(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-17
(45)【発行日】2024-04-25
(54)【発明の名称】アルカリ水電解方法及びアルカリ水電解用アノード
(51)【国際特許分類】
C25B 11/085 20210101AFI20240418BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20240418BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20240418BHJP
C25B 11/02 20210101ALI20240418BHJP
C25B 11/04 20210101ALI20240418BHJP
C25B 11/052 20210101ALI20240418BHJP
【FI】
C25B11/085
C25B1/04
C25B9/00 A
C25B11/02
C25B11/04
C25B11/052
(21)【出願番号】P 2020039838
(22)【出願日】2020-03-09
【審査請求日】2022-12-23
(73)【特許権者】
【識別番号】390014579
【氏名又は名称】デノラ・ペルメレック株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000000974
【氏名又は名称】川崎重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】光島 重徳
(72)【発明者】
【氏名】黒田 義之
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼津 正平
(72)【発明者】
【氏名】永島 郁男
(72)【発明者】
【氏名】谷口 達也
(72)【発明者】
【氏名】猪股 昭彦
(72)【発明者】
【氏名】永井 彩加
(72)【発明者】
【氏名】錦 善則
(72)【発明者】
【氏名】加藤 昭博
(72)【発明者】
【氏名】ザエナル アワルディン
(72)【発明者】
【氏名】中井 貴章
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/127536(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/172160(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/184607(WO,A1)
【文献】KURODA, Yoshiyuki et al.,Self-repairing hybrid nanosheet anode catalysts for alkaline water electrolysis connected with fluct,Electrochimica Acta,Vol.323, No.10,2019年,p.134812-1 - 134812-10
【文献】KURODA, Yoshiyuki et al.,Direct Synthesis of Highly Designable Hybrid Metal Hydroxide Nanosheets by Using Tripodal Ligands as,Chemistry- A European Journal,2017年,Vol.23, No.21,p.5023-5032
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B1/00-15/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
三脚型配位子を有する層状の
NiFe-ns-Tris-NH
2
分子構造を有
し、Tris分子が共有結合的に固定化されているブルーサイト層からなる、金属水酸化物と有機物との複合体のハイブリッド水酸化ニッケル・鉄ナノシート(NiFe-ns)を含んでなる触媒を分散させた電解液を、電解セルを構成するアノード室とカソード室に供給し、各室での電解に共通して用いることを特徴とするアルカリ水電解方法。
【請求項2】
三脚型配位子を有する層状の
NiFe-ns-Tris-NH
2
分子構造を有
し、Tris分子が共有結合的に固定化されているブルーサイト層からなる、金属水酸化物と有機物との複合体のハイブリッド水酸化ニッケル・鉄ナノシート(NiFe-ns)を含んでなる触媒を分散させた電解液を、電解セルを構成するアノード室とカソード室に供給し、各室での電解に共通して用い、運転中に、前記NiFe-nsの電解析出を前記電解セル内にて行い、酸素発生用アノードを構成する表面に触媒層を形成してなる導電性基体の表面に、前記NiFe-nsを電解析出させることで、電解性能を回復、向上させることを特徴とするアルカリ水電解方法。
【請求項3】
前記層状の分子構造が、10~100nmの大きさを有する請求項1又は2に記載のアルカリ水電解方法。
【請求項4】
前記NiFe-nsを導電性基体の表面に電解析出させる条件が、前記導電性基体を、1.2V~1.8V vs.RHEの電位範囲に保持することである請求項2又は3に記載のアルカリ水電解方法。
【請求項5】
前記NiFe-nsを分散させた電解液として、濃度が10~100g/LであるNiFe-ns分散液を用い、該NiFe-ns分散液の電解液への添加濃度が0.1~5mL/Lの範囲内になるように調製したものを用いる請求項1~4のいずれか1項に記載のアルカリ水電解方法。
【請求項6】
表面がニッケル又はニッケル基合金からなる導電性基体と、
前記導電性基体の表面上に形成された、組成式Li
xNi
2-xO
2(0.02≦x≦0.5)で表されるリチウム含有ニッケル酸化物からなる中間層と、
前記中間層の表面上に形成された、10~100nmの大きさの
三脚型配位子を有する層状の
NiFe-ns-Tris-NH
2
分子構造を有
し、Tris分子が共有結合的に固定化されているブルーサイト層からなる、金属水酸化物と有機物との複合体のハイブリッド水酸化ニッケル・鉄ナノシート(NiFe-ns)を含んでなる触媒層と、
を備えてなる酸素発生を行うことを特徴とするアルカリ水電解用アノード。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ水電解方法及びアルカリ水電解用アノードに関する。詳しくは、電解セルを構成するアノード室とカソード室に共通の特有の構成の電解液を供給するという簡便な手段によって、酸素発生用アノードの触媒活性を長期間にわたって安定して維持させることを実現し、これにより、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とした場合であっても、電解性能が劣化しにくく、長期間にわたって安定したアルカリ水電解を行うことができる技術を提供する。
【背景技術】
【0002】
水素は、貯蔵及び輸送に適しているとともに、環境負荷が小さい二次エネルギーであるため、水素をエネルギーキャリアに用いた水素エネルギーシステムに関心が集まっている。現在、水素は主に化石燃料の水蒸気改質などにより製造されている。しかし、地球温暖化や化石燃料枯渇問題の観点から、基盤技術の中でも、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーからの水電解による水素製造が重要になってきている。水電解は、低コストで大規模化に適しており、水素製造の有力な技術である。
【0003】
現状の実用的な水電解は大きく2つに分けられる。1つはアルカリ水電解であり、電解質に高濃度アルカリ水溶液が用いられている。もう1つは、固体高分子型水電解であり、電解質に固体高分子膜(SPE)が用いられている。大規模な水素製造を水電解で行う場合は、高価な貴金属を多量に用いた電極を用いる固体高分子型水電解よりも、ニッケル等の鉄系金属などの安価な材料を用いるアルカリ水電解の方が適していると言われている。
【0004】
高濃度アルカリ水溶液は、温度上昇に伴って電導度が高くなるが、腐食性も高くなる。このため、操業温度の上限は80~90℃程度に抑制されている。高温及び高濃度のアルカリ水溶液に耐える、電解槽の構成材料や各種配管材料の開発、低抵抗隔膜、及び、表面積を拡大し触媒を付与した電極の開発により、電解セル電圧は、電流密度0.6Acm-2において2V以下にまで向上している。
【0005】
アルカリ水電解用の陽極(アノード)として、高濃度アルカリ水溶液中で安定なニッケル系材料が使用されており、安定な動力源を用いたアルカリ水電解の場合、ニッケル系アノードは、数十年以上の寿命を有することが報告されている(非特許文献1及び2)。しかし、再生可能エネルギーを動力源とすると、激しい起動停止や負荷変動などの過酷な条件となる場合が多く、ニッケル系アノードの性能の劣化が問題とされている(非特許文献3)。
【0006】
ニッケル酸化物の生成反応、及び、生成したニッケル酸化物の還元反応は、いずれも金属表面にて進行する。このため、これらの反応に伴い、金属表面に形成された電極触媒の脱離が促進される。電解のための電力が供給されなくなると、電解が停止し、ニッケル系アノードは、酸素発生電位(1.23V vs.RHE)より低い電位、かつ、対極である水素発生用の陰極(カソード)(0.00V vs.RHE)より高い電位に維持される。電解セル内では、種々の化学種による起電力が発生しており、電池反応の進行によりアノード電位は低く維持され、ニッケル酸化物の還元反応が促進される。
【0007】
電池反応によって生じた電流は、例えば、アノード室とカソード室等の複数のセルを組み合わせた電解槽の場合、セル間を連結する配管を介してリークする。このような電流のリークを防止する対策としては、例えば、停止時に微小な電流を流し続けるようにする方法などがある。しかし、停止時に微小な電流を流し続けるには、特別な電源制御が必要になるとともに、酸素及び水素を常に発生させることになるため、運用管理上の過度の手間がかかる、といった問題がある。また、逆電流状態を意図的に避けるために、停止直後に液を抜いて電池反応を防止することは可能であるが、再生エネルギーのような出力変動の大きい電力での稼動を想定した場合、必ずしも適切な処置であるとは言い難い。
【0008】
ここで、従来、アルカリ水電解に使用される酸素発生用アノードの触媒(陽極触媒)として、白金族金属、白金族金属酸化物、バルブ金属酸化物、鉄族酸化物、ランタニド族金属酸化物などが利用されている。その他のアノード触媒としては、Ni-Co、Ni-Feなど、ニッケルをベースにした合金系;表面積を拡大したニッケル;スピネル系のCo3O4、NiCo2O4、ペロブスカイト系のLaCoO3、LaNiO3などの導電性酸化物(セラミック材料);貴金属酸化物;ランタニド族金属と貴金属からなる酸化物なども知られている(非特許文献3)。
【0009】
近年、高濃度アルカリ水電解に使用される酸素発生用アノードとして、リチウムとニッケルを所定のモル比で含むリチウム含有ニッケル酸化物触媒層を、ニッケル基体表面に形成したアルカリ水電解用陽極(特許文献1)や、ニッケルコバルト系酸化物と、イリジウム酸化物又はルテニウム酸化物とを含む触媒層をニッケル基体表面に形成したアルカリ水電解用陽極(特許文献2)が提案されている。
【0010】
本発明者らは、上記で提案されている従来技術の課題を解決する技術として、既に、従来にない構成の酸素発生用アノードを提案している。具体的には、表面がニッケル又はニッケル基合金からなる導電性基体の表面上に、金属水酸化物と有機物との複合体のハイブリッド水酸化コバルトナノシート(Co-ns)を含んでなる触媒層を設けてなる酸素発生用アノードである。さらに、この酸素発生用アノードを用い、前記触媒層の形成成分であるハイブリッド水酸化コバルトナノシート(Co-ns)を分散させた電解液を、電解セルを構成するアノード室とカソード室に供給し、各室での電解に共通して用いるアルカリ水電解方法を提案した(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2015-86420号公報
【文献】特開2017-190476号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】P.W.T.Lu, S.Srinivasan, J.Electrochem.Soc.,125, 1416 (1978)
【文献】C.T.Bowen, Int.J.Hydrogen Energy,9,59 (1984)
【文献】S. Mitsushima et al., Electrocatalysis, 8, 422 (2017)
【文献】Y. Kuroda, T. Nishimoto, S. Mitsushima, Electrochim. Acta, 323, Article 134812 (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明者らの検討によれば、前記した特許文献1及び2で提案されたアルカリ水電解用アノードであっても、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とした場合には、性能が低下しやすく、長期間にわたって安定的に使用することが困難であるといった問題があった。このような問題を解決するためには、激しい起動停止や電位負荷変動による電位変動に対するアノードの高耐久化が求められる。
【0014】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とした場合であっても、電解性能が劣化しにくく、優れた触媒活性が長期間にわたって安定して維持される有用な電解用電極を提供することにある。また、本発明が最終的に課題とするところは、上記の優れた電解用電極を用いることで、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とした場合であっても、電解性能が劣化しにくく、長期間にわたって安定したアルカリ水電解を行うことができる運転方法を提供することにある。
【0015】
これに対し、先述した本発明者らが提案した、金属水酸化物と有機物との複合体のハイブリッド水酸化コバルトナノシート(Co-ns)を含んでなる触媒層を設けてなる酸素発生用アノード、該アノードを用いた新たなアルカリ水電解方法によれば、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とした場合であっても、電解性能が劣化しにくく、触媒活性が長期間にわたって維持されるという効果が得られる。
【0016】
本発明の目的は、この本発明者らが開発した技術をさらに進展させて、Co-nsを利用した場合よりも、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とした場合に、電解性能が劣化しにくく、優れた触媒活性がより長期間にわたって安定して維持されるという優れた効果を実現させることで、工業上、より効果的に利用できる技術にすることにある。また、このような優れた効果が得られる酸素発生用アノードの触媒層を、より凡用性の高い材料で、しかも簡便な電解方法で形成することができる技術を開発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の目的は、下記の本発明によって達成される。すなわち、本発明は、以下のアルカリ水電解方法を提供する。
[1]金属水酸化物と有機物との複合体のハイブリッド水酸化ニッケル・鉄ナノシート(NiFe-ns)を含んでなる触媒を分散させた電解液を、電解セルを構成するアノード室とカソード室に供給し、各室での電解に共通して用いることを特徴とするアルカリ水電解方法。
【0018】
[2]金属水酸化物と有機物との複合体のハイブリッド水酸化ニッケル・鉄ナノシート(NiFe-ns)を含んでなる触媒を分散させた電解液を、電解セルを構成するアノード室とカソード室に供給し、各室での電解に共通して用い、運転中に、前記NiFe-nsの電解析出を前記電解セル内にて行い、酸素発生用アノードを構成する表面に触媒層を形成してなる導電性基体の表面に、前記NiFe-nsを電解析出させることで、電解性能を回復、向上させることを特徴とするアルカリ水電解方法。
【0019】
上記したアルカリ水電解方法の好ましい形態として、下記のものが挙げられる。
[3]前記NiFe-nsが、10~100nmの大きさの層状の分子構造を有する[1]又は[2]に記載のアルカリ水電解方法。
[4]前記NiFe-nsを導電性基体の表面に電解析出させる条件が、前記導電性基体を、1.2V~1.8V vs.RHEの電位範囲に保持することである[2]又は[3]に記載のアルカリ水電解方法。
[5]前記NiFe-nsを分散させた電解液として、濃度が10~100g/LであるNiFe-ns分散液を用い、該NiFe-ns分散液の電解液への添加濃度が0.1~5mL/Lの範囲内になるように調製したものを用いる[1]~[4]のいずれかに記載のアルカリ水電解方法。
【0020】
また、本発明は、別の実施形態として、上記アルカリ水電解方法に適用した場合に有用な、以下のアルカリ水電解用アノードを提供する。
[6]表面がニッケル又はニッケル基合金からなる導電性基体と、
前記導電性基体の表面上に形成された、組成式LixNi2-xO2(0.02≦x≦0.5)で表されるリチウム含有ニッケル酸化物からなる中間層と、
前記中間層の表面上に形成された、金属水酸化物と有機物との複合体のハイブリッド水酸化ニッケル・鉄ナノシート(NiFe-ns)を含んでなる触媒層と、
を備えてなる酸素発生を行うことを特徴とするアルカリ水電解用アノード。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とした場合であっても、電解運転中に電解性能が劣化しにくく、優れた触媒活性が長期間にわたってより安定して維持される、酸素発生を行うアルカリ水電解用アノード(本願明細書では、酸素発生用アノードとも呼ぶ)の提供が可能になる。また、本発明によれば、アノード室とカソード室に共通の電解液を供給するという簡便な手段によって、酸素発生用アノードの触媒活性を長期間にわたって安定して維持させることが実現でき、特に、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とした場合に、電解性能が劣化しにくく、長期間にわたってより安定したアルカリ水電解を行うことができる、工業上、有用なアルカリ水電解方法を提供することが可能になる。さらに、本発明で利用する、上記の優れた効果が得られるアルカリ水電解用アノードの触媒層を構成する材料は、極めて凡用性の高いものであり、また、定電流の電解で簡便に、迅速に触媒層の形成をすることができるので、より工業上の利用性に優れ、その実用価値は極めて高いものになる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明のアルカリ水電解方法で用いる酸素発生用アノードの一実施形態を模式的に示す断面図である。
【
図2】本発明で使用する触媒成分の、三脚型配位子を有する層状のNiFe-Tris-NH
2分子構造の一例を示す図である。
【
図3】本発明で使用する酸素発生用アノードの導電性基体の表面における、層状構造の触媒層の製法例と組成、構造式を示す図である。
【
図4】検討例1での電位サイクルにおけるサンプルの電流-電位変化(活性変化)を示すグラフである。
【
図5】検討例1、比較検討例1の電解特性の変化を示すグラフである。
【
図6】検討例2、比較検討例2の電解特性の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、好ましい実施の形態を挙げて、本発明について詳細に説明する。先述した従来技術の状況下、下記に挙げるような技術についての提案がある。例えば、最近、E. Ventosa et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 8573.で、電解運転中の触媒粒子のその場での自己集合に基づく自己修復能力を有する、安定な触媒層に関する技術が提案された。この従来技術では、触媒粒子は、電解質に添加されて懸濁液を形成し、負に帯電した表面を有する粒子はアノードに付着し、一方、正に帯電した表面を有する粒子はカソードに付着する。そして、下記のことが開示されている。十分な触媒粒子が電解質中に存在する限り、自己修復特性を有する。アノード及びカソードに、それぞれ、NiFe-LDH(NiFe-layered double hydroxide)及びNixB触媒ナノ粉末を使用する例では、セル電圧は、NixBを陰極液に添加した場合にのみ低下した。カソード上に緻密粒子フィルムが観察されたが、アノード上に、フィルム形成は観察されなかった。NixBは、カソード触媒としての効果が確認されたのみで、アノードへの効果はなかった。
【0024】
前記した非特許文献4において、アノードのための自己修復触媒Co-nsを分散させた電解液において、アノードの性能が改善される一方で、カソード電極への影響がほとんどないことが初めて報告された。ただし、アノード性能にはまだ改善の余地があった。
【0025】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した。その結果、最近、Y. Kuroda et al., Chem. Eur. J. 2017, 23, 5032.に開示された新規な製法に基づいて得た、ハイブリッド水酸化ニッケル・鉄ナノシート(NiFe-ns)が、高耐久性の自己組織化電極触媒としてより効果的に機能し得、このシートを使用することで、上記した従来技術における課題を、より高いレベルで解決することが可能であることを見出して、本発明を完成するに至った。具体的には、金属水酸化物と有機物の複合体であるハイブリッド水酸化ニッケル・鉄ナノシート(NiFe-ns)を、電解液に分散させて用い、自己組織化触媒として利用することで、NiFe-nsが、触媒及び防食被膜として作用し、電位変動に対してNi系アノードの耐久性を、先に提案したCo-nsを利用したアノードよりも大幅に向上させることができることを見出した。さらに、NiFe-nsは、活性なカソードに対して特に影響を及ぼさず、電解セルに適用できるので、ナノシートを分散させた電解液を、電解セルを構成するアノード室とカソード室に共に供給し、各室での電解に共通して用いることができることを見出した。
【0026】
[アノード]
図1は、本発明のアルカリ水電解方法で用いる、酸素発生を行うアルカリ水電解用アノード10の一実施形態を模式的に示す断面図である。
図1に示すように、本実施形態の酸素発生用アノードは、導電性基体2と、導電性基体2の表面上に形成された中間層4と、中間層4の表面上に形成された触媒層6とを備える。以下、本発明のアルカリ水電解方法で用いる酸素発生用アノードの詳細につき、図面を参照しつつ説明する。
【0027】
<導電性基体>
導電性基体2は、電気分解のための電気を通すための導電体であり、中間層4及び触媒層6を担持する担体としての機能を有する部材である。導電性基体2の少なくとも表面(中間層4が形成される面)は、ニッケル又はニッケル基合金で形成されている。すなわち、導電性基体2は、全体がニッケル又はニッケル基合金で形成されていてもよく、表面のみが、ニッケル又はニッケル基合金で形成されていてもよい。具体的に、導電性基体2は、例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、チタン等の金属材料の表面に、めっき等によりニッケル又はニッケル基合金のコーティングが施されたものであってもよい。
【0028】
導電性基体2の厚さは、0.05~5mmであることが好ましい。導電性基体の形状は、生成する酸素や水素等の気泡を除去するための開口部を有する形状であることが好ましい。例えば、エクスパンドメッシュや多孔質エクスパンドメッシュを、導電性基体2として使用することができる。導電性基体が開口部を有する形状である場合、導電性基体の開口率は10~95%であることが好ましい。
【0029】
本発明のアルカリ水電解方法で用いる酸素発生用アノードは、例えば、上記した導電性基体2の表面に、下記のようにして、中間層4と、触媒層6とを形成することで得ることができる。
(前処理工程)
中間層4、触媒層6の形成工程を行う前に、表面の金属や有機物などの汚染粒子を除去するために、導電性基体2を予め化学エッチング処理することが好ましい。化学エッチング処理による導電性基体の消耗量は、30g/m2以上、400g/m2以下程度とすることが好ましい。また、中間層との密着力を高めるために、導電性基体の表面を予め粗面化処理することが好ましい。粗面化処理の手段としては、粉末を吹き付けるブラスト処理や、基体可溶性の酸を用いたエッチング処理や、プラズマ溶射などが挙げられる。
【0030】
<中間層>
中間層4は、導電性基体2の表面上に形成される層である。中間層4は、導電性基体2の腐食等を抑制するとともに、触媒層6を導電性基体2に安定的に固着させる。また、中間層4は、触媒層6に電流を速やかに供給する役割も果たす。中間層4は、例えば、組成式LixNi2-xO2(0.02≦x≦0.5)で表されるリチウム含有ニッケル酸化物で形成するとよい。上記組成式中のxが0.02未満であると、導電性が不十分になる。一方、xが0.5を超えると物理的強度及び化学的安定性が低下する。上記組成式で表されるリチウム含有ニッケル酸化物で形成された中間層4は、電解に十分な導電性を有するとともに、長期間使用した場合でも優れた物理的強度及び化学的安定性を示す。
【0031】
中間層4の厚さは、0.01μm以上100μm以下であることが好ましく、0.1μm以上10μm以下であることがさらに好ましい。中間層の厚さが0.01μm未満であると、上述した機能が十分に得られない。一方、中間層の厚さを100μm超としても、中間層での抵抗による電圧損失が大きくなって上述の機能が発現しないとともに、製造コスト等の面でやや不利になる場合がある。
【0032】
(中間層4を形成するための塗布工程)
塗布工程では、リチウムイオン及びニッケルイオンを含有する前駆体水溶液を導電性基体2の表面に塗布する。中間層4は、いわゆる熱分解法によって形成される。熱分解法により中間層を形成するに際しては、まず、中間層の前駆体水溶液を調製する。リチウム成分を含む前駆体としては、硝酸リチウム、炭酸リチウム、塩化リチウム、水酸化リチウム、カルボン酸リチウムなど公知の前駆体を使用することができる。カルボン酸リチウムとしては、ギ酸リチウムや酢酸リチウムが挙げられる。ニッケル成分を含む前駆体としては、硝酸ニッケル、炭酸ニッケル、塩化ニッケル、カルボン酸ニッケルなど公知の前駆体を使用することができる。カルボン酸ニッケルとしては、ギ酸ニッケルや酢酸ニッケルが挙げられる。特に、前駆体としてカルボン酸リチウム及びカルボン酸ニッケルの少なくとも一方を用いることにより、後述するように低温で焼成した場合であっても緻密な中間層を形成することができるので特に好ましい。
【0033】
熱分解法で中間槽4を形成する際の熱処理温度は、適宜設定することができる。前駆体の分解温度と生産コストとを考慮すると、熱処理温度は、450℃以上、600℃以下とすることが好ましい。450℃以上、550℃以下とすることがさらに好ましい。例えば、硝酸リチウムの分解温度は430℃程度であり、酢酸ニッケルの分解温度は373℃程度である。熱処理温度を450℃以上とすることにより、各成分をより確実に分解することができる。熱処理温度を600℃超とすると、導電性基体2の酸化が進行しやすく、電極抵抗が増大して電圧損失の増大を招く場合がある。熱処理時間は、反応速度、生産性、触媒層表面の酸化抵抗等を考慮して、適宜に設定すればよい。
【0034】
前述の塗布工程における水溶液の塗布回数を適宜に設定することで、形成される中間層4の厚さを制御することができる。なお、水溶液の塗布と乾燥を一層毎に繰り返し、最上層を形成した後に全体を熱処理してもよく、また、水溶液の塗布及び熱処理(前処理)を一層毎に繰り返し、最上層を形成した後に全体を熱処理してもよい。前処理の温度と全体の熱処理の温度は、同一であってもよく、異なっていてもよい。前処理の時間は、全体の熱処理の時間よりも短くすることが好ましい。
【0035】
<触媒層>
本発明のアルカリ水電解方法で用いる酸素発生用アノードは、導電性基体2の最表面に特有の触媒成分からなる触媒層6を形成した形態とすることが好ましい。このように構成し、アルカリ水電解に適用することで、本発明の優れた効果を発現できる。以下、本発明において効果的で有用な触媒層について説明する。
【0036】
(触媒成分)
本発明で使用し、本発明を特徴づける触媒成分である、金属水酸化物と有機物との複合体のハイブリッドニッケル・鉄ナノシート(NiFe-ns)は、例えば、下記のようにして簡便に製造できる。NiFe-nsの合成のため、三脚型配位子tris(hydroxymethyl)aminomethane(Tris-NH2)水溶液と、NiCl2及びFeCl2水溶液とを混合し、90℃で24時間反応させる。そして、反応生成物を、ろ過、純水洗浄によりゲルとして分離し、これを純水中で超音波処理することで、NiFe-ns分散液を得る。該分散液中のNiFe-nsの濃度は、10mg/mLとした。以下、これを「NiFe-ns分散液」と呼ぶ。以下で用いたNiFe-nsを分散させた電解液には、上記の製造方法で得た「NiFe-ns分散液」を添加して、適宜な添加濃度になるように調製した電解液を用いた。
【0037】
NiFe-nsは、
図2に模式的に示す通り、三脚型配位子を有する層状のNiFe-ns-Tris-NH
2分子構造を有し、Tris分子が共有結合的に固定化されているブルーサイト層からなる。Tris-NH
2による修飾は、層状水酸化ニッケル・鉄電解液中での剥離と、分散の能力を高める。上記で得たNiFe-nsの分子構造が、厚さが1.3nm程度で、横方向のサイズが10~100nmの範囲である大きさのナノシート状であることは、TEM像及びAFM像より確認した。また、XRDより、NiFe-nsは、底面間隔が拡大した層状構造を有することを確認した。上記で得たNiFe-nsのNi/Fe比率は1.45であった。本発明で使用するNi/Feの比率は、例えば、1/10~10/1であればよい。本発明のアルカリ水電解方法で使用する場合、ナノシートのサイズは、10~100nmの範囲の長さ(長径)であることが好ましい。本発明者らの検討によれば、これ以上であると、電解析出の効率が低下し、過電圧の改善、修復効果が発現しにくくなる場合があるので、好ましくない。
【0038】
詳細は後述するが、本発明者らの検討によれば、本発明を特徴づける、アノードの触媒層を形成し、電解液中に含有させて利用する触媒成分に、金属水酸化物と有機物との複合体のハイブリッドニッケル・鉄ナノシート(NiFe-ns)を用いることで、本発明者らが先に提案している、金属水酸化物と有機物との複合体のハイブリッド水酸化コバルトナノシート(Co-ns)を利用した技術に比較して、より優れた効果が得られる。具体的には、上記ナノシートをそれぞれに利用してアノードの触媒層を形成し、該アノードを用い、上記異なるナノシートをそれぞれ含有させた電解液を、電解セルを構成するアノード室とカソード室に供給し、電解性能の加速劣化試験を実施して、酸素発生過電圧の電位変動サイクル依存性を調べた。その結果、触媒成分にCo-nsを用いた場合に比べて、NiFe-nsを用いた場合は、明らかに初期の過電圧からの顕著な減少傾向が見られ、耐久に優れることが確認された。詳細については後述する。さらに、触媒成分として用いるNiFe-nsは、極めて汎用の材料から得られるので、工業上、利用がし易いといった利点もある。
【0039】
(触媒層の形成方法)
NiFe-nsを含んでなる触媒層6の形成方法について述べる。電解液として1.0MのKOH水溶液を用いた。触媒層を形成する導電性基体2の表面を清浄化するために、電解液中にて電位操作を行うことが好ましい。例えば、電位サイクリック操作(-0.5~0.5V vs.RHE、200mV/s、200サイクル)を行う。その後、先に述べたようにして得たNiFe-ns分散液を、添加濃度1mL/L含む1.0MのKOH水溶液を作製し、これを電解液に用い、NiFe-nsをNi基材表面に析出させるため、800mA/cm2で30分の定電流電解を8回行なった。そして、この電解操作で、電極表面で、NiFe-nsを水酸化物層の酸化や表面有機基の酸化分解により分散性を低下させ、電極表面にNiFe-nsを堆積させた。
【0040】
上記において、「NiFe-ns分散液」の電解液への添加濃度は、0.1~5mL/Lの範囲が好ましい。本発明者らの検討によれば、これよりも濃度が高いと電解液中におけるNiFe-nsの分散が不十分となり、電解において均質な析出が得られない場合があるので好ましくない。また、これよりも濃度が低いと、電解による析出において、実用的な時間内では十分な量が得られない。また、析出のための電解条件としては、導電性基体を1.2V~1.8V vs.RHEのポテンシャル範囲で保持することが好ましい。析出反応は1.2V以下では進行せず、1.8V以上であると、酸素発生が同時に進行し、析出を阻害するので好ましくない。
【0041】
本発明のアルカリ水電解方法では、酸素発生用アノードとして、上記した特有の触媒層を有する構成の電極を用いることを要する。一方、カソード(陰極)や、隔膜については、特に限定されず、従来のアルカリ水電解に用いられているものを適宜に使用すればよい。以下、これらについて説明する。
【0042】
[カソード]
カソードとしては、アルカリ水電解に耐え得る材料製の基体と、陰極過電圧が小さい触媒とを選択して用いることが好ましい。カソード基体としては、ニッケル基体、又はニッケル基体に活性陰極を被覆形成したものを用いることができる。カソード基体の形状としては、板状の他、エクスパンドメッシュや、多孔質エクスパンドメッシュなどを挙げることができる。
【0043】
カソード材料としては、表面積の大きい多孔質ニッケルや、Ni-Mo系材料などがある。その他、Ni-Al、Ni-Zn、Ni-Co-Znなどのラネーニッケル系材料;Ni-Sなどの硫化物系材料;Ti2Niなど水素吸蔵合金系材料などがある。触媒としては、水素過電圧が低い、短絡安定性が高い、被毒耐性が高い等の性質を有するものが好ましい。その他の触媒としては、白金、パラジウム、ルテニウム、イリジウムなどの金属、及びこれらの酸化物が好ましい。
【0044】
[隔膜]
電解用隔膜としては、アスベスト、不織布、イオン交換膜、高分子多孔膜、及び無機物質と有機高分子の複合膜など、従来公知のものをいずれも用いることができる。具体的には、リン酸カルシウム化合物やフッ化カルシウム等の親水性無機材料と、ポリスルホン、ポリプロピレン、及びフッ化ポリビニリデン等の有機結合材料との混合物に、有機繊維布を内在させたイオン透過性隔膜を用いることができる。また、アンチモンやジルコニウムの酸化物及び水酸化物等の粒状の無機性親水性物質と、フルオロカーボン重合体、ポリスルホン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、及びポリビニルブチラール等の有機性結合剤とのフィルム形成性混合物に、伸張された有機性繊維布を内在させたイオン透過性隔膜を用いることができる。
【0045】
本発明のアルカリ水電解方法においては、本発明を特徴づける酸素発生用アノードを構成要素とするアルカリ水電解セルを用いれば、高濃度のアルカリ水溶液を電解することができる。電解液として用いるアルカリ水溶液としては、水酸化カリウム(KOH)、水酸化ナトリウム(NaOH)等のアルカリ金属水酸化物の水溶液が好ましい。アルカリ水溶液の濃度は、1.5質量%以上、40質量%以下であることが好ましい。また、アルカリ水溶液の濃度は、15質量%以上、40質量%以下であると、電気伝導度が大きく、電力消費量を抑えることができるため、好ましい。さらに、コスト、腐食性、粘性、操作性などを考慮すると、アルカリ水溶液の濃度は20質量%以上、30質量%以下であることが好ましい。
【0046】
[運転方法]
前記アノードの触媒層6は、電解セルに組み込む前に形成することができる。本発明のアルカリ水電解方法では、電解セルを構成するアノード室とカソード室に供給する共通の電解液に、前記した本発明を特徴づける触媒層6の形成成分としたナノシート(NiFe-ns)を懸濁させ、その状態で電解を開始することで、触媒成分をアノードに析出させている。このため、本発明のアルカリ水電解の技術を用いれば、運転によって性能の低下した電解セルの性能回復が、電解セル解体の手間なく行うことができるので、実用的であり、その工業上のメリットは極めて大きい。
【実施例】
【0047】
次に、実施例、検討例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
まず、本発明を特徴づける触媒成分であるNiFe-nsを、電解液に分散させて電解した場合における電解表面への堆積の状態と、その効果についての検討を行った。比較のために、触媒成分にCo-nsを用いた場合についても、同様の試験を行った。
【0048】
(検討例1)
電解操作は、フッ素樹脂であるPFA製の三電極セルを用いて行った。作用極に沸騰塩酸で6分間エッチングしたNiワイヤー、参照極に可逆水素電極(RHE)、対極にNiコイル、電解液に1.0MのKOH水溶液250mLをそれぞれ用いて、30±1℃で実施した。まず、上記電解液にNiFe-ns分散液を加えずに、前処理として、サイクリックボルタンメトリー(0.5~1.5V vs.RHE、200mV/s、200サイクル)を行った。本例では、次に電解液として、先に説明したと同様の方法で得た濃度が50g/LのNiFe-ns分散液を、上記前処理に用いた電解液に、添加濃度が0.8mL/Lの割合となるように混合したものを用い、800mA/cm2、30分間の定電流の電解を行った。これにより、電極表面でNiFe-nsが酸化され、NiFe-nsの水酸化物層の酸化や表面有機基の酸化分解により分散性を低下させ、電極表面にNiFe-nsを堆積させて、触媒層を形成した。このアノードを「Ni-NiFe-ns」とした。
【0049】
電位変動に対する加速試験として、0.5~1.7V vs.RHE、500mV/sで2000サイクルのサイクリックボルタンメトリーと、電極性能測定として、0.5~1.8V vs.RHE、5mV/sで2サイクル及び0.5~1.5V vs.RHE、50mV/sで2サイクルのサイクリックボルタンメトリーを行い、これらの操作を20回繰り返した。
図4に、50mV/sで得られたサイクリックボルタンメトリーを、4(a):初回、4(b):2000回、及び、4(c):40000回について示した。
図4にある通り、NiFe層状複水酸化物における、Ni
2+/Ni
3+に帰属可能な、アノード(1.41V)及びカソード(1.37V)ピークを観測した。
【0050】
図5に、上記した電位変動に対する加速耐久試験で得た、アノードNi-NiFe-nsの酸素発生過電圧の電位変動サイクル依存性を示した。この結果、
図5中の5(c)に示した通り、Ni-NiFe-nsを用いた場合、初期過電圧は309mVであったが、耐久試験中にさらに過電圧が減少し、耐久の40000サイクル後には276mVであった。また、
図4中の、4(b)及び4(c)に示した通り、2000サイクルの耐久試験後、NiFe層状複水酸化物におけるNi
2+/Ni
3+ピークは1.43Vにシフトし、電位変動に伴う構造変化が示唆された。このピークの電荷量は耐久試験中も増加傾向にあり、触媒の構造変化と堆積量の増加により活性が向上したと考えられる。以上の試験結果より、Ni-NiFe-nsは、変動電源下での自己修復能を有し、かつ、高活性を示すことがわかった。
【0051】
(比較検討例1)
検討例1で行ったと同様の方法で、Ni表面に、NiFe-nsの代わりに、Co-nsからなる触媒層を形成させたアノードを得た。そして、NiFe-nsを添加しない電解液を用い、検討例1と同様にして、加速劣化試験を実施したときの酸素発生過電圧の電位変動サイクル依存性を調べた。この結果、
図5中の5(b)に示したように、初期の過電圧は350mV程度で、その後360mVまで増加し、5(c)に示したアノードNi-NiFe-nsを用いた検討例1で得られた顕著な減少傾向はなかった。この結果は、検討例1で試験したアノードNi-NiFe-nsを用いた場合の方が、耐久性に優れることを示している。
【0052】
(実施例1)
陽極基体として、17.5質量%塩酸中に、沸点近傍で6分間浸漬して化学エッチング処理を行ったニッケルエクスパンドメッシュ(10cm×10cm、LW×3.7SW×0.9ST×0.8T)を用いた。このエクスパンドメッシュを、60メッシュのアルミナ粒子でブラスト処理(0.3MPa)した後、20質量%塩酸に浸漬し、沸点近傍で、6分間化学エッチング処理した。化学エッチング処理後の陽極基体の表面に、リチウム含有ニッケル酸化物の前駆体となる成分を含んだ水溶液を刷毛で塗布した後、80℃で15分間乾燥させた。次いで、大気雰囲気下、600℃で15分間熱処理した。上記した水溶液の塗布から熱処理までの処理を20回繰り返して、陽極基体の表面上に中間層(組成:Li0.5Ni1.5O2)が形成された中間体を得た。
【0053】
次に、先に検討例1で説明したと同様にして、同様のNiFe-ns分散液を用い、該分散液を電解液に対して、添加濃度が1mL/Lとなるように添加した電解液を用いて、上記した中間体の表面にNiFe-nsからなる触媒層を形成したNiアノード(酸素発生用アノード)と、隔膜(AGFA製Zirfon)と、RuとPr酸化物からなる触媒層を形成した活性カソードを用い、中性隔膜を用いた小型のゼロギャップ型電解セルを作製した。電極面積は19cm2とした。
【0054】
上記と同様のNiFe-ns分散液を、添加濃度が1mL/Lとなる割合で添加した、25質量%のKOH水溶液を電解液として用い、該電解液を、電解セルを構成するアノード室とカソード室の各室に供給し、電流密度6kA/m2でそれぞれ6時間電解した。次いで、アノードとカソードを短絡状態(0kA/m2)とし、15時間停止させた。上記の電解から停止までの操作を1サイクルとするシャットダウン試験を行った。その結果、20回のシャットダウン試験において、電圧が安定に保たれることが確認できた。
【0055】
(比較例1)
電解セルを構成するアノード室とカソード室の各室に供給する電解液として、NiFe-nsを添加しないこと以外は実施例1で用いたと同様のものを用いた。そして、実施例1で用いたと同様の電解セルで、実施例1で行ったと同様のシャットダウン試験を行った。その結果、停止回数の増加とともにセル電圧も徐々に増加した。このことから、実施例1におけるNiFe-nsを添加した電解液を用いた構成における優位性が確認された。
【0056】
(検討例2)
対極として、RuとPr酸化物からなる触媒層を形成した活性カソードを用いたこと以外は検討例1と同様にして、電位変動の加速試験を実施し、カソードの電位変化を測定した。
図6中に、6(a)で示した通り、過電圧は、初期から60mVから80mV程度を維持した。
【0057】
(比較検討例2)
NiFe-nsを添加しない状態の電解液を用い、それ以外は検討例2と同様にして、電位変動加速試験を行った。
図6中に、実線の6(b)で示した通り、過電圧は、初期から60mVから80mV程度を維持した。
図6中に、破線の6(a)で示した検討例2の場合との比較から、NiFe-nsの添加によるカソードへの影響はないことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明を特徴づける酸素発生アノードは、耐久性に優れ、例えば、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とする電解設備等を構成するアルカリ水電解用アノードとして好適である。具体的には、本発明のように構成して、電解セルを構成するアノード室とカソード室に、共通の、アノードの触媒成分であるハイブリッド水酸化ニッケル・鉄ナノシート(NiFe-ns)を分散させた電解液を供給して電解を行うことで、再生可能エネルギーなどの出力変動の大きい電力を動力源とした場合であっても、電解性能が劣化しにくく、長期間にわたって安定したアルカリ水電解を行うことが実現できる。
【符号の説明】
【0059】
2:導電性基体
4:中間層
6:触媒層
10:アルカリ水電解用アノード