(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-18
(45)【発行日】2024-04-26
(54)【発明の名称】薬剤、肺胞の洗浄用の薬液、及び、ネブライザー
(51)【国際特許分類】
A61K 31/132 20060101AFI20240419BHJP
A61K 47/24 20060101ALI20240419BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20240419BHJP
A61K 9/127 20060101ALI20240419BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20240419BHJP
A61P 11/16 20060101ALI20240419BHJP
【FI】
A61K31/132
A61K47/24
A61K9/08
A61K9/127
A61P11/00
A61P11/16
(21)【出願番号】P 2021522287
(86)(22)【出願日】2020-05-21
(86)【国際出願番号】 JP2020020116
(87)【国際公開番号】W WO2020241445
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2023-05-02
(31)【優先権主張番号】P 2019097756
(32)【優先日】2019-05-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020006158
(32)【優先日】2020-01-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】523188982
【氏名又は名称】大城戸 真喜子
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大城戸 真喜子
(72)【発明者】
【氏名】木村 直史
(72)【発明者】
【氏名】三尾 寧
【審査官】鶴見 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】中国実用新案第205729308(CN,U)
【文献】Experimental Lung Research,Vol.29,No.5,2003年,pp.303-314
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61K 47/00-47/69
A61P 11/00
A61P 11/16
A61K 9/00-9/72
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スペルミンを有することを特徴とする、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の予防及び/又は治療のための薬剤。
【請求項2】
更にリン脂質を包含することを特徴とする請求項1項に記載の薬剤。
【請求項3】
前記リン脂質は、ジパルミトイル-ホスファチジルコリン(DPPC)、ホスファチジルコリン(PC)、グリセロール(PG)、ジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)、ジステアロイルホスファチジルグリセロール(DSPG)、ジミリストイル-ホスファチジルエタノールアミン(DMPE)、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DPPE)、ジオレイルホスファチジルエタノールアミン(DOPE)、ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン(DSPE)、ジアラキドイルホスファチジルエタノールアミン(DAPE)又はジリノレイルホスファチジルエタノールアミン(DLPE)、ジラウロイル-ホスファチジルコリン(DLPC)、ジミリストイル-ホスファチジルコリン(DMPC)、ジアラキドイル-ホスファチジルコリン(DAPC)、ジオレイル-ホスファチジルコリン(DOPC)、ジミリストイルホスファチジルセリン(DMPS)、ジアラキドイルホスファチジルセリン(DAPS)、ジパルミトイルホスファチジルセリン(DPPS)、ジステアロイルホスファチジルセリン(DSPS)、ジオレイルホスファチジルセリン(DOPS)、ジパルミトイルホスファチジン酸(DPPA)、ジミリストイルホスファチジン酸(DMPA)、ジステアロイルホスファチジン酸(DSPA)、ジアラキドイルホスファチジン酸(DAPA)、ジミリストイルホスファチジルグリセロール(DMPG)、ジパルミトイルホスファチジルグリセロール(DPPG)、ジオレイル-ホスファチジルグリセロール(DOPG)、ジラウロイルホスファチジルイノシトール(DLPI)、ジアラキドイルホスファチジルイノシトール(DAPI)、ジミリストイルホスファチジルイノシトール(DMPI)、ジパルミトイルホスファチジルイノシトール(DPPI)、ジステアロイルホスファチジルイノシトール(DSPI)、及び、ジオレイルホスファチジルイノシトール(DOPI)の何れか一つを包含することを特徴とする請求項2に記載の薬剤。
【請求項4】
スペルミンを有することを特徴とする、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の予防及び/又は治療のための肺胞の洗浄用の薬液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肺コンプライアンス低下病態の予防及び/又は治療するための薬剤、肺コンプライアンスの低下した肺胞の洗浄用の薬液、及び、ネブライザーに関する。
【背景技術】
【0002】
1967年にショックや外傷等に続発する急性呼吸不全をAshbauhらが報告し、その後、成人呼吸窮迫症候群という疾患概念が提唱された。1992年に米国胸部疾患学会と欧州集中治療学会の合同検討会(American-European Consensus Conference;AECC)において、定義、発生機序、予後等に関する検討がなされ、診断基準についても統一化が図られた。米国国立衛生研究所(National Institute of Health;NIH)によってARDS ネットワークが構築され、低容量人工換気法の有用性が証明され、日本においては2005年に『ALI/ARDS診療のためのガイドライン』が作成された。2012年にベルリン定義において、同じ病態でありながら呼称の異なる急性肺障害(acute lung injury;ALI)は、急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome;ARDS)の軽症と分類された。日本でもベルリン定義を踏まえて、2016年に『ARDS診療のためのガイドライン』が作成された。
【0003】
ARDSは原因疾患に合併する共通の病態を示す症候群である。本体は肺胞領域の非特異的炎症による透過性亢進型肺水腫である。これらは、肺胞腔内に貯留する水腫液に起因する酸素化障害と肺コンプライアンスの低下による呼吸不全を呈する。肺胞中の内在性肺サーファクタントは、液体の表面を最小にしようとする力(表面張力)を低下させ、肺胞の虚脱を防ぐ。内在性肺胞サーファクタントの希釈や機能不全は界面活性(=表面張力低下効果)を減弱させ、肺コンプライアンス低下をもたらす重要な要因であると考えられている。
【0004】
ARDSは、一般に肺病変を持たない者に対し、肺を直接損傷する疾患(肺炎、誤飲、脂肪塞栓、有毒ガス等による吸入障害、肺移植後の再灌流肺水腫、溺水、放射線肺障害、肺挫傷など)や、肺を間接損傷する疾患(敗血症、重症外傷、熱傷、ショック、大量輸血、薬物中毒、急性膵炎、自己免疫疾患など)を契機として突然発症する急性呼吸不全である。ARDS患者においては、重篤な低酸素血症、肺血管透過性亢進、肺水腫、泡沫状の血性痰の喀出、聴診上継続性ラ音等が認められ、後遺症として脳障害、硝子膜形成、肺繊維化等が懸念される。
【0005】
ARDSでは、心臓の荷重のかかる背側肺に虚脱がおこりやすい。虚脱肺はシャント率の増加(肺でガス交換されない血流の増加)と健常肺の過膨脹(人工呼吸器による肺障害Ventilator Induced Lung Injury; VILI)の原因となることが知られている。呼気終末陽圧型人工呼吸 (Positive end-expiratory pressure; PEEP) を併用した低容量人工換気は死亡率を有意に低下させることが報告されたものの、高PEEPは心拍出量の低下やVILIを発生させる側面を持ち合わせており、依然として死亡率は高い。ARDSと似た病態として、在胎32週以下の早産児に多くみられる新生児呼吸窮迫症候群(IRDS Infantile respiratory distress syndrome)が知られている。内在性サーファクタントの欠乏が主たる病因であるIRDSではウシ肺抽出人工サーファクタントの補充療法が有効であるが、ARDSに対してのウシ肺抽出人工サーファクタントや人工合成サーファクタントの補充療法は生命予後改善効果がないことが報告され、サーファクタント以外にも何らかの因子の関与が疑われてきた(参考文献5)。その他薬物療法としては、炎症の軽減目的で対処療法的にメチルプレドニゾロン等のステロイドが使用されているが、効果的なARDSの予防又は治療薬はなく、救命医療の進歩した現在においても死亡率は依然40~50%と極めて高い(非特許文献1乃至4)。それ故、有効なARDSの予防治療薬を開発すべく、目下種々の研究が鋭意行われている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Peter JV, John P, Graham PL, et al. Corticosteroids in the prevention and treatment of acute respiratory distress syndrome (ARDS) in adults: meta-analysis. BMJ. 2008;336:1006-9.
【文献】Meduri GU, Golden E, Freire AX, et al. Methylprednisolone infusion in early severe ARDS: results of a randomized controlled trial. Chest. 2007;131:954-63.
【文献】Meduri GU, Annane D, Chrousos GP, et al. Activation and regulation of systemic inflammation in ARDS: rationale for prolonged glucocorticoid therapy. Chest. 2009;136:1631-43.
【文献】Steinberg KP, Hudson LD, Goodman RB, et al. Efficacy and safety of corticosteroids for persistent acute respiratory distress syndrome. N Engl J Med. 2006;354:1671-84.
【文献】Zhang LN, Sun JP, Xue XY, Wang JX., Exogenous pulmonary surfactant for acute respiratory distress syndrome in adults: A systematic review and meta-analysis. Exp Ther Med. 2013. 5, 237-242.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、肺コンプライアンス低下病態の予防及び/又は治療するための薬剤、肺コンプライアンスの低下した肺胞の洗浄用の薬液、及び、ネブライザーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明にかかる薬剤は、肺コンプライアンス低下病態の予防及び/又は治療のための薬剤であって、ポリアミンを有することを特徴とする。
【0009】
本発明にかかる肺胞の洗浄用の薬液(なお本明細書において肺胞の洗浄用の薬液を肺胞洗浄液と記載することがある。)は、ポリアミンを有することを特徴とする。
【0010】
本発明にかかるネブライザーは、空気導入口から噴霧口に至る空気流通路と、収容する薬液を霧化させる薬液槽と、を有し、前記空気導入口から導入された空気と前記薬液槽で霧化された薬液とを混合して混合空気を前記噴霧口から放出するネブライザーであって、前記薬液はポリアミンを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、肺コンプライアンス低下病態を的確に予防及び/又は治療することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本実施形態にかかるネブライザーの構造を説明する図である。
【
図2】本実施形態にかかる気管支鏡の構造を説明する図である。
【
図3】所定のポリアミン組成に基づいた気道内投与ポリアミンの肺コンプライアンスへの影響を示す図である。
【
図4】0.5mM スペルミン(Spm)投与による肺コンプライアンスへの影響を示す図である。
【
図5】Spm濃度の違いによる肺コンプライアンスへの影響を示す図である。
【
図6】Spmの有無による、希釈ウシ肺抽出人工サーファクタントを用いた肺コンプライアンスへの影響を示す図である。
【
図7】Spm濃度の違いによるガス交換障害の改善効果を示す図である。
【
図8】Spmの有無による、希釈ウシ肺抽出人工サーファクタントを用いたガス交換障害の改善効果を示す図である。
【
図9】Spm含有生理食塩水による肺胞洗浄の肺野像への影響を示す写真図である。
【
図10】ARDSモデル動物への経気道的5mM Spm 投与による、肺コンプライアンスへの影響を示す図である。
【
図11】表面張力測定のための懸滴のカーブフィッティングを示す図である。
【
図12】表面張力低下効果の減弱した希釈サーファクタント環境に対するSpmの表面張力への影響を示す図である。
【
図13】ラット肺胞に内在するポリアミン組成に基づいたポリアミンの表面張力への影響を示す図である。
【
図14】Spm、及びラット肺胞に内在するポリアミン組成に基づいたポリアミンの表面張力への影響を比較した図である。
【
図15】in vitroで効果(表面張力低下効果)の高いポリアミンによる、in vivo(肺コンプライアンス)への影響を示す図である。
【
図16】表面張力低下効果の減弱した希釈サーファクタント環境に対する、スペルミジン(Spd)、及びプトレッシン(Put)の表面張力への影響を示す図である。
【
図17】表面張力低下効果の減弱した希釈サーファクタント環境に対する、ポリアミンの表面張力への影響(懸滴形成60秒後)を示す図である。
【
図18】表面張力低下効果の減弱した希釈サーファクタント環境に対する、ポリアミン(アセチル化ポリアミン、高等動物が有さないポリアミン)の表面張力への影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
【0014】
本発明にかかる薬剤は、肺コンプライアンス低下病態の予防及び/又は治療のための薬剤であって、ポリアミンを有する。本発明者は、肺内在性サーファクタントが希釈されて肺コンプライアンスが低下している病態でも、補充することで適切な濃度のポリアミンが存在すれば肺は膨張しガス交換障害が改善されることを新知見として見出し、かかる事実に基づいて本発明を完成された。
【0015】
肺コンプライアンス低下病態とは、例えば、外傷・手術等の侵襲後12~48時間に胸部X線写真上で両側肺浸潤陰影を呈し、PaO2/FiO2比が300以下を示す急性呼吸不全である。
【0016】
肺コンプライアンス低下病態は、特に限定されるものではないが、例えば、急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome;ARDS)、急性肺障害(acute lung injury;ALI (ARDS軽症の旧呼称))、又は、新生児呼吸窮迫症候群(Infantile Respiratory Distress Syndrome;IRDS)である。肺コンプライアンス低下病態は、好ましくはPaO2/FiO2比が300以下のARDSである。
【0017】
肺コンプライアンス低下病態は、例えば内在性肺胞サーファクタントが機能不全状態にある肺疾患、多臓器不全症候群(multiple organ dysfunction syndrome;MODS)、心原性肺水腫である。
【0018】
本実施形態にかかる肺胞の洗浄用の薬液は、ポリアミンを有することを特徴とする。
【0019】
ポリアミンは、第1級アミノ基を2つ以上もつ脂肪族炭化水素の総称であり、本発明においては特に限定されるものではないが、例えば、スペルミン(Spm)、スペルミジン(Spd)、プトレッシン(Put)、又はこれらの混合物である。
【0020】
また、ポリアミンは、例えば、アセチルプトレッシン、N1-アセチルスペルミジン、N8-アセチルスペルミジン、N1-アセチルスペルミン、又はこれらの混合物とすることも可能である。
【0021】
また、ポリアミンは、1、3-ジアミノプロパン、ジアミノヘキサン、カダベリン、アグマチン、カルジン、ホモスペルミジン、アミノプロピルカダベリン、テルミン、テルモスペルミン、カナバルミン、アミノペンチルノルスペルミジン、N、N-ビス(アミノプロピル)カダベリン、ホモスペルミン、カルドペンタミン、ホモカルドペンタミン、カルドヘキサミン、ホモカルドヘキサミン、又は、これらの混合物とすることも可能である。
【0022】
本明細書において「予防」には疾患の発症を抑えること及び遅延させることが含まれ、疾患になる前の予防だけでなく、治療後の疾患の再発に対する予防も含まれる。一方、「治療」には、症状を治癒すること、症状を改善すること及び症状の進行を抑えることが含まれる。
【0023】
本実施形態にかかる薬剤は、公知の方法に従って製剤化し、投与する薬剤とすることができる。例えば、そのまま液剤として又は適当な剤型の薬剤として、ヒト又は哺乳類に対して経口的又は非経口的に投与することができる。液剤には、錠剤や粉末や凍結乾燥剤等を溶媒(水か生理食塩水)にて溶かしたものも包含されるものとする。非経口的投与の場合はネブライザー、人工換気装置、又は、吸引器による吸引、あるいは気管支鏡を用いた投与が好ましい。
【0024】
薬剤は、微生物の増殖を抑制する防腐剤又はpHを許容範囲に保つのに役立つ緩衝剤を含んでもよい。防腐剤は、アジ化ナトリウム、オクタデシルジメチルベンジルアンモニウムクロライド、塩化ヘキサメトニウム、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、フェノール、ブチル若しくはベンジルアルコール、メチル若しくはプロピルパラベン等のアルキルパラベン、カテコール、レゾルシノール、シクロヘキサノール、3?ペンタノール、及びm?クレゾール等である。緩衝剤は、リン酸、クエン酸、及びその他の有機酸である。
【0025】
また、薬剤は、例えば、賦形剤、安定剤、EDTA等のキレート化剤、塩、又は抗菌剤を含んでもよい。他にも、アスコルビン酸及びメチオニン等の酸化防止剤、ポリペプチド、血清アルブミン、ゼラチン、若しくは非特異的免疫グロブリン等のタンパク質、ポリビニルピロリドン等の親水性ポリマー、グリシン、グルタミン、アスパラギン、ヒスチジン、アルギニン、若しくはリジン等のアミノ酸、グルコース、マンノース、若しくはデキストリン等の単糖類、二糖類、及びその他の炭水化物、スクロース、マンニトール、トレハロース、若しくはソルビトール等の糖類を含むことが可能である。
【0026】
生体組織中には、細胞内での合成及び腸管からの吸収に由来するポリアミンが、主に細胞内に約1mM存在する。細胞外には細胞内の1/1000-1/100程度のポリアミンが存在するが、神経突起部などの分泌箇所では局所的に比較的高濃度のポリアミンが存在することが推察される。生体には、細胞内ポリアミン濃度が高くなりすぎないように調節する機構が保存されている。過剰ポリアミンは細胞ポリアミン産生を低下させる可能性がある。そのため予防及び/又は治療としてのポリアミン肺胞投与においては、肺胞表面に形成されるポリアミン濃度が細胞内ポリアミン濃度から大きく逸脱しない方が好ましいと考える。
【0027】
後述する実施例3,5より、肺胞表面に1mM Spmが存在すれば肺コンプライアンス及び酸素化の改善が望めたので、特に限定するものではないが、肺胞表面に形成されるSpm濃度はおそらく1-2mM 程度で効果が得られるものと考える。
【0028】
ARDS肺への肺胞洗浄によるポリアミン薬液投与において、肺胞に貯留する滲出液とポリアミン含有薬液との交換効率は、肺胞表面に形成されるポリアミン濃度に影響する。肺胞洗浄操作でポリアミン含有薬液が滲出液と完全に混ざるものと仮定し、1回洗浄における薬液交換効率が15%程度であれば、4mM ポリアミン含有薬液による連続5回洗浄で、肺胞表面に形成されるポリアミン濃度はおよそ2mM 程度になると概算される。実際には投与する形態、治療標的領域の肺胞内滲出液量、ポリアミン薬液の交換効率、縦隔組織や体位による肺への加重等を考慮し、ポリアミン薬液濃度が選択されることになると考える。実施例7では、生理食塩水による肺胞洗浄によって作製したARDSラットに対して、5 mM Spm薬液による連続5回洗浄を実施したときの効果を示している。特に限定されるものではないが、薬液のポリアミンがSpmの場合、選択される薬液濃度は病巣局所的に用いるのであれば1-50mM, 1-10mM,あるいは1-5mM 程度, 病巣を含む広範領域に用いるのであれば1-10mM,好ましくは1-5mM程度とすることができる。
【0029】
本発明にかかる薬剤は、リポソームに内包させてドラッグデリバリー性を持たせることも可能である。リポソームは、例えばホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルコリン(PC)等のリン脂質を膜構成成分として含有する。リポソームの直径は、標的組織への到達性及び安定性等を考慮して、適宜調整することができ、例えば直径150~350nmの単層リポソームである。
【0030】
本発明にかかる薬剤は、ポリアミンを有するが、更にリン脂質構成成分やリン脂質を包含することも可能である。肺内在性サーファクタントの主成分はリン脂質である。市販のウシ肺抽出人工サーファクタントも84%のリン脂質を含む。
【0031】
リン脂質構成成分やリン脂質は、特に限定されるものではないが、例えば、ジパルミトイル-ホスファチジルコリン(DPPC)、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルグリセロール(PG)、ジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)、ジステアロイルホスファチジルグリセロール(DSPG)、ジミリストイル-ホスファチジルエタノールアミン(DMPE)、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DPPE)、ジオレイルホスファチジルエタノールアミン(DOPE)、ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン(DSPE)、ジアラキドイルホスファチジルエタノールアミン(DAPE)又はジリノレイルホスファチジルエタノールアミン(DLPE)、ジラウロイル-ホスファチジルコリン(DLPC)、ジミリストイル-ホスファチジルコリン(DMPC)、ジアラキドイル-ホスファチジルコリン(DAPC)、ジオレイル-ホスファチジルコリン(DOPC)、ジミリストイルホスファチジルセリン(DMPS)、ジアラキドイルホスファチジルセリン(DAPS)、ジパルミトイルホスファチジルセリン(DPPS)、ジステアロイルホスファチジルセリン(DSPS)、ジオレイルホスファチジルセリン(DOPS)、ジパルミトイルホスファチジン酸(DPPA)、ジミリストイルホスファチジン酸(DMPA)、ジステアロイルホスファチジン酸(DSPA)、ジアラキドイルホスファチジン酸(DAPA)、ジミリストイルホスファチジルグリセロール(DMPG)、ジパルミトイルホスファチジルグリセロール(DPPG)、ジオレイル-ホスファチジルグリセロール(DOPG)、ジラウロイルホスファチジルイノシトール(DLPI)、ジアラキドイルホスファチジルイノシトール(DAPI)、ジミリストイルホスファチジルイノシトール(DMPI)、ジパルミトイルホスファチジルイノシトール(DPPI)、ジステアロイルホスファチジルイノシトール(DSPI)、ジオレイルホスファチジルイノシトール(DOPI)又はこれらの混合物である。
【0032】
肺サーファクタント補充療法は例えばARDSには効果がないことが報告されているが、ポリアミンを有する本発明にかかる薬剤に付加してARDSの治療に使用することも有効である。
【0033】
本実施形態にかかるネブライザーは、
図1に示されるように、空気導入口7から噴霧口8に至る空気流通路9と、収容する薬液1を霧化させる薬液槽2と、を有し、空気導入口7から導入された空気と薬液槽2で霧化された薬液1とを混合して混合空気を噴霧口8から放出するネブライザーであって、薬液1はポリアミンを有することを特徴とする。
【0034】
図1に示すように、ネブライザーは、噴霧される薬液1を収容しておくための薬液槽2と、薬液槽2の上部に薬液槽2内と連通するように設けられた2つの管3、4とを有する。薬液槽2は、例えばその下部に、収容する薬液1を霧化させるための超音波振動子を備え、超音波振動子の超音波振動により薬液1の霧化を促進する。薬液槽2の上部に設けられた2つの管3、4のうちの一方は、先端開口が空気導入口7となる空気導入管3とされ、他方の管4は、先端開口が噴霧口8となる空気放出管4とされる。空気導入管3及び空気放出管4は、それぞれが離反する方向に、L字状に折曲している。空気導入口7から空気導入管3内、薬液槽2内、空気放出管4を通り、噴霧口8に至るまでの通路が、空気流通路9となる。ネブライザーによる薬液の投与は全肺に行き渡るため軽症例の病態の治療に適している。そのためネブライザーによる投与の場合の薬液の濃度は低濃度とすることができ、特に限定されるものではないが例えばポリアミン濃度1~5mMとすることが可能である。
【0035】
本実施形態にかかる気管支鏡は、
図2に示されるように、柔軟に彎曲する先端部12を有し、基端側には接眼部13を有している。操作部14は先端部12を曲げ操作するためのものである。気管支鏡は、口又は鼻から挿入されて、喉の奥を通って、あるいは気管カニューレより挿入されて、気管から気管支に挿通される管状の挿入管部16を備える。挿入管部16は柔軟性のある管状で、後端から先端まで貫通して薬液を移送する噴霧孔が設けられている。薬液はポリアミンを有することを特徴とする。先端部12には噴霧孔の先端である噴霧開口部が設けられており、噴霧開口部から霧状の薬液が肺胞に供給される。基端側には挿入管部16の噴霧孔に薬液を供給するための供給開口部15が設けられている。
【0036】
気管支鏡による薬液の投与は全肺ではなく病変部位に限定した投与であるため、重傷例の病態の治療に適している。そのため気管支鏡による投与の場合の薬液の濃度は高濃度とすることができ、特に限定されるものではないが例えばポリアミン濃度2mM~100mMとすることが可能である。なお重症例であっても気管支鏡による投与が困難な場合は上述したネブライザーによる投与が適している。
【実施例】
【0037】
(1)実施例1
実施例1では、安楽死後のマウス肺胞中のポリアミン組成比(Put:Spd:Spm = 0.1:3:2)に基づいた肺胞投与ポリアミンによる肺コンプライアンス改善効果を検討した。
【0038】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引操作を2分以内に連続3回施行し、気管内に残留する洗浄液を吸引した後、ただちに人工換気を再開して、生理食塩水による肺胞洗浄ARDSモデルを作製した。肺胞洗浄操作は、肺コンプライアンスの低下した呼吸窮迫症候群(ARDS)モデルの作製を意味する。
【0039】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(0.51mM ポリアミン(組成比はPut:Spd:Spm = 0.1:3:2)含有生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続3回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した後、ただちに人工換気を再開して、ポリアミンによる肺胞洗浄ARDSモデルを作製した。ポリアミン含有生理食塩水による肺胞洗浄は、ARDSモデル作製と同時に肺胞へのポリアミン投与の意味を有する。
【0040】
換気様式はPEEPを用いず逆比換気法を用いた。酸素投与は行わずルームエア(吸入酸素濃度FiO2 0.21)で換気した。経時的に気道内圧、動脈血酸素分圧(PaO2) を計測した。肺の膨らみやすさの指標として動的肺コンプライアンス(=1回換気量/気道内圧変化)(式1)を、ガス交換障害の指標としてPaO2/FiO2(P/F比) < 300を用い、ポリアミンによる影響を解析した。
【0041】
結果を
図3に示す。
図3に示されるように、肺胞洗浄操作によって洗浄直後の肺コンプライアンスは低下した(
図3◇(灰色)、×)。0.51mMポリアミン(Put:Spd:Spm = 0.1:3:2)含有生理食塩水を用いた肺胞洗浄では、その後、肺コンプライアンスが回復した(
図3◇(灰色))。
【0042】
(2)実施例2
実施例2では、肺胞投与ポリアミン(0.5mM Spm)による肺コンプライアンス改善効果を検討した。
【0043】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した後、ただちに人工換気を再開して、生理食塩水による肺胞洗浄ARDSモデルを作製した。
【0044】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(0.5mM Spm含有生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した後、ただちに人工換気を再開して、0.5mM Spmによる肺胞洗浄ARDSモデルを作製した。
【0045】
換気様式はPEEPを用いず逆比換気法を用いた。酸素投与は行わずルームエア(吸入酸素濃度FiO20.21)で換気した。経時的に気道内圧、動脈血酸素分圧 (PaO2) を計測した。肺の膨らみやすさの指標として動的肺コンプライアンスを、ガス交換障害の指標としてP/F比 < 300を用い、ポリアミンによる影響を解析した。
【0046】
実施例1と同様に、ポリアミンによる影響を解析した。
【0047】
結果を
図4に示す。
図4に示されるように、肺胞洗浄操作によって洗浄直後の肺コンプライアンスは低下した(
図4〇(灰色)、×)。0.5mM Spm含有生理食塩水を用いた肺胞洗浄では、その後肺コンプライアンスが回復した(
図4〇(灰色))。
【0048】
(3)実施例3
実施例3では、肺胞投与Spm 濃度による肺コンプライアンス改善効果を比較検討した。
【0049】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した後、ただちに人工換気を再開して、生理食塩水による肺胞洗浄ARDSモデルを作製した。
【0050】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(1mM Spm含有生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した後、ただちに人工換気を再開して、1mM Spmによる肺胞洗浄ARDSモデルを作製した。
【0051】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(0.5mM Spm含有生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した後、ただちに人工換気を再開して、0.5mM Spmによる肺胞洗浄ARDSモデルを作製した。
【0052】
換気様式はPEEPを用いず逆比換気法を用いた。酸素投与は行わずルームエア(吸入酸素濃度FiO2 0.21)で換気した。経時的に気道内圧、動脈血酸素分圧(PaO2) を計測した。肺の膨らみやすさの指標として動的肺コンプライアンスを、ガス交換障害の指標としてP/F比 < 300を用い、ポリアミンによる影響を解析した。
【0053】
実施例1と同様に、ポリアミンによる影響を解析した。
【0054】
結果を
図5に示す。
図5に示されるように、肺胞洗浄によって洗浄直後の肺コンプライアンスは低下した(
図5〇(白色)、〇(灰色)、×)。Spm含有生理食塩水を用いた肺胞洗浄では、いずれもその後肺コンプライアンスが回復した(
図5〇(白色)、〇(灰色))。洗浄後60分までの経過を通して、肺コンプライアンス改善効果は、0.5mM (
図5〇(灰色))に比べて1mM Spm の方(
図5〇(白色))が高かった。肺胞洗浄前の肺コンプライアンス1.0に比較して0.9まで回復するのに、0.5mM Spm洗浄では平均60分を要するところ(
図5〇(灰色))、1mM Spm 洗浄では平均15分であった(
図5〇(白色))。中には洗浄後30分以降、洗浄前の肺コンプライアンス1.0を超えて改善した例も散見された。
【0055】
(4)実施例4
実施例4では、希釈されたサーファクタントには肺コンプライアンス改善効果がないこと、及び1mM Spmが存在すれば肺コンプライアンスが改善することの追試実験を行った。
【0056】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(0.3mg/mlウシ肺抽出人工サーファクタント;ウシ肺抽出人工サーファクタントは商品名サーファクテン(田辺製薬)を使用して生理食塩水で溶解して通常未熟児に投与する濃度の1/100の濃度の0.3mg/mlに調製した)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した後、ただちに人工換気を再開して、希釈ウシ肺抽出人工サーファクタントによる肺胞洗浄ARDSモデルを作製した。なお、ウシ肺抽出人工サーファクタント中にはポリアミンは検出されないことは確認されている。
【0057】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(1mM Spm 含有0.3mg/mlウシ肺抽出人工サーファクタント、ウシ肺抽出人工サーファクタントは商品名サーファクテン(田辺製薬)を使用)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した後、ただちに人工換気を再開して、1mM Spm含有希釈ウシ肺抽出人工サーファクタントによる肺胞洗浄ARDSモデルを作製した。
【0058】
換気様式はPEEPを用いず逆比換気法を用いた。酸素投与は行わずルームエア(吸入酸素濃度FiO2 0.21)で換気した。経時的に気道内圧、動脈血酸素分圧(PaO2) を計測した。肺の膨らみやすさの指標として動的肺コンプライアンスを、ガス交換障害の指標としてP/F比 < 300を用い、ポリアミンによる影響を解析した。
【0059】
実施例1と同様に、ポリアミンによる影響を解析した。
【0060】
結果を
図6に示す。
図6に示されるように、肺胞洗浄によって、洗浄直後の肺コンプライアンスは低下した(
図6□(白色)、+)。1mM Spm含有100倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタントを用いた肺胞洗浄では、その後肺コンプライアンスが回復した(
図6□(白色))。また希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント単独での肺洗浄では60分後でも肺コンプライアンスの回復は観察されなかったが、Spm含有洗浄液の場合、平均20分で0.9まで改善された(
図6□(白色))。実施例3,4 より洗浄液中にSpmが存在すれば、ウシ肺抽出人工サーファクタントの有無に関係なく肺コンプライアンスを改善することが判明した。
【0061】
(5)実施例5
実施例5では、肺胞投与Spmによるガス交換改善効果について検討した。
【0062】
実施例3と同様にして、生理食塩水による肺胞洗浄ARDSモデルと、1mM Spmによる肺胞洗浄ARDSモデルと、0.5mM Spmによる肺胞洗浄ARDSモデルと、を作製した。
【0063】
実施例4と同様にして、希釈ウシ肺抽出人工サーファクタントによる肺胞洗浄ARDSモデルと、1mM Spm含有希釈ウシ肺抽出人工サーファクタントによる肺胞洗浄ARDSモデルと、を作製した。
【0064】
換気様式はPEEPを用いず逆比換気法を用いた。酸素投与は行わずルームエア(吸入酸素濃度FiO20.21)で換気した。経時的に気道内圧、動脈血酸素分圧 (PaO2) を計測した。肺の膨らみやすさの指標として動的肺コンプライアンスを、ガス交換障害の指標としてP/F比 < 300を用い、ポリアミンによる影響を解析した。
【0065】
肺胞洗浄前、洗浄20分後、60分後に動脈血採血を行い、血液ガス分析装置を用いて、動脈血酸素分圧(PaO2)を測定した。P/F比 < 300以下はガス交換障害として、肺胞投与Spmによるガス交換障害発生率への影響を解析した。酸素解離曲線においてPaO2と相関関係にある経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)の低下が観察され、測定時刻に動脈血採血に至らなかった事例(死亡)は、ガス交換障害発生事例としてカウントした。
【0066】
結果を
図7に示す。
図7に示されるように、生理食塩水(
図7 黒色カラム)と比較して、Spm含有生理食塩水を用いた肺胞洗浄では、1時間後のガス交換障害発生率が有意に低下していた(
図7 60分 灰色カラム、白色カラム)。1mM Spm を含有するもの(
図7 白色カラム)では、洗浄20分後におけるガス交換障害発生率も他より低かった(
図7 20分)。
【0067】
結果を
図8に示す。
図8に示されるように、1mM Spmを含有する希釈ウシ肺抽出人工サーファクタントを用いた肺胞洗浄(
図8 白色カラム)では、希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント単独の洗浄(
図8 黒色カラム)と比較して、1時間後のガス交換障害発生率が低下していた(
図8 60分)。
以上のことから、肺胞へのSpmの投与は、ガス交換改善効果があることが判明した。
【0068】
(6)実施例6
実施例6では、Spm含有生理食塩水による肺胞洗浄の肺野像への影響を検討した。肺胞洗浄後に安楽死させたラット、もしくは安楽死直後に肺胞洗浄したラットに、気管カニューレより空気圧(0、 20 cmH2O)をかけながら、単純X線撮影、X線CT撮影した。
【0069】
ラットaは、肺胞洗浄をしていないコントロールである。即ち、全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入し、肺胞洗浄せずに安楽死させた。
【0070】
ラットbは、1mM Spm含有生理食塩水による肺胞洗浄を行ったラットである。即ち、全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入し、安楽死後、20ml/kg の肺胞洗浄液(1mM Spm含有生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した。
【0071】
ラットcは、生理食塩水による肺胞洗浄を行ったラットである。即ち、全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した後、ただちに人工換気を再開し、30分後に安楽死させた。
【0072】
ラットdは、生理食塩水による肺胞洗浄後、5mM Spm含有生理食塩水による肺胞洗浄を行ったラットである。即ち、全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入し、安楽死後20ml/kg の肺胞洗浄液(生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した。引き続き20ml/kg の肺胞洗浄液(5mM Spm含有生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引操作を2分以内に連続5回施行し、気管内に残留する洗浄液を吸引した。
【0073】
撮影装置は動物実験用X線CT装置 Latheta LCT-200であった。撮影条件はボクセルサイズ 120μm、 回転角度360°、 標準回転速度、 低X線管電圧であった。
【0074】
結果を
図9に示す。
図9に示されるように、肺胞洗浄によって、非加圧時CT画像における肺野輝度は上昇した(0cmH
2O CT画像 肺野輝度 a << b c < d)。生理食塩水で肺胞洗浄したcの20cmH
2O加圧時のX線撮像では、心陰影が不明瞭で、肺野の透過性は低下していた。またCT画像でも肺野に高い吸収値を示す浸潤影が不均質に存在し、含気が低下していた。生理食塩水肺胞洗浄後に5mM Spm含有生理食塩水で肺胞洗浄したdでは、20cmH
2O加圧時のX線撮像では、コントロールに比べて肺野の透過性はやや不良であるが、心陰影が描出されていた。CT画像でもcで観察されたような広範囲の浸潤影は存在せず、比較的肺全体に含気が確認された。dは2度の肺胞洗浄を行っている。dは、b や cに比べて内在性のサーファクタントの希釈率はより高度であるにも関わらず、2度目の肺胞洗浄で肺胞投与されたSpmによって、肺野の含気が回復したと推察される。以上より、肺胞へのSpm投与は、シャント率増加やVILIの原因となる虚脱肺に対して、肺を通気させる(リクルートメント)効果がある、と結論づけられる。
【0075】
(7)実施例7
実施例7では、ARDSモデル動物への経気道的5mM Spm投与による、肺コンプライアンスへの影響を検証した。
【0076】
実施例6では、ARDSモデル動物に5mM Spmを経気道的に投与(5mM Spm含有生理食塩水を用いた肺胞洗浄)すると、20cmH
2O加圧によってCT画像上、肺野の含気が増加することが明らかになった(
図9d)。この現象は、前述の動的肺コンプライアンス =1回換気量/気道内圧変化 (式1)に当てはめて考えると、20cmH
2Oの気道内圧下で、肺の換気量(含気量)が増えたことによるものと推察される。そうであるならば、5mM Spm 含有生理食塩水の肺胞洗浄後に、肺コンプライアンスが増加しているはずである。実施例7ではそのことを検証した。すなわち、ARDSモデル動物への経気道的5mM Spm投与による肺コンプライアンスの影響を解析した。
【0077】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入後、ラットを安楽死させた。ただちに30秒間人工換気し、気道内圧より算出される洗浄前の肺コンプライアンスを1.0とした(
図10 左 洗浄前)。引き続きARDS肺を作製した。すなわち20ml/kgの生理食塩水を用いて気管カニューレより注入吸引操作を2分以内に連続5回施行し、気管カニューレ内に残存する洗浄液を吸引後、30秒間人工換気し、正常肺と比したARDS肺の肺コンプライアンスを算出した(
図10 中央 1回目肺胞洗浄)。引き続きARDS肺に経気道的5mM Spm投与し、治療効果を検証した。すなわち、20ml/kg の5mM Spm 含有生理食塩水を用いて気管カニューレより注入吸引操作を2分以内に連続5回施行し、気管カニューレ内に残存する洗浄液を吸引後、30秒間人工換気し、気道内圧より算出される肺コンプライアンス(
図10 右 2回目肺胞洗浄 白カラム)をARDS肺と比較した。ARDS肺に経気道的生理食塩水投与した際の肺コンプライアンス(
図10 右 2回目肺胞洗浄 黒カラム)をコントロールとした。
【0078】
結果を
図10に示す。肺コンプライアンスの低下したARDS肺への経気道的5mM Spm投与は、肺コンプライアンスの改善をもたらした(
図10 右 白カラム)。一方、ARDS肺への経気道的生理食塩水投与は、さらに肺コンプライアンスの低下をもたらした(
図10 右 黒カラム)。
【0079】
ARDS肺へのポリアミン投与の一形態として、実施例6,7は肺胞洗浄による投与方法が有効であることを実証した。肺胞洗浄操作は、気管支鏡を用いることで、病巣限局的な投与を可能とする。またポリアミン投与前に、炎症サイトカインや滲出液の除去も可能となる。また実施例7は、検査として行われる生理食塩水による肺胞洗浄において、患者の肺コンプライアンスが低下する可能性を示している。これは検査終了時に、ポリアミンによる肺胞洗浄を施行することで、合併症の肺胞虚脱を予防可能であることを、実施例6,7は実証している。
【0080】
(8)実施例8
実施例8では、肺サーファクタントの希釈によって表面張力の増加した状態に対して、ポリアミンによる表面張力への影響を検証した。
【0081】
ARDSで、肺胞の虚脱、肺コンプライアンスの低下が生じる主たる要因は、肺胞腔中に溜まる滲出液によって、内在性の肺サーファクタントが有する「表面張力を低下させる効果」が減弱するため、と考えられている。実施例6, 7において、ARDS肺への経気道的5mM Spm投与は、肺含気の増加、及びコンプライアンスの改善をもたらしたことから、5mM Spm には、希釈により失われた「表面張力の低下効果」を回復させる効果があるのではないかと推察した。そこで、実施例8では、ウシ肺抽出人工サーファクタントを利用してin vitro実験系でそのことを検証した。すなわち、ウシ肺抽出サーファクタントの希釈によって表面張力の増加した状態に対して、ポリアミンが表面張力を低下させるかどうか検証した。
【0082】
表面張力は、接触角計B100(あすみ技研)を用い20Gストレート針の先に形成される液滴をYoung-Laplace法(カーブフィッティング法)にて計測した。
・表面張力測定装置:接触角計B100(あすみ技研)
・表面張力計測方法:Young-Laplace法(カーブフィッティング法)
・懸滴作製方法: 20Gストレート針先に、落下する直前の液量の懸滴を作製(オートディスペンサー使用)
・懸滴撮影:CCDカメラを用いて撮影
・ウシ肺抽出人工サーファクタント:市販のウシ肺抽出人工サーファクタント(商品名 サーファクテン(田辺製薬))を添付文書に従い、生理食塩水を用いて濃度30mg/mlに調製したものを使用。肺サーファクタントの欠如によって肺胞虚脱状態にある早産児の治療に用いられる濃度である。図中では30mg/ml surfとして記載した。
・10倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント:市販のウシ肺抽出人工サーファクタント(商品名 サーファクテン(田辺製薬))を、生理食塩水を用いて3mg/ml に調製したものを使用。図中では3mg/ml surfとして記載した。
・100倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント:市販のウシ肺抽出人工サーファクタント(商品名 サーファクテン(田辺製薬))を、生理食塩水を用いて0.3mg/ml に調製したものを使用。生理食塩水よる肺サーファクタント希釈、すなわちARDS肺のサーファクタントの状態を模した溶液である。図中では、100倍希釈ウシ肺抽出サーファクタント、0.3mg/ml 肺サーファクタント、0.3mg/ml surf、あるいは1/100 Surf として記載した。
・1000倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント:市販のウシ肺抽出人工サーファクタント(商品名 サーファクテン(田辺製薬))を、生理食塩水を用いて0.03mg/ml に調製したものを使用。図中では0.03mg/ml surfとして記載した。
【0083】
なおウシ肺抽出人工サーファクタントには、ポリアミンは検出されないことを確認している。
・ポリアミン含有100倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント:
高等動物に存在する主たるポリアミン(請求項3)の代表例としてスペルミン、アセチル化ポリアミン(請求項4)の代表例としてN1-アセチルスペルミジン、あるいは高等動物に存在しないポリアミン(請求項5)の代表例としてジアミノヘキサンを、希釈された肺サーファクテン溶液に添加し、表面張力低下効果を有するか解析した。溶液調製には市販のポリアミン塩酸塩を用いた。
【0084】
・スペルミン含有100倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント; 図や本文中では、Spm含有100倍希釈ウシ肺抽出サーファクタント、Spm含有1/100 surf、あるいはSpm含有0.3mg/ml surf と記載した 。
【0085】
・スペルミジン含有100倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント; 図や本文中では、Spd含有100倍希釈ウシ肺抽出サーファクタント、Spd含有1/100 surf、あるいはSpd含有0.3mg/ml surf と記載した 。
【0086】
・プトレッシン含有100倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント; 図や本文中では、Put含有100倍希釈ウシ肺抽出サーファクタント、Put含有1/100 surf、あるいはPut含有0.3mg/ml surf と記載した 。
【0087】
・ N1-アセチルスペルミジン含有100倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント;図や本文中では、N1-AcSpd含有100倍希釈ウシ肺抽出サーファクタント、AcSpd含有1/100 surf、あるいはAcSpd含有0.3mg/ml surf と記載した 。
【0088】
・1mM ジアミノヘキサン含有100倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント;図や本文中では、diaminohexane含有100倍希釈ウシ肺抽出サーファクタント、diaminohexane含有1/100 surf、あるいはdiaminohexane含有0.3mg/ml surf と記載した 。
【0089】
結果を
図11、12、16、17に示す。
図11は、0.3mg/ml 肺サーファクタント、及び実施例9で後述する2mM ポリアミンmix 2(Put:Spd:Spm = 0.8:2.1:2.1)含有0.3mg/ml肺サーファクタントを用いて、ある一定時間経過後の液滴撮影像を示す。2mM ポリアミンmix2(Put:Spd:Spm = 0.8:2.1:2.1)を含有する液滴の方が、重力方向により伸びていた。液滴の形状をカーブフィッティングさせ、表面張力を算出した。
【0090】
図12aでは、ウシ肺抽出サーファクタントは、希釈により表面張力低下効果が減弱することを確認した。早産児RDSの治療に用いる30mg/mlウシ肺抽出サーファクタント溶液(surf)の有する表面張力低下効果(一番左のカラム)は、10倍希釈(3mg/ml surf)、100倍希釈(0.3mg/ml surf)、1000倍希釈(0.03mg/ml surf)と、希釈するほど減弱した(
図12a 上向き矢印)。
図12bでは、ARDS肺における肺サーファクタントの希釈を模した0.3mg/ml surfの表面張力47.2N/mに対する、Spmの影響を検証した。0.5、1、及び2mM Spm存在は、表面張力低下をもたらした(
図12b)。
【0091】
Spm 単独では、このような表面張力低下効果はない(例えば0.5mM Spmでは、64 mN/m, 0-10000 msec)。実施例6, 7で、ARDS肺に経気道的に投与した5mM Spmは、肺胞腔に残存する生理食塩水と混ざり5mM以下の数mM Spm となり、肺に残存する2度希釈された肺サーファクタントと共働して、表面張力低下効果をもたらし(
図12)、肺胞虚脱の改善(
図9d)、及び肺コンプライアンスの改善(
図10白カラム)をもたらしたものと推察される。
【0092】
図16は、表面張力低下効果の減弱した希釈サーファクタント環境に対するSpd, 及びPutの表面張力への影響(懸滴作製から2秒後の影響)を示す。Spdも表面張力低下効果を有することが確認された(
図16 左)。
【0093】
図17は、表面張力低下効果の減弱した希釈サーファクタント環境に対するSpm, 及びPutの表面張力への影響(懸滴作製から60秒後の影響)を示す。Putの表面張力低下効果は、懸滴形成から数十秒経てから確認された(
図17 右のカラム)。
【0094】
Spm同様、Spd及びPutは、それぞれ単独では表面張力低下効果を有しない。この実験で見出された表面張力低下効果(
図16 左のグラフ 下向き矢印,
図17 右のカラム 下向き矢印 )は、希釈されたウシ肺抽出サーファクタントと共働したものであると考えられる。
【0095】
図18では、表面張力低下効果の減弱した希釈サーファクタント環境に対するアセチル化ポリアミン、 高等動物に存在しないポリアミンの表面張力への影響を検証した。アセチル化ポリアミンの代表としてN1-アセチルスペルミジン(N1-AcSpd)、高等動物に存在しないポリアミンの代表としてジアミノヘキサンを用いた。懸滴作製から10秒後の表面張力を
図18に示す。左のカラムは、100倍希釈ウシ肺抽出サーファクタント(1/100 Surf)の表面張力を示す。100倍希釈ウシ肺抽出サーファクタント中の1mM N1-AcSpdの存在は、 Spmと同様に表面張力の低下をもたらした(
図18 中央のカラム)。同様に100倍希釈ウシ肺サーファクタント中の1mM ジアミノヘキサンの存在は、表面張力の低下をもたらした(
図18 右のカラム)。
【0096】
1mM N1-AcSpd、及び1mM ジアミノヘキサンはそれぞれ単独では表面張力低下効果を有しない(63mN/m, 62mN/m, 0-10000msec.)。この実験で見出された表面張力低下効果(
図18 下向き矢印)は、希釈されたウシ肺抽出サーファクタントと共働したものであると考えられる。以上のことからアセチル化ポリアミン、及び生体に存在しないポリアミンにおいても、肺サーファクタントと共働して表面張力を低下させる効果を有することが明らかとなった。
【0097】
以上より、肺胞腔に内在する代表的なポリアミンとしてとりあげたSpmには、肺サーファクタントの希釈による界面活性喪失を回復させる効果があることが判明した(
図12b)。この表面力学的回復は、in vivoでは肺コンプライアンスの改善(
図5,
図6,
図10)に結びつき、結果として肺虚脱の防止(
図9)及びガス交換障害(低酸素血症)の改善(
図7、
図8)をもたらしたものと推察される。
【0098】
また、肺胞腔に内在するSpd, Putについても、肺サーファクタントの希釈による表面力学的喪失を回復させる効果が存在する(
図16,
図17)ことから、肺コンプライアンスの改善、肺虚脱の防止及び低酸素血症の改善をもたらす効果が期待される。
【0099】
高等動物に存在する主たるポリアミン(請求項3)以外に、アセチル化ポリアミン(請求項4)、高等動物に存在しないポリアミン(請求項5)についても、肺サーファクタントの希釈による表面力学的喪失を回復させる効果が存在する(
図18)ことから、肺コンプライアンスの改善、肺虚脱の防止及び低酸素血症の改善をもたらす効果が期待される。
【0100】
また、いずれのポリアミンも単独では表面張力低下効果を有しないことから、肺胞腔に内在するポリアミンとサーファクタントは共働して表面張力低下に寄与しているものと推察される。ARDS患者へのウシ肺抽出人工サーファクタントや完全合成人工サーファクタント補充療法は有効でないことが報告されている。本実施例において、数mMのポリアミンの肺胞腔への投与のみで、肺コンプライアンスの改善、肺虚脱の防止、ガス交換障害の改善をもたらしたことから、サーファクタントが多少希釈されようと、数mMのポリアミンが肺胞腔に存在することが重要であることを、本結果は示している。発生過程の個体はポリアミン濃度が高いことが知られている。IRDSではおそらく肺胞腔に内在するポリアミン濃度は十分で、一方ARDSでは滲出液によっておそらく肺胞腔内のポリアミン濃度が低くなっていたことが、人工肺サーファクタント補充療法の成否を分けたのかもしれない。
【0101】
in vitro実験(実施例8)の結果より、ポリアミンは、肺サーファクタントと共働して表面張力低下効果を発揮していることが明らかとなった。機能する肺サーファクタントが希釈されている状況では、例えば適当な濃度のSpm単独の経気道的投与が、肺コンプライアンスの改善及び酸素化の改善をもたらしたように(
図5,
図7,
図9)、ポリアミンを有する本発明に関わる薬剤の効果が望める。しかしフィブリン等の固着など機能しない肺サーファクタントが存在している状況では、ポリアミン投与の効果が減弱することが推察される。このような状況では、ポリアミンを有する本発明に関わる薬剤にリン脂質やリン脂質構成成分、あるいは従来のサーファクタント補充療法で用いられてきた外因性サーファクタントを付加して、ARDSの治療に用いると効果的であると推察される。通常のARDSモデルに対してであるが、ポリアミンを有する薬剤にリン脂質を含有するウシ肺抽出サーファクタントを付加したものを経気道投与した場合においても、肺コンプライアンスの改善(
図6)、酸素化の改善(
図8)効果が確認された。
【0102】
(9)実施例9
実施例9では、全身麻酔下ラットの肺胞中ポリアミン組成比に基づいたポリアミンに関して、表面張力低下効果(in vitro)を解析し、最適化したポリアミン肺胞投与による肺コンプライアンス改善効果を検討した。
【0103】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、洗浄液を回収し、ポリアミン組成を解析した(
図13a左)。生理食塩水で肺胞洗浄した際に、洗浄液中に含まれる肺胞腔内在ポリアミン組成を基に、ポリアミン組成比 mix1 をPut:Spd:Spm = 1:2.5:1.5と決定した。
【0104】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(100倍希釈ウシ肺抽出サーファクタント)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、洗浄液を回収し、ポリアミン組成を解析した(
図13a右)。100倍希釈ウシ肺抽出サーファクタントで肺胞洗浄した際に、洗浄液中に含まれる肺胞腔内在ポリアミン組成を基に、ポリアミン組成比mix2 を Put:Spd:Spm = 0.8:2.1:2.1と決定した。
【0105】
ポリアミン組成mix1 及びmix2 について、表面張力低下効果の高い最適濃度を得るために、実施例8に示す方法で表面張力の解析を行った。
用いたポリアミンmix含有100倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント:
・ポリアミンmix1含有100倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント; 図や本文中では、ポリアミンmix1(Put:Spd:Spm = 1:2.5:1.5)含有0.3mg/ml肺サーファクタント、あるいはポリアミンmix1含有0.3mg/ml surfと記載した。
【0106】
・ポリアミンmix2含有100倍希釈ウシ肺抽出人工サーファクタント; 図や本文中では、ポリアミンmix2(Put:Spd:Spm = 0.8:2.1:2.1)含有0.3mg/ml肺サーファクタント、あるいはポリアミンmix2含有0.3mg/ml surfと記載した。
【0107】
上記 in vitro実験で得られる最適な表面張力低下効果を有するポリアミン組成mix2について、肺コンプライアンス改善効果があるか、以下のin vivo実験を行った。
【0108】
全身麻酔下のラットに気管カニューレを挿入した。人工換気下で呼吸循環動態の状態の安定したラットに、20ml/kg の肺胞洗浄液(最適濃度ポリアミンmix2含有生理食塩水)を気管カニューレより注入吸引(2分以内に連続5回施行)し、気管内に残留する洗浄液を吸引した後、ただちに人工換気を再開して、最適濃度ポリアミンmix2による肺胞洗浄ARDSモデルを作製した。
【0109】
換気様式はPEEPを用いず逆比換気法を用いた。酸素投与は行わずルームエア(吸入酸素濃度FiO2 0.21)で換気した。経時的に気道内圧を計測した。肺の膨らみやすさの指標として動的肺コンプライアンスを用い、ポリアミンによる影響を解析した。
【0110】
【0111】
図11は、後述する
図13、
図14において、連続して幅広く表面張力低下効果を示すポリアミンmix2(Put:Spd:Spm = 0.8:2.1:2.1)含有0.3mg/ml肺サーファクタントを用いた、ある一定時間経過後の液滴撮影像を示す。コントロール0.3mg/ml 肺サーファクタント(
図11左)に比べて、2mMポリアミンmix2(Put:Spd:Spm = 0.8:2.1:2.1)含有0.3mg/ml 肺サーファクタントの液滴(
図11右)の方が、重力方向により伸びていた。
【0112】
図13aでは、生理食塩水(
図13a 左)、あるいは100倍希釈ウシ肺サーファクタント含有生理食塩水(
図13a 右)を用いて肺胞洗浄した際の、肺胞洗浄液に含まれる肺胞腔内在ポリアミンの種類と濃度を示す。同一条件(20ml/kg, 2分以内に連続5回施行)で、洗浄したにも関わらず、ウシ肺サーファクタントを含む生理食塩水で洗浄した方(
図13a 右)が、ポリアミン濃度が高かった。肺胞腔内在ポリアミンは、肺サーファクタントと親和性あることが推察された。組成を比較すると、ウシ肺サーファクタントを含む生理食塩水で洗浄した方がより多くの内在Spmが検出された(
図13a 右)ことから、Spmは肺サーファクタントとの親和性が高い可能性が示唆された。それぞれの肺胞洗浄液中の内在性ポリアミンの組成を基に、組成比mix1(Put:Spd:Spm = 1:2.5:1.5)、及び組成比mix2(Put:Spd:Spm = 0.8:2.1:2.1)を決定した(
図13a)。
【0113】
図13bは、表面張力低下効果の減弱した希釈サーファクタント環境に対するmix1, 及びmix2の表面張力への影響を示す図である。ポリアミン組成mix1、あるいはmix2を含有する0.3mg/ml ウシ肺サーファクタントを用いて、表面張力への影響を解析した。mix1に比べて、mix2の組成の方が、連続的に広範域の濃度で、表面張力低下効果を示した(
図13b 右)。
【0114】
図14は、表面張力低下効果の減弱した希釈サーファクタント環境に対するSpm, 及びmix2の表面張力への影響を比較した図である。ポリアミン組成mix2では、Spm以上に連続的に広範域の濃度で、表面張力低下効果を示した(
図14 上下右側の図)。最も表面張力低下効果の高かった2mM ポリアミンmix2(Put:Spd:Spm = 0.8:2.1:2.1)を用いて、in vivoへの効果を解析した(
図15)。
【0115】
図15は、最も表面張力低下効果の高かった2mM ポリアミンmix2(Put:Spd:Spm = 0.8:2.1:2.1)のin vivoへの効果として、肺コンプライアンスへの影響を示したものである。
図15に示されるように、肺胞洗浄操作によって洗浄直後の肺コンプライアンスは低下した(
図15◇、×)。その後2mMポリアミンmix2(Put:Spd:Spm = 0.8:2.1:2.1)含有生理食塩水を用いた肺胞洗浄では、肺コンプライアンスが回復した(
図15 ◇)。肺胞洗浄前の肺コンプライアンスを1.0としたとき、洗浄後に0.9まで回復する時間は約10分と短時間であった。
【産業上の利用可能性】
【0116】
ARDS、内在性肺胞サーファクタントが機能不全状態にある肺疾患、MODS、心原性肺水腫の治療に利用できる。肺胞洗浄検査後の肺コンプライアンス低下の予防に利用できる。
【符号の説明】
【0117】
1:薬液
2:薬液槽
3:空気導入管
4:空気放出管
7:空気導入口
8:噴霧口
9:空気流通路
12:先端部
13:接眼部
14:操作部
15:供給開口部
16:挿入管部