IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 中央発條株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-植毛ばねおよびその製造方法 図1
  • 特許-植毛ばねおよびその製造方法 図2
  • 特許-植毛ばねおよびその製造方法 図3
  • 特許-植毛ばねおよびその製造方法 図4
  • 特許-植毛ばねおよびその製造方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-15
(45)【発行日】2024-04-23
(54)【発明の名称】植毛ばねおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16F 1/12 20060101AFI20240416BHJP
   B05D 1/36 20060101ALI20240416BHJP
   B05D 7/24 20060101ALI20240416BHJP
   B05D 3/02 20060101ALI20240416BHJP
   B05D 3/10 20060101ALI20240416BHJP
   B05D 7/00 20060101ALI20240416BHJP
   B05D 7/14 20060101ALI20240416BHJP
   C25D 13/06 20060101ALI20240416BHJP
   C25D 13/10 20060101ALI20240416BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
F16F1/12 C
B05D1/36 A
B05D7/24 303A
B05D7/24 301P
B05D3/02 Z
B05D7/24 302U
B05D3/10 P
B05D7/24 302C
B05D7/24 302X
B05D7/24 302V
B05D7/24 302G
B05D7/24 301A
B05D7/00 K
B05D7/14 P
B05D7/24 303G
C25D13/06 C
C25D13/10 A
C23C26/00 A
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021021657
(22)【出願日】2021-02-15
(65)【公開番号】P2022124089
(43)【公開日】2022-08-25
【審査請求日】2023-12-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000210986
【氏名又は名称】中央発條株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115657
【弁理士】
【氏名又は名称】進藤 素子
(74)【代理人】
【識別番号】100115646
【弁理士】
【氏名又は名称】東口 倫昭
(74)【代理人】
【識別番号】100196759
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 雪
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 誠記
(72)【発明者】
【氏名】國田 靖彦
【審査官】田村 佳孝
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/137069(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/188912(WO,A1)
【文献】特開2020-019307(JP,A)
【文献】特開2016-169797(JP,A)
【文献】特開2018-159031(JP,A)
【文献】特開2001-150123(JP,A)
【文献】中国実用新案第207899626(CN,U)
【文献】特開昭61-164682(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16F 1/12
B05D 1/36
B05D 7/24
B05D 3/02
B05D 3/10
B05D 7/00
B05D 7/14
C25D 13/06
C25D 13/10
C23C 26/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ばね本体と、
該ばね本体の表面に配置されるカチオン電着塗装層と、
該カチオン電着塗装層の表面に配置される接着剤層と、
該接着剤層に固定される植毛用フィラーからなる植毛層と、
を有し、
該カチオン電着塗装層の厚さは、10μm以上30μm以下であり、
該接着剤層が配置される該カチオン電着塗装層の表面粗さ(Rz:最大高さ)は、19.6μm以上26.62μm以下であることを特徴とする植毛ばね。
【請求項2】
前記接着剤層は、粗面化溶剤を有する接着剤を塗布して形成される請求項1に記載の植毛ばね。
【請求項3】
前記接着剤層は、変性エポキシ樹脂を有する請求項1または請求項2に記載の植毛ばね。
【請求項4】
前記接着剤層は、防錆顔料を有する請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の植毛ばね。
【請求項5】
前記カチオン電着塗装層は、アミン変性エポキシ樹脂を有する請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の植毛ばね。
【請求項6】
前記カチオン電着塗装層は、さらに防錆顔料を有する請求項5に記載の植毛ばね。
【請求項7】
前記植毛用フィラーは、ナイロン繊維、ポリエステル繊維、レーヨン繊維、綿繊維、およびポリエチレン繊維から選ばれる一種以上を有する請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の植毛ばね。
【請求項8】
前記ばね本体は、コイルばねである請求項1ないし請求項7のいずれかに記載の植毛ばね。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれかに記載の植毛ばねの製造方法であって、
ばね本体をカチオン電着塗装処理して、該ばね本体の表面に電着塗料の塗膜を形成するカチオン電着塗装工程と、
該塗膜の表面に粗面化溶剤を有する接着剤を塗布する接着剤塗布工程と、
該接着剤が塗布された表面に植毛用フィラーを付着させる植毛工程と、
該植毛用フィラーが付着したばね本体を加熱する焼付け工程と、
を有することを特徴とする植毛ばねの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗装および植毛が施された植毛ばね、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車のパワーバックドアなどには、バックドアと車体との間に、バックドアを自動開閉させるためのスプリングアセンブリが配置される。スプリングアセンブリは、伸縮可能な円筒形状を有し、外側のカバー部材と内側の軸部材との間に圧縮コイルばねを備える。圧縮コイルばねが圧縮されると、コイル軸が波形や螺旋状に湾曲する「座屈」が生じる場合がある。座屈によりコイル軸が径方向に変位した部分が、圧縮コイルばねの外側に配置されるカバー部材や内側に配置される軸部材に当接すると、打音が発生する。この打音対策の一つとして、特許文献1には、圧縮コイルばねの表面に短繊維を付着させる植毛加工を施して、消音性を付与する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2017/082252号
【文献】特開2002-224612号公報
【文献】特開平5-138813号公報
【文献】特開昭61-164682号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
スプリングアセンブリにおいて、カバー部材と軸部材との間に配置される圧縮コイルばねには、消音性、防錆性に加えて、高い寸法精度が要求される。本発明者は、防錆性を付与する塗装として、カチオン電着塗装が有効であると考えた。カチオン電着塗装によると、防錆性に優れ、化学的に安定であり、機械的強度が大きい塗膜を形成できることに加えて、平滑な塗膜を形成しやすく膜厚管理が容易である。カチオン電着塗装された表面に植毛する場合、短繊維を固定するための接着剤が必要になる。すなわち、特許文献2、3に記載されているように、被植毛面に予め接着剤を塗布しておき、そこに短繊維を固定する必要がある。
【0005】
しかしながら、カチオン電着塗装面は平滑であるため、その上に接着剤を塗布すると接着剤が剥がれやすいという問題がある。接着剤が剥がれると植毛した短繊維も脱落してしまい、所望の消音効果が得られない。
【0006】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、接着剤層が剥がれにくく耐久性に優れる植毛ばねおよびその好適な製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明の植毛ばねは、ばね本体と、該ばね本体の表面に配置されるカチオン電着塗装層と、該カチオン電着塗装層の表面に配置される接着剤層と、該接着剤層に固定される植毛用フィラーからなる植毛層と、を有し、該接着剤層が配置される該カチオン電着塗装層の表面粗さ(Rz:最大高さ)は、19.6μm以上であることを特徴とする。
【0008】
(2)本発明の植毛ばねの製造方法は、上記(1)の構成を有する植毛ばねの製造方法の一例であって、ばね本体をカチオン電着塗装処理して、該ばね本体の表面に電着塗料の塗膜を形成するカチオン電着塗装工程と、該塗膜の表面に粗面化溶剤を有する接着剤を塗布する接着剤塗布工程と、該接着剤が塗布された表面に植毛用フィラーを付着させる植毛工程と、該植毛用フィラーが付着したばね本体を加熱する焼付け工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
(1)本発明の植毛ばねは、カチオン電着塗装層を有する。このため、高い防錆性および寸法精度を満足する。また、接着剤層が配置されるカチオン電着塗装層の表面粗さ(Rz:最大高さ)は19.6μm以上と大きい。このため、接着剤のアンカー効果により、カチオン電着塗装層と接着剤層との密着力が大きくなり、接着剤層の剥離が抑制される。結果、植毛層が脱落しにくく、消音効果が長続きする。
【0010】
ちなみに、特許文献4には、自動車車体内部の美装仕上げ方法として、電着塗装後に焼付けて形成された電着塗膜の表面に、合成樹脂接着剤を塗布し、これを対電極として短繊維を静電植毛する方法が記載されている。しかしながら、特許文献4には、接着剤の接着力に関する課題は記載も示唆もされておらず、電着塗膜の表面粗さに関する記載もない。
【0011】
(2)本発明の植毛ばねの製造方法において、接着剤塗布工程は、粗面化溶剤を有する接着剤を、カチオン電着塗装処理にて形成された塗膜の表面に塗布する。「粗面化溶剤」とは、カチオン電着塗装層の表面粗さを大きくする粗面化作用を有する溶剤を意味する。「粗面化溶剤を有する接着剤」とは、接着剤中に含まれる溶剤成分が粗面化作用を有するものと、接着剤を溶剤で希釈して使用する場合に、当該溶剤が粗面化作用を有するものと、の両方を含む。粗面化溶剤を有する接着剤を塗布することにより、電着塗料の塗膜の表面粗さを大きくすることができる。したがって、本発明の植毛ばねの製造方法によると、別途、粗面化処理する工程を追加する必要はなく、接着剤を塗布する工程だけで、所望の表面粗さを実現することができる。これにより、工程数が削減し、処理時間の短縮、製造コストの削減を図ることができる。このように、本発明の製造方法によると、接着剤層が剥がれにくく植毛層が脱落しにくい耐久性に優れる植毛ばねを、容易かつ低コストに製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の植毛ばねの一実施形態である圧縮コイルばねを備えるスプリングアセンブリの部分概要図である。
図2】同圧縮コイルばねの素線径方向断面図である。
図3】摩擦摩耗試験の概略図である。
図4】相手部材が樹脂部材の場合における、カチオン電着塗装層の表面粗さに対する耐面圧の測定結果を示すグラフである。
図5】相手部材がカチオン電着塗装部材の場合における、カチオン電着塗装層の表面粗さに対する耐面圧の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<植毛ばね>
本発明の植毛ばねの一実施形態として、スプリングアセンブリを構成する圧縮コイルばねとして用いられる形態を説明する。まず、本実施形態のスプリングアセンブリおよび圧縮コイルばねの構成を説明する。図1に、スプリングアセンブリの部分概要図を示す。図2に、同スプリングアセンブリに収容されている圧縮コイルばねの素線径方向断面図を示す。図1に示すように、スプリングアセンブリ1は、カバー部材10と、ガイド部材20と、圧縮コイルばね30と、を有している。スプリングアセンブリ1は、車両の跳ね上げ式のパワーバックドアに用いられる。
【0014】
カバー部材10は、ポリアミド樹脂製であり、上向きに開口する有底円筒状を呈している。カバー部材10の底壁の上面には、ばね座100が配置されている。カバー部材10の下端は、車両のバックドア(図略)に揺動可能に取り付けられている。ガイド部材20は、円筒状を呈しており、カバー部材10の底壁の上面から上向きに突設されている。ガイド部材20は、ばね座100の内側に配置されている。ガイド部材20は、鉄製であり、表面はカチオン電着塗装されている。圧縮コイルばね30は、カバー部材10内に収容されている。圧縮コイルばね30は、ガイド部材20を軸にして配置され、下側の座巻部は、ばね座100に環装されている。
【0015】
図2に示すように、圧縮コイルばね30は、内側から順に、ばね本体31と、カチオン電着塗装層32と、接着剤層33と、植毛層34と、を有している。ばね本体31は、ばね鋼であり、表面にはリン酸亜鉛皮膜が形成されている。カチオン電着塗装層32は、ばね本体31の表面に配置されている。カチオン電着塗装層32は、アミン変性エポキシ樹脂および防錆顔料を有している。カチオン電着塗装層32の厚さは、25μmである。カチオン電着塗装層32の表面320の表面粗さRzは、23μmである。接着剤層33は、カチオン電着塗装層32の表面320に配置されている。接着剤層33は、変性エポキシ樹脂および防錆顔料を有している。接着剤層33の厚さは、35~53μm程度である。後述するように、接着剤層33には植毛用フィラーが固定される。接着剤層33の厚さは、植毛用フィラーの影響を受けて一定ではなく、部分的に植毛前の1.5倍程度になっている。植毛層34は、接着剤層33の表面に配置されている。植毛層34は、ナイロン66繊維製の植毛用フィラーからなる。植毛用フィラーの長さは800μmであり、一部は接着剤層33に埋設され、それ以外の他部は接着剤層33から外側に突出している。植毛層34は、接着剤層33から突出した植毛用フィラーの他部により形成されている。圧縮コイルばね30は、本発明の植毛ばねの概念に含まれる。
【0016】
次に、本実施形態の圧縮コイルばねの作用効果を説明する。本実施形態によると、圧縮コイルばね30は、カチオン電着塗装層32を有している。カチオン電着塗装によると膜厚管理が容易であるため、カバー部材10とガイド部材20との間に要求される高い寸法精度を満足することができる。カチオン電着塗装層32はアミン変性エポキシ樹脂および防錆顔料を有しており、接着剤層33も変性エポキシ樹脂および防錆顔料を有している。これにより、圧縮コイルばね30の防錆性は高い。圧縮コイルばね30は、最表層に植毛層34を有している。圧縮コイルばね30が座屈して、カバー部材10およびガイド部材20に当接しても、衝突時のエネルギーは植毛層34で吸収されるため、発生する打音は小さい。接着剤層33と接するカチオン電着塗装層32の表面粗さRzは大きい。このため、接着剤層33のアンカー効果により、カチオン電着塗装層32と接着剤層33との密着力が大きくなり、接着剤層33は剥離しにくい。結果、植毛層34が脱落しにくく、消音効果が長続きする。
【0017】
以上、本発明の植毛ばねの一実施形態を説明したが、本発明の植毛ばねは、当該形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良などを施した種々の形態にて実施することができる。
【0018】
[ばね本体]
ばね本体の種類は、コイルばね、板ばね、渦巻きばね、トーションバーなど特に限定されない。ばね本体の材質としては、一般にばね用として用いられるばね鋼が好適であり、炭素鋼、合金鋼、ステンレス鋼などが挙げられる。ばね本体においては、例えば、ばね鋼などを熱間または冷間成形した後、ショットピーニングなどを施して、表面粗さを調整しておくとよい。また、ばね本体の素地表面に、リン酸亜鉛、リン酸鉄などのリン酸塩の皮膜を形成しておくことが望ましい。リン酸塩皮膜の上にカチオン電着塗装層を形成することにより、耐食性が向上し、カチオン電着塗装層の密着性も向上する。特に、リン酸塩がリン酸亜鉛の場合には、耐食性がより向上する。リン酸塩皮膜は、既に公知の方法により形成すればよい。例えば、リン酸塩の溶液槽にばね本体を浸漬する浸漬法、リン酸塩の溶液をスプレーガンなどでばね本体に吹き付けるスプレー法などが挙げられる。
【0019】
[カチオン電着塗装層]
カチオン電着塗装層は、ばね本体の表面に配置される。カチオン電着塗装層は、所定の電着塗料中にばね本体を浸漬し、ばね本体を陰極として陽極との間に電圧を印加することにより形成される層である。電着塗料の成分は、特に限定されない。電着塗料は、基体樹脂、硬化剤、顔料などを含む。
【0020】
基体樹脂としては、防錆性を高める観点から、アミン変性エポキシ樹脂が好適である。硬化剤は、基体樹脂に応じて適宜採用すればよく、ブロックイソシアネートなどが挙げられる。基体樹脂としてアミン変性エポキシ樹脂を採用した場合には、硬化触媒を使用してもよい。硬化触媒としては、ジブチル錫オキサイド、ジブチル錫ジラウレート、ジオクチル錫などの有機錫化合物が挙げられる。顔料としては、着色顔料、体質顔料、防錆顔料などがある。着色顔料としては、カーボンブラック、二酸化チタン、ベンガラ、黄土などの無機系顔料、キナクリドンレッド、フタロシアニンブルー、ベンジジンエローなどの有機系顔料が挙げられる。体質顔料としては、ケイ酸アルミニウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、タルク、シリカ、硫酸バリウムなどが挙げられる。防錆顔料としては、リン酸鉄、リン酸アルミニウム、リン酸カルシウムなどが挙げられる。電着塗料は、これらの成分以外にも、必要に応じて種々の添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、表面調整剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、帯電抑制剤、難燃剤などが挙げられる。
【0021】
カチオン電着塗装層の厚さは、機械的強度、防錆性能、植毛ばねの要求寸法などを考慮して適宜決定すればよい。所望の性能を充分に発揮させるためには、10μm以上、さらには15μm以上の厚さが好適である。他方、設計ロバスト性の観点から、30μm以下、さらには25μm以下の厚さが好適である。
【0022】
接着剤層が配置されるカチオン電着塗装層の表面粗さ(Rz:最大高さ)は、19.6μm以上である。表面粗さが大きいため、アンカー効果により接着剤層との密着力が大きくなる。本発明におけるカチオン電着塗装層の表面粗さは、JIS B 0601-2013に規定されている最大高さ粗さである。表面粗さRzの下限値の19.6は、小数第二位を切り上げて19.6になる場合を含む。
【0023】
[接着剤層]
接着剤層は、カチオン電着塗装層の表面に配置される。接着剤層は、接着剤を塗布し乾燥して形成される層である。接着剤は、溶剤型でもエマルジョン型でもよく、例えば、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、酢酸ビニル樹脂、ポリイミド樹脂、シリコーン樹脂などを主成分とする接着剤が挙げられる。接着剤は、カチオン電着塗装層の基体樹脂との接着性を考慮して適宜選択すればよい。なかでも、変性エポキシ樹脂を主成分とする溶剤型の接着剤は、防錆性が高く、一液型のラッカーとして使用できるため好適である。
【0024】
接着剤は、樹脂成分に加えて、顔料、溶剤、添加剤を含んでいてもよい。顔料としては、前述した電着塗料と同様に、着色顔料、体質顔料、防錆顔料などがある。添加剤としては、表面調整剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、帯電抑制剤、難燃剤などが挙げられる。
【0025】
カチオン電着塗装層の表面粗さの調整が容易であるという観点から、接着剤層は、粗面化溶剤を有する接着剤を塗布して形成されることが望ましい。粗面化溶剤としては、接着剤を塗布する前の表面粗さと、塗布して乾燥した後(以下、単に「塗布後」と称す場合がある)の表面粗さと、を比較して、塗布後の表面粗さが塗布前の表面粗さの2倍以上、さらには3倍以上になる溶剤が望ましい。
【0026】
接着剤層には植毛用フィラーが固定される。接着剤層の厚さは、植毛用フィラーの影響を受けて一定ではなく、例えば植毛後に、植毛前の1.5倍程度の厚さになる部分がある。接着剤層の厚さは、植毛フィラーを固定できれば特に限定されず、植毛前の厚さで、20μm以上、さらには25μm以上の厚さが好適である。他方、設計ロバスト性の観点から、50μm以下、さらには45μm以下の厚さが好適である。
【0027】
[植毛層]
植毛層は、接着剤層に固定される植毛用フィラーからなる。植毛用フィラーの一部は接着剤層に埋設され、それ以外の他部は接着剤層から外側に突出している。植毛層は、接着剤層から突出した植毛用フィラーの他部により形成される。
【0028】
植毛用フィラー(以下、単に「フィラー」と称す場合がある)の種類は、特に限定されず、有機フィラーでも無機フィラーでもよい。有機フィラーは、無機フィラーと比較して、柔軟である。このため、付着時に折れにくく植毛状態を維持しやすい。有機フィラーとしては、例えば、ナイロン繊維、ポリエステル繊維、レーヨン繊維、綿繊維、ポリエチレン繊維、アラミド繊維、フッ素繊維などが挙げられる。なかでも、ナイロン繊維、ポリエステル繊維、レーヨン繊維、綿繊維、およびポリエチレン繊維から選ばれる一種以上を含むことが望ましい。無機フィラーとしては、ガラスファイバーなどが挙げられる。
【0029】
植毛用フィラーの表面抵抗値は、1×10Ω以上1×1018Ω未満であるとよい。本明細書においては、表面抵抗値として、日置電機(株)製の超絶縁計「SM-8220」により測定された値を採用する。植毛用フィラーの表面抵抗値が1×10Ω未満の場合には、導電性が高く放電しやすくなるためフィラーの飛翔性が悪くなる。このため、静電力による植毛が難しくなる。より好適な表面抵抗値は、1×10Ω以上である。反対に、表面抵抗値が1×1018Ω以上になると、帯電しすぎてフィラーの飛翔性が悪くなる。このため、静電力による植毛が難しくなる。より好適な表面抵抗値は、1×1017Ω未満、さらには1×1011Ω未満である。
【0030】
植毛用フィラーとしては、分散性の向上や過剰な帯電を抑制することを目的として、電着処理、吸水処理、撥水処理、プライマー処理などの種々の表面処理が施された繊維を使用することができる。例えば、植毛用フィラーは、表面に電着処理膜を有することが望ましい。電着処理膜を有することにより、フィラーの表面抵抗値が所望の値に調整される。これにより、フィラーの過剰な帯電が抑制され植毛時の飛翔力が向上する。また、繊維は凝集しやすいため、そのままでは絡まりやすく塊状になりやすい。この点、表面に電着処理膜を有すると、繊維(植毛用フィラー)の分散性が向上する。これにより、フィラーの凝集が抑制され、ほぼ均一な植毛状態を実現することができる。
【0031】
電着処理膜は、植毛用フィラーとして使用する繊維の表面を電着処理して形成される。電着処理としては、繊維をタンニン、吐酒石などで処理して、繊維の表面にタンニン化合物などを生成させる方法がある。また、塩化バリウム、硫酸マグネシウム、珪酸ソーダ、硫酸ナトリウムなどの無機塩類、第四級アンモニウム塩、高級アルコール硫酸エステル塩、ベタイン型などの界面活性剤、および有機珪素化合物(コロイダルシリカ)を適宜混合した溶液で繊維を処理して、繊維の表面にシリコン系化合物を付着させる方法がある。
【0032】
植毛用フィラーは、繊維状を呈している。フィラーの長手方向の長さは特に限定されないが、フィラーが短すぎると、フィラーが接着剤層に埋もれてしまい所望の植毛状態を実現できなくなる。例えば、フィラーの長さは50μm以上であることが望ましい。200μm以上、さらには500μm以上であるとより好適である。一方、フィラーが長すぎると、フィラーが倒れて所望の植毛状態を実現できなくなる。例えば、フィラーの長さは2000μm以下であることが望ましい。1000μm以下、さらには600μm以下であるとより好適である。フィラーの短手方向の最大長さ(太さ)は、特に限定されないが、フィラーが細すぎると、自重でカールしてしまい所望の植毛状態を実現できなくなる。例えば、フィラーの太さは5μm以上であることが望ましい。10μm以上、さらには20μm以上であるとより好適である。一方、フィラーが太すぎると、触感が悪くなる。例えば、フィラーの太さは50μm以下であることが望ましい。40μm以下、さらには30μm以下であるとより好適である。
【0033】
植毛用フィラーは、ばね本体の表面に対して直立した状態だけでなく傾斜した状態で植え付けられていてもよい。植え付けられた植毛用フィラー同士が互いに交差すると、植毛層によるエネルギー吸収量が多くなり、消音性が向上すると考えられる。植毛用フィラーの付着量は、植毛ばねの全体において必ずしも一定である必要はない。例えば、相手部材と接触する面については付着量を多くし、接触しない面については付着量を少なくしてもよい。相手部材との接触面については、植毛用フィラーの付着量を1.2mg/cm以上80mg/cm以下にするとよい。植毛用フィラーの付着量が1.2mg/cm未満の場合には、製造するのが難しいだけでなく、フィラーが少ないため、例えば消音性などの植毛により得られる効果が小さくなる。2mg/cm以上であると好適である。一方、フィラーを80mg/cmより多く付着させても、得られる効果に差が見られない。製造コストを考慮すると、植毛用フィラーの付着量は18mg/cm以下であるとよい。消音性を確保しつつ製造コストをさらに削減するためには、10mg/cm以下であるとよい。
【0034】
<植毛ばねの製造方法>
本発明の植毛ばねの製造方法は特に限定されないが、以下の製造方法によると、本発明の植毛ばねを容易かつ低コストに製造することができる。本発明の植毛ばねの製造方法は、カチオン電着塗装工程と、接着剤塗布工程と、植毛工程と、焼付け工程と、を有する。
【0035】
[カチオン電着塗装工程]
本工程は、ばね本体をカチオン電着塗装処理して、該ばね本体の表面に電着塗料の塗膜を形成する工程である。カチオン電着塗装処理は、既に公知の方法に従って行えばよい。すなわち、所定の電着塗料中にばね本体を浸漬し、ばね本体を陰極として陽極との間に電圧を印加すればよい。電着塗料については、前述したとおりである。塗装条件としては、電着塗料の温度を25~35℃、印可電圧を40~400Vにするとよい。電着塗料の塗膜は、カチオン電着塗装層の厚さが10μm以上30μm以下になるように形成するとよい。
【0036】
なお、本発明の植毛ばねの製造方法は、本工程の前に、ばね本体に対してショットピーニングなどによる表面粗さの調整や、リン酸塩の皮膜形成を行う工程(前処理工程)を含んでもよい。
【0037】
[接着剤塗布工程]
本工程は、カチオン電着塗装処理により形成された塗膜の表面に粗面化溶剤を有する接着剤を塗布する工程である。前述したように、「粗面化溶剤を有する接着剤」とは、接着剤中に含まれる溶剤成分が粗面化作用を有するものと、接着剤を溶剤で希釈して使用する場合に、当該溶剤が粗面化作用を有するものと、の両方を含む。粗面化溶剤を有する接着剤を用いることにより、別途、粗面化処理する工程を追加することなく、所望の表面粗さを実現することができる。接着剤については、前述したとおりである。接着剤の塗布は、スプレーなどを用いて行えばよい。接着剤は、植毛されていない状態の接着剤層の厚さが20μm以上50μm以下になるように塗布するとよい。
【0038】
[植毛工程]
本工程は、接着剤が塗布された表面に植毛用フィラーを付着させる工程である。植毛用フィラーについては、前述したとおりである。植毛用フィラーは、静電塗装ガン、静電流動浸漬槽などを用いて付着させればよい。前者の場合、植毛用フィラーを、静電塗装ガンのノズルを通過させることにより帯電させて、ばね本体の接着剤塗布面に付着させればよい。植毛用フィラーを帯電させることができれば、静電塗装ガンのノズルに電圧を印加してもしなくてもよい。後者の場合、植毛用フィラーを静電流動浸漬槽内で流動させながら、電圧が印可された針状の放電極により帯電させて、ばね本体の接着剤塗布面に付着させればよい。
【0039】
[焼付け工程]
本工程は、植毛用フィラーが付着したばね本体を加熱する工程である。加熱は、通常使用される電気炉、熱風乾燥機などを用いて行えばよい。本工程により、電着塗料の塗膜および塗布された接着剤が固化し、カチオン電着塗装層および接着剤層が形成される。加熱温度、加熱時間などは、電着塗料、接着剤の種類に応じて適宜決定すればよい。例えば、加熱温度は150~190℃、加熱時間は10~40分にするとよい。
【実施例
【0040】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0041】
<サンプルの製造>
まず、炭素鋼(S55C)からなり、外径26mm、内径20mm、長さ15mmの中空円筒状の母材を準備して、前処理として表面にリン酸亜鉛皮膜を形成した。次に、母材を電着塗料に浸漬し、母材を陰極にしてカチオン電着塗装処理を行って、母材の表面に電着塗料の塗膜を形成した。後出の表1に、使用した電着塗料の組成を示す。それから、母材内周側の塗膜形成面に、溶剤で希釈された接着剤を、厚さ35μm狙いでスプレーで吹き付けた。後出の表2に、使用した接着剤(希釈用溶剤は含まない)の組成を示す。吹き付けた接着剤の希釈率は30%である(希釈用溶剤100質量部:接着剤30質量部)。続いて、接着剤塗布面に、植毛用フィラーを静電吸着させた。植毛用フィラーとしては、ナイロン66繊維(太さ20μm、長さ800μm、電着処理膜有り、表面抵抗値1010~1013Ω)を使用した。最後に、植毛用フィラーが付着した母材を熱風乾燥機に入れ、150℃で10分間加熱することにより、電着塗料および接着剤を焼き付けた。このようにして、円筒状の母材の内周面に、下から順にカチオン電着塗装層、接着剤層、植毛層が形成されたサンプルを製造した。得られたサンプルにおける電着塗装層の厚さは20μm、植毛用フィラーの付着量は3mg/cmである。
【表1】
【表2】
【0042】
本実施例においては、接着剤の希釈用溶剤として、粗面化作用を有するA、Bの二種類を準備した。そして、粗面化溶剤Aを使用して五種類のサンプルを製造し、粗面化溶剤Bを使用して五種類のサンプルを製造した。ここで、「粗面化溶剤A、Bで希釈された接着剤」は、本発明における「粗面化溶剤を有する接着剤」の概念に含まれる。また、接着剤の希釈用溶剤として、粗面化作用を有しない市販の溶剤C(神東塗料(株)製「MSPシンナー」)を使用して、二種類のサンプルを製造した。表3に、各サンプルにおける、接着剤塗布前後のカチオン電着塗装層の表面粗さ(Rz)を示す。カチオン電着塗装層の表面粗さは、接着剤を塗布して常温にて乾燥させた後、JIS B0601:2013に準拠した形状解析レーザー顕微鏡((株)キーエンス製「VK9710」)を用いて測定した。
【表3】
【0043】
<接着剤層の接着性評価>
[試験方法]
製造したサンプルの摩擦摩耗試験を行って耐面圧を測定することにより、接着剤層の接着性を評価した。摩擦摩耗試験は、(株)オリエンテック製の摩擦摩耗試験装置「EFM-3-1010」を使用して、JIS K7218:1986のA法に準拠した方法で行った。図3に、摩擦摩耗試験の概要図を示す。図3に示すように、摩擦摩耗試験においては、中空円筒状のサンプル50の上に、サンプル50の母材と同じ大きさの中空円筒状の相手部材51を重ねて、相手部材51の上方から所定の荷重を加えながらサンプル50を回転させた。そして、サンプル50における相手部材51との摺動面500(サンプル50の上端面、図3中、ハッチングを施して示す)の摩擦係数を測定し、摩擦係数が急激に大きくなった時点を、サンプル50の接着剤層が剥離した時点とみなして、当該時点の摺動面の面圧を耐面圧とした。耐面圧が大きいほど接着剤層が剥離しにくい、すなわち接着剤層の密着力が大きいことを示す。
【0044】
摩擦摩耗試験は、相手部材を変えて二種類行った。第一の試験は、相手部材にポリアミド樹脂製の樹脂部材を使用して行い、第二の試験は、相手部材に鉄製の母材にカチオン電着塗装を施したカチオン電着塗装部材を使用して行った。樹脂部材は、前出図1においてコイルばね30の外側に配置されるカバー部材10に対応し、カチオン電着塗装部材は、同コイルばね30の内側に配置されるガイド部材20に対応する。第一の試験においては、室温下、摺動面の面圧が1分ごとに0.5MPa上がるように荷重を加えて、サンプルを15mm/秒の速度で回転させた。第二の試験においては、室温下、摺動面の面圧が0.5分ごとに0.125MPa上がるように荷重を加えて、サンプルを15mm/秒の速度で回転させた。
【0045】
[評価結果]
図4図5に、各サンプルにおけるカチオン電着塗装層の表面粗さに対する耐面圧の測定結果を示す。図4は、相手部材が樹脂部材である第一の試験の結果を示し、図5は、相手部材がカチオン電着塗装部材である第二の試験の結果を示す。図4に点線で示すように、相手部材が樹脂部材の場合は、耐面圧が10.00MPa以上であれば接着性良好と判定し、図5に点線で示すように、相手部材がカチオン電着塗装部材の場合は、耐面圧が3.00MPa以上であれば接着性良好と判定した。図4図5に示すように、相手部材が樹脂部材であってもカチオン電着塗装層であっても、サンプルのカチオン電着塗装層の表面粗さが19.6以上であれば、満足する接着性が得られ、接着剤層が剥がれにくいことが確認された。
【符号の説明】
【0046】
1:スプリングアセンブリ、10:カバー部材、100:ばね座、20:ガイド部材、30:圧縮コイルばね(植毛ばね)、31:ばね本体、32:カチオン電着塗装層、320:カチオン電着塗装層の表面、33:接着剤層、34:植毛層、50:サンプル、500:摺動面、51:相手部材。
図1
図2
図3
図4
図5