(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-17
(45)【発行日】2024-04-25
(54)【発明の名称】抗菌シート及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B32B 15/08 20060101AFI20240418BHJP
B32B 15/20 20060101ALI20240418BHJP
C23C 14/08 20060101ALI20240418BHJP
【FI】
B32B15/08 E
B32B15/20
C23C14/08 J
(21)【出願番号】P 2020070621
(22)【出願日】2020-04-09
【審査請求日】2023-03-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(73)【特許権者】
【識別番号】000235783
【氏名又は名称】尾池工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小石川 敦史
(72)【発明者】
【氏名】西嶋 隆浩
【審査官】松岡 美和
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-000655(JP,A)
【文献】特開2015-133256(JP,A)
【文献】特開2001-205094(JP,A)
【文献】特表2009-528082(JP,A)
【文献】国際公開第2013/038705(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0275191(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第107693852(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0376694(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
A01L 59/20
C23C 14/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂フィルムと、
該樹脂フィルムの少なくとも一方の面に形成され、酸化銅と非酸化銅とを含む銅膜と、を備え、
該銅膜における前記非酸化銅の含有量は、前記酸化銅を形成する銅の含有量よりも少なく、0.04g/m
2以下であ
り、
前記酸化銅を形成する銅の含有量と前記非酸化銅の含有量との合計は、0.04g/m
2
以上であり、
前記非酸化銅は単体の銅である、抗菌シート。
【請求項2】
前記銅膜は、前記酸化銅と前記非酸化銅とを含むスパッタ膜からなる、請求項1に記載の抗菌シート。
【請求項3】
前記樹脂フィルムには、ポリエステル、ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリウレタン、ポリ塩化ビニル及びシリコーンのうち1種または2種以上の樹脂が含まれている、請求項1
又は2に記載の抗菌シート。
【請求項4】
前記樹脂フィルムの厚みは5~250μmである、請求項1~
3のいずれか一項に記載の抗菌シート。
【請求項5】
表面抵抗率が950Ω/□以上である、請求項1~
4のいずれか一項に記載の抗菌シート。
【請求項6】
請求項1~
5のいずれか一項に記載の抗菌シートの製造方法であって、
不活性ガスと酸素ガスを含む混合ガス雰囲気で上記酸素ガスの導入量を制御しながらスパッタリングを行うことにより前記樹脂フィルムに前記銅膜を形成する、抗菌シートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌シート及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療施設や食品加工施設等において、パーソナルコンピュータ等の電子機器の利用が進んでいる。医療施設等においては、室内における病原菌などの有害微生物の繁殖を抑制し、室内を清潔に保つことが求められている。従来から、この種の施設においては、水拭きによる清掃や、薬剤を用いた除菌等の種々の方法によって室内の清潔が維持されている。清掃や除菌等の方法によって室内の清潔を維持するためには定期的に清掃や除菌を行う必要がある。
【0003】
しかし、キーボードや操作パネル、タッチパネル等の電子機器のインターフェースは、多数の人が頻繁に触れるため、清潔が損なわれやすい。これらの部分の清潔を保つためには、理想的には使用の都度清掃や除菌を行うことが望ましいが、使用の都度清掃等を行うことは極めて煩雑である。そのため、清掃や除菌の頻度を低減することが求められている。
【0004】
かかる問題に対し、抗菌作用、つまり、菌の繁殖を抑制する作用を有するシートやフィルムによってインターフェースを覆い、清掃や除菌の頻度を低減する方法が注目されている。例えば、特許文献1には、可撓性高分子フィルム基材の少なくとも一方の表面に少なくとも1層の抗菌性金属薄膜を形成してなり、該金属薄膜は金属蒸発源を加熱溶融させて行う真空蒸着法により形成された蒸着膜からなる抗菌フィルムが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
抗菌フィルムをインターフェースや印刷物等の表示物に使用する際には、それらの表示内容を容易に判別できる程度の光透過率(可視光の透過率)が求められるが、必要とされる光透過率の程度は表示物における表示形態や使用環境によっても異なるため、抗菌フィルムの光透過率を容易に調整できることが望まれる。しかしながら、特許文献1に開示の構成において、抗菌フィルムは抗菌作用を維持しつつ光透過率の調整を容易に行えるようにはなっておらず、改善の余地がある。
【0007】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、光透過率を容易に調整することができる抗菌シートを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、樹脂フィルムと、
該樹脂フィルムの少なくとも一方の面に形成され、酸化銅と非酸化銅とを含む銅膜と、を備え、
該銅膜における前記非酸化銅の含有量は、前記酸化銅を形成する銅の含有量よりも少なく、0.04g/m2以下であり、
前記酸化銅を形成する銅の含有量と前記非酸化銅の含有量との合計は、0.04g/m
2
以上であり、
前記非酸化銅は単体の銅である、抗菌シートにある。
【発明の効果】
【0009】
前記抗菌シートによれば、前記銅膜における非酸化銅の含有量は0.04g/m2以下となっている。当該範囲において、前記銅膜における非酸化銅の含有量と抗菌シートの光透過率との間には相関関係があり、非酸化銅量の含有量が小さい領域において非酸化銅量の含有量の変動に対して光透過率が大きく変動する傾向がある。そのため、非酸化銅の含有量を上記範囲内で調整することにより、抗菌シートを表示物に使用する際には、その表示内容を容易に判別できる程度の光透過率を維持しつつ、当該光透過率を容易に調整することができる。
【0010】
さらに、上記銅膜は酸化銅と非酸化銅からなるため、抗菌シートは、銅色や黄銅色を呈している。そして、上記銅膜に含まれる非酸化銅を0.04g/m2以下の範囲で調整することにより、銅色の色味の強さを調整することができる。例えば、当該抗菌シートを適度に銅色を帯びた状態とすることにより、抗菌作用を有するシートであることを認識しやすくなるため、当該抗菌シートが設けられた部分は菌の繁殖が抑制されているとの安心感を得ることもできる。
【0011】
以上のごとく、本発明によれば、光透過率を容易に調整することができる抗菌シートを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例における、XPSによるO 1sスペクトルの分析結果を示す図。
【
図2】実施例における、XPSによるCu 2pスペクトルの分析結果を示す図。
【
図3】実施例における、XPSによるCu LMMスペクトルの分析結果を示す図。
【
図4】実施例における、化学結合状態によるCuとCu
2Oとの存在比率を示す概念図。
【
図5】実施例における、非酸化銅量と光透過率低下量との関係を示す図。
【
図6】実施例における、(a)試験体B4と印刷物とを重ね合わせた状態を示す図面代用写真、(b)試験体A6と印刷物とを重ね合わせた状態を示す図面代用写真。
【発明を実施するための形態】
【0013】
前記銅膜は、前記酸化銅と前記非酸化銅とを含むスパッタ膜からなることが好ましい。この場合は、銅膜が蒸着膜からなる場合に比べて、緻密にできるため銅の含有量を低減することなく、膜厚を薄くすることができる。さらに、酸化銅からなる薄膜は可視光、特に長波長光を透過するため、高い透過性を有する。その結果、抗菌作用を維持しつつ、光透過率を向上させることができる。また、所望量の非酸化銅を含有した銅膜を容易に形成することができる。
【0014】
前記酸化銅を形成する銅の含有量と前記非酸化銅の含有量との合計は0.04g/m2以上であることが好ましい。この場合には、樹脂フィルムに形成された銅膜が十分な抗菌作用を奏するため、抗菌シートにおける抗菌作用を確保することができる。
【0015】
前記抗菌シートにおいて、樹脂フィルムとしては、可視光に対して透明な樹脂フィルムを使用することができる。樹脂フィルムには、ポリエステル、ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリウレタン、ポリ塩化ビニル及びシリコーンのうち1種または2種以上の樹脂が含まれていることが好ましい。これらの樹脂は高い屈折率を有しており、酸化銅を含有する銅膜も高い屈折率を有している。そのため、樹脂フィルムとしてこれらの樹脂を含むものを使用することにより、酸化銅を含有する銅膜の界面反射率を低減して、抗菌シートの可視光の透過率をより向上させることができる。また、これらの樹脂は、高い耐熱性を有しているため、抗菌シートの製造過程においてスパッタリングを行う際の樹脂フィルムの劣化を抑制することができる。
【0016】
ポリエステルとしては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート等を使用することができる。また、ポリオレフィンとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のオレフィンの単独重合体や、エチレン-プロピレン共重合体等の、オレフィンを含む共重合体を使用することができる。
【0017】
樹脂フィルムの厚みは、例えば5~250μmとすることができる。樹脂フィルムの厚みが5μm未満の場合には、製造過程における樹脂フィルムの取り扱いが難しくなりやすい。一方、樹脂フィルムの厚みが250μmを超える場合には、可視光の透過性の低下を招くおそれがある。
【0018】
前記抗菌シートは、樹脂フィルムと銅膜との間にアンダーコート(AC)層を有していてもよい。この場合には、樹脂フィルムと銅膜との密着性をより向上させ、樹脂フィルムからの銅膜の剥離をより長期間に亘って抑制することができる。その結果、前記抗菌シートの抗菌効果をより長期間に亘って維持することができる。
【0019】
アンダーコート層としては、例えば、樹脂フィルムと酸化銅との両方に高い密着性を有する樹脂コート剤を使用することができる。かかる樹脂コート剤としては、例えば、ポリアミド系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、アクリル系樹脂、硝化綿系樹脂等の樹脂を含む樹脂コート剤がある。
【0020】
また、前記抗菌シートにおける樹脂フィルムの裏面、つまり、銅膜を有しない側の面には、抗菌シートを保護しようとする対象物に貼付するための粘着層が設けられていてもよい。粘着層の材質は、透明であれば特に限定されることはない。例えば、粘着層としては、アクリル系粘着剤、ゴム系粘着剤、ウレタン系粘着剤、シリコ-ン系粘着剤等を使用することができる。なお、粘着層を設ける場合は、粘着層を保護するとともに、抗菌シートを対象物に貼付しようとする際に容易に剥離可能なセパレータフィルムを当該粘着層に積層してもよい。この場合は、粘着層を有する抗菌シートの取り扱いが容易となり使い勝手が向上する。セパレータフィルムとしては、粘着層から容易に剥離可能な材質であればよく、例えば、ポリエステル樹脂やポリオレフィン樹脂等からなる基材にシリコーン系剥離剤等からなる剥離層が設けられたものを使用することができる。
【0021】
前記抗菌シートの製造方法として、例えば、不活性ガスと酸素ガスを含む混合ガス雰囲気で酸素ガスの導入量を制御しながらスパッタリングを行うことにより前記樹脂フィルムに前記銅膜を形成する方法を採用することができる。かかる製造方法により、樹脂フィルムに、酸化銅と非酸化銅を含むスパッタ膜からなる銅膜を形成することができる。そして、混合ガスにおける酸素ガスの導入量に応じて、銅膜における酸化銅と非酸化銅との割合を調節して、非酸化銅の含有量を0.04g/m2以下とする。
【0022】
前記の製造方法において、樹脂フィルムを準備した後、スパッタリングを行う前に、必要に応じて樹脂フィルムに前処理を施してもよい。前処理としては、例えば、樹脂フィルムの表面を正常化するための処理等を行うことができる。かかる処理としては、具体的には、コロナ放電処理、プラズマ処理、グロー放電処理等の表面処理を採用し得る。
【実施例】
【0023】
前記抗菌シート及びその製造方法の実施例を、
図1~
図6を用いて説明する。なお、本発明に係る抗菌シート及びその製造方法の具体的な態様は以下の態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。
【0024】
本例の抗菌シートは、樹脂フィルムと、樹脂フィルムの少なくとも一方の面に形成された銅膜とを備える。銅膜は酸化銅と非酸化銅とを含む。そして、銅膜における非酸化銅の含有量は、酸化銅を形成する銅の含有量よりも少なく、0.04g/m2以下であり、0.03g/m2以下であってもよく、好ましくは0.02g/m2以下である。
【0025】
上記銅膜における銅及び酸化銅の粒子がどのように存在しているかは不明ではあるが、酸化している銅粒子と、部分的に酸化している銅粒子と、酸化していない銅粒子とが混在していると推測される。なお、銅膜における酸化銅は、自然酸化や不可避的不純物に起因するものを含まないものとする。なお、銅粒子は、純銅から構成されていてもよいし、銅合金から構成されていてもよい。銅粒子が銅合金から構成されている場合、銅による抗菌効果を十分に発揮させる観点から、銅合金中の銅の含有量が60質量%以上であることが好ましい。
【0026】
銅膜におけるCu量(酸化銅を形成する銅の含有量と非酸化銅の含有量との合計)に対する酸化銅を形成する銅の含有量の比率は、40%以上であって、例えば、85%以上とすることができ、好ましくは90%以上である。
【0027】
本例の抗菌シートについて、以下に詳述する。なお、本例の抗菌シートの試験体として、下記の表1に示す試験体A2~A7、A12~A18を用意した。また、比較例のシートとして下記の表1に示す試験体A1、A8~A11、B1~B8を用意した。
【0028】
各試験体は以下の方法により作製することができる。
まず、樹脂フィルムを用意する。樹脂フィルムとして、下記表1の「基材」欄の通り、試験体A1~A10及びB1~B8では、ポリエチレンテレフタレートを含む厚み50μmの透明フィルムを準備し、試験体A11~A17ではウレタンを含む厚み50μmの透明フィルムを準備し、試験体A18ではポリエチレンを含む厚み25μmの透明フィルムを準備した。
【0029】
そして、試験体A2~A10、A12~A18及びB1~B8において、樹脂フィルムの片面に銅膜を形成する。試験体A2~A10及びA12~A18では、スパッタリングにより、酸化銅と非酸化銅を含むスパッタ膜からなる銅膜を形成した。スパッタリングに使用するスパッタリングガスとして、純アルゴン(Ar純度:99.999%)に酸素(O2)を10~50%の範囲で加えた混合ガスを使用することができる。スパッタリングは、真空度を0.12Paとし、マグネトロンスパッタリングにて実施した。なお、スパッタリングにおけるターゲットとして、純度99.9質量%以上の無酸素銅を使用することができる。なお、試験体A1及びA11については、スパッタリングを行わず、樹脂フィルムに銅膜を形成しないこととした。
【0030】
上記スパッタリングは、例えば、以下のように行うことができる。まず、スパッタリング装置内の冷却ロール上に樹脂フィルムを載置する。その後、スパッタリング装置内を真空ポンプで減圧し、Arガス、又はArとO2の混合ガスを導入する。そして、冷却ロールにより樹脂フィルムを冷却しながらスパッタリングを行う。このように、樹脂フィルムを冷却しながらスパッタリングを行うことにより、樹脂フィルムの熱収縮やシワ、歪み等の発生を抑制することができる。
【0031】
上記スパッタリング装置内の酸素導入量は、下記の表1の「酸素導入量」欄に示すように、「多」、「中」、「少」、「なし」の4段階とした。そして、酸素導入量を表1に示す範囲に制御し、スパッタリング速度及び成膜時間を適宜変更することによりスパッタリングを行って、表1に示す抗菌シート(試験体A1~A18)を得た。スパッタリング時の銅膜の膜厚の設定値は、表1の「狙い膜厚」欄に記載の通りとした。
【0032】
【0033】
また、比較例としての試験体B1~B8では、真空蒸着法により樹脂フィルム上に銅膜を形成した。蒸着源としては純度99.9質量%以上の無酸素銅を使用した。
【0034】
各試験体における酸化銅量と非酸化銅量は、以下のようにして測定した。
【0035】
まず、各試験体の銅膜におけるCu量(酸化銅を形成する銅と非酸化銅との総量)の測定を原子吸光分析法により行った。当該原子吸光分析では、偏光ゼーマン原子吸光光度計(株式会社日立ハイテクサイエンス製、ZA3000)を用い、銅膜が形成された各試験体を(1+1)塩酸中で穏やかに加熱してCuを溶解させ、原子吸光分光装置によってCuの質量であるCu量を測定した。その測定結果を表1の「Cu量」欄に記載した。また、蛍光X線分析装置(株式会社リガク製、ZSX PrimusIV)を用い、各試験体の銅膜が形成された面におけるCu-Kα線の蛍光X線強度を測定して、Cu膜厚既知の蛍光X線強度の検量線に基づいて各試験体のCu膜厚を測定し、その測定結果を下記の表2の「Cu膜厚(XRF)」欄に記載した。
【0036】
各試験体A2、A4~A6、A8~A10及びB3の皮膜における酸化銅と非酸化銅の存在比の測定を、X線光電子分光分析(XPS)により行った。XPSに使用した装置及び分析条件は下記の通りである。
【0037】
(XPS装置及びXPS分析条件)
XPS装置:アルバック・ファイ株式会社製「PHI5000 VersaprobeIII」
X線源:Al-Kα(単色化)
出力:25W、15kV
スポット径:100μm
取り出し角:45度
Pass Energy:55eV
Time step:20ms
Sweep回数:5回
【0038】
XPSでは、まず、試験体A2、A4~A6、A8~A10及びB3の銅膜においてArスパッタリングによって表層数nmの有機物膜を除去した。その後、上記条件にて、O 1sスペクトル、Cu 2pスペクトル及びCu LMMスペクトルを測定した。試験体A9、A10、A5及びB3の測定結果を
図1~
図3に示した。
【0039】
図1に示すO 1sスペクトルの測定結果によれば、酸素なしで蒸着により銅膜を形成した試験体B3では、銅膜における酸素量は微量であり、Cuは0価である。試験体A9、A10、A5では、酸素導入量が多くなるにしたがって銅膜における酸素量が増加していることを確認できた。
【0040】
図2に示すCu 2pスペクトルの測定結果によれば、いずれの試験体でも、メインピークはCu若しくはCu
2Oであり、Cu2価由来のサテライトピークの割合はわずかであった。また、
図3に示すCu LMMスペクトルの測定結果によれば、酸素導入量が多い試験体A5ではCu1価にピークがシフトしており、酸素導入量が中程度の試験体A10及び酸素導入量が少ない試験体A9では、CuとCu1価とが混ざったようなピークとなっていた。そして、試験体A9、A10、A5及びB3において、
図2に示すCu 2pスペクトルの測定結果からCuOのピークとCu及びCu
2Oのピークを分離し、両ピーク面積からCuOとCu及びCu
2Oとの原子量比を算出した。
【0041】
図2、
図3に示すように、CuとCu
2Oのピークは波形分離することが困難であるため、CuOに含まれるO以外のOはCuと結合しているものとみなし、半定量値からCuとCu
2Oの原子量比を計算した。計算結果を下記の表2の「XPS分析結果」欄及び
図4に示した。また、試験体A2、A4、A6及びA8についても同様に原子量比を算出して下記の表2の同欄に示した。
【0042】
【0043】
上記表2に示すXPS分析結果によれば、試験体A2~A6を比較すると、いずれも酸素導入量が「多」で同程度であり、銅膜における非酸化銅量の比率も膜厚に関わらず同程度となっている。一方、試験体A5、A8~A10を比較すると、銅膜の膜厚が同程度であり、銅膜における非酸化銅量の比率は、酸素導入量が多くなるにつれて大きくなっている。従って、当該非酸化銅量の比率は、膜厚には依存せず、銅膜形成時の酸素導入量に依存する傾向があることが示された。
【0044】
そして、以上の算出結果より、試験体A2、A4~A6、A8~A10及びB3において、銅膜を構成する酸化銅(CuO+Cu2O)と非酸化銅(Cu)の原子量比を算出し、当該酸化銅(CuO+Cu2O)の比率、すなわち(CuO+Cu2O)/(CuO+Cu2O+Cu)を表1の「CuO+Cu2Oの比」欄に記載した。さらに、上述の原子吸光分析法で測定したCuの質量であるCu量と、上述の酸化銅と非酸化銅の原子量比とから、皮膜における非酸化銅量の質量を算出し、算出結果を上記表1の「非酸化銅量」欄に記載した。
【0045】
上記表1の「CuO+Cu2Oの比」欄に記載の通り、試験体A2及びA4~A6ではいずれも、酸化銅を形成する銅量は、Cu量(酸化銅を形成する銅と非酸化銅との総量)に対して90%以上となっていた。そして、上記表1の「非酸化銅量」欄に記載の通り、試験体A2及びA4~A6において、非酸化銅量は0.04g/m2以下の範囲内であった。また、同試験体において、銅膜におけるCu量は0.04g/m2以上であった。なお、試験体A3、A7、A12~A18における「非酸化銅量」欄に記載した数値は、表1に示す試験体A5における「CuO+Cu2Oの比」に基づいて非酸化銅量を推計した評価値であって実測値ではない。同様に、試験体B1、B2、B4、B5における「非酸化銅量」欄に記載した数値は、表1に示す試験体B3における「CuO+Cu2Oの比」に基づいて非酸化銅量を推計した評価値であって実測値ではない。
【0046】
続いて、各試験体における光透過性、絶縁特性及び抗菌効果の評価を下記の通り行った。
【0047】
(光透過性の評価)
ヘーズメーター(日本電色工業株式会社製「NDH-2000」)を用い、JIS K7361-1:1997に準拠した方法により、各試験体の全光線透過率を測定し(光源:D65)、表1の「光透過率」欄に記載した。また、光透過率低下量として、試験体A2~A10及び試験体B1~B8では銅膜を有しない試験体A1に対する光透過率の差を算出し、試験体A12~A17では銅膜を有しない試験体A11に対する光透過率の差を算出し、それぞれ上記表1の「光透過率低下量」欄に記載した。また、非酸化銅量と光透過率低下量との関係を
図5に示した。
【0048】
図5に示すように、矢印Aで示す非酸化銅量が0.04g/m
2以下の範囲では、非酸化銅量と光透過率低下量との相関関係が顕著であった。当該相関関係は、光透過率低下量が10~60%程度の比較的低い領域、すなわち光透過率が比較的高い領域において顕著であった。かかる領域では、非酸化銅量の変化が光透過率低下量の変化に敏感に反映されており、非酸化銅量を増加させるとこれに伴って光透過率低下量が増加(すなわち、光透過率は減少)する関係となっていた。一方、非酸化銅量が0.04g/m
2よりも大きい範囲では、非酸化銅量の変化が光透過率低下量の変化に反映されにくくなっていた。
【0049】
表1に示すように、光透過率について、同じ狙い膜厚である試験体A7と試験体B5(酸素導入なし)及びB8(酸素導入多)とを比較すると、スパッタ膜からなる銅膜を有する試験体A7では、蒸着膜からなる銅膜を有する試験体B5、B8よりも光透過率が高くなっていた。試験体A3~A6と試験体B1~B4においても同様に、同じ狙い膜厚であれば、スパッタ膜からなる銅膜を有する試験体A3~A6の方が光透過率が高くなっていた。
【0050】
また、本例では、レーザープリンターによってモノクロ印刷された印刷物と試験体とを重ね合わせた際の印刷内容の視認性についても評価した。
図6(a)には試験体B4を印刷物Pに重ね合わせた状態を例示し、
図6(b)には試験体A4を印刷物Pに重ね合わせた状態を例示した。表1の「視認性」欄には、印刷物Pに各試験体を重ね合わせた状態において、背面から光を透過させることなく印刷内容を視認できる場合を記号「A」と記載した。また、背面から光を透過させれば印刷内容を視認できる場合を記号「B」と記載した。一方、背面から光を透過させても印刷内容を視認できない場合は記号「C」と記載した。
【0051】
表1に示すように、試験体A9、B5~B8では、光透過率が20%以下であって、背面から光を透過させても印刷内容を視認できず、印刷物Pの視認性は不良であった。一方、A1~A7、A11~A18、B1~B3では、光透過率が30%超であって、
図6(a)に例示するように背面から光を透過させることなく印刷内容を視認でき、視認性は良好であった。また、試験体A8、A10、B4では光透過率が20%超30%以下であって、背面から光を透過させれば印刷内容を視認できた。さらに、
図6(a)及び
図6(b)に示す通り、試験体A2~A7、A10、A12~A18はいずれも適度に銅色や黄銅色を呈している。いずれも適度に銅色を呈した状態で視認されるため、試験体が重ね合わされている領域を認識しやすくなっていた。そして、試験体A2~A7及びA12~A18では、
図5の矢印Aで示すように、非酸化銅を0.04g/m
2以下の範囲で調整することにより、銅色の色味の強さを調整することができる。
【0052】
(絶縁特性の評価)
低抵抗率計(株式会社三菱アナリテック製「ロレスタGP」)を用い、JIS K7194:1995に準拠した方法により、各試験体の銅膜表面の表面抵抗率を測定した。測定結果は表1の「表面抵抗率」欄に記載した通りである。また、静電容量式タッチパネル性の評価として、静電容量式のタッチパネルモニターに各試験体を載せて、タッチパネルが正常に反応するか否かを評価した。評価方法はタッチパネルが正常に反応した場合には良好(〇)とし、タッチパネルが正常に反応しない場合又はタッチした部位と別の箇所が反応した場合には不良(×)とし、評価結果を表1の「静電容量式タッチパネル性」欄に記載した。
【0053】
表1に示すように、試験体A1~A7、A11~A18における表面抵抗率はいずれもO.L.(1×106Ω/□以上)で測定不能であり、極めて高かった。そして、同試験体ではいずれも静電容量式タッチパネル性が良好であった。また、試験体A10では、表面抵抗率は988(Ω/□)であって十分高くなっており、静電容量式タッチパネル性が良好であった。一方、試験体A8、A9では表面抵抗率が低く、静電容量式タッチパネル性は不良であった。また、試験体B1~B8はいずれも表面抵抗率が低く、静電容量式タッチパネル性は不良であった。これらにより、表面抵抗率が950(Ω/□)以上の高い値であれば、静電容量式タッチパネル性は良好となると推察された。
【0054】
(抗菌効果の評価)
抗菌効果の評価は以下の通り行った。まず、各試験体A12~A16及びB1~B5から一辺40mmの正方形状を呈する抗菌加工試験片を採取した。また、銅膜を形成する前の樹脂フィルムから一辺40mmの正方形状を呈する無加工試験片を採取した。これらの試験片を用い、JIS Z2801:2010に規定された方法により抗菌性試験を行った。試験に用いる細菌は黄色ブドウ球菌及び大腸菌とし、培養時間は24時間とした。
【0055】
各試験片における24時間培養後の生菌数に基づき、抗菌効果の大小を示す抗菌活性値を算出し、算出結果を表1の「抗菌活性値」欄に記載した。抗菌活性値Rは、具体的には、下記の式により算出される。なお、下記式における記号Utは無加工試験片における24時間培養後の生菌数の常用対数の平均値であり、Atは抗菌加工試験片における24時間培養後の生菌数の常用対数の平均値である。
R=Ut-At
【0056】
抗菌効果の評価は、黄色ブドウ球菌及び大腸菌の両方について抗菌活性値Rが2.0以上である場合を合格と判定し、少なくとも一方が2.0未満である場合を不合格と判定した。表1に示すように、試験体B1では大腸菌に対する抗菌活性値は2.0未満のため不合格であったが、その他の試験体A12~A16及びB2~B5では、抗菌活性値はいずれも2.0以上であって合格であった。なお、試験体A2~A6は、試験体A12~A16に対して樹脂フィルムの構成が異なるが、銅膜の構成は同等であって、銅膜は0.04g/m2以上のCu量を含んでいる。そのため、試験体A2~A10、A17及びA18においても、試験体A12~A16と同等の抗菌活性値が得られるものと推察される。
【0057】
以下に、本例の抗菌シートにおける作用効果について、詳述する。
本例の抗菌シートでは、上記試験体A2~A7及びA12~A18の通り、銅膜には0.04g/m2以下の非酸化銅が含まれている。非酸化銅の含有量が0.04g/m2以下の範囲では、非酸化銅の含有量と抗菌シートの光透過率との間に相関関係があり、非酸化銅量の含有量が小さい領域において非酸化銅量の含有量の変動に対して光透過率が大きく変動する傾向がある。そのため、非酸化銅の含有量を上記範囲内で調整することにより、抗菌シートをインターフェースに使用する際にインターフェースの表示内容を容易に判別できる程度の光透過率を維持しつつ、当該光透過率を容易に調整することができる。
【0058】
また、当該抗菌シートは酸化銅と非酸化銅からなり、銅色や黄銅色を帯びた状態である。そして、銅膜に含まれる非酸化銅を0.04g/m2以下の範囲で調整することにより、銅色の色味の強さを調整することができる。例えば、当該抗菌シートを適度に銅色を帯びた状態とすることにより、抗菌作用を有するシート1であることを認識しやすくなるため、当該抗菌シートが設けられた部分は菌の繁殖が抑制されているとの安心感を得ることもできる。
【0059】
また、従来の抗菌フィルムにおける抗菌性の金属薄膜は導電性の高い銅、銀やこれらの合金等の金属からなっているため、スマートフォンなどのタッチパネルとして使用されることの多い静電容量式のタッチパネルや種々の操作パネルに使用される静電容量式のタッチセンサなどに使用することが困難である。これに対して、本例の抗菌シートでは、上記試験体A2~A7及びA12~A18の通り、樹脂フィルムの少なくとも一方の面に付着された銅膜により抗菌作用を示すとともに銅膜を構成する酸化銅は導電性が低いため、静電容量式のタッチパネルやタッチセンサに使用することが可能である。
【0060】
また、本例では、銅膜は、酸化銅と非酸化銅とを含むスパッタ膜からなる。これにより、銅膜が蒸着膜からなる場合に比べて、緻密にできるため銅の含有量を低減することなく、膜厚を薄くすることができる。また、酸化銅からなる薄膜は可視光、特に長波長光を透過するため、高い透過性を有する。その結果、抗菌作用を維持しつつ、光透過率を向上させることができる。また、所望量の非酸化銅を含有した銅膜を容易に形成することができる。
【0061】
また、本例では、酸化銅を形成する銅の含有量と非酸化銅の含有量との合計は0.04g/m2以上である。これにより、樹脂フィルムに形成された銅膜が十分な抗菌作用を奏するため、抗菌シートにおける抗菌作用を確保することができる。
【0062】
また、本例では、樹脂フィルムとしては、可視光に対して透明な樹脂フィルムを使用している。樹脂フィルムには、ポリエステル、ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリウレタン、ポリ塩化ビニル及びシリコーンのうち1種または2種以上の樹脂が含まれていることが好ましく、本例では、樹脂フィルムはポリエステルに含まれるポリエチレンテレフタレートからなる。当該樹脂フィルムは高い屈折率を有しているため、高い屈折率を有する上記銅膜の界面反射率を低減して、抗菌シートの可視光の透過性をより向上させることができる。また、当該樹脂は、高い耐熱性を有しているため、抗菌シートの製造過程においてスパッタリングを行う際の樹脂フィルムの劣化を抑制することができる。
【0063】
また、樹脂フィルムの厚みは、例えば5~250μmとすることができ、本例では50μm、又は25μmとしている。これにより、製造過程における樹脂フィルムの取り扱いが容易であり、可視光の透過性の低下を招きにくい。
【0064】
また、抗菌シートの表面抵抗率は、例えば950Ω/□以上とすることができ、本例では988Ω/□以上としている。これにより、抗菌シートの表面抵抗が十分高くなることから、抗菌シートで静電容量式のタッチパネルを覆った場合には当該抗菌シート越しにタッチパネルを正常に操作することができ、抗菌シートでタッチセンサを覆った場合には当該抗菌シート越しにタッチセンサを正常に作動させることができる。それゆえ、静電容量式のタッチパネルやタッチセンサを覆って使用するのに適した抗菌シートとなる。
【0065】
以上のごとく、本例によれば、光透過率を容易に調整することができる抗菌シートを提供することができる。本例の抗菌シートは、キーボードや操作パネル、タッチパネル等の電子機器のインターフェースや印刷物等を覆ったり、室内の壁面や家具等を覆ったりして使用することができる。