(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-16
(45)【発行日】2024-04-24
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/62 20060101AFI20240417BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20240417BHJP
C23C 4/10 20160101ALI20240417BHJP
【FI】
F16C33/62
F16C19/06
C23C4/10
(21)【出願番号】P 2020032267
(22)【出願日】2020-02-27
【審査請求日】2022-12-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【氏名又は名称】金子 修平
(74)【代理人】
【識別番号】100143122
【氏名又は名称】田中 功雄
(72)【発明者】
【氏名】三木 真哉
(72)【発明者】
【氏名】永井 正也
【審査官】西藤 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-53481(JP,A)
【文献】特開2014-185741(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/58
F16C 33/62-33/64
F16C 19/06
C23C 4/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製の外輪と、この外輪と複数の転動体を介して同心状に配置されて相対回転自在とされた金属製の内輪とを備え、前記外輪及び/又は前記内輪の外表面がセラミックス溶射皮膜で覆われた転がり軸受であって、
前記セラミックス溶射皮膜は、窒化アルミニウムを主成分とし、酸化アルミニウムを分散して含み、酸素を15
wt%以上23.5wt%未満含有することを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記セラミックス溶射皮膜は、表面粗さRaが0.2μm以上、1.0μm未満である請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記セラミックス溶射皮膜は、膜厚が5μm以上、150μm未満である請求項1又は2に記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受に関するものであり、特に鉄道車両の電動モータ等で生じる電流による電蝕をセラミックス溶射皮膜を被覆することで防止した転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両の電動モータの回転軸等の軸受として、金属製の外輪と、この外輪の径方向内側で転動体を介して当該外輪と同心状に配置された金属製の内輪とを備えた転がり軸受が一般に用いられている。鉄道車両の電動モータ、発電機、電気機器の回転軸を支承する転がり軸受には、電動モータ等で生じた電流が外輪、転動体、内輪を伝って流れる。転がり軸受を流れる電流は、転動体と内外輪の接触面でスパークを起こし、電流の通路となる外輪、転動体、内輪に電蝕が生じる。電蝕は転がり軸受の性能を低下させるばかりでなく、寿命減少の要因となる。
【0003】
例えば、転がり軸受の外輪とこれを支持するハウジングとの間を絶縁し、転がり軸受に電流が流れないようにすることで電蝕による寿命の低下を防ぐことができる。それには、ハウジングに接触する転がり軸受の外輪の外表面を絶縁材で被覆すればよい。絶縁材としてはセラミックス材料が好適であり、セラミックス材料で被覆するために、転がり軸受の外輪の外表面に溶射法によってセラミックス皮膜を形成することが行われている。
【0004】
特許文献1には、電蝕防止を目的として、プラズマ溶射法によって外輪又は内輪の外表面にセラミックス溶射皮膜を形成した転がり軸受が記載されている。当該セラミックス溶射皮膜は、アルミニウム酸化物及びチタン酸化物を主成分とする材料からなり、アルミニウム酸化物の含有率は98.0重量%~99.5重量%とされると共にチタン酸化物の含有率は0.5重量%~2重量%とされている。また、当該セラミックス溶射皮膜で被覆されている外輪又は内輪の外表面の表面粗さRaは0.5μm~2.0μmとされ、当該セラミックス溶射皮膜の膜厚は50μm~100μmとされ、当該セラミックス溶射皮膜には有機系樹脂による封孔処理が施され、当該セラミックス溶射皮膜の体積抵抗率は1013Ωcm~1016Ωcmとされている。
【0005】
特許文献2には、外輪及び内輪の少なくとも片方を絶縁膜で被覆した絶縁軸受が記載されている。当該絶縁膜は、添加物としての炭化ケイ素および/または窒化アルミニウムが酸化アルミニウムからなる母材中に分散した混合物であり、かつ、添加物の含有量が混合物全量の1~40質量%である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-189887号公報
【文献】特開2017-053481号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1及び特許文献2のいずれも、プラズマ溶射によって、転がり軸受の外輪ないし内輪の外表面を絶縁性のセラミックス皮膜で覆うことで電蝕の発生を防止しているが、いずれも酸化物セラミックスを主成分としている。酸化物セラミックスを主成分とする溶射皮膜は、電蝕防止用の皮膜として実用性はあるものの、単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧がそれほど高いわけではない。
【0008】
本発明は上記従来技術の問題点に鑑み、単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧が高い絶縁膜を外輪ないし内輪の外表面に備える転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の電蝕防止用転がり軸受は、金属製の外輪と、この外輪と複数の転動体を介して同心状に配置されて相対回転自在とされた金属製の内輪とを備え、前記外輪及び/又は前記内輪の外表面がセラミックス溶射皮膜で覆われており、前記セラミックス溶射皮膜は、窒化アルミニウムを主成分とし、酸化アルミニウムを分散して含み、酸素を15~25wt%含有することを特徴とするものである。
【0010】
本発明では、転がり軸受の外輪及び/又は内輪の外表面を覆う溶射皮膜に主成分として含まれる窒化アルミニウムの作用により、優れた耐電圧特性が発揮される。また、このような窒化アルミニウムを主成分とする溶射皮膜の中に酸化アルミニウムが適度に分散して存在していることにより、この酸化アルミニウムが窒化アルミニウムをつなげるバインダーの役割を果たし、窒化アルミニウム粒子の粒子間結合力を向上させるとともに、緻密な皮膜が得られ、基材に対して高い密着力を発現させることができる。そして、このような皮膜は、実用に耐えうる高い体積抵抗率を有するとともに、単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧も従来のものよりも高い。
【0011】
本発明において「窒化アルミニウムを主成分とする」とは、溶射皮膜の構成成分のうち、質量単位で窒化アルミニウムが最も多いことを意味する。酸化アルミニウムの存在比率としては、溶射皮膜全体が酸素を15~25wt%含有する程度が必要であり、15wt%未満であると酸化アルミニウムのバインダーとしての機能が損なわれ、25wt%を超えると窒化アルミニウムとしての機能が十分に発揮できない。酸素の含有量を上記のように設定することで、窒化アルミニウムと酸化アルミニウムの特性をバランスよく引き出すことができる。窒化アルミニウムの特性を最大限引き出す観点からは、上記セラミックス溶射皮膜は、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、及び不可避不純物のみからなり、酸素を15~25wt%含有することが好ましい。
【0012】
前記セラミックス溶射皮膜は、表面粗さRaが0.2μm以上、1.0μm未満であることが好ましい。表面粗さRaをこのような範囲に設定することで、電流が流れたときに表面上で生じる電界集中の点在を少なくすることができ、絶縁破壊が起こる可能性をより低くすることができる。
【0013】
前記セラミックス溶射皮膜は、膜厚が5μm以上、150μm未満であることが好ましい。本発明におけるセラミックス溶射皮膜は、単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧が高いため、このような薄い膜厚でも従来要求されている体積抵抗率と絶縁破壊電圧を十分に確保することができる。また、膜厚が薄いと、外輪又は内輪との間で生じる剪断応力や皮膜内部の残留応力の影響による機械的強度の低下が起こりにくく、皮膜の割れや剥離等による損傷が発生しにくくなる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の転がり軸受は、外輪及び/又は内輪の外表面が、窒化アルミニウムを主成分とし、一定量の酸化アルミニウムが分散してなるセラミックス溶射皮膜で覆われているため、優れた耐電圧特性を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】外輪にセラミックス溶射皮膜を形成した本発明の一実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【
図2】内輪にセラミックス溶射皮膜を形成した本発明の一実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【
図3】サスペンション高速フレーム溶射法を実施するための溶射装置1の一例を表す要部概略図である。
【
図4】実施例1及び比較例1~4において成膜した各皮膜の表面観察写真と、膜厚の大きさと、単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧(kV/mm)の数値をまとめた表である。
【
図5】実施例1、比較例1、及び比較例2において成膜した各皮膜の表面観察写真と、表面粗さRaの数値をまとめた表である。
【
図6】実施例1において作製した皮膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による断面観察写真と、その範囲内における各成分の分布を示すマッピング写真、及び当該範囲内における酸素含有量をまとめた表である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明の実施の形態を説明する。
図1は、外輪2にセラミックス溶射皮膜10を形成した本発明の一実施形態に係る転がり軸受1の断面図である。転がり軸受1は、転動体として玉を使った玉軸受であり、リング状の金属製の外輪2と、外輪2と同心状に配置されて相対回転自在とされたリング状の金属製の内輪3と、外輪2と内輪3間に配置されているリング状の保持器4と、保持器4に保持されている複数の転動体5とで主に構成されている。なお、本発明はこの実施形態に限定されず、他の形状、形式又は他の部材が設けられたあらゆる転がり軸受に適用される。他の転がり軸受としては、例えば円錐ころ軸受、円筒ころ軸受等が挙げられる。
【0017】
外輪2の内周には、断面円弧状の外輪側軌道面2aが形成され、外輪側軌道面2aの両側に、外輪側小径部2b等が形成されている。内輪3の外周には、断面円弧状の内輪側軌道面3aが形成され、内輪側軌道面3aの両側に、内輪側小径部3b等が形成されている。保持器4は円周方向に複数のポケット部4aを有しており、各ポケット部4aに、金属製で球形状の転動体5が回転可能に保持されている。外輪2に対し内輪3が回転すると、外輪側軌道面2aおよび内輪側軌道面3a上を複数の転動体5が転動し、転動体5は内輪3の回転方向と同方向へ移動する。複数の転動体5を保持する保持器4も転動体5と同方向へ移動する。
【0018】
転がり軸受1は、主に車両の電動モータ、発電機、電気機器の回転軸を支承する転がり軸受に適用され、電動モータ等で生じた電流が外輪2、転動体5、内輪3を伝って流れた場合であっても、転がり軸受1に電蝕を生じないようにする。転がり軸受1を取り付けるための図示しないハウジングに、外輪2が接触した状態で固定される。ハウジングへの接触部分である外輪2の外表面21の全体に絶縁機能が付与されている。外輪2の外表面21を絶縁状態とすることで、転がり軸受1に電流が流れなくなり電蝕を防ぐことができる。
【0019】
このような電蝕防止のため、外輪2の外表面21には絶縁層であるセラミックス溶射皮膜10が形成されている。なお、本実施形態ではセラミックス溶射皮膜10を外輪2に形成しているが、
図2に示すように内輪3の外表面31に同様のセラミックス溶射皮膜10を形成してもよい。
図2は、内輪3にセラミックス溶射皮膜10を形成した本発明の一実施形態に係る転がり軸受1の断面図である。この場合には、内輪3の外表面31が図示しない回転軸に接触する。セラミックス溶射皮膜10を形成するための溶射材料として、例えば、窒化アルミニウムを主成分とする溶射材料を使用する。溶射材料としては、粉末材料であっても、粉末材料を溶媒に懸濁したスラリー材料であってもよいが、以下の理由により、スラリー材料を用いることが好ましい。
【0020】
外輪2の外表面21及び、内輪3の外表面31に位置する絶縁層を構成する、窒化アルミニウムを主成分とし、酸化アルミニウムを分散して含み、酸素を15~25wt%含有するセラミックス溶射皮膜10の形成には、特にサスペンション高速フレーム溶射法が好適に用いられる。その理由として、まず、窒化アルミニウムを主成分としつつ、酸化アルミニウムが適度に分散した溶射皮膜を得るためには、比較的粒度の小さな窒化アルミニウム材料を用いることが重要である。粒度の小さい材料ほど、溶射中に窒化アルミニウム材料が酸化アルミニウムになりやすく、これが溶射皮膜を構成する窒化アルミニウムの各粒子をつなぎとめるためのバインダーとして作用する。しかし一方で、微粒子の溶射材料を用いる場合、溶射材料を溶射フレームに到達させるまでの搬送時に材料同士が凝集してしまうという難点がある。
【0021】
これに対しサスペンション高速フレーム溶射法であれば、窒化アルミニウム材料が溶媒に分散した懸濁液として搬送されるので、微粒子の状態を維持したままフレームに投入することができる。また、そのようにして形成された皮膜は、単に粒度の小さな材料が皮膜化されて緻密な皮膜になるだけでなく、酸化物が適度な分量で分散した状態となり、皮膜を構成する粒子の粒子間結合を向上させ、ひいては基材との密着性の向上につながる。
【0022】
なお、溶射材料を懸濁液として使用する他の溶射法として、サスペンションプラズマ溶射法がある。しかし、サスペンションプラズマ溶射法は、一般的に非常に高温のプラズマフレームが用いられるため、生成される酸化物の量が多くなりすぎたり、材料が昇華したりして歩留まりが著しく低下する傾向がある。したがって、窒化アルミニウムを主成分とする溶射皮膜の形成を目的とするのであれば、サスペンション高速フレーム溶射法がより望ましいということができる。
【0023】
図3は、サスペンション高速フレーム溶射法を実施するための溶射装置1の一例を表す要部概略図である。この溶射装置1は、溶射材料を外部からスラリー(懸濁液)で供給するサスペンション高速フレーム溶射用の装置として構成されたものである。溶射装置1は、溶射粉末を溶媒に分散させたスラリーとして、これを外部から供給する外部供給式のものであり、溶射ガン2及びスラリー供給用ノズル3を備えている。
【0024】
溶射ガン2は、燃焼室4を形成する燃焼容器部5、当該燃焼容器部5に連続する溶射ノズル6、及び着火装置7を有している。高圧の酸素及び燃料を含むガスが燃焼室4に供給されるようになっており、当該ガスが着火装置7により着火される。そして、燃焼室4で発生させたフレームが溶射ノズル6によって一旦絞られ、その後、膨張されて超音速フレーム化し、溶射ノズル6の先端から高速で噴射される。噴射されたフレーム10に対して、スラリー供給用ノズル3からスラリー11が供給される。スラリー11中の溶射粉末が溶融又は半溶融状態となると共に、フレーム10によって加速され、基材100上に高速で衝突することで、基材100上に溶射皮膜が形成される。
【0025】
スラリー11は、溶射粉末を水もしくはアルコールからなる分散媒、又は有機系分散剤を含む有機溶媒に分散させたものである。スラリー11中には、溶射粉末の粒子が5~40%の質量比で含まれる。スラリー11は、溶射ノズル6の先端から噴射するフレーム10に供給される。
【0026】
スラリーを溶射ノズルの内部で供給する内部供給方式であれば、溶射材料がノズル管内で堆積し、それが固まりとなって吐出されるスピッティングが生じるおそれがある。これに対し、本実施形態では
図3のとおり、スラリー11を外部からフレーム10に供給する外部供給方式としており、スピッティングの発生を防止できる。
【0027】
溶射粉末としては、窒化アルミニウム粉末のみであってもよいし、窒化アルミニウム粉末と酸化アルミニウムとを含む混合粉末であってもよい。窒化アルミニウム粉末のみを用いる場合、粉末の平均粒子径は、0.1μm以上、5.0μm未満とすることが好ましく、当該窒化アルミニウム粉末の粒度分布が少なくとも、0.1μm以上、1.0μm未満の範囲と、1.0μm以上、10.0μm未満の範囲のそれぞれに存在しているものがより好ましい。上記粉末の平均粒子径は、本明細書ではレーザ回析・散乱法(マイクロトラック法)によって粒度分布を測定したときに累積値が50%となる粒径(メジアン径)と定義する。
【0028】
以上、本発明の転がり軸受の外輪及び/又は内輪の外表面に形成される溶射皮膜の製造方法の例について説明したが、当該溶射皮膜が窒化アルミニウムを主成分とし、酸化アルミニウムを分散して含み、酸素を15~25wt%含有するセラミックス溶射皮膜となる限り、他の溶射法を用いることも可能である。
【0029】
鉄道車両の電動モータ等の温度差が大きい使用環境下では、転がり軸受1の外輪2又は内輪3と、セラミックス溶射皮膜10との界面に強い剪断応力が生じる場合がある。剪断応力は、外輪2又は内輪3からセラミックス溶射皮膜10を引きはがそうという力となり皮膜の剥離を招く。また、セラミックス溶射皮膜10の内部には、成膜時に発生する熱収縮による残留応力が存在し、その残留応力の影響により機械的強度が下がり耐衝撃性の低下を招く場合もある。
【0030】
これに対し、本実施形態においてセラミックス溶射皮膜10の膜厚は、5μm以上、150μm未満と薄く、剪断応力が小さいため、皮膜の剥離が生じ難い。また、成膜時の残留応力も小さいことから機械的強度の低下を招きにくい。従って、皮膜の剥離や割れ等の損傷が起こりにくい。また、従来のセラミックス溶射皮膜10では、単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧が50kv/mm程度であったが、本実施形態におけるセラミックス溶射皮膜10は、単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧が90kv/mm以上を達成できるため、同じ膜厚でもより優れた耐電圧特性を得ることができる。また、本発明のセラミックス溶射皮膜10は、条件によっては、単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧が120kv/mm以上にもなる。一方、本発明のセラミックス溶射皮膜10であっても、膜厚は5μm以上であることが好ましく、5μm以下の場合、絶縁特性が得られにくい。セラミックス溶射皮膜10の膜厚を制御するには例えば成膜時間を調整すればよい。本実施形態においてセラミックス溶射皮膜10の体積抵抗率は特に限定されないが、一般的には、1013Ωcm~1016Ωcm程度の体積抵抗率が求められる。
【0031】
セラミックス溶射皮膜10には、気孔を塞ぐための封孔処理が施されていてもよい。溶射皮膜は一般にその原理上、気孔を有しており、溶射皮膜が有する気孔の構造によっては、気体や液体が、被覆されている基材まで浸透する場合がある。封孔処理を施さなければ、気孔に例えば水が入り込んで絶縁性能を低下させる。封孔剤は、溶射層の気孔を封孔するばかりでなく、封孔処理後の皮膜の密着力を維持する働きも有する。
【0032】
本実施形態では、セラミックス溶射皮膜10の気孔率は0.1~5%程度であればよいが、上述したサスペンション高速フレーム溶射法を用いることで、気孔率を1%以下、さらには0.1%以下にすることができる。ただし、このように気孔率が小さかったとしても、封孔処理を行うことで耐浸透性や密着力の更なる向上を図ることもできる。
【0033】
封孔処理用の有機系樹脂としては、セラミックス溶射皮膜10の気孔に侵入できるような流動性のある樹脂であればよい。選択の際には、合成樹脂の平均分子量及び粘度が考慮される。合成樹脂には、例えばビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ポリグリシジル(メタ)アクリレート等のエポキシ樹脂、アクリル樹脂、フッ素系樹脂、ウレタン樹脂、フェノール樹脂、キシレン樹脂、ポリエステル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、メラミン樹脂など公知の合成樹脂を用いることができる。これらは、単独で又は2種以上を混合して用いることができる。
【0034】
溶射皮膜の表面に突起が多いと、転がり軸受1に電流が流れようとしたときに、その突起に優先的に電圧がかかり、電界集中の箇所が点在して絶縁破壊を引き起こすことがある。そこで、セラミックス溶射皮膜10を形成した後、研磨加工等の仕上げ処理を施し、表面粗さRaが0.2μm以上、1.0μm未満の表面性状を有する外輪2又は内輪3とすることで、皮膜表面の鋭く尖った突起を減らし、表面上で生じる電界集中の点在を少なくし、絶縁破壊が起こる可能性を下げることができる。一方、上述したサスペンション高速フレーム溶射法によれば、溶射直後の段階でも、セラミックス溶射皮膜10の表面粗さRaを0.2μm以上、1μm未満にすることができる。すなわち、サスペンション高速フレーム溶射法を用いることで、研磨加工等の仕上げ処理を施すことなく、表面粗さRaが0.2μm以上、1μm未満のセラミックス溶射皮膜10を得ることができ、これにより、製造工程の削減や工程のミスによる不良品の発生を減らすことが可能となる。
【0035】
セラミックス溶射皮膜10を得るための工程の一例を挙げると、基材である外輪2又は内輪3の外表面21、31の清浄化処理、外表面21、31のブラスト加工による粗面化処理、アンダーコート処理、トップコートであるセラミックス溶射皮膜10の溶射、セラミックス溶射皮膜10の表層の封孔処理、表面研磨処理をこの順に従って行う。溶射材料の違いによってアンダーコート処理が省かれることや、予熱工程などの他の工程が含まれる場合もある。
【0036】
以上説明したように、転がり軸受1の外輪2の外表面21又は内輪3の外表面31にセラミックス溶射皮膜10が形成されているため、例えば鉄道車両用の電動モータの回転軸、発電機の回転軸で高い電圧が生じても、この回転軸を支持する当該転がり軸受1は電蝕防止効果を十分に発揮することができる。特に、セラミックス溶射皮膜10は、窒化アルミニウムを主成分とし、酸化アルミニウムを分散して含み、酸素を15~25wt%含有するため、単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧が90kV/mm以上の溶射皮膜を得ることができ、十分な耐電圧特性を発揮することができる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0038】
(試験片作製)
溶射皮膜を形成するための基材として、縦50mm、横50mm、厚さ5mmのステンレス鋼(SUS304)製の平板を用意し、平均粒子径(D50)が3μmの溶射粉末が分散媒中で分散してなる懸濁液を溶射材料として、サスペンション高速フレーム溶射を行って各試験片を作製した。溶射粉末としては、窒化アルミニウム(実施例1)、酸化アルミニウム(比較例2)、窒化チタン(比較例3)、及び窒化クロム(比較例4)を使用した。溶射ガンのノズルとしては、
図3で示した構造のものを使用した。分散媒は、比較例2では水を用い、実施例1、比較例1、比較例3ではエタノールを用いた。また、同じ平板を用意し、粒度が10~45μmの酸化アルミニウム粉末を溶射材料として、大気圧プラズマ溶射を行って別の試験片を作製した(比較例1)。
【0039】
(絶縁破壊試験)
実施例1及び比較例1~4において成膜した皮膜の表面観察を行うとともに、絶縁破壊試験を実施し、各々の溶射皮膜の絶縁破壊電圧を計測した。絶縁破壊試験は次のようにして行った。80×80mmのアルミホイルを試験片の成膜している表面上の中央に置き、アルミホイルと試験片裏面の間に電圧を印加する。0kVから皮膜が破壊するまで序々に電圧を上げていき、破壊する直前の電圧の値を読み取った。これを膜厚で割った値を単位厚み当たりの絶縁破壊電圧とした。耐電圧試験器として菊水電子工業(株)製のTOS-5101を用いた。
【0040】
図4は、実施例1及び比較例1~4において成膜した各皮膜の表面観察写真と、膜厚の大きさと、単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧(kV/mm)の数値をまとめた表である。各皮膜の膜厚は、(株)ミツトヨ製の標準外側マイクロメータM100を用いて測定した。実施例1において成膜した溶射皮膜の単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧は、比較例1及び比較例2において成膜した溶射皮膜の単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧よりもはるかに高い値となった。一方、比較例3及び比較例4において成膜した溶射皮膜は導電性を示し、絶縁破壊電圧を測定することはできなかった。以上より、実施例1に成膜した皮膜は、膜厚が小さくても高い体積抵抗率を有し、さらに単位膜厚当たりの絶縁破壊電圧も高いことが示された。
【0041】
(表面粗さ測定)
実施例1、比較例1、及び比較例2において成膜した各皮膜の表面粗さRaの測定を行った。表面粗さRaは(株)ミツトヨ製のSurftest SJ-310を用いて測定した。
【0042】
図5は、実施例1、比較例1、及び比較例2において成膜した各皮膜の表面観察写真と、表面粗さRaの数値をまとめた表である。実施例1及び比較例2において成膜した溶射皮膜は、比較例1において成膜した溶射皮膜と比べ、表面粗さRaが低い値となった。これは、サスペンション高速フレーム溶射で使用する溶射材料の平均粒子径が小さく、大きな凹凸を形成しにくいためと考えられる。実施例1によれば、溶射した段階ですでに表面粗さが小さいため、溶射後に研磨等の仕上げ工程を行わなくてよく、製造工程の削減や工程のミスによる不良品の発生を減らすことが可能となる。
【0043】
(成分分析)
実施例1において成膜した皮膜の成分分析を行った。
図6は、実施例1において作製した皮膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による断面観察写真と、その範囲内における各成分の分布を示すマッピング写真、及び当該範囲内における酸素含有量をまとめた表である。成分分析及びマッピングは、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて行った。
【0044】
図6に示すように、主となる金属元素は全体に広く存在しているのに対し、Oの分布と、N、C又はBの分布はそれぞれ異なる位置に存在している。また、これらの分布はSEM写真における濃淡とも一致している。すなわち、酸化アルミニウムが窒化アルミニウムの間を縫うように分散して存在しており、これが緻密かつ粒子間結合力の強い皮膜の形成につながっていると予想される。
【符号の説明】
【0045】
1 転がり軸受
2 外輪
3 内輪
5 転動体
21 外輪の外表面
31 内輪の外表面