(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-23
(45)【発行日】2024-05-02
(54)【発明の名称】測定用尿試料の作製方法と尿試料中のビリルビン濃度の測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/536 20060101AFI20240424BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240424BHJP
G01N 33/493 20060101ALI20240424BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20240424BHJP
G01N 21/75 20060101ALI20240424BHJP
C07K 14/46 20060101ALN20240424BHJP
【FI】
G01N33/536 D
G01N33/53 D ZNA
G01N33/493 A
G01N21/78 C
G01N21/75 C
C07K14/46
(21)【出願番号】P 2020020591
(22)【出願日】2020-02-10
【審査請求日】2023-02-09
(73)【特許権者】
【識別番号】507126487
【氏名又は名称】公立大学法人奈良県立医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 幸博
(72)【発明者】
【氏名】内田 優美子
(72)【発明者】
【氏名】森本 幸裕
(72)【発明者】
【氏名】宮脇 敦史
(72)【発明者】
【氏名】グライメル ペーター
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/159050(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/015517(WO,A1)
【文献】内田優美子、外7名,蛍光タンパク質「UnaG」を用いた新生児の尿中ビ リルビン測定,日本新生児成育医学会雑誌,日本,2017年,Vol.29,No.3,第617頁
【文献】内田優美子、外7名,蛍光タンパク質「UnaG」を用いた早産児の尿中ビリルビン,日本新生児成育医学会雑誌 ,日本,2018年,Vol.30,No.3 ,第695頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
G01N 21/78
G01N 21/75
C07K 14/46
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
尿試料中に含まれるビリルビンの濃度を測定するための測定用尿試料の作製方法であって、動物から得られた尿試料に、非抱合型ビリルビンに対し特異的に結合して蛍光を発する種の蛍光タンパク質に接触させて、反応済尿試料を得る工程(接触工程(i))と、得られた反応済尿試料に対し400~500nmの光を含む青色波長の可視光を照射して、測定試料を得る工程(照射工程(ii))と、を有し、
前記蛍光タンパク質が、以下の(1)から(3)の少なくともいずれかである、
(1)配列番号1に記載のアミノ酸配列を有するUnaG
(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列
を有するUnaGにおいて1~21個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチド
(3)上記(1)に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドと相補的な配列からなるポリヌクレオチドに対して、ストリンジェントな条件下においてハイブリダイズするポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列を有するポリペプチド
ことを特徴とする測定用尿試料の作製方法。
【請求項2】
前記接触工程(i)は、前記照射工程(ii)の前に行われる、ことを特徴とする請求項1記載の測定用尿試料の作製方法。
【請求項3】
前記尿試料はヒト新生児から採取したものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の測定用尿試料の作製方法。
【請求項4】
前記ヒト新生児は、前記尿試料を採取する前に黄疸治療のための光療法を受けていることを特徴とする請求項3記載の測定用尿試料の作製方法。
【請求項5】
前記ヒト新生児から採取した尿試料は希釈尿試料として調整されていて、希釈率は、遠心後上清換算値で1倍以上25倍以下であることを特徴とする請求項3又は4記載の測定用尿試料の作製方法。
【請求項6】
前記接触工程(i)において、ビリルビンの照射工程(ii)での光酸化分解反応を抑制するためにアスコルビン酸を添加し、且つ、ビリルビンの光学異性化反応を安定させるためにアルブミン製剤を添加することを特徴とする請求項1乃至5の何れか1項に記載の測定用尿試料の作製方法。
【請求項7】
前記照射工程(ii)での照射に供する機器はLEDであることを特徴とする請求項1乃至6の何れか1項に記載の測定用尿試料の作製方法。
【請求項8】
前記照射工程(ii)で行う照射時間は、前記尿試料に前記蛍光タンパク質が接触後は60分間以内とすることを特徴とする請求項1乃至7の何れか1項に記載の測定用尿試料の作製方法。
【請求項9】
請求項1乃至8の何れか1項の方法で得られた測定用尿試料に対して、所定の波長光を励起光として照射し、光照射の結果得られる検出光を検出することによりビリルビン濃度を導出する工程(検出工程(iii))を有することを特徴とする尿試料中のビリルビン濃度の測定方法。
【請求項10】
前記検出工程(iii)で使う励起光は、波長450nm以上525nm以下の波長範囲の中にある光を少なくとも含んでおり、前記検出光は、少なくとも波長510nm以上560nm以下の光を含んでいることを特徴とする請求項9に記載の尿試料中のビリルビン濃度の測定方法。
【請求項11】
上記励起光は、波長470nm以上507nm以下の波長範囲の中にある光を少なくとも含んでおり、上記検出光は、波長520nm以上545nm以下の波長範囲の中にある光を少なくとも含んでいることを特徴とする請求項10に記載の尿試料中のビリルビン濃度の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定用尿試料の作製方法と尿試料中のビリルビン濃度の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血中ビリルビンの増加(高ビリルビン血症)では、ビリルビンが皮膚に沈着し黄染した状態(黄疸)を生じる。黄疸のうち、血液中のビリルビン濃度が生理的範囲を超えて上昇した場合を、特に病的黄疸という。病的黄疸に至った場合、ビリルビンが中枢神経系の重篤な神経障害を発症する(核黄疸、またはビリルビン脳症という)。
【0003】
血中ビリルビンは、主に赤血球中のヘモグロビンの「ヘム」に由来し、赤血球の崩壊により産生され、肝臓に取り込まれ、肝細胞内でグルクロン酸抱合を受けて「抱合型ビリルビン」となる。すなわち、「抱合型ビリルビン」とは、グルクロン酸抱合ビリルビンをいう。その後、「抱合型ビリルビン」は胆道系を経て胆汁成分として腸内に排泄されたあと、腸内細菌により還元されウロビリノゲンとなり、さらに大部分はステルコビリンとして便中に排泄される。しかし、一部のウロビリノゲンは小腸で再吸収され血液中に移行することから、この過程を「腸肝循環」と呼ぶ。また、「抱合型ビリルビン」の一部は腎臓を経て尿中に排泄される。
【0004】
しかし、肝臓の発達が未熟な場合や肝臓での抱合機能が十分でない病態、さらには赤血球溶血を生じる疾患では、血中の「非抱合型ビリルビン」が蓄積して重症黄疸をきたす。特に、生後間もない新生児に発症する「新生児高ビリルビン血症(新生児黄疸ともいう)」では、胎盤を通じた母体へのビリルビン移行が遮断され、新生児の肝臓でのビリルビン代謝の未熟性や未発達な腸内細菌叢に加え、胎内での生理的な低酸素状態に由来した赤血球増多および胎児赤血球の短寿命に起因して、生理的なビリルビン産生が亢進しており、母児間血液型不適合や赤血球酵素異常症では更に病的な高ビリルビン血症を生じる。一方、新生児の高ビリルビン血症に対して、1958年にCremerがビリルビンの光学異性化反応を利用した光療法を発見し、その有効性が報告されて以来、新生児高ビリルビン血症の治療法として新生児医療に普及している。光療法に用いられる光波長域は400~550 nm(青色光から緑色光に相当)の光を皮膚に照射し、“非水溶性”のビリルビン(ZZ-Bilirubin;以下、ZZ-B)を血液に溶け込みやすい形 “水溶性”の光学異性化ビリルビン(EZ-cyclobilirubin;以下EZ-C、ZE-Bilirubin;以下、ZE-B)とし、胆汁や尿へ体外排泄することによって黄疸(高ビリルビン血症)を軽減させる治療法である。
【0005】
現在、高ビリルビン血症の光療法の治療効果の指標は、血中ビリルビン量の減少を測定する侵襲的な方法しかない。しかし、新生児においては腸管に排泄されたビリルビンが再び血中に吸収される腸肝循環によって黄疸が遷延しやすいため血中ビリルビン値のみで評価するのは不十分である。
【0006】
体外排泄の指標は胆汁や便中、尿中のビリルビン測定が考えられるが臨床応用には至っていない。胆汁採取は侵襲的であり新生児の便は性状が不均一であるので、試料の採取および処理が困難である。最も非侵襲的かつ採取及び処理が容易な試料は尿であるが、今日尿中ビリルビン測定として市販されているものは「抱合型ビリルビン」を測定するものである。新生児の尿に含まれるビリルビン、および光学異性化ビリルビンを定量測定できれば、光療法中及び治療後に治療効果を確認することが可能となる。
【0007】
尿中のビリルビンの測定には高速液体クロマトグラフィー法 (High Performance Liquid Chromatography; HPLC法) があるが、世界的にもごく一部の機関で研究的に行われているにすぎない。なぜならHPLC法に基づく測定装置は高額で測定には熟練を要し、測定時間も半日以上要するからである。一方、新生児高ビリルビン血症の管理は、産院、助産院から大学病院に至るまで分娩を取り扱う施設で行われており、その臨床現場においては、臨床医または看護師・助産師が1日あたり単回~数回黄疸の評価をしている。そのため、新たに尿中ビリルビンの測定を行うとしても可能なかぎり簡易な手法が望ましい。そこで、尿中のビリルビンを測定するために、ビリルビンと特異的に結合することで蛍光を発する蛍光タンパク質UnaGを利用した方法を想起した(特許文献1、非特許文献)。しかし、発明者らが実験したところ、蛍光タンパク質UnaGは非水溶性ZZ-Bとは特異的強固に結合するため蛍光測定が可能であったが、光療法後に最も多く尿中に排泄される水溶性の光学異性化ビリルビン(EZ-C)については蛍光測定に基づく検出が難しいことが示唆された。すなわち尿中ビリルビン濃度を評価するための十分な測定は困難であることがわかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Kumagai A, Miyawaki A, et al:Cell.153,1602-11,2013
【文献】Isobe K, Onishi S:Biochem.J.193,1029-31,1981
【文献】Onishi S, Isobe K,, et al: J.Biochem.100,789-95,1986
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、尿試料へのビルリビンの体外排泄量を非侵襲的且つ簡易な手法にて測定できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、尿試料へのビルリビンの体外排泄量を非侵襲的且つ簡易な手法にて測定できるようにするために、下記に示す手法により測定用尿試料を作製する。即ち、尿試料中に数種の光学異性体を含むビリルビンの濃度を測定するための測定用尿試料の作製方法であって、
(1)動物から得られた尿試料に、非抱合型ビリルビンに対し特異的に結合して蛍光を発する種の蛍光タンパク質に接触させて、反応済尿試料を得る工程(=接触工程(i))と、
(2)得られた反応済尿試料に対し可視光を照射して、測定試料を得る工程(=照射工程(ii))と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、尿試料への光学異性体を含むビリルビンの体外排泄量を非侵襲的且つ簡易な手法にて測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】尿試料中のビルリビンと蛍光タンパク質とを接触させる接触工程と、尿試料に青色光を照射する照射工程と、検出光を検出する検出工程と、を説明する説明図である。
【
図2】接触工程で得られた尿試料に青色光を照射しないで蛍光測定を行い、その蛍光強度と濃度既知のビリルビン標準物質が示す蛍光強度から算出した尿試料中のUnaGを使って捕捉した尿中のビリルビン濃度(UnaG-bound Urine Bilirubin; UU Bilirubin)を表した図である。
【
図3】接触工程で得られた2種の尿試料、すなわち光療法を施していない尿と光療法を施した尿に青色光を照射した時の、尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)を対比させた図である。
【
図4】接触工程で得られた尿試料に青色光を照射して、尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)を表した図である。
【
図5】尿試料に蛍光タンパク質を接触させるタイミングを検証した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明する。当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
【0015】
本発明は、尿試料中に含まれる光学異性体を含むビリルビンの濃度を測定するための測定用尿試料の作製方法であり、(1)動物から得られた尿試料に、非抱合型ビリルビン(ZZ-B)に対し特異的に結合して蛍光を発する種の蛍光タンパク質に接触させて、反応済尿試料を得る工程(=接触工程(i))、と、(2)得られた反応済尿試料に対し可視光を照射して、測定試料を得る工程(=照射工程(ii))と、を有する(
図1)。
【0016】
図1を参照して本発明の概要を説明する。光療法を受けた新生児の尿試料中には既法の光学異性体のZE-Bや EZ-Cが包含されている。接触工程では、この尿試料中に蛍光タンパク質であるUnaGを混合させる。その際、後で述べるように、アルブミン製剤やアスコルビン酸も混合させるのが好ましい。その後、照射工程では、青色光を照射することでEZ-CをZZ-Bに段階的かつ回帰的に光学異性化させていることが推定される(非特許文献2)。なおZE-Bは室温にて簡易にZZ-Bに光学異性化することが報告されている。前記ZZ-Bは予め混合されている蛍光タンパク質であるUnaGと結合する。その後、検出工程では励起光を照射し検出光を検出し(=蛍光測定)、同時に既知濃度のビリルビン標準物質の示す蛍光強度との換算により尿試料中のビリルビン濃度を検出できる。これにより非侵襲的且つ簡易な手法にて光療法の効果が確認できる。以下、さらに詳細に本発明を説明する。
【0017】
本明細書における尿試料とは、特に制限はなく、全尿、部分尿でもよく、初尿でも中間尿でもよい。尿試料は、非侵襲的かつ容易に採取できること等から、尿試料からの測定対象物の検出は非常に有用である。
【0018】
尿試料を得る対象はヒト又は非ヒト動物のいずれでもよい。好ましくは、ヒト新生児である。ここでヒト新生児とは特に限定されるものではない。例えば黄疸治療の対象となることが多い出生体重1,500g未満の低出生体重児も含まれる。
【0019】
ヒト新生児から採取した尿試料を希釈した希釈尿試料として調整する場合の希釈率は、特に限定されるものではない。例えば遠心後上清換算値で1倍以上25倍以下とすることが可能である。
【0020】
接触工程 (i) では、ビリルビンの照射工程 (ii) での光酸化分解反応を抑制するために抗酸化物質を添加し、且つ、ビリルビンの光学異性化反応を安定させるためにアルブミン製剤を添加することが好ましい (
図1)。
【0021】
抗酸化物質は、特に限定されるものではない。例えばアスコルビン酸、トコフェロール、ポリフェノール、カロテノイド等が挙げられ、好ましくはアスコルビン酸である。アスコルビン酸にはその誘導体等も包含される。
【0022】
アルブミン製剤は、遺伝子組換えあるいはヒト由来のものが望ましい。
【0023】
接触工程 (i) において用いる蛍光タンパク質は特に限定されるものではないが、例えば、(1) 配列番号1に記載のアミノ酸配列を有するUnaG、(2) 配列番号1に記載のアミノ酸配列において1~21個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチド、 (3) 配列番号1に記載のアミノ酸配列に対して85%以上の配列同一性を有するポリペプチド、(4)上記(1)に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドと相補的な配列からなるポリヌクレオチドに対して、ストリンジェントな条件下においてハイブリダイズするポリヌクレオチドによってコードされるアミノ酸配列を有するポリペプチド、が挙げられる。
【0024】
本発明にかかる蛍光タンパク質は、天然供給源より単離されたもの、化学合成されたもの、遺伝子組換えで合成されたものでもよい。より具体的には、当該タンパク質は、天然の精製産物、化学合成手順の産物、及び原核生物宿主又は真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、及び哺乳動物細胞を含む)から組換え技術によって産生された翻訳産物をその範疇に含む。前述のUnaGは、ウナギ由来のものが挙げられ、より具体的にはニホンウナギ由来のものが挙げられる。配列番号1にそのアミノ酸配列を示す蛍光タンパク質、元々はニホンウナギから単離したものであるが、特にその由来は限定されない。
【0025】
UnaGは、ビリルビン存在下(ビリルビンと結合した状態)では、励起光の照射を受けて所定波長の蛍光を発する。その詳細は、熊谷らによって報告されている非特許文献(2013 153:1602-1611. Cell)に記されており、ビリルビンの非存在下では同じ励起光の照射を受けても蛍光を発しないという特性を有する。
【0026】
UnaGの蛍光特性は、以下の通りである。
励起波長(nm):450~525
最大励起波長 (nm):498~499
蛍光波長(nm):500~600
最大蛍光波長 (nm):525~530(緑色)
モル吸光係数 (M-1cm-1):50000~78000
量子収率 (%):50~54
蛍光寿命 (ナノ秒):2.2
【0027】
接触工程 (i)では、動物から得られた尿試料に、例えばUnaGである蛍光タンパク質を混合させることにより直接接触させて反応済尿試料を得る (
図1)。接触工程を行う条件は、例えばUnaGである蛍光タンパク質に実質的な変性が生じない条件とすることができる。実質的な変性が生じない条件とは、例えば、温度条件が4℃ 以上で65℃ 以下の範囲内であり、20℃ 以上で37℃ 以下の範囲内であることが好ましい。また、接触工程 (i)は、必要に応じて、生理的食塩水中、或いは、リン酸系等の緩衝溶液中で行ってもよい。
【0028】
照射工程 (ii)では、得られた反応済尿試料に対し可視光を照射して、測定試料を得る。照射する可視光のスペクトルの主成分は、特に限定されるものではないが例えば青色波長400~500nmである (
図1) 。照射工程 (ii) での照射光としては、例えばXeランプの放射光を分光した後の光やLED光を用いることができる。
【0029】
本発明にかかる尿試料中の光学異性体を含む非抱合型ビリルビン濃度の測定方法は、本発明にかかる方法で得られた測定用尿試料に対して、励起光照射の結果発生する蛍光の検出光によりビリルビン濃度を導出する工程(=検出工程(iii))を有する(
図1)。
【0030】
検出工程 (iii)では、例えばUnaGである蛍光タンパク質から発される蛍光を検出する工程である。蛍光の検出方法は特に限定されないが、例えば、UVトランスイルミネーターもしくはLEDトランスイルミネーター、蛍光顕微鏡、蛍光検出器又はフローサイトメトリー等の蛍光検出手段を用いて、蛍光発光の有無又は蛍光強度を測定すればよい。蛍光発光の有無を測定すれば、対象物中にビリルビンが含まれる(蛍光発光有り)か否か (蛍光発光無し) を検出することができる。また、蛍光強度を測定すれば、対象物中のビリルビンの含有量を検出することができる。対象物中のビリルビンの含有量とは、基準となる試料と比較した場合の相対的なビリルビン含有量であってもよく、絶対的なビリルビン含有量 (絶対濃度) であってもよい。絶対的なビリルビン含有量を求めるためには、濃度既知のビリルビン標準サンプルを用いた検量線の作成等を予め行ってもよい。
【0031】
検出工程 (iii) で使う励起光は400 nm以上550 nm以下の波長範囲に広がり、励起効率最大波長は500nm付近にある。実際に測定で確かめた結果、50%効率となる波長範囲は450 nm以上525 nm以下の範囲にあり、75%効率となる波長範囲は470 nm以上505 nm以下の範囲にある。検出光は490 nm以上630 nm以下の波長範囲に広がり、蛍光強度最大波長は527nm付近にある。測定で確かめた結果、その最大値の50%強度となる波長範囲は、510 nm以上560 nm以下の波長範囲にあり、75%効率となる波長範囲は520 nm以上545 nm以下の範囲にある。
【実施例】
【0032】
(1)実施例1
新生児高ビリルビン血症の症例に対して黄疸治療のための光療法を行った。黄疸の治療の目的は、血液中のビリルビンを低下させることである。
【0033】
(1-1)対象
2017年10月1日から2019年11月30日までに在胎34週未満で出生した76の早産児を、奈良県立医科大学病院の新生児集中治療部門の研究に登録した。47例を青色LEDの光療法器で、18例をそれ以外の光療法器で治療した。また、11例が光療法を要さなかった。青色 LEDの光療法器で治療した47例と光療法を要さなかった11例、計58例を対象とした。そのうち、光療法の前に尿を採取できなかった8例、光療法の開始から12±6時間以内に尿を採取できなかった7例、及び光療法の開始20時間以内に光強度と波長を変更した19例、生後7日までに死亡した1例、重篤な頭蓋内出血を生じた3例も研究対象から除外した。その結果、20人の早産児がこの研究の対象となった。児は全例、閉鎖式保育器に収容し、保育器は光療法を受けている間を除き、キルテイングカバーで遮光した。溶血性疾患、感染症、抱合型ビリルビン値の上昇、消化器疾患又は先天異常の症例はなかった。この研究は、当機関の倫理委員会(承認番号1033) によって承認され、児が研究に参加する前にすべての家族からインフォームドコンセントを取得した。
【0034】
(1-2) 光療法
光療法は、井村の基準 (Imura S. Phototherapy of neonataljaundice: its indication and prevention of adverse effects. 1985 43(8):1741-8. Nihon Rinsho. (Japanese)) に従って開始した。即ち、出生体重と出生後時間に規定された血清総ビリルビン値を超えたときに光療法を開始した。そして、溶血、呼吸窮迫、アシドーシス (pH <7.25)、低体温(直腸温で1時間以上35℃未満)、血清総タンパク質が5.0g/dL未満の低タンパク血症、低血糖又は感染症といったビリルビン脳症の危険因子が存在する場合はワンランク下の出生体重の基準に下げて光療法した。
【0035】
血清総ビリルビン濃度は、測定方式として2波長分光測光法 (455 nm、575 nm)が採用されている黄疸計 (TOITU icterometer BL-300(登録商標):Toitu Co.,LTD.、Tokyo, Japan) を用いて測定した。
【0036】
光療法装置として青色LED光療法システム (neoBLUE(登録商標) system; floor-standing, mobile unit: Natus Medical, Inc., San Carlos, CA, USA) を使用し、光療法は「Highモード」から開始した。青色LED Highモードの照度は、ベッドシート上の30cm高で測定し、5.1mW/cm2だった (分光光度計は、オーシャンオプティクス (米国) のOP-FLMS-400を使用) 。光療法の間、おむつ以外は裸で、眼は遮光パッチで覆った。
【0037】
(1-3)採尿
出生当日から尿を採取するため、ポリエチレンパック (Atom Urine Collector for premature baby (登録商標): Atom Medical International, Inc., Tokyo, Japan) を外性器に貼付、又は小綿球(染みた尿を抽出する)数個をおむつの中の外性器の近くに置き、尿を1日に2回採取し、直ちにマイクロチューブ (ST-0150R; INA・OPTICA Co., LTD, Osaka, Japan) に移し、測定まで-70℃で冷凍保存した。
【0038】
(1-4) UnaGを使用した尿中ビリルビン測定
本実施例では、ウナギ筋肉由来の非抱合型ビリルビン (ZZ-B) 誘導性蛍光タンパク質UnaGを使用した。
【0039】
尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)の標準検量線を描くため、ビリルビン試薬(FUJIFILM Wako Pure Chemical Co., 大阪、日本)を使用した。ビリルビン標準物質はPBS (0.1mol/Lリン酸緩衝液、pH 7.2; FUJIFILM Wako Pure Chemical Co., 大阪、日本) で200倍に希釈し、標準検量線を作成し、その曲線から尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)を算出した。
【0040】
(1-5)単純(Simple)蛍光測定
黒色マイクロプレート (Microtest TM 96ウェルアッセイプレート、黒色、平底、BD Biosciences、ニュージャージー、米国)を準備した。そして1ウェルあたり50μLのUnaG溶液(最終UnaG濃度2μM) 、50μLの尿試料液又は標準検量線を描くために使用する希釈ビリルビン溶液、50μLの最終濃度0.1%ヒト血清アルブミン(アルブミン20%IV 4g/20ml“JB”;日本血液製剤機構、東京、日本)、50μLの最終濃度0.1% アスコルビン酸水溶液(L(+)-Ascorbic Acid; FUJIFILM Wako Pure Chemical Co., 大阪、日本)を含む200μL反応混合液とした。蛍光分光光度計 (SpectraMax L&M2(Molecular Devices、LLC., California, USA))とそれぞれ498及び527 nmの励起および蛍光波長用の蛍光フィルターとを用いて、37℃の温度条件下で各ウェルにおける蛍光測定をした。
【0041】
(1-6)光刺激蛍光測定
特注の青色光LEDユニット (波長範囲は420-520 nmで、ピーク放射は450 nm、15.8 mW/ cm2; P4630 LEDユニット:Ushio Inc.、Tokyo、Japan) から放出される光を、1ウェルあたり50μLのUnaG溶液(最終UnaG濃度が2μM)、50 μLの0.1%最終濃度アルブミン、50μLの最終濃度0.1% アスコルビン酸水溶液、尿サンプル50μLの計200μL反応混合液をマイクロプレートに照射して、蛍光測定をした。また、間歇的に尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)を蛍光測定した (240分まで15~30分ごと) 。尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)は、このような断続的な測定値のうち最も高い蛍光強度を示した値を標準曲線により導出されたビリルビン濃度に換算して算出した。また、計算の基礎となる標準曲線の信頼性は、R2> 0.9であった。
【0042】
(1-7)統計分析
測定された数値はすべて、中央値(範囲)で表した。両群の平均間の差の有意性はMann-Whitney U検定を用いて検定し、有意性はp <0.05と定義した。データは、日本語Windows用のStatFlex ver.6 (Artec Inc.、大阪、日本) を使用して分析した。
【0043】
(1-8)結果
図2は、接触工程で得られた尿試料に光照射(光刺激)を加えず、尿試料中のビリルビン濃度(UnaGで捕捉)からの検出光を検出した図である。
図2に示されるように、光療法を行った新生児の尿試料から得られた検出光は、光療法を行っていない新生児の尿試料から得られる検出光と比較しても微増を示すのみであった。これは光療法を行った新生児から排泄された尿試料中のビリルビンの一部は、室温でUnaGと結合するZZ-Bに光学異性化を起こすものの、残り大半を占める尿中のビリルビン光学異性体は温度刺激だけではUnaGと結合できる光学異性化を起こさないからであると考えられた。また、生後時間による尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)の変化を
図2に示した。両群で、尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)は生後時間が経過するにつれて高くなった。これはヒトの尿においてEZ-Cよりも量は少ないが同様に排泄されるZE-Bについては、室温でUnaGと結合するZZ-Bに回帰した(非特許文献3)ものを捉えたと推察した。また、尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)は光療法の有無にかかわらず生後時間の経過とともに上昇していた。それは、赤血球の自然破壊に伴うビリルビン産生量の増加と胎盤の離脱に伴い児自身でビリルビンを処理する必要性が生じたが、その処理能の低さのため循環するビリルビンが増加したことに起因したと考えた。
【0044】
表1では、光療法を受けていない非光療法群と光療法を受けた新生児との間で臨床データに有意な差がないことを示す。「尿1」は、両群とも中央値10時間に採取した。「尿2」は光療法開始10時間で採取した。非光療法群における「尿2」は生後54.6時間で、光療法治療群の中央値56.8時間に近似した尿を用いた。また、生後時間による尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)の変化を
図2に示した。両群で、尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)は出生後時間が経過するにつれて高くなった。これはヒトの尿においてEZ-Cよりも量は少ないが同様に排泄されるZE-Bについては、室温でUnaGと結合するZZ-Bに回帰した(非特許文献3)ものを捉えたと推察した。また、光療法の有無にかかわらず出生後時間の経過とともに上昇しているのは、胎児期には胎盤で処理されていたビリルビンを胎盤の離脱に伴い児自身で処理、すなわち排泄するようになったことによる変化と考えられた。
【0045】
【0046】
(2)実施例2
光療法を行った新生児の尿試料に、非抱合型ビリルビンZZ-Bに対し特異的に結合して蛍光を発する蛍光タンパク質であるUnaGを加え、その後、この尿試料に450nm(青色領域波長)の励起光を照射し、蛍光の検出光を検出することによりビリルビン濃度の検出を試みた。
【0047】
対照は、光療法前の新生児黄疸症例である。この尿試料に、非抱合型ビリルビンに対し特異的に結合して蛍光を発する蛍光タンパク質であるUnaGを加え、その後、この尿試料に450nm (青色領域波長) のLED光を照射し、経時的に蛍光測定しビリルビン濃度の検出を試みた。
【0048】
図3に示すように、光療法前(なし)の尿試料では青色光照射(刺激)してもほとんど上昇が見られなかったのに対し(左側のグラフ)、光療法中の尿試料は、青色光照射(刺激)することで尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)として検出される量が増えた(右側のグラフ)。即ち、光療法によって尿に排泄されたビリルビン光学異性体の多くは単純に蛍光測定してもUnaGと結合しない構造をしている。しかし、それに光刺激を加えるとUnaGと反応する物質、すなわち非抱合型ビリルビンZZ-Bへと光学異性化を起こすものと考えられた。一方、光療法を行っていない尿(左側のグラフ)では光刺激を加えても尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)は変化しないことから、光療法によって尿に排泄されるビリルビン光学異性体(ヒトでは主にEZ-C;非特許文献3)がこれらの尿に含まれていないことが考えられた。以上のことから、光療法を行った尿(右側のグラフ)に光刺激を加えて増加した尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)はEZ-CがZZ-Bに回帰したものを捉えている可能性が示唆された。さらに、ヒトの尿においてEZ-Cよりも量は少ないが同様に排泄されるZE-Bについては、室温でUnaGと結合するZZ-Bに回帰する(非特許文献3)ため光療法の有無にかかわらず一定量排泄されるものと考えられた。
【0049】
次に例数を増やし、光療法の有無による差異を
図4にグラフ化した。
図3と同様、非光療法群では光療法ほどの劇的な変化は見られなかった。そして光療法を受けた尿では、さらに光刺激を加えることで、光療法によって排泄されたビリルビン光学異性体をUnaGと結合できるZZ-Bに回帰させて補足する、つまりは尿へのビリルビン排泄を光療法の治療効果として評価しうることが明らかになった。
【0050】
(3)実施例3
本願発明では、尿試料に可視光を照射する前に、尿試料に蛍光タンパク質を接触させている。実施例3では尿試料に蛍光タンパク質UnaGを接触させるタイミングを検討した。
【0051】
対象は2名の早産児(尿3検体)であった。光療法(PT;phototherapy)を開始したのちの各々10~14時間後に採取した尿に青色光を照射し、経時的に蛍光測定し尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)を算出した。UnaGを光照射0、120、180分後にウェルに添加した。なお光照射0分後にUnaGを添加するとは、光照射の時点にUnaGが添加されていることを意味し、即ち本願発明にかかる実施例であることを意味する。
【0052】
図5に示されるように、尿照射途中にUnaGを添加した (120,180 min) 時の尿中ビリルビン濃度(UnaGで捕捉)は初めから添加した時(0 min)よりも低い値であり、照射当初からUnaGを入れたケースの値に達するまでに約60分間の照射を要した。これにより、尿試料に可視光を照射する前に、尿試料に蛍光タンパク質を接触させることの優位性が確認できた。
【0053】
図5の結果から判明した事は、光刺激処理を行う時間に関する条件であり、UnaG添加後、光刺激開始から60分間はビリルビンの検出割合が増加し、その後には飽和傾向になる。この飽和傾向は、ビリルビン-UnaGの光酸化による劣化であろうと思われる。試料に含まれる全ビリルビンの内、この変曲点の現れる60分以内の各時間でUnaGに捉えられるビリルビンの割合が分かっていれば、定量する事が可能である。よって、ルーチン測定を行う場合などに測定時間を短縮するために、光刺激処理を60分以内とすることは有効な方法である。
【産業上の利用可能性】
【0054】
新生児黄疸の光療法の有効性判断に利用できる。
【配列表】