(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-22
(45)【発行日】2024-05-01
(54)【発明の名称】Ni基合金、並びに、Ni基合金製造物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 19/05 20060101AFI20240423BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20240423BHJP
B22F 9/08 20060101ALI20240423BHJP
【FI】
C22C19/05 B
B23K35/30 340L
B22F9/08 A
(21)【出願番号】P 2020091747
(22)【出願日】2020-05-26
【審査請求日】2023-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】杉山 健二
(72)【発明者】
【氏名】永冶 仁
(72)【発明者】
【氏名】草深 佑介
(72)【発明者】
【氏名】小柳 禎彦
(72)【発明者】
【氏名】高林 宏之
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-220632(JP,A)
【文献】国際公開第2018/221560(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/146735(WO,A1)
【文献】特開平01-273693(JP,A)
【文献】特開2002-088431(JP,A)
【文献】特開昭62-033089(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 19/00-19/07
C22C 27/06
B22F 9/00- 9/30
B23K 35/30
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.3≦C≦1.0mass%、
36.0≦Cr≦50.0mass%、及び、
3.0≦Al≦7.0mass%
を含み、残部がNi及び不可避的不純物からなるNi基合金。
【請求項2】
Mo≦2.0mass%、
W≦2.0mass%、
Fe≦5.0mass%、及び、
Cu≦2.0mass%
からなる群から選ばれるいずれか1以上の元素をさらに含む請求項1に記載のNi基合金。
【請求項3】
0.0005≦B≦0.0100mass%
をさらに含む請求項1又は2に記載のNi基合金。
【請求項4】
Nb≦1.0mass%、
Ti≦1.0mass%、
V≦0.5mass%、
Ta≦0.5mass%、
Zr≦0.1mass%、及び、
Hf≦0.1mass%
からなる群から選ばれるいずれか1以上の元素をさらに含む請求項1から3までのいずれか1項に記載のNi基合金。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれか1項に記載のNi基合金からなるNi基合金製造物。
【請求項6】
粉末からなる請求項5に記載のNi基合金製造物。
【請求項7】
棒状体又は線状体からなる請求項5に記載のNi基合金製造物。
【請求項8】
請求項1から4までのいずれか1項に記載のNi基合金が得られるように配合された原料を混合・溶解し、溶湯を形成する原料混合溶解工程と、
前記溶湯をアトマイズし、請求項6に記載の粉末を得るアトマイズ工程と
を備えたNi基合金製造物の製造方法。
【請求項9】
請求項1から4までのいずれか1項に記載のNi基合金が得られるように配合された原料を混合・溶解し、溶湯を形成する原料混合溶解工程と、
前記溶湯を鋳造し、鋳塊を形成する鋳造工程と、
前記鋳塊を熱間加工し、請求項7に記載の棒状体又は線状体を得る熱間加工工程と
を備えたNi基合金製造物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni基合金、並びに、Ni基合金製造物及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、耐摩耗性及び耐高温腐食性に優れたNi基合金、並びに、このようなNi基合金からなるNi基合金製造物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機械部品の摺動部位、切削工具の表面などの摩耗が問題となる部位には、Cを多量に含み、素材硬度の高いマルテンサイト系材料が広く用いられている。これは、素材硬度が高いほど、耐摩耗特性に優れるからである。また、部材のコスト低減を図るために、部材の表面にのみ耐摩耗性に優れた合金を肉盛等により施工する場合も多い。
一方、船舶用のディーゼルエンジンのバルブ、燃料噴射ノズル、石油化学プラント部材などには、高温での耐摩耗性に加えて、優れた耐高温腐食性(耐Vアタック性、耐Sアタック性、耐メタルダスティング性など)が要求される。
【0003】
例えば、船舶用のディーゼルエンジンは、主に重油を燃料としており、重油を爆発燃焼させることにより出力を得ている。ディーゼルエンジンの排気バルブは燃焼行程では閉じており、触火面が高温の燃焼ガスに曝されると共に、バルブシート面は弁座と接触した状態になっている。次に、排気行程になると、排気バルブが開いてバルブシート面と弁座との間隙から排気ガスが排出されていく。
【0004】
排気バルブで最も高温に曝される場所は触火面の中央部付近であり、最高温度で650~700℃に達する。そのため、触火面の材料は、耐熱性及び耐高温腐食性に優れた材料であることが必要である。一方、バルブシート面は、それほど高温にはならないものの、腐食環境下で弁座との接触を繰り返す。そのため、バルブシート面の材料は、硬さが高く耐摩耗性に優れた材料であることが必要となる。
【0005】
このような耐摩耗性、耐熱性、及び耐高温腐食性が求められる用途に用いられる材料及び部材に関し、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
(a)オーステナイト系耐熱鋼かなる丸棒の先端を覆うようにNi-Cr-Al系Ni基時効析出合金からなる溶接材料を肉盛溶接し、
(b)先端部を熱間型入鍛造して傘部を成形し、
(c)固溶化熱処理及び時効析出熱処理を行う
大型船舶用エンジン排気バルブの製造方法が開示されている。
同文献には、このような方法によりα-Cr相が微細粒子化され、高温で使用する時のγ’相の異常成長を抑制できる点が記載されている。
【0006】
特許文献2には、所定量のCr、Al、及びFeを含み、残部がNiおよび不可避的不純物からなる溶射用粉末合金が開示されている。
同文献には、
(A)Ni-Cr-Al系合金にFeを添加すると、Crの固溶相であるα-Cr相と、γ相内部にγ’相が微細に析出したγ/γ’相からなるラメラー組織のセル状析出が促進される点、及び、
(B)これによって、摩耗及び高温腐食に対して優れた特性が得られる点
が記載されている。
【0007】
特許文献3には、C:3mass%、Cr:40mass%、及びAl:6mass%を含み、残部がNi及び不可避的不純物からなるNi基合金が開示されている。
同文献には、Ni-Cr-C合金にAlを添加すると、M7C3炭化物(Cr系炭化物)の晶出量が変化し、過共晶組織が得られるために、硬さ、高温強度、及び高温耐摩耗性が向上する点が記載されている。
【0008】
特許文献4には、
(a)重量でC1.0~3.0%及びCr12~50%を含み、残部がNiからなり、
(b)棒状のクロム炭化物を有し、クロム炭化物量が面積率で10~28.5% であり、
(c)基地のクロム量が10重量%以上である
耐摩耗合金が開示されている。
同文献には、比較的大きなクロム炭化物を軟らかい基質中に分散させ、かつ、クロム炭化物の量を最適化すると、良好な耐摩耗性と耐衝撃性を両立できる点が記載されている。
【0009】
特許文献5には、所定量のC、Si、Cr、(Al+Ti)、及びNを含み、さらに、所定量のMn、V、Nb、Mo、W、及びFeのうちの1種又は2種以上を含み、残部がNi及び不可避的不純物からなる肉盛溶接材料が開示されている。
同文献には、各成分の含有量を最適化すると、高温において十分な耐V腐食性及び耐S腐食性と、耐摩耗性とを兼ね備えた肉盛溶接材料が得られる点が記載されている。
【0010】
さらに、特許文献6には、所定量のC、Cr、Al、及びVを含み、残部がNi及び不純物からなるNi基合金が開示されている。
同文献には、α相より硬質で数μm程度の大きさを持つ粒子を分散させることが可能な化学組成に調整すると、既存の高炭素マルテンサイト系ステンレス鋼と同等以上の耐摩耗性を有するNi基合金が得られる点が記載されている。
【0011】
特許文献1に記載されているように、船舶用エンジンの排気バルブは、本体が安価なオーステナイト系耐熱鋼からなり、最も過酷な環境に曝される部位には耐摩耗性及び/又は耐Vアタック性に優れた材料が肉盛溶接されているのが一般的である。しかし、従来の肉盛合金の中で、バルブシート面に要求される高い耐摩耗性と、触火面に要求される高い耐高温腐食性(耐Vアタック性)とを同時に満たすものはなかった。そのため、従来の肉盛合金を用いて排気バルブの耐摩耗性と耐高温腐食性とを同時に向上させるためには、耐摩耗性が必要なバルブシート面には耐摩耗性に優れる合金(例えば、ステライト合金)を肉盛し、耐高温腐食性が必要な触火面には高温での耐食性に優れる合金(例えば、Ni基時効硬化型合金)を肉盛する必要があった。
【0012】
しかし、1つの排気バルブに組成が全く異なる2種類の合金を肉盛した後、時効硬化等の熱処理を行う場合において、どちらか一方の合金特性が最大となるような熱処理条件を選択すると、他方の合金特性が低下する。これを回避するためには、バルブシート面及び触火面に求められる要求特性と2種類の肉盛合金の特性とを考慮し、これらがバランスした条件で熱処理を行う必要がある。そのため、2種類の肉盛合金の最も良い特性を利用できず、排気バルブ自体の性能も低下するという問題がある。
この問題を解決するために、特許文献2には、Ni-Cr-Al系合金に所定量のFeを添加し、摩耗及び高温腐食に対する特性を同時に向上させることが提案されている。しかし、排気バルブの性能をさらに向上させるためには、肉盛合金の耐摩耗性と耐高温耐食性とをさらに向上させることが望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2013-046928号公報
【文献】特開2011-162803号公報
【文献】特開2002-220632号公報
【文献】特開平10-072642号公報
【文献】特開平01-273693号公報
【文献】国際公開第2018/221560号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明が解決しようとする課題は、熱処理によって優れた耐摩耗性及び耐高温腐食性が得られるNi基合金を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、このようなNi基合金を用いたNi基合金製造物及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために本発明に係るNi基合金は、
0.3≦C≦1.0mass%、
36.0≦Cr≦50.0mass%、及び、
3.0≦Al≦7.0mass%
を含み、残部がNi及び不可避的不純物からなる。
【0016】
本発明に係るNi基合金製造物は、本発明に係るNi基合金からなる。
前記Ni基合金製造物は、
(a)粉末、又は、
(b)棒状体若しくは線状体
が好ましい。
【0017】
さらに、本発明に係るNi基合金製造物の製造方法の1番目は、
本発明に係るNi基合金が得られるように配合された原料を混合・溶解し、溶湯を形成する原料混合溶解工程と、
前記溶湯をアトマイズし、本発明に係る粉末を得るアトマイズ工程と
を備えている。
【0018】
本発明に係るNi基合金製造物の製造方法の2番目は、
本発明に係るNi基合金が得られるように配合された原料を混合・溶解し、溶湯を形成する原料混合溶解工程と、
前記溶湯を鋳造し、鋳塊を形成する鋳造工程と、
前記鋳塊を熱間加工し、本発明に係る棒状体又は線状体を得る熱間加工工程と
を備えている。
【発明の効果】
【0019】
Ni-Cr-Al系合金に相対的に多量のCを添加し、適切な条件下で熱処理すると、マトリックス中にCr系炭化物を析出させることができる。その結果、C量が少ない合金に比べて、耐摩耗性が向上する。
一方、Cr系炭化物が析出すると、マトリックス中のCr濃度が低下し、耐高温腐食性が低下する。しかしながら、相対的に多量のCが添加されたNi-Cr-Al系合金においてCr量を相対的に多くすると、Cr系炭化物の析出に起因するマトリックス中のCr濃度の低下を抑制することができる。その結果、高い耐摩耗性と、高い耐高温腐食性とを高い次元で両立させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. Ni基合金]
[1.1. 主構成元素]
本発明に係るNi基合金は、以下のような元素を含み、残部がNi及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
【0021】
(1)0.3≦C≦1.0mass%:
Cは、炭化物を形成するために必要な元素であり、材料の高硬度化に寄与する。C量が少ない場合、凝固過程で十分な炭化物が晶出せず、十分な硬度を得ることができない。従って、C量は、0.3mass%以上である必要がある。C量は、好ましくは、0.5mass%以上、さらに好ましくは、0.6mass%以上である。
一方、C量が過剰になると、晶出炭化物が粗大化し、材料の脆化を招く。従って、C量は、1.0mass%以下である必要がある。C量は、好ましくは、0.9mass%以下、さらに好ましくは、0.8mass%以下である。
【0022】
(2)36.0≦Cr≦50.0mass%:
Crは、Cr系炭化物を形成するために必要な元素であり、材料の高硬度化に寄与する。また、Crは、α-Cr相の主な形成元素である。所定量のCrを含むNi基合金を時効処理すると、α-Cr相とγ’相とがラメラ状に複合析出し、高強度化及び高硬度化に寄与する。さらに、Crは、各種腐食環境下において材料表面に保護皮膜を形成し、耐高温腐食性の向上に大きく寄与する。
【0023】
Cr量が少ない場合であっても、Cr系炭化物を形成することができる。しかし、Cr量が少ないと、時効処理により材料の全領域でラメラ組織を安定して形成することができない。その結果、硬度のばらつき及び硬度不足を助長する。従って、Cr量は、36.0mass%以上である必要がある。Cr量は、好ましくは、40.0mass%以上、さらに好ましくは、42.0mass%以上である。
一方、Cr量が過剰になると、これに応じてNi量が少なくなり、γ’相の析出量が不足する。従って、Cr量は、50.0mass%以下である必要がある。Cr量は、好ましくは、48.0mass%以下、さらに好ましくは、46.0mass%以下である。
【0024】
本発明に係るNi基合金は、α-Cr相とγ’相からなるラメラ組織(時効処理によってマトリックス中に析出する)と、Cr系炭化物とによって、優れた耐摩耗性及び耐高温耐食性を得ることができる。Crは、炭化物及びα-Cr相の両方の生成元素であることから、C量とCr量のバランスを考慮することが好ましい。具体的には、600℃平衡状態におけるα-Cr相の体積分率が0.15以上になるようにC量とCr量を考慮すれば良い。当該体積分率は、0.18以上がより好ましく、0.20以上が一層好ましい。当該体積分率は、熱力学計算ソフト(例えば、Thermo-Calc 2020a)の計算値を用いれば良く、該計算値は、C、Cr、Al及びNiの4元素での計算値とすることができる。
【0025】
(3)3.0≦Al≦7.0mass%:
Alは、Niと結合することで高温強度に極めて重要であるγ’相を形成する極めて重要な元素である。また、Alは、耐高温腐食性及び耐酸化性の向上にも寄与する。このような効果を得るためには、Al量は、3.0mass%以上である必要がある。Al量は、好ましくは、3.3mass%以上、さらに好ましくは、3.5mass%以上である。
一方、Al量が過剰になると、γ’相が過剰に析出する。そのため、製造性が著しく阻害され、材料の靱延性の低下も招く。従って、Al量は、7.0mass%以下である必要がある。Al量は、好ましくは、6.0mass%以下、さらに好ましくは、4.5mass%以下である。
【0026】
[1.2. 副構成元素]
本発明に係るNi基合金は、上述した主構成元素に加えて、以下のような1種又は2種以上の元素をさらに含んでいても良い。添加元素の種類、その成分範囲、及びその限定理由は、以下の通りである。
【0027】
(4)Mo≦2.0mass%:
Moは、固溶強化元素として材料硬度の向上に寄与し、耐摩耗性をさらに向上させる効果があり、必要に応じて添加することができる。
但し、Mo量が過剰になると、肉盛性、積層造形性、及び/又は、鋳造性が低下する。従って、Mo量は、2.0mass%以下が好ましい。なお、下限値の制限は特になく、ゼロでも良い。
【0028】
(5)W≦2.0mass%:
Wは、Moと同様に固溶強化元素として材料硬度の向上に寄与し、耐摩耗性をさらに向上させる効果があり、必要に応じて添加することができる。
但し、W量が過剰になると、肉盛性、積層造形性、及び/又は、鋳造性が低下する。従って、W量は、2.0mass%以下が好ましい。なお、下限値の制限は特になく、ゼロでも良い。
【0029】
(6)Fe≦5.0mass%:
Feは、Niに比較して安価であることから、材料コスト低減を目的として添加することができる。しかし、Fe量が過剰になると、耐高温腐食性が低下する。従って、Fe量は、5.0mass%以下が好ましい。Fe量は、好ましくは、4.0mass%以下、さらに好ましくは、1.0mass%以下である。
【0030】
(7)Cu≦2.0mass%:
Cuは、添加量に応じてα-Cr相の析出を早める効果があり、必要に応じて添加することができる。
但し、Cu量が過剰になると、肉盛性、及び/又は、積層造形性が低下する。従って、Cu量は、2.0mass%以下が好ましい。なお、Cuを添加しなくても、例えば、熱処理によってα-Cr相を十分に析出させることが可能であるから、下限値の制限は特になく、ゼロでも良い。
【0031】
(8)0.0005≦B≦0.0100mass%:
Bは、結晶粒界に偏析することにより粒界強度を向上させる効果がある。また、溶射用の粉末として用いる場合は、溶射時に溶融金属の粘性を低下させる効果がある。溶融金属の粘性が低下すると、基板との濡れ性が増加し、あるいは、基板と被膜の密着力及び被膜同士の密着力が向上する。このような効果を得るためには、B量は、0.0005mass%以上が好ましい。
一方、B量が過剰になると、ホウ化物が結晶粒界に偏析し、逆に粒界強度が弱くなる。従って、B量は、0.0100mass%以下が好ましい。B量は、好ましくは、0.0050mass%以下、さらに好ましくは、0.0030mass%以下である。
【0032】
(9)Nb≦1.0mass%:
(10)Ti≦1.0mass%:
(11)V≦0.5mass%:
(12)Ta≦0.5mass%:
(13)Zr≦0.1mass%:
(14)Hf≦0.1mass%:
これらの元素は、いずれも炭化物形成元素であり、Cと結合することで硬さをさらに向上させる効果があり、必要に応じて添加することができる。
但し、これらの元素の含有量が過剰になると、これらの元素が窒素、酸素、硫黄と結合し、有害な不純物を形成するおそれがある。従って、これらの元素の含有量は、上記の上限値以下が好ましい。
なお、これらの元素は、いずれか1種を添加しても良く、あるいは、2種以上を添加しても良い。また、下限値の制限は特になく、ゼロでも良い。
【0033】
[1.3. 不可避的不純物]
本発明において、「不可避的不純物」とは、Ni基合金を製造する際に、原料や耐火物から混入する微量成分をいう。本発明において、以下に示す成分が以下に示す量で含まれる場合、これらの成分を不可避的不純物として扱う。
Si≦0.5mass%、Mn≦1.0mass%、P≦0.05mass%、
S≦0.05mass%、H≦0.002mass%、O≦0.01mass%、
N≦0.1mass%、Sn≦0.1mass%、Pb≦0.01mass%、
Bi≦0.1mass%、Zn≦0.01mass%、Ga≦0.01mass%、
Ge≦0.01mass%、Se≦0.01mass%、In≦0.01mass%、
Sb≦0.01mass%、Te≦0.01mass%、Ag≦0.01mass%。
【0034】
[1.4. 金属組織]
[1.4.1. 酸化被膜]
素材表面における保護被膜は、耐高温腐食性を確保する上で重要な役割を果たす。保護被膜には、酸化物、とりわけCr2O3が有効である。ステンレス鋼は、母相に含まれるCrが高温腐食環境下でCr2O3の保護被膜を形成するために、高い耐高温腐食性を示す。この点は、本発明に係るNi基合金も同様である。
【0035】
本発明に係るNi基合金を用いて各種の部材を製造した場合、通常、製造直後の部材の表面には酸化被膜はない。しかし、本発明に係るNi基合金は相対的に多量のCrを含んでいるので、本発明に係るNi基合金からなる部材を高温酸化雰囲気下で使用すると、表面にCr2O3を主成分とする酸化被膜が形成される。そのため、本発明に係るNi基合金は、船舶用エンジンの排気バルブなどの耐Vアタック性が必要な部材そのもの、又は、そのような部材の表面を被覆する肉盛層として用いることができる。
【0036】
[1.4.2. ラメラ組織]
耐摩耗性の観点においては、使用環境温度における材料硬さが重要である。材料を強化する手法としては、析出強化や固溶強化などの様々な手法が知られている。Ni基合金においては、通常、析出強化が用いられる。Ni基合金は、母相にNiが豊富に含まれているので、これに適量のAlを添加し、かつ、適切な条件下で固溶化熱処理及び時効処理すると、Ni3Alからなるγ’相を析出させることができる。
【0037】
本発明に係るNi基合金は成分が最適化されているので、適切な条件下で熱処理すると、γ’相とα-Cr相が層状に析出したラメラ組織が形成される。そのため、熱処理により著しく硬化し、優れた耐摩耗性が得られる。また、同時にCを適量含有させることで、母相中にCr炭化物が晶出及び析出する。これにより、さらなる高硬度化が達成される。
【0038】
[2. Ni基合金製造物]
[2.1. 組成]
本発明に係るNi基合金製造物は、本発明に係るNi基合金からなる。Ni基合金の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0039】
[2.2. 形状]
本発明において「製造物」とは、特定の用途に使用するための特定の形状を有する物品をいう。製造物としては、種々の原材料や製品(半製品を含む)があり、例えば、粉末、棒状体、線状体、所定の形状を有する鋳造品、所定の形状を有する鍛造品などがある。
【0040】
[2.3. 用途]
Ni基合金からなる粉体の用途としては、例えば、肉盛溶接用の溶加材、積層造形用の原料粉末、粉末冶金用の原料粉末などがある。
Ni基合金からなる棒状体又は線状体の用途としては、例えば、肉盛溶接用の溶加棒、積層造形用の原料棒などがある。
【0041】
粉末、棒状体、又は線状体を用いて肉盛溶接を行う場合、肉盛溶接方法は、特に限定されない。肉盛溶接方法としては、例えば、レーザー肉盛溶接法、PTA肉盛溶接法などがある。
粉末、棒状体、又は線状体を用いて積層造形を行う場合、積層造形方法は、特に限定されない。積層造形方法としては、例えば、電子線照射加熱法、レーザー照射加熱法などがある。
【0042】
本発明に係るNi基合金からなる粉末、棒状体、又は線状体を用いて肉盛溶接や積層造形を行った場合、肉盛溶接まま又は積層造形ままの状態では、γ相(Ni固溶体)からなるマトリックス内にγ’相(Ni3Al)及びα-Cr相からなるラメラ組織が十分に形成されていない場合が多い。
そこで、得られた肉盛溶接品や積層造形品に対して、硬さ調整を目的とした時効処理を行うことが好ましい。また、歪や応力の除去などを目的とした熱処理を追加して行っても良い。
【0043】
[3. Ni基合金製造物の製造方法(1):粉末の製造方法]
本発明の第1の実施の形態に係るNi基合金製造物の製造方法は、
本発明に係るNi基合金が得られるように配合された原料を混合・溶解し、溶湯を形成する原料混合溶解工程と、
前記溶湯をアトマイズし、本発明に係る粉末を得るアトマイズ工程と
を備えている。
【0044】
[3.1. 原料混合溶解工程]
まず、本発明に係るNi基合金が得られるように配合された原料を混合・溶解し、溶湯を形成する(原料混合溶解工程)。原料の混合方法や溶解方法は、特に限定されるものではなく、種々の方法を用いることができる。溶解方法としては、例えば、真空溶解法が好適である。また、真空脱炭法などを併用して、溶湯を精錬しても良い。
【0045】
[3.2. アトマイズ工程]
次に、前記溶湯をアトマイズし、本発明に係る粉末を得る(アトマイズ工程)。アトマイズ工程を行うことにより、溶湯からNi基合金の急冷凝固合金粉末を得ることができる。アトマイズ方法は、特に限定されるものではなく、種々の方法を用いることができる。
例えば、肉盛溶接用の粉末を製造する場合、高清浄で組成が均一であり、かつ、球形状粒子が得られるガスアトマイズ法を用いるのが好ましい。一方、粉末冶金用の粉末を製造する場合、不規則形状粉末が得られる水アトマイズ法を用いるのが好ましい。
【0046】
アトマイズ工程の後、急冷凝固合金粉末に対して、所望の粒径に揃えるための分級処理を行っても良い。分級処理は、必ずしも必要ではないが、急冷凝固合金粉末の利用性向上の観点からは行うことが好ましい。また、分級する粒径に特段の限定はないが、ハンドリング性の観点から、例えば、10μm以上20μm以下の平均粒径となるように急冷凝固合金粉末を分級することが好ましい。
【0047】
[4. Ni基合金製造物の製造方法(2):棒状体又は線状体の製造方法]
本発明の第2の実施の形態に係るNi基合金製造物の製造方法は、
本発明に係るNi基合金が得られるように配合された原料を混合・溶解し、溶湯を形成する原料混合溶解工程と、
前記溶湯を鋳造し、鋳塊を形成する鋳造工程と、
前記鋳塊を熱間加工し、本発明に係る棒状体又は線状体を得る熱間加工工程と
を備えている。
【0048】
[4.1. 原料混合溶解工程]
まず、本発明に係るNi基合金が得られるように配合された原料を混合・溶解し、溶湯を形成する(原料混合溶解工程)。原料混合溶解工程の詳細は、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0049】
[4.2. 鋳造工程]
次に、前記溶湯を鋳造し、鋳塊を形成する(鋳造工程)。鋳造方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて種々の方法を用いることができる。
【0050】
[4.3. 熱間加工工程]
次に、前記鋳塊を熱間加工し、本発明に係る棒状体又は線状体を得る(熱間加工成形工程)。棒状体又は線状体を形成するための熱間加工方法は、特に限定されない。熱間加工方法としては、例えば、押出加工法、引抜加工法などがある。
熱間加工の温度は、1150~900℃の範囲が好ましい。熱間加工を施すことにより、鋳塊の鋳造欠陥を消滅させ、粗大な鋳造凝固組織を壊すことができる。その結果、緻密で微細な金属組織を有する棒状体又は線状体を得ることができる。
【0051】
[5. 作用]
船舶用エンジンの排気バルブは、本体が安価なオーステナイト系耐熱鋼からなり、最も過酷な環境に曝される部位には耐摩耗性及び/又は耐高温腐食性(耐Vアタック性、耐Sアタック性、耐メタルダスティング性)に優れた材料が肉盛溶接されているのが一般的である。また、船舶用エンジンの排気バルブにおいて、バルブシート面には高い耐摩耗性が要求され、触火面には高い耐高温腐食性が求められる。しかし、従来の肉盛合金において、これらの要求を同時に満たすものはなかった。
【0052】
この問題を解決するために、耐摩耗性が必要なバルブシート面には耐摩耗性に優れる合金(例えば、ステライト合金)を肉盛し、耐高温腐食性が必要な触火面には高温での耐食性に優れる合金(例えば、Ni基時効硬化型合金)を肉盛することも考えられる。しかし、1つの排気バルブに組成が全く異なる2種類の合金を肉盛した後、時効硬化等の熱処理を行う場合において、どちらか一方の合金特性が最大となるような熱処理条件を選択すると、他方の合金特性が低下する。
【0053】
これに対し、Ni-Cr-Al系合金に相対的に多量のCを添加し、適切な条件下で熱処理すると、マトリックス中にCr系炭化物を析出させることができる。その結果、C量が少ない合金に比べて、耐摩耗性が向上する。
一方、Cr系炭化物が析出すると、マトリックス中のCr濃度が低下し、耐高温腐食性が低下する。しかしながら、相対的に多量のCが添加されたNi-Cr-Al系合金においてCr量を相対的に多くすると、Cr系炭化物の析出に起因するマトリックス中のCr濃度の低下を抑制することができる。その結果、高い耐摩耗性と、高い耐高温腐食性とを高い次元で両立させることができる。
【実施例】
【0054】
(実施例1~21、比較例1~8)
[1. 試料の作製]
[1.1. 粉末及び溶接ワイヤの作製]
Arガスアトマイズ法を用いて、表1に示す組成を有する粉末を作製した。また、溶解鋳造法及び熱間加工法を用いて、表1に示す組成を有する溶接ワイヤを作製した。
【0055】
【0056】
[1.2. 試験片の作製]
[1.2.1. 粉末を用いた肉盛溶接]
基材には、SNCrWからなる100mm×100mmの板材を用いた。粉体プラズマ溶接(PTA)法を用いて、基材表面に厚さ10mmの肉盛層を形成した。肉盛層から、縦10mm×横10mm×厚さ2mmの試験片を採取した。さらに、得られた試験片に対し、600℃で16時間の時効処理を施した。
【0057】
[1.2.2. 積層造形]
パウダーベッド方式の積層造形装置を用いて、基材表面に縦15mm×横15mm×厚さ5mmの積層造形物を作製した。積層造形物から、縦10mm×横10mm×厚さ2mmの試験片を切り出した。さらに、得られた試験片に対して、600℃で16時間の時効処理を施した。
【0058】
[1.2.3. 溶接ワイヤを用いた肉盛溶接]
溶接ワイヤを用いて肉盛溶接を行った以外は、[1.2.1.]と同様にして、試験片を作製した。
【0059】
[2. 試験方法]
[2.1. 600℃平衡状態におけるα-Cr相の体積分率]
実施例1~21及び比較例1~8について、600℃平衡状態におけるα-Cr相の体積分率を計算した。計算条件は以下の通りである。
計算ソフト: Thermo-Calc 2020a
計算データベース: TCN18:Ni-Alloys v8.2
計算成分: C、Cr、Al及びNiの4元素にて計算。
【0060】
[2.2. 硬さ]
熱処理後の試験片を樹脂に埋め込み、試験片の表面を研磨した。さらに、マイクロビッカース硬さ試験機を用いて、硬さを測定した。加重は、300gfとした。
【0061】
[2.3. 高温腐食試験]
時効処理後の試験片を用い、JIS Z2292に準拠して、Vアタック試験を行った。試験条件は、以下の通りである。試験後、腐食スケール除去後の重量を測定た。試験前後の重量変化から、単位面積あたりの重量減少(腐食減量)を算出した。
・試験片寸法: 10mm×10mm×2mm
・塗布量: 20mg/cm2
・試験温度: 800℃
・試験時間: 20時間
・塩: 85%V2O5+Na2SO4
【0062】
[3. 結果]
[3.1. α-Cr相の体積分率、及び、粉末を用いた肉盛溶接]
表2に、α-Cr相の体積分率、及び、粉末を用いて肉盛溶接された肉盛層の試験結果を示す。
なお、肉盛性に関し、「○」は、割れを生じさせることなく肉盛溶接できたことを表す。「×」は、肉盛溶接時に割れが発生し、評価が不可能であったことを表す。
また、耐摩耗性に関し、「◎」は時効処理後の硬さが750Hv以上であることを表し、「○」は時効処理後の硬さが700Hv以上750Hv未満であることを表し、「×」は時効処理後の硬さ700Hv未満であることを表す。
さらに、耐Vアタック性に関し、「◎」は腐食減量が20mg/cm2以下であることを表し、「○」は腐食減量が20mg/cm2超25mg/cm2以下であることを表し、「×」は腐食減量が25mg/cm2超であることを表す。
【0063】
表2より、以下のことが分かる。
(1)比較例1は、耐Vアタック性が低い。これは、C量が過剰であるために、多量のCr系炭化物が析出し、マトリックス中のCr濃度が低下したためと考えられる。
(2)比較例2は、耐摩耗性が低い。これは、C量が少ないために、Cr炭化物の析出量が減少したためと考えられる。
(3)比較例3は、耐摩耗性及び耐Vアタック性が低い。これは、Cr量が少ないため、時効処理において材料の全領域でラメラ組織が形成されず、また耐Vアタック性に有効である素材中のCr濃度が不足したためと考えられる。
(4)比較例4は、耐摩耗性が低い。これは、Al量が少ないため、時効処理において材料の全領域でラメラ組織が形成されなかったためと考えられる。
【0064】
(5)比較例5は、耐Vアタック性が低い。これは、過剰に含有させたTiが窒素、酸素、硫黄と結合し、不純物を形成したためと考えられる。
(6)比較例6は、耐Vアタック性が低い。これは、耐Vアタック性に不利に働くFeが過剰に含まれるためと考えられる。
(7)比較例7は、耐摩耗性及び耐Vアタック性が低い。これは、耐Vアタック性に不利に働くFeが過剰に含まれることに加え、Feが多くなることにより相対的にNi量が減少することにより、時効処理においてラメラ組織が得られなかったためと考えられる。
【0065】
(8)比較例8は、肉盛時に割れが発生し、評価することができなかった。これは、C量が過剰であるためと考えられる。
(9)実施例1~21は、いずれも、肉盛性、耐摩耗性及び耐Vアタック性に優れていた。
【0066】
【0067】
[3.2. 積層造形]
表3に、積層造形物の試験結果を示す。
なお、積層造形性に関し、「○」は、割れを生じさせることなく積層造形できたことを表す。「×」は、積層造形時に割れが発生し、評価が不可能であったことを表す。
また、耐摩耗性に関し、「◎」は時効処理後の硬さが750Hv以上であることを表し、「○」は時効処理後の硬さが700Hv以上750Hv未満であることを表し、「×」は時効処理後の硬さ700Hv未満であることを表す。
【0068】
表3より、以下のことが分かる。
(1)比較例1は、良好な積層造形性、及び良好な耐摩耗性を示した。しかし、比較例1は、上述したように、耐Vアタック性が低い。
(2)比較例2~4は、耐摩耗性が低い。これは、肉盛層の場合と同様の理由による。
(3)比較例5~6は、良好な積層造形性、及び良好な耐摩耗性を示した。しかし、比較例5~6は、上述したように、耐Vアタック性が低い。
(5)比較例7は、耐摩耗性が低い。これは、肉盛層の場合と同様の理由による。
【0069】
(8)比較例8は、肉盛溶接だけでなく、積層造形も困難であった。これは、C量が過剰であるために、肉盛時及び積層造形時の硬度が高く、割れが発生し、評価できなかったためである。
(9)実施例1~21は、いずれも、積層造形性、及び耐摩耗性に優れていた。
【0070】
【0071】
[3.3. 溶接ワイヤを用いた肉盛溶接]
実施例1~21の溶接ワイヤを用いて肉盛溶接を行った場合、時効処理後の肉盛層の硬さは、いずれも700Hv以上であった。
【0072】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は、上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明に係るNi基合金は、船舶用エンジンの排気バルブのバルブシート面及び/又は触火面に形成される肉盛層の材料、切削工具の表面に形成される肉盛層の材料などに用いることができる。