(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-19
(45)【発行日】2024-04-30
(54)【発明の名称】免疫抑制剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/15 20060101AFI20240422BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20240422BHJP
【FI】
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
(21)【出願番号】P 2020080937
(22)【出願日】2020-05-01
【審査請求日】2023-04-28
(73)【特許権者】
【識別番号】501481492
【氏名又は名称】株式会社ゲノム創薬研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】399086263
【氏名又は名称】学校法人帝京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002136
【氏名又は名称】弁理士法人たかはし国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】関水 和久
(72)【発明者】
【氏名】宮下 惇嗣
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-128819(JP,A)
【文献】国際公開第2020/017390(WO,A1)
【文献】特開2012-171895(JP,A)
【文献】特表2012-500206(JP,A)
【文献】特開平06-073002(JP,A)
【文献】国際公開第2008/126905(WO,A1)
【文献】特開2010-013376(JP,A)
【文献】特開2012-006917(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0269733(US,A1)
【文献】石井健一ほか,カイコをモデル宿主とする自然免疫・感染症研究の最前線,蚕糸・昆虫バイオテック,2015年,Vol.84, No.3,pp.173-179
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/15
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カイコに感染死をもたらす菌Aをカイコに投与して該カイコの生存率又は菌AのLD50を測定する免疫抑制剤のスクリーニング方法であって、
被験物質を投与していないときのカイコの生存率又は菌AのLD50に比較して、被験物質を投与しているときのカイコの生存率又は菌AのLD50が小さくなる被験物質を免疫抑制剤として選択する免疫抑制剤のスクリーニング方法
であり(ただし、上記及び下記「LD50」は、使用したカイコの「20%~80%内の1点」が死ぬ点に内挿したときの菌Aの量を示す)、
以下の工程(1)ないし(5)
(1)被験物質を、複数のカイコよりなるカイコ群に投与する工程
(2)対照物質を、複数のカイコよりなるカイコ群に投与する工程
(3)カイコに感染死をもたらす菌Aを、上記工程(1)を行ったカイコ群に投与して、該カイコ群の生存率、又は、菌AによるLD50を測定する工程
(4)カイコに感染死をもたらす菌Aを、上記工程(2)を行ったカイコ群に投与して、該カイコ群の生存率、又は、菌AによるLD50を測定する工程
(5)工程(3)で測定される生存率又はLD50の方が、工程(4)で測定される生存率又はLD50より小さくなる被験物質を免疫抑制剤として選択する工程
の全ての工程を有する
ことを特徴とする免疫抑制剤のスクリーング方法。
【請求項2】
上記工程(3)と上記工程(4)において、上記カイコ群に投与する菌Aの量を同一量とする請求項1に記載の免疫抑制剤のスクリーング方法。
【請求項3】
上記被験物質が菌B若しくは菌B由来物である請求項1又は請求項2に記載の免疫抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記被験物質が菌Bであって、上記「被験物質の投与」が、該カイコを該菌Bに感染させることである請求項1ないし請求項3の何れかの請求項に記載の免疫抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
上記菌Bが土壌細菌である請求項3又は請求項4に記載の免疫抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
上記菌Aが黄色ブドウ球菌である請求項1ないし請求項5の何れかの請求項に記載の免疫抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6の何れかの請求項に記載の免疫抑制剤のスクリーニング方法を用いることを特徴とする免疫担当細胞の機能抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項8】
請求項1ないし請求項6の何れかの請求項に記載の免疫抑制剤のスクリーニング方法を用いることを特徴とするサイトカイン産生抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項9】
請求項1ないし請求項6の何れかの請求項に記載の免疫抑制剤のスクリーニング方法を用いることを特徴とする細胞毒性物質のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫抑制剤のスクリーニング方法に関し、更に詳しくは、カイコの菌による感染死の程度を利用した免疫抑制剤のスクリーニング方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
免疫抑制剤は、免疫の過剰亢進、又は、免疫応答を抑制する目的で、様々な炎症性疾患の治療や臓器移植の際において用いられている(非特許文献1)。
一方で、免疫の過剰亢進等に起因する炎症性疾患に苦しむ患者は多く、新しい免疫抑制剤による治療効果の改善が求められている。
【0003】
現在用いられている免疫抑制剤は、免疫担当細胞の機能を抑制するもの、サイトカイン等の産生を抑制するもの、細胞毒性を示すもの等と言ったカテゴリーに分類することができる(非特許文献1、2)。
また、近年では、免疫担当細胞が発現する分子を標的とした抗体による医薬品も開発が進んでいる。
【0004】
しかしながら、これらのスクリーニングは、主に試験管内で行われるため、候補化合物の体内動態や毒性(ADMET)を探索(スクリーニング)の初期段階で考慮することが難しく、研究開発上の課題となっている。
【0005】
上記の問題を解決するために、カイコを用いたスクリーニング系があり、実際、カイコ感染症モデルを用いた抗菌化合物のスクリーニングにおいて、脊椎動物において良好な治療成績を示す新規抗菌化合物の同定に至っている(特許文献1)。すなわち、カイコとヒト等の哺乳類では、体内動態が近似していることが確かめられている。
【0006】
また、本発明者らは、菌の細胞壁画分を生きたカイコの血液に注射すると、自然免疫活性化に伴って麻痺ペプチドと呼ばれるサイトカインの成熟が引き起こされ、その結果として、カイコの筋肉が収縮することを見出し、かかるカイコ筋肉収縮系による自然免疫活性評価法を用いて、ヒト等の自然免疫を活性化する物質を定量的に評価・スクリーニングできることを確かめている(特許文献2、非特許文献3、4)。
すなわち、特許文献2には、カイコに被検物質を投与する工程、及び、該被検物質がカイコの筋肉を収縮させるか否かを評価する工程を含む「被検物質が自然免疫を活性化させるか否かを評価する方法」が記載されている。
【0007】
また、カイコ個体の死に関しても、本発明者らによる特許文献3には、哺乳類に対して細胞毒性を示す被検対象物を評価する方法として、カイコに投与してLD50値を算定して哺乳類のLD50値の代替値とすることが記載されている。
【0008】
しかし、免疫抑制剤(の候補となり得る物質)のスクリーニング方法においては、探索初期の段階から体内動態をも加味して免疫抑制剤をスクリーニングする有効な方法は少なく、そのような免疫抑制剤のスクリーニング方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2012-006917号公報
【文献】国際公開第2008/126905号
【文献】特開2009-047552号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Wiseman, A. C. (2016) Immunosuppressive Medications. Clin J Am Soc Nephrol 11, 332-343
【文献】Suthanthiran, M., Morris, R. E., and Strom, T. B. (1996) Immunosuppressants: cellular and molecular mechanisms of action. Am J Kidney Dis 28, 159-172
【文献】Ishii K, Hamamoto H, Kamimura M. and Sekimizu K. (2008) Activation of the silkworm cytokine by bacterial and fungal cell wall components via a reactive oxygen species-mechanism, J. Biol. Chem. 25, 283(4), 2185-2191.
【文献】Ishii K, Hamamoto H, Kamimura M, Nakamura Y, Noda H, Imamura K, Mita K and Sekimizu K. (2010) Insect cytokine paralytic peptide (PP) induces cellular and humoral immune responses in the silkworm Bombyx mori, J. Biol. Chem., 285, 28635-28642.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題は、優れた「免疫抑制剤のスクリーニング方法」を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、カイコは、様々な菌Aにより感染死するという事実を見出した。そして更に検討を進め、被験物質をカイコに投与しておくと、又は、菌Bでカイコを感染させておくと、該菌Aによる感染死が促進されることを見出した。
そして、ヒトの免疫を抑制するものとして既に知られている「物質」や「菌感染」や「高温ストレス、飢餓ストレス等のストレス」で、実際に上記した「菌Aによるカイコの感染死」が促進されることをも見出すことによって、該方法がヒトに対する免疫抑制剤のスクリーニング方法として有力であることを確認して本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、カイコに感染死をもたらす菌Aをカイコに投与して該カイコの生存率を測定するスクリーニング方法であって、
被験物質を投与していないときのカイコの生存率に比較して、被験物質を投与しているときのカイコの生存率が小さくなる被験物質を免疫抑制剤として選択することを特徴とする免疫抑制剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0014】
また、本発明は、カイコに感染死をもたらす菌Aをカイコに投与した際の菌AのLD50を測定するスクリーニング方法であって、
被験物質を投与していないときのカイコのLD50に比較して、被験物質を投与しているときの菌AのLD50が小さくなる被験物質を免疫抑制剤として選択することを特徴とする免疫抑制剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0015】
また、本発明は、以下の工程(1)ないし(5)
(1)被験物質を、複数のカイコよりなるカイコ群に投与する工程
(2)対照物質を、複数のカイコよりなるカイコ群に投与する工程
(3)カイコに感染死をもたらす菌Aを、上記工程(1)を行ったカイコ群に投与して、該カイコ群の生存率、又は、菌AによるLD50を測定する工程
(4)カイコに感染死をもたらす菌Aを、上記工程(2)を行ったカイコ群に投与して、該カイコ群の生存率、又は、菌AによるLD50を測定する工程
(5)工程(3)で測定される生存率又はLD50の方が、工程(4)で測定される生存率又はLD50より小さくなる被験物質を免疫抑制剤として選択する工程
の全ての工程を有する前記の免疫抑制剤のスクリーング方法を提供するものである。
【0016】
また、本発明は、前記の免疫抑制剤のスクリーニング方法を用いることを特徴とする免疫担当細胞の機能抑制剤のスクリーニング方法、サイトカイン産生抑制剤のスクリーニング方法、又は、細胞毒性物質のスクリーニング方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、免疫担当細胞の機能を抑制する物質、サイトカインの産生を抑制する物質、細胞毒性を有する物質等と言った「免疫機能を抑制する物質」を、カイコを用いて好適にスクリーニングすることができる。
ここでの「免疫機能」とは、ヒト等の哺乳類が有する免疫機能のことであり、具体的には、例えば、ヒト等の哺乳類が有する自然免疫機能であったり、獲得免疫の獲得し易さであったりする。
【0018】
ある物質の「カイコに対する免疫活性能」が、該物質の「ヒト等の哺乳類が有する免疫活性能」と相関があることは、既に本発明者らによって報告されている。
また、カイコ感染モデルを用いて、哺乳類における抗菌活性が評価可能であることも、既に本発明者らによって報告されている。
本発明は、カイコを利用した免疫抑制剤のスクリーニング方法であり、カイコを用いて行われた検討結果に基づいてなされたものであるが、ヒト等の哺乳類における免疫抑制剤のスクリーニング方法として成立する。
【0019】
本発明において、(1)高温ストレス、(2)飢餓ストレス、(3)クリプトコッカス感染、及び、(4)ヒトで抗炎症性ステロイドとして用いられているベタメタゾン(betamethasone)の投与が、カイコの黄色ブドウ球菌に対する感染感受性を増大させることが分かった。
具体的には、黄色ブドウ球菌MSSA1株のLD50値で測られるカイコの感染感受性は、上記した処理によって、それぞれ、(1)100倍程度、(2)20倍程度、(3)64倍以上、(4)100倍程度の増大が見られた(実施例参照)。
【0020】
上記の結果は、ヒトの免疫機能を低下させる上記の処理が何れも、カイコの免疫機能をも抑制することを示している。
従って、カイコの免疫を抑制する物質(をスクリーニングする方法)が見いだされたならば、該方法はヒト等の哺乳類の免疫を抑制する物質(をスクリーニングする方法)となり得ることが確認された。
特に、ヒトで免疫抑制作用が知られているベタメタゾン(betamethasone)が、カイコに対しても免疫抑制作用を示したことから、カイコをヒトの免疫抑制剤のスクリーニングに用いることができることが確認された。
【0021】
カイコを用いた免疫抑制剤のスクリーニングは、試験管内でのスクリーニング系とは異なり、候補化合物の体内動態や毒性(ADMET)を考慮(加味)できているという利点がある。
また、候補化合物の体内動態や毒性(ADMET)を探索(スクリーニング)の初期段階で考慮することができるので、本発明によって、新しい免疫抑制剤の探索が可能になる。従来のスクリーニング方法では漏らしていた(新免疫抑制剤として発見・発明できていなかった)例えば「免疫抑制効果は極めて高い訳ではないが体内動態が良好な物質」を、「免疫抑制剤」として選択する(漏らさない)ことができる。
【0022】
本発明によれば、「生きたカイコの体内の作用・機構」を利用しているので、被験物質の体内動態をも加味したスクリーニングが可能である。そのため、被験物質が多い初期のスクリーニングの段階から、「体内動態の良さ」をも加味した免疫抑制剤のスクリーニングが可能である。
例えば、「免疫機能が過剰亢進した際の症状」を治療する剤を、初期の段階からスクリーニングすることが可能である。それによって、例えば、ヒトでの治験の最終段階で不合格となる確率を減らすことができる。
【0023】
本発明によって、新しい免疫抑制剤をスクリーニングする道が拓け、カイコを用いた免疫抑制モデルを構築することができた。
本発明のスクリーニング方法は、少数の「最終的に免疫活性剤として(確実に)成立する物質」のスクリーニングに適用することもできるが、特に、免疫抑制剤の絞り込みの初期段階に適用することは、本発明の前記効果を発揮し易いために好ましい。従って、本発明は、「免疫抑制剤の候補となり得る物質」のスクリーニング方法であるとも言える。
【0024】
また、カイコを用いているので、実験動物に対する道義的な問題も少ない。また、カイコを用いているので、犠牲となる被験物質の多い初期のスクリーニング段階でも、道義的問題が生じ難いので有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】温度ストレス(高温飼育)によって、カイコの黄色ブドウ球菌感染感受性が増大することを示すグラフである(実施例1)。
【
図2】飢餓ストレスによって、カイコの黄色ブドウ球菌感染感受性が増大することを示すグラフである(実施例2)。
【
図3】真菌であるクリプトコッカスに感染させることによって、カイコの黄色ブドウ球菌感染感受性が増大することを示すグラフである(実施例3)。
【
図4】ステロイド(免疫抑制剤)であるベタメタゾン(Betamethasone)によって、カイコの黄色ブドウ球菌感染感受性が増大することを示すグラフである(実施例4)。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明について説明するが、本発明は、以下の具体的態様に限定されるものではなく、技術的思想の範囲内で任意に変形することができる。
【0027】
本発明の「免疫抑制剤のスクリーニング方法」は、カイコに感染死をもたらす菌Aをカイコに投与して該カイコの生存率又は菌AのLD50を測定する免疫抑制剤のスクリーニング方法であって、被験物質を投与していないときのカイコの生存率又は菌AのLD50に比較して、被験物質を投与しているときのカイコの生存率又は菌AのLD50が小さくなる被験物質を免疫抑制剤として選択することを特徴とする。
【0028】
ここで、菌Aとしては、カイコに感染してカイコ個体を殺す菌であれば特に限定はないが、ヒトに対する安全性、汎用性、扱いの容易性等の点から、例えば、黄色ブドウ球菌、緑膿菌、大腸菌、カンジダ菌等が挙げられる。中でも、黄色ブドウ球菌が好ましく、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptible Staphylococcus aureus:MSSA)(以下、単に「MSSA」と略記することがある)が、上記点から特に好ましい。
【0029】
ここで、「菌Aのカイコへの投与」としては、カイコの体内に菌Aの生菌を入れてカイコを感染させればよく、特に限定はないが、カイコの血液、腸管内等への注射、餌への配合(菌液の滴下若しくは餌への混入)等が好ましい。
注射の場合、菌Aを溶媒若しくは分散媒中に分散させた液を用いることが好ましく、該液の1回の投与体積は、カイコ1gあたり、1~200μL/gが好ましく、5~150μL/gがより好ましく、20~100μL/gが特に好ましい。
【0030】
菌A自体の投与量は、カイコに感染させて好適に生存率やLD50が測定できるような範囲であればよく、菌Aの種類にもより特に限定はないが、菌Aが黄色ブドウ球菌のとき、カイコ1gあたり、Full Growth で、1/10000~無希釈(1/1)が好ましく、1/3000~1/3がより好ましく、1/1000~1/10が更に好ましく、1/300~1/30が特に好ましい。上記範囲で投与量を振って好適に生存率やLD50を求めることが好ましい。
【0031】
本発明を実施中の、すなわち、カイコの生存率やLD50を測定中、カイコの飼育温度、カイコへの給餌の有無と給餌量、測定(経過)時間(日数)等は、特に限定はないが、飼育温度は、一定であることが好ましく、7~45℃がより好ましく、10~40℃がより好ましく、20~35℃が特に好ましい。
【0032】
菌Aの投与から、生存率の測定まで、又は、菌AによるLD50の測定までの経過時間(日数)は、0.5日~4日が好ましく、1日~3日がより好ましく、1.5日~2.5日が特に好ましい。上記経過時間(日数)の範囲内の1点の経過時間(日数)であれば、死ぬはずのカイコは死に、生き残るはずのカイコは生き残るので、生存率やLD50が時間経過に対して飽和して値が安定する。また、不必要に長くなって時間が無駄にならない。
【0033】
前記被験物質としては、免疫抑制剤(の候補)になり得る可能性が少しでもあるもの(スクリーニングの対象となり得るもの)であれば特に限定はなく、菌等の生物でもウイルスでも無生物でもよく、単一化合物でも混合物でもよく、液体でも固体でもよい。
また、該被験物質が菌Bであって、前記「被験物質の投与」が、カイコを該菌Bに感染させることであってもよい。すなわち、菌Bをカイコに投与して、該カイコを菌Bに感染させることでもよい。
【0034】
具体的には、免疫担当細胞の機能を抑制しそうな物質、サイトカインの産生を抑制しそうな物質、細胞毒性を有していそうな物質、抗生物質の探索に用いられる細菌培養上清等に含まれる二次代謝産物、化合物ライブラリー中の物質等が挙げられる。また、上記可能性の有無は分からないが、ある化学構造や官能基を有する物質群から選ばれる物質等が挙げられる。また、該物質としては、化合物に限定されず、菌B若しくは菌B由来物であってもよい。
【0035】
前記被験物質としては、菌B若しくは菌B由来物であることが好ましい。
ここで、「菌B」には、菌Bの生菌と死菌が含まれ、例えば、生菌体、湿潤菌、乾燥菌等が含まれる。
また、「菌B由来物」としては、菌Bの一部分(菌Bを構成する部分)、菌Bの産生物、菌Bに何らかの処理を施した菌体処理物等が挙げられる。
菌B由来物の具体例としては、例えば、菌Bの培養上清物等の培養物;懸濁物;希釈物;濃縮物;ペースト化物;噴霧乾燥物、凍結乾燥物、真空乾燥物、ドラム乾燥物等の乾燥物;液状化物;希釈物;破砕物;加熱殺菌処理物、放射線殺菌処理物等の殺菌加工物;該培養物からの抽出物;酵素処理物;等が挙げられる。
【0036】
本発明は、前記被験物質が菌Bであって、「被験物質の投与」が、カイコを該菌Bに感染させることである前記の免疫抑制剤のスクリーニング方法でもある。
このとき、該菌Bとしては、例えば、土壌細菌、海洋細菌、河川細菌、発酵用細菌、人体又は動植物常在菌等が好ましいものとして挙げられる。中でも、土壌細菌が、多様性並びに取得の容易性の点等から特に好ましい。
【0037】
本発明の好ましい態様を工程別に記載すると、以下の工程(1)ないし工程(5)となる。本発明は、好ましくは、以下の工程(1)ないし工程(5)の全ての工程を有する前記の免疫抑制剤のスクリーング方法である。
(1)被験物質を、複数のカイコよりなるカイコ群に投与する工程
(2)対照物質を、複数のカイコよりなるカイコ群に投与する工程
(3)カイコに感染死をもたらす菌Aを、上記工程(1)を行ったカイコ群に投与して、該カイコ群の生存率、又は、菌AによるLD50を測定する工程
(4)カイコに感染死をもたらす菌Aを、上記工程(2)を行ったカイコ群に投与して、該カイコ群の生存率、又は、菌AによるLD50を測定する工程
(5)工程(3)で測定される生存率又はLD50の方が、工程(4)で測定される生存率又はLD50より小さくなる被験物質を免疫抑制剤として選択する工程
【0038】
<工程(1)>
工程(1)は、被験物質を、複数のカイコよりなるカイコ群に投与する工程である。
工程(1)における被験物質としては、前記したものが挙げられる。
また、投与量としては、特に限定はないが、溶液又は分散液として実際にカイコに投与するときの該液の1回の体積としては、カイコ1gあたり、1~200μL/gが好ましく、5~150μL/gがより好ましく、20~100μL/gが特に好ましい。
【0039】
被験物質が、菌B若しくは菌B由来物の場合、菌B若しくは菌B由来物を溶媒若しくは分散媒中に分散させた液を用いることが好ましい。
また、被験物質である菌Bをカイコに投与して、該カイコを菌Bに感染させることも好ましい。
【0040】
被験物質を、複数のカイコよりなるカイコ群に投与するが、その際、1つのカイコ群を構成するカイコの匹数は、それら複数匹の平均をとること等で、正確に生存率やLD50の算出ができれば特に限定はないが、1~30匹が好ましく、2~10匹がより好ましく、3~6匹が特に好ましい。
【0041】
<工程(2)>
工程(2)は、対照物質を、複数のカイコよりなるカイコ群に投与する工程である。
被験物質を投与していないときのカイコの生存率やLD50は、比較のために測定することが必須であるが、その際の投与としては、何も投与しない、生理食塩水を投与する、投与した被験物質の「溶媒若しくは分散媒」と同じ「溶媒若しくは分散媒」を投与する、等が挙げられる。
中でも、投与した被験物質の溶媒若しくは分散媒のみを、被験物質を投与したときの溶媒若しくは分散媒の量(体積)と同量(同体積)を投与することが好ましい。すなわち、工程(2)の「対照物質」としては、「工程(1)で投与した被験物質の溶媒若しくは分散媒」と同一のもの(液)であることが好ましい。
【0042】
<工程(3)>
工程(3)は、カイコに感染死をもたらす菌Aを、上記工程(1)を行ったカイコ群に投与して、該カイコ群の生存率、又は、菌AによるLD50を測定する工程である。
菌Aの種類、菌Aの投与方法(カイコを菌Aに感染させることを含む)、投与(感染)後の経過時間等は、前記した通りである。
【0043】
「LD50」は、菌Aの投与量を変化させてカイコに投与して、カイコの感染死を観察し、使用したカイコの一定割合(例えば50%)が死ぬ点に内挿したときの菌Aの量(生菌数、吸光光度計で測定した濁度、乾燥重量等)であり、常法により用量作用曲線等を作成し、それを用いて求める。
本発明において、使用される「一定割合の死亡(生存率)」は、丁度50%だけに限定されず、例えば、「20%~80%内の1点」等でもよい。すなわち、50%と同等のスクリーニングができるならば、本明細書中で「LD50」なる記載は、50%のみに限定されない。
【0044】
「生存率」(Survival(%))は、一定量の菌Aを投与した際(一定量の菌Aで感染させた際)、「生きているカイコ数」を「用いた全カイコ数」で割った値である。生存率を比較するときは、同一量の菌を投与した系同士で比較する。
【0045】
<工程(4)>
工程(4)は、カイコに感染死をもたらす菌Aを、上記工程(2)を行ったカイコ群に投与して、該カイコ群の生存率、又は、菌AによるLD50を測定する工程である。
すなわち、比較のために、工程(2)で、対照物質を投与したカイコ群にも菌Aを投与する工程である。なお、本発明に用いる「LD50」なる表現は、上記した通り、丁度「50%の死」には限定されない。
菌A、対照物質、経過時間、温度、生存率、LD50等に関する事項は、前記記載や上記工程(3)における記載事項と同様である。
【0046】
<工程の順番>
被験物質又は対照物質をカイコに投与してから、経時させてから、菌Aをカイコに投与してもよく;被験物質又は対照物質、及び、菌Aを、カイコに実質的に同時に投与してもよく;菌Aをカイコに投与してから、被験物質又は対照物質をカイコに投与してもよいが、被験物質又は対照物質をカイコに投与してから、経時させて、菌Aをカイコに投与することが、後記する理由等から好ましい。
【0047】
この場合の「経時」は、被験物質と菌Aに依存し、特に限定はないが、被験物質が菌Bの生菌であって、「被験物質の投与」が、カイコを菌Bに感染させることである場合には、1分~20分が好ましく、直ちに(経時させない)~10分が特に好ましい。
また、被験物質が、菌Bの死菌、菌B由来物、菌に由来しない化合物等である場合にも、1分~20分が好ましく、直ちに(経時させない)~10分が特に好ましい。
【0048】
菌Aを投与せず(菌Aに感染させることなく)、被験物質のみを工程(1)と同程度の量カイコに投与しても、カイコは死なないか、生存率があまり低下しない。従って、カイコの死亡の原因は、菌Aによる感染死であり、投与された被験物質は、「菌Aによる感染死」を促進している(に過ぎない)。
このことは、「菌Aによる感染死の促進」は、工程(1)で投与した被験物質が免疫を抑制していることを意味する。
上記理由からも、前記した通り、被験物質(又は対照物質)をカイコに投与して、経時させて免疫を抑制させてから、菌Aをカイコに投与することが好ましい。
【0049】
<工程(5)>
工程(5)は、工程(3)で測定される生存率又はLD50の方が、工程(4)で測定される生存率又はLD50より小さくなる被験物質を免疫抑制剤として選択する工程である。
被験物質を投与したカイコ群と、対照物質を投与したカイコ群とは、菌A(の種類、投与量等)、飼育条件、経過時間等について、実質的に同一である(同一で比較する)ことが好ましい。
「生存率」は、菌Aの投与量一定の場合のカイコ群同士で比較する。
【0050】
<免疫担当細胞の機能抑制剤のスクリーニング方法>
本発明は、前記の免疫抑制剤のスクリーニング方法を用いることを特徴とする免疫担当細胞の機能抑制剤のスクリーニング方法でもある。
【0051】
前記した被験物質は、その中から免疫抑制剤となり得るものが選択されるのであるが、かかる免疫抑制は、具体的には例えば、免疫担当細胞の機能抑制等によって行われることが知られている。
従って、本発明は、原理・作用・機序に遡った「免疫担当細胞の機能抑制剤のスクリーニング方法」でもある。
【0052】
<サイトカイン産生抑制剤のスクリーニング方法>
本発明は、前記の免疫抑制剤のスクリーニング方法を用いることを特徴とするサイトカイン産生抑制剤のスクリーニング方法でもある。
【0053】
前記した被験物質は、その中から免疫抑制剤となり得るものが選択されるのであるが、かかる免疫抑制は、具体的には例えば、サイトカイン産生の抑制等によって行われることが知られている。
従って、本発明は、原理・作用・機序に遡った「サイトカイン産生抑制剤のスクリーニング方法」でもある。
【0054】
<細胞毒性物質のスクリーニング方法>
本発明は、前記の免疫抑制剤のスクリーニング方法を用いることを特徴とする細胞毒性物質のスクリーニング方法でもある。
【0055】
前記した被験物質は、その中から免疫抑制剤となり得るものが選択されるのであるが、かかる免疫抑制は、具体的には例えば、細胞毒性物質等によって助長されることが知られている。
従って、本発明は、原理・作用・機序に遡った「細胞毒性物質のスクリーニング方法」でもある。
【実施例】
【0056】
以下、実施例に基づき本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例の具体的範囲に限定されるものではない。以下、「%」と言う記載は、それが質量に関するものについては「質量%」を意味する。
【0057】
<カイコ>
以下の実施例で用いたカイコは、他に明記されていない限り、5令1日目のカイコに、終夜、餌(1g/larva)を与えた5令2日目のカイコである。
【0058】
実施例1
<高温におけるカイコの感染感受性の増大>
高温(温度ストレス)によって、カイコの黄色ブドウ球菌感染に対する感受性が増大することを確かめた。
5令2日目のカイコに対し、異なる用量の黄色ブドウ球菌(MSSA1株)を注射し、27℃(通常条件)、及び、37℃(高温条件)で、餌を与えずに飼育した。
【0059】
感染から48時間後のカイコの生存数を観測し、用量作用曲線からMSSA1株のカイコに対するLD50を求めた。
【0060】
高温で飼育された(温度ストレスを与えた)カイコに対する黄色ブドウ球菌MSSA1株のLD50値は、通常条件で飼育されたカイコに対する黄色ブドウ球菌MSSA1株のLD50値に比べて100倍程度小さかった(
図1参照)。
【0061】
すなわち、カイコは、高温ストレス(37℃)を与えることによって、高温ストレスを与えず通常飼育温度(27℃)で飼育したものに比べて、黄色ブドウ球菌による感染に対する感受性が100倍程度増大した。このことは、高温では免疫機能が抑制されると考えられる。
【0062】
実施例2
<飢餓によるカイコの感染感受性の増大>
飢餓ストレスによって、カイコの黄色ブドウ球菌感染に対する感受性が増大することを確かめた。
対照群(飢餓ストレスなし)では、分離された5令1日目のカイコに餌(1g/larva)を与え、5令2日目のカイコを用いて黄色ブドウ球菌(MSSA1株)感染実験を行い、黄色ブドウ球菌(MSSA1株)のカイコに対するLD50を求めた。
【0063】
飢餓ストレスを与えた群では、5令2日目以降、餌を与えず、上記と同様の感染実験を5例3日目(飢餓1日間)、4日目(飢餓2日間)、5日目(飢餓3日間)行って、それぞれLD50を算出した。
【0064】
飢餓ストレスを与えたカイコの黄色ブドウ球菌に対する感染感受性は、飢餓ストレスを与えた期間が長くなるにつれて増大し、3日間の飢餓条件では、飢餓ストレスを与えなかったカイコに比べて、黄色ブドウ球菌(MSSA1株)のLD50値が20倍程度小さくなった(
図2参照)。
【0065】
すなわち、カイコは、飢餓ストレスを与えることによって、通常の給餌飼育したものに比べて、黄色ブドウ球菌による感染に対する感受性が20倍程度増大した。飢餓ストレスを加えることによって、免疫機能が抑制されたと考えられる。
【0066】
実施例3
<クリプトコッカス感染によるカイコの感染感受性の増大>
真菌であるクリプトコッカスに感染させたカイコでは、黄色ブドウ球菌感染に対する感受性の増大することを確かめた。
カイコに対して、被験物質として、4倍に濃縮し「クリプトコッカス(C. neoformans)」の培養液を血液内に注射(50μL/larva)した群(C. neoformans pre-感染群)、及び、対照物質として、生理食塩水(50μL/larva)を注射した群に対して、それぞれ異なる用量の黄色ブドウ球菌(MSSA1株)を注射し、27℃でカイコを飼育した。その後、カイコの生存数を経時的に観察した。
【0067】
クリプトコッカスに感染したカイコは、クリプトコッカスに感染していないカイコに比べて、黄色ブドウ球菌(MSSA1株)のLD50が64倍以上小さかった(
図3参照)。なお、この程度のクリプトコッカスの投与(注射)だけでは、カイコは死なない。
【0068】
すなわち、カイコは、クリプトコッカス感染によって、クリプトコッカス非感染に比べて、黄色ブドウ球菌による感染に対する感受性が64倍程度増大した。このことは、クリプトコッカス感染によって、免疫機能が抑制されたことを示唆している。
【0069】
実施例4
<ベタメタゾン(Betamethasone)投与によるカイコの感染感受性の増大>
ステロイドであるベタメタゾン(Betamethasone)を投与したカイコでは、黄色ブドウ球菌感染に対する感受性が増大することを確かめた。
対照物質として10%DMSO、又は、被験物質として「ベタメタゾン(Betamethasone)20mg/mLの濃度で溶解した10%DMSO」をカイコに注射し、直後に異なる用量の黄色ブドウ球菌(MSSA1株)を注射して、27℃で餌を与えずに飼育した。
【0070】
黄色ブドウ球菌(MSSA1株)による感染から48時間後のカイコの生存数を観測し、用量作用曲線を作成し、そこから黄色ブドウ球菌(MSSA1株)のカイコに対するLD50を求めた。
【0071】
ベタメタゾン(Betamethasone)を投与したカイコに対する黄色ブドウ球菌(MSSA1株)のLD50は、対照群(10%DMSO投与群)のカイコに対する黄色ブドウ球菌(MSSA1株)のLD50に比べて100倍程度小さかった(
図4参照)。
ヒトで免疫を抑制するステロイドとして知られているベタメタゾン(Betamethasone)を投与したカイコにおいて、黄色ブドウ球菌感受性が、対照群に比べて100倍上昇した(
図4参照)。
【0072】
以上の結果は、カイコにおいて、様々なストレス条件下において認められるものと同程度の免疫抑制を、ステロイドの投与によって誘導できることを示唆している。
【0073】
実施例5
<土壌細菌ライブラリーの培養上清によるカイコの感染感受性の増大>
発明者らの研究室に保管されている土壌細菌ライブラリーの中に、その培養上清を注射するとカイコの黄色ブドウ球菌(MSSA1株)に対する感染感受性を増大させるものが7種存在した。
それら7種のうち6種は、土壌細菌単独ではカイコを殺傷しなかった。
【0074】
土壌細菌(由来物)が免疫抑制剤となり得ることが分かった。
土壌細菌、又は、「土壌細菌の培養上清等の菌由来物」を被験物質とすることで、免疫抑制剤のスクリーニングができることが確かめられた。
土壌細菌(ライブラリー)を対象として、「新しい免疫抑制剤」の発見の可能性がある。例えば、土壌細菌(ライブラリー)等を対象として、本発明の新しい「免疫抑制剤のスクリーニング方法」が成立する。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明によれば、体内動態を考慮した免疫抑制剤のスクリーニングができるので、本発明は、医薬品、薬品原料、健康食品等の、研究、製造、販売、使用等をする分野に広く利用されるものである。