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特許7475091リチウムイオン電池の正極用スラリー及びその製造方法
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  • 特許-リチウムイオン電池の正極用スラリー及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-18
(45)【発行日】2024-04-26
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池の正極用スラリー及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/1391 20100101AFI20240419BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20240419BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20240419BHJP
   H01M 4/525 20100101ALI20240419BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20240419BHJP
   H01M 4/131 20100101ALI20240419BHJP
【FI】
H01M4/1391
H01M4/36 C
H01M4/62 Z
H01M4/525
H01M4/505
H01M4/131
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2023118528
(22)【出願日】2023-07-20
【審査請求日】2023-07-20
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】523276669
【氏名又は名称】宝泉株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122297
【弁理士】
【氏名又は名称】西下 正石
(72)【発明者】
【氏名】中村 仁
(72)【発明者】
【氏名】谷田 勝己
【審査官】川口 陽己
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-164758(JP,A)
【文献】国際公開第2015/146649(WO,A1)
【文献】特開2009-064564(JP,A)
【文献】特開2014-132559(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00-4/62
H01M 10/05-10/0587
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極材料、バインダー、溶媒及びpH調整剤を含むリチウムイオン電池の正極用スラリーであって、
該正極材料は、リチウム複合酸化物粒子とその表面の少なくとも一部を被覆する不動態被膜とを有する被覆粒子を含み、
該溶媒は水を含み、
該pH調整剤は有機酸を含む、リチウムイオン電池の正極用スラリー。
【請求項2】
前記溶媒は有機溶媒を含まないものである、請求項1に記載のリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【請求項3】
前記pH調整剤は無機酸を含まないものである、請求項1に記載のリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【請求項4】
2~8重量%の有機酸濃度を有する、請求項1に記載のリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【請求項5】
6~9のpHを有する、請求項1に記載のリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【請求項6】
前記不動態被膜は、被覆粒子重量を基準にして1~20重量%の被覆量を有する、請求項1に記載のリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【請求項7】
前記不動態被膜が酸化アルミニウム又は酸化マグネシウムを含む、請求項1に記載のリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【請求項8】
前記有機酸は、アクリル酸、ギ酸、クエン酸、酢酸、シュウ酸、乳酸、ピルピン酸、マロン酸、プロピオン酸、マレイン酸及び酪酸からなる群から選択される少なくとも一種である、請求項1に記載のリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【請求項9】
前記正極材料は、ニッケル、コバルト及びマンガンを含む、請求項1に記載のリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【請求項10】
請求項1に記載のリチウムイオン電池の正極用スラリーを用いてなる、リチウムイオン電池の正極。
【請求項11】
請求項10に記載のリチウムイオン電池の正極を備えてなるリチウムイオン電池。
【請求項12】
リチウム複合酸化物とその表面の少なくとも一部を被覆する不動態被膜を有する正極材料と、溶媒として水と、pH調整剤として有機酸とを混合することを含む、リチウムイオン電池の正極用スラリーの製造方法。
【請求項13】
請求項1に記載の正極用スラリーの層を、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる集電体に形成し、乾燥することを含む、リチウムイオン電池用正極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池の正極に関し、特に正極材料、バインダー、溶媒及びpH調整剤を含むリチウムイオン電池の正極用スラリーに関する。
【背景技術】
【0002】
近年電気自動車の急速な発展により、その中核デバイスであるリチウムイオン電池の生産量が飛躍的に伸びている。リチウムイオン電池は正極、負極、電解液、セパレーター、および周辺部材から構成される。正極は、一般に、活物質としてリチウムイオンを含む酸化物、導電材料として炭素、適量の接着剤、及び溶媒を混ぜてスラリーとし、これを塗工液として使用してアルミニウムの薄い箔に塗布し、乾燥させることで形成される。
【0003】
接着剤は、活物質との接着性、電解液として使用される極性溶媒に対する耐性、電気化学的な環境下での安定性を考慮して、ポリフッ化ビニリデン(PvDF)などのフッ素系のポリマーが利用されている。溶媒は、PVdFを溶解できる有機溶媒が用いられている。最も一般的な有機溶媒はN-メチルピロリドン(NMP)である。
【0004】
NMPは近年環境ホルモンとして有害性が指摘されており、使用後は回収する義務がある。これに対して、環境負荷が小さく、後処理も容易な水が、前記塗工液の溶媒として注目されている。
【0005】
しかしながら、正極活物質であるリチウム複合酸化物は水と反応して劣化し、電池特性が悪化する問題がある。また、リチウム複合酸化物は、合成未反応物質として水酸化リチウムを有し、水と接触してpH値が上昇する。強アルカリ性のスラリーでは、塗工時にアルミニウム集電体が腐食し、その結果、リチウムイオン電池の容量や寿命が低下する等の問題がある。
【0006】
特許文献1には、正極活物質を硫酸水溶液で中和した後、水洗して中和生成物を除去することで正極用スラリーのpHを低下させ、集電体腐食を抑制することが記載されている。しかしながら、正極用スラリーの中和剤として硫酸等の無機酸を用いる場合、添加時に正極活物質が溶解することがあり、また、pH低下作用が強く、pH値を所望の水準に調節し難いという問題がある。
【0007】
特許文献2には、フッ化ビニリデン系バインダー及びNMP溶媒を使用した有機溶媒系電極用スラリーにおいて、有機酸を添加することで、塗工時の粘度上昇を防止し、形成された電極の電解液中でフッ化ビニリデン系バインダーが膨潤して接着効果が低減することを防止することが、記載されている。
【0008】
特許文献3には、正極活物質粒子を遷移金属酸化物で被覆することで、水系溶媒からなるスラリーを使用して正極を塗工した場合でも、正極活物質層と水との接触が防止され、スラリーは強アルカリ性を示さず、集電体腐食等が防止されることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2009-230863号公報
【文献】特開平9-180725号公報
【文献】国際公開第2012/111116号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1の正極用スラリーのpHを低下させる方法では、pH調整剤として、pH低下作用が強い無機酸を使用するために取り扱いが困難であり、安全性が低く、環境負荷も大きくなる。一方、有機酸は、緩衝作用を示してpH低下作用が緩やかであり、取り扱い易く、安全性が高く、環境負荷も小さいpH調整剤である。
【0011】
しかしながら、水を溶媒として使用する水系正極用スラリーにおいて、有機酸を使用して所望のpH値に低下させるためには、多量に添加する必要があり、成形された正極中に有機酸及び中和塩が残留して、リチウムイオン電池の電池性能、特に電極エネルギー密度が低下する問題がある。
【0012】
本発明は上記問題を解決するものであり、その目的とするところは、環境に与える負荷が小さく、安全性及び取扱い性に優れ、有機溶媒系電極用スラリーから形成された正極のリチウムイオン電池と同等の電池性能を示すリチウムイオン電池を提供することができる、リチウムイオン電池の正極用スラリーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
[形態1]正極材料、バインダー、溶媒及びpH調整剤を含むリチウムイオン電池の正極用スラリーであって、
該正極材料は、リチウム複合酸化物粒子とその表面の少なくとも一部を被覆する不動態被膜とを有する被覆粒子を含み、
該溶媒は水を含み、
該pH調整剤は有機酸を含む、リチウムイオン電池の正極用スラリー。
【0014】
[形態2]前記溶媒は実質的に有機溶媒を含まないものである、形態1のリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【0015】
[形態3]前記pH調整剤は実質的に無機酸を含まないものである、形態1又は2のリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【0016】
[形態4]2~8重量%の有機酸濃度を有する、形態1~3のいずれかのリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【0017】
[形態5]6~9のpHを有する、形態1~4のいずれかのリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【0018】
[形態6]前記不動態被膜は1~20重量%の被覆量を有する、形態1~5のいずれかのリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【0019】
[形態7]前記不動態被膜が酸化アルミニウム又は酸化マグネシウムを含む、形態1~6のいずれかのリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【0020】
[形態8]前記有機酸は、アクリル酸、ギ酸、クエン酸、酢酸、シュウ酸、乳酸、ピルピン酸、マロン酸、プロピオン酸、マレイン酸及び酪酸からなる群から選択される少なくとも一種である、形態1~7のいずれかのリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【0021】
[形態9]前記正極活物質は、重量比約8:1:1のNi:Co:Mnを含む、形態1~8のいずれかのリチウムイオン電池の正極用スラリー。
【0022】
[形態10]形態1~9のいずれかのリチウムイオン電池の正極用スラリーを用いてなる、リチウムイオン電池の正極。
【0023】
[形態11]形態10のリチウムイオン電池の正極を備えてなるリチウムイオン電池。
【0024】
[形態12]リチウム複合酸化物とその表面の少なくとも一部を被覆する不動態被膜を有する正極材料と、溶媒として水と、pH調整剤として有機酸とを混合することを含む、リチウムイオン電池の正極用スラリーの製造方法。
【0025】
[形態13]形態1~9のいずれかの正極用スラリーの層を、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる集電体に形成し、乾燥することを含む、リチウムイオン電池用正極の製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、環境に与える負荷が小さく、安全性及び取扱い性に優れたリチウムイオン電池の正極用スラリーが提供される。本発明のリチウムイオン電池の正極用スラリーを使用することで、有機溶媒系電極用スラリーから形成された正極のリチウムイオン電池と同等の電池性能を示すリチウムイオン電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の一実施形態であるリチウムイオン電池の構成を模式的に示す分解図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の範囲はここで説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更ができる。また、特定のパラメータについて、複数の上限値及び下限値が記載されている場合、これらの上限値及び下限値の内、任意の上限値と下限値とを組合せて好適な数値範囲とすることができる。
【0029】
本発明のリチウムイオン電池の正極用スラリーは、正極材料、バインダー、水系溶媒及びpH調整剤を含むものである。
【0030】
<正極材料>
正極材料は正極活物質を含む電極材料である。活物質とは、充電反応及び放電反応などの電極反応に直接寄与する物質を意味する。本発明で使用する正極材料は、正極活物質粒子とその表面の少なくとも一部を被覆する不動態被膜とを有する被覆粒子を含んでいる。それにより、正極活物質と水系溶媒との接触が抑制されて、正極活物質の劣化が防止され、スラリーのpH上昇が抑制される。
【0031】
正極活物質の種類は特に限定されないが、好ましくは、リチウム複合酸化物を使用する。リチウム複合酸化物とは、リチウム及び遷移金属(例えば、ニッケル、コバルト及びマンガン等)を含む複合酸化物をいう。リチウム複合酸化物は耐水性が低く、水系溶媒との接触を抑制することで、顕著な効果が達成される。
【0032】
リチウム複合酸化物の具体例には、コバルト酸リチウム(LiCoO)、ニッケル酸リチウム(LiNiO)、三元系材料(LiNi0.33CoMn0.33)、ニッケルリッチ三元系材料(LiNi0.5Co0.2Mn0.3)、高ニッケル三元系材料(LiNi0.8Co0.1Mn0.1)、ニッケル-コバルト-アルミニウム酸リチウム(LiNi0.8Co0.15Al0.05)、リン酸鉄リチウム(LiFePO)、リン酸鉄-マンガンリチウム(LiFe0.5Mn0.5PO)、リン酸マンガンリチウム(LiMnPO)、リン酸コバルトリチウム(LiCoPO)、リン酸ニッケルリチウム(LiNiPO)、リン酸バナジウムリチウム(Li(PO)、リチウム鉄シリケート(LiFeSiO)、リチウムマンガンシリケート(LiMnSiO)、リチウムリッチ固溶体系(LiMnO-LiNi0.33Mn0.33Co0.33)、スピネル型マンガン酸リチウム(LiMn)、スピネル型ニッケル-マンガン酸リチウム(LiNi0.5Mn1.5)、ニッケル-鉄-マンガン酸リチウム(LiNi0.33Fe0.33Mn0.33)等が含まれ、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。中でも好ましいリチウム複合酸化物には、高ニッケル三元系材料及びリン酸鉄リチウムが含まれる。
【0033】
正極活物質を被覆する不動態被膜は、両性酸化物からなる被膜である。両性酸化物は、中和反応において酸または塩基のいずれかとして作用して塩を形成する金属酸化物をいう。両性酸化物を構成する金属には、銅、亜鉛、鉛、スズ、ベリリウム、およびアルミニウムが含まれる。好ましい両性酸化物には、酸化アルミニウム、酸化チタン、酸化亜鉛が含まれる。
【0034】
正極活物質を被覆する不動態被膜は、例えば、次のようにして形成することができる。まず、両性酸化物を構成する金属の水溶性化合物を準備し、これを水に溶解する。得られた被覆液及び正極活物質の粒子を混合して、粒子の表面を被覆液で被覆する。この湿式被覆粒子を乾燥させ、次いで、焼成することで、粒子表面の湿式被膜を金属酸化物被膜に変換する。前記金属の水溶性化合物としては、硝酸アルミニウム、リン酸アルミニウム等が挙げられる。
【0035】
不動態被膜の被覆量は、被覆液の金属化合物濃度又は被覆液の混合量を増減することで調節することができる。不動態被膜の被覆量は、被覆前の電極活物質粒子と被覆後の粒子の重量を比較することで、式
被覆量(重量%)={(被覆粒子重量-電極活物質粒子重量)/被覆粒子重量}×100 (1)
に従って、決定される。
【0036】
正極活物質の不動態被膜の被覆量は、好ましくは1~20重量%に調節する。不動態被膜の被覆量が1重量%未満であると、正極活物質の水系溶媒と接触する程度が増大して、正極活物質が劣化し易く、また、スラリーのpH上昇が大きくなり、pHを所望の値に低下させるために多量のpH調整剤が必要になり、電池性能が低下する。不動態被膜の被覆量が10重量%を超えると、正極材料における正極活物質の含有率が低くなり、電池性能が低下する。不動態被膜の被覆量は、より好ましくは2~8重量%、更に好ましくは2~5量%である。
【0037】
<水系溶媒>
本明細書において、水系溶媒は水または水を主体とする溶媒をいう。水系溶媒を用いることで、正極製造工程における環境負荷を小さくすることができる。コスト及び環境負荷の観点から、水系溶媒として、水を単独で使用することが好ましい。
【0038】
<バインダー>
バインダーは、正極材料の粒子を互いに結着させ、また、正極材料を集電体に結着させる役割を果たす材料である。バインダーとしては、水系溶媒に混合して使用出来る、水溶性ポリマー及びポリマー微粒子を使用する。水溶性ポリマーの具体例としては、カルボキシメチルセルロース、ポリアクリル酸が挙げられる。また、ポリマー微粒子の具体例としては、ニトリルゴム(NBR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ポリアクリレート等が挙げられる。
【0039】
<pH調整剤>
pH調整剤は、水酸化物イオンと中和反応して、正極用スラリーのpHを低下させることができる化合物である。pH調整剤は、スラリーを塗工液として集電体に塗布し、乾燥する工程中に分解や蒸発により飛散して成型電極中に残留し難いものが好ましく、また電極活物質と反応し難いものが好ましい。
【0040】
本発明で使用するpH調整剤は有機酸である。そのことで、スラリーを所望のpH値に調節し易く、安全性が高く、正極製造工程における環境負荷も小さくなる。好ましく用いられる有機酸の例としては、アクリル酸、ギ酸、クエン酸、酢酸、シュウ酸、乳酸、ピルピン酸、マロン酸、プロピオン酸、マレイン酸、酪酸等が挙げられる。中でも好ましい有機酸は酢酸、シュウ酸、マロン酸、マレイン酸であり、特に好ましい有機酸は酢酸である。
【0041】
有機酸の添加量は、スラリー中の濃度として1~9重量%になる量である。有機酸の添加量が2重量%未満であると、スラリーのpH上昇の抑制が不十分になり、8重量%を超えると、成形された正極中に有機酸及び中和塩が残留して、リチウムイオン電池の電池性能が低下することがある。有機酸の添加量は、好ましくは2~8重量%、より好ましくは2~5重量%である。
【0042】
正極用スラリーのpHは、好ましくは6~9の値である。正極用スラリーのpHが6未満であると、pH調整剤の含有量が多く、成形された正極中に有機酸及び中和塩が残留して、リチウムイオン電池の電池性能が低下することがある。正極用スラリーのpHが9を超えると、塗工時にアルミニウム集電体表面の腐食や溶解が発生しやすくなる。正極用スラリーのpHは、より好ましくは6~8更に好ましくは7~8である。
【0043】
<正極用スラリー>
本発明の正極用スラリーは、正極材料、バインダー、水系溶媒及びpH調整剤の他に、導電材等の従来から常用されている成分及び添加剤等を含有してよい。
【0044】
導電材としては、たとえば、カーボンブラック、黒鉛、炭素繊維、金属繊維などを使用できる。カーボンブラックとしては、たとえば、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、チャンネルブラック、ファーネスブラック、ランプブラック、サーマルブラックなどが挙げられる。導電材は1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて使用できる。
【0045】
正極用スラリーを調製するには、この分野で常用される方法を採用できる。たとえば、プラネタリーミキサー、ホモミキサー、ピンミキサー、ニーダー、ホモジナイザーなどの混合装置を用いて、上記各成分を混合する方法が挙げられる。混合装置は、単独でまたは2種以上を組み合わせて使用される。さらに、正極用スラリーの混練時に、必要に応じて、各種分散剤、界面活性剤、安定剤などを添加してもよい。
【0046】
<リチウムイオン電池の正極>
リチウムイオン電池の正極は、本発明の正極用スラリーを用い、従来と同様の方法を使用して製造することができる。たとえば、正極用スラリーを集電体に塗布し、乾燥することにより正極合剤層を形成し、さらに必要に応じて圧延を行うことにより、正極が得られる。正極合剤層を、集電体の厚み方向の両面に形成してもよい。正極合剤層の厚さは、正集電体の片面に形成する場合は、好ましくは20~150μmであり、集電体の両面に形成する場合は、合計で好ましくは50~250μmである。
【0047】
集電体としては、リチウムイオン電池の分野で常用されるものを使用でき、たとえば、ステンレス鋼、アルミニウム、アルミニウム合金、チタンなどを含有するシート、箔などが挙げられる。シートは多孔質体でもよい。多孔質体には、たとえば、発泡体、織布、不織布などが含まれる。シートおよび箔の厚さは、特に限定されないが、通常1~500μm、好ましくは8~60μmである。これらの中でも、アルミニウム、アルミニウム合金などが好ましい。集電体の表面は、ラス加工またはエッチング処理が施されていてもよい。
【0048】
正極用スラリーは、たとえば、スリットダイコーター、リバースロールコーター、リップコーター、ブレードコーター、ナイフコーター、グラビアコーター、およびディップコーターなどを用いて、集電体の表面に塗布できる。集電体に塗布された正極用スラリーは、自然乾燥に近い乾燥を行うことが好ましいが、生産性を考慮すると、100℃~350℃の温度で10分間~1時間乾燥させるのが好ましい。
【0049】
圧延は、ロールプレス機によって正極が130μm~200μmの所定の厚みになるまで、線圧1000~6000kg/cmで数回行うか、または線圧を変えて行ってもよい。
【0050】
<リチウムイオン電池>
本発明のリチウムイオン電池は、本発明の正極用スラリーを用いて作成した正極を用いること以外は、従来のリチウムイオン電池と同様の構成を採ることができる。
【0051】
図1は、本発明の一実施形態であるリチウムイオン電池の構成を模式的に示す分解図である。図1に示すリチウムイオン電池はコイン型リチウムイオン電池であり、前記正極4を用いた極板群と、電解液(非表示)と、これらを収容する電池ケースからなる。極板群は、シート状の正極4と、シート状の負極6と、正極4と負極6間を絶縁するシート状のセパレーター5からなる。
【0052】
これらは、リチウムイオン電池の分野で常用される、板ばね2、スペーサー3及びガスケット7等と一緒に重ねられて、電池ケース1、8内に収容されている。
【0053】
正極4は、上記した本発明の正極と同じ構成を有している。すなわち、正極4は、集電体と正極合剤層とを含み、正極合剤層は、集電体表面に担持され、前記正極材料を含有している。この正極4は、たとえば、集電体の両面に、正極用スラリーを塗布し、乾燥し、圧延して正極合剤層を形成することにより作製される。
【0054】
負極6は、たとえば、集電体の片面または両面に、負極用スラリーを塗布し、乾燥し、圧延して負極合剤層を形成することにより作製される。
【0055】
負極の集電体は、リチウムイオン電池の分野で常用されるものを使用でき、その厚みが10μm~50μmの範囲にあるものが好ましい。また、集電体の表面は、ラス加工もしくはエッチング処理されていてもよい。
【0056】
負極用スラリーは、負極活物質と、結着剤と、分散媒と混合することにより、調製される。また、負極用スラリーには、必要に応じて導電剤、増粘剤などを添加してもよい。
【0057】
負極活物質としては、特に限定されるものではないが、充電・放電によりリチウムイオンを吸蔵・放出できる炭素材料を用いることが好ましい。たとえば、有機高分子化合物(フェノール樹脂、ポリアクリロニトリル、およびセルロース等)を焼成することにより得られる炭素材料、コークスやピッチを焼成することにより得られる炭素材料、人造黒鉛、天然黒鉛、ピッチ系炭素繊維、PAN系炭素繊維などが好ましい。負極活物質の形状としては、繊維状、球状、鱗片状、塊状などが挙げられる。
【0058】
結着剤、導電材および分散媒には、この分野で常用されるものを使用できる。たとえば、従来と同様のものを使用できる。たとえば、正極4に用いられるのと同様の結着剤、導電材および分散媒を使用できる。
【0059】
セパレーター5としては、高分子材料からなる微多孔性フィルムが好ましく用いられる。前記高分子材料としては、たとえば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリ塩化ビニリデン、ポリアクリロニトリル、ポリアクリルアミド、ポリテトラフルオロエチレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリイミド、ポリエーテル(ポリエチレンオキシドやポリプロピレンオキシド)、セルロース(カルボキシメチルセルロースやヒドロキシプロピルセルロース)、ポリ(メタ)アクリル酸、およびポリ(メタ)アクリル酸エステルなどが挙げられる。
【0060】
これらの高分子材料は1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて使用できる。また、これらの微多孔性フィルムを重ね合わせた多層フィルムも用いることができる。なかでもポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデンなどからなる微多孔性フィルムが好適である。微多孔性フィルムの厚みは、10μm~30μmが好ましい。
【0061】
電池ケースとしては、銅、ニッケル、ステンレス鋼、ニッケルメッキ鋼などからなるものを使用できる。これらの材料からなる金属板に、絞り加工などを施して電池ケースの形状にすることができる。電池ケースの防蝕性を高めるために、加工後の電池ケースにめっき処理を施しても良い。
【0062】
また、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる電池ケースを用いることにより、軽量でエネルギー密度の高い角型の二次電池を作製することができる。
【0063】
非水溶媒としては、主成分として環状カーボネートおよび鎖状カーボネートを含有するものが好ましい。たとえば、環状カーボネートとしては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、およびブチレンカーボネートから選ばれる少なくとも一種を用いることが好ましい。また、鎖状カーボネートとしては、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、およびエチルメチルカーボネート等よりなる群から選択される少なくとも一種を用いることが好ましい。
【0064】
溶質としては、たとえば、アニオンが電子吸引性の強い官能基を有するリチウム塩が用いられる。これらの例としては、LiPF6、LiBF4、LiClO4、LiAsF6、LiCF3SO3、LiN(SO2CF32、LiN(SO2252、およびLiC(SO2CF33等が挙げられる。これらの溶質は、一種類で使用しても良く、二種類以上を組み合わせて使用しても良い。また、これらの溶質は、前記非水溶媒に対して0.5~1.5Mの濃度で溶解させることが好ましい。
【実施例
【0065】
以下の実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0066】
<製造例1>
被覆正極材料1の製造
市場より、平均粒子径3μm、タップ密度2.5g/cc、及びNi:Co:Mn重量比8:1:1の高ニッケル三元系材料を入手した。これを正極材料Aとする。正極材料Aと25w/v%硝酸アルミニウム水溶液とを均一に混合し、得られた分散液を噴霧乾燥させた。乾燥した粒子を600℃にて10時間焼成して、粒子表面に酸化アルミニウムの被膜を形成した。得られた被覆粒子を被覆正極材料1とする。
【0067】
被覆正極材料1において、酸化アルミニウムの被覆量は、被覆液の濃度を調節することで調節した。酸化アルミニウムの被覆量は、被覆前後の正極材料の重量を比較することで、前記式(1)に従って、決定した。
【0068】
<製造例2>
被覆正極材料2の製造
硝酸アルミニウム水溶液の代わりに15w/v%硝酸アルミニウム-エタノール溶液を使用すること以外は製造例1と同様にして、被覆粒子を得た。得られた被覆粒子を被覆正極材料2とする。
【0069】
<製造例3>
被覆正極材料3の製造
市場より、平均粒子径3μm、タップ密度1.8g/ccのリン酸鉄リチウム(LiFePO)の正極材料を入手した。これを正極材料Bとする。正極材料Bと25w/v%硝酸アルミニウム水溶液とを均一に混合し、得られた分散液を噴霧乾燥させた。乾燥した粒子を600℃にて10時間焼成して、粒子表面に酸化アルミニウムの被膜を形成した。得られた被覆粒子を被覆正極材料3とする。
【0070】
<実施例、比較例>
水系スラリーから塗工した電極
実施例及び比較例において正極材料は、前記正極材料A(Ni:Co:Mn重量比8:1:1)、B(リン酸鉄リチウム(LiFePO))、及びこれらを酸化アルミニウムで被覆した被覆正極材料1、2及び3を使用した。
【0071】
バインダーとしてカルボキシメチルセルロースのナトリウム塩(CMC-Na)及びニトリルゴム(NBR)分散液、及び導電材としてアセチレンブラック(AB)を準備した。CMC-Naを純水に2重量%となるように溶解させた。この溶液に正極材料及びABを分散させ、NBR分散液を添加し、次いで、酢酸を添加することでpHを調整した。得られたスラリーは、正極材料:AB:CMC:NBR重量比が95:2:1:2であり、固形分濃度は60w/v%であった。
【0072】
このスラリーをアルミニウム箔の上にドクターブレードを使って乾燥厚さ100μmに塗布し、乾燥させた。次いで、得られた積層箔から13φmmの円盤を切り出して、正極を得た。
【0073】
厚さ250μm及び14φmmの金属リチウム製負極、1.0MLiPF/(EC:DEC=4:6)電解液、セパレーター、ガスケット及びケース等の通常使用される部品を準備し、得られた正極を使用して、リチウムイオン電池のセルを組み立てた。正極と負極の目付重量比は1:1.1に調節した。セルの分解斜視図を図1に示す。
【0074】
次に、充放電試験装置を使用して、以下の条件下でセルの充放電試験を行い、初期容量及び100充放電サイクル後の容量維持率を決定した。
【0075】
電流: 0.lmAh
モード: CCCVCC(0.05Cカットオフ)CC
温度: 35℃
正極電圧範囲: 3.0V~4.2V
【0076】
正極の種類、被覆量、スラリーのpH、初期容量及び容量維持率の値を表1に示す。尚、初期容量は、同じ種類の正極材料について、以下の参考例で得られた結果を100%とする相対値で表す。また、容量維持率は初期容量を100%とする相対値で表す。
【0077】
<参考例1、2>
有機溶媒系スラリーから塗工した正極
正極材料として、参考例1では正極材料A(Ni:Co:Mn重量比8:1:1)、参考例2では正極材料B(リン酸鉄リチウム(LiFePO))を使用した。
【0078】
バインダーとしてポリフッ化ビニリデン(PVDF)、溶媒としてN-メチルピロリドン(NMP)を準備した。正極材料、12重量%PVDF-NMP溶液、及びABを混合した。得られたスラリーは、正極材料:AB:PVDF重量比が95:2:3であり、固形分濃度は60w/v%であった。
【0079】
このスラリーを使用すること以外は実施例と同様にしてリチウムイオン電池のセルを作製し、試験した。正極材料Aを使用したセルは、初期容量が180mAh/g、100充放電サイクル後の容量維持率が80%であった。また、正極材料Bを使用したセルは、初期容量が180mAh/g、100充放電サイクル後の容量維持率が88%であった。
【0080】
【表1】
【0081】
pHを調整しない水系スラリーの場合、そのpHは上昇して13に達した。その結果、セルの初期容量は参考例の26%に低下し、サイクルの増加とともに劣化が進行した。一方で、スラリーのpHを7程度に調整した場合には、セルの初期容量が有意に向上し、参考例に対して90%を超えて、同等になるものもあった。
【0082】
更に、正極材料の表面を被覆した場合、セルの性能が顕著に向上した。被覆量5%程度でpH調整剤を用いなくてもスラリーのpHを8程度に抑制することができた。この場合、セルの初期容量は参考例に対して同等となり、容量維持率は参考例よりも優れていた。加えてpH調整剤を併用することで効果が増大し、例えば被覆量1~5%程度で、2~5%程度のpH調整剤を添加し場合には、参考例に対してほぼ100%の初期容量を発生し、容量維持率も大きく改善した。
【符号の説明】
【0083】
1、8 ケース
2 板ばね
3 スペーサー
4 正極
5 セパレーター
6 負極
7 ガスケット
【要約】
【課題】環境に与える負荷が小さく、安全性及び取扱い性に優れ、有機溶媒系電極用スラリーから形成された正極のリチウムイオン電池と同等の電池性能を示すリチウムイオン電池を提供することができる、リチウムイオン電池の正極用スラリーを提供すること。
【解決手段】正極材料、バインダー、溶媒及びpH調整剤を含むリチウムイオン電池の正極用スラリーであって、該正極材料は、リチウム複合酸化物粒子とその表面の少なくとも一部を被覆する不動態被膜とを有する被覆粒子を含み、該溶媒は水を含み、該pH調整剤は有機酸を含む、リチウムイオン電池の正極用スラリー。
【選択図】なし
図1