(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-22
(45)【発行日】2024-05-01
(54)【発明の名称】S-ケタミンを投与するためのイオン泳動組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/135 20060101AFI20240423BHJP
A61P 25/24 20060101ALI20240423BHJP
A61P 25/04 20060101ALI20240423BHJP
A61P 29/02 20060101ALI20240423BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20240423BHJP
A61K 47/38 20060101ALI20240423BHJP
A61K 47/02 20060101ALI20240423BHJP
A61K 47/12 20060101ALI20240423BHJP
【FI】
A61K31/135
A61P25/24
A61P25/04
A61P29/02
A61K9/08
A61K47/38
A61K47/02
A61K47/12
(21)【出願番号】P 2022553040
(86)(22)【出願日】2021-03-08
(86)【国際出願番号】 EP2021055734
(87)【国際公開番号】W WO2021176100
(87)【国際公開日】2021-09-10
【審査請求日】2022-12-28
(31)【優先権主張番号】102020106115.3
(32)【優先日】2020-03-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】300005035
【氏名又は名称】エルテーエス ローマン テラピー-ジステーメ アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】100127926
【氏名又は名称】結田 純次
(74)【代理人】
【識別番号】100140132
【氏名又は名称】竹林 則幸
(72)【発明者】
【氏名】ミヒャエル・リン
(72)【発明者】
【氏名】クリストフ・シュミッツ
【審査官】三上 晶子
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-534417(JP,A)
【文献】特開2012-158538(JP,A)
【文献】国際公開第2019/121297(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/121293(WO,A1)
【文献】特表2011-524389(JP,A)
【文献】特開2001-070459(JP,A)
【文献】特開2003-201254(JP,A)
【文献】J.H. Vranken et al.,Iontophoretic administration of S(+)-ketamine in patients with intractable central pain: A placebo-controlled trial,Pain,Elsevier,2005年,vol.118,224-231
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00- 33/44
A61P 1/00- 43/00
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00- 47/69
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン泳動組成物であって、
(i)ケタミン塩と、
(ii)少なくとも500mPasの粘度(20℃で)をもたらす量の増粘剤と、
(iii)水と
を
含み、ケタミン塩によるものではないイオン強度を、約0.1から約1.5mol/lの範囲で有することを特徴とする、前記イオン泳動組成物。
【請求項2】
前記ケタミン塩は、S-ケタミン塩として存
在することを特徴とする、請求項1に記載のイオン泳動組成物。
【請求項3】
プロント化したケタミンによるものではないカチオンを、約0.05から約1.5mol/
lの範囲の濃度で含有し
、および/または、ケタミン塩によるものではないイオンに基づいたイオン強度を
、約0.1から1.0mol/
lの範囲で有することを特徴とする、請求項1または2に記載のイオン泳動組成物。
【請求項4】
中性増粘剤
、および薬学的に許容される
塩を含有することを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載のイオン泳動組成物。
【請求項5】
カチオン性増粘剤を含有することを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載のイオン泳動組成物。
【請求項6】
薬学的に許容されるカルボン
酸を含有することを特徴とする、請求項5に記載のイオン泳動組成物。
【請求項7】
モノカルボン
酸を含有することを特徴とする、請求項5または6に記載のイオン泳動組成物。
【請求項8】
少なくとも60wt.
%の水を含有することを特徴とする、請求項1~7のいずれか1項に記載のイオン泳動組成物。
【請求項9】
少なくとも5mS/c
mの範囲の電気伝導度、および/または3.5から7.
0の範囲のpH値を有することを特徴とする、請求項1~8のいずれか1項に記載のイオン泳動組成物。
【請求項10】
600から2500mPa
sの粘度(20℃で、プレート/コーン 35mm 1°、ギャップ0.05、せん断速度92.11/秒、測定時間60秒で測定した)を有することを特徴とする、請求項1~9のいずれか1項に記載のイオン泳動組成物。
【請求項11】
うつ病または疼痛の治療に使用するための、請求項1~10のいずれか1項に記載のイオン泳動組成物。
【請求項12】
患者にケタミン塩を経皮投与するための方法で使用するための、請求項1~10のいずれか1項に記載のイオン泳動組成物。
【請求項13】
キットであって、イオン導入装置および請求項1~10のいずれか1項に記載のイオン泳動組成物を含む前記キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、S-ケタミンを経皮的に投与するための組成物および装置に関する。特に、本発明は、疼痛またはうつ病の治療のためのS-ケタミンのイオン泳動投与のための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
他の投与経路と比べると、経皮投与には多くの利点があるので、皮膚を通しての薬物の投与のための様々な方法および装置が開発されている。
【0003】
代表的な投与経路は、受動的な経皮システム(例えば経皮治療システム(TTS))を使用する投与経路であり、この受動的な経皮システムは、拡散過程によって規定された速度で皮膚を通して活性物質を送達する。特定の種類の原薬の場合、これは、相対的に非効率的な薬物送達という難題をもたらす。特に、イオン化薬物は、受動的な経路では、治療効果のある速度で、皮膚を通して輸送することができない場合が多い。
【0004】
従来のTTSと対照的に、イオントフォレーシスは、活性物質のための有効な送達システムである。イオントフォレーシスの作動原理は、電界が皮膚上に設置された2つの電極の間で発生することに基づいている。活性物質の装填量に応じて、活性物質は、2つ電極の内の1つの領域内のリザーバー中に存在し、リザーバーにより近い電極によって反発され、遠くの電極によって引き寄せられる。この電極に達するために、活性物質は皮膚バリアーを通り抜けなければならず、その結果、体によって吸収される。しかし、この過程は、電界が存在する場合に限り発生する。
【0005】
イオントフォレーシスは、必ずしもイオン化官能基を有する医薬活性物質とともに使用される必要はなく、例えば、活性物質が電解質含有溶液中に同伴されることも可能である。しかし、イオン泳動投与にとって最も好適なのは、電界内でバリア(例えば皮膚)を直接横断して移動する電荷を帯びた活性物質である。
【0006】
イオントフォレーシスの方法は、初め、非特許文献1によって記載され、さらに以前に特許文献1および特許文献2に記載された。それ以降、イオントフォレーシスによって、ピロカルピン、リドカイン、デキサメタゾン、リドカインおよびフェンタニルなどのイオン的に帯電した治療薬物の送達における商業的な応用が見出された。
【0007】
上述のTTSによる拡散制御経皮送達とは異なり、イオントフォレーシスでは、装置の皮膚接触面積および装置内の活性物質の濃度は、どの程度まで活性物質が皮膚を通して流れるかという点では、さほど重要ではない。その代わりに、活性物質の送達は、活性物質を皮膚の中に押し込むために使用する印加電流によるところが大きい。
【0008】
代表的なイオン泳動薬物送達システムは、患者の皮膚の異なる、好ましくは隣接する領域に粘着されるべき陽極および陰極を含む電解電気システムを含み、各電極は導線によって遠隔電源に接続される。一般に、これは、マイクロプロセッサによって制御される電気機器である。薄型の設計を有するシステムを含むこのような装置は、例えば、特許文献3または特許文献4に記載される。さらに開発されたシステムも、当業者には基本的に公知である。また、リドカインおよびフェンタニルのためのイオン泳動経皮システムは、米国で承認されている。
【0009】
しかし、多くの薬物にとって、イオン泳動投与の1つの難題は、十分な活性物質を、特定の活性物質の「治療濃度域」に達する投与条件のもと、皮膚を通して送達しなければならないことである。この目的のために、システムに使用される電流密度(=電流/接触面積)に適切な制限を加え、電流密度は、皮膚への刺激およびやけどが生じ得る特定のレベルを超えてはならない。これは、このような投与システムの承認に強く影響を及ぼすと思われる。
【0010】
S-ケタミンによるうつ病または疼痛の治療のために、鼻腔用スプレーおよび点滴が現在使用されており、これらは血漿中への薬物の急速な取り込みを有する。しかし、これは副作用に関連し;また、さらに薬物動態を制御することは困難である。経口薄膜(OTF)が、S-ケタミンの別の代替適用形態として提案されてきた。しかし、このようなシステムであっても、十分満足のいく薬物動態を実現することは、まだ可能ではなかった。
【0011】
ケタミンのイオン泳動投与は、非特許文献2に記載されたが、従来の注射液のみが投与に使用された。この論文で行われた研究において、疼痛スコアにおける改善は認められなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】米国特許222276
【文献】米国特許486902
【文献】US5,685,837
【文献】US6,745,071
【非特許文献】
【0013】
【文献】LeDuc、1908年
【文献】Vrankenら、Pain、2005年(11)、224~231頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
こうした背景のもと、望ましくない副作用の最大限の可能性のある抑制を有する、最も好適な可能性のある薬物動態を実現することができるS-ケタミンの投与システムが必要とされている。本発明は、この必要性に対処する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記によれば、投与システム、よりことのほか、疼痛またはうつ病の治療のための有効用量を与えることができ、副作用の十分な抑制とともに満足のいく薬物動態が実現されるS-ケタミンのイオン泳動投与システムを提供することが、本発明の目的であった。
【発明を実施するための形態】
【0016】
したがって、第1の態様では、本発明は、
(i)ケタミン塩と、
(ii)少なくとも500mPasの粘度(20℃で)をもたらす量の増粘剤と、
(iii)水と
を含有するイオン泳動組成物に関する。
【0017】
特定の最低粘度とするための増粘剤の使用は、疼痛および/またはうつ病を治療するための有効量が投与できるような、イオン泳動過程の有効性を改善することができる所望のイオン強度を確立する助けとなる。
【0018】
活性物質のケタミンは、本発明によるイオン泳動組成物中に、塩として、および好ましくは、「S-ケタミン」の塩(下記参照)として存在し、その中のアミン窒素原子がプロトン化される。
【化1】
【0019】
このような塩に好適なアニオンには、クロリド、臭化物、ヨウ化物、硫酸塩、リン酸塩、乳酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩、サリチル酸塩、コハク酸塩、マレイン酸塩、グルコン酸塩、メシル酸塩、ラウリン酸塩、ドデシレート(dodecylate)、ミリスチン酸塩、パルミチン酸塩、ステアリン酸塩、ココノエート(coconoate)、ベヘン酸塩(behinate)、オレイン酸塩、リノール酸塩、リノレン酸塩、エイコサペンタエン酸塩、エイコサヘキサエン酸塩、ドコサペンタエン酸塩、ドコサヘキサエン酸塩、エイコサノイドなどが含まれる。塩化物塩が最も好ましい。
【0020】
ケタミンの含有量は、好都合には、2時間~12時間または4時間~8時間など、相対的に長時間投与することができるようなケタミンの有効量であるべきである。このために、十分な量の活性物質を組成物中に溶解しなければならず、したがってケタミンの濃度は低く設定しすぎてはならない。一方、ケタミン塩は、イオン泳動組成物中には、いかなる量でも溶解することはできない。ケタミン塩の濃度は、組成物の総重量に対して、1から10wt.%、好ましくは1.7から8wt.%、および非常にとりわけ好ましくは2.5から6wt.%の範囲が特に有用であることが見出された。
【0021】
イオン泳動組成物について、組成物がケタミンに加えてさらに塩などのイオン的に存在する成分を含有する場合、投与の達成可能な有効性という点で、有利であることが見出された。特に、本発明によるイオン泳動組成物は、プロント化したケタミンによるものではないカチオンを、約0.05から約1.5mol/l、特に約0.1から1.0mol/l、さらに好ましくは約0.12から約0.8mol/l、およびさらにより好ましくは約0.15から0.7mol/lの範囲の濃度で含有することが好ましい。カチオンは、ここでは、溶解した薬学的に許容される有機塩もしくは無機塩(例えば塩化ナトリウム)でもよく、または対応する基を有する組成物中の増粘剤もしくは他の添加剤のプロトン化もしくは脱プロトン化によって得られてもよい。
【0022】
代替的にまたは追加的に、本発明によるイオン泳動組成物は、ケタミン塩によるものではないイオンのイオン強度を、約0.05から約1.5mol/l、特に約0.1から1.0mol/l、さらに好ましくは約0.12から約0.8mol/l、およびさらにより好ましくは約0.15から0.7mol/lの範囲で有することが好ましい。
【0023】
本発明の目的に適した増粘剤は、例えば、多糖に基づく増粘剤などの中性増粘剤である。「中性」という用語は、増粘剤はイオン基を有さないという事実を指す。特に適した中性増粘剤は、例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HMPC)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)またはヒドロキシエチルセルロース(HEC)などのセルロース誘導体である。
【0024】
中性増粘剤を使用する場合には、適したイオン強度を得るために、薬学的に許容される塩を、イオン泳動組成物中に追加的に組み込むことが好都合である。例えば、アルカリ塩またはアルカリ土類金属塩および特にアルカリ金属塩、好都合には、アルカリ金属塩化物の形態は、薬学的に許容される塩として特に好ましい。塩化ナトリウムは、薬学的に許容される塩としてより特に好ましい。
【0025】
組み込まれる薬学的に許容される塩の割合は、好都合には、皮膚がよく耐えられる範囲とすべきであるが、他方では、可能であれば、塩と活性物質との競合を耐えられるレベルに制限するように、高すぎるべきではない。塩は、好ましくは少なくとも75mmol、さらに好ましくは少なくとも100mmol、およびさらにより好ましくは少なくとも130mmolの濃度で存在する。追加的にまたは代替的に、本発明によるイオン泳動組成物は、可能であれば、500mmol以下、好ましくは300mmol以下、およびさらにより好ましくは200mmol以下の薬学的に許容される塩を含有するべきである。
【0026】
さらなるクラスの適した増粘剤は、特に、プロトン化したアミノ基を有する増粘剤(それらが使用される条件下で)などのカチオン性増粘剤である。正電荷はアミノ基に局在化し、増粘剤分子の大きさのために組成物中で固定されるか、または低減した可動性のみを有しているので、組成物がイオン泳動投与方法において使用される場合、皮膚または対電極へのこれらのカチオン性増粘剤の輸送は大いに防止される。したがって、イオン強度の低下を防止することができ、効率的な経皮吸収を確実にしながら、イオン泳動過程を相対的に長時間維持することができる。
【0027】
特に適したカチオン性増粘剤は、アミノ基を有する(メタ)アクリレートコポリマーであり、アミノ基は第一級アミノ基、第二級アミノ基、第三級アミノ基でもよい。(メタ)アクリレートコポリマーという用語は、ここでは、メタクリレートモノマー、アクリレートモノマー、ならびにアクリレートモノマーおよびメタクリレートモノマーの混合物から形成されるコポリマーを指す。ここで好ましい例は、アクリレートコポリマー、メタクリレートコポリマー、アルキル化アクリレートコポリマーおよびアルキル化メタクリレートコポリマーである。これらのコポリマーは、2つ以上のアミノ基を含有する。
【0028】
アルキル基は、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、またはブチルなどの(直鎖または分岐鎖)C1~C12のアルキル基から選択されることが好ましい。アルキル化コポリマーには、ヒドロキシル化アルキル基、好ましくはヒドロキシメチル、ヒドロキシエチル、またはヒドロキシプロピルなどのC1~C12のヒドロキシアルキル基も含まれる。
【0029】
アミノ基に関して、カチオン性増粘剤の成分としては、「ジメチルアミノメチル」部分が好ましく;そのような基は、例えば、ジメチルアミノエチルメタクリレート中に存在する。
【0030】
より特に好ましい増粘剤は、ブチル化メタクリレートおよび/またはメチル化メタクリレートならびにジメチルアミノエチルメタクリレートの形態のアミン基を含有する(メタ)アクリレートコポリマーである。これらの好ましいコポリマーには、European Pharmacopoeia(Ph.Eur.)に記載されている「塩基性ブチル化メタクリレートコポリマー」、USP/NFに記載されている「アミノメタクリレートコポリマー」、および「Japanese Pharmaceutical Excipients」に記載されている「アミノアルキルメタクリレートコポリマーE」が含まれる。このようなコポリマーは、例えば、Eudragit(登録商標)RL 100、Eudragit(登録商標)RL PQ、Eudragit(登録商標)RS 100、Eudragit(登録商標)RS PQまたはEudragit(登録商標)E 100として、Eudragit(登録商標)(Evonik Industriesから、以前はDegussa)の商標名で市販されている。Eudragit(登録商標)E 100は、ジメチルアミノエチルメタクリレート、ブチルメタクリレートおよびメチルメタクリレートに基づくカチオン性コポリマーであり、本発明による組成物で使用するアミン基含有(メタ)アクリレートコポリマーとして特に好ましい。このポリマーの平均分子量Mwは、約47,000g/molである。
【0031】
一般には、上記で定義したいかなるカチオン性増粘剤も、毒物学的に安全であり、医薬製中での使用に適しているおよび/または承認されていることを条件として、本発明によるイオン泳動組成物中で使用することが可能である。
【0032】
本発明によるイオン泳動組成物中の増粘剤の割合に関しては、その割合が所望の粘度の適した範囲にあるべきであるという条件で、本発明はいかなる関連する制限も受けない。増粘剤が中性増粘剤の場合には、0.5から5wt.%の範囲が、および特に1~3wt.%が適した含有量の例として示される。カチオン性増粘剤の場合、特にアミン基含有(メタ)アクリレートコポリマーの形態では、1つまたはそれ以上の増粘剤の割合は、組成物の総重量に対して、1から25wt.%、より好ましくは5から22wt.%、特に10から20wt.%の範囲にある。
【0033】
本発明によるイオン泳動組成物がプロトン化可能なアミノ基を有するカチオン性増粘剤を含有する場合には、イオン泳動組成物は、カルボン酸ならびに特にジカルボン酸および/またはモノカルボン酸を追加的に含有することがさらに好ましい。
【0034】
適したモノカルボン酸には、特に、最大30個までのC原子を有する脂肪族基を有する脂肪族モノカルボン酸が含まれ、酸は直鎖または分岐鎖、飽和または不飽和でもよい。好ましくは飽和C6~C14の脂肪族モノカルボン酸、および特に好ましくは飽和C12~C14の脂肪族モノカルボン酸が使用される。本発明によれば使用される脂肪族モノカルボン酸には、例えば、ヘキサン酸、デカン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、カプリル酸およびステアリン酸が含まれ;そのうちラウリン酸が好ましい。
【0035】
適したジカルボン酸は、2つのカルボン酸官能基で置換されている有機化合物であり、これらの化合物は直鎖、分岐鎖および環状化合物を含み;これらの化合物は飽和または不飽和でもよい。例えば、化合物は、C4~C10および特にC4~C8のジカルボン酸であり得る。このようなジカルボン酸の例には、グルタル酸、アジピン酸およびピメリン酸が含まれ、そのうちアジピン酸が特に好ましい。
【0036】
さらなる実施形態では、本発明によるイオン泳動組成物は、少なくとも2つの脂肪族モノカルボン酸の組み合わせ、または少なくとも2つのジカルボン酸の組み合わせ、または少なくとも1つの脂肪族モノカルボン酸および少なくとも1つのジカルボン酸の組み合わせを含み得る。
【0037】
一般に、脂肪族モノカルボン酸および/またはジカルボン酸の量は、少なくとも、組成物中に存在するプロトン化可能なアミノ基および/または他の成分を含有するカチオン性増粘剤のアミン基を可溶化し、ならびに所望の粘度特性を有する組成物を製造するのに十分であるように設定する。
【0038】
組成物中の脂肪族モノカルボン酸および/またはジカルボン酸の総量は、0.1から15wt.%の範囲、特に0.5~10wt.%の範囲にあることが好ましい。
【0039】
さらなる実施形態によると、脂肪族モノカルボン酸の濃度は、0.1から10wt.%、好ましくは0.5から7.0wt.%である。さらなる実施形態によると、ジカルボン酸の濃度は、0.05wt.%から6wt.%、好ましくは2.0wt.%から4.0wt.%である。さらなる実施形態によると、ジカルボン酸の濃度は、2から8wt.%、好ましくは3.0から6.0wt.%である。
【0040】
一実施形態では、組成物は、1.0から6.0wt.%の間の、または1.5から3.0wt.%の間の、または3.5から5.8wt.%の間の濃度のアジピン酸を含有する。
【0041】
さらなる実施形態では、イオン泳動組成物は、脂肪族モノカルボン酸としてラウリン酸を含有し、ラウリン酸は、全組成物に対して、0.5wt.%から7.0wt.%、もしくは0.1から10wt.%、もしくは0.2から9.5wt.%、もしくは0.3から9.0wt.%、もしくは0.4から8.5wt.%、もしくは0.5から8.0wt.%、もしくは1.0から7.0wt.%、もしくは1.5から6.0wt.%、もしくは2.0から5.0wt.%、もしくは3.0から4.0wt.%の濃度、または約3.40wt.%からの濃度で存在する。
【0042】
水は、一般に、本発明によるイオン泳動組成物において、主成分を構成し、イオン泳動組成物の総重量に対して、特に50wt.%を超える量で存在する。イオン泳動組成物は、少なくとも60wt.%、およびさらに好ましくは少なくとも70wt.%の水を含有することが好ましい。水の最大量は、組成物の他の成分によって制限され、水分の好都合な上限は、最大96wt.%まで、および好ましくは最大93wt.%までである。
【0043】
本発明による組成物は、場合により、1つまたはそれ以上のさらなる添加剤を含有し得る。適した添加剤には、溶解度増強剤、皮膚透過増強剤、保存剤および抗菌剤を含む群から選択される化合物が含まれるが、それだけに限定されない。
【0044】
本明細書では、「溶解度増強剤」という用語は、一般に、組成物中のケタミン塩の溶解度を増加させることができる化合物を指す。これは、組成物中に存在するケタミン塩と他の成分との間に起こり得る相互作用を調節する、適した賦形剤を追加的に組み込むことによって得ることができる。
【0045】
溶解度増強剤の例には、プロピレングリコールおよびグリセリンなどのジオール;エタノールなどのモノアルコール、プロパノールおよび高級アルコール;ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミドおよびN-置換アルキル-アザシクロアルキル-2-オンが含まれるが、それだけに限定されない。上記に示すように、脂肪族モノカルボン酸およびジカルボン酸の群から選択される化合物は、アミノ基を含有するカチオン性増粘剤の溶解度を増加させるのに特に有効である。
【0046】
「皮膚透過増強剤」という用語は、特に、組成物中に含有されるケタミン塩に対する皮膚の透過性を増加させることができる化合物を指す。この皮膚透過性の増加によって、ケタミン塩が皮膚を通して透過し血液循環に入ることができる速度も増加する。皮膚透過増強剤の使用によって起こされる透過の増加は、従来技術では一般に公知の拡散セル装置を使用して、動物の皮膚またはヒトの皮膚を通して活性物質が拡散する速度を測定することによって、調査および確認することができる。
【0047】
皮膚透過増強剤の例には、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMA)、デシルメチルスルホキシド(C10 MSO)、ポリエチレングリコールモノラウレート(PEGML)、プロピレングリコール(PG)、プロピレングリコールモノラウレート(PGML)、グリセリンモノラウレート(GML)、レシチン、1-置換-アルキル-アザシクロアルキル-2-オン、特に1-N-ドデシルアザシクロヘプタン-2-オン、アルコールなどが含まれるが、それだけに限定されない。皮膚透過増強剤は、例えば、サフラワー油、綿実油またはトウモロコシ油などの植物油からも選択される。2つ以上の異なる皮膚透過増強剤を含む組み合わせも使用される。
【0048】
「抗菌剤」という用語は、医薬製剤中の、特に本発明による組成物中の微生物の増殖を防止することができる薬剤を意味する。適した抗菌剤の例には、ヨードプロピニルブチルカーボネート、ジアゾリジニル尿素、ジグルコン酸クロルヘキシジン、酢酸クロルヘキシジン、イセチオン酸クロルヘキシジン、または塩酸クロルヘキシジンなどのクロルヘキシジン塩が含まれるが、それだけに限定されない。塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、トリクロカルバン、ポリヘキサメチレンビグアナイド、塩化セチルピリジウムまたは塩化メチルベンゼトニウムなどの他のカチオン性抗菌剤も使用される。
【0049】
他の使用可能な抗菌剤には、2,2,4’-トリクロロ-2-ヒドロキシジフェニルエーテル(トリクロサン)、パラクロロメタキシレノール(PCMX)などのハロゲン化フェノール化合物;パラ-ヒドロキシ安息香酸メチル;およびエタノール、プロパノールなどの短鎖アルコールが含まれる。
【0050】
抗菌剤の総濃度は、抗菌剤が含有されるイオン泳動組成物の総重量に対して、0.01から2wt.%の範囲にあることが好ましい。
【0051】
本発明によるイオン泳動組成物中に組み込むための適した保存剤は、例えば、アジ化ナトリウム(NaN3)またはパラ-ヒドロキシ安息香酸エステル(Nipagin)などのパラベンである。イオン泳動組成物の総重量に対して、0.01から1.0wt.%、好ましくは0.05から0.5wt.%、さらに好ましくは0.07から0.4wt.%、さらにより好ましくは0.08から0.3wt.%、さらにより好ましくは0.09から0.2wt.%、最も好ましくは約0.10wt.%の範囲の量が、保存剤の適した割合として挙げられ、パラ-ヒドロキシ安息香酸エステルが最も好ましい保存剤である。
【0052】
本発明は、イオン泳動組成物が、組成物で飽和または含浸された吸着剤に吸着される実施形態も含む。イオン泳動組成物で飽和または含浸された吸着剤は、組成物の低粘度構造を維持しながら、組成物を固着させる助けとなる。適した吸着剤は、繊維質パッド、スポンジ、布、不織布材料または織布材料、フェルト材料またはフェルト様材料などから選択される。
【0053】
さらなる実施形態によると、本発明のイオン泳動組成物は、経皮投与の期間を通して、適用部位において、組成物を直接および完全に皮膚と接触するように維持する、粘着特性を有する。粘着特性は、1つまたはそれ以上の粘着性ポリマーを組成物中に組み込むことによって得られる。この目的に適した粘着性ポリマーは、当業者には一般に公知である。プロトン化または脱プロトン化されるアミン基を有する粘着性ポリマーが、粘着性ポリマーとして使用されることが好ましい。
【0054】
一実施形態では、本発明のイオン泳動組成物は、自己粘着性を有し得る。組成物に自己粘着性を与えるために、粘着付与剤の群から選択される1つまたはそれ以上の添加剤が組み込まれる。これらには、炭化水素樹脂、ロジン誘導体、グリコール(グリセリン、1,3-ブタンジオール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコールなど)およびコハク酸が含まれるが、それだけに限定されない。
【0055】
本発明によるイオン泳動組成物は、イオン泳動投与に適した電気伝導度および活性物質のケタミンが実質的にプロント化した形態であるときのpH値を有する。電気伝導度に関しては、少なくとも5mS/cmの値が適しているとして挙げられ、7から30mS/cmの範囲が特に適しているとして挙げられる。pHについては、3.5から7.0の範囲が好ましいとみなされ、4.9から6.5が特に好ましいとみなされる。本発明の範囲内で、電気伝導度は、適した導電率計を使用して、20℃で測定する。
【0056】
既に上記から明らかなように、本発明によるイオン泳動組成物は、増粘剤によって付与される粘度の増加も示す。600から2500mPasの範囲、および、特に650から2000mPasの範囲が、本発明によるイオン泳動組成物の特に適した粘度として挙げられる。これらの粘度を、いずれの場合にも、20℃で(プレート/コーン 35mm 1°、ギャップ0.05、せん断速度92.11/秒、測定時間60秒)に従い測定し、例えばHAAKE RheoStress RS 6000粘度計が使用される。
【0057】
本発明は、さらに、上記の実施形態の2つ以上の組み合わせ、または上記の説明を通して言及される1つもしくはそれ以上の個々の構成と上記本発明の実施形態のうちのいずれかの組み合わせから得られるイオン泳動組成物の任意の実施形態に関する。
【0058】
上記のように、本発明によるイオン泳動組成物は、疼痛またはうつ病の治療に好都合に使用される。したがって、本発明の別の態様は、うつ病または疼痛の治療に使用するための上記のようなイオン泳動組成物に関する。同様に、本発明は、患者にケタミン塩、および特にS-ケタミン塩を経皮投与するための方法における、上記のようなイオン泳動組成物の使用に関する。
【0059】
イオン泳動組成物は、イオン導入装置を使用して定期的に投与されるので、本発明の別の態様は、イオン導入装置および上記のようなイオン泳動組成物を含むキットに関する。
【0060】
以下で、本発明はいくつかの実施例によって詳細に説明されるが、いかなる形ででも、実施例を本出願の保護範囲を限定するものとしてみなすべきではない。
【実施例1】
【0061】
以下の表1で示した配合物を用いて、異なるイオン泳動組成物を製造した。これらのpH値、電気伝導度および粘度(それぞれ20℃で)を測定した。測定した値も以下の表1で示した。
【0062】
【0063】
ついで配合物を、ヒトの皮膚(800μm)および600μA/cm
2の電流強度を使用し、WO2009153019の
図1に記載される器具を使用して測定した。
【0064】
測定の結果を
図1に示す。ラウリン酸との配合物(△、組成物2)が、アジピン酸のみを含有する配合物(▽、組成物3)より、良好な累積透過量が得られることを見出した。さらに、等張生理食塩水との配合物(●、組成物1)の場合、さらに高い累積透過量が得られることを見出した。これは、この場合、活性物質(ケタミン)がNa
+イオンと競合するので、驚くべきことである。受動的なシステム(□、電圧の印加なしの組成物1)と比較して、全ての場合において、透過量が有意に増加している。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【
図1】実施例1の累積透過量の測定結果を示した図である。