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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-16
(45)【発行日】2024-04-24
(54)【発明の名称】義歯床用硬化性組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 6/30 20200101AFI20240417BHJP
   A61K 6/887 20200101ALI20240417BHJP
【FI】
A61K6/30
A61K6/887
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020566177
(86)(22)【出願日】2019-12-24
(86)【国際出願番号】 JP2019050723
(87)【国際公開番号】W WO2020149121
(87)【国際公開日】2020-07-23
【審査請求日】2022-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2019004801
(32)【優先日】2019-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(74)【代理人】
【識別番号】100145713
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 竜太
(74)【代理人】
【識別番号】100136939
【弁理士】
【氏名又は名称】岸武 弘樹
(74)【代理人】
【識別番号】100087893
【弁理士】
【氏名又は名称】中馬 典嗣
(72)【発明者】
【氏名】瘧師 歩
(72)【発明者】
【氏名】山崎 達矢
【審査官】三上 晶子
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-163113(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/30
A61K 6/887
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)(メタ)アクリル系モノマーと、
(B)前記(A)(メタ)アクリル系モノマーを吸収し得る吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーと、
(C)光重合開始剤及び熱重合開始剤から選択される重合開始剤と
を含有するペースト状組成物からなり、
前記(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの含有量が、前記(A)(メタ)アクリル系モノマー100質量部に対して20~80質量部であり、
JIS K5101-13-1:2004に準じて測定される、前記(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの単位量:g-B(単位:g)当たりに吸収される前記(A)(メタ)アクリル系モノマーの量:g-A(単位:g)で定義される吸収量:RAb={(g-A)/(g-B)}が1.5以上である義歯床用硬化性組成物。
【請求項2】
前記(A)(メタ)アクリル系モノマーの単位量(単位:g)当たりの前記(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの含有量(単位:g)と、前記吸収量RAbとの積が0.65~1.65である請求項1に記載の義歯床用硬化性組成物。
【請求項3】
(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマーを更に含有し、
前記(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマーの含有量が、前記(A)(メタ)アクリル系モノマー100質量部に対して5~40質量部である請求項1又は2に記載の義歯床用硬化性組成物。
【請求項4】
(B’)非多孔質有機架橋ポリマーの含有量が、(A)(メタ)アクリル系モノマー100質量部に対して10質量部以下である請求項1~3のいずれか1項に記載の義歯床用硬化性組成物。
【請求項5】
義歯床用硬質裏装材又は義歯床補修用レジンとしての請求項1~4のいずれか1項に記載の義歯床用硬化性組成物と、
(a)(メタ)アクリル系非架橋ポリマー、(b)(メタ)アクリル系モノマー、及び(c)有機溶媒を含有し、義歯床との接着に用いられる液状接着剤と
を備えるキット。
【請求項6】
前記液状接着剤が(d)重合開始剤を更に含有する請求項5に記載のキット。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか1項に記載の義歯床用硬化性組成物の硬化体を含む義歯床。
【請求項8】
請求項7に記載の義歯床と、前記義歯床に固定された人工歯とを備える有床義歯。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、義歯床用硬化性組成物に関し、より詳細には義歯床用レジン、義歯床用硬質裏装材、義歯床補修用レジン等として使用される1ペーストタイプの義歯床用硬化性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
義歯床用硬化性組成物は、義歯床の製造、修理等に使用される組成物である。当該組成物を利用した材料としては、義歯床を新しく製造する際に使用される義歯床用レジン;長期間の使用により患者の口腔粘膜に適合しなくなった有床義歯を改床する際に使用される義歯床用硬質裏装材;義歯床の裏装又は改床、破折した有床義歯の補修等に使用される義歯床補修用レジン;などが知られている。
【0003】
義歯床用硬化性組成物としては、メチルメタクリレート等の重合性モノマー、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレート等の(メタ)アクリル系ポリマー、及び重合開始剤を含有する硬化性組成物が一般に使用されている。重合開始剤としては、化学(レドックス)重合開始剤、光重合開始剤、熱重合開始剤、又はこれらの組み合わせが使用される。そして、義歯床用硬化性組成物は、使用される重合開始剤の種類に応じて異なる形態で提供される。
【0004】
例えば、重合開始剤として、酸化剤(「ラジカル開始剤」とも称される)と還元剤(「重合促進剤」とも称される)との組み合わせを含む化学重合開始剤が使用される場合、酸化剤と還元剤とが接触すると直ちに反応し得るため、2以上に分けて保管する(分包する)必要がある。通常は、重合性モノマー及び還元剤を主成分とする液剤と、(メタ)アクリル系ポリマー及び酸化剤を主成分とする粉剤とから構成される粉液型(例えば、特許文献1及び2参照)、或いは酸化剤及び還元剤のそれぞれに重合性モノマー及び(メタ)アクリル系ポリマーを配合してペースト化した2ペースト型(例えば、特許文献3参照)として提供される。
【0005】
一方、重合開始剤として、熱重合開始剤及び/又は光重合開始剤が使用される場合、特に分包する必要はないため、1ペースト型とすることもできる。
【0006】
特許文献4には、「(A)少なくとも一つの不飽和二重結合を持つ重合性モノマーと、(B)アルキル(メタ)アクリレート単独重合体,アルキル(メタ)アクリレート共重合体,アルキル(メタ)アクリレート・スチレン共重合体から選ばれた少なくとも1種の重合体と、(C)熱重合触媒及び/又は光重合触媒と、が混合されて成り、(B)成分の少なくとも一部が(A)成分中に溶解していることを特徴とする義歯床用樹脂材料」が開示されている。そして、特許文献4によれば、1ペースト型の上記義歯床用樹脂材料は、(1)粉液型又は2ペースト型の義歯床用樹脂材料のように使用時に液剤及び粉剤又は2種のペーストを混錬する必要がないため、計量及び混錬の煩雑さがない、(2)予め餅状と同等の粘稠性を有するペースト状となっているため、直ちに義歯床の製造又は裏装作業に使用することが可能である、(3)熱又は光を付与するまで餅状状態が維持されているため、操作性に極めて優れ、且つ、臭気や刺激がない、(4)硬化後は弾性エネルギーが大きく適度な硬さと粘り強さとを有しており、衝撃又は応力によって容易に破損する虞がない、(5)長期間使用しても気泡等の混入による汚れ又は変色の虞がない、という特長があるとされている。
【0007】
特許文献5には、「(a)重合時の弾性率が0.25~3.00GPaである重合性のモノマー及び/又はオリゴマーと、(b)弾性率が0.25~3.00GPaである有機質充填材及び/又は有機無機複合充填材と、(c)加熱重合型重合開始剤及び/又は光重合型重合開始剤から成る重合開始剤とから成るワンペースト状であることを特徴とする義歯床用レジン組成物」が開示されている。そして、特許文献5によれば、上記義歯床用レジン組成物は、特許文献4に開示されているような1ペースト型の特長に加えて、充填材として弾性率が適度に低いものを使用することに起因して、曲げ強さ及び弾性エネルギー特性に優れ、耐衝撃性に優れた硬化体が得られる、という特長があるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平11-335222号公報
【文献】特公平4-042364号公報
【文献】特開2000-175941号公報
【文献】特開2000-254152号公報
【文献】特開2002-104912公報
【文献】特開2013-87076号公報
【文献】特開2004-203773号公報
【文献】特開2009-179612号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、1ペースト型の義歯床用硬化性組成物は、粉液型又は2ペースト型の義歯床用硬化性組成物が有する欠点を克服するものであり、特に特許文献5に開示される義歯床用レジン組成物によれば、曲げ強さ及び耐衝撃性にも優れた硬化体が得られる。しかし、従来の1ペースト型の義歯床用硬化性組成物は、得られる硬化体の靭性の点で必ずしも満足できるものではなかった。また、使用するフィラーによってはペースト性状の制御が難しく、得られる硬化体の強度が低くなる場合があった。
【0010】
なお、ペースト性状について補足すると、ペースト型の義歯床用硬化性組成物は、その形態の特徴から、グローブを嵌めた手で取り扱うことが多いため、グローブに付着しないようべたつきを抑える必要がある。その一方で、新しい義歯床の製造に使用する場合には石膏模型に、義歯床の裏装又は補修に使用する場合は義歯床に、それぞれ粘着する必要がある。つまり、1ペースト型の義歯床用硬化性組成物は、グローブには付着しないが石膏模型又は義歯床には粘着するといった適度な粘度を有するペースト性状が求められる。
【0011】
このような状況に鑑み、本発明は、得られる硬化体の強度及び靱性が高く、ペーストの操作性の良好な1ペースト型の義歯床用硬化性組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
義歯床用硬化性組成物の硬化体は、弾性率の低いフィラーとして使用される(メタ)アクリル系ポリマーと、マトリックスとなる重合性モノマーの硬化体との複合材料であることから、これら材料の界面状態が靭性に影響を与えると考えられる。そこで、本発明者らは、有機フィラーとして多孔質有機架橋ポリマーを使用することで、架橋による高強度化を図ることができると考え、鋭意検討を行った。
【0013】
その結果、(1)多孔質有機架橋ポリマーを用いると所期の効果を得ることができる場合がある、(2)多孔質有機架橋ポリマーの種類によっては所期の効果が得られないことがある、(3)非多孔質有機架橋ポリマーが多く共存すると保管時にペーストの硬さ変化が生じ易い、という知見を得ることができた。そして、これら知見に基づき更に検討を行った結果、実際に使用する重合性モノマーに対して特定のモノマー吸収量を有する吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーを用いることで、硬化体の曲げ強さ(強度)及び破断エネルギー(靱性)が向上し、且つ、ペースト性状を良好にし得ること、及び非多孔質有機架橋ポリマーの含有量を特定量以下に抑えることで保存時におけるペースト硬さの変化が抑制され保存安定性が向上すること、を見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、(A)(メタ)アクリル系モノマーと、(B)上記(A)(メタ)アクリル系モノマーを吸収し得る吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーと、(C)光重合開始剤及び熱重合開始剤から選択される重合開始剤とを含有するペースト状組成物からなり、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの含有量が、(A)(メタ)アクリル系モノマー100質量部に対して20~80質量部であり、JIS K5101-13-1:2004に準じて測定される、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの単位量:g-B(単位:g)当たりに吸収される(A)(メタ)アクリル系モノマーの量:g-A(単位:g)で定義される吸収量:RAb={(g-A)/(g-B)}が1.5以上である義歯床用硬化性組成物を提供する。
【0015】
なお、多孔質有機ポリマーに関しては、可塑剤及び水溶性有機溶媒を含む歯科用粘膜調整材にフィラーとして配合された例(例えば、特許文献6参照)や、触媒担体として歯科用接着剤に配合された例(例えば、特許文献7参照)や、酸性基含有モノマー、水、及び重合開始剤を含有する歯科用接着剤に配合された例(例えば、特許文献8参照)が知られている。しかし、本発明者らの知る限りにおいて、実質的に水を含有しない非水系の組成物からなる義歯床用硬化性組成物に配合された例は存在しない。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、得られる硬化体の強度及び靱性が高く、ペーストの操作性の良好な1ペースト型の義歯床用硬化性組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。
また、本明細書において、「(メタ)アクリル系」との用語は「アクリル系」及び「メタクリル系」の両者を意味する。同様に、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味し、「(メタ)アクリロイル」との用語は「アクリロイル」及び「メタクリロイル」の両者を意味する。
【0018】
<義歯床用硬化性組成物>
本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物は、(A)(メタ)アクリル系モノマー(以下、適宜「(A)成分」ともいう。)と、(B)上記(A)(メタ)アクリル系モノマーを吸収し得る吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマー(以下、適宜「(B)成分」ともいう。)と、(C)光重合開始剤及び熱重合開始剤から選択される重合開始剤(以下、適宜「(C)成分」ともいう。)とを含有するペースト状組成物からなり、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの含有量が、(A)(メタ)アクリル系モノマー100質量部に対して20~80質量部であり、JIS K5101-13-1:2004に準じて測定される、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの単位量:g-B(単位:g)当たりに吸収される(A)(メタ)アクリル系モノマーの量:g-A(単位:g)で定義される吸収量:RAb={(g-A)/(g-B)}が1.5以上である。本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物は、後述する(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマー(以下、適宜「(D)成分」ともいう。)を更に含有することが好ましい。また、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物は、後述する(B’)非多孔質有機架橋ポリマー(以下、適宜「(B’)成分」ともいう。)を更に含有していてもよい。
【0019】
ここで、「ペースト」とは、非沈降性の非ニュートン流体であり、本明細書における「ペースト状」とは、塑性変形性を有する高粘度ペースト、特に非水系の高粘度ペーストであることを意味する。なお、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物(ペースト状組成物)は、任意成分として(D)成分を含有する場合には(A)成分、(B)成分、及び(D)成分の混合物を主成分とし、(D)成分を含有しない場合には(A)成分及び(B)成分の混合物を主成分とするものが好ましい。なお、「主成分とする」とは、組成物の全質量を100質量部としたときに、当該成分の合計質量が80質量部以上、好ましくは90質量部以上であることを意味する。
【0020】
本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物は、計量及び混錬の煩雑さがないという1ペースト型の義歯床用硬化性組成物の特長を有すると共に、曲げ強さ(強度)及び破断エネルギー(靱性)が共に高い硬化体を与えることができる。
【0021】
また、(D)成分を所定量((A)成分100質量部に対して5~40質量部)含有する義歯床用硬化性組成物は、グローブには付着しないが石膏模型又は義歯床には粘着するといったペースト性状を有し、操作性にも優れるという効果を奏する。一般にペースト粘度は、フィラー(有機フィラー、無機フィラー、有機無機複合フィラー等)の量により調整される。上述したようなペースト特性とするためには、フィラーの配合量を増やす必要があるが、フィラーの増量に伴い硬化体の靭性は低下する傾向がある。これに対して、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物によれば、硬化体の靭性を却って高めながら上記のような好ましいペースト性状とすることができる。
【0022】
また、(B’)成分を含有しないか、又は含有するとしてもその含有量が(A)成分100質量部に対して10質量部以下である義歯床用硬化性組成物は、ペースト硬さが経時変化を起こさず、長期間安定に保存することが可能となるという効果をも奏する。
【0023】
特定の理論に拘束されるものではないが、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物が上述した優れた効果を奏するメカニズムは、次のようなものであると本発明者らは推察している。
【0024】
すなわち、硬化体の曲げ強さ(強度)が高くなるのは、有機フィラーとして弾性率の高い架橋ポリマーを用いたためと考えられる。また、架橋ポリマーを使用しているにもかかわらず硬化体の靱性が高くなるのは、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの細孔内部に(A)(メタ)アクリル系モノマーが滲入して硬化することにより発生するアンカー効果によって、硬化体におけるマトリックスと有機フィラーとの界面接合強度が高くなったことによると考えられる。
【0025】
また、良好なペースト性状が実現できた理由としては、以下の理由が考えられる。(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマーを含む系においては、(A)(メタ)アクリル系モノマーとの相互作用、具体的には(D)成分の一部が(A)成分に溶解したり、(D)成分が(A)成分で膨潤して柔らかくなったりすることに起因して、良好な状態に調整可能となるが、架橋ポリマーはこのような相互作用に乏しいため、架橋ポリマーを多量に配合すると、通常はこのようなペースト性状の調整範囲は狭まると考えられる。ところが、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーを用いた場合には、細孔内に(A)成分が滲入することにより上記相互作用と類似の相互作用が発生し、上記調整範囲を広いまま保つことが可能となったため、良好なペースト性状が実現できたものと考えられる。
【0026】
また、ペーストの保存安定性(長期間保存してもペーストが硬くならない性質)が高まるのは、架橋ポリマーは一般にマトリックスとの相互作用が乏しいため、ペースト内で凝集及び沈降し、ペーストが硬くなる場合があるのに対し、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーは、細孔内にマトリックスが滲入することで、ペースト内で凝集することなく、製造直後の状態を維持できるためと考えられる。
【0027】
以下、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物に含有される各成分について詳細に説明する。
【0028】
[(A)(メタ)アクリル系モノマー]
(メタ)アクリル系モノマーとしては、歯科用に一般的に使用される(メタ)アクリル系モノマーを特に制限なく使用することができる。(メタ)アクリル系モノマーの具体例としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルプロピオネート、アセトアセトキシエチル(メタ)アクリレート等の単官能(メタ)アクリル系モノマー;1,6-ビス((メタ)アクリロイルエチルオキシカルボニルアミノ)トリメチルヘキサン、2,2-ビス((メタ)アクリロイルオキシフェニル)プロパン、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、1,6-ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9-ノナンジオールジ(メタ)アクリレート等の二官能(メタ)アクリル系モノマー;トリメチロールメタントリ(メタ)アクリレート、トリメチロールエタントリ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート等の三官能(メタ)アクリル系モノマー;などが挙げられる。これらの(メタ)アクリル系モノマーは、1種を単独で使用してもよく、2種類以上を併用してもよい。特に、単官能の(メタ)アクリル系モノマーと二官能以上の(メタ)アクリル系モノマーとを併用する場合、単官能の(メタ)アクリル系モノマーよりも二官能以上の(メタ)アクリル系モノマーを多く配合することにより、得られる硬化体の強度、耐久性等の機械的物性も良好なものとすることができるので好ましい。
【0029】
(A)成分の含有量は、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物の全質量を100質量部としたときに、40~80質量部であることが好ましく、50~70質量部であることがより好ましい。
【0030】
[(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマー]
吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーとしては、常温大気中で粒状又は粉末状(微粒の集合体)の有機材料で構成される架橋を有するポリマーからなり、粒子の内部に外部と連通する細孔を有し、粒子の表面に(A)(メタ)アクリル系モノマーが滲入可能な細孔を多数有するものが使用される。特に本実施形態では、高強度化の観点から、JIS K5101-13-1:2004(ISO 787-5:1980)の「精製あまに油法」に準じて(精製あまに油に代えて(A)(メタ)アクリル系モノマーを用いて)測定される、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの単位量:g-B(単位:g)当たりに吸収される(A)(メタ)アクリル系モノマーの量:g-A(単位:g)で定義される吸収量:RAb={(g-A)/(g-B)}が1.5以上、好ましくは2.0~5.0であるものが使用される。
【0031】
なお、吸収量RAbは、JIS K5101-13-1:2004に記載の「精製あまに油法」において、精製あまに油を用いる代わりに、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物で使用される(A)(メタ)アクリル系モノマー(複数混合して使用した場合には同一組成のモノマー混合物)を用いて決定される。具体的には、所定量〔M(g)〕の(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーをガラス板の上に置き、(A)成分のモノマーをビュレットから一回に4、5滴ずつ徐々に加え、その都度、パレットナイフでモノマーをポリマーに練り込む。これらを繰り返し、モノマー及びポリマーの塊ができるまで滴下を続け、以後、1滴ずつ滴下し、完全に混練するようにして繰り返す。そして、ペーストが滑らかな硬さになったところを終点とし、終点までに使用した(A)成分のモノマーの量〔M(g)〕を測定する。その際、終点までの操作に要する時間が25分間以内となるようにする。そして、次式:
Ab(g/g)=M(g)/M(g)
により、吸収量RAbが決定される。
【0032】
上記のようにして決定される吸収量RAbは、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの内部に(A)成分のモノマーが浸透して滑らかなペースト状態となり始める臨界的な両者の量比を表すパラメータとして捉えられるものであるが、その操作の簡便性からも理解できるように、厳密な臨界点を意味するものではなく、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーにおける(A)成分のモノマーに対する吸収性の目安となるものである。事実、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物においては、(A)(メタ)アクリル系モノマーの配合量が、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの配合量に吸収量RAbを乗じた積として計算される量(以下、「計算総吸収量」ともいう。)に満たない場合であっても、ペースト状組成物となることが確認されている。
【0033】
計算総吸収量に満たない量の(A)成分を用いた場合でもペースト状となる理由の詳細は不明であるが、混錬条件や混錬時間の違いに由来するものと考えられる。すなわち、吸収量の測定時には、パレットナイフを用いて混練し、且つ短時間(25分間以内)で測定を行っているため、一部凝集状態で残っている(B)成分のポリマー粒子間に保持されているモノマーも存在すると考えられ、吸収量を高めに見積もっている可能性がある。一方、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物を調製する際には、乳鉢を用いて混練したり、プラネタリーミキサー、ニーダー等の機械式混錬装置を用いて混練したりすることが多く、混錬時に強い剪断力がかかるため、高度な均一化が可能であり、また、剪断力による押出し効果や発熱又は膨潤による細孔径の拡大等により、一旦細孔内に吸収されたモノマーの一部が放出されることなどにより、ペースト化されると考えられる。
【0034】
吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの材質は特に制限されないが、(A)(メタ)アクリル系モノマーとの親和性の観点から、架橋ポリメチルメタクリレート、架橋ポリエチルメタクリレート、架橋ポリメチルアクリレート等の架橋ポリアルキル(メタ)アクリレート;ポリスチレン、ポリ塩化ビニル;などが好ましい。また、特公平4-51522号公報、特開2002-265529号公報等に記載される多孔質架橋ポリマーを使用することもできる。また、「テクノポリマーMBP-8」(積水化成品工業(株))等の市販品を使用することもできる。
【0035】
吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの平均細孔径は、1~100nmであることが好ましく、5~50nmであることがより好ましい。該平均細孔径とは、粒子の凝集によって形成される二次粒子の凝集細孔ではなく、一次粒子の表面に形成される細孔の平均径を意味する。該平均細孔径は、水銀圧入法細孔分布測定装置を用いて測定される粒子の細孔分布から計算によって求めることができる。吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの平均細孔径が1nm以上であると、(A)(メタ)アクリル系モノマーの細孔内への滲入量の増加に伴って硬化体におけるアンカー効果が増大し、十分な強度が得られ易くなる傾向にある。また、吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの平均細孔径が100nm以下であると、アンカー効果が増大し、十分な強度が得られ易くなる傾向にある。
【0036】
吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの平均粒子径は、1~50μmであることが好ましく、3~30μmであることがより好ましい。該平均粒子径とは、一次粒子の平均粒子径を意味し、レーザー回折・散乱法による粒度分布測定装置を用いて測定される。吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの平均粒子径が1μm以上であると、硬化前のペーストのべたつきが抑えられ、操作性が向上する傾向にある。また、吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの平均粒子径が50μm以下であると、比表面積が大きくなり、硬化体において十分な強度及び靱性が得られ易くなる傾向にある。なお、粒子形状は特に限定されず、粉砕型粒子であっても球状粒子であってもよい。
【0037】
(B)成分の含有量は、(A)成分100質量部に対して20~80質量部である。(B)成分の含有量が20質量部未満であると、アンカー効果が低下して十分な強度が得られ難くなる傾向にある。一方、(B)成分の含有量が80質量部を超えると、硬化体が硬く脆くなるばかりでなく、ペーストが硬く賦形し難くなる傾向にある。
【0038】
なお、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物は、上記配合組成であることに加えて、(A)(メタ)アクリル系モノマーの単位量(単位:g)当たりの(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの含有量(単位:g)と、吸収量RAbとの積が0.65~1.65であるという条件を更に満足することが好ましい。
【0039】
[(B’)非多孔質有機架橋ポリマー]
本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物は、本発明の効果を阻害しない範囲内で、非多孔質有機架橋ポリマーを更に含有していてもよい。非多孔質有機架橋ポリマーは、表面に細孔を有しないか、又は細孔の数が少ない粒子であり、上記のようにして決定される吸収量RAbが1.5未満である。
【0040】
非多孔質有機架橋ポリマーは、(A)(メタ)アクリル系モノマーに対して溶解又は膨潤し難く、マトリックスとの相互作用が乏しいため、ペースト内で凝集及び沈降し、ペーストが硬くなる場合がある。このため、非多孔質有機架橋ポリマーを多量に配合すると、ペースト保管中にその性状が変化し(具体的には硬くなり)、ペーストの操作性が低下してしまうことがある。そこで、(B’)成分の含有量は、(A)成分100質量部に対して10質量部以下であることが好ましく、含有しないことがより好ましい。
【0041】
[(C)重合開始剤]
本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物は、1ペースト型とするために、重合開始剤として光重合開始剤及び/又は熱重合開始剤を含有し、化学重合開始剤は全く又は実質的に含有しない。なお、「実質的に含有しない」とは、保存安定性に悪影響を与えず、本発明の効果に影響を与えない範囲で極微量含有することは許容するという意味である。
【0042】
光重合開始剤及び熱重合開始剤としては、歯科分野で使用されるものを特に制限なく使用することができる。
【0043】
光重合開始剤の具体例としては、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル等のベンゾインアルキルエーテル類;ベンジルジメチルケタール、ベンジルジエチルケタール等のベンジルケタール類;ベンゾフェノン、アントラキノン、チオキサントン等のジアリールケトン類;ジアセチル、ベンジル、カンファーキノン、9,10-フェナントラキノン等のα-ジケトン類;ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)フェニルホスフィンオキサイド、ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)-2,5-ジメチルフェニルホスフィンオキサイド、ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)-4-プロピルフェニルホスフィンオキサイド、ビス-(2,6-ジクロロベンゾイル)-1-ナフチルホスフィンオキサイド、ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)-フェニルホスフィンオキサイド等のビスアシルホスフィンオキサイド類;などが挙げられる。これらの光重合開始剤は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0044】
なお、重合開始剤として光重合開始剤を使用する場合、還元性化合物と組み合わせて使用することが好ましい。好適に使用できる還元性化合物としては、2-(ジメチルアミノ)エチルメタクリレート、p-N,N-ジメチルアミノ安息香酸エチル、N-メチルジエタノールアミン、ジメチルアミノベンズアルデヒド、テレフタルアルデヒド等の第三級アミン類;2-メルカプトベンゾオキサゾール、1-デカンチオール、チオサルチル酸、チオ安息香酸等の含硫黄化合物;N-フェニルアラニン;などが挙げられる。
【0045】
また、光重合開始剤の活性をより高めるために、光酸発生剤を加えるのも好ましい態様である。光酸発生剤としては、ジアリールヨードニウム塩系化合物、スルホニウム塩系化合物、スルホン酸エステル化合物、ハロメチル置換-S-トリアジン有導体、ピリジニウム塩系化合物等が挙げられる。光酸発生剤を使用する場合、光重合開始剤としてはカンファーキノン等のα-ジケトン類が好ましく、p-N,N-ジメチルアミノ安息香酸エチル等の還元性化合物を併用することがより好ましい。
【0046】
熱重合開始剤の具体例としては、ベンゾイルパーオキサイド、p-クロロベンゾイルパーオキサイド、tert-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、tert-ブチルパーオキシジカーボネート、ジイソプロピルパーオキシジカーボネート等の過酸化物;アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ化合物;などが挙げられる。これらの熱重合開始剤は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0047】
(C)成分の含有量は、触媒量(すなわち、重合開始剤としての機能を発揮し、十分な重合を行うことができる量)であればよい。その具体的な量は、重合開始剤の種類によっても異なるため一概に規定できないが、通常は(A)(メタ)アクリル系モノマー100質量部に対して0.05~5質量部であり、好ましくは0.1~3質量部である。
【0048】
[(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマー]
本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物は、良好なペースト性状にし易くするために、(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマーを更に含有することが好ましい。
【0049】
(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマーとしては、歯科用に一般的に使用される、常温大気中で粒状又は粉末状の、非架橋性の(架橋を有しない)(メタ)アクリル系ポリマーを特に制限されず使用することができる。(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマーの具体例としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、tert-ブチル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、イソボニル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシ-1,3-ジ(メタ)アクリロイルオキシプロパン、イソブチル(メタ)アクリレート、ブトキシエチル(メタ)アクリレート、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、2-メトキシエチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート等の単重合体又は共重合体;ポリ(スチレン-エチルメタクリレート)等の(メタ)アクリル系モノマーと他の重合性モノマーとの共重合体;などが挙げられる。これらの(メタ)アクリル系非架橋ポリマーは、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0050】
ペースト性状の調整が容易であり、保管時にペースト性状が変化し難く、硬化体の強度低下を引き起こし難いという理由から、(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマーとしては、(A)(メタ)アクリル系モノマーに対して溶解性を有するものが好ましい。具体的には、目視で判断したときに、45℃の(A)成分100質量部に対して、配合する(D)成分の全てが溶解するものを使用することが好ましい。
【0051】
(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマーの平均分子量は特に制限されない。溶解性及びペースト性状の調整のし易さの観点から、質量平均分子量が5万~100万であることが好ましく、10万~70万であることがより好ましい。なお、本明細書における質量平均分子量は、ゲルパーミュエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定される標準ポリスチレン換算分子量を意味する。
【0052】
(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマーの平均粒子径は特に制限されない。ただし、(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマーの平均粒子径が大きすぎると(A)(メタ)アクリル系モノマーへ溶解するのが遅く、製造に時間を要し作業効率が低下するため、100μm以下であることが好ましい。
【0053】
(D)(メタ)アクリル系非架橋ポリマーの含有量は、(A)(メタ)アクリル系モノマー100質量部に対して、5~40質量部であることが好ましく、15~30質量部であることがより好ましい。
【0054】
[その他の成分]
本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物は、本発明の効果を阻害しない範囲内で、その他の成分を更に含有していてもよい。その他の成分としては、炭酸カルシウム、酸化マグネシウム、硫酸バリウム、酸化チタン、チタン酸カリウム、水酸化アルミニウム、硅石粉末、ガラス粉末、珪藻土、シリカ、珪酸カルシウム、タルク、アルミナ、マイカ、石英ガラス等の無機フィラー;無機粒子に重合性モノマーを添加してペースト状にした後、重合させ、粉砕して得られる粒状の有機無機複合フィラー;ブチルヒドロキシトルエン、メトキシハイドロキノン等の重合禁止剤;4-メトキシ-2-ヒドロキシベンゾフェノン、2-(2-ベンゾトリアゾール)-p-クレゾール等の紫外線吸収剤;α-メチルスチレンダイマー等の重合調整剤;色素、顔料、香料;などが挙げられる。
【0055】
[調製方法]
本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物の調製方法は特に制限されず、各成分を所定量ずつ量り取り、それらを適宜混合すればよい。ただし、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物が(D)成分を含有する場合には、(D)成分となるポリマー粒子を予め(A)成分に溶解させておくことが好ましい。具体的には、(C)成分、(D)成分、及びその他の添加剤を(A)成分に溶解させた後、得られた混合物と(B)成分及び必要に応じて配合されるその他のフィラーとを混合し、ペースト状の義歯床用硬化性組成物を得る方法が好ましい。
【0056】
得られた義歯床用硬化性組成物は、保管時の劣化防止のため、特に光重合開始剤を使用した場合には、遮光性を有する容器で保存することが好ましい。ペースト形態は特に制限されず、棒、馬蹄形、シート、球、角柱等に成型したものを容器に収容してもよいし、成型せずにチューブ、ボトル等に収容してもよい。
【0057】
[使用方法]
本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物は、公知の方法に従って、義歯床用レジン、義歯床用硬質裏装材、義歯床補修用レジン等として使用することができる。例えば、義歯床を新たに製造する場合には、患者の口腔内の印象を採得して石膏模型を作製し、その石膏模型上で本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物を用いて義歯床部を形成し、咬合器にセットして人工歯の配列を行った後、光照射や加熱により重合硬化させ、形態修正及び研磨を行う。また、適合不良の有床義歯を修理する場合には、患者の口腔内に適合しなくなった義歯床に必要に応じて接着剤及び分離剤を塗布し、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物を盛り付けて患者の口腔内に合わせた後、光照射や加熱により重合硬化させ、形態修正及び研磨を行う。粘膜面の裏装時には、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物を薄く盛り付け、床延長時は棒状にしたペーストを巻きつけるように盛り付けてもよい。
【0058】
<キット>
本実施形態に係るキットは、義歯床用硬質裏装材又は義歯床補修用レジンとしての本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物と、(a)(メタ)アクリル系非架橋ポリマー(以下、適宜「(a)成分」ともいう。)、(b)(メタ)アクリル系モノマー(以下、適宜「(b)成分」ともいう。)、及び(c)有機溶媒(以下、適宜「(c)成分」ともいう。)を含有し、義歯床との接着に用いられる液状接着剤とを備える。液状接着剤は、後述する(d)重合開始剤(以下、適宜「(d)成分」ともいう。)を更に含有していてもよい。
【0059】
本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物を義歯床用硬質裏装材又は義歯床補修用レジンとして使用する場合、通常、義歯床に接着剤を塗布した上で、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物を盛り付け、光照射や加熱により重合硬化させることになる。本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物によれば、歯科分野で一般に使用される液状接着剤を用いて、義歯床に強固に接着させることができる。
【0060】
本実施形態に係るキットが備える液状接着剤としては、(a)成分~(c)成分を含有し、必要に応じて(d)成分を含有するものであれば特に制限されない。このうち(a)成分、(b)成分、及び(d)成分としては、それぞれ(D)成分、(A)成分、及び(C)成分として上述した成分を特に制限なく使用することができる。
【0061】
(c)有機溶媒としては、ヘキサン、ヘプタン、ペンタン等の炭化水素化合物;トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素化合物;エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール等のアルコール化合物;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、tert-ブチルメチルエーテル等のエーテル化合物;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン化合物;ギ酸エチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル等のエステル化合物;などの非ハロゲン系有機溶媒が挙げられる。これらの有機溶媒は、1種を単独で使用してもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0062】
接着対象となる義歯床としては、例えば、(メタ)アクリル系義歯床が挙げられる。(メタ)アクリル系義歯床は、一般にポリメチルメタクリレートを主成分とするものであり、一部がエチルメタクリレート、スチレン等と共重合していてもよく、或いはエチレングリコールジメタクリレート等の架橋剤により架橋していてもよい。
【0063】
<義歯床及び有床義歯>
本実施形態に係る義歯床は、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物の硬化体を含む。本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物の硬化体は強度及び靭性に優れるため、この硬化体を含む義歯床も強度及び靭性に優れたものとなる。
【0064】
本実施形態に係る義歯床は、その全体が本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物の硬化体からなるものであってもよく、一部分のみが本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物の硬化体からなるものであってもよい。前者の例としては、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物を使用して新たに製造された義歯床が挙げられる。後者の例としては、本実施形態に係る義歯床用硬化性組成物を使用して改床又は補修した義歯床が挙げられる。
【0065】
また、本実施形態に係る義歯床は、全部床義歯(いわゆる総入れ歯)用の義歯床であってもよく、局部床義歯(いわゆる部分入れ歯)用の義歯床であってもよい。また、本実施形態に係る義歯床は、上顎用義歯床であってもよく、下顎用義歯床であってもよく、その両者であってもよい。
【0066】
本実施形態に係る有床義歯は、本実施形態に係る義歯床と、この義歯床に固定された人工歯とを備える。本実施形態に係る有床義歯は、全部床義歯であってもよく、局部床義歯であってもよい。すなわち、本実施形態に係る有床義歯は、人工歯を少なくとも1本備えていればよい。また、本実施形態に係る有床義歯は、上顎用義歯であってもよく、下顎用義歯であってもよく、その両者であってもよい。
【実施例
【0067】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0068】
まず、各実施例及び各比較例で使用した各種成分の名称、特性、略号(略号を用いた場合)等を示す。
【0069】
[(A)(b)(メタ)アクリル系モノマー]
・HPr:2-メタクリロイルオキシエチルプルピオネート(単官能重合性モノマー)
・ND:ノナメチレンジオールジメタクリレート(二官能重合性モノマー)
・UDMA:1,6-ビス(メタクリロイルエチルオキシカルボニルアミノ)トリメチルヘキサン(二官能重合性モノマー)
・TT:トリメチロールプロパントリメタクリレート(三官能重合性モノマー)
・TMMT:テトラメチロールメタンテトラメタクリレート(四官能重合性モノマー)
【0070】
[(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマー]
使用したポリマーの略称、成分、平均粒子径、及び平均細孔径を表1に示す。
【0071】
【表1】
【0072】
[(B’)非多孔質有機架橋ポリマー]
・PMMA-X:ポリメチルメタクリレート(平均粒子径:8μm、積水化成品工業(株)製)
・AC-X:ポリアクリル酸エステル(平均粒子径:8μm、積水化成品工業(株)製)
【0073】
[(C)(d)重合開始剤]
・CQ:カンファーキノン
・BPO:過酸化ベンゾイル
・DMBE:4-(N,N-ジメチルアミノ)安息香酸エチル
【0074】
[(D)(a)(メタ)アクリル系非架橋ポリマー]
・PEMA:ポリエチルメタクリレート(平均粒子径:35μm、質量平均分子量:50万)
・P(EMA-MMA):ポリエチルメタクリレート-メチルメタクリレート共重合体(エチルメタクリレート/メチルメタクリレート=50/50、平均粒子径:40μm、質量平均分子量:100万)
・PBMA:ポリブチルメタクリレート(平均粒子径:60μm、質量平均分子量:15万)
【0075】
[(c)有機溶媒]
・アセトン
・酢酸エチル
【0076】
[その他の成分]
・シリカ:球状シリカ(3-メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン処理、平均粒子径:1μm)
【0077】
次に、各実施例及び各比較例における評価項目の測定方法を以下に示す。
(1)モノマー吸収量
モノマー吸収量RAbは、JIS K5101-13-1:2004に記載の「精製あまに油法」において、精製あまに油を用いる代わりに、各実施例又は各比較例で使用する(A)(メタ)アクリル系モノマー(複数混合して使用した場合には同一組成のモノマー混合物)を用いて決定した。具体的には、所定量〔M(g)〕の(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーをガラス板の上に置き、(A)成分のモノマーをビュレットから一回に4、5滴ずつ徐々に加え、その都度、パレットナイフでモノマーをポリマーに練り込んだ。これらを繰り返し、モノマー及びポリマーの塊ができるまで滴下を続け、以後、1滴ずつ滴下し、完全に混練するようにして繰り返した。そして、ペーストが滑らかな硬さになったところを終点とし、終点までに使用した(A)成分のモノマーの量〔M(g)〕を測定した。なお、終点までの操作に要する時間は25分間以内となるようにした。そして、次式:
Ab(g/g)=M(g)/M(g)
により、モノマー吸収量RAbを決定した。
【0078】
(2)曲げ強さ、弾性率、及び破断エネルギー
30mm×30mm×2mmのポリテトラフルオロエチレン製モールドにペーストを充填した。そして、光重合開始剤を用いた場合には、両面をポリエチレンフィルムで圧接した状態で歯科技工用光重合装置αライトV((株)モリタ製)を用いて5分間光照射して硬化体を作製した。また、熱重合触媒を用いた場合は、両面をポリエチレンフィルムで圧接した状態で水中に浸漬し、沸騰してから1時間加熱して硬化体を作製した。次いで、#800及び#1500の耐水研磨紙にて硬化体を研磨した後、4mm×30mm×2mmの角柱状に切断した。得られた硬化体を水中浸漬し、37℃にて24時間放置した。この試験片を試験機(オートグラフAG-1、(株)島津製作所製)に装着し、支点間距離20mm、クロスヘッドスピード1mm/分で3点曲げ試験を行い、曲げ強さ、弾性率、及び破断エネルギーを測定した。
【0079】
(3)ペースト硬さ
SUS型ナット状型にペーストを填入して表面を平らにならし、2分間遮光下で放置して温度を23℃で一定にした。サンレオメーターCR-150((株)サン科学製)に感圧軸としてΦ5mmSUS製棒を取り付け、240mm/分の速度で2mmの深さまで圧縮進入したときの最大荷重[g]をペースト硬さとした。測定は、ペーストを調製した翌日(初期)、及びペーストを23℃で1か月間保管した後(1か月後)に行った。
【0080】
(4)ペースト粘着性
グローブを装着し、ペーストの粘着性を以下の判定基準に従って評価した。
A:グローブには付着しないが、義歯床及び石膏には粘着する。
B:グローブに付着するが、義歯床及び石膏に粘着させるとグローブから剥離できる。
C:グローブに付着し、義歯床及び石膏に粘着しない。
【0081】
(5)1か月後のペースト性状
ペーストを23℃で1か月間保管し、以下の判定基準に従ってペースト性状を評価した。
A:ペースト調製直後と変化なし。
B:ペースト調製直後から、軽微な粘度変化がある。
C:ペースト調製直後から、顕著な粘度変化がある。
【0082】
(6)接着強さ
義歯床用レジン(アクロン、(株)ジーシー製)の板(15mm×15mm×2mm)を作製し、該板を耐水研磨紙#800で研磨したものを被着体とした。被着体に筆を用いて接着剤を塗布し、接着剤中の溶媒成分が揮発するまで放置して乾燥させた後、直径3mmの孔を有する両面テープを貼り付け、次いで直径8mmの孔を有するパラフィンワックスを上記孔上に同一中心となるように貼り付けた。孔にペーストを充填し、ポリエチレンフィルムで圧接した状態で歯科技工用光重合装置αライトV((株)モリタ製)を用いて5分間光照射して接着試験片を作製した。上記接着試験片を37℃の水中に24時間浸漬した後、金属アタッチメントを硬化体上に取り付け、引張り試験機(オートグラフ、(株)島津製作所製)を用いて、クロスヘッドスピード2mm/分にて引張ることにより、接着強さを測定した。5個の試験片の平均値を接着強さ(初期)とした。また、上記と同様にして作製した試験片を、熱衝撃試験機((株)東京技研製)を用いて、5℃の水中に30秒間浸漬、55℃の温水中に30秒間浸漬を1サイクルとし、10000回のサイクルを繰り返す熱衝撃試験を行った。熱衝撃試験後の試験片について上記と同様にして接着強さを測定し、5個の試験片の平均値を接着強さ(耐久試験後)とした。
【0083】
<実施例1>
表2に示す組成でペーストを調製すると共に、表3に示す組成で接着剤を調製し、上記各物性の評価を行った。表2及び表3における各成分の量は質量部である。結果を表4に示す。
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【0086】
【表4】
【0087】
表4に示すとおり、実施例1のペーストを硬化させた硬化体は、曲げ強さが80[MPa]、破断エネルギーが95[N・mm]と両者共に高く、高い強度及び靱性を有していた。また、実施例1のペーストは、グローブにはやや付着するが、義歯床及び石膏に粘着するとグローブからは容易に剥離可能という良好なペースト操作性を示し、1か月後のペースト硬さ及びペースト性状も調製直後から殆ど変化はなく、保存安定性にも優れていた。更に、実施例1のペーストは、接着剤を用いて被着体に強固に接着させることができ、接着耐久性にも優れていた。
【0088】
<実施例2~23>
ペーストの組成を表2に示すように変更し、接着剤の組成を表3に示すように変更した他は、実施例1と同様に評価を行った。結果を表4に示す。
表4に示すとおり、実施例2~23のペーストを硬化させた硬化体は、いずれも高い強度及び靱性を有していた。また、実施例2~23のペーストは、ペースト操作性及び保存安定性にも優れていた。更に、実施例2~23のペーストは、接着剤を用いて被着体に強固に接着させることができ、接着耐久性にも優れていた。
【0089】
<比較例1~3>
使用するフィラーを(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーから表5に示すものに変更し、接着剤の組成を表6に示すように変更した他は、実施例1と同様に評価を行った。表5及び表6における各成分の量は質量部である。結果を表7に示す。
【0090】
【表5】
【0091】
【表6】
【0092】
【表7】
【0093】
表7に示すとおり、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの代わりに(B’)非多孔質有機架橋ポリマーをフィラーとして配合した比較例1、2のペーストは、硬化体の強度及び靭性が低く、保存安定性も劣っていた。また、比較例1、2のペーストは、接着剤を用いて被着体に接着させたときの接着性が低く、接着耐久性にも劣っていた。
また、(B)吸モノマー性多孔質有機架橋ポリマーの代わりにシリカをフィラーとして配合した比較例3のペーストは、硬化体の強度は高いものの、靱性が低く、ペースト操作性も劣っていた。また、比較例3のペーストは、接着剤を用いて被着体に接着させたときの接着性が低く、接着耐久性にも劣っていた。