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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-18
(45)【発行日】2024-04-26
(54)【発明の名称】プロトン伝導体および燃料電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/86 20060101AFI20240419BHJP
   H01M 4/92 20060101ALI20240419BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20240419BHJP
【FI】
H01M4/86 B
H01M4/92
H01M8/10 101
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020200953
(22)【出願日】2020-12-03
(65)【公開番号】P2022088856
(43)【公開日】2022-06-15
【審査請求日】2023-05-11
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業、研究成果最適展開支援プログラム シーズ育成タイプ、「イオン伝導性配位高分子を電解質に用いた燃料電池の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001472
【氏名又は名称】弁理士法人かいせい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 一輝
(72)【発明者】
【氏名】榊原 伸義
(72)【発明者】
【氏名】加美 謙一郎
(72)【発明者】
【氏名】堀毛 悟史
(72)【発明者】
【氏名】多田 朋史
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-116276(JP,A)
【文献】特開2008-291061(JP,A)
【文献】特開2000-133285(JP,A)
【文献】特開2016-131098(JP,A)
【文献】特開2011-023170(JP,A)
【文献】特開2009-029846(JP,A)
【文献】国際公開第2011/074325(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86
H01M 4/88
H01M 4/92
H01M 8/10
C25B 9/00
C25B 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金を含む触媒に接するように設けられるプロトン伝導体であって、
カチオン性有機分子、金属イオンおよびオキソ酸イオンを含んでおり、
前記カチオン性有機分子、前記金属イオンおよび前記オキソ酸イオンは配位高分子を構成しており、
前記カチオン性有機分子と前記オキソ酸イオンとを含んだプロトン性イオン液体が前記金属イオンに配位して前記配位高分子が生成されているプロトン伝導体。
【請求項2】
前記カチオン性有機分子は、ジエチルメチルアンモニウム(dema)である請求項1に記載のプロトン伝導体。
【請求項3】
前記オキソ酸イオンを構成するオキソ酸は、トリフルオロメタンスルホナート(TfO)である請求項1または2に記載のプロトン伝導体。
【請求項4】
前記プロトン性イオン液体は、トリフルオロメタンスルホナート-ジエチルメチルアンモニウム([dema][TfO])である請求項1ないし3のいずれか1つに記載のプロトン伝導体。
【請求項5】
前記金属イオンは、Alイオンである請求項1ないし4のいずれか1つに記載のプロトン伝導体。
【請求項6】
白金に対する吸着エネルギの絶対値が-1.76eVの絶対値よりも小さい請求項1ないし5のいずれか1つに記載のプロトン伝導体。
【請求項7】
電解質膜(110)と、
前記電解質膜を挟むように設けられた一対の電極(120、130)とを備え、
前記電極は、白金を含む触媒(121a、131a)と、請求項1ないし6のいずれか1つに記載のプロトン伝導体からなるアイオノマ(121b、131b)と、を含んでいる燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン伝導体および燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、固体高分子型燃料電池システムの低コスト化、システムの簡素化の観点で、100℃以上の作動温度でかつ無加湿という条件で作動する無加湿中温作動型燃料電池が望まれている。無加湿で燃料電池を作動させるためには、プロトン伝導体が重要な役割を果たす。
【0003】
特許文献1には、リン酸をドープしたポリベンゾイミダゾールからなるプロトン伝導体が提案されている。リン酸を用いたプロトン伝導体では、リン酸が白金触媒を覆うことで反応場を形成する。
【0004】
一方、リン酸は白金触媒を被毒するため、リン酸を用いたプロトン伝導体の使用に伴って触媒活性が低下し、発電性能が低下する。そこで、非特許文献1では、プロトン性イオン液体を用いた燃料電池が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-142293号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Lee, S. Y.; Ogawa, A.; Kanno, M.; Nakamoto, H.; Yasuda, T.; Watanabe, M. Nonhumidified Intermediate Temperature Fuel Cells Using Protic Ionic Liquids. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132 (28), 9764-9773. https://doi.org/10.1021/ja102367x.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、プロトン性イオン液体はプロトン輸率が低いため、プロトン性イオン液体をプロトン伝導体として用いると、燃料電池の起電力の低下を招き、発電性能が低くなる。
【0008】
本発明は上記点に鑑み、発電性能の低下を抑制可能なプロトン伝導体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、白金を含む触媒に接するように設けられるプロトン伝導体であって、カチオン性有機分子、金属イオンおよびオキソ酸イオンを含んでいる。カチオン性有機分子、金属イオンおよびオキソ酸イオンは配位高分子を構成している。カチオン性有機分子とオキソ酸イオンとを含んだプロトン性イオン液体が前記金属イオンに配位して配位高分子が生成されている。
【0010】
本発明のプロトン伝導体によれば、白金への被毒を抑制でき、発電性能の低下を抑制できる。さらに本発明のプロトン伝導体は、プロトン性イオン液体からなるプロトン伝導体よりもプロトン輸率が高く、発電性能の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施形態に係る燃料電池セルの概念図である。
図2】実施例、第1、第2比較例の熱重量示差熱分析結果を示す図である。
図3】実施例のサイクリックボルタモグラムを示す図である。
図4】第1比較例のサイクリックボルタモグラムを示す図である。
図5】実施例のH-DOSYスペクトルを示す図である。
図6】第2比較例のH-DOSYスペクトルを示す図である。
図7】実施例のHおよびFの拡散係数と、プロトン輸率を示す図表である。
図8】第2比較例のHおよびFの拡散係数と、プロトン輸率を示す図表である。
図9】実施例および第1比較例のI-V特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態について図面を用いて説明する。
【0013】
図1に示すように、燃料電池セル100は、電解質膜110と、電解質膜110を挟み込む一対の電極120、130からなる膜電極接合体(MEA)を備えている。一対の電極120、130は、アノード電極120とカソード電極130からなる。なお、アノード電極120は水素極ともいい、カソード電極130は空気極ともいう。カソード電極130が本発明の酸化還元反応用電極に相当し、燃料電池セル100が本発明の燃料電池に相当している。
【0014】
燃料電池セル100は、水素と空気中の酸素との電気化学反応を利用して電気エネルギを出力する。燃料電池セル100を基本単位とし、複数枚積層したスタック構造として使用することができる。水素が燃料ガスであり、空気中の酸素が酸化剤ガスである。
【0015】
アノード電極120に水素が供給され、カソード電極130に空気が供給されると、以下に示すように、水素と酸素とが電気化学反応して、電気エネルギを出力する。
【0016】
(アノード電極側) H→2H+2e
(カソード電極側) 2H+1/2O+2e→H
この際、アノード電極120では、水素が触媒反応によって、電子(e)とプロトン(H)に電離され、プロトン(H)は電解質膜110を移動する。一方、カソード電極130では、アノード電極120側から移動してきたプロトン(H)、外部から流通してきた電子、および空気中の酸素(O)が反応して、水(HO)が生成される。
【0017】
本実施形態の燃料電池セル100は、電解質膜110を加湿することなく発電が行われる。つまり、燃料電池セル100の運転中には、カソード電極130に乾燥空気が供給されるようになっている。このため、燃料電池セル100は、100℃以上の温度で発電することが可能となっている。
【0018】
電解質膜110はプロトン伝導体である。電解質膜110を構成するプロトン伝導体では、バインダとしてのポリマーと、プロトン伝導物質であるプロトンキャリアを含んでいる。本実施形態では、ポリマーとしてポリベンゾイミダゾールを用い、プロトンキャリアとしてリン酸を用いており、リン酸がドープされたポリベンゾイミダゾールを電解質膜110として用いている。
【0019】
アノード電極120は、電解質膜110のアノード側の面に密着して配置されたアノード側触媒層121と、アノード側触媒層121の外側に配置されたアノード側拡散層122とを備えている。カソード電極130は、電解質膜110のカソード側の面に密着して配置されたカソード側触媒層131と、カソード側触媒層131の外側に配置されたカソード側拡散層132とを備えている。拡散層122、132は、カーボンクロス等で形成されている。
【0020】
触媒層121、131は、触媒121a、131aと、触媒121a、131aを被覆するアイオノマ121b、131bを含んでいる。触媒121a、131aは、カーボン担体に電気化学反応を促進する白金触媒が担持されている触媒担持カーボンである。白金触媒は白金を含有していればよく、例えば白金単体、あるいは白金とコバルトからなる白金コバルト合金を用いることができる。
【0021】
アイオノマ121b、131bは、プロトン伝導体と、バインダとしてのポリマーを含んでいる。バインダとしては、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を用いることができる。
【0022】
本実施形態のプロトン伝導体は、プロトン性イオン液体を金属に配位させて生成したプロトン性構造体である。プロトン性イオン液体は、プロトンを放出可能なイオン液体である。本実施形態のプロトン伝導体は、配位子と金属イオンからなる連続構造を有する配位高分子(CP)であるが、高分子となっていない部分が含まれていてもよい。
【0023】
本実施形態のプロトン伝導体は、アニオン性分子とカチオン性有機分子とを含んでいる。アニオン性分子はマイナスの電荷を有しており、カチオン性有機分子はプラスの電荷を有している。異符号の電荷を有するアニオン性分子とカチオン性有機分子は分子間に引力が作用する。つまり、アニオン性分子とカチオン性有機分子は電荷のバランスをとることで、全体として1つの構造体を形成している。
【0024】
アニオン性分子はアニオン性金属錯体分子である。アニオン性金属錯体分子は、金属イオンと、プロトンキャリアとして機能する配位子とを含んでいる。配位子として、オキソ酸イオンを用いることができる。
【0025】
アニオン性金属錯体分子は、金属イオンとオキソ酸イオンとの化学結合を少なくとも1つ含んでいる。オキソ酸イオンは、プロトン伝導性を有する配位子である。金属イオンには、少なくとも1つのオキソ酸イオンが化学結合していればよく、複数のオキソ酸イオンが化学結合していることが望ましい。金属イオンには、水分子等のオキソ酸イオン以外の配位子が結合していてもよい。
【0026】
金属イオンとオキソ酸イオンとの化学結合は、配位結合や共有結合を例示できるが、これらに限定されるものではない。アニオン性分子は、金属イオンとオキソ酸イオンとで全体としてマイナスの電荷を有していればよく、「-1」の電荷を有していることが望ましい。
【0027】
アニオン性金属錯体分子の金属イオンは、価数が変化しない金属を用いることが望ましく、d電子を有していない金属を用いることが望ましい。アニオン性金属錯体分子の金属イオンを構成する金属として、Al、Ga、Cs、Ba、K、Ca、Na、Mg、Zr、Ti、La及びPrのうち少なくともいずれかを用いることができる。金属の配位数が多いほど、金属イオンと化学結合するオキソ酸イオンの数を多くすることができ、プロトン伝導性を向上させることができる。
【0028】
アニオン性金属錯体分子のオキソ酸イオンは、プロトン伝導性を有するものであればよい。アニオン性金属錯体分子のオキソ酸イオンを構成するオキソ酸として、トリフルオロメタンスルホナート(TfO)、リン酸、硫酸、硝酸及びホウ酸のうち少なくともいずれかを用いることができる。
【0029】
カチオン性有機分子としては、「+1」の電荷を有する有機分子を用いることが望ましい。カチオン性有機分子として、アンモニウムカチオン、イミダゾリウムカチオン、ピリジニウムカチオン、ピロリジニウムカチオン、ホスホニウムカチオンのうち少なくともいずれかを用いることができる。
【0030】
アニオン性分子とカチオン性有機分子との間の結合は、金属イオンとオキソ酸イオンとの化学結合に比べて弱い結合となっている。アニオン性分子及びカチオン性有機分子からなる構造体は、ポリマーを形成している。
【0031】
本実施形態の構造体では、金属イオンに複数のオキソ酸イオンが化学結合している。このため、1個の構造体につき複数のプロトン伝導パスが形成され、プロトン伝導性能が高くなる。また、金属イオンとオキソ酸イオンは化学結合によって強く結合しているため、オキソ酸イオンの流出を抑制できる。また、カチオン性有機分子とアニオン性分子は異符号の電荷によって弱く結合しているため、構造体をゲル状物質とすることができる。ゲル状の構造体は、プロトンの運動性を高くすることができ、プロトン伝導性をより高くすることができる。
【0032】
ここで、電極120、130の製造方法を説明する。まず、エタノール等の溶媒に、粒子状の触媒121a、131aと、アイオノマ121b、131b(ポリマー、プロトンキャリア)とを混合し、インク化する。これを拡散層122、132を構成するカーボンクロス上に塗布し、乾燥させる。これにより、電極120、130を構成する触媒層121、131および拡散層122、132を得ることができる。
【0033】
ここで、本実施形態のプロトン伝導体を実施例、第1比較例および第2比較例を用いて説明する。実施例のプロトン伝導体は配位高分子であり、第1比較例のプロトン伝導体はリン酸であり、第2比較例のプロトン伝導体はプロトン性イオン液体である。
【0034】
本実施例のプロトン伝導体では、カチオン性有機分子としてアンモニウムカチオンを用いた。具体的には、カチオン性有機分子としてジエチルメチルアンモニウム(dema)を用いた。本実施例のプロトン伝導体では、アニオン性分子のオキソ酸イオンを構成するオキソ酸としてトリフルオロメタンスルホナート(TfO)を用い、アニオン性分子の金属イオンとしてAlイオンを用いている。なお、Alの配位数は4および6である。
【0035】
本実施例のプロトン伝導体は、プロトン性イオン液体であるトリフルオロメタンスルホナート-ジエチルメチルアンモニウム([dema][TfO])をAlに配位させて生成した配位高分子である。
【0036】
第1比較例では、プロトン伝導体としてオルトリン酸を用いた。第1比較例のリン酸は、メルク株式会社の「ortho-Phosphoric acid 99% cryst. for analysis Ensure(登録商標)」を用いた。第2比較例では、プロトン伝導体としてプロトン性イオン液体[dema][TfO]を用いた。
【0037】
ここで、プロトン性イオン液体[dema][TfO]の製造方法について説明する。[dema][TfO]は、本実施例のプロトン伝導体の原料であり、第2比較例のプロトン伝導体でもある。
【0038】
まず、ナスフラスコにジエチルメチルアミンを14.97g(0.172mol)入れ、ナスフラスコをアイスバスに入れる。スターラで攪拌しながら、ナスフラスコにトリフルオロメタンスルホン酸(TfOH)25g(0.167mol)を少しずつ滴下する。TfOHをすべて滴下した後、室温で一日攪拌する。そして、100℃で一日真空引きを行う。
【0039】
以上の工程で、プロトン性イオン液体である[dema][TfO]を得ることができる。[dema][TfO]は、以下の化学式(1)に示す化学構造を有している。
【0040】
【化1】
【0041】
次に、本実施例のプロトン伝導体の製造方法について説明する。まず、90.5mg(0.19mol)のAl(TfO)をエタノール1.5mlに溶かし、さらに[dema][TfO]を1.5g(6.32mmol)加えて溶液を得る。そして、得られた溶液を160℃で1時間加熱する。
【0042】
以上の工程で、本実施例のプロトン伝導体を得ることができる。本実施例のプロトン伝導体は、低粘度のゲル状物質である。本実施例のプロトン伝導体は、以下の化学式(2)に示す化学構造を有している。
【0043】
【化2】
【0044】
化学式(2)に示すように、本実施例のプロトン伝導体は、配位数4のAlに4つのTfOが配位した構造単位と、配位数6のAlに4つのTfOと2つのTfOHが配位した構造単位を含んだ混合体である。
【0045】
次に、実施例、第1比較例、第2比較例のプロトン伝導体を用いて電極(アノード電極、カソード電極)を以下の手順で作製した。
【0046】
Pt/C粉末0.2g(Pt担持量40wt%)、エタノール8.56ml、水0.96ml、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)0.035gを秤量後、これらを超音波ホモジェナイザにて混合して電極インクを作製した。この電極インクを、Pt担持量が0.3mg/cmになるように市販の燃料電池用ガス拡散電極(SigracetRBC29)にスプレー塗布し、電極材料を得た。電極材料は、1cm×1.4cmの大きさとした。
【0047】
実施例では、電極材料に化学式(2)の配位高分子を15μL滴下し、アノード電極およびカソード電極を作製した。第1比較例では、電極材料にリン酸を15μL滴下してアノード電極およびカソード電極を作製した。第2比較例では、電極材料に化学式(1)のプロトン性イオン液体[dema][TfO]を15μL滴下し、アノード電極およびカソード電極を作製した。そして、リン酸をドープしたポリベンゾイミダゾール薄膜からなる電解質膜の両面に、実施例、第1比較例、第2比較例のアノード電極およびカソード電極をそれぞれ貼り付け、膜電極接合体(MEA)を作製した。
【0048】
次に、実施例のプロトン伝導体(配位高分子)、第1比較例のプロトン伝導体(リン酸)および第2比較例のプロトン伝導体(プロトン性イオン液体)の白金への吸着エネルギについて説明する。以下、実施例、第1比較例および第2比較例において、プロトン伝導体に含まれるO原子と触媒に含まれるPt原子との距離を測定した結果と、プロトン伝導体の白金への吸着エネルギを測定した結果について説明する。
【0049】
実施例のプロトン伝導体では、配位数4のAlを含む構造単位と配位数6のAlを含む構造単位とで、O原子とPt原子との距離と白金への吸着エネルギを測定した。具体的には、配位数4のAlを含む構造単位では、O原子とPt原子との距離が2.68オングストロームであり、白金への吸着エネルギが-0.7eVであった。配位数6のAlを含む構造単位では、O原子とPt原子との距離が2.63オングストロームであり、白金への吸着エネルギが-1.3eVであった。
【0050】
第1比較例のプロトン伝導体では、O原子とPt原子との距離が2.17オングストロームであり、白金への吸着エネルギが-1.76eVであった。第2比較例のプロトン伝導体では、O原子とPt原子との距離が2.60オングストロームであり、白金への吸着エネルギが-0.4eVであった。
【0051】
プロトン伝導体に含まれるO原子と触媒に含まれるPt原子との距離が短いほど、プロトン伝導体の白金に対する吸着エネルギの絶対値が大きくなる。実施例および第2比較例のプロトン伝導体では、O原子とPt原子の距離が第1比較例のプロトン伝導体のO原子とPt原子の距離(2.17オングストローム)よりも長くなっている。さらに、実施例および第2比較例のプロトン伝導体の白金に対する吸着エネルギの絶対値は、第1比較例のプロトン伝導体の白金に対する吸着エネルギ(-1.76eV)の絶対値よりも小さくなっている。このため、実施例および第2比較例のプロトン伝導体は、第1比較例のプロトン伝導体よりも白金の被毒を抑制することができ、長期間使用しても触媒活性が低下することを抑制できる。
【0052】
次に、実施例のプロトン伝導体(配位高分子)、第1比較例のプロトン伝導体(リン酸)および第2比較例のプロトン伝導体(プロトン性イオン液体)に対して、熱重量示差熱分析(TG-DTA)を行った結果を図2を用いて説明する。図2は、室温から500℃の範囲で熱重量示差熱分析を行った結果を示している。図2では、横軸がプロトン伝導体の温度を示し、縦軸がプロトン伝導体の重量減少割合を示している。
【0053】
図2に示すように、第1比較例のプロトン伝導体は、100℃以上では揮発によって徐々に重量が減少している。この結果、第1比較例のプロトン伝導体を100℃以上で作動する燃料電池に用いた場合には、イオン伝導度および触媒活性が低下し、発電性能が低下する。
【0054】
これに対し、実施例および第2比較例では、250℃付近まで重量減少が認められない。実施例および第2比較例は、蒸気圧が低く100℃以上でも揮発しにくいため、高い耐熱性を有している。このため、実施例および第2比較例のプロトン伝導体は、100℃以上で作動する燃料電池に用いた場合であっても、イオン伝導度および触媒活性の低下を抑制でき、発電性能の低下を抑制できる。
【0055】
次に、実施例のプロトン伝導体(配位高分子)を用いた膜電極接合体および第2比較例のプロトン伝導体(プロトン性イオン液体)を用いた膜電極接合体に対して、サイクリックボルタンメトリ測定を行ってECSAを計算した結果を図3図4を用いて説明する。図3は実施例のサイクリックボルタモグラムを示し、図4は第2比較例のサイクリックボルタモグラムを示している。ECSA(Electrochemically Active Surface Area)とは、白金上でカソード反応やアノード反応が起こっている白金有効利用面積である。
【0056】
サイクリックボルタンメトリ測定では、膜電極接合体の一方の電極に100%水素を供給し、他方の電極に100%酸素を供給しながら、膜電極接合体を150℃に加熱した。水素と酸素の流量は、それぞれ100mL/分とした。そして、膜電極接合体の温度が安定した後、開回路電圧から0.1Vまで掃引速度0.2mV/secで電位掃引してサイクリックボルタンメトリ測定を行い、ECSAを計算した。さらに、膜電極接合体の温度を維持したまま10時間経過後にも同じ手順でサイクリックボルタンメトリ測定を行い、ECSAを計算した。
【0057】
図3図4のサイクリックボルタモグラムにおいて、斜線で示す部位の面積が水素吸着に関する電気量である。この値を白金の表面積当たりの表面電荷の代表値と白金担持量で除算することで、ECSAが得られる。
【0058】
図3に示す実施例では、サイクリックボルタモグラムから計算したECSAの初期値は23.92[m/g-Pt]だった。そして、10時間後に再度サイクリックボルタモグラムから計算したECSAは、23.96[m/g-Pt]だった。
【0059】
図4に示す第1比較例では、サイクリックボルタモグラムから計算したECSAの初期値は21.31[m/g-Pt]だった。そして、10時間後に再度サイクリックボルタモグラムから計算したECSAは、18.25[m/g-Pt]だった。
【0060】
以上のように、実施例では第1比較例よりも高いECSAが得られており、実施例では白金への被毒が抑制され、高い発電性能が得られている。また、第1比較例は10時間経過後にECSAが大きく低下しているのに対し、実施例は10時間経過後にもECSAが低下していない。つまり、実施例のプロトン伝導体は高い耐熱性を有している。
【0061】
次に、実施例のプロトン伝導体(配位高分子)および第2比較例のプロトン伝導体(プロトン性イオン液体)のプロトン輸率を図5図8を用いて説明する。図5図6H-PGSE-NMR(パルス磁場勾配NMR)から導出したH-DOSYスペクトルを示しており、図5が実施例、図6が第2比較例である。図5図6は縦軸が拡散係数である。図5図6の測定は150℃で行った。
【0062】
DOSY(Three Dimensional-Diffusion-Ordered NMR Spectroscopy)は、自己拡散係数の差を利用してプロトンのスペクトルを分離することができる。実施例および第2比較例のプロトン伝導体には、C-H結合のプロトンとN-H結合のプロトンが含まれている。
【0063】
図5に示すように、実施例のプロトン伝導体では、N-H結合のプロトンがC-H結合のプロトンよりも拡散係数が大きくなっている。これはN-H結合のプロトンのみが速い速度で動いていることを示しており、実施例のプロトン伝導体ではN-H結合のプロトンのみが選択的にホッピングしていることが示唆される。
【0064】
図6に示すように、第2比較例のプロトン伝導体では、全てのプロトンが同じ拡散係数を有している。このことから、第2比較例のプロトン伝導体では、プロトンのみがホッピングしているのではなく、分子全体が動いていると考えられる。
【0065】
図7図8は、H-PGSE-NMRから取得したHの拡散係数、19F-PGSE-NMRから取得した19Fの拡散係数およびこれらから算出したプロトン輸率を示している。図7は実施例を示し、図8は第2比較例を示している。
【0066】
図7において、C-H結合のプロトンはピークa~cに対応し、N-H結合のプロトンはピークdに対応している。図8において、C-H結合のプロトンはピークa~c、eに対応し、N-H結合のプロトンはピークdに対応している。
【0067】
プロトン輸率は、ホッピングできるプロトンの拡散係数を、カチオンの拡散係数とアニオンの拡散係数の合計で除算することで得られる。ホッピングできるプロトンはN-H結合のプロトンであり、カチオンはC-H結合のプロトンであり、アニオンはFである。このため、プロトン輸率は、以下の式で算出することができる。
【0068】
プロトン輸率=(N-H結合のプロトンの拡散係数)/(C-H結合のプロトンの拡散係数(平均値)+19Fの拡散係数)
図7に示すように、実施例のプロトン輸率は0.64であり、図8に示すように、第2比較例のプロトン輸率は0.56であった。実施例は、第2比較例よりもプロトン輸率が向上しており、損失が少ないことがわかる。このため、実施例のプロトン伝導体を用いた膜電極接合体では、起電力の低下を抑制でき、発電性能の低下を抑制できる。
【0069】
次に、実施例のプロトン伝導体(配位高分子)を用いた膜電極接合体および第1比較例のプロトン伝導体(リン酸)を用いた膜電極接合体の発電性能および耐久性を図9を用いて説明する。図9は、実施例のプロトン伝導体および第1比較例のプロトン伝導体を用いた膜電極接合体のI-V特性を示している。図9において、縦軸は膜電極接合体に0.6Vの負荷をかけたときの電流値(mA)であり、横軸は経過時間(min)である。
【0070】
I-V特性の測定では、膜電極接合体の片側の電極に100%水素、もう片側の電極に100%酸素を100mL毎分の流量で供給しながら150℃に加熱した。そして、膜電極接合体の温度が安定した後、開回路電圧から0.2Vまで掃引速度5mV/secで電位掃引を連続的に行った。
【0071】
図9は、実施例の膜電極接合体および第1比較例の膜電極接合体を電位掃引したときの0.6Vにおける電流値を時間に対してプロットしている。図9に示すように、実施例では第1比較例よりも高い電流値が得られている。つまり、実施例のプロトン伝導体を用いた膜電極接合体は、第1比較例よりも発電性能が高いことがわかる。
【0072】
また、第1比較例では時間の経過とともに電流値が低下しているのに対し、実施例では時間が経過しても電流値の低下がみられない。つまり、実施例のプロトン伝導体を用いた膜電極接合体は、第1比較例よりも耐久性に優れていることがわかる。
【0073】
以上説明した本実施形態のプロトン伝導体は、プロトン性イオン液体を金属に配位させた配位高分子として構成されている。
【0074】
本実施形態のプロトン伝導体は、プロトン性イオン液体からなるプロトン伝導体よりもプロトン輸率が高い。このため、本実施形態のプロトン伝導体をアイオノマ121b、131bとして用いた燃料電池セル100は、起電力の低下を抑制でき、発電性能の低下を抑制できる。さらに、本実施形態のプロトン伝導体をアイオノマ121b、131bとして用いた電極120、130では、白金触媒の使用量を減らすことができる。
【0075】
また、本実施形態のプロトン伝導体は、リン酸からなるプロトン伝導体よりも白金への被毒を抑制でき、発電性能の低下を抑制できる。さらに本実施形態のプロトン伝導体は、リン酸からなるプロトン伝導体よりも高い耐熱性および耐久性を有している。
【0076】
(他の実施形態)
本発明は上述の実施形態に限定されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で、以下のように種々変形可能である。また、上記各実施形態に開示された手段は、実施可能な範囲で適宜組み合わせてもよい。
【0077】
例えば、上記実施形態では、本発明のプロトン伝導体を燃料電池セル100の電極120、130として適用した例について説明したが、これに限らず、本発明のプロトン伝導体を水蒸気電解や水素分離膜など燃料電池以外の用途に用いてもよい。
【0078】
また、上記実施形態では、本発明のプロトン伝導体を燃料電池セル100の電極120、130として適用した例について説明したが、本発明のプロトン伝導体を燃料電池セル100の電解質膜110として適用してもよい。
【符号の説明】
【0079】
110 電解質膜
120、130 電極
121a、131a 触媒
121b、131b アイオノマ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9