(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-19
(45)【発行日】2024-04-30
(54)【発明の名称】撥液防汚膜およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
B41J 2/14 20060101AFI20240422BHJP
B41J 2/16 20060101ALI20240422BHJP
C08L 83/02 20060101ALI20240422BHJP
C08K 7/18 20060101ALI20240422BHJP
【FI】
B41J2/14 501
B41J2/16 201
B41J2/16 401
B41J2/14 613
C08L83/02
C08K7/18
(21)【出願番号】P 2019231415
(22)【出願日】2019-12-23
【審査請求日】2022-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2019144615
(32)【優先日】2019-08-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】石井 美穂
(72)【発明者】
【氏名】筒井 暁
(72)【発明者】
【氏名】浜出 陽平
(72)【発明者】
【氏名】堀内 勇
(72)【発明者】
【氏名】石塚 一成
【審査官】長田 守夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-64206(JP,A)
【文献】特開2016-150522(JP,A)
【文献】特開平10-273617(JP,A)
【文献】特開2010-194982(JP,A)
【文献】米国特許第8931885(US,B1)
【文献】米国特許第6511156(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41J 2/01-2/215
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物を含有し、縮合可能な官能基に対する縮合した官能基数の割合で表される縮合度が40%以上、90%以下の架橋重合体と、
無機微粒子と、
を有する組成物の硬化物を含む撥液防汚膜
であって、
前記架橋重合体の空隙における前記無機微粒子の占有率が50%以上である撥液防汚膜。
【請求項2】
前記フッ素含有基が、パーフルオロアルキル基又はパーフルオロポリエーテル基を含む基である請求項1に記載の撥液防汚膜。
【請求項3】
前記フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物が、下記式(1)、(3)~(6)で表される化合物から選択される少なくとも一種である、請求項1又は2に記載の撥液防汚膜。
【化1】
(式(3)~(6)中、R
pはパーフルオロポリエーテル基、Aは炭素数1から12の結合基、Xは加水分解性置換基、Y及びRは非加水分解性置換基、Zは水素原子又はアルキル基、Qは2価又は3価の結合基である。ここでQが2価のときn=1、Qが3価のときn=2である。aは1以上3以下の整数、mは1以上4以下の整数である。)
【請求項4】
前記架橋重合体が、フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物とアルキル基又は芳香族基を有する加水分解性シラン化合物との縮合物である、請求項1~3のいずれか1項に記載の撥液防汚膜。
【請求項5】
前記アルキル基又は芳香族基を有する加水分解性シラン化合物が、下記式(13)で表される、請求項4に記載の撥液防汚膜。
【化2】
【請求項6】
前記無機微粒子が、少なくとも一種の金属酸化物を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の撥液防汚膜。
【請求項7】
前記無機微粒子が、ZnO、TiO
2、SnO
2、Al
2O
3、In
2O
3、SiO
2、MgO、BaO、MoO
2、アンチモンドープ酸化スズ(ATO)、フッ素ドープ酸化スズ、スズドープ酸化インジウム(ITO)、アルミニウムドープ酸化亜鉛(AZO)、インジウムドープ酸化亜鉛(IZO)、アンチモンドープ酸化チタン、及びニオブドープ酸化チタンからなる群より選択される少なくとも一つである、請求項1~6のいずれか1項に記載の撥液防汚膜。
【請求項8】
前記無機微粒子が、Al
2O
3、SiO
2、MgOからなる群より選択される少なくとも一つである、請求項1~7のいずれか1項に記載の撥液防汚膜。
【請求項9】
前記無機微粒子の含有量が、前記架橋重合体の100質量部に対して、5質量部以上、50質量部以下である、請求項1~8のいずれか1項に記載の撥液防汚膜。
【請求項10】
前記無機微粒子の粒子径が、10nm以上、180nm以下である、請求項1~9のいずれか1項に記載の撥液防汚膜。
【請求項11】
前記架橋重合体が、フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物とカチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物との縮合物である
請求項1~10のいずれか1項に記載の撥液防汚膜。
【請求項12】
前記カチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物が、下記式(14)で表される
請求項11に記載の撥液防汚膜。
【化3】
【請求項13】
前記無機微粒子が球状である、
請求項1~12のいずれか1項に記載の撥水防汚膜。
【請求項14】
前記無機微粒子の平均真球度が95%以上である、
請求項13に記載の撥水防汚膜。
【請求項15】
請求項1~14のいずれか1項に記載の撥液防汚膜の製造方法であって、
フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物を含有し、縮合可能な官能基に対する縮合した官能基数の割合で表される縮合度が40%以上、90%以下の架橋重合体及び無機微粒子を含む溶液を基材上に塗布し、加熱乾燥する撥液防汚膜の製造方法。
【請求項16】
請求項1~14のいずれか1項に記載の撥液防汚膜の製造方法であって、
フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物を含有し、縮合可能な官能基に対する縮合した官能基数の割合で表される縮合度が40%以上、90%以下の架橋重合体及び無機微粒子を、少なくとも一種の極性溶媒中で加熱する撥液防汚膜の製造方法。
【請求項17】
前記架橋重合体と前記無機微粒子を、少なくとも一種の極性溶媒中で混合することにより前記架橋重合体の空隙を前記無機微粒子で充填する、
請求項16に記載の撥液防汚膜の製造方法。
【請求項18】
前記加水分解性シラン化合物を水の存在下で、前記無機微粒子を含む少なくとも一種の極性溶媒中で加熱することにより、前記架橋重合体の空隙を前記無機微粒子で充填する、
請求項16又は17に記載の撥液防汚膜の製造方法。
【請求項19】
前記極性溶媒がアルコールである、
請求項16~18のいずれか1項に記載の撥液防汚膜の製造方法。
【請求項20】
請求項11~14のいずれか1項に記載の撥液防汚膜の製造方法であって、
フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物を含有し、縮合可能な官能基に対する縮合した官能基数の割合で表される縮合度が40%以上、90%以下の架橋重合体及び無機微粒子を含む溶液を、光カチオン重合性樹脂及び光重合開始剤を含む基材上に塗布し、加熱乾燥後に光照射する方法であり、
ここで、前記架橋重合体が、フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物とカチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物との縮合物である、撥液防汚膜の製造方法。
【請求項21】
請求項11~14のいずれか1項に記載の撥液防汚膜の製造方法であって、
フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物を含有し、縮合可能な官能基に対する縮合した官能基数の割合で表される縮合度が40%以上、90%以下の架橋重合体及び無機微粒子と、さらに光重合開始剤を含む溶液を基材上に塗布し、加熱乾燥した後に、光照射する方法であり、
ここで、前記架橋重合体が、フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物とカチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物との縮合物である、撥液防汚膜の製造方法。
【請求項22】
請求項11~14のいずれか1項に記載の撥液防汚膜の製造方法であって、
フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物を含有し、縮合可能な官能基に対する縮合した官能基数の割合で表される縮合度が40%以上、90%以下の架橋重合体及び無機微粒子と、さらに光重合開始剤を含む溶液を、光カチオン重合性樹脂及び光重合開始剤を含む未硬化の基材上に塗布し、加熱乾燥後に光照射する方法であり、
ここで、前記架橋重合体が、フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物とカチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物との縮合物である、撥液防汚膜の製造方法。
【請求項23】
吐出口の設けられた面に撥液防汚膜を有するインクジェット記録ヘッドであって、該撥液防汚膜が
請求項1~14のいずれか1項に記載の撥液防汚膜であるインクジェット記録ヘッド。
【請求項24】
前記吐出口の側壁の一部に前記撥液防汚膜が含まれる、
請求項23に記載のインクジェット記録ヘッド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥液防汚膜およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、撥液防汚膜を形成する材料としては、シリコーン系化合物やフッ素化合物等が用いられる。長期に亘って撥液性を発現することが可能であることから、特にフッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物の縮合物が好ましい。この縮合物は膜強度に優れ、ふき取りや擦りに対する耐久性も高い。
撥液防汚膜の用途の一例としては、インクジェット記録ヘッドの表面処理が挙げられる。インクジェット記録ヘッドの製造においては高精度、高精細の吐出口部形成を目的として感光性樹脂を用いる手法が知られている(特許文献1)。特許文献1に記載の製造方法では、エポキシ基を有する加水分解性シラン化合物と、フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物とを縮合させて得られる縮合物を含む撥水剤を感光性樹脂層上に塗布し、同時にパターニングして吐出口を形成している。この方法によって、高い撥液性と擦りに対する高い耐久性を有し、高精度の吐出口を有するインクジェット記録ヘッドを得ることができるとされている。
引用文献2には、ノズル表面がフッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物と、カチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物からつくられる縮合生成物を含む撥液特性を有するノズル表面を備えるインクジェットヘッドが開示されている。
さらに、引用文献3には、分子中に2つ以上の環状エーテル基及び/又は環状チオエーテル基を有する熱硬化性成分、水酸化アルミニウム及び真球状シリカを含有し、プリント配線板の製造用であることを特徴とする硬化性樹脂組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-237259号公報
【文献】特表2007-518587号公報
【文献】特開2014-122360号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のように加水分解性シラン化合物の縮合物を用いる場合、架橋重合体の空隙に雰囲気の水蒸気などが浸入し吸水、吸湿することがある。特に上述のように微細化されたインクジェット記録ヘッドでは、インク流路壁を構成する部材の吸湿による体積膨潤の影響が無視できなくなり、流路壁やオリフィスの変形が生じる恐れがある。その結果、吐出されるインク滴の吐出方向がばらついたり、吐出されるインク滴の量が変化したりと、出力される画像にムラが生じる可能性がある。
上記課題の対策として、縮合物を合成する際に架橋密度を上げ、空隙を最小化することで吸水、吸湿を抑制することが可能である。ただし、架橋密度の増加によりフッ素含有基の配向性低下により撥液性が不十分となったり、パターニングをする際に解像性が低下したりする可能性がある。
特許文献2に記載されている縮合生成物は、撥液性およびパターニング性に優れているが、熱処理による硬化収縮が大きくなる場合がある。ここで、フッ素基を表面に配向させるためには、熱処理が必要となるが、その際に変形やクラックが生じたり、基材との密着性が低下する場合がある。
上記課題の対策として、架橋密度を上げることで硬化収縮の影響を低減可能である。しかし、溶剤への溶解性の低下や内部応力の上昇などの可能性がある。この対策として、特許文献3に記載された組成物を用いることが考えられるが、熱硬化性樹脂では十分なパターニング精度が得られないという問題がある。さらに、インクジェットヘッドへの使用を考慮した場合、アルカリ現像による処理は、ノズル部材を劣化させる場合があるため、これらの組成物を用いることができない。
本発明の目的は、上記課題を解決するものである。すなわち、縮合生成物の架橋密度を上げることなく、膜密度を向上させることで、熱硬化収縮が小さく、高い撥液性と耐水性、及び耐吸湿性の少なくとも1つを実現可能とした撥液防汚膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物を含有し、縮合可能な官能基に対する縮合した官能基数の割合で表される縮合度が40%以上、90%以下の架橋重合体と、無機微粒子とを有する組成物の硬化物を含む撥液防汚膜であって、前記架橋重合体の空隙における前記無機微粒子の占有率が50%以上である撥液防汚膜を提供する。
【発明の効果】
【0006】
以上の構成によれば、撥液性をなるべく損なうことなく撥液防汚膜の熱硬化収縮、吸湿、吸水の少なくとも1つを抑制することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本発明の一実施形態として撥液防汚膜を用いたインクジェット記録ヘッドの模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態として撥液防汚膜を用いたインクジェット記録ヘッドの製造方法例を説明するための図である。
【
図3】本発明の一実施態様として撥液層の形成手順を説明するための図である。
【
図4】本発明の一実施態様として撥液層の形成手順を説明するための図である。
【
図5】一般的な架橋重合体における熱処理による収縮を模式的に示す図であり、(A)は熱処理前、(B)は熱処理後の様子を示す。
【
図6】本発明における架橋重合体中に球状の無機微粒子を充填した場合の収縮抑制を模式的に示す図であり、(A)は熱処理前、(B)は熱処理後の様子を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明について、以下で詳細に説明する。本発明に記載の撥液防汚膜を用いることで、撥液性、耐熱硬化収縮性、耐吸水性、及び耐吸湿性の優れた撥液防汚膜を形成することができるものである。
以下に、この撥液防汚膜を形成するための成分について説明する。
【0009】
(架橋重合体)
本発明で用いる架橋重合体は、少なくともフッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物の縮合物を含む。
フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物中のフッ素含有基としては、撥液性の観点からパーフルオロアルキル基又はパーフルオロポリエーテル基を含む基であることが好ましい。
パーフルオロアルキル基を有する加水分解性シラン化合物としては、下記式(1)で表される化合物が好適に用いられる。
【0010】
【0011】
式(1)中のaとしては、2又は3、特に3であることが好ましい。
式(1)中の加水分解性置換基Xとしては、水素原子、ハロゲン原子、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシルオキシ基)、及びアルキルカルボニル基等が挙げられる。ハロゲン原子としては、F、Cl、Br又はIが挙げられる。アルコキシ基としては、好ましくは、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基、sec-ブトキシ基、イソブトキシ基、及びtert-ブトキシ基等のC1-6アルコキシ基が挙げられる。アリールオキシ基としては、好ましくは、フェノキシ基等のC6-10アリールオキシ基が挙げられる。アシルオキシ基としては、好ましくは、アセトオキシ基及びプロピニルオキシ基等のC1-6アシルオキシ基が挙げられる。アルキルカルボニル基としては、好ましくは、アセチル基等のC2-7アルキルカルボニル基が挙げられる。これらの中でも加水分解性置換基Xとしては、アルコキシ基が好ましい。尚、式(1)中の加水分解性置換基Xは、互いに同じでも異なってもよい。式(1)中の非加水分解性置換基Yとしては、置換又は非置換の、炭素数1以上20以下のアルキル基及びフェニル基が挙げられる。非加水分解性置換基Yは置換基を有さないことが好ましい。尚、式(1)中の非加水分解性置換基Yは互いに同じであっても異なってもよい。
式(1)中のフッ素原子を有する非加水分解性置換基Rfとしては、下記式(2)で表される基であることが好ましい。
【0012】
【0013】
式(2)中のnとしては、3以上15以下、特には5以上11以下の整数であることが好ましい。Zとしては炭素数10以下のアルキレン基又はアルキレンオキシ基であることが好ましく、特には炭素数6以下のアルキレン基又はアルキレンオキシ基であることが好ましい。アルキレンオキシ基としては、例えば、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、メチレンオキシ基、エチレンオキシ基、プロピレンオキシ基、及びブチレンオキシ基が挙げられ、Zとしては特にエチレン基が好ましい。
上記式(1)で表される具体的な化合物としては、以下のものが挙げられる。例えば、C2F5-C2H4-SiX3、C4F9-C2H4-SiX3、C6H13-C2H4-SiX3、C8F17-C2H4-SiX3、C10F2l-C2H4-SiX3及びC12F25-C2H4-SiX3が挙げられる。これらの化合物中のXはメトキシ基又はエトキシ基である。
パーフルオロポリエーテル基を有する加水分解性シラン化合物としては、近年、高耐久性、高撥液性、環境負荷の低減という観点から、パーフルオロアルキル基を有する加水分解性シラン化合物にかわって用いられている。パーフルオロポリエーテル基を有する加水分解性シラン化合物としては、下記式(3)~(6)で表される化合物のいずれかが好ましい。
【0014】
【0015】
(式(3)~(6)中、Rpはパーフルオロポリエーテル基、Aは炭素数1から12の結合基、Xは加水分解性置換基、Y及びRは非加水分解性置換基、Zは水素原子又はアルキル基、Qは2価又は3価の結合基である。ここでQが2価のときn=1、Qが3価のときn=2である。aは1以上3以下の整数、mは1以上4以下の整数である。)
【0016】
式(3)~(6)中のXは前記式(1)中のXと、式(3)~(6)中のR及びYは前記式(1)中のYと、それぞれ同様である。式(3)~(6)中のZのアルキル基としては、炭素数1以上20以下のアルキル基、特にはメチル基、エチル基、プロピル基等の炭素数1以上4以下のアルキル基が好ましい。式(3)~(6)中のQとしては、炭素原子及び窒素原子が挙げられる。式(3)~(6)中のAとしては、アルキレン基又はアルキレンオキシ基であることが好ましく、特にはメチレン基、エチレン基、プロピルレン基等の炭素数1以上4以下のアルキレン基が好ましい。
式(3)~(6)中のパーフルオロポリエーテル基Rpとは、パーフルオロアルキル基と酸素原子からなるユニットが1つ以上連なった基である。パーフルオロポリエーテル基Rpとしては下記式(7)で表される基であることが好ましい。
【0017】
【0018】
式(7)中、()内で表される部分がそれぞれのユニットであり、そのユニットの数を示すo、p、q及びrで表される数をここでは繰り返しユニット数と呼ぶ。パーフルオロポリエーテル基Rp内の繰り返しユニット数は、1以上30以下の整数、特には3以上20以下の整数であることが好ましい。Rp内の繰り返しユニット数が多いほど撥液性が良好である。また、パーフルオロポリエーテル基Rpの平均分子量(数平均分子量)は、500以上5000以下であることが好ましく、500以上2000以下であることがより好ましい。尚、パーフルオロポリエーテル基を有する化合物は、その特性上、繰り返しユニット数(式(7)中のo、p、q、及びr)が異なるものの混合物である場合が多い。パーフルオロポリエーテル基の平均分子量とは、式(7)の繰り返しユニットで示される部分の総和の分子量の平均を指す。
パーフルオロポリエーテル基を有する加水分解性シラン化合物としては、下記式(8)~(12)で表されるいずれかの化合物であることが好ましい。
【0019】
【0020】
式(8)~式(12)中、繰り返し単位数である、s、t、e、f、g、hは、それぞれ1以上30以下の整数である。1以上であることにより撥液性が向上し、30以下であることにより溶媒に対する溶解性が向上する。また、s、t、e、f、g、hは、それぞれ3以上20以下の整数であることが好ましい。特にアルコール等の非フッ素系溶媒中で縮合反応を行う場合には、s、t、e、f、g及びhは3以上10以下であることが好ましい。
市販のパーフルオロポリエーテル基含有シラン化合物としては、ダイキン工業社製「オプツールDSX」、「オプツールAES」、信越化学工業社製「KY-108」、「KY-164」(いずれも商品名)が挙げられる。また、パーフルオロポリエーテル基含有シラン化合物としては、住友スリーエム社製「NovecEGC-1720」、ソルベイソレクシス社製「フルオロリンクS10」(いずれも商品名)が挙げられる。
【0021】
本発明で用いられる架橋重合体は、フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物と、アルキル基又は芳香族基を有する加水分解性シラン化合物との縮合物であってもよい。縮合物を形成する加水分解性シラン化合物として、アルキル基又は芳香族基を有する加水分解性シラン化合物を併用することで、縮合物の極性や架橋密度の制御が可能である。このような非カチオン重合性アルキル基又は芳香族基を有するシラン化合物を併用した場合、パーフルオロポリエーテル基やカチオン重合性基の置換基の自由度が向上する。このため、パーフルオロポリエーテル基の空気界面側への配向、カチオン重合性基の重合、及び未反応のシラノール基の縮合が促進される。また、アルキル基や芳香族基のような非極性基が縮合物中に存在すると、シロキサン結合の開裂が抑制されるため、得られる撥液防汚膜の撥液性及び耐久性が向上する。さらに、架橋重合体中に疎水基があることで、耐吸水性、耐吸湿性が向上する。
アルキル基又は芳香族基を有する加水分解性シラン化合物としては、下記式(13)で表される化合物であることが好ましい。
【0022】
【0023】
式(13)中のRcとしては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ヘキシル基、フェニル基、及びナフチル基等の炭素数1以上20以下のアルキル基又は芳香族基が挙げられる。式(13)で表される加水分解性シラン化合物としては、具体的には、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリプロポキシシラン、エチルトリメトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、エチルトリプロポキシシランが挙げられる。また、プロピルトリメトキシシラン、プロピルトリエトキシシラン、プロピルトリプロポキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシランが挙げられる。さらには、トリメチルメトキシシラン、及びトリメチルエトキシシランが挙げられる。式(13)中のXは、前記式(1)中のXと同様である。
【0024】
フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物の縮合物は、膜強度及び基材との密着性の観点から、フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物と、カチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物との縮合物であることが好ましい。
【0025】
カチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物中のカチオン重合性基としては、エポキシ基又はオキセタン基であることが好ましく、入手の容易さ及び反応制御の観点から、エポキシ基であることが特に好ましい。カチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物としては、下記式(14)で表される化合物であることが好ましい。
【0026】
【0027】
式(14)中のaとしては、2又は3、特に3であることが好ましい。
式(14)中のRdとしては、グリシジル基、γ-グリシドキシプロピル等のグリシジルオキシC1-20アルキル基が挙げられる。さらに、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチル等のエポキシシクロアルキル基が挙げられる。式(14)中のX及びYは、前記式(1)中のX及びYとそれぞれ同様である。尚、式(14)中のXとしては、加水分解反応により脱離した基がカチオン重合反応を阻害せず、反応性を制御しやすいという観点からアルコキシ基が好ましい。
【0028】
上記で挙げたいずれの加水分解性シラン化合物も、それぞれ一種のみを用いてもよく、二種以上を併用してもよい。また、上記で挙げた加水分解性シラン化合物中の加水分解性置換基の一部が、加水分解によって水酸基になっていたり、脱水縮合によりシロキサン結合があらかじめ形成されていたりしてもよいものとする。
上記加水分解性シラン化合物の配合比は、その使用形態に応じて適宜決定される。フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物の配合比は、用いられる加水分解性シラン化合物のモル数の合計量を100mol%として計算した場合、0.01mol%以上10mol%以下であることが好ましい。該配合比は、0.1mol%以上5mol%以下であることがより好ましい。該配合比が0.01mol%以上である場合、高い撥液性を得ることができる。また、該配合比が10mol%以下であると、フッ素含有基(特に、パーフルオロポリエーテル基)を有する加水分解性シラン化合物の凝集が抑制され、均一な撥液防汚膜を形成することができる。
アルキル基又は芳香族基を有する加水分解性シラン化合物の配合比は、用いられる加水分解性シラン化合物のモル数の合計量を100mol%として計算した場合、5mol%以上70mol%以下であることが好ましい。さらに、撥液性の観点から10mol%以上50mol%以下であることがより好ましい。
【0029】
また、カチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物の配合比は、その使用形態に応じて適宜決定される。用いられる加水分解性シラン化合物のモル数の合計量を100mol%として計算した場合、基材との密着性及び耐久性を得る観点から、20mol%以上80mol%以下であることが好ましい。カチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物の配合比が20mol%以上である場合、得られる撥液防汚膜の耐久性が非常に高く、該配合比が80mol%以下の場合、カチオン重合性基がフッ素含有基の配向を阻害せず撥液性が良好である。該配合比としては、30mol%以上70mol%以下であることがより好ましい。
【0030】
上記で述べた加水分解性シラン化合物の縮合反応は、水の存在下、溶媒中で加熱することにより、加水分解と縮合反応とを進行させることによって行われる。加水分解/縮合反応を温度、時間、濃度、pH等で適宜制御することで、所望の縮合物を得ることができる。
縮合反応の進行度合い(縮合度)は、縮合可能な官能基数に対する縮合した官能基数の割合で定義することができる。縮合可能な官能基は前述の加水分解性置換基に相当する。縮合度は29Si-NMR測定によって見積もることができる。例えば一分子中に3つの加水分解性置換基を有するシラン化合物の場合、以下の比率から下記計算式(1)に従って計算される。
【0031】
【0032】
T0体:他のシラン化合物とは結合していないSi原子
T1体:1つのシラン化合物と酸素を介して結合しているSi原子
T2体:2つのシラン化合物と酸素を介して結合しているSi原子
T3体:3つのシラン化合物と酸素を介して結合しているSi原子
【0033】
溶液状態における縮合度は、用いる加水分解性シラン化合物の種類、合成条件によっても異なるが、塗布性、及び無機微粒子の保持性の観点から40%以上であることが好ましい。また、縮合度は析出やゲル化などを防止する観点から90%以下であることが好ましい。ただし、溶液中に溶解した状態で90%を超えることは稀である。例えばパーフルオロポリエーテル基を有するシラン化合物の場合には、縮合度は80%以下であることが好ましく、さらに60%以下であることが好ましい。未反応シラン(T0体)の比率は20%以下であることが好ましい。また、T3量は50%以下に制御することが好ましい。
尚、一つのシラン原子に対して2つの加水分解性置換基を有するシラン化合物の場合も同様に、以下計算式(2)にしたがって縮合度を計算することができる。
【0034】
【0035】
D0体:他のシラン化合物とは結合していないSi原子
D1体:1つのシラン化合物と酸素を介して結合しているSi原子
D2体:2つのシラン化合物と酸素を介して結合しているSi原子
【0036】
縮合物は、一般に水酸基、カルボニル基、エーテル結合等の酸素原子含有基を有する極性溶媒中で合成される。溶媒としては、具体的には、アルコール類、ケトン類、エステル類、ジグライム、テトラヒドロフラン、プロピレングリコールモノメチルエーテル(PGME)等のエーテル類、及びジエチレングリコール等のグリコール類等の極性溶媒が挙げられる。アルコール類としては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール等が、ケトン類としては、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等が挙げられる。エステル類としては、酢酸エチル、酢酸ブチル、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(PGMEA)等が挙げられる。また、フッ素含有シラン化合物の溶解性を維持するため、ハイドロフルオロエーテル(商品名:HFE7200、住友スリーエム社製)等フッ素を含有する溶媒を併用する場合もある。ただし水を合成に用いるため、水の溶解性が高いアルコール類が最適である。加水分解性シラン化合物は、アルコール溶媒中で反応させた場合、加水分解性シラン化合物の加水分解性置換基と置換反応を起こし、アルコキシ基を形成することがある。加水分解性シラン化合物の反応性を考慮すると、溶媒としては、エタノール又はメタノールが好ましい。また水分量制御の観点から、加熱は100℃以下で行うことが好ましい。そのため、加熱還流で反応を行う場合には、沸点が100℃以下であるアルコール類が適している。この観点からも溶媒としてはエタノール又はメタノールが好ましい。尚、沸点が高いと反応時間を短縮できることからエタノールが好適に用いられる。
【0037】
反応液中における加水分解性シラン化合物の濃度は、5質量%以上、60質量%以下であることが好ましく、10質量%以上、50質量%以下であることがより好ましい。濃度が5質量%以上であることにより、十分な反応速度が得られ、60質量%以下であることにより、ゲル化、析出の発生を抑制することができる。
反応に用いられる水の添加量は、加水分解性シラン化合物の加水分解性置換基の総量のモル数に対して、0.5当量以上3当量以下であることが好ましく、0.8当量以上2当量以下であることがより好ましい。水の添加量が0.5当量以上であることにより、加水分解、縮合反応における十分な反応速度が得られる。水の添加量が3当量以下であることにより、フッ素含有基(特に、パーフルオロポリエーテル基)を有する加水分解性シラン化合物の凝集を抑制することができる。
また、加水分解及び縮合反応に際して、触媒を利用し、縮合度を制御することも可能である。酸触媒やアルカリ触媒を用いる手法が知られているが、アルカリ触媒では溶媒中でゲル等の固体物が析出する場合があることから、酸触媒が好ましい。ただしpHが低すぎると、縮合物中のエポキシが開環してしまう可能性があるため、弱酸で、さらに低分子の有機酸が好適である。具体例としては、酢酸、グリコール酸、ギ酸が挙げられる。
【0038】
(無機微粒子)
次に、本発明における無機微粒子について説明する。
無機微粒子としては溶媒への溶解性、及び分散性の観点から金属酸化物粒子が好適に用いられる。金属酸化物粒子としては、例えば、ZnO、TiO2、SnO2、Al2O3、In2O3、SiO2、ZrO2、MgO、BaO、MoO2、アンチモンドープ酸化スズ(ATO)、フッ素ドープ酸化スズ、スズドープ酸化インジウム(ITO)が挙げられる。他には、アルミニウムドープ酸化亜鉛(AZO)、インジウムドープ酸化亜鉛(IZO)、アンチモンドープ酸化チタン、及びニオブドープ酸化チタンが挙げられる。これらの中でも水蒸気透過量の抑制、すなわちガスバリア性の観点からTiO2、Al2O3、SiO2、ZrO2、MgOからなる群より選択される少なくとも一つ、特にはAl2O3、SiO2又はMgOが好ましい。これらの無機微粒子は一種単独で又は二種以上を併用して用いることができる。
【0039】
無機微粒子の含有量は、架橋重合体における縮合物100質量部に対して5質量部以上、50質量部以下であることが好ましく、10質量部以上であることがより好ましい。
【0040】
無機微粒子の粒子径10nm以上、180nm以下であることが好ましい。光の散乱を抑制するよう、無機微粒子の粒子径は、照射する光の波長の1/2よりも小さいことが好ましい。例えば、365nmの光照射により塗膜を硬化物とする場合には、無機微粒子の粒子径は180nm以下、特には120nm以下であることが好ましい。無機微粒子の粒子径は10nm以上、さらには50nm以上であることが好ましい。尚、ここでいう粒子径は動的光散乱法により測定する体積平均一次粒子径である。測定装置としては、大塚電子社製「ダイナミック光散乱光度計」(商品名)、堀場製作所社製「動的光散乱式粒径分布測定装置LB500」(商品名)を用いることができる。
【0041】
特に球状の無機微粒子を用いることにより、得られる撥水防汚膜において膜形成工程中の熱処理の影響による変形を抑制することが、より容易となる。
例えば、
図5に示すように、加水分解性シラン化合物を含有する架橋重合体の縮合物は、一般的に硬化収縮及び硬化後の冷却収縮が大きいため、工程中の熱処理により変形する場合がある。
図5(A)は熱処理前の架橋重合体16の様子を模式的に示し、
図5(B)は熱処理後の架橋重合体19の様子を模式的に示す。架橋重合体において硬化物同士は面で接しているため(架橋重合体の接面18)、硬化収縮又は冷却収縮時に接面18が引っ張られ(
図5(B)の矢印で示させる方向に引っ張られる)、クラックや反りと言った変形が生じる。そして、架橋重合体の空隙17も、熱処理により狭くなる。その結果、狙い寸法通りの膜形成が困難となる場合がある。熱処理の温度を低くすることで変形を緩和することは可能であるが、膜強度が低下する懸念がある。
そこで
図6に示すように、架橋重合体の空隙17に球状の無機微粒子20を充填することにより、硬化物同士はクラックの起点となる面を持たず、点で接するため(架橋重合体の接点21)、変形を抑制することが可能である。使用する無機微粒子の平均真球度としては特に制限はないが、例えば、90%以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上を挙げることができる。。尚、本発明において真球度とは、以下の式によって算出される値であり、平均真球度とは、複数の微粒子の真球度を平均した値をいう。
真球度=(微粒子の最短径)/(微粒子の最長径)×100
【0042】
以上に例示した範囲の無機微粒子を用いることにより、縮合度が40%以上、90%以下である該架橋重合体との混合物において、架橋重合体の空隙を充填することが可能であり、撥水防汚膜として高い耐熱硬化収縮性、耐吸水性が得られる。尚、架橋重合体の空隙における無機微粒子の占有率としては特に制限はないが、例えば30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上のものを挙げることができる。また、占有率の上限としては、特に制限はないが、例えば100%、90%、80%などを挙げることができる。尚、占有率はX線結晶解析により測定可能であり、例えばリガク社製「全自動多目的X線回折装置SmartLab」(商品名)を用いて測定することができる。
【0043】
本発明に係る撥液防汚膜の製造方法について以下に説明する。
<撥水防汚膜の製造方法>
本発明に係る撥水防汚膜の塗布液の製造方法としては、架橋重合体を作製した後に無機微粒子と混合する手法か、架橋重合体を作製する過程で無機微粒子を添加する手法のどちらを用いてもよい。後者の場合は、架橋重合体を作製する際に用いる反応溶媒に予め無機微粒子を分散させておくことで、縮合反応の進行に伴って架橋重合体の空隙に無機微粒子を配置することが出来る。そのため、前者の手法と比較して効率よく空隙の充填率の高い組成物を得ることが可能である。
上記により得られた組成物は、スピンコーター、ダイコーター、スリットコーター、スプレーコーター等汎用の塗布装置を使用して所望の塗膜を作製することができる。また、材料の濃度を調整すればディップコートも適用できる。
【0044】
(塗布溶媒)
前記組成物を溶液として塗布する場合、無機微粒子の分散安定性を考慮すると、塗布溶媒としては極性有機溶媒を用いることが好ましい。具体的には、アルコール類、ケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチル、PGMEA等のエステル類、ジグライム、テトラヒドロフラン、PGME等のエーテル類、及びジエチレングリコール等のグリコール類等の極性溶媒が挙げられる。アルコール類としては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール等が、ケトン類としては、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等が挙げられる。架橋重合体を作製する過程において反応溶媒としてアルコール類を選択する場合には、塗布溶媒も同様にアルコール類を用いることが好ましい。ただし、前記組成物が光重合開始剤を含む場合には、溶解性の観点からケトン類、エステル類等を併用してもよい。
【0045】
(光重合開始剤)
前記架橋重合体を作製する際に、カチオン重合性基を有する加水分解性シラン化合物を用いる場合、得られた架橋重合体、及び無機微粒子を含む組成物は光重合開始剤を有していてもよい。この場合、上記組成物を基材上に塗布し、光照射により硬化物とすることで撥水防汚膜を形成することが可能であり、熱硬化の場合に比べて撥液性や機械的強度が格段に向上し、さらにはパターニングによる微細加工も可能となる。光重合開始剤としては、スルホン酸化合物、ジアゾメタン化合物、スルホニウム塩化合物、ヨードニウム塩化合物、ジスルホン系化合物などが好ましい。市販品ではADEKA社製「アデカオプトマーSP-170」、「アデカオプトマーSP-172」、「SP-150」(いずれも商品名)、みどり化学社製「BBI-103」、「BBI-102」(いずれも商品名)等が挙げられる。他には、三和ケミカル社製「IBPF」、「IBCF」、「TS-01」、「TS-91」(いずれも商品名)、サンアプロ社製「CPI-410」、「CR-C1」(いずれも商品名)等が挙げられる。さらに上記組成物には、フォトリソグラフィー性能や密着性能等の向上を目的に、アミン類などの塩基性物質、アントラセン誘導体などの光増感物質、シランカップリング剤などを含むことができる。尚、基材が光カチオン重合性樹脂であり、これらの光重合開始剤を含む場合には、上記組成物に含有が無くとも、未硬化の基材上に塗布し加熱乾燥後に同時に光照射することにより一括で硬化物を得て、パターニングが可能である。
【0046】
(基材)
本発明に係る撥水防汚膜を形成する基材については、特に限定されるものではないが、以下、前記組成物を塗布する基材として、未硬化の樹脂を用い、基材の樹脂と組成物とを同時に硬化させて硬化物を得る場合の形態について説明する。
基材に用いる樹脂組成物としては、多官能エポキシ樹脂を主剤としたネガ型のエポキシ樹脂組成物が用いられる。具体的には、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールE型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂、クレゾールノボラック型のエポキシ樹脂、脂環式エポキシ樹脂等が挙げられる。市販のエポキシ樹脂としては、三菱ケミカル社製「157S70」、「jER1031S」(いずれも商品名)、DIC社製「エピクロンN-695」、「エピクロンN-865」(いずれも商品名)等が挙げられる。他には、ダイセル社製「セロキサイド2021」、「GT-300シリーズ」、「GT-400シリーズ」、「EHPE3150」(いずれも商品名)、日本化薬社製「SU8」(商品名)が挙げられる。さらには、プリンテック社製「VG3101」、「EPOX-MKR1710)(商品名)、ナガセケムテックス社製「デナコールシリーズ」(商品名)等が挙げられる。基材となる未硬化樹脂の上に前記組成物を塗布する場合、塗布溶媒と基材との組み合わせは非常に重要である。本発明のように、前記組成物の塗布溶媒の主成分がアルコール溶媒である場合は、アルコール溶媒に対する溶解性が比較的低いビスフェノール型エポキシ樹脂やノボラック型エポキシ樹脂が好適である。また、基材に用いる樹脂組成物の光重合開始剤としては、前述の例と同様のもの含むことができる。
【0047】
本発明に係る撥液防汚膜の製造方法を適用できる一例として、インクジェット記録ヘッドの製造方法について以下に図面を参照して説明する。尚、本発明に係る撥液防汚膜の製造方法の適用範囲はこれに限定されるものではない。
<記録ヘッドの製造方法>
図1(A)は、本発明の一実施形態にかかる記録ヘッドの例を示す模式図であり、
図1(B)はこの記録ヘッドを
図1(A)におけるA-Bを通り基板1に垂直な断面で見た断面図である。
図1に示す記録ヘッドは、液体を吐出するために利用されるエネルギーを発生するエネルギー発生素子2が所定のピッチで2列に並んで形成された基板1を有している。基板1には、液体の供給口3が、エネルギー発生素子2の2つの列の間に開口されている。基板1上には、吐出口形成部材4によって、各エネルギー発生素子2に対向する位置に設けられた吐出口5が形成されている。吐出口5の形状は、基板1側から吐出口5に向かうにつれて、基板1に平行な断面の面積が小さくなっていくような所謂テーパー形状であってもよい。吐出口形成部材4は、供給口3から各吐出口5に連通する個別の流路6を形成する側壁8と、吐出口5が開口する天板9と、から構成されている。吐出口形成部材4は側壁8と天板9とが一体となっていてもよい。吐出口形成部材上には撥液層7が設けられる。撥液層7は、吐出口5から吐出されるインクが記録ヘッドの表面へ付着するのを抑制するものである。基板1としては、流路6を構成する部材の一部として機能し、また、吐出口形成部材4の支持体として機能し得るものであれば、その形状、材質等に特に限定されることなく使用することができる。本実施形態においては、加工が容易であることからシリコン基板を用いている。
【0048】
この記録ヘッドは、吐出口5が開口する面が記録媒体の記録面に対面するように配置される。そして、供給口3を介して流路6内に充填されたインクに、エネルギー発生素子2によって発生するエネルギーが付与され、吐出口5からインク液滴を吐出させ、これを記録媒体に付着させることによって記録を行う。エネルギー発生素子2としては、熱によりエネルギーを発生する素子として電気熱変換素子(所謂ヒーター)等、力学的にエネルギーを発生する素子として、圧電素子等を用いることができる。
撥液層7は、上記の通り、フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物から成る架橋重合体及び無機微粒子を含む組成物の硬化物の層である。撥液層7は、具体的には、前記組成物を含む溶液を塗布し、その溶液の塗膜を硬化させることにより硬化物を形成することができる。
【0049】
次いで、
図2を参照して本発明の実施形態にかかる記録ヘッドの製造方法の例を説明する。
図2は、本実施形態にかかる記録ヘッドの製造方法の例を、工程に従って示す模式的断面図であり、断面の位置は
図1(B)と同様である。
まず、
図2(A)に示すように、エネルギー発生素子2が表面に設けられた基板1を準備する。エネルギー発生素子2には、素子を動作させるための制御信号入力用電極(不図示)が接続されている。また、エネルギー発生素子2の耐用性の向上を目的とした保護層(不図示)や、吐出口形成部材4と基板1との密着性の向上を目的とした密着向上層(不図示)等の各種機能層が設けられる場合がある。
【0050】
次いで、
図2(B)に示すように基板1を貫通するインク供給口3を形成する。供給口3は、TMAH(テトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド)のようなアルカリ系のエッチング液によるウェットエッチングや、反応性イオンエッチングのようなドライエッチングを用いて、形成することができる。
【0051】
次いで、
図2(C)に示すように、エネルギー発生素子2を含む基板1上に、感光性樹脂と光重合開始剤とを含む第1の感光性樹脂層10を形成する。第1の感光性樹脂層10はいわゆるネガ型の感光性樹脂層である。第1の感光性樹脂層10は、感光性樹脂組成物をPETやポリイミドからなるフィルム基材に塗布し、ラミネート法を用いて基板1上に転写して形成することが好ましい。第1の感光性樹脂層10に含まれる感光性樹脂としては、高い機械的強度、下地との密着性、耐インク性と、吐出口5の微細なパターンをパターニングするための解像性等の様々な性能を満足することから、エポキシ樹脂を好適に用いることができる。
エポキシ樹脂及び光重合開始剤としては上記と同様のものを用いることができる。
【0052】
光重合開始剤の添加量は、目標とする感度となるよう任意の添加量とすることができる。光重合開始剤の添加量は、エポキシ樹脂に対して0.5wt%以上5wt%以下の範囲が好ましい。また、必要に応じて波長増感剤を添加してもよく、該波長増感剤としては、例えばアデカ社製「SP-100」(商品名)が挙げられる。
【0053】
さらに上記感光性樹脂組成物に対して必要に応じて添加剤を適宜添加することが可能である。例えば、エポキシ樹脂の弾性率を下げる目的で可撓性付与剤を添加したり、あるいは下地との更なる密着力を得るためにシランカップリング剤を添加したりすることが挙げられる。
【0054】
次いで、
図2(D)に示すように、マスク(不図示)を介してパターン露光を行い、さらに熱処理することで側壁8を形成する。マスクは、露光波長の光を透過するガラスや石英等の材質からなる基板に、流路6のパターンに合わせてクロム膜等の遮光膜が形成されたものである。露光装置としては、i線露光ステッパー、KrFステッパー等の単一波長の光源や、キヤノン社製「マスクアライナーMPA-600Super」(商品名)等の水銀ランプのブロード波長を光源に持つ投影露光装置を用いることができる。
【0055】
このようにして側壁8を形成した基板1上に、
図2(E)に示すように、第2の感光性樹脂層11を形成する。第2の感光性樹脂層11は第1の感光性樹脂層10と同様のネガ型の感光性樹脂層である。第2の感光性樹脂層11に含まれる感光性樹脂としては、ビスフェノール型エポキシ樹脂やノボラック型エポキシ樹脂が好ましく用いられる。第2の感光性樹脂層11は第1の感光性樹脂層10と同様の手法で形成することができる。
【0056】
次いで、
図2(F)に示すように、第2の感光性樹脂層11の上に、上記撥液層7を形成するための溶液の塗膜12を形成する。塗膜12は、上記架橋重合体、無機微粒子及び溶媒を含む組成物を、スピンコート法、ロールコート法、スリットコート法等の方法で塗布して形成することができる。
【0057】
次いで、
図2(G)に示すように、マスク(不図示)を介してパターン露光を行い硬化させることで、天板9及び撥液層7を形成する。マスクは、露光波長の光を透過するガラスや石英等の材質からなる基板に、吐出口5のパターンに合わせてクロム膜等の遮光膜が形成されたものである。露光装置としては、i線露光ステッパー、KrFステッパー等の単一波長の光源や、キヤノン社製「マスクアライナーMPA-600Super」(商品名)等の水銀ランプのブロード波長を光源に持つ投影露光装置を用いることができる。
【0058】
次いで、
図2(H)に示すように、第2の感光性樹脂層11と塗膜12の非露光部分を現像処理により除去して、吐出口5を形成する。第2の感光性樹脂層11と塗膜12とを一括で露光及び現像することにより、第2の感光性樹脂層11及び塗膜12中のカチオン重合性基どうしが反応し、耐久性が高く帯電防止性が高い撥液層7を得ることができる。尚、この際に第1の感光性樹脂層10の非露光部分も同時に溶解除去され、流路6が形成される。
【0059】
さらに、必要に応じて加熱処理を施し、インク供給のための部材(不図示)の接合、エネルギー発生素子2を駆動するための電気的接合(不図示)を行って、記録ヘッドを完成させる。
【0060】
<記録方法>
本発明の実施形態にかかる記録方法は、上記記録ヘッドを用い、液体、特に顔料を含むインクを記録ヘッドから吐出することにより記録媒体に画像を記録するものである。
上記記録ヘッドは、インクが充填されると撥液層の側面が常にインクと接することになり、吸水しやすい状態に曝される。本発明の実施形態にかかる上記記録ヘッドを用いれば、長期に亘って使用した場合であっても、撥液層7が耐吸水性、耐吸湿性を有するため、膨潤による吐出口5の変形等を抑制することができる。
【実施例】
【0061】
以下に本発明の実施例を示し、さらに本発明を詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
<架橋重合体の合成>
フッ素含有基を有する加水分解性シラン化合物の縮合物を含む架橋重合体(i)~(ix)を以下の手順で合成した。
【0062】
(合成実施例1)
架橋重合体(i)を以下の手順により調製した。パーフルオロデシルエチルトリエトキシシラン14.21g(0.02mol)、水0.65g、エタノール62.14g、及びハイドロフルオロエーテル15.70gを、冷却管を備えるフラスコ内で、室温で5分間攪拌した。その後、14間環流することによって、架橋重合体(i)を得た。ここで、加水分解性シラン化合物の加水分解性基が全て加水分解・縮合したとして計算した理論上の縮合物の成分濃度は7質量%であった。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、40%であった。29Si-NMR測定にはブルカーバイオスピン社製「AVANCE II 500MHz」(商品名)を用いた。
【0063】
(合成実施例2)
架橋重合体(ii)を以下の手順により調製した。パーフルオロデシルエチルトリエトキシシラン14.21g(0.02mol)、水0.65g、エタノール62.14g、及びハイドロフルオロエーテル15.70gを、冷却管を備えるフラスコ内で、室温で5分間攪拌した。その後、20時間還流することによって、架橋重合体(ii)を得た。ここで、理論上の縮合物の成分濃度は7質量%であった。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、50%であった。
【0064】
(合成実施例3)
架橋重合体(iii)を以下の手順により調製した。パーフルオロデシルエチルトリエトキシシラン14.21g(0.02mol)、水0.65g、エタノール62.14g、及びハイドロフルオロエーテル15.70gを、冷却管を備えるフラスコ内で、室温で5分間攪拌した。その後、48時間環流することによって、架橋重合体(iii)を得た。ここで、理論上の縮合物の成分濃度は7質量%であった。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、72%であった。
【0065】
(合成実施例4)
架橋重合体(iv)は、以下の手順により調製した。下記式(15)で表される化合物3.95g(0.005mol)、水0.39g、エタノール34.35g、ハイドロフルオロエーテル11.86gを室温で5分間撹拌し、次に12時間加熱還流することで架橋重合体(iv)を得た。ここで、理論上の縮合物の撥液成分濃度は7%であった。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、50%であった。
【0066】
【0067】
(合成実施例5)
架橋重合体(v)を以下の手順により調製した。γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン27.45g(0.0986mol)、式(15)で表される化合物1.05g(0.0008mol)、水6.49g、エタノール24.09g、及びハイドロフルオロエーテル3.17gを室温で5分間撹拌した。次に16時間加熱還流した。ここで、理論上の縮合物の撥液成分濃度は28%であった。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、50%であった。撥液成分濃度が7質量%となるようエタノールで希釈し、架橋重合体(v)を得た。
【0068】
(合成実施例6)
架橋重合体(vi)を以下の手順により調製した。γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン13.81g、メチルトリエトキシシラン8.84g、式(15)で表される化合物1.05g、水6.53g、エタノール11.47g、及びハイドロフルオロエーテル3.17gを室温で5分間撹拌した。次に18時間加熱還流した。尚、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシランは0.0496mol、メチルトリエトキシシランは0.0496mol、式(15)で表される化合物は0.0008molであった。ここで、理論上の縮合物の撥液成分濃度は28%であった。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、50%であった。撥液成分濃度が7質量%となるようエタノールで希釈し、架橋重合体(vi)を得た。
【0069】
(合成実施例7)
架橋重合体(vii)を以下の手順により調製した。γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン13.81g、フェニルトリエトキシシラン11.92g、式(15)で表される化合物1.05g、水6.53g、エタノール26.81g、及びハイドロフルオロエーテル3.17gを室温で5分間撹拌した。次に24時間加熱還流した。尚、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシランは0.0496mol、フェニルトリエトキシシランは0.0496mol、式(15)で表される化合物は0.0008molであった。ここで、理論上の縮合物の撥液成分濃度は28質量%であった。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、50%であった。撥液成分濃度が7質量%となるようエタノールで希釈し、架橋重合体(vii)を得た。
【0070】
(合成実施例8)
架橋重合体(viii)を以下の手順により調製した。γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン13.81g、メチルトリエトキシシラン4.42g、フェニルトリエトキシシラン5.96g、式(15)で表される化合物1.05gを用いた。さらに、水6.53g、エタノール19.16g、及びハイドロフルオロエーテル3.17gと混合し、室温で5分間撹拌し、次に30時間加熱還流した。尚、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシランは0.0496mol、メチルトリエトキシシランは0.0248mol、フェニルトリエトキシシランは0.0248mol、式(15)で表される化合物は0.0008molであった。ここで、理論上の縮合物の撥液成分濃度は28質量%であった。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、50%であった。撥液成分濃度が7質量%となるようエタノールで希釈し、架橋重合体(viii)を得た。
【0071】
(合成実施例9)
架橋重合体(ix)を以下の手順により調整した。合成実施例8で得た溶液95.24gに、光重合開始剤CR-C1を0.05g添加し、室温で1時間撹拌することで架橋重合体(ix)を得た。ここで、CR-C1は固形分濃度が20質量%のPGMEA溶液であるため、溶媒や水を除く加水分解性シラン化合物の縮合物を100質量部とした場合、CR-C1の有効成分は0.15質量部添加したことになる。
【0072】
(合成実施例10)
無機微粒子を含む架橋重合体(x)を以下の手順により調製した。γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン13.81g、メチルトリエトキシシラン4.42g、フェニルトリエトキシシラン5.96g、式(15)で表される化合物1.05g、平均粒子径が80nmのAl2O3を4.28g用いた。さらに、水6.53g、エタノール19.16g、及びハイドロフルオロエーテル3.17gと混合し、室温で5分間撹拌し、次に30時間加熱還流した。尚、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシランは0.0496mol、メチルトリエトキシシランは0.0248mol、フェニルトリエトキシシランは0.0248mol、式(15)で表される化合物は0.0008molであった。ここで、理論上の縮合物の撥液成分濃度は28質量%であった。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、50%であった。撥液成分濃度が7質量%となるようエタノールで希釈し、無機微粒子を含む架橋重合体(x)を得た。
【0073】
(合成比較例1)
架橋重合体(xi)を以下の手順により調製した。パーフルオロデシルエチルトリエトキシシラン14.21g(0.02mol)、水0.65g、エタノール62.14g、及びハイドロフルオロエーテル15.70gを、冷却管を備えるフラスコ内で、室温で5分間攪拌した。その後、12間環流することによって、架橋重合体(xi)を得た。ここで、理論上の縮合物の成分濃度は7質量%であった。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、38%であった。
【0074】
(合成比較例2)
架橋重合体(xii)を以下の手順により調製した。パーフルオロデシルエチルトリエトキシシラン14.21g(0.02mol)、水0.65g、エタノール62.14g、及びハイドロフルオロエーテル15.70gを、冷却管を備えるフラスコ内で、室温で5分間攪拌した。その後、15時間還流することによって、架橋重合体(xii)を得た。ここで、理論上の縮合物の成分濃度は7質量%であった。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、36%であった。
【0075】
(合成比較例3)
架橋重合体(xiii)を以下の手順により調製した。パーフルオロデシルエチルトリエトキシシラン14.21g(0.02mol)、水0.65g、エタノール62.14g、及びハイドロフルオロエーテル15.70gを、冷却管を備えるフラスコ内で、室温で5分間攪拌した。その後、120時間還流することによって、架橋重合体(xiii)を得た。また、29Si-NMR測定によって縮合度を算出した結果、92%であった。ただし、架橋重合体はゲル化し、溶液中から分離してしまった。
【0076】
【0077】
表1中の略号は以下の通りである。
FTS:パーフルオロデシルエチルトリエトキシシラン
GPTES:γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン
MTEOS:メチルトリエトキシシラン
PhTEOS:フェニルトリエトキシシラン
【0078】
<撥液層を形成するための溶液の調合>
上記で合成した架橋重合体を用い、撥液層を形成するための溶液を以下の手順で調合した。
(調合実施例1)
架橋重合体(i)の溶媒や水を除く成分100質量部に対して、無機微粒子として平均粒子径が80nmのAl2O3を30質量部添加し、室温にて1時間撹拌し、塗布溶液(a)を得た。
(調合実施例2)
架橋重合体(ii)を用いた以外は、調合実施例1と同様に調合し、塗布溶液(b)を得た。
(調合実施例3)
架橋重合体(iii)を用いた以外は、調合実施例1と同様に調合し、塗布溶液(c)を得た。
(調合実施例4)
架橋重合体(iv)を用いた以外は、調合実施例1と同様に調合し、塗布溶液(d)を得た。
(調合実施例5)
架橋重合体(v)を用いた以外は、調合実施例1と同様に調合し、塗布溶液(e)を得た。
(調合実施例6)
架橋重合体(vi)を用いた以外は、調合実施例1と同様に調合し、塗布溶液(f)を得た。
(調合実施例7)
架橋重合体(vii)を用いた以外は、調合実施例1と同様に調合し、塗布溶液(g)を得た。
(調合実施例8)
架橋重合体(viii)を用いた以外は、調合実施例1と同様に調合し、塗布溶液(h)を得た。
(調合実施例9)
無機微粒子として平均粒子径が100nmのSiを用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(i)を得た。
(調合実施例10)
無機微粒子として平均粒子径が20nmのTiO2を用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(j)を得た。
(調合実施例11)
無機微粒子として平均粒子径が40nmのITOを用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(k)を得た。
(調合実施例12)
無機微粒子として平均粒子径が20nmのSiO2を用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(l)を得た。
(調合実施例13)
無機微粒子として平均粒子径が60nmのSiO2を用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(m)を得た。
(調合実施例14)
無機微粒子として平均粒子径が35nmのMgOを用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(n)を得た。
(調合実施例15)
無機微粒子として平均粒子径が5nmのAl2O3を用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(o)を得た。
(調合実施例16)
無機微粒子として平均粒子径が150nmのAl2O3を用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(p)を得た。
(調合実施例17)
無機微粒子として平均粒子径が200nmのAl2O3を用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(q)を得た。
(調合実施例18)
無機微粒子の添加量を3質量部とした以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(r)を得た。
(調合実施例19)
無機微粒子の添加量を5質量部とした以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(s)を得た。
(調合実施例20)
無機微粒子の添加量を10質量部とした以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(t)を得た。
(調合実施例21)
無機微粒子の添加量を50質量部とした以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(u)を得た。
(調合実施例22)
無機微粒子として平均粒子径が20nmのAl2O3を用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(v)を得た。
(調合実施例23)
無機微粒子として平均粒子径が50nmのAl2O3を用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布溶液(w)を得た。
(調合実施例24)
架橋重合体(ix)を用いた以外は、調合実施例1と同様に調合し、塗布溶液(x)を得た。
(調合実施例25)
無機微粒子として平均真球度が90%のAl2O3を用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布液(y)を得た。
(調合実施例26)
無機微粒子として平均真球度が95%のAl2O3を用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布液(z)を得た。
(調合実施例27)
無機微粒子として平均真球度が98%、のAl2O3を用いた以外は、調合実施例8と同様に調合し、塗布液(aa)を得た。
(調合実施例28)
無機微粒子として平均真球度が98%、及び平均粒子径が80nmのSiO2を用いた以外は、調合実施例13と同様に調合し、塗布液(ab)を得た。
【0079】
(調合比較例1)
架橋重合体(xi)を用いた以外は、調合実施例1と同様に調合し、塗布溶液(A)を得た。
(調合比較例2)
架橋重合体(xii)を用いた以外は、調合実施例1と同様に調合し、塗布溶液(B)を得た。
(調合比較例3)
架橋重合体(xiii)を用いた以外は、調合実施例1と同様に調合し、塗布溶液(C)を得た。
【0080】
<撥液層の形成>
(実施例1)
図4に撥液層の形成手順を示した。シリコン基板13上に、調合実施例1で得た溶液(a)を塗布し、その塗膜を200℃で1時間熱処理することで撥液層7を形成した。
(実施例2~22)
撥液層7の形成において、調合実施例2~21で得た溶液(b)~(u)、及び合成実施例10の架橋重合体(x)をそれぞれ用いた以外は実施例1と同様に行った。
(実施例23)
図3に撥液層の形成手順を示した。シリコン基板13上に、下記表2に示される組成を有するカチオン重合性樹脂組成物を塗布し90℃で5分間熱処理し、感光性樹脂層14を形成した。
【0081】
【0082】
感光性樹脂層14上に、調合実施例8で得た溶液(h)を塗布し70℃で3分間熱処理した。続いて、感光性樹脂層及び塗膜を一括で露光し、90℃で5分間熱処理した。露光機にはi線露光ステッパー(キヤノン社製)を用い、露光量は5000Jm-2とした。PGMEAを用いて洗浄した後に、さらに200℃で1時間熱処理することで感光性樹脂層の硬化物15と撥液層7を形成した。
(実施例24、25)
撥液層7の形成において、調合実施例22、23で得た溶液(v)、(w)をそれぞれ用いた以外は実施例23と同様に行った。
(実施例26)
撥液層7の形成において、塗布液を合成実施例10で得た架橋重合体(x)溶液、カチオン重合性樹脂組成物として表3に示した組成物を用いた以外は実施例23と同様に行った。
【0083】
【0084】
(実施例27)
図4の手順に従い、撥液層を形成した。シリコン基板13上に、調合実施例24で得た溶液(x)を塗布し70℃で3分間熱処理した。続いて、塗膜をi線露光ステッパーにて5000Jm
-2で露光し、90℃で5分間熱処理した。PGMEAを用いて洗浄した後に、さらに200℃で1時間熱処理することで撥液層7を形成した。
(実施例28)
撥液層7の形成において、調合実施例24で得た溶液(x)を用いた以外は実施例26と同様に行った。
(実施例29)
図2(A)~(H)に示される工程により、インクジェット記録ヘッドを作製した。
まず、
図2(A)に示すように、エネルギー発生素子2が表面に設けられた基板1を準備し、TMAHを用いたエッチングによって
図2(B)に示すように基板1を貫通するインク供給口3を形成した。
次いで、
図2(C)に示すように、エネルギー発生素子2を含む基板1上に、表3に示したカチオン重合性樹脂組成物をラミネート法で転写し、第1の感光性樹脂層10を形成した。さらに
図2(D)に示すように、石英からなるマスク(不図示)を介してパターン露光を行い、90℃で5分間熱処理することで側壁8を形成した。露光装置としては、i線露光ステッパーを用い、露光量は10000Jm
-2とした。
このようにして側壁8を形成した基板1上に、
図2(E)に示すように、第2の感光性樹脂層11を形成した。第2の感光性樹脂層11は、表2に示したカチオン重合性樹脂組成物を用い、ラミネート法で転写した。次いで
図2(F)に示すように、第2の感光性樹脂層11上に、調合実施例24で得た溶液(x)を塗布し70℃で3分加熱処理した。さらに吐出口5のパターンを有するマスク(不図示)を介して第2の感光性樹脂層11及び塗膜12を一括でパターン露光を行い、90℃で5分間熱処理した。露光装置としては、i線露光ステッパーを用い、露光量は5000Jm
-2とした(
図2(G))。最後に、PGMEAを用いて感光性樹脂層及び塗膜の非露光部を溶解除去し、200℃で1時間熱処理することで吐出口5、及び流路6を形成した(
図2(H))。
(実施例30~33)
撥液層7の形成において、調合実施例25~28で得た溶液(y)、(z)、(aa)、(ab)をそれぞれ用いた以外は実施例1と同様に行った。
【0085】
(比較例1~4、6~8)
撥液層7の形成において、合成実施例2、4、3、8、及び調合比較例1、2で得た、架橋重合体(ii)、(iv)、(iii)、(vii)、溶液(A)、(B)、(C)をそれぞれ用いた以外は実施例1と同様に行った。
(比較例5)
撥液層7の形成において、合成実施例8で得た架橋重合体(viii)を用いた以外は実施例26と同様に行った。
(比較例9)
インクジェット記録ヘッドの作製において、撥液層7の形成に用いる塗布溶液に合成実施例8で得た架橋重合体(viii)を用いた以外は実施例29と同様に行った。
【0086】
<撥液層の評価>
上記実施例1~28、及び比較例1~8の方法にて作製した撥液層について以下の評価を行った。
【0087】
(撥水性)
微小接触角計(マイクロジェット社製、「DropMeasure」(商品名))を用いて、純水に対する動的後退接触角θrを測定し、撥水性の評価を行った。
90°以上の撥水性発現が良好な場合の判定をA、80°以上90°未満の撥液防汚層として使いこなし可能な場合の判定をB、80°未満の撥水性であり撥液防汚層として不十分な場合の判定をCとした。
【0088】
(耐吸水性)
反射率分光法(フィルメトリクス社製、「F50自動マッピングシステム」(商品名))により初期、及び純水に浸漬して60℃で1週間保持した後の撥液層の膜厚を測定し、変化率を算出することで耐吸水性の評価を行った。
変化率が5%以下の耐吸水性の良好な場合の判定をA、5%を超え10%未満の耐吸水性が使用に耐える場合の判定をB、10%を超える耐吸水性が不十分な場合の判定をCとした。
これらの評価結果を下記表4に示す。
【0089】
【0090】
表4に示されるように、実施例1~28においては、優れた撥水性、及び耐吸水性の発現を実現することができた。特に、実施例1~8、12~14、16、17、20~28については、高い耐吸水性を示した。これらの実施例では、無機微粒子としてAl2O3、SiO2、MgOのいずれかを選択し、無機微粒子の平均粒子径が50nm以上120nm以下、無機微粒子が10質量部以上50質量部以下とした。さらに、光照射により硬化した実施例26~28の撥液防汚膜は特に耐吸水性に優れていた。
一方、無機微粒子を用いていない比較例1~5については、純水浸漬後の寸法変化率が10%以上と、耐吸水性が不十分であった。比較例6、7については架橋重合体の縮合度が40%未満と低いため、無機微粒子の充填率が不足し耐吸水性が低下した。架橋重合体の縮合度が92%である比較例8については、均一に成膜することが困難であったため、寸法変化率を測定することが出来なかった。塗膜面の撥水性は接触角が72°と低く、縮合度が影響したものと考えられる。
【0091】
<撥液層形成工程における評価>
上記実施例30~33の方法にて作製した撥液層について形成工程中に以下の評価を行った。
(熱処理前後の変形率)
シリコン基板13上に、調合実施例25~28で得た溶液を塗布し、反射率分光法(フィルメトリクス社製、「F50自動マッピングシステム」(商品名))により膜厚を測定した。続いて、その塗膜を200℃で1時間熱処理することで撥液層7を形成し、再度膜厚を測定した。熱処理前後での膜厚の変化率を算出することで工程中の変形率を確認した。
これらの評価結果を下記表5に示す。
【0092】
【0093】
平均真球度が95%以上の無機微粒子を用いた実施例31~33においては90%の実施例30と比較して熱処理前後の寸法変化率が小さいことが確認できた。特に、平均真球度が98%の無機微粒子を用いた実施例32、及び33においては熱処理前後の寸法変化がほぼ生じず、狙い膜厚の再現性が高い結果となった。また、実施例32、及び33の膜表面を金属顕微鏡にて観察したところ、クラックや変形は見られなかった。
【0094】
<インクジェット記録ヘッドの評価>
キヤノン製プリンタMB5330を用い、30℃、80%RHの環境下で連続印字試験を行い、目視でドットのヨレの有無を確認した。連続印字試験は、A4版ベタ印字100枚を連続印字した。印字ヨレはA4版中に1ケ所でもヨレが発生した場合は印字品位NGとした。
これらの評価結果について記す。実施例29については連続印字もヨレがなく、高い印字品位が発現した。一方、比較例9については連続印字後にヨレが見られた。
【符号の説明】
【0095】
1 基板
2 エネルギー発生素子
3 インク供給口
4 吐出口形成部材
5 吐出口
6 流路
7 撥液層
8 側壁
9 天板
10 第1の感光性樹脂層
11 第2の感光性樹脂層
12 塗膜
13 シリコン基板
14 感光性樹脂層
15 感光性樹脂層の硬化物
16 熱処理前の架橋重合体
17 架橋重合体の空隙
18 架橋重合体の接面
19 熱処理後の架橋重合体
20 球状の無機微粒子
21 架橋重合体の接点