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特許7475828鼻腔にウイルス特異的抗体を誘導可能な季節性インフルエンザワクチン
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-19
(45)【発行日】2024-04-30
(54)【発明の名称】鼻腔にウイルス特異的抗体を誘導可能な季節性インフルエンザワクチン
(51)【国際特許分類】
   A61K 39/145 20060101AFI20240422BHJP
   A61P 31/16 20060101ALI20240422BHJP
【FI】
A61K39/145
A61P31/16
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019160280
(22)【出願日】2019-09-03
(65)【公開番号】P2021038167
(43)【公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-07-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三股 亮大郎
(72)【発明者】
【氏名】神田 明日美
(72)【発明者】
【氏名】中田 渚
(72)【発明者】
【氏名】三森 重孝
【審査官】春田 由香
(56)【参考文献】
【文献】特表2003-528818(JP,A)
【文献】国際公開第2015/152360(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/001671(WO,A1)
【文献】CHEN, D. et al.,Serum and mucosal immune responses to an inactivated influenza virus vaccine induced by epidermal powder immunization,Journal of Virology,2001年,Vol.75, No.17,p.7956-7965,doi: 10.1128/jvi.75.17.7956-7965.2001,ISSN 0022-538X
【文献】NAKATSUKASA, A. et al.,Potency of whole virus particle and split virion vaccines using dissolving microneedle against challenges of H1N1 and H5N1 influenza viruses in mice,Vaccine,2017年,Vol.35, No.21,p.2855-2861,doi: 10.1016/j.vaccine.2017.04.009,ISSN 0264-410X
【文献】酒井 伸夫,インフルエンザワクチンの歴史と展望,医学のあゆみ,2012年,第241巻, 第1号,p.55-63,ISSN 0039-2359
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/00-39/44
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鼻腔粘膜においてウイルス特異的IgGを誘導するためのインフルエンザワクチンであって、インフルエンザウイルス不活化全粒子を有効成分とし、1回当たり抗原量として15μgHA/株以上が、皮内針又はマイクロニードルによって0.1~0.3mL用量で皮内投与される季節性インフルエンザワクチン。
【請求項2】
インフルエンザウイルスの不活化全粒子が、季節性のA型インフルエンザウイルス株又はB型インフルエンザウイルス株のいずれか又は両方を含有する、請求項1に記載のワクチン。
【請求項3】
インフルエンザウイルスの不活化全粒子を含し、1回当たり抗原量として15μgHA/株以上が、皮内針又はマイクロニードルによって0.1~0.3mL用量で皮内投与される、鼻腔粘膜においてウイルス特異的IgGを誘導するための季節性インフルエンザワクチン投与液。
【請求項4】
アジュバントを含有しない、請求項3に記載のワクチン投与液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鼻腔にウイルス特異的な抗体応答を誘導可能な、有効性の高いインフルエンザワクチンに関する。
【背景技術】
【0002】
冬季に流行するインフルエンザは、インフルエンザウイルスを病原体とする急性の呼吸器感染症であり、くしゃみ等の飛沫や飛沫が付着した物への接触を介して伝播する。このインフルエンザの流行が大きいシーズンでは、インフルエンザ及びその関連疾患による死亡数が増加し、これは特に高齢者において顕著となる。この現象は、先進国で共通の現象であり、高齢者の割合が急増している我が国においても深刻な社会的問題である。
【0003】
この季節性インフルエンザの予防に最も効果的な方法の1つとしてワクチンが挙げられる。現在、日本国において用いられているインフルエンザワクチンは、ウイルス粒子を界面活性剤やエーテルで解裂したスプリット抗原を用いたワクチンである。具体的にはA/H1N1亜型、A/H3N2亜型、B/Yamagata系統及びB/Victoria系統のそれぞれの抗原を混合した多価のスプリットワクチンが、皮下投与にて接種されている。このスプリットワクチンは、ワクチン株と流行株の抗原性が一致する場合、40~60%程度の有効性を示すことが知られている。このスプリットワクチンの有効性は40%と低いようにもみえるが、国民の40%が接種することで、インフルエンザ感染者は2100万人、インフルエンザによる入院者が13万人、死亡者が6万人、それぞれ減少するという米国の研究報告がある(非特許文献1)。
【0004】
一方、臨床の現場では、より有効性の高いインフルエンザワクチンが望まれており、そのため2013年の厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会研究開発及び生産流通部会においても開発優先度の高いワクチンとして、有効性の高いインフルエンザワクチンが挙げられている。既に欧米では弱毒生経鼻ワクチン、アジュバント製剤及び高力価ワクチンといった有効性の高いインフルエンザワクチンが承認されているが、これらは免疫応答の弱い高齢者や小児を対象としたワクチンであり、全年齢層を対象とするものではない。また、近年では弱毒生経鼻ワクチンの有効性がスプリットワクチンの有効性に劣るという研究報告もあり(非特許文献2)、高い有効性が期待されたインフルエンザワクチンにおいても、その効力は未だ確立したものではない。
そのため、有効性の高いインフルエンザワクチンの開発は未だ望まれているのが現状である。
【0005】
現在の季節性インフルエンザワクチンの有効性の基準は、欧州医薬品庁(European Medicines Agency:EMA)のガイドラインで規定されており(非特許文献3)、血清のHI抗体価若しくはSRH抗体価を指標としている。しかし、インフルエンザウイルスは気道局所において増殖して病原性を発揮するウイルスであり、この気道局所の感染症に対して血中の抗体が効力を示す機序は明確ではない。
したがって、インフルエンザウイルスの感染防御若しくは発症阻止に直接的に関連する免疫学的指標を明らかにし、その免疫学的指標を基に有効性の高いワクチンを創出しなければならない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Sah P, Medlock J, Fitzpatrick MC, Singer BH, Galvani AP. Optimizing the impact of low-efficacy influenza vaccines. Proc Natl Acad Sci U S A. 2018 May 15;115(20):5151-5156.
【文献】Jackson ML, Chung JR, Jackson LA, Phillips CH, Benoit J, Monto AS, Martin ET, Belongia EA, McLean HQ, Gaglani M, Murthy K, Zimmerman R, Nowalk MP, Fry AM, Flannery B. Influenza Vaccine Effectiveness in the United States during the 2015-2016 Season. N Engl J Med. 2017 Aug 10;377(6):534-543.
【文献】Note for guidance on harmonisation of requirements for influenza vaccines.(CPMP/BWP/214/96)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、スプリットワクチンに比べて有効性の高い季節性インフルエンザワクチンを提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、季節性インフルエンザウイルスに対する不活化全粒子ワクチンが、鼻腔粘膜におけるウイルス特異的な抗体(IgG)誘導能が高く、この粘膜のIgGが上気道におけるウイルス排除に効果的に作用することを発見した。そして、更に検討した結果、当該不活化全粒子ワクチンを高用量で皮内投与することによって、従来のスプリットワクチンの投与と比べて鼻腔粘膜のウイルス特異的抗体誘導が有意に高まることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の1)~5)に係るものである。
1)鼻腔粘膜においてウイルス特異的抗体を誘導するインフルエンザワクチンであってインフルエンザウイルス不活化全粒子を有効成分とし、1回当たり抗原量として15μgHA/株以上が皮内投与される季節性インフルエンザワクチン。
2)インフルエンザウイルスの不活化全粒子が、季節性のA型インフルエンザウイルス株又はB型インフルエンザウイルス株のいずれか又は両方を含有する、1)に記載のワクチン。
3)インフルエンザウイルスの不活化全粒子を、ヘムアグルチニン量として1株当たり15μg以上含有する、皮内投与のための季節性インフルエンザワクチン組成物。
4)アジュバントを含有しない、3)に記載のワクチン組成物。
5)皮内針又はマイクロニードルによって投与される、1)若しくは2)に記載のワクチン、又は3)若しくは4)に記載のワクチン組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、鼻腔粘膜におけるウイルス特異的な抗体誘導能が高く、上気道におけるウイルス排除効果に優れた季節性インフルエンザワクチンを提供することが可能となり、付加価値の高い予防薬の創製として医薬品産業に大きく貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ワクチンの皮下投与における血清のB/Phuket/3073/2013株に対するHI抗体価。
図2】ワクチンの皮下投与における鼻腔洗浄液のB/Phuket/3073/2013株に対するIgG力価。
図3】ウイルス接種3日後における鼻腔洗浄液のウイルス含量。
図4A】A/Singapore/GP1908/2015株に対する鼻腔洗浄液のIgG力価。
図4B】A/Singapore/INFIMH-16-0019/2016株に対する鼻腔洗浄液のIgG力価。
図4C】B/Phuket/3073/2013株に対する鼻腔洗浄液のIgG力価。
図4D】B/Maryland/15/2016株に対する鼻腔洗浄液のIgG力価。
図5】A/Singapore/GP1908/2015株に対する鼻腔洗浄液の中和抗体価。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0013】
本発明において、「季節性インフルエンザワクチン」とは、季節性インフルエンザのワクチンであり、少なくとも季節性のA型インフルエンザウイルス又はB型インフルエンザウイルスのいずれかの抗原を含んでいるワクチンを意味する。すなわち、本発明の季節性インフルエンザワクチンは、季節性のA型インフルエンザウイルス又はB型インフルエンザウイルスの一方のみを含む単価ワクチンでもよく、それらを両方含んでいる多価ワクチンでもよいが、好ましくは少なくとも3種類以上のインフルエンザウイルス株、例えば2種類のA型インフルエンザウイルス株及び1若しくは2種類のB型インフルエンザウイルス株を含有する3価以上のワクチンであり、好ましくは4価ワクチンが挙げられる。より好ましくは、2種のA型株(A/H1N1亜型株及びA/H3N2亜型株)、2種のB型株(B/Victoria系統株及びB/Yamagata系統株)を含む4価ワクチンが挙げられる。
【0014】
本発明において、「インフルエンザウイルス」と言った場合、季節性のA型インフルエンザウイルス若しくはB型インフルエンザウイルス、又はその両者を示す。また、インフルエンザウイルスは、現在知られているすべての亜型、及び将来単離、同定される亜型をも含む。
本発明のワクチン調製に用いるインフルエンザウイルス株は、感染動物または患者から単離された株であっても、遺伝子工学的に培養細胞で樹立された組換えウイルスであってもよい。
【0015】
本発明の季節性インフルエンザワクチンの抗原である、「インフルエンザウイルス不活化全粒子」とは、季節性のインフルエンザウイルスを培養して得られるウイルスの形態を保持したままのウイルス粒子であって、不活化処理がなされたものを指す。
【0016】
本発明のインフルエンザウイルス不活化全粒子は、発育鶏卵法若しくは細胞培養法を用いて調製することができる。
「発育鶏卵法」とは、ウイルス株を孵化鶏卵に接種して培養した後、ウイルス浮遊液を清澄化、濃縮、精製及び不活化して、ウイルス粒子を含むウイルス液を得る方法である。また、「細胞培養法」とは、ウイルス株を培養細胞に接種して培養した後、上記の発育鶏卵法と同様に培養上清よりウイルス粒子を含むウイルス液を得る方法である。
ここで、培養は、インフルエンザウイルス株を接種して、30~37℃で1~7日程度、好ましくは33~35℃で2日間程度行われる。培養終了後、ウイルス浮遊液(感染尿膜腔液若しくは感染細胞培養上清)が回収され、清澄化のため、遠心分離または濾過が行われる。次いで、濃縮のために、バリウム塩吸着溶出反応や限外濾過が行われる。ウイルス精製は、ショ糖密度勾配遠心分離等の超遠心分離や液体クロマトグラフィー等の手段を用いて行うことができる。
精製ウイルス液は不活化処理される。ウイルスの不活化方法は、ホルマリン処理、紫外線照射、ベータプロピオラクトン、バイナリーエチレンイミン等による処理が挙げられる。
【0017】
後述する実施例に示すとおり、4種のインフルエンザウイルス不活化全粒子を1株当たりヘムアグルチニン(HA)として15μg以上皮内投与した場合に、鼻腔におけるウイルス特異的抗体誘導能が顕著に向上し、スプリットワクチンの皮内及び皮下投与に比べて、早期により高い抗体誘導が達成できる(図4A-4D)。斯かる鼻腔のウイルス特異的抗体誘導効率の良いワクチンではウイルス中和活性が高く、鼻腔における高いウイルス排除能を有する(図5)。
したがって、インフルエンザウイルス不活化全粒子の15μgHA/株以上の皮内投与は、鼻腔粘膜においてウイルス特異的抗体を誘導する季節性インフルエンザのワクチン療法となり得る。換言すると、インフルエンザウイルスの不活化全粒子は、鼻腔粘膜においてウイルス特異的抗体を誘導する季節性インフルエンザワクチンであって、15μgHA/株以上を皮内投与されるワクチンとなり得る。
ここで、鼻腔粘膜においてウイルス特異的抗体を誘導するとは、例えば、鼻腔粘膜において、ワクチン接種したインフルエンザウイルス抗原に対して産生される中和抗体価が、80以上となること、好ましくは160以上となることを意味する。ここで、中和抗体価は、ウイルスのMDCK細胞に対する細胞傷害の阻止活性を評価することにより測定することができる。
【0018】
本発明の季節性インフルエンザワクチンは、皮内投与のためのワクチン組成物(以下、「本発明のワクチン組成物」と称す)として製剤化され得る。
本発明において皮内投与とは、皮膚の真皮への投与を意味し、投与されたワクチン組成物が真皮だけに局在することを意味するものではない。真皮層の厚さは、個体間及び個体内の部位の違いでも異なるため、皮内投与されたワクチン組成物は皮内のみ若しくは主に皮内に存在するか、又は表皮内に存在する可能性もあり、本発明の皮内投与にはこれらが包含される。
皮膚は、表皮、真皮及び皮下組織の3層で構成される。表皮は皮膚表面から0.05~0.2mmの層、真皮は表皮から皮下組織の間に存在する1.5~3.0mmの層、皮下組織は真皮の内側に存在する3.0~10.0mmの層である。真皮へ投与される皮内投与は、皮下投与用針に比べ、細く短い針を用いることから、皮下若しくは筋肉内投与される既存のワクチンに比べて、針刺し時の痛みや精神的負担の軽減が図れる。
【0019】
本発明のワクチン組成物は、インフルエンザ不活化全粒子に加えて、さらに医薬として許容され得る担体を含んでいてもよい。当該担体としては、ワクチンの製造に通常用いられる担体が挙げられ、具体的には、緩衝剤、乳化剤、保存剤(例えば、チメロサール)、等張化剤、pH調整剤、不活化剤(例えば、ホルマリン)、アジュバント若しくは免疫刺激剤等が例示される。アジュバントとは、抗原と共に投与することで、当該抗原に対する免疫応答を増強させる物質であるが、本発明のワクチン組成物は、上記のとおりワクチン抗原であるインフルエンザ不活化全粒子自体が、高い抗体誘導能を有することから、アジュバントの添加は必ずしも必要とせず、アジュバントを含有しない組成物とすることができる。
【0020】
本発明のワクチン組成物中のインフルエンザウイルス不活化全粒子の含有量は、ヘムアグルチニン量としてウイルス1株当たり15μg以上、すなわち15μgHA/株以上であり、好ましくは15~60μgHA/株であり、より好ましくは15~21μgHA/株である。なお、ヘムアグルチニン含量は、一元放射免疫拡散試験法等の、WHOや国の基準で定められた試験法で測定することによって得られる値である。
【0021】
本発明のワクチン組成物の1回の投与量は、抗原(インフルエンザウイルス不活化全粒子)として、ウイルス1株当たり15μgHA以上であればよく、対象の年齢、性別、体重等を考慮して適宜増量できるが、好ましくは、15~60μgHA/株、より好ましくは15~21μgHA/株、さらに好ましくは15μgHA/株を、1回又は2回以上投与することが挙げられる。好ましくは複数回の投与であり、この場合、1~4週間の間隔をあけて投与することが好ましい。
【0022】
本発明のワクチン組成物の1回の皮内投与容量としては、投与部位や投与デバイスによって決定されるが、通常、0.05~0.5mL程度であり、好ましくは0.1~0.3mL,より好ましくは0.2mLである。
【0023】
本発明のワクチン組成物を皮内投与するための投与デバイスとしては、皮内への投与が可能な皮内針若しくはマイクロニードルを使用できるが、例えば、針管の突出長が0.9mm~1.5mm、好ましくは1.0~1.2mm、より好ましくは1.2mmの皮内針若しくはマイクロニードルである。
皮内投与デバイスの針管は、1本でもよく、複数本でもよいが、好ましくは1~3本であり、より好ましくは3本の針管を有する皮内針である。
【0024】
本発明のワクチン組成物の投与対象は、ヒト及びヒトを除く哺乳動物が挙げられるが、ヒトが好ましい。ヒトを除く哺乳動物としては、例えば、ラット、モルモット、ウサギ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、アカゲザル、カニクイザル、オランウータン、チンパンジー等が挙げられる。
【実施例
【0025】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0026】
参考例1 不活化全粒子ワクチンによる鼻腔へのウイルス特異的IgGの誘導
インフルエンザHAワクチン「生研」のB/Yamagata系統(B/Phuket/3073/2013株)の原液をスプリット抗原とし、0.2mL当りにヘムアグルチニンが15μgHAとなるよう1w/w%しょ糖含有6.7mMリン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)で調整し、これをスプリットワクチンとした。また、以下に記載する通りに調製したB/Yamagata系統(B/Phuket/3073/2013株)の不活化全粒子抗原も同様に、0.2mL当りにヘムアグルチニンが15μgHAとなるよう1w/w%しょ糖含有6.7mMリン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)で調整し、これを不活化全粒子ワクチンとした。
【0027】
本参考例で使用した不活化全粒子抗原の調製は以下に記す通りである。12日齢の発育鶏卵のしょう尿膜腔内にB/Phuket/3073/2013株のウイルスを接種して、3日間培養後にしょう尿液を採取した。採取したしょう尿液をフィルターろ過で清澄化した後、硫酸バリウム塩に吸着させ、12%クエン酸ナトリウム溶液で溶出してインフルエンザウイルスを回収した。回収したウイルスは、更に限外ろ過で6.7mMリン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)に置換し、バッファー置換後にしょ糖密度勾配遠心でインフルエンザウイルスを含む画分を回収することによって精製した。この精製インフルエンザウイルスに終濃度0.05%となるように不活化剤であるベータプロピオラクトンを添加して、4℃、24時間の反応でインフルエンザウイルスの感染性を不活化させた。この不活化反応後に限外ろ過(MWCO:100,000)でバッファーを1w/w%しょ糖含有6.7mMリン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)に置換し、これを不活化全粒子ワクチンとした。
【0028】
上記の通りに調製した投与液(表1)を、BALB/cマウス(雌、5週齢)の皮下へ1匹当り0.2mLを投与し、投与から21、42及び63日後に全採血した(各時点当り8匹より採血)。また、同様に各投与液を21日間隔で2回投与し、1回目投与から42及び62日後(2回目投与からそれぞれ21及び42日後)に全採血を行った。
全採血の後、上顎の咽側よりピペットマンを挿し込み、0.175%BSA及びプロテアーゼインヒビター(Thermo Fisher Scientific社)を含有するD-PBSを流し込み、外鼻孔より回収した溶液を鼻腔洗浄液とした。採取した血液は、遠心分離により血清を調製し、血清のB/Phuket/3073/2013株に対するHI抗体価を測定した。また、鼻腔洗浄液については、B/Phuket/3073/2013株に結合するIgG力価を測定した。
【0029】
【表1】
【0030】
B/Phuket/3073/2013株に対する血清のHI抗体価は図1に示す通りである。1回投与群の比較では、不活化全粒子ワクチンに比べて、スプリットワクチンは抗体誘導が遅いため、Day21ではスプリットワクチン投与群の抗体価は低いが、Day42及び63では徐々にスプリットワクチン投与群の抗体価が高まり、Day42以降ではいずれのワクチン投与群の抗体価も同程度となる。また、2回投与群では、不活化全粒子ワクチンはDay42及び63で同程度の抗体価であったが、スプリットワクチンではDay42から63にかけて、わずかに低減する傾向が確認された。このため、Day42においては、不活化全粒子ワクチンとスプリットワクチンのHI抗体価は同等であったが、Day63では、不活化全粒子ワクチンの方が高い傾向を示した。
【0031】
鼻腔洗浄液のウイルス特異的なIgG力価は図2に示す通りであり、1回投与群の比較では、スプリットワクチン投与群ではDay21から63にかけて徐々に高まっていくが相対的に抗体価は低く、これに対して不活化全粒子ワクチン投与群ではDay42をピークとしたベルシェイプを描き、HI抗体価とは異なる傾向を示した。このため、Day42及び63における血清のHI抗体価は、いずれのワクチンも同程度であったが、鼻腔洗浄液のウイルス特気的なIgG力価ではDay42において不活化全粒子ワクチン投与群はスプリットワクチン投与群に比べて有意に高い抗体誘導を示した。
【0032】
また、2回投与群では、スプリットワクチン投与群でもDay42の鼻腔洗浄液におけるウイルス特異的IgG力価は高まるものの、不活化全粒子ワクチン投与群と比べると抗体価は低い。更に、Day63(2回目投与から42日後)の比較では、不活化全粒子ワクチン投与群では抗体価が上昇傾向であるのに対して、スプリットワクチン投与群では低下傾向を示し、鼻腔粘膜のウイルス特異的IgGの持続性においても不活化全粒子ワクチンの方が優れていると考えられた。
【0033】
参考例2 ウイルスチャレンジ試験
参考例1と同様に、B/Victoria系統(B/Texas/2/2013株)のスプリット抗原若しくは不活化全粒子抗原を0.2mL当りにヘムアグルチニンが15μgHAとなるよう1w/w%しょ糖含有6.7mMリン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)で調整し、これをスプリットワクチン又は不活化全粒子ワクチンとした。
【0034】
上記の通りに調製した投与液(表2)を、BALB/cマウス(雌、5週齢)に1匹当り0.2mLを1回若しくは3週間隔で2回皮下投与した。対照群へは生理食塩液(大塚製薬工場)を3週間隔で2回皮下投与した。1回目投与から42日後、イソフルラン麻酔下でB/Victoria系統のB/Brisbane/60/2008株を1×10TCID50/10μL/headで鼻腔にウイルス接種した。ウイルス接種より3日後に各マウスを放血致死させ、その後参考例1と同様の方法で鼻腔洗浄液を回収した。
回収した鼻腔洗浄液に含まれるウイルス量をqPCRで測定し、鼻腔粘膜におけるウイルスの排除能を比較評価した。
【0035】
【表2】
【0036】
ウイルス接種3日後における鼻腔洗浄液のウイルス含量は、図3に示す通りである。不活化全粒子ワクチンの皮下投与によって、鼻腔粘膜におけるウイルス特異的IgGは1回投与42日後及び2回投与後で高まるが(参考例1)、ウイルスチャレンジ試験においても、上記の時点で接種した場合、ほとんどウイルスが検出されなかった。一方で、スプリットワクチンの皮下投与では、1回投与42日後は鼻腔粘膜のウイルス特異的IgG力価が低いためか、対照群と比較するとわずかにウイルス含量は低減しているが、鼻腔洗浄液のウイルス含量は高いことが確認された。しかし、スプリットワクチンの皮下投与においても、2回投与することでDay42の鼻腔粘膜でのウイルス特異的IgG力価は高まるため(参考例1)、2回投与群のウイルス含量は対照に比べて10分の1未満であり、鼻腔粘膜におけるウイルス含量の有意な低下が確認された。
これらの結果より、鼻腔粘膜のウイルス特異的IgG力価を高いレベルで誘導することがインフルエンザワクチンの有効性と関連していることが示唆された。
【0037】
実施例1 インフルエンザワクチンの皮内投与における鼻腔粘膜の抗体誘導評価
参考例1と同様に調製した4株(A/H1N1、A/H3N2、B/Yamagata系統、B/Victoria系統)のスプリット抗原と不活化全粒子抗原を用いて、不活化全粒子ワクチン及びスプリットワクチンを調製した。皮内投与に供するワクチンは、0.2mL当りにヘムアグルチニンが15、3、若しくは0.6μgHAとなるよう、皮下投与に供するワクチンは、0.5mL当りにヘムアグルチニンが15、3、若しくは0.6μgHAとなるよう1w/w%しょ糖含有6.7mMリン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)で調整した。
【0038】
上記の通りに調製した投与液(表3-1、表3-2)を、皮内投与は1匹当り0.2mL、皮下投与は1匹当り0.5mLでSDラット(雄、9週齢)の後背部に3週間隔で2回投与し、2回目投与の21日後にイソフルラン麻酔下にて脱血し、その後鼻腔洗浄液を採取した。鼻腔洗浄液の採取方法は、参考例1と同様に、上顎の咽側よりピペットマンを挿し込み、0.175%BSA及びプロテアーゼインヒビター(Thermo Fisher Scientific社)を含有するD-PBSを流し込み、外鼻孔より回収した溶液を鼻腔洗浄液とした。なお、皮内投与にはパスキン3本針(南部化成、34G、1.2mm)を使用した。
回収した鼻腔洗浄液は、各ワクチン株に対して結合するウイルス特異的IgG力価の測定及びA/Singapore/GP1908/2015株に対する中和抗体価の測定に供した。
【0039】
【表3-1】
【0040】
【表3-2】
【0041】
鼻腔洗浄液のウイルス特異的IgG力価の結果は、図4A~Dに示す通りである。A/Singapore/GP1908/2015株(A/H1N1亜型)及びA/Singapore/INFIMH-16-0019/2016株(A/H3N2亜型)に対するIgG力価は、不活化全粒子ワクチンの皮内投与群若しくは不活化全粒子ワクチンの皮下投与群の高用量において誘導が確認され、その他の群ではほとんど誘導されなかった(図4A及びB)。また、鼻腔粘膜でウイルス特異的なIgGの誘導が確認された群のなかでも、不活化全粒子ワクチンの15μgHA/株/headを皮内投与した群で最も誘導効率が高いことが確認された。したがって、A型ウイルスに対する鼻腔粘膜のウイルス特異的IgGを誘導するためには、不活化全粒子ワクチンの投与が有効であり、特に不活化全粒子ワクチンを高用量で皮内投与することによって高い抗体誘導が達成できる。
また、B/Phuket/3073/2013株及びB/Maryland/15/2016株に対するIgG力価においても、不活化全粒子ワクチンの皮内投与群で最も高い誘導を示した(図4C及びD)。B型では、スプリットワクチンの皮内投与群でも鼻腔粘膜にウイルス特異的なIgGの誘導が確認されたが、現行のインフルエンザワクチンと同一のスプリットワクチンの皮下投与(SV(S.C.))では最も誘導効率が低いことがわかった。したがって、A型及びB型のいずれのウイルスに対しても鼻腔粘膜に特異的なIgGを効率的に誘導できるのは、不活化全粒子ワクチンの皮内投与であると考えられた。
【0042】
図5には鼻腔洗浄液のA/Singapore/GP1908/2015株(A/H1N1亜型)に対する中和抗体価の結果を示すが、不活化全粒子ワクチンの15μgHA/株/headを皮内投与した群のみが、高いウイルス中和活性を示した。
したがって、鼻腔粘膜のウイルス特異的なIgG力価の結果においても、不活化全粒子ワクチン(15μgHA/株/head)の皮内投与はいずれの株に対するIgG力価も高く、また、ウイルスの中和活性も最も高い。すなわち、高用量の不活化全粒子ワクチンの皮内投与によって、鼻腔粘膜でウイルスを排除する抗体誘導が高まり、現行のワクチンよりも有効性の高いインフルエンザワクチンとなる。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図4D
図5