ酸配列中の40番から54番まで、即ち、40番リジン、41番スレオニン、42番リジン、43番グリシン、44番プロリン、45番セリン、46番アルギニン、47番プロリン、48番プロリン、49番ロイシン、50番アスパラギン酸、51番アラニン、52番リジン、53番イソロイシン、54番フェニルアラニンの15のアミノ酸からなる配列につき、これをAPOBEC3A、APOBEC3BのC末端ドメイン部分、又はAPOBEC3GのC末端ドメイン部分の相応する配列に置換することでAPOBEC3Gの二次構造を安定化し、可溶化したことを特徴とするAPOBEC3Gの変異体である。
【0025】
請求項2に係るAPOBEC3Gの変異体は、HIV-1Vif蛋白質と結合する機能を有するAPOBEC3Gの変異体であって、APOBEC3GのN末端ドメイン部分に係るものであり、そのアミノ酸配列中の40番から54番まで、即ち、40番リジン、41番スレオニン、42番リジン、43番グリシン、44番プロリン、45番セリン、46番アルギニン、47番プロリン、48番プロリン、49番ロイシン、50番アスパラギン酸、51番アラニン、52番リジン、53番イソロイシン、54番フェニルアラニンの15アミノ酸からなる配列につき、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番ロイシン、43番アスパラギン酸、44番アスパラギン、45番グリシン、46番スレオニン、47番トリプトファン、48番バリン、49番リジン、50番メチオニン、51番アスパラギン酸、52番グルタミン、53番ヒスチジンの14のアミノ酸からなる配列、又は、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番ロイシン、43番アスパラギン酸、44番アスパラギン、45番グリシン、46番スレオニン、47番セリン、48番バリン、49番リジン、50番メチオニン、51番アスパラギン酸、52番グルタミン、53番ヒスチジンの14のアミノ酸からなる配列、又は、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番ロイシン、43番アスパラギン酸、44番アスパラギン、45番グリシン、46番スレオニン、47番トリプトファン、48番バリン、49番ロイシン、50番メチオニン、51番アスパラギン酸、52番グルタミン、53番ヒスチジンの14のアミノ酸からなる配列に置換し、又は、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番メチオニン、43番ヒスチジン、44番アスパラギン、45番アスパラギン酸、46番スレオニン、47番トリプトファン、48番バリン、49番ロイシン、50番ロイシン、51番アスパラギン、52番グルタミン、53番アルギニンの14のアミノ酸からなる配列に置換し、1アミノ酸を欠損することで可溶化したAPOBEC3Gの変異体である。
【0026】
請求項3に係るAPOBEC3Gの変異体は、HIV-1Vif蛋白質と結合する機能を有するAPOBEC3Gの変異体であって、APOBEC3GのN末端ドメイン部分に係るものであり、そのアミノ酸配列中、44番、47番、及び48番のプロリンが、プロリン以外のAPOBEC3Gを形成するアミノ酸に置換されており、又は欠損させられていることで可溶化したAPOBEC3Gの変異体である。
【0027】
請求項4に係るAPOBEC3Gの変異体は、請求項1から3までの何れかに記載したAPOBEC3Gの変異体であって、そのアミノ酸配列中、配列番号1に示した野生型APOBEC3Gの配列でいう181番に相当するアミノ酸がチロシンであるとともに、同188番に相当するアミノ酸がメチオニンであるAPOBEC3Gの変異体である。
【0028】
請求項5に係るAPOBEC3Gの変異体は、請求項1から4までの何れかに記載したAPOBEC3Gの変異体に、その配列番号1に示した野生型APOBEC3Gの配列でいう197番から384番までを遺伝子工学的に選択し、かつ同234番ロイシンをリジンに、同243番システインをアラニンに、同310番フェニルアラニンをリジンに、同321番システインをアラニンに、同356番システインをアラニンにそれぞれ置換したAPOBEC3GのC末端部分を結合したAPOBEC3Gの変異体である。
【0029】
請求項6に係るAPOBEC3Gの変異体とウイルス蛋白質との結合体は、請求項1から5までの何れかに記載したAPOBEC3Gの変異体に、HIV-1Vif蛋白質とを結合させたAPOBEC3Gの変異体とウイルス蛋白質との結合体である。
【発明の効果】
【0030】
本発明に係るAPOBEC3Gの変異体及びそのウイルス蛋白質との結合体は、上記の通りの構成であるから、以下のような効果を得ることができる。
【0031】
まず、請求項1又は2に係るAPOBEC3Gの変異体によれば、蛋白質の局所構造の安定化を図ることができる。また、請求項3に係るAPOBEC3Gの変異体は、蛋白質の構造を不安定にする要因の1つになっているプロリンにつき、これをプロリン以外のAPOBEC3Gを形成するアミノ酸に置換し、又は欠損させることにより、蛋白質の分子構造の安定化を図ることができる。
【0032】
本発明の発明者は、本発明の効果を実証すべく、APOBEC3Gのアミノ酸配列中、44番、47番、及び48番のプロリンを高頻度で含む領域において、APOBEC3Gの二次構造を安定させるための遺伝子工学的なアミノ酸の変換及び欠損を施したAPOBEC3Gの変異体(以下、便宜的にAPOBEC3G-sNTD-A126-dL変異体とも呼称する)を作成した。ここで、APOBEC3G-sNTD-A126-dLのアミノ酸配列は、配列番号10に示した通りである。本発明の発明者は、APOBEC3G-sNTD-A126-dL変異体が、蛋白質を安定化させるとともに、大腸菌による蛋白質の調製量を有意に増加させ、その精製した蛋白質の溶液は、界面活性剤類を添加しなくても、最低1週間は沈殿を生じることなく溶液の状態を保つことができ、核磁気共鳴法による観測が可能であることを確認している。
【0033】
次に、本発明の発明者は、APOBEC3G-sNTD-A126-dL変異体について、そのアミノ酸配列中、配列番号1に示した野生型APOBEC3Gの配列でいう181番に相当するアミノ酸がチロシンであるとともに、同188番に相当するアミノ酸がメチオニンであるAPOBEC3Gの変異体を作成した(以下、便宜的にAPOBEC3G-sNTD-A126-dL-YM変異体とも呼称する)。ここで、APOBEC3G-sNTD-A126-dL-YM変異体の配列は、配列番号11に示した通りである。本発明の発明者は、APOBEC3G-sNTD-A126-dL-YM変異体が、別途調製したHIV-1Vif蛋白質に結合し、また、その溶液の状態における安定性が更に増大しているため、界面活性剤類を添加しなくても、最低1週間は沈殿を生じることなく溶液の状態を保つことができ、少なくとも電子顕微鏡法による観測が可能であることを確認している。
【0034】
更に、本発明の発明者は、APOBEC3G-sNTD-A126-dL-YM変異体とAPOBEC3G-CTD-191-2K3A変異体とを結合させ、請求項5に係るAPOBEC3Gの変異体(以下、便宜的にAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体とも呼称する)を作成した。ここで、APOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体のアミノ酸配列は、配列番号12に示した通りである。請求項5に係るAPOBEC3Gの変異体は、上記の様な構成であるから、天然に存在するAPOBEC3Gに構造的にも機能的にも近似する存在であるため、APOBEC3G/Vif相互作用を実験的に再現し得るとともに、該相互作用を分子生物学的手法、生物物理学的手法、及び構造生物学的手法を用いて解析し、該相互作用を阻害し得る化合物を合理的に探索し創製し得る試料とするにはより適切であると考えられる。
【0035】
ここで、本発明の発明者は、本発明に係るAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体が、界面活性剤類を添加しなくても、最低1週間は沈殿を生じることなく溶液の状態を保つことができ、X線結晶回析法及び電子顕微鏡法による観測が可能であり、観測結果を合理的に解釈しその分子構造研究が可能であることを確認している。
【0036】
また、本発明の発明者は、本発明に係るAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体を別途調整したHIV-1Vif蛋白質に結合させた結合体について、少なくとも1週間は沈殿を生じることなく溶液の状態を保てることを確認するとともに、電子顕微鏡による観測が可能であり、観測される蛋白質粒子像のサイズがX線結晶回析法に基づく分子構造解析から予測される大きさと同程度であることを確認している。
【0037】
以上のことから、本発明に係るAPOBEC3Gの変異体は、APOBEC3Gの変異体につき、APOBEC3G/Vif相互作用を研究するために必要な可溶性を具備し、APOBEC3G/Vif相互作用の分子構造の研究を行えるようにしたAPOBEC3Gの変異体を提供するとの本発明の第1の課題、通常の生理学的な条件の下、in-vitroでHIV-1Vif蛋白質と特異的に結合し、APOBEC3G/Vif結合体を観測し得るようにしたAPOBEC3Gの変異体を提供するとの本発明の第2の課題、その量産性を向上させたAPOBEC3Gの変異体を提供するとの本発明の第3の課題、そして安定した溶液の状態を保つことで構造生物学的な手法による十分な観察を行えるようにするとの本発明の第4の課題を解決することができる。
【0038】
上記のような本発明に係るAPOBEC3Gの変異体を用いることにより、APOBEC3G/Vif相互作用を実験的に再現することができるとともに、該相互作用を分子生物学的手法、生物物理学的手法、及び構造生物学的手法を用いて解析することで、該相互作用を阻害することができる化合物を合理的に探索し創製することができるのである。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【
図1】ヒトの野生型APOBEC3Gのアミノ酸配列と本発明に係るAPOBEC3Gの変異体のアミノ酸配列のアライメントを示した図である。
【
図2(a)】APOBEC3G-sNTD変異体に係るアミノ酸配列の40番から53番までの領域に係る分子構造を示した図である。
【
図2(b)】本発明に係るAPOBEC3Gの変異体に係るアミノ酸配列の40番から53番までの領域に係る分子構造を示した図である。
【
図3(a)】APOBEC3G-sNTD変異体に係る核磁気共鳴スペクトルを示した図である。
【
図3(b)】本発明に係るAPOBEC3Gの変異体に係る核磁気共鳴スペクトルを示した図である。
【
図4(a)】APOBEC3G-sNTD変異体に係る蛋白質の精製に関するプロファイルを示した図である。
【
図4(b)】本発明に係るAPOBEC3Gの変異体に係る蛋白質の精製に関するプロファイルを示した図である。
【
図5(a)】本発明に係るAPOBEC3Gの変異体を示した電子顕微鏡像である。
【
図5(b)】本発明に係るAPOBEC3Gの変異体とHIV-1Vifとの結合体を示した電子顕微鏡像である。
【
図6】本発明に係るAPOBEC3Gの変異体とHIV-1Vifとが結合する量を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0040】
まず、本発明の第1実施形態に係るAPOBEC3Gの変異体は、APOBEC3GのN末端ドメイン部分に係るものであり、そのアミノ酸配列中の40番から54番までに係るアミノ酸につき、遺伝子工学的な手法を用いて、APOBEC3Gの二次構造を安定化し得るアミノ酸に置換したAPOBEC3Gの変異体である。具体的には、本発明の発明者は、配列番号6に示した通り、APOBEC3Gのアミノ酸配列中の40番から54番まで、即ち、40番リジン、41番スレオニン、42番リジン、43番グリシン、44番プロリン、45番セリン、46番アルギニン、47番プロリン、48番プロリン、49番ロイシン、50番アスパラギン酸、51番アラニン、52番リジン、53番イソロイシン、54番フェニルアラニンの15個のアミノ酸からなる配列について、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番ロイシン、43番アスパラギン酸、44番アスパラギン、45番グリシン、46番スレオニン、47番トリプトファン、48番バリン、49番リジン、50番メチオニン、51番アスパラギン酸、52番グルタミン、53番ヒスチジンの14個のアミノ酸からなる配列へと遺伝子工学的に置換した。但し、ここでは1アミノ酸を欠損している。
【0041】
ここで、本発明の発明者は、APOBEC3Gのアミノ酸配列中の40番から54番までに係るアミノ酸配列との配列類似性及びその分子構造の類似性から考察するに、APOBEC3Gに類似する蛋白質であるAPOBEC3A及びAPOBEC3BのC末端ドメイン、並びにAPOBEC3GのC末端ドメインにおいて上記に相応するアミノ酸配列、即ち、配列番号7に示した通り、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番ロイシン、43番アスパラギン酸、44番アスパラギン、45番グリシン、46番スレオニン、47番セリン、48番バリン、49番リジン、50番メチオニン、51番アスパラギン酸、52番グルタミン、53番ヒスチジンの14個のアミノ酸からなる配列、又は、配列番号8に示した通り、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番ロイシン、43番アスパラギン酸、44番アスパラギン、45番グリシン、46番スレオニン、47番トリプトファン、48番バリン、49番ロイシン、50番メチオニン、51番アスパラギン酸、52番グルタミン、53番ヒスチジンの14個のアミノ酸からなる配列、又は、配列番号9に示した通り、40番グルタミン酸、41番アルギニン、42番メチオニン、43番ヒスチジン、44番アスパラギン、45番アスパラギン酸、46番スレオニン、47番トリプトファン、48番バリン、49番ロイシン、50番ロイシン、51番アスパラギン、52番グルタミン、53番アルギニンの14個のアミノ酸からなる配列に置換した場合にも、上記の配列に置換した場合と同等の効果が得られるとの知見を得ている。
【0042】
尚、本件出願におけるAPOBEC3Gのアミノ酸を置換するための遺伝子工学的な手法としては、例えば、部位特異的変異導入法(Site Directed Mutagenesis:SDM)といった各種の公知の手法を用いることができる。
【0043】
ここで、
図1に、ヒトの野生型APOBEC3Gのアミノ酸配列と本発明に係るAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体のアミノ酸配列のアライメントを示す。
図1において、SequenceA(上段)にはヒトの野生型APOBEC3Gのアミノ酸配列を示しており、SequenceB(下段)にはAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体のアミノ酸配列を示している。
図1におけるアミノ酸の配列の番号は、ヒトの野生型APOBEC3Gに係るアミノ酸の配列に従っている。また、各配列の最下段に記載されている「★」の記号は、SequenceAとSequenceBとが完全に一致していることを示している。更に、SequenceBに記載されている「-」の記号はアミノ酸が欠損していることを示している。もっとも、アミノ酸が欠損する位置は、アライメントのアルゴリズムによるものであるから、
図1に示した位置と必ずしも一致するものではない。
【0044】
図2に、APOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体におけるアミノ酸配列中40番から53番までの領域に係る分子構造について、APOBEC3G-sNTD変異体におけるアミノ酸配列中40番から54番までの領域に係る分子構造と対比させて、X線結晶回析法によるデータを図示する。
図2(a)は、APOBEC3G-sNTD変異体におけるアミノ酸配列中40番から54番までの領域をスティック表示している。
図2(b)は、APOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体におけるアミノ酸配列中40番から53番までの領域をスティック表示している。
図2において、APOBEC3G-sNTD変異体では、そのアミノ酸配列中40番から54番までの領域が二次構造を形成していないのに対して、APOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体では、そのアミノ酸配列中40番から54番までの領域において新たな二次構造を形成していることが示されている。
【0045】
上記のような本発明の第1実施形態に係るAPOBEC3Gの変異体によれば、蛋白質の局所構造の安定化を図ることができる。
【0046】
次に、本発明の第2実施形態に係るAPOBEC3Gの変異体は、APOBEC3GのN末端ドメイン部分に係るものであり、そのアミノ酸配列中、44番、47番、及び48番のプロリンが、遺伝子工学的にプロリン以外のAPOBEC3Gを形成するアミノ酸に置換、又は欠損させられているAPOBEC3Gの変異体である。
【0047】
尚、本件出願におけるAPOBEC3Gのアミノ酸を欠損するための遺伝子工学的な手法としては、例えば、上記の部位特異的変異導入法といった各種の公知の手法を用いることができる。
【0048】
本発明の第2実施形態に係るAPOBEC3Gの変異体は、プロリンを遺伝子工学的に欠損させることにより、蛋白質の分子構造の安定化を図ることができる。即ち、プロリンは、上記の二次構造を不安定にする性質を有しており、とりわけAPOBEC3Gのアミノ酸配列中、44番、47番、及び48番を含む5つのアミノ酸からなる領域は、5つのアミノ酸の内の3つがプロリンであって、高い割合でプロリンを含んでいるため、二次構造の著しい不安定化が懸念されるところ、これらのプロリンを遺伝子工学的に別のアミノ酸に置換され、又は欠損させられることにより、蛋白質の分子構造の安定化を図ることができるのである。
【0049】
本発明の発明者は、本発明の効果を実証すべく、APOBEC3G-sNTD-A126-dL変異体を作成し、これが、蛋白質を安定化させるとともに、大腸菌による蛋白質の調製量を有意に増加させ、その精製した蛋白質の溶液は、界面活性剤類を添加しなくても、最低1週間は沈殿を生じることなく溶液の状態を保つことができ、核磁気共鳴法による観測が可能であることを確認した。
【0050】
更に、本発明の発明者は、前述のAPOBEC3G-sNTD変異体と本発明に係るAPOBEC3G-sNTD-A126-dL変異体のそれぞれについて、核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance, NMR)スペクトルの比較観察を行った。そうしたところ、
図3に図示するように、
図3(a)に示されるAPOBEC3G-sNTD変異体のNMRスペクトルに対して、
図3(b)に示されるAPOBEC3G-sNTD-A126-dL変異体のNMRスペクトルは、シグナルとノイズの比率が改善され、シグナルが従前より明瞭に示されるようになり、より均質で円状に近似する等高線を示すようなかたちでシグナルの形状が改善されるとともに、観測し解析できるシグナルの数が30ないし40%増加することが確認された。
【0051】
本発明の第3実施形態に係るAPOBEC3Gの変異体は、前述の本発明の第1実施形態又は第2実施形態に係るAPOBEC3Gの変異体であって、そのアミノ酸配列中、配列番号1に示した野生型APOBEC3Gの配列でいう181番に相当するアミノ酸がチロシンであるとともに、同188番に相当するアミノ酸がメチオニンであるAPOBEC3Gの変異体である。
【0052】
本発明の発明者は、上記の本発明の第3実施形態に係るAPOBEC3Gの変異体、即ち、APOBEC3G-sNTD-A126-dL-YM変異体を作製し、これが、別途調製したHIV-1Vif蛋白質に結合し、また、その溶液の状態における安定性が更に増大しているため、界面活性剤類を添加しなくても、最低1週間は沈殿を生じることなく溶液の状態を保つことができ、少なくとも電子顕微鏡法による観測が可能であることを確認した。
【0053】
更に、本発明の発明者は、本発明の効果を実証すべく、本発明に係るAPOBEC3G-sNTD-A126-dL-YMと前述のAPOBEC3G-sNTD変異体との比較観察を行った。そうしたところ、単位実験スケール当たりの蛋白質精製(サイズ排除クロマトグラフィー)プロファイルに係る
図4に図示するように、
図4(a)に示すAPOBEC3G-sNTD変異体のプロファイルと比較して、
図4(b)に示すAPOBEC3G-sNTD-A126-dL-YM変異体は、凝集蛋白質や夾雑蛋白質の生じる割合が50%程度減少するとともに、精製の目的となる蛋白質の生じる割合が50%程度上昇することが確認された。
【0054】
本発明の第4実施形態に係るAPOBEC3Gの変異体は、APOBEC3G-sNTD-A126-dL-YM変異体とAPOBEC3G-CTD-191-2K3A変異体とを結合させたAPOBEC3Gの変異体、即ち、前述のAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体である。この変異体は、上記の様な構成であるから、天然に存在するAPOBEC3Gに構造的にも機能的にも近似する存在であるため、APOBEC3G/Vif相互作用を実験的に再現し得るとともに、該相互作用を分子生物学的手法、生物物理学的手法、及び構造生物学的手法を用いて解析し、該相互作用を阻害し得る化合物を合理的に探索し創製し得る試料とするには、より適切であると考えられる。
【0055】
ここで、本発明の発明者は、本発明に係るAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体が、界面活性剤類を添加しなくても、最低1週間は沈殿を生じることなく溶液の状態を保つことができ、X線結晶回析法及び電子顕微鏡法による観測が可能であり、その分子構造研究が可能であることを確認している。
【0056】
本発明の発明者は、本発明の効果を実証すべく、本発明に係るAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体がHIV-1Vif蛋白質と結合するか否かについて、その観察を行った。ここで、
図5は、蛋白質のネガティブ染色電子顕微鏡像であり、図中のスケールバーは5ナノメートル(nm)を示している。また、
図5(a)に挿入した図はスケールを調整したAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体の結晶構造を示しているとともに、5(b)に挿入した図はHIV-1Vifの結晶構造を示している。
図5(a)に示すAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体の電子顕微鏡像と、
図5(b)に示すAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体の電子顕微鏡像とHIV-1ViF蛋白質とを結合させた結合体とでは、それらの形状及び大きさが異なっていることが確認された。また、本発明の発明者は、上記の非結合体と結合体のそれぞれの大きさが、X線結晶回析法に基づく分子構造解析から予測される大きさと同程度であることを確認した。尚、上記のようにAPOBEC3Gの変異体とHIV-1Vif蛋白質とを結合させるに際しては、それぞれの溶液を混合させることによってこれを行い、その必要に応じて、リボ核酸をその仲介因子(媒介因子)として適宜用いる。
【0057】
更に、本発明の発明者は、本発明に係るAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体につき、そのアミノ酸配列中、19番チロシンをアラニン又はアスパラギン酸に、あるいは27番ロイシンをアラニン又はアスパラギン酸に、又は124番チロシンをアラニンに、又は125番チロシンをアラニンに、又は126番フェニルアラニンをアラニンに、又は127番トリプトファンをアラニンに、又は128番アスパラギン酸をリジンに、又は129番プロリンをアラニンにそれぞれ遺伝子工学的に変換した公知のAPOBEC3Gの変異体を作成し、該APOBEC3Gの変異体がHIV-1Vif蛋白質との結合を著しく阻害するものであるとの知見を得ている。
【0058】
ここで、
図6に、APOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体及び上記のAPOBEC3Gの変異体とHIV-1Vif蛋白質とが結合する量を比較したグラフを示す。
図6では、APOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体とHIV-1Vif蛋白質とが結合する量を100とした場合に、上記のようにして作製したAPOBEC3Gの変異体とHIV-1Vif蛋白質とが結合する量と比較するグラフを示している。そのアミノ酸配列の内、128番アスパラギン酸をリジンに置換したAPOBEC3Gは、APOBEC3G-Vif相互作用を著しく減弱させるものであることが知られているところ、それとの比較を行うことにしたものである。また、
図6では、APOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3Aと、配列番号2に示したアミノ酸配列を有するHIV-1Vifにつき、その43番ヒスチジンをアラニンに置換するとともに、44番チロシンをアラニンに置換したVif変異体とが結合する量を比較したグラフを示している。該Vif変異体は、APOBEC3G-Vif相互作用を著しく減弱させるものであることが知られているところ、それとの比較を行うことにしたものである。即ち、
図6は、本発明に係るAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体が、HIV-1Vif蛋白質に特異的に結合することの証左である。
【0059】
最後に、本発明の発明者は、本発明に係るAPOBEC3G-FL-sNTD-A126F-dL-YM-CTD-2K3A変異体を別途調整したHIV-1Vif蛋白質に結合させた結合体について、少なくとも1週間は沈殿を生じることなく溶液の状態を保てることを確認するとともに、電子顕微鏡による観測が可能であることを確認している。
【0060】
以下に、本発明に係るAPOBEC3Gの変異体の使用態様について簡潔に説明する。例えば、APOBEC3G/Vif相互作用を阻害する化合物Xがあったとする。もし、化合物Xが直接的にAPOBEC3GもしくはHIV-1Vif蛋白質に作用するならば、化合物XはAPOBEC3G/Vif結合体の結合面において、APOBEC3GもしくはHIV-1Vifに結合するものと考えられる。
【0061】
本発明に係るAPOBEC3Gの変異体は、上述の通り、in-vitroで各種分子構造の研究に用いることができる。例えば、
図3に図示するように、核磁気共鳴法で得られるスペクトルでは、1つのシグナルが蛋白質に含まれる特定の1つのアミノ酸に由来する。ここで、化合物Xが蛋白質に結合するとき、その近傍の蛋白質の化学的環境を変化させるため、スペクトル中の当該アミノ酸に由来するシグナルもその強度や位置が変化する。この変化を観測することによって、化合物XがAPOBEC3Gのいずれの部位に結合したのかを特定することができるのである。また、APOBEC3Gと化合物Xとの結合体に係る結晶を調製し、X線結晶回折法によって該結合体の分子構造を明らかにすることも可能である。
【0062】
更に、例えば、化合物Xと同様に、化合物YもAPOBEC3G/Vif相互作用を阻害し、化合物Xと同じ部位においてAPOBEC3Gに結合するとした場合、化合物XとYのAPOBEC3Gに対する親和性及び分子構造を比較して、より親和性の高い新たな別個の化合物を創成することも可能である。また、例えば、化合物Xと同様に、化合物ZはAPOBEC3G/Vif相互作用を阻害するものの、化合物Xとは異なる部位においてAPOBEC3Gに結合する場合、化合物Xと化合物Zの結合部位が近い位置にあれば、適切に設計された化学連結構造により化合物XとZとを連結させることにより、より親和性の高い新たな別個の化合物を創成することも可能である。
【0063】
尚、このような阻害化合物とターゲット蛋白質とを結合させ、分子構造と結合親和性の関係(構造活性相関)を研究し、新たな候補化合物を創成することは広く一般に行われているところである。よって、本件出願は、その手法を特定するものではなく、本発明に係るAPOBEC3Gの変異体の使用態様は、上記のような使用態様に限定されるものでもない。
【0064】
以上のことから、本発明の各種の実施形態に係るAPOBEC3Gの変異体は、APOBEC3Gの変異体につき、APOBEC3G/Vif相互作用を研究するために必要な可溶性を具備し、APOBEC3G/Vif相互作用の分子構造の研究を行えるようにし、通常の生理学的な条件の下、in-vitroでHIV-1Vif蛋白質と特異的に結合され、APOBEC3G/Vif結合体を観測し得るようにし、その量産性を向上させるとともに、安定した溶液の状態を保って構造生物学的な手法による十分な観察を行えるようにすることができる。
【0065】
上記のような本発明の各種の実施形態に係るAPOBEC3Gの変異体を用いることにより、APOBEC3G/Vif相互作用を実験的に再現することができるとともに、該相互作用を分子生物学的手法、生物物理学的手法、及び構造生物学的手法を用いて解析することで、該相互作用を阻害することができる化合物を合理的に探索し創製することができるのである。
【配列表】