(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-22
(45)【発行日】2024-05-01
(54)【発明の名称】原子間力顕微鏡、制御方法、及び、プログラム
(51)【国際特許分類】
G01Q 10/04 20100101AFI20240423BHJP
G01Q 60/24 20100101ALI20240423BHJP
【FI】
G01Q10/04
G01Q60/24
(21)【出願番号】P 2022566874
(86)(22)【出願日】2021-11-25
(86)【国際出願番号】 JP2021043162
(87)【国際公開番号】W WO2022118728
(87)【国際公開日】2022-06-09
【審査請求日】2023-03-22
(31)【優先権主張番号】P 2020199938
(32)【優先日】2020-12-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【氏名又は名称】新居 広守
(72)【発明者】
【氏名】安藤 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】福田 真悟
【審査官】山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-074987(JP,A)
【文献】国際公開第2010/087114(WO,A1)
【文献】特開平07-020134(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0289635(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01Q 10/00 - 90/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
長尺状のレバーであって、長手方向における一端側が前記レバーの支持に用いられる固定端であり、前記長手方向における他端側が自由端であるレバーを含み、前記自由端側に、前記レバーから前記長手方向に交差する下方に向けて突出する探針が設けられたカンチレバーと、
前記カンチレバーの前記下方に配置され、前記カンチレバーに対向させて試料を保持する試料保持部と、
前記カンチレバー及び前記試料保持部の少なくとも一方を駆動して前記試料を前記探針に対して相対移動させる駆動部と、
前記駆動部を制御することにより、前記長手方向の線分を前記カンチレバーから前記探針が突出する方向に交差する仮想面に射影した場合に射影像が延びる方向である所定方向を主走査方向として、前記仮想面内において前記試料の表面を前記探針に走査させる制御部と、を備え、
前記制御部は、
前記試料が前記一端側から前記他端側に向かって相対移動する第1方向走査において、前記試料と前記探針とを第1距離に近接させて第1速度で相対移動する第1モードで走査させ、
前記試料が前記他端側から前記一端側に向かって相対移動する第2方向走査において、前記試料と前記探針とを前記第1距離よりも遠い第2距離に遠ざけ、かつ、前記第1速度よりも速い第2速度で相対移動する第2モードで走査させ
、
前記制御部は、前記探針及び前記試料の前記所定方向上の相対位置の時間領域における変化量が前記第1方向走査及び前記第2方向走査のそれぞれで一様の場合の軌道に比べて、前記第1方向走査と前記第2方向走査とが切り替わる折り返し位置において、前記探針及び前記試料の前記所定方向上の相対位置の時間領域における変化量の高周波成分が除去された軌道に沿って、前記試料を前記探針に対して相対移動させる
原子間力顕微鏡。
【請求項2】
前記制御部は、
前記第1方向走査の際に、前記探針の前記仮想面と交差する方向への変位に対応する電気信号を取得し、取得した前記電気信号と、所定の基準信号との差分に基づいて前記探針と前記試料の表面との距離を前記第1距離に維持させ、
前記第2方向走査の際に、取得された前記電気信号に対してオフセット信号を加算することで、前記所定の基準信号との差分の数値を変化させて前記探針と前記試料の表面との距離を前記第2距離に維持させる
請求項1に記載の原子間力顕微鏡。
【請求項3】
前記制御部は、
前記所定方向上の前記探針及び前記試料の相対位置であって、前記第1方向走査が開始される目標の位置関係における相対位置を第1基準点とし、
前記所定方向上の前記探針及び前記試料の相対位置であって、前記第1方向走査が終了する目標の位置関係における相対位置を第2基準点とし、
1周期に対する前記第1方向走査に要する時間の比である分割比をαとしたとき、
前記探針及び前記試料の前記所定方向上の相対位置の、前記第1基準点に対する相対的な時間領域における変化量を、第m周期の(時間,変化量)=((m-1)T,第1基準点)、(時間,変化量)=((m-1)T+αT,第2基準点)、及び、第(m+1)周期の(時間,変化量)=(mT,第1基準点)を順次直線的に結ぶ、Tを周期とするのこぎり波様関数に基づいて、前記のこぎり波様関数をフーリエ級数展開したときの所定の次数より大きい高次項を0とみなすことで算出される近似関数によって表される前記軌道に沿って、前記試料を前記探針に対して相対移動させる
請求項
1に記載の原子間力顕微鏡。
【請求項4】
前記制御部は、
前記所定方向上の前記探針及び前記試料の相対位置であって、前記第1方向走査が開始される目標の位置関係における相対位置を第1基準点とし、
前記所定方向上の前記探針及び前記試料の相対位置であって、前記第1方向走査が終了する目標の位置関係における相対位置を第2基準点とし、
1周期に対する前記第1方向走査に要する時間の比である分割比をαとしたとき、
前記探針及び前記試料の前記所定方向上の相対位置の、前記第1基準点に対する相対的な時間領域における変化量を、第m周期の(時間,変化量)=((m-1)T,第1基準点)、及び、(時間,変化量)=((m-1)T+αT,第2基準点)を直線的に、第m周期の(時間,変化量)=((m-1)T+αT,第2基準点)、及び、第(m+1)周期の(時間,変化量)=(mT,第1基準点)をコサイン波の1/2波形により順次結ぶ、Tを周期とするのこぎり波様関数に基づいて、前記のこぎり波様関数をフーリエ級数展開したときの所定の次数より大きい高次項を0とみなすことで算出される近似関数によって表される前記軌道に沿って、前記試料を前記探針に対して相対移動させる
請求項
1に記載の原子間力顕微鏡。
【請求項5】
前記制御部は、
前記のこぎり波様関数をフーリエ級数展開した場合の所定の次数より大きい高次項を0とみなした関数を算出し、
算出された前記関数における第m周期の変化量が最大となる点を((m-1)T+αT,第2基準点)に一致させ、
算出された前記関数における第m周期の変化量が最小となる点を((m-1)T,第1基準点)に一致させるように、変化量軸方向及び時間軸方向に前記関数を拡張することで算出される前記近似関数によって表される前記
軌道に沿って、前記試料を前記探針に対して相対移動させる
請求項
3又は4に記載の原子間力顕微鏡。
【請求項6】
前記所定の次数は、9であり、
前記分割比は、α=0.8である
請求項
3~5のいずれか1項に記載の原子間力顕微鏡。
【請求項7】
長尺状のレバーであって、長手方向における一端側が前記レバーの支持に用いられる固定端であり、前記長手方向における他端側が自由端であるレバーを含み、前記自由端側に、前記レバーから前記長手方向に交差する下方に向けて突出する探針が設けられたカンチレバーと、
前記カンチレバーの前記下方に配置され、前記カンチレバーに対向させて試料を保持する試料保持部と、
前記カンチレバー及び前記試料保持部を駆動して前記試料を前記探針に対して相対移動させる駆動部と、
前記駆動部を制御することにより、前記長手方向の線分を前記カンチレバーから前記探針が突出する方向に交差する仮想面に射影した場合に射影像が延びる方向である所定方向を主走査方向として、前記仮想面内において前記試料の表面を前記探針に走査させる制御部と、を有する原子間力顕微鏡の制御方法であって、
前記試料が前記一端側から前記他端側に向かって相対移動する第1方向走査において、前記試料と前記探針とを第1距離に近接させて第1速度での相対移動によって走査させ、
前記試料が前記他端側から前記一端側に向かって相対移動する第2方向走査において、前記試料と前記探針とを前記第1距離よりも遠い第2距離に遠ざけ、かつ、前記第1速度よりも速い第2速度での相対移動によって走査させ
、
前記制御方法では、前記探針及び前記試料の前記所定方向上の相対位置の時間領域における変化量が前記第1方向走査及び前記第2方向走査のそれぞれで一様の場合の軌道に比べて、前記第1方向走査と前記第2方向走査とが切り替わる折り返し位置において、前記探針及び前記試料の前記所定方向上の相対位置の時間領域における変化量の高周波成分が除去された軌道に沿って、前記試料を前記探針に対して相対移動させる
制御方法。
【請求項8】
請求項
7に記載の制御方法をコンピュータに実行させるための
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子間力顕微鏡、及び、その制御方法、ならびに、プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、原子間力顕微鏡(以下、AFM(Atomic Force Microscope)ともいう)を用いた原子分解能での試料の計測が行われている。例えば、力検出器や力検出手法を大幅に改良することにより、高分解能の観察が難しいと考えられていた液中環境下における原子分解能でのAFMによる観察が可能となった(例えば、特許文献1参照)。これにより、固液界面現象をAFMで直接可視化することが可能となり、幅広い研究分野の発展に貢献すると考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のAFMには、多様な用途への応用の観点で改善の余地がある。
【0005】
そこで、本発明は、より多様な用途に適用可能なAFM等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明の一形態に係る原子間力顕微鏡は、長尺状のレバーであって、長手方向における一端側が前記レバーの支持に用いられる固定端であり、前記長手方向における他端側が自由端であるレバーを含み、前記自由端側に、前記レバーから前記長手方向に交差する下方に向けて突出する探針が設けられたカンチレバーと、前記カンチレバーの前記下方に配置され、前記カンチレバーに対向させて試料を保持する試料保持部と、前記カンチレバー及び前記試料保持部の少なくとも一方を駆動して前記試料を前記探針に対して相対移動させる駆動部と、前記駆動部を制御することにより、前記長手方向の線分を前記カンチレバーから前記探針が突出する方向に交差する仮想面に射影した場合に射影像が延びる方向である所定方向を主走査方向として、前記仮想面内において前記試料の表面を前記探針に走査させる制御部と、を備え、前記制御部は、前記試料が前記一端側から前記他端側に向かって相対移動する第1方向走査において、前記試料と前記探針とを第1距離に近接させて第1速度で相対移動する第1モードで走査させ、前記試料が前記他端側から前記一端側に向かって相対移動する第2方向走査において、前記試料と前記探針とを前記第1距離よりも遠い第2距離に遠ざけ、かつ、前記第1速度よりも速い第2速度で相対移動する第2モードで走査させる。
【0007】
また、本発明の一形態に係る制御方法は、長尺状のレバーであって、長手方向における一端側が前記レバーの支持に用いられる固定端であり、前記長手方向における他端側が自由端であるレバーを含み、前記自由端側に、前記レバーから前記長手方向に交差する下方に向けて突出する探針が設けられたカンチレバーと、前記カンチレバーの前記下方に配置され、前記カンチレバーに対向させて試料を保持する試料保持部と、前記カンチレバー及び前記試料保持部を駆動して前記試料を前記探針に対して相対移動させる駆動部と、前記駆動部を制御することにより、前記長手方向の線分を前記カンチレバーから前記探針が突出する方向に交差する仮想面に射影した場合に射影像が延びる方向である所定方向を主走査方向として、前記仮想面内において前記試料の表面を前記探針に走査させる制御部と、を有する原子間力顕微鏡の制御方法であって、前記試料が前記一端側から前記他端側に向かって相対移動する第1方向走査において、前記試料と前記探針とを第1距離に近接させて第1速度での相対移動によって走査させ、前記試料が前記他端側から前記一端側に向かって相対移動する第2方向走査において、前記試料と前記探針とを前記第1距離よりも遠い第2距離に遠ざけ、かつ、前記第1速度よりも速い第2速度での相対移動によって走査させる。
【0008】
また、本発明の一形態は、上記に記載の制御方法をコンピュータに実行させるためのプログラムとして実現することもできる。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、より多様な用途に適用可能な原子間力顕微鏡等が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、実施の形態に係る原子間力顕微鏡の構成を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、実施の形態に係る原子間力顕微鏡の探針の走査方向を説明するための概略図である。
【
図3】
図3は、実施の形態に係る原子間力顕微鏡の動作を示すフローチャートである。
【
図4】
図4は、実施の形態に係る原子間力顕微鏡のオフセット信号の取り扱いを示す模式図である。
【
図5】
図5は実施の形態に係る原子間力顕微鏡での各種信号の実測値の一例を示すグラフである。
【
図6】
図6は、第1方向走査について説明する図である。
【
図7】
図7は、第2方向走査について説明する図である。
【
図8】
図8は、実施の形態に係る原子間力顕微鏡10での走査の高速化の概念を示す図である。
【
図9】
図9は、実施の形態における原子間力顕微鏡での走査に用いられるX軸方向の変位を示す第1グラフである。
【
図10】
図10は、実施の形態における原子間力顕微鏡での走査に用いられるX軸方向の変位を示す第2グラフである。
【
図11A】
図11Aは、実施の形態における原子間力顕微鏡のX軸方向の走査でのX軸駆動信号及びX駆動部の変位を示す第1図である。
【
図11B】
図11Bは、実施の形態における原子間力顕微鏡のX軸方向の走査でのX軸駆動信号及びX駆動部の変位を示す第2図である。
【
図12A】
図12Aは、実施例に係るアクチンフィラメントの計測結果を示す第1図である。
【
図12B】
図12Bは、比較例に係るアクチンフィラメントの計測結果を示す図である。
【
図12C】
図12Cは、実施の形態に係るイメージング速度とアクチンフィラメントの残存率との関係を示すグラフである。
【
図13A】
図13Aは、実施例に係るアクチンフィラメントの計測結果を示す第2図である。
【
図14A】
図14Aは、試料の往き走査時における、エラー信号、フィードバック制御出力、及び、カンチレバーのたわみ信号を示すグラフである。
【
図14B】
図14Bは、試料の還り走査時における、エラー信号、フィードバック制御出力、及び、カンチレバーのたわみ信号を示すグラフである。
【
図15】
図15は、カンチレバーの走査位置で働く力の違いを説明する図である。
【
図16】
図16は、実施の形態の変形例における原子間力顕微鏡での走査に用いられるX軸方向の変位を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施の形態を説明する前に、上記背景技術で説明した従来技術における問題点を詳細に説明し、その後で、本発明に係る原子間力顕微鏡を詳細に説明する。
【0012】
[走査型プローブ顕微鏡の原理]
走査型プローブ顕微鏡(SPM(Scanning Probe Microscope))では、鋭くとがった探針を試料に接近させて、探針と試料との間に働く相互作用(トンネル電流又は相互作用力など)を検出し、この相互作用を一定に保つように探針と試料との間の距離(探針のz位置)をフィードバック制御する。さらに、このフィードバック制御を維持した状態で、探針(または試料)を水平方向(xy方向)に走査すれば、探針(または試料)が試料表面の凹凸に応じて上下する。この探針の上下動の軌跡を水平位置に対して記録すれば試料表面の凹凸像が得られる。
【0013】
[原子間力顕微鏡(AFM)]
原子間力顕微鏡(AFM)は、SPMの一種であり、探針と試料との間に働く相互作用力を検出して、探針と試料との間の距離を一定に保つよう探針のZ位置を制御する。AFMでは、鋭くとがった探針を先端に備えたカンチレバー(片持ち梁)を力検出器として用いる。通常、探針を試料に接近させると、まずはファンデアワールス力と静電気力とに起因する引力的相互作用力が働く。そして、探針を試料にさらに接近させると、化学的相互作用力に起因する強い斥力がこれらの力を上回る。AFMでは、探針を試料表面に近づけた時に、探針が受ける引力(または斥力)の変化を一定に保つように探針のZ位置をフィードバック制御する。この状態で探針を水平方向に走査することで、前述のとおり、試料表面の凹凸像を得る。
【0014】
AFMは、カンチレバーの背面に照射したレーザの反射光をフォトダイオードで検出することにより、カンチレバーの変位(たわみ量)から、カンチレバーが探針の先端から受けた相互作用力を計測する。このような計測手法は、光てこ法とも呼ばれる。
【0015】
ここで、AFMによる分析の対象として、生体材料を用いる例も多数報告されている。特にこのような生体材料に対するAFMの応用例として、生体材料がその機能を発揮する様子を直接的に観察できる可能性が示されている。一方で、このような生体材料の機能の発揮は、かなり速い変化によって実現されているため、現状のAFMの時間分解能(又はイメージング速度ともいう)では観察が困難である対象も多数存在する。すなわち、AFMを用いて、第1の時点での凹凸像を得たあと、次の凹凸像を得るまでに、対象の生体材料の変化が完了してしまい、時間連続的に変化の瞬間を捉えることが困難である場合がある。
【0016】
このように、現状のAFMを生体材料の観察に用いるためには、イメージング速度を改善できることが望まれる。しかしながら、現状のAFMでは、イメージング速度を改善し得るハードウェア的での技術開発は頭打ち状況にある。したがって、現状では2倍程度のイメージング速度の改善も困難な状況となっている。本発明では、このように頭打ち状況にあるAFMのイメージング速度を2.5倍以上に改善することができるAFM及びその制御方法等を提供する。
【0017】
(実施の形態)
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下で説明する実施の形態は、いずれも本発明の一具体例を示すものである。以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態、ステップ、ステップの順序等は、一例であり、本発明を限定する主旨ではない。また、以下の実施の形態における構成要素のうち、本発明の最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
【0018】
[原子間力顕微鏡の構成]
図1は、実施の形態に係る原子間力顕微鏡の構成を示すブロック図である。
【0019】
原子間力顕微鏡10は、試料99を観察するための原子間力顕微鏡であって、探針12を有するカンチレバー11、変位計測部13、フィードバック制御部14、PC(パーソナルコンピュータ)15、XY駆動制御部16、及び、駆動部17と試料保持部18とを備える。なお、本図の左下に示されるように、鉛直方向をZ軸、Z軸に直交し、互いにも直行する2つの直交軸をX軸及びY軸とし、それぞれの軸方向をZ軸方向、X軸方向及びY軸方向として説明に用いる場合がある。特に、Z軸方向を、Z軸プラス側を上方、Z軸マイナス側を下方とする、Z軸方向に沿う上下方向と表現する場合がある。また、XY平面を単に水平面と表現する場合がある。これらの方向及び面等の表現は、単に説明のために定義されたものであって、鉛直、水平などの言葉から、原子間力顕微鏡10が使用される際の方向や姿勢等を限定する意図ではない。
【0020】
カンチレバー11は、レバー21の先端に探針12が設けられた片持ち梁であり、試料99と探針12の先端との相互作用力を検出する力検出器として機能する。本実施の形態では、カンチレバー11は、長尺状のレバー21がXZ平面内における1点鎖線の両矢印の方向を長手方向として延びるように配置されている。レバー21の長手方向における、X軸プラス側の一端は、レバー21を支持する支持部(不図示)に接続されており、固定端となっている。一方で、レバー21の長手方向における、X軸マイナス側の他端は、自由端となっている。この自由端側のレバー21の端部に探針12が接着等によって接続されている。
【0021】
変位計測部13は、試料99と探針12の先端との相互作用力によるカンチレバー11の変位を計測する回路であり、上記に説明された原理でカンチレバー11のZ軸方向における変位を検出するためのLD(Laser Diode)13a、PD(Photodiode)13b及びプリアンプ13cを有する。つまり、LD13aから出射されたレーザは、カンチレバー11のZ軸プラス側の背面で反射し、反射光となってPD13bに入射し、PD13bでカンチレバー11のZ軸方向における変位を示す電気信号となり、その電気信号がプリアンプ13cで増幅され、フィードバック制御部14に出力される。
【0022】
フィードバック制御部14は、変位計測部13で計測されたカンチレバー11の変位に基づいて試料99と探針12の先端との距離を一定に維持する制御を行う回路であり、プリアンプ13cから送られてきた電気信号が示すカンチレバー11のZ軸方向における変位を一定に維持するための、駆動部17をZ軸方向に駆動する信号(Z軸駆動信号)を生成し、駆動部17及びPC15に出力する。
【0023】
PC15は、プロセッサ及びメモリを備え、プロセッサ及びメモリを用いて所定のプログラムを実行することで駆動部17を制御して試料99をX軸及びY軸方向に走査させるためのXY駆動信号をXY駆動制御部16に出力するとともに、フィードバック制御部14から送られてくるZ軸駆動信号を受信し、それらXY駆動信号及びZ軸駆動信号に基づいて試料99の表面の凹凸を示す2次元画像を生成して表示する装置である。
【0024】
PC15は、また、所定のプログラムを実行することで、XY駆動信号を出力している所定のタイミングにおいて、フィードバック制御部14に入力される電気信号にオフセット信号の加算を行う。このオフセット信号については後述するが、オフセット信号が加算された電気信号が入力されることで、フィードバック制御部14は、試料99と探針12とを遠ざけるようにカンチレバー11及び試料保持部18の少なくとも一方を駆動する。このPC15は、つまり、制御部の一例である。
【0025】
XY駆動制御部16は、PC15から送られてくるXY駆動信号に従って駆動部17にX軸駆動信号及びY軸駆動信号を出力することで駆動部17をX軸方向及びY軸方向に駆動し、これによって、試料99をX軸方向及びY軸方向に走査させる。
【0026】
駆動部17は、カンチレバー11及び試料保持部18の少なくとも一方を駆動して試料99を探針12に対して相対移動させる動力部分である。なお、本実施の形態では、駆動部17が試料保持部18のみを駆動する例を説明するが、駆動部17は、カンチレバー11を駆動してもよいし、カンチレバー11及び試料保持部18の両方を駆動してもよい。試料99を探針12に対して相対移動させることが可能な構成であれば、駆動部17はどのような構成で実現されてもよい。
【0027】
駆動部17は、フィードバック制御部14から送られてくるZ軸駆動信号、及び、XY駆動制御部16から送られてくるX軸駆動信号及びY軸駆動信号に従って、上部に載置された試料保持部18をX軸方向、Y軸方向及びZ軸方向に移動させる。駆動部17は、試料保持部18をX軸方向、Y軸方向及びZ軸方向にそれぞれ移動させるX駆動部17a、Y駆動部17b及びZ駆動部17cを有する。駆動部17は、探針12の先端に対して試料99を相対的にX軸方向、Y軸方向及びZ軸方向に移動させるピエゾ素子等からなるスキャナである。X駆動部17a、Y駆動部17b及びZ駆動部17cのそれぞれは、このX軸方向、Y軸方向及びZ軸方向に独立的に伸縮するように構成されたピエゾ素子を含む。
【0028】
駆動部17は、試料保持部18を駆動することで、
図2のように、試料99の表面を探針12が走査する。
図2は、実施の形態に係る原子間力顕微鏡の探針の走査方向を説明するための概略図である。
図2には、一例として矩形状の試料99をZ軸方向から見たときに、探針12の先端が通過した試料99の上方位置を紙面に沿う試料99の表面に投影した場合の通過軌跡を細線及び細破線で示している。ここでは、判読性のために主走査方向の走査線の数を削減しており、X軸方向と斜め方向に延びる通過軌跡が示されているが、実際には、主走査方向がX軸方向に略一致するように走査がされる。
【0029】
以下では、主走査方向をX軸方向と一致するものとして説明するが、厳密には、Y軸方向にも微小な走査がされ、ミクロスケールにおいて
図2のようにX軸方向に対して斜め方向に延びる通過軌跡を形成することがある。すなわち、X軸方向を主走査方向とする、とは、Y軸方向への微小な走査によりX軸方向に対して斜め方向に延びる通過軌跡を形成する場合を含めるものとして説明する。
【0030】
また、ここでは簡単のため試料99のX軸方向及びY軸方向それぞれの一方の端部から他方の端部まで、すべての領域を走査する通過軌跡を示している。探針12の走査は、試料99として用いるものにより異なる通過軌跡を形成し得る。例えば、探針12は、試料99の端部を超えて試料保持部18の上方側の面を走査する場合がある。また、例えば、探針12は、試料99の端部に到達することなく、試料99内の一部の領域のみを走査する場合がある。
【0031】
まず、探針12は、試料99のX軸マイナス側かつY軸マイナス側の端部から走査を開始し、Y軸マイナス側から数えて1つめの細線に沿ってX軸プラス側に向かって走査する。続いて、探針12は、Y軸マイナス側から数えて1つめの細破線に沿ってX軸マイナス側に向かって走査する。続いて、探針12は、Y軸マイナス側から数えて2つめの細線に沿ってX軸プラス側に向かって走査する。続いて、探針12は、Y軸マイナス側から数えて2つめの細破線に沿ってX軸マイナス側に向かって走査する。
【0032】
このように、探針12は、開始位置から、順番に細線及び細破線をたどって、X軸方向に大きく走査しながらY軸方向に少しずつ走査していく。本実施の形態では、X軸方向を主走査方向として、探針12が試料99の表面を走査して、Z軸方向の変位を検知することで、走査面に対応する凹凸像を生成する。
【0033】
再び
図1に戻り、この主走査方向について説明する。カンチレバー11のレバー21は、試料99が載置される試料保持部18の上方の主面と交差する方向を長手方向とする長尺状の部材である。通常、原子間力顕微鏡では、この長手方向に沿う線分を走査面であるXY平面に射影した時の射影像が延びる方向を主走査方向とするように設定される。
【0034】
これは、走査において探針12に対して試料99から掛る力がカンチレバー11をひねる方向に作用することを避けるためである。このようなひねりの力に対して、カンチレバー11は、頑強に構成されているため、試料99に対して強い反力を発生し、試料99を破壊してしまう。したがって、試料99の破壊を抑制するために、長手方向に沿う線分を走査面に射影した時の射影像の延びる方向が主走査方向となるように構成される。
図1に戻り、本発明においても、レバー21の長手方向を示す1点鎖線の両矢印の一端及び他端それぞれから走査面に向かって下方に延びる1点鎖線のように長手方向に沿う線分を走査面に射影したとき、白抜き両矢印が示すように、射影像が延びる方向であるX軸方向を主走査方向として、探針12が試料99の表面を走査する。
【0035】
試料保持部18は、試料99を保持する構造物であり、例えば、試料99を載置可能な板状部材によって構成される。試料保持部18は、試料99の被観測側の表面を固定的に保持できればどのような構成であってもよく、例えば、硬質な試料を挟持するクランプなどであってもよい。また、試料99として生体材料を用いる場合に、試料保持部18は、試料99とともに生理緩衝液などの液体を保持する容器として構成されてもよい。
【0036】
なお、原子間力顕微鏡10は、探針12と試料99との間の相互作用力によって生じるカンチレバー11の変位から、探針12と試料99との間の相互作用力を検出するタイプのスタティックモードAFMだけに限られず、カンチレバー11をその共振周波数近傍の周波数で機械的に振動させながら試料99に対して水平方向に走査した際の、探針12と試料99との間の相互作用力によって生じる振動振幅、周波数又は位相の変化から探針12と試料99との間の相互作用力を検出するダイナミックモードAFMであってもよい。その他、本発明は、特に試料99を高速に計測する原子間力顕微鏡10として、動作構成を問わず、あらゆる原子間力顕微鏡に応用可能である。
【0037】
[原子間力顕微鏡の動作]
次に、
図3を用いて、本実施の形態に係る原子間力顕微鏡10の動作について説明する。
図3は、実施の形態に係る原子間力顕微鏡の動作を示すフローチャートである。
【0038】
図3に示すように、原子間力顕微鏡10が動作を開始して、探針12が試料99の走査を始めると、PC15は、時間に応じたXY駆動信号を出力する。XY駆動制御部16がXY駆動信号に応じてX軸駆動信号及びY軸駆動信号をX駆動部17a及びY駆動部17bに出力する。この結果、試料99は、探針12に対して第1距離かつ第1速度で第1方向に相対移動(つまり、第1方向走査)する(ステップS101)。第1方向走査では、試料99がレバー21の一端側から他端側に向かって相対移動する。つまり、試料99は、探針12に対してX軸マイナス側へと相対移動し、探針12は、試料99に対してX軸プラス側へと相対移動する。第1方向走査は、
図2に示す細線に対応した走査である。
【0039】
ここでの第1距離は、試料99の表面と探針12の先端とが最接近する距離である。このとき、試料99の表面と探針12の先端との間に斥力などが発生して互いに微小な距離だけ離間している場合があるものの、カンチレバー11のZ軸方向における変位が生じて凹凸像を形成可能な距離として第1距離が設定される。また、第1速度は、試料99における必要な計測が可能な速度である。具体的には、凹凸像を必要な精細さで取得できるような速度範囲内で、可能な限り最速な速さに設定される。
【0040】
PC15は、引き続き、時間に応じたXY駆動信号を出力する。XY駆動制御部16がXY駆動信号に応じてX軸駆動信号及びY軸駆動信号をX駆動部17a及びY駆動部17bに出力する。この結果、試料99は、探針12に対して第2距離かつ第2速度で第2方向に相対移動(つまり、第2方向走査)する(ステップS102)。第2方向走査では、試料99がレバー21の他端側から一端側に向かって相対移動する。つまり、試料99は、探針12に対してX軸プラス側へと相対移動し、探針12は、試料99に対してX軸マイナス側へと相対移動する。第2方向走査は、
図2に示す細破線に対応した走査である。
【0041】
ここでの第2距離は、第1距離よりも遠く、例えば、試料99の表面と探針12の先端とが接触しない距離である。XY平面内で探針12が試料99の表面を走査することから、試料99の表面に見込まれる凹凸の大きさに対して十分に大きな距離として第2距離が設定される。なお、第2距離は、少なくとも第1距離よりも大きく設定されればよい。この理由等については後述する。第2速度は、第1速度よりも速い速度である。この第2速度がより速いほどイメージング速度の改善につなげ得るが、駆動部17の駆動速度の限界や、後述する振動などの問題との兼ね合いから、シミュレーション又は予備試験などを行うことで第2速度を選択可能な範囲を決定し、当該範囲内の最速の値を採用すればよい。
【0042】
第1方向走査及び第2方向走査を切り替える際の第1距離及び第2距離の切り換えは、PC15から出力されるオフセット信号によって行われる。
図4は、実施の形態に係る原子間力顕微鏡のオフセット信号の取り扱いを示す模式図である。
図4における電気信号等は、例えば、電圧値の増減によって信号の大きさが変化される。ここで、電気信号Aは、変位計測部から出力された信号である。電気信号Aは、
図4における右側の差分器においてセットポイント信号A
Sとの差分の算出に用いられる。実施の形態におけるセットポイント信号A
Sは、あらかじめ設定された基準となる電圧値であり差分器で算出された電気信号Aとの差分の電圧値(以下、エラー値ともいう)に基づいて、カンチレバー11のZ軸方向における変位量の目標値からのずれを検知できる。
【0043】
このずれに対応するエラー値をフィードバック制御に用いることで、エラー値を打ち消すように試料保持部18が駆動され、試料99と探針12とを第1距離に維持させる。オフセット信号AOSは、時間軸上で電圧値が変化する信号である。具体的には、吹き出し部に示されたグラフのように、第1方向走査の際(図中の1stに対応)には、オフセット信号AOSの電圧値は0となる。一方で、第2方向走査の際(図中の2ndに対応)には、オフセット信号AOSの電圧値は負の値となる。
【0044】
この結果、セットポイント信号ASとの見かけ上の差が大きくなる。これは、試料99の表面にかなり大きな凸部が存在しているかのように扱われる。この見かけ上大きな差がフィードバック制御に用いられるので、このようなエラー値をも打ち消すべく試料保持部18が駆動される。結果的に、実際には存在しない試料99の表面の凸部を第1距離に維持しようとするため、試料99と探針12との距離は、第1距離よりも遠ざけられ、第2距離に維持される。なお、同様の動作を、フィードバック制御用のZ軸駆動信号に対してオフセット信号を加算することも可能である。
【0045】
このような動作によって得られる各種の電圧値を
図5に示す。
図5は実施の形態に係る原子間力顕微鏡での各種信号の実測値の一例を示すグラフである。
図5の上段は、時系列におけるX軸駆動信号の変化を示し、値が大きいほど試料99が探針12に対してX軸マイナス側に相対移動していること(つまり、時間の経過とともに増大するときは第1方向走査、時間の経過とともに減少するときは第2方向走査)を意味している。
図5の中段は、時系列におけるオフセット信号の変化を示している。また、
図5の下段は、時系列上のZ駆動部17cの変位量を示している。
【0046】
図5に示すように、X軸駆動信号は、のこぎり波に近い非対称な三角波(以下、のこぎり波様ともいう)のようになっており、時間軸上で第1方向走査と第2方向走査とのそれぞれに要する時間が異なることがわかる。特に電圧値が降下する第2方向走査において期間が短くなっており、第1方向走査における第1速度よりも速い第2速度で第2方向走査が行われていることが読み取れる。第1方向走査の期間と第2方向走査の期間とに関しても後述にて詳しく述べる。
【0047】
第2方向走査の期間に対応するように、オフセット信号が急峻な低下を示している。このオフセット信号は、先に説明した
図4における模式的なグラフと一致している。第2方向走査においてオフセット信号が加算されることで、Z駆動部17cが急激に変位していることがわかる。この結果、本実施の形態においては、試料保持部18が下方に移動してカンチレバー11から引き離され、試料99と探針12とが第2距離になる。なお、第2距離は、試料99と探針12とが接触しない一定距離以上の距離であれば時間軸上で一様な距離でなくてもよい。第1回目の第2方向走査と第2回目の第2方向走査とで、第2距離が異なっていてもよいし、第1回目の第2方向走査の中で、第2距離が変化してもよい。したがって、第2距離に維持されるとは、少なくとも試料99と探針12とが接触しない一定距離を保って離間していることを包含する概念である。
【0048】
図3に戻り、続いて、PC15は、XY平面内での走査が終了される走査終了位置に到達したか否かの判定を行う(ステップS103)。PC15が走査終了位置に到達していないと判定した場合(ステップS103でNo)、ステップS101に戻り、再び第1方向走査が行われる。一方で、PC15が走査終了位置に到達したと判定した場合(ステップS103でYes)、走査を終了する。なお、以上の動作は、ある時点での1つの凹凸像を得るための処理の説明である。実際には、続けて2つ目の凹凸像を得ることが想定されるので、ステップS103でYesとなった後に、走査開始位置に戻って、再びステップS101から走査が開始される。また、走査終了位置が
図2におけるX軸プラス側に設定される(つまり、第1方向走査を最後に走査が終了する)場合がある。このときは、
図3のフローチャートにおいて、ステップS101とステップS102との間にもステップS103と同様の判定処理が加えられる。
【0049】
[走査の具体的な制御方法]
以下では、
図6~
図11Bを用いて、上記に説明した探針12の試料99上での走査の具体的な制御方法について説明する。
図6は、第1方向走査について説明する図である。また、
図7は、第2方向走査について説明する図である。
図6の(a)は、
図1と同様の視点における従来の原子間力顕微鏡の第1方向走査の様子を示している。ここでは、試料保持部18が駆動されており、試料99が探針12に対してX軸マイナス側に向かって相対移動している。
図7の(a)は、
図1と同様の視点における従来の原子間力顕微鏡の第2方向走査の様子を示している。ここでは、試料保持部18が駆動されており、試料99が探針12に対してX軸プラス側に向かって相対移動している。
【0050】
図6の(b)は、第1方向走査のみによって得られた凹凸像が示されている。
図6の(b)では、白色に近いほど大きな凸が存在することを示している。なお、
図6の(b)に示す凹凸像を得る際に、第2方向走査によって得られた凹凸情報は、後述の
図7の(b)に示す凹凸像を得るために用いられている。
図7の(b)は、第2方向走査のみによって得られた凹凸像が示されている。
図7の(b)では、白色に近いほど大きな凸が存在することを示している。なお、
図7の(b)に示す凹凸像を得る際に、第1方向走査によって得られた凹凸情報は、上記の
図6の(b)に示す凹凸像を得るために用いられている、すなわち、ここでは、1回のスキャンによって得られる凹凸像の情報を、第1方向走査によって得られる凹凸像(
図6の(b))と、第2方向走査によって得られる凹凸像とに分解している。
【0051】
図6の(c)は、
図6の(b)の凹凸像を得る際にフィードバック制御に用いられるエラー値を2次元状にマッピングしたエラー画像を示している。また、
図6の(d)には、
図6の(c)における2点鎖線上でのエラー値のプロットを示している。
図7の(c)は、
図7の(b)の凹凸像を得る際にフィードバック制御に用いられるエラー値を2次元状にマッピングしたエラー画像を示している。また、
図7の(d)には、
図7の(c)における2点鎖線上でのエラー値のプロットを示している。
【0052】
図6の(d)及び
図7の(d)を比較すると、
図6の(b)及び
図7の(b)における白色箇所の凸起条に対していずれの方向から走査が行われたかによって若干の差がみられた。具体的には、
図6の(d)では、いずれの箇所でもエラー値はそれほど大きくなく、-0.2Vから0.2V程度の範囲内で全体的に誤差と推定されるエラー値のぶれが生じていた。一方で、
図7の(d)では、全体的に-0.2Vから0.2V程度の範囲内での誤差と推定されるエラー値のぶれが確認された。さらに、
図7の(d)では、凸起条の紙面右側の端部に対応する位置でエラー値が大きくなっており、約-0.6Vに達していた。また、紙面左右方向の主走査方向における走査線すべてにおいて、同様の傾向がみられた。
【0053】
この走査方向に対するエラー値の変化は、
図6の(a)及び
図7の(a)に示すカンチレバー11にかかるトルクの違いによって引きおこされていると推定される。
図6の(a)に示すように、正の段差(試料保持部18の上面から試料99の上面に昇る段差)で試料99から探針12に働く横方向(X軸方向)の力の向きが、第1方向走査(往き走査ともいう)と第2方向走査(還り走査ともいう)との間で逆向きである。従って、往き走査では、X軸方向の力でカンチレバー11に作用するトルクの向き(torque(x))は、試料99から探針12に働くZ軸方向の力でカンチレバー11に作用するトルクの向き(torque(z))と同じである。一方、
図7の(a)に示すように、還り走査では、両者のトルクの向きが逆である。
図6の(a)及び
図7の(a)で時計回りに作用するトルクはカンチレバー11を上向きにたわませ、逆に反時計回りに作用するトルクはカンチレバー11を下向きにたわませる。カンチレバー11の振幅は光てこ法によって変位として計測されるが、この測定法では、カンチレバー11の先端付近のZ軸方向の変位を計測するわけではなく、トルクで生ずる角度変化を測定する。従って、時計回りに作用するトルクで生ずる角度変化は振幅値が減少したものと解釈され、逆に反時計回りに作用するトルクで生ずる角度変化は振幅値が増大したものと解釈される。
【0054】
ここで、
図14Aは、試料の往き走査時における、エラー信号、フィードバック制御出力、及び、カンチレバーのたわみ信号を示すグラフである。
図14Aでは、(a)にエラー信号の経時変化を示し、(b)にフィードバック制御出力の経時変化を示し、(c)にカンチレバー11のたわみ信号の経時変化を示している。また、
図14Bは、試料の還り走査時における、エラー信号、フィードバック制御出力、及び、カンチレバーのたわみ信号を示すグラフである。
図14Bでは、(a)にエラー信号の経時変化を示し、(b)にフィードバック制御出力の経時変化を示し、(c)にカンチレバー11のたわみ信号の経時変化を示している。また、
図15は、カンチレバーの走査位置で働く力の違いを説明する図である。
図15では、探針12の先端と、試料99とをそれぞれ円形で示し、接触位置ごとに作用する力の向きと大きさとを図中のベクトル(Fx及びFz)で示している。
図15では、(a)から(c)にかけて、カンチレバー11が試料99の段差に乗り上げるときの経時的な変位を示している。なお、
図15の一点鎖線は、探針12の先端が通過する軌跡を示している。
【0055】
図14A及び
図14Bに示すフィードバック制御出力の下降は、試料保持部18が探針12から離れる方向に移動していることを意味する。
図14Bの(a)において、下向き矢印a1で示す箇所でエラー信号が正側に大きく、左向き矢印a2で示す箇所でエラー信号が負側に大きくなっていることが分かる。矢印a1での大きなエラーは、短時間(カンチレバー11の振動周期の1~2倍程度)に現れるのに対し、矢印a2での大きなエラーは、比較的長時間(振動周期の数倍)にわたって現れている。矢印a1の箇所で、探針12は試料99に初めて接触し(
図15の(a))、カンチレバー11のZ軸方向での振動に伴って試料保持部18から探針12に対するZ軸方向の力(
図15の(a)中の紙面上向き矢印)と、試料99から探針12に対するX軸方向の力Fxとが作用する。特に、X軸方向の力Fxが試料99から探針12に働くことで、
図14Bの(a)における測定振幅値が大きくなったと理解できる。この直後、
図14Bの(b)に示すようにフィードバック制御出力が上方に移動している。
【0056】
つまり、試料保持部18が探針12に近づく向きに駆動されている。その結果、試料99から探針12に働くZ軸方向の力Fzが大きくなるが、エラー信号がほぼゼロ(又は若干のマイナス値)に戻る。エラー信号がほぼゼロであるのは、X軸方向の力FxとZ軸方向の力Fzの両者が大きくなっているものの(
図15の(b))、それぞれの作用で生じるトルクがほぼ相殺されているためである。この間、若干のマイナス値のエラー信号により、
図14Bの(b)に示すようにフィードバック制御出力が緩やかに下降している。つまり、試料保持部18が探針12から遠ざかる向きに緩やかに移動している。
【0057】
矢印a2の箇所で、エラー信号が負側に大きくなっているのは、試料99の正の段差が小さくなったため、X軸方向の力Fxがかなり弱くなり、Z軸方向の力Fzによるたわみが顕著に現れたものと考えられる(
図15の(c))。矢印a2で比較的長時間にわたって現れる負の大きなエラー信号が
図7の(c)のエラー像に現れていると考えられる。矢印a1と矢印a2の時間差は約45μsであるが、X軸方向の走査速度110μm/sにより、5nmの距離分に相当する。このとき、探針12先端の太さの影響のため、探針12は、試料99の頂点には達していない(
図15の(c))。
【0058】
以上のことから、還り走査時では、試料の正の段差が大きい箇所でX軸方向に働く力とZ軸方向に働く力との合力が大きくなっても、それぞれの力がカンチレバー11に作用するトルクの向きが逆向きであるために相殺され、フィードバック制御は合力を小さくする方向に働かず、探針12-試料99間の接触力を大きくしてしまうものと考えられる。この接触力は、試料99に対するダメージも大きいので回避すべきである。
【0059】
この結果から、本実施の形態における原子間力顕微鏡10では、第2方向走査での試料99と探針12との接触を避けて凹凸像の生成に用いないこととし、さらに、第2方向走査を高速化することで、試料99全体としての走査を高速化している。
図8は、実施の形態に係る原子間力顕微鏡10での走査の高速化の概念を示す図である。
図8では、上段に従来の原子間力顕微鏡での走査を模式化した図を示し、下段に本実施の形態における原子間力顕微鏡10での走査を模式化した図を示している。
図8の各図では、横軸に時間を、縦軸に、X軸方向における走査位置(つまり、試料99と探針12との相対位置)を示している。
【0060】
いずれの模式図でもX軸方向における走査位置がX軸プラス側とX軸マイナス側とを往復することで変位する周期関数様のグラフとなっている。従来の原子間力顕微鏡に対して本実施の形態における原子間力顕微鏡10では、縦軸の値の減少領域の期間が短く、全体として大幅に高速化されていることがわかる。このように、実施の形態に係る原子間力顕微鏡10では、時間に対するX軸方向における変位を三角波からのこぎり波に近づけることで(のこぎり波様にすることで)、高速な走査を実現している。
【0061】
なお、この高速化に併せて、さらに、試料99に探針12が接近する回数を減少させ、また、試料99を下方に押し込むなどの試料99へのダメージが大きい第2方向走査で探針12と試料99を接触させないようにしている。つまり、本実施の形態における走査は試料99に対して優しい走査である。試料99には、走査によってダメージが蓄積されていき、高速な走査であるほど、蓄積されるダメージは大きいものとなる。蓄積されたダメージは、やがて試料99そのものを破壊し得るので、このように優しい走査を実現することで、第2方向走査によって蓄積されなかったダメージの分だけ、第1方向走査自体をさらに高速化することも可能である。
【0062】
ここで、
図8の下段に示すのこぎり波様の関数は、走査の高速化の観点では理想的な関数であるといえる。しかしながら、こののこぎり波様関数には、第1方向走査と第2方向走査とが切り替わる折り返し位置において、高周波成分が多く含まれており、このまま走査の制御に用いた場合には、装置構成によって振動が生じる可能性がある。
【0063】
そこで、本実施の形態では、こののこぎり波様関数に基づいて、高周波成分を除去することで振動の発生を抑制する。
【0064】
こののこぎり波様関数は、X軸方向上の探針12及び試料99の相対位置であって、第1方向走査が開始される目標の位置関係(つまり、高周波成分を許容した場合の位置関係)における相対位置を第1基準点とし、第1方向走査が終了する目標の位置関係における相対位置を第2基準点とし、1周期に対する第1方向走査に要する時間の比である分割比をαとしたとき、探針12及び試料99のX軸方向上の相対位置の、第1基準点に対する相対的な時間領域における変化量を、第m周期の(時間,変化量)=((m-1)T,第1基準点)、(時間,変化量)=((m-1)T+αT,第2基準点)、及び、第(m+1)周期の(時間,変化量)=(mT,第1基準点)を順次直線的に結んでなされている。上記ののこぎり波様関数は、次式(1)によって表すことができる。
【0065】
【0066】
また、式(1)をフーリエ級数として表現した場合、式(2)のように変形できる。
【0067】
【0068】
上記式(2)のフーリエ級数のうち、例えば、はじめの9項を残して、第10項以降の高次項を0とみなすことで近似すれば、高周波成分を除去することができる。この結果、得られる周期関数の一部を
図9に示す。
図9は、実施の形態における原子間力顕微鏡での走査に用いられるX軸方向の変位を示す第1グラフである。なお、
図9では、のこぎり波様関数の1周期に対応する部分のグラフが示されている。また、
図9の(a)は、α=0.8での結果を、
図9の(b)は、α=0.9での結果を、
図9の(c)は、α=0.95での結果をそれぞれ示している。
図9の(a)及び
図9の(b)に示すようにα=0.9までの範囲であれば、のこぎり波様関数に近い良好な近似関数が得られた。一方でα=0.95の結果では、X軸方向における振動が発生していることから適切とはいえない。ただし、フーリエ級数のうち、より高次の項までを含めることでこれは改善され得るが、この場合、原子間力顕微鏡10の装置構成側に高周波成分による振動を抑制する工夫が要求される。
【0069】
以下、
図9の(a)に示す、フーリエ級数のはじめの9項までを用いて、α=0.8としたときに得られる近似関数を用いて説明を続ける。
図9の(a)をより詳細にみると、最大値及び最小値の頂点位置が若干ずれていることがわかる。これを修正するため、本実施の形態における原子間力顕微鏡10では、上記の高周波成分の除去処理の結果得られた関数をさらに変化量軸方向及び時間軸方向に拡張する処理を行っている。
【0070】
具体的には、高周波成分の除去処理の結果得られた関数Xa(t)の昇り勾配領域(0≦t<αT)を以下の式(3)によってX1(t)に変換する。
【0071】
【0072】
なお、上記式(3)中のH(x)は、ヘビサイド階段関数を示している。また、上記式(3)中のu1(t)は、以下の式(4)の通りである。
【0073】
【0074】
また、高周波成分の除去処理の結果得られた関数Xa(t)の下り勾配領域(αT≦t<T)を以下の式(5)によってX2(t)に変換する。
【0075】
【0076】
なお、上記式(5)中のu2(t)は、以下の式(6)の通りである。
【0077】
【0078】
この処理の結果、算出される近似関数では、処理前の関数における第m周期の変化量が最大となる点が((m-1)T+αT,第2基準点)に一致され、処理前の関数における第m周期の変化量が最小となる点を((m-1)T,第1基準点)に一致されている。以上の処理により得られた近似関数を
図10に示す。
図10は、実施の形態における原子間力顕微鏡での走査に用いられるX軸方向の変位を示す第2グラフである。
図10に示すように、
図9の(a)にみられた最大値及び最小値の頂点位置のずれが無くなっている。
【0079】
図10に示すグラフのようにして、原子間力顕微鏡10を制御した場合の一例を
図11A及び
図11Bに示す。
図11Aは、実施の形態における原子間力顕微鏡のX軸方向の走査でのX軸駆動信号及びX駆動部の変位を示す第1図である。
図11Aでは、上段にX軸方向の走査のために出力されたX軸駆動信号が示されている。また、
図11Aでは、下段にX駆動部17aの駆動量に相当する変位の量が示されている。
【0080】
図11Aに示すように、ここでは、約10kHzでX軸方向の走査が行われている。例えば、1kHz程度のX軸方向の走査であれば、上記の処理のみで良好な結果が得られる(不図示)が、
図11Aに示すように、10kHzもの周波数でX軸方向の走査を行う場合、上記の処理のみでは、不要な振動を発生してしまう場合がある。これは、X駆動部の機械的共振が励起されたことが推定される。そこで、本実施の形態における原子間力顕微鏡では、さらに、このような振動も抑制するように、関数の調整を行っている。X駆動部17aの色々な周波数で駆動したときの変移(周波数特性)は、伝達関数として表現することができる。本実施の形態では、任意の伝達関数に対して、逆伝達関数を自動的に生成して、本来のX駆動部17aの変位を得るために、出力すべき信号を逆算する「逆伝達補償法」を適用することで、X軸駆動信号出力の調整を行っている。
【0081】
図11Bは、実施の形態における原子間力顕微鏡のX軸方向の走査でのX軸駆動信号及びX駆動部の変位を示す第2図である。
図11Bでは、上段にX軸方向の走査のために「逆伝達補償法」を適用して出力されたX軸駆動信号が示されている。また、
図11Bでは、下段に、「逆伝達補償法」を適用した場合のX駆動部17aの駆動量に相当する変位の量が示されている。
図11Bに示すように、「逆伝達補償法」を適用することで、X駆動部17aの駆動は、目的とする振動のグラフに近づき、一方でこの駆動のために出力されたX軸駆動信号は、
図11Aに比べて変化している。
【0082】
このようにして、本実施の形態における原子間力顕微鏡10では、種々の工夫を適用して、生体材料などを含む広い用途の試料99を計測可能である。
【0083】
[変形例]
上記の実施の形態では、のこぎり波様関数の還り走査部分において、直線的な関数を想定したが、還り走査部分の波形には、さらに様々な関数の可能性があり得る。すなわち、往き走査終了点と往き走査開始点とをつなぐ線は、直線でなくても構わない。例えば、このような区間に、コサイン波の1/2波形を適用して、往き走査終了点と往き走査開始点とをつないでもよい。この場合の走査波形は、以下の式(7)で表される。
【0084】
【0085】
また、式(7)をフーリエ級数として表現した場合、式(8)のように変形できる。
【0086】
【0087】
なお、上記式(8)中のAn及びBnは、それぞれ、以下の式(9)及び式(10)の通りである。
【0088】
【0089】
【0090】
この結果、得られる周期関数の一部を
図16に示す。
図16は、実施の形態の変形例における原子間力顕微鏡での走査に用いられるX軸方向の変位を示すグラフである。なお、
図16では、のこぎり波様関数の1周期に対応する部分のグラフが示されている。また、
図16の(a)は、α=0.8での結果を、
図16の(b)は、α=0.87での結果をそれぞれ示している。
図16の(a)及び
図16の(b)に示すようにα=0.87までの範囲であれば、のこぎり波様関数に近い良好な近似関数が得られた。図中に示すように、コサイン波の1/2波形を適用したのこぎり波様関数を用いれば、頂点位置のシフトが生じず、この補正のための計算を行う必要がない。この他、往き走査終了点と往き走査開始点とを滑らかにつなぐあらゆる関数を適用して、のこぎり波様関数を構成してもよい。
【0091】
[実施例]
以下、上記に構成された原子間力顕微鏡10による計測結果の一例について、
図12A~
図13Bを用いて説明する。
図12Aは、実施例に係るアクチンフィラメントの計測結果を示す第1図である。また、
図12Bは、比較例に係るアクチンフィラメントの計測結果を示す図である。また、
図12Cは、実施の形態に係るイメージング速度とアクチンフィラメントの残存率との関係を示すグラフである。
【0092】
図12A及び
図12Bに示す例では、試料99としてアクチンフィラメントを用いて計測を行っている。アクチンフィラメントは、主走査線方向における段差が急激になるために、より計測によるダメージの大きい主走査方向に交差するようにして(Y軸方向に沿って)配置されている。
図12Aでは(a)に0.00秒経過時点のアクチンフィラメント像を、(b)に3.36秒経過時点のアクチンフィラメント像を、(c)に6.72秒経過時点のアクチンフィラメント像を、(d)に10.08秒経過時点のアクチンフィラメント像をそれぞれ示している。また、
図12Bでは(a)に0.00秒経過時点のアクチンフィラメント像を、(b)に0.64秒経過時点のアクチンフィラメント像を、(c)に0.96秒経過時点のアクチンフィラメント像を、(d)に1.60秒経過時点のアクチンフィラメント像をそれぞれ示している。
【0093】
図12Aに示すように、実施例に係る計測結果によれば、10.08秒経過時点においても良好にフィラメント構造を維持していることが示された。一方で、
図12Bに示すように、比較例に係る計測結果によれば、1秒足らずの時点において大きくフィラメント構造が破壊され、1.60秒経過時点においては、ほとんどの構造が残らないことが示された。
【0094】
また、
図12Cでは、実施例に係るアクチンフィラメントの計測を30回行ったうちの破壊されていないアクチンフィラメントの比率を、イメージング速度を変えて複数回施行し、結果を丸印のプロットとして示している。また、
図12Cでは、比較例に係るアクチンフィラメントの計測を30回行ったうちの破壊されていない回数の比率を、イメージング速度を変えて複数回施行し、結果を三角のプロットとして示している。
【0095】
実施例に係る計測では、アクチンフィラメントの残存率が、高いイメージング速度においても維持されていることがわかった。
【0096】
これらの結果から、上記の実施の形態における原子間力顕微鏡10の有用性が示された。
【0097】
また、
図13Aは、実施例に係るアクチンフィラメントの計測結果を示す第2図である。
図13Aでは、上記
図12Aと同様に、アクチンフィラメントの配置の方向のみを、よりダメージの少ないX軸方向に沿うように変えて計測を行った結果を示している。
図13Aでは(a)に0.00秒経過時点のアクチンフィラメント像を、(b)に0.03秒経過時点のアクチンフィラメント像を、(c)に0.07秒経過時点のアクチンフィラメント像を、(d)に10.03秒経過時点のアクチンフィラメント像をそれぞれ示している。
【0098】
図13Aに示す計測例では、アクチンフィラメントを破壊することなく、高速に計測できることが示された。ここでは、アクチンフィラメントの計測を25fpsで行うことができることが示された。
【0099】
また、
図13Bは、実施例に係る微小管の計測結果を示す図である。
図13Bでは、上記
図13Aと同様に、微小管をX軸方向に沿うように配置して計測を行った結果を示している。
図13Bでは(a)に0.00秒経過時点の微小管像を、(b)に0.04秒経過時点の微小管像を、(c)に0.08秒経過時点の微小管像を、(d)に10.00秒経過時点の微小管像をそれぞれ示している。
【0100】
図13Bに示す計測例では、微小管を破壊することなく、高速に計測できることが示された。ここでは、微小管の計測を30fpsで行うことができることが示された。
【0101】
第2方向走査における走査時間を短くしたのこぎり波様関数でのX軸方向の走査の採用により従来よりも1.6倍の高速化が実現された。また、さらに、上記の走査により探針12と試料99との接触による試料99への影響を大幅に低減することができ、全体として脆弱な試料に対しては、従来に比べて2.5倍程度の高速化が実現された。原子間力顕微鏡のハードウェア面での高速化が難しい状況にあって、PC15による制御の僅かな改変だけで2.5倍もの高速化が実現できることから、本発明の有用性が確認できる。なお、本発明は、Amplitude Modulation(AM)モード、Frequency Modulation(FM)モード、Phase Modulation(PM)モード、及び、Force-distance(FD)-basedモードに加え、カンチレバーを振動させないDC(コンタクト)モードなど、あらゆる原子間力顕微鏡での適用が可能である。
【0102】
[効果など]
以上説明したように、本実施の形態における原子間力顕微鏡10は、長尺状のレバー21であって、長手方向における一端側がレバー21の支持に用いられる固定端であり、長手方向における他端側が自由端であるレバー21を含み、自由端側に、レバー21から長手方向に交差する下方に向けて突出する探針12が設けられたカンチレバー11と、カンチレバー11の下方に配置され、カンチレバー11に対向させて試料99を保持する試料保持部18と、カンチレバー11及び試料保持部18の少なくとも一方を駆動して試料99を探針12に対して相対移動させる駆動部17と、駆動部17を制御することにより、長手方向の線分をカンチレバー11から探針12が突出する方向に交差する仮想面に射影した場合に射影像が延びる方向である所定方向(X軸方向)を主走査方向として、仮想面内において試料99の表面を探針12に走査させる制御部(例えば、PC15)と、を備え、制御部は、試料99が一端側から他端側に向かって相対移動する第1方向走査において、試料99と探針12とを第1距離に近接させて第1速度で相対移動する第1モードで走査させ、試料99が他端側から一端側に向かって相対移動する第2方向走査において、試料99と探針12とを第1距離よりも遠い第2距離に遠ざけ、かつ、第1速度よりも速い第2速度で相対移動する第2モードで走査させる。
【0103】
このような原子間力顕微鏡10は、比較的試料99へのダメージの大きい第2方向走査において、探針12と試料99とを第2距離に離間させることで、これらの接触を抑制し、試料に対するダメージを縮小することができる。この結果、第2方向走査によって付与されなくなったダメージに相当する分だけ、第1方向走査において、試料99に付与されるダメージの許容値を拡大できる。すなわち、第1方向走査において、相対移動速度を上昇させても、試料99が計測に堪える範囲内のダメージにとどめることが可能となる。つまり、この制御構成によって、第1方向走査での相対移動速度を上昇させることができる。また一方で、従来の計測においては、ダメージが大きいために計測不能であった種別の試料99に対しても計測を行うことが可能となる。
【0104】
また、第2方向走査において、試料99に探針12が接触しないため、第2方向走査での相対移動速度も上昇させることが可能となる。すなわち、試料99に探針12が接触していないので、原子間力顕微鏡10の装置限界まで相対移動速度を上昇させても、探針12との接触による試料99に付与されるダメージがなくなる。以上のように、試料99と探針12との相対移動速度の改善によって、従来の計測ではとらえられなかった速度での試料99の計測が可能となる。また、試料99に対して付与されるダメージが縮小されることにより、従来の計測では付与されるダメージに堪えられず計測できなかった試料99の計測が可能となる。よって、より多様な用途の計測に適用可能な原子間力顕微鏡が実現される。
【0105】
また、例えば、制御部は、第1方向走査の際に、探針12の仮想面と交差する方向(Z軸方向)への変位に対応する電気信号を取得し、取得した電気信号と、所定の基準信号との差分に基づいて探針12と試料99の表面との距離を第1距離に維持されせ、第2方向走査の際に、取得された電気信号に対してオフセット信号を加算することで、所定の基準信号との差分の数値を変化させて探針12と試料99の表面との距離を第2距離に維持させてもよい。
【0106】
これによれば、第2方向走査の際に、オフセット信号を加算するのみで、より多様な用途の計測に適用可能な原子間力顕微鏡が実現できる。場合により、従来の原子間力顕微鏡に対してハードウェア上の改変を行うことなく、制御系における各出力値を調整するのみで上記の効果を奏し得る原子間力顕微鏡10を実現することができる。よって、原子間力顕微鏡10を容易に構成できる。
【0107】
また、例えば、制御部は、第1方向走査と第2方向走査とが切り替わる折り返し位置における、探針12及び試料99の相対位置の振動の発生を抑制するための軌道に沿って、試料99を探針12に対して相対移動させてもよい。
【0108】
これによれば、場合によって発生し得る折り返し位置における、探針12及び試料99の相対位置の振動の発生を抑制することができる。振動によって計測に不具合が生じることを抑制できるので、より多様な用途の計測に適用可能な原子間力顕微鏡が実現される。
【0109】
また、例えば、制御部は、所定方向上の探針12及び試料99の相対位置であって、第1方向走査が開始される目標の位置関係における相対位置を第1基準点とし、所定方向上の探針12及び試料99の相対位置であって、第1方向走査が終了する目標の位置関係における相対位置を第2基準点とし、1周期に対する第1方向走査に要する時間の比である分割比をαとしたとき、探針12及び試料99の所定方向上の相対位置の、第1基準点に対する相対的な時間領域における変化量を、第m周期の(時間,変化量)=((m-1)T,第1基準点)、(時間,変化量)=((m-1)T+αT,第2基準点)、及び、第(m+1)周期の(時間,変化量)=(mT,第1基準点)を順次直線的に結ぶ、Tを周期とするのこぎり波様関数に基づいて、のこぎり波様関数をフーリエ級数展開したときの所定の次数より大きい高次項を0とみなすことで算出される近似関数によって表される軌道に沿って、試料99を探針12に対して相対移動させてもよい。
【0110】
これによれば、振動の発生を無視した場合ののこぎり波様関数をフーリエ級数展開した場合の所定の次数より大きい高次項を0とみなすことで、のこぎり波様関数に含まれる高周波成分を除去して折り返し位置における、探針12及び試料99の相対位置の振動の発生を抑制することができる。振動によって計測に不具合が生じることを抑制できるので、より多様な用途の計測に適用可能な原子間力顕微鏡が実現される。
【0111】
また、例えば、制御部は、所定方向上の探針12及び試料99の相対位置であって、第1方向走査が開始される目標の位置関係における相対位置を第1基準点とし、所定方向上の探針12及び試料99の相対位置であって、第1方向走査が終了する目標の位置関係における相対位置を第2基準点とし、1周期に対する第1方向走査に要する時間の比である分割比をαとしたとき、探針12及び試料99の所定方向上の相対位置の、第1基準点に対する相対的な時間領域における変化量を、第m周期の(時間,変化量)=((m-1)T,第1基準点)、及び、(時間,変化量)=((m-1)T+αT,第2基準点)を直線的に、第m周期の(時間,変化量)=((m-1)T+αT,第2基準点)、及び、第(m+1)周期の(時間,変化量)=(mT,第1基準点)をコサイン波の1/2波形により順次結ぶ、Tを周期とするのこぎり波様関数に基づいて、のこぎり波様関数をフーリエ級数展開したときの所定の次数より大きい高次項を0とみなすことで算出される近似関数によって表される軌道に沿って、試料99を探針12に対して相対移動させてもよい。
【0112】
これによれば、振動の発生を無視した場合ののこぎり波様関数をフーリエ級数展開した場合の所定の次数より大きい高次項を0とみなすことで、のこぎり波様関数に含まれる高周波成分を除去して折り返し位置における、探針12及び試料99の相対位置の振動の発生を抑制することができる。振動によって計測に不具合が生じることを抑制できるので、より多様な用途の計測に適用可能な原子間力顕微鏡が実現される。特に、こののこぎり波様関数では、折り返し位置でのX軸方向における変化量軸及び時間軸におけるずれが発生しないため、このようなずれの調整といった追加の処理をせずともより適切な探針12の走査が可能となるので、簡易なシステム構成によって、より多様な用途の計測に適用可能な原子間力顕微鏡が実現される。
【0113】
また、例えば、制御部は、のこぎり波様関数をフーリエ級数展開した場合の所定の次数より大きい高次項を0とみなした関数を算出し、算出された関数における第m周期の変化量が最大となる点を((m-1)T+αT,第2基準点)に一致させ、算出された関数における第m周期の変化量が最小となる点を((m-1)T,第1基準点)に一致させるように、変化量軸方向及び時間軸方向に関数を拡張することで算出される近似関数によって表される起動に沿って、試料99を探針12に対して相対移動させてもよい。
【0114】
これによれば、フーリエ級数展開した場合の所定の次数より大きい高次項を0とみなすことで算出された関数において、折り返し位置のX軸方向における変化量軸及び時間軸におけるずれが調整される。よって、より多様な用途の計測に適用可能な原子間力顕微鏡が実現される。
【0115】
また、例えば、所定の次数は、9であり、分割比は、α=0.8であってもよい。
【0116】
これによれば、所定の次数として9を、分割比としてα=0.8をそれぞれ用いて、原子間力顕微鏡10を構成できる。振動の発生を抑制しつつ、走査における試料99と探針12との相対移動を高速化できるので、より多様な用途の計測に適用可能な原子間力顕微鏡が実現される。
【0117】
また、本実施の形態における制御方法は、長尺状のレバー21であって、長手方向における一端側がレバー21の支持に用いられる固定端であり、長手方向における他端側が自由端であるレバー21を含み、自由端側に、レバー21から長手方向に交差する下方に向けて突出する探針12が設けられたカンチレバー11と、カンチレバー11の下方に配置され、カンチレバー11に対向させて試料99を保持する試料保持部18と、カンチレバー11及び試料保持部18を駆動して試料99を探針12に対して相対移動させる駆動部17と、駆動部17を制御することにより、長手方向の線分をカンチレバー11から探針12が突出する方向に交差する仮想面に射影した場合に射影像が延びる方向である所定方向(X軸方向)を主走査方向として、仮想面内において試料99の表面を探針12に走査させる制御部(例えば、PC15)、を有する原子間力顕微鏡10の制御方法であって、試料99が一端側から他端側に向かって相対移動する第1方向走査において、試料99と探針12とを第1距離に近接させて第1速度での相対移動によって走査させ、試料99が他端側から一端側に向かって相対移動する第2方向走査において、試料99と探針12とを第1距離よりも遠い第2距離に遠ざけ、かつ、第1速度よりも速い第2速度での相対移動によって走査させる。
【0118】
これによれば、上記の原子間力顕微鏡10と同様の効果を奏することができる。
【0119】
また、本実施の形態におけるプログラムは、上記に記載の制御方法をコンピュータに実行させるためのプログラムである。
【0120】
これによれば、上記の制御方法の効果を、コンピュータを用いて実現できる。
【0121】
(その他の実施の形態)
以上、本発明について、実施の形態に基づいて説明したが、本発明は、上記の実施の形態に限定されるものではない。
【0122】
例えば、上記の実施の形態に係る原子間力顕微鏡は、専用の装置として実現されてもよいし、複数の装置として実現されてもよい。
【0123】
また、上記の実施の形態に係る各構成要素間の通信は、有線又は無線で行われ、その通信方式にも特に限定はなく、あらゆる通信方式が採用される。
【0124】
また、上記の実施の形態に係る制御部などは典型的には、集積回路であるLSIとして実現される。これらのLSIは、1チップ化されてもよいし、一部又は全てを含むように1チップ化されてもよい。
【0125】
また、集積回路化は、LSIに限るものではなく、専用回路又は汎用プロセッサで実現してもよい。LSI製造後にプログラムすることが可能なFPGA(Field Programmable Gate Array)、又は、LSI内部の回路セルの接続や設定を再構成可能なリコンフィギュラブル・プロセッサを利用してもよい。
【0126】
なお、上記の実施の形態において、各構成要素は、専用のハードウェアで構成されるか、各構成要素に適したソフトウェアプログラムを実行することによって実現されてもよい。各構成要素は、CPU又はプロセッサなどのプログラム実行部が、ハードディスク又は半導体メモリなどの記録媒体に記録されたソフトウェアプログラムを読み出して実行することによって実現されてもよい。
【0127】
また、上記で用いた数値等は、すべて本発明を具体的に説明するために例示するものであり、本発明の実施の形態は例示された数値に制限されない。
【0128】
また、ブロック図における機能ブロックの分割は一例であり、複数の機能を一つの機能ブロックとして実現したり、一つの機能を複数の機能ブロックに分割したり、一部の機能を他の機能ブロックに移してもよい。また、類似する機能を有する複数の機能ブロックの機能を単一のハードウェア又はソフトウェアが並列又は時分割に処理してもよい。
【0129】
また、フローチャートにおける各ステップが実行される順序は、本発明を具体的に説明するために例示するためであり、上記以外の順序であってもよい。また、上記ステップの一部が、他のステップと同時(並列)に実行されてもよい。
【0130】
その他、上記の実施の形態に対して当業者が思いつく各種変形を施して得られる形態、及び、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で上記の実施の形態における構成要素及び機能を任意に組み合わせることで実現される形態も本発明に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0131】
本発明は、より多様な用途の原子間力顕微鏡に利用可能である。
【符号の説明】
【0132】
10 原子間力顕微鏡
11 カンチレバー
12 探針
13 変位計測部
13a LD
13b PD
13c プリアンプ
14 フィードバック制御部
15 PC
16 XY駆動制御部
17 駆動部
17a X駆動部
17b Y駆動部
17c Z駆動部
18 試料保持部
21 レバー
99 試料