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特許7474561被覆処理液とその製造方法および被覆材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-17
(45)【発行日】2024-04-25
(54)【発明の名称】被覆処理液とその製造方法および被覆材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/33 20060101AFI20240418BHJP
   H01F 1/34 20060101ALI20240418BHJP
【FI】
H01F1/33
H01F1/34 140
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018077337
(22)【出願日】2018-04-13
(65)【公開番号】P2019186445
(43)【公開日】2019-10-24
【審査請求日】2021-03-16
【審判番号】
【審判請求日】2022-09-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(72)【発明者】
【氏名】ファン ジョンハン
(72)【発明者】
【氏名】松原 賢
【合議体】
【審判長】井上 信一
【審判官】岩間 直純
【審判官】山本 章裕
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-119908(JP,A)
【文献】特開平11-001702(JP,A)
【文献】特許第6107804(JP,B2)
【文献】国際公開第2013/054700(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/33
H01F 1/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2価の陽イオンとなる金属元素(M)とFeとを含む溶液からなり、軟磁性材の表面にスピネル型結晶構造(MFe)のフェライト皮膜を形成するために用いられる被覆処理液の製造方法であって、
少なくともMnが含まれるMとFeを含む第1溶液を調製する第1調製工程と、
非酸化雰囲気中で、該第1溶液へ塩基溶液を加えてpH~12の第2溶液を得る第2調製工程とを備え、
該第2溶液から前記被覆処理液を得る製造方法。
【請求項2】
前記第1調製工程は、非酸化雰囲気中でなされる請求項1に記載の被覆処理液の製造方法。
【請求項3】
前記第1調製工程は、Mを含む金属塩を溶解させた溶液へ、Feを含む金属塩を溶解させるか、またはFeを含む金属塩の溶液を混合する工程である請求項1または2に記載の被覆処理液の製造方法。
【請求項4】
少なくとも一種の溶液または該溶液の調製に用いられる溶媒は、非酸化雰囲気中で不活性ガスによりバブリングが施される請求項1~3のいずれかに記載の被覆処理液の製造方法。
【請求項5】
前記第2溶液は、pH~11である請求項1~4のいずれかに記載の被覆処理液の製造方法。
【請求項6】
前記被覆処理液は、pH緩衝剤および/または尿素をさらに含む請求項1~5のいずれかに記載の被覆処理液の製造方法。
【請求項7】
前記第1溶液は、酸性である請求項1~6のいずれかに記載の被覆処理液の製造方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれかに記載の製造方法で得られた被覆処理液と軟磁性材とを接触させる処理工程を備え、
該軟磁性材の表面にスピネル型(MFe)のフェライト皮膜が形成された被覆材の製造方法。
【請求項9】
前記軟磁性材は、軟磁性粒子であり、
前記被覆材は、前記フェライト皮膜を表面に有する該軟磁性粒子からなる磁心用粉末である請求項8に記載の被覆材の製造方法。
【請求項10】
2価の陽イオンとなる金属元素(M)とFeを含む溶液からなり、軟磁性材の表面にスピネル型結晶構造(MFe)のフェライト皮膜を形成するために用いられる被覆処理液であって、
少なくともMnが含まれるMとFeを含み、pHが~12であると共に溶存酸素濃度が4ppm以下である被覆処理液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性材の表面にフェライト皮膜を形成するために用いる被覆処理液の製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
交番磁界中で用いられる部材(継鉄等)は、渦電流損の低減を図るため、絶縁皮膜された軟磁性材(鋼板、軟磁性粒子等)からなることが多い。その一例として、絶縁被覆された軟磁性粒子からなる磁心用粉末を加圧成形した圧粉磁心がある。
【0003】
絶縁被覆が非磁性なシリコン系樹脂やリン酸塩等からなる場合、(飽和)磁束密度等の低下を招く。そこで、磁性を有する絶縁材であるフェライトで軟磁性材を被覆することがなされる。このようなフェライト皮膜の形成に関する記載が、例えば下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5920261号公報
【文献】特許第5986010号公報
【文献】特許第6107804号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、2にあるように、従来は、FeやMn等の金属塩を溶解させた酸性の水溶液からなる反応液を軟磁性粒子に噴霧等した後、NaOH水溶液からなるpH調整液を噴霧等して、軟磁性粒子の表面にスピネル型結晶構造(MFe)のフェライト皮膜を形成していた。このような方法を、適宜「二液法」という。
【0006】
このような二液法では、軟磁性粒子と反応液を接触させた後、さらにpH調整液を供給するため、少なくとも二工程が必要となり、必ずしも効率的ではなかった。
【0007】
これに対して特許文献2では、所定温度以上で加水分解してアンモニアを生じる尿素を、反応液に予め加えた一つの被覆処理液を用いて、軟磁性粒子の表面にフェライト皮膜を形成している。この場合、反応液とpH調整液の両方を用いる必要がなく、異形状の軟磁性粒子にも均一的なフェライト皮膜の形成が可能となる。
【0008】
もっとも、尿素を含む被覆処理液は常温域で酸性であり、軟磁性粒子の表面上で加熱されて初めてpHが変化する。このため、フェライト皮膜の形成時のpHを調整・制御することは困難であった。また、尿素の含有量を増加させても、そのpHを8以上に調整することも困難であった。これは、尿素の加水分解により生じるNHが水に溶解したときに生成されるOH-が、FeOOH等の生成に消費され、pH値の増加に寄与しないためと考えられる。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、所望のpH値を有する一液性の被覆処理液を得ることができる製造方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、溶媒または溶液に含まれる酸素(溶存酸素)を低減することにより、例えば、酸性の反応液(金属塩等を含む溶液)に、アルカリ性のpH調整液を加えても、フェライト粒子や水酸化鉄の生成を抑制できることを新たに見出した。これにより、所望のpH値に調整した一液性の被覆処理液を得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0011】
《被覆処理液の製造方法》
(1)本発明は、2価の陽イオンとなる金属元素(M)とFeとを含む溶液からなり、軟磁性材の表面にスピネル型結晶構造(MFe)のフェライト皮膜を形成するために用いられる被覆処理液の製造方法であって、MとFeを含む第1溶液を調製する第1調製工程と、非酸化雰囲気中で、該第1溶液へ塩基溶液を加えた第2溶液を得る第2調製工程とを備え、該第2溶液から前記被覆処理液を得る製造方法である。
【0012】
(2)本発明の製造方法によれば、少なくとも非酸化雰囲気中で、MとFeを含む第1溶液へ塩基溶液(NaOH溶液等)を加えることにより、フェライト粒子の生成を抑制しつつ、所望するpH値を有する一液性の被覆処理液を得ることができる。
【0013】
こうして得られた被覆処理液を用いれば、例えば、Fe以外の金属元素(M)を高濃度に含有させたフェライト皮膜を軟磁性材の表面に効率的に形成できる。また、従来の二液法による場合と異なり、軟磁性材が異形状粒子(略球状ではない歪な粒子)であっても、その表面に均一的なフェライト皮膜を形成できる。
【0014】
本発明の製造方法により、そのように優れた被覆処理液が得られる理由は次のように考えられる。通常、MとFeを含む溶液(酸性溶液等)へ塩基溶液(アルカリ性溶液等)を加えると、微細なフェライト粒子が溶液中に生成する。このようにフェライト粒子が生成した溶液を軟磁性材に噴霧等しても、当然、その表面にフェライト皮膜は形成されない。このため従来は、二液法により、軟磁性材の表面にフェライト皮膜を生成していた。
【0015】
しかし、本発明のように、少なくとも第2調製工程を非酸化雰囲気中で行うと、フェライト粒子や水酸化鉄の生成が大幅に抑制された第2溶液を得ることができた。この理由として、フェライト粒子は、塩基溶液の添加により律速されて生成されていたのではなく、溶液中の酸素(溶存酸素)によるFeイオンの酸化(Fe2+→Fe3+)に律速されて生成されていたことが考えられる。
【0016】
また本発明の製造方法の場合、金属元素イオン(M2+)は、第2溶液中でMOH+となっており、その状態で軟磁性材の表面に付着した後、周囲の酸素等により酸化され、さらには脱水されて、スピネル型フェライト(MFe)皮膜になると考えられる。
【0017】
《被覆処理液》
本発明は被覆処理液としても把握できる。すなわち本発明は、2価の陽イオンとなる金属元素(M)とFeを含む溶液からなり、軟磁性材の表面にスピネル型結晶構造(MFe)のフェライト皮膜を形成するために用いられる被覆処理液であって、MとFeを含みpHが7~12さらには7.5~11である被覆処理液でもよい。
【0018】
《被覆材の製造方法》
本発明は、上述した各被覆処理液を用いた被覆材の製造方法としても把握できる。例えば、本発明は、上述した製造方法で得られた被覆処理液と軟磁性材とを接触させる処理工程を備え、その表面にスピネル型(MFe)のフェライト皮膜が形成された被覆材の製造方法でもよい。
【0019】
《被覆材、磁心用粉末および圧粉磁心》
さらに本発明は、上述した製造方法により得られる被覆材としても把握できる。その一例として、表面にフェライト皮膜が形成された軟磁性粒子(軟磁性材)からなる磁心用粉末(被覆材)がある。また本発明は、その磁心用粉末を加圧成形して得られる圧粉磁心としても把握できる。
【0020】
《その他》
(1)本明細書でいうスピネル型フェライトは、MFe(MO・Fe)で表される立方晶系のソフトフェライトであり、MはMn、Zn、Mg、Cu、Ni、Sr、(Fe)等の2価の陽イオンとなる金属元素である。Mは、それらの一種でも二種以上でもよい。また本発明に係るフェライトは、MがFeであるマグネタイト(Fe)でもよい。
【0021】
(2)本明細書でいう軟磁性材は、電磁鋼板等の板状でもよいし、軟磁性粒子等の粒子状でもよい。軟磁性材は、磁性材である限り、その具体的な材質を問わないが、通常、8族元素(Fe、Co、Ni)を主成分(軟磁性材全体に対する含有量が50原子%超)とする。特に、軟磁性材は、純鉄、または合金元素(Si、Al等)を合計で1~10質量%程度含む鉄合金からなるとよい。
【0022】
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】被覆処理液のpHとフェライト皮膜中のMnとZnの組成(濃度)との関係を示すグラフである。
図2】MnとZnに関するpH-電位図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、各製造方法のみならず、被覆処理液、被覆材等にも適宜該当し得る。方法的な構成要素であっても物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0025】
《被覆処理液》
本発明でいう各溶液の溶媒は、水に限らずアルコール等でもよい。つまり被覆処理液は、水溶液に限らずアルコール溶液等でもよい。本明細書では、水を溶媒とする場合を代表例として主に取り上げる。
【0026】
(1)第1溶液
第1溶液は、少なくともMとFeを含む溶液である。第1溶液は、例えば、各種の金属塩(塩化金属塩、硫酸金属塩等)を溶媒に溶解して得ることができる。金属塩を溶解させた水溶液(「金属塩水溶液」という。)は、通常、pH3~7さらにはpH4~6程度の酸性となる。なお、Mは、単種でも複数種でもよい。例えば、MがMnおよびZnであると、高比抵抗と高磁束密度の両立を図れる。
【0027】
(2)第2溶液
第2溶液は、第1溶液に塩基溶液を加えることにより得られる。塩基溶液は、NaOHやKOH等の塩基を溶解した溶液である。例えば、第1溶液に塩基溶液を滴下することにより、第2溶液(水溶液)のpHを所望値に精度よく効率的に調整できる。例えば、第1溶液と第2溶液が水溶液である場合、第2溶液のpHを7~12という広範囲内で微細に調整可能である。
【0028】
(3)被覆処理液
被覆処理液は、上述した第2溶液でもよいし、その第2溶液にpH緩衝剤および/または尿素を含むものでもよい。pH緩衝剤として、例えば、酢酸カリウムや酢酸アンモニウムを用いることができる。尿素は、80℃以上で加水分解してアルカリ性となるため、pH調整の補助剤として機能する。水溶液中における尿素のモル濃度は、その水溶液中における金属イオン(M2+、Fe2+)となる金属元素の合計モル濃度に対して0.5~2倍とするとよい。さらに被覆処理液は、フェライト皮膜の形成を阻害しない限り、上述した以外の物質や元素(イオン)を含んでもよい。
【0029】
《非酸化雰囲気/溶存酸素》
溶液中におけるフェライト(粒子)の生成は、溶液中のFeイオンの酸化反応に律速され、その酸化反応は主に溶液中の溶存酸素に起因する。従って、溶存酸素の低減により、軟磁性材との接触前におけるフェライト生成の抑止が可能となる。
【0030】
そこで、第1溶液へ塩基溶液を加えて第2溶液を得る第2調製工程を非酸化雰囲気中で行うと好ましい。また、MとFeを含む第1溶液を調製する第1調製工程も非酸化雰囲気中でなされると好ましい。このような非酸化雰囲気内における各調製工程は、例えば、グローブボックスを利用することにより行える。非酸化雰囲気は、例えば、不活性ガス(Ar、N等)雰囲気である。厳密にいうと、本明細書でいう非酸化雰囲気は、例えば、酸素濃度が10%以下さらには5%以下である。非酸化雰囲気の酸素濃度とは、常温、1atmの条件で酸素計(例えば、新コスモス電機株式会社製 XO-2200)で測定したVOL%である。
【0031】
溶液中の溶存酸素を低減するために、溶媒、各溶液(第1溶液、塩基溶液、第2溶液等)は、不活性ガス等でバブリングがなされると好ましい。バブリングは、非酸化雰囲気中さらには密閉容器中でなされるとよい。
【0032】
また、Feイオンの酸化を抑制するため、第1調製工程は、M(Fe以外)を含む金属塩を完全に溶解させた後、その溶液へ、Feを含む金属塩を溶解させるか、またはFeを含む金属塩の溶液を加える(混合する)と好ましい。
【0033】
いずれの場合でも、溶液の溶存酸素濃度が4ppm以下さらには1ppm以下となるように管理されると好ましい。溶存酸素濃度とは、常温、1atmの条件での水溶液中に溶解している酸素量である。
【0034】
《被覆材/磁心用粉末》
本発明の被覆材の一例として磁心用粉末がある。磁心用粉末は、本発明の被覆処理液を用いてフェライト皮膜を表面に形成した軟磁性粒子からなる。
【0035】
(1)軟磁性粉末(軟磁性粒子)
軟磁性粉末は、強磁性元素(Fe、Co、Ni等)を主成分とすればよいが、特性、入手性、コスト等から純鉄または鉄合金からなるとよい。純鉄粉は、飽和磁束密度が高く、圧粉磁心の磁気特性の向上が図られる。鉄合金粉として例えば、Si含有鉄合金(Fe-Si合金)粉を用いると、Siによりその電気抵抗率が高められるため、圧粉磁心の比抵抗の向上ひいては渦電流損失の低減が図られる。
【0036】
(2)フェライト皮膜
フェライト皮膜の膜厚は、例えば、10~500nmさらには30~150nmであると、圧粉磁心の高比抵抗と高磁束密度の両立が図られる。なお、「膜厚」は、フェライトが酸化物であることを利用して、オージェ電子分光分析法(AES)により、被覆粒子表面の酸素量の分布を測定することにより特定される。
【0037】
(3)処理工程
本発明に係る被覆処理液と軟磁性粒子とを接触させる処理工程により、表面がスピネル型フェライトで被覆された軟磁性粒子からなる磁心用粉末が得られる。処理工程は、例えば、撹拌または流動させた軟磁性粒子、さらには加熱した軟磁性粒子へ、被覆処理液を噴霧する工程により行える。これにより、均質的なフェライト皮膜を効率的に軟磁性粒子の表面に形成できる。
【0038】
処理工程は、50~200℃さらには100~150℃に加熱された軟磁性粒子に対してなされるとよい。被覆処理液中に尿素を含むときは、80℃以上さらには90℃以上に加熱した軟磁性粒子に対してなされるとよい。
【0039】
なお、噴霧等された被覆処理液は、軟磁性粒子の表面近傍にある酸素等と反応して、その表面にフェライト皮膜を生成し得る。この際、軟磁性粒子が加熱されていると、Feイオンの酸化により生成された金属水酸化物が脱水されてフェライト皮膜が形成され易くなると考えられる。
【0040】
(4)洗浄工程および乾燥工程
処理工程後の軟磁性粉末から不要物を除去する洗浄工程を行うとよい。洗浄工程は、例えば、水洗後にエタノール洗いしてなされるとよい。不要物は、被覆処理液に含まれていた塩素、ナトリウム、硫酸、皮膜形成に寄与しなかったフェライト微粒子などである。
【0041】
洗浄工程後に濾別等した軟磁性粉末を乾燥させる乾燥工程を行うとよい。乾燥工程は自然乾燥でもよいが、加熱乾燥を行うことにより、効率的に磁心用粉末を製造できる。なお、上述した処理工程と、洗浄工程または乾燥工程とは、所望するフェライト皮膜の膜厚等に応じて繰り返しなされてもよい。
【実施例
【0042】
《磁心用粉末の製造》
〈試料の製造〉
(1)軟磁性粉末
軟磁性粉末(原料粉末)として、純鉄からなる水アトマイズ粉を用意した。用いた各粉末の粒度は、上限値~下限値→粒度の順で記載すると、212~106μm→159μmである。粒度は、電磁式ふるい振とう器(レッチェ製)により分級(篩い分け)したときに用いたメッシュサイズの上限値と下限値の中央値である。軟磁性粉末に30μm未満の軟磁性粒子が含まれていないことは、SEMより確認している。軟磁性粉末は、見掛密度が2.5g/cmであり、異形粒子から構成されていた。
【0043】
(2)被覆処理液
MnまたはZnの一方とFeとの各金属塩(塩化物)を純水に溶解させた金属塩水溶液(第1溶液)に、NaOH水溶液(塩基溶液)を滴下して、pHを所望値にした被覆処理液(第2溶液)を調製した。
【0044】
金属塩水溶液とNaOH水溶液の調製に用いた純水(溶媒)は、予め、不活性ガス(N)で20分以上バブリングしておいた。金属塩水溶液は、各金属元素(イオン)のモル比が、Fe:Mn=2:1またはFe:Zn=2:1となるように調整した。金属塩水溶液の濃度は6.8mmol/Lとした。
【0045】
NaOH水溶液の濃度は3質量%(全体:100質量%に対してNaOH:3質量%)とした。図1に示すように、pH値が6、7、9または11となる複数のpH調整液を用意した。なお、NaOH水溶液の濃度は、過小であるとpH調整に時間を要し、過大であるとpHが大きく変化して微調整がし難い。そこで、2~4質量%のNaOH水溶液を用いるとよい。
【0046】
各溶液の調整は、グローブボックスを用いて非酸化雰囲気中で全て行った。非酸化雰囲気は、Nフローとした。非酸化雰囲気中の酸素濃度が5%以下であることは、酸素計(新コスモス電機株式会社製 XO-2200)により確認した。なお、金属塩水溶液を調製する際、鉄塩化物の溶解は最後に行った。
【0047】
(3)処理工程
ハイスピードミキサー(株式会社アーステクニカ製)を用意し、その容体内に投入した軟磁性粉末を140℃(処理温度)に加熱しつつ、回転速度3.5m/secで撹拌した。処理温度は、チャンバー内に設置した熱電対により軟磁性粉末の温度を測定した。
【0048】
加熱撹拌状態にある軟磁性粉末へ、金属元素(M)またはpHが異なる各被覆処理液を噴霧した。噴霧はニードルスプレーガン(噴霧用ノズル)を用いてエアー流量15L/minで連続噴霧して行った。また、被覆処理液をスプレーガンまで圧送する配管には、フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン)製のチューブを用いた。これにより、外界から被覆処理液への酸素混入を防止した。
【0049】
(4)洗浄工程・乾燥工程
処理工程後の軟磁性粉末を、水洗後、エタノール洗いをして、濾過した(洗浄工程)。これにより処理後の粒子表面に残存していたClや残渣等を除去した。この軟磁性粉末をマントルヒーターを用いて80℃で加熱乾燥させた(乾燥工程)。
【0050】
(5)選別工程
乾燥工程後の粉末を篩い(メッシュサイズ:30μm)へ通して選別した。この選別工程により、軟磁性粒子の被覆に寄与せずに生成されたフェライト微粒子等を除去した。こうして、各被覆処理液によりフェライト被覆処理された軟磁性粒子(適宜「被覆粒子」という。)からなる磁心用粉末を得た。
【0051】
《観察・測定》
(1)被覆粒子の表面をX線回折法(XRD)により測定した。これにより、各粒子表面に形成される皮膜が、スピネル型フェライト(MFe / M=Mn、Zn)からなることを確認した。
【0052】
(2)SEMに備わるEDX(エネルギー分散型X線分光装置)により、各皮膜中のMn、Znの組成(原子比)を特定した。被覆処理液のpH値と、各皮膜中のMn、Znの組成との関係を図1に示した。なお、図1に示した組成は皮膜中のフェライトの組成を表わしており、pH8~pH11、さらにはpH9近辺でMnを多く含むMnZnフェライトが形成されていることを示す。
【0053】
《考察》
(1)図1から明らかなように、被覆処理液のpHを適切に調整することにより、皮膜中における金属元素(M=Mn、Zn)の含有量が大きく変化することがわかった。例えば、被覆処理液のpHを7付近から9付近へ変化させると、Mnの含有量を約8倍に増加させられることがわかった。
【0054】
(2)このことは、図2に示すMnとZnに関するpH-電位図からもわかる。例えば、電位:-0.3Vの等電位ラインを観ると、MnはpH9付近でMnOH+となり、ZnはpH7付近でZnOH+となることがわかる。
【0055】
フェライト皮膜の生成に関与する金属水酸化物イオン(MOH+)の存在域に、被覆処理液のpHを適切に整合させることにより、所望するフェライト皮膜を軟磁性粒子の表面に形成可能となる。
【0056】
従来のように尿素を加える一液法では、pHが7.5付近でほぼ一定となり、金属元素(M)に応じたpH調整が困難であった。これに対して本実施例(本発明)では、溶液中の溶存酸素量を低減することにより、塩基溶液(NaOH水溶液等)を用いて直接的に被覆処理液のpHを自在に調整することが可能となった。こうして得られた被覆処理液を用いれば、所望する組成のフェライト皮膜を得ること可能となる。
図1
図2