(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-15
(45)【発行日】2024-04-23
(54)【発明の名称】原子発振器及び周波数信号生成システム
(51)【国際特許分類】
H03L 7/26 20060101AFI20240416BHJP
G04G 3/00 20060101ALN20240416BHJP
H01S 1/06 20060101ALN20240416BHJP
【FI】
H03L7/26
G04G3/00 A
G04G3/00 Z
H01S1/06
(21)【出願番号】P 2019216436
(22)【出願日】2019-11-29
【審査請求日】2022-10-24
(73)【特許権者】
【識別番号】397050741
【氏名又は名称】マイクロチップ テクノロジー インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】MICROCHIP TECHNOLOGY INCORPORATED
(74)【代理人】
【識別番号】100137095
【氏名又は名称】江部 武史
(74)【代理人】
【識別番号】100173691
【氏名又は名称】高橋 康久
(74)【代理人】
【識別番号】100091627
【氏名又は名称】朝比 一夫
(72)【発明者】
【氏名】橋 幸弘
(72)【発明者】
【氏名】牧 義之
(72)【発明者】
【氏名】長坂 公夫
(72)【発明者】
【氏名】橋本 泰治
(72)【発明者】
【氏名】土屋 泰
(72)【発明者】
【氏名】米澤 岳美
(72)【発明者】
【氏名】上野 仁
(72)【発明者】
【氏名】林 暢仁
(72)【発明者】
【氏名】田村 智博
(72)【発明者】
【氏名】菅 貴宏
【審査官】▲高▼橋 徳浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-245805(JP,A)
【文献】特開2015-119443(JP,A)
【文献】特開2015-122597(JP,A)
【文献】特開2019-087865(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04G 3/00
H01S 1/06
H03L1/00-H03L9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光素子と、
気体のセシウムが収容され、前記発光素子からの光がX軸に沿って入射する面を有する第1部分と、
液体又は固体のセシウムが収容される第2部分と
前記第1部分と前記第2部分とを接続し、前記X軸と直交するY軸に沿って対向する2つの壁部を有する第3部分と、を有し、
前記第3部分において、前記2つの壁部の間の距離が、前記Y軸に沿って前記第1部分から前記第2部分へ向かって一定の比率で減少し、
アルゴン及び窒素からなり、前記アルゴンのモル分率が64.1%であるバッファガスが収容される原子セルと、
前記第1部分を加熱するヒーターと、
前記原子セルの前記発光素子とは反対側に配置される光検出素子と、
前記光検出素子よりも前記ヒーター及び前記面に近い位置に配置され、前記ヒーターの温度制御に用いられる温度検出素子と、を含む、原子発振器。
【請求項2】
前記光検出素子に接続される配線を有する、請求項1に記載の原子発振器。
【請求項3】
前記配線を搭載するプリント基板を有する、請求項2に記載の原子発振器。
【請求項4】
前記第1部分と前記ヒーターとの間に配置される第1部材と、
前記第1部材に対して前記第2部分側に配置され、前記第1部材と離間している第2部材と、を有する、請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載の原子発振器。
【請求項5】
前記バッファガスの圧力は、13.3kPa以上18.6kPa以下である、請求項1乃至請求項4の何れか一項に記載の原子発振器。
【請求項6】
原子発振器と、
前記原子発振器からの周波数信号を処理する処理部と、を備え、
前記原子発振器は、
発光素子と、
気体のセシウムが収容され、前記発光素子からの光がX軸に沿って入射する面を有する第1部分と、
液体又は固体のセシウムが収容される第2部分と、
前記第1部分と前記第2部分とを接続し、前記X軸と直交するY軸に沿って対向する2つの壁部を有する第3部分と、を有し、
前記第3部分において、前記2つの壁部の間の距離が、前記Y軸に沿って前記第1部分から前記第2部分へ向かって一定の比率で減少し、
アルゴン及び窒素からなり、前記アルゴンのモル分率が64.1%であるバッファガス が収容される原子セルと、
前記第1部分を加熱するヒーターと、
前記原子セルの前記発光素子とは反対側に配置される光検出素子と、
前記光検出素子よりも前記ヒーター及び前記面に近い位置に配置され、前記ヒーターの温度制御に用いられる温度検出素子と、を含む、周波数信号生成システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子発振器及び周波数信号生成システムに関する。
【背景技術】
【0002】
長期的に高精度な発振特性を有する発振器として、ルビジウム、セシウム等のアルカリ金属原子のエネルギー遷移に基づいて発振する原子発振器が知られている。
例えば特許文献1では、ガスセルの小型化を図るために、アルカリ金属原子と緩衝ガスとをガスセル内に封入している。緩衝ガスは、窒素とアルゴンとの混合ガスで、混合ガスにおけるアルゴンガスのモル分率を15%以上40%以下とすることで、小型化した場合に、優れた温度特性を有する原子発振器が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載の原子発振器は、ガスセルが外部環境の温度変化の影響を受けると、ガスセル内部の温度勾配が変化し、緩衝ガスの密度分布が変化する。そのため、アルカリ金属原子と緩衝ガス分子の衝突頻度が変化し、原子発振器の発振周波数が変化するという虞があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
原子発振器は、発光素子と、気体のセシウムが収容され、前記発光素子からの光がX軸に沿って入射する面を有する第1部分と、液体又は固体のセシウムが収容される第2部分と、前記第1部分と前記第2部分とを接続し、前記X軸と直交するY軸に沿って対向する2つの壁部を有する第3部分と、を有し、前記第3部分において、前記2つの壁部の間の距離が、前記Y軸に沿って前記第1部分から前記第2部分へ向かって一定の比率で減少し、アルゴン及び窒素からなり、前記アルゴンのモル分率が64.1%であるバッファガスが収容される原子セルと、前記第1部分を加熱するヒーターと、前記原子セルの前記発光素子とは反対側に配置される光検出素子と、前記光検出素子よりも前記ヒーター及び前記面に近い位置に配置され、前記ヒーターの温度制御に用いられる温度検出素子と、を含む。
【0006】
周波数信号生成システムは、原子発振器と、前記原子発振器からの周波数信号を処理する処理部と、を備え、前記原子発振器は、発光素子と、気体のセシウムが収容され、前記発光素子からの光がX軸に沿って入射する面を有する第1部分と、液体又は固体のセシウムが収容される第2部分と、前記第1部分と前記第2部分とを接続し、前記X軸と直交するY軸に沿って対向する2つの壁部を有する第3部分と、を有し、前記第3部分において、前記2つの壁部の間の距離が、前記Y軸に沿って前記第1部分から前記第2部分へ向かって一定の比率で減少し、アルゴン及び窒素からなり、前記アルゴンのモル分率が64.1%であるバッファガスが収容される原子セルと、前記第1部分を加熱するヒーターと、前記原子セルの前記発光素子とは反対側に配置される光検出素子と、前記光検出素子よりも前記ヒーター及び前記面に近い位置に配置され、前記ヒーターの温度制御に用いられる温度検出素子と、を含む。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図2】原子発振器を模式的に示すXZ平面に沿った断面図。
【
図3】原子発振器を模式的に示すXY平面に沿った断面図。
【
図4】原子発振器の原子セルを模式的に示すXY平面に沿った断面図。
【
図6】アルゴン及び窒素からなるバッファガスのアルゴンのモル分率と周波数変化率との関係を示すグラフ。
【
図7】光検出素子の実装状態を模式的に示す平面図。
【
図8】実施形態に係る周波数信号生成システムを示す概略構成図。
【発明を実施するための形態】
【0008】
1.原子発振器
先ず、本実施形態に係る原子発振器10について、
図1を参照しながら説明する。
【0009】
原子発振器10は、アルカリ金属原子に対して特定の異なる波長の2つの共鳴光を同時に照射したときに当該2つの共鳴光がアルカリ金属原子に吸収されずに透過する現象が生じる量子干渉効果(CPT:Coherent Population Trapping)を利用した原子発振器である。なお、この量子干渉効果による現象は、電磁誘起透明化(EIT:Electromagnetically Induced Transparency)現象とも言う。また、本実施形態に係る原子発振器10は、光及びマイクロ波による二重共鳴現象を利用した原子発振器であってもよい。
【0010】
原子発振器10は、
図1に示すように、光源ユニット100と、光学系ユニット200と、原子セルユニット300と、光源ユニット100及び原子セルユニット300を制御する制御ユニット500と、を含む。
【0011】
光源ユニット100は、ペルチェ素子110と、発光素子120と、温度センサー130と、を有している。
【0012】
発光素子120は、周波数の異なる2種の光を含んでいる直線偏光の光LLを光軸LAに沿った方向に出射する。発光素子120は、垂直共振器面発光レーザー(VCSEL:Vertical Cavity Surface Emitting Laser)などである。温度センサー130は、発光素子120の温度を検出する。温度センサー130は、例えば、サーミスタ、熱電対等である。ペルチェ素子110は、発光素子120の温度を、例えば、25℃以上35℃以下の温度に制御する。
【0013】
光学系ユニット200は、光源ユニット100と原子セルユニット300との間に配置されている。光学系ユニット200は、減光フィルター210と、レンズ220と、1/4波長板230と、を有している。
【0014】
減光フィルター210は、発光素子120から出射された光LLの強度を減少させる。レンズ220は、光LLの放射角度を調整する。具体的には、レンズ220は、光LLを平行光にする。1/4波長板230は、光LLに含まれる周波数の異なる2種の光を、直線偏光から円偏光に変換する。
【0015】
原子セルユニット300は、原子セル310と、光検出素子320と、ヒーターユニット380と、温度検出素子322と、コイル324と、を有している。
【0016】
原子セル310は、発光素子120から出射される光LLを透過させる。原子セル310には、アルカリ金属原子であるセシウムと、アルゴン及び窒素からなるバッファガスと、が収容されている。セシウムは、互いに異なる2つの基底準位と励起準位とからなる3準位系のエネルギー準位を有する。原子セル310には、発光素子120から出射された光LLが減光フィルター210、レンズ220、及び1/4波長板230を介して入射する。また、原子発振器10では、アルゴン及び窒素からなるバッファガスを用いることにより、アルカリ金属原子同士の相互作用、及び、アルカリ金属原子が原子セル310の内壁へ衝突することによるアルカリ金属原子の状態変化を抑制し、周波数特性を改善している。
【0017】
光検出素子320は、原子セル310を通過した光LLを受光し検出する。光検出素子320は、例えば、フォトダイオードである。
【0018】
ヒーターユニット380は、原子セル310を、例えば、60℃以上75℃以下の温度に制御する。ヒーターユニット380は、原子セル310に収容されたアルカリ金属原子を加熱し、アルカリ金属原子の少なくとも一部をガス状態にする。
【0019】
温度検出素子322は、原子セル310の温度を検出する。温度検出素子322は、例えば、サーミスタ、熱電対等である。
コイル324は、原子セル310に収容されたアルカリ金属原子に所定方向の磁場を印加し、アルカリ金属原子のエネルギー準位をゼーマン分裂させる。
【0020】
アルカリ金属原子がゼーマン分裂した状態において、円偏光した共鳴光対がアルカリ金属原子に照射されると、アルカリ金属原子がゼーマン分裂した複数の準位のうち、所望のエネルギー準位のアルカリ金属原子の数が他のエネルギー準位のアルカリ金属原子の数に対して相対的に多くなる。そのため、所望のEIT現象を発現する原子数が増大し、所望のEIT信号が大きくなる。その結果、原子発振器10の発振特性を向上させることができる。
【0021】
制御ユニット500は、温度制御回路510と、光源制御回路520と、磁場制御回路530と、温度制御回路540と、を有している。
【0022】
温度制御回路510は、温度検出素子322の検出結果に基づいて、原子セル310の内部が所望の温度となるように、ヒーターユニット380への通電を制御する。磁場制御回路530は、コイル324が発生する磁場が一定となるように、コイル324への通電を制御する。温度制御回路540は、温度センサー130の検出結果に基づいて、発光素子120の温度が所望の温度となるように、ペルチェ素子110への通電を制御する。
【0023】
光源制御回路520は、光検出素子320の検出結果に基づいて、EIT現象が生じるように、発光素子120から出射された光LLに含まれる2種の光の周波数を制御する。ここで、これら2種の光が原子セル310に収容されたアルカリ金属原子の2つの基底準位間のエネルギー差に相当する周波数差の共鳴光対となったとき、EIT現象が生じる。光源制御回路520は、2種の光の周波数の制御に同期して安定化するように発振周波数が制御される電圧制御型発振器(図示せず)を備えており、この電圧制御型発振器(VCO:Voltage Controlled Oscillator)の出力信号を原子発振器10の出力信号、すなわちクロック信号Clkとして出力する。
【0024】
次に、原子発振器10の具体的な構成について、
図2~
図7を参照して説明する。なお、
図2~
図5、及び
図7では、互いに直交する3軸として、X軸、Y軸、及びZ軸を図示している。X軸は、発光素子120と光検出素子320とを結ぶ線分に沿う軸であり、発光素子120から出射された光LLは、光軸LAであるX軸に沿って進む。Y軸は、後述する原子セル310の第1部分312と第2部分314とが並ぶ軸である。
【0025】
原子発振器10は、
図2及び
図3に示すように、光源ユニット100と、光学系ユニット200と、原子セルユニット300と、支持部材400と、制御ユニット500と、外容器600と、を含む。
【0026】
光源ユニット100は、支持部材400に配置されている。光源ユニット100は、ペルチェ素子110と、発光素子120と、温度センサー130と、これらを収容している光源容器140と、光源容器140が配置される光源基板150と、を有している。光源基板150は、例えば、図示しないネジによって支持部材400に固定されている。ペルチェ素子110、発光素子120、及び温度センサー130は、制御ユニット500と電気的に接続されている。
【0027】
光学系ユニット200は、支持部材400に配置されている。光学系ユニット200は、減光フィルター210と、レンズ220と、1/4波長板230と、これらを保持しているホルダー240と、を有している。ホルダー240は、例えば、図示しないネジによって支持部材400に固定されている。
【0028】
ホルダー240には、貫通孔250が設けられている。貫通孔250は、光LLの通過領域である。貫通孔250には、減光フィルター210、レンズ220、及び1/4波長板230が光源ユニット100側からこの順で配置されている。
【0029】
原子セルユニット300は、原子セル310と、光検出素子320と、第1部材330と、第2部材332と、第1原子セル容器340と、第2原子セル容器370と、ヒーターユニット380と、ペルチェ素子390と、を含む。
【0030】
原子セル310には、セシウムと、アルゴン及び窒素からなるバッファガスと、が収容されている。
【0031】
原子セル310には、発光素子120から出射された光LLが入射する。原子セル310の壁部の材質は、例えば、ガラスなどである。原子セル310の内部空間Sは、
図4及び
図5に示すように、第1部分312と、第2部分314と、第3部分316と、を含む。
【0032】
原子セル310の内部空間Sを規定する内面は、-Y軸側の内面310A及び+Y軸側の内面310Bが円弧状をなしている。また、これらの円弧を接続する+Z軸側の内面310C及び-Z軸側の内面310Dは、直線状をなしており、それぞれ、Y軸に対して傾斜している。そのため、原子セル310の内部空間Sは、第1部分312に含まれる領域、第2部分314に含まれる領域、及び第3部分316に含まれる領域、の3つに分けることができる。
【0033】
第1部分312は、例えば、気体のアルカリ金属原子が充満しており、光LLが通過する部分であり、内面310Aを含む。また、第1部分312は、第1部材330を介してヒーター381によって加熱される部分である。第1部分312に含まれる内部空間Sの領域は、内面310Aと、内面310Aの円弧から同じ曲率の仮想円弧F1と、で囲まれる円の内側の領域である。なお、第1部分312は、光LLが入射する面311の一部を含む。
【0034】
第2部分314は、液体又は固体のアルカリ金属原子を収容する部分である。また、第2部分314は、第2部材332によって放熱、すなわち、冷却される部分である。なお、第2部分314は、一部が第2部材332に覆われている。一部が第2部材332に覆われていれば、その部分の温度が原子セル310の中で最も低くなるので、液体又は固体のアルカリ金属原子を当該部分に集めることができる。第2部分314に含まれる内部空間Sの領域は、内面310Bと、内面310Bの円弧から同じ曲率の仮想円弧F2と、で囲まれる円の内側の領域である。
【0035】
第3部分316は、第1部分312と第2部分314との間に位置し、これらを接続する部分であり、Y軸に沿って対向する2つの壁部としての内面310C,310Dを有し、内面310C,310Dの間の距離が、Y軸に沿って第1部分312から第2部分314へ向かって一定の比率で減少している。この第3部分316は、第1部分312のアルカリ金属原子の余剰分が第2部分314に向かって移動する際に通過する部分である。第3部分316は、仮想円弧F1、仮想円弧F2、内面310C、及び内面310Dに囲まれた領域である。なお、内面310C,310Dの間の距離の減少率は、5%/mm以上50%/mm以下であるのが好ましい。これにより、アルカリ金属原子を第2部分314に移動し易くすることができる。
【0036】
ここで、原子セル310に収容されているバッファガスのアルゴンのモル分率と周波数変化率との関係を、
図6を参照して説明する。
図6において、横軸は、バッファガスのアルゴンのモル分率を示し、縦軸は、環境温度1℃当たりの原子発振器10の周波数変化率(ΔF/F)/℃を示している。実測値からの近似直線C1は、温度検出素子322が原子セル310の近傍に配置され、光検出素子320に近い位置に配置されている場合の特性である。また、実測値からの近似直線C2は、
図3に示すように、温度検出素子322が原子セル310の近傍に配置され、光検出素子320よりもヒーター381又は原子セル310の光LLが入射する面311に近い位置に配置されている場合の特性である。つまり、近似直線C2は、本実施形態の特性である。
【0037】
温度検出素子322が光検出素子320に近い位置に配置されている場合の近似直線C1は、バッファガスのアルゴンのモル分率が変化しても周波数変化率が略一定で6.0E-11/℃である。これに対し、本実施形態の温度検出素子322が面311に近い位置に配置されている場合の近似直線C2は、バッファガスのアルゴンのモル分率が大きくなるに従い、周波数変化率がプラスからマイナスに変化し、アルゴンのモル分率64.1%において、周波数変化率が0となる。従って、バッファガスのアルゴンのモル分率を64.1%とすることで、環境温度変化に対する周波数変化率を最小にすることができる。
【0038】
なお、上記のアルゴンのモル分率は、誤差を許容するものとする。誤差は小さいことが好ましいが、例えば以下の範囲であれば許容できる。アルゴンのモル分率を64.1%±1.5%とすると、周波数変化率は±1.0E-11/℃以下となり、アルゴンのモル分率を64.1%±3.0%とすると、周波数変化率は±2.0E-11/℃以下となり、アルゴンのモル分率を64.1%±4.5%とすると、周波数変化率は±3.0E-11/℃以下となる。
【0039】
原子セル310にアルカリ金属原子と共に収容されているバッファガスの圧力は、13.3kPa以上18.6kPa以下に設定されている。バッファガスの圧力が13.3kPaより小さいと、EIT信号の線幅が大きくなる傾向を示し、バッファガスの圧力が18.6kPaより大きいとEIT信号の強度が小さくなる傾向を示すので、バッファガスの圧力を13.3kPa以上18.6kPa以下とすることで、安定した発振特性を実現することができる。
また、バッファガスは、窒素ガスと反対の温度特性を有するアルゴンガスを含んでいるので、互いに温度特性を相殺することができる。そのため、優れた温度特性を実現することができる。
【0040】
光検出素子320は、原子セル310の発光素子120側とは反対側に配置されている。図示の例では、光検出素子320は、第1原子セル容器340に配置されている。光検出素子320は、
図7に示すように、プリント基板321に搭載され、プリント基板321に設けられた配線323と電気的に接続されている。そのため、光検出素子320の熱の少なくとも一部は、配線323やプリント基板321を介して放熱される。また、配線323は、図示はしない配線が設けられたフレキシブル基板を介して光源制御回路520と電気的に接続されている。従って、光検出素子320の熱は、フレキシブル基板を介して更に放熱される。原子セル310の光検出素子320近傍の温度は、従って、光検出素子320から遠い部分の温度と比較して、配線323やプリント基板321を介した放熱によって変動し易い。
【0041】
第1部材330は、第1原子セル容器340内において、原子セル310を保持している。第1部材330は、第1部分312とヒーター381との間に配置され、例えば、第1部分312を規定する原子セル310の壁部に接していている。図示の例では、第1部材330は、ネジ331によって、第1原子セル容器340に固定されている。第1部材330は、ヒーターユニット380の熱を、第1部分312のアルカリ金属原子に伝える。そのため、第1部分312に気体のアルカリ金属原子を収容することができる。第1部材330の材質は、例えば、アルミニウム、チタン、銅、真鍮などである。
【0042】
第1部材330には、貫通孔330a,330bが設けられている。発光素子120から出射された光LLは、貫通孔330aを通って原子セル310に入射する。原子セル310を透過した光LLは、貫通孔330bを通って光検出素子320に入射する。貫通孔330a,330bには、光LLを透過させる部材が配置されていてもよい。
【0043】
第2部材332は、第1原子セル容器340内において、原子セル310を保持している。第2部材332は、第2部分314側に配置され、例えば、第2部分314を規定する原子セル310の壁部に接している。図示の例では、第2部材332は、ネジ333によって、第1原子セル容器340に固定されている。第2部材332は、例えば、第2部分314の熱を、ペルチェ素子390に伝える。第2部材332は、第1部材330と離間して設けられている。これにより、第2部分314を、第1部分312よりも低温となるように調整することができ、第2部分314に液体又は固体のアルカリ金属原子を収容することができる。第2部材332の材質は、例えば、第1部材330と同じである。なお、第1部材330及び第2部材332は、直接原子セル310に接していても、熱伝導性の接着剤等を介して原子セル310に接していてもよい。
【0044】
第1原子セル容器340は、原子セル310、光検出素子320、第1部材330、及び第2部材332を収容している。第1原子セル容器340は、支持部材400に配置されている。第1原子セル容器340は、略直方体の外形形状を有している。第1原子セル容器340の材質は、例えば、鉄、ケイ素鉄、パーマロイ、スーパーマロイ、センダスト、銅などである。このような材料を用いることにより、第1原子セル容器340は、外部からの磁気を遮蔽することができる。これにより、外部からの磁気によって原子セル310内のアルカリ金属原子が影響を受けることを抑え、原子発振器10の発振特性の安定化を図ることができる。
【0045】
第1原子セル容器340には、貫通孔340aが設けられている。発光素子120から出射された光LLは、貫通孔340aを通って原子セル310に入射する。貫通孔340aには、光LLを透過させる部材が設けられていてもよい。
【0046】
第2原子セル容器370は、第1原子セル容器340を収容し、支持部材400に固定されている。第2原子セル容器370の材質は、例えば、第1原子セル容器340と同じである。第2原子セル容器370は、外部からの磁気を遮蔽することができる。
【0047】
第2原子セル容器370には、貫通孔370aが設けられている。発光素子120から出射された光LLは、貫通孔370aを通って原子セル310に入射する。貫通孔370aには、光LLを透過させる部材が設けられていてもよい。
【0048】
ヒーターユニット380は、第1原子セル容器340に接し、ネジなどで第2原子セル容器370に固定されている。ヒーターユニット380は、ヒーター381と、ヒーター容器382と、断熱部材385と、を有している。
【0049】
ヒーター容器382は、ヒーター蓋部383と、ヒーター基部384と、を有し、ヒーター381と、断熱部材385と、を収容している。ヒーター容器382の材質は、例えば、第1原子セル容器340と同じである。ヒーター容器382は、ヒーター381が生じる磁気を遮蔽することができる。
【0050】
ヒーター381は、ヒーター容器382に収容された状態で、第1原子セル容器340の外表面に配置されている。ヒーター381は、原子セル310の第1部分312のアルカリ金属原子を所定の温度になるように加熱する。ヒーター381は、例えば、発熱抵抗体などである。なお、ヒーター381として、発熱抵抗体に代えて、あるいは発熱抵抗体と併用して、ペルチェ素子を用いてもよい。
【0051】
温度検出素子322は、原子セル310の近傍に配置され、光検出素子320よりもヒーター381及び原子セル310の光LLが入射する面311に近い位置に配置されている。つまり、温度検出素子322と面311との距離、及び、温度検出素子322とヒーター381との距離は、温度検出素子322と光検出素子320との距離よりも小さい。熱を放熱する光検出素子320から離れた位置に温度検出素子322を配置することで、放熱による温度変化を検出し難くなるので、原子セル310の第1部分312の温度、より厳密にはヒーター381の加熱による原子セル310の第1部分312の温度を高精度で検出することができる。その結果、ヒーター381の温度制御が放熱による温度変化の影響を受け難くなるので、第1部分312の温度を安定に温度制御することができる。また、面311に近い位置に温度検出素子322を配置することで、面311の温度を安定に制御し易い。面311の温度が変化すると、面311にセシウムが付着するなどして、原子セル310に入射する光LLの強度が変化し、原子発振器10の発振周波数が変化する虞がある。面311の温度を安定させることで、原子発振器10の発振周波数の変動を低減することができる。さらに、図示はしないが、温度検出素子322を、Z軸またはY軸に沿った平面視で光軸LAと重なる位置に配置すると、光LL及び気体のセシウムの原子セル310で最も状態が安定している部分の温度をさらに安定させることができるので、原子発振器10の発振特性をさらに安定させることができる。
【0052】
また、コイル324は、
図2及び
図3では図示していないが、例えば、原子セル310の外周に沿って巻回して設けられているソレノイド型のコイル、または、原子セル310を介して対向するヘルムホルツ型の1対のコイルである。コイル324は、原子セル310の内部に光LLの光軸LAに沿った方向の磁場を発生させる。これにより、原子セル310に収容されたアルカリ金属原子の縮退している異なるエネルギー準位間のギャップをゼーマン分裂により拡げて、分解能を向上させ、EIT信号の線幅を小さくすることができる。
【0053】
また、図示はしないが、ヒーター381に電力を外部から供給するための配線を備えるフレキシブル基板が、断熱部材385のヒーター381側とは反対側に配置されていてもよい。これにより、ヒーター381の熱がフレキシブル基板に伝わることを抑えることができ、ヒーター381の熱を、効率よく原子セル310に伝えることができる。
【0054】
ペルチェ素子390は、
図2に示すように、第2原子セル容器370に配置されている。図示の例では、ペルチェ素子390は、第2原子セル容器370の+Z軸方向側の外表面に配置されている。ペルチェ素子390は、例えば、第2原子セル容器370から外容器600の外蓋部620に熱を移動させるように、温度制御回路510によって制御される。
【0055】
ペルチェ素子390と、外容器600の外蓋部620と、の間には伝熱部材392が配置されている。伝熱部材392の熱伝導率は、例えば、外蓋部620の熱伝導率よりも高い。伝熱部材392は、例えば、板状、シート状である。伝熱部材392の材質は、例えば、アルミニウム、チタン、銅、または、放熱性の高いシリコーンである。伝熱部材392は、ペルチェ素子390の放熱面から放出される熱を、外蓋部620に伝える。
【0056】
支持部材400は、
図2に示すように、外容器600の外基部610に片持ちで固定されている。支持部材400は、例えば、外基部610の台座部611に、
図3に示すように、2つのネジによって固定されている。支持部材400は、固定端402と、自由端404と、を含む。支持部材400の材質は、例えば、アルミニウム、銅であってもよく、また、支持部材400は、例えば、炭素繊維を用いたカーボンシートであってもよい。
【0057】
支持部材400には、
図2及び
図3に示すように、光源ユニット100と、光学系ユニット200と、原子セルユニット300とが配置されている。
【0058】
支持部材400の固定端402側に、光源ユニット100が配置されている。光源ユニット100は、光源容器140が貫通孔422に位置するように、例えば、図示しないネジによって、光源支持部420の-X軸方向側の面に固定されている。図示の例では、発光素子120は、光源容器140及び光源基板150を介して、支持部材400の固定端402側に配置されている。光学系ユニット200は、例えば、図示しないネジによって、光源支持部420の+X軸方向側の面に固定されている。
【0059】
支持部材400の自由端404側に、原子セルユニット300が配置されている。原子セルユニット300は、Z軸方向からみて、貫通孔412と重なるように、自由端404側に配置されている。図示の例では、原子セルユニット300は、ネジによって、原子セル支持部410に固定されている。
【0060】
このように、支持部材400が外基部610に片持ちで固定されていることにより、例えば支持部材400の熱膨張率と外基部610の熱膨張率との差に起因する応力によって支持部材400が変形することを抑えることができる。
【0061】
制御ユニット500は、
図2に示すように、回路基板502を有している。回路基板502は、複数のリードピン504を介して、外基部610に固定されている。回路基板502は、図示しないIC(Integrated Circuit)チップが配置されており、ICチップは、温度制御回路510、光源制御回路520、磁場制御回路530、及び温度制御回路540として機能する。ICチップは、光源ユニット100及び原子セルユニット300と電気的に接続されている。回路基板502には、支持部材400が挿通されている貫通孔503が設けられている。
【0062】
外容器600は、光源ユニット100、光学系ユニット200、原子セルユニット300、支持部材400、及び制御ユニット500を収容している。外容器600は、外基部610と、外基部610とは別体の外蓋部620と、を有している。外容器600の材質は、例えば、第1原子セル容器340と同じである。そのため、外容器600は、外部からの磁気を遮蔽することができ、外部からの磁気によって原子セル310内のアルカリ金属原子が影響を受けることを抑えることができる。
【0063】
本実施形態の原子発振器10は、原子セル310の内部空間Sが第1部分312と、第2部分314と、第3部分316と、を有し、第3部分316の第1部分312と第2部分314とを接続する2つの壁部の間の距離が、第1部分312から第2部分314に向かって一定の比率で減少している構造である。第1部分312の体積と比較して、第3部分316の体積が小さいため、第1部分312の体積と第3部分316の体積とが同じである場合と比較して、冷却による温度変化の影響を受けるアルカリ金属原子及びバッファガスの量が少ない。従って、原子セル310が外部環境の温度変化の影響を受けても、第3部分316に存在する気体のアルカリ金属原子及びバッファガスの密度変化が第1部分312のアルカリ金属原子の密度変化に及ぼす影響を小さくできるので、温度変化による原子発振器10の発振周波数の変化を低減することができる。
【0064】
また、ヒーター381の温度制御に用いられる温度検出素子322を光LLが入射する面311に近い位置に配置することで、熱を放熱する光検出素子320から離すことができるので、原子セル310の第1部分312の温度を高精度で検出でき、第1部分312を安定に温度制御することができる。
【0065】
また、バッファガスのアルゴンのモル分率を64.1%とすることで、上述した内部空間Sを有する構造の原子セル310において、環境温度変化に対する原子発振器10の周波数変化率を最小にすることができる。
【0066】
2.周波数信号生成システム
次に、本実施形態に係る原子発振器10を備える周波数信号生成システムについて、
図8を参照して説明する。以下のクロック伝送システム(タイミングサーバー)90は、周波数信号生成システムの一例である。
【0067】
クロック伝送システム90は、時分割多重方式のネットワーク内の各装置のクロックを一致させるものであって、N(Normal)系及びE(Emergency)系の冗長構成を有するシステムである。
【0068】
クロック伝送システム90は、
図8に示すように、A局が有する上位であり、N系のクロック供給装置901及びSDH(Synchronous Digital Hierarchy)装置902と、B局が有する上位であり、E系のクロック供給装置903及びSDH装置904と、C局が有する下位のクロック供給装置905及びSDH装置906,907と、を備える。クロック供給装置901は、原子発振器10を有し、N系のクロック信号を生成する。クロック供給装置901内の原子発振器10は、セシウムを用いた原子発振器を含むマスタークロック908,909からのより高精度なクロック信号と同期して、クロック信号を生成する。
【0069】
SDH装置902は、クロック供給装置901からのクロック信号に基づいて、主信号の送受信を行うとともに、N系のクロック信号を主信号に重畳し、下位のクロック供給装置905に伝送する。クロック供給装置903は、原子発振器10を有し、E系のクロック信号を生成する。クロック供給装置903内の原子発振器10は、セシウムを用いた原子発振器を含むマスタークロック908,909からのより高精度なクロック信号と同期して、クロック信号を生成する。なお、クロック供給装置901,903は、原子発振器10からの周波数信号を処理する処理部に相当する。
【0070】
SDH装置904は、クロック供給装置903からのクロック信号に基づいて、主信号の送受信を行うとともに、E系のクロック信号を主信号に重畳し、下位のクロック供給装置905に伝送する。クロック供給装置905は、クロック供給装置901,903からのクロック信号を受信し、その受信したクロック信号に同期して、クロック信号を生成する。
【0071】
クロック供給装置905は、通常、クロック供給装置901からのN系のクロック信号に同期して、クロック信号を生成する。そして、N系に異常が発生した場合、クロック供給装置905は、クロック供給装置903からのE系のクロック信号に同期して、クロック信号を生成する。このようにN系からE系に切り換えることにより、安定したクロック供給を担保し、クロックパス網の信頼性を高めることができる。SDH装置906は、クロック供給装置905からのクロック信号に基づいて、主信号の送受信を行う。同様に、SDH装置907は、クロック供給装置905からのクロック信号に基づいて、主信号の送受信を行う。これにより、C局の装置をA局又はB局の装置と同期させることができる。
【0072】
本実施形態に係る周波数信号生成システムは、クロック伝送システム90に限定されない。周波数信号生成システムは、原子発振器10が搭載され、原子発振器10の周波数信号を利用する各種の装置及び複数の装置から構成されるシステムを含む。
【0073】
本実施形態に係る周波数信号生成システムは、例えば、スマートフォン、タブレット端末、時計、携帯電話機、デジタルスチルカメラ、インクジェットプリンター等の液体吐出装置、パーソナルコンピューター、テレビ、ビデオカメラ、ビデオテープレコーダー、カーナビゲーション装置、ページャー、電子手帳、電子辞書、電卓、電子ゲーム機器、ワードプロセッサー、ワークステーション、テレビ電話、防犯用テレビモニター、電子双眼鏡、POS(point of sales)端末、電子体温計、血圧計、血糖計、心電図計測装置、超音波診断装置、電子内視鏡、心磁計等の医療機器、魚群探知機、GNSS(Global Navigation Satellite System)周波数標準器、各種測定機器、自動車、航空機、船舶の計器類等の計器類、フライトシミュレーター、地上デジタル放送システム、携帯電話基地局、自動車、航空機、船舶等の移動体であってもよい。
【符号の説明】
【0074】
10…原子発振器、90…周波数信号生成システムとしてのクロック伝送システム、100…光源ユニット、110…ペルチェ素子、120…発光素子、130…温度センサー、140…光源容器、150…光源基板、200…光学系ユニット、210…減光フィルター、220…レンズ、230…1/4波長板、240…ホルダー、250…貫通孔、300…原子セルユニット、310…原子セル、310A,310B,310C,310D…内面、311…面、312…第1部分、314…第2部分、316…第3部分、320…光検出素子、321…プリント基板、322…温度検出素子、323…配線、324…コイル、330…第1部材、330a,330b…貫通孔、331…ネジ、332…第2部材、333…ネジ、340…第1原子セル容器、340a…貫通孔、370…第2原子セル容器、370a…貫通孔、380…ヒーターユニット、381…ヒーター、382…ヒーター容器、383…ヒーター蓋部、384…ヒーター基部、385…断熱部材、390…ペルチェ素子、392…伝熱部材、400…支持部材、402…固定端、404…自由端、410…原子セル支持部、412…貫通孔、420…光源支持部、422…貫通孔、500…制御ユニット、502…回路基板、503…貫通孔、504…リードピン、510…温度制御回路、520…光源制御回路、530…磁場制御回路、540…温度制御回路、600…外容器、610…外基部、611…台座部、620…外蓋部、C1,C2…近似直線、F1,F2…仮想円弧、LA…光軸、LL…光、S…内部空間。