(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-22
(45)【発行日】2024-05-01
(54)【発明の名称】金属製品
(51)【国際特許分類】
F02M 61/16 20060101AFI20240423BHJP
C23C 16/40 20060101ALI20240423BHJP
B32B 15/01 20060101ALI20240423BHJP
【FI】
F02M61/16 M
F02M61/16 F
C23C16/40
B32B15/01 K
(21)【出願番号】P 2021033643
(22)【出願日】2021-03-03
【審査請求日】2023-06-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】520124752
【氏名又は名称】株式会社ミライズテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山下 秀一
(72)【発明者】
【氏名】大西 真司
(72)【発明者】
【氏名】片山 雅之
(72)【発明者】
【氏名】山下 司
【審査官】鶴江 陽介
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-100207(JP,A)
【文献】特開2009-248460(JP,A)
【文献】特開2014-101585(JP,A)
【文献】特表2014-528520(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02M 61/16
B32B 15/01
C23C 16/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製品であって、
鉄鋼材で構成され、所定の形状とされた金属基材(20)と、
前記金属基材の表面に形成された保護膜(21)とを備え、
前記保護膜は、
前記金属基材の表面を覆い、前記金属基材に比べて腐食しにくい材料で構成された耐食層(22)と、
前記金属基材と前記耐食層との間に位置し、前記金属基材に含まれる金属原子の拡散が前記耐食層に比べて生じにくい材料で構成された拡散抑止層(23)と、
前記耐食層の表面を覆い、Vを成分として含み、酸性環境において自己修復機能を有する自己修復層(24)とを有し、
前記自己修復機能は、前記金属基材の表面のうち前記耐食層および前記拡散抑止層に覆われずに露出した露出部が存在する場合に、前記露出部を覆い、Vを成分として含むとともに、前記金属基材に含まれるFe以外の金属元素と同じ金属元素を成分として含むV含有層(25)を形成して、前記保護膜を修復する機能であ
り、
前記自己修復層は、一層以上の酸化バナジウムを含む層(241、243)と、一層以上の酸化セリウムを含む層(242)とを有し、前記一層以上の酸化バナジウムを含む層のそれぞれと、前記一層以上の酸化セリウムを含む層のそれぞれとが交互に積層された構造である、金属製品。
【請求項2】
前記自己修復層は、前記保護膜の表層である、請求項
1に記載の金属製品。
【請求項3】
前記一層以上の酸化バナジウムを含む層のうちの一層の酸化バナジウムを含む層(243)は、前記自己修復層の表層である、請求項
1に記載の金属製品。
【請求項4】
前記一層以上の酸化バナジウムを含む層は、二層の酸化バナジウム層であり、
前記一層以上の酸化セリウムを含む層は、一層の酸化セリウム層であり、
前記二層の酸化バナジウムを含む層の総厚さは、20nm以上45nm以下であり、
前記一層の酸化セリウムを含む層の厚さは、1nm以上10nm以下である、請求項
1または
2に記載の金属製品。
【請求項5】
前記金属基材は、Cr、Moを含む鉄鋼材であり、
前記V含有層は、前記金属基材に含まれるFe以外の金属元素と同じ金属元素として、Cr、Moを含む、請求項
1ないし
4のいずれか1つに記載の金属製品。
【請求項6】
前記金属製品は、内燃機関の燃焼に用いられる燃料を噴射する燃料噴射弁(10)のうち燃料を噴射する噴孔(112)が形成された弁ボデー(11)である、請求項1ないし
5のいずれか1つに記載の金属製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性を有する金属製品に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、燃料を噴射する燃料噴射弁が開示されている。燃料噴射弁は、燃料を噴射する噴孔が形成された弁ボデーと、噴孔を開閉する弁体とを備える。弁ボデーは、金属基材等で構成される金属製品である。この弁ボデーでは、金属基材の表面が拡散抑止層と耐食層とを含む保護膜に覆われることで、酸性環境での金属基材の腐食が抑制される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の従来技術において、何らかの理由によって、保護膜の一部が欠損し、金属基材の表面の一部が保護膜から露出する場合がある。この状態で、弁ボデーが酸性環境に晒されると、金属基材の表面のうち保護膜に覆われずに露出した部分は、腐食する。なお、このような問題は、燃料噴射弁の弁ボデーに限らず、金属基材の表面が拡散抑止層と耐食層とを含む保護膜に覆われる他の金属製品においても同様に生じる。
【0005】
本発明は上記点に鑑みて、酸性環境での腐食を抑制することができる金属製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に記載の発明によれば、
金属製品は、
鉄鋼材で構成され、所定の形状とされた金属基材(20)と、
金属基材の表面に形成された保護膜(21)とを備え、
保護膜は、
金属基材の表面を覆い、金属基材に比べて腐食しにくい材料で構成された耐食層(22)と、
金属基材と耐食層との間に位置し、金属基材に含まれる金属原子の拡散が耐食層に比べて生じにくい材料で構成された拡散抑止層(23)と、
耐食層の表面を覆い、Vを成分として含み、酸性環境において自己修復機能を有する自己修復層(24)とを有し、
自己修復機能は、金属基材の表面のうち耐食層および拡散抑止層に覆われずに露出した露出部が存在する場合に、露出部を覆い、Vを成分として含むとともに、金属基材に含まれるFe以外の金属元素と同じ金属元素を成分として含むV含有層(25)を形成して、保護膜を修復する機能であり、
自己修復層は、一層以上の酸化バナジウムを含む層(241、243)と、一層以上の酸化セリウムを含む層(242)とを有し、一層以上の酸化バナジウムを含む層のそれぞれと、一層以上の酸化セリウムを含む層のそれぞれとが交互に積層された構造である。
【0009】
これによれば、金属基材の表面の一部が保護膜から露出した状態で、金属製品が酸性環境に晒された場合、自己修復膜によって保護膜を修復することができる。このため、金属基材の表面の一部が保護膜から露出した状態のときに保護膜が修復されない場合と比較して、金属基材の腐食を抑制することができる。
【0010】
なお、各構成要素等に付された括弧付きの参照符号は、その構成要素等と後述する実施形態に記載の具体的な構成要素等との対応関係の一例を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1実施形態における燃料噴射弁の一部の断面図である。
【
図3】
図2中のIII部の拡大図であって、第1実施形態における金属基材および保護膜の断面図である。
【
図4】比較例1における金属基材および保護膜の断面図である。
【
図5】第1実施形態における金属基材および保護膜の断面図である。
【
図6】第2実施形態における金属基材および保護膜の断面図である。
【
図7】比較例1、第1実施形態、第2実施形態のそれぞれの試験体についての酸性液中での錆生成面積率の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分 には、同一符号を付して説明を行う。
【0013】
(第1実施形態)
図1に示す本実施形態の燃料噴射弁10は、内燃機関の燃焼に用いられる燃料を噴孔から噴射するものである。内燃機関は、圧縮自着火式のディーゼルエンジンであり、走行駆動源として車両に搭載されている。図示しないが、燃料タンクに貯留された燃料(例えば軽油)は、高圧燃料ポンプによりコモンレールへ圧送された後、コモンレールから各々の燃料噴射弁10へ分配され、燃料噴射弁10から内燃機関の燃焼室へ噴射される。
【0014】
燃料噴射弁10は、弁ボデー11と、弁体12と、を備える。
【0015】
図1、2に示すように、弁ボデー11の内部には、コモンレールから分配された燃料が流れる燃料通路111が形成されている。弁ボデー11の先端側には、燃料を噴射する複数の噴孔112が形成されている。複数の噴孔112は、燃料通路111に連通している。
【0016】
図1に示すように、弁体12は、弁ボデー11の燃料通路111に収容される。弁体12は、複数の噴孔112を開閉する。
【0017】
燃料噴射弁10が内燃機関に組み付けられた状態において、弁ボデー11のうち噴孔112側の部分は、内燃機関の燃焼室の空間に晒される。内燃機関の停止後において、燃焼室に残存する排気が温度低下すると、排気に含まれている水成分が凝縮した凝縮水が、弁ボデー11に付着することがある。排気には、窒素や硫黄が含まれることから、弁ボデー11に付着する凝縮水にも、窒素や硫黄が含まれる。このため、凝縮水は、酸性の液体である。このように、弁ボデー11のうち噴孔112側の部分が酸性環境に晒される。このため、弁ボデー11のうち噴孔112側の部分に対して、酸性環境に対する耐腐食性(すなわち、耐食性)が要求される。
【0018】
本実施形態では、内燃機関は、内燃機関の排ガスの一部を還流ガスとして吸気に還流させることで、排ガス規制の対象となる窒素酸化物を低減させる機能を有する。近年では、排ガス規制の強化に伴い、還流ガスの量を増大させる傾向にある。還流ガスには硫黄や窒素が含まれているため、還流ガスの量を増大させると、弁ボデー11に付着する凝縮水に硫黄や窒素が多く溶け込むようになる。このため、凝縮水の酸性度が高く、弁ボデー11に対して、高い耐腐食性が要求される。
【0019】
そこで、本実施形態では、
図3に示すように、弁ボデー11は、金属基材20と、保護膜21とを備える構造とされている。金属基材20は、Cr、Moを含む鉄鋼材(すなわち、クロムモリブデン鋼)である。鉄鋼材は、Fe(すなわち、鉄)とFe以外の元素とを成分とする鉄系材料である。金属基材20は、所定の形状として、
図2に示す弁ボデー11の形状とされている。保護膜21は、金属基材20の表面に形成されている。保護膜21が形成されている領域は、弁ボデー11の全体であって、弁ボデー11の外面と内面との両方である。保護膜21は、耐食層22と、拡散抑止層23と、自己修復層24とを有する。
【0020】
耐食層22は、金属基材20の表面を覆う。耐食層22は、金属基材20に比べて酸性環境で腐食しにくい材料で構成される。このような材料としては、酸化タンタル、酸化ニオブ、酸化チタン等が挙げられる。耐食層22を構成する材料は、非晶質材料であることが望ましいが、結晶質材料であってもよい。
【0021】
拡散抑止層23は、金属基材20と耐食層22との間に位置する。拡散抑止層23は、金属基材20に含まれる金属原子(例えば、鉄)が層に入り込んで拡散することが耐食層22に比べて生じにくい材料で構成される。金属基材20の金属原子の拡散し易さの指標を拡散係数とし、拡散係数が大きいほど、拡散しやすいとした場合、拡散抑止層23を構成する材料の拡散係数は、耐食層22を構成する材料と比較して小さい。拡散抑止層23を構成する材料としては、酸化アルムニウム等が挙げられる。拡散抑止層23を構成する材料は、非晶質材料であることが望ましいが、結晶質材料であってもよい。
【0022】
耐食層22の厚さは、拡散抑止層23の厚さと同じであることが望ましいが、拡散抑止層23の厚さと異なってもよい。これらの厚さは0.5μm未満であることが望ましい。
【0023】
自己修復層24は、耐食層22の表面を覆う。自己修復層24は、V(すなわち、バナジウム元素)を成分として含む。自己修復層24は、酸性環境において自己修復機能を有する。自己修復機能は、金属基材20の表面のうち耐食層22および拡散抑止層23に覆われずに露出した露出部が存在する場合に、露出部に対して、自己修復層24に含まれるVと、金属基材20に含まれるFe以外の金属元素とを用いて、新たな層であるV含有層を形成して、保護膜21を修復する機能である。V含有層については、後述する。
【0024】
より具体的に説明すると、自己修復層24は、酸化バナジウムを主として含む単層である。酸化バナジウムにおけるバナジウムの価数は、2、3、4、5のいずれでもよい。自己修復層24の厚さは、10nm以上3000nm以下である。
【0025】
本実施形態では、拡散抑止層23は、金属基材20の表面に接触している。耐食層22は、拡散抑止層23の表面に接触している。自己修復層24は、耐食層22の表面に接触している。自己修復層24は、保護膜21の表層である。
【0026】
次に、弁ボデー11の製造方法について説明する。まず、
図2の弁ボデー11の形状とされた金属基材20を用意する。用意した金属基材20を洗浄する。さらに、各層の密着性向上のための前処理を行う。
【0027】
その後、化学気相成長法によって、金属基材20の表面上に、拡散抑止層23、耐食層22、自己修復層24を、この記載順に形成する。化学気相成長法として、原子層堆積法を用いることが望ましい。
【0028】
具体的には、先ず、加熱された状態の金属基材20をチャンバー内に配置する。その後、拡散抑止層23の原料ガスをチャンバー内に投入して、金属基材20の表面に拡散抑止層23を形成する。その後、耐食層22の原料ガスをチャンバー内に投入して、拡散抑止層23の表面に耐食層22を形成する。その後、自己修復層24の原料ガスをチャンバー内に投入して、耐食層22の表面に自己修復層24を形成する。このように、拡散抑止層23、耐食層22および自己修復層24は、原料ガスを変更することで、同じ装置内で連続して形成可能である。
【0029】
以上の説明の通り、本実施形態によれば、弁ボデー11は、金属基材20と、保護膜21とを備える。保護膜21は、耐食層22と、拡散抑止層23とを有する。金属基材20が耐食層22に覆われることで、金属基材20の腐食が抑制される。
【0030】
本実施形態と異なり、保護膜21が拡散抑止層23を有しておらず、耐食層22が金属基材20の表面に直接設けられると、金属基材20に含まれる金属原子(例えば鉄)が耐食層22へ移動するといった「拡散」の現象が生じる。そして、このような拡散が生じると、耐食層22の耐食性能が劣化する。
【0031】
これに対して、本実施形態によれば、拡散抑止層23は、金属基材20と耐食層22との間に位置する。これにより、金属基材20の金属原子が耐食層22へ拡散することを抑制することができる。特に本実施形態では、拡散抑止層23は金属基材20に接触しているので、金属基材20から拡散する金属原子は、拡散抑止層23により直ぐに抑止される。
【0032】
また、本実施形態によれば、保護膜21は、自己修復層24を有する。自己修復層24は、耐食層22の表面を覆っている。
【0033】
ここで、本実施形態と
図4に示す比較例1とを比較する。比較例1では、金属基材20を覆う保護膜J21は、耐食層22と拡散抑止層23とを有するが、自己修復層24を有していない。このため、比較例1において、保護膜J21の一部が欠損し、金属基材20が露出した状態で、酸性環境に晒されると、金属基材20に腐食が生じる。
【0034】
これに対して、本実施形態において、保護膜21の一部が欠損し、金属基材20の表面が露出した状態で、酸性環境(すなわち、酸性液)に晒されると、自己修復層24によって、
図5に示すように、金属基材20の表面が露出した露出部に、Vを含むV含有層25が新たに形成される。V含有層25は、次のようにして形成されるものと考えられる。すなわち、自己修復層24に含まれるVと、金属基材20に含まれるFe以外の金属元素であるMo、Crとが、酸性液に溶けだす。酸性液中のV、MoおよびCrが、金属基材20の表面に析出することで、V含有層25が形成される。
【0035】
V含有層25は、金属基材20の表面に接触している。V含有層25は、Mo、Cr、Vを含んでおり、Mo、Cr、Vを含む金属酸化物または金属水酸化物で構成されていると考えられる。Mo、Crは、金属基材20に含まれるFe以外の金属元素と同じ金属元素である。また、V含有層25には、Feが含まれていてもよい。このようにして、保護膜21が修復される。
【0036】
保護膜21が修復された状態では、弁ボデー11は、弁ボデー11の形状とされた金属基材20と、金属基材20の表面を覆う保護膜21とを備える。保護膜21は、耐食層22と、拡散抑止層23とを有する。また、保護膜21は、金属基材20の表面のうち耐食層22および拡散抑止層23に覆われていない部分を覆うV含有層25を有する。
【0037】
これによれば、金属基材20の表面のうち耐食層22および拡散抑止層23に覆われていない部分に、V含有層25が形成されている。このため、金属基材20の表面のうち耐食層22および拡散抑止層23に覆われずに露出した部分が、酸性環境に晒される場合と比較して、酸性環境での腐食を抑制することができる。
【0038】
保護膜21が修復された状態では、保護膜21に、自己修復層24が残っている場合があれば、自己修復層24が残っていない場合もある。自己修復層24が残っている場合、V含有層25は、自己修復層24の自己修復機能によって形成されたものであることが推測される。
【0039】
また、保護膜21が修復される前の状態では、弁ボデー11は、弁ボデー11の形状とされた金属基材20と、金属基材20の表面を覆う保護膜21とを備える。保護膜21は、耐食層22と、拡散抑止層23と、自己修復層24とを有する。
【0040】
これによれば、金属基材20の表面の一部が保護膜21から露出した状態で、弁ボデー11が酸性環境に晒された場合、自己修復層24によって保護膜21を修復することができる。このため、比較例1のように、金属基材20の表面の一部が保護膜21から露出した状態のときに保護膜21が修復されない場合と比較して、金属基材20の腐食を抑制することができる。
【0041】
本実施形態によれば、自己修復層24は、保護膜21の表層である。これによれば、自己修復層24が保護膜21の表層ではない場合と比較して、自己修復層24に含まれるVが酸性液に溶けだしやすい。このため、保護膜21が修復されやすくなる。
【0042】
また、本実施形態によれば、自己修復層24は、酸化バナジウムを主として含む単層である。酸化バナジウムは、一般的な樹脂材料よりも融点が高く耐熱性が高い。このため、本実施形態の弁ボデー11のように、一般的な樹脂材料の融点よりも温度が高い高温環境において、自己修復層24が形成された金属製品を使用することができる。
【0043】
また、本実施形態によれば、自己修復層24は、気相反応で形成される。このため、本実施形態の弁ボデー11のような複雑形状の金属製品においても、金属基材20の表面のうち耐食性が必要な領域の全域に対して、自己修復層24を形成することができる。
【0044】
(試験1)
ここで、本発明者が行った試験1について説明する。本発明者は、金属基材20の表面に第1実施形態の保護膜21が形成された複数の試験体を用意した。
【0045】
金属基材20は、板形状である。金属基材20は、表1に示す組成のCrMo鋼である。表1の数値の単位は、質量%である。残部は、Feである。
【0046】
【0047】
拡散抑止層23は、主として酸化アルミニウムで構成された層である。拡散抑止層23の厚さは、40nmである。耐食層22は、主として酸化タンタルで構成された層である。耐食層22の厚さは、50nmである。自己修復層24は、主として酸化バナジウムで構成された単層である。自己修復層24の厚さは、50nmである。
【0048】
本発明者は、用意した複数の試験体のそれぞれに傷をつけて、保護膜21の一部を除去し、金属基材20の表面の一部を露出させた。続いて、複数の試験体のそれぞれを、表2に記載の各pHの酸性液に、表2に記載の各時間浸漬した。「h後」は、「時間後」を意味する。その後、複数の試験体のそれぞれを酸性液から取り出した。金属基材20の表面のうち保護膜21を除去した部分を観察し、錆発生の有無について確認した。さらに、保護膜21を除去した部分に生成した生成物に対して、EDX(すなわち、エネルギー分散型X線分析)による元素分析を行った。使用した装置および分析条件は下記の通りである。また、錆発生の有無および分析結果を表2に示す。
【0049】
装置メーカ:JEOL
装置名:JSM-IT500HR
加速電圧:15kV
拡大倍率:300倍
【0050】
【0051】
表2中の数値は、原子数百分率を示しており、Fe、O、Cr、Mo、Vのそれぞれの原子数の総量100原子%に対して、Cr、Mo、Vのそれぞれの原子数が占める割合を示す。表2に示すように、pH3の酸性液の5h後、20h後、40h後、pH4の酸性液の5h後、20h後の試験体において、保護膜21を除去した部分に、錆は発生しなかった(すなわち、錆発生無し)。これらのいずれにおいても、保護膜21を除去した部分は、生成物に覆われており、生成した生成物には、Cr、Mo、Vが含まれていた。この生成物がV含有層25である。
【0052】
このように、保護膜21の一部が欠損し、金属基材20の表面が露出した状態で、酸性液に晒されると、金属基材20の表面が露出した部分に、V含有層25が新たに形成されることで、錆の発生が抑制されることが、試験1によって確認された。
【0053】
また、pH2の酸性液の5h後、20h後、40h後、pH4の酸性液の40h後の試験体においては、生成物と、錆との両方が存在していた(すなわち、錆発生あり)。これらの試験体では、錆が発生していたが、自己修復層24を形成しなかった場合と比較して、錆の生成面積が減少していた。このことから、錆の生成を抑制する効果が得られることが確認された。
【0054】
表2において、錆発生無しの試験体に生じた生成物のCr、Mo、Vの含有量は、pH4の酸性液の5h後のときが最小であった。すなわち、これらのいずれの生成物においても、生成物に含まれるCrは4.0原子%以上であり、生成物に含まれるMoは3.1原子%以上であり、生成物に含まれるVは3.5原子%以上であった。これに対して、錆発生ありの試験体に生じた生成物では、Cr、Mo、Vのいずれか1つ以上の含有量は、これらの数値よりも小さい。よって、表2に示す結果より、錆発生の抑制の効果を高めるためには、生成物に含まれるCrは4.0原子%以上であり、生成物に含まれるMoは3.1原子%以上であり、生成物に含まれるVは3.5原子%以上であることが好ましいことがわかる。
【0055】
(第2実施形態)
本実施形態では、自己修復層24が第1実施形態と異なる。燃料噴射弁10の他の構成は、第1実施形態と同じである。
【0056】
図6に示すように、本実施形態の自己修復層24は、第1の酸化バナジウムを含む層241と、酸化セリウムを含む層242と、第2の酸化バナジウムを含む層243とが、この記載順に積層された構造である。すなわち、本実施形態の自己修復層24は、二層の酸化バナジウムを含む層241、243と、一層の酸化セリウムを含む層242とを有し、二層の酸化バナジウムを含む層241、243のそれぞれと一層の酸化セリウムを含む層とが交互に積層された構造である。
【0057】
二層の酸化バナジウムを含む層241、243のそれぞれの厚さは、10nm以上3000nm以下である。酸化セリウムを含む層242の厚さは、1nm以上10nm以下である。
【0058】
本実施形態の自己修復層24は、第1実施形態と同様に、化学気相成長法によって形成される。酸化バナジウムを含む層241、酸化セリウムを含む層242、および、酸化バナジウムを含む層243は、この記載順に形成される。
【0059】
本実施形態においても、第1実施形態と同様に、保護膜21は、耐食層22と、拡散抑止層23と、自己修復層24とを有する。自己修復層24は、Vを成分として含む。このため、第1実施形態と同じ効果が得られる。さらに、本実施形態によれば、以下の効果が得られる。
【0060】
(1)自己修復層24は、二層の酸化バナジウムを含む層241、243のそれぞれと一層の酸化セリウムを含む層とが交互に積層された構造である。これによれば、Ce(すなわち、セリウム)によって保護膜21の修復が補助される効果が得られる。
【0061】
(2)第2の酸化バナジウムを含む層243は、自己修復層24の表層である。すなわち、二層の酸化バナジウムを含む層241、243のうち一層の酸化バナジウムを含む層243は、自己修復層24の表層である。これによれば、自己修復層24からVが酸性液に溶けだしやすく、金属基材20の表面が露出した部分へVが供給されやすくなる。このため、本実施形態のように、酸化バナジウムを含む層が自己修復層24の表層であることが好ましい。
【0062】
(試験2)
ここで、本発明者が行った試験2について説明する。本発明者は、金属基材20の表面に第2実施形態の保護膜21が形成された複数の試験体を用意した。金属基材20、耐食層22および拡散抑止層23は、第1実施形態で説明した試験1と同じである。自己修復層24は、二層の酸化バナジウムを含む層241、243と、一層の酸化セリウムを含む層242とを有し、二層の酸化バナジウムを含む層241、243のそれぞれと一層の酸化セリウムを含む層とが交互に積層された構造である。自己修復層24の厚さは、50nmである。具体的には、二層の酸化バナジウムを含む層241、243のそれぞれの厚さは、22.5nmである。酸化セリウムを含む層242の厚さは、5nmである。
【0063】
本発明者は、用意した複数の試験体を用いて、第1実施形態で説明した試験1と同じ内容の試験を行った。錆発生の有無および分析結果を表3に示す。表3中の数値は、表2と同様に、原子数百分率を示している。
【0064】
【0065】
表3に示すように、pH3の酸性液の5h後、20h後、40h後、pH4の酸性液の5h後、20h後の試験体において、保護膜21を除去した部分に、錆は発生しなかった(すなわち、錆発生無し)。これらのいずれにおいても、保護膜21を除去した部分は、生成物に覆われており、生成した生成物には、Cr、Mo、Vが含まれていた。この生成物がV含有層25である。このように、保護膜21の一部が欠損し、金属基材20の表面が露出した状態で、酸性液に晒されると、金属基材20の表面が露出した部分に、V含有層25が新たに形成されることで、錆の発生が抑制されることが、試験2によって確認された。
【0066】
また、pH2の酸性液の5h後、20h後、40h後、pH4の酸性液の40h後の試験体においては、生成物と、錆との両方が存在していた(すなわち、錆発生あり)。これらの試験体では、錆が発生していたが、自己修復層24を形成しなかった場合と比較して、錆の生成面積が減少していた。このことから、錆の生成を抑制する効果が得られることが確認された。
【0067】
表3において、錆発生無しの試験体に生じた生成物のV、Moの含有量は、pH4の酸性液の5h後のときが最小であった。錆発生無しの試験体に生じた生成物のCrの含有量は、pH3の酸性液の5h後のときが最小であった。すなわち、これらのいずれの生成物においても、生成物に含まれるCrは5.2原子%以上であり、生成物に含まれるMoは5.1原子%以上であり、生成物に含まれるVは2.1原子%以上であった。これに対して、錆発生ありの試験体に生じた生成物では、Cr、Mo、Vのいずれか1つ以上の含有量は、これらの数値よりも小さい。よって、表3に示す結果より、錆発生の抑制の効果を高めるためには、生成物に含まれるCrは5.2原子%以上であり、生成物に含まれるMoは5.1原子%以上であり、生成物に含まれるVは2.1原子%以上であることが好ましいことがわかる。
【0068】
また、表2、表3において、錆発生無しの試験体に生じた生成物のCr、Mo、Vの含有量を比較する。錆発生無しの試験体に生じた生成物のCr、Mo、Vの含有量の最小値は、Crは4.0原子%、Moは3.1原子%、Vは2.1原子%である。よって、表2、3に示す結果より、錆発生の抑制の効果を高めるためには、生成物に含まれるCrは4.0原子%以上であり、生成物に含まれるMoは3.1原子%以上であり、生成物に含まれるVは2.1原子%以上であることが好ましいことがわかる。
【0069】
(試験3)
次に、本発明者が行った試験3について説明する。本発明者は、金属基材20の表面に第2実施形態の保護膜21が形成された複数の試験体を用意した。金属基材20、耐食層22および拡散抑止層23は、第1実施形態で説明した試験1と同じである。自己修復層24は、二層の酸化バナジウムを含む層241、243と、一層の酸化セリウムを含む層242とを有し、二層の酸化バナジウムを含む層241、243のそれぞれと一層の酸化セリウムを含む層とが交互に積層された構造である。用意した複数の試験体では、二層の酸化バナジウムを含む層241、243の総厚さが異なる。総厚さは、20nm、26nm、40nm、45nmの4種類である。酸化セリウムを含む層242の厚さは、5nmである。
【0070】
本発明者は、複数の試験体のそれぞれをpH2の酸溶液に72時間浸漬した。その後、複数の試験体のそれぞれを酸性液から取り出した。金属基材20の表面のうち保護膜21に欠陥があった部位に生じた錆の生成面積率を求めた。具体的には、複数の試験体のそれぞれを光学顕微鏡で撮影した画像を二値化処理して、試験体の全領域の面積に対して錆が生成した領域の面積の割合を算出した。
図7に結果を示す。
図7中の4つの丸が第2実施形態の保護膜21が形成された複数の試験体の結果を示している。
【0071】
また、比較例1の試験体(すなわち、比較例1の保護膜J21が形成された試験体)および第1実施形態の試験体(すなわち、第1実施形態の保護膜21が形成された試験体)についても同様の試験を行った。比較例1の試験体は、
図4に示すように、金属基材20を覆う保護膜J21に、耐食層22と拡散抑止層23とが含まれるが、自己修復層24が含まれないものである。金属基材20、耐食層22および拡散抑止層23は、第1実施形態で説明した試験1と同じである。第1実施形態の試験体は、第1実施形態で説明した試験1と同じである。
【0072】
図7に示すように、比較例1の試験体における錆の生成面積率は2~3%であった。第1実施形態の試験体における錆の生成面積率は0.3~0.4%であった。第2実施形態の複数の試験体における錆の生成面積率は0.2%以下であった。この結果より、第1実施形態は、比較例1と比較して、錆の生成を抑制する効果があることが確認された。さらに、第2実施形態の方が第1実施形態よりも錆の生成を抑制する効果が高いことが確認された。
【0073】
なお、試験3で用いた第2実施形態の試験体において、二層の酸化バナジウムを含む層の総厚さは、20nm以上45nm以下であり、一層の酸化セリウムを含む層の厚さは、5nmである。一層の酸化セリウムを含む層の厚さが5nmに近い範囲(すなわち、膜厚が1nm以上10nm以下)であれば、同じ効果が得られると考えられる。
【0074】
また、本実施形態の自己修復層24は、二層の酸化バナジウムを含む層241、243と、一層の酸化セリウムを含む層242とを有し、二層の酸化バナジウムを含む層241、243のそれぞれと一層の酸化セリウムを含む層とが交互に積層された構造である。しかしながら、自己修復層24は、酸化バナジウム層と酸化セリウム層とが交互に積層された構造であれば、酸化バナジウム層と酸化セリウム層とのそれぞれの層の数はいくつでもよい。すなわち、自己修復層は、一層以上の酸化バナジウムを含む層と、一層以上の酸化セリウムを含む層とを有し、一層以上の酸化バナジウムを含む層のそれぞれと、一層以上の酸化セリウムを含む層のそれぞれとが交互に積層された構造であればよい。
【0075】
(他の実施形態)
(1)上記した各実施形態では、金属基材20は、Cr、Moを含む鉄鋼材である。しかしながら、金属基材20は、Cr、Moを含まない鉄鋼材でもよい。例えば、金属基材20は、Vを含有する鉄鋼材でもよい。この場合、V含有層25のVの含有量は、金属基材20のVの含有量よりも多い。
【0076】
(2)上記した各実施形態では、保護膜21は、弁ボデー11の全体にわたって、弁ボデー11の外面と内面との両方に形成されている。しかしながら、保護膜21は、弁ボデー11の全体にわたって形成されていなくてもよい。保護膜21は、酸性環境に対する耐食性が要求される部位に少なくとも形成されていればよい。
【0077】
(3)上記した各実施形態では、本発明が適用される弁ボデー11を備える燃料噴射弁10は、排ガスの一部を吸気へ還流させる機能を有する内燃機関に搭載されるものである。しかしながら、燃料噴射弁10は、上記還流機能を有していない内燃機関に搭載されるものであってもよい。
【0078】
(4)上記した各実施形態では、本発明が適用される金属製品は、燃料噴射弁10の弁ボデー11である。金属基材20は、弁ボデー11の形状とされる。しかしながら、本発明が適用される金属製品は、弁ボデー11以外の金属製品であってもよい。金属基材20は、所定の形状とされる。この場合、金属製品は、酸性環境で使用されるものであることが好ましい。
【0079】
(5)上記した各実施形態では、拡散抑止層23は、金属基材20の表面上に直接形成されている。しかしながら、拡散抑止層23と金属基材20との間に、他の層が形成されていてもよい。
【0080】
また、上記した各実施形態では、耐食層22は、拡散抑止層23の表面上に直接形成されている。しかしながら、耐食層22と拡散抑止層23との間に、他の層が形成されていてもよい。
【0081】
また、上記した各実施形態では、自己修復層24は、耐食層22の表面上に直接形成されている。しかしながら、自己修復層24と耐食層22との間に、他の層が形成されていてもよい。
【0082】
また、上記した各実施形態では、自己修復層24は、保護膜21の表層である。しかしながら、自己修復層24の表面上に他の層が形成されていてもよい。
【0083】
(6)上記した各実施形態では、V含有層25は、自己修復層24によって形成されたものである。しかしながら、V含有層25は、自己修復層24によって形成されたものでなくてもよい。例えば、金属基材20がVを含有する鉄鋼材で構成される。このとき、金属基材20に含まれるFe以外の金属元素であるMo、Crと、金属基材20に含まれるVとが、酸性液に溶けだす。酸性液中のV、MoおよびCrが、金属基材20の表面に析出することで、V含有層25が形成される場合が考えられる。
【0084】
(7)本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した範囲内において適宜変更が可能であり、様々な変形例や均等範囲内の変形をも包含する。また、上記各実施形態は、互いに無関係なものではなく、組み合わせが明らかに不可な場合を除き、適宜組み合わせが可能である。また、上記各実施形態において、実施形態を構成する要素は、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。また、上記各実施形態において、実施形態の構成要素の個数、数値、量、範囲等の数値が言及されている場合、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに特定の数に限定される場合等を除き、その特定の数に限定されるものではない。また、上記各実施形態において、構成要素等の材質、形状、位置関係等に言及するときは、特に明示した場合および原理的に特定の材質、形状、位置関係等に限定される場合等を除き、その材質、形状、位置関係等に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0085】
20 金属基材
21 保護膜
22 耐食層
23 拡散抑止層
24 自己修復層
25 V含有層