(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-15
(45)【発行日】2024-04-23
(54)【発明の名称】缶蓋用アルミニウム合金板
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20240416BHJP
C22F 1/047 20060101ALN20240416BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240416BHJP
【FI】
C22C21/06
C22F1/047
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630B
C22F1/00 673
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 684B
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
(21)【出願番号】P 2023067373
(22)【出願日】2023-04-17
【審査請求日】2023-06-22
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 祐介
(72)【発明者】
【氏名】江崎 智太郎
(72)【発明者】
【氏名】工藤 智行
(72)【発明者】
【氏名】田添 聖誠
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第105568085(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107058823(CN,A)
【文献】国際公開第2022/233577(WO,A1)
【文献】特開平08-060284(JP,A)
【文献】特開2013-023757(JP,A)
【文献】特開平11-269594(JP,A)
【文献】特開平09-070925(JP,A)
【文献】特開平06-033205(JP,A)
【文献】特開平06-033204(JP,A)
【文献】特開平04-276047(JP,A)
【文献】特開平04-276046(JP,A)
【文献】特開平04-235248(JP,A)
【文献】特開平04-221036(JP,A)
【文献】国際公開第2023/095859(WO,A1)
【文献】特表2020-514556(JP,A)
【文献】特開2002-180173(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00 - 21/18
C22F 1/04 - 1/057
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素(Si)の含有量が0.20質量%以上0.47質量%以下であり、
鉄(Fe)の含有量が0.30質量%以上0.70質量%以下であり、
銅(Cu)の含有量が0.11質量%以上0.40質量%以下であり、
マンガン(Mn)の含有量が0.70質量%以上1.20質量%以下であり、
マグネシウム(Mg)の含有量が
3.0質量%以上3.7質量%以下であり、
残部がアルミニウム(Al)及び不可避的不純物からなり、
固相線温度がMg
2Siの固溶温度よりも高い、缶蓋用アルミニウム合金板。
【請求項2】
請求項1に記載の缶蓋用アルミニウム合金板であって、
ケイ素(Si)の含有量が0.20質量%以上0.47質量%以下であり、
鉄(Fe)の含有量が0.30質量%以上0.59質量%以下であり、
銅(Cu)の含有量が0.11質量%以上0.40質量%以下であり、
マンガン(Mn)の含有量が0.70質量%以上0.98質量%以下であり、
マグネシウム(Mg)の含有量が
3.0質量%以上3.3質量%以下であり、
Alの凝固開始温度が初晶の晶出温度よりも高い、缶蓋用アルミニウム合金板。
【請求項3】
請求項2に記載の缶蓋用アルミニウム合金板であって、
ケイ素(Si)の含有量が0.20質量%以上0.39質量%以下であり、
鉄(Fe)の含有量が0.30質量%以上0.59質量%以下であり、
銅(Cu)の含有量が0.11質量%以上0.40質量%以下であり、
マンガン(Mn)の含有量が0.70質量%以上0.98質量%以下であり、
マグネシウム(Mg)の含有量が
3.0質量%以上3.1質量%以下であり、
固相線温度からMg
2Siの固溶温度を引いた温度差が30℃以上である、缶蓋用アルミニウム合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、缶蓋用アルミニウム合金板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境意識の高まりから製造工程においてCO2排出量の少ないアルミニウム合金板が求められている。アルミニウムの製造工程においてCO2の排出に間接的に大きく寄与するのは鋳造工程におけるアルミニウム新地金の配合である。
【0003】
アルミニウム新地金の製造は、その精錬工程において大きな電力を使用し、大量のCO2排出に繋がる。そのため、アルミニウム新地金の配合量を減らし、水平リサイクル率を上げることがアルミニウム合金板の製造にとってCO2排出量削減に繋がる。
【0004】
一般的にアルミニウムスクラップを再溶解して鋳造した場合のCO2排出量は、アルミニウム新地金を製造する場合に対して約30分の1まで抑えられると言われている。特に世界中で使用される飲料缶用アルミニウム合金板の生産量は非常に多く、その水平リサイクル率をさらに向上させることは環境負荷低減に大きな意味を持つ。
【0005】
その中でも、5182アルミニウム合金(AA5182合金)で形成される缶蓋は、3104アルミニウム合金(AA3104合金)で形成される缶胴に比べて、Si、Fe、Cu、Mn等の成分規格上限が低く、3104アルミニウム合金を混合した缶材由来のスクラップを配合しにくい。
【0006】
例えば、市中から発生する缶スクラップ(UBC:Used Beverage Can)をそのまま配合すると、缶胴と缶蓋との重量比から3104アルミニウム合金の成分をより多く含むため、5182アルミニウム合金の成分上限を超えやすくなり、新地金で成分を希釈する必要が出てくる。
【0007】
そのため、缶蓋用アルミニウム合金板は、缶胴用アルミニウム合金板に比べて新地金を多く使用して5182アルミニウム合金の成分に調整しており、リサイクル率が低い。したがって、缶蓋を3104アルミニウム合金が配合しやすい成分の合金に変更することにより、缶蓋の新地金使用率を大きく低減させることができる。
【0008】
特許文献1-5ではリサイクル性に優れる3104アルミニウム合金の成分に比較的近づけた缶蓋用アルミニウム合金板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2001-73106号公報
【文献】特開平9-070925号公報
【文献】特開平11-269594号公報
【文献】特開2000-160273号公報
【文献】特開2016-160511号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
缶蓋用の合金を3104アルミニウム合金に近い成分にする場合の課題として、缶蓋の耐圧及び材料の靭性の低下が挙げられる。缶蓋の耐圧とは、缶内部の圧力に対して缶蓋が反転するときの内圧値であり、外部環境の変化で缶の内圧が不慮に増加したときの抵抗値となる。
【0011】
特にビールや炭酸飲料用途の陽圧缶は、高い耐圧が求められる。一般的に材料の強度が高くなるほど、また、板厚が大きくなるほど耐圧は増加する。そのため、陽圧缶の蓋にはMgを多く含有した高強度の5182アルミニウム合金が使用される。
【0012】
これに対し従来の3104アルミニウム合金を缶蓋に使用すると耐圧が大きく低下し、不意に缶内圧が増加したときに蓋が反転して内容物が漏洩するおそれが高くなる。また、耐圧を増加させるために板厚を大きくすると、蓋重量の増加及び蓋原価の上昇を招く。
【0013】
さらに、材料の靭性は蓋の成形性や開口性に影響する。材料の靭性が低いと、特に蓋のリベット部やカウンターシンク部で成形割れが生じることがある。また、不意に缶内圧が増加したときにスコア部で亀裂が生じ、缶の内容物が漏洩するおそれが高くなる。特に、これらの割れは圧延方向に沿って生じる。そのため、圧延方向に対して垂直な方向の引張応力及び曲げ応力に対する靭性が求められる。
【0014】
しかしながら、従来の3104アルミニウム合金の成分に比較的近づけた缶蓋用アルミニウム合金板は、上記2つの課題、すなわち材料の強度(つまり蓋の耐圧)と靭性(つまり成形性及び開口性)とのどちらか、もしくは両方を満足するものではない。
【0015】
本開示の一局面は、缶材由来のスクラップ原料を配合しつつ、高強度及び高靭性を両立できる缶蓋用アルミニウム合金板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本開示の一態様は、ケイ素(Si)の含有量が0.20質量%以上0.47質量%以下であり、鉄(Fe)の含有量が0.30質量%以上0.70質量%以下であり、銅(Cu)の含有量が0.11質量%以上0.40質量%以下であり、マンガン(Mn)の含有量が0.70質量%以上1.20質量%以下であり、マグネシウム(Mg)の含有量が1.1質量%以上3.7質量%以下であり、残部がアルミニウム(Al)及び不可避的不純物からなり、固相線温度がMg2Siの固溶温度よりも高い、缶蓋用アルミニウム合金板である。
【0017】
このような構成によれば、アルミニウム合金の固相線温度をMg2Si晶出物の固溶温度よりも高くできる。そのため、アルミニウム合金の鋳塊がこの温度範囲で均熱処理されることにより、成形時の割れや不意開口の原因となるMg2Si晶出物を抑制することが期待できる。
【0018】
その結果、缶材由来のスクラップ原料を配合しつつ、アルミニウム合金板において高強度及び高靭性を両立できる。すなわち、缶胴用の3104アルミニウム合金のスクラップを一定量配合でき、新地金使用率を低減しCO2排出量を削減できる。さらに、高耐圧が求められる陽圧缶蓋用途に使用し得る、成形性の高い缶蓋用アルミニウム合金板が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本開示が適用された実施形態について、説明する。
[1.第1実施形態]
[1-1.構成]
<組成>
本開示の缶蓋用アルミニウム合金板(以下、単に「合金板」ともいう。)は、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、鉄(Fe)、銅(Cu)、マンガン(Mn)及びマグネシウム(Mg)を含む。
【0020】
Siの含有量の下限としては、0.20質量%である。JIS-H-4000:2014で規格される3104アルミニウム合金のSi成分規格の平均値は、0.30質量%であり、JIS-H-4000:2014で規格される5182アルミニウム合金のSi成分規格の平均値は、0.10質量%である。そのため、Siの含有量を0.20質量%以上とすることで、3104アルミニウム合金のスクラップを多く配合できる。
【0021】
Siの含有量の上限としては、0.47質量%であり、0.39質量%が好ましい。Siの含有量が0.47質量%超であると、Mg2Siの固溶温度とAlマトリクスの固相線温度との差が小さくなり、鋳塊に存在するMg2Siを均質化処理工程で固溶することが難しくなる。また、熱間圧延において、粗大なMg2Siが新たに析出する。その結果、合金の強度及び靭性が低下する。
【0022】
また、Siの含有量を0.39質量%以下とすることで、Mg2Siを均質化処理工程で容易に固溶することができる。さらに、熱間圧延における粗大なMg2Siの析出が抑制され、熱間圧延後の熱処理工程を実施することなく良好な強度及び靭性が得られる。
【0023】
Feの含有量の下限としては、0.30質量%である。3104アルミニウム合金のFe成分規格の平均値は、0.40質量%であり、5182アルミニウム合金のFe成分規格の平均値は、0.18質量%である。そのため、Feの含有量を0.30質量%以上とすることで、3104アルミニウム合金のスクラップを多く配合できる。
【0024】
Feの含有量の上限としては、0.70質量%であり、0.59質量%が好ましく、0.51質量%がより好ましい。Feの含有量が0.70質量%超であると、異常に粗大なAl-Fe-Mn系、又はAl-Fe-Mn-Si系の金属間化合物(つまりジャイアントコンパウンド)が増加する。その結果、亀裂の伝搬経路が生成され、合金板の靭性が低下する。また、Feの含有量が0.51質量%以下であると、Mgを多く添加することで、上述の粗大な金属間化合物の晶出が抑えられつつ、強度及び靭性を補うことができる。
【0025】
Cuの含有量の下限としては、0.11質量%であり、0.17質量%が好ましく、0.20質量%がより好ましい。Cuの含有量が0.11質量%未満であると、固溶又は析出によって強度を増加させるCuが不足し、合金板の強度が低下する。また、3104アルミニウム合金のCu成分規格の平均値は、0.15質量%であり、5182アルミニウム合金のCu成分規格の平均値は、0.075質量%である。そのため、Cuの含有量を0.11質量%以上とすることで、3104アルミニウム合金のスクラップを多く配合できる。
【0026】
Cuの含有量の上限としては、0.40質量%であり、0.25質量%が好ましい。Cuの含有量が4.0質量%超であると、粗大な析出物が増加し、合金板の靭性が低下する。また、Cuの含有量を0.25質量%以下とすることで、靭性を大きく損なうことなく、強度を増加させることができる。
【0027】
Mnの含有量の下限としては、0.70質量%である。Mnの含有量が0.70質量%未満であると、固溶又は析出によって強度を増加させるMnが不足し、合金板の平均強度が低下する。また、3104アルミニウム合金のMn成分規格の平均値は、1.1質量%であり、5182アルミニウム合金のMn成分規格の平均値は、0.35質量%である。そのため、Mnの含有量を0.70質量%以上とすることで従来の5182アルミニウム合金に比べ、3104アルミニウム合金のスクラップを多く配合できる。
【0028】
Mnの含有量の上限としては、1.20質量%であり、0.98質量%が好ましく、0.92質量%がより好ましい。Mnの含有量が1.20質量%超であると、異常に粗大なAl-Fe-Mn系、又はAl-Fe-Mn-Si系の金属間化合物が増加する。その結果、亀裂の伝搬経路が生成され、合金板の靭性が低下する。
【0029】
Mgの含有量の下限としては、1.1質量%である。Mgの含有量が1.1質量%未満であると、固溶によって強度を増加させるMgが不足し、合金板の平均強度が低下する。なお、熱間圧延及び溶体化処理後の冷間圧延の加工においてMgを析出させることで、合金板の強度が著しく増加する。
【0030】
Mgの含有量の上限としては、3.7質量%であり、3.3質量%が好ましく、3.1質量%がより好ましく、2.9質量%がさらに好ましい。Mgの含有量が3.7質量%超であると、Alマトリクスの固相線温度が下がり、かつMg2Siの固溶温度が上昇するため、鋳塊に存在するMg2Siを均質化処理工程で固溶することが難しくなる。加えて、Alマトリクスの固相線温度が下がることで、粗大なAl-Fe-Mn系、又はAl-Fe-Mn-Si系の金属間化合物が増加する。そのため、強度及び靭性が損なわれる。
【0031】
合金板は、チタン(Ti)を含んでもよい。Tiの含有量の上限としては、0.10質量%が好ましい。Tiを含むことで、合金板の鋳塊組織が微細化される。一方、Tiが多すぎる場合には、介在物の原因となり、靱性が損なわれる。また、合金板は、亜鉛(Zn)を含んでもよい。Znの含有量の上限としては、0.25質量%が好ましい。さらに、合金板は、クロム(Cr)を含んでもよい。Crの含有量の上限としては、0.10質量%が好ましい。
【0032】
合金板は、合金板の性能を著しく損なわない範囲で、不可避的不純物を含んでもよい。つまり、合金板は、Si、Fe、Cu、Mn、Mg、Ti、Zn及びCrをそれぞれ上述の範囲で含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる。不可避的不純物の総量の上限としては、0.15質量%が好ましい。
【0033】
<コンピュータソフトウェアによる状態図の計算>
本開示の合金板では、材料の高靭性化を目的として、亀裂の起点及び伝播経路となり靭性の低下に影響するMg2Si粒子を、鋳塊の均質化熱処理工程で再固溶させることが好ましい。
【0034】
Alマトリクスの局所的な融解を避けつつ、Mg2Siを再固溶させるためには、固相線温度がMg2Siの固溶温度より高い必要がある。さらに、固相線温度からMg2Siの固溶温度を引いた温度差が30℃以上であることが好ましい。固相線温度よりもMg2Siの固溶温度が低いことで、鋳造時に粗大晶出物を生成することなく、粗大晶出物に起因する性能低下を避けられる。
【0035】
また、Al6(Mn,Fe)の晶出温度がAlの凝固開始温度よりも高い材料では、鋳造時にAl6(Mn,Fe)が粗大晶出物として生じることで、ピンホールなどの成形不具合の原因につながる。そのため、Alの凝固開始温度が初晶(つまりAl6(Mn,Fe))の晶出温度よりも高いことが好ましく、Alの凝固開始温度から初晶の晶出温度を引いた温度差が1℃以上であることがさらに好ましい。
【0036】
Al6(Mn,Fe)が晶出する場合、その周りが液相AlであるときにAl6(Mn,Fe)は成長して巨大な晶出物になりやすい。このような巨大な晶出物は合金において亀裂が伝播する起点となりうるものであり、靱性の低下につながる。Alの凝固開始温度がAl6(Mn,Fe)の晶出温度よりも高い場合、Al6(Mn,Fe)が晶出するときには周囲のAlは凝固を開始しているため、巨大晶出物の発生が抑制され、より靱性の高い缶蓋用アルミニウム合金板が得られる。
【0037】
ここで言うMg2Siの固溶温度は、平衡状態図においてMg2Siが存在し得る最も高い温度を指しており、液相が存在し得る最も低い温度である。また、Alの凝固開始温度は、平衡状態図において固相Alが存在し得る最も高い温度を指しており、初晶の晶出温度は、Al6(Mn,Fe)が存在し得る最も高い温度である。
【0038】
Mg2Siの固溶温度、アルミニウム合金の固相線温度、Alの凝固開始温度及び初晶の晶出温度は、熱力学計算ソフトウェアを用いて算出されるアルミニウム合金の平衡状態図から得られる。
【0039】
Mg2Siの固溶温度、アルミニウム合金の固相線温度、Alの凝固開始温度及び初晶の晶出温度は、アルミニウム合金の組成によって一意的に決まる。合金組成からこれらの境界温度を求める方法としては、各演算に必要な熱力学量をCALPHAD法で計算する方法が挙げられる。
【0040】
多元系合金に対するこのような熱力学計算は、計算に必要な熱力学データベース、インターフェース、及び状態図作成機能を合わせた市販のシステムソフトウェア(例えば、Sente Software社により開発された「JMatPro」)で行うことができる。
【0041】
<アルミニウム合金板の製造方法>
本開示のアルミニウム合金板は、例えば、以下のように製造することができる。まず、本開示のアルミニウム合金板の組成を有するアルミニウム合金に対し、常法にしたがって半連続鋳造法(つまりDC鋳造)を行い、鋳塊を製造する。
【0042】
次に、鋳塊の前後端を除く4面を面削する。その後、鋳塊を均熱炉に投入して均質化処理を行う。均質化処理における温度は、例えば470℃以上620℃以下が好ましい。均質化処理の時間は、例えば1時間以上20時間以下が好ましい。
【0043】
均質化処理における温度が400℃以上である場合、鋳塊組織の偏析を解消させやすい。さらに均質化処理における温度が450℃以上である場合、Mg2Si粒子を再固溶させ、合金板の強度及び靭性を向上させることができる。さらに均質化処理における温度が490℃以上、好ましくは550℃以上、より好ましくはMg2Siの固溶温度以上であると、Mg2Si粒子の再固溶が促進され、合金板の強度及び靭性をさらに向上させることができる。一方、均質化処理における温度が620℃以下、より好ましくは固相線温度以下である場合、アルミニウム合金の局部融解が生じ難い。
【0044】
均質化処理の時間が1時間以上である場合、鋳塊全体の温度が均一になり、鋳塊組織の偏析も解消しやすく、Mg2Si粒子を再固溶させやすい。均質化処理時間が長いほど、Mg2Si粒子を再固溶させることができる。ただし、均質化処理の時間が20時間を越えると、均質化処理の効果が飽和する。
【0045】
均質化処理後、鋳塊を熱間圧延に供する。熱間圧延工程は、粗圧延工程と、仕上圧延工程とを有する。粗圧延工程では、リバース圧延によって、鋳塊を約数十mmの厚さの板材に加工する。仕上圧延工程では、例えばタンデム圧延等によって、板材の厚さを約数mmに落とすと共に、板材をコイル状に巻き取った熱間圧延コイルを形成する。
【0046】
仕上圧延の総圧下率が高いと、巻き取り後に再結晶組織となり等方なcube方位の集積度を高めることができる。仕上圧延の巻取温度が高いと、巻き取り後に再結晶組織となりcube方位の集積度を高めることができる。アルミニウム合金板のcube方位の集積度を高くすることで、靱性が向上する。
【0047】
熱間圧延に続いて板材の冷間圧延を行う。冷間圧延では、製品板厚となるまで熱間圧延コイルを圧延する。冷間圧延は、シングル圧延及びタンデム圧延のどちらであってもよい。シングル圧延による冷間圧延では2パス以上の複数回に分けて圧延を実施するとよい。
【0048】
最終パス以外の途中パスにおける冷間圧延の上がり温度を120℃以上とすることで、Si、Cu、Mg等が微細析出し、時効硬化するため、合金板の強度を増加させることができる。さらに上がり温度を130℃以上とすることで、合金板の強度をより増加させることができる。
【0049】
冷間圧延率(つまり狙いの総圧下率)は80%以上が好ましい。冷間圧延率が80%以上である場合、合金板の強度を高められる。一方、冷間圧延率は92%以下が好ましい。冷間圧延率を92%以下とすることにより、結晶粒組織の異方性が低減し、圧延方向に対して垂直な方向の引張応力及び曲げ応力に対する靭性が向上する。
【0050】
冷間圧延率R(%)は、熱間仕上圧延後の熱間圧延板の板厚t0(mm)、冷間圧延後の製品板厚t1(mm)を用いて、下記式(1)で求められる。
R=(t0-t1)/t0×100 ・・・(1)
【0051】
製品板厚は所望の耐圧が得られるよう適宜選択することができる。板厚が増加するほど耐圧が向上するが、本開示のアルミニウム合金板によれば耐圧を高く保つための板厚の増加を抑えることができる。
【0052】
また、本開示のアルミニウム合金板の作用効果を奏する限り、上述のアルミニウム合金板の製造方法において、例えば、冷間圧延の前後やパス間において、焼鈍を実施してもよい。
【0053】
製品板厚まで冷間圧延したコイルに対し、塗装ラインなどでプレコートを実施する。冷間圧延されたコイルは、表面に対する脱脂、洗浄、及び化成処理が施され、さらに塗料が塗布された後、塗装焼付処理される。
【0054】
化成処理では、クロメート系、ジルコニウム系等の薬液が用いられる。塗料は、エポキシ系、ポリエステル系等が用いられる。これらは用途に合わせて選択可能である。塗装焼付処理ではコイルの実体温度(PMT:Peak Metal Temperature)で220℃以上270℃以下、およそ30秒以内の間、加熱される。このときPMTが低いほど、材料の回復が抑制され、合金板の強度を高く維持することができる。
【0055】
[1-2.効果]
以上、詳述した実施形態によれば、以下の効果が得られる。
(1a)アルミニウム合金の固相線温度をMg2Si晶出物の固溶温度よりも高くできる。そのため、アルミニウム合金の鋳塊がこの温度範囲で均熱処理されることにより、成形時の割れや不意開口の原因となるMg2Si晶出物を抑制することが期待できる。
【0056】
その結果、缶材由来のスクラップ原料を配合しつつ、アルミニウム合金板において高強度及び高靭性を両立できる。すなわち、缶胴用の3104アルミニウム合金のスクラップを一定量配合でき、新地金使用率を低減しCO2排出量を削減できる。さらに、高耐圧が求められる陽圧缶蓋用途に使用し得る、成形性の高い缶蓋用アルミニウム合金板が得られる。
【0057】
[2.他の実施形態]
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は、上記実施形態に限定されることなく、種々の形態を採り得ることは言うまでもない。
【0058】
(2a)本開示には、上記実施形態のアルミニウム合金板以外に、このアルミニウム合金板で構成される部材、及びこのアルミニウム合金板の製造方法等の種々の形態も含まれる。
【0059】
(2b)上記実施形態における1つの構成要素が有する機能を複数の構成要素として分散させたり、複数の構成要素が有する機能を1つの構成要素に統合したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加、置換等してもよい。なお、特許請求の範囲に記載の文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本開示の実施形態である。
【0060】
[3.実施例]
以下に、本開示の効果を確認するために行った試験の内容とその評価結果とについて説明する。
【0061】
<平衡状態図の計算>
実施例及び比較例として、表1に示すS1-S14のアルミニウム合金の平衡状態図を、「JMatPro」を用いて、実施形態において説明した計算方法にて算出した。その結果を表1に示す。
【0062】
【0063】
<アルミニウム合金板の評価>
(各種温度)
S2-S9、S11-S14では、固相線温度がMg2Si固溶温度よりも高い。そのため、これらの合金は、Mg2Siを固溶可能な温度でソーキングができる。
【0064】
S1では、Si量が相対的に多いため、Mg2Si固溶温度が固相線温度よりも高い。その結果、S1は、温度が上がるとMg2Siが固溶するよりも先にAlが局所的に融解してしまうため、Mg2Siを固溶させるソーキングが困難である。
【0065】
一方、S2では、Si量がS1よりも少ないため、Mg2Siが固溶する温度であっても液相が現れない温度範囲が存在する。また、S3では、Si量がS2よりもさらに少ないため、固相線温度とMg2Si固溶温度との温度差が大きく、30℃以上である。その結果、S3では、製造上のばらつきを踏まえてもソーキング可能な温度範囲が存在する。
【0066】
S4では、Fe量が相対的に多いため、Al6(Mn,Fe)の晶出温度がAl凝固開始温度よりも高い。そのため、S4では、冷却していくとAl液相中にAl6(Mn,Fe)が晶出し、これが巨大晶出物となるおそれがある。
【0067】
一方、S5では、Fe量がF4よりも少ないため、Al凝固開始温度がAl6(Mn,Fe)の晶出温度よりも高い。そのため、S5では、巨大晶出物の発生が抑制される。また、S6では、Fe量がF5よりもさらに少ないため、Al凝固開始温度とAl6(Mn,Fe)の晶出温度との差が大きくなる。そのため、S6では、巨大晶出物による強度及び靱性の低下がより生じにくい。
【0068】
S7では、Mn量が相対的に多いため、Al6(Mn,Fe)の晶出温度がAl凝固開始温度よりも高い。そのため、S7では、冷却していくとAl液相中にAl6(Mn,Fe)が晶出し、巨大晶出物となるおそれがある。
【0069】
一方、S8では、Mn量がS7よりも少ないため、Al凝固開始温度がAl6(Mn,Fe)の晶出温度よりも高い。そのため、S8では、巨大晶出物の発生が抑制される。また、S9では、Mn量がS8よりもさらに少ないため、Al凝固開始温度とAl6(Mn,Fe)の晶出温度との差が大きくなる。そのため、S9では、巨大晶出物による強度及び靱性の低下がより生じにくい。
【0070】
S10では、Mg量が相対的に多いため、Mg2Si固溶温度が固相線温度よりも高くなる。そのため、S10では、温度が上がるとMg2Siが固溶するよりも先にAlが局所的に融解してしまい、Mg2Siを固溶させるソーキング均質化処理が困難である。また、S10では、Al6(Mn,Fe)の晶出温度がAl凝固開始温度よりも高くなる。そのため、S10では、冷却していくとAl液相中にAl6(Mn,Fe)が晶出し、巨大晶出物となり、強度及び靱性の低下の原因となる。
【0071】
一方、S11では、Mg量がS10よりも少ないため、Mg2Siが固溶する温度であっても液相が現れない温度範囲が存在する。また、S12では、Mg量がS11よりもさらに少ないため、Al凝固開始温度がAl6(Mn,Fe)の晶出温度よりも高くなる。そのため、S12では、巨大晶出物の生成が抑制される。
【0072】
S13では、Mg量がS12よりもさらに少ないため、固相線温度とMg2Si固溶温度との温度差が大きく、30℃以上である。その結果、S13では、製造上のばらつきを踏まえても均熱可能な温度範囲が存在する。
【0073】
また、S14では、Mg量がS13よりもさらに少ないため、Al凝固開始温度とAl6(Mn,Fe)の晶出温度との差がさらに大きくなる。そのため、S14では、巨大晶出物による強度及び靱性の低下がより生じにくい。
【0074】
(スクラップ配合率)
表2は、3104アルミニウム合金と5182アルミニウム合金との配合比率と、成分規格の平均値との対応を表している。表2の1行目は、3104アルミニウム合金の成分規格の平均値であり、2行目は、5182アルミニウム合金の成分規格の平均値である。
【0075】
例えば、3104アルミニウム合金の配合割合が50質量%の場合、Siの平均値は0.20質量%、Feの平均値は0.29質量%、Cuの平均値は0.11質量%、Mnの平均値は0.7質量%、Mgの平均値は2.8質量%となる。
【0076】
したがって、アルミニウム合金板の各成分の割合が上記のSi、Fe、Cu、Mn、Mgの数値以上であるとき、3104アルミニウム合金板の可能配合率が50質量%以上となる。3104アルミニウム合金の配合割合が大きくなるほど、Si、Fe、Cu、及びMnの含有量は上がり、Mgの含有量は下がる。S1-S14のアルミニウム合金板は、3104アルミニウム合金のスクラップを50質量%以上配合可能である。
【0077】
【要約】
【課題】缶材由来のスクラップ原料を配合しつつ、高強度及び高靭性を両立できる缶蓋用アルミニウム合金板を提供する。
【解決手段】本開示の一態様は、ケイ素(Si)が0.20質量%以上0.47質量%以下、鉄(Fe)が0.30質量%以上0.70質量%以下、銅(Cu)が0.11質量%以上0.40質量%以下、マンガン(Mn)が0.70質量%以上1.20質量%以下、マグネシウム(Mg)が1.1質量%以上3.7質量%以下であり、残部がアルミニウム(Al)及び不可避的不純物からなり、固相線温度がMg2Siの固溶温度よりも高い缶蓋用アルミニウム合金板である。
【選択図】なし