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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-19
(45)【発行日】2024-04-30
(54)【発明の名称】量子カスケードレーザ
(51)【国際特許分類】
   H01S 5/34 20060101AFI20240422BHJP
【FI】
H01S5/34
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020060396
(22)【出願日】2020-03-30
(65)【公開番号】P2021158321
(43)【公開日】2021-10-07
【審査請求日】2023-03-02
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、総務省、戦略的情報通信研究開発推進事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100183081
【弁理士】
【氏名又は名称】岡▲崎▼ 大志
(72)【発明者】
【氏名】藤田 和上
(72)【発明者】
【氏名】日▲高▼ 正洋
【審査官】八木 智規
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2007/248131(US,A1)
【文献】特開2008-60396(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 5/00- 5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板上に設けられた活性層と、を備え、
前記活性層は、光を発生させる発光層と前記発光層から電子が輸送される注入層とを含む単位積層体が多段に積層されてなるカスケード構造を有し、
前記発光層及び前記注入層の各々は、量子井戸層及び障壁層が交互に積層されてなる量子井戸構造を有し、
前記単位積層体における前記発光層と前記注入層との間には、前記発光層に含まれる前記量子井戸層の平均層厚よりも小さく且つ前記注入層に含まれる前記量子井戸層の平均層厚よりも小さい層厚を有する前記量子井戸層である分離量子井戸層を含む分離層が設けられており
前記単位積層体は、前記量子井戸構造によるサブバンド準位構造において、発光上位準位と、発光下位準位と、前記分離量子井戸層の基底準位に起因する非線形準位と、を有する、量子カスケードレーザ。
【請求項2】
前記分離量子井戸層の層厚は、前記発光層に含まれる前記量子井戸層のうち前記分離量子井戸層と隣接する第1量子井戸層の層厚よりも小さく、且つ、前記注入層に含まれる前記量子井戸層のうち前記分離量子井戸層と隣接する第2量子井戸層の層厚よりも小さい、請求項1に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項3】
前記分離量子井戸層の層厚は、前記第1量子井戸層の層厚の1/2以下であり、且つ前記第2量子井戸層の層厚の1/2以下である、請求項2に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項4】
前記発光上位準位と前記非線形準位とのエネルギー間隔は、縦光学フォノンのエネルギーELOよりも小さく設定されている、請求項1~3のいずれか一項に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項5】
前記単位積層体である第1単位積層体において最も低エネルギーの準位である低準位と前記第1単位積層体の後段に配置される前記単位積層体である第2単位積層体における前記発光上位準位との間の反交差ギャップは、前記低準位と前記第2単位積層体における前記非線形準位との間の反交差ギャップよりも大きく設定されている、請求項1~4のいずれか一項に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項6】
前記単位積層体において、前記分離量子井戸層は、先頭の前記量子井戸層から数えて4~6番目の前記量子井戸層のいずれかによって構成されている、請求項1~5のいずれか一項に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項7】
前記単位積層体は、前記発光上位準位、前記発光下位準位、及び前記非線形準位が共鳴する二重共鳴プロセスにより、中赤外光である第1周波数ωの光及び第2周波数ωの光、並びに前記第1周波数ωの光及び前記第2周波数ωの差周波数ωTHzのテラヘルツ波を発生させるように構成されている、請求項1~6のいずれか一項に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項8】
前記分離層は、前記単位積層体の積層方向における前記分離量子井戸層の両側に配置される前記障壁層である分離障壁層を含み、
前記分離障壁層の層厚は、前記発光層に含まれる前記障壁層の平均層厚よりも小さく且つ前記注入層に含まれる前記障壁層の平均層厚よりも小さい、請求項1~のいずれか一項に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項9】
前記分離層は、前記単位積層体の積層方向における前記分離量子井戸層の両側に配置される前記障壁層である分離障壁層を含み、
前記分離障壁層の層厚は、前記発光層に含まれる前記障壁層のうち前記分離障壁層と隣接する第1障壁層の層厚及び前記注入層に含まれる前記障壁層のうち前記分離障壁層と隣接する第2障壁層の層厚よりも小さい、請求項1~のいずれか一項に記載の量子カスケードレーザ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、量子カスケードレーザに関する。
【背景技術】
【0002】
差周波発生(DFG:Difference-Frequency Generation)により、第1周波数ωと第2周波数ωとの周波数差である第3周波数ω(=|ω-ω|)のテラヘルツ波を発生させる量子カスケードレーザ(以下、「QCL」という。)が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表2010-521815号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したようなQCLでは、中赤外光である2波長(ω、ω)のポンプ光成分を生成し、QCL内部での非線形光学効果(NL:Nonlinear mixing)及び差周波発生(DFG)により、テラヘルツ波を発生させている。このような技術を利用した高い中赤外-テラヘルツ変換効率(高い2次の非線形感受率χ(2))を有する方式として、例えば、2つの発光上位準位の両方にキャリア(電子)が充分に注入されるように設計された結合二重上位準位(DAU:dual-upper-state)構造が知られている。しかし、従来のDAU構造では、レーザ発振に必要な閾値電流密度が比較的高くなってしまうため、室温連続動作が困難であるという問題があった。
【0005】
そこで、本開示の一側面は、閾値電流密度を低減させることができる量子カスケードレーザを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一側面に係る量子カスケードレーザは、基板と、基板上に設けられた活性層と、を備え、活性層は、光を発生させる発光層と発光層から電子が輸送される注入層とを含む単位積層体が多段に積層されてなるカスケード構造を有し、発光層及び注入層の各々は、量子井戸層及び障壁層が交互に積層されてなる量子井戸構造を有し、単位積層体における発光層と注入層との間には、発光層に含まれる量子井戸層の平均層厚よりも小さく且つ注入層に含まれる量子井戸層の平均層厚よりも小さい層厚を有する量子井戸層である分離量子井戸層を含む分離層が設けられている。
【0007】
上記量子カスケードレーザでは、活性層を構成する各単位積層体において、発光層と注入層との間に分離層が設けられている。分離層は、発光層に含まれる量子井戸層の平均層厚及び注入層に含まれる量子井戸層の平均層厚よりも小さい層厚を有する分離量子井戸層を含んでいる。このような分離量子井戸層によれば、単位積層体の量子井戸構造によるサブバンド準位構造において、非線形光学効果に寄与する非線形準位を形成することが可能となる。また、前段の単位積層体の注入層から非線形準位へのキャリア(電子)の注入量は比較的少ないため、非線形準位のキャリア数は低く抑えられる。その結果、2つの発光上位準位の両方に対して積極的に電子が注入される従来のDAU構造と比較して、活性層におけるレーザ発振に必要となる閾値電流密度を低減させることができる。
【0008】
分離量子井戸層の層厚は、発光層に含まれる量子井戸層のうち分離量子井戸層と隣接する第1量子井戸層の層厚よりも小さく、且つ、注入層に含まれる量子井戸層のうち分離量子井戸層と隣接する第2量子井戸層の層厚よりも小さくてもよい。また、分離量子井戸層の層厚は、第1量子井戸層の層厚の1/2以下であり、且つ第2量子井戸層の層厚の1/2以下であってもよい。上記構成によれば、分離層を介した発光層から注入層への電子の輸送効率を向上させることができる。その結果、レーザ発振の効率を向上させることができる。
【0009】
単位積層体は、量子井戸構造によるサブバンド準位構造において、発光上位準位と、発光下位準位と、分離量子井戸層の基底準位に起因する非線形準位と、を有してもよい。上記構成によれば、発光上位準位及び発光下位準位とは別に分離量子井戸層の基底準位に起因して形成される非線形準位により、閾値電流密度の低減を図りつつ、2次の非線形感受率χ(2)の向上を図ることができる。
【0010】
発光上位準位と非線形準位とのエネルギー間隔は、縦光学フォノンのエネルギーELOよりも小さく設定されていてもよい。上記構成によれば、発光上位準位に対して非線形準位を安定して設定することができるため、良好なデバイス特性を得ることができる。
【0011】
単位積層体である第1単位積層体において最も低エネルギーの準位である低準位と第1単位積層体の後段に配置される単位積層体である第2単位積層体における発光上位準位との間の反交差ギャップは、低準位と第2単位積層体における非線形準位との間の反交差ギャップよりも大きく設定されていてもよい。上記構成によれば、前段の単位積層体(第1単位積層体)の注入層から後段の単位積層体(第2単位積層体)の発光上位準位に流れる電流(すなわち、電子の注入量)を、第1単位積層体の注入層から第2単位積層体の非線形準位に流れる電流に対して十分に大きくすることができる。これにより、非線形準位に対するキャリア(電子)の注入を効果的に抑制することができる。
【0012】
単位積層体において、分離量子井戸層は、先頭の量子井戸層から数えて4~6番目の量子井戸層のいずれかによって構成されていてもよい。上記構成によれば、分離量子井戸層の基底準位に起因する非線形準位の波動関数が発光層における先頭の障壁層(注入障壁)に到達しない構成を好適に実現できる。これにより、前段の単位積層体の注入層から後段の単位積層体の非線形準位への電子の注入を効果的に抑制することができる。
【0013】
単位積層体は、発光上位準位、発光下位準位、及び非線形準位が共鳴する二重共鳴プロセスにより、中赤外光である第1周波数ωの光及び第2周波数ωの光、並びに第1周波数ωの光及び第2周波数ωの差周波数ωTHzのテラヘルツ波を発生させるように構成されていてもよい。上記構成によれば、上述した非線形準位を形成することによって、閾値電流密度の低減を図りつつ、比較的高い中赤外-テラヘルツ変換効率(2次の非線形感受率χ(2))でテラヘルツ波を発生させることができる。
【0014】
分離層は、単位積層体の積層方向における分離量子井戸層の両側に配置される障壁層である分離障壁層を含んでもよく、分離障壁層の層厚は、発光層に含まれる障壁層の平均層厚よりも小さく且つ注入層に含まれる障壁層の平均層厚よりも小さくてもよい。上記構成によれば、分離層を介した発光層から注入層への電子の輸送効率をより一層向上させることができる。
【0015】
分離層は、単位積層体の積層方向における分離量子井戸層の両側に配置される障壁層である分離障壁層を含んでもよく、分離障壁層の層厚は、発光層に含まれる障壁層のうち分離障壁層と隣接する第1障壁層の層厚及び注入層に含まれる障壁層のうち分離障壁層と隣接する第2障壁層の層厚よりも小さくてもよい。上記構成によれば、分離層を介した発光層から注入層への電子の輸送効率をより一層向上させることができる。
【発明の効果】
【0016】
本開示の一側面によれば、閾値電流密度を低減させることができる量子カスケードレーザを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、一実施形態に係る量子カスケードレーザを含むレーザモジュールの斜視図である。
図2図2は、量子カスケードレーザの断面図である。
図3図3は、図2のIII-III線に沿った量子カスケードレーザの断面図である。
図4図4は、量子カスケードレーザの活性層におけるサブバンド準位構造の一例を示す図である。
図5図5は、活性層を構成する単位積層体の構成の一例を示す図である。
図6図6は、活性層における1周期分の単位積層体の構造の一例を示す図表である。
図7図7は、量子カスケードレーザの電流-光出力特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本開示の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、図面の説明においては、同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。なお、図面の寸法比率は、明細書の説明と必ずしも一致していない。
【0019】
図1に示されるように、レーザモジュール1は、量子カスケードレーザ(以下、「QCL」という)10と、QCL10が載置されるサブマウント20と、を備えている。QCL10は、半導体量子井戸構造におけるサブバンド間の電子遷移を利用して光を生成するモノポーラタイプのレーザ素子である。サブマウント20は、例えば窒化アルミニウム(AlN)を含んで構成されたセラミック基板である。
【0020】
[量子カスケードレーザの構成]
QCL10は、例えば、室温環境下でテラヘルツ波を出力することが可能なテラヘルツ光源として構成されている。図2に示されるように、QCL10は、一方向に沿って互いに対向する(互いに反対側に位置する)第1端面10a及び第2端面10bを有している。QCL10は、中赤外領域(例えば、3μm以上20μm以下)の光(本実施形態では、第1周波数ωの光及び第2周波数ω(<ω)の光)を第1端面10a及び第2端面10b(具体的には、後述する活性層31の端面31a及び端面31b)のそれぞれから出射するように構成されている。本明細書では便宜上、第1端面10aと第2端面10bとが対向する方向(すなわち、上記光の出射方向に沿った方向)をX軸方向、QCL10の厚さ方向(すなわち、後述する半導体層3の積層方向)をZ軸方向、QCL10の幅方向(すなわち、X軸方向及びZ軸方向のそれぞれに直交する方向)をY軸方向という。
【0021】
図1図3に示されるように、QCL10は、半導体基板2と、半導体層3と、絶縁膜4と、上部電極5と、下部電極6と、を備えている。なお、図2は、QCL10の幅方向中央部におけるXZ平面に沿った断面図である。半導体基板2は、例えば、長方形板状のInP単結晶基板(半絶縁性基板:Feがドーピングされた高抵抗の半導体基板)である。半導体基板2は、半導体層3が設けられる主面2aと、主面2aとは反対側の裏面2bと、を有している。主面2a及び裏面2bはZ軸方向に垂直な平坦面であり、裏面2bがサブマウント20上に載置されている。半導体基板2の長さ(X軸方向に沿った長さ)は、例えば数百μm~数mm程度である。半導体基板2の幅(Y軸方向に沿った長さ)は、例えば数百μm~数mm程度である。半導体基板2の厚さ(Z軸方向に沿った長さ)は、例えば数百μm程度である。
【0022】
半導体基板2は、QCL10の第1端面10aの一部として、主面2a及び裏面2bを接続する側面2cを有している。側面2cは、第1面2dと、第2面2eと、を有している。第1面2dは、裏面2bに接続され、裏面2bから主面2a側に延びる平坦面である。第1面2dは、裏面2bから主面2a側に向かうほど第2端面10bから離れるように、主面2a及び裏面2bに対して傾斜している。第1面2dと主面2aとが成す角度θは、例えば30°~80°程度である。第1面2dは、例えば、元々長方形板状に形成されていた半導体基板の角部を研磨することによって形成される研磨面である。第2面2eは、第1面2dの主面2a側の端部と主面2aとを接続する平坦面である。第2面2eは、第1面2dに対して傾斜している。第2面2eは、主面2a及び裏面2bに対して略直交している。
【0023】
第1面2dと第2面2eとの間に形成される角部2fの近傍では、活性層31からQCL10の界面に向かって伝搬するテラヘルツ波の成分と界面において反射されたテラヘルツ波の成分とが強め合う状態となる。このため、例えば角部2fを図示しないレンズのレンズ面に近づけて配置することにより、テラヘルツ波を効率良くレンズ内部に伝搬させることが可能となり、テラヘルツ波の取り出し効率を向上させることができる。
【0024】
半導体層3は、半導体基板2の主面2aに設けられている。半導体層3の厚さは、10μm~20μm程度である。半導体層3は、活性層31と、上部ガイド層32と、下部ガイド層33と、上部クラッド層34と、下部クラッド層35と、上部コンタクト層36と、下部コンタクト層37と、支持層38と、を有している。半導体基板2の主面2a側から、下部コンタクト層37、下部クラッド層35、下部ガイド層33、活性層31、上部ガイド層32、上部クラッド層34、及び上部コンタクト層36が、この順に積層されている。支持層38は、リッジストライプ状に形成された活性層31、上部ガイド層32及び下部ガイド層33の両側(Y軸方向における両側)において、下部クラッド層35と上部クラッド層34との間に設けられている。なお、下部コンタクト層37は、下部コンタクト層37上に積層される下部クラッド層35よりも外側(Y軸方向における外側)に延在する部分を有している。
【0025】
下部コンタクト層37は、例えば、厚さ200nm程度の高濃度SiドープInGaAs層(Si:1.0×1018/cm)である。下部クラッド層35は、例えば、厚さ5μm程度のSiドープInP層(Si:1.5×1016/cm)である。下部ガイド層33は、例えば、厚さ250nm程度のSiドープInGaAs層(Si:1.5×1016/cm)である。活性層31は、量子カスケード構造が形成された層である。活性層31の層構造の詳細については後述する。
【0026】
上部ガイド層32は、例えば、厚さ350nm程度のSiドープInGaAs層(Si:1.5×1016/cm)である。上部ガイド層32には、第1ポンプ光及び第2ポンプ光(詳細については後述する)の共振方向A0に沿って、分布帰還(DFB:distributed feedback)構造として機能する回折格子構造が形成されている。上部ガイド層32は、当該回折格子構造として、共振方向A0において並設された回折格子層32a,32bを含んでいる。回折格子層32aは、第1ポンプ光を単一モード発振させる。回折格子層32bは、第2ポンプ光を単一モード発振させる。なお、本実施形態では、共振方向A0は、X軸方向に平行な方向である。
【0027】
上部クラッド層34は、例えば、厚さ5μm程度のSiドープInP層(Si:1.5×1016/cm)である。上部コンタクト層36は、例えば、厚さ15nm程度の高濃度SiドープInP層(Si:1.5×1018/cm)である。支持層38は、例えば、FeドープInP層である。
【0028】
図3に示されるように、絶縁膜4は、上部コンタクト層36の上面36aとY軸方向に交差する半導体層3の側面3aとを覆うように形成されている。絶縁膜4には、上部コンタクト層36の上面36aの一部を露出させるためのコンタクトホール4aが形成されている。コンタクトホール4aは、Y軸方向における上面36aの中央部を露出させるように、X軸方向に沿って延在している。絶縁膜4は、例えばSiNによって形成されている。上部電極5は、上部コンタクト層36の上面36a上に形成されている。上部電極5は、コンタクトホール4aを介して、上部コンタクト層36の上面36aの一部と電気的に接続されている。下部電極6は、下部コンタクト層37のうち下部クラッド層35よりもY軸方向外側に延在する部分上に形成されており、下部コンタクト層37と電気的に接続されている。これにより、下部電極6から上部電極5へと電流を流すことにより、QCL10を駆動させることができる。
【0029】
[活性層の構成]
活性層31は、電子のサブバンド間発光遷移によって第1周波数ωの第1ポンプ光及び第2周波数ωの第2ポンプ光を生成すると共に、チェレンコフ位相整合による差周波発生(DFG:Difference-Frequency Generation)によって第1周波数ω及び第2周波数ωの差周波数ωTHz(=|ω-ω|)のテラヘルツ波を生成するように構成されている。
【0030】
活性層31は、端面31aと、端面31aとは反対側の端面31bと、を有している。端面31a及び端面31bは、それぞれX軸方向に交差する面である。端面31aはQCL10の第1端面10aの一部であり、端面31bはQCL10の第2端面10bの一部である。端面31a及び端面31bは、第1ポンプ光及び第2ポンプ光を発振させる共振器を構成している。
【0031】
図4に示されるように、活性層31は、単位積層体16が多段に積層されてなるカスケード構造を有している。単位積層体16は、光を発生させる発光層17と、発光層17から電子が輸送される注入層18と、を含んでいる。発光層17は、光を発生させる発光機能を主として発揮する部分である。注入層18は、発光層17の電子を後段の単位積層体16の発光層17の発光上位準位へと注入する電子輸送機能を主として発揮する部分である。発光層17及び注入層18の各々は、量子井戸層及び障壁層が交互に積層されてなる量子井戸構造を有している。これにより、各単位積層体16において、量子井戸構造によるエネルギー準位構造であるサブバンド準位構造が形成される。
【0032】
単位積層体16は、そのサブバンド準位構造において、発光上位準位(第2準位)Lup=L、及び、発光上位準位よりも高いエネルギーを有する非線形準位(第3準位)LNL=Lを有している。また、単位積層体16は、そのサブバンド準位構造において、発光上位準位Lupよりも低いエネルギーを有する発光下位準位(第1準位)Llow=L、及び、発光下位準位Llowよりも低いエネルギーを有する緩和準位Lを有している。
【0033】
発光層17と前段の単位積層体の注入層18aとの間には、注入層18aから発光層17に注入される電子に対する注入障壁(injection barrier)層が設けられている。発光層17と注入層18との間には、充分に波動関数が染み出す程度の薄い分離層19が設けられている。すなわち、発光層17及び注入層18は、分離層19によって分離されている。分離層19は、量子井戸層(分離量子井戸層)と当該量子井戸層を挟む一対の障壁層(分離障壁層)とを有している。このように、活性層31には、従来のQCL活性層構造において設けられ得る抽出障壁(exit barrier)層(1つの障壁層)の代わりに、分離層19が設けられている。
【0034】
単位積層体16のサブバンド準位構造における各準位の間隔構成は、次のとおりである。すなわち、発光上位準位Lupと発光下位準位Llowとのエネルギー間隔ΔE21は、第2周波数ωのポンプ光のエネルギーEと略一致している。非線形準位LNLと発光下位準位Llowとのエネルギー間隔ΔE31は、第1周波数ωのポンプ光のエネルギーEと略一致している。発光上位準位Lupと非線形準位LNLとのエネルギー間隔ΔE32は、第1周波数ωと第2周波数ωとの差周波数ωTHzのテラヘルツ波のエネルギーE(=E-E)と略一致している。
【0035】
上記サブバンド準位構造においては、前段の注入層18aの緩和準位Lから注入障壁を介して発光層17に電子が注入される。これにより、緩和準位Lと結合している発光上位準位Lupが強く励起される。ここで、従来のDAU構造では、2つの発光上位準位の両方に対して積極的にキャリア(電子)が注入されるように設定されている。一方、活性層31のサブバンド準位構造では、上位側の2つのエネルギー準位(発光上位準位Lup及び非線形準位LNL)のうち発光上位準位Lupに対して電子が積極的に注入されるのに対して、非線形準位LNLへの電子の注入量が比較的少なくなるように設定されている。すなわち、従来のDAU構造では、2つの発光上位準位の各々に充分な電子が注入されるのに対して、活性層31のサブバンド準位構造は、発光上位準位Lupのみに充分な電子が注入されるように構成されている。すなわち、活性層31のサブバンド準位構造において、非線形準位LNLは、主として非線形光学効果のみに寄与するように設定されている。
【0036】
活性層31では、例えば差周波数ωTHzが約2THz以上の場合には、発光上位準位Lup、発光下位準位Llow、及び非線形準位LNLが共鳴する二重共鳴プロセス(Double Resonant Process)と呼ばれる非線形プロセスにより、差周波数ωTHzのテラヘルツ波が発生する。例えば、発光上位準位Lupと発光下位準位Llowとの間の電子の遷移に対応する第2周波数ωの第2ポンプ光が活性層31に入射すると共に非線形準位LNLと発光下位準位Llowとの間の電子の遷移に対応する第1周波数ωの第1ポンプ光が活性層31に入射したとき、発光上位準位Lupと非線形準位LNLとの間の電子の遷移に対応する差周波数ωTHzのテラヘルツ波が生成されて放出される。
【0037】
下記の式(1)及び式(2)に示されるように、上記非共鳴プロセスにより生成される差周波ωの光のパワーW(ω)は、第1周波数ω及び第2周波数ωの中赤外ポンプ光のパワーW(ω)及びW(ω)、並びにコヒーレンス長lcohの2乗に比例し、また、非線形感受率χ(2)は遷移のダイポールモーメントznmに比例する。
【数1】

【数2】

ここで、上記式において、eは電荷、エイチバー(hにバーを付した記号)はディラック定数、ΔNは反転分布数、Γnmは各遷移の発光半値幅を示している。上記式(2)に示されるように、3つの準位間における2次の非線形感受率χ(2)は、対応する遷移におけるダイポールモーメントの積で表される。
【0038】
発光下位準位Llowに遷移した電子は、緩和準位Lに緩和される。このように、発光下位準位Llowから電子が引き抜かれることで、発光上位準位Lupと非線形準位LNLと発光下位準位Llowとの間で、レーザ発振を実現するための反転分布が形成される。緩和準位Lに緩和された電子は、注入層18を介して、後段の発光層17bの発光上位準位Lupにカスケード的に注入される。なお、緩和準位Lは、1つの準位のみによって構成されたものに限定されず、複数の準位によって構成されたものであってもよいし、或いは、ミニバンドによって構成されたものであってもよい。
【0039】
以上のような電子の注入、電子の発光遷移、及び電子の緩和が、活性層31を構成する複数の単位積層体16において繰り返されることで、活性層31においてカスケード的な光の生成が起こる。電子が複数の単位積層体16をカスケード的に移動する際に、各単位積層体16での電子のサブバンド間発光遷移によって、第1周波数ωの第1ポンプ光及び第2周波数ωの第2ポンプ光が生成される。そして、チェレンコフ位相整合による差周波発生によって第1周波数ω及び第2周波数ωの差周波数ωTHz(=|ω-ω|)のテラヘルツ波が生成される。
【0040】
活性層31の構成について更に説明する。図5及び図6に示されるサブバンド準位構造は、図4に示されるサブバンド準位構造を構成する活性層構造の一例である。なお、図5には、発光層17及び注入層18による繰返し構造のうちの一部について、その動作電界における量子井戸構造及びサブバンド準位構造が示されている。本構成例では、第1周波数ωの設計値は930cm-1であり、第2周波数ωを設計値は1000cm-1である。また、発光上位準位Lupと非線形準位LNLとのエネルギー間隔ΔE32の設計値は16meVであり、発光上位準位Lupと発光下位準位Llowとのエネルギー間隔ΔE21の設計値は126meVであり、活性層31でのゲインの中心波長は、約10μmに設定されている。非線形準位LNLと発光下位準位Llowとのエネルギー間隔ΔE31の設計値は142meVである。また、例えば50周期分の単位積層体16が積層されることで活性層31が構成されている。
【0041】
活性層31において、差周波発生によるテラヘルツ波の生成を実現するためには、2波長のポンプ光成分を生成可能であり、且つ2波長のポンプ光成分に対して高い2次の非線形感受率χ(2)を有する必要がある。本構成例では、上部ガイド層32に2種類の回折格子層32a,32bを設けることで、単一の活性層設計で、第1周波数ωの第1ポンプ光及び第2周波数ωの第2ポンプ光の生成、並びに、差周波数ωTHzのテラヘルツ波の生成を実現している。
【0042】
本構成例では、発光下位準位L、発光上位準位L及び非線形準位Lのキャリア濃度をそれぞれn~nと表し、「n=n」と仮定すると、各サブバンド準位におけるキャリア密度は、「n-n=1.0×1015/cm」及び「n-n=0.3×1015/cm」である。このようなキャリア密度は、非平衡グリーン関数を用いた解析により導出される。このようにして導出されるキャリア密度から、本構成例によって生成される2次の非線形感受率χ(2)の総和の絶対値は、設計周波数(すなわち、テラヘルツ波の周波数ωTHz)を2THzとした場合において、「|χ(2)|=15nm/V」と計算される。
【0043】
設計周波数ωTHz、第1周波数ω及び第2周波数ωは、DFB構造(本実施形態では、上部ガイド層32に形成された回折格子構造)により決定される。最終的に得られるテラヘルツ波の周波数は、「ωTHz=ω-ω」により決定される。本構成例では、設計周波数ωTHzは、2THzに設定されている。また、活性層31では、2つの周期のDFB構造を用いることにより、第1周波数ω及び第2周波数ωを共にシングルモード動作させ、テラヘルツ波をシングルモード動作させている。
【0044】
図5及び図6に示されるように、1周期分の単位積層体16は、13層の量子井戸層Q1~Q13及び13層の障壁層B1~B13が交互に積層されることで量子井戸構造として構成されている。各量子井戸層Q1~Q13は、例えば、InGaAs層であり、各障壁層B1~B13は、例えば、InAlAs層である。
【0045】
各単位積層体16において、前段の単位積層体16側から5層の量子井戸層Q1~Q5及び前段の単位積層体16側から5層の障壁層B1~B5が交互に積層された部分が、主として発光機能を有する発光層17を構成している。また、後段の単位積層体16側から7層の量子井戸層Q7~Q13及び後段の単位積層体16側から6層の障壁層B8~B13が交互に積層された部分が、主として電子輸送機能を有する注入層18を構成している。また、発光層17のうち1段目の障壁層B1が注入障壁層として機能する。
【0046】
各単位積層体16における発光層17と注入層18との間には、分離層19が設けられている。分離層19は、1つの量子井戸層である分離量子井戸層Q6と、単位積層体16の積層方向(すなわち、Z軸方向)における分離量子井戸層Q6の両側に配置される2つの障壁層である分離障壁層B6,B7と、によって構成されている。
【0047】
分離量子井戸層Q6の層厚は、発光層17から注入層18への電子の輸送が阻害されない程度に、十分に薄く設定されている。具体的には、分離量子井戸層Q6の層厚(本構成例では1.7nm)は、発光層17に含まれる量子井戸層Q1~Q5の平均層厚(本構成例では約4.7nm)よりも小さく、且つ、注入層18に含まれる量子井戸層Q7~Q13の平均層厚(本構成例では約3.3nm)よりも小さい。
【0048】
また、本構成例では、分離量子井戸層Q6の層厚(1.7nm)は、発光層17に含まれる量子井戸層Q1~Q5のうち分離量子井戸層Q6と隣接する量子井戸層Q5(第1量子井戸層)の層厚(本構成例では4.3nm)よりも小さく、且つ、注入層18に含まれる量子井戸層Q7~Q13のうち分離量子井戸層Q6と隣接する量子井戸層Q7(第2量子井戸層)の層厚(本構成例では3.4nm)よりも小さい。本構成例では、分離量子井戸層Q6の層厚は、単位積層体16に含まれる量子井戸層Q1~Q13の中で最も薄く設定されている。さらに、分離量子井戸層Q6の層厚は、量子井戸層Q5の層厚の1/2以下であり、且つ、量子井戸層Q7の層厚の1/2以下である。上記構成によれば、分離層19を介した発光層17から注入層18への電子の輸送効率を向上させることができる。つまり、分離量子井戸層Q6の層厚を十分に薄くすることにより、発光層17から注入層18への電子の輸送が阻害されることを防止することができる。その結果、レーザ発振の効率を向上させることができる。
【0049】
同様に、分離障壁層B6,B7の層厚も、発光層17から注入層18への電子の輸送が阻害されない程度に、十分に薄く設定されている。具体的には、分離障壁層B6の層厚(本構成例では0.7nm)及び分離障壁層B7の層厚(本構成例では0.9nm)は、発光層17に含まれる障壁層B1~B5の平均層厚(本構成例では約1.6nm)よりも小さく、且つ、注入層18に含まれる障壁層B8~B13の平均層厚(本構成例では約2.1nm)よりも小さい。また、分離障壁層B6,B7の層厚は、発光層17に含まれる障壁層B1~B5のうち分離障壁層B6と隣接する障壁層B5(第1障壁層)の層厚(本構成例では1.3nm)及び注入層18に含まれる障壁層B8~B13)のうち分離障壁層B7と隣接する障壁層B8(第2障壁層)の層厚(本構成例では1.5nm)よりも小さい。上記構成によれば、分離障壁層B6,B7の層厚を十分に薄くすることにより、発光層17から注入層18への電子の輸送が阻害されることを防止することができる。これにより、分離層19を介した発光層17から注入層18への電子の輸送効率をより一層向上させることができる。
【0050】
各単位積層体16において、発光上位準位Lupと非線形準位LNLとのエネルギー間隔ΔE32は、縦光学フォノンのエネルギーELOよりも小さく設定されている。具体的には、本構成例において、下記の式(3)の条件が満たされている。仮に式(3)の条件が満たされない場合には、発光上位準位Lup及び非線形準位LNLのうち高エネルギー側に位置する準位(本構成例では非線形準位LNL)が、縦光学フォノン散乱によって、高速に低エネルギー側の準位(本構成例では発光上位準位Lup)に緩和することにより、本構成例とは異なる準位構造となってしまう。その結果、良好なデバイス特性(すなわち、本構成例により得られる閾値電流密度及び2次の非線形感受率等)を得ることが困難となる。一方、式(3)の条件が満たされている場合には、発光上位準位Lupに対して非線形準位LNLを安定して設定することができるため、良好なデバイス特性を得ることが可能となる。
32<ELO=34meV(In0.52Ga0.48As)…(3)
【0051】
本構成例では、前段側の単位積層体16(以下、「第1単位積層体」という。)において最も低エネルギーの準位(基底準位)である緩和準位L(低準位)と第1単位積層体の後段に配置される単位積層体16(以下、「第2単位積層体」という。)における発光上位準位Lupとの間の反交差ギャップ(アンチクロッシングのエネルギーギャップ)は、第1単位積層体における緩和準位Lと第2単位積層体における非線形準位LNLとの間の反交差ギャップよりも大きく設定されている。本構成例では、第1単位積層体における緩和準位Lと第2単位積層体における発光上位準位Lupとの反交差ギャップは6.8meVであり、第1単位積層体における緩和準位Lと第2単位積層体における非線形準位LNLとの間の反交差ギャップは5.0meVである。ここで、第1単位積層体における緩和準位Lから第2単位積層体における各準位に流れ込む電流値は、反交差ギャップの2乗に比例する。従って、本構成例では、各単位積層体16において、発光上位準位Lupに対して流れる電流値の大きさは、非線形準位LNLに対して流れる電流値の1.84倍となる。このように、前段の単位積層体16の注入層18(例えば、緩和準位L)から非線形準位LNLへの電子の注入量は比較的少ない。すなわち、非線形準位LNLの電子密度及び電子数は、発光上位準位Lupの電子密度及び電子数よりも格段に少ない。換言すれば、上記のように反交差ギャップが設定されることにより、前段の単位積層体16(第1単位積層体)の注入層18から後段の単位積層体16(第2単位積層体)の発光上位準位Lupに流れる電流(すなわち、電子の注入量)を、第1単位積層体の注入層18から第2単位積層体の非線形準位LNLに流れる電流に対して十分に大きくすることができる。これにより、非線形準位LNLに対するキャリア(電子)の注入を効果的に抑制することができる。
【0052】
上述したように、非線形準位LNLは、主に分離量子井戸層Q6によって形成されている。具体的には、非線形準位LNLは、分離量子井戸層Q6の基底準位に起因する準位である。すなわち、非線形準位LNLの波動関数の中心は、分離量子井戸層Q6に位置している。また、分離量子井戸層Q6は、前段の単位積層体16からある程度離れた位置に設けられている。すなわち、非線形準位LNLの波動関数は、実効的に、発光層17の注入障壁層B1には到達しないように設定されている。このように発光上位準位Lup及び発光下位準位Llowとは別に分離量子井戸層Q6の基底準位に起因して形成される非線形準位LNLによって、閾値電流密度の低減を図りつつ、2次の非線形感受率χ(2)の向上を図ることができる。具体的には、電子の注入量が抑制されており、且つ非線形光学効果に寄与する(本構成例では、二重共鳴プロセスによる差周波発生に寄与する)非線形準位LNLが形成されることにより、上記効果が奏される。
【0053】
また、本構成例では、単位積層体16において、分離量子井戸層Q6は、先頭の量子井戸層Q1から数えて4~6番目(本構成例では6番目)の量子井戸層のいずれかによって構成されている。換言すれば、分離層19は、前段の単位積層体16の注入層18からある程度離れた位置(例えば、単位積層体16における略中央部)に設けられている。これにより、非線形準位LNLの波動関数が発光層17の注入障壁層B1に到達しないように容易に設定することができる。その結果、前段の単位積層体16の注入層18から後段の単位積層体16の非線形準位LNLへの電子の注入を効果的に抑制することができる。
【0054】
次に、上述した活性層31により生成されるテラヘルツ波の放射角度(チェレンコフ放射角度)θについて説明する。ここでは、第1ポンプ光及び第2ポンプ光が中赤外光であり、テラヘルツ波の周波数範囲が1THz~6THzであり、半導体基板2がInP単結晶基板である場合を例として挙げる。この場合、差周波発生によって生成されたテラヘルツ波は、図2に矢印A1で示されるように、下記の式(4)で示される放射角度θ(共振方向A0に対する角度)で半導体基板2内を平面波として(すなわち、同位相で)伝播する。式(4)において、nMIRは、中赤外光(第1ポンプ光及び第2ポンプ光)に対するInP単結晶基板(半導体基板2)の屈折率であり、nTHzは、テラヘルツ波に対するInP単結晶基板(半導体基板2)の屈折率である。
θ=cos-1(nMIR/nTHz)…(4)
【0055】
[量子カスケードレーザの製造方法]
QCL10の製造方法の一例について説明する。まず、半絶縁性のInP基板(半導体基板2)上に、下部コンタクト層37として高濃度SiドープInGaAs(Si:1.0×1018cm-3)を200nm、下部クラッド層35としてSiドープInP(Si:1.5×1016cm-3)を5μm、下部ガイド層33としてSiドープInGaAs(Si:1.5×1016cm-3)を250nm成長させる。続いて、上述した単位積層体16を例えば50周期積層することにより活性層31を形成する。活性層31は、例えば、分子線エピタキシー法(MBE:Molecular Beam Epitaxy)又は有機金属気相成長法(MOCVD:Metal-organic Chemical Vapor Deposition)等を用いて、InPに格子整合するInGaAs量子井戸層及びInAlAs障壁層を順次エピタキシャル成長させることによって形成される。続いて、活性層31上に、DFB回折格子層を兼ねた上部ガイド層32として、SiドープInGaAs(Si:1.5×1016cm-3)を350nm設け、例えば深さ250nmの回折格子(回折格子層32a,32b)をエッチングによって形成する。回折格子を形成した後に、回折格子の周期構造とは垂直な方向(Y軸方向)に例えば幅12μmのリッジストライプを形成する。そして、有機金属気相成長法等によって、下部ガイド層33、活性層31、及び上部ガイド層32の幅方向(Y軸方向)の両側にFeドープInP層(支持層38)の埋め込み再成長を行う。続いて、SiドープInP(Si:1.5×1016cm-3)を5μm成長させることにより上部クラッド層34を形成し、さらに高濃度Siドープを成長させることにより上部コンタクト層36を形成する。続いて、エッチングによって半導体基板2側のInGaAsコンタクト層(下部コンタクト層37)を露出させた後、SiN等によって絶縁膜4を形成する。続いて、上下のInGaAsコンタクト層(上部コンタクト層36及び下部コンタクト層37)に合わせて絶縁膜4にコンタクトホール(コンタクトホール4a等)を形成し、Auの厚膜(厚さ約5μm)を蒸着及びメッキ法によって形成することにより、電極を形成する。最後に、Auエッチングによって当該電極を上下の電極(上部電極5及び下部電極6)に分離する。以上により、量子カスケードレーザ素子であるQCL10が得られる。
【0056】
[作用及び効果]
以上説明したように、QCL10では、活性層31を構成する各単位積層体16においいて、発光層17と注入層18との間に分離層19が設けられている。図5及び図6に示されるように、分離層19は、発光層17に含まれる量子井戸層Q1~Q5の平均層厚及び注入層18に含まれる量子井戸層Q7~Q13の平均層厚よりも小さい層厚を有する分離量子井戸層Q6を含んでいる。このような分離量子井戸層Q6によれば、単位積層体16の量子井戸構造によるサブバンド準位構造において、非線形光学効果に寄与する非線形準位LNLを形成することが可能となる。また、前段の単位積層体16の注入層18から非線形準位LNLへのキャリア(電子)の注入量は比較的少ないため、非線形準位LNLのキャリア数は低く抑えられる。その結果、2つの発光上位準位の両方に対して積極的に電子が注入される従来のDAU構造と比較して、活性層31におけるレーザ発振に必要となる閾値電流密度を低減させることができる。
【0057】
単位積層体16は、発光上位準位Lup、発光下位準位Llow、及び非線形準位LNLが共鳴する二重共鳴プロセスにより、中赤外光である第1周波数ωの光及び第2周波数ωの光、並びに第1周波数ωの光及び第2周波数ωの差周波数ωTHzのテラヘルツ波を発生させるように構成されている。上記構成によれば、上述した非線形準位LNLを形成することによって、閾値電流密度の低減を図りつつ、比較的高い中赤外-テラヘルツ変換効率(2次の非線形感受率χ(2))でテラヘルツ波を発生させることができる。
【0058】
例えばQCL10で連続発振を行う場合、常にQCL10に電流が印加されるため、QCL10の温度が上昇する。これに起因して、レーザ発振のための閾値電流密度も大きくなる。このため、レーザの連続発振を行うTHz-QCLでは、閾値電流密度を低減させることが特に求められる。上述したように、QCL10によれば、従来のDAU構造と同様に、発光下位準位Llowよりも高いエネルギーを有する2つの準位(発光上位準位Lup及び非線形準位LNL)を形成することにより、比較的高い2次の非線形感受率χ(2)を実現することができる。さらに、上位2つの準位の一方(非線形準位LNL)には前段の単位積層体16から殆ど電子が注入されないため、従来のDAU構造よりも閾値電流密度を低減させることができる。従って、QCL10によれば、比較的高い中赤外-テラヘルツ変換効率(すなわち、比較的高い2次の非線形感受率χ(2))を維持しつつ、閾値電流密度を低くすることによって室温連続動作を行うことが可能となる。
【0059】
[実施例]
図7は、実施例に係るQCL10について測定された中赤外(MIR)光及びテラヘルツ(THz)波についての電流-光出力特性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は電流(A)又は電流密度(kA/cm)を示し、縦軸はMIR光のピークパワー(W)又はTHz波のピークパワー(μW)を示している。測定は、室温(摂氏25℃)で窒素パージされた環境下において、QCL10から発生した光を2枚の放物面鏡を用いて集光した上で、THz検出器のゴーレイセルを用いて行われた。QCL10は、繰り返し周波数100kHz、パルス幅200nsで駆動され、その信号は、ロックインアンプによって検出された。
【0060】
図7において、グラフG1は、第1周波数ωに対応する第1波長λのMIR光のピークパワーの電流依存性を示している。グラフG2は、第2周波数ωに対応する第2波長λのMIR光のピークパワーの電流依存性を示している。グラフG3は、差周波発生によって生成されたテラヘルツ波のピークパワーの電流依存性を示している。図7に示されるように実施例に係るQCL10では、MIR光に対して比較的低い閾値電流密度2.2kA/cmが確認された。具体的には、例えばbound-to-continuum構造と同程度まで閾値電流密度を低減できることが確認された。また、MIR光の合計ピーク出力は1W程度に達しており、従来の活性層構造と比較して高いMIR-QCLの性能が得られることが確認された。また、テラヘルツ波の出力については、約32μWのピークパワーが確認された。すなわち、従来のDAU構造と同等の中赤外-テラヘルツ変換効率を実現しつつ、DAU構造よりも低い閾値電流密度を実現できることが確認された。
【0061】
[変形例]
以上、本開示の一実施形態について説明したが、本開示は、上述した実施形態に限定されない。
【0062】
例えば、2種類の回折格子層32a,32bに替えて、1種類の回折格子層が半導体層3に設けられてもよいし、或いは、3種類以上の回折格子層が半導体層3に設けられてもよい。分布帰還構造として機能する回折格子層は、第1ポンプ光及び第2ポンプ光の少なくとも1つを単一モード発振させるものであればよい。また、分布帰還構造として機能する回折格子層に替えて、ファブリペロー動作において発振スペクトル幅が1THz以上に広がった構成での差周波発生を利用する構成としてもよい。このような構成では、分布帰還構造として機能する回折格子層に比べ、テラヘルツ光の出力は低くなるが、広帯域のTHzスペクトルを得ることができる。
【0063】
また、活性層31は、図4図6に示した1種類の単位積層体16のみを含む構成に限定されず、2種類以上の活性層構造(単位積層体)を含んでいてもよい。
【0064】
また、半導体基板2は、半絶縁性のInP単結晶基板に限定されず、例えば、アンドープInP単結晶基板(c.c.(carrier concentration):~5×1015/cm)又は低ドープInP単結晶基板(Si:5×1015~1×1017/cm)等であってもよい。この場合、半導体基板の裏面側に下部電極を形成することが可能となる。ただし、半導体基板のドーピング濃度を大きくした場合には、基板内部での光吸収率が大きくなるため、テラヘルツ波の取り出し効率は低下してしまう。従って、半導体基板での出力光の吸収損失を低減する観点においては、半導体基板は、上記実施形態のように、不純物がドーピングされていない半絶縁体基板であることが好ましい。また、半導体基板2は、InP基板以外の基板であってもよく、例えばシリコン単結晶基板であってもよい。
【0065】
また、上記実施形態では、InP単結晶基板に対して格子整合する構成の活性層31を例示したが、活性層31は、歪補償を導入した構成を用いたものであってもよい。また、活性層31の半導体材料系については、上述したInGaAs/InAlAsに限定されず、例えば、GaAs/AlGaAs、InAs/AlSb、GaN/AlGaN、SiGe/Si等、様々な半導体材料系を適用できる。また、半導体の結晶成長方法についても、様々な方法を適用できる。
【0066】
また、上記実施形態では、単位積層体16のサブバンド準位構造において、非線形準位LNLは発光上位準位Lupよりも高エネルギー側に形成されたが、非線形準位LNLは発光上位準位Lupよりも低エネルギー側に形成されてもよい。すなわち、第1周波数ω及び第2周波数ωの大小関係は、上記実施形態とは逆(ω<ω)であってもよい。
【0067】
また、QCL10は、差周波発生によりテラヘルツ波を発生されるテラヘルツ光源に限られず、中赤外(MIR)光のみを発生させる中赤外光源として構成されてもよい。すなわち、上述した活性層31の構造(分離層19を有する構造)は、中赤外(MIR)光のみを発生させる中赤外光源であるQCLに適用されてもよい。
【0068】
また、上記実施形態では、分離層19は、1つの量子井戸層とその両側に位置する2つの障壁層とによって構成されたが、分離層19は、2つ以上の分離量子井戸層と3つ以上の障壁層とによって構成されてもよい。分離層19が複数の分離量子井戸層を含む場合、分離層19に含まれる複数の分離量子井戸層の各々が非線形準位の形成に寄与してもよい。また、この場合、上記実施形態において説明した「分離量子井戸層の層厚」は、分離層19に含まれる複数の分離量子井戸層の層厚の平均値と読み替えればよい。
【符号の説明】
【0069】
1…レーザモジュール、2…半導体基板(基板)、10…QCL(量子カスケードレーザ)、16…単位積層体、17…発光層、18…注入層、19…分離層、B1…注入障壁層(障壁層)、B6,B7…分離障壁層(障壁層)、B2~B5,B8~B13…障壁層、Lup…発光上位準位、Llow…発光下位準位、LNL…非線形準位、L…緩和準位(低準位)、Q6…分離量子井戸層(量子井戸層)、Q1~Q5,Q7~Q13…量子井戸層。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7