(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-17
(45)【発行日】2024-04-25
(54)【発明の名称】6価クロム生成抑制剤
(51)【国際特許分類】
B09B 3/40 20220101AFI20240418BHJP
B09B 5/00 20060101ALI20240418BHJP
C04B 7/38 20060101ALI20240418BHJP
C04B 7/02 20060101ALI20240418BHJP
【FI】
B09B3/40
B09B5/00 A ZAB
C04B7/38
C04B7/02
(21)【出願番号】P 2020051531
(22)【出願日】2020-03-23
【審査請求日】2022-12-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000000240
【氏名又は名称】太平洋セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】本間 健一
(72)【発明者】
【氏名】中村 充志
【審査官】岡田 三恵
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-026512(JP,A)
【文献】特開平11-100244(JP,A)
【文献】特開平11-189442(JP,A)
【文献】特開2013-023394(JP,A)
【文献】特開2016-149330(JP,A)
【文献】特開平06-269764(JP,A)
【文献】特開昭63-190187(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0170420(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第110467372(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B09B 3/40
B09B 5/00
C04B 7/38
C04B 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
廃リチウムイオン電池の焙焼体の破砕物であって、粒径が3mm以下であ
り、かつアンチモンの含有量が300mg/kg以上である破砕物を有効成分とする、6価クロム生成抑制剤。
【請求項2】
セメントクリンカ原料用又はセメントクリンカ用である、請求項
1記載の生成抑制剤。
【請求項3】
請求項1
又は2記載の生成抑制剤を含有する、セメントクリンカ原料又はセメントクリンカ。
【請求項4】
請求項
3記載のセメントクリンカを含有する、セメント組成物。
【請求項5】
請求項1
又は2記載の生成抑制剤を含有する、セメント組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、6価クロム生成抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話、家庭用電気製品、自動車等の産業分野でリチウムイオン電池の需要が増大している。このような状況下において、環境保護や省資源化の観点から、不良品又は使用済のリチウムイオン電池を焼成し、有価物の回収やセメント原料の一部としての有効利用が検討されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、セメント原料を800~1000℃に予熱した後であって焼成前に、廃リチウムイオン電池を投入して焼成し、セメントクリンカを製造する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、このような廃棄物は、金属や樹脂などで構成されており、これら材料中にクロムが含まれていることがある。そのため、廃棄物やその焼成物をセメントクリンカ原料とともに焼成した場合、廃棄物中のクロムがセメントクリンカ中に含まれる虞がある。また、原料として利用している都市ごみ焼却灰等の廃棄物・副産物に含まれるクロムが微量であったとしても、セメントクリンカの製造に使用する天然原料中にもクロムが含まれているため、セメントクリンカ中のクロム含量が増加することが懸念される。
クロムには3価クロムと6価クロムが存在し、3価クロムは焼成により一部が酸化されて6価クロムに転換されるところ、6価クロムは水溶性が高いため、用途によってはセメントに含まれる6価クロムの一部が溶出することがある。
そのため、セメントクリンカ中の6価クロム含量を所定値以下となるようにしなければならない。しかし、廃棄物の種類により、クロム含量が大きく異なり、またセメント中の3価クロムと6価クロムの割合も異なることなどから、廃棄物の使用量を低下せざるを得ない。そうすると、廃棄物の有効利用が妨げられることになる。
特許文献1では、廃リチウムイオン電池をセメントクリンカとして有効利用することを目的とするものであるが、6価クロムの生成抑制のみならず、溶出抑制についても一切記載されていない。
本発明の課題は、6価クロムの生成を有効に抑制し得る剤、並びに当該剤を含有するセメントクリンカ及びセメント組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題に鑑み種々検討したところ、廃リチウムイオン電池の焙焼体を破砕及び分級した粒子が6価クロムの生成抑制効果を有することを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、次の〔1〕~〔7〕を提供するものである。
〔1〕廃リチウムイオン電池の焙焼体を破砕及び分級した粒子を有効成分とする、6価クロム生成抑制剤。
〔2〕アンチモンの含有量が300mg/kg以上である、前記〔1〕記載の生成抑制剤。
〔3〕粒子の粒径が3mm以下である、前記〔1〕又は〔2〕記載の生成抑制剤。
〔4〕セメントクリンカ原料用又はセメントクリンカ用である、前記〔1〕~〔3〕のいずれか一に記載の生成抑制剤。
〔5〕前記〔1〕~〔4〕のいずれか一に記載の生成抑制剤を含有する、セメントクリンカ原料又はセメントクリンカ。
〔6〕前記〔5〕記載のセメントクリンカを含有する、セメント組成物。
〔7〕前記〔1〕~〔4〕のいずれか一に記載の生成抑制剤を含有する、セメント組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、6価クロムの生成を有効に抑制し得る剤を提供することができる。また、本発明の剤を含有させることで、長期間に亘って水溶性6価クロムの生成が抑制される結果、その後の水溶性6価クロムの溶出量を低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明について詳細に説明する。
〔6価クロム生成抑制剤〕
本発明の6価クロム生成抑制剤は、廃リチウムイオン電池の焙焼体の破砕物を有効成分とするものである。ここで、本明細書において「6価クロム生成抑制」とは、3価クロムから6価クロムへの転換を抑制することをいう。
〔廃リチウムイオン電池〕
本発明で対象とする廃リチウムイオン電池は、携帯電話その他の種々の電子機器等で使用され得るリチウムイオン電池であって、製品寿命、製造不良又はその他の理由によって廃棄されるリチウムイオン電池である。なお、廃リチウムイオン電池は、1種又は2種以上使用することができる。
【0010】
廃リチウムイオン電池としては、例えば、正極材として、リン酸鉄系(LiFePO4)、コバルト系(LiCoO2)、ニッケル系(LiNiO2)、マンガン系(LiMn2O4)、三元系(Li(Ni-Mn-Co)O2)等が使用されているものを挙げることができる。ここで、本明細書において「三元系」とは、コバルト酸リチウムのコバルトの一部をニッケルとマンガンで置換したものをいう。なお、正極材は、例えば、ポリフッ化ビニリデン等の有機バインダー等によって固着されたアルミニウム箔(正極基材)を含んでいてもよい。また、負極材として、カーボンやチタン酸リチウムを挙げることができる。なお、負極材は、例えば、ポリフッ化ビニリデン等の有機バインダー等によって固着された銅箔(負極基材)を含んでいてもよい。電解液は特に限定されず、例えば、電解質として有機溶媒にリチウム塩を溶解させた有機電解液を挙げることができる。セパレータは、例えば、ポリエチレンフィルム、ポリプロピレンフィルム等を挙げることができる。
リチウムイオン電池の周囲を包み込む外装として、アルミニウムのみからなる筐体や、アルミニウム及び鉄、あるいはアルミラミネート等を含む筐体を有してもよい。また、リチウムイオン電池中には、銅、鉄等の金属が含まれていても構わない。さらに、複数個のリチウムイオン電池セルが配列された電池モジュールを収納する樹脂製の箱型筺体が含まれても構わない。
【0011】
〔焙焼〕
廃リチウムイオン電池の焙焼体は、廃リチウムイオン電池を焙焼することで得ることができるが、高温でリチウムイオン電池を焙焼すると、リチウムイオン電池中のアンチモンが揮発するため、比較的低温で焙焼することが好ましい。なお、特許文献1に記載の方法は、セメントクリンカ原料が800~1000℃になっている高温部に廃リチウムイオン電池を投入して焼成するため、廃リチウムイオン電池中のアンチモンが直ちに揮発し、焼成物中にアンチモンがほとんど含まれていない。したがって、特許文献1に記載の焼成物は、3価クロムから6価クロムへの転換を抑制する効果はない。
焙焼温度は、通常300~650℃であり、好ましくは350~600℃であり、より好ましくは350~550℃であり、更に好ましくは400~500℃である。
焙焼時間は、通常1~12時間であり、好ましくは2~10時間であり、より好ましくは3~8時間であり、更に好ましくは4~8時間である。
なお、廃リチウムイオン電池は、筐体を取り外して電池本体を取り出すことを要さず、そのまま焙焼しても構わない。
【0012】
焙焼雰囲気としては、大気雰囲気、CO、H2等の還元ガス種を含む還元雰囲気、N2、Ar、水蒸気等の不活性ガスからなる不活性雰囲気、真空雰囲気を含む非酸化雰囲気が挙げられる。リチウムイオン電池の筐体が樹脂製の場合、樹脂の着火による熱上昇を抑えるために、還元雰囲気又は不活性雰囲気が好ましい。
なお、焙焼は、一般的な焙焼炉を使用することが可能であり、例えば、電気炉、トンネル炉、ロータリーキルン等が挙げられる。
【0013】
〔破砕物・分級〕
廃リチウムイオン電池の焙焼体の破砕物は、廃リチウムイオン電池の筺体を破壊して分級することにより筺体から正極材及び負極材を取り出し、分離したものである。なお、ここでいう「破砕」とは、焙焼物を破砕することだけでなく、焙焼物を解体することも包含する概念である。
破砕は、剪断力、衝突、圧縮等による衝撃を加えて破砕することができれば、一般的な破砕機を使用することができる。例えば、サンプルミル、ハンマーミル、ピンミル、ウィングミル、トルネードミル、ハンマークラッシャ等を挙げることができる。
【0014】
破砕は焙焼物に含まれるアルミニウムを細かく粉砕しすぎない条件が良い。目安として、篩により分級したとき、3mm以下の分級品にアルミニウムが10%以下になることが好ましい。
破砕した後、篩分けなどにより分級し、通常篩下の粒子を回収する。粒子の粒径は、3mm以下が好ましく、2mm以下がより好ましく、1mm以下が更に好ましい。なお、粒子の粒径の下限値は特に限定されない。
本発明者らは、このような粒度の粒子に高濃度のアンチモンが含まれているため、アンチモンによる還元剤としての効果が高められ、6価クロムの生成抑制効果が十分に発現されることを見出した。
【0015】
また、本発明においては、粒子を更に比重選別、磁力選別等の公知の分別操作に供して、アンチモンを高濃度化するとともに、銅、アルミニウム、鉄等を回収してもよい。
【0016】
粒子中のアンチモンの含有量は、6価クロム生成抑制の観点から、300mg/kg以上が好ましく、500mg/kg以上がより好ましく、800mg/kg以上が更に好ましい。なお、かかるアンチモンの含有量の上限値は特に限定されないが、10000mg/kg以下が好ましく、8000mg/kg以下がより好ましく、5000mg/kg以下が更に好ましい。
【0017】
本発明の6価クロム生成抑制剤は、3価クロムが6価クロムへ転換する虞のある用途に適用することが有用であるが、例えば、セメントクリンカ原料用又はセメントクリンカ用に使用することができる。
【0018】
〔セメントクリンカ〕
本発明のセメントクリンカは、6価クロム生成抑制剤を含有するものである。
セメントクリンカ中の6価クロム生成抑制剤の含有量は、アンチモン量として、5mg/kg以上が好ましく、10mg/kg以上がより好ましく、15mg/kg以上が更に好ましく、20mg/kg以上がより更に好ましい。なお、かかるアンチモンの含有量の上限値は特に限定されないが、10000mg/kg以下が好ましく、8000mg/kg以下がより好ましく、5000mg/kg以下が更に好ましい。このような含有量とすることで、アンチモンによる還元剤としての効果が十分発現され、キルン中での6価クロムの生成を抑制することができる。
【0019】
本発明のセメントクリンカは、本発明の6価クロム生成抑制剤をセメントクリンカ原料に添加することで製造することができる。ここで、本明細書において「セメントクリンカ原料」とはCaO原料(石灰石、生石灰、消石灰など)、SiO2原料 (珪石、粘土など)、Fe2O3原料(鉄滓、鉄ケ-キなど)を所定の割合で混合したものをいう。また、SiO2原料やFe2O3原料として石炭灰、下水汚泥焼却灰、都市ごみ焼却灰、製鋼スラグ等の廃棄物・副産物を用いても構わない。なお、セメントクリンカ原料には、クロムが含まれているため、本発明の6価クロム生成抑制剤と共存させることで、例えば、保管時の6価クロムの生成を抑制することができる。
【0020】
本発明の6価クロム生成抑制剤のセメントクリンカ原料への添加は、キルン内でセメントクリンカ原料を焼成する前であれば特に限定されない。例えば、6価クロム生成抑制剤をセメントクリンカ原料と一緒に原料ミルに入れて混合粉砕しても、キルン入口から6価クロム生成抑制剤を直接キルン内に投入しても、キルン出口に設置されているキルンバーナーから燃料と一緒にキルン内に吹き込んでもよい。
【0021】
〔セメント組成物〕
本発明のセメント組成物は、本発明のセメントクリンカと、石膏を含むものである。本発明のセメント組成物は、3価クロムから6価クロムへの転換が抑制された本発明のセメントクリンカを含有するため、これを用いてモルタルやコンクリートを製造したとしても、6価クロムの生成や溶出を長期間に亘って抑制することができる。
本発明のセメント組成物中の石膏の割合は特に限定されないが、セメント組成物中のSO3値が通常1.5~3.0質量%である。セメント組成物中のSO3値は、JIS R 5202「ポルトランドセメントの化学分析方法」に準じて測定することができる。
【0022】
また、本発明のセメント組成物は、公知のセメントに本発明の6価クロム生成抑制剤を含有させてもよい。
セメントとしては、普通ポルトランドセメント、早強ポルトランドセメント、中庸熱ポルトランドセメント、低熱ポルトランドセメント等の各種ポルトランドセメントや、高炉セメント、フライアッシュセメント、シリカセメント等の混合セメントや、アルミナセメントや、エコセメント等を使用することができる。
セメント組成物中に6価クロム生成抑制剤の含有量は、アンチモン量として、3mg/kg以上が好ましく、5mg/kg以上がより好ましく、10mg/kg以上が更に好ましい。なお、かかるアンチモンの含有量の上限値は特に限定されないが、10000mg/kg以下が好ましく、8000mg/kg以下がより好ましく、5000mg/kg以下が更に好ましい。
【実施例】
【0023】
以下、実施例を挙げて、本発明の実施の形態を更に具体的に説明する。但し、本発明は、下記の実施例に限定されるものではない。
【0024】
実施例1
自動車用の廃リチウムイオン電池(アルミ箔型、正極材:鉄リン酸系、負極材:カーボン)を窒素雰囲気下、450℃の温度で6時間焙焼した後、剪断破砕機を用いて焙焼体を破砕した。次いで、分級機を用いて破砕物を篩分けし、粒径1.0mm以下の破砕物を得た。かかる破砕物を「6価クロム生成抑制剤I」とし、その組成について表1に示す方法にて金属の分析を行った。その結果を表2に示す。
【0025】
実施例2
自動車用の廃リチウムイオン電池(アルミ箔型、正極材:マンガン系、負極材:カーボン)を用いたこと以外は、実施例1と同様の操作により、粒径1.0mm以下の破砕物を得た。かかる破砕物を「6価クロム生成抑制剤II」とし、その組成について表1に示す方法にて金属の分析を行った。その結果を表2に示す。
【0026】
【0027】
【0028】
実施例3
石灰石粉末、石炭灰、ケイ石粉末、鉄原料を原料として、更にセメントクリンカ1tあたりの使用量が15Kg(アンチモン換算量15mg/kg)となるように6価クロム生成抑制剤Iを添加した。原料の水硬率(HM)が2.22、ケイ酸率(SM)が2.46、鉄率(IM)が1.69となるように各原料の混合量を調整した。調合した原料をるつぼに入れて箱型電気炉を用いて1450℃で1時間焼成して、セメントクリンカを製造した。
次に、セメントクリンカに、SO3量が2.0%になるように二水石膏を加え、ディスクミルを用いてブレーン比表面積が3300cm3/gになるように粉砕し、セメント組成物とした。
【0029】
実施例4
セメントクリンカ1tあたりの使用量が30Kg(アンチモン換算量30mg/kg)となるように6価クロム生成抑制剤Iを添加したこと以外は、実施例3と同様の操作によりセメントクリンカを製造し、セメント組成物を得た。
【0030】
実施例5
6価クロム生成抑制剤Iの代わりに、6価クロム生成抑制剤IIを添加したこと以外は、実施例3と同様の操作によりセメントクリンカを製造し、セメント組成物を得た。
【0031】
実施例6
6価クロム生成抑制剤Iの代わりに、6価クロム生成抑制剤IIを添加したこと以外は、実施例4と同様の操作によりセメントクリンカを製造し、セメント組成物を得た。
【0032】
比較例1
6価クロム生成抑制剤を添加しなかったこと以外は、実施例3と同様の操作によりセメントクリンカを製造し、セメント組成物を得た。
【0033】
〔評価〕
製造したセメント組成物中のアンチモン量及びクロム量を、蛍光X線分析装置を用いて測定した。セメント協会標準試験法I-51に準拠し、セメント組成物中の水溶性6価クロム量を測定した。評価した結果を表3に示す。
【0034】
【0035】
表3から、6価クロム生成抑制剤を含有するセメント組成物は、水溶性6価クロムの含有量が低いことから、セメントクリンカ製造時に3価クロムから6価クロムへの転換が抑制されていることがわかる。