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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-16
(45)【発行日】2024-04-24
(54)【発明の名称】歯科用硬化性組成物
(51)【国際特許分類】
   C08G 59/68 20060101AFI20240417BHJP
   C08G 65/18 20060101ALI20240417BHJP
   A61K 6/61 20200101ALI20240417BHJP
   A61K 6/891 20200101ALI20240417BHJP
【FI】
C08G59/68
C08G65/18
A61K6/61
A61K6/891
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2022541439
(86)(22)【出願日】2021-07-26
(86)【国際出願番号】 JP2021027481
(87)【国際公開番号】W WO2022030276
(87)【国際公開日】2022-02-10
【審査請求日】2022-12-13
(31)【優先権主張番号】P 2020134745
(32)【優先日】2020-08-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(74)【代理人】
【識別番号】110000121
【氏名又は名称】IAT弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】三宅 秀明
(72)【発明者】
【氏名】秋積 宏伸
(72)【発明者】
【氏名】吉良 龍太
【審査官】尾立 信広
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-005006(JP,A)
【文献】特開2016-064641(JP,A)
【文献】特表2001-520759(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 59/00-59/72
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)カチオン重合性単量体と、
(b)光酸発生剤と、を含み、
水素イオン捕捉剤を実質的に含有せず、
前記光酸発生剤(b)が、
アニオンとカチオンとのイオン対から構成される光酸発生剤(b1-I)、および、分子内にアニオン部位とカチオン部位とを有する双性イオン化合物から構成される光酸発生剤(b1-II)、からなる群より選択される少なくとも1種の光酸発生剤からなり、
前記アニオンが、テトラキスペンタフルオロフェニルボレート、テトラキスノナフルオロ-tert-ブトキシアルミネートおよびヘキサフルオロアンチモネートからなる群より選択されるいずれかのアニオンであり、
前記アニオン部位が、テトラキスペンタフルオロフェニルボレート、テトラキスノナフルオロ-tert-ブトキシアルミネートおよびヘキサフルオロアンチモネートからなる群より選択されるいずれかのアニオンから任意の1つの原子(但し、前記カチオン部位を含む基を置換基として導入可能な位置に存在する原子に限る)を取り去った残基である、
第一の光酸発生剤(b1)と、
アニオンとカチオンとのイオン対から構成される光酸発生剤(b2-I)、および、分子内にアニオン部位とカチオン部位とを有する双性イオン化合物から構成される光酸発生剤(b2-II)、からなる群より選択される少なくとも1種の光酸発生剤からなり、
前記アニオンが、ヨウ化物イオン、臭化物イオン、p-トルエンスルホナートおよびベンゾエートからなる群より選択されるいずれかのアニオンであり、
前記アニオン部位が、p-トルエンスルホナートおよびベンゾエートからなる群より選択されるいずれかのアニオンから任意の1つの原子(但し、前記カチオン部位を含む基を置換基として導入可能な位置に存在する原子に限る)を取り去った残基である、
第二の光酸発生剤(b2)と、を含
前記(b)光酸発生剤に含まれる前記(b1)第一の光酸発生剤の配合量1モルに対する前記(b2)第二の光酸発生剤の配合量が0.01~0.9モルである、
ことを特徴とする歯科用硬化性組成物。
【請求項2】
光増感剤であるα-ジケトン化合物(c)と、
無機充填材および有機-無機複合充填材からなる群より選択される少なくとも1種の充填材(d)と、をさらに含む請求項に記載の歯科用硬化性組成物。
【請求項3】
前記(a)カチオン重合性単量体として、分子内に2つ以上の官能基を有する多官能型カチオン重合性単量体を含み、
前記(a)カチオン重合性単量体に含まれる前記多官能型カチオン重合性単量体の含有割合が50質量%以上であり、
前記(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する前記(b1)第一の光酸発生剤の含有量が0.01質量部~20質量部であり、
前記(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する前記(b2)第二の光酸発生剤の含有量が0.01質量部~20質量部であり、
前記(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する前記(c)α-ジケトン化合物の含有量が0.001質量部~10質量部であり、
前記(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する前記(d)充填材の含有量が50質量部~1500質量部である請求項に記載の歯科用硬化性組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光カチオン硬化性組成物および歯科用硬化性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電気・電子部品の接着、または塗料等に光硬化型の樹脂組成物が多用されている。光硬化型の樹脂組成物は、加熱硬化型の接着剤に比べて迅速に硬化し、硬化時に加熱を要しないため被着体に熱ダメージを与えることもなく、また、光を照射しなければ固まらないので、硬化までの作業時間の設定が任意であり、さらに、硬化時に溶媒等の揮発も無いなど、多くの利点を有する。
【0003】
光硬化型の樹脂組成物には大別してラジカル重合型のものと、カチオン重合型のものがあるが、硬化性のよい(メタ)アクリル系の重合性化合物を用いたラジカル重合型のものが主に開発、使用されてきた。
【0004】
光硬化性の樹脂組成物は歯科用途にも利用されている(たとえば、特許文献1など)。その例として齲蝕や破折等により損傷をうけた歯牙の修復に用いるコンポジットレジンと呼ばれる光硬化性の充填修復材料や、義歯床の裏装材、歯冠修復用のハイブリッドセラミックス等が挙げられる。そして、光硬化性の樹脂組成物は、その操作の簡便さから歯科用途において汎用されている。このような光硬化性の歯科用材料は通常、重合性単量体と重合開始剤とを含み、更にコンポジットレジンやハイブリッドセラミックスにはフィラーが含まれる。重合性単量体としては、その光重合性の良さから(メタ)アクリレート系のラジカル重合性単量体が用いられている。
【0005】
しかしながら、(メタ)アクリレート系のラジカル重合性単量体は、重合収縮が大きいという問題を有している。即ち、修復を要する歯牙の窩洞に対して、コンポジットレジン等の充填修復材料を充填後、重合硬化させる際には、充填された充填修復材の表面に光が照射されて重合が開始される。そして重合にともなう収縮により、窩洞と、窩洞内壁面と密着するように充填された充填修復材とが剥離しようとする応力が作用し、このため、歯と充填修復材の間に間隙を生じやすくなる傾向がある。そのため、できるだけ重合収縮が小さく、硬化時に間隙を生じ難い硬化性組成物が求められていた。
【0006】
重合収縮の小さい重合性単量体としては、エポキシドやビニルエーテル等のカチオン重合性単量体がある。しかしながら一般に歯科用として用いられている、α-ジケトン化合物やアシルホスフィンオキサイド系化合物等の光ラジカル重合開始剤のみではカチオン重合性単量体を重合させることができないため、重合を可能とするためには、光カチオン重合性開始剤が必要となる。
【0007】
このような光カチオン重合開始剤としては、光酸発生剤(たとえば、ヨードニウム塩類、スルホニウム塩類、ピリジニウム塩類等)を用いた光酸発生剤系光重合開始剤が挙げられる。特に、ヨードニウム塩系光重合開始剤は、高いカチオン重合開始活性を持っているため、口腔内で迅速に硬化させなければならない歯科用途で有用である。実際に、ヨードニウム塩系の光重合開始剤をカチオン重合性単量体と組み合わせて歯科用途に応用した技術も提案されている(たとえば、特許文献2及び3参照。)。
【0008】
カチオン重合は水素イオン等のカチオンによって重合が進行するため、カチオンを捕捉する成分によって反応が減速する。したがって、迅速に光硬化を行う必要がある場合は、カチオン捕捉能の低い光酸発生剤を用いることが好ましいとされている。オニウム塩型の酸発生剤の場合、カチオンと結合しやすい部位は対アニオンであるから、カチオン捕捉能の低い対アニオンとしてカチオンへの配位能の低い非配位性アニオンが求められてきた。例えば、トリフルオロメタンスルホナートやテトラキスペンタフルオロフェニルボレートなどのアニオンが挙げられる(非特許文献1及び2参照。)。上記のアニオンを対アニオンとする光酸発生剤を用いると、発生する水素イオンが捕捉されにくいため、カチオン重合性単量体を室温条件で迅速に硬化させることが可能となる。
【0009】
しかし、そのような光カチオン硬化性組成物は、保存中に比較的早期にゲル化してしまうという問題がある。そこで、光カチオン硬化性組成物のゲル化を抑制するための添加剤が種々検討されており、このような添加剤として例えばフェノール系酸化防止剤が提案されている(特許文献4)。
【0010】
フェノール類によるゲル化の抑制効果は、ヨードニウム塩などの光酸発生剤の分解過程を抑制するためと考えられる。しかし、フェノール類は、光酸発生剤の分解により一旦発生した水素イオンを捕捉する機能を有しない。したがって、光酸発生剤の分解を完全に抑制できない場合、ゲル化を十分に抑制することはできない。そこで、フェノール系酸化防止剤に加え、水素イオン捕捉剤として、ヒンダードアミン類または光酸発生能を有しないpKa値が7以下の有機酸の塩類を更に光カチオン硬化性組成物に添加する技術が提案されている(特許文献5及び6参照)。これらの添加剤は保存中に発生した水素イオンを捕捉するため、比較的高温において光カチオン硬化性組成物の長期保存が達成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2004-196775号公報
【文献】特表平10-508067号公報
【文献】特表2005-523348号公報
【文献】特開2002-69269号公報
【文献】特開2006-249040号公報
【文献】特開2007-131841号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】“Noncoordinating Anions-Fact or Fiction? A Survey of Likely Candidates” Krossing, I.; Raabe, I. Angew. Chem. Int. Ed. 2004, 43, 2066-2090.
【文献】“Taming the Cationic Beast: Novel Developments in the Synthesis and Application of Weakly Coordinating Anions”Riddlestone, Ian M.; Kraft, A.; Schaefer, J.; Krossing, I. Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 13982-14024.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、光硬化型の歯科用硬化性組成物には、利便性や患者への負担低減等の観点からさらなる長期保存安定性や迅速な硬化性が求められている。そして、長期保存安定性や迅速な硬化性という特性は、歯科用途以外のその他の用途においても広いニーズがある。
【0014】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、高温下あるいは室温で長期間保存してもゲル化せず、且つ光照射時には室温条件で迅速に硬化する光カチオン硬化性組成物およびこれを用いた歯科用硬化性組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題は以下の本発明により達成される。すなわち、
本発明の光カチオン硬化性組成物は、(a)カチオン重合性単量体と、(b)光酸発生剤と、を含み、水素イオン捕捉剤を実質的に含有せず、光酸発生剤(b)が、アニオンとカチオンとのイオン対から構成され、アニオンが非配位性アニオンである光酸発生剤(b1-I)、および、分子内にアニオン部位とカチオン部位とを有する双性イオン化合物から構成され、アニオン部位が非配位性アニオン部位である光酸発生剤(b1-II)、からなる群より選択される少なくとも1種の第一の光酸発生剤(b1)と、アニオンとカチオンとのイオン対から構成され、アニオンが非配位性アニオンではない光酸発生剤(b2-I)、および、分子内にアニオン部位とカチオン部位とを有する双性イオン化合物から構成され、アニオン部位が非配位性アニオン部位ではない光酸発生剤(b2-II)、からなる群より選択される少なくとも1種の第二の光酸発生剤(b2)と、を含む、ことを特徴とする。
【0016】
本発明の光カチオン硬化性組成物の一実施形態は、(b1)第一の光酸発生剤における非配位性アニオンが、(a)パークロレート、(b)トリフルオロメタンスルホナート、(c)BX 、(d)AlX 、(e)PX 、(f)AsX 、および、(g)SbX6 (但し、(c)~(g)に示す化学式中のXは、フルオロ基、1個以上のフッ素原子で置換されたアルキル基、1個以上のフッ素原子で置換されたアルコキシ基、または、1個以上のフッ素原子で置換されたアリール基を表し、各化学式中に含まれる複数のXはそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。)からなる群より選択される少なくとも1種のアニオンであることが好ましい。
【0017】
本発明の光カチオン硬化性組成物の他の実施形態は、(a)カチオン重合性単量体が、エポキシ化合物およびオキセタン化合物からなる群より選択される少なくとも一種の化合物を含むことが好ましい。
【0018】
本発明の光カチオン硬化性組成物の他の実施形態は、(b)光酸発生剤に含まれる(b1)第一の光酸発生剤の配合量1モルに対する(b2)第二の光酸発生剤の配合量が0.1~0.75モルであることが好ましい。
【0019】
本発明の光カチオン硬化性組成物の他の実施形態は、(b2)第二の光酸発生剤が、ヨードニウム塩、および、スルホニウム塩からなる群より選択される少なくとも1種の塩であることが好ましい。
【0020】
本発明の光カチオン硬化性組成物の他の実施形態は、光増感剤、電子供与性化合物、フェノール系酸化防止剤、および、充填材からなる群より選択される少なくとも1種の成分をさらに含むことが好ましい。
【0021】
本発明の歯科用硬化性組成物は、(a)カチオン重合性単量体と、(b)光酸発生剤と、を含み、水素イオン捕捉剤を実質的に含有せず、光酸発生剤(b)が、アニオンとカチオンとのイオン対から構成され、アニオンが非配位性アニオンである光酸発生剤(b1-I)、および、分子内にアニオン部位とカチオン部位とを有する双性イオン化合物から構成され、アニオン部位が非配位性アニオン部位である光酸発生剤(b1-II)、からなる群より選択される少なくとも1種の第一の光酸発生剤(b1)と、アニオンとカチオンとのイオン対から構成され、アニオンが非配位性アニオンではない光酸発生剤(b2-I)、および、分子内にアニオン部位とカチオン部位とを有する双性イオン化合物から構成され、アニオン部位が非配位性アニオン部位ではない光酸発生剤(b2-II)、からなる群より選択される少なくとも1種の第二の光酸発生剤(b2)と、を含む、ことを特徴とする。
【0022】
本発明の歯科用硬化性組成物の一実施形態は、光増感剤であるα-ジケトン化合物(c)と、無機充填材および有機-無機複合充填材からなる群より選択される少なくとも1種の充填材(d)と、をさらに含むことが好ましい。
【0023】
本発明の歯科用硬化性組成物の他の実施形態は、(a)カチオン重合性単量体として、分子内に2つ以上の官能基を有する多官能型カチオン重合性単量体を含み、(a)カチオン重合性単量体に含まれる多官能型カチオン重合性単量体の含有割合が50質量%以上であり、(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する(b1)第一の光酸発生剤の含有量が0.01質量部~20質量部であり、(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する(b2)第二の光酸発生剤の含有量が0.01質量部~20質量部であり、(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する(c)α-ジケトン化合物の含有量が0.001質量部~10質量部であり、(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する(d)充填材の含有量が50質量部~1500質量部であることが好ましい。
【発明の効果】
【0024】
以上に説明したように、本発明によれば高温下あるいは室温で長期間保存してもゲル化せず、且つ光照射時には室温条件で迅速に硬化する光カチオン硬化性組成物およびこれを用いた歯科用硬化性組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本実施形態の光カチオン硬化性組成物は、(a)カチオン重合性単量体と、(b)光酸発生剤と、を含み、水素イオン捕捉剤を実質的に含有しない組成物である。ここで、本実施形態の光カチオン硬化性組成物は、光酸発生剤(b)として、夫々特性の異なる2種類の光酸発生(後述する第一の光酸発生剤(b1)および第二の光酸発生剤(b2))を含むことを大きな特徴としている。そこで、まず、一般的な光酸発生剤及びその分類方法について説明した上で、本実施形態の光カチオン硬化性組成物について説明する。
【0026】
1.一般的な光酸発生剤について
光酸発生剤とは、通常は、アニオンとカチオンとのイオン対又は分子内にアニオン部とカチオン部とを有する双性イオン化合物からなり、光照射によって酸を発生する剤である。光照射により酸を発生する機構は、(i)イオン対又は双性イオン化合物が照射された光を吸収することにより分解した際に、イオン対又は双性イオン化合物の周囲に存在する物質(たとえばカチオン重合性単量体や溶媒等)から水素を引き抜き、(ii)次に、この水素引き抜きによって生成した水素イオン(プロトン)が、イオン対におけるアニオン又は双性イオン化合物におけるアニオン部位(以下、これらアニオン及びアニオン部位を総称して単に「対アニオン」ともいう。)に由来するブレンステッド塩基と共に酸(ブレンステッド酸)を発生する。そして、カチオン重合では、このようにして発生した酸又は水素イオンによって重合が進行する。
【0027】
2.分類方法(対アニオンによる分類)
光酸発生剤のカチオン重合活性は、光照射時に発生する酸の強度及び量に影響を受け、これらは対アニオンの影響を大きく受ける。このため、本願明細書では、発生する対アニオンの酸捕捉能の強度の観点から光酸発生剤を以下に定義する第一の光酸発生剤(b1)および第二の光酸発生剤(b2)の2種類に分類することとする。ここで、第一の光酸発生剤(b1)とは、アニオンとカチオンとのイオン対から構成され、アニオンが非配位性アニオンである光酸発生剤(b1-I)、および、分子内にアニオン部位とカチオン部位とを有する双性イオン化合物から構成され、アニオン部位が非配位性アニオン部位である光酸発生剤(b1-II)、からなる群より選択される少なくとも1種の光酸発生剤を意味する。また、第二の光酸発生剤(b2)とは、アニオンとカチオンとのイオン対から構成され、アニオンが非配位性アニオンではない光酸発生剤(b2-I)、および、分子内にアニオン部位とカチオン部位とを有する双性イオン化合物から構成され、アニオン部位が非配位性アニオン部位ではない光酸発生剤(b2-II)、からなる群より選択される少なくとも1種の光酸発生剤を意味する。
【0028】
対アニオンは、その酸捕捉能が重合活性に大きな影響を及ぼす。対アニオンの酸捕捉能については、カチオンに対する相互作用が強いものほど捕捉能が高く、弱いものほど捕捉能が低い弱いと言える。非特許文献1または2にカチオンに対する相互作用が極めて弱いアニオン(“noncoordinating anion” 又は “weakly coordinating anion”:WCA)が記載されており、このようなWCA等の「非配位性の対アニオン」の酸捕捉能は低いと言える。以下の説明において、このような非配位性の対アニオンが、イオン対におけるアニオンである場合を「非配位性アニオン」と称し、非配位性の対アニオンが、双性イオン化合物におけるアニオン部位である場合を「非配位性アニオン部位」と称す。
【0029】
WCAに該当すると言われる「非配位性アニオン」としては、たとえば、(a)パークロレート、(b)トリフルオロメタンスルホナート、(c)BX 、(d)AlX 、(e)PX 、(f)AsX 、(g)SbX6 (但し、(c)~(g)に示す化学式中のXは、フルオロ基、1個以上のフッ素原子で置換されたアルキル基、1個以上のフッ素原子で置換されたアルコキシ基、または、1個以上のフッ素原子で置換されたアリール基を表し、各化学式中に含まれる複数のXはそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。)などが挙げられる。また、(a)~(g)と同程度前後にカチオンに対する相互作用が極めて弱い「非配位性アニオン」あるいは「非配位性アニオン部位」もWCAに含まれる。
【0030】
対アニオンの酸捕捉能は、カチオン重合の開始反応に影響を与えると考えられる。すなわち、光酸発生剤の光分解時に水素イオン(プロトン)が生成し、対アニオン由来のブレンステッド塩基と共にブレンステッド酸を発生することは既に説明したが、対アニオンが非配位性アニオンまたは非配位性アニオン部位である場合には、発生した水素イオンはこれに捕捉されないため、極めて強い酸として振る舞う。また、対アニオンの酸補捉能は、カチオン重合の成長反応にも大きな影響を与える。すなわち、水素イオンによってカチオン重合が開始された後、重合成長反応において中間体として炭素カチオンが生じるため、系中に炭素カチオンの反応性を低下させる化学種が存在すると、カチオン重合が抑制される。炭素カチオンは酸の一種であるため、酸捕捉能の低い対アニオンが非配位性アニオンまたは非配位性アニオン部位である場合には、カチオン重合の抑制は起こり難いと考えられる。たとえば、テトラキスペンタフルオロフェニルボレートは「非配位性アニオン」であり、そのヨードニウム塩は非常に非配位性アニオン型光酸発生剤として機能することを、本発明者等は確認している。ただし、上記の光酸発生剤を含む光カチオン硬化性組成物は、高温で保存すると容易にゲル化する。本実施形態のカチオン硬化性組成物では、このようなアニオンが非配位性アニオンであるイオン対またはアニオン部位が非配位性アニオン部位である双性イオン化合物からなる光酸発生剤を、第一の光酸発生剤(b1)として使用する(なお、以下、当該光酸発生剤を「非配位性アニオン型光酸発生剤(b1)」と称す場合もある。)。
【0031】
一方、対アニオンが非配位性アニオンおよび非配位性アニオン部位でない場合には、光分解時に生成する水素イオンや重合成長反応時に生成する炭素カチオンは対アニオンの影響を受ける。たとえば、対アニオンが臭化物イオンであるヨードニウム塩の場合には、水素イオンおよび炭素カチオンはそれぞれ臭化物イオンと結合して臭化水素および有機臭化物となる。これらの反応によってカチオン種の反応活性が低下するため、カチオン重合の進行が抑制される。対アニオンが非配位性アニオンでないヨードニウム塩を用いた場合、保存中のゲル化を起こしにくいが、室温条件でカチオン重合を進行させることが困難であることを発明者らは確認している。本実施形態のカチオン硬化性組成物では、このようなアニオンが非配位性アニオンでないイオン対またはアニオン部位が非配位アニオン部位でない双性イオン化合物からなる光酸発生剤を、第二の光酸発生剤(b2)として使用する(以下、当該光酸発生剤を「配位性アニオン型光酸発生剤(b2)」と称す場合もある。)。
【0032】
3.本実施形態の光カチオン硬化性組成物の特徴点
本発明者らは、このような知見に基づき、非配位性アニオン型光酸発生剤(b1)と配位性アニオン型光酸発生剤(b2)とを併用することにより、迅速な硬化性と長期の保存安定性とを高いレベルで両立できることを見出し、本実施形態の光カチオン硬化性組成物を完成するに至ったものである。
【0033】
すなわち、本実施形態の光カチオン硬化性組成物は、光酸発生剤(b)が、非配位性アニオン型光酸発生剤(b1)と配位性アニオン型光酸発生剤(b2)との組み合わせを含むことを最大の特徴とする。
【0034】
本実施形態の光カチオン硬化性組成物は、この点を除けば、カチオン重合性単量体や光酸発生剤として従来の光カチオン硬化性組成物で使用されるものが特に制限なく使用できる。以下、これら成分を含めて本実施形態の光カチオン硬化性組成物について詳しく説明する。
【0035】
4.(a)カチオン重合性単量体
本実施形態の光カチオン硬化性組成物において、重合性成分である(a)カチオン重合性単量体は、光酸発生剤の分解によって生じる酸によって重合する化合物であれば特に限定されず、公知の化合物を用いることができる。
【0036】
代表的な(a)カチオン重合性単量体を例示すれば、エポキシ化合物、オキセタン化合物、環状エーテル化合物、ビニルエーテル化合物、双環状オルトエステル化合物、環状アセタール化合物、双環状アセタール化合物、環状カーボネート化合物が挙げられるが、特に入手が容易でかつ体積収縮が小さく、重合反応が速い点において、エポキシ化合物及び/又はオキセタン化合物が好適に使用される。
【0037】
当該エポキシ化合物を具体的に例示すれば、1,2-エポキシプロパン、1,2-エポキシブタン、1,2-エポキシペンタン、2,3-エポキシペンタン、1,2-エポキシヘキサン、1,2-エポキシオクタン、1,2-エポキシデカン、1,2-エポキシドデカン、1,2-エポキシテトラデカン、1,2-エポキシヘキサデカン、1,2-エポキシオクタデカン、ブタジエンモノオキサイド、2-メチル-2-ビニルオキシラン、1,2-エポキシ-5-ヘキセン、1,2-エポキシ-7-オクテン、1,2-エポキシ-9-デセン、エピクロロヒドリン、エピブロモヒドリン、グリシドール、2-メチルグリシドール、メチルグリジルエーテル、エチルグリシジルエーテル、グリシジルプロピルエーテル、ブチルグリシジルエーテル、2-エチルヘキシルグリシジルエーテル、シクロオクテンオキサイド、シクロヘキセンオキサイド、シクロオクテンオキサイド、シクロドデカンエポキシド、エキソ-2,3-エポキシノルボルネン、4-ビニル-1-シクロヘキセン-1,2-エポキシド、リモネンオキサイド、スチレンオキサイド、(2,3-エポキシプロピル)ベンゼン、フェニルグリシジルエーテル、ベンジルグリシジルエーテル、グリシジル2-メチルフェニルエーテル、4-tert-ブチルフェニルグリシジルエーテル、4-クロロフェニルグリシジルエーテル、グリシジル4-メトキシフェニルエーテル等のエポキシ官能基を一つ有するもの; また、1,3-ブタジエンジオキサイド、1,2,7,8-ジエポキシオクタン、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ジエチレングリコールジグリシジルエーテル、トリエチレングリコールジグリシジルエーテル、テトラエチレングリコールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、1,3-プロパンジオールジグリシジルエーテル、1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテル、1,5-ペンタンジオールジグリシジルエーテル、1,6-ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、1,4-シクロヘキサンメタノールジグリシジルエーテル、ジグリシジルグルタレート、ジグリシジルアジペート、ジグリシジルピメレート、ジグリシジルスベレート、ジグリシジルアゼレート、ジグリシジルセバケート、2,2-ビス[4-グリシジルオキシフェニル]プロパン、2,2-ビス[4-グリシジルオキシフェニル]ヘキサフルオロプロパン、4-ビニル-1-シクロヘキセンジエポキシド、リモネンジエポキシド、1,2,5,6-ジエポキシシクロオクタン、3,4-エポキシシクロヘキシルメチル-3,4-エポキシシクロヘキサンカルボキシラート、ビス(3,4-エポキシシクロヘキシルメチル)グルタレート、ビス(3,4-エポキシシクロヘキシルメチル)アジペート、ビス(3,4-エポキシシクロヘキシルメチル)ピメレート、ビス(3,4-エポキシシクロヘキシルメチル)スベレート、ビス(3,4-エポキシシクロヘキシルメチル)ゼレート、ビス(3,4-エポキシシクロヘキシルメチル)セバケート、1,4-ビス(3,4-エポキシシクロヘキシルメチルオキシメチル)ベンゼン、1,4-ビス(3,4-エポキシシクロヘキシルメチルオキシメチル)ビフェニル、ビス(3,4-エポキシシクロヘキシル)メタン、2,2-ビス(3,4-エポキシシクロヘキシル)プロパン、ビス(3,4-エポキシシクロヘキシル)スルホン、メチルビス[2-(7-オキサビシクロ[4.1.0]ヘプト-3-イル)エチル]フェニルシラン、ジメチルビス[(7-オキサビシクロ[4.1.0]ヘプト-3-イル)メチル]シラン、メチル[(7-オキサビシクロ[4.1.0]ヘプト-3-イル)メチル][2-(7-オキサビシクロ[4.1.0]ヘプト-3-イル)エチル]シラン、1,4-フェニレンビス[ジメチル[2-(7-オキサビシクロ[4.1.0]ヘプト-3-イル)エチル]]シラン、1,2-エチレンビス[ジメチル[2-(7-オキサビシクロ[4.1.0]ヘプト-3-イル)エチル]]シラン、ジメチル[2-(7-オキサビシクロ[4.1.0]ヘプト-3-イル)エチル]シラン、1,3-ビス[2-(7-オキサビシクロ[4.1.0]ヘプト-3-イル)エチル]-1,1,3,3-テトラメチルジシロキサン、2,5-ビシクロ[2.2.1]ヘプチレンビス[ジメチル[2-(7-オキサビシクロ[4.1.0]ヘプト-3-イル)エチル]]シラン、1,6-へキシレンビス[ジメチル[2-(7-オキサビシクロ[4.1.0]ヘプト-3-イル)エチル]]シラン等のエポキシ官能基を二つ有する化合物;或いはグリセロールトリグリシジルエーテル、トリメチロールプロパントリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールトリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテル、ジペンタエリスリトールヘキサグリシジルエーテル、等のエポキシ官能基を三つ以上有するものが挙げられる。
【0038】
また、エポキシ化合物としては下記に示す化合物等の環状シロキサンおよびシルセスキオキサン構造持つ化合物で、エポキシ官能基を有するものも挙げられる。なお、下記構造式(但し、Rを特定する構造式を除く)において、*1を付した結合手は隣接する繰り返し構成単位のO原子と結合していることを示し、*2を付した結合手は隣接する繰り返し構成単位のSi原子と結合していることを示す。
【0039】
【化1】
【0040】
上記エポキシ化合物のなかでも、得られる硬化体の物性の点から、1分子中にエポキシ官能基を2つ以上有するものが、特に好適に使用される。
【0041】
また、オキセタン化合物を具体的に例示すれば、トリメチレンオキサイド、3-メチル-3-オキセタニルメタノール、3-エチル-3-オキセタニルメタノール、3-エチル-3-フェノキシメチルオキセタン、3,3-ジエチルオキセタン、3-エチル-3-(2-エチルヘキシルオキシ)オキセタン等の1つのオキセタン環を有すもの、1,4-ビス(3-エチル-3-オキセタニルメチルオキシ)ベンゼン、4,4′-ビス(3-エチル-3-オキセタニルメチルオキシ)ビフェニール、4,4′-ビス(3-エチル-3-オキセタニルメチルオキシメチル)ビフェニール、エチレングリコールビス(3-エチル-3-オキセタニルメチル)エーテル、ジエチレングリコールビス(3-エチル-3-オキセタニルメチル)エーテル、ビス(3-エチル-3-オキセタニルメチル)ジフェノエート、トリメチロールプロパントリス(3-エチル-3-オキセタニルメチル)エーテル、ペンタエリスリトールテトラキス(3-エチル-3-オキセタニルメチル)エーテル等、あるいは下記に示す化合物等のオキセタン環を2つ以上有する化合物が挙げられる。なお、下記に示す構造式のうち最下段左側の構造式において、*1を付した結合手は隣接する繰り返し構成単位のO原子と結合していることを示し、*2を付した結合手は隣接する繰り返し構成単位のSi原子と結合していることを示す。
【0042】
【化2】
【0043】
上記オキセタン化合物のなかでも、得られる硬化体の物性の点から、1分子中にオキセタン環(オキセタン官能基)を2つ以上有するものが、特に好適に使用される。
【0044】
また、オキセタン化合物及びエポキシ化合物以外のカチオン重合性単量体を具体的に示すと、環状エーテル化合物としては、テトラヒドロフラン、オキセパン等が、双環状オルトエステル化合物としては、ビシクロオルトエステル、スピロオルトエステル、スピロオルトカーボネート等が、環状アセタール化合物としては、1,3,5-トリオキサン、1,3-ジオキソラン、オキセパン、1,3-ジオキセパン、4-メチル-1,3-ジオキセパン、1,3,6-トリオキサシクロオクタン等が、双環状アセタール化合物としては、2,6-ジオキサビシクロ[2.2.1]ヘプタン、2,7-ジオキサビシクロ[2.2.1]ヘプタン、6,8-ジオキサビシクロ[3.2.1]オクタン等が、環状カーボネート化合物としては、エチレンカーボネート、トリメチレンカーボネート等が、オレフィン性化合物としては、ビニルエーテルやスチレン等が挙げられる。
【0045】
これらのカチオン重合性単量体は単独、または二種類以上を組み合わせて用いることができる。本実施形態の光カチオン硬化性組成物を歯科用硬化性組成物として使用する場合には、<i>(a)カチオン重合性単量体として、分子内に2つ以上の官能基を有する多官能型カチオン重合性単量体を含み、かつ、<ii>(a)カチオン重合性単量体に含まれる多官能型カチオン重合性単量体の含有割合が50質量%以上であることが好ましい。これらの条件<i>および<ii>を満たす場合、光カチオン硬化性組成物を硬化させることで得られる硬化体の機械的強度を、歯科用目的での利用に適したものとすることが非常に容易となる。なお、多官能型カチオン重合性単量体としては、分子内に2つ以上のエポキシ官能基を有するエポキシ化合物、および/または、分子内に2つ以上のオキセタン官能基を有するオキセタン化合物が好適である。多官能型カチオン重合性単量体が分子内に有する官能基の数は2以上であれば、上限値は特に限定されないが実用上は8以下が好ましい。また、重合時の過度の重合収縮を抑制することで、治療対象となる歯牙の表面と硬化体とに隙間が生じることを抑制する観点からは、上限値は4以下であることがより好ましい。また、(a)カチオン重合性単量体に含まれる多官能型カチオン重合性単量体の含有割合は、70質量%以上がより好ましく、90質量%以上がさらに好ましく、100質量%であってもよい。
【0046】
また、本実施形態の光カチオン硬化性組成物の硬化速度を速くして、水分による重合障害を抑制する観点では、<A>(a)カチオン重合性単量体として、オキセタン官能基を有するオキセタン化合物とエポキシ官能基を有するエポキシ化合物との混合物を用い、かつ、<B>下式(1)を満たすことが好ましい。この場合、条件<i>および<ii>を満たした上で、さらに条件<A>および<B>を満たすことが特に好適である。
式(1) (a×A):(b×B)=90:10~10:90
【0047】
式(1)中、aは、オキセタン化合物1分子当たりのオキセタン官能基の平均個数を意味し、Aは、混合物中に含まれるオキセタン化合物のモル数を意味し、bは、エポキシ化合物1分子当たりのエポキシ官能基の平均個数を意味し、Bは、混合物中に含まれるエポキシ化合物のモル数を意味する。ここでa,bは、1以上の数であり、1.5以上が好ましく、2以上がより好ましい。一方、a,bの上限値は特に限定されないが、実用上は4以下が好ましい。また、(a×A):(b×B)は、80:20~20:80がより好ましく、70:30~30:70がさらに好ましい。
【0048】
5.(b)光酸発生剤
本実施形態の光カチオン硬化性組成物で使用する(b)光酸発生剤は、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤と(b2)配位性アニオン型光酸発生剤とを含む。このため、上述したように、迅速な硬化性と長期の保存安定性を両立させることができる。(b)光酸発生剤として、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤のみを使用した場合には、保存安定性が低下し、(b2)配位性アニオン型光酸発生剤のみを使用したときには硬化性が低下する。
【0049】
(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤及び(b2)配位性アニオン型光酸発生剤の使用量は、何れも、光照射により重合を開始しうる量であれば特に制限されることはないが、適度な重合の進行速度と得られる硬化体の各種物性(例えば、耐候性や硬度)を両立させるために、下記条件<iii>および<iv>を満たすことが好適である。すなわち、<iii>(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤の含有量は、0.01質量部~20質量部を用いることが好ましく、0.05~10質量部を用いることがより好ましく、<iv>(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する(b2)配位性アニオン型光酸発生剤の含有量は、0.01質量部~20質量部を用いることが好ましく、0.05~10質量部を用いることがより好ましい。
【0050】
但し、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤1モルに対する(b2)配位性アニオン型光酸発生剤の配合量は、0.01モル~0.9モルであることが好ましい。(b2)配位性アニオン型光酸発生剤の配合量がこの範囲である場合には、光カチオン硬化性組成物の保存中に生成するカチオン活性種と相互作用してゲル化を抑制することがより容易になると共に、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤に起因して生成するカチオン活性種が全て捕捉されることはないので、光照射時にはカチオン重合が速やかに進行し、光カチオン硬化性組成物が迅速に硬化することもより容易になる。このように保存安定性と迅速硬化性とをより高いレベルで両立させることが容易となる観点から、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤1モルに対する(b2)配位性アニオン型光酸発生剤の配合量は、0.05モル~0.8モルであることがより好ましく、0.1モル~0.75モルであることが最も好ましい。
【0051】
5-1.(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤
本実施形態の光カチオン硬化性組成物において、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤は、アニオンとカチオンとのイオン対から構成され、アニオンが非配位性アニオンである光酸発生剤(b1-I)、および、分子内にアニオン部位とカチオン部位とを有する双性イオン化合物から構成され、アニオン部位が非配位性アニオン部位である光酸発生剤(b1-II)、からなる群より選択される少なくとも1種の光酸発生剤であれば特に限定されず、このような光酸発生剤として使用される公知の化合物を用いることができる。
【0052】
ここで、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤における「非配位性アニオン」としては、(a)パークロレート、(b)トリフルオロメタンスルホナート、(c)BX 、(d)AlX 、(e)PX 、(f)AsX 、および、(g)SbX6 (但し、(c)~(g)に示す化学式中のXは、フルオロ基、1個以上のフッ素原子で置換されたアルキル基、1個以上のフッ素原子で置換されたアルコキシ基、または、1個以上のフッ素原子で置換されたアリール基を表し、各化学式中に含まれる複数のXはそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。)などが挙げられる。これらの中でも、「非配位性アニオン」としては(c)BX または(d)AlX (但し、(c)および(d)に示す化学式中のXは、3個以上のフッ素原子で置換されたアルコキシ基、または、3個以上のフッ素原子で置換されたアリール基を表し、各化学式中に含まれる複数のXはそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。)が特に好ましい。
【0053】
(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤におけるカチオン又はカチオン部位は、正電荷を有すること、光照射時に分解反応を起こすこと、それ自身および分解物が酸を捕捉しにくいこと、の条件を満たす必要がある。これらの条件を満たすカチオンとしては、ヨードニウム、スルホニウムなどが挙げられ、また、これらの条件を満たすカチオン部位としては、ヨードニウム、スルホニウムなどのカチオンから任意の1つの原子を取り去った残基が挙げられる。それらの中でも、分解反応活性の高さおよび酸捕捉能の低さから、ジアリールヨードニウムおよびその残基、ならびに、トリアリールスルホニウムおよびその残基が特に好ましい。
【0054】
特に好適に使用できる(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤を例示すれば、下記に示すカチオン群から選択されるいずれか1つのカチオンと下記に示すアニオン群から選択されるいずれか1つのアニオンとの組合せからなるオニウム塩化合物である(b1-I)光酸発生剤、あるいは、下記に示すカチオン部位群から選択されるいずれか1つのカチオン部位と下記に示すアニオン部位群から選択されるいずれか1つのアニオン部位との組合せからなる双性イオン化合物である(b1-II)光酸発生剤を挙げることができる。
【0055】
[カチオン群]
ジフェニルヨードニウム、ビス(p-クロロフェニル)ヨードニウム、ジトリルヨードニウム、ビス(p-tert-ブチルフェニル)ヨードニウム、p-イソプロピルフェニル-p-メチルフェニルヨードニウム、ビス(m-ニトロフェニル)ヨードニウム、p-tert-ブチルフェニルフェニルヨードニウム、p-メトキシフェニルフェニルヨードニウム、ビス(p-メトキシフェニル)ヨードニウム、p-オクチルオキシフェニルフェニルヨードニウム、p-フェノキシフェニルフェニルヨードニウム、およびビス(p-ドデシルフェニル)ヨードニウム。
【0056】
[カチオン部位群]
上記カチオン群に列挙されるカチオンから、任意の1つの原子を取り去った残基。ここで、「任意の1つの原子」とは、カチオンを構成する原子のうち、当該カチオンに対して、アニオン部位を含む基を置換基として導入可能な位置に存在する原子を意味する。
【0057】
[アニオン群]
パークロレート、トリフルオロメタンスルホナート、テトラフルオロボレート、テトラキスペンタフルオロフェニルボレート、テトラキスペンタフルオロフェニルガレート、ヘキサフルオロホスフェート、ヘキサフルオロアルセナート、ヘキサフルオロアンチモネート、およびテトラキスノナフルオロ-tert-ブトキシアルミネート。
【0058】
なお、上記アニオン群に示すアニオンのうち、特にテトラキスペンタフルオロフェニルボレート、又はテトラキスノナフルオロ-tert-ブトキシアルミネートが好適である。
【0059】
[アニオン部位群]
上記アニオン群に列挙されるアニオンから、任意の1つの原子を取り去った残基。ここで、「任意の1つの原子」とは、アニオンを構成する原子のうち、当該アニオンに対して、カチオン部位を含む基を置換基として導入可能な位置に存在する原子を意味する。
【0060】
5-2.(b2)配位性アニオン型光酸発生剤
本実施形態の光カチオン硬化性組成物において、(b2)配位性アニオン型光酸発生剤は、アニオンとカチオンとのイオン対から構成され、アニオンが非配位性アニオンではない光酸発生剤(b2-I)、および、分子内にアニオン部位とカチオン部位とを有する双性イオン化合物から構成され、アニオン部位が非配位性アニオン部位ではない光酸発生剤(b2-II)、からなる群より選択される少なくとも1種の光酸発生剤であれば特に限定されず、光酸発生剤として使用される公知の化合物用いることができるが、ヨードニウム塩及び/又はスルホニウム塩を用いることが好ましい。
【0061】
(b2)配位性アニオン型光酸発生剤におけるアニオンは、非配位性アニオン以外のアニオンであれば特に限定されず、(b2)配位性アニオン型光酸発生剤におけるアニオン部位は、非配位性アニオン部位以外のアニオン部位であれば特に限定されない。しかしながら、(b2)配位性アニオン型光酸発生剤におけるアニオンまたはアニオン部位としては、入手容易性および適度な酸捕捉能を有するという理由から、ハロゲン化物イオン、スルホナート又はカルボキシラートであることが好ましい。
【0062】
(b2)配位性アニオン型光酸発生剤におけるカチオン又はカチオン部位は、正電荷を有すること、光照射時に分解反応を起こすこと、それ自身および分解物が酸を捕捉しにくいこと、の条件を満たす必要がある。これらの条件を満たすカチオンとしては、ヨードニウムおよびスルホニウムが挙げられ、また、これらの条件を満たすカチオン部位としては、ヨードニウムおよびスルホニウムから任意の1つの原子を取り去った残基が挙げられる。それらの中でも、分解反応活性の高さおよび酸捕捉能の低さから、ジアリールヨードニウムおよびその残基、ならびに、トリアリールスルホニウムおよびその残基が特に好ましい。
【0063】
特に好適に使用できる(b2)配位性アニオン型光酸発生剤を例示すれば、下記に示すカチオン群から選択されるいずれか1つのカチオンと下記に示すアニオン群から選択されるいずれか1つのアニオンとの組合せからなるオニウム塩化合物である(b2-I)光酸発生剤、あるいは、下記に示すカチオン部位群から選択されるいずれか1つのカチオン部位と下記に示すアニオン部位群から選択されるいずれか1つのアニオン部位との組合せからなる双性イオン化合物である(b2-II)光酸発生剤を挙げることができる。
【0064】
[カチオン群]
ジフェニルヨードニウム、ビス(p-クロロフェニル)ヨードニウム、ジトリルヨードニウム、ビス(p-tert-ブチルフェニル)ヨードニウム、p-イソプロピルフェニル-p-メチルフェニルヨードニウム、ビス(m-ニトロフェニル)ヨードニウム、p-tert-ブチルフェニルフェニルヨードニウム、p-メトキシフェニルフェニルヨードニウム、ビス(p-メトキシフェニル)ヨードニウム、p-オクチルオキシフェニルフェニルヨードニウム、p-フェノキシフェニルフェニルヨードニウム、ビス(p-ドデシルフェニル)ヨードニウム、トリフェニルスルホニウム、トリトリルスルホニウム、p-tert-ブチルフェニルジフェニルスルホニウム、ジフェニル-4-フェニルチオフェニルスルホニウム、ジフェニル-2,4,6-トリメチルフェニルスルホニウム、および1-メチルピリジニウム、1-メチル2-クロロピリジニウム。
【0065】
[カチオン部位群]
上記カチオン群に列挙されるカチオンから、任意の1つの原子を取り去った残基。
【0066】
[アニオン群]
ヨウ化物イオン、臭化物イオン、塩化物イオン、硫酸イオン、硫酸水素イオン、炭酸イオン、炭酸水素イオン、メタンスルホナート、ベンゼンスルホナート、p-トルエンスルホナート、ニトレート、クロロアセテート、アセテート、フォルメート、ベンゾエート、およびフェノラート。
【0067】
[アニオン部位群]
上記アニオン群に列挙されるアニオン(但し、Brなどの1つの原子のみから構成されるアニオンを除く)から、任意の1つの原子を取り去った残基。
【0068】
上述した(b2)配位性アニオン型光酸発生剤は、必要に応じて単独または2種以上混合して用いても何等差し支えない。
【0069】
6.水素イオン捕捉剤(実質的に含有しない成分)
本実施形態の光カチオン硬化性組成物は水素イオン捕捉剤を実質的に含有しない。ここで、実質的に含有しないとは室温における重合硬化性に悪影響を与える量の水素イオン捕捉剤を含有しないという意味である。具体的には、(i)光カチオン硬化性組成物が水素イオン捕捉剤を全く含まない場合、および、(ii)光カチオン硬化性組成物が水素イオン捕捉剤を含む場合でも、その含有量が(a)カチオン重合性単量体の総質量に対して0ppmを超え500ppm以下{(a)カチオン重合性単量体100質量に対して0質量部を超え0.05質量部以下}であることを意味する。なお、後者のケース(ii)において、含有量の上限値は100ppm以下が好ましい。
【0070】
なお、水素イオン捕捉剤とは、特許文献5、6記載の技術において用いられる水素イオン捕捉能を有する化合物、すなわち、(i)脂肪族アミン類、ならびに、(ii)光酸発生能を有しないpKa値が7以下の有機酸の塩類を意味する。ここで、(i)脂肪族アミン類としては、具体的には、2,2,6,6-テトラメチルピペリジンおよびその誘導体、N,N-ジイソプロピルエチルアミンなどが挙げられる。なお、窒素原子と芳香環とが直接結合した芳香族アミン類は水素イオン捕捉能が非常に低いため、本実施形態の光カチオン硬化性組成物では使用されない水素イオン捕捉剤には該当しない。また、(ii)光酸発生能を有しないpKa値が7以下の有機酸の塩類とは、200nmよりも長波長の光を照射したときの酸発生の量子収率が0.001未満であるのものを言う。酸発生の量子収率は、J Polym Sci Part A: Polym Chem 2003, 41, 2570に記載の方法によって測定できる。(ii)光酸発生能を有しないpKa値が7以下の有機酸の塩類の具体例としては、ステアリン酸ナトリウム、テトラエチルアンモニウムp-トルエンスルホナート等を挙げることができる。なお、本実施形態の光カチオン硬化性組成物で使用する(b)光酸発生剤も有機酸の塩類であるが、(b)光酸発生剤として用いられる有機酸の塩類は、上述した(ii)光酸発生能を有しないpKa値が7以下の有機酸の塩類の定義を外れるものである。
【0071】
水素イオン捕捉剤は、光カチオン硬化性組成物の保存中に発生した水素イオンを捕捉するため、比較的高温での長期保存には有利である。しかし、水素イオン捕捉剤はカチオン重合の進行を阻害するため、光照射時の硬化速度を低下させることが懸念される。このため、水素イオン捕捉剤を用いる場合、迅速な硬化性と長期の保存安定性とをバランスよく両立させるためには、使用する水素イオン捕捉剤の種類・配合量を上手く選択する必要がある。しかしながら、上述した水素イオン捕捉剤の作用効果を踏まえると、水素イオン捕捉剤を用いた光カチオン硬化性組成物においては、原理的に迅速な硬化性と長期の保存安定性とはトレードオフの関係にある。このため、2つの特性をより高いレベルで両立させることには限界がある。しかしながら、本実施形態の光カチオン硬化性組成物では、実質的に水素イオン捕捉剤を用いずに、2種類の光酸発生剤を組み合わせて利用することで、2つの特性をより高いレベルで両立させることが容易である。
【0072】
7.その他成分
本実施形態の光カチオン硬化性組成物には、目的・用途等必要に応じて、上記各成分に加えて、迅速な硬化性と長期の保存安定性との両立を損なわない種類及び配合量の範囲で、他の配合成分が含まれていてもよい。ここで、本実施形態の光カチオン硬化性組成物を、(a)カチオン重合性単量体を含む(A)非光カチオン重合開始剤成分と、(b)光酸発生剤を含む(B)光カチオン重合開始剤成分とを含み、水素イオン捕捉剤を実質的に含まない組成物として捉えると、その他の成分としては、代表的には、以下に分類される成分を挙げることができる。
<(a)カチオン重合性単量体以外のその他の(A)非光カチオン重合開始剤成分>
・フェノール系酸化防止剤
・充填材
・その他添加剤
<(b)光酸発生剤以外のその他の(B)光カチオン重合開始剤成分>
・光増感剤(重合促進剤)
・電子供与性化合物
【0073】
ここで、(B)光カチオン重合開始剤成分は、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤および(b2)配位性アニオン型光酸発生剤を含む(b)光酸発生剤のみから構成されていてもよく、(b)光酸発生剤に加えてさらに、重合を促進するための光増感剤や、光酸発生剤の分解を促進させることで重合を促進する電子供与性化合物が含まれていてもよい。この場合、本実施形態の光カチオン硬化性組成物を構成する(B)光カチオン重合開始剤成分は、<i>(b)光酸発生剤のみから構成されるか、あるいは、<ii>(b)光酸発生剤と、光増感剤および電子供与性化合物からなる群より選択される少なくとも1種の化合物とのみから構成されることとなる。なお、<ii>の場合、<iia>(b)光酸発生剤と、光増感剤との組み合わせ、<iib>(b)光酸発生剤と、電子供与性化合物との組み合わせ、あるいは、<iic>(b)光酸発生剤と、光増感剤と、電子供与性化合物との組み合わせが挙げられるが、これらの中でも<iia>の組合せが好適である。
【0074】
7-1.光増感剤(重合促進剤)
上記<ii>の場合に使用される光増感剤としては、ケトン化合物(特にα-ジケトン化合物)及び/又はクマリン系色素等が好適に使用できる。また、本実施形態の光カチオン硬化性組成物を歯科用硬化性組成物として使用する場合には、光増感剤としては、可視光照射により光酸発生剤の分解を促進させることができることから、α-ジケトン化合物を使用することが好ましい。光カチオン硬化性組成物の硬化時にα-ジケトン化合物は他の成分と反応して退色することから、治療対象となる歯牙の審美性や色調制御の上でも有利である。すなわち、本実施形態の光カチオン硬化性組成物を構成する(B)カチオン重合開始剤が上記<ii>の場合には、光増感剤はα-ジケトン化合物からなることが特に好ましい。
【0075】
α-ジケトン化合物の具体例を例示すれば、カンファーキノン(CQ)、ベンジル、ジアセチル、アセチルベンゾイル、2,3-ペンタジオン、2,3-オクタジオン、4,4’-ジメトキシベンジル、4,4’-オキシベンジル、9,10-フェナンスレンキノン、アセナフテンキノン等が挙げられる。
【0076】
ジアリールケトン化合物を具体的に例示すると4,4-ビス(ジメチルアミノ)ベンゾフェノン、9-フルオレノン、3,4-ベンゾ-9-フルオレノン、2-ジメチルアミノ-9-フルオレノン、2-メトキシ-9-フルオレノン、2-クロロ-9-フルオレノン、2,7-ジクロロ-9-フルオレノン、2-ブロモ-9-フルオレノン、2,7-ジブロモ-9-フルオレノン、2-ニトロ-9-フルオレノン、2-アセトキ-9-フルオレノン、ベンズアントロン、アントラキノン、1,2-ベンズアントラキノン、2-メチルアントラキノン、2-エチルアントラキノン、1-ジメチルアミノアントラキノン、2,3-ジメチルアントラキノン、2-tert-ブチルアントラキノン、1-クロロアントラキノン、2-クロロアントラキノン、1,5-ジクロロアントラキノン、1,2-ジメトキシアントラキノン、1,2-ジアセトキシ-アントラキノン、5,12-ナフタセンキノン、6、13-ペンタセンキノン、キサントン、チオキサントン、2,4-ジメチルチオキサントン、2,4-ジエチルチオキサントン、2-クロロチオキサントン、9(10H)-アクリドン、9-メチル-9(10H)-アクリドン、ジベンゾスベレノン等が挙げられる。
【0077】
ケトクマリン化合物としては、3-ベンゾイルクマリン、3-(4-メトキシベンゾイル)クマリン、3-ベンゾイル-7-メトキシクマリン、3-(4-メトキシベンゾイル)7-メトキシ-3-クマリン、3-アセチル-7-ジメチルアミノクマリン、3-ベンゾイル-7-ジメチルアミノクマリン、3,3’-クマリノケトン、3,3’-ビス(7-ジエチルアミノクマリノ)ケトン等が挙げられる。
【0078】
上述した光増感剤は、必要に応じて単独または2種以上混合して用いても何等差し支えない。光増感剤の使用量は、組み合わせる他の成分や重合性単量体の種類によって異なるが、通常は(a)カチオン重合性単量体100質量部に対し、0.001質量部~10質量部であることが好ましく、0.01質量部~5質量部であることがより好ましく、0.05質量部~2質量部であることがさらに好ましい。
【0079】
7-2.電子供与性化合物(重合促進剤)
重合促進剤として機能する電子供与性化合物としては、フェニルアラニン、4-ジメチルアミノ安息香酸エステル、4-ジメチルアミノトルエン等の芳香族アミン類、p-ジメトキシベンゼン、1,2,4-トリメトキシベンゼン、2-エチル-9,10-ジメトキシアントラセン等のアルコキシアリール化合物が好適に使用される。なお、電子供与性化合物がアントラセンなどの縮合多環式芳香族環を少なくとも含む化合物の場合でも、本実施形態の光カチオン硬化性組成物では、縮合多環式芳香族環に対してさらに縮合する非芳香族環が縮合した分子構造を有する化合物は電子供与性化合物としては用いられない。
【0080】
上述した電子供与性化合物は、必要に応じて単独または2種以上混合して用いても何等差し支えない。電子供与性化合物の使用量は、組み合わせる他の成分や重合性単量体の種類によって異なるが、通常はカチオン重合性単量体(a)100質量部に対し、0.001質量部~10質量部であることが好ましく、0.01質量部~5質量部であることがより好ましく、0.05質量部~2質量部であることがさらに好ましい。
【0081】
7-3.フェノール系酸化防止剤
本実施形態の光カチオン硬化性組成物は、光酸発生剤の分解を抑制するための添加剤として、フェノール系酸化防止剤を含んでいてもよい。フェノール系酸化防止剤は従来公知のもが何ら制限無く利用できる。例えば、4-メトキシフェノール、ヒドロキノン、2,6-ジ-t-ブチルフェノール、2,4-ジ-t-ブチルフェノール、2-t-ブチル-4,6-ジメチルフェノール等が挙げられる。
【0082】
上述したフェノール系酸化防止剤は、必要に応じて単独または2種以上混合して用いても何等差し支えない。フェノール系酸化防止剤の使用量は、組み合わせる他の成分や重合性単量体の種類によって異なるが、通常はカチオン重合性単量体(a)100質量部に対し、0.001質量部~10質量部であることが好ましく、0.01質量部~5質量部であることがより好ましく、0.05質量部~2質量部であることがさらに好ましい。。
【0083】
7-4.充填材
本実施形態の光カチオン硬化性組成物を歯科用硬化性組成物(特に、歯科用充填修復材料)として用いる場合には、充填材(フィラー)を配合することが好ましい。
【0084】
当該充填材としては、公知の歯科用硬化性組成物に配合される有機充填材、無機充填材あるいは有機-無機複合充填材のいずれも配合することが可能である。有機充填材としては、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレート、メチルメタクリレート-エチルメタクリレート共重合体、架橋型ポリメチルメタクリレート、架橋型ポリエチルメタクリレート、エチレン-酢酸ビニル共重合体、スチレン-ブタジエン共重合体、アクリロニトリル-スチレン共重合体、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体等の有機高分子からなる粒子が挙げられる。
【0085】
無機充填材を具体的に例示すると、石英、シリカ、アルミナ、シリカチタニア、シリカジルコニア、ランタンガラス、バリウムガラス、ストロンチウムガラス等の無機粒子が挙げられる。また、有機-無機複合充填材としては、これら無機粒子と重合性単量体を予め混合し、ペースト状にした後、重合させ、粉砕して得られる粒状の有機-無機複合粒子が挙げられる。なお、無機充填材として、ジルコニア等の重金属を含むものを用いることによってX線造影性を付与することもできる。
【0086】
これら充填材の粒径、形状は特に限定されず、一般的に歯科用材料として使用されている、球状や不定形の、平均粒子径0.01μm~100μmの粒子を目的に応じて適宜使用すればよい。また、これら充填材の屈折率も特に限定されず、一般的な歯科用硬化性組成物の充填材が有する1.4~1.7の範囲のものが制限なく使用できる。
【0087】
本実施形態の光カチオン硬化性組成物に上記充填材を配合する場合の配合量も、該組成物がペースト状となる範囲であれば特に限定されない。しかしながら、本実施形態の光カチオン硬化性組成物を歯科用硬化性組成物(特に、歯科用充填修復材料)として用いる場合には、充填材として無機充填材及び/又は有機-無機複合充填材を用いることが好ましい。この場合、<vi>(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する充填材の含有量は、50質量部~1500質量部が好ましく、70質量部~1000質量部がより好ましい。
【0088】
さらに、これら無機充填材、有機-無機複合充填材等の充填材は各々単独で用いても良いし、材質、粒径、形状等の異なる複数種のものを併用しても良い。硬化後の機械的物性に優れる点で、歯科用充填修復材料として用いる場合には、無機充填材を主とすることが特に好ましい。
【0089】
なお、充填材は、光カチオン硬化性組成物を硬化させた硬化体の機械的強度や、光硬化性組成物の粘度に影響するものの、(a)カチオン重合性単量体および(b)光酸発生剤とは実質的に相互作用しないため、光照射時の重合反応や、長期保存時のゲル化には実質的に影響しない成分である。したがって、充填材を含まない本実施形態の光カチオン硬化性組成物に対して充填材をさらに添加しても、充填材の種類・添加量に関係無く、硬化性や保存安定性は、充填材の添加の前後において顕著な相違は生じない。
【0090】
7-5.その他添加材
本実施形態の光カチオン硬化性組成物を歯科用硬化性組成物、特に歯科用充填修復材料に用いた場合、上記した成分に加えて公知の他の成分が配合されていてもよい。
【0091】
このような成分としては、紫外線吸収剤、染料、帯電防止剤、顔料、香料、有機溶媒や増粘剤等の公知の添加剤が挙げられる。
【0092】
8.本実施形態の光カチオン硬化性組成物の用途
本実施形態の光カチオン硬化性組成物の用途は特に制限されず、たとえば、接着剤、塗料等の各種の用途に使用することができるが、特に歯科用途で使用することが好適である。この場合、本実施形態の光カチオン硬化性組成物は、歯科用硬化性組成物として用いることができ、特に、歯科用充填修復材料として用いることが好適である。
【0093】
本実施形態の光カチオン硬化性組成物を歯科用硬化性組成物(特に、歯科用充填修復材)として用いる場合、光カチオン硬化性組成物には、光増感剤であるα-ジケトン化合物と、無機充填材および有機-無機複合充填材からなる群より選択される少なくとも1種の充填材と、がさらに含まれることが好ましい。また、この場合において、さらに下記<i>~<vi>に示す条件もさらに満たすことが特に好適である。なお、条件<i>~<iv>および<vi>のより好適な数値範囲および/または実施形態については、前述した場合と同様である。
【0094】
<i>(a)カチオン重合性単量体として、分子内に2つ以上の官能基を有する多官能型カチオン重合性単量体を含む。
<ii>(a)カチオン重合性単量体に含まれる多官能型カチオン重合性単量体の含有割合が50質量%以上である。
<iii>(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する(b1)第一の光酸発生の含有量が0.01質量部~20質量部である。
<iv>(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する(b2)第二の光酸発生の含有量が0.01質量部~20質量部である。
<v>(a)カチオン重合性単量体100質量部に対するα-ジケトン化合物の含有量が0.001質量部~10質量部である。なお、含有量のより好適な範囲は、0.01質量部~5質量部である。
<vi>(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する充填材の含有量が50質量部~1500質量部である。
【0095】
9.本実施形態の光カチオン硬化性組成物の製造方法
本実施形態の光カチオン硬化性組成物の製造方法は特に制限されるものではなく、公知の硬化性組成物の製造方法を適宜採用すればよい。具体的には、暗所において、本実施形態の硬化性組成物を構成する、カチオン重合性単量体、光酸発生剤、及び必要に応じて配合されるその他の配合成分を所定量秤取り、これらを混合してペースト状とすればよい。このようにして製造された本実施形態の光カチオン硬化性組成物は、使用時まで遮光下で保存される。
【0096】
本実施形態の光カチオン硬化性組成物を硬化させる手段としては、用いた光酸発生剤系光重合開始剤の重合開始機構に従い適宜、公知の重合手段を採用すればよい。具体的には、カーボンアーク、キセノンランプ、メタルハライドランプ、タングステンランプ、蛍光灯、太陽光、ヘリウムカドミウムレーザー、アルゴンレーザー等の光源による光照射を重合手段として利用できる。また、必要に応じて、光照射と組み合わせて、加熱重合器等を用いた加熱処理も適宜利用することができる。光照射する際の照射時間は、光源から照射される光の波長・強度、硬化体の形状・材質によって異なるため、予備的な実験によって予め決定しておけばよい。しかしながら、一般には、照射時間は5秒~60秒程度の範囲になるように、光カチオン硬化性組成物を構成する各種成分の配合割合を調整しておくことが好ましい。
【実施例
【0097】
以下に、本発明を実施例を挙げて説明するが、本発明はこれら実施例によって何等限定されるものではない。
【0098】
1.化合物の略号
実施例及び比較例で使用した化合物とその略号を下に示す。
【0099】
(1)カチオン重合性単量体(a)
・KR-470:下記式で示される化合物(信越化学工業株式会社製)
【0100】
【化3】
【0101】
・OXT-121:下記式で示される化合物(東亞合成株式会社製)
【0102】
【化4】
【0103】
(2)非配位性アニオン型光酸発生剤(b1)
・DPIB:下記式で示されるテトラキスペンタフルオロフェニルボレートを対アニオンとするヨードニウム塩(東京化成工業株式会社製)
【0104】
【化5】
【0105】
・DPIAl:下記式で示されるテトラキスノナフルオロ-tert-ブトキシアルミネートを対アニオンとするヨードニウム塩(東京化成工業株式会社製)
【0106】
【化6】
【0108】
・TPSSb:下記式で示されるヘキサフルオロアンチモネートを対アニオンとするスルホニウム塩(サンアプロ株式会社製)
【0109】
【化8】
【0110】
(3)配位性アニオン型光酸発生剤(b2)
・DPII:下記式で示されるヨウ化物イオンを対アニオンとするヨードニウム塩(東京化成工業株式会社製)
【0111】
【化9】
【0112】
・TPSBr:下記式で示される臭化物イオンを対アニオンとするスルホニウム塩(東京化成工業株式会社製)
【0113】
【化10】
【0114】
・DPITS:下記式で示されるp-トルエンスルホナートを対アニオンとするヨードニウム塩(東京化成工業株式会社製)
【0115】
【化11】
【0116】
・DPICH:下記式で示されるベンゾエート部位とヨードニウム部位を有する双性イオン化合物(東京化成工業株式会社製)
【0117】
【化12】
【0118】
(4)重合促進剤
・CQ:下記式で示される化合物(東京化成工業株式会社製)
【0119】
【化13】
【0120】
・KC:下記式で示される化合物(東京化成工業株式会社製)
【0121】
【化14】
【0122】
・DMBE:下記式で示される化合物(東京化成工業株式会社製)
【0123】
【化15】
【0124】
・EDMAn:下記式で示される化合物(シグマアルドリッチ社製)
【0125】
【化16】
【0126】
(5)フェノール系酸化防止剤
・BHT:下記式で示される化合物(東京化成工業株式会社製)
【0127】
【化17】
【0128】
・HQME:下記式で示される化合物(富士フイルム和光純薬株式会社製)
【0129】
【化18】
【0130】
(6)水素イオン捕捉剤
・TEATS:下記式で示される化合物(東京化成工業株式会社製)
【0131】
【化19】
【0132】
・TN770:下記式で示される化合物(BASFジャパン株式会社製)
【0133】
【化20】
【0134】
2.実施例及び比較例
実施例1
50質量部のKR-470及び50質量部のOXT-121からなるカチオン重合性単量体100質量部に対して、光酸発生剤として1.4質量部のDPIPB(1.4ミリモル/キログラム)と0.32質量部のDPICH(1.0ミリモル/キログラム)、重合促進剤として0.3質量部のCQと0.5質量部のDMBE、およびフェノール系酸化防止剤として0.2質量部のBHTを加え、赤色光下にて6時間撹拌して光カチオン硬化性組成物を調製した。
【0135】
得られた光カチオン硬化性組成物について、硬化時間およびゲル化時間を下記方法で評価した。結果を表1に示す。
【0136】
(1)硬化性評価(硬化時間)
調製した光カチオン硬化性組成物を、直径7mm、深さ1.0mmの孔を有するポリアセタール製のモールドに充填した。ついで歯科用の可視光光照射器(TOKUSO POWER LITE、株式会社トクヤマ製)を用い、孔に充填された充填物に対して室温下で一定時間光照射を行った(照射面における光強度400mW/cm)。光照射後、直ちに充填物の状態を確認し、光カチオン硬化性組成物全体が硬化しているかどうかを確認した。光カチオン硬化性組成物全体が硬化している場合、硬化体をモールドから取り出し、両端を指でつまんで軽く力を加え、その強度を確認した。光照射後の確認時に未硬化部分がある場合、あるいは指で軽く力を加えた場合に容易に曲がったり折れたりする場合を硬化不全とし、指で力を加えても曲がったり折れたりしなければ硬化良好とした。まず、上記の試験を照射時間1秒で行い、硬化不全であれば、新たに充填作業から行った上で適宜照射時間を延長し、硬化良好になるまで繰り返し試験を行った。そして、照射時間を1秒、2秒、3秒、5秒、10秒、20秒、30秒、40秒、50秒、60秒の順で増加させた際に、最初に硬化良好となった照射時間を硬化時間とした。ここで、照射時間が60秒時点において硬化不全の場合は、評価不能として判断した。
【0137】
なお、参考までに述べれば光カチオン硬化性組成物を歯科用硬化性組成物として用いる場合の硬化時間は、通常、40秒以下が好ましく、20秒以下がより好ましい。特に、光カチオン硬化性組成物を歯科用充填修復材(いわゆるコンポジットレジン)として用いる場合には、光照射器を患者の口腔内に挿入して光照射を行う必要がある。このため、硬化時間を40秒以下に制御できれば、患者および施術者の双方の負担を低減できる点で極めて有益である。
【0138】
(2)硬化体の色
上記(1)硬化性評価(硬化時間)において、最初に硬化良好となった照射時間において得られた硬化体の色を目視で判断した。
【0139】
(3)保存安定性評価(ゲル化時間)
調製した光カチオン硬化性組成物0.3gを6mL褐色サンプル管瓶に入れ、遮光条件下60℃恒温装置内で保存した。この光カチオン硬化性組成物を、1日、2日、3日、4日、5日、7日、10日、14日、以降7日おきに恒温装置から取り出し、暗所下において室温まで放冷した後、光カチオン硬化性組成物の性状を観察した。この際に、光カチオン硬化性組成物が、サンプル管瓶を傾けても全く流動しないゲル状になった時点の日数をゲル化時間とした。60日後でもゲル化しない場合には観察を中止した(表中では、「>60日」と表記する)。なお、本試験において、60℃で14日保管した時点で、光カチオン硬化性組成物の性状に変化が見られない場合、光カチオン硬化性組成物を室温で保存したときには概ね1年以上保存可能であることが見込まれる。
【0140】
実施例2~8及び比較例1~7
配合する光酸発生剤および水素イオン捕捉剤を表1に記載したように変化させた以外は実施例1と同様にして光カチオン硬化性組成物を調製し、実施例1と同様にして硬化性およびゲル化時間を評価した。結果を表1に示す。
【0141】
【表1】
【0142】
上記表1の実施例1~8に示すように、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤と(b2)配位性アニオン型光酸発生剤を組み合わせて配合した場合は、光照射後20秒以内に硬化する上、60℃での保存下におけるゲル化までの保存日数が比較的長かった。それに対し、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤のみを配合した場合(比較例1、2)は、硬化速度は速いものの、7日以内にゲル化した。また、(b2)配位性アニオン型光酸発生剤のみを配合した場合(比較例3、4)は、60秒光照射しても硬化不全となった。また、水素イオン捕捉剤を配合した場合(比較例5~7)は、ゲル化の抑制効果は見られたものの、硬化速度が大きく低下した。
【0143】
実施例9~20、比較例8~12
配合成分及び配合量を表2に記載したように変化させた以外は実施例1と同様にして光カチオン硬化性組成物を調製し、実施例1と同様にして硬化時間およびゲル化時間を評価した。結果を表2に示す。
【0144】
【表2】
【0145】
上記表2の実施例9~20に示すように、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤と(b2)配位性アニオン型光酸発生剤を組み合わせて配合した場合は、光照射後10秒以内に硬化する上、60℃での保存下におけるゲル化までの保存日数が比較的長かった。また、実施例12~14を比較すると、光増感剤であるCQまたはKCを添加した場合(実施例12および13)の方が光増感剤を添加しない場合(実施例14)よりも硬化速度が良好であった。光増感剤としてCQを添加した場合(実施例12)は硬化体が淡黄色を呈したが、KCを添加した場合(実施例13)は硬化体が橙色を呈した。一方、(b1)非配位性アニオン型光酸発生剤のみを配合した場合(比較例8、10~12)は、硬化速度は速いものの、7日以内にゲル化した。また、(b2)配位性アニオン型光酸発生剤のみを配合した場合(比較例9)は、60秒光照射しても硬化不全となった。
【0146】
なお、非特許文献1および非特許文献2の開示はその全体が参照により本願明細書に取り込まれる。