IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人三重大学の特許一覧

特許7475701遺伝子の発現が誘導された非天然の植物およびその生産方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-19
(45)【発行日】2024-04-30
(54)【発明の名称】遺伝子の発現が誘導された非天然の植物およびその生産方法
(51)【国際特許分類】
   A01H 1/06 20060101AFI20240422BHJP
   A01H 6/46 20180101ALI20240422BHJP
   A01H 6/82 20180101ALI20240422BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20240422BHJP
【FI】
A01H1/06
A01H6/46
A01H6/82
C12N15/09 Z ZNA
【請求項の数】 36
(21)【出願番号】P 2021516124
(86)(22)【出願日】2020-04-21
(86)【国際出願番号】 JP2020017159
(87)【国際公開番号】W WO2020218279
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2022-12-08
(31)【優先権主張番号】P 2019083683
(32)【優先日】2019-04-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】弁理士法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 一成
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】降籏妙子,他,イネのゲノムワイドなメチル化パターン変化とその人為的方向付けの可能性,第37回日本分子生物学会プログラム・要旨集,2014年11月07日,1P-0225
【文献】降籏妙子,他,イネのゲノムワイドなメチル化パターン変化と人為的方向付の可能性について,第56回日本植物生理学会年会要旨集,2015年03月09日,pp. 272, 1S04(0588)
【文献】小林裕子,他,エピジェネティック変異の人為的方向付による耐病性育種の可能性,日本植物病理学会報,2016年03月17日,Vol. 82, No. 1,pp. 52, 53
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 1/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を生産する方法:
(1) 植物の一部を提供する工程;
(2) 前記植物の一部を脱分化誘導条件下で培養し、カルスを形成させる工程;
(3) 前記カルスを再分化誘導条件下で培養し、苗条を形成させる工程;
(A) 前記カルスに対して、刺激を提供する工程、ここで、当該刺激は、前記カルスの生存率を当該刺激を提供しない対照と比較して90%以下に減少させない刺激である; 及び
(4) 前記苗条を培養して、前記刺激の非存在下で前記遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を得る工程、
ここで、工程(1)、(2)、(3)、及び(4)は、(1)、(2)、(3)、(4)の順に行われ、工程(A)は、工程(2)又は(3)の何れか又は両方において行われる、かつ、
工程(2)又は(3)において前記刺激に対する耐性を指標としたカルスの選抜は行わない、かつ、
前記刺激は、前記カルスにおいて前記遺伝子の発現を誘導する刺激である
【請求項2】
前記非天然の植物における前記の遺伝子の発現の誘導が、前記植物の興味の対象となる形質を増強させる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(3)の後かつ前記工程(4)の前に、又は、前記工程(4)において以下の工程が行われる、請求項1に記載の方法:
(B) 当該苗条を培養して得られた植物において、前記刺激の非存在下で、前記植物の興味の対象となる形質が増強されていることを確認する工程。
【請求項4】
前記工程(3)の後かつ前記工程(4)の前に、又は、前記工程(4)において以下の工程が行われる、請求項1に記載の方法:
(C) 当該苗条を培養して得られた植物において、前記刺激の非存在下で、前記遺伝子の発現が誘導されていることを確認する工程。
【請求項5】
以下の工程を含む、遺伝子の発現が誘導された非天然の植物の種子を生産する方法:
請求項1に記載される方法の工程(1)、(2)、(3)、(A)、及び(4); 並びに
(5) 前記苗条を培養して得られた非天然の植物から種子を得る工程、
ここで、工程(1)、(2)、(3)、(4)、及び(5)は、(1)、(2)、(3)、(4)、(5)の順に行われ、工程(A)は、工程(2)又は(3)の何れか又は両方において行われる; かつ
当該種子を発芽させて得られる植物は、前記刺激の非存在下で前記遺伝子の発現が誘導されている非天然の植物である。
【請求項6】
前記工程(5)の後に以下の工程が行われる、請求項5に記載の方法:
(C) 当該種子を発芽させて得られた植物において、前記刺激の非存在下で、前記遺伝子の発現が誘導されていること、又は、興味の対象となる形質が増強されていることを確認する工程。
【請求項7】
以下の工程を含む、遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を生産する方法:
請求項1に記載される方法の工程(1)、(2)、(3)、(A)、及び(4); 並びに
(6) 工程(4)で得られた非天然の植物を栄養繁殖して、前記刺激の非存在下で前記遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を得る工程、
ここで、工程(1)、(2)、(3)、(4)、及び(6)は、(1)、(2)、(3)、(4)、(6)の順に行われ、工程(A)は、工程(2)又は(3)の何れか又は両方において行われる、かつ、工程(2)又は(3)において前記刺激に対する耐性を指標としたカルスの選抜は行わない。
【請求項8】
以下の工程を含む、遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を生産する方法:
請求項1の方法で得られた非天然の植物又は請求項5の方法で得られた種子を発芽させて得られた非天然の植物を栄養繁殖して、前記刺激の非存在下で前記遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を得る工程。
【請求項9】
前記遺伝子が、前記植物の一部から形成されたカルスにおいて、前記刺激の非存在下では発現していない、請求項1~7の何れかに記載の方法。
【請求項10】
前記脱分化誘導条件下における培養が、2,4-Dichlorophenoxyacetic acid(2,4-D)、indole-3-acetic acid(IAA)、6-benzylaminopurine(6-BA)、又はtrans-zeatin(t-zeatin)を含有する培地の上又は中において行われる、請求項1~9の何れかに記載の方法。
【請求項11】
前記再分化誘導条件下における培養が、kinetin、IAA、6-BA、t-zeatin、又は1-Naphthaleneacetic acid(NAA)を含有する培地の上又は中において行われる、請求項1~10の何れかに記載の方法。
【請求項12】
前記形質は、前記刺激に対する耐性である、請求項1~11の何れかに記載の方法。
【請求項13】
前記刺激が低温処理であり、かつ、前記形質が低温耐性である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記形質は、前記刺激に対する耐性でない、請求項1~11の何れかに記載の方法。
【請求項15】
前記刺激がサリチル酸経路を活性化する抵抗性誘導剤による処理であり、かつ、前記形質が病原体に対する耐性である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記サリチル酸経路を活性化する抵抗性誘導剤がプロベナゾール(Probenazole; 3-prop-2-enoxy-1,2-benzothiazole 1,1-dioxide)である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記刺激が塩による処理であり、かつ、前記形質が耐塩性である、請求項12に記載の方法。
【請求項18】
前記植物がイネ科のイネである、請求項1~17の何れかに記載の方法。
【請求項19】
前記植物がナス科のタバコである、請求項1~17の何れかに記載の方法。
【請求項20】
前記植物がイネ科のイネであり、前記病原体がイネいもち病菌(Magnaporthe oryzae)又はイネ白葉枯病菌(Xanthomonas oryzae pv. oryzae)である、請求項1~17の何れかに記載の方法。
【請求項21】
前記植物がナス科のタバコであり、前記病原体が灰色かび病菌(Botrytis cinerea)又はタバコ野火病菌(Pseudomonas syringae pv. tomato)である、請求項1~17の何れかに記載の方法。
【請求項22】
遺伝子組換えの工程、又は、外来ベクターから遺伝子を発現させる工程を含まない、請求項1~21の何れかに記載の方法。
【請求項23】
以下の表から選択される少なくとも4つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のイネ科のイネ。
【表1A-1】
【表1A-2】
【請求項24】
以下の表から選択される少なくとも1つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のイネ科のイネ。
【表2A】
【請求項25】
以下の表から選択される少なくとも4つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のイネ科のイネ。
【表3A-1】
【表3A-2】
【請求項26】
以下の表から選択される少なくとも4つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のナス科のトマト又はタバコ。
【表1B-1】
【表1B-2】
【請求項27】
以下の表から選択される少なくとも1つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のナス科のトマト又はタバコ。
【表2B】
【請求項28】
以下の表から選択される少なくとも4つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のナス科のトマト又はタバコ。
【表3B-1】
【表3B-2】
【請求項29】
病原体に対する耐性を有する、請求項23に記載の非天然のイネ科のイネ又は請求項26に記載の非天然のナス科のトマト又はタバコ。
【請求項30】
低温耐性を有する、請求項24に記載の非天然のイネ科のイネ又は請求項27に記載の非天然のナス科のトマト又はタバコ。
【請求項31】
耐塩性を有する、請求項25に記載の非天然のイネ科のイネ又は請求項28に記載の非天然のナス科のトマト又はタバコ。
【請求項32】
転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている記遺伝子の発現が誘導されている、請求項2331の何れかに記載の非天然のイネ科のイネ又は非天然のナス科のトマト又はタバコ。
【請求項33】
以下の工程を含む、低温耐性を増強させた非天然の植物を生産する方法:
(1) 植物の一部を提供する工程;
(2) 前記植物の一部を脱分化誘導条件下で培養し、カルスを形成させる工程;
(3) 前記カルスを再分化誘導条件下で培養し、苗条を形成させる工程;
(A) 前記カルスに対して、低温処理する工程、ここで、当該低温処理は、前記カルスの生存率を当該低温処理を行わない対照と比較して90%以下に減少させない低温処理である; 及び
(4) 前記苗条を培養して、低温耐性を増強させた非天然の植物を得る工程、
ここで、工程(1)、(2)、(3)、及び(4)は、(1)、(2)、(3)、(4)の順に行われ、工程(A)は、工程(2)又は(3)の何れか又は両方において行われる、かつ、
工程(2)又は(3)において前記低温処理に対する耐性を指標としたカルスの選抜は行わない。
【請求項34】
以下の工程を含む、病原体に対する耐性を増強させた非天然の植物を生産する方法:
(1) 植物の一部を提供する工程;
(2) 前記植物の一部を脱分化誘導条件下で培養し、カルスを形成させる工程;
(3) 前記カルスを再分化誘導条件下で培養し、苗条を形成させる工程;
(A) 前記カルスに対して、サリチル酸経路を活性化する抵抗性誘導剤による処理を行う工程、ここで、当該抵抗性誘導剤処理は、前記カルスの生存率を当該抵抗性誘導剤処理を行わない対照と比較して90%以下に減少させない抵抗性誘導剤処理である; 及び
(4) 前記苗条を培養して、病原体に対する耐性を増強させた非天然の植物を得る工程、
ここで、工程(1)、(2)、(3)、及び(4)は、(1)、(2)、(3)、(4)の順に行われ、工程(A)は、工程(2)又は(3)の何れか又は両方において行われる、かつ、
工程(2)又は(3)において前記抵抗性誘導剤処理に対する耐性を指標としたカルスの選抜は行わない。
【請求項35】
以下の工程を含む、耐塩性を増強させた非天然の植物を生産する方法:
(1) 植物の一部を提供する工程;
(2) 前記植物の一部を脱分化誘導条件下で培養し、カルスを形成させる工程;
(3) 前記カルスを再分化誘導条件下で培養し、苗条を形成させる工程;
(A) 前記カルスに対して、塩による処理を行う工程、ここで、当該塩処理は、前記カルスの生存率を当該塩処理を行わない対照と比較して90%以下に減少させない塩処理である; 及び
(4) 前記苗条を培養して、耐塩性を増強させた非天然の植物を得る工程、
ここで、工程(1)、(2)、(3)、及び(4)は、(1)、(2)、(3)、(4)の順に行われ、工程(A)は、工程(2)又は(3)の何れか又は両方において行われる、かつ、
工程(2)又は(3)において前記塩処理に対する耐性を指標としたカルスの選抜は行わない。
【請求項36】
請求項1~22又は請求項33~35の何れかに記載の方法により得られる、遺伝子の発現が誘導された非天然の植物又は遺伝子の発現が誘導された非天然の植物の種子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、広く植物の改良及び育種の分野に関係し、特に、農業的及び園芸的に有用な植物に耐病性やストレス耐性を付与する方法に関係する。
【背景技術】
【0002】
近年、DNAの塩基配列変化を伴わず、DNAやクロマチンの化学修飾を通した遺伝形質制御の実態が次第に明らかになりつつあり、このような研究領域は「エピジェネティクス」として急速に発展しつつある。植物ではゲノムDNAのメチル化状態変化などのエピジェネティック変異が有性生殖を超えて遺伝することが知られていることから、農業上有用なストレス耐性に関するエピジェネティック記憶が安定的に遺伝すれば、作物の育種に有力な選択肢を提供すると考えられる(非特許文献1、非特許文献2)。
【0003】
しかしながら、例えば病害ストレスによって獲得されたプライミングは、後代の植物に遺伝せず、また、継代によっても失われるため、2世代以上にわたって安定して遺伝した例は知られていない(非特許文献2)。最近になって、体細胞胚から無性生殖的に再生させた植物では親植物のエピジェネティックな状態が維持されることを利用し、遺伝的に安定なエピジェネティックバリアントを作出する方法が報告された(非特許文献3、特許文献1)。この方法では、特定の転写因子(RWP-RK DOMAINCONTAINING4)を細胞中で人為的に条件発現させた遺伝子組換え植物を用いることが前提となり、食用作物の育種に用いることは、法規制やパブリックアクセプタンスによって著しく制限される。従って、食用作物を含む広範な植物の育種に応用可能な、エピジェネティック変異を利用したストレス耐性植物の作出法及び植物の望ましい形質の増強方法は未だ確立されていない。
【0004】
最近の研究から、シロイヌナズナやイネの組織を適切な濃度の植物ホルモンを加えた培地上で脱分化してカルスを形成させ、当該カルスから再分化させて得られた植物では親植物と異なるゲノムのメチル化パターンを示すことが明らかになった(非特許文献4)。また、再生させたイネの中には親と異なる表現型を示す個体が生じることから、エピジェネティック変異は再生植物に認められる「培養変異(somaclonal variation)」の原因の1つであることが指摘されている。
【0005】
本発明者らは、植物の病害防御メカニズムの解明するための研究の途上で、植物が脱分化・再分化過程を経ることで特定のゲノム領域に脱メチル化が生じること、及び、脱分化細胞で高発現する遺伝子のプロモーター領域が再生植物において特異的に脱メチル化されることを偶然に見出した。当該知見に基づき鋭意検討した結果、本発明者らは、脱分化細胞に特定の遺伝子を高発現させながら植物体へと再生させることにより、当該特定の遺伝子のプロモーターにメチル化状態変化を誘導できることを見出し、本発明を完成した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開公報第WO 2016/146552 A1 号
【文献】特開平03-280818号公報
【文献】特開平06-141718号公報
【文献】特開2002-315572号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Pieterse CM. (2012) Prime time for transgenerational defense. Plant Physiol. 158:545.
【文献】Ramirez-Prado JS, Abulfaraj AA, Rayapuram N, Benhamed M, Hirt H. (2018) Plant Immunity: From Signaling to Epigenetic Control of Defense. Trends Plant Sci. 23:833-844.
【文献】Wibowo A, Becker C, Durr J, Price J, Spaepen S, Hilton S, Putra H, Papareddy R, Saintain Q, Harvey S, Bending GD, Schulze-Lefert P, Weigel D, Gutierrez-Marcos J. (2018) Partial maintenance of organ-specific epigenetic marks during plant asexual reproduction leads to heritable phenotypic variation. Proc Natl Acad Sci U S A. 115:E9145-E9152.
【文献】Jiang C, Mithani A, Gan X, Belfield EJ, Klingler JP, Zhu JK, Ragoussis J, Mott R, Harberd NP. (2011) Regenerant Arabidopsis lineages display a distinct genome-wide spectrum of mutations conferring variant phenotypes. Curr Biol. 21:1385-1390.
【文献】Tsuji, G., N. Fujihara, C. Hirose, S. Tsuge, T. Shiraishi, and Y.Kubo. 2003. Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation for random insertional mutagenesis in Colletotrichum lagenarium. J. Gen. Plant Pathol. 69: 230-239.
【文献】Nagashima, K., Kasai, M., Nagata, S. and Kaziro, Y.: Structure of the two genes for the polypeptide chain elongation factor la (EF-I~) from Saccharomyces cerevisiae. Gene 45 (1986) 265-273.
【文献】Tosa Y, Hirata K, Tamba H, Nakagawa S, Chuma I, Isobe C, Osue J, Urashima AS, Don LD, Kusaba M, Nakayashiki H, Tanaka A, Tani T, Mori N, Mayama S. Genetic Constitution and Pathogenicity of Lolium Isolates of Magnaporthe oryzae in Comparison with Host Species-Specific Pathotypes of the Blast Fungus. Phytopathology (2004) 94:454-462.
【文献】大森 薫, 中島 三夫 イネいもち病菌の胞子形成に及ぼす光の影響 日本植物病理学会報 (1970) 36:319-324
【文献】Blackhall NW, Jotham JP, Azhakanandam K, Power JB, Lowe KC, Cocking EC, Davey MR. Callus initiation, maintenance, and shoot induction in rice. Methods MolBiol. 1999;111:19-29. Review.
【文献】Takatsuji H. Development of disease-resistant rice using regulatory components of induced disease resistance. Front Plant Sci. 2014 Nov 13;5:630. doi: 10.3389/fpls.2014.00630. eCollection 2014. Review.
【文献】Conesa A, Madrigal P, Tarazona S, Gomez-Cabrero D, Cervera A, McPherson A, Szczesniak MW, Gaffney DJ, Elo LL, Zhang X, Mortazavi A. A survey of best practices for RNA-seq data analysis. Genome Biol. 2016 Jan 26;17:13. doi:10.1186/s13059-016-0881-8. Review. Erratum in: Genome Biol. 2016;17(1):181.3
【文献】Krueger F, Andrews SR. (2011) Bismark: a flexible aligner and methylation caller for Bisulfite-Seq applications. Bioinformatics 27:1571-1572.
【文献】Thorvaldsdo´ttir H, Robinson JT, Mesirov JP (2013) Integrative Genomics Viewer (IGV): high-performance genomics data visualization and exploration. Brief Bioinform. 14:178-192.
【文献】Robledo-Paz A, Vazquez-Sanchez MN, Adame-Alvarez RM, Jofre-Garfias AE. Callus and suspension culture induction, maintenance, and characterization. Methods Mol Biol. 2006;318:59-70.
【文献】Yang YW, Chen HC, Jen WF, Liu LY, Chang MC. Comparative Transcriptome Analysis of Shoots and Roots of TNG67 and TCN1 Rice Seedlings under Cold Stress and Following Subsequent Recovery: Insights into Metabolic Pathways, Phytohormones, and Transcription Factors. PLoS One. 2015 Jul 2;10(7):e0131391.
【文献】Magome H, Yamaguchi S, Hanada A, Kamiya Y, Oda K. (2008) The DDF1 transcriptional activator upregulates expression of a gibberellin-deactivating gene, GA2ox7, under high-salinity stress in Arabidopsis. Plant J. 56:613-26.
【文献】Krishnamurthy P, Mohanty B, Wijaya E, Lee DY, Lim TM, Lin Q, Xu J, Loh CS, Kumar PP. (2017) Transcriptomics analysis of salt stress tolerance in the roots of the mangrove Avicennia officinalis. Sci Rep. 7:10031.
【文献】Zhou Y, Yang, Cui F, Zhang F, Luo X, Xie J. (2016) Transcriptome Analysis of Salt Stress Responsiveness in the Seedlings of Dongxiang Wild Rice (Oryza rufipogon Griff.) PLoS One. 11:e0146242.
【文献】Baldoni E, Bagnaresi P, Locatelli F, Mattana M, Genga A. (2016) Comparative Leaf and Root Transcriptomic Analysis of two Rice Japonica Cultivars Reveals Major Differences in the Root Early Response to Osmotic Stress. Rice (N Y). 9:25.
【文献】Iwai T, Seo S, Mitsuhara I, Ohashi Y. Probenazole-induced accumulation of salicylic acid confers resistance to Magnaporthe grisea in adult rice plants. Plant Cell Physiol. 2007 Jul;48(7):915-24.
【文献】Bektas Y, Eulgem T. Synthetic plant defense elicitors. Front Plant Sci. 2015 Jan 26;5:804. doi: 10.3389/fpls.2014.00804. eCollection 2014. Review.
【文献】Shimono M, Sugano S, Nakayama A, Jiang CJ, Ono K, Toki S, Takatsuji H. Rice WRKY45 plays a crucial role in benzothiadiazole-inducible blast resistance. Plant Cell. 2007 Jun;19(6):2064-76.
【文献】Yasuda M. Regulation mechanisms of systemic acquired resistance induced by plant activators, J. Pestic. Sci. 2007 Volume 32, Issue 3, Pages 281-282, Released August 27, 2007, Online ISSN 1349-0923, Print ISSN 1348-589X, https://doi.org/10.1584/jpestics.32.281
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、興味の対象となる遺伝子の発現が誘導された非天然の植物およびその生産方法を提供することである。特に、本発明は、当該遺伝子の発現を誘導する刺激の非存在下においても、安定的に当該遺伝子の発現が誘導された非天然の植物およびその生産方法に関する。また、当該遺伝子の発現の誘導が、興味の対象となる植物の興味の対象となる形質を増強させる場合には、本発明は、当該形質が増強された非天然の植物およびその生産方法を提供する。
【0009】
本発明が解決しようとする別の課題は、興味の対象となる遺伝子のプロモーターにおいて人為的に脱メチル化などのメチル化状態変化が誘導された非天然の植物を提供することである。興味の対象となる遺伝子のプロモーターにおいてメチル化状態変化が誘導されることにより、当該遺伝子の発現が誘導され、興味の対象となる植物の興味の対象となる形質が増強される。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は以下の構成を有する。
[態様1]
以下の工程を含む、遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を生産する方法:
(1) 植物の一部を提供する工程;
(2) 前記植物の一部を脱分化誘導条件下で培養し、カルスを形成させる工程;
(3) 前記カルスを再分化誘導条件下で培養し、苗条を形成させる工程;
(A) 前記カルスに対して、刺激を提供する工程、ここで、当該刺激は、前記カルスの生存率を当該刺激を提供しない対照と比較して90%以下、91%以下、92%以下、93%以下、94%以下、好ましくは95%以下、96%以下、97%以下、98%以下、99%以下、最も好ましくは、100%以下に減少させない刺激である; 及び
(4) 前記苗条を培養して、前記刺激の非存在下で前記遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を得る工程、
ここで、工程(1)、(2)、(3)、及び(4)は、(1)、(2)、(3)、(4)の順に行われ、工程(A)は、工程(2)又は(3)の何れか又は両方において行われる、かつ、
工程(2)又は(3)において前記刺激に対する耐性を指標としたカルスの選抜は行わない。
[態様2]
前記刺激が、前記カルスにおいて前記遺伝子の発現を誘導する刺激である、態様1に記載の方法。
前記非天然の植物における前記の遺伝子の発現の誘導が、前記植物の興味の対象となる形質を増強させる、態様1に記載の方法。
[態様3]
前記工程(3)の後かつ前記工程(4)の前に、又は、前記工程(4)において以下の工程が行われる、態様1に記載の方法:
(B) 当該苗条を培養して得られた植物において、前記刺激の非存在下で、前記遺伝子の発現が誘導されていること、又は、前記形質が増強されていることを確認する工程。
[態様4]
以下の工程を含む、遺伝子の発現が誘導された非天然の植物の種子を生産する方法:
態様1に記載される方法の工程(1)、(2)、(3)、(A)、及び(4); 並びに
(5) 前記苗条を培養して得られた非天然の植物から種子を得る工程、
ここで、工程(1)、(2)、(3)、(4)、及び(5)は、(1)、(2)、(3)、(4)、(5)の順に行われ、工程(A)は、工程(2)又は(3)の何れか又は両方において行われる; かつ
当該種子を発芽させて得られる植物は、前記刺激の非存在下で前記遺伝子の発現が誘導されている非天然の植物である。
[態様5]
前記工程(5)の後に以下の工程が行われる、態様4に記載の方法:
(C) 当該種子を発芽させて得られた植物において、前記刺激の非存在下で、前記遺伝子の発現が誘導されていること、又は、興味の対象となる形質が増強されていることを確認する工程。
[態様6]
以下の工程を含む、遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を生産する方法:
態様1に記載される方法の工程(1)、(2)、(3)、(A)、及び(4); 並びに
(6) 工程(4)で得られた非天然の植物を栄養繁殖して、前記刺激の非存在下で前記遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を得る工程、
ここで、工程(1)、(2)、(3)、(4)、及び(6)は、(1)、(2)、(3)、(4)、(6)の順に行われ、工程(A)は、工程(2)又は(3)の何れか又は両方において行われる、かつ、工程(2)又は(3)において前記刺激に対する耐性を指標としたカルスの選抜は行わない。
[態様7]
以下の工程を含む、遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を生産する方法:
態様1の方法で得られた非天然の植物又は態様4の方法で得られた種子を発芽させて得られた非天然の植物を栄養繁殖して、前記刺激の非存在下で前記遺伝子の発現が誘導された非天然の植物を得る工程。
[態様8]
前記遺伝子が、前記植物の一部から形成されたカルスにおいて、前記刺激の非存在下では発現していない、態様1~6の何れかに記載の方法。
[態様9]
前記脱分化誘導条件下における培養が、2,4-Dichlorophenoxyacetic acid(2,4-D)、indole-3-acetic acid(IAA)、6-benzylaminopurine(6-BA)、又はtrans-zeatin(t-zeatin)を含有する培地の上又は中において行われる、態様1~8の何れかに記載の方法。
[態様10]
前記再分化誘導条件下における培養が、kinetin、IAA、6-BA、t-zeatin、又は1-Naphthaleneacetic acid(NAA)を含有する培地の上又は中において行われる、態様1~9の何れかに記載の方法。
[態様11]
前記形質は、前記刺激に対する耐性である、態様1~10の何れかに記載の方法。
[態様12]
前記刺激が低温処理であり、かつ、前記形質が低温耐性である、態様11に記載の方法。
[態様13]
前記形質は、前記刺激に対する耐性でない、態様1~10の何れかに記載の方法。
[態様14]
前記刺激がサリチル酸経路を活性化する抵抗性誘導剤による処理であり、かつ、前記形質が病原体に対する耐性である、態様13に記載の方法。
[態様15]
前記サリチル酸経路を活性化する抵抗性誘導剤がプロベナゾール(Probenazole; 3-prop-2-enoxy-1,2-benzothiazole 1,1-dioxide)である、態様14に記載の方法。
[態様16]
前記刺激が塩による処理であり、かつ、前記形質が耐塩性である、態様11に記載の方法。
[態様17]
前記植物がイネ科のイネである、態様1~16の何れかに記載の方法。
[態様18]
前記植物がナス科のタバコである、態様1~16の何れかに記載の方法。
[態様19]
前記植物がイネ科のイネであり、前記病原体がイネいもち病菌(Magnaporthe oryzae)又はイネ白葉枯病菌(Xanthomonas oryzae pv. oryzae)である、態様1~16の何れかに記載の方法。
[態様20]
前記植物がナス科のタバコであり、前記病原体が灰色かび病菌(Botrytis cinerea)又はタバコ野火病菌(Pseudomonas syringae pv. tomato)である、態様1~16の何れかに記載の方法。
[態様21]
遺伝子組換えの工程、又は、外来ベクターから遺伝子を発現させる工程を含まない、態様1~20の何れかに記載の方法。
[態様22]
以下の表から選択される少なくとも1つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のイネ科のイネ。
【表1A-1】
【表1A-2】
[態様23]
以下の表から選択される少なくとも1つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のイネ科のイネ。
【表2A】
[態様24]
以下の表から選択される少なくとも1つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のイネ科のイネ。
【表3A-1】
【表3A-2】
[態様25]
以下の表から選択される少なくとも1つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のナス科のトマト又はタバコ。
【表1B-1】
【表1B-2】
[態様26]
以下の表から選択される少なくとも1つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のナス科のトマト又はタバコ。
【表2B】
[態様27]
以下の表から選択される少なくとも1つの遺伝子の転写開始点から上流1kbまでのプロモータ―領域が脱メチル化されている、非天然のナス科のトマト又はタバコ。
【表3B-1】
【表3B-2】
[態様28]
病原体に対する耐性を有する、態様22に記載の非天然のイネ科のイネ又は態様25に記載の非天然のナス科のトマト又はタバコ。
[態様29]
低温耐性を有する、態様23に記載の非天然のイネ科のイネ又は態様26に記載の非天然のナス科のトマト又はタバコ。
[態様30]
耐塩性を有する、態様24に記載の非天然のイネ科のイネ又は態様27に記載の非天然のナス科のトマト又はタバコ。
[態様31]
前記少なくとも1つの遺伝子の発現が誘導されている、態様22~30の何れかに記載の非天然のイネ科のイネ又は非天然のナス科のトマト又はタバコ。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】プロベナゾール(PBZ)処理したカルス及び再生植物において、WRKY45遺伝子の発現が誘導されていることを示す図である。カルスのデータはカルス誘導培地上で処理後7日目の発現を示す。
図2】150-0系統において発現上昇した遺伝子のプロモーター領域において脱メチル化が生じていることを示す図である。一部の遺伝子のみを例示する。A: 0系統と比較してR-DR系統で発現上昇が認められた304遺伝子のプロモーター領域におけるメチル化変化。B, C: LOC_Os05g34270(B)およびLOC_Os05g34830(C)のプロモーター領域のメチル化状態。
図3】病害抵抗性に関与するLOC_Os05g47770、低温耐性に関与するLOC_Os02g52210、及び塩耐性に関与するLOC_Os05g38530の約1kbのプロモーター領域のゲノム配列を、日本晴(NB)、コシヒカリ(Koshi)、RP Bio-226、及びShuhui498についてマルチプルアライメントを行った結果を示す図である。
図4】脱分化又は再分化過程のイネカルスをプロベナゾール処理した再生系統植物が、いもち病抵抗性を示すことを示す図である。A: 日本晴(NB)および抵抗性誘導剤処理せずに再生させた個体(0-X)と比較して、抵抗性誘導剤処理とともに再生させたR-DR個体(R-DR-X)では、葉鞘におけるイネいもち病菌の菌糸伸長が阻害され、日本晴に比べ有意ないもち病抵抗性を示した(P<0.05)。系統を示す最後の数字は独立に再生した個体の番号を示す。葉鞘におけるイネいもち病菌の菌糸伸長が阻害され、日本晴に比べ有意ないもち病抵抗性を示した(P<0.05)。系統を示す最後の数字は独立に再生した個体の番号を示す。B: イネ葉鞘におけるGFP発現イネいもち病菌の菌糸伸長。R-DR系統では、日本晴(NB)や0-Xに比べていもち病菌の菌糸伸長が阻害されており、いもち病抵抗性を示した。
図5】R-DR系統のいもち病抵抗性が、継代3世代目(R2)まで遺伝することを示す図である。A: 日本晴(NB)および抵抗性誘導剤処理せずに再生させた系統(0-X)の後代(第3世代)と比較して、抵抗性誘導剤処理とともに再生させたR-DR系統(R-DR-X)の後代では、葉鞘におけるイネいもち病菌の菌糸伸長が阻害され、日本晴に比べ有意ないもち病抵抗性を示し(P<0.05)、獲得された抵抗性は維持された。系統を示す最後の数字は独立に再生した個体の番号を示す。B: 抵抗性誘導剤処理したイネ葉鞘ではイネいもち病菌の菌糸伸長が阻害され、有意ないもち病抵抗性を示した(P<0.05)。
図6】R-DR系統のいもち病抵抗性が、継代3世代目(R2)以降にも遺伝することを示す図である。日本晴(NB)および抵抗性誘導剤処理せずに再生させた系統(0-X)の後代(R2~R4)と比べR-DR系統(R-DR-X)の後代では、葉鞘におけるイネいもち病菌の菌糸伸長が阻害され、日本晴に比べ有意ないもち病抵抗性を示し(P<0.05)、獲得された抵抗性は少なくとも5世代目まで安定的に遺伝した。系統を示す最後の数字は独立に再生した個体の番号を示す。
図7】脱分化過程のイネカルスをプロベナゾール処理した再生系統植物(150-0系統)が、イネ白葉枯病菌抵抗性を示すこと及びイネをプロベナゾール処理した場合と同等以上の抵抗性を示すことを示す図である(*: P<0.05)。
図8】脱分化又は再分化過程のベンサミアナタバコカルスをプロベナゾール処理した再生系統植物が、灰色かび病菌抵抗性及びタバコ野火病菌抵抗性を示すことを示す図である。A: ベンサミアナタバコ野生型(WT)および抵抗性誘導剤処理せずに再生させた系統(0d)の再生当代(R0)と比較して、抵抗性誘導剤処理とともに再生させた系統(7d)のR0では、灰色かび病の病斑拡大が阻害され、WTに比べ有意な抵抗性を示した(*: P<0.05、**: P<0.01)。B: ベンサミアナタバコ野生型(WT)と比較して、抵抗性誘導剤処理とともに再生させた系統(7dおよび14d)のR1では、灰色かび病の病斑拡大が阻害され、WTに比べ有意な抵抗性を示し(P<0.05)、獲得された抵抗性は次世代まで維持された。C: ベンサミアナタバコ野生型(WT)と比較して、抵抗性誘導剤処理とともに再生させた系統(7d、14dおよび21d)のR0では、タバコ野火病細菌の増殖が阻害され、WTに比べ有意な抵抗性を示した(P<0.05)。エピジェネティック変異の方向づけにより付与された病害抵抗性は幅広い病原体に抵抗性を示すことが示唆された。
図9】脱分化過程のイネカルスを低温処理した再生系統植物が、低温耐性を示すことを示す図である。A: 日本晴(NB)および常温処理下で再生させた系統(7d-28)の第2世代(R1)と比較して、低温処理下で再生させた系統(7d-4)のR1では、低温処理後に認められる葉身の白化が抑制され、直立した葉身が多く観察された。B: 日本晴(NB)、常温処理下で再生させた系統(7d-28-X)の第2世代(R1)および低温処理下で再生させた系統(7d-4-X)のR1における低温処理後のSES。7d-4-3および7d-4-5では、NBに比べてSESの増加が有意に抑制され(P<0.05)、低温耐性を示した。系統を示す最後の数字は独立に再生した個体の番号を示す。C: 日本晴(NB)、常温処理下で再生させた系統(7d-28-X)の第2世代(R1)および低温処理下で再生させた系統(7d-4-X)のR1における低温処理後の生存率。7d-4-3および7d-4-5では、NBに比べ生存率が有意に高く(P<0.05)、低温耐性を示した。系統を示す最後の数字は独立に再生した個体の番号を示す。
図10】日本晴(NB)、無処理下で再生させた系統(Na-0)、及び100mM NaCl処理下で再生させた系統(Na-100)の第2世代(R1)の種子を、100mM NaClを添加した0.7%寒天上で7日間培養し、根の伸長量を測定した結果を示す図である(n=5)。
図11】脱分化・再分化過程でプロベナゾール以外の抵抗性誘導剤を処理した再生系統植物もいもち病抵抗性を獲得することを示す図である。A: 抵抗性誘導剤で処理せずに再生させた対照個体(C)と比較して、各抵抗性誘導剤とともに再生させた再生個体(PBZ: 150μMプロベナゾール処理個体、BTH: 150μMアシベンゾラルSメチル処理個体、SA: 1mMサリチル酸処理個体、TDN: 150μMチアジニル処理個体、CICA: 150μMイソチアニル処理個体)では、葉鞘におけるイネいもち病菌の菌糸伸長が阻害され、有意ないもち病抵抗性を示した(P<0.05)。B: 日本晴(NB)および抵抗性誘導剤処理をせずに再生させた系統(C)の後代(第3世代;R2)と比較して、各抵抗性誘導剤処理した系統(PBZ-X: 150μMプロベナゾール処理系統、BTH-X: 150μMアシベンゾラルSメチル処理系統、SA-X: 1mMサリチル酸処理系統、TDN-X: 150μMチアジニル処理系統、CICA-X: 150μMイソチアニル処理系統)の後代(R2)では、葉鞘におけるイネいもち病菌の菌糸伸長が阻害され、日本晴に比べ有意ないもち病抵抗性を示し(P<0.05)、獲得された抵抗性は後代に遺伝した。各系統を示す最後の数字は独立に得られた系統の番号を示す。
図12】脱分化・再分化過程でプロベナゾール処理した再生トマト系統(PBZ_2W)は灰色かび病抵抗性を獲得することを示す図である。A、B、C: トマト葉における灰色かび病斑(破線で囲まれた部分)拡大の阻害。プロベナゾール処理系統(PBZ_2W-2)では、親系統(WT)や対照系統(C_2W-2)に比べて病斑拡大が阻害されており、抵抗性を示した。D: トマト親系統(WT)および抵抗性誘導剤処理せずに再生させた対照系統(C_2W-2およびC_2W-3)と比較して、抵抗性誘導剤処理とともに再生させた系統(PBZ_2W-3およびPBZ_2W-13)では、灰色かび病の病斑拡大が阻害され、WTに比べ有意な灰色かび病抵抗性を示した(*;P<0.05)。系統を示す最後の数字は独立に再生した系統の番号を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[定義]
【0013】
植物: 本明細書で「植物」又は「興味の対象となる植物」というときは、脱分化したカルスを植物体の一部から誘導することができる植物を意味し、特に、イネ科であるイネ及びナス科であるタバコ及びトマトを含む。本発明の一態様において、植物は、単子葉類又は双子葉類である。本発明の一態様において、単子葉類はイネ目である。本発明の一態様において、イネ目がイネ科である。本発明の一態様において、双子葉類はナス目である。本発明の一態様において、ナス目はナス科である。本発明の一態様において、ナス科はナス属又はタバコ属である。本発明の一態様において、双子葉類はアブラナ目である。本発明の一態様において、アブラナ目はアブラナ科である。また、本明細書で「植物」又は「興味の対象となる植物」の「一部」というときは、植物体の根、茎、葉、花、果実、胚軸、及び苗条、のうち少なくとも1つを意味する。本発明の一態様において、「植物」又は「興味の対象となる植物」の「一部」には、種子を含まない。
【0014】
栄養繁殖: 本明細書で「栄養繁殖」というときは、種子以外の器官による繁殖を栄養繁殖(vegetative propagation)という。栄養繁殖には、塊根、塊茎、球茎、鱗茎などの繁殖体を通して繁殖する場合と、挿し木、接ぎ木、根さしや葉さしの他、組織培養などの人為的増殖を含む(西尾剛 他著、植物育種学第4版、2013、文永堂出版、参照)。栄養繁殖の方法と植物の組合せの例は以下の通りである。塊根: サツマイモ、ダリア。塊茎: ジャガイモ、キクイモ。球茎: サトイモ、コンニャク。鱗茎: タマネギ、チューリップ。挿し木: 枝を用いる他に根や葉を用いることがある。枝さし: イチジク、ブルーベリー。根さし: クワ、サンセベリア。葉さし: アロエ等の多肉植物。接ぎ木: トマト、スイカ、リンゴ等の果樹。
【0015】
遺伝子: 本明細書で「遺伝子」又は「興味の対象となる遺伝子」というときは、その発現の誘導が植物の特定の形質を増強できる遺伝子であることが好ましく、特に、構成的発現遺伝子以外の遺伝子であることが好ましい。これらの遺伝子の例としては、イネ及びタバコに病害抵抗性を付与することが報告されているWRKY45遺伝子、及び、イネに低温耐性を付与することが報告されているLOC_Os09g28440、LOC_Os09g35020、LOC_Os10g41330、LOC_Os02g54050、LOC_Os01g61080、LOC_Os03g53020、LOC_Os04g43680、及びLOC_Os06g51260、イネに耐塩性を付与することが報告されているLOC_Os05g48700、LOC_Os05g38530、LOC_Os01g64360、LOC_Os02g52670、及びLOC_Os08g29660、並びに、それらに対応するトマト及びタバコにおけるホモログが挙げられる。
【0016】
病害抵抗性を付与する遺伝子の別の例としては、本願実施例の病害抵抗性のイネにおいて実際に有意(False Discovery Rate (FDR)>0.05)な発現上昇が確認された、表1Aに列挙する遺伝子及びそれらに対応する表1Bに列挙するトマト及びタバコにおけるホモログが挙げられる。
【0017】
低温耐性を付与する遺伝子の別の例としては、本願実施例の低温耐性のイネにおいて実際に有意(False Discovery Rate (FDR)>0.05)な発現上昇が確認された、表2Aに列挙する遺伝子及びそれらに対応する表2Bに列挙するトマト及びタバコにおけるホモログが挙げられる。
【0018】
塩耐性を付与する遺伝子の例としては、本願実施例の塩耐性のイネにおいて実際に有意(False Discovery Rate (FDR)>0.05)な発現上昇が確認された、表3Aに列挙する遺伝子及びそれらに対応する表3Bに列挙するトマト及びタバコにおけるホモログが挙げられる。
【0019】
脱分化誘導条件: 本明細書で「脱分化誘導条件下で培養」するというときは、2,4-Dichlorophenoxyacetic acid(2,4-D)、indole-3-acetic acid(IAA)、6-benzylaminopurine(6-BA)やtrans-zeatin(t-zeatin)などの脱分化誘導剤の存在下で培養することを意味し、より具体的には、2,4-D、IAA、6-BAやtrans-zeatinなどを含有する培地の上又は中において培養することを意味する。脱分化誘導剤の使用濃度は当業者が適宜決定できるが、典型的には、最終濃度で0.01mg/L~2mg/Lであり、例えば、0.00125~10.24mg/L、0.0025~5.12mg/L、0.005~2.56mg/L、0.01~1.28mg/L、0.02~0.64mg/L、0.04~0.32mg/L、又は0.08~0.16mg/Lである。本発明の一態様において、「脱分化誘導条件下で培養」する期間は、1日~60日、2日~59日、3日~58日、4日~57日、5日~56日、6日~55日、7日~54日、8日~53日、9日~52日、10日~51日、11日~50日、12日~49日、13日~48日、14日~47日、15日~46日、16日~45日、17日~44日、18日~43日、19日~42日、20日~41日、21日~40日、22日~39日、23日~38日、24日~37日、25日~36日、26日~35日、27日~34日、28日~33日、29日~32日、又は30日~31日、あるいは、1日、2日、3日、4日、5日、6日、7日、8日、9日、10日、11日、12日、13日、14日、15日、16日、17日、18日、19日、20日、21日、22日、23日、24日、25日、26日、27日、28日、29日、30日、31日、32日、33日、34日、35日、36日、37日、38日、39日、40日、41日、42日、43日、44日、45日、46日、47日、48日、49日、50日、51日、52日、53日、54日、55日、56日、57日、58日、59日、又は60日である。
【0020】
再分化誘導条件: 本明細書で「再分化誘導条件下で培養」するというときは、kinetin、IAA、6-BA、t-zeatinや1-Naphthaleneacetic acid(NAA)などの再分化誘導剤の存在下で培養することを意味し、より具体的には、kinetinなどを含有する培地の上又は中において培養することを意味する。再分化誘導剤の使用濃度は当業者が適宜決定できるが、典型的には、最終濃度で0.01mg/L~2mg/Lであり、例えば、0.00125~10.24mg/L、0.0025~5.12mg/L、0.005~2.56mg/L、0.01~1.28mg/L、0.02~0.64mg/L、0.04~0.32mg/L、又は0.08~0.16mg/Lである。本発明の一態様において、「再分化誘導条件下で培養」する期間は、1日~60日、2日~59日、3日~58日、4日~57日、5日~56日、6日~55日、7日~54日、8日~53日、9日~52日、10日~51日、11日~50日、12日~49日、13日~48日、14日~47日、15日~46日、16日~45日、17日~44日、18日~43日、19日~42日、20日~41日、21日~40日、22日~39日、23日~38日、24日~37日、25日~36日、26日~35日、27日~34日、28日~33日、29日~32日、又は30日~31日、あるいは、1日、2日、3日、4日、5日、6日、7日、8日、9日、10日、11日、12日、13日、14日、15日、16日、17日、18日、19日、20日、21日、22日、23日、24日、25日、26日、27日、28日、29日、30日、31日、32日、33日、34日、35日、36日、37日、38日、39日、40日、41日、42日、43日、44日、45日、46日、47日、48日、49日、50日、51日、52日、53日、54日、55日、56日、57日、58日、59日、又は60日である。
【0021】
カルス: 本明細書で「カルス」というときは、典型的には、固形培地上等で培養されている分化していない状態の植物細胞の塊を意味する。カルスは、脱分化状態である限りにおいて、脱分化誘導培地(カルス誘導培地)上だけでなく、再分化培地上においても存在し得る(例えば、再分化培地の上に置いた直後)ことは当業者が理解するであろう。
【0022】
刺激: 本明細書において「刺激」というときは、低温処理のような物理的刺激やプロベナゾール、アシベンゾラルSメチル、チアジニル、イソチアニル、サリチル酸等の抵抗性誘導剤(本明細書において、「抵抗性誘導剤(inducer of resistance)」という用語は「植物免疫誘導剤(plant immunity inducer)」という用語と同義で用いる)による処理のような化学的刺激を意味する。但し、ある刺激が物理的であるか、又は、化学的であるかの区別は厳密ではなく、本件発明において本質的ではないことは当業者が理解するであろう。興味の対象となる遺伝子の発現を誘導する限りにおいて、ある物理的又は化学的刺激は、別の物理的又は化学的刺激と等価である。本発明の一態様において、プロベナゾールの最終濃度は、10~1000μM、10~500μM、20~400μM、20~300μM、30~100μM、又は30~70μMである。本発明の一態様において、低温処理は、前記カルスの生育限界温度の下限より少なくとも5℃、少なくとも6℃、少なくとも7℃、少なくとも8℃、少なくとも9℃、少なくとも10℃、少なくとも11℃、少なくとも12℃、少なくとも13℃、少なくとも14℃、少なくとも15℃、少なくとも16℃、少なくとも17℃、少なくとも18℃、少なくとも19℃、又は少なくとも20℃高い温度で行われる。本発明の一態様において、塩は、10~1000mM、20~800mM、50~400mM、又は100~200mMの塩化ナトリウムである。
【0023】
選抜: 本明細書において、カルスの「選抜」というときは、例えば、カルスを低温処理して低温耐性のカルスを選抜すること、カルスを一定期間低温処理した後に常温で生育するカルスを選抜すること、カルスを薬剤を含有する選抜培地にて培養して当該薬剤に対する耐性を示すカルスを選抜すること、などを意味する。
【0024】
形質: 本明細書において「興味の対象となる形質を増強させる」というときは、病原体に対する耐性が増強すること、低温耐性が増強すること、及び耐塩性が増強することを含む。病原体としては、イネいもち病菌、イネ白葉枯病菌、灰色かび病菌、タバコ野火病菌などが挙げられる。
【0025】
脱メチル化: 本発明の一態様において、ある非天然の植物の遺伝子のプロモーター領域が「脱メチル化」されているというときは、その非天然の植物の当該領域を、これと同一の遺伝的背景を有する天然の植物の当該領域と比較した場合に、天然の植物においてメチル化されているシトシン残基の少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%、又は少なくとも95%について、その非天然の植物の対応するシトシン残基においては脱メチル化されていることを意味する。本発明の別の態様において、ある非天然の植物の遺伝子の転写開始点から上流1kbのプロモーター領域が「脱メチル化」されているというときは、当該領域のシトシン残基の30%以下、20%以下、10%以下、又は5%以下のシトシン残基がメチル化されていることを意味する。また、本発明の一態様において、ある非天然の植物の遺伝子の「プロモーター領域」とは、当該遺伝子の転写開始点から上流300baseの領域、当該遺伝子の転写開始点から上流500baseの領域、転写開始点から上流1kbの領域、転写開始点から上流2kbの領域、転写開始点から上流3kbの領域、転写開始点から上流4kbの領域、転写開始点から上流5kbの領域、好ましくは、転写開始点から上流1kbの領域を意味する。
【0026】
少なくとも1つの遺伝子: 本明細書において「少なくとも1つの遺伝子」というときは、少なくとも1、少なくとも2、少なくとも3、少なくとも4、少なくとも5、少なくとも6、少なくとも7、少なくとも8、少なくとも9、少なくとも10、少なくとも11、少なくとも12、少なくとも13、少なくとも14、少なくとも15、少なくとも16、少なくとも17、少なくとも18、少なくとも19、少なくとも20、少なくとも21、少なくとも22、少なくとも23、少なくとも24、少なくとも25、少なくとも26、少なくとも27、少なくとも28、少なくとも29、少なくとも30、少なくとも31、少なくとも32、少なくとも33、少なくとも34、少なくとも35、少なくとも36、少なくとも37、少なくとも38、少なくとも39、少なくとも40、少なくとも41、少なくとも42、少なくとも43、少なくとも44、少なくとも45、少なくとも46、少なくとも47、少なくとも48、少なくとも49、少なくとも50、少なくとも51、少なくとも52、少なくとも53、少なくとも54、少なくとも55、少なくとも56、少なくとも57、少なくとも58、少なくとも59、少なくとも60、少なくとも61、少なくとも62、少なくとも63、少なくとも64、少なくとも65、少なくとも66、少なくとも67、少なくとも68、少なくとも69、少なくとも70、少なくとも71、少なくとも72、少なくとも73、少なくとも74、少なくとも75、少なくとも76、少なくとも77、少なくとも78、少なくとも79、少なくとも80、少なくとも81、少なくとも82、少なくとも83、少なくとも84、少なくとも85、少なくとも86、少なくとも87、少なくとも88、少なくとも89、少なくとも90、少なくとも91、少なくとも92、少なくとも93、少なくとも94、少なくとも95、少なくとも96、少なくとも97、少なくとも98、少なくとも99、又は少なくとも100の遺伝子という意味を含む。また、本明細書において「少なくとも1つの遺伝子」というときは、1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個、11個、12個、13個、14個、15個、16個、17個、18個、19個、20個、21個、22個、23個、24個、25個、26個、27個、28個、29個、30個、31個、32個、33個、34個、35個、36個、37個、38個、39個、40個、41個、42個、43個、44個、45個、46個、47個、48個、49個、50個、51個、52個、53個、54個、55個、56個、57個、58個、59個、60個、61個、62個、63個、64個、65個、66個、67個、68個、69個、70個、71個、72個、73個、74個、75個、76個、77個、78個、79個、80個、81個、82個、83個、84個、85個、86個、87個、88個、89個、90個、91個、92個、93個、94個、95個、96個、97個、98個、99個、又は100個の遺伝子という意味を含む。
【実施例
【0027】
[実施例1]
【0028】
イネカルスのプロベナゾール処理による病害抵抗性イネ系統(R-DR系統)の作出と病害抵抗性表現型の遺伝的安定性
【0029】
材料及び方法
【0030】
植物
【0031】
植物には、イネ(Oryza sativa cv. Nipponbare; イネ品種:日本晴)を用いた。
【0032】
イネの種子を滅菌し、蒸留水で湿らせたろ紙(55mm径)を敷いたガラスシャーレ(60mm径)に種子を均一に広げ、24時間明期の人工気象器中で3日間培養することにより、催芽処理を行った。培養土バーミキュライトをセルトレイに入れ、催芽処理を行った種子を各セルに1粒ずつ播種した。セルトレイは水受けの上に置き、常にイオン交換水が満たされた状態下、28℃の室温、または28℃、16時間暗期、8時間明期の人工気象室中で育成した。
【0033】
【0034】
イネに接種する菌として、抵抗性を定量化するために、pBIG2RHPH2プラスミド(非特許文献5参照)のEcoRI、ClaIサイトに酵母のTEFプロモーター(非特許文献6)および緑色蛍光タンパク質(GFP)を挿入したプラスミドを用いて形質転換したイネいもち病菌(Magnaporthe grisea strain K-06)を用いた。
【0035】
菌の培養は以下の方法で行った。オオムギ穀粒培地(20ml試験管にオオムギ種子約4mlと0.5%ショ糖液約1.5mlを入れ、オーバーナイトで膨潤させた後オートクレープで121℃、20分間滅菌。非特許文献7参照)にて保存している、いもち病菌を、スラント上のPDA斜面培地(Potato Dextrose Broth(Difco、米国)2.4 g、Agar 1.5 g、蒸留水 100 ml)に植菌し、25℃で7日間培養した。培地表面に伸びた菌糸から菌体を切り出し、PDA平面培地(組成は斜面培地と同じ)に植菌し25℃で7日間培養した。培地表面に伸びた菌糸から菌体をPDA培地ごと切り出して、胞子形成用のオートミール平面培地(非特許文献8参照)上に植菌し、25℃で7日間培養した。培地の表面に滅菌水を10ml注ぎ、滅菌した筆で気中菌糸を掻き取った後、菌糸懸濁液を除去し、25℃で7日間培養して胞子を形成させた。
【0036】
イネいもち病菌の接種に用いる胞子懸濁液は以下の方法で調整した。オオムギ穀粒培地に保存されたいもち病菌をPDA斜面培地に植菌し、25℃で7日間培養した。培地表面に伸びた菌糸から菌体をPDA培地ごと切り出し、PDA平面培地に植菌し、25℃で7日間培養した。培地表面に伸びた菌糸から菌体をPDA培地ごと切り出し、胞子形成用のオートミール平面培地に植菌し、25℃で7日間培養した。オートミール培地の表面に滅菌水を10ml注ぎ、気中菌糸を掻き取った後、菌糸懸濁液を除去した。通気穴を開けたサランラップ(登録商標)で蓋をして、25℃で7日間培養して胞子を形成させた。胞子を形成させたオートミール培地の表面に滅菌水を5ml注ぎ、胞子を掻き取り、懸濁液を15mlコニカルチューブに移した。滅菌水を10mlになるように加えて、2000×g、室温で2分間遠心分離した後、上清を除く操作を5回繰り返して夾雑物を除去した。胞子濃度が5.0×105 conidia/mlとなるように滅菌後の0.1%寒天水を加え、接種用胞子縣濁液とした。
【0037】
イネ白葉枯病の接種実験には、白葉枯病菌(Xanthomonas oryzae pv. oryzae)を用いた。それぞれの菌のフリーズストックをPS培地[1%(v/v)peptone、0.5%(v/v)sucrose、1%(v/v)グルタミン酸ナトリウム、1.5%(v/v)agar]に画線し、28℃で5日間培養した。
【0038】
培地等
【0039】
イネ脱分化誘導培地の組成は以下の通りである。
【表4】
【0040】
イネ再分化誘導培地の組成は以下の通りである。
【表5】
【0041】
イネ発根培地の組成は以下の通りである。
【表6】
【0042】
イネカルスにおける防御関連遺伝子WRKY45の発現誘導
【0043】
評価対象の植物材料としては、イネ(Oryza sativa cv. Nipponbare; イネ品種: 日本晴)を用いた。籾を除去した日本晴の種子を70%エタノールで殺菌し、イネ脱分化誘導培地上に25粒ずつ胚が培地表面から外に出るように差し込み、26℃、60μmol photon/m2s、24時間明期の人工気象器内で、カルスが形成されるまで培養した(非特許文献9参照)。
【0044】
形成されたカルスを新しいイネ脱分化誘導培地上あるいは防御関連遺伝子WRKY45を発現誘導すること(非特許文献10)が知られているプロベナゾールの最終濃度が50、100、又は150μMとなるようにオリゼメート粒剤(有効成分プロベナゾール24%含有。Meiji Seikaファルマ株式会社;農林水産省登録 第19541号)を加えたイネ脱分化誘導培地上に移植し、7日間同条件の人工気象器内で培養した。プロベナゾールは、イネのサリチル酸経路の活性化を介してWRKY45等の防御関連遺伝子の発現を誘導し、イネにいもち病菌等に対する耐性を付与することが知られている(非特許文献10)。イネ脱分化誘導培地(カルス誘導培地)上でプロベナゾール処理後7日目のカルスにおいて、RNA-seqを用いた網羅的遺伝子発現解析を行って、実際にWRKY45遺伝子の発現が誘導されていることを確認した。図1を参照のこと。
【0045】
カルスをイネ植物体に再生させるため、培地上で増殖したカルスをイネ再分化誘導培地あるいはプロベナゾールの最終濃度が50、100、又は150μMとなるようにオリゼメート粒剤を加えたイネ再分化誘導培地に移植し、同条件の人工気象器内で、シュート(苗条)が形成されるまで培養した。
【0046】
再分化したシュートをプラントボックス内のイネ発根培地に移し、発根した植物が形成されるまで、同条件の人工気象器内で培養した。再生したイネ植物を栽培土に移植し、プラスチックカップ(直径8cm、深さ12cm)内で外気に馴化させた。馴化処理後、植物をセルトレイに移植し、水受けの上で常にイオン交換水が満たされた状態とし、28℃の室温で育成した。得られた当代の再生イネ個体(R0)の自殖により得られた種子をR1種子とした。更に、同様の継代を繰り返し、R2、R3、及びR4の種子を得た。イネカルスを上記のように脱分化状態又は再生過程あるいはその両方において50~150μMのプロベナゾールで処理し、植物体に再生させて得られたイネ系統をR-DR系統と呼ぶ。また、イネ脱分化誘導培地上で50、100、150μMプロベナゾール処理したカルスから得られた再生個体を、それぞれ、50-0系統、100-0系統、150-0系統と呼び、イネ再分化誘導培地上で50、100、150μMプロベナゾール処理したカルスから得られた再生個体を、それぞれ、0-50系統、0-100系統、0-150系統と呼ぶ。プロベナゾール処理しなかったカルスから得られた再生個体は、0-0系統と呼ぶ。
【0047】
イネ遺伝子発現の網羅的解析
【0048】
RNA-seq法によりイネ遺伝子発現を網羅的に解析した。人工気象室で生育させた3週齢、無処理のイネ植物体より、以下の方法に従い全RNAを抽出した。抽出用バッファーとしてRNAすいすいP(製品番号RS-0002N、リーゾ、つくば市)を用いた。サンプルをそれぞれ500μLのRNAすいすいPと20μLのメルカプトエタノールを入れたサンプルチューブに加え、Fast-Prep (FP120; Thermo Scientific Savant、米国)を用いで完全に摩砕した後、キットに添付のプロトコルに従って全RNAを抽出した。抽出した全RNAの品質を確認するため、2100 Bio-analyzer 電気泳動システム (Agilent、米国)を用いた。Ribo-Zero rRNA Removal Kit (Plant leaf)(製品番号RZPL11016、illumina、米国)を用い、キットのマニュアルに従って、2~3mgの全RNAから細胞質、ミトコンドリア、および葉緑体のリボソームRNAを除去した。AB Library BuilderTM System (Thermo Fisher Scientific、米国)およびIon RNA-Seq for AB Library BuilderTM System (製品番号4463794、Thermo Fisher Scientific、米国)を用い、キットのマニュアルに従って、精製したRNAからcDNAライブラリーを作製した(以下、次世代シーケンサー解析に用いたキットおよび機器は全てThermo Fisher Scientific製)。Ion ChefTM Instrument (製品番号4484177)およびIon PITM Hi-QTM Chef Kit (製品番号A27198)をマニュアルに従って用い、エマルジョンPCRによりマイクロビーズにcDNAをクローニングした。さらに、Ion ChefTM Instrumentを用いて作製したマイクロビーズをIon PITM Chipに充填し、次世代シーケンサーIon ProtonTMを用いてDNA配列を解析した。
【0049】
得られたデータは、専用ソフトウェア(Torrent Suite 5.4.0、Thermo Fisher Scientific、米国)を用いてfastqファイル形式に変換し、次世代シーケンサーデータ解析ソフトウェアCLC Genomics Workbench Ver10.1.1(QIAGEN bioinformatics、米国)のRNA-Seq Analysisを用いてイネの参照配列(Os-Nipponbare-Reference-IRGSP-1.0 <https://rapdb.dna.affrc.go.jp/download/irgsp1.html>)に整列化した。さらに、RNA-Seq Analysisおよび遺伝子定義情報(MSU Rice Genome Annotation Project Release 7 <http://rice.plantbiology.msu.edu/>)を用いて、各遺伝子にマップされたリードの計数、データの正規化および統計解析を行った。各遺伝子の発現値としてReads Per Kilobase of gene per Million mapped sequence reads(RPKM)値(非特許文献11参照)を求めるとともに、サンプル間における遺伝子発現の多重比較のために偽発見率(False Discovery Rate; FDR)を求めた。FDRが0.05以下である場合を有意な差と見なし、試料間で有意な発現変動のあった遺伝子群(Differentially Expressed Genes; DEG)を抽出した。DEGの機能的特徴を明らかにするため、AgriGO v2(<http://systemsbiology.cau.edu.cn/agriGOv2/index.php>)を用いて遺伝子オントロジーエンリッチメント解析(Gene Ontology Enrichment Analysis)を行った。
【0050】
イネの全ゲノムDNAメチル化解析
【0051】
全ゲノムメチル化解析は次世代シーケンサー(Ion ProtonTM System、Thermo Fisher Scientific、米国)を用いた。イネ植物体からゲノムDNAを抽出するためにNucleoSpin(登録商標) Plant II (製品番号740770、MACHEREY-NAGEL GmbH & Co. KG、ドイツ)を用いた。抽出したゲノムDNAの非メチル化シトシンをウラシルに変換するため、EZ DNA methylation Kit(製品番号D5001、ZYMO RESEARCH、米国)を用いて、16時間バイサルファイト反応を行った。また、バイサルファイト変換の効率をモニターするためのコントロールとしてLambda DNAを用いた。ライブラリーを作成するために、EpiNext Post-Bisulfite DNA Library Preparation Kit(製品番号P-1055-12、Epigentek 米国)を用いてバイサルファイト処理でランダムに切断された一本鎖DNAを二本鎖に戻した。AB Library BuilderTMおよびIon Plus Fragment Library Kit for AB Library BuilderTM System (製品番号4477597、 Thermo Fisher Scientific、米国)を用い、キットのマニュアルに従って、抽出したDNAからゲノムライブラリーを作製した。Ion ChefTMシステムおよびIon PITM Hi-QTM Chef Kit をマニュアルに従って用い、エマルジョンPCRによりマイクロビーズにDNA断片をクローニングした。さらに、Ion Chef システムを用いて、作製したマイクロビーズをIon PI Chipに充填し、次世代シーケンサーIon Protonを用いてDNA配列を解析した。
【0052】
得られた塩基配列データは、全ゲノムバイサルファイトシーケンス解析ソフトウェアBismark 0.15.0 (非特許文献12)を用いてイネの参照配列(Os-Nipponbare-Reference-IRGSP-1.0)に整列化し、bam形式のファイルを生成した。参照配列に整列化されたリード情報からbismark_methylation_extractor (<https://www.bioinformatics.babraham.ac.uk/projects/bismark/>)を用いてCG、CHGおよびCHHモチーフごとに1塩基毎のメチル化率を算出し、bismark2bedGraphを用いてbedgraphファイルに変換した。各bedgraphファイルは、Integrative Genomics Viewer (IGV; 非特許文献13)上で可視化し、遺伝子のプロモーター領域のメチル化状態を解析した。
【0053】
イネの病害抵抗性評価
【0054】
いもち病菌の接種および抵抗性の評価は以下のとおり行った。3週齢のイネ幼苗から第2葉鞘上部を5cmの長さに切り取り、葉鞘内腔にいもち病菌胞子懸濁液を注入した。ガラスシャーレ(60mm径)にろ紙(55mm径)を敷き、滅菌水4mlを加え、接種した葉鞘を置いて22℃で48時間培養した。葉鞘の両端1cmを除去後に葉鞘を縦方向に二分割し、葉鞘内腔を蛍光顕微鏡(Axioskop 2 Plus; Zeiss、ドイツ)を用いて観察した。葉鞘ごとに3か所を無作為に選び、デジタルカメラ(AxioCam HRc、Zeiss、ドイツ)によって写真撮影し、コンピュータの画面上で画像解析ソフトImageJを用いて感染菌糸の伸長量を測定した。各実験は3回以上行い、1回の実験には各品種・系統ごとに5個体以上を用い、実験毎の平均値を求めた。
【0055】
イネ白葉枯病菌の接種および抵抗性の評価は以下のとおり行った。PS培地上に増殖した白葉枯病菌を培地表面から掻き取り、滅菌水に懸濁してOD600=0.3に調整した。菌の懸濁液に煮沸滅菌したはさみを浸し、イネの第4葉を先端から2cmの部位で切り落とした。22℃、明所で2週間培養した後、白化して病徴を示した病斑長を測定した。
【0056】
結果及び考察
【0057】
R-DRイネ系統ではプロベナゾールの非存在下で防御関連遺伝子WRKY45の発現が誘導されている
【0058】
R-DR系統と日本晴との間で表現型を比較したところ、可視的表現型や圃場での収量には差異は認められなかった。また、プロベナゾール処理したカルスと対照のカルスとの間で、カルスの生存率に差異は認められなかった(いずれも生存率100%)。
【0059】
イネカルスで発現誘導されたWRKY45遺伝子の発現が、R-DR系統で維持されているかを確認するために、RNA-seq解析により遺伝子発現を網羅的に調べ、150-0系統と0-0系統との間でトランスクリプトームを比較した。
【0060】
その結果、150-0系統では、プロベナゾール処理をしなくても、WRKY45遺伝子を含む304遺伝子が有意に発現上昇していた。これらの遺伝子セットの遺伝子オントロジー解析を行ったところ、生物的又は非生物的ストレス応答に関与する遺伝子が有意にエンリッチされていた。表6を参照のこと。
【表6】
【0061】
R-DRイネ系統におけるプロベナゾールの非存在下での防御関連遺伝子WRKY45の発現はエピジェネティック変異に起因する
【0062】
R-DR系統のイネを作出する過程において、脱分化又は再分化過程にプロベナゾール処理を行っても、カルスからの再分化は阻害されず、カルスに形成される分裂組織数や再生植物の出現率には、プロベナゾール処理を行わない対照と比較して有意な差異は認められなかった。また、再生されたR-DR系統のR0個体は、選抜することなく接種実験に供したにもかかわらず、全ての個体が有意なWRKY45遺伝子発現誘導を示し、また、後述のようにすべての個体が有意ないもち病抵抗性を示した。これらの結果は、R-DR系統に認められる遺伝子発現誘導及び病害抵抗性が選抜の結果得られたものではないことを示している。一方、プロベナゾールが変異原性であることは知られていない。そこで、R-DR系統にエピジェネティック変異が誘導された可能性を調べるため、150-0系統において発現上昇したWRKY45遺伝子を含む304遺伝子のプロモーター領域について、日本晴と比べてDNAメチル化状態に変化が認められるか否かを調査した。この結果、30遺伝子において元の植物と比較してプロモーター領域(特に、転写開始点から上流1kbの領域)の脱メチル化が生じており、この脱メチル化が150-0系統イネにおいて遺伝子が高発現する原因であることが示唆された。図2を参照のこと。これらの30遺伝子には、ストレス応答性遺伝子が有意にエンリッチされていた。なお、ジャポニカ品種に属する日本晴及びコシヒカリ、並びに、インディカ品種に属するRP Bio-226及びShuhui498のプロモーター領域の配列をマルチプルアライメントすると、転写開始点から上流1kbの領域で、ジャポニカ品種間ではヌクレオチド配列が99~100%一致し、挿入配列も認められなかった。ジャポニカ品種と比較的遠縁なインディカ品種とを比較すると、1~2箇所に1~34ヌクレオチドの挿入又は欠失が認められたものの、ヌクレオチド配列は92~95%の同一性を示し、極めて強く保存されていた(図3参照)。従って、日本晴で確認されたプロモーター領域の脱メチル化は、他のジャポニカ品種及びインディカ品種においても同様に生じると予想される。
【0063】
これらの結果は、イネカルスの脱分化又は再分化過程において興味の対象となる遺伝子(群)の発現を誘導することにより、植物に再生させる過程でそれらの遺伝子(群)にインプリンティングが生じ、エピジェネティックな状態が人為的に方向づけられたことを強く示唆している。
【0064】
R-DRイネ系統はプロベナゾールの非存在下でいもち病抵抗性を示す
【0065】
R-DR系統が病害抵抗性を獲得したか否かを確認するために、プロベナゾールの非存在下で、GFP発現いもち病菌を葉鞘に接種して抵抗性の強さを検討した。脱分化又は再分化過程でプロベナゾールを処理していない再生イネ系統(0-0系統)は、いずれの個体も日本晴と同様のいもち病菌菌糸伸長を示した。一方、R-DR系統では、プロベナゾール処理の時期や濃度にかかわらず、いずれの系統の葉鞘においても、いもち病菌菌糸伸長が親品種である日本晴と比較して有意に抑制され、いもち病抵抗性を獲得したことが示された。いずれのR-DR系統も有意ないもち病抵抗性を示したが、特にイネ脱分化誘導培地上で50μMのプロベナゾール処理により得られた再生個体(50-0系統)は、いずれの個体も有意な抵抗性を示した。図4を参照のこと。100-0系統及び150-0系統においても同様の結果が得られた(データを示さず)。
【0066】
更に、これらの系統の継代3代目(R2)のいもち病抵抗性を確認したところ、いずれの系統においても葉鞘におけるいもち病菌菌糸伸長が抑制され、有意ないもち病抵抗性を示した。これらのR-DR系統が示すいもち病抵抗性は、イネ植物体のプロベナゾール処理によって誘導される抵抗性とほぼ同等の強さを示した。また、日本晴や0-0系統に比べ、50-0系統では、葉身においてもいもち病の病斑拡大が抑制され、明瞭な抵抗性が確認された。図5を参照のこと。100-0系統及び150-0系統においても同様の結果が得られた(データを示さず)。
【0067】
更に、150-0系統の継代第3代~第5代(R2~R4)についても同様に、葉鞘におけるいもち病菌菌糸伸長が有意に抑制されたことから、イネの脱分化又は再分化過程でカルスをプロベナゾール処理してWRKY45遺伝子発現を誘導することによって作出されたいもち病抵抗性イネ系統は、有性世代を複数回経た後にも抵抗性表現型が維持される遺伝的に安定な抵抗性が獲得されたと考えられる。図6を参照のこと。
【0068】
R-DRイネ系統はプロベナゾールの非存在下でイネ白葉枯病菌に対する抵抗性を示す
【0069】
R-DR系統がいもち病菌以外の菌に対する抵抗性を獲得したか否かを確認するために、プロベナゾールの非存在下で、イネ白葉枯病菌を葉鞘に接種して抵抗性の強さを検討した。脱分化又は再分化過程でプロベナゾールを処理していない再生イネ系統(0-0系統)は、いずれの個体も日本晴と同様のイネ白葉枯病菌菌糸伸長を示した。一方、150-0系統では、イネ白葉枯病菌菌糸伸長が親品種である日本晴と比較して有意に抑制され、イネ白葉枯病抵抗性を獲得したことが示された。150-0系統が示すイネ白葉枯病菌抵抗性は、イネ植物体のプロベナゾール処理によって誘導される抵抗性と同等以上の強さを示した。図7を参照のこと。
【0070】
[実施例2]
【0071】
ベンサミアナタバコカルスのプロベナゾール処理による病害抵抗性ベンサミアナタバコ系統の作出と病害抵抗性表現型の遺伝的安定性
【0072】
材料及び方法
【0073】
植物
【0074】
植物には、ベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana)を用いた。ベンサミアナタバコの種子は、育苗培土(タキイ種苗)に播種し、25℃、16時間暗期、8時間明期の人工気象室で3週間栽培した。
【0075】
【0076】
ベンサミアナタバコの病原糸状菌として灰色かび病菌(Botrytis cinerea)、病原性細菌としてタバコ野火病菌(Pseudomonas syringae pv. tomato)を用いた。
【0077】
灰色かび病菌は、PDA斜面培地で保存した灰色かび病菌を、PDA平面培地に植菌し25℃で7日間培養した。培地表面に伸びた菌糸から菌体を培地ごと内径4 mmコルクボーラーで切り出し、新しいPDA平面培地に植菌した。25℃で5日間培養し、その後3日間BLランプ照射下、25℃で培養し胞子を形成させた。灰色かび病菌の胞子を形成させたPDA平面培地の表面に滅菌水を注ぎ、コンラージ棒で胞子を掻きとり胞子懸濁液を調製した。胞子懸濁液を2000×g、2分間室温で遠心分離して上清を除去し、胞子懸濁液濃度が1.0×106個/mlとなるように1/2PDB(Potate Dextrose Broth 1.2 g、蒸留水100 ml)培地を加え、接種試験に用いる胞子懸濁液を調整した。
【0078】
P. syringae保存菌を、King’s B培地[King 1954]上に白金耳を用いて画線接種し、37℃で約24時間培養した。培地上に形成されたシングルコロニーを滅菌楊枝で15mlヌンクチューブ内のKing’s B液体培地4mlに移した。ロータリーシェーカー内で28℃、100rpmの条件で約48時間培養し、遠心(2000×g、10min)により集菌した菌体を10mM MgCl2溶液でOD600=1.0(108 cells/ml)になるように懸濁して接種実験に用いた。
【0079】
培地等
【0080】
タバコ脱分化誘導培地の組成は以下の通りである。
【表7】
【0081】
タバコシュート誘導培地の組成は以下の通りである。
【表8】
【0082】
タバコ発根培地の組成は以下の通りである。
【表9】
【0083】
ベンサミアナタバコカルスにおける防御関連遺伝子WRKY45の発現誘導
【0084】
評価対象の植物材料としては、ベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana)を用いた。植物から葉を切り取り、約5mm×5mmの大きさの葉片をタバコ脱分化誘導培地の上に置き、25℃、40μmol photon/m2s、16時間明期の人工気象器内でカルスが形成されるまで培養した(非特許文献14参照)。
【0085】
形成されたカルスを新しいタバコ脱分化誘導培地上あるいは防御関連遺伝子WRKY45を発現誘導すること(非特許文献10)が知られているプロベナゾールの最終濃度が200μMとなるようにオリゼメート粒剤(有効成分プロベナゾール24%含有。Meiji Seikaファルマ株式会社; 農林水産省登録 第19541号)を加えたタバコ脱分化誘導培地(表10)上に移植し、7、14、又は21日間同条件の人工気象器内で培養した。プロベナゾールは、ベンサミアナタバコのサリチル酸経路の活性化を介してWRKY45等の防御関連遺伝子の発現を誘導し、ベンサミアナタバコに灰色かび病菌及びタバコ野火病菌等に対する耐性を付与することが知られている(非特許文献10)。
【表10】
【0086】
培地上で増殖したカルスをタバコシュート誘導培地(タバコ再分化誘導培地)に移植し、シュートが形成されるまで、同条件の人工気象器内で培養した。
【0087】
再分化したシュートをプラントボックス内のタバコ発根培地に移し、同条件の人工気象器内で発根後3週間経過するまで栽培し、形成された植物を育苗培土に移植した。
【0088】
ベンサミアナタバコの病害抵抗性評価
【0089】
ベンサミアナタバコへの灰色かび病菌の接種および抵抗性評価は以下の方法で行った。穴あけパンチを用いて、ろ紙(No.1、アドバンテック東洋、東京)を直径6 mmに切り出し、これを4等分にして接種用ペーパーディスクとした。5週齢のベンサミアナタバコあるいは同等の大きさ(葉の直径約5cm)まで生育した再生個体の葉表面に接種用パーパーディスクを1枚置き、その上に胞子懸濁液5 μlをマイクロピペッターにより滴下した。葉に灰色かび病菌を接種した後、22℃の人工気象器で24、48および72時間培養した。病斑が形成された葉をイメージスキャナー(GT-X970、エプソン)によってデジタルイメージとして記録し、画像解析ソフトImageJを用いて病斑面積を測定した。
【0090】
ベンサミアナタバコ葉へのタバコ野火病菌の接種および抵抗性評価は以下の方法で行った。P. syringae懸濁液を1.5mlチューブに移し、104 cells/ml となるように10mM MgCl2溶液で希釈した。5週齢のベンサミアナタバコあるいはあるいは同等の大きさ(葉の直径約5cm)まで生育した再生個体の葉を切り取って15cm角形シャーレ内に置き、1mlの針なしシリンジを用いて菌液を注入接種した後、角形シャーレ内を湿室に保ちながら人工気象器内で5日間培養した。培養後、葉の接種部位を直径1cmのコルクボーラーで切り取り、2mlチューブに石英砂とガラスビーズおよび10mM MgCl2溶液1ml とともに入れ、Fast-Frep (RP120;Thermo Fisher Scientific、米国)を用いて摩砕した。磨砕液から10倍希釈系列を調製し、King’s B培地に100μl植菌し、2日間37℃で培養後、コロニーを数えた。希釈倍率とコロニー数から1mlあたりのcolony forming unit(CFU)を計算した。
【0091】
結果及び考察
【0092】
カルスをプロベナゾール処理したベンサミアナタバコ系統は、プロベナゾールの非存在下で病害抵抗性を示す
【0093】
イネで実証された、エピジェネティックな状態の人為的方向づけによる病害抵抗性の付与が、他の植物にも適用可能であるか否かを調査するため、植物-病原菌相互作用の研究に広く用いられている双子葉植物のベンサミアナタバコを用いて実験を行った。イネと同様に、ベンサミアナタバコの脱分化又は再分化過程で7日~21日間プロベナゾール処理を行い、再生した植物の灰色かび病抵抗性を調べた。この結果、カルスに対してプロベナゾール処理を行ったベンサミアナタバコの再生当代(R0)では、野生型と比較して有意に灰色かび病菌の病斑拡大が抑制された。更に、R0の自殖後代であるR1においても有意な灰色かび病菌抵抗性が認められ、ベンサミアナタバコにおいても、有性生殖を経た後にも病害抵抗性表現型が維持されることが明らかになった。更に、カルスに対してプロベナゾール処理を行ったベンサミアナタバコのR0植物では、タバコ野火病菌の増殖が顕著に抑制されており、糸状菌病のみでなく細菌病に対しても抵抗性を示すことが分かった。図8を参照のこと。
【0094】
これらの結果は、単子葉植物であるイネと同様に、双子葉植物であるベンサミアナタバコにおいても、カルスの脱分化又は再分化過程において興味の対象となる遺伝子(群)の発現を誘導することにより、植物に再生させる過程でそれらの遺伝子(群)にインプリンティングが生じ、病害抵抗性プライミングがインプリントされたエピジェネティックな状態が人為的に方向づけられたことを強く示唆している。従って、本発明の非天然の植物を生産する方法は、広範な植物に応用可能であることが示された。
【0095】
[実施例3]
【0096】
イネカルスの低温処理による低温耐性イネ系統の作出と低温耐性表現型の遺伝的安定性
【0097】
材料及び方法
【0098】
植物
【0099】
実施例1と同じ日本晴を用いた。
【0100】
培地
【0101】
実施例1と同じ培地を用いた。
【0102】
イネカルスの低温処理による低温耐性遺伝子の発現誘導
【0103】
評価対象の植物材料としては、イネ(Oryza sativa cv. Nipponbare; イネ品種: 日本晴)を用いた。イネのカルス誘導(脱分化誘導)は実施例1と同じ方法で行った。
【0104】
イネ脱分化誘導培地上で増殖したカルスを新しいイネ脱分化誘導培地の上に置き、28℃の人工気象室あるいは4℃の低温室において、24時間明期で7日間培養した。イネを低温処理することによりAP2ドメイン含有タンパク質をコードする遺伝子(LOC_Os09g28440、LOC_Os09g35020、LOC_Os10g41330)、エチレン応答転写因子をコードする遺伝子(LOC_Os02g54050)、WRKY24遺伝子(LOC_Os01g61080)、ヘリックス・ループ・ヘリックスDNA結合ドメイン含有タンパク質をコードする遺伝子(LOC_Os03g53020)、MYBファミリー転写因子をコードする遺伝子(LOC_Os04g43680、LOC_Os06g51260)などの発現が誘導されることが知られている(非特許文献15)。
【0105】
カルスをイネ植物体に再生させるため、培地上で増殖したカルスをイネ再分化誘導培地に移植し、28℃、24時間明期の人工気象器内で、シュートが形成されるまで培養した。再分化したシュートをプラントボックス内のイネ発根培地に移し、発根した植物が形成されるまで、同条件の人工気象器内で2~3週間培養した。再生したイネ植物を栽培土に移し、プラスチックカップ(直径8cm、深さ12cm)内で外気に馴化させた。馴化処理後、植物をセルトレイに移植し、水受けの上で常にイオン交換水が満たされた状態とし、28℃の室温で育成した。得られた当代の再生イネ個体(R0)の自殖により得られた種子をR1種子とした。イネカルスを上記のように脱分化状態において4℃又は28℃で7日間培養し、植物体に再生させて得られたイネ系統を、それぞれ、7d-4系統又は7d-28系統と呼ぶ。
【0106】
イネ遺伝子発現の網羅的解析
【0107】
実施例1と同様の方法により7d-4系統と7d-28系統のイネの遺伝子発現の網羅的解析を行った。
【0108】
イネの低温耐性評価
【0109】
イネ種子を滅菌処理後、均一に滅菌水に浸るように広げ、28℃、明条件の人工気象器で3日間催芽処理した。その後、バーミキュライト7.5kg当たり硫安1g、過リン酸石灰1.5g、塩化カリ0.2gを施用した土を入れたセルトレイに各セル1粒ずつ播種した。セルトレイは水受けの上に置き、昼温30℃、夜温25℃、14時間明期の人工気象室で栽培した。
【0110】
1週齢のイネを4℃ 暗黒下で1週間処理した後、同条件の人工気象室で2週間、リカバリー処理を行った。リカバリー処理後、SES(Standard Evaluation System)および生存率を計測した。SESとは国際イネ研究所IRRIが開発した評価基準であり、植物の状態を目視にて確認し、その状態によって1~9のスコアにして評価したものである(IRRI 2002)。植物の状態が悪いほど値が高くなり、生育が良好であれば1、枯死の状態を9と定められている(表11)。
【0111】
生存率は、リカバリー処理後のSESが9と判定された個体を枯死個体と見なして以下の式により計算した。
生存率=(全個体数-枯死個体数)/全個体数(%)
【表11】
【0112】
結果及び考察
【0113】
7d-4イネ系統においては、4℃の低温処理によりカルスで発現を誘導した遺伝子群が、28℃の生育条件下で発現が誘導されている
【0114】
7d-4系統と日本晴との間で表現型を比較したところ、可視的表現型や圃場での収量には差異は認められなかった。また、4℃で培養したカルスと対照(28℃培養)のカルスとの間で、カルスの生存率に差異は認められなかった(いずれも生存率100%)。
【0115】
イネカルスで発現誘導された低温誘導遺伝子の発現が、7d-4系統で維持されているかを確認するために、RNA-seq解析により遺伝子発現を網羅的に調べ、7d-4系統と7d-28系統との間でトランスクリプトームを比較した。
【0116】
その結果、7d-4系統では、28℃の生育条件下においても、AP2ドメイン含有タンパク質をコードする遺伝子、エチレン応答転写因子をコードする遺伝子、WRKY24遺伝子、ヘリックス・ループ・ヘリックスDNA結合ドメイン含有タンパク質をコードする遺伝子、及びMYBファミリー転写因子をコードする遺伝子を含む129遺伝子が有意に発現変化していた。これらの遺伝子セットの遺伝子オントロジー解析を行ったところ、ストレス応答に関与する遺伝子及び転写因子の機能を持つ遺伝子群が有意にエンリッチされていた(表12)。
【表12】
【0117】
また、転写因子をコードする遺伝子のうち、7d-28系統と比較して7d-4系統で発現が高まっていた14遺伝子は、全て非特許文献15が報告した低温応答性の転写因子に含まれていた(表13)。
【表13】
【0118】
低温処理によりエピジェネティック変異を方向づけた植物で発現上昇している遺伝子群と低温処理したカルスで発現上昇する遺伝子群との比較
【0119】
エピジェネティック変異の方向づけにより低温耐性を付与した植物で発現上昇していた84遺伝子中には、ストレス耐性関連遺伝子が有意にエンリッチされていた。さらに、低温耐性を付与した植物で有意に発現上昇した84遺伝子と低温処理カルスで発現上昇した遺伝子の重複関係をしらべたろころ、84遺伝子中47遺伝子が一致しており、低温処理カルスで発現上昇する遺伝子が有意に多く含まれていた(P< 2.2e-16)。
【0120】
7d-4イネ系統は低温耐性を示す
【0121】
7d-4イネ系統において複数の既知の低温応答性の転写因子の発現が誘導されていたことから、7d-4イネ系統が低温耐性を有するか否かを検討した。日本晴、7d-28系統、及び7d-4系統(それぞれn=3)についてR1植物を低温処理し、SES及び生存率を計測した。低温処理後、日本晴及び7d-28系統のSESは約9となり、大半が枯死した。これに対して、7d-4系統では、3個体中2個体が、日本晴や7d-28系統と比較して有意に低いSES値を示した。同様に、生存率に関しても、日本晴や7d-28系統が5~15%であったのに対して、7d-4系統では40~60%の高い値を示した。図9を参照のこと。以上の結果は、カルスの低温処理により、7d-4系統が低温耐性を獲得したことを示唆する。上述のように、4℃で7日間培養したカルスの生存率は100%であったことから、7d-4系統が低温耐性は選抜の結果得られたものではないことを示している。
【0122】
また、低温耐性を示した7d-4系統の2系統は、作出された次世代のR1において、7d-28系統と比較して明らかな低温耐性を示したことから、低温耐性の表現型は有性生殖を経ても維持されることが強く示された。従って、本発明の非天然の植物の生産方法は、プロベナゾール処理のような化学的刺激だけでなく、低温のような物理的刺激を用いた場合にも実施可能であることが示された。
【0123】
[実施例4]
【0124】
イネカルスの塩処理によるエピジェネティック変異の方向づけ
【0125】
材料及び方法
【0126】
植物
【0127】
実施例1と同じ日本晴を用いた。
【0128】
培地
【0129】
実施例1と同じ培地を用いた。
【0130】
プロベナゾール処理と同様の方法でイネ種子を培養してカルスを誘導した。培地上で増殖したカルスを新しいN6D培地上あるいは塩化ナトリウムを最終濃度が100および200mMとなるように加えたN6D培地に移植し、26℃、60μmol photon/m2s、24時間明期の人工気象器内で7日間培養した。イネを塩処理することにより、推定上ジベレリン2βジオキシゲナーゼをコードする遺伝子LOC_Os05g48700(非特許文献16)、推定上DnaK ファミリータンパク質をコードする遺伝子LOC_Os05g38530(非特許文献17)、推定上MYB ファミリー転写因子をコードする遺伝子LOC_Os01g64360及びAP2 ドメイン含有タンパク質をコードする遺伝子LOC_Os02g52670(非特許文献18)、並びにWRKY69をコードする遺伝子LOC_Os08g29660(非特許文献19)などの発現が誘導されることが知られている。カルスをイネ植物体に再生させるため、培地上で増殖したカルスを再分化培地(付表2)に移植し、同条件の人工気象器内で、シュートが形成されるまで培養した。再分化したシュートをプラントボックス内の発根培地に移し、発根して幼植物が形成されるまで、同条件の人工気象器内で2~3週間培養した。再生したイネ幼植物を栽培土に移植し、プラスチックカップ(直径8 cm、深さ12 cm)内で外気に馴化させた。馴化処理後、幼植物をセルトレイに移植し、水受けの上で常にイオン交換水が満たされた状態とし、28℃の室温で育成した。得られた当代の再生イネ個体(R0)の自殖により得られた種子をR1種子とした。
【0131】
結果及び考察
【0132】
エピジェネティック変異の方向づけによるイネへの耐塩性の付与
【0133】
日本晴(NB)、無処理下で再生させた系統(Na-0)、及び100mM NaCl処理下で再生させた系統(Na-100)の第2世代(R1)の種子を、100mM NaClを添加した0.7%寒天上で7日間培養し、根の伸長量を測定した(n=5)(図10参照)。NB及びNa-0と比較して、Na-100では有意に根が伸長した。**: Dunnet検定により1%水準でNBと有意差あり。
【0134】
エピジェネティック変異の方向づけにより耐塩性を獲得した植物における遺伝子発現
【0135】
プロベナゾール処理および低温処理と同様の方法により、カルスを200mM NaCl処理し、再生させた植物における遺伝子発現をRNA-seqにより調べた。この結果、低温処理なしに再生させた対照植物と比べ、1,038遺伝子の発現が有意に変化しており、このうち753遺伝子が有意に発現上昇していた(FDR<0.05)。この753遺伝子についてGene Ontology Enrichment解析した結果、刺激応答性や非生物的ストレス応答性の遺伝子が有意にエンリッチされていた。
【0136】
さらに、病害抵抗性、低温耐性および耐塩性を付与した植物で発現上昇していた遺伝子群の重複関係を調べたところ、それぞれの間の重複は少数であった。いずれの遺伝子群もGene Ontology Enrichment解析によりストレス応答性遺伝子が有意にエンリッチされていたにもかかわらず重複が少ないことは、エピジェネティック変異の方向づけ処理により、与えたストレスに対して適応的にエピジェネティック変異が方向づけられたことを強く示唆している。
【0137】
[実施例5]
【0138】
プロベナゾール以外の抵抗性誘導剤によるエピジェネティック変異の方向づけ
【0139】
材料及び方法
【0140】
植物
【0141】
実施例1と同じ日本晴を用いた。
【0142】
培地
【0143】
実施例1と同じ培地を用いた。
【0144】
プロベナゾール(PBZ)と同様にサリチル酸経路を活性化するとされている抵抗性誘導剤であるアシベンゾラルSメチル(BTH)、チアジニル(TDN)およびイソチアニル(CICA)並びに病害応答性植物ホルモンであるサリチル酸(SA)を用いた。
【0145】
各抵抗性誘導剤はサリチル酸経路における作用点が異なるとされており、プロベナゾールはサリチル酸より上流に作用すること(非特許文献20)、アシベンゾラルSメチルはサリチル酸の機能類似体であること(非特許文献21、非特許文献22)、チアジニルはサリチル酸より下流に作用すること、およびイソチアニルはサリチル酸の上流と下流に作用することが知られている(非特許文献23、非特許文献21)。
【0146】
カルスは、アシベンゾラルSメチルが150μMとなるように(バイオン水和剤;アシベンゾラルSメチル50%含有;シンジェンタジャパン;農林水産省登録失効)、チアジニルが150μMとなるように(ブイゲットフロアブル;チアジニル30%含有;日本農薬株式会社;農林水産省登録第21298号)、イソチアニルが150μMとなるように(ルーチンFS;イソチアニル18%含有;バイエルクロップサイエンス;農林水産省登録第23424号)あるいはSodium Salicylate(富士フィルム和光純薬株式会社)が1mMとなるように加えたイネ脱分化誘導培地上に移植し、人工気象器内で培養した。
【0147】
結果及び考察
【0148】
脱分化・再分化過程でプロベナゾール処理以外の抵抗性誘導剤により処理した再生系統もいもち病抵抗性を獲得する
【0149】
プロベナゾールで作出した植物と同じ方法でいもち病抵抗性を評価した。プロベナゾール(PBZ)、アシベンゾラルSメチル(BTH)、サリチル酸(SA)、チアジニル(TDN)、またはイソチアニル(CICA)とともに再生させた再生個体では、葉鞘におけるイネいもち病菌の菌糸伸長が阻害され、有意ないもち病抵抗性を示した(P<0.05) (図11A)。更に、獲得されたいもち病抵抗性は後代(第3世代;R2)に遺伝した(図11B)。
【0150】
これらの結果は、プロベナゾール処理により作出した植物で観察された現象が、他の抵抗性誘導剤により処理した再生系統植物においても観察されることを示唆している。
[実施例6]
【0151】
トマトカルスのプロベナゾール処理による病害抵抗性トマト系統の作出
【0152】
材料及び方法
【0153】
植物
【0154】
トマト(Solanum lycopersicum; トマト品種:Micro-Tom)を用いた。トマトの種子は滅菌後にトマト発芽培地に播種し、25℃、16時間暗期、8時間明期の人工気象室で7~10日間栽培した。
【0155】
【0156】
トマトの病原糸状菌として灰色かび病菌(Botrytis cinerea)を用いた。接種試験に用いる胞子懸濁液は、実施例2と同じ方法で調製した。
【0157】
トマト再生植物の作出
【0158】
子葉の先端を切って捨て、残りの子葉を葉脈に垂直になるように2等分に切断した。子葉切片をトマト脱分化誘導培地上に置き、25℃、40μmol photon/m2s、16時間明期の人工気象器内で1週間培養してカルスを誘導した。形成されたカルスを新しいトマト脱分化誘導培地上あるいは防御関連遺伝子WRKY45を発現誘導すること(非特許文献10)が知られているプロベナゾールの最終濃度が200μMとなるようにオリゼメート粒剤(有効成分プロベナゾール24%含有。Meiji Seikaファルマ株式会社; 農林水産省登録 第19541号)を加えたトマト脱分化誘導培地(表PBZ添加トマト脱分化誘導培地)上に移植し、1~2週間人工気象器内で培養した。処理後カルスをトマトシュート誘導培地に移し、再生してきた植物をトマト発根培地に移した。発根したトマトを育苗培土(タキイ種苗)に播種し、25℃、16時間暗期、8時間明期の人工気象室で栽培した。成熟した果実を収穫し、種子を回収した。
【0159】
培地等
【0160】
トマト発芽培地の組成は以下の通りである。
【表14】
【0161】
トマト脱分化誘導培地の組成は以下の通りである。
【表15】
【0162】
トマトシュート誘導培地の組成は以下の通りである。
【表16】
【0163】
トマト発根培地の組成は以下の通りである。
【表17】
【0164】
PBZ添加トマト脱分化誘導培地の組成は以下の通りである。
【表18】
【0165】
トマトの病害抵抗性評価
【0166】
トマトへの灰色かび病菌の接種および抵抗性評価は以下の方法で行った。穴あけパンチを用いてろ紙(No.1、アドバンテック東洋、東京)を直径6 mmに切り出し、これを4等分にして接種用ペーパーディスクとした。4週齢のトマト本葉の表面に接種用パーパーディスクを1枚置き、その上に胞子懸濁液5μlをマイクロピペッターにより滴下した。葉に灰色かび病菌を接種した後、22℃の人工気象器で48時間培養した。病斑が形成された葉をイメージスキャナー(GT-X970、エプソン)によってデジタルイメージとして記録し、画像解析ソフトImageJを用いて病斑面積を測定した。
【0167】
結果及び考察
【0168】
脱分化・再分化過程でプロベナゾール処理した再生トマト系統は灰色かび病抵抗性を示す
【0169】
イネおよびタバコと同様に、カルスに対してプロベナゾール処理を行った再生トマト系統では、野生型と比較して有意に灰色かび病菌の病斑拡大が抑制された。図12を参照のこと。
【0170】
これらの結果は、双子葉植物の中でも、タバコ属であるベンサミアナタバコと同様に、ナス属であるトマトにおいても、カルスの脱分化又は再分化過程において興味の対象となる遺伝子(群)の発現を誘導することにより、植物に再生させる過程でそれらの遺伝子(群)にインプリンティングが生じ、病害抵抗性プライミングがインプリントされたエピジェネティックな状態が人為的に方向づけられたことを強く示唆している。従って、本発明の非天然の植物を生産する方法は、広範な植物に応用可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0171】
本発明の方法は、農業的及び園芸的に有用な植物に耐病性やストレス耐性を付与するために利用することができる。特に、本発明の方法は、農家又は園芸家以外の研究機関又は種苗会社が、耐病性やストレス耐性を向上した農業的及び園芸的に有用な植物又はその種子を提供するために利用することができる。
図1
図2
図3-1】
図3-2】
図3-3】
図4
図5
図6
図7-1】
図7-2】
図8-1】
図8-2】
図8-3】
図9
図10
図11
図12A
図12B
図12C
図12D
【配列表】
0007475701000001.app