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特許7474323サンプル中の光化学的活性化学種の検出方法及び装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-16
(45)【発行日】2024-04-24
(54)【発明の名称】サンプル中の光化学的活性化学種の検出方法及び装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20240417BHJP
【FI】
G01N21/64 B
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2022517406
(86)(22)【出願日】2020-07-31
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-11-24
(86)【国際出願番号】 EP2020071687
(87)【国際公開番号】W WO2021052668
(87)【国際公開日】2021-03-25
【審査請求日】2023-05-15
(31)【優先権主張番号】19306120.7
(32)【優先日】2019-09-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】311016455
【氏名又は名称】サントル ナシオナル ドゥ ラ ルシェルシェ シアンティフィク
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE
(73)【特許権者】
【識別番号】516149907
【氏名又は名称】エコール・ノルマル・シュペリウール・ドゥ・パリ
(73)【特許権者】
【識別番号】518170446
【氏名又は名称】ソルボンヌ ウニベルシテ
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】弁理士法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ジュリアン,リュドビック
(72)【発明者】
【氏名】シュケ,ラジャ
(72)【発明者】
【氏名】エスパーニュ,アガット
(72)【発明者】
【氏名】ルマルシャン,アニー
(72)【発明者】
【氏名】ル・ソー,トマ
(72)【発明者】
【氏名】ペリシエ-タノン,アニエス
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-542748(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0040518(US,A1)
【文献】特表2019-517006(JP,A)
【文献】特表2018-529980(JP,A)
【文献】特表2017-535764(JP,A)
【文献】特表2018-513352(JP,A)
【文献】特表2011-521250(JP,A)
【文献】国際公開第99/012018(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62 - G01N 21/74
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプル中の少なくとも1つの光化学的活性化学種を検出する方法であって、
a)照明シーケンスに従って、前記少なくとも1つの光化学的活性化学種により吸収されて、前記少なくとも1つの光化学的活性化学種の少なくとも1つの光学特性に影響を与え、少なくとも1つの光化学的に誘起されるステップ(PAS)及び1つの熱的に誘起されるステップ(TAS)を含む第一の反応(R)をトリガするのに適した少なくとも第一の波長(λ)の光(LB)で前記サンプル(S)を照明するステップであって、前記照明シーケンスは:
・前記照明シーケンスの少なくとも第一の時間ウィンドウ(TW1、TW1’)中に、第一の反応の速度は光化学的に誘起されるステップによって限定され、
・前記照明シーケンスの少なくとも第二の時間ウィンドウ(TW3、TW2’)中に、前記第一の反応の前記速度は熱的に誘起されるステップによって限定される
というものであるステップと、
b)前記第一及び前記第二の時間ウィンドウ中の前記少なくとも1つの光化学的活性化学種の光特性の変化を測定するステップと、
c)前記測定から、少なくとも、それぞれ前記第一及び前記第二の時間ウィンドウ中の前記第一の反応の速度定数を表す第一及び第二の時間定数を特定するステップと、
d)前記特定された時間定数を前記少なくとも1つの光化学的活性化学種の検出のために使用するステップと、
を含む方法。
【請求項2】
-ステップa)はまた、前記照明シーケンスに従って、少なくとも第二の波長(λ)の光(LB)で前記サンプルを照明するステップも含み、前記第二の波長の光は、前記少なくとも1つの光化学的活性化学種によって、又は前記第一の反応の生成物によって吸収されて、前記少なくとも1つの光化学的活性化学種の少なとく1つの光学特性に影響を与え、少なくとも1つの光化学的に誘起されるステップ(PAS)及び1つの熱的に誘起されるステップ(TAS)を含む第二の反応(R)をトリガするのに適しており、前記照明シーケンスは:
・前記照明シーケンスの少なくとも第三の時間ウィンドウ(TW2)中に、前記第二の反応の速度は前記光化学的に誘起されるステップによって限定され、
・前記照明シーケンスの少なくとも第四の時間ウィンドウ(TW4)中に、前記第二の反応の前記速度は前記熱的に誘起されるステップによって限定される、
とうものであり、
-ステップb)はまた、前記第三及び前記第四の時間ウィンドウ中の前記少なくとも1つの光化学的活性化学種の前記光学特性の前記変化を測定するステップも含み、
-ステップc)はまた、前記測定から、少なくとも、それぞれ第三及び第四の時間ウィンドウ中の前記第二の反応の速度定数を表す第三及び第四の時間定数を特定するステップ含み、
少なくとも前記第三及び第四の時間定数は、ステップd)において、前記第一及び第二の時間定数とともに前記少なくとも1つの光化学的活性化学種の検出に使用される、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ステップb)は蛍光発光を測定するステップを含む、請求項1~2の何れか1項に記載の方法。
【請求項4】
前記少なくとも1つの光化学的活性化学種は、蛍光タンパク質と可逆的光スイッチ型蛍光体から選択される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
-前記なくとも1つの光化学的活性化学種は可逆的スイッチ型蛍光タンパク質であり、
-前記照明シーケンスの少なくとも第一の時間ウィンドウ(TW1)中に、前記第一の波長の光強度レベル(I)は、前記第一の反応の前記速度が前記光化学的に誘起されるステップにより限定されるのに十分に低く保持され、
-前記照明シーケンスの少なくとも第二の時間ウィンドウ(TW3)中に、前記第一の波長の前記光強度レベルは、前記第一の反応の前記速度が前記熱的に誘起されるステップにより限定されるのに十分に高く保持される
請求項4に記載の方法。
【請求項6】
-前記照明シーケンスの少なくとも第三の時間ウィンドウ(TW2)中に、前記第二の波長の光強度レベル(I)は、前記第二の反応の前記速度が前記光化学的に誘起されるステップにより限定されるのに十分に低く保持され、
-前記照明シーケンスの少なくとも第四の時間ウィンドウ(TW4)中に、前記第二の波長の前記光強度レベルは、前記第二の反応の前記速度が前記熱的に誘起されるステップにより限定されるのに十分に高く保持される
請求項2に従属するときの請求項5に記載の方法。
【請求項7】
-前記なくとも1つの光化学的活性化学種は蛍光タンパク質であり、
-前記照明シーケンスの少なくとも1つの第一の時間ウィンドウ(TW1’)中に、前記第一の波長の光強度レベル(I)は、前記少なくとも1つの光化学的活性化学種を非蛍光形態に光化学的に変換して、蛍光強度を漸減させるのに十分に高く保持され、
-前記照明シーケンスの、前記第一の時間ウィンドウの後の少なくとも1つの第二の時間ウィンドウ(TW2’)中に、前記第一の波長の前記光強度レベル(I)は、前記蛍光強度の熱による回復が可能となるのに十分に低く保持される、
請求項4に記載の方法。
【請求項8】
-前記なくとも1つの光化学的活性化学種は可逆的光スイッチ型蛍光タンパク質であり、
-前記照明シーケンスの少なくとも1つの第一の時間ウィンドウ(TW1)中に、前記サンプルは前記第一の波長の光パルスの第一の連続(LP1-LP1)により照明され、各パルスは、前記少なくとも1つの光化学的活性化学種のうちの化学種の第一の部分のみが前記第一の反応の前記光化学的に誘起されるステップを通じて変換されるのに十分に低いフルエンスを有し、連続する2つのパルス間の間隔(t)は、化学種の前記第一の部分が、前記第一の反応の前記光化学的に誘起されるステップに続く前記熱的に誘起されるステップを通じて完全に変換されるのに十分に長く、
-前記照明シーケンスの少なくとも1つの第二の時間ウィンドウ(TW3)中に、前記サンプルは前記第一の波長の光パルスの第二の連続(LP3-LP3)により照明され、前記連続の少なくとも第一のパルスは、前記少なくとも1つの光化学的活性化学種を前記第一の反応の前記光化学的に誘起されるステップを通じて完全に変換するのに十分に高いフルエンスを有し、連続する2つのパルス間の間隔(t)は、前記第一の反応の前記熱的に誘起されるステップを通じた前記少なくとも1つの光化学的活性化学種の後続のさらなる変換をサンプリングするのに十分に短い、
請求項4に記載の方法。
【請求項9】
-前記照明シーケンスの少なくとも前記第三の時間ウィンドウ(TW2)中に、前記サンプルは前記第二の波長の光パルスの第三の連続(LP2-LP2)により照明され、各パルスは、前記少なくとも1つの光化学的活性化学種のうちの化学種の第二の部分のみが前記第二の反応の前記光化学的に誘起されるステップを通じて変換されるのに十分に低いフルエンスを有し、連続する2つのパルス間の間隔は、化学種の前記第二の部分が、前記第二の反応の前記光化学的に誘起されるステップに続く前記熱的に誘起されるステップを通じて完全に変換されるのに十分に長く、
-前記照明シーケンスの少なくとも第四の時間ウィンドウ(TW4)中に、前記サンプルは前記第二の波長の光パルスの第四の連続(LP4-LP4)により照明され、前記連続の少なくとも第一のパルスは、前記少なくとも1つの光化学的活性化学種を前記第二の反応の前記光化学的に誘起されるステップを通じて完全に変換するのに十分に高いフルエンスを有し、連続する2つのパルス間の間隔は、前記第二の反応の前記熱的に誘起されるステップを通じた前記少なくとも1つの光化学的活性化学種の後続のさらなる変換をサンプリングするのに十分に短い、
請求項2に従属するときの請求項8に記載の方法。
【請求項10】
-前記なくとも1つの光化学的活性化学種は蛍光タンパク質であり、
-複数の第一の時間ウィンドウ(TW1a-TW1e)中に、前記サンプルは、前記第一の反応の前記光化学的に誘起されるステップを通じて前記少なくとも1つの光化学的活性化学種を完全に変換するのに十分に高いフルエンスにより前記第一の波長で照明され、
-前記第一の時間ウィンドウと交互の複数の第二の時間ウィンドウ(TW2a-TW2e)中に、前記サンプルは前記第一の波長で照明されず、前記第二の時間ウィンドウは、前記第一の反応の前記熱的に誘起されるステップを通じた前記少なくとも1つの光化学的活性化学種の後続のさらなる変換をサンプリングするのに適した変化する持続時間を有する、
請求項4に記載の方法。
【請求項11】
ステップa)及びb)は光走査型顕微鏡により行われる、請求項8~10の何れか1項に記載の方法。
【請求項12】
-前記サンプルは、空間的に不均一な光強度で照明され、
-ステップd)は、光化学的に誘起されるステップにより限定される反応速度定数を表す前記特定された時間定数を、前記サンプル内で前記なくとも1つの光化学的活性化学種の局在を検出するために使用するステップを含む、
請求項1~11の何れか1項に記載の方法。
【請求項13】
ステップd)は:
-ステップc)で特定された前記時間定数により形成されるベクトルと複数の所定の時間定数のベクトルの各々との間の複数の多次元対数距離を計算するステップであって、前記複数の所定の時間定数のベクトルの各々前記少なくとも1つの光化学的活性化学種のうちのそれぞれの光化学的活性化学種を表すようなステップと、
-前記対応する多次元対数距離が測定の不確実性を表す閾値より低い場合に、前記少なくとも1つの光化学的活性化学種の1つを検出するステップと、
を含む、請求項1~12の何れか1項に記載の方法。
【請求項14】
ステップb)は、前記サンプル中の複数の場所にある前記少なくとも1つの光化学的活性化学種の前記又は各前記光学特性の前記変化を別々に測定するステップを含み、ステップc)は、前記場所の各々に関する前記時間定数を特定するステップを含み、ステップd)は、前記少なくとも1つの光化学的活性化学種が前記場所の各々に存在するか否かを特定するステップを含む、請求項1~13の何れか1項に記載の方法。
【請求項15】
請求項1~14の何れか1項に記載の方法を実行する装置であって、
-前記サンプルを、異なる照明条件に対応する少なくとも2つの時間ウィンドウを含む所定の照明シーケンスに従って少なくとも第一の波長(λ)の光(LB1)で照明するように構成された少なくとも1つの制御された光源(LS1)と、
-前記時間ウィンドウ中に前記サンプルの光学特性の変化を測定するように構成された光検出器(LD)と、
-前記測定から、前記時間ウィンドウ中に前記変化を表す複数の時間定数を特定し、前記特定された時間定数に応じて前記サンプル内の少なくとも1つの光化学的活性化学種を検出するように構成されたデータ処理装置(DPD)と、
を含む装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サンプル中の光化学的活性化学種、例えば蛍光タンパク質(FP:fluorescent protein)又は可逆的光スイッチ型蛍光タンパク質(RSFP:reversibly photoswitchable fluorescent protein)を検出するため、より詳しくはサンプル中に存在する、又は存在するのに適した複数の光化学的活性化学種を区別することによってそれを同定するための方法に関する。本発明はまた、適当な不均一照明が使用されることを条件として観察領域内の光化学的活性化学種の局在を検出することや、検出された光化学的活性化学種の特定の化学的及び物理的環境を特定すること等、他の様々な用途にも適している。
【0002】
このような方法は特に、蛍光顕微鏡法及び生物学的/生化学的解析の分野に適用される。
【0003】
本発明はまた、このような方法を実行するための装置にも関する。
【背景技術】
【0004】
「化学種」という用語は、分子、分子イオン、又は化合物を意味すると理解されたい。本発明の枠組み内では、化学種はその特性、特に光化学的特性により定義される。したがって、異なる環境中でこれらの特性に影響を与える同じ分子、分子イオン、又は化合物は異なる種と考え得る。
【0005】
「光化学的活性」な種とは、光の影響下で電子的構成及び/又は化学的構造に変化をきたす化学種である。
【0006】
「可逆的光スイッチ型」という表現は、異なる特性(例えば、蛍光特性)を持つ少なくとも2つの異なる状態を有し、光の影響下で1つの状態から他の状態へと可逆的に移行し得る化学種(典型的にタンパク質)を意味すると理解されたい。可逆的光スイッチ型の種の例は、「Dronpa(ドロンパ)」及び化合物の「Spinach-DFHBI」(「Spinach」はRNAアプタマであり、「DFHPI」は発蛍光プローブである)である。これらの種は特に標識又はマーカとして使用され得る。
【0007】
蛍光イメージング及び特に蛍光顕微鏡法は、蛍光標識の高い感度と汎用性から、生物学にとってきわめて重要となっている。蛍光標識を同定し、識別するための一般的な方法は、スペクトルドメインで蛍光信号を読み出すことである。しかしながら、スペクトル識別には高度な多項目観察について限界が見られる。光源、色収差が補正された光学系、ダイクロイックミラー、光フィルタ等の豊富なハードウェアがあっても、重なった吸収及び発光バンドのスペクトル解析では4つの標識しか識別できないのが普通である。最新技術のスペクトル特性分離(spectral unmixing)を用いれば、この数は6に増え、そのうちの5つは遺伝的にコード化されている([Valm 2017])が、photon budgetと計算時間の点でコストが高い。これは新規な遺伝子工学戦略の識別力を大きく制限している。
【0008】
蛍光体の最適化(光吸収のための断面積、発光の量子収差、吸収/発光バンドの半値幅)は基本的にその物理的限界まで行われており、蛍光は引き続き生体細胞の画像形成のために非常に有利な観察可能物であるはずであるため、蛍光体をさらに識別するために、スペクトル次元を1つ又は複数の追加の次元で補うことがきわめて望ましい。そして実際に、蛍光体を、その吸収-蛍光発光の光サイクルを特徴付ける動力学的な、すなわち時間的な情報を使って識別するための幾つかの技術が開発されている。
【0009】
例えば、蛍光寿命顕微鏡法(FLIM:Fluorescence Lifetime Imaging Microscopy)では、励起状態の寿命を利用して蛍光が識別される([Lakowicz 1992])。しかしながら、高度な器具と高速の電子機器が必要となること以上に、この方法は、現在蛍光イメージングで使用されている明るい蛍光体の寿命のばらつきの範囲が狭い(1桁未満)ことにより限定される。したがって、多重蛍光寿命イメージングには、デコンボリューション(時間がかかる)又は減算方式(ロバスト性を欠き、信号対ノイズ比が下がる)の適用が必要である。
【0010】
可逆的光スイッチ型蛍光体(RSFであり、RSFPはその一部)にはこのような欠点がない。これらの標識は、吸収-蛍光発光の光サイクルをはるかに超える豊富な光化学反応から利益を受ける。RSFでは、照明が光化学的及び熱工程を含む幾つかの光サイクルを駆動し、これらは広い範囲の緩和時間(μ秒~秒)にわたって干渉し、生物学的現象のリアルタイムでの観察と両立する時間スケールでの識別が容易となる。したがって、OLID、SAFIRe、及びOPIOM等の幾つかのプロトコルでは、デコンボリューションにも減算方式にも依存せずに、分光的に類似したRSF(「ダイナミックコントラスト」)の画像を形成するために光の変化に対する蛍光の時間応答を利用している。
【0011】
OLIDは、“Optical Lock-In Detection”の略であり、[Marriott 2008]に記載されている。この技術の1つの欠点は、RSFの濃度に関する数量的情報が提供されていないことである。また、少なくとも1つの参照ピクセルも必要となる。
【0012】
SFIReは、“Synchronously Amplified Fluorescence Image Recovery”の略であり、[Richards 2010]に記載されている。ダイナミックコントラストの最適化には、経験的に行われるという欠点があり、それによって実施する上での複雑さが増す。
【0013】
TRASTは、TRAnsient STate顕微鏡法の略である。これは[Windengren 2010]に記載されている。
【0014】
OPIOMは、“Out-of-Phase Imaging after Optical Modulation”の略である。この方法は、[Querard 2015]及び国際出願第2015075209号パンフレットに記載されている。この方法では、RSFを含むサンプルが周期的に変調される光波で照明される。その後、励起波に関して同相/直交位相で、蛍光体により同じ角周波数で発せられた強度の成分が検出される。Speed OPIOM([Querard 2017]及び国際出願第2018/041588号パンフレット)はOPIOMの変形であり、これは2波長照明の利用によって、より短い取得時間を実現する。
【0015】
それでも、これらのプロトコルは何れも、ある組織内の細胞又は細胞近傍の数十個の化学種を同時に画像化するという定量的生物学の需要の高まりに依然として応えていない。例えば、Speed OPIOMでは、1Hzのオーダの取得頻度で、分光的に類似する3種のRSFPを独立して画像化できる。その他の方法で実証されている識別力はずっと低い。
【0016】
米国特許第2009/0040518号明細書には、異なる照明条件に対応する一連の時間積分蛍光測定から運動学的速度を特定する方法が記載されている。この方法には、モデルに依存するという欠点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】国際出願第2015075209号
【文献】国際出願第2018/041588号
【文献】米国特許出願公開第2009/0040518号明細書
【非特許文献】
【0018】
【文献】Valm 2017
【文献】Lakowicz 1992
【文献】Marriott 2008
【文献】Richards 2010
【文献】Widengren 2010
【文献】Querard 2015
【文献】Querard 2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明は、先行技術の上記の限界の全部又は一部を克服することを目指す。より詳しくは、ダイナミックコントラストを利用する他の技術と比較して、蛍光イメージングにおける(及びより広くは、化学種の光検出における)多重化能力を改善することを目指す。さらにより詳しくは、デコンボリューションや減算処理に頼らずにこれを行うことを目指す。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の基礎となるアイディアは、照明の適当な変化を適用したときに異なる可逆的蛍光変化をきたす標識を使用することであり、それによってダイナミックコントラストに関する複数の緩和時間の利用が可能となる。
【0021】
実際に、先行技術によれば、ダイナミックコントラストに基づく減算もデコンボリューションも用いずに、信頼性の高いそれらの識別を可能にするために、典型的に、2つの蛍光標識は10倍の差のあるその信号の緩和時間を示さなければならない。この制約は、N個の標識を区別するには、それらのダイナミスクを10×τminの幅の時間ウィンドウに広がるべきであることを意味し、τminは光の変化に最も速く応答するRSFの緩和時間を示す。その結果、10×τminによって画像取得時間Τが固定される。したがって、Nが十分に大きく(例えば、10)なるとすぐに、Τは長くなりすぎ、画像取得頻度は生きている生物学的サンプルの観察とは両立しなくなる(言うまでもなく、このような広い範囲の緩和時間を有する標識のライブラリを見つけることはきわめて困難である)。10種の区別可能なRSFPのライブラリを例にとると、τminは1msの範囲で、Τ=10s(すなわち、110日を超える)となり、長すぎる。
【0022】
ダイナミックコントラストによる識別のためにn>1(典型的に、後述のように、n=2又はn=4)の緩和時間と、したがってnの識別次元を利用することによって、本発明では取得時間を大幅に短縮でき、適当な標識を見つけやすくなる。実際に、2つの標識間の識別には依然として、それらの信号の緩和時間が10倍の差を有することが必要となるが、nの識別次元の中の(少なくとも)1つにおいてである。したがって、Nの標識を画像化するために必要な全体的な識別ウィンドウはnの次元で共有でき、それによって各識別次元に沿った取得ウィンドウの幅はおそらく10N/n×τminまで縮小される。すると、全体的な取得時間は
【数1】
となり、式中、τmin.kは次元kに沿った光の変化に最も早く応答するRSFの緩和時間を示す。τmin.kが識別次元に依存しないと仮定することにより、識別のためにnの次元を使用すると、画像取得頻度を10N(1-1/n)/nの係数で増やすことができる。再び10種の区別可能なRSFを例にとり、n=4次元、τmin.k=1msとすると、Τ≒1.3sとなり、画像取得頻度は8・10という驚きの係数で高くなる。
【0023】
さらに、ダイナミックコントラストに依存する他の検出/識別方式の幾つかと異なり、本発明による方法はRSFPに限定されず、非光スイッチ型蛍光タンパク質(FP)等のより単純な蛍光体でも使用できるが、ただしその場合、使用可能な緩和時間の数はRSFPより少ないことが多い。
【0024】
本発明の重要な特徴は、広視野イメージング及び光走査型顕微鏡法のどちらにも適用可能であることである。
【0025】
すると、本発明の対象物はサンプル中の光化学的活性化学種を検出又は同定する方法であり、これは:
a)照明シーケンスに従って、少なくとも、化学種により吸収されて化学種の少なくとも1つの光学特性に影響を与え、少なくとも1つの光化学的に誘起されるステップと1つの熱的に誘起されるステップを含む第一の反応をトリガするのに適した第一の波長の光でサンプルを照明するステップであって、照明シーケンスは:
・照明シーケンスの少なくとも第一の時間ウィンドウの中で、第一の反応速度は光化学的に誘起されるステップによって限定され、
・照明シーケンスの少なくとも第二の時間ウィンドウの中で、第一の反応速度は熱的に誘起されるステップによって限定される
というものであるステップと、
b)第一及び第二の時間ウィンドウ中に化学種の光特性の変化を測定するステップと、
c)前記測定から、少なくとも、それぞれ第一及び第二の時間ウィンドウ内の第一の反応の速度定数を表す第一及び第二の時間定数を特定するステップと、
d)特定された時間定数を化学種の検出又は同定のために使用するステップと、
を含む。
【0026】
この方法の特定の実施形態は、特許請求の範囲の従属項の主旨を構成する。
【0027】
本発明の他の対象物は、このような方法を実行するための装置であり、これは:
-サンプルを、異なる照明条件に対応する少なくとも2つの時間ウィンドウを含む所定の照明シーケンスに従って少なくとも第一の波長の光で照明するように構成された少なくとも1つの制御された光源と、
-前記時間ウィンドウ中にサンプルの光学特性の変化を測定するように構成された光検出器と、
-前記測定から、前記時間ウィンドウ中の前記変化を表す複数の時間定数を特定し、特定された時間定数に応じてサンプル内の光化学的活性化学種を検出又は同定するように構成されたデータ処理装置と、
を含む。
【0028】
本発明のその他の特徴と利点は、以下の説明文を下記のような添付の図面とともに読めば明らかとなるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1A】本発明の基礎となる概念を概略的に示す。
図1B】本発明の基礎となる概念を概略的に示す。
図1C】本発明の基礎となる概念を概略的に示す。
図1D】本発明の基礎となる概念を概略的に示す。
図2A】本発明のある実施形態による、RSFを識別するための複数の緩和時間の使用を示す。
図2B】本発明のある実施形態による、RSFを識別するための複数の緩和時間の使用を示す。
図3A】本発明の幾つかの実施形態において使用するのに適した仮定上のRSFのエネルギ準位と、これらのエネルギ準位間の遷移を概略的に示す。
図3B】疑似定常状態近似を通じて得られた低減エネルギ準位スキームである。
図4A】本発明の第一の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図4B】本発明の第一の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図4C】本発明の第一の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図4D】本発明の第一の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図5A】本発明の第二の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図5B】本発明の第二の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図5C】本発明の第二の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図5D】本発明の第二の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図6】本発明の幾つかの実施形態において使用するのに適した仮定上のFPのエネルギ準位と、これらのエネルギ準位間の遷移を概略的に示す。
図7A】本発明の第三の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図7B】本発明の第三の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図8A】本発明の第四の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図8B】本発明の第四の実施形態で使用される照明シーケンスを示す。
図9A】本発明の実施形態による、サンプルの光学的セクショニングを提供するための緩和時間測定の使用を示す。
図9B】本発明の実施形態による、サンプルの光学的セクショニングを提供するための緩和時間測定の使用を示す。
図10】本発明の実施形態による装置のブロック図である。
図11A】ドロンパで標識した大腸菌のイメージングへの本発明の実施形態による方法の応用を示す。
図11B】ドロンパで標識した大腸菌のイメージングへの本発明の実施形態による方法の応用を示す。
図11C】ドロンパで標識した大腸菌のイメージングへの本発明の実施形態による方法の応用を示す。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明の方法によれば、RSFの光サイクルは、一次の光化学的及び熱的に駆動される反応に係わるnの状態、C...Cnsのネットワークに同化させることができる。nλの波長が、少なくとも1つの状態の可逆的光化学反応につながる値に設定される。RSFの照明の変化により、RSF状態の、ひいては蛍光信号の濃度の変化が誘導され、nの状態のうちの少なくとも幾つかは異なる輝度を示すと仮定される。この変化は、n-1の指数の項の一次結合として表現でき、その振幅と緩和時間はRSFの光サイクルの反応の速度定数に依存する。光サイクルの光化学ステップの速度定数は光の強度により設定され(例えば、これらは1光子励起での光強度に比例する)、他方で熱的ステップのそれらは設定されない。RSF蛍光信号の変化は、最も低い速度定数、すなわち最長緩和時間に関連付けられる最も低速なステップにより限定される。その結果、照明条件の変化に対するRSF蛍光の時間応答は光の強度に依存する。1つではなく複数の連続的な照明条件(例えば、光強度値)を適用することにより、異なる速度限定ステップに関連するRSF蛍光変化の動力学を調べ、したがって非冗長的な情報を得ることができる。異なる照明条件の各々に関連付けられる緩和時間は、RSF識別のための同数の次元を構成し、その結果先行技術による方法より選択性が高くなり、したがって区別可能な分光的に類似のRSFの数が増える。
【0031】
論理的な観点から(この理論に関するより詳しい説明は、[Summers 1998]を参照のこと)、反応が一次であるため、nの状態の濃度c、c、...、cnsは次式で表される:
【数2】
式中、cは濃度値を含む列ベクトルであり、Kはn×nの行列である。Kの各非対角成分、kij i≠jは反応C→Cの速度定数であり、Kの各対角成分、kiiは光サイクルの他の何れかの状態における速度定数変化状態Cの全部の合計である:
【数3】
【0032】
行列Kはnの固有値を有することを証明でき、そのうちの1つはゼロである。妥当な実験条件下で、n-1の重要な固有値は実数で負であり、したがって-1/τで示すことができる。定常的な照明条件の場合の状態Cの濃度の時間変化はすると、次式で表される:
【数4】
ただし、頻度因子rijと定数sは速度定数と初期条件に依存する。
【0033】
同様に、蛍光強度Iは以下のように変化する:
【数5】
式中、
【数6】
且つ
【数7】
であり、Qは状態Cの輝度である。
【0034】
したがって、蛍光信号は、前述のように、光強度とともに変化する多次指数関数的時間依存性を示す。
【0035】
図1A~1Dは、本発明による基本的な原理を、n=3、nλ=1のごく単純なケースで図解する。仮定上のRSFはn=3の状態、すなわち、蛍光性の輝度がQの基底状態C、蛍光性の輝度が例えばQより低いQの状態C、及び蛍光性を持たない(「暗い」)状態Cである。反応PASは、CをCに変換するもので、光化学的反応であり、速度定数k12=Κ12λであり、Iλは特定波長λでの光強度であり、反応TASはCをCに変換するもので、熱的反応であり、その速度定数はk23で、光強度とは無関係である。図1A及び1Bは、Iλがk12<<k23となるのに十分に低い状態に関している(この理由のために、図1Aでは、C→Cの遷移を表す波線の矢印は細い黒線で、それがCをCに変換するメカニズムの速度限定ステップであることを示している)。その結果、CからCへの変換の動力学は光化学的ステップによって支配され、時間による蛍光強度Iの減少(図1B)は主としてk12を表す。図1C及び1Dは、Iλがk12>>k23となるのに十分に高い状態に関している(この理由のために、図1Cでは、C→Cの遷移を表す波線の矢印は太く、黒ではなくグレーになっている)。その結果、CからCへの変換の動力学は熱的ステップによって支配され、時間による蛍光強度Iの減少(図1B)は主としてk23を表す。異なる光強度に対応する2つの測定された緩和時間は、RSFを同定する2つの「標識」を構成する。
【0036】
この点について、図2A及び2Bを利用してより詳しく説明するが、これらは図1A~1Dと異なり、実際の実験結果に関する。
【0037】
上で説明したように、RSFは異なる照明条件下で測定される緩和時間τのセットにより同定できる。図1A~1Dの例では、同じ波長での異なる光強度に対応する2つの緩和時間だけが測定されているが、多波長照明の使用によって、より多くの緩和時間を取得できる。
【0038】
これらの緩和時間、又はその適当な関数は、RSFを同定するための識別次元として使用できる。同じRSFに関する緩和時間が数桁の範囲にわたり得ることを考えると、その対数、すなわちl=log(τ)の使用が有利であることが多い。理想的には、RSFはすると、その次元が緩和時間の対数lによりパラメータ化される多次元空間(「識別空間」)内の点で表すことができる。しかしながら、測定ノイズにより緩和時間の標準偏差の適当な関数である半径又は軸を有する超球又は超楕円体としてそれを表す方がより正確である。
【0039】
すると、指数i及びjで特定されるRSFのペア間の距離dijを識別空間内で定義できる。例えばこれは、緩和時間の対数lによりパラメータ化されたその空間内のユークリッド距離とすることができ、すなわち緩和時間により直接パラメータ化される空間内の対数距離:
【数8】
であり、式中lki=log(τki)で、τkiはRSF「i」のk番目の緩和時間である。
【0040】
本発明による方法の識別力を最適化するために、Nの利用可能なRSFのセットs(N)の中から、その相対距離が最大となるRSFのサブセットを選択する必要がある。すると次に、それによってそのペア間の距離に応じてNのRSFをランク付けする必要がある。
【0041】
本発明の第一の実施形態によれば、mのRSFの最適化されたサブセットs’(m)がm=2;...;Nについて特定される。ペア間の最小距離dminが、s(N)に含まれるmのRSFの全サブセットについて計算される。dminの値が最大のサブセットs’(m)が選択される。
【0042】
この方法の欠点は、s’(m)⊂s’(m+1)となることが保証されないことである。例えば、m=3のRSFの最適サブセットは必ずしも、m=2のRSFの最適なサブセットともう1つのRSFにより構成されるとは限らない。これは、RSFの同じセットを使って異なる数のそのメンバーを識別したいエンドユーザにとって欠点であり得る。
【0043】
本発明の第二の実施形態によるランク付け方法では、確実にs’(m)⊂s’(m+1)となる。
【0044】
RSF間の三体相互作用を考慮したこの方法は、距離を延ばし、他の2つのRSFに最も近いRSFを逐次的に排除することによってペアを分類することから始まる。具体的には、NのRSFのセットs(N)の中の最も短い距離に関連するペアが(i;j)で示される。jとは異なるiに最も近いRSFはkで示され、iとは異なるjに最も近いRSFがlで示される。距離dikがdjlより短い場合、RSF iは2つのRSFに最も近いRSFである。順序リストの中でこのRSF iに割り当てられるランクは、セットs(N)のRSFの数Nと等しい。すると、RSF iはセットs(N)から除外され、その結果、N-1のRSFのセットs(N=1)となる。セットs(2)が特定されるまで繰り返される。ランク1及び2は、残りのペアs(2)の2つのRSFに割り当てられる。
【0045】
2つのRSFの識別は、それらの距離が、緩和時間の対数lki上の不確実性Δlkiにより誘導される距離djiに実験的精度Δdjiにより与えられるカットオフ距離dより大きければ可能である:
【数9】
【0046】
統計分析は、カットオフ距離の最適な選択が
【数10】
であることを示しており、
式中、
M=maxk,j(Δlki) (6C)
であり、nは識別次元の数である。
【0047】
図2Aは、対数lによりパラメータ化された4次元識別空間内の、分光的に類似する7つのRSFPの位置を表す。4次元空間の領域は紙面上に直接書くことができないため、lでパラメータ化される第二の次元はグレーのシェードで表されている。
【0048】
RSFPは、参照番号1~7で指定される:
1:ドロンパ
2:ドロンパ-2
3:ドロンパ-3
4:コヒノール
5:パドロン
6:rsEGFP2
7:rsFastLime
【0049】
2種類の照明が、何れも2つの異なる強度で使用された:
・タイプI:λ=488nmで照明:
・Ilow:光化学的ステップにより支配される動力学のために十分に低い強度(例えば、2mol・s-1・m-2の光子束に対応する)
・Ihigh:熱的ステップにより支配される動力学のために十分に高い強度(例えば、200mol・s-1・m-2の光子束に対応する)
・タイプII:λ=488nmとλ=405nmの2色照明(λでの照明は光化学反応を誘導するために使用され、λでの照明は蛍光発光を励起することによる反応ダイナミクスを調べるためにのみ使用される)
・IIlow:光化学的ステップにより支配される動力学のために十分に低いλでの強度(例えば、0.1mol・s-1・m-2の光子束に対応する)と2mol・s-1・m-2の光子束に対応するλでの強度
・IIhigh:熱的ステップにより支配される動力学のために十分に高いλでの強度(例えば、90mol・s-1・m-2の光子束に対応する)と、200mol・s-1・m-2の光子束に対応するλでの強度
【0050】
蛍光は525nmで測定される。
【0051】
パラメータlは、Ilow照明に対応する緩和時間の対数であり、lはIhigh照明に対応する緩和時間の対数であり、lはIIlow照明に対応する緩和時間の対数であり、lはIIhigh照明に対応する緩和時間の対数である。
【0052】
図2Aでは、7つのRSFPを表す(超)球が十分に離れていることがわかり、これは、RSFPを識別できることを意味する(RSFP 4及び5の超球は部分的に重なっているように見えるが、これは3次元サブ空間への投射によるアーチファクトであり、グレーのシェードの違いが、実際にこれらがlによりパラメータ化される次元に沿って十分に離れていることを示している)。
【0053】
図2Bは、検討対象のRSFPの数に応じたRSFPのペア間の最小距離dminのプロットである。7つ全てのRSFPを考慮した場合でも、最小距離は閾値レベルdを超え(式6A~6C参照)、確実に超球は交差せず、したがって、RSFPを明確に同定できる。これにより、図2Aにおいてすでに見える結果が確認される。
【0054】
分光的に類似する7つのRSFPを区別できるため、減算にもデコンボリューションにも頼らないことはすでに、先行技術からの大きな進歩である。しかしながら、本発明の方法には、はるかにより大きな識別力がある。本発明者らが得た最近の結果では、分光的に類似する少なくとも20のRSFPを識別できることが明らかとなった。
【0055】
後で図6~8Bに関して詳しく述べるように、本発明の方法はRSFに限定されず、蛍光タンパク質(FP)等のより単純な蛍光化学種にも、このような蛍光体のより単純なダイナミクスでは識別次元は幾分少なくなるものの、適用される。例えば、本発明者らは、分光的に類似する10のFPを識別できた。
【0056】
以上、本発明の論理上の原理を、図1A及び1Cに示された非常に単純な光サイクルを有する仮定上のRSFに関して説明した。図3A及び3Bは、より複雑な光サイクルを示しており、前述のRSFP 1~7等の実際のRSFの挙動をモデル化したものである。この光サイクルの説明により、本発明の方法の2つのそれぞれの実施形態で使用される2つのセットの照明シーケンスを導入できる。
【0057】
図3Aの仮定上のRSFは、A、A’、B、及びB’により指定される4種類の構成をとることができ、その各々が基底状態又は励起状態A、A’、B、B’の何れかで存在する。状態A及びA’は蛍光であり、単純にするために、これらは同じ輝度と同じ吸収及び蛍光スペクトルを有すると考える。状態B及びB’は蛍光性がないか、A及びA’よりはるかに低い輝度を有する。
【0058】
波長λでの光子の吸収により、状態AからAに、及び状態A’からA’に、波長λでの光強度Iに比例する速度定数k(I)で励起される。放射崩壊は非常に速く、光強度に依存しない速度定数k-1で発生する。さらに、状態A’には、熱(すなわち、光強度に依存しない)速度定数kA’で状態A’への非放射崩壊が生じる可能性あり、A’には比較的小さい熱速度kA’で状態Bへの非放射崩壊が生じる可能性がある。光化学ステップ(A→A)及び2つの熱的ステップ(A→A’はかなり速く、A’→Bは遅い)を通じた状態AからBへの分子の変換の結果、蛍光強度が漸減する。
【0059】
波長λでの光子の吸収により、状態BからBに、及び状態B’からB’に、波長λでの強度Iに比例する速度定数k(I)で励起される。非放射崩壊は非常に速く、光強度に依存しない定数k-2で発生する。さらに、状態B’には、熱(すなわち、光強度に依存しない)速度kB’で状態B’へのより低速な非放射崩壊が生じる可能性あり、B’には状態Aへの非放射崩壊が生じる可能性がある。光化学ステップ(B→A)及び2つの熱的ステップ(B→B’、B’→A)を通じた状態BからAへの分子の変換の結果、蛍光強度が徐々に回復する。
【0060】
現実的な光強度の場合、状態Aは破壊速度定数(k-1+kA’)よりはるかに低い速度定数(k)で作られ、したがって準安定状態が素早く達成される。同じことが、状態A’、B、及びB’に当てはまる。これによって、状態A、A’、B、及びB’のみを含む図3Bの簡略化された光サイクルが得られ、これはn=4、nλ=2のネットワークである。蛍光発光は、AとA’の濃度の合計(これらの状態の輝度が異なる場合は加重和)に比例する。
【0061】
明るい状態Aは暗い状態Bへと第一の反応Rを通じて変換され、これは、k、k-1、及びkA*の関数であり、kを通じてIに依存する速度定数kでの光化学的ステップPAS A→A’と、強度に依存しない速度定数kA’での熱的ステップTAS A’→Bを含む(単純化するための、AとA’が同じ輝度であるとの仮定の下では、第一のステップだけでは蛍光信号に影響を与えない点に留意されたい)。暗い状態Bは明るい状態Aに第二の反応を通じて再び変換され、これは、k、k-2、及びkB*の関数であり、k通じてIに依存する速度定数kでの光化学的ステップPAS B→B’と、強度に依存しない速度定数kB’での熱的ステップTAS B’→Aを含む(BとB’はどちらも暗いため、第一のステップだけでは蛍光信号に影響を与えない点に留意されたい)。
【0062】
RSFを波長λで照明することにより(照明タイプI)、時間伴う蛍光信号の減少が誘導される。「低い」Iの値(すなわち、λ1での光強度)では、蛍光信号の破壊速度は基本的に光化学的ステップPASにより決まり、他方で、「高い」Iの値では、これは基本的に熱的ステップTASにより決まる。したがって、波長λの異なる光強度(Ilow及びIhighの条件)での測定により、RSFダイナミクスに関する非冗長的な情報が提供される。
【0063】
蛍光信号が消失するか、又は少なくとも平坦域に到達すると、波長λ及びλの両方でRSFを照明することにより(照明タイプII)、蛍光信号の回復が誘導される。回復はλでの光子により誘導される光化学反応によるが、λでの光子は、AとA’を励起させ、消滅しない蛍光発光を生じさせるために必要であることに留意されたい。「低い」Iの値(すなわち、λでの光強度)では、蛍光信号の回復速度は基本的に光化学的ステップPASにより決まり、他方で、「高い」Iの値では、これは基本的に熱的ステップTASにより決まる。したがって、波長λの異なる光強度(Ilow及びIhighの条件)での測定により、RSFダイナミクスに関する追加の非冗長的な情報が提供される。全体として、RSFは、異なる照明条件で行われる4つの測定から得られた4つの緩和時間により識別でき、それによって前述のように4次元空間内の識別が可能となる。
【0064】
これら4つの緩和時間を測定するための第一の、かなり単純な実験的プロトコルについて、ここで図4A~4Dを利用して説明する。このプロトコルは、例えばRSFを含むサンプルを照明し、その蛍光を画像化するための広視野顕微鏡を使って実装されるようになされる。
【0065】
当初、全てのRSF分子がその状態Aにある。当初時間ウィンドウTW1では、照明Ilowが一定に保持されて、発せられた蛍光光子が後続の幅tの時間ウィンドウにわたりカメラを使って収集され、サンプルの広視野画像が形成される。すると、t中に作成された画像は、図中では無視されている時間t<<tで伝送される。カメラの各ピクセルの蛍光信号(tの平均)の時系列により、低い光強度の状態でのサンプル中のピクセルに対応する領域(このような領域は同じ種のRSFだけを含むと仮定する)内に存在するRSFの光活性化ステップの動力学を遡ることができる。データ処理(これについては後述する)によって、第一の時間ウィンドウ中の動力学を特徴付ける1つの緩和時間を抽出できる。
【0066】
すると、同様の測定と分析が、照明IIlowでの後続の時間ウィンドウTW2で(その間に蛍光信号が回復する)、その後、照明Ihighでのまた別の時間ウィンドウTW3で(光化学的ステップPASがもはやA→Bへの変換を低速化させる「ボトルネック」とはならなくなるため、緩和時間は強度がより低い場合より短くなることに留意されたい)、そして照明IIhighでの最後の時間ウィンドウTW4で(光化学的ステップPASがもはやB→Aへの変換を低速化させる「ボトルネック」とはならなくなるため、回復がより速い)行われる。
【0067】
TW-1-TW2-TW3-TW4のシーケンスは、必要に応じて複数回繰り返されてよい。
【0068】
ここで、これら4つの緩和時間を測定するための第二の実験的なプロトコルを、図5A~5Dを利用して説明する。この第二のプロトコルは、走査型顕微鏡を使って実装できる。
【0069】
走査型顕微鏡が使用される場合、サンプルの各点が一連の光パルスにより照明され、これは典型的に、広視野顕微鏡で使用される取得時間よりはるかに短いが、はるかに高い瞬間的強度を有する。したがって、サンプルのある点を照明する光の瞬間的強度は、ゼロか、又は非常に高く、光化学的ステップが反応動力学にとっての制約要因とならない。したがって、「低強度」状態を直接利用できない。しかしながら、各パルスのフルエンス(すなわち、パルスが矩形波であることを前提とした、その強度と持続時間の積)を確実に十分に低くすることにより、「シミュレート」できる。
【0070】
図5Aに示されるように、当初時間ウィンドウTW1で、波長λ、持続時間tの一連の光パルスLP1、LP1、LP1、LP1、LP1...が時間間隔tで分離されてサンプルの各小領域に向けられる(典型的に、これはレーザビームをサンプル上で移動させることによって得られる)。サンプルのその領域に含まれるRSFは当初、その状態Aにある。強度I、持続時間t(したがって、フルエンスI)の第一のパルスLP1を印加した後、RSF分子の一部
【数11】
がA’の状態に変換されている。フルエンスIは、
【数12】
、すなわちRSF分子のかなりの部分がAの状態のままとなるように選択される。時間間隔tは、状態A’の全ての分子が確実に熱によりBに変換される(これは、図5Aで暗いグレーの破線で示される)のに十分に長い。したがって、時間t+tで、分子の一部
【数13】
はAの状態のままであり、蛍光であり得、残りの電子は不活性される。第二のパルスが印加されると、検出された蛍光信号はしたがって、最初のパルス中に収集された信号と比較して
【数14】
の係数で減少する。さらに、第二のパルスはさらに、Aのままであった分子の一部
【数15】
をA’に移行させ、これらの分子はその後、第二の間隔t中に状態Bに熱により変換され、等々である。それに続くパルス中に取得した蛍光信号の減少を測定することにより(図5Aの、目のためのガイドとなる明るいグレーの破線を参照のこと)、図4Aの広視野低強度測定のように、kの値を特定できる。
【0071】
時間ウィンドウTW1の終了時に適用される後続の時間ウィンドウTW2で、波長λ、持続時間tの別の一連の光パルスLP2、LP2、LP2、LP2、LP2...が時間間隔tで分離されてサンプルの各小領域に向けられる(典型的に、これはレーザビームをサンプル上で移動させることによって得られる)。この時間ウィンドウ中に、λの照明も、光化学反応を誘導するためではなく、単に蛍光発光を誘導することによってそれを調べるために使用される。サンプルのその領域に含まれるRSFは当初、その状態Bにある。強度I、持続時間t(したがって、フルエンスI)の第一のパルスLP2を印加した後、RSF分子の一部
【数16】
がB’の状態に変換されている。フルエンスIは、
【数17】
、すなわちRSF分子のかなりの部分がBの状態のままとなるように選択される。時間間隔tは、状態B’の全ての分子が確実に熱によりAに変換され(これは、図5Bで暗いグレーの破線で示される)、蛍光となるのに十分に長い。したがって、時間t+tで、分子の一部
【数18】
はBの状態のままである。第二のパルスが印加されると、検出された蛍光信号はしたがって、最初のパルス中に収集された信号と比較して
【数19】
の係数で増加する。さらに、第二のパルスはさらに、Bのままであった分子の一部
【数20】
をB’に移行させ、これらの分子はその後、第二の間隔t中に状態Aに熱により変換され、等々である。それに続くパルス中に取得した蛍光信号の増大を測定することにより(図5Bの、目のためのガイドとなる明るいグレーの破線を参照のこと)、図4Bの広視野低強度測定のように、kの値を特定できる。
【0072】
図5Cに示されるように、後続の時間ウィンドウTW3で、波長λ、持続時間tのまた別の一連の光パルスLP3、LP3、LP3、LP3、LP3...が時間間隔tで分離されてサンプルの各小領域に向けられる。再び、サンプルのこの領域に含まれるRSFは当初、その状態Aにある。しかしながら、このとき、第一のパルスLP3のフルエンスは十分に高く、RSF分子はA’状態に変換される。A’状態から、分子は速度定数kA’で暗い状態Bに変換される。それに続くパルスLP3、LP3、LP3、LP3...は蛍光信号の変化をサンプリングするためだけに使用され、これはA’状態の濃度に比例し、
【数21】
として減衰する。これによって、図4Cの広視野高強度測定のようにkA’を特定できる。間隔tは、この変化をサンプリングできるのに十分に短いべきであり、典型的にこれらは第一のウィンドウにおけるよりはるかに短くなることに留意されたい。
【0073】
図5Dに示されるように、第三の時間ウィンドウTW3の終了時に適用される最終時間ウィンドウTW4で、波長λ、持続時間tのまた別の一連の光パルスLP4、LP4、LP4、LP4、LP4...が時間間隔tで分離されてサンプルの各小領域に向けられる。この時間ウィンドウ中に、λの照明も、光化学反応を誘導するためではなく、単に蛍光発光を誘導することによってそれを調べるために使用される。サンプルのその領域に含まれるRSFは当初、その状態Bにある。しかしながら、この場合、第一のパルスLP4のフルエンスは、RSF分子をB’状態に変換するのに十分に高い。B’状態から、分子は速度定数kB’で明るい状態Aに変換される。それに続くパルスLP4、LP4、LP4、LP4...は蛍光信号の変化をサンプリングするためだけに使用され、これはA状態の濃度に比例し、
【数22】
として増大する。これによって、図4Dの広視野高強度測定のようにkB’を特定できる。間隔tは、この変化をサンプリングできるのに十分に短いべきであり、典型的にこれらは第一のウィンドウにおけるよりはるかに短くなることに留意されたい。
【0074】
TW-1-TW2-TW3-TW4のシーケンスは、必要に応じて複数回繰り返されてよい。
【0075】
蛍光タンパク質(FP)は長い間、光スイッチ型ではないと考えられていた。しかしながら、そのうちの幾つかは最近、暗い、より低い三重項状態を形成し、可視-近IR範囲にわたる広い吸収率を示すことが実証された([Byrdin 2018]参照)。図6は、このような分子のエネルギ準位と遷移を示す。波長λでの光子の吸収は、基底状態AをAに、光強度Iに比例する速度定数k(I)で励起させる。放射破壊は、光強度に依存しない速度定数k-1できわめて早く起こる。さらに、状態Aにはまた、はるかに遅い熱(すなわち、光強度に依存しない)速度定数kA*で暗い三重項状態Τへの非放射破壊が生じる。すると、三重項状態Τは熱速度定数kΤで基底状態Aに戻る。
【0076】
図7A及び7Bは、図6のFPの2つの速度定数を測定するために、例えば広視野顕微鏡を用いて実装されるようになされたプロトコルを示す。
【0077】
図7Aに示されるように、当初時間ウィンドウTW1’で、FPは波長λと十分に高い強度(Ihigh条件)で照明される。照明によって、蛍光発光だけでなく、光化学的ステップA→A及び熱的ステップA→Τを通じたA及びA状態のデポピュレーション及び暗いΤ状態のポピュレーションが誘導される。したがって、蛍光強度が低下する。低下がサンプリングされ、限定的(最も遅い)ステップの速度を特定するために使用される。FPの場合、かなり高い強度でも限定的ステップは光化学的ステップであり、したがってTW1’中に行われる測定により、k、k-1、及びkA*の関数であり、kを通じてIに依存するkを特定できる。
【0078】
その後の時間ウィンドウTW2’で、光強度レベルははるかに低いレベルに保持され(照明条件III)、これは非常に低く、その光化学的効果は無視できる。第二の時間ウィンドウ中に、レベルAは熱反応ステップΤ→Aによりポピュレートされる。Aの濃度の上昇は、残留照明により刺激された蛍光発光を測定することによって追跡できる。これは、図7Bに示されている。
【0079】
TW1’-TW2’のシーケンスは、必要に応じて複数回繰り返されてよい。
【0080】
興味深いことに、図4A~4Dに関して説明したRSFの場合と異なり、FPに適用可能なこのプロトコルによると、光化学的速度定数は高い光強度で測定され、熱的なそれは(非常に)低い強度で測定される。
【0081】
図8A及び8Bは、走査型顕微鏡を用いて実装するのに適したFPのための別のプロトコルを示している。照明条件Ihighが、同じ持続時間p×t(pは典型的に5)の複数の時間ウィンドウTW1、TW1、TW1、TW1...にわたって適用され、これらは増大する持続時間td.1<td.2<td.3<td.4<td.5の時間ウィンドウで分離され、その間は照明が適用されない。時間ウィンドウTW1、TW1、TW1、TW1の持続時間と強度の積は十分に高く、FPのA状態は持続時間p×tにわたってほぼ完全にデポピュレートされる。第一の(又は複数の第一の)時間ウィンドウ中に蛍光信号の減少をサンプリングすることにより、前述のようにkを特定できる。無照明の時間ウィンドウTW2、TW2、TW2、TW2...により、状態Aの部分的なリポピュレーションが可能となる。持続時間td.1のウィンドウTW2の終了時に、Aの濃度は
【数23】
に比例する。この濃度により、次の照明されるウィンドウTW1j+1の開始時の蛍光強度が決まる。時間間隔td.jはより長い(又は、より一般的には、変化する)持続時間を有するため、照明されるウィンドウの開始時の蛍光強度の測定により、kΤの特定が可能となる。これは図8Bに示されている。
【0082】
何れの測定プロトコルであっても、RSFの同定に使用される緩和時間を抽出するために蛍光信号の時間変化の測定値を処理するための幾つかの方法がある。処理は、変化の幾つかが純粋な単一指数によるものではなく、2つ又はそれより多い指数の一次結合により表現されることから、複雑である。したがって、各RSF及び各照明条件について1つの特徴的時間を抽出するための適当な処理方法が必要である。有利な態様として、本発明の方法の識別力が最大になるようにするために、抽出される特徴的時間はできるだけ分散しているべきである。
【0083】
第一の実現例では、蛍光信号の持続時間全体か、指数関数形減衰又は増大からの偏差が強すぎる場合は信号の単調部分に単一指数フィッティングが適用され、これはキネティックフィルタとして作用する時間ウィンドウに限定される。各照明条件に関する時間ウィンドウと蛍光信号のサンプリング点の数は、有利な態様として、τmax/τminが最大になるように選択され、τmax(又はτmin)は、識別対象のRSFのそれぞれの中で抽出された最長(又は最短)緩和時間である。信号対ノイズ比を改善するために、単一指数フィッティングに進む前に、連続する実験的な点にわたる移動平均を計算することが有利であり得る。
【0084】
第二の実現例では、「スペクトル」S(l)が生成される。これは、
【数24】
として定義され、式中、lは緩和時間の常用対数であり、I(t)は蛍光信号であり、〈〉は0~β10の時間平均を表し、f(t)は選択される関数であり、βは選択されるパラメータである。より正確には、βは、単一指数I(t)のスペクトルS(l)がこの単一指数の緩和時間の常用対数に対応する単独の極値を有するような方法で選択される。
【0085】
緩和時間のスペクトルは、関数f(t)の様々な選択肢について計算できる。蛍光変化I(t)は一般に指数関数の一次結合であり、f(t)=exp(-t/10)が直感的に選択される。指数との相関関係は広いピークを有するスペクトルを生成することが知られており、これはすなわち、時間分解能は幾分低いが、蛍光信号の信号対ノイズ比の影響をほとんど受けない。I(t)がn-1の指数関数の一次結合である、より一般的なケースでは、スペクトルは最大n-1の極値を有する。
【0086】
RSFの同定に使用される緩和時間は、スペクトルの単独の極値に、又はスペクトルの最大絶対値に関連する極値に対応するものである。
【0087】
その他の考え得る方法は、[Istratov 1999]に記載されている。
【0088】
本発明の方法の興味深い特徴は、空間的に不均一な照明の使用(例えば、ガウシアンレーザビームを使用する)によってRSFの位置を特定できることである。実際に、速度限定ステップが光化学的ステップである場合、RSFの動力学的識別特性は光強度に依存する。光強度が不均一であると、式(5)で定義される距離の空間依存性が焦点面におけるRSFの局在検出に使用でき、蛍光光スイッチの動力学の空間的ばらつきは、焦点面に近いRSFの検出を制限するために使用できる。したがって、その非常に高い識別力に加えて、本発明の方法は蛍光顕微鏡法の空間分解能を高めることができる。
【0089】
同じレイリ長z=26.6μmの2つの同軸ガウシアンビームを用いて、タイプI及びタイプIIによるλ及びλで照明された均質なRSF溶液を考える。
【0090】
動力学は、緩和時間τ(タイプIの照明)とτII(タイプIIの照明)で指数法則に従って変化する濃度を有する2状態モデルにより説明される光化学的ステップにより限定されると仮定される。これらの緩和時間は光の強度、したがって、特に軸座標z上の位置に依存する。
【0091】
厚さ“e”の溶液のスライスについて積分された蛍光信号は
【数25】
で表され、式中、Qはλでの輝度(λでの輝度は無視できると考えられる)であり、i=I,II、及びCはタイプIの照明での軸上の位置zと時間tの関数で表される明るい状態の濃度である。
【0092】
図9Aは、タイプIの照明下で、
【数26】
(破線)と
【数27】
(点線)
が両方とも、厚さeとともに増大するが、これらの差
【数28】
(実線)はe≒Zで飽和することを示している。これは、焦点面の片側の1未満のレイリ長にある分子だけが差分信号に寄与するとを意味している。
【0093】
図9Bは、タイプIIの照明下で、この飽和が
【数29】
信号で直接観察されることを示している。
【0094】
図10は、本発明を実行するための装置のごく簡略化した図を示す。装置は、制御された2つの光源LS1、LS2(例えば、半導体レーザ)を含み、これらはそれぞれ、所定の波長で可変強度I、Iの光ビームLB、LBを発出する。光学システムOSは光ビームLB、LBをサンプルS上へと向かわせ、光検出器LD(例えば、光電子増倍管又はカメラ等の画像検出装置)上へと向けられるサンプルの蛍光発光を収集する。光学システムOSは、広視野顕微鏡、走査型顕微鏡、コリメート又は結像レンズの単純なセット等であるか、又はこれを含み得る。幾つかのケースで、これはなくてもよく、光ビームLB、LBはサンプルに直接衝突し、光検出器LDが単純にサンプル付近に配置される。
【0095】
データ処理装置DPDは、典型的にはコンピュータ又は、ネットワーク上で相互接続されているか接続されていない複数のコンピュータからなる系であるが、それが光源を制御して、複数の照明条件を作り、前述のように光検出器により生成された蛍光信号を処理する。
【0096】
1つの光源でも(例えば、FPが使用される場合)、若しくは、反対にそれぞれの波長の3つ以上の光源でも、又はさらには1つの多色若しくは調整可能光源でも使用され得ると理解すべきである。
【0097】
図11Aは、図10による画像形成装置を用いて得られた、ドロンパで標識した大腸菌の蛍光画像を示す。図11Bは、λ=488nmで強度I=2 ein.m-2.s-1の連続照明及びλ=405nmで強度I=0.2 ein.m-2.s-1の方形波照明でのこれらの細菌の蛍光強度の時間変化のプロットであり、蛍光減衰に一次指数フィッティングを適用して、「低強度」減衰時間定数τ lowを抽出した。同様の取得が、λ=488nmで強度I=50 ein.m-2.s-1の連続照明及びλ=405nmで強度I=20ein.m-2.s-1の方形波照明で実行され、一次指数フィッティングによって「高強度」減衰時間定数τ lowを得た。図11Cは、ドロンパで標識した大腸菌の2D空間での表現である(I=log10τ low、I=log10τ high)。
【0098】
本発明は、限定的な数の実施形態に関して説明したが、そのほかも可能である。
【0099】
例えば、RSFはタンパク質でなく、他の何れの光化学的活性化学種でもあり得る。
【0100】
識別対象のRSFの光サイクルの特徴に応じて、異なる波長、照明条件、及び照明シーケンスが使用され得る。
【0101】
求められる性能によっては、利用可能な識別次元の全部を使用しなければならないわけではない。例えば、図3A/3BのRSFPの場合、識別のために4つではなく2つの緩和時間だけを測定し、使用することができる。2つの測定は、例えば図4A及び4Cの時間ウィンドウTW1及びTW3のそれらに対応し得る。しかしながら、各測定の前にRSFPが予想される初期状態(この例では状態A)にあることを確認することが重要である。必要に応じて、これはλでの照明を通じて実現できる。代替的に、時間ウィンドウTW1、次にTW4の測定を使用することができ、これはウィンドウTW1の最終状態はウィンドウTW4の必要な初期状態に対応することによる。4つの時間ウィンドウTW1、TW2、TW3、及びTW4が使用される場合、各測定の前にRSFPが予想される初期状態であることが確認されるかぎり、これらはその順序でなくてもよい。代替的な順序は例えば、TW3-TW2-TW1-TW4である。
【0102】
逆に、RSFの光化学的ダイナミクスが十分に複雑であれば、5つ以上の時間ウィンドウ、そしてそれぞれの照明条件が使用され得る。
【0103】
本発明を用いて検出される光化学的に活性な種は必ずしも蛍光性である必要はなく、その変化が測定される調査対象の光学特性は必ずしも蛍光発光でなくてもよい。例えば、それは吸光度やラマン散乱でもあり得る。
【0104】
図2A及び2Bは、蛍光体を識別するための「幾何学的な」アプローチを示しているが、その他の方法、例えばニューラルネットワーク等の分類器も使用され得る。距離が使用される場合、それは必ずしも式5のように定義されなくてはならないわけではない。閾値距離が識別に使用される場合、それは必ずしも式6A~6Cのように定義されなければならないわけではない。
【0105】
参考文献
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図1A
図1B
図1C
図1D
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図4D
図5A
図5B
図5C
図5D
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図9A
図9B
図10
図11A
図11B
図11C