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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-16
(45)【発行日】2024-04-24
(54)【発明の名称】蒸着源
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/24 20060101AFI20240417BHJP
   H05B 33/10 20060101ALI20240417BHJP
   H10K 50/10 20230101ALI20240417BHJP
   H01L 27/15 20060101ALI20240417BHJP
【FI】
C23C14/24 A
H05B33/10
H05B33/14 A
H01L27/15 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020041256
(22)【出願日】2020-03-10
(65)【公開番号】P2021143360
(43)【公開日】2021-09-24
【審査請求日】2023-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000146009
【氏名又は名称】株式会社昭和真空
(73)【特許権者】
【識別番号】500171707
【氏名又は名称】株式会社ブイ・テクノロジー
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100100860
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100148149
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 幸男
(72)【発明者】
【氏名】塩野 忠久
(72)【発明者】
【氏名】長田 佑介
(72)【発明者】
【氏名】金子 滉明
(72)【発明者】
【氏名】若林 雅
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 裕二
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-232992(JP,A)
【文献】特開2013-151761(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/24
H05B 33/10
H10K 50/10
H10K 59/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の表面に蒸着材料を噴射する噴出口を備えるノズルと、
前記ノズルと隣り合うノズルとの間に、前記ノズルの延びる方向と直交する方向にその法線方向を向けて配置され、前記噴出口から噴射された蒸着材料の噴射方向を制限する制限板と、を備え、
前記ノズルには、前記噴出口から見たとき当該ノズルの直径上に引かれた仮想線と平行である第1の方向に複数の孔が配列して形成され、
前記噴出口から見たとき、前記第1の方向は、前記制限板に対して所定の角度傾斜している、
蒸着源。
【請求項2】
前記複数の孔の列は、前記第1の方向と平行に複数配列され、隣り合う列同士の孔の中心は、互いにずれて配置された、
請求項1に記載の蒸着源。
【請求項3】
前記所定の角度は、25度から30度である、
請求項1に記載の蒸着源。
【請求項4】
複数の前記ノズルを備え、当該複数のノズルは、所定のピッチを隔てて第2の方向に配列され、
前記制限板は、前記第2の方向に配列された前記複数のノズルのそれぞれの間に設置された、
請求項1に記載の蒸着源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板に薄膜を形成する際に使用される蒸源に関する。
【背景技術】
【0002】
基板面に薄膜を形成する装置として、真空環境において蒸着材料を加熱して蒸発させ、基板面に気化された蒸着材料を蒸着させて薄膜を形成する成膜装置がある。このような真空蒸着による薄膜形成技術は、例えば、特許文献1に示すように、有機物を蒸着させて有機薄膜を形成し、OLED(Organic Light Emitting Display:以下「有機ELディスプレイ」という。)を製造することにも利用されている。有機ELディスプレイのような大型の基板に蒸着材料を蒸着させるためには、均一な膜厚分布となることが必要であり、特許文献1に開示された真空成膜装置では、指向性の高いノズルを用いて蒸着処理を実行している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2005-330551号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示された成膜源では、加熱手段により加熱された蒸着材料が、微細な開口に仕切られた流路を備える整流部というノズルを通過して、ノズルの開口から噴射される。
【0005】
特許文献1の実施例1、2における整流部を形成する1つの流路(パイプ)のアスペクト比を算出すると、実施例1では200、実施例2では50と求められる。特許文献1の流路のアスペクト比は大きいので、蒸着材料を整流部から噴射させるときに、成膜源内部の圧力を低下させる必要があり、成膜レートが著しく低くなる。また、流路の開口の内径が小さいため、微細な開口内で蒸着材料が詰まる現象が発生する。アスペクト比は、l/2r(lはノズル長、rはノズル半径)で求められる値である。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、蒸発した蒸着材料の指向性を確保しつつ、高い成膜レートを保持できる、源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る蒸着源は
基板の表面に蒸着材料を噴射する噴出口を備えるノズルと、
前記ノズルと隣り合うノズルとの間に、前記ノズルの延びる方向と直交する方向にその法線方向を向けて配置され、前記噴出口から噴射された蒸着材料の噴射方向を制限する制限板と、を備え、
前記ノズルには、前記噴出口から見たとき当該ノズルの直径上に引かれた仮想線と平行である第1の方向に複数の孔が配列して形成され、
前記噴出口から見たとき、前記第1の方向は、前記制限板に対して所定の角度傾斜している。
【0008】
前記複数の孔の列は、前記第1の方向と平行に複数配列され、隣り合う列同士の孔の中心は、互いにずれて配置されてもよい。
【0009】
複数の前記ノズルを備え、当該複数のノズルは、所定のピッチを隔てて第2の方向に配列され、
前記制限板は、前記第2の方向に配列された前記複数のノズルのそれぞれの間に設置されていてもよい。
【0010】
前記所定の角度は、25度から30度であってもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、蒸発した蒸着材料の指向性を確保しつつ、高い成膜レートを保持できる、蒸源を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施の形態に係る蒸着源ユニットの概念図であり、(a)は上面図、(b)は(a)のX-X’線で切断した断面図である。
図2】孔内での分子の動きを模式的に示す図である。
図3】孔を通過する分子の数を、孔から射出する分子の角度との関係で示したグラフである。
図4】孔の壁面に衝突後射出する分子の最大の射出角度とアスペクト比との関係を示すグラフである。
図5】半値角度とアスペクト比との関係を示すグラフである。
図6】(a)は、圧力の変化による分子の分布の状態を示すグラフであり、(b)は、ノズル内を直接通過する分子の確率と成膜レートとの関係を示すグラフである。
図7】単孔ノズルと多孔ノズルの半値角度と成膜レートとの関係を示すグラフである。
図8】本実施の形態に係る蒸着源ユニットを備える成膜装置の概念図である。
図9】複数の蒸着源ユニットから基板に向けて蒸着材料が噴霧されたときの状態を示す模式図である。
図10】複数の蒸着源ユニットから基板に向けて蒸着材料が噴霧されたときの成膜レートを示すグラフである。
図11】複数の蒸着源ユニットを備える蒸着源に制限板を取り付けた状態を示す模式図である。
図12】制限板がある場合と制限板がない場合の成膜レートを示す図である。
図13】制限板を用いて蒸着源を使用した場合のマスクシャドウの範囲を示す図であり、(a)~(c)は、それぞれメタルマスク上の膜厚が異なる場合の結果を示す図である。
図14】(a)は、ノズルの孔が配置される列と制限板との角度の関係を示す図であり、(b)は、制限板とノズルの孔の位置関係を示す図であり、(c)は、(a)(b)に示すノズルを用いた蒸着源の成膜レートと蒸発分布を示す図である。
図15】(a)は、ノズルの孔が配置される列と制限板との角度の関係の他の例を示す図であり、(b)は、(a)に示すノズルを用いた蒸着源の成膜レートと蒸発分布を示す図である。
図16】(a)は、ノズルの孔が配置される列と制限板との角度の関係の他の例を示す図であり、(b)は、(a)に示すノズルを用いた蒸着源の成膜レートと蒸発分布を示す図である。
図17】蒸着源ユニットの変形例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る蒸着源ユニット、蒸着源、蒸着源用ノズルの実施の形態について、添付の図面を参照して具体的に説明する。なお、以下に説明する実施の形態は説明のためのものであり、本願発明の範囲を制限するものではない。したがって、当業者であればこれらの各要素もしくは全要素をこれと均等なものに置換した実施の形態を採用することが可能であるが、これらの実施の形態も本発明の範囲に含まれる。
【0017】
(実施の形態)
本発明の一実施の形態である蒸着源ユニットの全体構造について、図1を参照して説明する。図面において上下左右方向を定めるが、これらの用語は、本実施の形態を説明するために使用するものであり、本発明の実施の形態が実際に使用されるときの方向を限定するものではない。また、これらの用語によって特許請求の範囲に記載された技術的範囲を限定的に解釈させるべきでない。
【0018】
(蒸着源ユニットの構造)
図1は、本実施の形態に係る蒸着源ユニット1を模式的に示す図であり、(a)は上面図、(b)は(a)のX-X’線で切断した切断面を模式的に示す図である。
【0019】
本実施の形態に係る蒸着源ユニット1は、例えば、有機ELディスプレイを製造する際に使用される。有機ELディスプレイは、陽極と陰極の2つの電極の間に、電子輸送層、発光層、及び正孔輸送層を挟み込んで形成される。本実施の形態に係る蒸着源ユニットは、例えば、有機ELディスプレイの電子輸送層、発光層、正孔輸送層、又は電極を、TFT(Thin Film Transistor:薄膜トランジスタ)基板上に蒸着するために使用される。
【0020】
蒸着源ユニット1は、図1(b)に示すように、蒸着材料10aを収容する坩堝10と、坩堝10内の蒸着材料10aが図示しない加熱手段により加熱されることで蒸発した蒸着材料を噴射するノズル20と、を備える。ノズル20は、坩堝10の上方向に延びて配置され、噴出口21が蒸着源ユニットの上部に開口するように形成されている。ノズル20は円筒形状であり、坩堝10の配置された側と反対側に蒸着材料を噴射する噴出口21が開口する。ノズル20の内部には、ノズル20が延びる方向と同一方向に延びる複数の孔20aが形成されている。複数の孔20aの各々の直径の長さは同一である。各々の孔20aの一方の開口20abは噴出口21に開口し、他方の開口20aaは坩堝10に開口する。蒸着材料10aとしては、発光層を形成するためのAlq3等が用いられる。坩堝10内で加熱された蒸着材料10aは、蒸発して気体となり、坩堝10の上方向に延びるノズル20の複数の孔20aを通過して噴出口21から噴出される。ノズル20の延びる方向と蒸着材料10aの上昇方向とは同一方向であり、蒸発した蒸着材料10aは速やかに噴出される。
【0021】
図1(a)に示すように、ノズル20を上面、すなわち噴出口21から見たときに、複数の孔20aは、ノズル20の直径上に引かれる仮想の線分20bと平行に配列される。本実施の形態では、ノズル20の直径上の線分20b上に、7個の孔20aが一列に配列される。そして、線分20bと平行に、線分20bの両外側に向かって配列される3列の列に沿って孔20aが並べられ、外側に向かって一列毎に、6個、5個、4個の孔20aが配列される。ノズル20には、合計37個の孔20aが形成されている。
【0022】
直径上に引かれる仮想の線分20bと平行に配列された孔20aは、隣り合う列の孔20aの中心が、ずれるように配列される。複数の孔20aをこのように配列させることにより、ノズル20から噴出される蒸着材料の分子の分布を均等にすることができる。
【0023】
次に、孔20aの特徴について説明する。孔20aは、ノズル20から噴出した蒸発材料が基板に届くために、指向性を確保しつつも、充分な成膜レートを保つように設計することが必要である。
【0024】
指向性を確保しつつ、充分な成膜レートを保つ観点から、孔20aから噴射する蒸着材料の分布を考察する。蒸着材料分子の平均自由行程が極めて長く、分子相互の衝突が全くないとき、図2に示すように、孔20aから噴射する蒸着材料の分子には、坩堝10側の開口20aaから入りノズル20の噴射口21側の開口20abまで、孔20aを直接通過して噴出する分子と、孔20aの壁面に衝突してから噴出される分子と、孔20aの壁面に衝突後、孔20a内に戻る分子とがある。孔20aの壁面に衝突してから噴出される分子は、開口20aaから入り、孔20aの壁面に1又は複数回衝突し、開口20abを通過して孔20aから基板側に噴出する。孔20a内に戻る分子は、開口20aaから入り、孔20aの壁面に1又は複数回衝突し、再び開口20aaを通過して坩堝10内に戻る。図2では、孔20aを直接通過する分子の動きを直線で、壁面に衝突してから孔20aを通過する分子の動きを点線で、壁面に衝突してから孔20a内に戻る分子の動きを一点破線で示す。これらの分子のうち、直接通過する分子と壁面に衝突してから通過する分子の数が多くなれば、充分な成膜レートが確保できる。なお、本実施の形態では、ノズル20に形成された複数の孔20aを例に説明するが、上述した孔20aの特徴及び以下に説明する孔20aの特徴は、単孔ノズルにも同様に適用できる。すなわち、蒸着源ユニット1を構成する複数の孔20aの1つの孔20aに対応する単孔ノズルを備える蒸着源用ノズルにも適用することができる。
【0025】
孔20aから噴出される分子の分布を、図3に示す。これは、ノズル20内の分子同士の衝突が無く、壁面とのみ衝突する場合で、噴射される分子の分布はノズル20のアスペクト比によって決まり、ノズル20の径や長さに依存しない、ノズル20の大きさに比べて十分離れた距離での分布に相当する。図3において、横軸は、孔20aの開口20abから射出される分子の噴射角度を示し、縦軸は、孔20aの開口20abから射出される分子の数を示す。射出される分子の分布の種別として、孔20aを直接通過して開口20abから射出される分子の分布を白丸で示し、壁面に衝突してから開口20abから射出される分子の分布を白丸にバツ印で示し、孔20aを直接通過する分子と壁面に衝突してから孔20aを通過する分子の双方の合計の分布を二重丸で示した。また、図3において、壁面に衝突した後に孔20a内に戻る分子を含め開口20aaを通過した全ての分子の分布を黒丸で示した。アスペクト比は2である。孔20aを通過する分子の分布は、アスペクト比が大きくなればなるほど狭くなる。また、全通過分子の指向性は、主に直接通過する分子によって形成されていることが分かる。
【0026】
アスペクト比と、壁面に衝突後射出する分子の最大となる角度との関係を図4に示す。図4のグラフの横軸は、孔20aのアスペクト比であり、縦軸は、壁面衝突後の分子の噴射角度分布においてピークとなる噴射角度を、最大となる角度としてプロットしたものである。壁面に衝突後射出する分子の最大となる角度は、小さいほど指向性が高く望ましい。図4に示すように、アスペクト比が2より小さいと最大となる角度は急峻に増加していることが分かる。したがって、アスペクト比は2以上であれば、壁面に衝突後、射出する分子の最大となる角度が小さいので、ノズル20からの全射出量の指向性を効果的に高めることができる。アスペクト比が小さいと壁面に衝突する分子は少ないが、蒸発粒子の噴射角度分布のばらつきが大きくなる。
【0027】
さらに、アスペクト比と半値角度との関係を図5のグラフに示す。グラフの横軸は、孔20aのアスペクト比であり、縦軸は、半値角度である。半値角度は、半値幅を角度で表した値であり、半値幅とは、ノズルからの蒸発分布がピーク値の半分となる分布の幅であり、蒸発分布がどれだけ広がっているかを示す値である。半値角度が小さいほど指向性が高く、特に、図5に示すようにアスペクト比が2以下となると、半値角度が極端に大きくなるため、アスペクト比は2以上とすることが好ましいことが分かる。
【0028】
一方、アスペクト比が大きくなると、ノズル20内を直接通過する分子の数は減少するので、直接通過する分子の数を減少させずに、蒸着材料の指向性を向上させる必要がある。また、アスペクト比が大きいほどノズル20のコンダクタンスが低下し成膜レートが低下する傾向にあるが、成膜レートは低下させずに指向性を向上させる必要がある。さらに、ノズル20内での分子同士の衝突が多くなると直接通過する分子の数が減少し、指向性が低下する。本出願人は、平均自由行程とノズル長との関係から、孔20aを直接通過する分子の数を増やす適切な関係を見いだした。
【0029】
分子の平均自由行程(λ)は、一般に以下の式1で求められる。
λ=3.108×10-24×T/dP(式1)
Tはノズル内の温度、dは分子直径、Pはノズル内圧力である。
【0030】
平均自由行程λのときに、ノズル内を軸方向に進んだ分子が衝突せずに残る確率(P(x))を、分子の自由行程xの確率分布関数とみなすと、P(x)は、以下の式2により計算することができる。
P(x)=N/N=exp(-x/λ)(式2)
【0031】
図6(a)は式1、2を用いて、圧力が変わったときに、直接通過する分子が減衰することによって、噴射される分子の分布が変化することを計算したグラフである。長さ9mm、直径3mm、37孔の多孔ノズルを用い、ノズル内の圧力勾配に対して、通過確率を積分して求めている。壁面に衝突してから射出する分子の分布は変化しないものとしている。圧力が高くなって、直接通過する分子の数が減衰すると中心部のピークが低下し、指向性が弱くなることが分かる。従って、式2によると、ノズル長を設計するにあたり、ノズル長が平均自由行程λの1/5以下であれば、分子の無衝突率が80%以上となる。好ましくは、ノズル長が平均自由行程λの1/10以下であれば、分子の無衝突率が90%以上となる。したがって、そのようなノズル長を備える孔20aを設計することにより、孔20aの指向性は良くなる。具体的には、ノズル長を平均自由行程λの1/5以下として、式1において圧力、温度を決定する。
【0032】
上述の平均自由行程λを算出するにあたり、式1において利用できるノズル内圧力について考察する。図6(b)は、長さ9mm、直径3mm、37孔の多孔ノズルを用い、直接通過する分子の確率を成膜レートとの関係で算出したグラフである。グラフにおいて、三角は図6(a)と同条件であり、ノズル内に圧力勾配があるものとして通過確率を算出しているが、四角はノズル内の圧力が一定であるものとして平均圧力を用いて通過確率を算出している。平均圧力はノズル入口圧力とノズル出口圧力を平均したもので、ノズル長の半分の位置におけるノズル内圧力に等しい。圧力勾配に対して通過確率を積分した結果(三角)と、平均圧力にて通過確率を算出した結果(四角)は一致しているため、平均自由行程λは平均圧力から算出してもよい。また、ノズル入口(20aa)である坩堝10内圧力を用いた場合の通過確率を丸で示す。圧力勾配に対して通過確率を積分した結果(三角)とノズル入口圧力にて通過確率を算出した結果(丸)は近似しているため、ノズル入口圧力を用いて平均自由行程λを求めてもよい。
【0033】
本実施の形態では、孔20aを複数個備える多孔ノズルを使用し、成膜レートを向上させる。多孔ノズルであるノズル20を使用したときの蒸発分布と、単孔ノズルの蒸発分布を、成膜レートとの関係で示したグラフを、図7に示す。図7のグラフにおいて、縦軸は半値角度であり、横軸は成膜レートである。
【0034】
図7のグラフにおいて、丸は長さ60mm、直径20mmの単孔ノズルの実測値を示し、四角は長さ6mm、直径2mm、61孔の多孔ノズル、三角は長さ9mm、直径3mm、37孔の多孔ノズルの実測値を示す。それぞれ、白抜きはノズル開口から距離200mmの位置における蒸発分布を、黒塗りはノズル開口から300mmの位置における蒸発分布を示す。単孔ノズル、多孔ノズルともにアスペクト比3のノズルを用いた。また、図中の線は図6(a)のような直接通過する分子の数が減衰することによって変化した分布の半値角度の計算値を示したもので、実線が直径3mmの多孔ノズルの距離300mm、一点鎖線が直径2mmの多孔ノズルの距離300mm、二点鎖線が直径2mmの多孔ノズルの距離200mm、細かい点線が単孔ノズルの距離300mm、粗い点線が単孔ノズルの距離200mmの値である。実測値と計算値は良く一致しており、ノズル内で直接通過する分子の数が減衰することによって、半値角度が増加することを示している。単孔ノズル及び多孔ノズルともに、成膜レートが低い領域では半値角度は一定であるが、レートが上昇するに従い、あるレートから半値角度が大きくなるようになる。この半値角度が大きくなり始めるレートは、単孔ノズルの方が多孔ノズルよりも低く、多孔ノズルの方がより高いレートでも小さい半値角度が得られる。多孔ノズルを使用した場合のほうが、同じレートでも単孔ノズルより半値角度が小さく、指向性がよい。
【0035】
(成膜装置)
次に、上述した蒸着源ユニット1を使用した成膜装置について説明する。図8に示すように、成膜装置100は、真空チャンバ110内に、蒸着源120と、メタルマスク130とを備える。真空チャンバ110は、バルブ111を開閉して図示しない真空ポンプにより内部が減圧されている。
【0036】
蒸着源120は、複数の蒸着源ユニット1を備える。複数の蒸着源ユニット1は、一定の方向(第2の方向ともいう。)に、所定のピッチを隔てて一列に配列されている。各蒸着源ユニット1は、そのノズル20の噴出口21を上方に向けて配置される。蒸着源120の上方には、メタルマスク130と、基板140が配置され、蒸着源120と基板140の間に、メタルマスク130が配置される。メタルマスク130は、基板140に所定のパターンを形成するために用いられる。基板140は所定の搬送方向(図の背面または前面方向)、すなわち、蒸着源ユニット1が配列された方向と垂直の方向に搬送される。基板140が搬送されながら、蒸着源120により基板140の表面に蒸着膜が蒸着される。
【0037】
基板140の表面にメタルマスク130を介して蒸着膜140aを蒸着する処理を、図9に示す。各ノズル20から噴射された蒸着材料は、ノズル20の中心位置から外側に広がるよう真空チャンバ110内に拡散される。ノズル20から噴射された蒸着材料は、メタルマスク130の開口を通過して基板140に到達し、基板140上に蒸着膜140aが形成される。
【0038】
このような蒸着源120を使用した場合、真空チャンバ110内に噴射された蒸着材料は、メタルマスク130があるため、基板140上への蒸着が妨げられる領域が生じる。すなわち、基板140に形成される蒸着膜140aのパターンの外縁部分に十分に蒸着材料が到達しない、いわゆるマスクシャドウが発生する。例えば、図9に示すように、基板140とノズル20との距離hを300mmとしたとき、ノズル20からの蒸着材料の蒸着分布は、図10に示すような分布となる。なお、図9において、tは、メタルマスク130の厚さ、tは、メタルマスク130上に蒸着した蒸着膜130aの厚さである。
【0039】
図10において、横軸は蒸着膜140aの中心を0としたときの蒸着膜140aでの位置を示し、縦軸は成膜レートを示す。図からわかるように、蒸着膜140aの外縁部分には、蒸着材料が充分に蒸着しないマスクシャドウが形成されている。図の例では、マスクシャドウが約5μm(0.005mm)の幅で発生する。
【0040】
マスクシャドウが発生する領域をできるだけ小さくするために、本出願人は、図11に示す制限板121を、ノズル20とノズル20との間に配置することが有効であることを見いだした。本実施の形態では、ノズル20の中心位置と隣り合うノズル20の中心位置との間の距離を1ピッチ(P)と定義する。図中、hは制限板121の高さ、tは制限板121の厚さ、wはメタルマスク130の開口幅、tはメタルマスク130の厚さ、tはメタルマスク300上に蒸着した蒸着膜130aの厚さ、hは基板とノズルとの距離を示す。
【0041】
制限板121は、一列に並んだノズル20の間の、P/2の位置に配置される。制限板121の板面は、複数のノズル20が並んだ方向(第2の方向)に対して垂直に配置される。制限板121がノズル20の間に配置されることで、ノズル20から射出された蒸着材料が制限板121に当たり、蒸着材料の分布を狭くして、マスクシャドウが発生する領域を狭くすることができる。具体的な蒸着分布の結果を図12に示す。
【0042】
図12は、制限板121をノズル20間に配置したときの、ノズル20単体の蒸着材料の蒸着分布を示す。図12に示すグラフは、直径3mm、長さ9mmの孔が37個形成されたノズル20を使用したときの成膜レートをノズル20の位置との関係で示す。横軸は、ノズル20の中心直上の位置を0としたときの基板140上の位置を示し、縦軸は、成膜レートを示す。制限板121がない場合を実線で示し、制限板121がある場合を白丸で示した。制限板121がある場合には制限板121がない場合に比べて、ノズル20の噴出口21から噴射された蒸着材料のうち、噴射角度の大きい蒸着材料が制限板121に遮蔽され、基板方向に到達していないことが分かる。
【0043】
ノズル20間に制限板121を配置したときの、基板140上に形成される蒸着膜140aの成膜レートを図13(a)~(c)に示す。横軸は蒸着膜140aの中心を0としたときの蒸着膜140aでの位置を示し、縦軸は成膜レートを示す。蒸着源120は、9個のノズル20を、ピッチ(P)80mmで配列して構成される。制限板121として、高さhが90mm、厚さtが1.5mmの板を用いた。図13(a)は、メタルマスク130上の堆積膜厚tが0μm、(b)は2μm、(c)は4μmの場合の成膜レートを示す。図13(a)、(b)に示すように、メタルマスク130上の堆積膜厚tが、2μm以下であれば、マスクシャドウの範囲は、2μm以下に抑制することができる。
【0044】
制限板121をノズル20間に配置することで、マスクシャドウの範囲を減少させることができるが、ノズル20に形成された複数の孔20aの配列の仕方により、蒸着材料の分布にバラツキがあることが分かった。図14(a)は、ノズル20内の複数の孔20aの配列を示す図である。ノズル20には、直径3mm、長さ9mmの孔20aが37個形成されている。図14(a)では、ノズル20の輪郭は示していない。以下の図15(a)、図16(a)でも同様にノズル20の輪郭は示していない。
【0045】
複数の孔20aは、ノズル20の直径上の仮想の線分20bと平行に配列されている。線分20bが延びる方向a(以下、孔20aの配列方向も方向aとして示す。)と、制限板121の延びる方向bとは、同一である。すなわち、図14(b)に示すように、制限板121と孔20aが配置される方向は同一である。また、ノズル20の並ぶ方向cと制限板121の板面とは垂直に配置されている。なお、方向aを第1の方向ともいう。
【0046】
このようなノズル20を、ピッチ(P)65mmで、一列に9個並べた蒸着源120を用いた蒸着分布と成膜レートを図14(c)に示す。図14(c)において、白丸が蒸着分布を示し、黒丸が成膜レートを示す。図15(b)、図16(b)におけるグラフも同様である。制限板121の長さhは75mm、厚さtは1.5mm、ノズル20の先端から基板面までの距離hは、300mmである。孔20aは、図14(a)に示すように配列され、蒸着材料が制限板121に衝突すると図14(c)に示すように階段状の蒸着分布となる。この配列での蒸着材料の分布率は、2.9%である。
【0047】
このような階段状の分布をなだらかにするために、ノズル20の孔20aの配列方向aと制限板121の方向bにより形成される角度を変更すると、階段状の分布を改善できることが分かった。図15、16にその一例を示す。
【0048】
図15(a)において使用したノズル20は、図14(a)で用いたノズル20と同様に、直径3mm、長さ9mmの孔が37個形成されたノズルである。ノズル20の孔20aの配列方向aは、制限板121の延びる方向bと平行ではなく、図15(a)に示すように30度傾いた孔20aの配列となっている。
【0049】
このようなノズル20を、ピッチ(P)65mmで、一列に9個並べた蒸着源120を用いた場合の蒸着分布と成膜レートを図15(b)に示す。制限板121の長さhは75mm、厚さtは1.5mm、ノズル20の先端から基板面までの距離hは、300mmである。この配列での蒸着材料の分布率は、2.1%であった。
【0050】
図16(a)において使用したノズル20は、図14(a)で用いたノズル20と同様に、直径3mm、長さ9mmの孔が37個形成されたノズルである。ノズル20の孔20aの配列方向aは、制限板121の延びる方向bと平行ではなく、図16(a)に示すように25度傾いた孔20aの配列となっている。
【0051】
このようなノズル20を、ピッチ(P)65mmで、一列に9個並べた蒸着源120を用いた蒸着分布と成膜レートを図16(b)に示す。制限板121の長さhは75mm、厚さtは1.5mm、ノズル20の先端から基板面までの距離hは、300mmである。この配列での蒸着材料の分布率は、1.1%であった。このように、ノズル20の孔20aの配列方向aを制限板121の延びる方向bに対して傾斜させると、蒸着材料の分布が改善されることがわかった。
【0052】
本実施の形態によれば、孔20aのアスペクト比を2以上とし、ノズル長を平均自由行程の1/5以下としたので、ノズル20の指向性を向上させることができるとともに、成膜レートも良好に保持することができる。
【0053】
本実施の形態によれば、複数のノズル20を所定の方向(第2の方向)に配列した蒸着源120により、有機ELディスプレイ等の大型基板の表面を、均一に成膜することができる。
【0054】
本実施の形態によれば、複数のノズル20の間に、制限板121を配置したので、基板140上にマスクシャドウが発生する範囲を小さくすることができる。
【0055】
本実施の形態によれば、制限板121を、複数のノズル20が配置された方向(第2の方向)と、その板面が垂直となるように配置したので、基板140に噴射された蒸着材料を満遍なく拡散することができる。
【0056】
本実施の形態によれば、ノズル20を、複数の孔20aが配列された配列方向a(第1の方向)と制限板121が配置された方向bとを、所定の角度を持つよう配置したので、蒸着材料の分布のむらを軽減することができる。
【0057】
(変形例)
本実施の形態では、蒸着源ユニット1において、坩堝10の上方向に延びるノズル20が配置されると説明したが、ノズル20の配置は他の配置でもよい。例えば、図17に示すように、蒸着源ユニット30において、ノズル300は、坩堝200の側部、例えば左方向にずらして配置させてもよい。ノズル300は、左方向に延び、ノズル300の噴出口301は、蒸着源ユニット30の側面に開口する。ノズル300には、ノズル300の延びる方向と同一方向に延びる複数の孔300aが形成されている。坩堝200で加熱された蒸着材料200aは上昇したのち、蒸着源ユニット30内で方向変換されて、上昇方向と垂直に延びるノズル300から噴出される。このような位置にノズル300を配置することにより、蒸発した蒸着材料200aは、蒸着源ユニット30内で充分に拡散されてノズル300から噴出するので、噴出口301から均等に噴出される。また、蒸着源ユニット1の設計上の自由度を増すことができる。
【0058】
本実施の形態では、ノズル20は、ノズル20の延びる方向と同一方向に延びて形成された複数の孔20aを備える多孔ノズルであると説明した。ノズル20内に孔20aを形成するのではなく、孔20aの替わりに、細いチューブ状の管を複数束ねてノズル20としてもよい。
【0059】
本実施の形態では、蒸着源120は、蒸着源ユニット1を一列に並べて配列して形成したと説明したが、蒸着源120は、蒸着源ユニット1を複数列並べて配列して形成してもよい。
【0060】
本実施の形態では、ノズル20に形成された複数の孔20aは、直径上に引かれる仮想の線分20bと平行に配列されると説明したが、ノズル20の噴出口21にランダムに配置してもよい。
【0061】
本実施の形態では、基板140の移動方向は、蒸着源120の複数の蒸着源ユニット1が配列される方向と垂直であると説明したが、蒸着源ユニット1の配列方向と同一であってもよい。
【0062】
本実施の形態では、ノズル20に形成される孔20aを37個として説明したが、それ以外の個数でもよい。
【0063】
本実施の形態では、図14図16において、ノズル20のピッチ、制限板121の高さ、制限板121の厚さ、ノズル20の先端から基板までの距離は同一の条件で説明した。これらの値は、蒸着分布をなだらかにするために、適宜変更することができる。
【0064】
本実施の形態では、蒸着源ユニット1を使用する基板として、有機ELディスプレイを例に説明したが、他のあらゆる基板にも使用でき、太陽電池に使用される光吸収膜を生成するためにも使用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明は、基板表面に蒸着材料を蒸着させる蒸着源ユニット、蒸着源、蒸着源用ノズルに利用することができる。
【符号の説明】
【0066】
1 蒸着源ユニット
10 坩堝
10a 蒸着材料
20 ノズル
20a 孔
20b 線分
20aa、20ab 開口
21 噴出口
30 蒸着源ユニット
100 成膜装置
110 真空チャンバ
111 バルブ
120 蒸着源
121 制限板
130 メタルマスク
130a 蒸着膜
140 基板
140a 蒸着膜
200 坩堝
200a 蒸着材料
300 ノズル
301 噴出口
300a 孔
図1
図2
図3
図4
図5
図6
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図8
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図11
図12
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図15
図16
図17