(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-22
(45)【発行日】2024-05-01
(54)【発明の名称】核酸粒子に対する曝露履歴情報の提供システム及びこの利用
(51)【国際特許分類】
C12M 1/34 20060101AFI20240423BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20240423BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240423BHJP
C12Q 1/6888 20180101ALN20240423BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240423BHJP
【FI】
C12M1/34 B
C12Q1/686 Z ZNA
C12M1/00 A
C12Q1/6888 Z
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2021108966
(22)【出願日】2021-06-30
【審査請求日】2022-11-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 秀典
(72)【発明者】
【氏名】村本 伸彦
【審査官】牧野 晃久
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/208123(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/016462(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0116691(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00- 1/42
C12Q 1/00- 1/70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸粒子に対する曝露履歴に関する情報を提供するシステムであって、
少なくとも一つのプロセッサを備え、
前記少なくとも一つのプロセッサは、
移動体の表面の少なくとも一部に装着される、環境中に存在する核酸を含有する前記核酸粒子を捕集する捕集デバイスに捕集された前記核酸粒子の識別及び/又は量に関する情報を含む核酸情報を生成し、
前記核酸情報に基づいて前記移動体の前記核酸粒子に対する曝露履歴に関する曝露履歴情報を生成し、
前記核酸粒子は、ウイルス又は微生物に由来する核酸粒子であ
り、
前記捕集デバイスは、前記移動体由来の核酸も捕集可能であり、
前記少なくとも一つのプロセッサは、前記移動体由来の核酸の識別に関する移動体核酸情報を生成する、システム。
【請求項2】
前記核酸情報は、前記核酸粒子の病原性に関する情報を含む、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記少なくとも一つのプロセッサは、同一の前記移動体について異なるタイミングで取得した複数の前記核酸情報に基づいて前記移動体の前記曝露履歴情報を生成する、請求項1又は2に記載のシステム。
【請求項4】
前記少なくとも一つのプロセッサは、前記捕集デバイスの移動経路と移動時間とに関する経路情報を取得し、前記核酸情報と前記経路情報とに基づいて前記移動体の前記曝露履歴情報を生成する、請求項1~3のいずれかに記載のシステム。
【請求項5】
前記少なくとも一つのプロセッサは、前記曝露履歴情報に基づいて前記核酸粒子に対する曝露リスク情報を生成する、請求項4に記載のシステム。
【請求項6】
前記少なくとも一つのプロセッサは、前記核酸情報と前記経路情報とに基づいて、前記核酸粒子の分布に関する核酸粒子分布情報を生成する、請求項4又は5に記載のシステム。
【請求項7】
前記少なくとも一つのプロセッサは、集団に属する複数の前記移動体について、前記核酸情報と前記経路情報とに基づいて、前記集団の前記核酸粒子に対する曝露履歴情報を生成する、請求項4又は5に記載のシステム。
【請求項8】
前記少なくとも一つのプロセッサは、前記集団の曝露履歴情報に基づいて前記集団の前記核酸粒子に対する曝露リスクに関する曝露リスク情報を生成する、請求項7に記載のシステム。
【請求項9】
前記少なくとも一つのプロセッサは、前記集団に属する複数の前記移動体について、前記核酸情報と前記経路情報とに基づいて、前記集団における前記核酸粒子の分布に関する核酸粒子分布情報を生成する、請求項7又は8に記載のシステム。
【請求項10】
前記少なくとも一つのプロセッサは、前記移動体が特定の核酸粒子保有者との接触履歴の保有者であることに関する接触履歴情報を取得したとき、前記接触履歴情報と前記捕集デバイスの移動経路と移動時間とに関する経路情報とに基づいて、前記特定の核酸粒子に対する曝露リスクに関する特定曝露リスク情報を生成する、請求項1~9のいずれかに記載のシステム。
【請求項11】
前記少なくとも一つのプロセッサは、前記移動体が特定の核酸粒子保有者であることに関する保有情報を取得したとき、前記保有情報と前記捕集デバイスの移動経路と移動時間とに関する経路情報とに基づいて、前記移動体が属する集団の前記特定の核酸粒子に対する曝露リスクに関する特定曝露リスク情報を生成する、請求項1~9のいずれかに記載のシステム。
【請求項12】
前記曝露履歴情報を、外部装置又は前記移動体が保有する端末に提供する、請求項1~
11のいずれかに記載のシステム。
【請求項13】
核酸粒子に対する曝露履歴に関する情報を提供するシステムであって、
少なくとも一つのプロセッサを備え、
前記少なくとも一つのプロセッサは、
移動体の表面の少なくとも一部に装着される、環境中に存在する核酸を含有する前記核酸粒子を捕集する捕集デバイスに捕集された前記核酸粒子の識別及び/又は量に関する情報を含む核酸情報を生成し、
前記核酸情報に基づいて前記移動体の前記核酸粒子に対する曝露履歴に関する曝露履歴情報を生成し、
前記核酸粒子は、ウイルス又は微生物に由来する核酸粒子であり、
前記少なくとも一つのプロセッサは、前記移動体が特定の核酸粒子保有者との接触履歴の保有者であることに関する接触履歴情報を取得したとき、前記接触履歴情報と前記捕集デバイスの移動経路と移動時間とに関する経路情報とに基づいて、前記特定の核酸粒子に対する曝露リスクに関する特定曝露リスク情報を生成する、
システム。
【請求項14】
核酸粒子に対する曝露履歴に関する情報を提供するシステムであって、
少なくとも一つのプロセッサを備え、
前記少なくとも一つのプロセッサは、
移動体の表面の少なくとも一部に装着される、環境中に存在する核酸を含有する前記核酸粒子を捕集する捕集デバイスに捕集された前記核酸粒子の識別及び/又は量に関する情報を含む核酸情報を生成し、
前記核酸情報に基づいて前記移動体の前記核酸粒子に対する曝露履歴に関する曝露履歴情報を生成し、
前記核酸粒子は、ウイルス又は微生物に由来する核酸粒子であり、
前記少なくとも一つのプロセッサは、前記移動体が特定の核酸粒子保有者であることに関する保有情報を取得したとき、前記保有情報と前記捕集デバイスの移動経路と移動時間とに関する経路情報とに基づいて、前記移動体が属する集団の前記特定の核酸粒子に対する曝露リスクに関する特定曝露リスク情報を生成する、システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、核酸粒子に対する曝露履歴情報の提供システム及びこの利用に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸は、概して生物に由来しており、また、その核酸の塩基配列は、由来する生物や遺伝子を特定できるという特徴を有している。生物が存在する可能性のある環境における核酸に関する情報を取得することで、その環境に関して種々の情報を取得することができる。自然環境及び人工物を含む人工的な環境には、ヒトの組織片、細胞、体液などに由来するヒトゲノムDNAなどが存在しうる。また、こうした環境中には、ヒトに由来しない、ヒト以外の動物、昆虫、植物、ウイルスを含む微生物に由来する核酸も存在しうる。
【0003】
環境中のウイルスを検出するウイルスセンサーを用いて、病原体への感染リスクを考慮して移動経路を決定する情報提供システムが開示されている(特許文献1)。このシステムは、公共交通機関の駅又は車両にウイルスセンサーを設置して、その捕集部によりウイルスを捕捉するとともに検出し、検出したウイルスとウイルスセンサーの位置に関する情報を、情報提供サーバーに送信するように構成されている。このシステムによれば、ウイルスセンサーによって、その設置位置のウイルス検出結果から、交通経路上のウイルスの存在や量を把握して、ウイルスへの感染リスクを低減できる移動経路を提案することができることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示されるシステムでは、ウイルスセンサーの設置のためのコスト及び維持の観点から、十分量のウイルスセンサーを設置することは困難である。この結果、個人のウイルスに対する曝露等について十分な情報を取得できるわけではない。
【0006】
また、従来、人がいつどこで何人いるのかを把握する情報としての人流情報や感染者の発生状況などが公開されているが、こうした人流情報及び感染者発生状況だけでは、感染が拡大して初めて、ウイルスの分布や拡散状況を検証できるに過ぎない。
【0007】
以上のとおり、現在までのところ、環境中のウイルスなどの核酸粒子に関する情報を限定的に利用しているに過ぎない。かかる情報のみでは、個人や個人が所属する集団における、特定のウイルスなどの核酸粒子に対する個人の曝露状況、当該粒子の分布状況や拡散傾向などを迅速に評価することはできない。
【0008】
本明細書は、ヒトなどの核酸粒子の曝露状況の把握に有用な環境中の核酸に関する情報の提供システムを提供する。また、本明細書は、かかる情報を利用した核酸粒子に対する曝露履歴情報を提供するシステムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、人や動物などの移動体の外表面の一部に装着される装着物を、核酸を含有する核酸粒子を捕集する捕集デバイスとして用いて、核酸粒子を捕集することとした。こうすることで、移動体の移動に伴って、その移動経路上で環境中の核酸粒子を捕集し、蓄積することができる。また、これらの捕集した核酸粒子から、核酸粒子が由来する生物種や塩基配列など核酸の識別及び/又は量に関する核酸情報を生成できることを見出した。また、捕集デバイスの移動した空間(経路)及び時間を特定できるようにその経路情報を取得することとした。これらの情報を利用することで、移動体がウイルスなどの核酸粒子に曝露された履歴を解析できることを見出した。本明細書は、かかる知見に基づき以下の手段を提供する。
【0010】
[1]核酸粒子に対する曝露履歴に関する情報を提供するシステムであって、
少なくとも一つのプロセッサを備え、
前記少なくとも一つのプロセッサは、
移動体の表面の少なくとも一部に装着される、環境中に存在する核酸を含有する核酸粒子を捕集する捕集デバイスに捕集された前記核酸粒子の識別及び/又は量に関する情報を含む核酸情報を生成し、
前記核酸情報に基づいて前記移動体の前記核酸粒子に対する曝露履歴に関する曝露履歴情報を生成する、システム。
[2]前記核酸情報は、前記核酸粒子の病原性に関する情報を含む、請求項1に記載のシステム。
[3]前記少なくとも一つのプロセッサは、同一の前記移動体について異なるタイミングで取得した複数の前記核酸情報に基づいて前記移動体の前記曝露履歴情報を生成する、[1]又は[2]に記載のシステム。
[4]前記少なくとも一つのプロセッサは、前記捕集デバイスの移動経路と移動時間とに関する経路情報を取得し、前記核酸情報と前記経路情報とに基づいて前記移動体の前記曝露履歴情報を生成する、[1]~[3]のいずれかに記載のシステム。
[5]前記少なくとも一つのプロセッサは、前記曝露履歴情報に基づいて前記核酸粒子に対する曝露リスク情報を生成する、[4]に記載のシステム。
[6]前記少なくとも一つのプロセッサは、前記核酸情報と前記経路情報とに基づいて、前記核酸粒子の分布に関する核酸粒子分布情報を生成する、[4]又は[5]に記載のシステム。
[7]前記少なくとも一つのプロセッサは、集団に属する複数の前記移動体について、前記核酸情報と前記経路情報とに基づいて、前記集団の前記核酸粒子に対する曝露履歴情報を生成する、請求項[4]又は[5]に記載のシステム。
[8]前記少なくとも一つのプロセッサは、前記集団の曝露履歴情報に基づいて前記集団の前記核酸粒子に対する曝露リスクに関する曝露リスク情報を生成する、[7]に記載のシステム。
[9]前記少なくとも一つのプロセッサは、集団に属する複数の前記移動体について、前記核酸情報と前記経路情報とに基づいて、前記集団における前記核酸粒子の分布に関する核酸粒子分布情報を生成する、[7]又は[8]に記載のシステム。
[10]前記少なくとも一つのプロセッサは、前記移動体が特定の核酸粒子保有者との接触履歴の保有者であることに関する接触履歴情報を取得したとき、前記接触履歴情報と前記捕集デバイスの移動経路と移動時間とに関する経路情報とに基づいて、前記特定の核酸粒子に対する曝露リスクに関する特定曝露リスク情報を生成する、[1]~[9]のいずれかに記載のシステム。
[11]前記少なくとも一つのプロセッサは、前記移動体が特定の核酸粒子保有者であることに関する保有情報を取得したとき、前記保有情報と前記捕集デバイスの移動経路と移動時間とに関する経路情報とに基づいて、前記移動体が属する集団の前記特定の核酸粒子に対する曝露リスクに関する特定曝露リスク情報を生成する、[1]~[9]のいずれかに記載のシステム。
[12]前記捕集デバイスは、前記移動体由来の核酸も捕集可能であり、
前記少なくとも一つのプロセッサは、前記移動体由来の核酸の識別に関する移動体核酸情報を生成する、[1]~[11]のいずれかに記載のシステム。
[13]前記核酸粒子は、ウイルス又は微生物に由来する核酸粒子である、[1]~[12]のいずれかに記載のシステム。
[14]前記曝露履歴情報を、外部装置又は前記移動体が保有する端末に提供する、[1]~[13]のいずれかに記載のシステム。
[15]病原体への感染リスクに関する感染リスク情報を提供するシステムであって、
少なくとも一つのプロセッサを備え、
前記少なくとも一つのプロセッサは、
移動体の表面の少なくとも一部に装着される、病原体粒子を捕集する捕集デバイスに捕集された病原体粒子の識別及び/又は量に関する核酸情報を生成し、
前記核酸情報に基づいて前記移動体の前記感染リスク情報を生成する、システム。
[16]環境中の核酸粒子に関する情報を提供するシステムであって、
前記少なくとも一つのプロセッサは、
前記移動体の表面の少なくとも一部に装着される、環境中に存在する核酸を含有する核酸粒子を捕集する捕集デバイスに捕集された前記核酸粒子の識別及び/又は量に関する核酸情報を生成する、システム。
[17]前記少なくとも一つのプロセッサは、さらに、前記捕集デバイスの移動経路と移動時間とに関する経路情報を生成する、[16]に記載のシステム。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本明細書に開示されるシステムの一例を示す図である。
【
図2】本明細書に開示されるシステムにおける曝露履歴情報等を生成するフローの一例を示す図である。
【
図3】本明細書に開示されるシステムに先立って実施されるプロセスのフローの一例を示す図である。
【
図4】実施例における使用済みマスクにおけるウイルス残存活性(a)及びウイルス残存量(b)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書の開示は、環境中の核酸粒子に関する情報を提供するシステム及びこれを利用する、核酸粒子に対する曝露履歴に関する情報を提供するシステムに関する。本明細書に開示されるシステムによれば、交通機関に拘束されないで個人の移動経路に沿って核酸粒子を簡易にかつ効率的に捕集できることになる。また、こうして捕集された核酸粒子の識別及び/又は量に関する核酸情報は、移動体やその経路に関連付けすることができるため、核酸粒子への曝露や核酸粒子の分布など種々の解析に利用できる。
【0013】
なお、本明細書において、環境とは、生物の外部の環境であればよく、例えば、山野、河川、海等の自然環境や、建物、道路、構造物などの人工構造物を含んだ人工的な屋外及び屋内環境が挙げられる。また、環境とは、水中のほか、土壌中や地表であってもよいが、主として、空気中である。
【0014】
本明細書において、生物とは、生物であればよく、ヒト及びヒト以外の哺乳動物並びに他の動物が挙げられる。
【0015】
本明細書において核酸とは、DNA及びRNAであり、一本鎖であっても二本鎖であってもよい。また、DNA及びRNAのハイブリッドであってもよい。RNAは、mRNA、tRNA、rRNAほか、生物に由来するものあればよい。また、本明細書において、核酸を含有する核酸粒子とは、こうした核酸が内部に保持される粒子状体であればよく、典型的には、細胞、微生物、ウイルス粒子等が挙げられる。こうした核酸粒子は、空気中を浮遊するエアロゾルなどとして存在している場合がある。本明細書が意図する核酸粒子は、こうしたエアロゾルとして存在する核酸粒子を含んでいる。
【0016】
本明細書において、核酸情報とは、核酸の識別及び/又は量に関する情報である。核酸の識別には、核酸が標的核酸であるかどうかの同定、核酸の塩基配列の決定、核酸の塩基配列に基づく生物種の同定、塩基配列に基づく変異種の同定、生物種、変異種又は塩基配列等に基づく病原性の同定などを含んでいる。
【0017】
以下、本明細書の開示に関して、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。移動体に装着した捕集デバイスが捕集した核酸粒子から核酸情報等を生成し、さらに曝露履歴に関する情報を生成し、これらを提供するシステムについて説明する。
【0018】
(環境中の核酸粒子に対する曝露履歴に関する情報を提供するシステム)
図1は、曝露履歴情報提供システム(以下、単に、システムという。)と、このシステムに関連する構成要素を示している。このシステムは、捕集デバイスとしてのマスクを、移動体である核酸情報の生成対象者(ヒト)が装着し、対象者から回収した使用済みマスクから抽出した核酸粒子としてのウイルス粒子を分析してウイルス核酸の核酸情報を生成し、ウイルス粒子に対する曝露履歴情報を生成し提供するシステムとして構成されている。なおこのシステムのうち、使用済みマスクから抽出した核酸粒子としてのウイルス粒子を分析してウイルス核酸の核酸情報を生成し提供する部分は、環境中の核酸粒子に関する情報を提供するシステムに相当している。
【0019】
図1に示すネットワーク100は、例えば、システム20と、他の構成要素と通信するインターネットの通信ネットワークである。なお、ネットワーク100は、ローカルエリアネットワーク(LAN)、モバイル通信ネットワーク及び/又は他のネットワークなど、公知の無線又は有線の通信ネットワークとすることができる。ネットワーク100は、システム20と、対象者のモバイル端末40、相互作用解析システム60と、核酸分析システム80と、感染症データサーバー200とを相互に接続可能としている。また、ネットワーク100は、システム20と、感染症関連システムである外部装置500と、を相互に接続可能としている。なお、外部装置500は、システム20が生成する核酸情報や経路情報を利用可能な、個人のほか、医療事業者、交通事業者などの組織や機関などのシステムであってもよい。また、外部装置500は、自治体や国のシステムであってもよい。
【0020】
システム20は、核酸粒子捕集及び分析の対象者が一定期間マスク10を装着してウイルス粒子の捕集行動を行った後、このマスク10を回収し、ウイルス粒子の抽出及び分析を行って、ウイルス核酸の核酸情報を取得し利用するシステムである。また、核酸情報とともに、モバイル端末40等から経路情報や対象者の接触履歴に関する相互作用情報を取得し、利用するシステムでもある。
【0021】
システム20は、いわゆるコンピュータ又はサーバーとして構成されており、プロセッサとメモリとを備えるとともに、ネットワーク100に接続可能に構成されている。システム20は、対象者が携帯するモバイル端末40や、相互作用解析システム60、核酸分析システム80から、各種情報を受信して、種々の解析を実行するように構成されている。
【0022】
システム20が生成する情報は、対象者のウイルスに対する曝露履歴に関する曝露履歴情報と、ウイルスに対する曝露リスク情報及びウイルス分布情報等である。曝露履歴情報は、マスク10から得られる核酸情報から得られるウイルスの種類(病原性等を含む。)やウイルス量の履歴を含む情報であり、対象者が少なくとも一回マスク10を用いて捕集行動をしたことに基づく核酸情報から生成される。曝露履歴情報は、ウイルスに対する曝露状況の変化を観察する観点から、異なるタイミングで2回以上の捕集行動に基づく核酸情報から生成されることが好ましい。また、曝露履歴情報は、対象者の捕集行動に伴う経路に関する経路情報を伴っていることが好ましい。経路情報を伴うことで、ウイルスの分布可能性のある範囲を特定できる。
【0023】
曝露リスク情報は、曝露履歴情報に基づいて生成される曝露リスクの高低に関する情報である。例えば、曝露履歴情報におけるウイルスの種類や量が、ウイルスの非流行時を想定して設定した基準と比較して同等以下であれば、曝露リスクが低く、非流行時の基準よりも高く流行時を想定して設定した基準よりも低ければ、曝露リスクが中程度であり、流行時基準と同等以上であれば、曝露リスクは高くなる。リスクの程度は、数字ないし記号等適切な指標で表される。なお、曝露リスク情報は、感染性の核酸粒子に関するとき、感染リスク情報として読み替えることができる。
【0024】
曝露リスク情報は、対象者についての曝露リスク情報でもあり対象者が属する集団(例えば、家族、学校、会社などの組織、地域、各種施設など)の曝露リスク情報でもある。また、経路情報を伴う曝露履歴情報に基づいて曝露リスク情報が生成されるときには、対象者が属する集団がより特定される場合が多い。
【0025】
ウイルス分布情報は、特に限定するものではなく、核酸情報と経路情報とをマップ上で表現したものであればよい。例えば、核酸情報から得られるウイルス量等と経路情報とをマップ上でドットないし経路としてプロットしたものが挙げられる。ウイルス量に応じてプロットの色又はその濃さ、あるいはプロットのサイズ(太さ)を変化させたりしてもよい。
【0026】
以下、システム20に関連する要素について説明し、その後、システム20が実行するプロセスについて説明する。
【0027】
(捕集デバイス)
捕集デバイスであるマスク10は、例えば、口及び鼻を覆うように構成ささたマスク本体と、このマスク本体の左右端にあって、左右の耳に係止可能とする環状の係止部と、を備えている。マスク本体は、マスク本体が接触する空気中のエアロゾルとしてのウイルス粒子を捕集可能に形成されている。典型的には、標的となるウイルス粒子を捕捉可能なメッシュサイズを有する不織布で構成されたフィルターを備えるウイルス粒子捕集部を、マスク本体の中央部付近に備えている。かかる位置に設けることで、口や鼻などへの吸気により効果的に空気中のウイルス粒子を捕集することができる。ウイルス粒子捕集部の位置は、特に限定するものではなく、吸気が通過するマスク本体の中央部付近でなく辺縁側であってもよい。なお、通常に入手可能なマスクであれば、全体がウイルス粒子などの核酸粒子を捕集可能に構成されている。
【0028】
マスク10は、マスク10を識別するための識別情報を含むコードが記録されたシートがその一部に装着されている。コードには、対象者に関する対象者情報も含んでいる。対象者情報としては、特に限定するものではないが、例えば、性別、年齢のほか、基礎疾患、投薬履歴、生活習慣が挙げられる。
【0029】
なお、ヒト用の捕集デバイスは、マスクやフェースガードなどの一般的な感染予防デバイスの形態のほか、身体表面に装着可能な医療器具やその他の形態を採りうる。医療器具の形態としては、例えば、コンタクト、包帯が挙げられる。さらに、他の形態としては、例えば、核酸粒子が付着され保持可能な粘着性表面(例えば、粘着剤層など)や凹凸のある表面(例えば、不織布や布など)を有するシート状体、吸引装置を備えたフィルター状体又はサイクロン状体が挙げられる。こうした捕集デバイスは、手袋、帽子、靴下などの衣服又はその一部であってもよいし、衣服に装着するものであってもよい。さらに、捕集デバイスは、頭部、首、手首及び足首など身体の一部に装着できるものであってもよい。捕集デバイスは、靴など地面や路面に直接接するように構成されていてもよい。例えば、靴カバーなどの形態や、靴底に装着するシート状体の形態が挙げられる。
【0030】
(モバイル端末)
対象者が携帯するモバイル端末40は、経路情報を取得するためデバイスである。モバイル端末40は、プロセッサとメモリとを有するコンピュータを備えている。また、モバイル端末40は、対象者がマスク10を装着して移動した移動経路と移動時間とをGPS測位による経路情報として取得可能にGPS受信器を備えている。
【0031】
モバイル端末40は、核酸粒子の捕集に関連する捕集アプリがメモリに格納されている。経路関連アプリは、対象者がモバイル端末40でマスクを10上のコードを読み取り操作を行うことで、捕集アプリにマスクの識別情報と対象者情報とを取得するように構成されている。また、対象者がマスク10を装着して核酸の捕集行動を開始する際、捕集アプリを起動することにより、プロセッサは、対象者が移動するルート上の位置情報と時刻とを記録するように構成されている。また、予め決められた時間などの捕集行動の終了条件を充足したとき、あるいは対象者が捕集アプリを終了することで、プロセッサは、開始から終了までのモバイル端末40の移動経路及び時間に関する経路情報をメモリに記録し、マスクの識別情報と対象者情報と経路情報とを、ネットワーク100を介してシステム20に送信するように構成されている。
【0032】
モバイル端末40には、また、個人間の相互作用を評価するための接触管理アプリ(一定時間以上一定距離範囲内に近接したか否かを管理する)がメモリに格納されている。接触管理アプリにより、モバイル端末40の移動経路及び時間に関する情報は、相互作用の解析のために相互作用解析システム60に送信されるようになっている。
【0033】
モバイル端末40は、対象者がウイルス陽性者との接触履歴があると相互作用解析システム60が判定したとき、接触履歴内容を含む接触履歴情報を解析システム60から受信するようになっている。モバイル端末40は、接触履歴情報を受信したとき、当該情報をシステム20に送信するように構成されている。
【0034】
モバイル端末40は、例えば、スマートフォンの他、専用のデバイスであってもよい。
【0035】
(相互作用解析システム)
相互作用解析システム(以下、単に、解析システムともいう。)60は、個人間の相互作用に関する情報を生成し解析するシステムである。解析システム60は、いわゆるコンピュータ又はサーバーとして構成されており、プロセッサとメモリとを備えるとともに、ネットワーク100に接続可能に構成されている。解析システム60が行う相互作用の解析としては、接触管理アプリ使用者の経路情報に基づいた特定人(典型的にはウイルス陽性者)との接触履歴(一定時間以上一定距離範囲内に近接した履歴)の検知が挙げられる。解析システム60は、対象者のモバイル端末40から、相互作用を解析するためにこれらの全経路情報を取得するように構成されている。
【0036】
解析システム60は、接触管理アプリ使用者がウイルス感染陽性者であるという陽性者情報を、アプリを介して接触管理アプリ使用者から取得できるように構成されている。また、解析システム60は、感染症データサーバー200に入力要請を行い、所定地域又はクラスターで所定期間内に判明した陽性者に関する陽性者情報を取得できるように構成されている。さらに、感染症データサーバー200から取得した陽性者がアプリ使用者であるかどうかを照合できるように構成されている。
【0037】
解析システム60は、ウイルス陽性者であって接触管理アプリ使用者の経路情報と解析システム60に格納された他の接触管理アプリ使用者の経路情報とに基づいて、他の接触管理アプリ使用者が陽性者と接触履歴があるかどうかを判定する。接触履歴があると判定された接触管理アプリ使用者に、接触履歴に関する接触履歴情報を送信できるようになっている。
【0038】
したがって、解析システム60が、対象者は陽性者との接触履歴があると判定した場合には、対象者のモバイル端末40に、陽性者との接触履歴情報を送信する。
【0039】
(核酸分析システム)
核酸分析システム(以下、単に、分析システムともいう。)80は、核酸情報を生成するためのシステムである。回収されたマスク10から、回収し、抽出された核酸を分析するための分析デバイスを備えている。分析システム80は、プロセッサとメモリとを有するコンピュータと、を備えている。概して、公知の分析デバイスは、コンピュータを備えている。
【0040】
分析デバイスにおける分析内容は、核酸情報の生成に関しており、例えば、核酸の塩基配列の分析、核酸が標的とする核酸であるかどうかの分析、塩基配列等に基づく核酸が由来する核酸粒子の種類又は病原性等が挙げられる。塩基配列の解析を行う場合には、必要に応じて、制限酵素にて切断処理を行い、公知の塩基配列決定方法を用いることができる。標的核酸の検出には、標的核酸を増幅するように設計されたプライマーを用いたPCR法により、標的核酸を増幅し、検出する。PCR及び検出法としては、通常のPCRを行い、その後、プローブ等で検出するほか、リアルタイムPCR、RT-PCRなど、適宜公知のPCR法を用いることができる。なお、標的核酸としては、特定の遺伝子、特定の微生物、特定のウイルス又はこれらにおける変異などを含む核酸が挙げられる。
【0041】
分析デバイスは、こうした分析内容を実行するデバイスであり、分析内容に応じて、公知のショートリードシーケンサ、ロングリードシーケンサ、各種PCR装置でありうる。これらのデバイスは、通常、所定のプロトコールで調製したサンプルをセットすることで、自動的に、標的核酸の有無や量、塩基配列を解析できる。また、分析デバイス又は分析システム80は、得られた塩基配列等を公知の塩基配列と対比して、核酸粒子が由来する生物種を同定できるほか、病原性も同定できる。分析システム80は、こうして生成した核酸情報をシステム20に送信するように構成されている。
【0042】
(感染症データサーバー)
感染症データサーバー(以下、単に、サーバーともいう。)200は、サーバーとして構成されており、プロセッサと必要なメモリと、を備えており、ネットワーク100に接続可能に構成されている。サーバー200は、感染症に関するデータサーバーであり、国内における各地域の日々発生する陽性者に関する陽性者情報が格納されている。サーバー200は、解析システム60からの入力要請に応じて、要請された地域又はクラスター及び要請された期間に判明した陽性者情報を提供するように構成されている。
【0043】
(外部装置)
外部装置500は、コンピュータ、サーバー又はモバイル端末として構成され、少なくとも一つのプロセッサと必要なメモリとを備えるとともに、ネットワーク100に接続可能に構成されている。外部装置500は、システム20に対して、サーバー200に情報の入力要請を行うことで陽性者情報を取得可能である。また、外部装置500は、システム20に入力要請を行うことで、核酸情報と経路情報のほか、これらの情報に基づいてシステム20が生成する種々の情報を取得できる。
【0044】
システム20は、モバイル端末40等から対象者の経路情報と接触履歴情報を、分析システム80から対象者の核酸情報を取得することができる。こうした情報に基づいて、システム20は、種々の情報を生成する。
【0045】
以下に、システム20を用いる種々のプロセスの一例として、特定のRNAウイルスに対する曝露履歴情報、曝露リスク情報及び分布情報を生成するためのフローを
図2に例示して説明する。このプロセスでは、システム20が、モバイル端末40から、対象者がウイルス保有者との接触履歴を有するという接触履歴情報を取得したとき、当該情報に基づいて、ウイルス粒子に対する特定の曝露リスク情報も生成する。なお、
図2は、マスク10による対象者のウイルス粒子捕集行動の終了した後のプロセスのフローであり、
図2に示すプロセスより以前のプロセスについては、
図3に基づいて後段で説明する。
【0046】
図2に示すように、モバイル端末40は、捕集アプリが、対象者のウイルス粒子捕集行動の開始から終了までの間の移動経路と移動時間とに関する経路情報を生成し、この経路情報をマスク10の識別情報と対象者の特定情報とを伴ってシステム20に送信する(ステップS100)。
【0047】
また、モバイル端末40は、接触管理アプリが、対象者の全経路情報を解析システム60に送信する(ステップS102)。
【0048】
分析システム80では、回収されたマスク10から抽出された核酸が、分析デバイスに投入されて、リアルタイムRT-PCRにより、標的としているRNAかどうかを分析する(ステップS104)。分析システム80は、その分析結果として、マスク10から検出されたRNA量から核酸情報を生成し、この核酸情報をシステム20に送信する(ステップS104)。
【0049】
システム20は、核酸情報と経路情報とから、標的RNAウイルスについての曝露履歴情報を生成する(ステップS106)。また、システム20は、この曝露履歴情報に基づいて、曝露リスク情報を生成する(ステップS106)。具体的には、システム20のメモリに格納されている標的RNAウイルスの曝露リスクを判定するためのウイルス量基準値テーブルを参照して、曝露リスクのレベルを判定して曝露リスク情報を生成する。さらに、システム20は、この曝露履歴情報に基づいて、ウイルス分布情報としての散布図を生成する(ステップS106)。システム20は、これらの情報をモバイル端末40に送信し、外部装置500の入力要請に従い、外部装置500に送信する(ステップS106)。
【0050】
こうした情報が対象者のモバイル端末40に提供されることで、対象者は自身の曝露リスクとウイルス量と経路とを結び付けて認識することができる。また、回避すべき経路や集団や経路を認識することができる場合もある。また、経路上にある集団における曝露リスクを認識することができる。外部装置500にこれらの情報が提供されることでも、同様のメリットがある。
【0051】
一方、解析システム60は、データサーバー200にRNAウイルスの陽性者情報の入力要請を適時に行って陽性者情報を取得する(ステップS108)。解析システム60は、この陽性者情報と解析システム60が保有している接触管理アプリ使用者の情報とを照合して、接触管理アプリ使用者が陽性者であると判明したとき、この陽性者の経路情報とモバイル端末40から取得した対象者の全経路情報とを照合して接触履歴の有無を判定する(ステップS110)。対象者と陽性者との接触履歴があると判定したときには、RNAウイルスとの接触履歴情報をモバイル端末40に送信する(ステップS110)。
【0052】
モバイル端末40は、接触管理アプリにより解析システム60から接触履歴情報を取得すると、その情報を対象者に通知するとともに、システム20に送信する(ステップS112)。接触履歴情報は、概して、捕集行動よりも遅れて見出されるが、接触履歴情報をシステム20が取得することで、標的RNAウイルスに対してリスクの高い経路を特定できることになる。
【0053】
接触履歴情報を取得したシステム20は、接触履歴情報と既に取得している対象者の捕集行動における経路情報とから、接触履歴後の経路を特定した特定曝露リスク情報を生成する(ステップS114)。システム20は、特定曝露リスク情報を、モバイル端末40及び外部装置500に送信する(ステップS114)。上述のように、特定曝露リスク情報は、ウイルス感染リスクの高い経路が特定されているため、経路上の集団を特定できる。こうした特定曝露リスク情報が対象者や外部装置500に提供されることは、対象者及び対象者が属する集団におけるウイルス曝露及び感染リスクの把握に有用であり、曝露及び感染回避に有用である。
【0054】
以上のプロセスによれば、移動体である対象者のマスク10によるウイルス粒子捕集行動により、有用な核酸情報、さらには経路情報を得ることができる。これらは、対象者や対象者が属する集団におけるウイルス曝露や感染のリスクの把握や回避に貢献できる。また、これらの情報に、相互作用情報である陽性者との接触履歴情報を組み合わせることで、上記リスクの把握やリスク回避に貢献できる。
【0055】
また、以上のプロセスによれば、マスクなどの普遍的一般的な身体外部装着される医療用具等を捕集デバイスとすることで、個人的にも、小規模的にも、局所的にも、あるいは、マクロ的にも、ウイルスなどの核酸粒子の局在や移動を解析できる。
【0056】
また、
図2に示すプロセスに先だって、
図3に示すプロセスが実施される。
図3上段に示すように、システム20の提供者又は管理者等は、このシステム20を実施するために、マスク10を曝露履歴情報分析診断サービス付きのマスクとして販売する。対象者がこのマスクを購入すると、提供者等は、マスク10に、購入申し込み時に対象者から取得した対象者を特定する識別情報とマスク10のIDとを含むコードを付与する。
【0057】
マスク10を購入した対象者は、GPS測位が可能な自身のモバイル端末40に捕集アプリを導入し、マスク10に付与したコードを読み取った後、マスク10を装着して、一定期間ウイルス粒子捕集行動を行う。捕集アプリは、一定期間捕集行動終了したら、捕集行動の終了を通知するとともに、取得した経路情報をシステム20に送信する。
【0058】
対象者は、マスク10を所定の収容容器に収容して、適宜、郵送やその他の運搬手段で分析システム80の設置場所まで輸送する。
【0059】
一方、
図3下段に示すように、提供者等は、対象者から回収したマスク10のウイルス粒子捕集部を細断して、この細断片から核酸粒子を回収し、核酸を抽出し、必要に応じて、精製ないし濃縮して、所定の試料液を調製する。この試料液を、PCR装置やシーケンサなどである分析デバイスに供給する。
【0060】
なお、回収したマスク10から核酸粒子を分離回収するのにあたっては、ウイルスなどの活性を低下した状態で取扱うことが好適である。ウイルス不活性化としては、例えば、マスク10を室温で空気中に放置するなどしても、ウイルスの活性が速やかに低下することがわかっている。例えば、24時間の放置で、感染可能性は、十分に低下する。したがって、マスク10が対象者により送付され提供者等に到達するまで、一般的に1日以程度以上の時間を要するため、この輸送時間を利用することでも、ウイルス不活性化を行うことができる。
【0061】
以上のとおり、システム20は、曝露履歴情報の分析診断を提供するシステムとしても実施できる。より具体的には、ウイルスなどの病原体への感染リスクに関する感染リスク情報を提供するシステムとしても実施できる。こうしたシステムによれば、各個人が、自身の行動履歴から、ウイルスに対する曝露履歴やリスクを認識でき、曝露や感染リスクを回避できる。
【0062】
また、システム20は、前記捕集行動に基づく核酸粒子の核酸情報を生成する観点から、環境中の核酸粒子に関する情報を提供するシステムとしても実施できる。
【0063】
なお、以上のプロセスにおいては、ウイルス粒子を標的としたが、これに限定するものではない。核酸粒子については、既に説明したとおりであり、核酸全体と対象としてもよいし、他の微生物や、生物種などの特定に有用な遺伝子自体を対象としてもよい。
【0064】
以上のプロセスにおいては、マスク10を捕集デバイスとしたが、これに限定するものではない。既に説明したとおり、種々の形態の捕集デバイスを用いることができ、地表は路面、床面などを対象として靴底に装着される捕集デバイスを用いることも有用である。
【0065】
以上のプロセスでは、移動体を対象者(ヒト)としたが、これに限定するものではない。例えば、野生動物や家畜などを移動体としてウイルス捕集行動を実施させることもできる。例えば、自然環境や牧場などにおけるウイルス曝露に関する情報を取得できるため有用である。また、移動体は、人工物であってもよい。危険な箇所など、あるいはヒトなど動物のリスクを考慮したとき、遠隔操作によりあるいはプログラムにより設定した経路などを移動可能なロボットや車両などの移動体を適宜用いることができる。
【0066】
以上のプロセスでは、感染等を意図したシステム20について説明したが、感染や医療などを意図するシステムに限定するものではない。環境調査や動物調査のための核酸情報を生成するシステムとしても実施できる。さらに、核酸粒子に対する曝露履歴情報や核酸粒子の分布情報を生成し、これらの情報に基づいて環境や環境に関する情報を提供するシステムとしても実施できる。
【0067】
以上のプロセスでは、一人の対象者の一回の捕集行動によって核酸情報を生成するなどしたが、これに限定するものではない。同じ又は異なる集団に属する複数の移動体についての捕集行動による核酸情報や経路情報により、一つの集団又は複数の集団についての曝露履歴情報を取得することで、より有用で確度の高い曝露リスク情報等を生成できる。特に、これらの集団間の曝露履歴情報や曝露リスク情報、核酸粒子分布情報を対比することで、核酸粒子の伝搬傾向を把握することができる。
【0068】
また、一人の対象者であっても、複数の捕集行動(複数個の捕集デバイスを用いる)によって、同様により有用で確度の高い曝露リスク情報等を生成できる。複数の対象者の複数の捕集行動によって、さらに一層有用で確度の高い曝露リスク情報等を生成できる。
【0069】
以上のプロセスでは、1回の捕集行動の長さや範囲は特段規定していないが、例えば、時間的には、数時間~数日間などとすることができる。長い捕集行動期間の場合には、複数の捕集デバイスを順次用いることが好適である。また、捕集行動範囲は、日常生活の範囲で特段限定しないこともできるほか、目的に応じて設定することもできる。例えば、通勤・通学経路に限定することもできる。また、家庭、学校、職場、病院などに限定することもできる。また、飲食店や特定の施設に限定することもできる。
【0070】
以上のプロセスでは、特定曝露リスク情報を、対象者が陽性者との接触履歴を有するという接触履歴情報に基づいて生成したがこれに限定するものではない。特定曝露リスク情報は、対象者自身が陽性者であるという情報(核酸粒子の保有情報)に基づいて生成してもよい。かかる保有情報は、解析システム60から、あるいは分析システム80が、マスク10の分析結果に基づいて生成するものであってもよい。保有情報に基づいて特定曝露リスク情報を生成する場合、発症日等の情報から推定される感染日やウイルス発出日以降の経路を特定することで、特定曝露リスク情報を生成できる。
【0071】
以上のプロセスでは、核酸情報の生成や、曝露履歴情報などの生成を、いずれもシステムの一部として記載したが、これに限定するものではない。例えば、プロセッサが実行する各プロセスを、方法としても実施できる。すなわち、上記核酸情報を生成する工程を備える方法、さらに経路情報を取得する工程を備える方法、さらに、曝露履歴情報や曝露リスク情報等を生成する工程を備える方法として実施できる。
【実施例】
【0072】
以下、本明細書の開示をより具体的に説明するために具体例としての実施例を記載する。以下の実施例は、本明細書の開示を説明するためのものであって、その範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0073】
マスク上へのウイルスの接種・感染活性評価
タテ1cmxヨコ1cm四方に裁断したマスク(本検討では市販の3層タイプ不織布マスク)上に、10ulのウイルス溶液(今回の解析においてはT7バクテリオファージ)を滴下しマスク中に浸透させたのち、所定の時間(最大24時間)静置した。ウイルス滴下後のマスクは、1.5mlのサンプルチューブに移し、1mlの大腸菌液(対数増殖期の細胞を使用)とともに10分間インキュベートした。インキュベート中は2分おきに上下反転により大腸菌液とマスクを丁寧に混和した。なお大腸菌はBLT5403株を使用した。ウイルス接種マスクと大腸菌液を混和した菌培養液を10
4~10
6程度希釈を行い、1%の寒天が含まれる液体LB培地と希釈液を混合して、滅菌プレート上に広げた。25℃18時間培養し、感染により生じたハロー数を計測し、感染可能なウイルス量を定量した。結果を
図4(a)に示す。
図4(a)に示すように、接種後24時間までに経時的に感染可能なウイルス量は低下しつづけており、24時間後には接種直後と比較して、10000分の1に感染可能なウイルス量が低下していた。
【0074】
マスク上のウイルスの定量検出
また、マスク上での計測可能なウイルス由来のDNA量を確認するため、ウイルス接種したマスクを、1mlのPBSで洗浄し、ファージゲノムDNAの部分配列をリアルタイムPCRにて解析した。マスクの洗浄に用いたPBSのうち1ulをリアルタイムPCRに供した。Power SYBR Green PCR master mix(ライフテクノロジー)により、リアルタイムPCR解析を行った。リアルタイムPCR解析においてはメーカーが指示する手順に従って行った。内部標準としてマスク未接種のバクテリオファージ(希釈系列(10
8、10
6、10
4、10
2))を測定した。ファージウイルスDNAの検出プライマーを以下に示す。測定結果を、
図4(b)に示す。
図4(b)に示すように、24時間までの時間経過においては、ファージ由来DNAには大きな量的変化が見られなかった。
検出プライマーa:AACCCCTCAAGACCCGTTTA(配列番号1)
検出プライマーb:GGAGCTGTCGTATTCCAGTC(配列番号2)
【0075】
また、マスク上に接種するファージの初期濃度を108PFU~102PFUまで変化させて、マスク上でのDNA量の変化を解析したところ、低濃度の接種においても当初DNA量とは変化なく同量を検出できた。マスク上ではウイルス活性は低下していってしまうが、そのウイルスを特徴づける核酸情報は、着用期間中で大きな変化なく定量可能であることがわかった。
【符号の説明】
【0076】
10:マスク
20:核酸粒子に対する曝露履歴情報の提供システム
40:モバイル端末
60:相互作用解析システム
80:核酸分析システム
100:ネットワーク
200:感染症データサーバー
500:外部装置
【配列表フリーテキスト】
【0077】
配列番号1~2:プライマー
【配列表】