(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-22
(45)【発行日】2024-05-01
(54)【発明の名称】繊維加熱方法および繊維加熱装置
(51)【国際特許分類】
D06M 10/00 20060101AFI20240423BHJP
D01F 9/12 20060101ALI20240423BHJP
F27B 9/06 20060101ALI20240423BHJP
F27B 9/28 20060101ALI20240423BHJP
F27B 9/36 20060101ALI20240423BHJP
F27B 9/40 20060101ALI20240423BHJP
F27D 11/04 20060101ALI20240423BHJP
F27D 19/00 20060101ALI20240423BHJP
F27D 21/00 20060101ALI20240423BHJP
【FI】
D06M10/00 L
D01F9/12
F27B9/06 E
F27B9/28
F27B9/36
F27B9/40
F27D11/04
F27D19/00 Z
F27D21/00 G
(21)【出願番号】P 2021025972
(22)【出願日】2021-02-22
【審査請求日】2023-03-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 由香
(72)【発明者】
【氏名】野村 和弘
(72)【発明者】
【氏名】成田 麻美子
(72)【発明者】
【氏名】北條 浩
(72)【発明者】
【氏名】森下 卓也
(72)【発明者】
【氏名】西村 安弘
【審査官】中西 聡
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-214461(JP,A)
【文献】特公昭40-017086(JP,B1)
【文献】特開2006-335624(JP,A)
【文献】特公昭47-022660(JP,B1)
【文献】山浦逸雄,繊維系材料によるバイオメティックス機能開発 15-3-5:活性炭素繊維の高効率通電加熱再生法,文部科学省21世紀COEプログラム「先進ファイバー工学研究教育拠点」研究成果報告書,信州大学繊維学部,2007年03月31日,Vol.13,p.129-130
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F、D02J、F27B、F27D
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一対の電極に接しつつ搬送されると共に少なくとも該電極間で導電性を有する繊維へ、該電極から通電して該繊維を該電極間
でジュール加熱する加熱工程を備える繊維加熱方法であって、
該加熱工程は、該電極間の少なくとも一箇所で測定される該繊維の温度に基づいて、該電極間への供給電力および/または該繊維と該電極の通電状態を制御しつつなされ
、
該通電状態の制御は、該電極間に掛架された該繊維の張力を調整してなされる繊維加熱方法。
【請求項2】
前記電極間における前記繊維の移動速度を調整して、前記通電状態が制御される請求項1に記載の繊維加熱方法。
【請求項3】
さらに、前記繊維の移動速度に応じて前記電極間距離を調整して、該電極間における該繊維の通過時間が制御される請求項2に記載の繊維加熱方法。
【請求項4】
前記繊維は、耐炎化繊維、不融化繊維または炭素繊維である請求項1~
3のいずれかに記載の繊維加熱方法。
【請求項5】
少なくとも一対の電極と、
該電極に接続される電源と、
該電極に接しつつ該電極間を掛架す
る繊維を移動させる搬送手段と、
該電極間の少なくとも一箇所で該繊維の温度を測定する温度計と、
該繊維の温度に基づいて、該電極間への供給電力および/または該電極の通電状態を制御する制御手段と、
該電極間に掛架された該繊維の張力を調整するテンショナとを備え
、
該制御手段は、該テンショナにより該張力を調整して該通電状態を制御する繊維加熱装置。
【請求項6】
前記制御手段は、前記搬送手段による前記繊維の移動速度を調整して前記通電状態を制御する請求項
5に記載の繊維加熱装置。
【請求項7】
さらに、前記電極間距離を調整する距離調整手段を備え、
前記制御手段は、前記繊維の移動速度に応じて該電極間距離を調整して該電極間における該繊維の通過時間を制御する請求項
6に記載の繊維加熱装置。
【請求項8】
少なくとも該電極間における該繊維を所望雰囲気にするチャンバを備える請求項
5~
7のいずれかに記載の繊維加熱装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維等の製造に用いられる繊維加熱方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
軽量化と高特性の両立を可能とする炭素繊維複合材料は、航空宇宙分野に限らず、多様な製品に利用される。炭素繊維複合材料は、通常、炭素繊維とそれを保持するマトリックス(樹脂、セラミックス、金属等)からなる。一般的な炭素繊維は、炭素含有率が90%以上の繊維であり、有機繊維を焼成して得られる。炭素繊維は、原料の相違により複数種あるが、主に、ポリアクリロニトリル(PAN)から得られるPAN系と、石油や石炭のピッチから得られたピッチ系とに大別される。いずれの炭素繊維も、原料である有機繊維を段階的に高温加熱して得られる点で共通している。
【0003】
炭素繊維の加熱工程は、一般的に、繊維を炉加熱する間接加熱方式によりなされる。しかし、間接加熱方式による高温加熱は消費エネルギーが大きいため、省エネルギー化を図れる直接加熱方式(特に直接通電加熱方式)が提案されている。この直接通電加熱方式に関連する記載が下記の文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特公昭61-39411
【文献】特開2015-214461
【文献】米国特許第3313597号
【非特許文献】
【0005】
【文献】炭素, 146, pp.8-14, 1991
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
直接通電加熱方式は、搬送される繊維へ直接通電し、ジュール発熱により繊維自体を加熱する。これによれば、繊維を連続的かつ効率的に加熱できる。
【0007】
しかし、本発明者が従来の直接通電加熱方式により、繊維を移動させつつ加熱したところ、その温度は大きく変動し、繊維を所望温度域で安定して加熱できなかった。このような温度変動は、当然、炭素繊維の特性変動を招く。しかし、上記のいずれの文献も、そのような温度変動やその抑制方法について何ら言及していない。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、移動する繊維でも、直接通電により安定して加熱できる方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、移動する繊維の電極間における温度を測定し、その温度に基づいて繊維の通電条件を調整することを着想し、これを具現化した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《繊維加熱方法》
(1)本発明は、少なくとも一対の電極に接しつつ搬送されると共に少なくとも該電極間で導電性を有する繊維へ、該電極から通電して該繊維を該電極間で該ジュール加熱する加熱工程を備える繊維加熱方法であって、該加熱工程は、該電極間の少なくとも一箇所で測定される該繊維の温度に基づいて、該電極間への供給電力および/または該繊維と該電極の通電状態を制御しつつなされる繊維加熱方法である。
【0011】
(2)本発明の繊維加熱方法(単に「加熱方法」という。)では、測定された繊維の実温度に基づいて、電極間を移動する繊維の通電条件(供給電力および/または通電状態)を制御している。これにより、移動する繊維への通電加熱でも安定して行える。
【0012】
《繊維加熱装置》
本発明は、繊維加熱装置としても把握される。例えば、本発明は、少なくとも一対の電極と、該電極に接続される電源と、該電極に接しつつ該電極間を掛架する該繊維を移動させる搬送手段と、該電極間の少なくとも一箇所で該繊維の温度を測定する温度計と、
該繊維の温度に基づいて、該電極間への供給電力および/または該電極の通電状態を制御する制御手段と、を備える繊維加熱装置でもよい。
【0013】
《熱処理繊維》
本発明は、上述した加熱方法や加熱装置を用いて熱処理された繊維(単に「処理繊維」という。)としても把握される。なお、上述した加熱方法や加熱装置に供される加熱前の繊維(単に「前駆体繊維」という。)は、通電を行う電極間で導電性を有する限り、その材質や状態は問わない。また導電性は、通電可能なら足り、具体的な電気抵抗値等を問わない。
【0014】
《その他》
(1)「手段」と「工程」は相互に読み替えることができる。例えば、「~工程」を読み替えた「~手段」は「物」(加熱装置等)の構成要素となる。逆に、「~手段」を読み替えた「~工程」は「方法」(加熱方法等)の構成要素となる。
【0015】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。また、特に断らない限り、本明細書でいう「x~ymm/min」はxmm/min~ymm/minを意味する。他の単位系についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図3】繊維加熱方法の手順を例示するフローチャートである。
【
図4】炭素繊維に印加した電力とその実温度との相関例を示すグラフである。
【
図5】供給電力のフィードバック制御しつつ通電した炭素繊維の実温度の時間変化を例示するグラフである。
【
図6A】供給電力のフィードバック制御せずに、通電した炭素繊維の実温度の時間変化を例示すグラフである。
【
図6B】供給電力のフィードバック制御せずに、張力を増加させて通電した炭素繊維の実温度の時間変化を例示すグラフである。
【
図6C】フィードバック制御せずに、静止状態(搬送速度を零)として通電した炭素繊維の実温度の時間変化を例示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書中に記載した事項から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を上述した本発明の構成に付加し得る。製造方法に関する構成要素も、物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0018】
《電極》
電極は、例えば、導電材からなる回転体(ローラ、ロータ等)や摺動体等である。電極は、高温な繊維と接触するため、導電性に加えて、耐熱性や耐摩耗性に優れる導電材からなるとよい。このような導電材として、例えば、黒鉛、金属、セラミックス等がある。
【0019】
繊維と接触する電極の表面(単に「電極面」という。)は、平滑であるとよい。これにより、繊維と電極の接触抵抗の低下や安定化が図られる。例えば、電極面の表面粗さ(Rzjis)は、12.5μm以下、6.3μm以下さらには3.2μm以下としてもよい。その下限値を敢えていえば、0.01μm以上さらには0.1μm以上としてもよい。電極の表面側は平坦状でもよいが、繊維の形態(形状、太さ等)に沿った形状(例えば、溝状、凸部 または凹部が分散したテクスチャー状等)でもよい。
【0020】
一対の電極は、上流側(繊維の送出側)と下流側(繊維の回収側)で、材質や形態が同じでも、異なっていてもよい。同じ電極なら部品管理が容易となる。逆に、電極の材質や形態を上流側と下流側で好適化または最適化すれば、通電性の向上、電極の長寿命化等が図られる。
【0021】
電極は少なくとも2つまたは一対あればよいが、3つ以上または2対以上あってもよい。電極の配置数は、通電区間(電極間)の設置数、配線方法等に応じて決定されるとよい。複数の通電区間を設けるとき、各通電区間で通電条件(供給電力、加熱時間、接触状態等)を変化させてもよい。この場合、各通電区間で繊維を異なる温度で加熱したり、繊維の変化(抵抗値、材質、形態等の変化)に応じて各通電区間の通電条件を好適化したりできる。
【0022】
《電源》
電源は、交流電源でもよいが、直流電源であると、通電制御が容易となる。電源として、例えば、繊維の温度に応じて、電流および/または電圧を制御(例えばフィードバック制御)し易い安定化電源を用いることができる。
【0023】
《搬送》
繊維の搬送は、例えば、少なくとも下流側に設けた巻回体(ボビン、ローラ等)をモータ等で駆動させて、繊維を巻き取って行える。巻回体と駆動源からなる搬送手段は、下流側のみならず、上流側にも設けてもよい。
【0024】
繊維の移動速度(例えば搬送速度)は一定でもよいが、通電状態に応じて移動速度を変化させてもよい。駆動源がモータなら、その回転数制御により移動速度を調整できる。移動速度の抑制により、繊維と電極の接触状態(通電状態)、電極(ローラ等)と回転軸の接触状態や回動状態等を改善したり、安定化させることができる。逆に、通電加熱(繊維の温度)の安定化を図れる範囲で、移動速度を向上させれば、繊維の生産性(加熱処理速度)を高めることもできる。なお、本明細書でいう「移動」には、電極に対する繊維の相対移動が含まれる。
【0025】
《電極間距離》
電極間距離は一定でもよいが、通電状態に応じて変化させてもよい。電極間距離を短くするほど、繊維温度は上昇傾向になる。繊維の移動速度に応じて電極間距離を変化させてもよい。移動速度に応じた電極間距離の調整により、例えば、通電による繊維の加熱時間(通電時間)の制御も可能となる。電極間距離の距離調整手段は、例えば、少なくとも一方の電極を所定位置に移動させ得るスライダーにより行える。スライダーは、例えば、駆動源(サーボモータ等)、リニアガイド、ボールねじ等により構成される。
【0026】
《張力》
電極間に掛架された繊維の張力は一定でもよいが、通電状態に応じて張力は変化してもよい。張力は、テンショナにより調整される。テンショナは、例えば、繊維に接触するアイドラ、ローラ、スライダ等を介して繊維に所望の荷重を印加してもよい。その荷重源は、例えば、電磁力(モータ、ソレノイド等)、油圧、重力(錘)等である。また、上述した搬送手段等がテンショナを兼用してもよい。例えば、繊維の下流側および/または上流側に設けた巻回体の回転トルクをモータ等で変化させて、繊維の張力を調整してもよい。
【0027】
電極が3つ以上あるとき、各電極間の張力は全体的(一括的)に調整されてもよいし、各電極間毎で個別に調整されてもよい。張力の調整により、繊維と電極の接触状態(通電状態)が安定化され得る。張力は当然、移動する繊維が弛まず、切断しない範囲内で調整される。
【0028】
張力調整手段(テンショナ)は、例えば、繊維に接触する接触体(回転体、摺動体等)と、それを所定位置まで移動して保持する機構で構成される。接触体は、材質を問わないが、電極と同様に、耐熱性や耐久性等を有する材質(例えば黒鉛等)からなるとよい。
【0029】
《温度》
繊維の温度は、繊維を加熱している間、連続的または断続的(離散的)に測定される。測定に用いる温度計の形式や種類等は問わない。細くて熱容量や強度等が小さい繊維の温度は、例えば、非接触式温度計(放射温度計、サーモグラフィ等)により精度よく測定される。
【0030】
《制御》
繊維の加熱制御は、少なくとも一箇所で測定される繊維の温度に基づいてなされる。制御方式(フィードバック制御、フィードフォワード制御等)は問わない。例えば、測定される繊維の温度(単に「実温度」という。)に基づくフィードバック制御をリアルタイムで行えば、繊維の実温度を目標温度に安定して収束させ得る。目標温度と実温度の温度差(変動幅)は、繊維の種類、加熱目的、装置の仕様等により異なるが、例えば、±100℃、±50℃、±25℃さらには±10℃に収まると好ましい。
【0031】
制御対象として、例えば、電極間への通電量(供給電力)、繊維と電極の通電状態(電極間に掛架された繊維へ印加する張力、電極間における繊維の移動速度等)がある。代表例である通電量の制御は、電流と電圧のいずれか一方を変化させてもよいし、両方を変化させてもよい。
【0032】
また、電極間に掛架された繊維の張力や、電極間における繊維の移動速度等を調整する通電状態の制御により、電源から繊維に至る通電状態の改善(各部における抵抗低減、安定化等)が図られる。通電状態の制御は、電力制御に換えて、または電力制御と共になされる。通電状態の制御は、例えば、電力制御だけで繊維を所望温度に維持できないとき行われるとよい。
【0033】
なお、繊維の移動速度は、その加熱時間にも影響する。このため、その加熱時間を所定範囲内にする場合、移動速度に応じて電極間距離も調整されるとよい。制御対象がいずれでも、目標温度と実温度の温度差に基づくリアルタイムなフィードバック制御がなされるとよい。
【0034】
《雰囲気》
繊維は、処理目的に応じた雰囲気で加熱されるとよい。酸化雰囲気下の加熱なら、大気中(開放状態)でなされてもよい。逆に、非酸化雰囲気下の加熱なら、少なくとも電極間にある繊維を所望雰囲気にするチャンバを設けるとよい。
【0035】
なお、本明細書でいう非酸化雰囲気には、不活性ガス雰囲気(希ガス雰囲気の他、窒素ガス雰囲気を含む。)の他、真空雰囲気も含まれる。炭素系繊維等を加熱するとき、前駆体繊維に含まれる成分の一部はガスとして放出される。このような繊維の加熱は、気流下または排気下でなされるとよい。
【0036】
《繊維》
(1)電極間を通過する熱処理前の繊維(前駆体繊維)は、通電による加熱が可能であれば、その材質を問わず、有機繊維、無機繊維、金属繊維等のいずれでもよい。代表例として、耐炎化繊維、不融化繊維、予備炭化繊維、本炭化繊維、黒鉛化繊維がある。
【0037】
製糸、紡糸等されたままの有機繊維は、通常、電気抵抗値が大きく導電性が小さい。このような有機繊維は、上流側にある電極の通過前に、導電性を付与する前処理がなされてもよい。例えば、酸化雰囲気下(通常は空気雰囲気下)で、PAN系有機繊維なら例えば200~300℃、ピッチ系有機繊維なら例えば200~350℃で加熱すれば(耐炎化工程、不融化工程)、導電性を有する前駆体繊維(耐炎化繊維、不融化繊維)になり得る。また、不活性ガス雰囲気下で、例えば300~1000℃で加熱した予備炭化繊維等も前駆体繊維となり得る。さらに、本炭化繊維や黒鉛化繊維でも、さらなる高温で熱処理する場合は前駆体繊維となり得る。
【0038】
(2)処理繊維は、前駆体繊維に対して、成分組成が変化したものでも、組織だけが変化したものでもよい。例えば、上述した有機系(炭素系)の前駆体繊維を通電加熱すれば、各種の炭素繊維(予備炭化繊維、本炭化繊維、黒鉛化繊維等)が得られる。予備炭化繊維は、例えば、不活性雰囲気中で耐炎化繊維または不融化繊維を300~1000℃で加熱して得られる(予備炭化工程)。本炭化繊維は、例えば、不活性雰囲気中で耐炎化繊維、不融化繊維または予備炭化繊維を1000~2000℃で加熱して得られる(本炭化工程)。炭素繊維も同様に2000~3000℃で加熱することにより、黒鉛化繊維を得ることができる(黒鉛化工程)。
【0039】
(3)本明細書でいう繊維は、単繊維でも、数千本から数万本の単繊維を束ねた繊維束でもよい。前駆体繊維は、毛羽やよじれ等が少なく、整形されていると、電極との接触状態(接触抵抗)の安定化が図られる。前駆体繊維は、サイジング等の表面処理がされたものでもよい。さらに処理繊維は、加熱後にサイジング等の表面処理がされてもよい。
【0040】
通電加熱される前駆体繊維の原料となる有機繊維として、PAN系繊維やピッチ系繊維の他に、例えば、ポリアクリルアミド系繊維、フェノール樹脂系繊維、ポリビニルアルコール系繊維、ポリオレフィン系繊維、ジエン系ポリマー繊維、再生セルロース系繊維、リグニン系繊維等がある。
【実施例】
【0041】
繊維加熱装置と繊維加熱方法の具体例を示しつつ、さらに本発明を詳しく説明する。
【0042】
《加熱装置1》
本発明の一実施例である繊維加熱装置M1(単に「装置 M1」という。)を
図1に示した。本実施例でいう左右方向(水平方向)と上下方向(鉛直方向)は、
図1中に示す矢印の方向とする。
【0043】
装置M1は、一対のローラ11、12と、電源2と、コンピュータからなる制御ユニット3(制御手段)と、放射温度計4と、前駆体繊維F1の送出ボビン51と処理繊維F2の巻取ボビン52(搬送手段)と、テンショナ61、62と、送出側にある前駆体繊維F1と巻取側にある処理繊維F2をそれぞれ誘導支持するアイドラ71、72(空転体/遊び車)と、通電繊維Fhの周囲を所定雰囲気にするチャンバ8とを備える。
【0044】
ローラ11、12(両者を併せて単に「ローラ1」という。)はそれぞれ、黒鉛製の回転軸112、122に枢支された黒鉛製の円筒体111、121(電極)からなる。回転軸112、122の各軸端に設けた端子113、123に電源2が接続される。従って、円筒体111、121には、端子113、123から回転軸112、122を介して電力が供給される。なお、円筒体111と円筒体121の間(電極間)を、適宜、「円筒体間」または「ローラ間」という。
【0045】
ローラ11(円筒体111)とローラ12(円筒体121)の間隔(電極間距離)は、スライダー(図略/距離調整手段)により調整可能である。スライダーは、例えば、リニアガイド、ボールねじ、サーボモータ等からなる。制御ユニット3で制御されたサーボモータでボールねじを駆動して、ローラ11、12の少なくとも一方を、左右方向に延在するリニアガイドに沿って移動させ、所望位置で停止させる。こうしてローラ11とローラ12の間隔調整が可能となる。
【0046】
電源2は直流安定化電源からなり、制御ユニット3により出力(電圧および/または電流)が制御される。これにより、円筒体間への通電量(供給電力)が調整される。
【0047】
送出ボビン51と巻取ボビン52(両者を併せて単に「ボビン5」という。)は、それぞれモータ(図略)により駆動される。各モータは、制御ユニット3により制御(例えば同調制御)されて、前駆体繊維F1、通電繊維Fhおよび処理繊維F2(これらを併せて単に「繊維F」という。)の移動速度が調整される。
【0048】
テンショナ61、62(両者を併せて単に「テンショナ6」という。)は、送出側(上流側)と巻取側(下流側)にそれぞれ設けられ、円筒体111と円筒体121に掛架された通電繊維Fhへ張力を付与する。テンショナ61、62はそれぞれ、モータ(図略)により駆動されて上下方向へ移動可能である。各モータは制御ユニット3により同調制御され、前駆体繊維F1の下方への押付力と処理繊維F2の下方への押付力とを変化させる。こうして、通電繊維Fhの張力がテンショナ6により調整される。
【0049】
チャンバ8はガスの入口と出口を備える容体であり、内部を所望の雰囲気にできる。例えば、上流側の入口から不活性ガス(例えば窒素ガス)を導入し、下流側の出口から排気する。これにより、加熱された通電繊維Fhからガスが発生する場合でも、チャンバ8内は安定した不活性ガス雰囲気となる。
【0050】
《加熱装置2》
本発明の別な実施例である繊維加熱装置M2(単に「装置M2」という。)を
図2に示した。装置M2は、装置M1に対して追加されたローラ11、12、13、14と放射温度計41、42、43を備え、3つの独立した通電区間(電極間)I、II、IIIを備える。各ローラおよび各温度計は、装置M1のローラ11、12および放射温度計4と同構造である。その他の部材や機構等も、装置M1と同じである。このため、装置M1に関して既述したものには、装置M2に関しても同符号を付して、それらの説明を省略する。
【0051】
装置M2によれば、各通電区間毎に、加熱条件を個別に設定できる。例えば、各通電区間で、目標温度や供給電力を変更して通電加熱できる。この結果、複数の加熱炉(加熱装置)を用いずに、繊維の段階的な加熱を効率的に行い得る。
【0052】
《加熱方法》
上述した装置M1を用いて、前駆体繊維F1を加熱処理する各工程(手順/ステップ)を
図3に示した。これに基づいて各工程を順次説明する。
【0053】
工程Soで、前駆体繊維F1の加熱処理に必要な条件等を初期設定する。設定項目として、例えば、通電加熱時の通電繊維Fhの目標温度(To)、目標温度に対する実温度(T)の許容差(ΔT=|T-To|)、通電繊維Fhの加熱時間(t:ローラ間の通過時間)、ローラ間の距離(L:電極間距離)、繊維Fの搬送速度(V:移動速度)、通電繊維Fhの張力(S)、ローラ間の通電量(電圧(E)・電流(I)または電力(W))等である。各設定項目(変数)の初期値には、適宜、添字「o」を付して表記する。
【0054】
加熱時間(t)は、ローラ間の距離(L)と繊維Fの搬送速度(V)とから求まる(t=L/V)。加熱時間を略一定にして通電加熱する場合なら、LとVを協調して変化させるとよい。また、通電繊維Fhの実温度(T)と通電量(W=E・I)には正の相関がある。この関係も基づくと、目標温度(To)に応じて、初期電圧(Eo)と初期電流(Io)または初期電力(Wo)の設定が容易になる。
【0055】
工程S1で、制御ユニット3は、初期設定されたVo、Lo、So等に基づいて、ボビン5、ローラ1のスライダー、テンショナ6等の作動または設定を行い、繊維Fの搬送を開始(または継続)する。
【0056】
工程S2で、制御ユニット3は、初期設定されたWo(=Eo・Io)に基づいて、電源2からローラ1への通電を開始(または継続)し、ローラ間にある通電繊維Fhのジュール加熱を開始(または継続)する。なお、工程S1と工程S2の開始の前後は、逆でも略同時でもよい。
【0057】
工程S3で、制御ユニット3は、放射温度計4によりローラ間にある通電繊維Fhの温度を測定する。工程S2の通電開始後、通電繊維Fhの温度が安定する時間(初期過渡時間)の経過後から温度測定を開始してもよい。通常、通電繊維Fhは、通電開始後の極短時間内に、目標温度付近まで昇温する。
【0058】
工程S4で、制御ユニット3は、測定された通電繊維Fhの実温度が目標温度に対して所定の温度範囲内(例えば|T-To|≦ΔT)であるか否かを判断する。
【0059】
実温度がその温度範囲外であれば、工程S5で、制御ユニット3は、電源2、テンショナ6またはボビン5を制御して、通電量(E・IまたはW)、張力(S)、搬送速度(V)の一つ以上の設定・条件を変更する。例えば、通電繊維Fhの実温度が低いときなら、電源2を制御して通電量を増加させる。また、実温度の変動が大きいときなら、テンショナ6および/またはボビン5を制御して、張力の増加および/または搬送速度の低下を行う。これにより、通電繊維Fhとローラ1の表面との接触状態、円筒体111、121と回転軸112、122の接触状態等が改善して、それらの接触抵抗が安定し、実温度のばらつきも抑制され得る。なお、通電繊維Fhの加熱時間を一定にする必要がある場合、制御ユニット3は、スライダー(図略)を制御して、ローラ間の距離を搬送速度の低下に応じて短縮する。
【0060】
工程S4で実温度が所定の温度範囲内なら、制御ユニット3は、そのままの設定・条件下で繊維Fの通電加熱および搬送を継続する(工程S6)。この処理は、所望量の前駆体繊維F1の通電加熱が終了するまでなされる。例えば、送出ボビン51に巻回されていた前駆体繊維F1が、処理繊維F2として巻取ボビン52に巻き取り終わるまでなされる(工程S6)。
【0061】
勿論、その途中(循環処理ループ中:工程S6→S1→S2→S3→S4→S6)で、実温度が所定範囲を超えて変動すれば(工程S4)、設定・条件の見直しを行い(工程S5)、工程S1から工程S6へ至る処理ループを繰り返し行う。こうして、通電繊維Fhの実温度に基づくフィードバック制御がリアルタイムでなされ、所望量の前駆体繊維F1について、所望温度で加熱された処理繊維F2が得られる。
【0062】
このように本発明によれば、繊維Fの加熱処理を安定して効率的に行える。なお、上述した工程S5で設定変更する制御項目の組合せや優先順位等は、繊維Fの種類、実温度の変化状況等に応じて適宜なされるとよい。また、装置M1を用いた場合について例示したが、装置M2を用いた場合でも基本的に同様である。
【0063】
《実験例》
上述した加熱装置や加熱方法に基づいて、炭素繊維を加熱処理した実験例を以下に示す。
【0064】
(1)実験1(温度と通電量)
単繊維を束状にした炭素繊維(東レ株式会社製トレカT300/フィラメント数:12000)を静止状態(張力:1.2×10
-3N/tex)で通電加熱した。このときの通電量(供給電力)と炭素繊維の実温度との関係を
図4に示した。
図4から明らかなように、炭素繊維の温度は、通電量に対して単調増加した。なお、「tex」は、長さ1000mあたりの重量(g)を示すSI単位である。
【0065】
(2)実験2(供給電力のフィードバック制御)
実験1と同じ張力下で、炭素繊維の実温度に基づいて供給電力をフィードバック制御しつつ、目標温度を1000℃または1500℃として通電加熱した。このとき、搬送速度:100mm/min、張力:1.2×10
-3N/tex、通電時間:90秒とした。これにより得られた実温度の時間変化を
図5に併せて示した。なお、
図4に示した結果から、目標温度:1000℃のときの初期電力:87W、目標温度:1500℃のときの初期電力:263Wとした。
【0066】
図5から明らかなように、目標温度:1000℃、1500℃に対して、それぞれ実温度:1000±4℃、1500±8℃となった。このことから、測定される温度に基づいて供給電力をフィードバック制御することにより、炭素繊維を一定温度で安定して加熱できることが確認された。
【0067】
(3)実験3(張力と搬送速度)
供給電力のフィードバック制御を行わず、目標温度に対する供給電力を初期設定のままとして、炭素繊維を搬送させつつ通電加熱した。目標温度は、400℃、1000℃または1200℃とした。供給電力はそれぞれ、13W、87Wまたは126Wとした。搬送速度:100mm/min、張力:1.2×10-3N/tex、通電時間:90秒とした。
【0068】
それぞれの実温度の時間変化を
図6Aに併せて示した。
図6Aから明らかなように、搬送に伴い、通電加熱された炭素繊維の温度は激しく変動した。具体的にいうと、目標温度:400℃、1000℃、1200℃に対して、それぞれ実温度:434±21℃、859±115℃、1281±181℃となり、目標温度が高くなるほど、その変動幅も大きくなった。
【0069】
張力:8.7×10
-3N/texとして同様に通電加熱したところ、それぞれの実温度の時間変化は
図6Bに示すようになった。
図6Aと
図6Bの比較から明らかなように、張力の増加に伴い、炭素繊維を搬送させつつも、その実温度の変動を抑制できた。具体的にいうと、目標温度:400℃、1000℃、1200℃に対して、それぞれ実温度:436±16℃、952±91℃、1266±172℃となった。
【0070】
張力:1.2×10
-3N/texとしつつ、静止状態で同様に通電加熱したところ、それぞれの実温度の時間変化は
図6Cに示すようになった。
図6Aと
図6Cの比較から明らかなように、搬送速度の低減により、炭素繊維の実温度の変動を顕著に抑制できた。具体的にいうと、目標温度:400℃、1000℃、1200℃に対して、それぞれ実温度:457±2℃、956±4℃、1221±19℃となった。
【0071】
以上から、本発明により、繊維を所望温度で安定して効率的に加熱できることがわかった。
【符号の説明】
【0072】
11、12 ローラ(電極)
2 電源
3 制御ユニット(制御手段)
4 放射温度計
5 ボビン(搬送手段)
6 テンショナ
7 アイドラ
8 チャンバ
M1、M2 繊維加熱装置
F1 前駆体繊維
Fh 通電繊維
F2 処理繊維